ゲスト
(ka0000)
夜盗たち
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/17 19:00
- 完成日
- 2015/02/24 01:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ゾンネンシュトラール帝国の首都、バルトアンデルス。
その近郊の新居で暮らすシュトックハウゼン氏は、
革命以後に頭角を現した、所謂新興ブルジョワと呼ばれる資本家たちのひとりである。
地方に大きな牧場をいくつかと有名な紡績工場を経営、
紡績業での成功を活かして工業機械の分野にも手を伸ばし、
近頃は大型魔法装置の運用に欠かせない鉱物性マテリアルの採掘や精製にも一枚噛もうと、
数日おきに帝都へ通っては社交と金策へ勤しむ日々を送っていた。
その家は元々どこかの田舎貴族が、重要行事の折に帝都へ通いづめになったときの為に建てた別荘だった。
大して使われもしない内に革命が勃発、財産没収で国有化されたものを、
シュトックハウゼン氏がちょっとしたコネで買い取り今に至る。
近所の家々も似たようなもので、大抵は彼と同じ新興ブルジョワ、
あるいは現帝国軍で出世した若年将校たちの住居となっている。
目の前に広い街道が走っていて交通の便が良く、帝都へ1、2時間で移動できるのがありがたかった。
帝都に直接家を構えていたような大物貴族のそれと違い、こじんまりとしてけばけばしくないのも良い。
革命から12年後の当節、都会ではかつての社交界が復活してきて、
実用一辺倒だった実業家たちの暮らし振りも次第に華美になってきているが、
流行にいまいち乗り切れないシュトックハウゼン氏には、今の家が気性に合った。
せいぜいが厩舎を魔導自動車のガレージに作り替えたくらいで、
後は客前でぎりぎり恥ずかしくない程度の調度を揃え、使用人も最低限だけ。
大人しい妻と幼い子供ふたりを抱え、至って地味で平和な生活であった。
●
その日の朝、シュトックハウゼン氏は帝都でとある銀行家――
破産した自作農家たちからの過酷な債権取り立てでもって悪名高い男――と手強い交渉の用があり、
普段より気合を入れて身なりを整え、妻にネクタイが曲がっていないか3度もチェックさせてようやく、
執事兼運転手が待つ魔導自動車の後部座席へ乗り込んだ。
気を遣った執事は言葉少なに車を出し、安全運転でゆるゆると流していく。
と、街道沿いに並んだ家の1軒の門前に、何やら人だかりができている。
少々気になったが、仕事のことで頭が一杯のシュトックハウゼン氏は特に車を停めさせることもなく、
ただ人々が深刻そうな顔で何ごとかを話し合うのを横目で眺めていくに留めた。
午後。交渉をどうにか上首尾に終え、満足げに家路へつこうとするシュトックハウゼン氏。
ところが執事と車の前で落ち合うと、どういう訳かその顔が青ざめている。
「旦那様、大変です」
聞けば、主人が屋内で銀行家と話し合っている間、近所のカフェで休憩を取っていたらしい。
そこで読んだ新聞で、今朝の人だかりの正体が分かったのだとか。
「強盗ですよ。3人組が夜中に押し入って、ベッカー氏とその家族、
使用人も全員縛り上げた上で、金目のものをごっそり盗っていったそうです」
慌てて帰れば、件の家からは既に人だかりが消えていたが、妻が何やら不安そうにしている。
散歩の折、ご近所の婦人連から井戸端会議で事件のことを聞かされたのだろう。
それか、家政婦が噂を仕入れてきたか。シュトックハウゼン氏は妻の手を握って言う。
「大丈夫だよ。ベッカーさんは不運だったが、こういうことは2度3度とあるもんじゃない。
みんなこれから気をつけるだろうから、泥棒たちだってすぐ他所へ行くさ」
●
行かなかった。強盗たちは1週間と経たずの内に、更に2軒へ押し入って荒稼ぎしていった。
被害者は全て新興ブルジョワの住居。金目のものがある筈と狙い澄ましての犯行らしい。
シュトックハウゼン氏もうかうかしていられず、仕方なく買った銃を寝室へ置くようになった。
門番も銃を持っていることだし、きちんと自衛すれば、例え強盗に入られても無事追い返せるだろう――
追い返せなかった。4件目で遂に死者が出た。
主人はシュトックハウゼン氏よろしく銃を持って戦ったのだが、撃ち返されて死んでしまった。
銃声が近隣一帯に響いたので、強盗たちも流石にすぐさま逃げ去ったそうだが、
葬儀へ参列したシュトックハウゼン氏の頭には、次はうちだ、という強い予感がついて離れなかった。
強盗たちは明らかに、その家の住人が金持ちであると何らかの方法で当たりをつけている。
事実、4件全てが新興ブルジョワの家で起こったもので、旧貴族や将校の家には全く被害が出ていない。
そして、これまで被害に遭った4軒はどれもシュトックハウゼン邸から程近い場所にある。
(俺は狙われている)
確信したシュトックハウゼン氏は、使用人たちに命じて事件に関する情報を集めさせた。
自らも帝都で新聞を買い当たり、この連続強盗事件についての記事を切り抜いた。
やがておぼろげながらも、敵の人数、武装の程度や犯行の手口が分かってきた。
●
強盗たちのこれまでの手口はこうだ。
夜半、家の周囲に巡らされた柵を乗り越えて敷地へ侵入する。
人数は3~5人。いずれも軽装で、高い柵でも難なく越えられる。
番犬が庭にいる場合は、予め匂いの強い餌を投げ込んで気を惹いておく。
強い眠り薬でも入っているようで、犬は朝まで目を醒まさない。
手分けして玄関や勝手口、1階の窓等の侵入路を確保。
中の気配をうかがいながら、まずはふたりほどが鍵を開錠して屋内へ。
自分たちからは決して灯りを点けず、暗い家の中でも音を立てず素早く移動できる。
そうしてまずは寝室や使用人部屋を押さえ、住人全員を脅して拘束する。
脅しに使うのはもっぱら拳銃らしいが、他にもナイフや棍棒くらいは持っていそうだ。
抵抗されれば躊躇なく武器を使う。拘束された住人からは金品の在り処を聞き出し、家を捜索。
夜目が利くらしく、この段階でも灯りはなしだそうだ。
それなりの戦果が手に入ると、住人を縛ったままにして逃走。
大きいものは持ち出さず、金貨銀貨や宝飾品だけを奪っていく。
手慣れている。これでは素人の自主防衛は難しそうだ。
寝ずの番を家の周りに張っておけば犯行自体は防げそうだが、いつまでも警戒を続けている訳にはいかない。
殺人をもいとわない凶悪な連中なら、夜闇に乗じて番人を排除してしまうかも知れない。
(敵がプロなら、こっちもプロを使う)
ハンターを護衛にして、逆に強盗団を一網打尽にする。
全員きっちり捕まえてしまえば不安も晴れるし、隣人の敵討にもなるだろう。
自分や使用人たちは仕事の都合もあって家を離れることができないが、妻や子供は実家に預けておいても良い。
書斎でひとり、慣れない手つきで新品の銃を手入れしながら、シュトックハウゼン氏は思った。
ハンターならきっと上手くやってくれる。折角手に入れた新居、強盗風情に怯えて逃げ出す気は更々ない、と。
ゾンネンシュトラール帝国の首都、バルトアンデルス。
その近郊の新居で暮らすシュトックハウゼン氏は、
革命以後に頭角を現した、所謂新興ブルジョワと呼ばれる資本家たちのひとりである。
地方に大きな牧場をいくつかと有名な紡績工場を経営、
紡績業での成功を活かして工業機械の分野にも手を伸ばし、
近頃は大型魔法装置の運用に欠かせない鉱物性マテリアルの採掘や精製にも一枚噛もうと、
数日おきに帝都へ通っては社交と金策へ勤しむ日々を送っていた。
その家は元々どこかの田舎貴族が、重要行事の折に帝都へ通いづめになったときの為に建てた別荘だった。
大して使われもしない内に革命が勃発、財産没収で国有化されたものを、
シュトックハウゼン氏がちょっとしたコネで買い取り今に至る。
近所の家々も似たようなもので、大抵は彼と同じ新興ブルジョワ、
あるいは現帝国軍で出世した若年将校たちの住居となっている。
目の前に広い街道が走っていて交通の便が良く、帝都へ1、2時間で移動できるのがありがたかった。
帝都に直接家を構えていたような大物貴族のそれと違い、こじんまりとしてけばけばしくないのも良い。
革命から12年後の当節、都会ではかつての社交界が復活してきて、
実用一辺倒だった実業家たちの暮らし振りも次第に華美になってきているが、
流行にいまいち乗り切れないシュトックハウゼン氏には、今の家が気性に合った。
せいぜいが厩舎を魔導自動車のガレージに作り替えたくらいで、
後は客前でぎりぎり恥ずかしくない程度の調度を揃え、使用人も最低限だけ。
大人しい妻と幼い子供ふたりを抱え、至って地味で平和な生活であった。
●
その日の朝、シュトックハウゼン氏は帝都でとある銀行家――
破産した自作農家たちからの過酷な債権取り立てでもって悪名高い男――と手強い交渉の用があり、
普段より気合を入れて身なりを整え、妻にネクタイが曲がっていないか3度もチェックさせてようやく、
執事兼運転手が待つ魔導自動車の後部座席へ乗り込んだ。
気を遣った執事は言葉少なに車を出し、安全運転でゆるゆると流していく。
と、街道沿いに並んだ家の1軒の門前に、何やら人だかりができている。
少々気になったが、仕事のことで頭が一杯のシュトックハウゼン氏は特に車を停めさせることもなく、
ただ人々が深刻そうな顔で何ごとかを話し合うのを横目で眺めていくに留めた。
午後。交渉をどうにか上首尾に終え、満足げに家路へつこうとするシュトックハウゼン氏。
ところが執事と車の前で落ち合うと、どういう訳かその顔が青ざめている。
「旦那様、大変です」
聞けば、主人が屋内で銀行家と話し合っている間、近所のカフェで休憩を取っていたらしい。
そこで読んだ新聞で、今朝の人だかりの正体が分かったのだとか。
「強盗ですよ。3人組が夜中に押し入って、ベッカー氏とその家族、
使用人も全員縛り上げた上で、金目のものをごっそり盗っていったそうです」
慌てて帰れば、件の家からは既に人だかりが消えていたが、妻が何やら不安そうにしている。
散歩の折、ご近所の婦人連から井戸端会議で事件のことを聞かされたのだろう。
それか、家政婦が噂を仕入れてきたか。シュトックハウゼン氏は妻の手を握って言う。
「大丈夫だよ。ベッカーさんは不運だったが、こういうことは2度3度とあるもんじゃない。
みんなこれから気をつけるだろうから、泥棒たちだってすぐ他所へ行くさ」
●
行かなかった。強盗たちは1週間と経たずの内に、更に2軒へ押し入って荒稼ぎしていった。
被害者は全て新興ブルジョワの住居。金目のものがある筈と狙い澄ましての犯行らしい。
シュトックハウゼン氏もうかうかしていられず、仕方なく買った銃を寝室へ置くようになった。
門番も銃を持っていることだし、きちんと自衛すれば、例え強盗に入られても無事追い返せるだろう――
追い返せなかった。4件目で遂に死者が出た。
主人はシュトックハウゼン氏よろしく銃を持って戦ったのだが、撃ち返されて死んでしまった。
銃声が近隣一帯に響いたので、強盗たちも流石にすぐさま逃げ去ったそうだが、
葬儀へ参列したシュトックハウゼン氏の頭には、次はうちだ、という強い予感がついて離れなかった。
強盗たちは明らかに、その家の住人が金持ちであると何らかの方法で当たりをつけている。
事実、4件全てが新興ブルジョワの家で起こったもので、旧貴族や将校の家には全く被害が出ていない。
そして、これまで被害に遭った4軒はどれもシュトックハウゼン邸から程近い場所にある。
(俺は狙われている)
確信したシュトックハウゼン氏は、使用人たちに命じて事件に関する情報を集めさせた。
自らも帝都で新聞を買い当たり、この連続強盗事件についての記事を切り抜いた。
やがておぼろげながらも、敵の人数、武装の程度や犯行の手口が分かってきた。
●
強盗たちのこれまでの手口はこうだ。
夜半、家の周囲に巡らされた柵を乗り越えて敷地へ侵入する。
人数は3~5人。いずれも軽装で、高い柵でも難なく越えられる。
番犬が庭にいる場合は、予め匂いの強い餌を投げ込んで気を惹いておく。
強い眠り薬でも入っているようで、犬は朝まで目を醒まさない。
手分けして玄関や勝手口、1階の窓等の侵入路を確保。
中の気配をうかがいながら、まずはふたりほどが鍵を開錠して屋内へ。
自分たちからは決して灯りを点けず、暗い家の中でも音を立てず素早く移動できる。
そうしてまずは寝室や使用人部屋を押さえ、住人全員を脅して拘束する。
脅しに使うのはもっぱら拳銃らしいが、他にもナイフや棍棒くらいは持っていそうだ。
抵抗されれば躊躇なく武器を使う。拘束された住人からは金品の在り処を聞き出し、家を捜索。
夜目が利くらしく、この段階でも灯りはなしだそうだ。
それなりの戦果が手に入ると、住人を縛ったままにして逃走。
大きいものは持ち出さず、金貨銀貨や宝飾品だけを奪っていく。
手慣れている。これでは素人の自主防衛は難しそうだ。
寝ずの番を家の周りに張っておけば犯行自体は防げそうだが、いつまでも警戒を続けている訳にはいかない。
殺人をもいとわない凶悪な連中なら、夜闇に乗じて番人を排除してしまうかも知れない。
(敵がプロなら、こっちもプロを使う)
ハンターを護衛にして、逆に強盗団を一網打尽にする。
全員きっちり捕まえてしまえば不安も晴れるし、隣人の敵討にもなるだろう。
自分や使用人たちは仕事の都合もあって家を離れることができないが、妻や子供は実家に預けておいても良い。
書斎でひとり、慣れない手つきで新品の銃を手入れしながら、シュトックハウゼン氏は思った。
ハンターならきっと上手くやってくれる。折角手に入れた新居、強盗風情に怯えて逃げ出す気は更々ない、と。
リプレイ本文
●
夕刻・帝都ゾンネンシュトラール。
銀行家との2度目の面会を終え、建物から出てきたばかりのシュトックハウゼン氏の前に、
ロイド・ブラック(ka0408)が颯爽と現れる。
「お疲れ様です、旦那様」
「あ……うむ」
雇い主が咳払いしつつ道路で待つ自動車へ歩いていくと、
ロイドはその横にぴたりとつき、辺りの人影に目を配った。
お抱えの学者という設定で、これ見よがしに小脇に図面束など抱えているが、
本当の仕事はシュトックハウゼン氏の日中の身辺警護だ。
車では、執事と共に壬生 義明(ka3397)が待っていて、
「やぁ、お疲れ様で……おっ美人」
ロイドたちと入れ違いに建物へ入っていく、
バッスルスタイルのドレスを着た女性などに見とれている――ようでいて、その目つきは鋭い。
車が執事の運転で走り出すと、
「帰宅まで、このまま何ごともなさそうですかねぇ」
助手席の窓から通りを眺めつつ、義明が言う。
「やはり、本番は夜か。
強盗たちが襲う相手を選んでいるなら、犯行前からこちらを見張っている可能性も考えたが」
後部座席に雇い主と並んで座り、ロイドは図面を膝上に広げて検討する振りをした。
不安げに爪を噛むシュトックハウゼン氏をちらと見て、
「緊張なさるのも無理ありませんが、恐らく夜までは荒事にならないでしょう。
留守を守っている4人は手練れですし、どうか今の内、お身体を休めておいて下さい」
●
シュトックハウゼン氏が帰宅すると、家では門番と家政婦、そして4人のハンターが待っていた。
子供ふたりと妻は、大事を取って妻の実家へ預けてある。
「夕食、これだけで足りるのかい?」
台所仕事を手伝うネリー・ベル(ka2910)へ、家政婦が尋ねた。
ネリーは慣れた様子で仕事の手を進めながら、
「私たちの食事は、お気遣いなさらず結構です」
「急に食卓が賑やかになったりしたら、見張っている強盗連中も警戒するだろう?」
ヴァージル・チェンバレン(ka1989)もナイフを上手に扱って、野菜の皮を剥いていた。
「やだわぁ。昼間から強盗がこの辺りにいるってこと?」
「それらしい奴は見かけなかったが、まぁ、気をつけるに越したことはないさ」
ふたりはそれぞれ、新入りの家政婦とコックに扮していた。
その仕事振りには本物の家政婦も感心したようで、
「にしても、あんたたち本当にハンターかい?
お芝居でなく、このままウチにいて欲しいくらいね。いっつも手が足りないんだから」
「生まれついてのハンター、などという人間はおらんよ。
今の職にありつくまで、我々も色々経験してきた……というところかな」
黙々と働くネリーを見やり、ヴァージルは思わせぶりな笑みを見せる。
夕食の支度を終えるとふたりはそれとなくキッチンを出、敵を迎え入れる為の細々とした準備を済ませた。
自動車には鎖をつなぎ、厩舎前に障害物を置いて盗難を防止。鍵は主人が預かった。
帰宅したばかりの義明も、護衛対象たちの寝泊りする部屋へ鳴子を仕掛け、不意の侵入へ備える。
庭では2匹のハスキーが駆け回っているが、これはエヴァンス・カルヴィ(ka0639)の飼い犬だ。
2階の子供部屋、カーテンの隙間から庭を眺めつつ、Holmes(ka3813)はじっと夜を待った。
(さてさて……どうなることやら)
●
「どうも緊張するね」
夜も更けて、寝室へ引っ込んだシュトックハウゼン氏。小声で護衛のロイドに話しかける。
窓の下に隠れたロイドは無言で頷くと、外の気配をうかがって息をこらした。
屋根裏では義明が執事と家政婦を守っている。そちらからは何の物音もしない。
子供部屋のHolmesもベッドに隠れたまま。廊下を歩く静かな足音は、見回りのネリーのものか。
階下ではヴァージルがキッチンに籠り、仕事の振りをして強盗を待ち受ける。
他の部屋もHolmesが調節した薄明かりに照らされて、エヴァンスがその中を巡回する――
犬を家の者に紹介したきり、誰もその姿を見ていない。布を被って家具に紛れ、仮眠を取っていたようだ。
庭で犬が吠える。ひと吠え、ふた吠え――鳴き止んだ。
芝生の上に何か落ち、そちらへ2匹が駆けていく。やがて何の音も聴こえなくなった。
それから30分ほど経った頃、
勝手口を外から引っ掻くような微かな音がしたかと思うと、唐突に扉が開いた。
ヴァージルの手が止まる。振り返れば侵入者がふたり、
どちらもチロルハットに裾の短い外套、その他全身黒ずくめの恰好だ。
手には回転式拳銃。ヴァージルは大人しく手を上げた。
「……こんばんは」
「そのまま動くな。この家には他に……」
「誰かいるのですか?」
ネリーがダイニングからキッチンの中を覗き込んだ。
強盗の片割れが素早く彼女に銃を向ける。無言で立ちすくむネリーへ寄って腕を取り、
「他の者が寝ている部屋へ案内しろ。騒げば殺す」
ネリーは抵抗せず、強盗ひとりを伴って部屋を去っていった。
残されたヴァージルの目前で、見張り役が片手に銃を持ったまま荒縄を取り出す。
●
強盗は他にもいて、ひとりが客用寝室の窓をこじ開け侵入してきた。
独特の歩法で、音もなくサロンへと入り込む。
外からは分厚いカーテンに隠れて見えなかったが、何故か明かりがひとつ点ったままになっている。
警戒して、強盗の身振りは慎重になった。低いテーブル、戸棚、壁にかけられた絵、
布のかかったコートハンガー。あまり高価そうなものはない。人もいない――
コートハンガーが動いた。布が除けられ、その下からLEDライトの白光が強盗の目をくらませた。
反射的に顔を庇って上げた二の腕が、かっと熱くなる。
(切られたっ!?)
エヴァンスの振り下ろした日本刀だった。
強盗は無事なほうの腕で腰からナイフを抜き、無我夢中で反撃する。
容易くかわすと、エヴァンスは腰を沈めた格好から、刀の柄を鳩尾へ叩き込む。
敵はひぇっと鳴いたかと思えば、前のめりに倒れた。
物音を立てぬよう、その身体をエヴァンスが支えてゆっくりと床に下ろす。小声で、
「ロイとパズに何かあったらお前さん、地獄を見るかもな」
●
「……こちらへ」
ネリーは強盗ひとりを2階へ案内した。片腕を取られたまま、階段を上がって廊下へ。
ひょいと身体を捻って腕を掴む手を外すと、肘で背後の強盗を打った。
喉を殴られた強盗は声もなく後ずさりし、ナイフを閃かせる。
殺意を込めて刃を振り回すが、ネリーは軽い身ごなしで避けてみせた。
廊下で始まる格闘の物音に、住人たちが動揺する。
「そのままそのまま。俺がいるから安心して」
屋根裏部屋から出ようとする家政婦と執事を押し止め、義明が言った。
ロイドも動かず、寝室のシュトックハウゼン氏を守っている筈だ。
このままネリーが敵を取り押さえてくれれば良い、と思ったが、
そこへ突如上がった銃声に、護衛対象ふたりが息を呑む。
キッチンではヴァージルを縛りかけたまま、強盗が動きを止めて天井を見上げた。
(銃声か。これで連中、逃げ出すかも分からん)
ヴァージルは腕に絡みつく荒縄を振りほどき、相手へ組みつく。
口元を押さえようとするが、敵が銃を抜きかけた――袖を取って動きを封じつつ、下腹部に膝蹴りを入れる。
強盗は後ろへ倒れ込み、ジャガイモ樽へしたたかに背を打ちつけた。
●
2階廊下での銃声に、子供部屋のベッドで隠れていたHolmesも飛び出した。
連続強盗事件、その最後の事例からして、強盗たちにとって発砲はイレギュラーだ。
現在屋内へ侵入している者だけでも逃がさぬようにと、ネリーの助けに駆けつける。
「ネリー君!」
銃を手にした強盗は階段へ後退し、そこから2射目を発砲する。
片腕に弾を受けたネリーは、生かしての捕縛は困難と判断。
(殺すしか、ないようね)
隠し持っていたデリンジャーを抜き撃つと、強盗の頭部に命中させた。
重い銃声と同時に、階段の壁へ血と脳漿が飛び散る。
先に倒した男の手足を切りつけ、抵抗力を奪うエヴァンス。
幸か不幸か、仲間の助けに入ろうとしたもうひとりがサロンへ飛び込んできた。
咄嗟に身を起こして挑みかかれば、相手はナイフで応戦する。
エヴァンスはテーブルを一足で飛び越え袈裟がけに切りかかるも、
敵が狭い戸口へ下がった為、刀身を壁で阻まれてしまった。
(流石、部屋ん中での喧嘩を心得てやがる)
相手が隙を逃さず突きを繰り出す。左腕で受け止めた。
今度は右膝を踏みつけるように蹴られた。脚が伸び切っていたら、折られていただろう。
(腕に覚えがあるみたいだな)
戸口で戦ったのでは、こちらの得物が長いだけ不利だ。エヴァンスが飛び退る。
釣られて室内へ入った敵を前に、両手突きのフェイント――
横へ避けようとした。手首を返し、刃先で敵の顔面を撫でるように切りつけた。
強盗はたちまち武器を放り出し、顔を押さえてうずくまる。
エヴァンスが蹴倒して仰向けにすると、目元が横一文字に切り裂かれている。
両目を潰され、抵抗の意志を失った強盗の手足を縛り上げた。不快な悲鳴が上がる。
「あちゃぁ、むごいね」
Holmesがひょいと部屋を覗き込んで、言った。
「口と頭さえ無事なら、こっちの用は果たせるさ。それより他はどうなってる?」
●
ヴァージルはキッチンで格闘の真っ最中だった。
ナイフが頬をかすめるのも構わず、前蹴りで相手をダイニングまで押し返す。
そこへ現れたネリーが、敵の後頭部に銃口を押しつけ、
「武器を捨てるか、死ぬか」
強盗は観念してナイフを捨て、床に膝をついた。
折良く、ヴァージルの持っていたトランシーバーへ通信が入る。
『玄関前にひとり立ってた奴が、こっちへ逃げてきやす!』
居眠りの振りをして待機していた門番だ。
敵が正面の門を使わなかった為に侵入を察知できなかったが、
『銃声がしやしたんで……とりあえず言われた通り、門のとこに釘撒いときやした!』
屋内の敵は全て無力化された。追えなくはない。
「1匹、門から逃げるぞ!」
ヴァージルが声を張り上げると、Holmesが応じて玄関から駆け出した。
暗闇の中、庭を横切って逃げる敵の背を追う。
(盗人は逃げ足が速い。間に合うかな)
敵は門に飛びついてよじ登ると、向こう側へひらりと乗り越えて――そこで膝を折った。
門番の撒いた釘が、まんまと足裏に刺さったようだ。
何とか立ち上がって、片脚を引きずりながら逃げようとする強盗。
だが、Holmesがその隙で追いついた。
門をよじ登るHolmesに気づき、傷ついた足では逃げ切れぬと踏んだ強盗が発砲、
釘を避けて飛び降りたばかりのHolmesの胸に命中するが、
(鎧を着ていて良かったね……!)
弾は金属鎧を貫通せず、続けざまの射撃も外れると、Holmesが一気に間合いを詰めた。
試作型パリィグローブをはめた手で敵の脚を掴めば、体重差をものともせず引き倒して関節を極める。
強盗はそれでもなお、拳銃を振り立て反撃しようとするが、
「運が良ければ生きているだろう……抵抗した事を後悔するのだな」
遅れて駆けつけたロイドが、強盗の手首を押さえて機導術・エレクトリックショックを流し込む。
電撃で痙攣する敵の手中から銃をもぎ取りつつ、Holmesへ、
「良い腕だな」
「『バリツ』さ。探偵たるもの、これくらいはできなくてはね」
●
シュトックハウゼン氏はじめ住人に被害なし、
高価な家財はヴァージルが2階へ避難させていた為、金銭的損害もほとんどなかった。
当初の依頼を無事こなしたところで、
「お上の手に引き渡す前に、こっちも色々訊かせてもらおうかね」
捕らえた4人の強盗を縛り上げて庭先へ並べ、義明が言う。
銃声で集まってきた野次馬に、門前で執事と門番が対応している。
今ではシュトックハウゼン邸の周辺は、ちょっとした騒ぎだった。
肝心の主人は家政婦とふたり、ハンターたちの尋問を玄関から恐る恐るで覗いていた。
「どうやって被害者を選んでいたのかな?
お金持ちの家ばかり狙い定めて、強盗していたようだけど」
怪我の少ないふたりの強盗は、義明を睨みつけたまま答えない。
他のふたりは負傷に呻いていて、この場ではあまりまともな受け答えを期待できない。
無事なほうからひとり選んで、ロイドが後ろからその髪の毛を掴んだ。
「俺たちはあまり気が長くないのでな」
軽く手加減して電撃を浴びせると、強盗はぎゃっと叫んで仰け反った。
もうひとりが慌てて口を開く。
「リストだ! リストがあるんだ……金持ちの名前と住所が載ってる」
強盗が語ったところによると近頃、腕に覚えのある悪党に向けて、
賞金つきの攻撃対象リストなるものが配られているらしい。
彼らが受け取ったのは、帝都とその周辺に家を構えた新興ブルジョワの一覧。
リストの対象者を殺傷したり、財産に被害を与えたりすると、
その証拠を提出した上で賞金を受け取ることができるのだという。
特に成果を挙げた者へは更なる『任務』と共に、様々な便宜が与えられるのだとか。
「誰がそんなもの配ってるんだい? 革命で財産を没収された田舎貴族の関係者、と私は見たが」
Holmesが言うが、強盗はそこまでは知らないと答える。
「俺たちはただ『革命成金』をぶっ叩けば金になると聞いただけさ。
残念だったな、旦那! あんたを狙う奴はまだまだわんさかしてるだろうぜ!」
強盗が、玄関に立つシュトックハウゼン氏へ向けて叫んでみせた。
エヴァンスがさっと駆け寄り、顔面を蹴り上げて黙らせる。義明がやれやれと首を振り、
「そのリスト、今こいつらが持ってなければ、アジトやら何やら探して確かめるようだね。
エヴァンスの犬は無事だったかい?」
「とりあえず眠ってるだけだ。起きたらたっぷり水を飲ませて、それでも薬が抜けないようなら獣医に診せるさ」
騒ぎを聞きつけて到着した第一師団分隊に、縛り上げた強盗たちと死体ひとつを引き渡す。
彼らを見送りながら、シュトックハウゼン氏が言う。
「君たちのお蔭で家は守られたし、隣人の仇も討てた。感謝します。
しかし……真っ当に生きてきたつもりだったが、思わぬところで恨みを買っていたようだ」
氏の不安は晴れていない。それもむべなるかな、自分の名が載った攻撃対象リストが存在する限り、
この先も命と財産を狙われ続けることになるのだから。
深い溜め息を吐く雇い主へ、義明が、
「第一師団には話を通しました。あちらさんで連中の背後関係を洗って……、
しばらくは、この辺りのパトロールも強化してくれるでしょ。それでも万が一危ないことがあれば」
「今後とも是非、我々ハンターにご用命を」
ロイドの言葉に、氏は弱々しく微笑むだけだった。
革命後12年。
帝都の治安に暗雲立ち込める――
夕刻・帝都ゾンネンシュトラール。
銀行家との2度目の面会を終え、建物から出てきたばかりのシュトックハウゼン氏の前に、
ロイド・ブラック(ka0408)が颯爽と現れる。
「お疲れ様です、旦那様」
「あ……うむ」
雇い主が咳払いしつつ道路で待つ自動車へ歩いていくと、
ロイドはその横にぴたりとつき、辺りの人影に目を配った。
お抱えの学者という設定で、これ見よがしに小脇に図面束など抱えているが、
本当の仕事はシュトックハウゼン氏の日中の身辺警護だ。
車では、執事と共に壬生 義明(ka3397)が待っていて、
「やぁ、お疲れ様で……おっ美人」
ロイドたちと入れ違いに建物へ入っていく、
バッスルスタイルのドレスを着た女性などに見とれている――ようでいて、その目つきは鋭い。
車が執事の運転で走り出すと、
「帰宅まで、このまま何ごともなさそうですかねぇ」
助手席の窓から通りを眺めつつ、義明が言う。
「やはり、本番は夜か。
強盗たちが襲う相手を選んでいるなら、犯行前からこちらを見張っている可能性も考えたが」
後部座席に雇い主と並んで座り、ロイドは図面を膝上に広げて検討する振りをした。
不安げに爪を噛むシュトックハウゼン氏をちらと見て、
「緊張なさるのも無理ありませんが、恐らく夜までは荒事にならないでしょう。
留守を守っている4人は手練れですし、どうか今の内、お身体を休めておいて下さい」
●
シュトックハウゼン氏が帰宅すると、家では門番と家政婦、そして4人のハンターが待っていた。
子供ふたりと妻は、大事を取って妻の実家へ預けてある。
「夕食、これだけで足りるのかい?」
台所仕事を手伝うネリー・ベル(ka2910)へ、家政婦が尋ねた。
ネリーは慣れた様子で仕事の手を進めながら、
「私たちの食事は、お気遣いなさらず結構です」
「急に食卓が賑やかになったりしたら、見張っている強盗連中も警戒するだろう?」
ヴァージル・チェンバレン(ka1989)もナイフを上手に扱って、野菜の皮を剥いていた。
「やだわぁ。昼間から強盗がこの辺りにいるってこと?」
「それらしい奴は見かけなかったが、まぁ、気をつけるに越したことはないさ」
ふたりはそれぞれ、新入りの家政婦とコックに扮していた。
その仕事振りには本物の家政婦も感心したようで、
「にしても、あんたたち本当にハンターかい?
お芝居でなく、このままウチにいて欲しいくらいね。いっつも手が足りないんだから」
「生まれついてのハンター、などという人間はおらんよ。
今の職にありつくまで、我々も色々経験してきた……というところかな」
黙々と働くネリーを見やり、ヴァージルは思わせぶりな笑みを見せる。
夕食の支度を終えるとふたりはそれとなくキッチンを出、敵を迎え入れる為の細々とした準備を済ませた。
自動車には鎖をつなぎ、厩舎前に障害物を置いて盗難を防止。鍵は主人が預かった。
帰宅したばかりの義明も、護衛対象たちの寝泊りする部屋へ鳴子を仕掛け、不意の侵入へ備える。
庭では2匹のハスキーが駆け回っているが、これはエヴァンス・カルヴィ(ka0639)の飼い犬だ。
2階の子供部屋、カーテンの隙間から庭を眺めつつ、Holmes(ka3813)はじっと夜を待った。
(さてさて……どうなることやら)
●
「どうも緊張するね」
夜も更けて、寝室へ引っ込んだシュトックハウゼン氏。小声で護衛のロイドに話しかける。
窓の下に隠れたロイドは無言で頷くと、外の気配をうかがって息をこらした。
屋根裏では義明が執事と家政婦を守っている。そちらからは何の物音もしない。
子供部屋のHolmesもベッドに隠れたまま。廊下を歩く静かな足音は、見回りのネリーのものか。
階下ではヴァージルがキッチンに籠り、仕事の振りをして強盗を待ち受ける。
他の部屋もHolmesが調節した薄明かりに照らされて、エヴァンスがその中を巡回する――
犬を家の者に紹介したきり、誰もその姿を見ていない。布を被って家具に紛れ、仮眠を取っていたようだ。
庭で犬が吠える。ひと吠え、ふた吠え――鳴き止んだ。
芝生の上に何か落ち、そちらへ2匹が駆けていく。やがて何の音も聴こえなくなった。
それから30分ほど経った頃、
勝手口を外から引っ掻くような微かな音がしたかと思うと、唐突に扉が開いた。
ヴァージルの手が止まる。振り返れば侵入者がふたり、
どちらもチロルハットに裾の短い外套、その他全身黒ずくめの恰好だ。
手には回転式拳銃。ヴァージルは大人しく手を上げた。
「……こんばんは」
「そのまま動くな。この家には他に……」
「誰かいるのですか?」
ネリーがダイニングからキッチンの中を覗き込んだ。
強盗の片割れが素早く彼女に銃を向ける。無言で立ちすくむネリーへ寄って腕を取り、
「他の者が寝ている部屋へ案内しろ。騒げば殺す」
ネリーは抵抗せず、強盗ひとりを伴って部屋を去っていった。
残されたヴァージルの目前で、見張り役が片手に銃を持ったまま荒縄を取り出す。
●
強盗は他にもいて、ひとりが客用寝室の窓をこじ開け侵入してきた。
独特の歩法で、音もなくサロンへと入り込む。
外からは分厚いカーテンに隠れて見えなかったが、何故か明かりがひとつ点ったままになっている。
警戒して、強盗の身振りは慎重になった。低いテーブル、戸棚、壁にかけられた絵、
布のかかったコートハンガー。あまり高価そうなものはない。人もいない――
コートハンガーが動いた。布が除けられ、その下からLEDライトの白光が強盗の目をくらませた。
反射的に顔を庇って上げた二の腕が、かっと熱くなる。
(切られたっ!?)
エヴァンスの振り下ろした日本刀だった。
強盗は無事なほうの腕で腰からナイフを抜き、無我夢中で反撃する。
容易くかわすと、エヴァンスは腰を沈めた格好から、刀の柄を鳩尾へ叩き込む。
敵はひぇっと鳴いたかと思えば、前のめりに倒れた。
物音を立てぬよう、その身体をエヴァンスが支えてゆっくりと床に下ろす。小声で、
「ロイとパズに何かあったらお前さん、地獄を見るかもな」
●
「……こちらへ」
ネリーは強盗ひとりを2階へ案内した。片腕を取られたまま、階段を上がって廊下へ。
ひょいと身体を捻って腕を掴む手を外すと、肘で背後の強盗を打った。
喉を殴られた強盗は声もなく後ずさりし、ナイフを閃かせる。
殺意を込めて刃を振り回すが、ネリーは軽い身ごなしで避けてみせた。
廊下で始まる格闘の物音に、住人たちが動揺する。
「そのままそのまま。俺がいるから安心して」
屋根裏部屋から出ようとする家政婦と執事を押し止め、義明が言った。
ロイドも動かず、寝室のシュトックハウゼン氏を守っている筈だ。
このままネリーが敵を取り押さえてくれれば良い、と思ったが、
そこへ突如上がった銃声に、護衛対象ふたりが息を呑む。
キッチンではヴァージルを縛りかけたまま、強盗が動きを止めて天井を見上げた。
(銃声か。これで連中、逃げ出すかも分からん)
ヴァージルは腕に絡みつく荒縄を振りほどき、相手へ組みつく。
口元を押さえようとするが、敵が銃を抜きかけた――袖を取って動きを封じつつ、下腹部に膝蹴りを入れる。
強盗は後ろへ倒れ込み、ジャガイモ樽へしたたかに背を打ちつけた。
●
2階廊下での銃声に、子供部屋のベッドで隠れていたHolmesも飛び出した。
連続強盗事件、その最後の事例からして、強盗たちにとって発砲はイレギュラーだ。
現在屋内へ侵入している者だけでも逃がさぬようにと、ネリーの助けに駆けつける。
「ネリー君!」
銃を手にした強盗は階段へ後退し、そこから2射目を発砲する。
片腕に弾を受けたネリーは、生かしての捕縛は困難と判断。
(殺すしか、ないようね)
隠し持っていたデリンジャーを抜き撃つと、強盗の頭部に命中させた。
重い銃声と同時に、階段の壁へ血と脳漿が飛び散る。
先に倒した男の手足を切りつけ、抵抗力を奪うエヴァンス。
幸か不幸か、仲間の助けに入ろうとしたもうひとりがサロンへ飛び込んできた。
咄嗟に身を起こして挑みかかれば、相手はナイフで応戦する。
エヴァンスはテーブルを一足で飛び越え袈裟がけに切りかかるも、
敵が狭い戸口へ下がった為、刀身を壁で阻まれてしまった。
(流石、部屋ん中での喧嘩を心得てやがる)
相手が隙を逃さず突きを繰り出す。左腕で受け止めた。
今度は右膝を踏みつけるように蹴られた。脚が伸び切っていたら、折られていただろう。
(腕に覚えがあるみたいだな)
戸口で戦ったのでは、こちらの得物が長いだけ不利だ。エヴァンスが飛び退る。
釣られて室内へ入った敵を前に、両手突きのフェイント――
横へ避けようとした。手首を返し、刃先で敵の顔面を撫でるように切りつけた。
強盗はたちまち武器を放り出し、顔を押さえてうずくまる。
エヴァンスが蹴倒して仰向けにすると、目元が横一文字に切り裂かれている。
両目を潰され、抵抗の意志を失った強盗の手足を縛り上げた。不快な悲鳴が上がる。
「あちゃぁ、むごいね」
Holmesがひょいと部屋を覗き込んで、言った。
「口と頭さえ無事なら、こっちの用は果たせるさ。それより他はどうなってる?」
●
ヴァージルはキッチンで格闘の真っ最中だった。
ナイフが頬をかすめるのも構わず、前蹴りで相手をダイニングまで押し返す。
そこへ現れたネリーが、敵の後頭部に銃口を押しつけ、
「武器を捨てるか、死ぬか」
強盗は観念してナイフを捨て、床に膝をついた。
折良く、ヴァージルの持っていたトランシーバーへ通信が入る。
『玄関前にひとり立ってた奴が、こっちへ逃げてきやす!』
居眠りの振りをして待機していた門番だ。
敵が正面の門を使わなかった為に侵入を察知できなかったが、
『銃声がしやしたんで……とりあえず言われた通り、門のとこに釘撒いときやした!』
屋内の敵は全て無力化された。追えなくはない。
「1匹、門から逃げるぞ!」
ヴァージルが声を張り上げると、Holmesが応じて玄関から駆け出した。
暗闇の中、庭を横切って逃げる敵の背を追う。
(盗人は逃げ足が速い。間に合うかな)
敵は門に飛びついてよじ登ると、向こう側へひらりと乗り越えて――そこで膝を折った。
門番の撒いた釘が、まんまと足裏に刺さったようだ。
何とか立ち上がって、片脚を引きずりながら逃げようとする強盗。
だが、Holmesがその隙で追いついた。
門をよじ登るHolmesに気づき、傷ついた足では逃げ切れぬと踏んだ強盗が発砲、
釘を避けて飛び降りたばかりのHolmesの胸に命中するが、
(鎧を着ていて良かったね……!)
弾は金属鎧を貫通せず、続けざまの射撃も外れると、Holmesが一気に間合いを詰めた。
試作型パリィグローブをはめた手で敵の脚を掴めば、体重差をものともせず引き倒して関節を極める。
強盗はそれでもなお、拳銃を振り立て反撃しようとするが、
「運が良ければ生きているだろう……抵抗した事を後悔するのだな」
遅れて駆けつけたロイドが、強盗の手首を押さえて機導術・エレクトリックショックを流し込む。
電撃で痙攣する敵の手中から銃をもぎ取りつつ、Holmesへ、
「良い腕だな」
「『バリツ』さ。探偵たるもの、これくらいはできなくてはね」
●
シュトックハウゼン氏はじめ住人に被害なし、
高価な家財はヴァージルが2階へ避難させていた為、金銭的損害もほとんどなかった。
当初の依頼を無事こなしたところで、
「お上の手に引き渡す前に、こっちも色々訊かせてもらおうかね」
捕らえた4人の強盗を縛り上げて庭先へ並べ、義明が言う。
銃声で集まってきた野次馬に、門前で執事と門番が対応している。
今ではシュトックハウゼン邸の周辺は、ちょっとした騒ぎだった。
肝心の主人は家政婦とふたり、ハンターたちの尋問を玄関から恐る恐るで覗いていた。
「どうやって被害者を選んでいたのかな?
お金持ちの家ばかり狙い定めて、強盗していたようだけど」
怪我の少ないふたりの強盗は、義明を睨みつけたまま答えない。
他のふたりは負傷に呻いていて、この場ではあまりまともな受け答えを期待できない。
無事なほうからひとり選んで、ロイドが後ろからその髪の毛を掴んだ。
「俺たちはあまり気が長くないのでな」
軽く手加減して電撃を浴びせると、強盗はぎゃっと叫んで仰け反った。
もうひとりが慌てて口を開く。
「リストだ! リストがあるんだ……金持ちの名前と住所が載ってる」
強盗が語ったところによると近頃、腕に覚えのある悪党に向けて、
賞金つきの攻撃対象リストなるものが配られているらしい。
彼らが受け取ったのは、帝都とその周辺に家を構えた新興ブルジョワの一覧。
リストの対象者を殺傷したり、財産に被害を与えたりすると、
その証拠を提出した上で賞金を受け取ることができるのだという。
特に成果を挙げた者へは更なる『任務』と共に、様々な便宜が与えられるのだとか。
「誰がそんなもの配ってるんだい? 革命で財産を没収された田舎貴族の関係者、と私は見たが」
Holmesが言うが、強盗はそこまでは知らないと答える。
「俺たちはただ『革命成金』をぶっ叩けば金になると聞いただけさ。
残念だったな、旦那! あんたを狙う奴はまだまだわんさかしてるだろうぜ!」
強盗が、玄関に立つシュトックハウゼン氏へ向けて叫んでみせた。
エヴァンスがさっと駆け寄り、顔面を蹴り上げて黙らせる。義明がやれやれと首を振り、
「そのリスト、今こいつらが持ってなければ、アジトやら何やら探して確かめるようだね。
エヴァンスの犬は無事だったかい?」
「とりあえず眠ってるだけだ。起きたらたっぷり水を飲ませて、それでも薬が抜けないようなら獣医に診せるさ」
騒ぎを聞きつけて到着した第一師団分隊に、縛り上げた強盗たちと死体ひとつを引き渡す。
彼らを見送りながら、シュトックハウゼン氏が言う。
「君たちのお蔭で家は守られたし、隣人の仇も討てた。感謝します。
しかし……真っ当に生きてきたつもりだったが、思わぬところで恨みを買っていたようだ」
氏の不安は晴れていない。それもむべなるかな、自分の名が載った攻撃対象リストが存在する限り、
この先も命と財産を狙われ続けることになるのだから。
深い溜め息を吐く雇い主へ、義明が、
「第一師団には話を通しました。あちらさんで連中の背後関係を洗って……、
しばらくは、この辺りのパトロールも強化してくれるでしょ。それでも万が一危ないことがあれば」
「今後とも是非、我々ハンターにご用命を」
ロイドの言葉に、氏は弱々しく微笑むだけだった。
革命後12年。
帝都の治安に暗雲立ち込める――
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/12 20:57:52 |
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相談 ネリー・ベル(ka2910) 人間(クリムゾンウェスト)|19才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/02/17 18:51:49 |