ゲスト
(ka0000)
急募、ラブレター
マスター:神郷太郎

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/23 19:00
- 完成日
- 2015/03/03 22:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ラブレターというのは、本来自らの愛情を誰かに伝えるものである。
しかしその手紙が相手に届く確率というのは思ったよりも低いのではないだろうか。
依頼書を受け取った女性ギルド職員はそんなことを思った。
「うーん、ラブレター代筆……」
それは、ある農民からの依頼だった。
彼はごく普通の農民の倅として生を受け、これまで両親とともに畑を耕し続けてきた。
そしてこれからもずっと同じように畑を耕し続け、いつか両親が見付けてきた相手と結婚し、子どもを作り、その子どもにこの畑を渡すのだろうと思っていた。
だが、そんな彼に転機が訪れた。
村に現れたひとりの女性に一目惚れをしたのだ。
「相手は村に家畜を買い付けに来た商人の娘で、一応顔見知りだけど、相手がどう思っているかは分からない」
その村に新しく現れた商人で、いつも番頭や丁稚を連れてきており、さらに子どもは娘ひとりらしく、彼女を跡継ぎとして様々な場所に連れ回している。
現在まで何度か村を訪れ、今ではそれなりに村人との信頼関係も構築していた。
さらに村の男たちの間ではその娘は結構な人気で、中には告白して玉砕した人物も現れた。
「だけど、依頼人は今の関係を壊す勇気が持てず、未だに友人未満と」
情けない、と思うと同時に、仕方がない、ともギルド職員は思った。
農民というのは基本的に一生涯をそこで終える。そこで血を繋ぎ、大地の実りを守り続けるのだ。
これまで自分を育ててくれた両親への感情。用意された道から外れることへの恐怖。
それは性別問わず、状況次第で誰もが抱く感情だろう。それを否定する気にはなれなかった。
「その結果、綺麗な思い出として終わるラブレターを作って欲しい、かぁ」
彼は農民であり、読み書きは最低限しかできない。
回りくどい言い回しどころか、相手に好意を伝える語彙さえごく僅かだ。
それに対し、ハンターたちは多くの知識を持っている。
リアルブルーの多様な文化を考えれば、ラブレターのひとつぐらい何とかなるのではないか――そう考えてしまうのも無理はない。
「まあ、本人が納得してるならいいでしょう」
そういってギルド職員は、依頼書を貼るべく掲示板に向かった。
自分だったら直接告白して貰いたいな、と思いながら。
●
『急募、ラブレター』
商人の娘に想いを伝える恋文を代筆して下さい。
依頼人はとある農村の若い農夫で、お互いに綺麗な思い出になるようなラブレターを求めています。
その想いが成就することがなくても、商人と村の関係は続くでしょう。
なお、相手の女性の情報は、
・商人の娘で跡取り
・明るい赤髪で目は青
・普段からパンツルックで活動的
・依頼人とは知人以上友人程度の付き合い
・現状では仲の良い男友達扱いで、彼女が村に来ると商談が終わるまで色々話す
・何度か村の若者たちとピクニックに出掛けたことがある
ハンターの皆さん、勇気を出してこの依頼を出した若者の応援をお願いします。
しかしその手紙が相手に届く確率というのは思ったよりも低いのではないだろうか。
依頼書を受け取った女性ギルド職員はそんなことを思った。
「うーん、ラブレター代筆……」
それは、ある農民からの依頼だった。
彼はごく普通の農民の倅として生を受け、これまで両親とともに畑を耕し続けてきた。
そしてこれからもずっと同じように畑を耕し続け、いつか両親が見付けてきた相手と結婚し、子どもを作り、その子どもにこの畑を渡すのだろうと思っていた。
だが、そんな彼に転機が訪れた。
村に現れたひとりの女性に一目惚れをしたのだ。
「相手は村に家畜を買い付けに来た商人の娘で、一応顔見知りだけど、相手がどう思っているかは分からない」
その村に新しく現れた商人で、いつも番頭や丁稚を連れてきており、さらに子どもは娘ひとりらしく、彼女を跡継ぎとして様々な場所に連れ回している。
現在まで何度か村を訪れ、今ではそれなりに村人との信頼関係も構築していた。
さらに村の男たちの間ではその娘は結構な人気で、中には告白して玉砕した人物も現れた。
「だけど、依頼人は今の関係を壊す勇気が持てず、未だに友人未満と」
情けない、と思うと同時に、仕方がない、ともギルド職員は思った。
農民というのは基本的に一生涯をそこで終える。そこで血を繋ぎ、大地の実りを守り続けるのだ。
これまで自分を育ててくれた両親への感情。用意された道から外れることへの恐怖。
それは性別問わず、状況次第で誰もが抱く感情だろう。それを否定する気にはなれなかった。
「その結果、綺麗な思い出として終わるラブレターを作って欲しい、かぁ」
彼は農民であり、読み書きは最低限しかできない。
回りくどい言い回しどころか、相手に好意を伝える語彙さえごく僅かだ。
それに対し、ハンターたちは多くの知識を持っている。
リアルブルーの多様な文化を考えれば、ラブレターのひとつぐらい何とかなるのではないか――そう考えてしまうのも無理はない。
「まあ、本人が納得してるならいいでしょう」
そういってギルド職員は、依頼書を貼るべく掲示板に向かった。
自分だったら直接告白して貰いたいな、と思いながら。
●
『急募、ラブレター』
商人の娘に想いを伝える恋文を代筆して下さい。
依頼人はとある農村の若い農夫で、お互いに綺麗な思い出になるようなラブレターを求めています。
その想いが成就することがなくても、商人と村の関係は続くでしょう。
なお、相手の女性の情報は、
・商人の娘で跡取り
・明るい赤髪で目は青
・普段からパンツルックで活動的
・依頼人とは知人以上友人程度の付き合い
・現状では仲の良い男友達扱いで、彼女が村に来ると商談が終わるまで色々話す
・何度か村の若者たちとピクニックに出掛けたことがある
ハンターの皆さん、勇気を出してこの依頼を出した若者の応援をお願いします。
リプレイ本文
広大な畑を有するとある村に、八人のハンターが集った。
しかしそれは村に危険が迫っているからではなく、ひとりの青年の危機を救うためである。
「皆さん、ありがとうございます」
そう言って八人に頭を下げるのは、いかにも田舎の農夫と言った感じの青年だ。
整った顔立ちをしている訳ではないが、見る者に温和な、草食動物のような印象を与える顔立ちをしている。
ハンターたちは各々挨拶を返すと、さっそくラブレターの文面を考える作業に入る。
青年はハンターたちにお茶を出したり、茶菓子としてドライフルーツなどを提供してくれた。
「まったく、男ならシャキッとしなさいよ! 好きなら好きって言えばいいのよ!」
そう言いながらペンで紙を突いているのは岩波レイナ(ka3178)だ。ラブレターの代筆にそれなりに思う所があるらしい。
「まあそうじゃがな」
「しかし、恋文が言葉に劣る訳ではない。手紙の方が素直な気持ちを吐き出せるということもある」
天竺 光宙(ka0161)とラディーノ・ハーヴィスト(ka0503)が同じようにペンを持ちながら、レイナの物言いに苦笑している。
「これからの関係が変わるのが怖いのは承知での告白でしょ!? それなら自分の言葉でちゃんと伝えるべきだわっ!」
ぐっと拳を握って力説するレイナだが、勿論青年の意思を否定している訳ではない。彼女なりに青年の背中を押そうという気持ちも確かにあった。
そして、彼女と同じような考えを持っている人物は他にもいた。
「だぁーっ! もぉっ!! 何か書いててもどかしいな~」
レイナの隣で紙にペンを走らせていたはるな(ka3307)がぐっと身体を反らしながらぼやく。恋愛導師などと呼ばれる彼女は、ラブレターそのものに文句はないようだ。
ただ、生来の性格が紙とペンと相性が悪いのかもしれない。
「ねえ、ヘアゴム――ええと髪を纏めるものとか付けるとかどうかな?」
はるなは青年にそんな提案をする。
「結構活発な人なんでしょ? 実用的だし悪くないと思うんだけどー?」
青年ははるなのアドバイスに頷き、自分用の紙にその内容を書き付ける。青年自身も自分なりに気持ちを伝えるべく、様々な努力を重ねていた。
ハンターにラブレターの代筆を頼んだのも、そうした努力の一環だ。ハンターたちは青年のその心意気に触れ、それぞれ紙に向かっている。
「ええと……」
Bridget・B(ka3117) が、眉間に皺を寄せて唸る。彼女は、その来歴と性格から人に尽くすことを好む。
それだけに、男性側からのアプローチの手伝いということで悩んでいるようだ。
「やっぱり、成立してもしなくても大変ですわね」
上流階級に慣れた彼女は、依頼者が抱えるジレンマをよく分かっていた。
青年の家はそれほど大きな農家ではないが、代々の自作農。これだけでも場所によっては特権階級である。
さらに相手は複数の従業員を抱える商人であり、こちらも商人としてはそれなり以上の立場だ。
「やはり、どんな身分でも作られた将来を壊す選択は恐ろしいか」
ラディーノは自分の過去を思い出しているのか、どこか遠くを見るような眼差しで虚空を見る。
「ただやはり必要なのは、共にいることの幸せを伝えることだろうな」
落ち着いた様子でペンを走らせるラディーノに、青年は一種の憧憬を抱いた。
ただ同じように長い人生を過ごしてきても、光宙はまったく別のアプローチを取った。
自分を送り手にしたラブレターを書き上げ、青年にそれを見せて発破を掛けたのだ。
「ほれどうじゃ、何? ダメ? ワシからの恋文になってる? そりゃそうじゃ、ワシがお嬢さんに送ろうと思ってるんじゃからな」
にやりと笑う光宙。
「文句があるならワシより先に彼女へ気持ちを伝えることじゃな。ワシに限らず、同じことを考えている男もいるじゃろう」
青年はその言葉に俯いた。ラブレターの相手は商人の跡取り娘だ。これまでそうした男が居なかったと考えるのは難しい。
「まあ、よく考えることじゃな」
光宙はそう言って自分の書いたラブレターを封筒に入れ、懐に収める。本当に渡すつもりなのか、と青年は戸惑った。
「でも、ラブレターとはロマンティックですよね。依頼主さんの真剣な想いが相手の方に届くと良いのですけれど」
再び席に戻った光宙に代わり、青年に話し掛けてきたのは日下 菜摘(ka0881)だった。彼女はそのまま青年に幾つか希望を訊ね、文章を作り上げていく。
「凝った言い回しよりも、簡潔でも心の籠もった言葉の方がきっと彼女に伝わりやすいと思いますわ」
さらにアドバイスなども忘れない。
「……些細な事であっても自分の事をよく見ていてくれて、その言葉や行動をきちんと覚えてくれていること。見知らぬ他人でなく、これまで友達として接して来られたのならば、『この人はこんなにもきちんとわたしの事を見ていてくれていたんだ』と思ってくれると思います」
彼女が柔和な笑みを浮かべながら告げた言葉は、青年に笑顔を与えた。
青年は菜摘の言葉に、自分と彼女の思い出を回想する。
初めて顔を合わせたときは、緊張でほとんど言葉を交わすことができなかった。だが少しずつお互いを知り、いつしか笑い合えるようになった。
「素敵だな……」
そんな青年の様子を見て、リリス・ハックウッド(ka3754)が呟く。
「でもリリスはふみをかくのが苦手だ……」
ペンを持ったまま固まり、リリスは真っ白い紙を見詰める。
そしてふと何かに気付いたように顔を上げると、青年に言った。
「そうだ、押し花など作って便箋を飾ってはどうだろう? よかったら一緒に作らないか? やりかたは教えるぞ」
リリスの提案に、他の面々が頷く。薄紙に押し花を挟んで便箋にするというのも良いかもしれない。
きちんと作った押し花は数年間はその色合いを保つし、色褪せたとしても当時の記憶を呼び覚ますきっかけになるだろう。
「じゃあ、スミレの花なんかはどうかな。花言葉は『小さな幸せ』。これだったら押し付けにもならないと思う」
「ん。スミレでも大丈夫」
クロード・インベルク(ka1506)が提案すると、リリスが小さく頷く。
そして青年がスミレの花が咲く場所に心当たりがあるということで、それを取りに行くことになった。
「では、青年がスミレを取りに行っている間に書き上げてしまうとしよう。そうすれば、押し花を乾かしている間に恋文を完成させることができるはずだ」
ラディーノがそう宣言し、一同は動き始めた。
●
青年は彼女との思い出を胸に、押し花を作り、ペンを握った。
ブリジットが淹れたお茶を飲み、光宙やレイナ、はるかにダメ出しをされ、言葉に詰まればラディーノや菜摘に自分の気持ちを掬い上げて貰って文を綴った。
そしてその間にリリスが静かに押し花を乾かし、助手としてクロードが走り回る。
八人はハンターとして、青年の願いを叶えるべく全力を尽くした。
そして、彼女が訪れる日がやって来た。
●
その日、青年は彼女を自分の家の裏に呼び出した。
言伝を実行したのは、その役目に立候補した光宙だ。青年は光宙が自分の手紙を渡すのではないかと少し心配したようだが、結局光宙はただ青年の言葉を彼女に伝えてだけだった。
「ほっほっほ、緊張しておるようじゃな」
「がんばれ」
「ちょっと、おじいちゃん、もっと詰めてよ! はるかが見えないじゃん!」
「はるか、前に出過ぎ! それじゃあたしが見えない!」
青年が佇んでいる姿を、建物の影から八人が見守る。
光宙を一番下に、リリス、はるか、レイナが積み重なるようにして様子を窺っている。
彼らの後ろにいる菜摘、ブリジットはその様子に苦笑し、ラディーノとクロードはただ静かに青年を見詰めた。
「来たな」
ラディーノが呟くと、七人の意識は青年に向かって歩いてくる女性に集中した。
女性は少し戸惑っている様子だったが、少なくとも青年の呼び出しを嫌がっている様子はない。
「第一段階クリアーですわね」
ブリジットが呟けば、残る七人が同意するように頷いた。
もし女性が青年をある程度信頼していなければ、ひとりで待ち合わせの場所に来ることはなかっただろう。
これが分かっただけでも一安心である。
「さて、どうなるかな」
「なるようにしかなりませんよ」
クロードが呟き、菜摘が答える。
八人の前で、青年はそっと女性に手紙を差し出した。
「――――」
八人が、それぞれ身を乗り出す。
彼らの前で、女性は手紙を読み始めた。
●
唐突な手紙、さぞ驚いているかと思います。
ですが、長く寂しい冬が終わりを迎え、春になろうとしている今だからこそ、あなたに自分の気持ちを伝えたいと思ったのです。
子どもたちと駆け回っている時に輝くあなたの瞳。夕日の中でより一層美しく流れるあなたの髪。そして私と話す時に聞こえる鈴の音のような声。
そして何より、あなたが見せる明るい笑顔。
私の中で、あなたを形作る総てが煌めき、しかしだからこそ私を苦しめます。
私はしがない農夫で、あなたは才気ある商人の娘。
きっとあなたはそんな立場を気にする人ではないでしょう。ですが、あなたは優しく、自分の事だけを考えるような方ではない。
いずれあなたを慕う人々のため、いずこの誰かと結ばれるのでしょう。
私は、あなたのそんな優しさが好きです。あなたが好きです。
立場を考えず、このような形で想いを告げることを、あなたは好まないかもしれません。
きっとそれでも、あなたは私に笑いかけてくれるのでしょう。
願わくば、その笑顔が偽りではなく真のものであらんことを。
●
それはただ想いを伝えるだけの手紙だ。
一方的に、無遠慮に、己の気持ちを伝えるだけの文章だ。
だが、彼女は便箋の隅に添えられたスミレの花に青年の想いを見た。
いつか共に見たスミレ。
それをそっと指で撫でたとき、彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
青年は焦り、彼女に手を伸ばす。
だが、伸ばされた手は彼女の手のひらに包まれた。
自分が見詰めていたように、彼もまた自分をしっかりと見詰めていてくれたことが嬉しかった。
そして文章の端々から感じる寂しさを感じ取り、それを拭い去りたいと思った。
彼女の口が言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いたのは青年ただひとり。
だが、青年が女性を抱き寄せたのを見て、いつの間にか身を寄せ合うようにしてふたりの様子を見詰めていた八人のハンターは答えを知った。
●
「やった……?」
はるかが半信半疑と言った様子で呟く。
それはおそらく八人の共通した疑問だっただろう。
果たして自分たちが背中を押した青年は想いを相手に伝え、自分たちが書いたラブレターは依頼通りの『綺麗な思い出になるラブレター』になったのか。
「おや、若者がこっちむいたぞ」
光宙がそう口にすると、七人はざざっと風が逆巻くような速度で顔をそちらに向けた。
青年は女性を抱き寄せたまま、八人に向かって頷いた。
「やった!」
「ん」
レイナが胸元で小さく拳を握り、リリスが満足そうな表情で頷く。
「ふむ」
「ふふふ……やっぱり人を好きになるっていいですね」
ラディーノが安堵したように吐息を漏らし、柔らかな笑顔の菜摘はふたりを眺めている。
「依頼達成、ってことでいいのかな?」
「少なくとも良い思い出にはなったと思いますので、大丈夫ではないかと」
そのすぐ近くに居たクロードとブリジットは、今回の依頼の成否について言葉を交わしている。
『綺麗な想い出』というのはある程度時間が経たないと分からないのではないか、そんな疑問があったのかも知れない。
しかし、彼らの視線の先にいるふたりは、きっとこの日を一生の想い出として過ごすだろう。
ハンターたちは各々程度に違いこそあれ達成感を胸に抱き、そろそろふたりだけにしてあげようと誰からともなく考えた。
だが、ちょっと間に合わなかった。
「ほっほ、お嬢さんたち、ワシちょっとバランスが……」
え、と言ったのは誰だっただろうか。
その声を最後に、八人は倒壊した。
この日提出された報告書には、軽傷八名という記述があった。
●ちょっとだけその後
ある年の秋口、街のとある商店に自家農場直送の珍しい野菜たちが並んだ。
それは商店主が『厳しい目でチェック』した栄養満点の野菜とされ、街の人々の間で人気を博すことになるが、その生産者の傍らには髪を一つに纏めたひとりの赤髪の女性がいたという。
しかしそれは村に危険が迫っているからではなく、ひとりの青年の危機を救うためである。
「皆さん、ありがとうございます」
そう言って八人に頭を下げるのは、いかにも田舎の農夫と言った感じの青年だ。
整った顔立ちをしている訳ではないが、見る者に温和な、草食動物のような印象を与える顔立ちをしている。
ハンターたちは各々挨拶を返すと、さっそくラブレターの文面を考える作業に入る。
青年はハンターたちにお茶を出したり、茶菓子としてドライフルーツなどを提供してくれた。
「まったく、男ならシャキッとしなさいよ! 好きなら好きって言えばいいのよ!」
そう言いながらペンで紙を突いているのは岩波レイナ(ka3178)だ。ラブレターの代筆にそれなりに思う所があるらしい。
「まあそうじゃがな」
「しかし、恋文が言葉に劣る訳ではない。手紙の方が素直な気持ちを吐き出せるということもある」
天竺 光宙(ka0161)とラディーノ・ハーヴィスト(ka0503)が同じようにペンを持ちながら、レイナの物言いに苦笑している。
「これからの関係が変わるのが怖いのは承知での告白でしょ!? それなら自分の言葉でちゃんと伝えるべきだわっ!」
ぐっと拳を握って力説するレイナだが、勿論青年の意思を否定している訳ではない。彼女なりに青年の背中を押そうという気持ちも確かにあった。
そして、彼女と同じような考えを持っている人物は他にもいた。
「だぁーっ! もぉっ!! 何か書いててもどかしいな~」
レイナの隣で紙にペンを走らせていたはるな(ka3307)がぐっと身体を反らしながらぼやく。恋愛導師などと呼ばれる彼女は、ラブレターそのものに文句はないようだ。
ただ、生来の性格が紙とペンと相性が悪いのかもしれない。
「ねえ、ヘアゴム――ええと髪を纏めるものとか付けるとかどうかな?」
はるなは青年にそんな提案をする。
「結構活発な人なんでしょ? 実用的だし悪くないと思うんだけどー?」
青年ははるなのアドバイスに頷き、自分用の紙にその内容を書き付ける。青年自身も自分なりに気持ちを伝えるべく、様々な努力を重ねていた。
ハンターにラブレターの代筆を頼んだのも、そうした努力の一環だ。ハンターたちは青年のその心意気に触れ、それぞれ紙に向かっている。
「ええと……」
Bridget・B(ka3117) が、眉間に皺を寄せて唸る。彼女は、その来歴と性格から人に尽くすことを好む。
それだけに、男性側からのアプローチの手伝いということで悩んでいるようだ。
「やっぱり、成立してもしなくても大変ですわね」
上流階級に慣れた彼女は、依頼者が抱えるジレンマをよく分かっていた。
青年の家はそれほど大きな農家ではないが、代々の自作農。これだけでも場所によっては特権階級である。
さらに相手は複数の従業員を抱える商人であり、こちらも商人としてはそれなり以上の立場だ。
「やはり、どんな身分でも作られた将来を壊す選択は恐ろしいか」
ラディーノは自分の過去を思い出しているのか、どこか遠くを見るような眼差しで虚空を見る。
「ただやはり必要なのは、共にいることの幸せを伝えることだろうな」
落ち着いた様子でペンを走らせるラディーノに、青年は一種の憧憬を抱いた。
ただ同じように長い人生を過ごしてきても、光宙はまったく別のアプローチを取った。
自分を送り手にしたラブレターを書き上げ、青年にそれを見せて発破を掛けたのだ。
「ほれどうじゃ、何? ダメ? ワシからの恋文になってる? そりゃそうじゃ、ワシがお嬢さんに送ろうと思ってるんじゃからな」
にやりと笑う光宙。
「文句があるならワシより先に彼女へ気持ちを伝えることじゃな。ワシに限らず、同じことを考えている男もいるじゃろう」
青年はその言葉に俯いた。ラブレターの相手は商人の跡取り娘だ。これまでそうした男が居なかったと考えるのは難しい。
「まあ、よく考えることじゃな」
光宙はそう言って自分の書いたラブレターを封筒に入れ、懐に収める。本当に渡すつもりなのか、と青年は戸惑った。
「でも、ラブレターとはロマンティックですよね。依頼主さんの真剣な想いが相手の方に届くと良いのですけれど」
再び席に戻った光宙に代わり、青年に話し掛けてきたのは日下 菜摘(ka0881)だった。彼女はそのまま青年に幾つか希望を訊ね、文章を作り上げていく。
「凝った言い回しよりも、簡潔でも心の籠もった言葉の方がきっと彼女に伝わりやすいと思いますわ」
さらにアドバイスなども忘れない。
「……些細な事であっても自分の事をよく見ていてくれて、その言葉や行動をきちんと覚えてくれていること。見知らぬ他人でなく、これまで友達として接して来られたのならば、『この人はこんなにもきちんとわたしの事を見ていてくれていたんだ』と思ってくれると思います」
彼女が柔和な笑みを浮かべながら告げた言葉は、青年に笑顔を与えた。
青年は菜摘の言葉に、自分と彼女の思い出を回想する。
初めて顔を合わせたときは、緊張でほとんど言葉を交わすことができなかった。だが少しずつお互いを知り、いつしか笑い合えるようになった。
「素敵だな……」
そんな青年の様子を見て、リリス・ハックウッド(ka3754)が呟く。
「でもリリスはふみをかくのが苦手だ……」
ペンを持ったまま固まり、リリスは真っ白い紙を見詰める。
そしてふと何かに気付いたように顔を上げると、青年に言った。
「そうだ、押し花など作って便箋を飾ってはどうだろう? よかったら一緒に作らないか? やりかたは教えるぞ」
リリスの提案に、他の面々が頷く。薄紙に押し花を挟んで便箋にするというのも良いかもしれない。
きちんと作った押し花は数年間はその色合いを保つし、色褪せたとしても当時の記憶を呼び覚ますきっかけになるだろう。
「じゃあ、スミレの花なんかはどうかな。花言葉は『小さな幸せ』。これだったら押し付けにもならないと思う」
「ん。スミレでも大丈夫」
クロード・インベルク(ka1506)が提案すると、リリスが小さく頷く。
そして青年がスミレの花が咲く場所に心当たりがあるということで、それを取りに行くことになった。
「では、青年がスミレを取りに行っている間に書き上げてしまうとしよう。そうすれば、押し花を乾かしている間に恋文を完成させることができるはずだ」
ラディーノがそう宣言し、一同は動き始めた。
●
青年は彼女との思い出を胸に、押し花を作り、ペンを握った。
ブリジットが淹れたお茶を飲み、光宙やレイナ、はるかにダメ出しをされ、言葉に詰まればラディーノや菜摘に自分の気持ちを掬い上げて貰って文を綴った。
そしてその間にリリスが静かに押し花を乾かし、助手としてクロードが走り回る。
八人はハンターとして、青年の願いを叶えるべく全力を尽くした。
そして、彼女が訪れる日がやって来た。
●
その日、青年は彼女を自分の家の裏に呼び出した。
言伝を実行したのは、その役目に立候補した光宙だ。青年は光宙が自分の手紙を渡すのではないかと少し心配したようだが、結局光宙はただ青年の言葉を彼女に伝えてだけだった。
「ほっほっほ、緊張しておるようじゃな」
「がんばれ」
「ちょっと、おじいちゃん、もっと詰めてよ! はるかが見えないじゃん!」
「はるか、前に出過ぎ! それじゃあたしが見えない!」
青年が佇んでいる姿を、建物の影から八人が見守る。
光宙を一番下に、リリス、はるか、レイナが積み重なるようにして様子を窺っている。
彼らの後ろにいる菜摘、ブリジットはその様子に苦笑し、ラディーノとクロードはただ静かに青年を見詰めた。
「来たな」
ラディーノが呟くと、七人の意識は青年に向かって歩いてくる女性に集中した。
女性は少し戸惑っている様子だったが、少なくとも青年の呼び出しを嫌がっている様子はない。
「第一段階クリアーですわね」
ブリジットが呟けば、残る七人が同意するように頷いた。
もし女性が青年をある程度信頼していなければ、ひとりで待ち合わせの場所に来ることはなかっただろう。
これが分かっただけでも一安心である。
「さて、どうなるかな」
「なるようにしかなりませんよ」
クロードが呟き、菜摘が答える。
八人の前で、青年はそっと女性に手紙を差し出した。
「――――」
八人が、それぞれ身を乗り出す。
彼らの前で、女性は手紙を読み始めた。
●
唐突な手紙、さぞ驚いているかと思います。
ですが、長く寂しい冬が終わりを迎え、春になろうとしている今だからこそ、あなたに自分の気持ちを伝えたいと思ったのです。
子どもたちと駆け回っている時に輝くあなたの瞳。夕日の中でより一層美しく流れるあなたの髪。そして私と話す時に聞こえる鈴の音のような声。
そして何より、あなたが見せる明るい笑顔。
私の中で、あなたを形作る総てが煌めき、しかしだからこそ私を苦しめます。
私はしがない農夫で、あなたは才気ある商人の娘。
きっとあなたはそんな立場を気にする人ではないでしょう。ですが、あなたは優しく、自分の事だけを考えるような方ではない。
いずれあなたを慕う人々のため、いずこの誰かと結ばれるのでしょう。
私は、あなたのそんな優しさが好きです。あなたが好きです。
立場を考えず、このような形で想いを告げることを、あなたは好まないかもしれません。
きっとそれでも、あなたは私に笑いかけてくれるのでしょう。
願わくば、その笑顔が偽りではなく真のものであらんことを。
●
それはただ想いを伝えるだけの手紙だ。
一方的に、無遠慮に、己の気持ちを伝えるだけの文章だ。
だが、彼女は便箋の隅に添えられたスミレの花に青年の想いを見た。
いつか共に見たスミレ。
それをそっと指で撫でたとき、彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
青年は焦り、彼女に手を伸ばす。
だが、伸ばされた手は彼女の手のひらに包まれた。
自分が見詰めていたように、彼もまた自分をしっかりと見詰めていてくれたことが嬉しかった。
そして文章の端々から感じる寂しさを感じ取り、それを拭い去りたいと思った。
彼女の口が言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いたのは青年ただひとり。
だが、青年が女性を抱き寄せたのを見て、いつの間にか身を寄せ合うようにしてふたりの様子を見詰めていた八人のハンターは答えを知った。
●
「やった……?」
はるかが半信半疑と言った様子で呟く。
それはおそらく八人の共通した疑問だっただろう。
果たして自分たちが背中を押した青年は想いを相手に伝え、自分たちが書いたラブレターは依頼通りの『綺麗な思い出になるラブレター』になったのか。
「おや、若者がこっちむいたぞ」
光宙がそう口にすると、七人はざざっと風が逆巻くような速度で顔をそちらに向けた。
青年は女性を抱き寄せたまま、八人に向かって頷いた。
「やった!」
「ん」
レイナが胸元で小さく拳を握り、リリスが満足そうな表情で頷く。
「ふむ」
「ふふふ……やっぱり人を好きになるっていいですね」
ラディーノが安堵したように吐息を漏らし、柔らかな笑顔の菜摘はふたりを眺めている。
「依頼達成、ってことでいいのかな?」
「少なくとも良い思い出にはなったと思いますので、大丈夫ではないかと」
そのすぐ近くに居たクロードとブリジットは、今回の依頼の成否について言葉を交わしている。
『綺麗な想い出』というのはある程度時間が経たないと分からないのではないか、そんな疑問があったのかも知れない。
しかし、彼らの視線の先にいるふたりは、きっとこの日を一生の想い出として過ごすだろう。
ハンターたちは各々程度に違いこそあれ達成感を胸に抱き、そろそろふたりだけにしてあげようと誰からともなく考えた。
だが、ちょっと間に合わなかった。
「ほっほ、お嬢さんたち、ワシちょっとバランスが……」
え、と言ったのは誰だっただろうか。
その声を最後に、八人は倒壊した。
この日提出された報告書には、軽傷八名という記述があった。
●ちょっとだけその後
ある年の秋口、街のとある商店に自家農場直送の珍しい野菜たちが並んだ。
それは商店主が『厳しい目でチェック』した栄養満点の野菜とされ、街の人々の間で人気を博すことになるが、その生産者の傍らには髪を一つに纏めたひとりの赤髪の女性がいたという。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/23 01:34:52 |