ゲスト
(ka0000)
トレイターズ・インク
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/03 07:30
- 完成日
- 2015/03/11 05:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
青年ヨハン・フォン・ベルフは廃嫡された旧貴族の長男であった。
夜半、同じく旧貴族のグレゴールのサロンを訪ね、『活動報告』を行う。
「ビラ100枚と原版は、私が責任を持って保管しております。
しかし例のちんぴらどもには次の仕事を断られてしまい……」
そこでヨハンより年嵩のグレゴールはふん、と鼻を鳴らし、椅子に踏ん反りかえった。
「残りたった100枚、どうやって撒くかの目途もなし。話にならんよ。そんなことでは……」
グレゴールはテーブルの上に新聞を投げ出して、顎で指した。
「読んでみろ! 地方では志ある帝国臣民が反旗を翻し、
腐敗した現体制の犬どもへ果敢に立ち向かったというではないか。
残念ながら彼らは鎮圧されてしまったが、
その意志を受け継ぐ者たちを鼓舞することが、今の君の役目ではないかね。
そんなときにビラ貼りの仕事ひとつできませんとは、良く言えたものだな?」
ヨハンは新聞を見下ろしたままうなだれる。
グレゴールは彼をこの道に誘った『親方』であり、
爵位と領地を失い失意のまま亡くなった父の復讐を目論むヨハンにとっては、
その機会を得る為の唯一の伝手だった。グレゴールに認められなければ、
そして組織を登り詰め、力を得なければ、自分はいつまで経ってもただの人だ。
多少の財産を抱えただけの……。
●
ヨハンは、もっと有力なもぐりの印刷屋をひとり知っていた。
以前交渉したときは吹っかけられてしまい、やむなく断ったが、
このままではグレゴールに見捨てられてしまう。背に腹は代えられない。
「ビラの増刷については考えがあります。
ビラ貼りの人員も、改めて探しておきます。どうかこのままお任せを」
どうにかグレゴールから猶予をもらったヨハンは、辻馬車で――
自前の馬車を使わないだけの知恵は流石にあった――自宅の近くまで戻る。
帰りの間ずっと、今後の活動資金に考えを巡らしていた。
財産が尽きるのが先か、それとも皇帝ヴィルヘルミナの治世が終わりを告げるのが先か。
このまま金がなくなれば、やはり自分はただの人。
誇り高き帝国貴族の長子に生まれついておきながら、
平民どもに混じって惨めに老いさらばえるのは絶対に御免こうむる。何としても結果を出さねば。
●
「あの若造についてどう思う、フォルカー」
ヨハンが立ち去った後、グレゴールはサロンの片隅に座っていたひとりの男に呼びかけた。
男は服装こそ、旧貴族の従者然として小奇麗にしていたが、
その淀んだ眼と頬に走る古い太刀傷が、どうにも隠せないやくざ者の風情を漂わせていた。
ソファに寝転んで、手すりに組んだ脚を乗せたまま、ざらついた声で男は答える。
「危ういですな。ああいうお坊ちゃんを使うのは、どうにも……」
「だが、我々とて無尽蔵に資金がある訳ではない。
例え無能な人間でも、金さえ持っているなら使っていかねば」
「今に尻尾を掴まれますよ。そうなりゃ我々だってどうなりますか。
第一師団にしょっ引かれて締め上げられたら、奴さん喋るでしょ。旦那のことをぺらぺらとね」
グレゴールは椅子に深くもたれたまま、高価な調度の並ぶサロンを見渡した。
ヨハンがしくじれば一蓮托生、それは分かっているが、
彼自身これまでの活動にかなりの私財を注ぎ込んできた。
より大きな『作戦』へ参加できれば上層部からの資金提供もあると聞くが、
その資格を得る為には、独力で何らかの成果を出さなければならない。
(ヨハンの奴め。こっちはビラ貼り如きにかかずらわっている場合ではないのだ)
「ときに、例の仕事はどうなっておるかね」
「下手人の当ては見つかりました。値段が折り合えば、いつでもやれます。
野郎のほうも相変わらず太平楽でね。昼は商談、夜は女遊びでまぁお忙しいこって」
「お前自身は手空きなのだな? ならばヨハンを見張ってくれ、奴が何かしでかさんように……」
男がソファから身を起こし、
「良いですよ。それで、えー、こいつぁまずいと私が判断したときは」
「任せる」
ヨハンが治安組織に目をつけられたと分かったときは、先回りして彼を消す。そういう意味だった。
●
ヨハンは翌日から早速、帝都を離れることになった。
最近雇ったばかりの執事に『しばらく家を空ける』と告げて、彼は出ていく。
新入りの執事は薄給の割りに良く働き、躾も行き届いている。
子供の頃はああいう人間が家中に置かれていて、何ひとつ不自由がなかった。
現体制打倒が叶った暁には、是が非でもそうした暮らしを取り戻したいものだとヨハンは思う。
主人を見送った後、執事に扮装した第一師団の密偵は、詰所宛てに報告書を送った。
ヨハン・フォン・ベルフ、先日帝都で起こった反体制ビラ事件の有力な容疑者。
髪や瞳の色、背格好や身分は、捜査に参加したハンターたちの報告とも一致する。
加えて彼の私室から、扮装用のみすぼらしい衣服が見つかった。
これで貧民街に出入りし、印刷やビラ貼りの人手を探していたのだろう。
今回の旅行も、ヨハンは馬車こそ家に置いていったものの、
代わりに近所で拾った辻馬車は第一師団の仕掛けた罠だった。
これでおよその行き先は分かる。後ははっきりとした証拠――
原版やビラ残部、反体制活動に従事している現場を押さえられれば文句なしだ。
数日後、ヨハンが旅先で、人気のない廃墟を何人もの男たちと頻繁に出入りしていることが分かった。
現場は数年来、魔法公害の影響で閉鎖されたままの工場跡地だ。
夜闇に紛れて、男たちが何かの機材を運び込む姿も確認できた。
恐らくは印刷機。街の印刷屋に当てがなくなった為、新しく工場を作るつもりか。
ヨハン摘発には絶好の機会だが、第一師団は帝都を離れたこの地方に有力な部隊を持たない。
ハンターによる襲撃作戦が企画された。
●
「――現時点では確証はありませんが、容疑者は単独犯ではなく背後に大がかりな反体制組織、
特に、昨今その過激な活動で注目されている『ヴルツァライヒ』なる一派との関係を疑われています。
ヴルツァライヒの組織形態や具体的活動方針については情報がなく、構成員の摘発例もなし。
今回の作戦でヨハンの身柄を押さえることができれば、
今後の反テロ活動における重要な足がかりとなるやも分かりません。
作戦の成果として求められるのは、決定的な証拠。
反体制ビラが印刷されている只中でヨハンを捕縛するか、
最低でも、彼とはっきり面識のあるような関係者の身柄が必要となります。
帝国領内には依然として旧貴族出身者が数多く暮らしており、
確実な証拠を提示することができないままヨハンを捕縛すれば、
彼らの強い反発を招き、かえって反体制活動の過激化を助長しかねません。
勇み足で失敗することのないよう、くれぐれも慎重を期して下さい」
青年ヨハン・フォン・ベルフは廃嫡された旧貴族の長男であった。
夜半、同じく旧貴族のグレゴールのサロンを訪ね、『活動報告』を行う。
「ビラ100枚と原版は、私が責任を持って保管しております。
しかし例のちんぴらどもには次の仕事を断られてしまい……」
そこでヨハンより年嵩のグレゴールはふん、と鼻を鳴らし、椅子に踏ん反りかえった。
「残りたった100枚、どうやって撒くかの目途もなし。話にならんよ。そんなことでは……」
グレゴールはテーブルの上に新聞を投げ出して、顎で指した。
「読んでみろ! 地方では志ある帝国臣民が反旗を翻し、
腐敗した現体制の犬どもへ果敢に立ち向かったというではないか。
残念ながら彼らは鎮圧されてしまったが、
その意志を受け継ぐ者たちを鼓舞することが、今の君の役目ではないかね。
そんなときにビラ貼りの仕事ひとつできませんとは、良く言えたものだな?」
ヨハンは新聞を見下ろしたままうなだれる。
グレゴールは彼をこの道に誘った『親方』であり、
爵位と領地を失い失意のまま亡くなった父の復讐を目論むヨハンにとっては、
その機会を得る為の唯一の伝手だった。グレゴールに認められなければ、
そして組織を登り詰め、力を得なければ、自分はいつまで経ってもただの人だ。
多少の財産を抱えただけの……。
●
ヨハンは、もっと有力なもぐりの印刷屋をひとり知っていた。
以前交渉したときは吹っかけられてしまい、やむなく断ったが、
このままではグレゴールに見捨てられてしまう。背に腹は代えられない。
「ビラの増刷については考えがあります。
ビラ貼りの人員も、改めて探しておきます。どうかこのままお任せを」
どうにかグレゴールから猶予をもらったヨハンは、辻馬車で――
自前の馬車を使わないだけの知恵は流石にあった――自宅の近くまで戻る。
帰りの間ずっと、今後の活動資金に考えを巡らしていた。
財産が尽きるのが先か、それとも皇帝ヴィルヘルミナの治世が終わりを告げるのが先か。
このまま金がなくなれば、やはり自分はただの人。
誇り高き帝国貴族の長子に生まれついておきながら、
平民どもに混じって惨めに老いさらばえるのは絶対に御免こうむる。何としても結果を出さねば。
●
「あの若造についてどう思う、フォルカー」
ヨハンが立ち去った後、グレゴールはサロンの片隅に座っていたひとりの男に呼びかけた。
男は服装こそ、旧貴族の従者然として小奇麗にしていたが、
その淀んだ眼と頬に走る古い太刀傷が、どうにも隠せないやくざ者の風情を漂わせていた。
ソファに寝転んで、手すりに組んだ脚を乗せたまま、ざらついた声で男は答える。
「危ういですな。ああいうお坊ちゃんを使うのは、どうにも……」
「だが、我々とて無尽蔵に資金がある訳ではない。
例え無能な人間でも、金さえ持っているなら使っていかねば」
「今に尻尾を掴まれますよ。そうなりゃ我々だってどうなりますか。
第一師団にしょっ引かれて締め上げられたら、奴さん喋るでしょ。旦那のことをぺらぺらとね」
グレゴールは椅子に深くもたれたまま、高価な調度の並ぶサロンを見渡した。
ヨハンがしくじれば一蓮托生、それは分かっているが、
彼自身これまでの活動にかなりの私財を注ぎ込んできた。
より大きな『作戦』へ参加できれば上層部からの資金提供もあると聞くが、
その資格を得る為には、独力で何らかの成果を出さなければならない。
(ヨハンの奴め。こっちはビラ貼り如きにかかずらわっている場合ではないのだ)
「ときに、例の仕事はどうなっておるかね」
「下手人の当ては見つかりました。値段が折り合えば、いつでもやれます。
野郎のほうも相変わらず太平楽でね。昼は商談、夜は女遊びでまぁお忙しいこって」
「お前自身は手空きなのだな? ならばヨハンを見張ってくれ、奴が何かしでかさんように……」
男がソファから身を起こし、
「良いですよ。それで、えー、こいつぁまずいと私が判断したときは」
「任せる」
ヨハンが治安組織に目をつけられたと分かったときは、先回りして彼を消す。そういう意味だった。
●
ヨハンは翌日から早速、帝都を離れることになった。
最近雇ったばかりの執事に『しばらく家を空ける』と告げて、彼は出ていく。
新入りの執事は薄給の割りに良く働き、躾も行き届いている。
子供の頃はああいう人間が家中に置かれていて、何ひとつ不自由がなかった。
現体制打倒が叶った暁には、是が非でもそうした暮らしを取り戻したいものだとヨハンは思う。
主人を見送った後、執事に扮装した第一師団の密偵は、詰所宛てに報告書を送った。
ヨハン・フォン・ベルフ、先日帝都で起こった反体制ビラ事件の有力な容疑者。
髪や瞳の色、背格好や身分は、捜査に参加したハンターたちの報告とも一致する。
加えて彼の私室から、扮装用のみすぼらしい衣服が見つかった。
これで貧民街に出入りし、印刷やビラ貼りの人手を探していたのだろう。
今回の旅行も、ヨハンは馬車こそ家に置いていったものの、
代わりに近所で拾った辻馬車は第一師団の仕掛けた罠だった。
これでおよその行き先は分かる。後ははっきりとした証拠――
原版やビラ残部、反体制活動に従事している現場を押さえられれば文句なしだ。
数日後、ヨハンが旅先で、人気のない廃墟を何人もの男たちと頻繁に出入りしていることが分かった。
現場は数年来、魔法公害の影響で閉鎖されたままの工場跡地だ。
夜闇に紛れて、男たちが何かの機材を運び込む姿も確認できた。
恐らくは印刷機。街の印刷屋に当てがなくなった為、新しく工場を作るつもりか。
ヨハン摘発には絶好の機会だが、第一師団は帝都を離れたこの地方に有力な部隊を持たない。
ハンターによる襲撃作戦が企画された。
●
「――現時点では確証はありませんが、容疑者は単独犯ではなく背後に大がかりな反体制組織、
特に、昨今その過激な活動で注目されている『ヴルツァライヒ』なる一派との関係を疑われています。
ヴルツァライヒの組織形態や具体的活動方針については情報がなく、構成員の摘発例もなし。
今回の作戦でヨハンの身柄を押さえることができれば、
今後の反テロ活動における重要な足がかりとなるやも分かりません。
作戦の成果として求められるのは、決定的な証拠。
反体制ビラが印刷されている只中でヨハンを捕縛するか、
最低でも、彼とはっきり面識のあるような関係者の身柄が必要となります。
帝国領内には依然として旧貴族出身者が数多く暮らしており、
確実な証拠を提示することができないままヨハンを捕縛すれば、
彼らの強い反発を招き、かえって反体制活動の過激化を助長しかねません。
勇み足で失敗することのないよう、くれぐれも慎重を期して下さい」
リプレイ本文
●
件の工場は、革命直後の1004年頃に操業を開始した。
当時最新の魔法装置を導入した紡績工場だったのだが、
鉱物性マテリアル使用の原動機の欠陥により公害が発生、繊細な工業機械の故障が相次いだ。
経営者は大枚注ぎ込んだ設備の損傷を嫌い、さっさと機械を引き上げて転地してしまった。
敷地は当時の経営者が所有したまま塩漬けにされており、管理者も置かれていない。
地元住民にも用がなく、わざわざ近づく者はいない。
以上、ダリオ・パステリ(ka2363)が第一師団から得た情報を裏づけした限りのことだ。
テトラ・ティーニストラ(ka3565)とトルステン=L=ユピテル(ka3946)も、
近くの街で聞き込みに回り、似たような話を聞くことができた。
「元々他に使いでのある土地じゃなかったし、身体に悪そうだし。
近所の人は、工場のこと全然気にしてないみたいだねー」
「雑魔でも湧けば、片づけようって話にもなったんだろうが。
当時の関係者はみんな街を離れちまったらしくて、
あの土地買えるかって訊いても話の分かる奴がいない」
テトラとトルステンの報告に、ダリオも頷き、
「経営者始め、反体制活動と関わりのありそうな者は特に見つからぬようだ。
今の段階では、よそ者につけ込まれただけ……と考えるより仕方あるまい」
●
現場の監視には6名が当たっていた。
雑木林を抜ける馬車道、以前は工場関係者の出入りに使われていたようだが、
道に残された新しい轍は、印刷機を運ぶ用でできたものと見える。
(工員は、あたしみたくその日暮らしの連中を、どっかからかき集めたようで。
街へはたまに酒を飲みに下りてくるだけ、あとは工場に缶詰でやすなぁ)
先んじて、関係者への接触を図ったウォルター・ヨー(ka2967)。
藤林みほ(ka2804)もやはり接近を試みたが、
(重要人物や武装した人間は皆、外からの通いか、工場に寝泊まりしている。
内部へ踏み込まなければ、大したものは得られそうにないでござるな)
「外の見張りは3人で間違いなさそうかな」
監視を交替し、情報共有の為一旦引き上げたレイン・レーネリル(ka2887)。
工場内事務所の裏口を張っていた壬生 義明(ka3397)も戻り、
「更にふたり、中で休憩か、工員の見張りでもしているようだねぇ」
敷地全体を見渡せるよう、監視中は木に登っていたエリス・カルディコット(ka2572)が、
「計5名の見張りが、交替制で巡回しているのでしょう。突入時、工場内のふたりがどう動くか……」
(彼が『ヨハン・フォン・ベルク』ですか)
携帯食糧片手に見張っていたドーラ(ka4322)が、馬車道を徒歩でやって来る男たちを発見した。
ひとりは上流階級出身と思しき青年――容疑者ヨハン。
脇にふたり、平の従業員ではない、身なりの良い男がついている。
片方は脂ぎった中年。もうひとりは頬の傷が特徴的な男。
傷の男は、恐らく懐に武器を呑んでいる。歩き姿でそれと分かった。
(堅気とは思えない……どちらかの護衛でありますか)
●
数日後の朝。見張り3人は銃を抱え、それぞれ雑木林へ分け入った。
今日も今日とて、秘密の印刷工場へ坊ちゃんめいた黒幕の青年と、
印刷屋の親父、それから青年の知り合いらしいやくざ者が訪ねてきた。
見張りは金で雇われたごろつきに過ぎず、
雇い主の親父以外の人物が何者であるか詮索はしなかった。ただ、
(反体制活動ねぇ。一体、いつまでお上の目を避けていられるやら)
ずらかるタイミングを間違えれば、自分たちもお縄を頂戴するか、最悪死ぬ。
(そこまでする義理はない。荒事になったらその場だけ仕事して、後は頃合いを見てばっくれちまおう)
雑木林には鳥がさえずるばかり、今朝も普段通り静かなものだ。
魔導銃を肩に担いで、木立の中をぶらぶらと歩いていく。
進路前方のどこかで音がした。姿は見えなかったが、何か重いものが、枯草の山に落ちたような音。
(動物か?)
ほとんど緊張感も持たず、見張りのひとりは音のしたほうへ歩いていく――
その脚を撃たれた。銃声は聴こえなかった。
「ガキの遊び場じゃねぇぞ」
別所を張っていた見張りの前に、満面の笑みを浮かべた少年――ウォルターが現れる。
出ていけ、と身振りをするが、相手は笑顔のまま近づいてくる。
(……ナイフかっ)
少年が突然刃を閃かせたかと思うと、一瞬で間合いを詰められた。
銃の台尻で反撃するも、懐に潜られた。
顔を手で覆われ、視界が塞がると同時に胸を強く突かれた。
「こんなちんけなシノギで命を落とすたぁ……ご愁傷様でございやす」
ナイフは肋骨の隙間を抜け、心臓に届いていた。
ウォルターはナイフの柄をぐいと捩じってから引き抜き、倒れかかる見張りから身を退いた。
ふと違和感を感じて髪に手をやると、台尻がかすめたのか、頭皮にできた切り傷から血が垂れている。
手についた血を無造作に服で拭い、見張りの死体をそのままに、工場へと歩き出す。
3人目の見張り。みほは背後から音もなく忍び寄り、その首に腕を巻きつける。
だが、敵も格闘の心得があったと見え、逆手で腰のナイフを抜くと、後ろから組みつくみほの脇腹を狙う。
みほはさっと飛び退いて仕込杖の鞘を払い、こちらも逆手に握って切りつける。
至近距離から投げつけられたナイフを二の腕で受け、なおも剣を振るった。
敵が後ろへよろめいたところに飛びかかり、
「情け無用は忍者の習い、よもや恨むな」
馬乗りの状態から、相手の喉を剣で突き刺す。
●
雑木林の見張りが襲撃されたのと同時に、突入班が工場へ接近する。
内部の人間に気づかれぬまま、それぞれ主要な出入口を押さえるが、
「閂がかかってやがる」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が扉に手をかけて言うと、ダリオは大扉に近い窓を1枚指差した。
得心いったエヴァンスが窓を破り、ふたりで作業場へ突入する。
同時に、トルステンが反対側の扉の横、ドーラがふたつの扉から一番遠い窓を選んでガラスを割った。
「手前ら全員、死にたくなけりゃその場を動くな!」
エヴァンスが大剣『テンペスト』を振るえば、剣に込められた魔法が凄まじい風音を上げる。
近くの印刷機で作業をしていた工員たちは、たまらずその場にしゃがみ込む。
身じろぎして逃げ場を探す者へは、トルステンが天井へホーリーライトの魔法を打ち上げ、威嚇した。
「ハイ通行止めー。抵抗はお勧めしねーよ。いやマジで」
ドーラも刀を振りかざし、窓の並びを身ひとつで塞いでいる。
「ここは通しません!」
小柄ながらも大きな動きで周囲を怯ませ、工員たちの逃走を阻止した。
逃亡と共に証拠隠滅も防ごうと、目を光らせるトルステン。
その脇を抜けようと、つなぎ姿の大柄な男が駆け出す。印刷所の作業監督だ。
すかさず片手の盾で男を殴り倒し、デリンジャー銃を向ける――
直接狙いはつけず、尻もちをついた男の脚の間の床を撃つつもりだった。
(止めろっつってんだろ。っつーか撃たせんな、頼むから)
●
作業場と併設の事務所へは、裏口から義明とテトラが進入していた。
作業場突入とタイミングを合わせ、鍵のかかっていた扉を蹴破り事務所内へ。
(あらら。早速いたねぇ、ヨハン君)
ヨハンと中年の男――印刷屋、そして傷の男が事務所1階の椅子に座っていた。
更に、休憩中だったふたりの見張りが詰めていて、彼らがヨハンを追う手を阻んだ。
「正義の美少女テトラちゃん、参上! 神妙にお縄につけぃっ!」
見張りふたりがナイフを手に襲いかかってくる。その間に、ヨハンら3人は作業場へ逃げ出した。
見張りに射線を塞がれ、止むを得ず格闘戦にもつれ込む。
「今こそ閃いて……! 碧き風ッ!」
テトラが電光石火の踏み込みから、見張りのひとりにボディブローを放つ。
グローブをはめたテトラの拳が、相手の腹に深々と沈んだ。
続いて、義明がもう一方の敵へ機導術・エレクトリックショックを撃つ。
すんでのところでかわされ、ナイフで切りつけられた。
(往生際が悪いよ)
ナイフの刃を左手で捕まえ、もう片方の手――魔導ガントレットで相手の顔面を掴んだ。
電撃を流し込めば、見張りの髪が総毛立つ。相手はそのまま気を失い、床に崩れ落ちた。
残りひとりは、ナイフを振り回してテトラを下がらせると、踵を返して作業場に続く扉へ走った。
「知らないのかな? 美少女からは逃げられないよ!」
テトラが星形の手裏剣を投げつける。
逃げる背中に見事命中し、見張りはぎゃっと叫んで前のめりに転んだ。
●
見張りは消音拳銃で膝を撃ち抜かれ、落ち葉の上に転んだまま起き上がれない。
拳銃を手に茂みへ伏せていたエリスが、今の内に彼を拘束しようと身体を起こしたときだった。
敵が魔導銃を拾い上げ、乱射を始めた。
(ッ!)
魔導銃の1発が、まぐれ当たりでエリスの太腿を捉えた。咄嗟で身を伏せ、拳銃で応射する。
(甘かった……でしょうか)
互いの射撃が、雑木林の地面に積もった落ち葉を散らして飛び交う。
弾の切れた敵は倒れたまま横に転がり、位置を変えようとした。
エリスはなおも撃つが、地面の微妙な凹凸に邪魔されて伏射では狙い難い。
そうこうしている内に拳銃の弾が切れた。リロードを急ぐエリス。
敵は先に弾を込め終え、射撃を再開。エリスの居場所がばれたのか、狙いが段々とまとまってくる。
下手に立ち上がると危険だが、このままではいつまで経っても敵を仕留められない。
(銃声が上がってしまった以上、工場の人間には気づかれている。
突入班が間に合えば良いですが、応援が必要な事態になっているやも……ここで足止めされる訳には!)
エリスの後方に隠れ、弓を構えていたレイン。
重石をつけた矢で見張りを誘き寄せる役だったが、位置を変え、今度は敵を直接狙いにかかった。
矢面に立った仲間――エリスが危ない。手加減をしている余裕はない。
(やるしか、ないか)
落ち葉の中に伏せた敵の背中へ、直に矢を撃ち込む。
見張りはびくりと痙攣し、銃を取り落とす。そうしてすぐに動かなくなった。
傷を負ったエリスへ駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせる。
「動ける?」
「ええ……助かりました。まだやれます、工場を外から見張るくらいなら」
エリスを抱いて歩きながら、レインはちらと、自分が殺した男を振り返る。
が、すぐに顔を前へ戻し、工場で戦う仲間たちの応援に急いだ。
●
事務所を義明とテトラに襲撃され、作業場へ逃げ出したヨハンら3人。
待ちかねていたように、剣を手にしたダリオが立ちはだかる。
「命までは取らん。貴公らには、訊かねばならんことが山ほどあるのでな」
なおも逃げようとする印刷屋を、剣の腹で横ざまに殴りつける。
ヨハンが身を引こうとすれば、返す刀で彼の腰を叩き、
「さて、貴公は如何するか」
ひとり残る、傷の男と対峙した。男はにやりと笑って懐に手を伸ばす。
繰り出されるダリオの剣を仰け反ってかわし、拳銃を抜いた。
銃を向けた先は、ダリオの足下に倒れているヨハン。
ダリオがヨハンに覆いかぶさり、銃弾から庇った。
弾丸は、ダリオの鎧の羽根飾りに覆われた左肩に命中する。
「やりやがったな」
工員たちが床に伏せたまま逃げないと見て、エヴァンスが応援に走る。
男は窓から逃走しようとして、試作振動刀で武装したドーラにぶつかった。
「止まりなさい!」
大上段に振りかぶった振動刀を、男が鋭い回し蹴りで払いのけた。
ドーラはなおも果敢に挑みかかるが、
(この力、この身のこなし)
軽々と避けられ、弾かれる。理由は体格差だけではない。
(この男、覚醒者か!)
そうと知っても退くことはできない。
男の足下で巧みにステップを刻み、拳銃の狙いをかわす。
ドーラの義足の両脚が、工場の床を打ちつけて火花を散らした。
倒せずとも、数秒でも時間を稼げば人数差で捕えられる筈――
ブーツの爪先を眉間に蹴り込まれ、ドーラの視界が暗転する。
傷の男は昏倒したドーラをまたいで、割られたガラス窓に手を伸ばす。
トルステンがデリンジャーを構えるが、
(くそっ)
放たれた銃弾は男に命中せず、壁に穴を空けた。
それでも一瞬、傷の男の気が逸れ、その隙でエヴァンスが追いついた。
刹那、大剣の魔法が風巻く。振り向きざまに拳銃を向けようとした、男の腕が飛ぶ。
●
駆けつけたウォルター、みほ、エリスとレインの目の前で、片腕をもがれた男が工場の窓から飛び出した。
こけつまろびつ逃れようとする男の進路を、4人で塞ぐ。
男の後ろからは、大剣を背負ったエヴァンスが窓を乗り越えてくる。
万事休す。傷の男は工場からほんの数メートル離れた地面で膝を折った。
やおら、男が腰元に手をかける。
(何をする気?)
レインが弓を、エリスは背負っていたライフルを構える。
エヴァンスも魔導拳銃を抜き、男の手元へ狙いを定める。
男目がけて矢弾が飛ぶ――寸前。男は取り出したナイフで、躊躇なく己の喉首を掻き切った。
「間に合わなかったか」
男の死体を確認して、エヴァンスが溜め息を吐く。
トルステンに介抱されたドーラも、窓からひょいと顔を出し、
「残念です。ヨハン氏を撃とうとした辺り、何か背後がありそうだったのですが」
しかし、当初の目的であるヨハン、そしてふたりの関係者を捕えることはできた。
証拠も揃っている。ダリオが左肩を押さえて起き上がり、印刷機から刷り上がったビラを抜く。
書類束を抱えて事務所から出てきた義明とテトラに見せれば、
「……たはは」
義明が苦笑する。ビラの内容は、賞金首のポスターに似せた『暗殺指令』。
ダリオが手にしたビラには賞金額と共に、名の知れた革命成金や、帝国軍将校たちの似顔絵が描かれていた。
「ひゃー、怖いもの知らずねこいつら」
作業場へ入ってきたレインが、別の印刷機で刷られていたビラを掲げる。
巨額の賞金がかけられた、皇帝ヴィルヘルミナの似顔絵だ。
みほとウォルター、エリスもそれぞれ同じビラを拾って、
「流石と言うべきか、まさに桁違いの賞金でござるな」
「これ、やったらホントにもらえるでやすかねぇ……あ、あたしは勿論やりやせんが」
「こんな馬鹿なビラに乗せられるような人間が、皇帝陛下に近づけるとは思いませんね」
エリスが言い捨ててビラを置く。全く、こんな馬鹿げたものが――
ふと、自分の首には一体いくらの値がつくのだろうと想像して、彼は憂鬱になった。
「ま、陛下のこれははったりに決まってるにしても、
もう少し現実的な金額になってる人は、かえって危ないかも。
……意外と大きな金が裏で動いてそうだね」
レインが言う。その辺りは、今回捕まえた関係者たちから聞くべきだろうか。
●
トルステンが傷ついた仲間と、ついでにヨハンたちにも治癒の法術をかけた後、
第一師団の応援が駆けつけるまでの間に、捕まった関係者を拘束していく。
「……もーヤダ。なんで人と撃ち合いとかしてんだよ、超帰りてーし」
工場の床に転がった腕と血溜まりを見て、トルステンがへたり込む。
エヴァンスが剣の血を拭いながら、彼に声をかけた。
「怪我でもしたか?」
「してねーけど……気分悪い」
青白い顔で振り返るトルステンに、エヴァンスが微笑する。
「この稼業、時にはこういうこともあるさ。
リアルブルーじゃ人間同士の戦争も珍しくないんだろ?
こっちの世界だって、歪虚の相手が忙しくて中々気が回らないだけ。
悪党もいれば殺しもある、そういうもんだ」
「分かるけどよ、俺、ただの文化系の学生だもん。兵士とかじゃねーし」
「段々慣れるよ」
慣れたくない。トルステンは眼鏡を外して立ち上がった。
こうすれば、工場を出るとき血溜まりや死体をはっきりと見ないで済む。
ダリオが、ヨハンを後ろ手に縛った上で出口へ歩かせた。
義明とドーラが印刷屋と監督、その他工員と生き残った見張りふたりをやはり縛ってから整列させる。
「はいはい。そのまままっすぐ、言われた通りに進んでねー。
折角拾った命、無駄にしちゃあいけないよ」
「反体制大いに結構!
しかし、民に迷惑を掛けてしまうようでは……今後はやり方を改めて頂きましょう」
証拠物品も、先んじて可能な範囲で回収しておく。
みほが印刷機を開いて、黒く汚れた金属製の活版を取り出した。
「これが原版でござるな。
大してかさばるものでもなし、これは持ち帰って、第一師団へ直接引き渡すと致そう」
「もはや言い逃れはできまい。だが、貴公の処遇を取りなす余地はある。
何故、このような所業に及んだのか。仲間はいるのか? 目的は?
話してもらえれば、我々も多少手心を加えんでもない」
ダリオがビラ束をヨハンの鼻先で振ってみせれば、乾きたてのインクが香った。
ヨハンは俯いたまま答えない。テトラが彼の顔を覗き込んで、
「誰だって、好きでこんなことやりたくないはずだよ?
何か事情があるんだよね? ここはひとつ、あたしたちに――」
「ヴィルヘルミナの狗どもめ!」
「奴がハンターに甘いからと、革命政権を支持してるんだろう?
金ずくで誰にでも尻尾を振る、汚らわしい傭兵どもが!
今に見ていろ! 『根の国』が、偽皇帝もろとも貴様らを滅ぼす!」
再興の夢破れた青年旧貴族の叫びが、工場にこだました。
件の工場は、革命直後の1004年頃に操業を開始した。
当時最新の魔法装置を導入した紡績工場だったのだが、
鉱物性マテリアル使用の原動機の欠陥により公害が発生、繊細な工業機械の故障が相次いだ。
経営者は大枚注ぎ込んだ設備の損傷を嫌い、さっさと機械を引き上げて転地してしまった。
敷地は当時の経営者が所有したまま塩漬けにされており、管理者も置かれていない。
地元住民にも用がなく、わざわざ近づく者はいない。
以上、ダリオ・パステリ(ka2363)が第一師団から得た情報を裏づけした限りのことだ。
テトラ・ティーニストラ(ka3565)とトルステン=L=ユピテル(ka3946)も、
近くの街で聞き込みに回り、似たような話を聞くことができた。
「元々他に使いでのある土地じゃなかったし、身体に悪そうだし。
近所の人は、工場のこと全然気にしてないみたいだねー」
「雑魔でも湧けば、片づけようって話にもなったんだろうが。
当時の関係者はみんな街を離れちまったらしくて、
あの土地買えるかって訊いても話の分かる奴がいない」
テトラとトルステンの報告に、ダリオも頷き、
「経営者始め、反体制活動と関わりのありそうな者は特に見つからぬようだ。
今の段階では、よそ者につけ込まれただけ……と考えるより仕方あるまい」
●
現場の監視には6名が当たっていた。
雑木林を抜ける馬車道、以前は工場関係者の出入りに使われていたようだが、
道に残された新しい轍は、印刷機を運ぶ用でできたものと見える。
(工員は、あたしみたくその日暮らしの連中を、どっかからかき集めたようで。
街へはたまに酒を飲みに下りてくるだけ、あとは工場に缶詰でやすなぁ)
先んじて、関係者への接触を図ったウォルター・ヨー(ka2967)。
藤林みほ(ka2804)もやはり接近を試みたが、
(重要人物や武装した人間は皆、外からの通いか、工場に寝泊まりしている。
内部へ踏み込まなければ、大したものは得られそうにないでござるな)
「外の見張りは3人で間違いなさそうかな」
監視を交替し、情報共有の為一旦引き上げたレイン・レーネリル(ka2887)。
工場内事務所の裏口を張っていた壬生 義明(ka3397)も戻り、
「更にふたり、中で休憩か、工員の見張りでもしているようだねぇ」
敷地全体を見渡せるよう、監視中は木に登っていたエリス・カルディコット(ka2572)が、
「計5名の見張りが、交替制で巡回しているのでしょう。突入時、工場内のふたりがどう動くか……」
(彼が『ヨハン・フォン・ベルク』ですか)
携帯食糧片手に見張っていたドーラ(ka4322)が、馬車道を徒歩でやって来る男たちを発見した。
ひとりは上流階級出身と思しき青年――容疑者ヨハン。
脇にふたり、平の従業員ではない、身なりの良い男がついている。
片方は脂ぎった中年。もうひとりは頬の傷が特徴的な男。
傷の男は、恐らく懐に武器を呑んでいる。歩き姿でそれと分かった。
(堅気とは思えない……どちらかの護衛でありますか)
●
数日後の朝。見張り3人は銃を抱え、それぞれ雑木林へ分け入った。
今日も今日とて、秘密の印刷工場へ坊ちゃんめいた黒幕の青年と、
印刷屋の親父、それから青年の知り合いらしいやくざ者が訪ねてきた。
見張りは金で雇われたごろつきに過ぎず、
雇い主の親父以外の人物が何者であるか詮索はしなかった。ただ、
(反体制活動ねぇ。一体、いつまでお上の目を避けていられるやら)
ずらかるタイミングを間違えれば、自分たちもお縄を頂戴するか、最悪死ぬ。
(そこまでする義理はない。荒事になったらその場だけ仕事して、後は頃合いを見てばっくれちまおう)
雑木林には鳥がさえずるばかり、今朝も普段通り静かなものだ。
魔導銃を肩に担いで、木立の中をぶらぶらと歩いていく。
進路前方のどこかで音がした。姿は見えなかったが、何か重いものが、枯草の山に落ちたような音。
(動物か?)
ほとんど緊張感も持たず、見張りのひとりは音のしたほうへ歩いていく――
その脚を撃たれた。銃声は聴こえなかった。
「ガキの遊び場じゃねぇぞ」
別所を張っていた見張りの前に、満面の笑みを浮かべた少年――ウォルターが現れる。
出ていけ、と身振りをするが、相手は笑顔のまま近づいてくる。
(……ナイフかっ)
少年が突然刃を閃かせたかと思うと、一瞬で間合いを詰められた。
銃の台尻で反撃するも、懐に潜られた。
顔を手で覆われ、視界が塞がると同時に胸を強く突かれた。
「こんなちんけなシノギで命を落とすたぁ……ご愁傷様でございやす」
ナイフは肋骨の隙間を抜け、心臓に届いていた。
ウォルターはナイフの柄をぐいと捩じってから引き抜き、倒れかかる見張りから身を退いた。
ふと違和感を感じて髪に手をやると、台尻がかすめたのか、頭皮にできた切り傷から血が垂れている。
手についた血を無造作に服で拭い、見張りの死体をそのままに、工場へと歩き出す。
3人目の見張り。みほは背後から音もなく忍び寄り、その首に腕を巻きつける。
だが、敵も格闘の心得があったと見え、逆手で腰のナイフを抜くと、後ろから組みつくみほの脇腹を狙う。
みほはさっと飛び退いて仕込杖の鞘を払い、こちらも逆手に握って切りつける。
至近距離から投げつけられたナイフを二の腕で受け、なおも剣を振るった。
敵が後ろへよろめいたところに飛びかかり、
「情け無用は忍者の習い、よもや恨むな」
馬乗りの状態から、相手の喉を剣で突き刺す。
●
雑木林の見張りが襲撃されたのと同時に、突入班が工場へ接近する。
内部の人間に気づかれぬまま、それぞれ主要な出入口を押さえるが、
「閂がかかってやがる」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が扉に手をかけて言うと、ダリオは大扉に近い窓を1枚指差した。
得心いったエヴァンスが窓を破り、ふたりで作業場へ突入する。
同時に、トルステンが反対側の扉の横、ドーラがふたつの扉から一番遠い窓を選んでガラスを割った。
「手前ら全員、死にたくなけりゃその場を動くな!」
エヴァンスが大剣『テンペスト』を振るえば、剣に込められた魔法が凄まじい風音を上げる。
近くの印刷機で作業をしていた工員たちは、たまらずその場にしゃがみ込む。
身じろぎして逃げ場を探す者へは、トルステンが天井へホーリーライトの魔法を打ち上げ、威嚇した。
「ハイ通行止めー。抵抗はお勧めしねーよ。いやマジで」
ドーラも刀を振りかざし、窓の並びを身ひとつで塞いでいる。
「ここは通しません!」
小柄ながらも大きな動きで周囲を怯ませ、工員たちの逃走を阻止した。
逃亡と共に証拠隠滅も防ごうと、目を光らせるトルステン。
その脇を抜けようと、つなぎ姿の大柄な男が駆け出す。印刷所の作業監督だ。
すかさず片手の盾で男を殴り倒し、デリンジャー銃を向ける――
直接狙いはつけず、尻もちをついた男の脚の間の床を撃つつもりだった。
(止めろっつってんだろ。っつーか撃たせんな、頼むから)
●
作業場と併設の事務所へは、裏口から義明とテトラが進入していた。
作業場突入とタイミングを合わせ、鍵のかかっていた扉を蹴破り事務所内へ。
(あらら。早速いたねぇ、ヨハン君)
ヨハンと中年の男――印刷屋、そして傷の男が事務所1階の椅子に座っていた。
更に、休憩中だったふたりの見張りが詰めていて、彼らがヨハンを追う手を阻んだ。
「正義の美少女テトラちゃん、参上! 神妙にお縄につけぃっ!」
見張りふたりがナイフを手に襲いかかってくる。その間に、ヨハンら3人は作業場へ逃げ出した。
見張りに射線を塞がれ、止むを得ず格闘戦にもつれ込む。
「今こそ閃いて……! 碧き風ッ!」
テトラが電光石火の踏み込みから、見張りのひとりにボディブローを放つ。
グローブをはめたテトラの拳が、相手の腹に深々と沈んだ。
続いて、義明がもう一方の敵へ機導術・エレクトリックショックを撃つ。
すんでのところでかわされ、ナイフで切りつけられた。
(往生際が悪いよ)
ナイフの刃を左手で捕まえ、もう片方の手――魔導ガントレットで相手の顔面を掴んだ。
電撃を流し込めば、見張りの髪が総毛立つ。相手はそのまま気を失い、床に崩れ落ちた。
残りひとりは、ナイフを振り回してテトラを下がらせると、踵を返して作業場に続く扉へ走った。
「知らないのかな? 美少女からは逃げられないよ!」
テトラが星形の手裏剣を投げつける。
逃げる背中に見事命中し、見張りはぎゃっと叫んで前のめりに転んだ。
●
見張りは消音拳銃で膝を撃ち抜かれ、落ち葉の上に転んだまま起き上がれない。
拳銃を手に茂みへ伏せていたエリスが、今の内に彼を拘束しようと身体を起こしたときだった。
敵が魔導銃を拾い上げ、乱射を始めた。
(ッ!)
魔導銃の1発が、まぐれ当たりでエリスの太腿を捉えた。咄嗟で身を伏せ、拳銃で応射する。
(甘かった……でしょうか)
互いの射撃が、雑木林の地面に積もった落ち葉を散らして飛び交う。
弾の切れた敵は倒れたまま横に転がり、位置を変えようとした。
エリスはなおも撃つが、地面の微妙な凹凸に邪魔されて伏射では狙い難い。
そうこうしている内に拳銃の弾が切れた。リロードを急ぐエリス。
敵は先に弾を込め終え、射撃を再開。エリスの居場所がばれたのか、狙いが段々とまとまってくる。
下手に立ち上がると危険だが、このままではいつまで経っても敵を仕留められない。
(銃声が上がってしまった以上、工場の人間には気づかれている。
突入班が間に合えば良いですが、応援が必要な事態になっているやも……ここで足止めされる訳には!)
エリスの後方に隠れ、弓を構えていたレイン。
重石をつけた矢で見張りを誘き寄せる役だったが、位置を変え、今度は敵を直接狙いにかかった。
矢面に立った仲間――エリスが危ない。手加減をしている余裕はない。
(やるしか、ないか)
落ち葉の中に伏せた敵の背中へ、直に矢を撃ち込む。
見張りはびくりと痙攣し、銃を取り落とす。そうしてすぐに動かなくなった。
傷を負ったエリスへ駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせる。
「動ける?」
「ええ……助かりました。まだやれます、工場を外から見張るくらいなら」
エリスを抱いて歩きながら、レインはちらと、自分が殺した男を振り返る。
が、すぐに顔を前へ戻し、工場で戦う仲間たちの応援に急いだ。
●
事務所を義明とテトラに襲撃され、作業場へ逃げ出したヨハンら3人。
待ちかねていたように、剣を手にしたダリオが立ちはだかる。
「命までは取らん。貴公らには、訊かねばならんことが山ほどあるのでな」
なおも逃げようとする印刷屋を、剣の腹で横ざまに殴りつける。
ヨハンが身を引こうとすれば、返す刀で彼の腰を叩き、
「さて、貴公は如何するか」
ひとり残る、傷の男と対峙した。男はにやりと笑って懐に手を伸ばす。
繰り出されるダリオの剣を仰け反ってかわし、拳銃を抜いた。
銃を向けた先は、ダリオの足下に倒れているヨハン。
ダリオがヨハンに覆いかぶさり、銃弾から庇った。
弾丸は、ダリオの鎧の羽根飾りに覆われた左肩に命中する。
「やりやがったな」
工員たちが床に伏せたまま逃げないと見て、エヴァンスが応援に走る。
男は窓から逃走しようとして、試作振動刀で武装したドーラにぶつかった。
「止まりなさい!」
大上段に振りかぶった振動刀を、男が鋭い回し蹴りで払いのけた。
ドーラはなおも果敢に挑みかかるが、
(この力、この身のこなし)
軽々と避けられ、弾かれる。理由は体格差だけではない。
(この男、覚醒者か!)
そうと知っても退くことはできない。
男の足下で巧みにステップを刻み、拳銃の狙いをかわす。
ドーラの義足の両脚が、工場の床を打ちつけて火花を散らした。
倒せずとも、数秒でも時間を稼げば人数差で捕えられる筈――
ブーツの爪先を眉間に蹴り込まれ、ドーラの視界が暗転する。
傷の男は昏倒したドーラをまたいで、割られたガラス窓に手を伸ばす。
トルステンがデリンジャーを構えるが、
(くそっ)
放たれた銃弾は男に命中せず、壁に穴を空けた。
それでも一瞬、傷の男の気が逸れ、その隙でエヴァンスが追いついた。
刹那、大剣の魔法が風巻く。振り向きざまに拳銃を向けようとした、男の腕が飛ぶ。
●
駆けつけたウォルター、みほ、エリスとレインの目の前で、片腕をもがれた男が工場の窓から飛び出した。
こけつまろびつ逃れようとする男の進路を、4人で塞ぐ。
男の後ろからは、大剣を背負ったエヴァンスが窓を乗り越えてくる。
万事休す。傷の男は工場からほんの数メートル離れた地面で膝を折った。
やおら、男が腰元に手をかける。
(何をする気?)
レインが弓を、エリスは背負っていたライフルを構える。
エヴァンスも魔導拳銃を抜き、男の手元へ狙いを定める。
男目がけて矢弾が飛ぶ――寸前。男は取り出したナイフで、躊躇なく己の喉首を掻き切った。
「間に合わなかったか」
男の死体を確認して、エヴァンスが溜め息を吐く。
トルステンに介抱されたドーラも、窓からひょいと顔を出し、
「残念です。ヨハン氏を撃とうとした辺り、何か背後がありそうだったのですが」
しかし、当初の目的であるヨハン、そしてふたりの関係者を捕えることはできた。
証拠も揃っている。ダリオが左肩を押さえて起き上がり、印刷機から刷り上がったビラを抜く。
書類束を抱えて事務所から出てきた義明とテトラに見せれば、
「……たはは」
義明が苦笑する。ビラの内容は、賞金首のポスターに似せた『暗殺指令』。
ダリオが手にしたビラには賞金額と共に、名の知れた革命成金や、帝国軍将校たちの似顔絵が描かれていた。
「ひゃー、怖いもの知らずねこいつら」
作業場へ入ってきたレインが、別の印刷機で刷られていたビラを掲げる。
巨額の賞金がかけられた、皇帝ヴィルヘルミナの似顔絵だ。
みほとウォルター、エリスもそれぞれ同じビラを拾って、
「流石と言うべきか、まさに桁違いの賞金でござるな」
「これ、やったらホントにもらえるでやすかねぇ……あ、あたしは勿論やりやせんが」
「こんな馬鹿なビラに乗せられるような人間が、皇帝陛下に近づけるとは思いませんね」
エリスが言い捨ててビラを置く。全く、こんな馬鹿げたものが――
ふと、自分の首には一体いくらの値がつくのだろうと想像して、彼は憂鬱になった。
「ま、陛下のこれははったりに決まってるにしても、
もう少し現実的な金額になってる人は、かえって危ないかも。
……意外と大きな金が裏で動いてそうだね」
レインが言う。その辺りは、今回捕まえた関係者たちから聞くべきだろうか。
●
トルステンが傷ついた仲間と、ついでにヨハンたちにも治癒の法術をかけた後、
第一師団の応援が駆けつけるまでの間に、捕まった関係者を拘束していく。
「……もーヤダ。なんで人と撃ち合いとかしてんだよ、超帰りてーし」
工場の床に転がった腕と血溜まりを見て、トルステンがへたり込む。
エヴァンスが剣の血を拭いながら、彼に声をかけた。
「怪我でもしたか?」
「してねーけど……気分悪い」
青白い顔で振り返るトルステンに、エヴァンスが微笑する。
「この稼業、時にはこういうこともあるさ。
リアルブルーじゃ人間同士の戦争も珍しくないんだろ?
こっちの世界だって、歪虚の相手が忙しくて中々気が回らないだけ。
悪党もいれば殺しもある、そういうもんだ」
「分かるけどよ、俺、ただの文化系の学生だもん。兵士とかじゃねーし」
「段々慣れるよ」
慣れたくない。トルステンは眼鏡を外して立ち上がった。
こうすれば、工場を出るとき血溜まりや死体をはっきりと見ないで済む。
ダリオが、ヨハンを後ろ手に縛った上で出口へ歩かせた。
義明とドーラが印刷屋と監督、その他工員と生き残った見張りふたりをやはり縛ってから整列させる。
「はいはい。そのまままっすぐ、言われた通りに進んでねー。
折角拾った命、無駄にしちゃあいけないよ」
「反体制大いに結構!
しかし、民に迷惑を掛けてしまうようでは……今後はやり方を改めて頂きましょう」
証拠物品も、先んじて可能な範囲で回収しておく。
みほが印刷機を開いて、黒く汚れた金属製の活版を取り出した。
「これが原版でござるな。
大してかさばるものでもなし、これは持ち帰って、第一師団へ直接引き渡すと致そう」
「もはや言い逃れはできまい。だが、貴公の処遇を取りなす余地はある。
何故、このような所業に及んだのか。仲間はいるのか? 目的は?
話してもらえれば、我々も多少手心を加えんでもない」
ダリオがビラ束をヨハンの鼻先で振ってみせれば、乾きたてのインクが香った。
ヨハンは俯いたまま答えない。テトラが彼の顔を覗き込んで、
「誰だって、好きでこんなことやりたくないはずだよ?
何か事情があるんだよね? ここはひとつ、あたしたちに――」
「ヴィルヘルミナの狗どもめ!」
「奴がハンターに甘いからと、革命政権を支持してるんだろう?
金ずくで誰にでも尻尾を振る、汚らわしい傭兵どもが!
今に見ていろ! 『根の国』が、偽皇帝もろとも貴様らを滅ぼす!」
再興の夢破れた青年旧貴族の叫びが、工場にこだました。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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それでは、相談すると致そう ダリオ・パステリ(ka2363) 人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/03 07:45:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/26 21:03:34 |