• 不動

【不動】闇への潜入

マスター:有坂参八

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/03/11 19:00
完成日
2015/03/19 06:16

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 辺境要塞ノアーラ・クンタウの北には、土地の痩せた荒野と、鬱蒼と茂る森と、険山連なる大峰とが、どこまでも続く。
 一帯は歪虚の侵食が激しく、要塞に近しい地域でさえ、頻繁に歪虚が襲来するような状態ではあるが、だからと言って全く人が踏み入れない地域というわけでもない。
 その、辺境北部のとある山道を、忍び足で歩く少女がひとり。
「ふにゃぁ~、また無茶ぶりされましたにゃぁ~。これはもうかるいイジメですにゃぁ~」
 小声で独り言を囁く少女は、微妙に猫背がかった姿勢で、木々の合間を縫うように歩いている。
 間の抜けた言葉の内容とは裏腹、その動作は一切の音を発さず、また動線は決して物陰から離れない。
「今度こそマジヤバなのに出くわす流れですにゃ~。これはもうお約束ですにゃ~」
 時折、遠くの空から低い轟音が鳴り響く。
 それは獣の遠吠でなければ、遠雷でも無く、彼女が懸念する『マジヤバ』な存在が発するそれだ。
 その轟音が響く度、少女は身を縮ませて微かに震えた。

「……お」
 それから少し歩いて、少女は目の前に異常な光景を認め、足を止めた。
 木々の茂る山肌にあって、その木々が一方向に向かって、なぎ倒される様に折れている。
 巨大な何かが、通った跡だった。
 だが、木そのものを折る様な生物は、山の獣にしては巨大すぎる。
「……」
 少女はたっぷりと時間をかけて、周囲に『何か』が居ないかを確認してから、その余りに巨大な獣道に足を踏み入れた。
 地面に、足跡がある。
 形は人間のそれ。だが、大きすぎる。何かと比べるのも面倒になるほど、巨大な足跡。
「あっちゃぁ〜……見つけちゃいましたにゃぁ」
 苦物を飲み下したような顔をしながら、少女はその足跡の向かう先をたどる。
 移動中も、警戒は一切怠らなかった。もしも『何か』に発見されれば、一巻の終わりだ。
「ぶっちゃけ、もう検討はついてますにゃ」
 少女は歩きながら、ひとりごちる。
 大体、こんな所を『張れ』と言われた時点で、嫌な予感はしていたのだ。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
 少女は数える。
 獣道が決して一つではない事。
 足跡も、同じようで主の違う幾つかが混じっている事。
 鳥も、地を這う獣も、一切姿が見えない事。
 漂う微かな死臭、血の匂い。
 異常な点は、獣道を辿ってある地点に近づくにつれ、増えていった。
 そして……

「……っ」
 少女は、その『ある地点』で、足を止めた。
 彼女の目の前には、山肌にぽっかりあいた、巨大な洞窟。
 それは……彼女たち辺境部族の民に取って、余りにも特別な場所だった。
「こいつはまじでマジヤバですにゃぁ」
 その場所の名は、エンシンケ洞窟……通称『試練の洞窟』。
 古くから、辺境……赤き大地の多くの部族が、成人の儀において通過儀礼を行う場所……だった。
 彼女が見つけた全ての異常点は、この、試練の洞窟に集約している。
 少女がおそるおそる、その中を覗こうとすると……

『ーーーーーーー!』

 あの轟音が中から響く。少女は必死に、悲鳴が喉から飛び出すのを堪えた。
「あわわわわわ」
 身を震わせ、二、三度奥歯をかちかち鳴らすと身を翻し、直ぐ様山を降りる。
 森を抜け、かなりの時間を極限の緊張と共に駆け続けて……大きな川が見えてくると、少女はやがて、魔導短伝話を取り出した。
「太陽猫から月蛇へ、太陽猫から月蛇へ……」


『エンシンケ洞窟か。そこに何かが居るのは間違いないな』
「はい。これだけ証拠が揃ってりゃー、百人中百人がクロだって思うと思いますにゃ」
 伝話の向こうから聞こえる老人の声に、少女は自分の見聞きした全てを伝えた。
 通話の相手は、ほんの少しだけ間を置いて、しかし毅然とした言葉を返してくる。
『もう一度洞窟を調べておくれ。中の状態を知りたい』
「に゛ゃ゛!? お師匠様マジで言ってますかにゃ!? 私を殺す気ですにゃ!?」
『残念ながら大マジじゃい。お前さん、事によっては大当たりの手柄を引いたかもしれんのだぞ』
「嬉しくにゃーですにゃ! あんなとこ一人で飛び込んだら間違いなく死にますにゃ!」
 猛然と駄々をこねる少女に対し、伝話の向こうの『お師匠様』は、困ったような笑い声を上げた。
『なら、ハンターじゃな。お主が見立てて、共に斥候を行える者を探せ』
「うー、了解ですにゃ」
 しぶしぶ承諾する少女。お師匠様は……声を一段低くし、言葉を付け加える。
『テトや、ゆめゆめ忘れるな。絶対にその偵察を悟られてはならん。戦の虚と実を制するには、此方の手札は隠し通さねばならぬ』
「ふにゃー」
 伝話を終えた少女……テトという名の霊闘士は、ハンターズソサエティへ駆けていく。
 自分の実力は、判っているつもりだ……これ以上、自分一人の手には負えない。
 ならば……頼れる人間は、限られているのだから。

リプレイ本文


 依頼人のテトに案内され、ハンター達は試練の洞窟の、入り口の少し手前までやってきた。
 洞窟の入り口は、遠目に見ても怪物の口のように巨大であり、内部には不気味な闇を湛えている。
「ほんっと、ゲームみたいなふざけた世界だ。明らかに普通じゃない」
 二ノ宮 灰人(ka4267)は、その大穴の闇を覗き込みながら、現実味の無い平坦な表情で呟いた。
「あれじゃ……スニーカー、汚れてしまうじゃないか。せっかく、下ろしたての新品なのに……」
 水脈が近いのか、泥の様に湿った土を踏みしめて、灰人は微かに眉を潜める。
 汚いのみならず、足場も余り良くなさそうだ。
「そうですか? 隠密で偵察って面白そうですし、鬼が出るか蛇が出るか……ふふっ、僕は楽しみですー♪」
 と、灰人の背中に語りかけたのは葛音 水月(ka1895)。
 やる気があるともないともつかない灰人と対象的に、水月はハンター達の中で最も積極的な姿勢。
 足袋とツナギを着用して防音処置し、引っ掛かりを防ぐ為にポケットまで縫い合わせる徹底ぶりだ。
 喋りながら、二度三度、その場で小さく跳躍して、音が鳴らないかを確かめる。
「いったい何がどれだけ隠れとるんやろな。いくらでかいちゅうても、洞窟の中にそんだけ複数の巨大なモノが居つくことができる場所も限られるやろうし」
 ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は、地面についた足跡に視線を落としつつ、言った。
 血痕、血臭、足跡……入り口をざっと見ただけでも、異常な点はかなり多い。
 それは即ち……危険が多い、という事でもある。
 間諜として育てられた青年は、その『匂い』を、敏感に感じ取っていた。
 それは依頼人も同じ事の様で、しかし彼女は冷や汗を垂らし、背を丸めて震えていた。
 白神 霧華(ka0915)はそんなテトに気づくと、徐ろに後ろから抱きつき、その頭をぐりぐりと撫でた。
「……テトさん。また、よろしくお願いいたしますね♪」
「にゃ、にゃ。頑張りますにゃ」
 過去に幾度も助けられた友人に、テトは一瞬だけ緊張を解き、頭を摺り寄せる。
「貴方は御自身の能力を正確に把握し、迷う事無く私達を頼って下さる。私達はその信頼に、全力でお応え致しましょう」
 と、テトに一礼したのは真田 天斗(ka0014)。古巣では特殊部隊に所属していた彼にも、彼女が『斥候としては』十分な素養を持つ事は見て取れる。
 余り褒められた事が無いのか、テトは顔を真赤にして、はにかんだがーー
「試練の山、か。下らん、自分を試すのならばそれは自分で決めたラインで良い。人の物差しでわざわざ測られてやる意味がない」
 ウルヴァン・ダイーヴァ(ka0992)が小さく呟くと、彼女はぴたりと動きを止めた。
「……貴方様は強者の論をお持ちですにゃ。けれど試練は、自分の為だけでは無いのですにゃ。昨日までは子供だった仲間を信じ、今日戦場で背を預け合う為の、証明にゃのですにゃ」
 ふいに声色を穏やかに、滔々とテトは語った……ぬいぐるみじみて霧華に抱かれたままなので、今ひとつ気迫は無かったが。
 ウルヴァンの反応は、一度だけテトに視線を向けるに留まった。
「……で、その試練っちゅうのは、どんなんなん? 昔から儀式に使われてたんなら、中の地形とか、何が居るかとか検討つくんちゃうか」
「う」
 ラィルに問われ、テトはぴたりと固まる。
「まさか……試練を受けた事がないとか」
 霧華の問にテトは、重く頷く。自分は試されるだけの力を認められていない、と、恥ずかしそうに語った。
「じゃ、内部の構造も判らないんですか?」
 水月が、心配げに尋ねた。それが事前に判ると判らないとでは、安全性は雲泥の差だ。
 だが、流石にそれは杞憂であった。
「人伝に話を聞いては、ございますにゃぁ。大筋の構造は、曲がりくねった一本道。岐路があっても、ハズレの道はすぐ行き止まりか、また合流するそうですにゃ」
「なら……迷う事は、ないでしょーか」
「逃げ道も一つて事やから、一長一短やな」
 口元に手を当てて考えこむ水月の横で、ラィルが腕組みし小さく唸る。
「いずれにせよ、中では余計な行動を極力減らしたい。合図やハンドサインは、事前に確認したほうがいいだろうな」
「とりあえずは止まれと進め、集合でよろしいでしょう。後はポイントマンが指で指した場合はそこを見る、で十分です」
 ウルヴァンに対して天斗が答え、手を握ったり開いたりして、ハンドサインの手本を示した。
「……ぽいんとまん?」と、テトが首を傾げる。
「前に出る人ですよ」


 調査に同行した六名のハンターの内、霧華は洞窟の入り口で退路を確保する、と申し出た。
「後方の警戒が必要でしょう? 洞窟が一本道なら、尚更」
 トランシーバーを差し出し、霧華は言った。
 異常があれば、発信側の通話のオン・オフで符号を送る、と。
「……で、なんで僕に渡すのさ」
「だって灰人さん、一番手荷物に余裕があるじゃないですか」
 掌に黒い機械を握らされた灰人が眉を顰めると、霧華はにこりと微笑む。
 灰人はの服装は手ぶらであるばかりか、ワンピースにスニーカーを履いただけのごく身軽なものだった。
 成程、音の発生原を全て排せば、こうなるのかもしれないが……安全の確保する為ならばと、灰人はしぶしぶトランシーバーひとつを、その手に握った。
「せっかくの普通の格好が、普通じゃなくなっちゃうじゃないか……まぁ、仕事は仕事だから、いいけどさ」
 と言い残し、暗闇へ脚を踏み出す。
 偵察は兎も角、潜入だけなら彼にとっては『普通』の事。慣れ切った足取りだった。

 霧華を入り口に残し、六人は洞窟に入った。
 先導はテト。震えながらも、いかなる技術か、その歩みは一切音を発していない。
(脚運び……なんですかねー。それとも、霊闘士の秘術か何かとか)
 水月は後ろから、テトの歩法を見よう見まねで再現してみる。心持ち、自分の足音が小さくなったような気がしないでもない。
「テト様、気を付けて下さいね。貴女のその狩猟向けの力が頼りなのですから」
「ひ、ひゃい……」
 天斗は、努めて穏やかに静かに、テトの背に囁いた。
 この依頼人は確かに脆弱だが、それでも自分の能力を弁え、ハンターを頼ってきた。
 であれば、頼り、守ってやらねばなるまい。
 その後……洞窟に入ってから暫くは、テトが語った通り、左右に捻れた一本道が続いた。
「思ったよりも、明るいな。完全な暗闇かと思ったんやけど…」
 ラィルが、殆ど言葉にならないほど小さく囁き、通路の奥に目を凝らす。
 既に入り口は遠く、これだけ左右に捻れた道筋でも地形が見える。
 という事は……洞窟のどこかに、僅かでも光源があるのではと、ラィルは思考を巡らせた。
「明かりが無くってもお互いが見えますね……ロープは無くても、大丈夫でしょうか」
 水月は、ハンター同士を命綱の要領でつなごうとしていたが、洞窟内の環境が予想と違う事に気づき、手を止めた。
 第一に、完全な暗闇ではなく、目を慣らせば十分な視界を確保できる。
 第二に、足場は平坦ではなく時たま岩場もあるが、重度の危険を伴うほど険しくもない。
「……奴さんにとっても、隠れるのに都合がええのかもな。仮に夜目が効かんとしても、それなりに動けるんやし」
 ラィルが、闇の奥へ潜む敵に対して、思いを巡らせる。
 隣でウルヴァンが、視線だけを彼に向けた。
「此処しか無かった、という様に感じるがな。これだけ巨大な足跡の持ち主が隠れられる場所は……」
「……!」
 刹那、二人は脚を止めた。
 テトと共に先頭を往く天斗が、『止まれ』の手信号を出したのだ。
 彼は黙って、暗闇の向こうの、虚空を指差した。
 かなり距離があるので見えづらいが、遠くの洞窟の天井から、自然光が差し込んでいる用に見えた。
「……それで、洞窟内でもこれだけ明るいと」
 そう言って、ウルヴァンは、自分の足元を見た。
 洞窟の外にあった巨大な足跡、それに血痕は、洞窟の中にまでずっと続いている。奥へ、奥へと。
「もし完全に真っ暗だったら、虫と蝙蝠の糞でエラい事ににゃってますにゃ」
「……」
 テトの呟きに、灰人が小さく溜息を付いた。
 だが、そうでなくとも……洞窟内には、血と、死臭のみならず、何か生臭い匂いが、充満していた。
 最悪な環境だ……と、灰人は内心でぼやいた。
「……獣臭? 一体なんの匂いでしょう……」
 ふと気づいた天斗がテトに視線を送ると、彼女も首を横に振った。見当が付かないらしい。
「なにか聞こえる……」
 岩場で視界が遮られた先の『気配』に気づき、灰人が呟く。
 小さく、低く、人が唸る様な、これは……
「声?」
「僕が見に行きますっ」
 水月が、岩場をよじ登って、向こう側を覗こうとした。
 湿った鋭利な岩肌を慎重に上りきり、微かに頭半分を出して覗くと……
「…………っ」
 水月は、言葉を失った。
 天井から指しこむ光に照らされているのは……人間の大きさ程の、人影だった。
 無数の人影が、棒立ちして小さく唸りながら、ゆらゆらと身体を揺らしている。
 それは……辺境部族風の服を来た、戦士達だった。だが、もはやその目に生気はない。
「歪虚だ……」
「でもあの格好は、間違いなく部族の戦士やで……」
 水月続いて岩肌を登ったラィルが、その服装を見て呟く。
 ……彼等は明らかに、生者でなかった。
 肌の色は灰紫に近い毒々しさで、身体が欠損して尚動いている者も少なくない。
「三十人、居るかいないか……かな。暗いから、正確には数えきれないけど」
 淡々と、灰人が、言った。
「匂いの正体は、これですか。歪虚に堕ちた……」
「待て。気づかれる。まずは此処を、離れよう」
 天斗が溜息を付いたところに、ウルヴァンが移動を促す。
 幸いにして、歪虚に堕ちた戦士達は、その場を動く様子がない。
 ハンター達はひとまずそこを離れると、洞窟の奥へと、歩を進めた。


 一方、洞窟の外の霧華は、入り口近辺の環境をつぶさに観察していた。
 最もわかりやすい手がかりは、巨大な足跡だ。
 明るい屋外では、その一つ一つの違いを、詳細に調べる事ができる。
「……」
 確実に見分けられたのは三体分。もっと居る可能性もあるが、そう誤差はあるまい。
 気づいたのは、洞窟に入った足跡はあっても出た足跡は無く、また血痕を伴っているものは、実は一つだけということだ。
 その足跡の主は足を引き摺って……

『ーーーー!』

 突如、重機の唸るような轟音が空に響き、とっさに霧華は、茂みに飛び込んだ。
 自分の身が隠れたのを確認してから、本能的に頭上を見上げる。
(「確かにこれは、マジヤバですにゃ〜」)
 予想の通り、現れたのは『怠惰』の眷属たる巨人だった。足跡の形も、既存の物とほぼ一致している。
 その巨人が、洞窟の入口に歩み寄っていくのを見て……霧華は逡巡した。
 このまま洞窟に入られたら、中の仲間は袋の鼠だが、一人でこの敵を襲うのは、あらゆる意味で無謀すぎる。
 迷っている暇は無いかーーと、刀の柄に手を掛けた、しかし、その瞬間。
 山の向こうで、別の巨人の叫びが響いた。
 同時に巨人は、思い出した様に振り返り、木々を薙ぎ倒しながらそちらの方角へ歩き去る。
(洞窟の中だけにいるのではない、と……)
 微かに汗ばんだ手を丁寧に拭い、霧華は遠ざかる巨人の背中を見送った。


 背後に例の轟音を聞きながらも、テト含む六人は洞窟の奥へと進んでいった。
 時折分岐の様な地形はあったものの、やはりすぐに行き止まりで、実質的には一本の道と変わらない。
(退役したとは言え、また同じ事をやっているとは)
 歩数で距離を測りながら移動し、物陰ではカット・パイで安全確保する自分に、天斗は密かに苦笑した。
 一方でウルヴァンは、岩壁に何かを擦った様な血痕を見つけ、小さく嘆息する。
(これだけ血痕血臭があって、獣の骸は無い。ということは……)
 心中に浮かんだ、ある推測……果たして彼のそれは、的中する。
 洞窟内に散財する血痕を追ったハンターたちは、それまでで最も大きい広間へと到達した。
 周囲を見渡すのに、首をぐるりと回さなければならない程の空間だった。
「誰かおるで」
 ラィルが、荒い息遣いの様な音に気づく。
 テトと天斗が先導しつつ、ハンター達は物陰に回りこんでその『誰か』を覗き見た。
 青黒い肌に長い髪を生やした、女性の様な、然し巨大すぎるシルエット……
「……ヤクシー」
 誰かが、小さく呟く。
 そこ居たのは、壁際に座り込んだヤクシーと、それに寄り添う二体の巨人だった。
 ヤクシーの表情は険しく、呼吸を荒くしたまま、堪える様にじっと動かない。
 血痕の主は彼女らしく、周囲には滴り落ちた血で赤黒い池が出来ていた。
「足から出血しとる。ナナミ河の反撃でやられたヤツやな」
 ラィルが、漸く得心がいったという風に言った。
「負傷したヤクシーが手勢と共に試練の山に落ち延びて、自分は洞窟の中へ潜んだ……てのが、正解ですかねー」
 水月の出した結論に、異を唱える物も居ない。
 怠惰の主力級であるヤクシーが、密かに負傷を癒している……それは、人類側にとっては戦の切り札となり得る情報だった。
「そうと判れば、一刻も早く帰ろう。ここまでの地形は、全部記憶してる」
 灰斗が言った。
 唯一の進路はヤクシーが塞ぐ形になっており、これ以上見つからずに進むのは不可能だろう。長居する理由はもう無い。
 ハンター達はそっと、影の様にその場を去った。


 洞窟の外に待機していた霧華と合流すると、ハンター達は山を降り、得た情報を整理した。
「……じゃあ、轟音の主っていうのは巨人で間違いないんですね」
 水月に問われ、霧華は深く頷いた。
「ええ。洞窟の中から聞こえたのは、外の巨人と連絡を取っていたのではないかと」
「あの山自体が巨人の潜伏場所になっており、試練の洞窟には手負いのヤクシー……成程、追い打ちするには絶好の機か」
 ウルヴァンが、洞窟の地図に印をつけながら言った。
 洞窟の地形は灰人の記憶を頼りに再現しているが、それに専念していただけあって、地図はそれなりに正確なものができている。
「中は概ね一本道やったし、戦えない環境でもない……急襲すれば、一気にヤクシーに止めを刺せるかもしれへんね」
「後は、歪虚に堕ちた、部族の戦士……ですか」
 ラィルの言葉に、天斗が腕組みして考え込んだ。
 それに対して、テトが寂しげに呟く。
「人がいっぺん歪虚ににゃってしまったら、もう助かりませんにゃ……だから」
 葬ってやるしかない。怠惰と共に。
 テトの言葉に……ハンター達は、頷く者も居れば、ただ黙する者も居る。
 いずれにせよ、行動に必要な情報は、全て暴かれたのだ。
 後は……実行に移すのみ、だった。

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重体一覧

参加者一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗(ka0014
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 不屈の鬼神
    白神 霧華(ka0915
    人間(蒼)|17才|女性|闘狩人
  • 戦場の美学
    ウルヴァン・ダイーヴァ(ka0992
    人間(蒼)|28才|男性|機導師
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • Flawed "Nor"
    二ノ宮 灰人(ka4267
    人間(蒼)|17才|男性|機導師

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/03/06 20:33:09
アイコン 依頼の相談です
真田 天斗(ka0014
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/03/11 15:52:32