• 不動

【不動】雨晴の風となりて

マスター:サトー

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~3人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/02/27 15:00
完成日
2015/03/06 06:32

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●CAM稼働実験場前防衛線左翼の一角
「伏せろおおおーーー!!!」
 怒声が響く。
 一拍の静寂。後、轟音が耳をつんざいた。
 小隊長は鈍い頭を手で抑えつつ、意識を覚醒させるように頭を二度振る。
 音が遠い。
 弾着は至近だったようだ。
 弱い風。
 ようやく晴れた土埃の中から、隊員の兵士が一人倒れているのが見つかった。
「救護班! 急げ!!」
 後方に運ばれていく負傷兵。だが、部下の負傷を気にかけているゆとりはない。
「防護盾が足りんぞ!!」
「現在作成中です!!」
「もたもたするな!」
 防御陣地のあちらこちらで見受けられる大きな木の防護盾。小隊長の近くにも一つあったが、既に幾度もの攻撃により使い物にならない状態だ。
「……増援のハンターはまだか!」
「今こちらに向かっています!!」
 彼は咄嗟に「遅い!」と言おうとしたが、何とか言葉を呑み込んだ。
 皆必死だ。兵士もハンターも、誰しもが最善を尽くそうと努力している。
 そう分かっていても、この場を預かる身としては怒鳴りたくなってしまうのを懸命に堪えて、呑み込んだ怒気をも込めて、防御策を挟んだ向かいを睨みつけた。
 積み上げられた土嚢と粗末な木の防御柵の向こうに広がるのは、人間の膝丈ほどの草が一面に生え揃う大地と――見慣れた敵影が15。
 相対するのは、オーガ。彼我の距離は約50mもあるというのに、目を凝らさずともその威容はありありと主張されている。
 スリングと呼ばれる携帯用簡易投石器を用いて、先ほどから石の雨を降らせている憎き敵だ。
 石といっても人の頭を優に凌ぐ大きさ。運が良ければ命は繋げるが、即死してもおかしくはない。
 通常の個体よりも小柄なオーガ達は、不釣り合いなほど盛り上がった右腕の筋肉に物を言わせて、遠距離からの攻撃を行ってきていた。
 更にその後方、こちらから150mほど離れた所には、弓を持ったオーガが6体。
 この個体は更に小さく、体長は3m程度。
 だが、そのせいか、弓術に長けており、あんなに遠くからも防御陣地へ矢を到達させ、被害を増大させていた。
 足を止めて射撃に徹する巨人計21体。ここ最近立て続けに続く戦闘に、すっかり馴染みの顔となった。見慣れたくもないのだが、こちらの気持ちはお構いなしらしい。
 ろくに反撃もできないまま、手も足も出ないと言うのが現状だ。
 カタパルトとバリスタの作成を急いではいるが、断続的に降り続く石と矢の雨のせいで、思うように捗らない。
 木の棒を組み合わせただけの簡易な防御柵はあるものの、敵がいつ突撃してくるとも限らない。
 突撃されれば、この粗末な木の柵ではとても……。
 小隊長は水を口に含み、ありったけの罵声と忍び寄る死の影と一緒に飲み下した。
 早急な対処が必要なのは明白である。
 呑気に座していては、くそったれの鎌野郎の訪問を待つのみ。
 後の巨人達の包囲殲滅作戦を遂行するためにも、今ここが崩されるわけにはいかないのだ。
 状況を覆すには討って出るしかない。その為のハンターが待ち遠しかった。


「隊長! 連れてまいりました!」
 待ちに待った報告が届いたのは、程なくしてだった。
 体感的には何時間も待たされた気がするが、実際は数十分といったところだろう。
「来たか!」
 小隊長の声に合わせて、大きな矢が防護盾に突き刺さる。
 後方でもハンター達が支援に動いており、投石器等の作成が急ピッチで進められていた。
 小隊長は、肝を冷やして刺さった矢を見つめている兵士を促す。
「はっ! 説明は道中にて済ませてあります!」
「よし! あれを!」
 小隊長は脇の兵士に用意させていた品を持ってこさせる。
 それは、ビール瓶程の大きさの火薬瓶に、人の頭ほどの大きさの油壷だった。
「なけなしの火薬と油だ。予備は無い。これも持って行って、あの巨人達の射撃を阻止してほしい。少なくとも、敵の注意を惹きつけてくれればありがたい」
 兵士がそれを配っている間も、巨人の投石と射的は止まない。
 大地を抉る衝撃と音に、馬は怯えて使い物にならない状況だ。
「馬は使えない。敵の武器をある程度破壊するか無力化できたら、後の判断は任せる。退くもよし、囮となるもよし。直にカタパルトとバリスタも完成する」
 深追いしたり巻き込まれないようにな、と小隊長は祈るような想いでハンター達を見つめた。

リプレイ本文

 断続的に続く投擲の下。
「多勢に無勢……でしょうか」
 カグラ・シュヴァルツ(ka0105)は積み上げられた土嚢を背にして、ライフルを構える。
「ヘタすりゃァ命に関わるゴトだ。マァ、気張って行こうや」
 その隣で、J・D(ka3351)は敵の射撃に身を晒し、ぎりぎりと和弓「蒼天」を引き絞る。
 後方では、降り続く矢石の雨の中、今も懸命に兵器作成の作業が行われている。
「ああ。死ぬ気はねえが、命に代えても時間は稼ぐ」
 春日 啓一(ka1621)の目が鋭さを増した。
「さて」
 J・Dの弦が限界まで撓む。
「宴の始まりだぜ」
 一本の矢が、鬼の群れに吸い込まれた。

●開戦
 鬼の胸に突き立つ矢。
 上がる悲鳴に、敵の手が止まった。突然の反撃に鬼達は浮足立つ。
 それを合図に、啓一は土嚢を乗り越え、敵中央へ真正面から突っ込んだ。
 走りくる人間に、鬼の目が一斉に向く。
 間をおかず、石の雨が降り注いだ。
 空を覆う鉛色の塊。
「当たってたまるか!」
 極限までに高められた集中力が冴え渡る。啓一は全て躱しきった。
 投石に抉られた凸凹の大地。
 こめかみを伝う一筋の汗。
 最悪の想像が躊躇いを生む。しかし――
 バンッと短い音が敵の足元の土を穿った。カグラのペネトレイトC26による牽制だ。
 更に、空を切る矢の音が続く。
 ――一人では無い。仲間がいる。ここではない遠くの地から祈る者もだ。
 死ぬわけにはいかない。だが、やれることがあるのなら――。
 剥き出しの敵意に晒された啓一は、腹に力を込めてそれらを受け止めた。


「行こうか、シュネー。勝利を得る為に、ねぇ」
「はい……」
 中央の陽動を見て、左翼に待機していたヒース・R・ウォーカー(ka0145)とシュネー・シュヴァルツ(ka0352)が一気に駆けだした。
 草原を奔る二つの光。
 敵が気付いたのは、中間に達しようかという頃。
 投げつけられる石を、二人は素早い動きで躱す。軌道を変え、左右に惑わせ、照準を避けるべく、立ち止まらないように。
 縮まる距離。迫る石。額を掠めて体勢が崩れた。
 投げてからでは遅い。動きをよく見て――。
 不意にシュネーの視界に影が差す。
 仰いだ空に、一条の影。弓鬼の矢が押し迫る。
 当たる――と思われた矢は、一発の弾丸に撃ち落された。
 シュネーの面を微かな笑みが過ぎる。
 後ろを振り返りはしない。
 背中を委ねられる者がいることを知っているから。
「よっと」
 ヒースも投石の雨を潜り抜ける。もう、敵は目の前だ。

「当たったら痛そうですけど……」
「一発カマしたろうじゃん?」
 葛音 水月(ka1895) に、超級まりお(ka0824)は親指を立てて良い笑顔。
「ヒアウィゴー!!」
 左翼でシュネーとヒースが駆け出すのと同じくして、右翼でも二人が四つん這いに隠れていた草叢から飛び出した。
 的をしぼらせないようにジグザグに走るまりお。
 迷彩色のマントで草に紛れる水月も続く。
 緩急をつけて翻弄するまりおに、投石は虚しく地を削るのみ。
 風が走る。
 疾風が右翼を切り裂く。
 水月は左右に幻惑し、巧みに石をやり過ごした。
「なかなかスリリングですねー」
「いっくよー!」
 マテリアルが迸る。ぐんぐんと距離を詰めるまりおに数体の鬼が身構えた時、中央で大きな爆発が起こった。

「てめぇらの相手は俺だ!」
 振りかぶる啓一。宙を舞ったのは一本の火薬瓶。
 時が歪む。鬼の目が縫い付けられたようにそれを追った。
 一拍おいて豪快な爆発音。
 先頭の鬼が胸を押さえて蹲る。
 予想以上の威力に啓一は不敵な笑みを浮かべるが、即座にシールド「プレシオン」を掲げた。
「ぐっ」
 重い。衝撃が腕を圧する。
 鈍った動きに鬼は獰猛な笑み。別の鬼が走り来ようとして、その足を後方のカグラが撃ち抜き転倒させた。
 両翼が接敵したのを確認し、J・Dも土嚢を飛び越え戦場へ。
 カグラは油断なく周囲に目を配る。
 排出された薬莢が宙を漂う。
 張り巡らされる峻厳な視線の糸。
 後方支援は己一人。肩にかかる重圧は如何ばかりか。それでも平静を保ちながら。
 ぴくんと睫毛が揺れる。
 薬莢が地に落ちる前に、水月に襲いかかろうとしていた鬼の頭を狙い打った。
「油断せずに行きましょう」
 ぼそりと呟いた言葉は、蹲る鬼に投擲された二本目の火薬瓶の爆発にかき消された。
 そして、戦場の両翼で轟々と火の手が上がる――。

●炎
 不規則に立ち並ぶ投石鬼達。
 その中に、積み上げられた石の山がちらほらと。投石用の集積場だ。
 それを見て、まりおは口の端を吊り上げる。
 予想通り、敵の弾は纏められて置かれている。
 這うように鬼の隙間を掻い潜り、懐から取り出すは火薬瓶と油壷。
 油に塗れた石山の一つに、火薬瓶を放り投げすぐさま離脱する。
 爆音を背に、まりおの心は躍動した。
「ヤッフー!!!」
 苦痛に呻く鬼の声。
 爆発した折に、四散した石が礫と化したのだ。
 痛みを堪え、鬼は散らばった石の一つを持とうとして――、その熱さに慌てて手放した。熱せられた石を、鬼は殊更嫌がった。
「それじゃ、僕も」
 水月も別の石山に油を振りかけ、着火する。
 炎上した石山から距離を取る鬼達。
 炎が煙を巻き込んで、朦々と立ち上がった。

 左翼でもヒースが石山の一つに油壷を放り、火を放つ。
 赤々と変ずる石。身の丈を大きく超える炎。その揺らめきに、鬼達はたじろぐ。
 そんな反応を捨て置いて、ヒースは留まることなく取って返す。
 その先にいるのはシュネー――と鬼が2体。
 進路を切り開く為に、敵の注意を惹いていた彼女の下へ。
 マテリアルが漲る。瞬後、彼の姿が消えた。
 それはまるで影の如く。棚引く血色のオーラが、辛うじてその軌跡を浮かび上がらせる。
 火炎槍が鬼の肥大した右腕に突き立った。
 腕を押さえ悶える鬼。肉の焼ける臭いが鼻につく。
「シュネー。代わるよ」
「……お願いします」
 鬼のしなる鞭のような縄を、シュネーは伏せて躱す。
 息つく間もなく飛来する矢。長剣で打ち払い、キッと睨む視線は一瞬。
 駆け走る彼女を追おうとした投石鬼に、ヒースがこれ見よがしに火炎槍を振るい、注意を惹きつける。
 生き物の如く赤熱する槍。敵が怯む。
 ヒースの顔が楽し気に歪んだ。
「さぁ、お前たちに死を運ぶモノが来たぞ。一緒に踊ってくれるかい?」

 シュネーは戦場を駆ける。
 布のウェアははためき、スカートが風を孕みふんわりと。
 投石は来ない。既に大半の石山が炎に堕ちていた。僅かに飛び来る石の弾も、なぜか彼女に当たる前に撃ち落され、また、軌道を逸らされていた。
「カグラ兄さん……」
 小さくシュネーの口から零れ落ちる。それは、彼女が誰よりも信頼を寄せる人の名。
 カグラの静かなる叱咤の声が聞こえてきそうで。
 シュネーの脚に力が入る。
「これ以上、邪魔させません……」
 目的地に着くと、後方から矢を放ってくる弓鬼との間に油壷を投げた。
 次いで、放たれた火種。
 大地を奔る幾筋もの炎。ぼうっと沸き立つ炎上網。
 草の中の水分が、ぱちぱちと飛んでいく。
 白煙は炎に纏わりつき、草原に新たな炎壁が誕生した。
 空に向かってくねる炎は、煙を伴って弓鬼の視界を妨害する。
 両翼で発生した炎壁に大半の戦場が覆われ、弓鬼からは人間を視認するのが困難となっていた。
 惑う弓鬼。
 前衛に取りつく人間に攻撃するのは難しい。ならば――。
 大きく仰角をとり、弓を構える鬼達。狙うは、人間共の陣地。元よりそのつもりだったのだから。
 そこへ、煙を割って突き進む何かが――来たと思った時には、右の目玉を矢が貫いていた。
 大気を震わせる叫び声。顔を押さえ跪く一体の弓鬼。
 まさか自分達が攻撃されるとは思わなかったのか、激怒した鬼達は矢の飛んできた煙の中へ一斉に撃ち込んだ。
 数秒後、煙の向こうから届いた悲鳴に、弓鬼達は喜悦の声を上げた。
 人間の悶え苦しむ様を想像し、知らず顔が緩む。
 が――、再度煙の向こうから飛んできた風切り音が、そんな妄想をあっけなく打ち砕いた。

 燃え上がる炎の煙に紛れて矢を放ったJ・Dが伏せると、その上空を幾本もの巨大な矢が通り過ぎた。
「……マッタク、ヒヤリとさせやがる」
 鬼の放った矢は、延長線上にいた投石鬼の腕に容赦なく突き刺さり、無残な悲鳴が天を揺るがす。
 すぐさまJ・Dは二本目の矢を放つ。
 悲鳴が同士討ちによるものだと気が付いたのか、弓鬼からの射撃が止まった。
「ちったァ、知恵が回りやがるじゃねえか」
 煙に紛れて、向こうからこちらの姿は見えないはず。それは、こちらからも同様で。
 上空を見上げる。
 敵の矢が遥か高みを通過していく。届く先は――。
 舌打ちが漏れた。
 J・Dは矢を番え、再び弓を構える。踊る煙の狭間を狙って鬼を見据え、マテリアルが矢を伝う。
 その様子を見つめていた一組の目。
 煙に紛れていた彼を認識した投石鬼が、足元に転がっていた石を拾い、照準を合わせた。
 ここは、弓鬼達から100m程離れた地点。つまり、戦場のど真ん中。みすみす見逃すはずも無く。
 しかし、J・Dは構うことなく、弓を引き絞る。
 全身に吹き付ける熱気。ゴーグル「クリスタルナイト」の下の目が細まった。
 投石鬼が縄を振り回し、J・Dが矢を解き放つ。
 ガンッ、と投石が撃ったのは、啓一の盾。
 腕が痺れる。全身の骨は軋むようで。
 裂帛の気合が衝撃を跳ね除けた。
「Jのおっさん、無防備すぎるぜ」
「おめえサンがいるからな」
 ケケケと笑うJ・D。啓一はため息を呑み込んで、火薬瓶を投石鬼に投げつけた。
 右腕を押さえて喚き散らす敵に、追撃の鉛玉を見舞う。
「やれるだけの事はやるがよ」
「それで十分ってなモンだ。ありがとサンよ」
「礼は――」
 啓一は倒れた敵を盾にして、別の投石鬼へ火薬瓶を投擲。
「まだ早いぜ」
「違ェねえ」
 J・Dは白い歯を露わにし、弓鬼へ向けて尽きぬ矢を放ち続けた。

 距離を保ちつつ、ライフルで敵の腕を狙撃し、要所要所で各員の支援を行っていたカグラ。
 全体を俯瞰するが如き彼の目には、戦場の様子がありありと見て取れた。
 上空を通過する矢。弾を大きく減じた鬼達は怒りに狂い、その分手近な者への攻撃は苛烈を極めていて。
 瞳が微かに曇る。
 入り乱れた戦場は、乱戦の様相を呈し始めていた。

●乱戦
 投石鬼はスリング縄を振り下ろす。
 人の胴体ほどもある縄がしなり、風を裂いて襲い掛かる。
 水月は半身を逸らした。
 縄が大地を打つ。跳ねた縄が脇腹を強打。顔が僅かに歪んだ。
 まだ動ける。水月は鬼の足元に潜り込む。
 そのまま通り過ぎ、すぐ脇で渋滞を起こしていた別の鬼へ。
 狙いは垂れ下がったスリング縄。
 日本刀「景幸」が一閃。縄は半ばから断ち切られた。
 水月に無視された鬼に、走り込んだのはまりお。擦り切れた頬。その手には、炎を照り返す刀身。
 低い振動音が唸る。
 オートMURAMASAの煌めきが、鬼の右腕を深々と切り裂いた。
 吹き上がる大量の血。
 絶叫が木霊し、その声が更に2体引き寄せた。
 並んで走る鬼の片方が、足並みを乱す。カグラの牽制射撃が光った。
 単独になった鬼。
 鞭のように振るう縄を、まりおは、待ってましたと言わんばかりの表情で受け流し、掴んだ。
 試作型パリィグローブ。指が自由になるこの装備をしてきたのは、正にこの為に他ならない。
 腕を引く。縄が張り、伸びた肘。刃先がずぶりと抉り刺す。
 幾度目かの悲鳴。
 その背後から迫るは水月。
「ふふ、こういうの……どーです?」
 火薬瓶を膝の関節部から鎧の間にねじ込む。
「離れてくださいねー」
「わーお♪」
 刀を抜き、後方に飛び退るまりお。
 水月は鬼の膝を蹴って中空へ。痛みに顔が顰む。
 爆音とともに敵が崩れ落ちて。
 跳躍した水月は景幸を逆手に持ち、脳天目がけて全体重をかけた。

「くぅ」
 ヒースが膝をつく。垂れ下がった腕から、じんわりと血が滲む。
「ウォーカーさん」
 すれ違いざまに縄を断ち切ったシュネーが、ヒースの下へ駆け寄る。
 足取りは重い。膝から垂れた血は既に黒くこびり付き……。
 行く手を遮る敵。
 可変式の剣。短剣から長剣へ。間合いがずれる。
 よろめいた敵の腕に絡まるワイヤー。敵の腕振りに合わせてモーターを起動。反動で肉に食い込んだ。
 呻く鬼の右腕が、突如真っ赤に燃え上がる。
 いつの間にか立ち上がっていたヒースが、横手から槍を突き込んでいた。
 血は止まっていない。けれど――。
「どれだけ傷つき血を流そうと、負けるわけにはいかないんでねぇ」
 死にさえしなければ、傷はやがて治る。
 それだけの価値があると信じて。
 ヒースは槍を大地に突き立てた。


 ――戦闘開始から20分。
 待望の連絡が、遂に入った。


●気の緩み
 J・Dの無線が鳴る。予定よりも随分早い。
 こちらも既に、投石鬼の大半の無力化に成功していた。
 J・Dは弓鬼への妨害射撃を止め、オカリナを思い切り吹き込む。

 ピュー!!

 警笛のような甲高い音色。
 撤退の合図だ。
 一度。二度。
 皆に聞こえる様に、十分に。
 衰えてきた炎煙の向こうにも、笛の音は響き渡った。
 それは、激しい戦闘の終焉を告げる音であり、日常への回帰を知らせる音だった。
 弓鬼の相手をしていたまりおが、土煙を上げて舞い戻る。
 その脇を、一本の矢が追い抜いて行った。遅れて、もう一本。
 まりおの声が上がる。
 ある者は撤退の準備を、ある者は目の前の敵の相手を。
 次の行動への移行、その一瞬の間隙。
 カグラの目が、それを捉える。
 啓一は背中越しに振り返る。
 シュネーが駆け、水月とヒースは顔を上げ。
 振り向いたJ・Dは――木の葉のように吹き飛んだ。
「おっさん!」
 追撃の矢をカグラが撃ち落す。
「……しくじっちまった、みて――」
 ごぼりと血塊を吐き出すJ・D。
 引き抜かれた矢。右胸に空いた穴から、無情にも生命の欠片が抜け出していく。
「っ! すまねえ」
 啓一と水月が両脇を支える。J・Dは苦悶の表情だ。
「何言って――ぐっ」
「喋っちゃ駄目、です」
 シュネーが眉を顰める。
「後方に聖導士がいるそうです。急ぎましょう」
 J・Dの無線を借りたカグラが連絡を取り合い、まりおが道を切り開く。
 7人は撤退へと転じた。
 逃がしてなるものかと、追いすがる鬼達。
 殿を務めたのは、ヒースとシュネーとカグラ。
 三人は余った油壷を大地に撒き散らす。
 ヒースは痛みを押し殺し、にやりと笑った。
「似たような事を考えていた、かなぁ? 付き合うよ、二人とも」
 投げられた火薬瓶。
 轟。
 炎上する壁が鬼の脚を縫い付ける。
 と、陣地の方から援護の矢が敵を撃った。土嚢から覗くは、静架の姿。そして、ヒールを使えるイレーヌも。
 次いで、上空を巨大な岩と矢が飛んでいく。
 それは、この20分、命を賭して任務を果たした彼らの成果であり、反撃の狼煙だった。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧


  • カグラ・シュヴァルツ(ka0105
    人間(蒼)|23才|男性|猟撃士
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

  •  (ka0824
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 破れず破り
    春日 啓一(ka1621
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
J・D(ka3351
エルフ|26才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/02/27 11:21:19
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/02/22 19:44:26