ゲスト
(ka0000)
狐を助けて2―往―!
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/05 12:00
- 完成日
- 2015/03/15 00:08
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
柔らかな布を詰めた箱の中、狐はすうすうと穏やかに眠る。
つい先日、漸く手から餌を食べてくれたが、眠っている虫や鼠を掘り出して食む様子に、自然に帰しても生きていけると知った。
エンリコ・アモーレは狐の眠る木箱を揺らさないように抱えて馬車を操る。
ジェオルジの集落を抜ける道を奔らせ、片手に開いた地図のメモを横目に確かめる。この辺りだ。
エンリコの勤めているフマーレの或る紡績工場は、ジェオルジから綿花を買い付けている。
先日、その工場の紡績機の下で弱っていた狐を保護し、買い付けのついでにジェオルジの山に放すことになった。
工場長は箱の中で毛繕いに勤しむ様を覗いて、寂しくなるなと肩を竦めていた。それでも、日がな一日スピンドルが鳴り続ける場所にいさせるよりも良いだろうと、箱を抱えたエンリコに頼むよと言って背を叩いた。
ハンターオフィスの顔見知りの受付嬢に連絡を取り、ジェオルジ北部の山の麓を少し登る辺りまで、野生生物や棲み着いているかも知れない亜人からの護衛を頼んだ。
そのハンターとの待ち合わせ場所が近くなった。
エンリコはメモを咥え、箱は脚で確りと押さえ、両手で手綱を取り、馬車を駐められそうな場所がないか探す。
●
――ここは違う――
温かな布に包まれて目を覚ました。
故郷に似た匂いはするが、この山ではない。
そう訴えようにも、この喉と舌は人の言葉を紡がない。
木箱の中、意識を浮上させた狐はふるりと膨れた尻尾を揺らす。
――あの手は、温かかった――
精霊の加護をふんだんに授かった手。
はんたー、と呼ばれていたが。どうやら、その手の持ち主はまだ他にも沢山いるらしい。
あの時は弱り切って、ろくに顔も見れなかったが。
――撫でさせてやってもよい。が……――
すぴと黒い鼻先が異質な匂いを嗅ぎ取った。
箱の中起き上がり、よく梳かれた毛足を逆立てて今の保護者を見上げる。
意図を解さない彼は、起きたのか、なんて笑って、もうすぐ仲間に会えるぞだとか、ここならきっと鼠も野兎も、と朗らかに言う。
――ここには、放されたくないな。まだあの、かしゃかしゃ煩い工場の方が住み心地が良さそうだ。さて、どうしたものかな――
きゅ、と小さく鳴いて、額の毛足を前足で繕いながら狐は考える。
ここが私が棲まうに不適切な場所だとわかれば、この男は引き返すのではないか?
●
エンリコは待ち合わせたハンター達の姿を見つけると手を振って駆け寄り、ぺこりと頭を下げて箱を差し出す。
「こんにちは、よろしくお願いします。こいつを無事に、山に返してやりたいんです」
濡れ羽色の円らな瞳でハンター達を見上げ、くるくると箱の中を動き回っては、悩ましげに尻尾を揺らして、きゅ、きゅと鳴いてみせる。愛くるしく装う狐が1匹。
「あまり、裾の方だと畑に降りてくるかも知れないっすから、ちょっと、山の奥まで行きたいんです。そんで、熊なんかが起きてきてたら危ないぞーって言われて」
それで護衛を、頬を掻いてはにかむエンリコ。その声など聞こえないというように、狐はハンターへ飛びつこうとするように跳ねる。箱から飛び出さないように手を翳し、箱を塞いで首を傾げた。
今日はやけに元気が良いなぁ、と。
そしてハンターに先導を任せながら入った山道、エンリコが小石に躓いた拍子に箱から飛び出した狐を追った獣道で、最初の狼に出くわした。
柔らかな布を詰めた箱の中、狐はすうすうと穏やかに眠る。
つい先日、漸く手から餌を食べてくれたが、眠っている虫や鼠を掘り出して食む様子に、自然に帰しても生きていけると知った。
エンリコ・アモーレは狐の眠る木箱を揺らさないように抱えて馬車を操る。
ジェオルジの集落を抜ける道を奔らせ、片手に開いた地図のメモを横目に確かめる。この辺りだ。
エンリコの勤めているフマーレの或る紡績工場は、ジェオルジから綿花を買い付けている。
先日、その工場の紡績機の下で弱っていた狐を保護し、買い付けのついでにジェオルジの山に放すことになった。
工場長は箱の中で毛繕いに勤しむ様を覗いて、寂しくなるなと肩を竦めていた。それでも、日がな一日スピンドルが鳴り続ける場所にいさせるよりも良いだろうと、箱を抱えたエンリコに頼むよと言って背を叩いた。
ハンターオフィスの顔見知りの受付嬢に連絡を取り、ジェオルジ北部の山の麓を少し登る辺りまで、野生生物や棲み着いているかも知れない亜人からの護衛を頼んだ。
そのハンターとの待ち合わせ場所が近くなった。
エンリコはメモを咥え、箱は脚で確りと押さえ、両手で手綱を取り、馬車を駐められそうな場所がないか探す。
●
――ここは違う――
温かな布に包まれて目を覚ました。
故郷に似た匂いはするが、この山ではない。
そう訴えようにも、この喉と舌は人の言葉を紡がない。
木箱の中、意識を浮上させた狐はふるりと膨れた尻尾を揺らす。
――あの手は、温かかった――
精霊の加護をふんだんに授かった手。
はんたー、と呼ばれていたが。どうやら、その手の持ち主はまだ他にも沢山いるらしい。
あの時は弱り切って、ろくに顔も見れなかったが。
――撫でさせてやってもよい。が……――
すぴと黒い鼻先が異質な匂いを嗅ぎ取った。
箱の中起き上がり、よく梳かれた毛足を逆立てて今の保護者を見上げる。
意図を解さない彼は、起きたのか、なんて笑って、もうすぐ仲間に会えるぞだとか、ここならきっと鼠も野兎も、と朗らかに言う。
――ここには、放されたくないな。まだあの、かしゃかしゃ煩い工場の方が住み心地が良さそうだ。さて、どうしたものかな――
きゅ、と小さく鳴いて、額の毛足を前足で繕いながら狐は考える。
ここが私が棲まうに不適切な場所だとわかれば、この男は引き返すのではないか?
●
エンリコは待ち合わせたハンター達の姿を見つけると手を振って駆け寄り、ぺこりと頭を下げて箱を差し出す。
「こんにちは、よろしくお願いします。こいつを無事に、山に返してやりたいんです」
濡れ羽色の円らな瞳でハンター達を見上げ、くるくると箱の中を動き回っては、悩ましげに尻尾を揺らして、きゅ、きゅと鳴いてみせる。愛くるしく装う狐が1匹。
「あまり、裾の方だと畑に降りてくるかも知れないっすから、ちょっと、山の奥まで行きたいんです。そんで、熊なんかが起きてきてたら危ないぞーって言われて」
それで護衛を、頬を掻いてはにかむエンリコ。その声など聞こえないというように、狐はハンターへ飛びつこうとするように跳ねる。箱から飛び出さないように手を翳し、箱を塞いで首を傾げた。
今日はやけに元気が良いなぁ、と。
そしてハンターに先導を任せながら入った山道、エンリコが小石に躓いた拍子に箱から飛び出した狐を追った獣道で、最初の狼に出くわした。
リプレイ本文
●
突然飛び出した狐、そして追った先にはこちらを向いて唸る狼。
痩せた体躯にぎらつく双眸、剥き出しの牙が噛み付くように口が開く。
「お、狼だああああ!」
犬養 菜摘(ka3996)が震える銃口でそれを指しながら声を上げた。窶れながらも彼女の腰を越える体高に、それが故郷では馴染みの無い種と悟ると、更に青ざめながら追い払おうと銃口を大きく左右に揺らす。
イレス・アーティーアート(ka4301)とアルナイル・モーネ(ka0854)も咄嗟に前に出て、エンリコを背に庇っている。イレスが狐の前へ走り込むと、アルナイルが鞘に収めたままの刀を薙いで腹を狙う。
「エンリコさんも下がっていて下さいね」
「無益なセッショーはだめなの。でも、しっかり、護衛するなのよ!」
イレスが狐の前に腕を翳して遮りながら、エンリコを振り返る。
返す刀を振り上げ、アルナイルも口角を上げた顔を見せた。
突然対面した7人と1匹に狼は弾かれた腹を庇いながら暫し唸っていたが、犬養が立てた威嚇の銃声に一つ吠えると茂みの中へ身を隠した。
硝煙が燻り、まだ冷ややかな山の風に流れていく。
その匂いが消える前にクローディオ・シャール(ka0030)は鞭を束ねて握り、周囲を確認する。狐が跳ねて、エンリコが差し出す箱の縁を蹴るとその肩へ駆け上った。
「怪我はないか?」
肩の狐へ、そしてエンリコへと澄んだ青の双眸を向ける。涼しく硬質な声で尋ねると、今しがた狐が駆けた方へと視線を移した。
ジオラ・L・スパーダ(ka2635)も同じく警戒しながら獣道を観察する。
「……鼻も動物的勘も、あたし達より上だろうから、な」
目的の場所まで、狐の様子に気を配った方が良いだろう。狐センサーだ、とエンリコの肩へ伸ばすと、狐は頷くように額を擦り寄せた。
「自然の山には、危険な動物が多いから」
天川 麗美(ka1355)が辺りを軽く見回して、来た道を振り返る。
「もしかしたら、人里に近い山の方がいいんじゃないかしらね」
独り言のように言い添えて、尋ねる様に狐を見上げて首を傾がせる。狐は同じように首を傾けて尻尾を揺らした。
犬養が銃を下ろすと、連れられていた大型の犬が2匹傍らに控える。
膝下に寄せた犬をそれぞれ労うと、エンリコと狐を見上げて言った。
「今回はこのキツネを山に返すということだが……」
狐はエンリコの肩で、ジオラと天川に懐いているように見える。その様はどこか、彼女達と離れることを厭っているようにさえ思えた。
しかし、それを口に出す前にエンリコは、はい、と頷く。
「ちょっとびっくりしましたけど、野生の動物がいるってことは、恵みが豊かだって証拠だと思うし。今の狼は、偶然ここにいただけだと思うから……」
それなら、と、イレスが瞬き、青の眼で見詰めた。
「この山が、安全な場所か、もう少し調査してみたいと思うのですが……如何でしょうか?」
●
少し回りを気にしながら、最初の目的地を目指すことにした一行。狐は不満げに前足をばたつかせてエンリコの肩から飛び降りると、ハンター達の足下で何かを探る様に尖った耳を揺らしながら右に左にと揺れて歩く。
「私達からあまり離れちゃダメですよ」
狐が茂みへと寄り掛けたところへ、イレスは手を伸ばしてその背中をするりと撫でた。
冬毛の柔く温かな身体を寄せて、狐はその手から腕へと伝って肩に登る。襟巻きには重たい狐を乗せて、イレスは触れた尻尾のくすぐったさに目を細めた。
無舗装に近い道に積もった落ち葉や小枝を踏みながら足を進め、低木の枝が重なるように隠す獣道や、樹を掻いた動物の気配を見つける度、警戒を深めていく。
ジオラが木刀を握り直し、クローディオが鞭を解いて巻き直しながら足を止めた。
狐がきゅっと鳴いてイレスの肩から飛び降りた。
「追うのっ」
連れたカラスが羽ばたいて、アルナイルがその先を指す。
狐は尻尾を揺らして振り返ったが、その姿はすぐに木々の合間へ隠れていった。
「あばばばば!!」
行き合った大柄な影に真っ先に気付いたのは犬養だった。
それが熊だと知った途端、銃口を降ろしたまま噛み合わない歯を鳴らし、後退りながら踏みしめた落ち葉が滑り、膝が折れて尻餅をつく。バレルを握り棒のように振り回しながら、意味を成さない言葉を繰り返して頭を振った。
犬養のただならぬ様子に、彼女とエンリコを庇うように天川は前に出た。
いつでも盾になれるように、マテリアルを走らせて黒い獣を睨む。
依頼人の安全を最優先にと、クローディオも前へ。輪にした鞭を解きながらマテリアルを巡らせて熊をその射程に据える。
その目の端に、狐がくるりと引き返し天川と並んでエンリコを庇う姿を捕らえた。
「どういうつもりだ……しかし、まずは、この熊か」
狐の行動が気に掛かったが、その狐の安全のためにも撓らせる鞭で熊を打つ。
「熊か。この辺りじゃ、一番の脅威だな――行くぞっ」
ジオラの白い腕に、深い体毛に覆われ鋭い爪を持った獣の腕の幻影が重なる。異形の皮膜が背にちらつき、足も獣のそれを重ねると地面を蹴って硬い木刀を熊の肩へ叩き付けた。
「――あっちいけー! ……なのっ」
アルナイルの足首に古い文字が浮き上がる。その足が落ち葉を蹴散らして、抱き込むように構える刀の鞘の切っ先が、正対した熊の鳩尾を抉った。
たん、たたん、何処を狙うとも知れない怯えた銃声が木々の先へ鉛を飛ばす。枯れ枝や黄色に緑の葉を舞い散らせ、犬養は引き寄せた愛犬の傍らでがたがたと震えていた。
銃声に唸る熊の頬を降ってきた枝が掠めると、それを振り払って爪を擡げる。
空気を大きく薙ぐように、ハンター達へ迫る熊へイレスが槍の穂先を突き付けた。
「こちらですよ」
長い柄を大きく振り回して誘うと、穂先の煌めきに目を眇めた熊がそれを追った。
天川が、あの、とエンリコを振り返り、盾を構え直して声を掛ける。
「ここ、やっぱり危ないと思いますけどぉ……」
熊との距離を取るように、エンリコを後退させながら、熊を視線で示して告げる。
「もう一回、あっちいけー! なのっ」
アルナイルが一度引いた刀を、鞘の刀身を握り直して、飛び上がる程振り上げて叩き付けると、首を強かに打った熊が爪を地面に突き立てて吠える。
土を掘り返しながら立ち上がるその足へ、クローディオがしならせた鞭を絡ませた。
熊の動きが止まると、合わせたようにジオラの木刀が撓り、その顔面を真っ直ぐに叩く。
朦朧とふらつきながら、爪を振りかぶり唸る熊が迫る前に、解けた鞭が再度迫って背を打ち据えた。
再三の追撃の得物を向けられた熊が退散すると、アルナイルのカラス、漆と名付けられた艶やかに黒い翼が何かを伝えるように大きく羽ばたく。
ジオラが咄嗟に狐へ腕を伸ばしたが、その腕をすり抜けて走った狐は、また茂みの中に飛び込んでいった。
慌ただしく狐を追ったハンター達の前に現れたのは、先程よりも一回り大きな狼だった。
エンリコに下がるように告げて庇った天川は、かさりと聞こえた小さな足音に、すぐ隣で狼を見上げ、尻尾を立てて威嚇する狐を見詰めた。
先程の熊の時と同じだと、クローディオも鞭を構えながら狐の様子を覗う。
「……凶暴な野生動物が潜んでいる獣道にわざわざ飛び込んでいく」
何か理由が有るのだろうと鞭を振るってから頷いて、狐をじっと見詰めた。
「狐さんは狼さんのいる方に突っ込んでった様な気がしたなの」
鞘ごと刀を振り抜いて、アルナイルもエンリコと狐を振り返った。
イレスがグレイブの穂先を、ジオラが木刀の切っ先を、それぞれ狼の鼻先に突き付ける。狼は一度は唸るが、そのまま数メートルを後退って走り去った。
「やっぱりな。一匹狼って気が小さいって聞いたんだ」
狼が戻ってこないことを確かめて木刀を下ろす。
「先程、熊が出たばかりですね……この辺りは、危ないと思いませんか?」
逃げ去る足音に安堵の息を吐いて、イレスが尋ねる。集まるハンターに合わせて側に寄ってきた狐も頷くようにくるくると歩き回っている。
嘗てトラウマを負わされた熊と得意では無い狼の立て続けの襲撃に消沈し、滅入ったままの犬養が震える肩を抱きながら首を揺する。
「この山はだめだ……この山はだめだ! ……前の町とかに戻ろう! 戻ろう!」
だめだ、戻ろう、と繰り返し訴えて、警戒に唸る犬を抱き締めた。
その横にアルナイルが屈み狐を腕の内へと招き寄せる。緩く抱えて、円らな瞳を覗き込む。
「本当は山に放されたくないなの?」
狐は尾をばたつかせ首を縦に何度も揺らす。
その様子にクローディオも頷いた。
「それを我々に伝えようとしているのではないか?」
瞼を伏せ、顎に手を添えてこれまでの狐の様子を思い返した。
「やっぱりこんな危ないところ置いて帰るのは……」
エンリコを招き天川も狐の様子を思い返して、可哀想だと肩を竦める。狐は大きく頷いた。
ハンター達に懐く狐の様子を眺めながら幾らか落ち着きを取り戻した犬養が座ったままエンリコを見上げる。
「すごく、懐いている……私には、ここに放されるのを嫌がってるように見える」
動物の感情表現は分かるんだと、狐が甘える様子に癒やされたようにほぅっと緩い息を零した。
●
ハンター達の言葉も分かるし、狐が彼等に懐いていることも分かるが、と前置きしてからエンリコは考え込んで首を捻る。少し開けた場所で腰を下ろして山道を歩いた足を休めながら、辺りを見回して溜息交じりに告げた。
「危なそうなのは分かるんですが……元々街中にいたわけじゃ無いですから……山の方が。それに、この辺りは大丈夫みたいたし……うーん。どうなんだろう。なー?」
ハンター達の腕や肩を渡り歩いて、アルナイルの腕に戻った狐の顔を覗き込む。どう、と尋ねて首を傾がせると、狐は前足の肉球でその鼻先を押し退けて、腕の中から飛び出した。
「待てっ」
ジオラが声を上げて木刀を引っ掴んで追う。イレスも穂先に陽光を煌めかせて走り出した。
狐はハンター達を振り返ると、こっちと誘うようにきゅっと鳴いて、細い道へ飛び込む。
狐が止まると、ハンター達の最後にエンリコが追いついて、全員の耳に葉の擦れる音が届いた。
狐の行動が、この山の危険を伝えることだと確信を持って追ったクローディオはその音に、狐を注視し、行き先を妨げない程度に寸前まで近付く。
ハンター達が各々に警戒する中、狐はきゅ、きゅと何度か鳴いて、落ち葉の上を歩き回った。
「…………鹿が、いるな」
木に付けられた跡を観察し、音に耳を澄ませて犬養が告げた。動いているようなその音が少しばかり大きく聞こえた。
その音へ体を向けると、狐が同じ方を向いている。そして、その茂みへ向かって意味ありげに飛び跳ねて見せた。
音が大きくなる。
その音は横へ移って、ハンター達が向かう前に、大きな角を現した。
不意に現れた鹿が迫ったエンリコの前に天川が飛び出し、マテリアルを高めた盾となる。
犬養が猟犬を呼び奔らせて、その鳴き声の響く中、ハンター達が鹿を追う。
クローディオの鞭が逞しい首を弾き、イレスの威嚇する穂先が短くその毛足を散らす。
ジオラの振り下ろした木刀が鼻先を叩き、アルナイルの刀が胴を薙ぐ。
タァン、と猟銃の音が高く響き、犬の声が静まるまでに鹿の姿は見えなくなった。
しゃがみ込んで項垂れたエンリコの側に、狐を捕まえて抱き上げたアルナイルが、その顔を覗き込ませながらそっと声を掛けた。
「狐さんがちゃんと伝えたほうが良さそうなの」
狐は腕の中で尻尾を揺らす。腕を緩めるとひょいとエンリコの肩に移ってぱたりと尻尾を揺らす。
「一度、考えを改めてみてはどうだろうか?」
クローディオが狐が跳ねていた茂みを一瞥すると、エンリコに手を差し伸べた。その手に掴まり立ち上がると、エンリコは深く溜息を吐く。
「さっき、大丈夫そうって、言ったばかりなのに……」
「今回は遭遇しなかったが……歪虚や雑魔、ゴブリンみたいな亜人も脅威だ」
ジオラが声を潜めて言う。この辺りにも出るかも知れないと。その言葉にエンリコは狐を横目に、ジオラの顔を見上げながら、言葉に迷って目を伏せた。
「暫く置いてやったらどうだ?」
折衷案を出すように促して、狐の喉を擽る。肩で器用にバランスを取りながら撫でろと言わんばかりに頭を寄せる仕草に笑って、尋ねる様に言葉を続けた。
「嫌になったら自分から森に帰るだろ?」
「とても懐いていて、人に慣れているように思います……とても賢いように見えますから、工場で飼っても大丈夫だと思いますよ」
イレスがジオラの横で頭を撫でる。
リアサイトを覗いていた犬養が何かを捕らえたらしく装填の音を立てる。銃口を上向け威嚇の音を一つ立てると、帰ろう、と告げた。
「前の街、とかに……帰ろう」
瞼を伏せて狐の幸運を静かに祈っていた天川が、その言葉に頷いて微笑んだ。
「帰りませんか?」
招くように帰り道を示しながら。
帰途、狐はそれまでの勝手が嘘のように大人しかった。
ハンター達の足下を歩き、手を伸ばされればその腕に抱えられ、楽しげに尻尾を揺らしながら、きゅうと鳴いては前方を横切る兎の姿を知らせさえした。
麓に辿り着くとエンリコは、無駄足になってしまったとハンター達に深く頭を下げる。
その肩に乗った狐は、とても満足げで、見送るハンター達に尻尾を振ると、たん、と身軽に飛び跳ねて見せた。
突然飛び出した狐、そして追った先にはこちらを向いて唸る狼。
痩せた体躯にぎらつく双眸、剥き出しの牙が噛み付くように口が開く。
「お、狼だああああ!」
犬養 菜摘(ka3996)が震える銃口でそれを指しながら声を上げた。窶れながらも彼女の腰を越える体高に、それが故郷では馴染みの無い種と悟ると、更に青ざめながら追い払おうと銃口を大きく左右に揺らす。
イレス・アーティーアート(ka4301)とアルナイル・モーネ(ka0854)も咄嗟に前に出て、エンリコを背に庇っている。イレスが狐の前へ走り込むと、アルナイルが鞘に収めたままの刀を薙いで腹を狙う。
「エンリコさんも下がっていて下さいね」
「無益なセッショーはだめなの。でも、しっかり、護衛するなのよ!」
イレスが狐の前に腕を翳して遮りながら、エンリコを振り返る。
返す刀を振り上げ、アルナイルも口角を上げた顔を見せた。
突然対面した7人と1匹に狼は弾かれた腹を庇いながら暫し唸っていたが、犬養が立てた威嚇の銃声に一つ吠えると茂みの中へ身を隠した。
硝煙が燻り、まだ冷ややかな山の風に流れていく。
その匂いが消える前にクローディオ・シャール(ka0030)は鞭を束ねて握り、周囲を確認する。狐が跳ねて、エンリコが差し出す箱の縁を蹴るとその肩へ駆け上った。
「怪我はないか?」
肩の狐へ、そしてエンリコへと澄んだ青の双眸を向ける。涼しく硬質な声で尋ねると、今しがた狐が駆けた方へと視線を移した。
ジオラ・L・スパーダ(ka2635)も同じく警戒しながら獣道を観察する。
「……鼻も動物的勘も、あたし達より上だろうから、な」
目的の場所まで、狐の様子に気を配った方が良いだろう。狐センサーだ、とエンリコの肩へ伸ばすと、狐は頷くように額を擦り寄せた。
「自然の山には、危険な動物が多いから」
天川 麗美(ka1355)が辺りを軽く見回して、来た道を振り返る。
「もしかしたら、人里に近い山の方がいいんじゃないかしらね」
独り言のように言い添えて、尋ねる様に狐を見上げて首を傾がせる。狐は同じように首を傾けて尻尾を揺らした。
犬養が銃を下ろすと、連れられていた大型の犬が2匹傍らに控える。
膝下に寄せた犬をそれぞれ労うと、エンリコと狐を見上げて言った。
「今回はこのキツネを山に返すということだが……」
狐はエンリコの肩で、ジオラと天川に懐いているように見える。その様はどこか、彼女達と離れることを厭っているようにさえ思えた。
しかし、それを口に出す前にエンリコは、はい、と頷く。
「ちょっとびっくりしましたけど、野生の動物がいるってことは、恵みが豊かだって証拠だと思うし。今の狼は、偶然ここにいただけだと思うから……」
それなら、と、イレスが瞬き、青の眼で見詰めた。
「この山が、安全な場所か、もう少し調査してみたいと思うのですが……如何でしょうか?」
●
少し回りを気にしながら、最初の目的地を目指すことにした一行。狐は不満げに前足をばたつかせてエンリコの肩から飛び降りると、ハンター達の足下で何かを探る様に尖った耳を揺らしながら右に左にと揺れて歩く。
「私達からあまり離れちゃダメですよ」
狐が茂みへと寄り掛けたところへ、イレスは手を伸ばしてその背中をするりと撫でた。
冬毛の柔く温かな身体を寄せて、狐はその手から腕へと伝って肩に登る。襟巻きには重たい狐を乗せて、イレスは触れた尻尾のくすぐったさに目を細めた。
無舗装に近い道に積もった落ち葉や小枝を踏みながら足を進め、低木の枝が重なるように隠す獣道や、樹を掻いた動物の気配を見つける度、警戒を深めていく。
ジオラが木刀を握り直し、クローディオが鞭を解いて巻き直しながら足を止めた。
狐がきゅっと鳴いてイレスの肩から飛び降りた。
「追うのっ」
連れたカラスが羽ばたいて、アルナイルがその先を指す。
狐は尻尾を揺らして振り返ったが、その姿はすぐに木々の合間へ隠れていった。
「あばばばば!!」
行き合った大柄な影に真っ先に気付いたのは犬養だった。
それが熊だと知った途端、銃口を降ろしたまま噛み合わない歯を鳴らし、後退りながら踏みしめた落ち葉が滑り、膝が折れて尻餅をつく。バレルを握り棒のように振り回しながら、意味を成さない言葉を繰り返して頭を振った。
犬養のただならぬ様子に、彼女とエンリコを庇うように天川は前に出た。
いつでも盾になれるように、マテリアルを走らせて黒い獣を睨む。
依頼人の安全を最優先にと、クローディオも前へ。輪にした鞭を解きながらマテリアルを巡らせて熊をその射程に据える。
その目の端に、狐がくるりと引き返し天川と並んでエンリコを庇う姿を捕らえた。
「どういうつもりだ……しかし、まずは、この熊か」
狐の行動が気に掛かったが、その狐の安全のためにも撓らせる鞭で熊を打つ。
「熊か。この辺りじゃ、一番の脅威だな――行くぞっ」
ジオラの白い腕に、深い体毛に覆われ鋭い爪を持った獣の腕の幻影が重なる。異形の皮膜が背にちらつき、足も獣のそれを重ねると地面を蹴って硬い木刀を熊の肩へ叩き付けた。
「――あっちいけー! ……なのっ」
アルナイルの足首に古い文字が浮き上がる。その足が落ち葉を蹴散らして、抱き込むように構える刀の鞘の切っ先が、正対した熊の鳩尾を抉った。
たん、たたん、何処を狙うとも知れない怯えた銃声が木々の先へ鉛を飛ばす。枯れ枝や黄色に緑の葉を舞い散らせ、犬養は引き寄せた愛犬の傍らでがたがたと震えていた。
銃声に唸る熊の頬を降ってきた枝が掠めると、それを振り払って爪を擡げる。
空気を大きく薙ぐように、ハンター達へ迫る熊へイレスが槍の穂先を突き付けた。
「こちらですよ」
長い柄を大きく振り回して誘うと、穂先の煌めきに目を眇めた熊がそれを追った。
天川が、あの、とエンリコを振り返り、盾を構え直して声を掛ける。
「ここ、やっぱり危ないと思いますけどぉ……」
熊との距離を取るように、エンリコを後退させながら、熊を視線で示して告げる。
「もう一回、あっちいけー! なのっ」
アルナイルが一度引いた刀を、鞘の刀身を握り直して、飛び上がる程振り上げて叩き付けると、首を強かに打った熊が爪を地面に突き立てて吠える。
土を掘り返しながら立ち上がるその足へ、クローディオがしならせた鞭を絡ませた。
熊の動きが止まると、合わせたようにジオラの木刀が撓り、その顔面を真っ直ぐに叩く。
朦朧とふらつきながら、爪を振りかぶり唸る熊が迫る前に、解けた鞭が再度迫って背を打ち据えた。
再三の追撃の得物を向けられた熊が退散すると、アルナイルのカラス、漆と名付けられた艶やかに黒い翼が何かを伝えるように大きく羽ばたく。
ジオラが咄嗟に狐へ腕を伸ばしたが、その腕をすり抜けて走った狐は、また茂みの中に飛び込んでいった。
慌ただしく狐を追ったハンター達の前に現れたのは、先程よりも一回り大きな狼だった。
エンリコに下がるように告げて庇った天川は、かさりと聞こえた小さな足音に、すぐ隣で狼を見上げ、尻尾を立てて威嚇する狐を見詰めた。
先程の熊の時と同じだと、クローディオも鞭を構えながら狐の様子を覗う。
「……凶暴な野生動物が潜んでいる獣道にわざわざ飛び込んでいく」
何か理由が有るのだろうと鞭を振るってから頷いて、狐をじっと見詰めた。
「狐さんは狼さんのいる方に突っ込んでった様な気がしたなの」
鞘ごと刀を振り抜いて、アルナイルもエンリコと狐を振り返った。
イレスがグレイブの穂先を、ジオラが木刀の切っ先を、それぞれ狼の鼻先に突き付ける。狼は一度は唸るが、そのまま数メートルを後退って走り去った。
「やっぱりな。一匹狼って気が小さいって聞いたんだ」
狼が戻ってこないことを確かめて木刀を下ろす。
「先程、熊が出たばかりですね……この辺りは、危ないと思いませんか?」
逃げ去る足音に安堵の息を吐いて、イレスが尋ねる。集まるハンターに合わせて側に寄ってきた狐も頷くようにくるくると歩き回っている。
嘗てトラウマを負わされた熊と得意では無い狼の立て続けの襲撃に消沈し、滅入ったままの犬養が震える肩を抱きながら首を揺する。
「この山はだめだ……この山はだめだ! ……前の町とかに戻ろう! 戻ろう!」
だめだ、戻ろう、と繰り返し訴えて、警戒に唸る犬を抱き締めた。
その横にアルナイルが屈み狐を腕の内へと招き寄せる。緩く抱えて、円らな瞳を覗き込む。
「本当は山に放されたくないなの?」
狐は尾をばたつかせ首を縦に何度も揺らす。
その様子にクローディオも頷いた。
「それを我々に伝えようとしているのではないか?」
瞼を伏せ、顎に手を添えてこれまでの狐の様子を思い返した。
「やっぱりこんな危ないところ置いて帰るのは……」
エンリコを招き天川も狐の様子を思い返して、可哀想だと肩を竦める。狐は大きく頷いた。
ハンター達に懐く狐の様子を眺めながら幾らか落ち着きを取り戻した犬養が座ったままエンリコを見上げる。
「すごく、懐いている……私には、ここに放されるのを嫌がってるように見える」
動物の感情表現は分かるんだと、狐が甘える様子に癒やされたようにほぅっと緩い息を零した。
●
ハンター達の言葉も分かるし、狐が彼等に懐いていることも分かるが、と前置きしてからエンリコは考え込んで首を捻る。少し開けた場所で腰を下ろして山道を歩いた足を休めながら、辺りを見回して溜息交じりに告げた。
「危なそうなのは分かるんですが……元々街中にいたわけじゃ無いですから……山の方が。それに、この辺りは大丈夫みたいたし……うーん。どうなんだろう。なー?」
ハンター達の腕や肩を渡り歩いて、アルナイルの腕に戻った狐の顔を覗き込む。どう、と尋ねて首を傾がせると、狐は前足の肉球でその鼻先を押し退けて、腕の中から飛び出した。
「待てっ」
ジオラが声を上げて木刀を引っ掴んで追う。イレスも穂先に陽光を煌めかせて走り出した。
狐はハンター達を振り返ると、こっちと誘うようにきゅっと鳴いて、細い道へ飛び込む。
狐が止まると、ハンター達の最後にエンリコが追いついて、全員の耳に葉の擦れる音が届いた。
狐の行動が、この山の危険を伝えることだと確信を持って追ったクローディオはその音に、狐を注視し、行き先を妨げない程度に寸前まで近付く。
ハンター達が各々に警戒する中、狐はきゅ、きゅと何度か鳴いて、落ち葉の上を歩き回った。
「…………鹿が、いるな」
木に付けられた跡を観察し、音に耳を澄ませて犬養が告げた。動いているようなその音が少しばかり大きく聞こえた。
その音へ体を向けると、狐が同じ方を向いている。そして、その茂みへ向かって意味ありげに飛び跳ねて見せた。
音が大きくなる。
その音は横へ移って、ハンター達が向かう前に、大きな角を現した。
不意に現れた鹿が迫ったエンリコの前に天川が飛び出し、マテリアルを高めた盾となる。
犬養が猟犬を呼び奔らせて、その鳴き声の響く中、ハンター達が鹿を追う。
クローディオの鞭が逞しい首を弾き、イレスの威嚇する穂先が短くその毛足を散らす。
ジオラの振り下ろした木刀が鼻先を叩き、アルナイルの刀が胴を薙ぐ。
タァン、と猟銃の音が高く響き、犬の声が静まるまでに鹿の姿は見えなくなった。
しゃがみ込んで項垂れたエンリコの側に、狐を捕まえて抱き上げたアルナイルが、その顔を覗き込ませながらそっと声を掛けた。
「狐さんがちゃんと伝えたほうが良さそうなの」
狐は腕の中で尻尾を揺らす。腕を緩めるとひょいとエンリコの肩に移ってぱたりと尻尾を揺らす。
「一度、考えを改めてみてはどうだろうか?」
クローディオが狐が跳ねていた茂みを一瞥すると、エンリコに手を差し伸べた。その手に掴まり立ち上がると、エンリコは深く溜息を吐く。
「さっき、大丈夫そうって、言ったばかりなのに……」
「今回は遭遇しなかったが……歪虚や雑魔、ゴブリンみたいな亜人も脅威だ」
ジオラが声を潜めて言う。この辺りにも出るかも知れないと。その言葉にエンリコは狐を横目に、ジオラの顔を見上げながら、言葉に迷って目を伏せた。
「暫く置いてやったらどうだ?」
折衷案を出すように促して、狐の喉を擽る。肩で器用にバランスを取りながら撫でろと言わんばかりに頭を寄せる仕草に笑って、尋ねる様に言葉を続けた。
「嫌になったら自分から森に帰るだろ?」
「とても懐いていて、人に慣れているように思います……とても賢いように見えますから、工場で飼っても大丈夫だと思いますよ」
イレスがジオラの横で頭を撫でる。
リアサイトを覗いていた犬養が何かを捕らえたらしく装填の音を立てる。銃口を上向け威嚇の音を一つ立てると、帰ろう、と告げた。
「前の街、とかに……帰ろう」
瞼を伏せて狐の幸運を静かに祈っていた天川が、その言葉に頷いて微笑んだ。
「帰りませんか?」
招くように帰り道を示しながら。
帰途、狐はそれまでの勝手が嘘のように大人しかった。
ハンター達の足下を歩き、手を伸ばされればその腕に抱えられ、楽しげに尻尾を揺らしながら、きゅうと鳴いては前方を横切る兎の姿を知らせさえした。
麓に辿り着くとエンリコは、無駄足になってしまったとハンター達に深く頭を下げる。
その肩に乗った狐は、とても満足げで、見送るハンター達に尻尾を振ると、たん、と身軽に飛び跳ねて見せた。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 7人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 イレス・アーティーアート(ka4301) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/04 21:42:19 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/03 19:04:13 |