ゲスト
(ka0000)
普遍たる、ありふれたる
マスター:練子やきも

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/12 07:30
- 完成日
- 2015/03/19 22:36
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
獣は、自分の縄張りに異質なモノが入り込んだのを感じた。縄張りを侵す者は狩る、それが獣の定めたルールだ。ソレが何者であろうと関係はない。
獣は、縄張りへの侵入者を倒した。それは普段なら自分の縄張りの臭いを嗅いだだけで逃げ出す筈の弱い肉食獣。ルールを破った者への罰として狩ったその狼は、狩られた事実に逆らうかのように塵となり消えた。腹の足しにもならない下らない狩り。少し傷を負ったが、こんな物は怪我の内に入らないだろう。
獣は、身体の不調を感じていた。最初は、この甘えて来る我が子に乳を与えているからなのだと思っていたのだが、この苦しさは何なのだろう……? 自分はこの仔が一人前になるまで守りきれるのだろうか……? 自分がここ数日空腹を覚えていない事に、獣が疑問を持つ事は無かった。
(マモル……マモル……マモル……)
獣は、ただ一つの想いの為に、全身を苛む痛みと倦怠感に耐えていた。ついには歩く事も億劫になり蹲る。
我が子の待つ巣が見える草叢に寝転がったまま……獣は眠りについた。
●村の酒場にて
村の酒場では、狩人達がその日の成果を見せ合いながら酒と雑談を楽しむ中、気の強そうな狩人と大人しそうな狩人が2人でテーブルを囲んで飲んでいた。
「ここ何日かヌシのマーキング跡が新しくなってないなぁ、ついにヌシもおっ死んだか?」
「いや、ヌシはまだそんな歳じゃないし、アレがそうそう死ぬようなタマかよ」
ヌシ、と呼ばれる巨大な虎が居た。美しい毛並み、力強い体躯。村の周辺に広い縄張りを持つその獣は、畏れと敬意を持って扱われ、王者の如く村の周りの森に君臨していた。
「お前はそんな臆病だからいつも大物を取り逃がすんだよ。考えてもみろよ? ヌシが動けない位弱ってるとなれば俺らでも狩れる。奴の毛皮を剥げばひと財産なんてもんじゃねえぜ?」
言い募る、気の強そうな狩人。普段より強気になっているのは酒が入っているからだろうか。
「仮にヌシが弱ってたとしても、何かそうなった理由があるんだぜ? 俺は絶対に嫌だ、どうしても行くってんなら一人で行けよ」
「言ったな! もし俺が奴の毛皮持って帰ってもテメーの分け前はねえからな!」
大人しそうな狩人も負けじと言い返し、気の強そうな狩人が更に猛る。酒が入った上での友人との会話でもあり遠慮する事もなかったが、それがいけなかったのだと大人しそうな狩人が後に気付いた時には既に遅かった。
後日、戻らない友人を心配してヌシの縄張りの近くまで踏み込んだ大人しそうな狩人は、友人の使っていた弓の残骸と大量の血痕を発見する事となった。
「ヌシとは手口が違うな」
年老いた元狩人のオサが語る。今代のヌシは人間の侵入者を狩った場合、口に合わないのか他意があるのか、見せしめとでも言わんばかりに食わずに放置する癖があり、それが故に、むしろ森を護る者として人の側もその縄張りを侵す事をせず、奇妙な共生関係が続いていたのだが……。
ヌシの縄張りで人が喰われた。それは即ち、ヌシが心変わりしたか、或いは縄張りさえ侵さなければ害のないヌシより危険なモノ、それもヌシから縄張りを奪う程のバケモノが、人間の味を覚えてしまったという事を意味する。……何れにせよ放置すれば必ず次の犠牲者が出るだろう。
「もはや猶予はないだろうな、ハンター協会に応援を頼もう」
オサの言葉に、反論する者は居なかった。
(マモル……マモル……マモル……)
見付けた獲物に襲い掛かり、以前より長く鋭利になったその爪で引き裂き、力強くなった牙で喰い千切る。逃げ出そうとする獲物の片割れ、以前であれば、腹を満たした以上殺す必要がないと見逃した筈のそれを、新たに得たチカラ、黒いヒカリを飛ばし、仕留める。
ソレは、ただ衝動に突き動かされていた。何を何から守るのか、それすらもわからなくなったソレは、食い終えた獲物の残骸を一瞥し、次なる獲物を探して歩き始めた。
獣は、縄張りへの侵入者を倒した。それは普段なら自分の縄張りの臭いを嗅いだだけで逃げ出す筈の弱い肉食獣。ルールを破った者への罰として狩ったその狼は、狩られた事実に逆らうかのように塵となり消えた。腹の足しにもならない下らない狩り。少し傷を負ったが、こんな物は怪我の内に入らないだろう。
獣は、身体の不調を感じていた。最初は、この甘えて来る我が子に乳を与えているからなのだと思っていたのだが、この苦しさは何なのだろう……? 自分はこの仔が一人前になるまで守りきれるのだろうか……? 自分がここ数日空腹を覚えていない事に、獣が疑問を持つ事は無かった。
(マモル……マモル……マモル……)
獣は、ただ一つの想いの為に、全身を苛む痛みと倦怠感に耐えていた。ついには歩く事も億劫になり蹲る。
我が子の待つ巣が見える草叢に寝転がったまま……獣は眠りについた。
●村の酒場にて
村の酒場では、狩人達がその日の成果を見せ合いながら酒と雑談を楽しむ中、気の強そうな狩人と大人しそうな狩人が2人でテーブルを囲んで飲んでいた。
「ここ何日かヌシのマーキング跡が新しくなってないなぁ、ついにヌシもおっ死んだか?」
「いや、ヌシはまだそんな歳じゃないし、アレがそうそう死ぬようなタマかよ」
ヌシ、と呼ばれる巨大な虎が居た。美しい毛並み、力強い体躯。村の周辺に広い縄張りを持つその獣は、畏れと敬意を持って扱われ、王者の如く村の周りの森に君臨していた。
「お前はそんな臆病だからいつも大物を取り逃がすんだよ。考えてもみろよ? ヌシが動けない位弱ってるとなれば俺らでも狩れる。奴の毛皮を剥げばひと財産なんてもんじゃねえぜ?」
言い募る、気の強そうな狩人。普段より強気になっているのは酒が入っているからだろうか。
「仮にヌシが弱ってたとしても、何かそうなった理由があるんだぜ? 俺は絶対に嫌だ、どうしても行くってんなら一人で行けよ」
「言ったな! もし俺が奴の毛皮持って帰ってもテメーの分け前はねえからな!」
大人しそうな狩人も負けじと言い返し、気の強そうな狩人が更に猛る。酒が入った上での友人との会話でもあり遠慮する事もなかったが、それがいけなかったのだと大人しそうな狩人が後に気付いた時には既に遅かった。
後日、戻らない友人を心配してヌシの縄張りの近くまで踏み込んだ大人しそうな狩人は、友人の使っていた弓の残骸と大量の血痕を発見する事となった。
「ヌシとは手口が違うな」
年老いた元狩人のオサが語る。今代のヌシは人間の侵入者を狩った場合、口に合わないのか他意があるのか、見せしめとでも言わんばかりに食わずに放置する癖があり、それが故に、むしろ森を護る者として人の側もその縄張りを侵す事をせず、奇妙な共生関係が続いていたのだが……。
ヌシの縄張りで人が喰われた。それは即ち、ヌシが心変わりしたか、或いは縄張りさえ侵さなければ害のないヌシより危険なモノ、それもヌシから縄張りを奪う程のバケモノが、人間の味を覚えてしまったという事を意味する。……何れにせよ放置すれば必ず次の犠牲者が出るだろう。
「もはや猶予はないだろうな、ハンター協会に応援を頼もう」
オサの言葉に、反論する者は居なかった。
(マモル……マモル……マモル……)
見付けた獲物に襲い掛かり、以前より長く鋭利になったその爪で引き裂き、力強くなった牙で喰い千切る。逃げ出そうとする獲物の片割れ、以前であれば、腹を満たした以上殺す必要がないと見逃した筈のそれを、新たに得たチカラ、黒いヒカリを飛ばし、仕留める。
ソレは、ただ衝動に突き動かされていた。何を何から守るのか、それすらもわからなくなったソレは、食い終えた獲物の残骸を一瞥し、次なる獲物を探して歩き始めた。
リプレイ本文
ヴァイス(ka0364)が大人しそうな狩人に話し掛ける。第一発見者である彼は目立つ存在な為、見付けるのは容易だった。
「辛い事を思い出させて悪いが、当時何か変わった事は無かったか? 友人の血痕を見付けた時の植物や地面、森に住む動物達の事など、些細な事で良い」
マテリアルの穢れでどの位周囲が汚染されているか知っておきたかったヴァイスだったが
「変わった事、かぁ……そう言えば草食系のシカとかイノシシみたいな動物の痕跡も妙に減ってたかな。植物の方は専門じゃないんで詳しくはわかんないですけど、変わったとこは特に……そんなとこです」
彼にとって最大の異常は友人の死であり、友人の思い出話の方が長くなってしまったが、狩人から得られた情報は概ねそのような物だった。
●オサの家にて
一方、オサの家では残りのメンバーがオサから情報を得ようと頑張っていた。
「ヌシの見た目とか、毛皮の色とかはどんな感じなのかな?」
質問の口火を切ったのはネイハム・乾風(ka2961)だった。
「そうさなぁ……美しい毛色ではあったが、まぁ普通のトラだな。ただしデカいぞ、普通に立った高さがそこのお嬢ちゃん達より少し大きいくらいはあったかなぁ」
そう言って超級まりお(ka0824)を指差すオサ。まりおの背は150センチを越えた程度であり、それより大きいくらいとなるとちょっとトラの規格からは外れているような気もする。
「あとは狩りの癖や行動範囲に、住処か。その辺りの情報があったら聞いておきたいのう」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が続いて質問し、少し考えて答えるオサ。
「ヌシの行動範囲は縄張りのマーキング……どでかい爪痕があるから、踏み込めば嫌でも分かるだろうな、見た方が早いかの。あとは狩りの癖と住処か……奴の狩りや住処を見て生きて帰れる物でもないさ」
シワシワの顔を更にシワシワにして答えるオサ。
「ただ、獣離れした性格のヌシの事だ、ゆっくりできる洞窟やら穴ぼこやらを確保しとるのは間違いないの。ヌシはメスだし、意外と子供でも残っとるかも知れんな」
「敵はそのトラなのかしら? それとも他の雑魔なのか、或いはヌシが変化してしまったのか……」
筱崎あかね(ka3788)が、疑問を投げかけ
「あー、それ気になるよねー」
まりおが同意する。
「わしらには分からん。ただ、少なくともヌシだという事は無いんじゃないかとわしは思っとる。わしもヌシに見逃された事があるでな。何と言えば良いのかのう……わしらと同じ様な、狩人としてのプライドを持っている、そんな感じの奴じゃった」
オサがヌシに肯定的なのは、実際に遭った事があるからのようだ。
「どちらにせよ、このまま放置しておく訳にはいくまい。速やかに退治する事としよう」
腕を組んで壁に寄りかかって話を聞いていた榊 兵庫(ka0010)が、組んでいた腕を伸ばしながら話を纏めると
「そうだな。人を殺せば狩られるのが人の世界の道理だ。そいつに取って不条理だろうが理不尽だろうが、悪いが死んで貰うさ」
語るはイブリス・アリア(ka3359)。人を殺めるのであれば、何物であろうがそれは敵、滅ぼさなければならないだろう。
「ああ、懐かしいな。子供の頃は良く遊んだもんだ」
森を懐かしむリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)が先頭を歩き、道無き道を探りながら進む一行。
「これがマーキングじゃな」
大きな爪痕の刻まれた大木を前に、蜜鈴の声がやけに耳に響く。オサが言ったように、確かにひと目で分かる痕跡が木に刻まれていた。薄れてるという話の割にはやたら鮮明だが
「マーキングが更新されていないんだったか……臭いが薄いな」
リカルドが、その違和感に気付く。言われてみれば、木や草に付着している体毛も色褪せている気がして来る。
「まあ、仕掛けられるのはコッチだろうな」
うっすら漂い来る血の臭いに、思わず呟いたリカルドの声に、それぞれが武器を握り直す事で応える。
ここからは何時襲われても不思議では無い、改めて気を引き締める一行。
●広場にて
「ここが広場という事でしょうね」
馬上のあかねが開けた空間を見回す。ほとんど道の無い森の中を進んだ一行が到着したそこは、下生えの多い、事前の情報通り若干動きにくいが武器は振り回せる程度の広さがある。
「ここまでは何事もなし……というか殺気が溢れ過ぎで感覚が鈍りそうだな」
周囲を警戒していたイブリスがぼやく。虎の移動の痕跡があまりに多くて逆にルートを絞りにくくなっていた。
「マテリアルの減少も大きいみたいだな、油断は出来なそうだ」
ヴァイスが、萎れ始めている下草を摘んで呟く。
「ああ……これはどうやら気を引き締めた方が良さそうだ」
縄張りに入ってから既に幾つめかになる血痕を眺めながら、兵庫が呟いた。
●襲撃
ともあれ、ここで戦闘の予定は無い。次の河原へ向かい、木立ちを抜け……全員が広場を抜けた所で、殺意が弾けた。
「来たぞ! 右だ!」
微かに揺れた草に気付いたネイハムが後方から警告の声を上げる。声を掛けながら牽制で抜き打ちに放ったその銃弾は、しかし手応えなく叢に消える。
「くっ……!」
狙われたのはあかねだった。乗っていた馬から飛び降りようと翻したその身を、黒いマテリアル弾が貫いた。
「大丈夫か!」
すかさず撃ち返した兵庫の銃弾は、しかし森の木の枝を砕くに留まった。腰まである雑草に埋もれたここでは足場も最悪で、動きにくいにも程がある。ここで戦うのは不利だ、予定とは違うがいっそ広場に戻るか……?
一行が考えたその時、フッと殺気が逸れ、去り行くナニカの動きに草が大きく揺れる。……どうやらここで追っても、とても追い付けそうに無い。
「何だろ? 見逃すって事?」
不満げに呟くまりおの言葉を遮るように、遠く森に響き渡る、何かの動物の断末魔の悲鳴。
「どうやら余程忙しいようじゃな。……随分と異なる匂いがしよるの……」
蜜鈴の言葉に我に返る一行。戻るか進むか……。
「河原で迎え撃ちましょう……向こうがこちら側の都合に合わせてくれるとは限らないけど」
兵庫の応急手当を受け、腕から流れる血を拭い、止血を済ませたあかねの決意に満ちた言葉で瞬時に思考を切り替える。広場で戦う手も無くはないが、下草に足を取られながら戦う不利を背負うリスクの方が高いと感じた。
●ありふれたるに還る
「もうすぐ河原が見えて来る頃だ」
油断無く周辺を警戒し、それでも歩みを進めながら、兵庫が皆に伝える。
「気の緩みを狙って来る程度の知能はあるみたいだしねー」
まるでそのまりおの言葉に誘われたかのように膨れ上がる殺気。
「後ろから来たぞ、俺が殿を受け持つ、走れ!」
「一人で良い格好はさせないよー」
敵への牽制に八星の形をした手裏剣を投げるヴァイスの言葉に、同じ八星形の手裏剣を投げながらまりおが手伝いを申し出た所で、ヴァイスの喉笛目掛けて凄まじい速度で飛び掛かる黒いケモノ。
「悪いが、本職はこっちなんでね」
居合いに抜かれた白狼の刃と黒い虎の爪が交差し、飛び散る火花。
2人の眼前に瞬間姿を見せたそれは、2メートル近くはあろうか、黒く巨大な虎。
「ナニカの正体は……元森のヌシ?」
「……ヌシが穢されたか」
隙を作らなくては下がるのも難しそうだ、そう感じて構えを攻めの型に変えるヴァイス。再び踏み込んで来る黒虎にまりおの手裏剣が飛び、そのままその手裏剣を追うように踏み込んで……渾身の力で叩き付ける!
白き狼の咆哮と共に黒虎の爪が砕け飛び、その身を浅く裂く。一瞬怯むケモノ。
「今だね、ボク達も下がろー」
まりおの声に、すかさず下がる2人。
一際高くなった叢を抜けたそこは、灰色の砂利に覆われた、戦いの地。
「来るよ!」
叢から飛び出したまりおがパリィグローブを構え、砂利を踏み締める音が河原に響き、続いて飛び出したヴァイスが振り返った瞬間、2人を大きく飛び越え姿を現す黒虎。
「ジャンプは得意っ!」
すかさず飛び上がって殴り付けるまりおの拳が黒虎の後足を打つ。
「あ、下から当たっちゃった!」
まりおの頭の中で微妙にトロピカルな音が響いた気がした。
「さあ、どっちが狩る側なのか……確認しようじゃねぇか」
まりおの攻撃で僅かに態勢の崩れた黒虎が着地した瞬間を狙い、飛び込みながら振るわれたイブリスのドライブソードが黒虎の身体を浅く斬り裂く。
着地した黒虎が最初に狙ったのはリカルドだった。
「素早いのは困るしね……。止められないか試してみようかな……」
銃が撃てる、その悦びに薄く微笑んだネイハムの重厚なライフルが、虎がリカルドに向かって走るその足元を狙い、踏み込みを妨げる。
「頭骨は分厚いだろうし、リスクが高いか」
瞬時に判断したリカルドの、カービンでの牽制射撃から素早く抜いたショットアンカーが撃ち込まれた。
「これでこれ以上は引き離されない、って待ってこれ引きずられてチョット手首痛い! 手首痛いって!」
微妙に愉快な悲鳴を上げながら引きずられるリカルド、その重しを物ともせず走り抜けようとする黒虎を止めようと、何とか態勢を立て直す。……なんだかジェットスキーのような態勢になるリカルド。
それはともかく、攻撃に失敗した黒虎はそのまま狙いを蜜鈴に変更したようだ。何故かそのまま動かない蜜鈴。その口から洩れるは呪歌の歌声、その身に纏うは朱金の蝶。
『臓腑を焦がし……』
一歩、虎が走る。
「眉間を狙う!」
リアルブルーの古き戦場で培われた弓術の作法に則りつつ、マテリアルを込めながら引き絞ったあかねのすぐ傍、女性の姿が浮かぶ。あかねと幻影、2人がシンクロするかのように放った矢が、狙い過たず、回避を捨てて走る黒虎の額に突き刺さる。
『恐怖を刻め……』
2歩、3歩、虎が踏み込む。
「止まれぇー! ってかやべーって腕抜けるー!」
リカルドが叫びながらも全力で踏ん張る。
『奪われし御魂を空へと還せ!』
動かない蜜鈴に飛び掛かろうと、瞬間しゃがみ込んだ黒虎の眼前で、ひと息に流れた言の葉が朱色のマテリアルを紡ぎ出す。狙いを付ける必要すらない距離で放たれたそれは、あかねの放った矢に導かれるように、黒きケモノの頭部を貫いた。
飛び掛かる動きそのままに蜜鈴の身を包み、通り抜け流れ行く黒い霧は、数秒と待たず川のせせらぎに消えて行った。
●普遍たる、不変たる、それは生命の流れ
「ほあぁ〜〜!」
漏れ出た声は誰の物やら。
黒いケモノを倒した一行は、森に他の異変等が見当たらないか確認をしていたのだが、その途中で見つけたモノがあった。
ピン、と天を衝き振り立てた尻尾と、逆に前脚は地を這うように伏せ、獲物を狙うその瞳。
獲物ににじり寄りながら、尻をピコピコと振り……スキップするかのようにピョンピョンと跳ねながら走り出す!
残念ながら獲物に逃げられたらしく、手ブラで元の場所に戻ってきたその獣は、猫のような、しかし明らかにネコにはありえない、黄色と黒の縞模様……子供のトラだった。
ヌシは他者が縄張り内で狩りをする事を許さない。ヌシには子供が居るかも知れない。……オサが言っていた言葉が思い出される。
そして先刻の黒き雑魔。奴が元ヌシだろうが別の物だろうが、奴の居る場所で子育てができる生物など居ないだろう。
「可愛いし、ヴォイドに侵されてはいなそうだねー」
まりおが仲間に声を掛ける。
「ああ、穢されていないようだな……ヌシの最後の想いがこの子を守っていたんだろう」
ヴァイスの言葉を肯定する事も否定する事もなく。そこにはただ、元気に走り回るその子トラのみが在った。
「ならどうでもいいや」
撃てないのなら興味は無い。踵を返すネイハム。
「だな、後はそいつ自身の問題だ」
リカルドが頷き、帰還の準備を済ませる。
「やがてはこのやや子が次代のヌシともなろうて……。母御前は居らぬが、強う、生きよ……」
オサの話を聞いてこっそり準備しておいたミルクを飲みやすいよう木皿に移し、そっと離れる蜜鈴。一行を気にする様子もなく獲物を探す子トラがそれを気にする事は無かったが、気が付いたら飲んでくれるかも知れない。
その蜜鈴の姿を見ながら、イブリスは剣の柄を握り締め……そっと手を離した。子供だけで生き延びられるとは思えない、その生を少ない苦しみで終わらせてやるのが慈悲だろうと考えたイブリスだったが、彼女らはそれを良しとはしないだろう。仲間と揉めてまで殺したいという訳でもない。それに……。
「恨まれてやる気にもならんな」
存外に生き延びるのかも知れない気がしていた。
一方で、兵庫は独り、狩人の襲われたという場所を訪れていた。回収される事なくそこに遺されていた弓を、拾い上げる。
「……無謀と勇気をはき違えるとは、な。……是非もない。せめて待っていた者の為に縁だけでも還してやるとしよう」
武士の情け、と言えば良いのだろうか。兵庫の手によって遺族の元へと還された弓は、主なき墓の寄る辺としてその主に代わり葬られる事となった。
こうして、かつて森のヌシと呼ばれた虎により紡がれた話は、その幕を下ろした。
「辛い事を思い出させて悪いが、当時何か変わった事は無かったか? 友人の血痕を見付けた時の植物や地面、森に住む動物達の事など、些細な事で良い」
マテリアルの穢れでどの位周囲が汚染されているか知っておきたかったヴァイスだったが
「変わった事、かぁ……そう言えば草食系のシカとかイノシシみたいな動物の痕跡も妙に減ってたかな。植物の方は専門じゃないんで詳しくはわかんないですけど、変わったとこは特に……そんなとこです」
彼にとって最大の異常は友人の死であり、友人の思い出話の方が長くなってしまったが、狩人から得られた情報は概ねそのような物だった。
●オサの家にて
一方、オサの家では残りのメンバーがオサから情報を得ようと頑張っていた。
「ヌシの見た目とか、毛皮の色とかはどんな感じなのかな?」
質問の口火を切ったのはネイハム・乾風(ka2961)だった。
「そうさなぁ……美しい毛色ではあったが、まぁ普通のトラだな。ただしデカいぞ、普通に立った高さがそこのお嬢ちゃん達より少し大きいくらいはあったかなぁ」
そう言って超級まりお(ka0824)を指差すオサ。まりおの背は150センチを越えた程度であり、それより大きいくらいとなるとちょっとトラの規格からは外れているような気もする。
「あとは狩りの癖や行動範囲に、住処か。その辺りの情報があったら聞いておきたいのう」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が続いて質問し、少し考えて答えるオサ。
「ヌシの行動範囲は縄張りのマーキング……どでかい爪痕があるから、踏み込めば嫌でも分かるだろうな、見た方が早いかの。あとは狩りの癖と住処か……奴の狩りや住処を見て生きて帰れる物でもないさ」
シワシワの顔を更にシワシワにして答えるオサ。
「ただ、獣離れした性格のヌシの事だ、ゆっくりできる洞窟やら穴ぼこやらを確保しとるのは間違いないの。ヌシはメスだし、意外と子供でも残っとるかも知れんな」
「敵はそのトラなのかしら? それとも他の雑魔なのか、或いはヌシが変化してしまったのか……」
筱崎あかね(ka3788)が、疑問を投げかけ
「あー、それ気になるよねー」
まりおが同意する。
「わしらには分からん。ただ、少なくともヌシだという事は無いんじゃないかとわしは思っとる。わしもヌシに見逃された事があるでな。何と言えば良いのかのう……わしらと同じ様な、狩人としてのプライドを持っている、そんな感じの奴じゃった」
オサがヌシに肯定的なのは、実際に遭った事があるからのようだ。
「どちらにせよ、このまま放置しておく訳にはいくまい。速やかに退治する事としよう」
腕を組んで壁に寄りかかって話を聞いていた榊 兵庫(ka0010)が、組んでいた腕を伸ばしながら話を纏めると
「そうだな。人を殺せば狩られるのが人の世界の道理だ。そいつに取って不条理だろうが理不尽だろうが、悪いが死んで貰うさ」
語るはイブリス・アリア(ka3359)。人を殺めるのであれば、何物であろうがそれは敵、滅ぼさなければならないだろう。
「ああ、懐かしいな。子供の頃は良く遊んだもんだ」
森を懐かしむリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)が先頭を歩き、道無き道を探りながら進む一行。
「これがマーキングじゃな」
大きな爪痕の刻まれた大木を前に、蜜鈴の声がやけに耳に響く。オサが言ったように、確かにひと目で分かる痕跡が木に刻まれていた。薄れてるという話の割にはやたら鮮明だが
「マーキングが更新されていないんだったか……臭いが薄いな」
リカルドが、その違和感に気付く。言われてみれば、木や草に付着している体毛も色褪せている気がして来る。
「まあ、仕掛けられるのはコッチだろうな」
うっすら漂い来る血の臭いに、思わず呟いたリカルドの声に、それぞれが武器を握り直す事で応える。
ここからは何時襲われても不思議では無い、改めて気を引き締める一行。
●広場にて
「ここが広場という事でしょうね」
馬上のあかねが開けた空間を見回す。ほとんど道の無い森の中を進んだ一行が到着したそこは、下生えの多い、事前の情報通り若干動きにくいが武器は振り回せる程度の広さがある。
「ここまでは何事もなし……というか殺気が溢れ過ぎで感覚が鈍りそうだな」
周囲を警戒していたイブリスがぼやく。虎の移動の痕跡があまりに多くて逆にルートを絞りにくくなっていた。
「マテリアルの減少も大きいみたいだな、油断は出来なそうだ」
ヴァイスが、萎れ始めている下草を摘んで呟く。
「ああ……これはどうやら気を引き締めた方が良さそうだ」
縄張りに入ってから既に幾つめかになる血痕を眺めながら、兵庫が呟いた。
●襲撃
ともあれ、ここで戦闘の予定は無い。次の河原へ向かい、木立ちを抜け……全員が広場を抜けた所で、殺意が弾けた。
「来たぞ! 右だ!」
微かに揺れた草に気付いたネイハムが後方から警告の声を上げる。声を掛けながら牽制で抜き打ちに放ったその銃弾は、しかし手応えなく叢に消える。
「くっ……!」
狙われたのはあかねだった。乗っていた馬から飛び降りようと翻したその身を、黒いマテリアル弾が貫いた。
「大丈夫か!」
すかさず撃ち返した兵庫の銃弾は、しかし森の木の枝を砕くに留まった。腰まである雑草に埋もれたここでは足場も最悪で、動きにくいにも程がある。ここで戦うのは不利だ、予定とは違うがいっそ広場に戻るか……?
一行が考えたその時、フッと殺気が逸れ、去り行くナニカの動きに草が大きく揺れる。……どうやらここで追っても、とても追い付けそうに無い。
「何だろ? 見逃すって事?」
不満げに呟くまりおの言葉を遮るように、遠く森に響き渡る、何かの動物の断末魔の悲鳴。
「どうやら余程忙しいようじゃな。……随分と異なる匂いがしよるの……」
蜜鈴の言葉に我に返る一行。戻るか進むか……。
「河原で迎え撃ちましょう……向こうがこちら側の都合に合わせてくれるとは限らないけど」
兵庫の応急手当を受け、腕から流れる血を拭い、止血を済ませたあかねの決意に満ちた言葉で瞬時に思考を切り替える。広場で戦う手も無くはないが、下草に足を取られながら戦う不利を背負うリスクの方が高いと感じた。
●ありふれたるに還る
「もうすぐ河原が見えて来る頃だ」
油断無く周辺を警戒し、それでも歩みを進めながら、兵庫が皆に伝える。
「気の緩みを狙って来る程度の知能はあるみたいだしねー」
まるでそのまりおの言葉に誘われたかのように膨れ上がる殺気。
「後ろから来たぞ、俺が殿を受け持つ、走れ!」
「一人で良い格好はさせないよー」
敵への牽制に八星の形をした手裏剣を投げるヴァイスの言葉に、同じ八星形の手裏剣を投げながらまりおが手伝いを申し出た所で、ヴァイスの喉笛目掛けて凄まじい速度で飛び掛かる黒いケモノ。
「悪いが、本職はこっちなんでね」
居合いに抜かれた白狼の刃と黒い虎の爪が交差し、飛び散る火花。
2人の眼前に瞬間姿を見せたそれは、2メートル近くはあろうか、黒く巨大な虎。
「ナニカの正体は……元森のヌシ?」
「……ヌシが穢されたか」
隙を作らなくては下がるのも難しそうだ、そう感じて構えを攻めの型に変えるヴァイス。再び踏み込んで来る黒虎にまりおの手裏剣が飛び、そのままその手裏剣を追うように踏み込んで……渾身の力で叩き付ける!
白き狼の咆哮と共に黒虎の爪が砕け飛び、その身を浅く裂く。一瞬怯むケモノ。
「今だね、ボク達も下がろー」
まりおの声に、すかさず下がる2人。
一際高くなった叢を抜けたそこは、灰色の砂利に覆われた、戦いの地。
「来るよ!」
叢から飛び出したまりおがパリィグローブを構え、砂利を踏み締める音が河原に響き、続いて飛び出したヴァイスが振り返った瞬間、2人を大きく飛び越え姿を現す黒虎。
「ジャンプは得意っ!」
すかさず飛び上がって殴り付けるまりおの拳が黒虎の後足を打つ。
「あ、下から当たっちゃった!」
まりおの頭の中で微妙にトロピカルな音が響いた気がした。
「さあ、どっちが狩る側なのか……確認しようじゃねぇか」
まりおの攻撃で僅かに態勢の崩れた黒虎が着地した瞬間を狙い、飛び込みながら振るわれたイブリスのドライブソードが黒虎の身体を浅く斬り裂く。
着地した黒虎が最初に狙ったのはリカルドだった。
「素早いのは困るしね……。止められないか試してみようかな……」
銃が撃てる、その悦びに薄く微笑んだネイハムの重厚なライフルが、虎がリカルドに向かって走るその足元を狙い、踏み込みを妨げる。
「頭骨は分厚いだろうし、リスクが高いか」
瞬時に判断したリカルドの、カービンでの牽制射撃から素早く抜いたショットアンカーが撃ち込まれた。
「これでこれ以上は引き離されない、って待ってこれ引きずられてチョット手首痛い! 手首痛いって!」
微妙に愉快な悲鳴を上げながら引きずられるリカルド、その重しを物ともせず走り抜けようとする黒虎を止めようと、何とか態勢を立て直す。……なんだかジェットスキーのような態勢になるリカルド。
それはともかく、攻撃に失敗した黒虎はそのまま狙いを蜜鈴に変更したようだ。何故かそのまま動かない蜜鈴。その口から洩れるは呪歌の歌声、その身に纏うは朱金の蝶。
『臓腑を焦がし……』
一歩、虎が走る。
「眉間を狙う!」
リアルブルーの古き戦場で培われた弓術の作法に則りつつ、マテリアルを込めながら引き絞ったあかねのすぐ傍、女性の姿が浮かぶ。あかねと幻影、2人がシンクロするかのように放った矢が、狙い過たず、回避を捨てて走る黒虎の額に突き刺さる。
『恐怖を刻め……』
2歩、3歩、虎が踏み込む。
「止まれぇー! ってかやべーって腕抜けるー!」
リカルドが叫びながらも全力で踏ん張る。
『奪われし御魂を空へと還せ!』
動かない蜜鈴に飛び掛かろうと、瞬間しゃがみ込んだ黒虎の眼前で、ひと息に流れた言の葉が朱色のマテリアルを紡ぎ出す。狙いを付ける必要すらない距離で放たれたそれは、あかねの放った矢に導かれるように、黒きケモノの頭部を貫いた。
飛び掛かる動きそのままに蜜鈴の身を包み、通り抜け流れ行く黒い霧は、数秒と待たず川のせせらぎに消えて行った。
●普遍たる、不変たる、それは生命の流れ
「ほあぁ〜〜!」
漏れ出た声は誰の物やら。
黒いケモノを倒した一行は、森に他の異変等が見当たらないか確認をしていたのだが、その途中で見つけたモノがあった。
ピン、と天を衝き振り立てた尻尾と、逆に前脚は地を這うように伏せ、獲物を狙うその瞳。
獲物ににじり寄りながら、尻をピコピコと振り……スキップするかのようにピョンピョンと跳ねながら走り出す!
残念ながら獲物に逃げられたらしく、手ブラで元の場所に戻ってきたその獣は、猫のような、しかし明らかにネコにはありえない、黄色と黒の縞模様……子供のトラだった。
ヌシは他者が縄張り内で狩りをする事を許さない。ヌシには子供が居るかも知れない。……オサが言っていた言葉が思い出される。
そして先刻の黒き雑魔。奴が元ヌシだろうが別の物だろうが、奴の居る場所で子育てができる生物など居ないだろう。
「可愛いし、ヴォイドに侵されてはいなそうだねー」
まりおが仲間に声を掛ける。
「ああ、穢されていないようだな……ヌシの最後の想いがこの子を守っていたんだろう」
ヴァイスの言葉を肯定する事も否定する事もなく。そこにはただ、元気に走り回るその子トラのみが在った。
「ならどうでもいいや」
撃てないのなら興味は無い。踵を返すネイハム。
「だな、後はそいつ自身の問題だ」
リカルドが頷き、帰還の準備を済ませる。
「やがてはこのやや子が次代のヌシともなろうて……。母御前は居らぬが、強う、生きよ……」
オサの話を聞いてこっそり準備しておいたミルクを飲みやすいよう木皿に移し、そっと離れる蜜鈴。一行を気にする様子もなく獲物を探す子トラがそれを気にする事は無かったが、気が付いたら飲んでくれるかも知れない。
その蜜鈴の姿を見ながら、イブリスは剣の柄を握り締め……そっと手を離した。子供だけで生き延びられるとは思えない、その生を少ない苦しみで終わらせてやるのが慈悲だろうと考えたイブリスだったが、彼女らはそれを良しとはしないだろう。仲間と揉めてまで殺したいという訳でもない。それに……。
「恨まれてやる気にもならんな」
存外に生き延びるのかも知れない気がしていた。
一方で、兵庫は独り、狩人の襲われたという場所を訪れていた。回収される事なくそこに遺されていた弓を、拾い上げる。
「……無謀と勇気をはき違えるとは、な。……是非もない。せめて待っていた者の為に縁だけでも還してやるとしよう」
武士の情け、と言えば良いのだろうか。兵庫の手によって遺族の元へと還された弓は、主なき墓の寄る辺としてその主に代わり葬られる事となった。
こうして、かつて森のヌシと呼ばれた虎により紡がれた話は、その幕を下ろした。
依頼結果
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相談卓 リカルド=フェアバーン(ka0356) 人間(リアルブルー)|32才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/10 21:02:29 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/07 18:29:33 |