ゲスト
(ka0000)
氷の中の灯火
マスター:松尾京

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/13 19:00
- 完成日
- 2015/02/21 02:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●凍った心
ロコはいつものようにその雑木林で虐められていた。
この少年を足蹴にするのは、同じ村の少年達全員だ。
でも、その中でノエルだけは今日も、手を出さない。
逆に、止めもしない。凍り付いたように固まったまま、ロコを見ている。
ふと、ノエルはロコと目が合った。ノエルは、視線をそらすことしかできなかった。
ロコは元々、村の少年ノエルの一番の親友だった。
同じ九歳同士、冬は雪で遊んだり、夏は湖で泳いだり、どこに行くにも一緒だった。
そんなロコが虐められるようになったのは、最近だ。
原因という程明確なものがあるとは、ノエルには思えない。ただ、この山奥の寒村では、夏の飢饉に冬の吹雪と厳しい環境が続き、村全体の気が立っていた。
それがいつしか子どもにまで伝染する程に。
少年達は、正体不明の苛立ちの矛先を探した。そしてそれは、村の異分子――唯一の孤児院出身であるロコに向けられたのだ。
ロコが何か悪いことをしたわけではない。それは徐々に、自然発生的に起こった。悪口に暴力。行為は日々、段階を増していった。
大人達は概して、子どもがすることを重大なことと受け止めない。そして少年達は大人がいないところでロコを虐げる。止めるものはなかった。
その中でノエルも――ロコを虐める少年達を見ながら。
やめろと、言えなかった。
ロコを虐めるのは、気付けば子ども達の間で絶対的多数の決定事となっていた。
どういう噂が流れたか、親にまで「ロコの一家とは付き合うのは控えなさい」と言われた。
その流れに、ノエルは逆らえなかった。反逆になるからだ。逆らえば、今度は自分の身が危ない、と思ってしまった。
そうしてノエルはいつしか加害者となり――ロコの親友ではなくなった。
●二人
それでもノエルは――自分だけはと、どこかで思っていた。
だから、人目を忍んで、時々ロコと会った。
村を囲う森を抜けると、湖がある。いじめから逃げたロコは、たいていそこにいた。
ノエルは一週間ぶりにロコに近づいた。ロコは少し驚いていた。
「ノエル。……どうしたの」
「……いや。大丈夫か、と思って」
「心配してくれたんだ。そんなのいいのに。僕といると……きっと虐められるし、避けられるよ」
何言ってるんだよ、関係無い、親友だろ、とは。今のノエルの口からは、出なかった。
……だから結局、ロコとはこっそり会うだけなのだ。
ロコは優しくて、本当にいいやつだった。ロコがこの状況に文句も言わないのは、皆に遠慮しているから。痣の浮いた体で、自分が全てを受け止めればいいと思っている。
ノエルはそれを知っていながら、矛先が自分に向くのを恐れて、何も言えない。
自分だけはと思っていても、結局は皆と同じだ。
それでも、ロコは凍り付いた湖面を見て笑う。
「ノエルは優しいね」
ノエルはうつむいた。そんなことないと叫びたかった。
と、そのとき森から足音が聞こえた。現れたのは子ども達のリーダー格とも言える少年で、他の子ども達もいた。
「ノエル。いないと思ったら、そいつと会ってたのかよ」
少年は言うと、雪玉をつくって強くロコに投げあてた。
ロコはうめいて、凍った湖面に倒れ込む。子ども達は笑うだけだった。
ノエルは拳を握りしめつつも……何も言えない。
ただ、ロコを抱き起こそうと反射的に湖面に降りて歩いたのだが――
そのときだ。
凍った水面の下に、突如巨大な影が現れたのは。
●魔物
どおん、と爆発したような音が鳴った。湖の中から現れたそれが突然、氷を突き破ったのだ。
岸と湖面の境目に衝撃が生まれ、ノエルとロコは湖の中央の方へ吹き飛ばされる。
「な……何だぁ!」
少年達が陸から叫んで、見たそれは……ナマズの姿だった。
ただのナマズではなく、体に電気を走らせ、巨大化した、雑魔である。
それは水面から少年達を、ぎょろりとのぞいた。
「う、うわぁ! 逃げろ!」
少年達は、ノエルとロコのことなど放って、村へと走った。
ノエルは浮島のようになった氷の上でロコを起こしていた。
「ロコ、大丈夫か!」
「うん……僕は、平気、ノエルは?」
「平気だ。早く、戻ろう」
周囲や陸の近くは大部分、氷が壊れていたが……狭い氷の道が、かろうじて陸に一本だけ繋がっていた。水面下では影がちらついているが、道を走れば抜けられるだろう。
ノエルは、ロコを連れ、急いでそこを走り抜けようとした。
「わっ!」
だが、薄い氷はすぐに割れ……ノエルの半身を水に沈めた。
ノエルは這い上がろうとする。しかし、そこで気付いた。
今ので道が壊れた。完全に浮島となったロコの乗る氷は、背後に流れていた。自分が這い上がったら最後、ロコはもう、こちらに来られない。
ノエルは後ろに手を伸ばした。
「ロコ」
しかし、届かない。するとロコは、何かを決めたように陸を向いていた。
「ノエル、君だけ行って」
「……何言ってるんだよ」
「急がないと、氷が割れて、上がれなくなるよ。助けが来るかどうかもわからない。だからノエルは行った方がいいよ」
「ロコはどうするんだよ」
「僕は大丈夫。僕は、いらない子だから」
ノエルは二の句が継げなかった。
「最近では、お父さんもお母さんも、少し、僕に冷たいんだ。きっと、僕のせい。僕が、孤児だから……」
「そんな、こと……」
「ノエル……早く! 君だけは仲よくしてくれて嬉しかった。ありがとう」
ノエルに強い感情が走った。
ノエルは、思いきり氷から這い上がると、割れかけている氷を駆けて、陸に戻る。そのまま森を突っ切って走った。
●手をのばして
ノエルは、後悔していた。ロコに、親友に対して、今までしてきたことに。
お礼を言われる筋合いなんてない。
自分は、ロコに君だけ行って、と言われたとき、一瞬だけでも助かったと思ってしまった。
それのどこが、友達だ。
ノエルは涙を浮かべてがむしゃらに走った。
だからやり直そう、と思った。
もう、ロコと遊ぶのも一緒にいるのも、やめたりしない。僕らは親友だ。
誰に何を言われても、関係無い。親が何か言おうと、知ったことか。ずっと、仲よくやるんだ。
だから、その前に……ロコを助けなくちゃ。
ノエルは村で助けを求め叫んだ。でも、村人は対処に困るばかりだった。話もうまく伝わらず……何より、虐め一つ見過ごすような村人が、化け物が出たと聞いて何を出来ようか。
ノエルはそれでも諦めず駆け回った。
きっとそれは、最後の幸運だ。ノエルは走るうち、村人とは違う様相の人間たちとぶつかった。
それは、直前に他の依頼から帰って村にいた――ハンターであった。
ノエルは涙交じりに言った。
「ロコを……助けて……!」
ロコはいつものようにその雑木林で虐められていた。
この少年を足蹴にするのは、同じ村の少年達全員だ。
でも、その中でノエルだけは今日も、手を出さない。
逆に、止めもしない。凍り付いたように固まったまま、ロコを見ている。
ふと、ノエルはロコと目が合った。ノエルは、視線をそらすことしかできなかった。
ロコは元々、村の少年ノエルの一番の親友だった。
同じ九歳同士、冬は雪で遊んだり、夏は湖で泳いだり、どこに行くにも一緒だった。
そんなロコが虐められるようになったのは、最近だ。
原因という程明確なものがあるとは、ノエルには思えない。ただ、この山奥の寒村では、夏の飢饉に冬の吹雪と厳しい環境が続き、村全体の気が立っていた。
それがいつしか子どもにまで伝染する程に。
少年達は、正体不明の苛立ちの矛先を探した。そしてそれは、村の異分子――唯一の孤児院出身であるロコに向けられたのだ。
ロコが何か悪いことをしたわけではない。それは徐々に、自然発生的に起こった。悪口に暴力。行為は日々、段階を増していった。
大人達は概して、子どもがすることを重大なことと受け止めない。そして少年達は大人がいないところでロコを虐げる。止めるものはなかった。
その中でノエルも――ロコを虐める少年達を見ながら。
やめろと、言えなかった。
ロコを虐めるのは、気付けば子ども達の間で絶対的多数の決定事となっていた。
どういう噂が流れたか、親にまで「ロコの一家とは付き合うのは控えなさい」と言われた。
その流れに、ノエルは逆らえなかった。反逆になるからだ。逆らえば、今度は自分の身が危ない、と思ってしまった。
そうしてノエルはいつしか加害者となり――ロコの親友ではなくなった。
●二人
それでもノエルは――自分だけはと、どこかで思っていた。
だから、人目を忍んで、時々ロコと会った。
村を囲う森を抜けると、湖がある。いじめから逃げたロコは、たいていそこにいた。
ノエルは一週間ぶりにロコに近づいた。ロコは少し驚いていた。
「ノエル。……どうしたの」
「……いや。大丈夫か、と思って」
「心配してくれたんだ。そんなのいいのに。僕といると……きっと虐められるし、避けられるよ」
何言ってるんだよ、関係無い、親友だろ、とは。今のノエルの口からは、出なかった。
……だから結局、ロコとはこっそり会うだけなのだ。
ロコは優しくて、本当にいいやつだった。ロコがこの状況に文句も言わないのは、皆に遠慮しているから。痣の浮いた体で、自分が全てを受け止めればいいと思っている。
ノエルはそれを知っていながら、矛先が自分に向くのを恐れて、何も言えない。
自分だけはと思っていても、結局は皆と同じだ。
それでも、ロコは凍り付いた湖面を見て笑う。
「ノエルは優しいね」
ノエルはうつむいた。そんなことないと叫びたかった。
と、そのとき森から足音が聞こえた。現れたのは子ども達のリーダー格とも言える少年で、他の子ども達もいた。
「ノエル。いないと思ったら、そいつと会ってたのかよ」
少年は言うと、雪玉をつくって強くロコに投げあてた。
ロコはうめいて、凍った湖面に倒れ込む。子ども達は笑うだけだった。
ノエルは拳を握りしめつつも……何も言えない。
ただ、ロコを抱き起こそうと反射的に湖面に降りて歩いたのだが――
そのときだ。
凍った水面の下に、突如巨大な影が現れたのは。
●魔物
どおん、と爆発したような音が鳴った。湖の中から現れたそれが突然、氷を突き破ったのだ。
岸と湖面の境目に衝撃が生まれ、ノエルとロコは湖の中央の方へ吹き飛ばされる。
「な……何だぁ!」
少年達が陸から叫んで、見たそれは……ナマズの姿だった。
ただのナマズではなく、体に電気を走らせ、巨大化した、雑魔である。
それは水面から少年達を、ぎょろりとのぞいた。
「う、うわぁ! 逃げろ!」
少年達は、ノエルとロコのことなど放って、村へと走った。
ノエルは浮島のようになった氷の上でロコを起こしていた。
「ロコ、大丈夫か!」
「うん……僕は、平気、ノエルは?」
「平気だ。早く、戻ろう」
周囲や陸の近くは大部分、氷が壊れていたが……狭い氷の道が、かろうじて陸に一本だけ繋がっていた。水面下では影がちらついているが、道を走れば抜けられるだろう。
ノエルは、ロコを連れ、急いでそこを走り抜けようとした。
「わっ!」
だが、薄い氷はすぐに割れ……ノエルの半身を水に沈めた。
ノエルは這い上がろうとする。しかし、そこで気付いた。
今ので道が壊れた。完全に浮島となったロコの乗る氷は、背後に流れていた。自分が這い上がったら最後、ロコはもう、こちらに来られない。
ノエルは後ろに手を伸ばした。
「ロコ」
しかし、届かない。するとロコは、何かを決めたように陸を向いていた。
「ノエル、君だけ行って」
「……何言ってるんだよ」
「急がないと、氷が割れて、上がれなくなるよ。助けが来るかどうかもわからない。だからノエルは行った方がいいよ」
「ロコはどうするんだよ」
「僕は大丈夫。僕は、いらない子だから」
ノエルは二の句が継げなかった。
「最近では、お父さんもお母さんも、少し、僕に冷たいんだ。きっと、僕のせい。僕が、孤児だから……」
「そんな、こと……」
「ノエル……早く! 君だけは仲よくしてくれて嬉しかった。ありがとう」
ノエルに強い感情が走った。
ノエルは、思いきり氷から這い上がると、割れかけている氷を駆けて、陸に戻る。そのまま森を突っ切って走った。
●手をのばして
ノエルは、後悔していた。ロコに、親友に対して、今までしてきたことに。
お礼を言われる筋合いなんてない。
自分は、ロコに君だけ行って、と言われたとき、一瞬だけでも助かったと思ってしまった。
それのどこが、友達だ。
ノエルは涙を浮かべてがむしゃらに走った。
だからやり直そう、と思った。
もう、ロコと遊ぶのも一緒にいるのも、やめたりしない。僕らは親友だ。
誰に何を言われても、関係無い。親が何か言おうと、知ったことか。ずっと、仲よくやるんだ。
だから、その前に……ロコを助けなくちゃ。
ノエルは村で助けを求め叫んだ。でも、村人は対処に困るばかりだった。話もうまく伝わらず……何より、虐め一つ見過ごすような村人が、化け物が出たと聞いて何を出来ようか。
ノエルはそれでも諦めず駆け回った。
きっとそれは、最後の幸運だ。ノエルは走るうち、村人とは違う様相の人間たちとぶつかった。
それは、直前に他の依頼から帰って村にいた――ハンターであった。
ノエルは涙交じりに言った。
「ロコを……助けて……!」
リプレイ本文
●氷の世界
六人についてこようとしたノエルは、森の前で倒れ込んだ。村中を走り回って、一歩も動けないようだった。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は木にノエルの背を預けさせる。
「大丈夫ですか? あとは、私たちにまかせて、休んでいてください」
「ロコを……お願い……」
ノエルの涙声に――六人は、力強く頷いた。
そして、すぐに森へと駆け出す。
森は短く、抜けるのに時間はかからなかった。出た先に見えるのは、北へ広がる湖――その氷上に孤立する、少年。そして、湖内を泳ぐ雑魔の影。
「聞いたとおり、急いだ方が良さそうだな」
龍崎・カズマ(ka0178)は西へ駆け出す。それに、バレル・ブラウリィ(ka1228)が続く。
「俺たちは少年を助ける。その間、敵の誘導をまかせる」
バレルの言葉に頷いたのは、雨月彩萌(ka3925)。
「了解しました。お任せください」
水辺に留まると――瞳を血のような赤に染めた。
「作戦開始します。間違ってもわたしの射線上に入らないでください。射線修正などという、器用な事は出来ませんから」
瞬間、彩萌は、機導砲で水面を撃った。
どぱんっ! 水が弾けると、小ナマズが異常を察知し泳いでくる。まずは、誘導成功だ。
ユーリも誘導へと走りながら――左腕に黒い刺青模様を浮かべ、全身にも黒い雷のオーラを纏う。同時、髪が伸び、大人びた肉体へ変化した。
東から湖へ入り、氷上へと向かう。
途中、北方から大きな影が泳いでくるのが見えた。
ユーリは急ぎ、氷上に乗り上げた。間一髪、巨影はユーリがいた水中を通り過ぎる。
ユーリはトランシーバーを取った。完全防水というわけではない、が、機能は生きていた。
「こちらは誘導出来ています。救助を進めてください」
西岸。救出班の 刻崎 藤乃(ka3829)はゴムボートを浮かべるタイミングを計りつつ……ストレッチをしていた。
「まあ、わたくし、余り戦える状態ではありませんけれど……」
「体は平気?」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、二本のロープを結びながら言う。橋渡しの出来る長さではないが、こうしておけばあとで有用になる。
藤乃は重い傷が残る体だが、気合いを入れた。
「助ける人がいますから。頑張りますわ」
「無理はするなよ」
カズマの言葉に、藤乃はええ、と頷く。アルトはロープを藤乃に渡した。
「それじゃあ、彼――ロコの方をよろしくね。ボクたちは、しっかり警戒してるから」
「早速、来たようだぞ」
バレルが南方に目を向ける。小ナマズがこちらにも気づき、彩萌から逃れようとしていた。
バレルは瞬間、金色をした業火の幻影を纏った。散るのは、桜吹雪のような美しい火花。
そのままオートマチックの銃口を向ける。
視界の端には、湖上に孤立する少年の姿があった。
――少年の事情などは、聞きたくも知りたくも無かった。
(……知っちまったら、最後まで助けたくなるだろうが)
ばすっ! 狙撃で水面を弾けさせる。ナマズは彩萌の方へ戻った。
そこで藤乃のトランシーバーにユーリから連絡が入る。
藤乃はボートに乗って漕ぎだした。
「では、行ってきますわ」
気をつけて、と返しつつ、アルトも氷上の少年を見ていた。
彼――ロコはまだ何が起きているのかわからないというように、半分虚ろな顔で、じっとしていた。
かける言葉はいくらもあるような気がした。
でも、まずは助けてから、じっくり考えよう。
命は失ったらもう戻らないのだから。
「……待ってて」
アルトは武器を手に、水辺から警戒をはじめた。
●作戦
湖上に出た藤乃は、ボートをぱしゃぱしゃと漕いだ。目を青く変化させ――覚醒してはいるものの、攻撃を受ければただでは済むまいが……
「刻崎、何か危ないことがあったら言えよ!」
「今のところ平気ですわ!」
カズマの声に、腕を動かしながら藤乃は答える。現状、危機はなかった。
「――皆さんに奮闘していただいているおかげですわね」
彩萌は、二体のナマズを南にくぎ付けにしていた。
バレルの攻撃で押し戻されたナマズは、それでも隙を見て別の方へ注意を向けるが――
「逃すつもりはありませんよ」
道をふさぐように、機導砲の光が閃く。
ばしゃっ! ナマズは反抗して一瞬岸に飛び出すが、彩萌には届かない。
彩萌は歪虚を目の前にする実戦ははじめてだ。だが不安も緊張もない。反対に――どこか、落ち着いている。
東の氷上で――ユーリは、周囲を泳ぐ巨影を陽動していた。
氷の端に寄ると……ずおっ! 大きな影――巨大ナマズが水面から飛び出してきた。
ユーリは後方に跳んでよける。
(予想以上に、攻撃は強力そうね……)
砕けた氷を見て、警戒を続けるが――ふと気付くと、巨影が離れている。
気は引けていたはずだが、小ナマズと違い愚直に襲ってくるばかりではないようだ。
氷上から対処は……出来ない。ユーリはトランシーバーを取り出す。
「大ナマズがこっちに向かってきますわ」
藤乃は連絡を受け、陸に声を投げた。即座に動いたのは、カズマとアルト。
「お呼びでないってことを、伝えておかなくちゃな」
湖の底から黒い影が見えてくると――カズマはリボルバーで狙撃。どん、と藤乃の近くの湖面に水柱が上がる。
「しぶきがあたるのは、勘弁してくれよ」
すると大ナマズは距離を取るが……すぐに、その北方で顔を出した。
素速くその近くの岸に走り込んだのは、アルト。
その体は炎のようなオーラを纏い、腰まで伸びた髪と、瞳まで燃えさかる火の色に染まっている。
「悪いけど、守るものがあるから。邪魔は、させないよ!」
ひゅうっ! アルトの放った手裏剣が大ナマズをかすめる。
それで巨体がひるんだかに見えたが……直後、大ナマズは潜りざま、体をかすかに発光させた。
南に向けてそのまま、電気を放出する。
「刻崎さん、気をつけて!」
直前にアルトが叫んだ声を聞いて、藤乃はそれに気付く。ばちっ! 発光する電撃がボートを襲うが――
藤乃はとっさにボートの端に寄り……ぎりぎり当たらない。ボート自体は多少、焼け焦げていたが。
「刻崎、平気か!」
「え、ええ、何とか、助かりましたわ!」
カズマに答えると、藤乃はボートを前進させていく。
アルトとカズマがさらに牽制すると、大ナマズは――ユーリがいる方へと、戻っていった。
南岸。彩萌の元で時折予測外の動きを見せる小ナマズ二匹だが――ばすっ、とバレルの横からの射撃が壁となり、通さない。
バレルは牽制しつつ西に戻り――氷上を見ていた。
「……頼んだぞ」
そこへ、藤乃が到着していた。
●脱出
藤乃が氷上に上がると、そこに線の細い少年――ロコはいた。
「ロコ。助けに来ましたわ」
ロコは……藤乃の言葉に、ぼんやりと顔を上げる。皆が自分を助けに来たと、はじめて気付いたようだった。
藤乃はロコを立たせようとした。だがロコは力なく、うつむいた。
「……どうして、僕、なんか……? 助けてもらう価値なんて、僕には……」
藤乃は、かがんでロコに目線を合わせた。
「事情は少しはお聞きしましたわ。貴方は、自分が必要とされてないとお思いのようですが……貴方の事を大事に想っている人が、いるんですのよ」
え……? と、ロコは顔を上げた。
「その人のおかげで、わたくしたちは今ここにいますわ」
「……ノエル……?」
「彼に会うためにも、まずは生きて、ここを出ませんこと?」
すると――ロコは、ゆっくりと立ち上がった。虚ろなものを残しつつも、少し表情を変えて。
藤乃は頷き、ロコと一緒にボートに乗った。
湖上を数メートル進み、ロープの片端を結んだ矢を、岸に射る。
「待ってたぜ」
カズマがそれを素速く回収、アルトの馬に端を咥えさせた。
「ちょっと衝撃があるかも知れないから注意して!」
アルトは馬と同時に、自分もロープを引っぱった。
ざざっ! と波立つ速度でボートは移動し――岸に戻ったのはすぐだった。
ロコを抱きしめたまま陸に上がった藤乃が少しよろけて……それをバレルが、支えていた。
「……平気か」
「ありがとうですわ。……あとは皆さんに、お任せですわね」
「そうですか。わかりました」
連絡を受けたユーリは――氷上、居合いの構えを取る。陽動は終わりだ。
ほどなく、大ナマズがユーリを狙い、ざんっ、と顔を出してきた。
瞬間、踏み込み、抜刀。勢いそのままに、斬撃を正面からたたき込んだ。
ざばっ! 大ナマズは身を翻し、潜る。ユーリはさらに待ち受ける。
「……いくらでもたたき込んであげるわ」
南方、彩萌もマテリアルで自身の防御力を高めると――水辺に近づき、水中拳銃で小ナマズを撃ちはじめる。
反撃しようと水面に出たナマズを狙い、さらにマテリアルを集中。
……戦うにつれてさらに気持ちが静まる。
歪虚という異常な存在が、逆説的に自分の『正常』を証明するからだろうか?
「……いずれにせよ、わたしがこの場でやるべき事は変わりませんね。――『異常』を、排除します」
どうっ! 光が爆ぜて、ナマズは吹き飛ばされ、消滅した。
残りの一匹が横にそれるが――カズマが逃さない。
「残念だが、もう手加減は無しだ」
ぼっ! リボルバーの弾丸が小ナマズの胴体を撃ち抜く。ナマズは混乱して跳ねると、目についた敵影――バレルの方へ電撃を放つ。
バレルは水辺から一歩引くだけでそれをよけると……オートマチックを持った手をのばす。
「いつまでもお前らに構っている暇は無い。……龍崎、これで仕留めるぞ」
「もちろんさ」
どうっ、とカズマが狙撃する。跳ねたその一匹は、バレルの継いでの銃撃に撃ち抜かれ……水に沈むように、息絶えた。
どぉん、と氷が砕ける。
ユーリの乗る氷に、大ナマズが体当たりを繰り返していた。
氷が沈みかけたところで、しかしユーリは跳躍。近くなっていた岸に着地した。
それでも大ナマズはユーリに目をつけていたが――そこで、アルトが合流した。
「援護するよ!」
間を置かず、ざば、と大ナマズが顔を出す。
そのときアルトは既に振動刀を構えていた。
ユーリの剣術を見て、戦士としてどこか触発される部分があった。抜刀術は、自分も得意だ。
「はあっ!」
一閃、アルトの剣撃が大ナマズの頭部を襲った。
大ナマズは飛び出るような体当たりで反撃するが――アルトは腕で防ぐ。
大ナマズが水中へ逃げたところで……バレル、彩萌、カズマも合流した。
「あとはこいつを倒すだけだな」
カズマが銃をリロードすると、皆も武器を構えた。
●灯火
まず彩萌が、水中拳銃で牽制、大ナマズの動きを限定していった。
するとすぐに大ナマズは、ずおっ、と体を水面から出した。
そこを真っ先にバレルが狙撃した。大ナマズは湖内へ再び逃げる。
「まるでもぐら叩きですね。遊んだ事はありませんが」
彩萌は言いながらも牽制を続ける。と、大ナマズは今度は勢いよく飛び出し、バレルに反撃する。
バレルはしかし、武器で正面から防御。
「――動きが鈍いな。もう、お前は死が近い」
ナマズが引っ込む前に、直剣での一撃をたたき込んだ。
言葉通り、ナマズは体液を流し、その場でばたばたっ、と暴れるだけだった。それでもその場で電気を溜め、出来る限りの殺戮をしようと目論むが――
「させるかよ」
カズマの銃弾がそれを止める。ほぼ同時、ユーリが走り込み、剣を振り下ろしていた。
ふとユーリは、ノエルの泣き顔を思い浮かべる。
きっと、あの少年は悩み、苦しんできた。
でも、大丈夫。
『今』を変える為に動いたその勇気を、無駄にはさせない為に。
「道を、切り開いてあげますから」
二人の攻撃が巨体を討つ。衝撃に飲み込まれるようにして――大ナマズは消滅した。
五人は藤乃のもとへ戻った。
「お疲れ様でしたわ。ロコにはけがもありません」
ただ、ロコはまだ、うつむいていた。激しい戦闘を、見たためであろうか。
「僕を……助けるために。こんなことをする必要、なかった、と思う……」
するとカズマが息をついて言う。
「不幸自慢なんぞに意味はねぇぞ、ガキ」
頭に手を置き、のぞき込んだ。
「刻崎に言われたばかりなんだろ。二つ、覚えとけ。お前は養親って相談相手がいるって事。そして、お前を助けてほしいと心から願った奴が居るって事だ」
言葉に、ロコはまだどこか、半信半疑な様子でもあった。
だが――あっと、表情を変える。
森の方に、息を上げてやってきた少年……ノエルがいた。
ノエルは、涙を浮かべて走ると、ロコにしがみついた。
「ロコ! ごめん……! 友達なのに。ずっとひどいことしてて。ごめん……」
「……そんな。いいのに、僕、なんて……」
「よくないよ。僕を、もう一度友達にして。だから、ごめん」
「ノエル……いいの……?」
遅れて、事態を知った大人達が森からやってきた。
そこから二人の男女が出てくる。ロコの、親であろう。急いで近づくと、ロコを抱きしめた。
「……お父さん。お母さん……」
大丈夫かい、と二人はしきりにロコに声をかけていた。カズマは肩をすくめる。
「何だ、いい親じゃねぇか」
「……村のことで、気が張り詰めちゃっていたのかも知れないね」
アルトは言って、ロコの前にしゃがみこむ。
「ねえ、ロコ。ボクは、人生で一番重要なのは本人の想いだと思う、けど。こんな親御さんもいて、友達もいる。それでも、今も自分をいらない子だと、本当に思う?」
「……」
「その人たちの想いまで嘘だったことに、するのかな?」
ロコは、黙ると……ぽた、ぽた、と涙のしずくを落とす。
それはきっと、答えだ。
「そう、有象無象の言葉なんぞ放っておけ。お前は家族に、友に必要とされてる。愛されてる」
カズマの言葉に、ロコは頷いてから、声をあげて泣いた。
「大変なことはあるかも知れませんが。でも頑張ってください」
「ボク達に出来ることがあれば、言ってね」
ユーリとアルトが言うと、両親が礼を述べ――落ち着いたロコとノエルも、頭を下げた。
「あの……ありがとう」
それでも言い足らなそうな少年達だったが……バレルの言葉が、それを締めた。
「早く村に戻ればいいさ。今回の仕事は子どもを守ること。体でも冷やされたら、敵わない」
うん、と言って……二人はロコの親と一緒に、歩いて行く。
彩萌は一人、それを距離を置いて眺めていた。
他人の事情に踏み込むつもりはなかった。少年達の心情も、彩萌にはわからない。
あるのは、自分の『異常』な肉親への、嫌悪。だから他人の気持ちがわからなくとも――
「独りでも、『正常』ならばわたしは構いません」
一人小さく、呟いていた。
藤乃は最後、歩くロコを見て――少しだけほほえましげな気持ちになった。
きっと大丈夫だろう、と思ったのだ。
暗い世界に光る一つの灯火のように……ノエルと歩くロコの顔には、小さいけれど温かい笑みが浮かんでいた。
六人についてこようとしたノエルは、森の前で倒れ込んだ。村中を走り回って、一歩も動けないようだった。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は木にノエルの背を預けさせる。
「大丈夫ですか? あとは、私たちにまかせて、休んでいてください」
「ロコを……お願い……」
ノエルの涙声に――六人は、力強く頷いた。
そして、すぐに森へと駆け出す。
森は短く、抜けるのに時間はかからなかった。出た先に見えるのは、北へ広がる湖――その氷上に孤立する、少年。そして、湖内を泳ぐ雑魔の影。
「聞いたとおり、急いだ方が良さそうだな」
龍崎・カズマ(ka0178)は西へ駆け出す。それに、バレル・ブラウリィ(ka1228)が続く。
「俺たちは少年を助ける。その間、敵の誘導をまかせる」
バレルの言葉に頷いたのは、雨月彩萌(ka3925)。
「了解しました。お任せください」
水辺に留まると――瞳を血のような赤に染めた。
「作戦開始します。間違ってもわたしの射線上に入らないでください。射線修正などという、器用な事は出来ませんから」
瞬間、彩萌は、機導砲で水面を撃った。
どぱんっ! 水が弾けると、小ナマズが異常を察知し泳いでくる。まずは、誘導成功だ。
ユーリも誘導へと走りながら――左腕に黒い刺青模様を浮かべ、全身にも黒い雷のオーラを纏う。同時、髪が伸び、大人びた肉体へ変化した。
東から湖へ入り、氷上へと向かう。
途中、北方から大きな影が泳いでくるのが見えた。
ユーリは急ぎ、氷上に乗り上げた。間一髪、巨影はユーリがいた水中を通り過ぎる。
ユーリはトランシーバーを取った。完全防水というわけではない、が、機能は生きていた。
「こちらは誘導出来ています。救助を進めてください」
西岸。救出班の 刻崎 藤乃(ka3829)はゴムボートを浮かべるタイミングを計りつつ……ストレッチをしていた。
「まあ、わたくし、余り戦える状態ではありませんけれど……」
「体は平気?」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、二本のロープを結びながら言う。橋渡しの出来る長さではないが、こうしておけばあとで有用になる。
藤乃は重い傷が残る体だが、気合いを入れた。
「助ける人がいますから。頑張りますわ」
「無理はするなよ」
カズマの言葉に、藤乃はええ、と頷く。アルトはロープを藤乃に渡した。
「それじゃあ、彼――ロコの方をよろしくね。ボクたちは、しっかり警戒してるから」
「早速、来たようだぞ」
バレルが南方に目を向ける。小ナマズがこちらにも気づき、彩萌から逃れようとしていた。
バレルは瞬間、金色をした業火の幻影を纏った。散るのは、桜吹雪のような美しい火花。
そのままオートマチックの銃口を向ける。
視界の端には、湖上に孤立する少年の姿があった。
――少年の事情などは、聞きたくも知りたくも無かった。
(……知っちまったら、最後まで助けたくなるだろうが)
ばすっ! 狙撃で水面を弾けさせる。ナマズは彩萌の方へ戻った。
そこで藤乃のトランシーバーにユーリから連絡が入る。
藤乃はボートに乗って漕ぎだした。
「では、行ってきますわ」
気をつけて、と返しつつ、アルトも氷上の少年を見ていた。
彼――ロコはまだ何が起きているのかわからないというように、半分虚ろな顔で、じっとしていた。
かける言葉はいくらもあるような気がした。
でも、まずは助けてから、じっくり考えよう。
命は失ったらもう戻らないのだから。
「……待ってて」
アルトは武器を手に、水辺から警戒をはじめた。
●作戦
湖上に出た藤乃は、ボートをぱしゃぱしゃと漕いだ。目を青く変化させ――覚醒してはいるものの、攻撃を受ければただでは済むまいが……
「刻崎、何か危ないことがあったら言えよ!」
「今のところ平気ですわ!」
カズマの声に、腕を動かしながら藤乃は答える。現状、危機はなかった。
「――皆さんに奮闘していただいているおかげですわね」
彩萌は、二体のナマズを南にくぎ付けにしていた。
バレルの攻撃で押し戻されたナマズは、それでも隙を見て別の方へ注意を向けるが――
「逃すつもりはありませんよ」
道をふさぐように、機導砲の光が閃く。
ばしゃっ! ナマズは反抗して一瞬岸に飛び出すが、彩萌には届かない。
彩萌は歪虚を目の前にする実戦ははじめてだ。だが不安も緊張もない。反対に――どこか、落ち着いている。
東の氷上で――ユーリは、周囲を泳ぐ巨影を陽動していた。
氷の端に寄ると……ずおっ! 大きな影――巨大ナマズが水面から飛び出してきた。
ユーリは後方に跳んでよける。
(予想以上に、攻撃は強力そうね……)
砕けた氷を見て、警戒を続けるが――ふと気付くと、巨影が離れている。
気は引けていたはずだが、小ナマズと違い愚直に襲ってくるばかりではないようだ。
氷上から対処は……出来ない。ユーリはトランシーバーを取り出す。
「大ナマズがこっちに向かってきますわ」
藤乃は連絡を受け、陸に声を投げた。即座に動いたのは、カズマとアルト。
「お呼びでないってことを、伝えておかなくちゃな」
湖の底から黒い影が見えてくると――カズマはリボルバーで狙撃。どん、と藤乃の近くの湖面に水柱が上がる。
「しぶきがあたるのは、勘弁してくれよ」
すると大ナマズは距離を取るが……すぐに、その北方で顔を出した。
素速くその近くの岸に走り込んだのは、アルト。
その体は炎のようなオーラを纏い、腰まで伸びた髪と、瞳まで燃えさかる火の色に染まっている。
「悪いけど、守るものがあるから。邪魔は、させないよ!」
ひゅうっ! アルトの放った手裏剣が大ナマズをかすめる。
それで巨体がひるんだかに見えたが……直後、大ナマズは潜りざま、体をかすかに発光させた。
南に向けてそのまま、電気を放出する。
「刻崎さん、気をつけて!」
直前にアルトが叫んだ声を聞いて、藤乃はそれに気付く。ばちっ! 発光する電撃がボートを襲うが――
藤乃はとっさにボートの端に寄り……ぎりぎり当たらない。ボート自体は多少、焼け焦げていたが。
「刻崎、平気か!」
「え、ええ、何とか、助かりましたわ!」
カズマに答えると、藤乃はボートを前進させていく。
アルトとカズマがさらに牽制すると、大ナマズは――ユーリがいる方へと、戻っていった。
南岸。彩萌の元で時折予測外の動きを見せる小ナマズ二匹だが――ばすっ、とバレルの横からの射撃が壁となり、通さない。
バレルは牽制しつつ西に戻り――氷上を見ていた。
「……頼んだぞ」
そこへ、藤乃が到着していた。
●脱出
藤乃が氷上に上がると、そこに線の細い少年――ロコはいた。
「ロコ。助けに来ましたわ」
ロコは……藤乃の言葉に、ぼんやりと顔を上げる。皆が自分を助けに来たと、はじめて気付いたようだった。
藤乃はロコを立たせようとした。だがロコは力なく、うつむいた。
「……どうして、僕、なんか……? 助けてもらう価値なんて、僕には……」
藤乃は、かがんでロコに目線を合わせた。
「事情は少しはお聞きしましたわ。貴方は、自分が必要とされてないとお思いのようですが……貴方の事を大事に想っている人が、いるんですのよ」
え……? と、ロコは顔を上げた。
「その人のおかげで、わたくしたちは今ここにいますわ」
「……ノエル……?」
「彼に会うためにも、まずは生きて、ここを出ませんこと?」
すると――ロコは、ゆっくりと立ち上がった。虚ろなものを残しつつも、少し表情を変えて。
藤乃は頷き、ロコと一緒にボートに乗った。
湖上を数メートル進み、ロープの片端を結んだ矢を、岸に射る。
「待ってたぜ」
カズマがそれを素速く回収、アルトの馬に端を咥えさせた。
「ちょっと衝撃があるかも知れないから注意して!」
アルトは馬と同時に、自分もロープを引っぱった。
ざざっ! と波立つ速度でボートは移動し――岸に戻ったのはすぐだった。
ロコを抱きしめたまま陸に上がった藤乃が少しよろけて……それをバレルが、支えていた。
「……平気か」
「ありがとうですわ。……あとは皆さんに、お任せですわね」
「そうですか。わかりました」
連絡を受けたユーリは――氷上、居合いの構えを取る。陽動は終わりだ。
ほどなく、大ナマズがユーリを狙い、ざんっ、と顔を出してきた。
瞬間、踏み込み、抜刀。勢いそのままに、斬撃を正面からたたき込んだ。
ざばっ! 大ナマズは身を翻し、潜る。ユーリはさらに待ち受ける。
「……いくらでもたたき込んであげるわ」
南方、彩萌もマテリアルで自身の防御力を高めると――水辺に近づき、水中拳銃で小ナマズを撃ちはじめる。
反撃しようと水面に出たナマズを狙い、さらにマテリアルを集中。
……戦うにつれてさらに気持ちが静まる。
歪虚という異常な存在が、逆説的に自分の『正常』を証明するからだろうか?
「……いずれにせよ、わたしがこの場でやるべき事は変わりませんね。――『異常』を、排除します」
どうっ! 光が爆ぜて、ナマズは吹き飛ばされ、消滅した。
残りの一匹が横にそれるが――カズマが逃さない。
「残念だが、もう手加減は無しだ」
ぼっ! リボルバーの弾丸が小ナマズの胴体を撃ち抜く。ナマズは混乱して跳ねると、目についた敵影――バレルの方へ電撃を放つ。
バレルは水辺から一歩引くだけでそれをよけると……オートマチックを持った手をのばす。
「いつまでもお前らに構っている暇は無い。……龍崎、これで仕留めるぞ」
「もちろんさ」
どうっ、とカズマが狙撃する。跳ねたその一匹は、バレルの継いでの銃撃に撃ち抜かれ……水に沈むように、息絶えた。
どぉん、と氷が砕ける。
ユーリの乗る氷に、大ナマズが体当たりを繰り返していた。
氷が沈みかけたところで、しかしユーリは跳躍。近くなっていた岸に着地した。
それでも大ナマズはユーリに目をつけていたが――そこで、アルトが合流した。
「援護するよ!」
間を置かず、ざば、と大ナマズが顔を出す。
そのときアルトは既に振動刀を構えていた。
ユーリの剣術を見て、戦士としてどこか触発される部分があった。抜刀術は、自分も得意だ。
「はあっ!」
一閃、アルトの剣撃が大ナマズの頭部を襲った。
大ナマズは飛び出るような体当たりで反撃するが――アルトは腕で防ぐ。
大ナマズが水中へ逃げたところで……バレル、彩萌、カズマも合流した。
「あとはこいつを倒すだけだな」
カズマが銃をリロードすると、皆も武器を構えた。
●灯火
まず彩萌が、水中拳銃で牽制、大ナマズの動きを限定していった。
するとすぐに大ナマズは、ずおっ、と体を水面から出した。
そこを真っ先にバレルが狙撃した。大ナマズは湖内へ再び逃げる。
「まるでもぐら叩きですね。遊んだ事はありませんが」
彩萌は言いながらも牽制を続ける。と、大ナマズは今度は勢いよく飛び出し、バレルに反撃する。
バレルはしかし、武器で正面から防御。
「――動きが鈍いな。もう、お前は死が近い」
ナマズが引っ込む前に、直剣での一撃をたたき込んだ。
言葉通り、ナマズは体液を流し、その場でばたばたっ、と暴れるだけだった。それでもその場で電気を溜め、出来る限りの殺戮をしようと目論むが――
「させるかよ」
カズマの銃弾がそれを止める。ほぼ同時、ユーリが走り込み、剣を振り下ろしていた。
ふとユーリは、ノエルの泣き顔を思い浮かべる。
きっと、あの少年は悩み、苦しんできた。
でも、大丈夫。
『今』を変える為に動いたその勇気を、無駄にはさせない為に。
「道を、切り開いてあげますから」
二人の攻撃が巨体を討つ。衝撃に飲み込まれるようにして――大ナマズは消滅した。
五人は藤乃のもとへ戻った。
「お疲れ様でしたわ。ロコにはけがもありません」
ただ、ロコはまだ、うつむいていた。激しい戦闘を、見たためであろうか。
「僕を……助けるために。こんなことをする必要、なかった、と思う……」
するとカズマが息をついて言う。
「不幸自慢なんぞに意味はねぇぞ、ガキ」
頭に手を置き、のぞき込んだ。
「刻崎に言われたばかりなんだろ。二つ、覚えとけ。お前は養親って相談相手がいるって事。そして、お前を助けてほしいと心から願った奴が居るって事だ」
言葉に、ロコはまだどこか、半信半疑な様子でもあった。
だが――あっと、表情を変える。
森の方に、息を上げてやってきた少年……ノエルがいた。
ノエルは、涙を浮かべて走ると、ロコにしがみついた。
「ロコ! ごめん……! 友達なのに。ずっとひどいことしてて。ごめん……」
「……そんな。いいのに、僕、なんて……」
「よくないよ。僕を、もう一度友達にして。だから、ごめん」
「ノエル……いいの……?」
遅れて、事態を知った大人達が森からやってきた。
そこから二人の男女が出てくる。ロコの、親であろう。急いで近づくと、ロコを抱きしめた。
「……お父さん。お母さん……」
大丈夫かい、と二人はしきりにロコに声をかけていた。カズマは肩をすくめる。
「何だ、いい親じゃねぇか」
「……村のことで、気が張り詰めちゃっていたのかも知れないね」
アルトは言って、ロコの前にしゃがみこむ。
「ねえ、ロコ。ボクは、人生で一番重要なのは本人の想いだと思う、けど。こんな親御さんもいて、友達もいる。それでも、今も自分をいらない子だと、本当に思う?」
「……」
「その人たちの想いまで嘘だったことに、するのかな?」
ロコは、黙ると……ぽた、ぽた、と涙のしずくを落とす。
それはきっと、答えだ。
「そう、有象無象の言葉なんぞ放っておけ。お前は家族に、友に必要とされてる。愛されてる」
カズマの言葉に、ロコは頷いてから、声をあげて泣いた。
「大変なことはあるかも知れませんが。でも頑張ってください」
「ボク達に出来ることがあれば、言ってね」
ユーリとアルトが言うと、両親が礼を述べ――落ち着いたロコとノエルも、頭を下げた。
「あの……ありがとう」
それでも言い足らなそうな少年達だったが……バレルの言葉が、それを締めた。
「早く村に戻ればいいさ。今回の仕事は子どもを守ること。体でも冷やされたら、敵わない」
うん、と言って……二人はロコの親と一緒に、歩いて行く。
彩萌は一人、それを距離を置いて眺めていた。
他人の事情に踏み込むつもりはなかった。少年達の心情も、彩萌にはわからない。
あるのは、自分の『異常』な肉親への、嫌悪。だから他人の気持ちがわからなくとも――
「独りでも、『正常』ならばわたしは構いません」
一人小さく、呟いていた。
藤乃は最後、歩くロコを見て――少しだけほほえましげな気持ちになった。
きっと大丈夫だろう、と思ったのだ。
暗い世界に光る一つの灯火のように……ノエルと歩くロコの顔には、小さいけれど温かい笑みが浮かんでいた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/08 10:08:59 |
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子供の救助など 龍崎・カズマ(ka0178) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/02/12 21:28:32 |