ゲスト
(ka0000)
後悔先に立たず
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/16 09:00
- 完成日
- 2015/03/25 02:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
極彩色の街ヴァリオス。
その大衆商店区に店を構えるアミーコ商店内で、午前中から一人の男が溜息を吐いていた。
「アン、ちょっと買い出しに行っとくれ」
「あい」
ふくよかな女将に命じられ、男は近所の店へ向かう。
彼の名はアン・ビツィオーネ。まだ年若い赤毛の青年だ。鶏冠のように髪を突き立て、鋭い目つきが初対面には受けが悪いが、中身はそれほど尖ってはいない。ちょっと元気な兄ちゃんといった風情で、根は善良なのである。
けれど、最近の彼は少し元気がない。
普段なら「アン」と呼ばれようものなら、「ビッツィって呼んでくれって言ってるでしょうに!」と必ず物言いが入るであろうに。
「すんませーん。このザル一つ、いいっすか」
「はいはい、只今」
ザルを一つ買い受け、アンは店へと戻る。その足取りは常より重い。
というのも、先日彼は仕事でうっかりミスをしてしまった。
関係各位に頭を下げて回ったが、商売人たる彼らは早々に許してはくれず、女将は女将で素知らぬ顔。
どうしたものか、と思案していたところに――声がかかった。
「おい、アン!」
「あん?」
そんなアンを呼び止めたのは、同年代のキザったらしい男。艶やかな黒髪を風に靡かせ、血色の良い頬は育ちの良さを窺わせる。
「へぇ……言い返す気力も無しってわけか。こりゃあいい!」
ははは、と男が高らかに笑うと、その取り巻きらしき屈強な男達も釣られて笑った。
「……何か用か、ジェロ」
「君のへこんだ面が見たくてね。身の程が分かったようで、ボクは嬉しいよ」
ジェロと呼ばれた男は一段と大きな笑い声を上げる。
アンは何か言い返そうと口を開いたが、すぐに噤んでしまった。周りの目が気になったのだ。
「じゃ、ボクはもう行くよ。君と違って、自分の店が忙しいからね」
ははは、と哄笑を残して、ジェロとその取り巻きは去っていく。
ざわざわと賑やかな商店街の中を、アンは足早に通り抜けた。
店に戻ってくると、女将が小太りなおっさんと何やら難しい顔をして話し込んでいた。
おっさんが去るのを待って、アンは女将に尋ねる。
「明日イベントがあったろ?」
「ああ、イチゴの奴っすか」
もうじき旬を迎えるイチゴ。
大衆商店区内に複数ある商店街の内、ジェオルジから取り寄せたそれを協力して売り込もうという、この界隈内に限り行われる季節初めの催しのことだ。
このイベントには例年4,50の店が参加することとなっている。
「それがね、輸送していた船が座礁して、荷を全て廃棄しちゃったらしいんだよ」
「えええ!?」
一報が届いたのが今朝のこと。イベントは明日の昼からの予定だ。
「それでさっきウチに用意できないか相談に来たってわけさ」
「用意って……結構な量っすよね?」
「そりゃあね。この商店街全体でアピールしていく予定だったんだから」
店の数は数十は下らない。
アミーコ商店にも少量のイチゴはあるが、とても融通できる量ではない。
「どうすんです? 中止っすか?」
女将はアンをじっと見つめる。
「な、なんすか?」
「これは独り言だけどね」と女将は前置きして言った。「もし、この事態を誰かが打開出来たら――、そいつの評価はぐっと上がるだろうね」
「!」
アンの目が俄かに見開く。
「おばさん! ちょっと早退していいっすか!?」
返事を聞く間もなく、アンは外へ走り出していた。
女将は苦笑して仕事へ戻った。
●ファルソ爺
ヴァリオス郊外。
「爺さん! いるんだろ! 早く開けてくれ!」
アンはがんがんと民家の扉を叩く。
少しして開いた扉から、今にも舌打ちしそうな老爺が姿を見せた。アミーコ商店とは長年の付き合いがあり、仕入先の一つで、農家を営む気難しい爺――ファルソだ。
「なんじゃ。女にでも追われて――」
「イチゴ!」
「は?」
「イチゴ無いか!? 大量に必要なんだ!」
「藪から棒になんじゃ。ちゃんと説明しろ」
手短に説明したアンに、ファルソ爺は、ふむと顎に手をやった。
「どうなんだよ!? あるのか、ないのか」
「喧しい奴じゃの。無い……」と言った瞬間、アンの顔面は給料袋を紛失してしまったのに気が付いた時と同じ位蒼白になったが、「……ここにはな」と付け加えられたことで、アミーコ商店にそれが届けられていたのを知った時と同じ位気を持ち直した。
「どこにならあるんだ!?」
「サナ・ダシロー」
「サナ婆……」
サナ婆とは、隣町に住む老婆のこと。頑固で有名だが、ファルソ爺の紹介なら、無理を言っても大丈夫だろう。一度だけなら。
「馬なら――行きは駆けて、帰りは歩きとなれば――今から出れば、明日の昼前には何とか帰って来られるじゃろ」
「ぎりぎりか……」
「ただな……」
「?」
「それはあくまでも近道を通った場合の話じゃ。普通の街道を行くなら、早くとも明日の夜になってしまうわ」
「? 近道通ればいいだけなんだろ? 問題あんのか?」
「コボルドが出る」
「!?」
「丁度中間の辺りにある森のどこかに、最近棲みついたらしい。数が多いそうじゃから、今は避けた方が良い。腹を空かして、道行く者を手当たり次第に襲っとる。普通の街道を行くしかないというわけじゃ」
「けど、それじゃあ!」
「行きも帰りも馬で駆けるなら、通常の街道でも十分昼前に戻って来れるぞ。まあ、運べる量はたかが知れているがの」
荷崩れの心配もあるしのう、とファルソ爺は豊かな顎鬚を撫でた。
「……近道を行けば間に合うんだよな?」
「そうじゃが」
アンの頭に閃いたのは、彼ら――ハンターの姿だ。
ハンターなら、護衛をしつつ安全に抜けることも可能だろう。運搬の人手にもなる。
近道を行く気らしいアンにファルソ爺は眉を顰めたが、止める義理もない。
「そこのコボルドは今の所夜間にしか街道に姿を現さんらしい」
つまり、遭遇するなら帰り……。敵の数が多く、荷があるとあっては、かなり厄介だろう。
「……お主、馬車はあるのか?」
「無いな。馬も一頭しか無えけど、何とかなるだろ。出来る限り、持ち帰ってやらぁ」
っつうか、何とかしねぇといけないんだ、とアンは不退転の覚悟を決めた。
その大衆商店区に店を構えるアミーコ商店内で、午前中から一人の男が溜息を吐いていた。
「アン、ちょっと買い出しに行っとくれ」
「あい」
ふくよかな女将に命じられ、男は近所の店へ向かう。
彼の名はアン・ビツィオーネ。まだ年若い赤毛の青年だ。鶏冠のように髪を突き立て、鋭い目つきが初対面には受けが悪いが、中身はそれほど尖ってはいない。ちょっと元気な兄ちゃんといった風情で、根は善良なのである。
けれど、最近の彼は少し元気がない。
普段なら「アン」と呼ばれようものなら、「ビッツィって呼んでくれって言ってるでしょうに!」と必ず物言いが入るであろうに。
「すんませーん。このザル一つ、いいっすか」
「はいはい、只今」
ザルを一つ買い受け、アンは店へと戻る。その足取りは常より重い。
というのも、先日彼は仕事でうっかりミスをしてしまった。
関係各位に頭を下げて回ったが、商売人たる彼らは早々に許してはくれず、女将は女将で素知らぬ顔。
どうしたものか、と思案していたところに――声がかかった。
「おい、アン!」
「あん?」
そんなアンを呼び止めたのは、同年代のキザったらしい男。艶やかな黒髪を風に靡かせ、血色の良い頬は育ちの良さを窺わせる。
「へぇ……言い返す気力も無しってわけか。こりゃあいい!」
ははは、と男が高らかに笑うと、その取り巻きらしき屈強な男達も釣られて笑った。
「……何か用か、ジェロ」
「君のへこんだ面が見たくてね。身の程が分かったようで、ボクは嬉しいよ」
ジェロと呼ばれた男は一段と大きな笑い声を上げる。
アンは何か言い返そうと口を開いたが、すぐに噤んでしまった。周りの目が気になったのだ。
「じゃ、ボクはもう行くよ。君と違って、自分の店が忙しいからね」
ははは、と哄笑を残して、ジェロとその取り巻きは去っていく。
ざわざわと賑やかな商店街の中を、アンは足早に通り抜けた。
店に戻ってくると、女将が小太りなおっさんと何やら難しい顔をして話し込んでいた。
おっさんが去るのを待って、アンは女将に尋ねる。
「明日イベントがあったろ?」
「ああ、イチゴの奴っすか」
もうじき旬を迎えるイチゴ。
大衆商店区内に複数ある商店街の内、ジェオルジから取り寄せたそれを協力して売り込もうという、この界隈内に限り行われる季節初めの催しのことだ。
このイベントには例年4,50の店が参加することとなっている。
「それがね、輸送していた船が座礁して、荷を全て廃棄しちゃったらしいんだよ」
「えええ!?」
一報が届いたのが今朝のこと。イベントは明日の昼からの予定だ。
「それでさっきウチに用意できないか相談に来たってわけさ」
「用意って……結構な量っすよね?」
「そりゃあね。この商店街全体でアピールしていく予定だったんだから」
店の数は数十は下らない。
アミーコ商店にも少量のイチゴはあるが、とても融通できる量ではない。
「どうすんです? 中止っすか?」
女将はアンをじっと見つめる。
「な、なんすか?」
「これは独り言だけどね」と女将は前置きして言った。「もし、この事態を誰かが打開出来たら――、そいつの評価はぐっと上がるだろうね」
「!」
アンの目が俄かに見開く。
「おばさん! ちょっと早退していいっすか!?」
返事を聞く間もなく、アンは外へ走り出していた。
女将は苦笑して仕事へ戻った。
●ファルソ爺
ヴァリオス郊外。
「爺さん! いるんだろ! 早く開けてくれ!」
アンはがんがんと民家の扉を叩く。
少しして開いた扉から、今にも舌打ちしそうな老爺が姿を見せた。アミーコ商店とは長年の付き合いがあり、仕入先の一つで、農家を営む気難しい爺――ファルソだ。
「なんじゃ。女にでも追われて――」
「イチゴ!」
「は?」
「イチゴ無いか!? 大量に必要なんだ!」
「藪から棒になんじゃ。ちゃんと説明しろ」
手短に説明したアンに、ファルソ爺は、ふむと顎に手をやった。
「どうなんだよ!? あるのか、ないのか」
「喧しい奴じゃの。無い……」と言った瞬間、アンの顔面は給料袋を紛失してしまったのに気が付いた時と同じ位蒼白になったが、「……ここにはな」と付け加えられたことで、アミーコ商店にそれが届けられていたのを知った時と同じ位気を持ち直した。
「どこにならあるんだ!?」
「サナ・ダシロー」
「サナ婆……」
サナ婆とは、隣町に住む老婆のこと。頑固で有名だが、ファルソ爺の紹介なら、無理を言っても大丈夫だろう。一度だけなら。
「馬なら――行きは駆けて、帰りは歩きとなれば――今から出れば、明日の昼前には何とか帰って来られるじゃろ」
「ぎりぎりか……」
「ただな……」
「?」
「それはあくまでも近道を通った場合の話じゃ。普通の街道を行くなら、早くとも明日の夜になってしまうわ」
「? 近道通ればいいだけなんだろ? 問題あんのか?」
「コボルドが出る」
「!?」
「丁度中間の辺りにある森のどこかに、最近棲みついたらしい。数が多いそうじゃから、今は避けた方が良い。腹を空かして、道行く者を手当たり次第に襲っとる。普通の街道を行くしかないというわけじゃ」
「けど、それじゃあ!」
「行きも帰りも馬で駆けるなら、通常の街道でも十分昼前に戻って来れるぞ。まあ、運べる量はたかが知れているがの」
荷崩れの心配もあるしのう、とファルソ爺は豊かな顎鬚を撫でた。
「……近道を行けば間に合うんだよな?」
「そうじゃが」
アンの頭に閃いたのは、彼ら――ハンターの姿だ。
ハンターなら、護衛をしつつ安全に抜けることも可能だろう。運搬の人手にもなる。
近道を行く気らしいアンにファルソ爺は眉を顰めたが、止める義理もない。
「そこのコボルドは今の所夜間にしか街道に姿を現さんらしい」
つまり、遭遇するなら帰り……。敵の数が多く、荷があるとあっては、かなり厄介だろう。
「……お主、馬車はあるのか?」
「無いな。馬も一頭しか無えけど、何とかなるだろ。出来る限り、持ち帰ってやらぁ」
っつうか、何とかしねぇといけないんだ、とアンは不退転の覚悟を決めた。
リプレイ本文
イベントは明日の昼。
時間との勝負とあっては、のんびりともしていられない。
「クリスティンだ。よろしく頼む」
アンと握手を交わしたクリスティン・ガフ(ka1090)は、早速緩衝材に使えそうな材木や布を縄で縛り、纏め始める。
「あまり猶予は無さそうですが」
「うん、僕も頑張るよ!」
その隣で屋外(ka3530)は木箱を元に犬ぞりの製作を、銀 桃花(ka1507)は多量の草花を事前に箱に詰めていく。荷馬車で運ぶ分には、移動でごちゃごちゃになってしまうこともないだろう。
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)とゲルト・フォン・B(ka3222)、マリアンナ・バウアール(ka4007)は足早に商店街を往く。
『苺の使用方法と使用量を教えてください!』
突き出されたスケッチブックに答えるのは、イベントに参加予定の店の店主。
聞き取った話から、見た目や形を重視するかどうかで記録を分け、型崩れした苺でも構わなそうな店には、少々の値引きを滲ませる。入荷の情報も忘れずに伝えて、エヴァは商店街を駆け回った。
ゲルトとマリアンナは、アンを伴ってこの界隈の宅配を一手に担っている運送屋「ランポ」の戸を叩く。
「唐突ですまないが……」
透き通ったゲルトの空色の瞳に魅入っていた店主は、ハッとして首を横に振った。急に言われても遊ばせているものは無い、という店主に、マリアンナは十分なお金と万が一壊した場合の弁償も行うと頼み込む。
「お祭りの為にもどうしても必要なんです。私達じゃ信用できないなら――」
と、アンを示す。無論、アンと店主は顔見知りだ。
「俺からも頼んます。どうにかならないすか?」
「うーん……」
「そこを何とか、頼む」
真摯な瞳を向けるゲルトときらきらしたサファイアのような瞳で見つめて来るマリアンナ。店主は避けるように視線を下にずらし、マリアンナの肢体が目に入って、ごくりと喉を鳴らした。真剣な彼女は気が付いていないようだったが。
「そ、そういうことなら……」
粘った交渉の末、二人の誠意が通じて、何とか荷車と荷馬車を一台ずつ借り受けることに成功した。
懐からお金を取り出そうとしたマリアンナを、アンは手で制する。少しばかり痛いところだが、背に腹はかえられない。元々自分のせいでもあるのだ。
3人が店に戻れば、丁度彼らの準備も終わったところのようで、6人は手分けして荷物を積み込んでいく。
「ゴマちゃん、と言ったか。碌に休憩も取れない行程だ。中々ハードだが、今回はよろしくな」
クリスティンは一日限りの相棒となる白馬の鬣を撫で、勢いよく騎乗する。
「アン……じゃなかった、ビツィオーネさん。ちょっとしんどい道中になるかもだけど、宜しくなんだよ!」
「ああ、覚悟の上だ」
荷馬車の床に毛布を敷きつめ終わった桃花とアンは荷馬車に乗り込み、ノアール=プレアール(ka1623)もよっこいしょと同乗した。アンを荷馬車に乗せることで、休憩は取らないでいくつもりのようだ。
馬は、屋外とゲルトが借り合わせたものを含めて全部で9頭。
荷馬車で二頭、荷車で一頭、残り6人で一頭ずつで丁度、ぎりぎりだ。
依頼を受けてから20分。まだ聞き込みを続けているエヴァを置いて、一同は先にサナ婆の下へと向かった。
●サナ婆
暮れなずむ頃、先に着いたのは、馬で駆けた屋外、クリス、ゲルト、セシル・ディフィール(ka4073)の4人。
ペットの犬鷲イグニィを飛ばし、空から先行して周囲への警戒を行ったセシルのお陰もあって、時間的ロスは最小限に留められ、準備にかかった20分の時間を取り戻していた。
そして、サナ婆の家の戸を叩き、訝しむ目をぶつけられる。アンがいなかった。
「これは、困ったな」
強行軍と連日の仕事に肩をバキバキと回すクリス。さらしから解放され、スースーする胸元に滲んだ汗をパタパタと仰ぐ。
「そうですね……」
屋外は目を閉じ、うーんと唸る。
「まだ繋がりませんね。じっと待っているのも、時間がもったいないですし」
「そうだな。言葉を尽くすしかあるまい」
アンと共に荷馬車に乗るノアール達に伝話を一つ預けてはきたが、圏外のようだ。
セシルは伝話を手に眉尻を下げ、ゲルトは胸を張ってサナ婆に向き直る。
交渉や話術に長けた者はこの中にはいなかったが、礼儀正しさ故に耳を傾けてもらうことはできた。10分の後、漸くサナ婆から許可が下りる。
「もしよろしければ、藁を頂けないでしょうか?」
セシルの伺いに、サナ婆は納屋を顎で示し、好きにしなとだけ告げた。
礼を言って一抱えの藁を運んでくると、セシルは箱の側面と底に敷き始める。草花よりもしっかりしている分、緩衝材としての効果は期待できそうだ。
「なるほど」と呟いたクリスは一瞬黙考し「私は藁を運ぼう。屋外とゲルトは苺を並べて貰えないだろうか?」と提案。
「分担した方が効率は良さそうですね」
「そうだな。了解だ」
屋外とゲルトは手分けして、セシルが藁を敷きつめた箱に苺を並べていく。
「後はこうして――」
並べられた苺の上からもう一度藁を被せて、セシルはしっかりと蓋を閉じる。
更に10分が経過し、桃花とノアール、アンとマリアンナに追いついたエヴァが滑り込む。
「お待たせ、なのよっ!」
「あらあら、もう随分進んでいるのねー」
先に到着していた4人は、既に6箱を完成させていた。
箱詰め作業に間に合わせる為休憩を挟まずに来たせいで、マリアンナとエヴァは若干お疲れ気味だ。
「これが苺……」
辺境から出てきたばかりのマリアンナ物珍しそうに眺め、エヴァは息を整えつつ、ささっとスケッチブックにペンを走らせる。
『2割位は型崩れしても大丈夫みたい』
「でしたら、その分の箱は緩衝材を少な目にして、苺を多めにしましょうか」
藁の敷きつめを終えたセシルに、藁を運び終えたクリスも頷く。
時間的猶予は余り無いが、後から来た箱には既に草花が敷かれている。一から始めるよりも短縮できよう。
「おいしそーだなあ」
桃花は思わず喉鼓を鳴らしながらも、苺と草花を層になるように交互に並べる。他の者達もそれに倣い、せっせと作業に勤しんだ。
「荷馬車用のは、緩衝材は多めに入れておきましょー」
急いでいる感じのしないゆったりとした口調のノアールを、クリスはちらと横目で見やる。
「それがいいな。……ノアール、苺が好きなのか?」
「? ええ、ジャムにして、パンとセットにしたら――」
「苺を口元まで持ち上げているのはなぜでしょう」
屋外の指摘に、ノアールの手が止まる。
『つまみ食いは良くないと思う』
「気持ちはすっごく良く分かるのよ?」
「ジャムもいいですけど、そのままでも――」
メッと叱るようなエヴァと賛意を示す桃花。セシルは一人ずれた点でうんうんと頷いている。
「色んな食べ方があるんだね」
「ふむ、主様もお好きなのだろうか……」
お菓子と言えば干した果物というマリアンナと騎士たるゲルトが想いを馳せる中、「あらー? さすがにそこまでしないわよー」と、ノアールは澄ましたように背筋を伸ばして苺を箱に戻した。
時折談笑しながらも、互いに作業進捗を報告し迅速に進める彼らであったが、大事な事を決め忘れていた。それは、どれだけ苺を運ぶのか、という点だ。
箱の数も緩衝材も苺も十分にある。荷馬車や荷車のお陰で、運搬できる量は限りなく多い。けれど、時間は有限である。
「そろそろ出発しないと不味くねえか?」
アンがそうぼやいたのは、総計32箱、数は1300個も多く、予定より10分ほど超過しようかという頃合いだった。
「むう、つい熱中してしまったな」
「へーきへーき! 帰りも休憩無しだから!」
手を止めたクリス。桃花はにっこりと笑って、アンを見る。といっても、荷馬車だからそう疲れることも無い。
「積み込み作業に移りましょう」
「私は馬に荷を括るか」
屋外とゲルトが動き出すのに合わせ、皆も荷積みへ移った。
「なるべく隙間ができないようにね!」
「こう、か?」
桃花に指示を仰ぎながら、クリスは力仕事を引き受ける。
厚手の毛布が敷かれた荷台に木箱を乗せ、その上から毛布とノアールが供出した大型のテントを被せて日射と荷崩れをなるべく防ぐ。ロープでぎゅうっときつく固定すれば、後は祈るだけだ。
荷馬車や荷台、犬ぞりにそれぞれ何箱積むかは決めていなかったが、アンの意見を参考に振り分けることにした。型崩れしても良い苺は、エヴァの馬の背に4箱纏めてくくりつけ、自身も二つ折りに改良した箱を一つ背負い、ロープで動かないように絡ませる。
「サナ婆さん、ありがとうございました、なの!」
深々と頭を下げる桃花に、サナ婆は「……何かあったら、また来な」とだけ答えて家の中に戻っていった。
「また向こうで会いましょー」
荷台から手を振るノアール。
ノアールと桃花、アンの乗る荷馬車は通常の街道へ。それ以外は近道を行く。またヴァリオスで無事に再会できることを願って、双方は帰路に着いた。
●
荷車と犬ぞりを中心に円陣を組んで進む近道の6人。
踏み固められた土の上を、ランタンを掲げたエヴァを先頭にして徒歩で行く。
夜闇はしっとりと街道を濡らし、人の気配の絶えた道はコツコツと土を打つ足音がやけに大きく響く。
何時間かが経ち、コボルドが出るという森の傍を通過する。
エヴァは足跡などの痕跡が無いか、ランタンで照らし上げ、セシルは肩に乗せた犬鷲のイグニィの動向に気を配る。夜目が効かなくとも、気配には人より敏感であろう。
「ちょっと待って」
マリアンナは皆を止めて、先行偵察を行おうとする。行きの際に、視界の悪い場所を確認しておいたのだ。
「あ、マリアンナ殿」
呼び止めたのは、屋外。きょとんとしたマリアンナに、屋外はランタンを手渡す。
明かりを持ってきていない彼女では、この暗がりの中では確認も困難だろう。
「ありがとう」
少しして確認を終えたマリアンナのOKサインを得て、再び一行は歩き出す。
何度かそれを繰り返したところで、セシルの肩のイグニィが反応した。
森の奥に灯りを向ける。姿は見えないが、ハンター達にはただならぬ空気が蟠っているのが感じられた。
「いるな」
警戒を露わにするゲルトに、エヴァはこくりと頷く。
「多少動きづらいが、やむを得ないか」
クリスは胸元を気にしつつも、相棒のゴマちゃんを庇うように立つ。武器を置いてきたために、戦闘は仲間に任せる腹積もりだ。
かさかさと葉擦れの音がさざ波立ち、黒い影が森の中で蠢いた。
一方、荷馬車を駆る3人の方では。
「えーと、アンちゃん」と言いかけたノアールに、荷台からアンがぎろりと鋭い目つきを覗かせたため、「……ビッツィちゃん、具合はだいじょうぶ? お水飲む?」と、ノアールは言い直す。
「へ、へい――ぅぷ」
アンは酔っていた。当初は俺の問題だからと御者を勇ましく引き受けていたが、今では桃花が手綱を握っている。
「あらあら」
ノアールの隣で、桃花はじっと前を見据えている。ライトの灯りはあるものの、夜道で結構な速度を出すのはかなり危険なことだ。一歩間違えれば大惨事、集中せねばならない。
「……お馬さんに運動強化かけたら、素早くなったり――なんてね」
ノアールはちらりと荷台を見て、お腹を一擦り。気を紛らわすために本でも読んでいたいところだが、残念ながら明かりは無い。我慢我慢と、地面の凹凸やぶつかりそうな所が無いか脇で確認を続けた。
●
クリスとゲルト、マリアンナが荷と馬を守るように陣取り、先を急ぐ。休憩無しの強行軍とはいえ、時間に余裕は無いのだ。
殿につきライフルで一匹ずつ倒していく屋外に対し、後方からセシルとエヴァがスリープクラウドで眠りに落とす。
「先に行ってください。自分は残ってコボルドを殲滅します」
背を向けたままの屋外に、セシルとエヴァは一度顔を見合わせ、先行した3人を追う。
少し間を置いて、騎乗したクリスが駆けてきた。荷車に荷を一時的に移して。
「屋外殿、あまり無茶をしない方が良い」
コボルドは一撃で屠れるほどの雑魚だが、数が不明である以上、囲まれれば消耗は必至だ。
有無を言わさず引きずり上げ、クリスと屋外は皆の下へ戻った。
日は昇り、翌午前。
通常の街道を行く者達の脇を、疾駆する荷馬車が通り過ぎていく。
「通りますよー。気を付けてねー」
「危ないよー!」
御者台に座るノアールと荷台の桃花が通行人に呼びかける。手綱を握るのは、回復したアン。たどたどしい手つきだが、気合いだけは十分だ。
荷にも注意を払う桃花に、やっと読めるようになった本を膝に置いたノアール。
お昼まではもうすぐだ。
●
イベント開始の20分前。
近道を行った6人がヴァリオスに戻って来た時には、既に荷卸しの最中の3人の姿があった。クリス達も急いでそれに加わる。
十分な対処がしてあったため、荷崩れしていたものは全体の1割強。当初予定した分量に限ってみれば、全て無事に運ぶことができた。
「ジャムにしてみては如何でしょうか?」
「コンポートもいいと思うわ!」
型崩れした苺の処理方法を提案するセシルと桃花に、割引するので引き取ってもらえないか尋ねるマリアンナ。
「アイデアありがとよ! 値段の方は心配するな」
苺を受け取った店主らは、鷹揚に応じる。それもエヴァが事前に根回しを行っていた故だ。
「皆、お疲れ様。ゴマちゃんもな」
クリスの労いに、一仕事終えた一同はどっと押し寄せた疲労を吐き出す。
そんな彼らに差し出されたのは、ちょっと形の崩れた苺で溢れた皿。
「あんたらのお陰だ。助かった」
「良いのですか?」
屋外に、アンははっきり首肯する。
「ああ、予定より大分多く持って帰って来れたしな。それに、疲れには甘いものって言うだろ?」
「わーい♪」
「では遠慮なく頂こう」
甘いものに目が無い桃花とクリスに続いて、マリアンナとセシルも手を伸ばす。
「もぐもぐ、うーん、程よい甘酸っぱさが、甘すぎないでいいね」
「イグニィも食べられたら良かったのだけれど」
見る間に減っていく苺の山に屋外は苦笑して、「主様にも持って帰れたら良かったのだが」とゲルトも口に運ぶ。
「あー美味しいわー」
ほっぺを押さえて呟くノアール。空腹は最高の調味料、というだけでなく、元々の苺も十分美味しい。だけれども――。
「ジャ――」
「ジャムじゃなくて悪いけどな」
遮ったアンはにやりと笑って、ノアールの摘まんだ苺を奪う。向かった先はスケッチブックを手にした少女。
苺の皿を囲み、頬を膨らませた桃花とクリス。しげしげと苺を見つめるマリアンナに、肩のイグニィに話しかけるセシル。屋外とゲルトは一つずつ丁重に口に運び苦笑い、苺を奪われたノアールはきょとんと。
そんな光景を絵に収めていたエヴァの小さな口に、アンは苺を一つ放り込んだ。
時間との勝負とあっては、のんびりともしていられない。
「クリスティンだ。よろしく頼む」
アンと握手を交わしたクリスティン・ガフ(ka1090)は、早速緩衝材に使えそうな材木や布を縄で縛り、纏め始める。
「あまり猶予は無さそうですが」
「うん、僕も頑張るよ!」
その隣で屋外(ka3530)は木箱を元に犬ぞりの製作を、銀 桃花(ka1507)は多量の草花を事前に箱に詰めていく。荷馬車で運ぶ分には、移動でごちゃごちゃになってしまうこともないだろう。
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)とゲルト・フォン・B(ka3222)、マリアンナ・バウアール(ka4007)は足早に商店街を往く。
『苺の使用方法と使用量を教えてください!』
突き出されたスケッチブックに答えるのは、イベントに参加予定の店の店主。
聞き取った話から、見た目や形を重視するかどうかで記録を分け、型崩れした苺でも構わなそうな店には、少々の値引きを滲ませる。入荷の情報も忘れずに伝えて、エヴァは商店街を駆け回った。
ゲルトとマリアンナは、アンを伴ってこの界隈の宅配を一手に担っている運送屋「ランポ」の戸を叩く。
「唐突ですまないが……」
透き通ったゲルトの空色の瞳に魅入っていた店主は、ハッとして首を横に振った。急に言われても遊ばせているものは無い、という店主に、マリアンナは十分なお金と万が一壊した場合の弁償も行うと頼み込む。
「お祭りの為にもどうしても必要なんです。私達じゃ信用できないなら――」
と、アンを示す。無論、アンと店主は顔見知りだ。
「俺からも頼んます。どうにかならないすか?」
「うーん……」
「そこを何とか、頼む」
真摯な瞳を向けるゲルトときらきらしたサファイアのような瞳で見つめて来るマリアンナ。店主は避けるように視線を下にずらし、マリアンナの肢体が目に入って、ごくりと喉を鳴らした。真剣な彼女は気が付いていないようだったが。
「そ、そういうことなら……」
粘った交渉の末、二人の誠意が通じて、何とか荷車と荷馬車を一台ずつ借り受けることに成功した。
懐からお金を取り出そうとしたマリアンナを、アンは手で制する。少しばかり痛いところだが、背に腹はかえられない。元々自分のせいでもあるのだ。
3人が店に戻れば、丁度彼らの準備も終わったところのようで、6人は手分けして荷物を積み込んでいく。
「ゴマちゃん、と言ったか。碌に休憩も取れない行程だ。中々ハードだが、今回はよろしくな」
クリスティンは一日限りの相棒となる白馬の鬣を撫で、勢いよく騎乗する。
「アン……じゃなかった、ビツィオーネさん。ちょっとしんどい道中になるかもだけど、宜しくなんだよ!」
「ああ、覚悟の上だ」
荷馬車の床に毛布を敷きつめ終わった桃花とアンは荷馬車に乗り込み、ノアール=プレアール(ka1623)もよっこいしょと同乗した。アンを荷馬車に乗せることで、休憩は取らないでいくつもりのようだ。
馬は、屋外とゲルトが借り合わせたものを含めて全部で9頭。
荷馬車で二頭、荷車で一頭、残り6人で一頭ずつで丁度、ぎりぎりだ。
依頼を受けてから20分。まだ聞き込みを続けているエヴァを置いて、一同は先にサナ婆の下へと向かった。
●サナ婆
暮れなずむ頃、先に着いたのは、馬で駆けた屋外、クリス、ゲルト、セシル・ディフィール(ka4073)の4人。
ペットの犬鷲イグニィを飛ばし、空から先行して周囲への警戒を行ったセシルのお陰もあって、時間的ロスは最小限に留められ、準備にかかった20分の時間を取り戻していた。
そして、サナ婆の家の戸を叩き、訝しむ目をぶつけられる。アンがいなかった。
「これは、困ったな」
強行軍と連日の仕事に肩をバキバキと回すクリス。さらしから解放され、スースーする胸元に滲んだ汗をパタパタと仰ぐ。
「そうですね……」
屋外は目を閉じ、うーんと唸る。
「まだ繋がりませんね。じっと待っているのも、時間がもったいないですし」
「そうだな。言葉を尽くすしかあるまい」
アンと共に荷馬車に乗るノアール達に伝話を一つ預けてはきたが、圏外のようだ。
セシルは伝話を手に眉尻を下げ、ゲルトは胸を張ってサナ婆に向き直る。
交渉や話術に長けた者はこの中にはいなかったが、礼儀正しさ故に耳を傾けてもらうことはできた。10分の後、漸くサナ婆から許可が下りる。
「もしよろしければ、藁を頂けないでしょうか?」
セシルの伺いに、サナ婆は納屋を顎で示し、好きにしなとだけ告げた。
礼を言って一抱えの藁を運んでくると、セシルは箱の側面と底に敷き始める。草花よりもしっかりしている分、緩衝材としての効果は期待できそうだ。
「なるほど」と呟いたクリスは一瞬黙考し「私は藁を運ぼう。屋外とゲルトは苺を並べて貰えないだろうか?」と提案。
「分担した方が効率は良さそうですね」
「そうだな。了解だ」
屋外とゲルトは手分けして、セシルが藁を敷きつめた箱に苺を並べていく。
「後はこうして――」
並べられた苺の上からもう一度藁を被せて、セシルはしっかりと蓋を閉じる。
更に10分が経過し、桃花とノアール、アンとマリアンナに追いついたエヴァが滑り込む。
「お待たせ、なのよっ!」
「あらあら、もう随分進んでいるのねー」
先に到着していた4人は、既に6箱を完成させていた。
箱詰め作業に間に合わせる為休憩を挟まずに来たせいで、マリアンナとエヴァは若干お疲れ気味だ。
「これが苺……」
辺境から出てきたばかりのマリアンナ物珍しそうに眺め、エヴァは息を整えつつ、ささっとスケッチブックにペンを走らせる。
『2割位は型崩れしても大丈夫みたい』
「でしたら、その分の箱は緩衝材を少な目にして、苺を多めにしましょうか」
藁の敷きつめを終えたセシルに、藁を運び終えたクリスも頷く。
時間的猶予は余り無いが、後から来た箱には既に草花が敷かれている。一から始めるよりも短縮できよう。
「おいしそーだなあ」
桃花は思わず喉鼓を鳴らしながらも、苺と草花を層になるように交互に並べる。他の者達もそれに倣い、せっせと作業に勤しんだ。
「荷馬車用のは、緩衝材は多めに入れておきましょー」
急いでいる感じのしないゆったりとした口調のノアールを、クリスはちらと横目で見やる。
「それがいいな。……ノアール、苺が好きなのか?」
「? ええ、ジャムにして、パンとセットにしたら――」
「苺を口元まで持ち上げているのはなぜでしょう」
屋外の指摘に、ノアールの手が止まる。
『つまみ食いは良くないと思う』
「気持ちはすっごく良く分かるのよ?」
「ジャムもいいですけど、そのままでも――」
メッと叱るようなエヴァと賛意を示す桃花。セシルは一人ずれた点でうんうんと頷いている。
「色んな食べ方があるんだね」
「ふむ、主様もお好きなのだろうか……」
お菓子と言えば干した果物というマリアンナと騎士たるゲルトが想いを馳せる中、「あらー? さすがにそこまでしないわよー」と、ノアールは澄ましたように背筋を伸ばして苺を箱に戻した。
時折談笑しながらも、互いに作業進捗を報告し迅速に進める彼らであったが、大事な事を決め忘れていた。それは、どれだけ苺を運ぶのか、という点だ。
箱の数も緩衝材も苺も十分にある。荷馬車や荷車のお陰で、運搬できる量は限りなく多い。けれど、時間は有限である。
「そろそろ出発しないと不味くねえか?」
アンがそうぼやいたのは、総計32箱、数は1300個も多く、予定より10分ほど超過しようかという頃合いだった。
「むう、つい熱中してしまったな」
「へーきへーき! 帰りも休憩無しだから!」
手を止めたクリス。桃花はにっこりと笑って、アンを見る。といっても、荷馬車だからそう疲れることも無い。
「積み込み作業に移りましょう」
「私は馬に荷を括るか」
屋外とゲルトが動き出すのに合わせ、皆も荷積みへ移った。
「なるべく隙間ができないようにね!」
「こう、か?」
桃花に指示を仰ぎながら、クリスは力仕事を引き受ける。
厚手の毛布が敷かれた荷台に木箱を乗せ、その上から毛布とノアールが供出した大型のテントを被せて日射と荷崩れをなるべく防ぐ。ロープでぎゅうっときつく固定すれば、後は祈るだけだ。
荷馬車や荷台、犬ぞりにそれぞれ何箱積むかは決めていなかったが、アンの意見を参考に振り分けることにした。型崩れしても良い苺は、エヴァの馬の背に4箱纏めてくくりつけ、自身も二つ折りに改良した箱を一つ背負い、ロープで動かないように絡ませる。
「サナ婆さん、ありがとうございました、なの!」
深々と頭を下げる桃花に、サナ婆は「……何かあったら、また来な」とだけ答えて家の中に戻っていった。
「また向こうで会いましょー」
荷台から手を振るノアール。
ノアールと桃花、アンの乗る荷馬車は通常の街道へ。それ以外は近道を行く。またヴァリオスで無事に再会できることを願って、双方は帰路に着いた。
●
荷車と犬ぞりを中心に円陣を組んで進む近道の6人。
踏み固められた土の上を、ランタンを掲げたエヴァを先頭にして徒歩で行く。
夜闇はしっとりと街道を濡らし、人の気配の絶えた道はコツコツと土を打つ足音がやけに大きく響く。
何時間かが経ち、コボルドが出るという森の傍を通過する。
エヴァは足跡などの痕跡が無いか、ランタンで照らし上げ、セシルは肩に乗せた犬鷲のイグニィの動向に気を配る。夜目が効かなくとも、気配には人より敏感であろう。
「ちょっと待って」
マリアンナは皆を止めて、先行偵察を行おうとする。行きの際に、視界の悪い場所を確認しておいたのだ。
「あ、マリアンナ殿」
呼び止めたのは、屋外。きょとんとしたマリアンナに、屋外はランタンを手渡す。
明かりを持ってきていない彼女では、この暗がりの中では確認も困難だろう。
「ありがとう」
少しして確認を終えたマリアンナのOKサインを得て、再び一行は歩き出す。
何度かそれを繰り返したところで、セシルの肩のイグニィが反応した。
森の奥に灯りを向ける。姿は見えないが、ハンター達にはただならぬ空気が蟠っているのが感じられた。
「いるな」
警戒を露わにするゲルトに、エヴァはこくりと頷く。
「多少動きづらいが、やむを得ないか」
クリスは胸元を気にしつつも、相棒のゴマちゃんを庇うように立つ。武器を置いてきたために、戦闘は仲間に任せる腹積もりだ。
かさかさと葉擦れの音がさざ波立ち、黒い影が森の中で蠢いた。
一方、荷馬車を駆る3人の方では。
「えーと、アンちゃん」と言いかけたノアールに、荷台からアンがぎろりと鋭い目つきを覗かせたため、「……ビッツィちゃん、具合はだいじょうぶ? お水飲む?」と、ノアールは言い直す。
「へ、へい――ぅぷ」
アンは酔っていた。当初は俺の問題だからと御者を勇ましく引き受けていたが、今では桃花が手綱を握っている。
「あらあら」
ノアールの隣で、桃花はじっと前を見据えている。ライトの灯りはあるものの、夜道で結構な速度を出すのはかなり危険なことだ。一歩間違えれば大惨事、集中せねばならない。
「……お馬さんに運動強化かけたら、素早くなったり――なんてね」
ノアールはちらりと荷台を見て、お腹を一擦り。気を紛らわすために本でも読んでいたいところだが、残念ながら明かりは無い。我慢我慢と、地面の凹凸やぶつかりそうな所が無いか脇で確認を続けた。
●
クリスとゲルト、マリアンナが荷と馬を守るように陣取り、先を急ぐ。休憩無しの強行軍とはいえ、時間に余裕は無いのだ。
殿につきライフルで一匹ずつ倒していく屋外に対し、後方からセシルとエヴァがスリープクラウドで眠りに落とす。
「先に行ってください。自分は残ってコボルドを殲滅します」
背を向けたままの屋外に、セシルとエヴァは一度顔を見合わせ、先行した3人を追う。
少し間を置いて、騎乗したクリスが駆けてきた。荷車に荷を一時的に移して。
「屋外殿、あまり無茶をしない方が良い」
コボルドは一撃で屠れるほどの雑魚だが、数が不明である以上、囲まれれば消耗は必至だ。
有無を言わさず引きずり上げ、クリスと屋外は皆の下へ戻った。
日は昇り、翌午前。
通常の街道を行く者達の脇を、疾駆する荷馬車が通り過ぎていく。
「通りますよー。気を付けてねー」
「危ないよー!」
御者台に座るノアールと荷台の桃花が通行人に呼びかける。手綱を握るのは、回復したアン。たどたどしい手つきだが、気合いだけは十分だ。
荷にも注意を払う桃花に、やっと読めるようになった本を膝に置いたノアール。
お昼まではもうすぐだ。
●
イベント開始の20分前。
近道を行った6人がヴァリオスに戻って来た時には、既に荷卸しの最中の3人の姿があった。クリス達も急いでそれに加わる。
十分な対処がしてあったため、荷崩れしていたものは全体の1割強。当初予定した分量に限ってみれば、全て無事に運ぶことができた。
「ジャムにしてみては如何でしょうか?」
「コンポートもいいと思うわ!」
型崩れした苺の処理方法を提案するセシルと桃花に、割引するので引き取ってもらえないか尋ねるマリアンナ。
「アイデアありがとよ! 値段の方は心配するな」
苺を受け取った店主らは、鷹揚に応じる。それもエヴァが事前に根回しを行っていた故だ。
「皆、お疲れ様。ゴマちゃんもな」
クリスの労いに、一仕事終えた一同はどっと押し寄せた疲労を吐き出す。
そんな彼らに差し出されたのは、ちょっと形の崩れた苺で溢れた皿。
「あんたらのお陰だ。助かった」
「良いのですか?」
屋外に、アンははっきり首肯する。
「ああ、予定より大分多く持って帰って来れたしな。それに、疲れには甘いものって言うだろ?」
「わーい♪」
「では遠慮なく頂こう」
甘いものに目が無い桃花とクリスに続いて、マリアンナとセシルも手を伸ばす。
「もぐもぐ、うーん、程よい甘酸っぱさが、甘すぎないでいいね」
「イグニィも食べられたら良かったのだけれど」
見る間に減っていく苺の山に屋外は苦笑して、「主様にも持って帰れたら良かったのだが」とゲルトも口に運ぶ。
「あー美味しいわー」
ほっぺを押さえて呟くノアール。空腹は最高の調味料、というだけでなく、元々の苺も十分美味しい。だけれども――。
「ジャ――」
「ジャムじゃなくて悪いけどな」
遮ったアンはにやりと笑って、ノアールの摘まんだ苺を奪う。向かった先はスケッチブックを手にした少女。
苺の皿を囲み、頬を膨らませた桃花とクリス。しげしげと苺を見つめるマリアンナに、肩のイグニィに話しかけるセシル。屋外とゲルトは一つずつ丁重に口に運び苦笑い、苺を奪われたノアールはきょとんと。
そんな光景を絵に収めていたエヴァの小さな口に、アンは苺を一つ放り込んだ。
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 マリアンナ・バウアール(ka4007) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/03/16 08:04:38 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/16 07:48:03 |