ゲスト
(ka0000)
唐突
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/12 19:00
- 完成日
- 2015/03/19 00:22
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
風が吹く。
ことことと音を立てる窓ガラス。
「――雑魔?」
「ああ」
妻の言葉に、男は苦い顔で肯定した。
「おかあさん、ゾウマって?」
7歳位の少年が問いかける。バラ色のほっぺたはお餅のように弾力があり、瑞々しい唇はぷるるんとしている。
「こわーい化け物よ、ソーリ」
14歳位の姉と見られる少女が、ソーリと呼ばれた弟の前で、掲げた両手をわしわしと閉じたり開いたりした。
「もう、エル! 脅かさないの」
「はーい」
肩を竦めた姉のエルは、父に話を戻す。
「それで、どうなってるの?」
「いや、心配いらないよ。もうハンターへの依頼は済ませてあるらしい。今日の昼には、討伐に来るんじゃないかな」
「なーんだ。つまんないのー」
「エル」
母は困り顔で娘を叱責する。エルは舌を出して、軽くおどけた。
「念の為、用が無ければ、今日は外に出ないようにしておきなさい」
「えー」
「エル」
「はーい」
「ソーリもね?」
「はぁい」
一家4人。他愛も無い、朝の光景。昨日と同じ、特別でないただの一日になる、はずだった。
●
一月前、その森では、大々的な狼の討伐が行われた。
腹を空かせた狼の群れが街道にまで出没し、近隣の村人に危害を加える事件が頻発していたからだ。
一日もたたずに狼達は駆逐された。数が多すぎたために、殆どの死体はその場に捨て置かれて……。
周辺の村人たちは安堵した。
もうこれで、怯える必要は無いと。
それから一月が経ち――、狼は雑魔と化していた。
●
最初は、鳥の鳴き声かと思われた。
甲高く、短い音。しゃっくりのような一瞬のつんざき。
次は、どこかで誰かが家畜でも絞めたかのように思われた。
喉からひねり出されたような、か細く、あっけないさざめき。
「ちょっと見て来る」
そう言って家を出て行った父は、1分と経たずに舞い戻って来た。鬼のような形相をして。
「逃げるぞ!! 急げ急げ!!」
「なにが――」
「雑魔だ!!」
父に急かされるままに、妻も子供二人も、何も持たずに外に出た。
そこで姉のエルが見たのは、体高2m強の巨大な狼の姿。そして、その周りを駆ける小狼の群れ。
数は、10ではきかない。20、いやもしかしたら、もっと――。
だが、ゆっくりと観察している暇など与えられなかった。
小狼の一匹がこちらへ向かってきていた。
吐き出される白い吐息。剥き出しの鋭い牙。唸る声は低く、心臓が鷲掴みにされる。
こちらを睨む怒りに燃えた瞳。片方の眼球は飛び出て、垂れ落ちそうで。
エルはその時初めて、雑魔というものを知った。
怖い。怖い。怖い……? これが、恐怖?
脚が動かない。膝が震える。指の感覚が無い。歯の根は合わず、腰が落ちそうだ。
昔、近所の悪ガキが、雑魔は地獄の使者だと知ったかぶっていた。
何を大げさな、と笑い飛ばしたかつての自分。
だが現在、相対してどうだ。
大げさ? 違う。
地獄の使者? 違う。
そんな、そんな陳腐な、生易しいものではない。ああ、頭がくらくらする。
駄目だ。駄目だ駄目だ。あれは、ダメだ。いけない。あれは、存在してはいけないものだ。この世にいては。あの存在を許してはならない。決して、人とは、相いれない、ものだ。
「走れ!!」
エルを現実に引き戻したのは、父の聞いたことも無いような怒声。あの優しく穏やかな父が。
小狼目がけて駆け出す父。自らを奮い立たせるように、腹の底から振り絞った勇気を声に転じて。
「行くわよ!」
母はエルとソーリの手を引いて走り出す。
父と狼がもつれあうように地面を転げ回るのが、視界の隅に映った。
エルがもたついたのも刹那のこと。すぐに母から弟のソーリの手を受け継ぎ、駆けた。
背に届く、父と思われる叫び声。
エルは一瞬目を瞑り、歯を食いしばって弟の手を引いた。
村のあちらこちらで響く悲鳴。馬の嘶き。日常の壊れる音は重く、重く。鈍色の雲は空から抑えつけて来るようで。
男も女も、老人も子供も問わない。逃げ遅れた者達が次々と大地に還っていく。
轟音。
遠くで、何かが崩れていく。
巨大な狼が、民家に体当たりをかましていた。
自分の家と同じ位の大きさの家が見る影も無く沈んでいくのを、エルは呆然と見た。
「エル!」
母の鋭い声に、エルは止まりそうになった足を再び動かす。
街道を越え、森へと逃げる三人。
障害物の無い平地では、足の速い狼から逃げられるはずもない。
どこか隠れられる場所を――。
森の中、つと、20mほど先行する母の脚が止まった。その目は眼前から逸れることはなく。
一歩後ずさり、後ろ手で娘に合図を送る。
エルはすぐに、ソーリの手を引いて進路を変えた。
母の前に何がいたのか、それは考えるまでも無かったからだ。
涙が滲む。
走れ走れ走れ。
早鐘が胸を叩く。息が続かない。足もつりそうだ。休みたい。一息吐きたい。腰を下ろしたい。分かってる。そんな暇は無い。
エルは駆ける。
ソーリも小さいながらに必死に姉の横を駆ける。
だが、どんなに努力しても、そこは7歳の子供。限度がある。
遅い。遅すぎる。早くしないといけないのに!
エルの胸に昏いものが浮かんだ。悪魔の囁きが耳朶を打つ。
どうするどうすればいい……どうする、どうする?
エルは驚愕した。
今、自分は何を考えた。何を考えたのだ。
弟と繋いだ手に力が入る。
離さない。絶対に、離さない。この子には、もう、私しかいないのだから。
グルル。
その音は、不思議と耳に届いた。
脚が止まる。鼓動が止まる。ソーリは身を寄せた。
対峙するのは、小狼一匹。
ハンターなら苦もしない相手なのだろう。けれど、自分はただの小娘。どうしようもない。
血流は潮騒となって耳の中で暴れ、草をはむ音が生命の終わりを告げている。
どうしようもない。どうしようも。それでも――。
掌のぬくもりが、辛うじてエルの心を繋ぎとめていた。
後ずされば、そこには崖。
8、いや10mはあるか。少し高いが、それほど急でも無い。
一か八か滑り降りれば助かるだろうか。でも、もし狼が追ってきたら……。
エルはゆっくりとしゃがみ、足元の石をそっと拾う。
「ソーリ……」
「お、おねえちゃん?」
ソーリからは、髪に隠れて、姉の顔が窺いづらい。
エルは狼から目を離さずに、優しく、だが力強く囁いた。
「生きて、必ず」
手を振りほどく。
狼が駆けだした。
宙に浮く弟の身体。
驚愕したソーリは目を見開いて。
風が吹く。
髪が浚われ、露わになる姉の横顔――そして、その微笑み。
エルの口が動く。
いきて。
ソーリの瞳に最後に映ったのは、姉に飛びかかる狼の、鋭く禍々しき邪悪な爪と牙。
その日、少年――ソーリは全てを失った。
依頼を受けたハンター達が村に到着したのは、その僅か、ほんの僅か後だった……。
ことことと音を立てる窓ガラス。
「――雑魔?」
「ああ」
妻の言葉に、男は苦い顔で肯定した。
「おかあさん、ゾウマって?」
7歳位の少年が問いかける。バラ色のほっぺたはお餅のように弾力があり、瑞々しい唇はぷるるんとしている。
「こわーい化け物よ、ソーリ」
14歳位の姉と見られる少女が、ソーリと呼ばれた弟の前で、掲げた両手をわしわしと閉じたり開いたりした。
「もう、エル! 脅かさないの」
「はーい」
肩を竦めた姉のエルは、父に話を戻す。
「それで、どうなってるの?」
「いや、心配いらないよ。もうハンターへの依頼は済ませてあるらしい。今日の昼には、討伐に来るんじゃないかな」
「なーんだ。つまんないのー」
「エル」
母は困り顔で娘を叱責する。エルは舌を出して、軽くおどけた。
「念の為、用が無ければ、今日は外に出ないようにしておきなさい」
「えー」
「エル」
「はーい」
「ソーリもね?」
「はぁい」
一家4人。他愛も無い、朝の光景。昨日と同じ、特別でないただの一日になる、はずだった。
●
一月前、その森では、大々的な狼の討伐が行われた。
腹を空かせた狼の群れが街道にまで出没し、近隣の村人に危害を加える事件が頻発していたからだ。
一日もたたずに狼達は駆逐された。数が多すぎたために、殆どの死体はその場に捨て置かれて……。
周辺の村人たちは安堵した。
もうこれで、怯える必要は無いと。
それから一月が経ち――、狼は雑魔と化していた。
●
最初は、鳥の鳴き声かと思われた。
甲高く、短い音。しゃっくりのような一瞬のつんざき。
次は、どこかで誰かが家畜でも絞めたかのように思われた。
喉からひねり出されたような、か細く、あっけないさざめき。
「ちょっと見て来る」
そう言って家を出て行った父は、1分と経たずに舞い戻って来た。鬼のような形相をして。
「逃げるぞ!! 急げ急げ!!」
「なにが――」
「雑魔だ!!」
父に急かされるままに、妻も子供二人も、何も持たずに外に出た。
そこで姉のエルが見たのは、体高2m強の巨大な狼の姿。そして、その周りを駆ける小狼の群れ。
数は、10ではきかない。20、いやもしかしたら、もっと――。
だが、ゆっくりと観察している暇など与えられなかった。
小狼の一匹がこちらへ向かってきていた。
吐き出される白い吐息。剥き出しの鋭い牙。唸る声は低く、心臓が鷲掴みにされる。
こちらを睨む怒りに燃えた瞳。片方の眼球は飛び出て、垂れ落ちそうで。
エルはその時初めて、雑魔というものを知った。
怖い。怖い。怖い……? これが、恐怖?
脚が動かない。膝が震える。指の感覚が無い。歯の根は合わず、腰が落ちそうだ。
昔、近所の悪ガキが、雑魔は地獄の使者だと知ったかぶっていた。
何を大げさな、と笑い飛ばしたかつての自分。
だが現在、相対してどうだ。
大げさ? 違う。
地獄の使者? 違う。
そんな、そんな陳腐な、生易しいものではない。ああ、頭がくらくらする。
駄目だ。駄目だ駄目だ。あれは、ダメだ。いけない。あれは、存在してはいけないものだ。この世にいては。あの存在を許してはならない。決して、人とは、相いれない、ものだ。
「走れ!!」
エルを現実に引き戻したのは、父の聞いたことも無いような怒声。あの優しく穏やかな父が。
小狼目がけて駆け出す父。自らを奮い立たせるように、腹の底から振り絞った勇気を声に転じて。
「行くわよ!」
母はエルとソーリの手を引いて走り出す。
父と狼がもつれあうように地面を転げ回るのが、視界の隅に映った。
エルがもたついたのも刹那のこと。すぐに母から弟のソーリの手を受け継ぎ、駆けた。
背に届く、父と思われる叫び声。
エルは一瞬目を瞑り、歯を食いしばって弟の手を引いた。
村のあちらこちらで響く悲鳴。馬の嘶き。日常の壊れる音は重く、重く。鈍色の雲は空から抑えつけて来るようで。
男も女も、老人も子供も問わない。逃げ遅れた者達が次々と大地に還っていく。
轟音。
遠くで、何かが崩れていく。
巨大な狼が、民家に体当たりをかましていた。
自分の家と同じ位の大きさの家が見る影も無く沈んでいくのを、エルは呆然と見た。
「エル!」
母の鋭い声に、エルは止まりそうになった足を再び動かす。
街道を越え、森へと逃げる三人。
障害物の無い平地では、足の速い狼から逃げられるはずもない。
どこか隠れられる場所を――。
森の中、つと、20mほど先行する母の脚が止まった。その目は眼前から逸れることはなく。
一歩後ずさり、後ろ手で娘に合図を送る。
エルはすぐに、ソーリの手を引いて進路を変えた。
母の前に何がいたのか、それは考えるまでも無かったからだ。
涙が滲む。
走れ走れ走れ。
早鐘が胸を叩く。息が続かない。足もつりそうだ。休みたい。一息吐きたい。腰を下ろしたい。分かってる。そんな暇は無い。
エルは駆ける。
ソーリも小さいながらに必死に姉の横を駆ける。
だが、どんなに努力しても、そこは7歳の子供。限度がある。
遅い。遅すぎる。早くしないといけないのに!
エルの胸に昏いものが浮かんだ。悪魔の囁きが耳朶を打つ。
どうするどうすればいい……どうする、どうする?
エルは驚愕した。
今、自分は何を考えた。何を考えたのだ。
弟と繋いだ手に力が入る。
離さない。絶対に、離さない。この子には、もう、私しかいないのだから。
グルル。
その音は、不思議と耳に届いた。
脚が止まる。鼓動が止まる。ソーリは身を寄せた。
対峙するのは、小狼一匹。
ハンターなら苦もしない相手なのだろう。けれど、自分はただの小娘。どうしようもない。
血流は潮騒となって耳の中で暴れ、草をはむ音が生命の終わりを告げている。
どうしようもない。どうしようも。それでも――。
掌のぬくもりが、辛うじてエルの心を繋ぎとめていた。
後ずされば、そこには崖。
8、いや10mはあるか。少し高いが、それほど急でも無い。
一か八か滑り降りれば助かるだろうか。でも、もし狼が追ってきたら……。
エルはゆっくりとしゃがみ、足元の石をそっと拾う。
「ソーリ……」
「お、おねえちゃん?」
ソーリからは、髪に隠れて、姉の顔が窺いづらい。
エルは狼から目を離さずに、優しく、だが力強く囁いた。
「生きて、必ず」
手を振りほどく。
狼が駆けだした。
宙に浮く弟の身体。
驚愕したソーリは目を見開いて。
風が吹く。
髪が浚われ、露わになる姉の横顔――そして、その微笑み。
エルの口が動く。
いきて。
ソーリの瞳に最後に映ったのは、姉に飛びかかる狼の、鋭く禍々しき邪悪な爪と牙。
その日、少年――ソーリは全てを失った。
依頼を受けたハンター達が村に到着したのは、その僅か、ほんの僅か後だった……。
リプレイ本文
何か聞こえる。
鈍い頭痛。全身の痛み。闇の中から現れたのは、覗き込む見知らぬ顔。
「だ……ぶ…かい?」
その声は、長い黒髪を後ろで纏めた、苦しげな顔をした男の人。
「ひ……は、問…無い……」
感情の乏しい金色の瞳の少女。
「良かっ……であるな」
太陽のような少女は胸をそらしていて。
耳が遠い。頭がぼんやりしている。
何が……。何のこと……?
声が出てこない。
「本当に…かった」
安堵するのは、大柄で優しそうなおにーさん。
厳しい表情をした少女のような少年に、悲しそうで辛そうに顔を歪ませている長い髪のおねーさんも。
誰……?
お父さんとお母さんは? おねえちゃんは……どこ?
意識はゆっくりと水面に浮き上がって来る――。
●時は遡り
「く、遅かったでござるか」
村に到着した一行が目にしたのは、嵐の過ぎ去った村の様子。
そこここに散らばる遺体に、天牙 龍(ka4306)は奥歯を噛み鳴らす。
シュネー・シュヴァルツ(ka0352)は僅かに表情を曇らせ、サントール・アスカ(ka2820)は一瞬眉を顰め、すぐに頭を振って妄念を振り払った。
「後手に回ってしまったようですね」
「ま、やるこたぁ変わらねえさ」
表情を変えることなく周囲を見渡す静花(ka2085)。状況が過ぎてから、なんてよくある事さと、龍崎・カズマ(ka0178)は刀を抜く。
「ええ、これ以上被害が出ないようにしないと」
鎌原 猛明(ka3958)はペットのソウルウルフ、リキの頭を撫でる。
ハンターは依頼があってから動き出すのが常。それは時にもどかしい。今回のような場合は特に。
雑魔とはいえ、狼が齎したであろう惨劇に、霧雨 悠月(ka4130)は苦いものを呑み込んだ。動物好きな彼にとってその有様は、心がぎゅっと締め付けられるようだ。
「大王たるボク達が相手になろうぞ!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)は握り拳を作って、皆を鼓舞する。
と、周囲の観察をしていた静花の視界に一つの黒い影。一匹の狼は、こちらを見ると、森の方へと走り去っていく。
静花は静かに剣を抜き放つ。
「『仕事』を全うしましょう。我々は、この惨状を嘆くために来たわけではありませんから」
痕跡を追って、狼の逃げ込んだ森を往くハンター達。
森閑として静寂が漂う森だが、どこか張りつめたような空気はぴりぴりと肌を舐める。
生き物の気配が感じられないそこは、眠りに就いた日光の下で、薄暗がりに真意を閉ざしている。
山川と街道側の二手に別れた彼らは、伝話で連携を取りながら、徐々に狼を追い詰めていく。
カサリ。
幽かに葉の泣く音がして、シュネーは足を止めた。
「私が……」
死角となっている木陰の茂みにそろそろと進む。
自らを囮にするシュネーに、手近にいた悠月はいつでもフォローできるように刀を構えた。
それの間合いに入った瞬間、シュネーは横っ飛びをして地面を転がる。
刹那、先ほどまで彼女がいた空間目がけて、大きく牙を剥いた狼が一匹が飛んでいた。
肩透かしを食らった狼に迫るのは悠月。
「僕が相手だ!」
鮮やかにえられた白狼の異名をもつ刀が、遠吠えの如き刃音を上げる。
頬を裂く切っ先。手にかかる嫌な感触。悠月の瞳が揺らいだのは気のせいか。
しかし、奮い立たせた闘争心が抑え込む。
できるのは、その亡骸を地に還してあげることだけと。
上下に両断された狼が地を滑っていく傍ら、茂みから飛び出すもう一匹の狼。
体勢の乱れた悠月に迫るその脚に、纏わりつくのは一本の鋼線。
か細い悲鳴と断ち切られた脚。
漂うは、淡い雪のような空気。背後を振り返った狼に、無情なる刃が降りた。
「私を忘れないでください……」
ふっと一息吐こうとした二人に、猛明の叫びが届く。
「こっちだ!」
索敵を行っていたソウルウルフのリキが吠えたてる。
茂みから姿を現したのは、4匹の狼。
「リキ!」
猛明の声に、リキはじりじりと後ずさる。
庇うように前に出た龍が刀を上段に構えた。
「天牙龍……推して参るでござるよ!!」
調子が悪いのか、スキルが使えないものの、昂然たる気迫に狼達の足は竦む。
筋肉が撓み、大地を穿つ。踏み込みは大胆にして苛烈。跳ね上げた土が雄弁に物語っている。
振り下ろした太刀筋に一糸の乱れ無く。豆腐を切るかのように、狼が崩れ落ちた。
目の前であっさり仲間が斬りおとされながらも、狼の戦意は消えていない。
飛びかかって来た牙を刀で受け止めた龍が弾き返す。
更に死角から強襲しようとした狼を、襲ったのは鋭い穂先。細剣エペに血が滲む。
「まさか『実践』でフェンシングをやる日が来るとはなぁ……」
「かたじけないでござる」
猛明のカバーに、傷を負った狼は後方に跳躍。その間に、反対側から回り込んでいた別の狼が、猛明へ。狙いは足。低く地を這う影が、風に乗って迫る。
猛明は右半身をすっと引く。空を噛む狼牙。僅かに姿勢を低くし、一呼吸。急所を狙い澄ましてエペを繰り出せば、心の臓を穿たれた狼はよろよろと大地に倒れた。
駆けつけたシュネーと悠月が更に一匹を屠ると、残りの一匹は逃走に転じる。
が、そこには――、回り込んで懸命に吠えたてるリキの姿。
背後から追いついた龍が一刀両断するに、苦労は無かった。
注意深く進む4人が更に二匹の狼を斬り伏せた頃、シュネーと悠月の伝話から救援の声が届いた。
「当たり……か」
「……のようだね」
カズマとサントールの前にいるのは、一際巨大な狼。そして、その周囲を取り巻く6匹の小狼。
「――向こうの班に連絡致しました」
伝話をしまうのは静花。
「アレがボスであるな。この大王たるボクと見えた以上、見逃すわけにはいかないぞ!」
ディアドラは剣と盾を構え、前へと躍り出る。
既に晒された狼の屍は二体。その中に在っても、巨狼を中心とした狼らに迷いは見られない。
以前狩りを行った際に遺骸をどこに遺棄したのか、事前に情報を入手していたカズマ達は真っ直ぐそこへと向かった。
木々がそこだけ溶け落ちたかのようにぽっかりと空いた広場。
目的の場所近くで遭遇した二匹の狼を軽く撫で斬りにしたところで、目当ての連中が現れ――。
巨狼が頤を反らす。
高く、大きく鳴り響く遠吠え。
地表を這いよる寒風が忍ぶ。深々たる森中、数拍して、ざわりと敵意を手繰り寄せた。
「囲まれておるな」
ディアドラの呟きが空気を震わせる。
4人の背後の茂みから、追加で4匹の狼。血の滴る牙を打ち鳴らし、獲物を逃がさぬように、じわりじわりと輪を描くように広がっていく。
「探す手間が省けたな」
カズマは左右に鋭い視線を配り、耳を欹てる。言葉とは裏腹に油断は一切ない。
脳内を駆け巡る想定の奔流。思考が途切れることは無く。全ては、最悪を未然に防ぐため。
巨狼が大きく息を吸い込む。
膨らんだ頬。間をおかず、凍てつく冷気が4人を襲った。
刀で冷気を打ち払うカズマと咄嗟にマントで身を隠したディアドラに対し、サントールと静花はまともにそれを浴びてしまう。
「くっ!」
「むっ」
巨狼の息吹きを合図に、周囲で様子を窺っていた小狼らが一斉に飛びかかった。
カズマの目がすっと細まる。
脚にマテリアルが流れ込み、次の瞬間姿は掻き消えた。
狼の瞳に戸惑いが浮かんだのも束の間、瓢風が脇をすり抜ける。
仄かに生暖かい風は即座に血の気振りを羽織って、しかしそれを認識することも出来ぬ内に、小狼は意識を断たれた。
サントールは襲い来る狼を華麗なステップで躱す。
凍り付いた肘。多少動きは鈍りつつも、危なげは無い。
トントンとリズム良く大地を蹴り、軽快に敵の周囲を動き回って的を絞らせない。
一方、足まで凍ってしまった静花は身動きが取れない。
肉薄する狼に回避を諦め、二刀で待ち構える。
瓢忽として吹いた風。敵の爪を掻い潜ったサントールの拳が、静花に迫る狼の後足を撃つ。
ぐらりと浮気した狼を、転瞬の間に二刀が刻んだ。
ディアドラは二匹同時の突撃に、自身よりも大きな盾を掲げて防ぐ。
堅い守りに狼は鼻面をしこたま打ち、たじろぐように後方に跳び退った。視界の片隅、再び静花に狙いをつけた狼の姿が映る。
「どうしたのだ、雑魔共よ! 怖気づいたか!」
眩き輝きを纏う肢体に、燦然たる白光のレイピアが宙を泳ぐ。静花に向かおうとしていた敵の注意がディアドラに惹きつけられた。
カズマのMURAMASAを伝う紅脈。その雫が宙に飛ぶ。
左手からの突進を前転して避け、着地と同時に右手を後ろに振るう。狼の勢いそのままに脇腹を切り開いた。
威嚇するような、重低音の唸り声。狼では無い。サントールだ。
窮屈なほどに身を屈め、前傾姿勢になった彼は、撓んだ身体のバネを解き放つ。
突如眼前に現出した存在。狼の顔に戸惑いが浮かび上がりそうになり――次の瞬間には顎が大きく空に跳ねあがっていた。
すかさず、頬にねじ込まれる左フック。骨の砕ける感触が拳を伝播し、飛び出た目玉がサントールの右拳を捉えた。
小狼を跳ね除けたディアドラに、巨狼の右前脚が振り切られる。
盾で押し留めた腕が歪む。痛みをおして、レイピアで脚を突き返した。
失血と痛苦。ボスの哮りに、周りの小狼が追従する。
俄かに疾走する小狼。大王に殺到しようとした一匹を、脇からの剣が突き通す。氷結から解放された静花だった。
エストックが胴体を貫いたかと思えば、懐まで迫ったもう一匹の狼を短剣が斬り伏せる。短く切り揃えられた髪の下の涼しげな眼。長さの異なる二刀を巧みに操るその顔に、興奮や緊張は窺えない。
残すは巨狼に小狼4匹。1分にも満たない時間で半数以上を失った。右前脚に傷を負った巨狼は、劣勢を悟る。
ボスの一吠えに背を向ける小狼。逃走に転じるつもりだ。その内の一匹の脚に鋼線が巻き付いた。
「散々遊んだろ? 逃げるなよ」
カズマがぐっと引き寄せるのに合わせて、陸に打ち揚げられた魚のように地を跳ねる。
そんな仲間に構うことなく駆けだした狼達は、しかし、すぐにその脚を止めた。
行く手に立ち塞がるは、4つの影。別班の仲間だった。
挟撃せんと駆けて来る前方の4人に、巨狼の口が動く。
頬が膨らみ始めたのを見て、シュネーと龍が声を上げた。
「来ます……」
「散るでござる!」
左右に飛び散った4人が居た場所へ凍える冷気が吹きわたる。
一時的に止まった小狼の一匹をサントールが重い拳を振り下ろし、頭蓋を撃破。
残る小狼二匹が空いた中央を抜けようと走るも、前面をリキが塞ぐ。構わず突っ込む小狼に、左右から猛明と悠月が挟み込む。
仲間の逃げ道を遮る邪魔者を蹴散らさんと、巨狼が再度頬を膨らませた。
息を吸い込むように首を後ろに引く巨狼。その口角に動揺が走る。脇腹に沈み込む一本の剣。矢の如き敏速な行動で接近した静花は、ずしりと重みのある肉と毛皮を掻き分けて、深々と剣を突き込む。
巨狼の動きが鈍る。生まれた一瞬の空白を、龍は逃さない。
「させないでござるよ!」
突き上げられる刀。切っ先は下顎から――貫通して鼻腔を抜けた。縫い止められた口腔内に、断末魔の悲鳴が籠る。
右前脚を両断するシュネー。時を同じくして、カズマも左後脚を二つに断つ。巨狼の膝が落ち、高さは2mも無い。跳躍したのは、太陽の化身。
「ボクの名は大王ディアドラ! 闇は去るのだ!」
巨狼の背に降り立った光明が、レイピアを沈ませる。
一段と大きな悲鳴が口の中で暴れ、隙間から血が吹き零れた。ぐいぐいと押し込まれる刃に、瞳はぐるりと周り、やがて白くなり――巨狼はその巨体を横たえた。
静けさの戻った森に、8人の呼吸が染み渡る。
一先ず逃がした敵はいなそうだ。後は、残敵と生存者の確認を、と一行は森の中を見て回ることにした。
ここに来るまでに、村の方の惨状は確認している。
――生存者は絶望的。けれど、ほんの僅かでも可能性がある限り、諦めたくはない。それは全員の共通の想いだった。
森の中を歩く彼らの前に、一人の遺体が現れた。
無残に食い散らかされた跡は、手足の細さから辛うじて女性と判断できるほど。
後で弔えるようにと付近の木に印を刻むシュネー。更に一行は、森を進む。
遺体はあれっきり見当たらない。森の切れ目が見えてきた。
と、森が終わる頃、崖の手前にもう一体の遺体があった。
先のものより若干小さい、恐らくは少女と思われるもの。
ここまで逃げてきて、それで――。
一同の胸に冷たいものが過ぎり、龍が抱えて運ぼうとしたそのとき、猛明が訝しむ。
「リキ?」
ソウルウルフのリキは崖下を見つめて、静かに唸っている。
覗き込んだ先、一人の小さな少年が倒れていた。
静花が脈と呼吸を確認する。皆の視線を受けて、こくりと首肯。
生きてさえいれば、人は歩むことができる。例え、孤児であっても。
ディアドラは応急処置を行う。怖がらせない為に、リキだけは崖の上で待機中だ。
全身に擦過傷はあるものの、頭部からの出血以外、さして重い傷は見当たらなかった。
あまり動かさない方がいいとのサントールの言葉に、皆は意識の回復を待つ。
もっと早く到着していれば……。彼の胸をきりきりと苛むのは、自身の決して拭えぬ過去への想い。それは、鎖のように絡みついて自縛する罪の意識。
暫しして、蠢き、瞼を開いた少年の背中を、サントールはそっと抱きかかえた。
●
意識が混濁しているのか、まだはっきりしない少年を抱きかかえ、一行は村へと戻る。道中、見つけた亡骸を集めるのも忘れずに。
村へと着いた彼らは、手厚く埋葬すべく、墓を掘り供養を捧げる。
その作業をぼうっと眺めていた少年に、横に立ったカズマは問いかけた。
「現実は見れたようだな。お前はどうする? 全て忘れるか、仇を討つか」
それは7歳の少年には酷な問いだろうが、心の救済など、当人にしか出来はしない。やれることは道を示す事位――。それは自分で、自分の力で決めなければならないのだと、厳しい道であればあるほど、そう強く思っていた。
現状把握すら怪しい少年はぼんやりとカズマを見上げ、口を開き、されど何も喋らない。
その背を、シュネーは身を削る想いで見つめていた。
少年が崖の上で亡くなっていた少女に護られたということは、容易に解った。
必死で守られた命。守ってくれた人の為にも、挫けないで欲しいと願わずにはいられない。
悠月も同様だ。先だった人達の希望が潰えることほど、哀しいことは無い。
「……君は、どうしたい?」
サントールはしゃがみ込み、目線を合わせて尋ねる。
この子の望むようにさせてあげたいとまで考えていたのは、償いの為であり、贖いの為であった。
少年はぱくぱくと口を開く。が、やはり声は無い。
ただ――小さな掌が、サントールの服の裾をぎゅっと握りしめていた。
鈍い頭痛。全身の痛み。闇の中から現れたのは、覗き込む見知らぬ顔。
「だ……ぶ…かい?」
その声は、長い黒髪を後ろで纏めた、苦しげな顔をした男の人。
「ひ……は、問…無い……」
感情の乏しい金色の瞳の少女。
「良かっ……であるな」
太陽のような少女は胸をそらしていて。
耳が遠い。頭がぼんやりしている。
何が……。何のこと……?
声が出てこない。
「本当に…かった」
安堵するのは、大柄で優しそうなおにーさん。
厳しい表情をした少女のような少年に、悲しそうで辛そうに顔を歪ませている長い髪のおねーさんも。
誰……?
お父さんとお母さんは? おねえちゃんは……どこ?
意識はゆっくりと水面に浮き上がって来る――。
●時は遡り
「く、遅かったでござるか」
村に到着した一行が目にしたのは、嵐の過ぎ去った村の様子。
そこここに散らばる遺体に、天牙 龍(ka4306)は奥歯を噛み鳴らす。
シュネー・シュヴァルツ(ka0352)は僅かに表情を曇らせ、サントール・アスカ(ka2820)は一瞬眉を顰め、すぐに頭を振って妄念を振り払った。
「後手に回ってしまったようですね」
「ま、やるこたぁ変わらねえさ」
表情を変えることなく周囲を見渡す静花(ka2085)。状況が過ぎてから、なんてよくある事さと、龍崎・カズマ(ka0178)は刀を抜く。
「ええ、これ以上被害が出ないようにしないと」
鎌原 猛明(ka3958)はペットのソウルウルフ、リキの頭を撫でる。
ハンターは依頼があってから動き出すのが常。それは時にもどかしい。今回のような場合は特に。
雑魔とはいえ、狼が齎したであろう惨劇に、霧雨 悠月(ka4130)は苦いものを呑み込んだ。動物好きな彼にとってその有様は、心がぎゅっと締め付けられるようだ。
「大王たるボク達が相手になろうぞ!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)は握り拳を作って、皆を鼓舞する。
と、周囲の観察をしていた静花の視界に一つの黒い影。一匹の狼は、こちらを見ると、森の方へと走り去っていく。
静花は静かに剣を抜き放つ。
「『仕事』を全うしましょう。我々は、この惨状を嘆くために来たわけではありませんから」
痕跡を追って、狼の逃げ込んだ森を往くハンター達。
森閑として静寂が漂う森だが、どこか張りつめたような空気はぴりぴりと肌を舐める。
生き物の気配が感じられないそこは、眠りに就いた日光の下で、薄暗がりに真意を閉ざしている。
山川と街道側の二手に別れた彼らは、伝話で連携を取りながら、徐々に狼を追い詰めていく。
カサリ。
幽かに葉の泣く音がして、シュネーは足を止めた。
「私が……」
死角となっている木陰の茂みにそろそろと進む。
自らを囮にするシュネーに、手近にいた悠月はいつでもフォローできるように刀を構えた。
それの間合いに入った瞬間、シュネーは横っ飛びをして地面を転がる。
刹那、先ほどまで彼女がいた空間目がけて、大きく牙を剥いた狼が一匹が飛んでいた。
肩透かしを食らった狼に迫るのは悠月。
「僕が相手だ!」
鮮やかにえられた白狼の異名をもつ刀が、遠吠えの如き刃音を上げる。
頬を裂く切っ先。手にかかる嫌な感触。悠月の瞳が揺らいだのは気のせいか。
しかし、奮い立たせた闘争心が抑え込む。
できるのは、その亡骸を地に還してあげることだけと。
上下に両断された狼が地を滑っていく傍ら、茂みから飛び出すもう一匹の狼。
体勢の乱れた悠月に迫るその脚に、纏わりつくのは一本の鋼線。
か細い悲鳴と断ち切られた脚。
漂うは、淡い雪のような空気。背後を振り返った狼に、無情なる刃が降りた。
「私を忘れないでください……」
ふっと一息吐こうとした二人に、猛明の叫びが届く。
「こっちだ!」
索敵を行っていたソウルウルフのリキが吠えたてる。
茂みから姿を現したのは、4匹の狼。
「リキ!」
猛明の声に、リキはじりじりと後ずさる。
庇うように前に出た龍が刀を上段に構えた。
「天牙龍……推して参るでござるよ!!」
調子が悪いのか、スキルが使えないものの、昂然たる気迫に狼達の足は竦む。
筋肉が撓み、大地を穿つ。踏み込みは大胆にして苛烈。跳ね上げた土が雄弁に物語っている。
振り下ろした太刀筋に一糸の乱れ無く。豆腐を切るかのように、狼が崩れ落ちた。
目の前であっさり仲間が斬りおとされながらも、狼の戦意は消えていない。
飛びかかって来た牙を刀で受け止めた龍が弾き返す。
更に死角から強襲しようとした狼を、襲ったのは鋭い穂先。細剣エペに血が滲む。
「まさか『実践』でフェンシングをやる日が来るとはなぁ……」
「かたじけないでござる」
猛明のカバーに、傷を負った狼は後方に跳躍。その間に、反対側から回り込んでいた別の狼が、猛明へ。狙いは足。低く地を這う影が、風に乗って迫る。
猛明は右半身をすっと引く。空を噛む狼牙。僅かに姿勢を低くし、一呼吸。急所を狙い澄ましてエペを繰り出せば、心の臓を穿たれた狼はよろよろと大地に倒れた。
駆けつけたシュネーと悠月が更に一匹を屠ると、残りの一匹は逃走に転じる。
が、そこには――、回り込んで懸命に吠えたてるリキの姿。
背後から追いついた龍が一刀両断するに、苦労は無かった。
注意深く進む4人が更に二匹の狼を斬り伏せた頃、シュネーと悠月の伝話から救援の声が届いた。
「当たり……か」
「……のようだね」
カズマとサントールの前にいるのは、一際巨大な狼。そして、その周囲を取り巻く6匹の小狼。
「――向こうの班に連絡致しました」
伝話をしまうのは静花。
「アレがボスであるな。この大王たるボクと見えた以上、見逃すわけにはいかないぞ!」
ディアドラは剣と盾を構え、前へと躍り出る。
既に晒された狼の屍は二体。その中に在っても、巨狼を中心とした狼らに迷いは見られない。
以前狩りを行った際に遺骸をどこに遺棄したのか、事前に情報を入手していたカズマ達は真っ直ぐそこへと向かった。
木々がそこだけ溶け落ちたかのようにぽっかりと空いた広場。
目的の場所近くで遭遇した二匹の狼を軽く撫で斬りにしたところで、目当ての連中が現れ――。
巨狼が頤を反らす。
高く、大きく鳴り響く遠吠え。
地表を這いよる寒風が忍ぶ。深々たる森中、数拍して、ざわりと敵意を手繰り寄せた。
「囲まれておるな」
ディアドラの呟きが空気を震わせる。
4人の背後の茂みから、追加で4匹の狼。血の滴る牙を打ち鳴らし、獲物を逃がさぬように、じわりじわりと輪を描くように広がっていく。
「探す手間が省けたな」
カズマは左右に鋭い視線を配り、耳を欹てる。言葉とは裏腹に油断は一切ない。
脳内を駆け巡る想定の奔流。思考が途切れることは無く。全ては、最悪を未然に防ぐため。
巨狼が大きく息を吸い込む。
膨らんだ頬。間をおかず、凍てつく冷気が4人を襲った。
刀で冷気を打ち払うカズマと咄嗟にマントで身を隠したディアドラに対し、サントールと静花はまともにそれを浴びてしまう。
「くっ!」
「むっ」
巨狼の息吹きを合図に、周囲で様子を窺っていた小狼らが一斉に飛びかかった。
カズマの目がすっと細まる。
脚にマテリアルが流れ込み、次の瞬間姿は掻き消えた。
狼の瞳に戸惑いが浮かんだのも束の間、瓢風が脇をすり抜ける。
仄かに生暖かい風は即座に血の気振りを羽織って、しかしそれを認識することも出来ぬ内に、小狼は意識を断たれた。
サントールは襲い来る狼を華麗なステップで躱す。
凍り付いた肘。多少動きは鈍りつつも、危なげは無い。
トントンとリズム良く大地を蹴り、軽快に敵の周囲を動き回って的を絞らせない。
一方、足まで凍ってしまった静花は身動きが取れない。
肉薄する狼に回避を諦め、二刀で待ち構える。
瓢忽として吹いた風。敵の爪を掻い潜ったサントールの拳が、静花に迫る狼の後足を撃つ。
ぐらりと浮気した狼を、転瞬の間に二刀が刻んだ。
ディアドラは二匹同時の突撃に、自身よりも大きな盾を掲げて防ぐ。
堅い守りに狼は鼻面をしこたま打ち、たじろぐように後方に跳び退った。視界の片隅、再び静花に狙いをつけた狼の姿が映る。
「どうしたのだ、雑魔共よ! 怖気づいたか!」
眩き輝きを纏う肢体に、燦然たる白光のレイピアが宙を泳ぐ。静花に向かおうとしていた敵の注意がディアドラに惹きつけられた。
カズマのMURAMASAを伝う紅脈。その雫が宙に飛ぶ。
左手からの突進を前転して避け、着地と同時に右手を後ろに振るう。狼の勢いそのままに脇腹を切り開いた。
威嚇するような、重低音の唸り声。狼では無い。サントールだ。
窮屈なほどに身を屈め、前傾姿勢になった彼は、撓んだ身体のバネを解き放つ。
突如眼前に現出した存在。狼の顔に戸惑いが浮かび上がりそうになり――次の瞬間には顎が大きく空に跳ねあがっていた。
すかさず、頬にねじ込まれる左フック。骨の砕ける感触が拳を伝播し、飛び出た目玉がサントールの右拳を捉えた。
小狼を跳ね除けたディアドラに、巨狼の右前脚が振り切られる。
盾で押し留めた腕が歪む。痛みをおして、レイピアで脚を突き返した。
失血と痛苦。ボスの哮りに、周りの小狼が追従する。
俄かに疾走する小狼。大王に殺到しようとした一匹を、脇からの剣が突き通す。氷結から解放された静花だった。
エストックが胴体を貫いたかと思えば、懐まで迫ったもう一匹の狼を短剣が斬り伏せる。短く切り揃えられた髪の下の涼しげな眼。長さの異なる二刀を巧みに操るその顔に、興奮や緊張は窺えない。
残すは巨狼に小狼4匹。1分にも満たない時間で半数以上を失った。右前脚に傷を負った巨狼は、劣勢を悟る。
ボスの一吠えに背を向ける小狼。逃走に転じるつもりだ。その内の一匹の脚に鋼線が巻き付いた。
「散々遊んだろ? 逃げるなよ」
カズマがぐっと引き寄せるのに合わせて、陸に打ち揚げられた魚のように地を跳ねる。
そんな仲間に構うことなく駆けだした狼達は、しかし、すぐにその脚を止めた。
行く手に立ち塞がるは、4つの影。別班の仲間だった。
挟撃せんと駆けて来る前方の4人に、巨狼の口が動く。
頬が膨らみ始めたのを見て、シュネーと龍が声を上げた。
「来ます……」
「散るでござる!」
左右に飛び散った4人が居た場所へ凍える冷気が吹きわたる。
一時的に止まった小狼の一匹をサントールが重い拳を振り下ろし、頭蓋を撃破。
残る小狼二匹が空いた中央を抜けようと走るも、前面をリキが塞ぐ。構わず突っ込む小狼に、左右から猛明と悠月が挟み込む。
仲間の逃げ道を遮る邪魔者を蹴散らさんと、巨狼が再度頬を膨らませた。
息を吸い込むように首を後ろに引く巨狼。その口角に動揺が走る。脇腹に沈み込む一本の剣。矢の如き敏速な行動で接近した静花は、ずしりと重みのある肉と毛皮を掻き分けて、深々と剣を突き込む。
巨狼の動きが鈍る。生まれた一瞬の空白を、龍は逃さない。
「させないでござるよ!」
突き上げられる刀。切っ先は下顎から――貫通して鼻腔を抜けた。縫い止められた口腔内に、断末魔の悲鳴が籠る。
右前脚を両断するシュネー。時を同じくして、カズマも左後脚を二つに断つ。巨狼の膝が落ち、高さは2mも無い。跳躍したのは、太陽の化身。
「ボクの名は大王ディアドラ! 闇は去るのだ!」
巨狼の背に降り立った光明が、レイピアを沈ませる。
一段と大きな悲鳴が口の中で暴れ、隙間から血が吹き零れた。ぐいぐいと押し込まれる刃に、瞳はぐるりと周り、やがて白くなり――巨狼はその巨体を横たえた。
静けさの戻った森に、8人の呼吸が染み渡る。
一先ず逃がした敵はいなそうだ。後は、残敵と生存者の確認を、と一行は森の中を見て回ることにした。
ここに来るまでに、村の方の惨状は確認している。
――生存者は絶望的。けれど、ほんの僅かでも可能性がある限り、諦めたくはない。それは全員の共通の想いだった。
森の中を歩く彼らの前に、一人の遺体が現れた。
無残に食い散らかされた跡は、手足の細さから辛うじて女性と判断できるほど。
後で弔えるようにと付近の木に印を刻むシュネー。更に一行は、森を進む。
遺体はあれっきり見当たらない。森の切れ目が見えてきた。
と、森が終わる頃、崖の手前にもう一体の遺体があった。
先のものより若干小さい、恐らくは少女と思われるもの。
ここまで逃げてきて、それで――。
一同の胸に冷たいものが過ぎり、龍が抱えて運ぼうとしたそのとき、猛明が訝しむ。
「リキ?」
ソウルウルフのリキは崖下を見つめて、静かに唸っている。
覗き込んだ先、一人の小さな少年が倒れていた。
静花が脈と呼吸を確認する。皆の視線を受けて、こくりと首肯。
生きてさえいれば、人は歩むことができる。例え、孤児であっても。
ディアドラは応急処置を行う。怖がらせない為に、リキだけは崖の上で待機中だ。
全身に擦過傷はあるものの、頭部からの出血以外、さして重い傷は見当たらなかった。
あまり動かさない方がいいとのサントールの言葉に、皆は意識の回復を待つ。
もっと早く到着していれば……。彼の胸をきりきりと苛むのは、自身の決して拭えぬ過去への想い。それは、鎖のように絡みついて自縛する罪の意識。
暫しして、蠢き、瞼を開いた少年の背中を、サントールはそっと抱きかかえた。
●
意識が混濁しているのか、まだはっきりしない少年を抱きかかえ、一行は村へと戻る。道中、見つけた亡骸を集めるのも忘れずに。
村へと着いた彼らは、手厚く埋葬すべく、墓を掘り供養を捧げる。
その作業をぼうっと眺めていた少年に、横に立ったカズマは問いかけた。
「現実は見れたようだな。お前はどうする? 全て忘れるか、仇を討つか」
それは7歳の少年には酷な問いだろうが、心の救済など、当人にしか出来はしない。やれることは道を示す事位――。それは自分で、自分の力で決めなければならないのだと、厳しい道であればあるほど、そう強く思っていた。
現状把握すら怪しい少年はぼんやりとカズマを見上げ、口を開き、されど何も喋らない。
その背を、シュネーは身を削る想いで見つめていた。
少年が崖の上で亡くなっていた少女に護られたということは、容易に解った。
必死で守られた命。守ってくれた人の為にも、挫けないで欲しいと願わずにはいられない。
悠月も同様だ。先だった人達の希望が潰えることほど、哀しいことは無い。
「……君は、どうしたい?」
サントールはしゃがみ込み、目線を合わせて尋ねる。
この子の望むようにさせてあげたいとまで考えていたのは、償いの為であり、贖いの為であった。
少年はぱくぱくと口を開く。が、やはり声は無い。
ただ――小さな掌が、サントールの服の裾をぎゅっと握りしめていた。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/08 02:35:20 |
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作戦相談場 鎌原 猛明(ka3958) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/03/12 06:03:43 |