ゲスト
(ka0000)
仇
マスター:一縷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/14 15:00
- 完成日
- 2015/03/22 16:42
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●胸騒ぎ
すっかり暗くなってしまった家路を、青年は小走りで進む。
近道だと選んだ道は思っていたよりも険しくて、肩紐が枝に引っかかってしまい、軽い音と共に鞄が地面に落ちた。
急いていた足を止め、落ちた鞄に手を伸ばすが、肩紐が切れていることに気づき手を止める。
胸騒ぎが収まらない。さっきからずっと……嫌な汗が額から頬を伝う。
そんな胸騒ぎを掻き消すかのように小さな舌打ちを打ち、青年はその鞄を大事そうに抱え、再び走り出した。
●幸せ
青年には、病弱な妹が居た。
日常生活には支障は少ないものの、発作を起こせば咳が止まらずに絶対安静となってしまう。
人混みや空気の悪い場所での生活は向かなかった為に、大きな街からは離れて、小さな村に暮らしていた。
――幸せだった。
――兄として、妹に出来ることは何でもしてやろうと思っていた。
ずっと続くと思っていた幸せな時間。
嘲笑うかのように忍び寄る悪魔の足音には気づかずに……。
悪魔が笑ったその日、ずっと続くと思っていた幸せな時間は簡単に打ち砕かれた。
●崩壊
「……っ、なんだよ、これ……」
青年は目を疑った。全身に緊張が走り、金縛りにあったかのように身体が動かない。
立ち込める砂煙。踏み荒らされたような跡。道端に力なく倒れる人々……自然に包まれていたはずの村は、ほとんどが崩壊していた。
状況が理解できぬまま佇んでいると、途端に全身が震えだす。
そう言えば、家族は――妹は――青年は何かに弾かれたように顔を上げ走り出す。
未だに小刻みに震える足で縺れそうになるのを必死に堪えながら、ただ走る。
目的地に辿り着いた青年を待ち受けていたのは悲惨な現状だった。
「――っ!!」
何かを叫んだはずだ。しかし、声にはならない。音にはならずに、ただ空気を震わせるだけ。
壊された扉。粉々に割れた窓。酷く荒らされた室内。そして……赤に染まった家族の姿。
横たわる小さな身体を抱き締める。既に冷たくなっていて、自分の温かい肌が今だけ恨めしくなる。
「なんで……なんでだよ……っ!!」
溢れ出す涙が頬を伝い、妹の頬を濡らしていく。
ふと妹に読み聞かせていた物語を思い出す。頬を伝う涙が急に輝き、目を覚ますという御伽噺。
……そんなの所詮は作られた物語だ。都合のいい作り話だ。目を覚ましてほしいと言う、ただの願いだ。
「……許さない」
唇が赤く腫れるほどに強く噛み締め、荒々しく目元の涙を甲で拭ってから、小さな体をベッドに横たえる。
妹を護ったのだろう。傍に倒れていた両親にも布を被せて、青年は立ち上がった。
その足で村を歩く。既に村人は逃げ出したのだろう。村は静かで人がいない。
倒れた人に近寄り、声をかけると何人かは息があり、何が起こったのかを聞き出すことが出来た。
突然現れた大きな獣に襲われた。皆が皆、同じことを口にする。
確かに、辺りには明らかに人間の仕業ではない引っ掻き傷や足跡があった。一匹、いや二匹……相当暴れ回ったのか、数を特定することは出来そうにない。
「どこに行ったか分かるか?」
問いかけると、話し疲れたのか仰向けに寝転がった男性が森の方を指さす。
それから苦痛に耐えるかのように眉根を寄せて目を伏せる男性に礼を述べると、青年は森へと足を運んだ。
鬱蒼と緑の多い茂った森を歩く。昼間に歩けば何ともない道も、夜に歩くだけで全く違って思えてしまう。
木々をすり抜け照らされる月明かりだけを頼りに奥へと進む。
―――グルルッ
静寂に包まれた空間に低い唸り声が響き渡る。
青年は足を止め、息を殺して唸り声の下方向へ視線を凝らす。ゆらりと何かが揺れた。
(……!)
月明かりで反射したのか鋭い眼光がこちらに一瞬向けられたような気がして、青年は咄嗟に身を伏せる。
ごくりと唾を飲み込む。勢いでここまで来てしまったが、自分には何もできない。戦う術など持っていない。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。妹の、家族の、――村の皆の仇を取らないと。
気分を落ち着かせるように大きく息を吸い込み、音を立てないように慎重に茂みに移動する。
茂みから顔を覗かせ、獣を盗み見ると見たこともないような大きな獣が立っていた。
一人では無理だ。瞬時に理解する。
じゃあ、どうすればいいのか……そして、一つの解を導き出した青年は再び駆け出した。
●解
夜が明け始め、うっすらと朝を告げる日差しが街を照らし始める頃、青年は大きな扉の前で立ち止まる。
肩で息をしながら、その息を整えようともせずに青年はその扉を叩く。
「村を、助けてくれ……!」
青年が出した答え。それは、ハンター達を頼るしかない。それだったのだ。
すっかり暗くなってしまった家路を、青年は小走りで進む。
近道だと選んだ道は思っていたよりも険しくて、肩紐が枝に引っかかってしまい、軽い音と共に鞄が地面に落ちた。
急いていた足を止め、落ちた鞄に手を伸ばすが、肩紐が切れていることに気づき手を止める。
胸騒ぎが収まらない。さっきからずっと……嫌な汗が額から頬を伝う。
そんな胸騒ぎを掻き消すかのように小さな舌打ちを打ち、青年はその鞄を大事そうに抱え、再び走り出した。
●幸せ
青年には、病弱な妹が居た。
日常生活には支障は少ないものの、発作を起こせば咳が止まらずに絶対安静となってしまう。
人混みや空気の悪い場所での生活は向かなかった為に、大きな街からは離れて、小さな村に暮らしていた。
――幸せだった。
――兄として、妹に出来ることは何でもしてやろうと思っていた。
ずっと続くと思っていた幸せな時間。
嘲笑うかのように忍び寄る悪魔の足音には気づかずに……。
悪魔が笑ったその日、ずっと続くと思っていた幸せな時間は簡単に打ち砕かれた。
●崩壊
「……っ、なんだよ、これ……」
青年は目を疑った。全身に緊張が走り、金縛りにあったかのように身体が動かない。
立ち込める砂煙。踏み荒らされたような跡。道端に力なく倒れる人々……自然に包まれていたはずの村は、ほとんどが崩壊していた。
状況が理解できぬまま佇んでいると、途端に全身が震えだす。
そう言えば、家族は――妹は――青年は何かに弾かれたように顔を上げ走り出す。
未だに小刻みに震える足で縺れそうになるのを必死に堪えながら、ただ走る。
目的地に辿り着いた青年を待ち受けていたのは悲惨な現状だった。
「――っ!!」
何かを叫んだはずだ。しかし、声にはならない。音にはならずに、ただ空気を震わせるだけ。
壊された扉。粉々に割れた窓。酷く荒らされた室内。そして……赤に染まった家族の姿。
横たわる小さな身体を抱き締める。既に冷たくなっていて、自分の温かい肌が今だけ恨めしくなる。
「なんで……なんでだよ……っ!!」
溢れ出す涙が頬を伝い、妹の頬を濡らしていく。
ふと妹に読み聞かせていた物語を思い出す。頬を伝う涙が急に輝き、目を覚ますという御伽噺。
……そんなの所詮は作られた物語だ。都合のいい作り話だ。目を覚ましてほしいと言う、ただの願いだ。
「……許さない」
唇が赤く腫れるほどに強く噛み締め、荒々しく目元の涙を甲で拭ってから、小さな体をベッドに横たえる。
妹を護ったのだろう。傍に倒れていた両親にも布を被せて、青年は立ち上がった。
その足で村を歩く。既に村人は逃げ出したのだろう。村は静かで人がいない。
倒れた人に近寄り、声をかけると何人かは息があり、何が起こったのかを聞き出すことが出来た。
突然現れた大きな獣に襲われた。皆が皆、同じことを口にする。
確かに、辺りには明らかに人間の仕業ではない引っ掻き傷や足跡があった。一匹、いや二匹……相当暴れ回ったのか、数を特定することは出来そうにない。
「どこに行ったか分かるか?」
問いかけると、話し疲れたのか仰向けに寝転がった男性が森の方を指さす。
それから苦痛に耐えるかのように眉根を寄せて目を伏せる男性に礼を述べると、青年は森へと足を運んだ。
鬱蒼と緑の多い茂った森を歩く。昼間に歩けば何ともない道も、夜に歩くだけで全く違って思えてしまう。
木々をすり抜け照らされる月明かりだけを頼りに奥へと進む。
―――グルルッ
静寂に包まれた空間に低い唸り声が響き渡る。
青年は足を止め、息を殺して唸り声の下方向へ視線を凝らす。ゆらりと何かが揺れた。
(……!)
月明かりで反射したのか鋭い眼光がこちらに一瞬向けられたような気がして、青年は咄嗟に身を伏せる。
ごくりと唾を飲み込む。勢いでここまで来てしまったが、自分には何もできない。戦う術など持っていない。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。妹の、家族の、――村の皆の仇を取らないと。
気分を落ち着かせるように大きく息を吸い込み、音を立てないように慎重に茂みに移動する。
茂みから顔を覗かせ、獣を盗み見ると見たこともないような大きな獣が立っていた。
一人では無理だ。瞬時に理解する。
じゃあ、どうすればいいのか……そして、一つの解を導き出した青年は再び駆け出した。
●解
夜が明け始め、うっすらと朝を告げる日差しが街を照らし始める頃、青年は大きな扉の前で立ち止まる。
肩で息をしながら、その息を整えようともせずに青年はその扉を叩く。
「村を、助けてくれ……!」
青年が出した答え。それは、ハンター達を頼るしかない。それだったのだ。
リプレイ本文
●青年の背中
鞄を握り締めたままの青年の案内で森へ向かう。
必要以上の会話はなく、淡々とした言葉だけが青年から返って来ていた。
深く関わることを拒絶しているような、今にも自責に押しつぶされてしまいそうな背中。
「件の歪虚は必ず仕留めます。だから、あまり気負いし過ぎずに」
森の入り口に立った時、誠堂 匠(ka2876)は青年に声をかけた。この場に居る誰もが同じことを思っていた。
歪虚によって大切な人を失う悲しみ……少しは分かるつもりだ。
だからこそ、依頼人の力になってあげたいと誠堂は青年を見つめる。
しかし、青年は小さく頷くだけ。果たしてこの言葉の真意は彼に届いていたのだろうか。
●仇討ち
討つべき敵はもうすぐそこに。
しかし、青年が獣を見た場所には既に姿はなかった。
ハンター達はその場で相談し、誠堂と時雨(ka4272)が更に森の奥へと進むこととなった。
「おまえは、仇を討ちたいか?」
別行動となる前に時雨は青年に問いかける。
「憎い相手なら、自分の手で仇討ちするのが気持ち的にもすっきりするだろ?」
トドメはおまえの手で出来るように、だから敵を見ても飛び出さないように……そう言ってナイフを差し出す。
青年は何も答えない。今はこんな状態でも、敵を目の前にしたら爆発するかもしれない。
それを見越して、そして暴走を事前に防ぐ為の選択。
青年がナイフを受け取ったのを肯定と取り、誠堂と時雨は敵を探し出し、誘導すべく森の奥へと歩みを進めた。
残った四人は広い場所へと移動する。ここで、敵に奇襲をかける作戦だ。
それぞれ茂みに身を潜める。
リリス・ハックウッド(ka3754)は青年と身を潜めていた。青年の横顔を盗み見ると、瞳には雲がかかっている。
先程の話を思い出す。病弱な妹が居たという話。
自分にも病弱な姉が居る。だからこそ彼の思いは痛いほど理解出来る。とても辛いだろうなと。
気づくと、頬に何かが伝う。それに気づいた青年の表情は驚きを浮かべていて。
「あの……」
「あ、ああ……すまない」
ぐっと服の袖で涙を拭う。仕事だな、と小さく呟いてリリスは前を見つめた。
この涙は彼女の涙なのか、……彼の涙なのか。
甲 海月(ka2421)は覆い茂る木々の隙間に身を隠す。
足元では地面に耳をつけ、小さな足音や物音を聞き逃すまいとする鮫島 寝子(ka1658)。
先程、目にした村の状況を思い出す。予想していたよりも酷い有様だった。
――許せない。
そんな感情が二人の表情を引き締めさせる。
仇を取ろう。視線で頷き合い、再び息を潜めた。
メルクーア(ka4005)も小柄な身体を活かして適当な場所を探し、身を隠す。
村で目にした複数の獣の足跡。そして青年の話しと誠堂の知識から推測するに……
「敵が一匹とは限らないわね」
体が大きいとはいえ、敵の方がこの森での行動には慣れているだろう。
囮の二人があるいて行った方角とは別の方角へも警戒を巡らせる。
――その時だった。
●
鬱蒼と覆い茂る森の奥を誠堂は音を、時雨は横笛を響かせながら進む。
姿の見えない敵を誘き出す為の方法は多くあるが、一番効果があるのではないかと思う方法を実践しながら周囲を見渡していた。
しかし、敵は姿を現さない。次の方法に取りかかろう……そう思った瞬間。
――グルル
地を這うような唸り声が小さく、確りと響く。
視線を向けると鋭い眼光が二人を捉えていた。
狼との睨み合い。更に音を奏でてみたが、警戒しているのか動く様子はない。
時雨は足元の土を踏みしめる。陽の光も疎らに射す場所だ。少々水気のある土を手に取り、狼の鼻を目掛けて投げる。
べちゃっ。
面白いほど的確に命中する。同時に誠堂の手から投げられた手裏剣が敵の頬を掠めた。
二つの攻撃。二つの挑発。すると、興奮したのか狼の目の色が変わる。
それに気づいた時雨の口角が自然と上へ。
「さあ、鬼ごっこの始まりだ。楽しい遊戯にしようぜ?」
●
森中に澄んだ音が響き渡る。
打ち合わせ通りなら、敵発見を知らせる時雨の笛の音。
合図だ。四人は息を呑む。さあ、敵が来る。
木々の隙間から誠堂と時雨が飛び出す。それを追うように大きな狼が木々の枝を折りながら飛び出して来た。
――と同時に、敵の鼻先を一条の光が走る。光の発射先にはメルクーアの姿。
広い場所への誘導は完璧だ。メルクーアの機導砲によって、一瞬の隙を作ることも出来た。
「待ってたぞ。仇討ちだ、しっかり味わえ……!」
足の止まった敵へ甲が拳を握り締めて地を蹴る。
脳天に向けてクラッシュブロウをお見舞いしようとするも、すんでの所で避けられてしまう。
「君の相手は僕達だよ!!」
踵を返し、反対方向へ逃げ出そうとする敵の側面から、不意打ち気味にモーニングスターを構えた鮫島が飛び出す。
腹に打ち込まれたのはノックバック。先端しか敵の身体を捉える事が出来なかったが、それなりの威力がある攻撃だ。
狼は逃げる事はおろか、広場の中央付近まで弾き飛ばされてしまう。
「逃がさないよ」
中央付近まで弾き飛ばした事によって、大きな的は更に大きく、視界はより良好になる。
メルクーアから再び発射される光。
次々と畳み掛けるように繰り出される攻撃に敵のスピードは殺され、見事に狼の足を打ち抜いた。
ぐらり、と敵の体が傾く。今、全員で攻撃を仕掛ければ容易く敵を倒すことが可能だろう。
全員が今一度、戦闘態勢に入ったその時だった。
敵が足を踏ん張り、空に向かって声を発する。――遠吠えだ。
「……!」
遠吠えに反応したのだろう。目の前にいる狼よりも一回り小さい狼が目を光らせ、牙を剥き出しにして青年に襲い掛かってきた。
リリスは即座に小さな身体で盾になろうと青年の腕を掴み引っ張る。
ぎゅっと目を瞑る。こんな時、戦場に慣れていればもっといい方法を思いついたのかもしれない。
来るであろう痛みを待ち構えていると、唸り声のような悲鳴が耳に届く。
「おいおい、おまえの相手は俺達だぜ?」
ゆっくりと目を開けると二人の前に時雨が立ち、煙管をぷらぷらと振っている。
視線の先には二人に迫っていた狼。心なしか敵の眉間が赤い。
時雨の姿はさっきと異なり、白髪に紅い瞳。野生の瞳を発動させている為か、鋭さが増している。
今のうち、とリリスが青年の腕を引いて場所を移動し、自身の背後に隠す。
「リリスの後ろに居てほしい」
語りかけはするものの、青年の瞳は狼を見据えている。ただただ、じっと。
その視線を追うようにリリスも狼を視界に入れ、銃に手を伸ばす。
静かに銃を構え、照準を合わせる。無暗に撃つのではなく、来たる時に撃つ為に。
時雨は狼の攻撃を鉄扇で受け流しながら舞うように交戦。
「お前の相手はこっちにもいるよ」
ランアウトで狼の背面に回り込んだ誠堂が刀を低く構え、狼の後足を狙い、下から上へと流れるような斬撃を浴びせる。
「お前が……お前達が、村の人達を……!」
柄を握り直す。かちゃり、と鍔が小さな音を立てたと同時に瞬脚で再び敵に接近する。
が、狼の素早さも負けてはいない。刀をが振り下ろされるよりも先に、その場を離脱する。
「……今」
狼が地に着地すると同時にリリスの銃から強弾が発射される。
狙いを定めた弾は吸い込まれるように、誠堂の刀によって傷ついた後足を撃ち抜いた。
なおも動こうとする狼に向かって銃を構え直し、続けて牽制射撃を撃ち込む。
「今だ……追い討ち、頼む」
構えていた銃をおろし、瞬間的に動きを止めた狼を見ながら二人に声をかけた。
その小さな隙を逃しはしない。
時雨は地を駆けるものを発動させ、狼の前へと移動する。彼女の姿を追うように、ふわりと白雪が舞っては消える。
「鬼ごっこは終わりだぜ?」
閉じた鉄扇を眉間に、追撃として煙管で狼のこめかみにノックバックを叩きつける。
その衝撃が狼の視界を奪う。
弾き飛ばされた衝撃も重なり、覚束無い足取りの狼に誠堂が追い打ちをかける。
「村の人達が、安心して暮らせるように……!」
首に狙いを定め、日本刀を滑らせる。抵抗する余裕のない狼は力なく地面に落ちた。
致命傷を与えたのだろう。狼はそのまま姿を消した。
――敵は後一匹。
足に怪我を負ったからと言っても、村を一つ潰してしまう程の体力はある。
少々素早さは落ちたものの、狼はギリギリで攻撃をかわしていた。
逃げ回るように走り回る狼を甲と鮫島は逃がすまいと攻撃を繰り返す。
メルクーアは二人によって繰り出される攻撃の隙を狙ったり、狼が二人に攻撃を仕掛けようとするのを邪魔したりと、支援するように機導砲を撃ち続けていた。
「このままじゃ駄目ね」
小さく呟いて、息を大きく吸い込む。ゆっくりと吸い込んだ息を吐きながら、狙いを定める。
タクトから発射される機導砲が狼の片目に撃ち込まれた。
次の瞬間、悲鳴じみた低い唸り声がその場にいる全員の鼓膜を揺らす。
「僕は、皆を、助けるんだ……!」
実戦経験はほとんどない。言わないけど、本当は雑魔が怖い。
でも、助けなきゃって思った……ぐっと歯を食いしばり、鮫島は小さく震える手を強く握り締め、狼の横腹へとクラッシュブロウを仕掛ける。
「そうだ。村の人達の為に……!」
鮫島の攻撃に追撃する形で、甲は野生の瞳を駆使しながら反対側の横腹へと攻撃を仕掛ける。
メルクーアの攻性強化も相まって、二人の攻撃力は高められていた。
ぐらりと狼の体が浮く。
「リリスさん!」
甲がリリスに声をかける。敵の最期は彼の――青年の手で。
リリスはその声を聞き、青年の手を促して一緒に、静かに銃を構える。
ずしりと青年の手に銃の重みがのしかかった。
「……怖い、か?」
重ねた手から青年の体の震えが伝わってくる。先程まで風穴を開けてしまうのではないかと思う程に狼を見つめていたというのに、今は瞳が酷く揺れている。
そっと引き金に指をかける。
正直、そんなに迷っている暇はない。すぐにでも引き金を引かねばならない。
「僕は、……僕は、いつも怖い」
ぽつりと呟きながら引き金を引く。銃から発射された強弾は狼の心臓を撃ち抜いた。
青年の手は銃から離れている。実は、引き金を引く前に――離れていたのだ。
身体を支える力を失った狼は、そのまま地に落ちる。
しかし、すぐには消えなかった。起き上がる力はないようで、既に虫の息。
放っておいてもこのまま死ぬだろう。
「俺の言った言葉、覚えてるか?」
未だに握られているナイフに目を落としながら、時雨は青年に問いかける。
「ちょっと待って」
その前に一言だけ、とメルクーアが青年の前に立つ。
「手を汚すのは、あたし達ハンターだけでいいと思うの」
あなたの手は殺す為じゃなく、何かを作り育てる為に使って欲しい。
その思いがあっての言葉。
「……それでも仇を討ちたいのなら、あたしは止めないわ」
全員の視線が青年に集まる。対極の二人の言葉。ぐるぐるとしたモノが青年の感情を揺らす。
青年は、酷く揺れた瞳を隠すように目を伏せ、自身を落ち着かせるようにゆっくりと肩を上下する。
そして、ナイフを手に倒れている狼へと近づいて行く。
傍らに立つと、膝をついて狼を見下ろす。そのままナイフを大きく掲げ、狼に向けて振り下ろした。
その瞬間、跡形なく狼が姿を消える。
虚ろな目から一筋だけ涙を流す青年の背がその場に残った。
●歩むべき道を
陽は陰り、夜が辺りを包む。
討伐後、村に戻ったハンター達は、出来うる限りの治療や弔いをしようと頷いた。
「大丈夫ですか?」
誠堂は倒れて動けない村人へと駆け寄る。
村人は小さく頷いてはいるが、応急処置として足に雑に括られている布は既に血に染まっていた。
「……少し我慢してください」
彼は新しい包帯を取り出し、医者ほど的確ではないが、傷口に応急手当を施していく。
「水で少し拭けばいいか……?」
リリスは誠堂に指示を仰ぎながら、同じく怪我人の手当てを行っていた。
深い傷は彼に任せて、彼女は軽傷を負った村人に声をかけて歩く。
「ばいきん、危ないからな……」
「よし、これで。安静にしていてください」
小さな笑みは村人達に少しずつ安心感を生ませる。彼らが居る。それだけでいい事もあるのだ。
村には怪我人だけではない。望まないが、亡くなった人も多くいた。
比較的動ける人と共にメルクーアは葬儀をする為、砂に汚れてしまった死者の顔を拭っていく。
「……敵は倒したよ」
届かないと分かっていても言葉にする。
心なしか拭っていた顔の表情が柔らかくなったような気がした。
甲は、青年が未だに大事そうに抱き締めている鞄が気になっていた。
肩紐が切れ、土に汚れた鞄はとても大事になれている物には見えない。
何が理由があるのではないか、甲はそう思い青年に問いかけた。
「その鞄には何か入っているのか?」
青年はハッと顔を上げ、より一層強く鞄を抱き締める。もし、中に柔らかい物が入っていれば潰れてしまっているだろう。
「こ、れは……」
「無理にとは言わない。でも、きっと吐き出した方が楽になる」
優しい声色に導かれるかのように、青年は膝から崩れ落ち、大粒の涙が頬を伝う。
「い、もうと、に……薬、を……っ」
嗚咽混じりに紡がれる言葉。
妹の事、家族の事、自分の弱さ、恐怖や不安……次々と言葉が零れ落ちる。
「……絵本、妹さんと一緒に埋めてあげよう?」
甲の隣で話を聞いていた鮫島は青年の震える背をゆっくりと撫でる。
誰も彼を攻めはしない。二人の優しさに、青年の心はゆっくりと解かされていく。
(……守りたい物を守るのは、すごく難しいんだな)
甲は鮫島の頭を撫でて苦笑を零す。守りたいものを守り抜く為には――。
青年の涙が収まるまで、甲と鮫島は青年に寄り添い続けていた。
埋葬が終わり、一輪ずつ花が供えられた墓を前に、彼女は横笛を取り出す。
「……今はどうか安らかに」
目を伏せ、静かに横笛に口をつける。
心を憎しみに染めずに、未来へと目を向けて欲しい。道は歩む為にあるもんだ。
穢れなき魂へと還り、幸ある来世へと――その想いを込め、時雨は音色を奏で続ける。
弔いの音は村全体に響き渡り、青年の、村人の、全ての心に染み渡っていった。
●
東の空から太陽が昇り始める。夜を支配する闇に差し込む一筋の光。
全員が目を細めて光を見つめる。まるで、その光は進むべき道を示しているようで。
「あのっ」
背筋を伸ばした青年がハンター達に頭を下げる。
「ありがとう。本当に……ありがとうございました」
顔を上げた青年の表情はどこか頼もしい物となっていた。
きっとまだ不安だらけだろう。でも、光を取り戻した瞳は前を見据えている。
だから大丈夫。
彼は光ある道を歩んでいける――不思議とそんな気がした。
鞄を握り締めたままの青年の案内で森へ向かう。
必要以上の会話はなく、淡々とした言葉だけが青年から返って来ていた。
深く関わることを拒絶しているような、今にも自責に押しつぶされてしまいそうな背中。
「件の歪虚は必ず仕留めます。だから、あまり気負いし過ぎずに」
森の入り口に立った時、誠堂 匠(ka2876)は青年に声をかけた。この場に居る誰もが同じことを思っていた。
歪虚によって大切な人を失う悲しみ……少しは分かるつもりだ。
だからこそ、依頼人の力になってあげたいと誠堂は青年を見つめる。
しかし、青年は小さく頷くだけ。果たしてこの言葉の真意は彼に届いていたのだろうか。
●仇討ち
討つべき敵はもうすぐそこに。
しかし、青年が獣を見た場所には既に姿はなかった。
ハンター達はその場で相談し、誠堂と時雨(ka4272)が更に森の奥へと進むこととなった。
「おまえは、仇を討ちたいか?」
別行動となる前に時雨は青年に問いかける。
「憎い相手なら、自分の手で仇討ちするのが気持ち的にもすっきりするだろ?」
トドメはおまえの手で出来るように、だから敵を見ても飛び出さないように……そう言ってナイフを差し出す。
青年は何も答えない。今はこんな状態でも、敵を目の前にしたら爆発するかもしれない。
それを見越して、そして暴走を事前に防ぐ為の選択。
青年がナイフを受け取ったのを肯定と取り、誠堂と時雨は敵を探し出し、誘導すべく森の奥へと歩みを進めた。
残った四人は広い場所へと移動する。ここで、敵に奇襲をかける作戦だ。
それぞれ茂みに身を潜める。
リリス・ハックウッド(ka3754)は青年と身を潜めていた。青年の横顔を盗み見ると、瞳には雲がかかっている。
先程の話を思い出す。病弱な妹が居たという話。
自分にも病弱な姉が居る。だからこそ彼の思いは痛いほど理解出来る。とても辛いだろうなと。
気づくと、頬に何かが伝う。それに気づいた青年の表情は驚きを浮かべていて。
「あの……」
「あ、ああ……すまない」
ぐっと服の袖で涙を拭う。仕事だな、と小さく呟いてリリスは前を見つめた。
この涙は彼女の涙なのか、……彼の涙なのか。
甲 海月(ka2421)は覆い茂る木々の隙間に身を隠す。
足元では地面に耳をつけ、小さな足音や物音を聞き逃すまいとする鮫島 寝子(ka1658)。
先程、目にした村の状況を思い出す。予想していたよりも酷い有様だった。
――許せない。
そんな感情が二人の表情を引き締めさせる。
仇を取ろう。視線で頷き合い、再び息を潜めた。
メルクーア(ka4005)も小柄な身体を活かして適当な場所を探し、身を隠す。
村で目にした複数の獣の足跡。そして青年の話しと誠堂の知識から推測するに……
「敵が一匹とは限らないわね」
体が大きいとはいえ、敵の方がこの森での行動には慣れているだろう。
囮の二人があるいて行った方角とは別の方角へも警戒を巡らせる。
――その時だった。
●
鬱蒼と覆い茂る森の奥を誠堂は音を、時雨は横笛を響かせながら進む。
姿の見えない敵を誘き出す為の方法は多くあるが、一番効果があるのではないかと思う方法を実践しながら周囲を見渡していた。
しかし、敵は姿を現さない。次の方法に取りかかろう……そう思った瞬間。
――グルル
地を這うような唸り声が小さく、確りと響く。
視線を向けると鋭い眼光が二人を捉えていた。
狼との睨み合い。更に音を奏でてみたが、警戒しているのか動く様子はない。
時雨は足元の土を踏みしめる。陽の光も疎らに射す場所だ。少々水気のある土を手に取り、狼の鼻を目掛けて投げる。
べちゃっ。
面白いほど的確に命中する。同時に誠堂の手から投げられた手裏剣が敵の頬を掠めた。
二つの攻撃。二つの挑発。すると、興奮したのか狼の目の色が変わる。
それに気づいた時雨の口角が自然と上へ。
「さあ、鬼ごっこの始まりだ。楽しい遊戯にしようぜ?」
●
森中に澄んだ音が響き渡る。
打ち合わせ通りなら、敵発見を知らせる時雨の笛の音。
合図だ。四人は息を呑む。さあ、敵が来る。
木々の隙間から誠堂と時雨が飛び出す。それを追うように大きな狼が木々の枝を折りながら飛び出して来た。
――と同時に、敵の鼻先を一条の光が走る。光の発射先にはメルクーアの姿。
広い場所への誘導は完璧だ。メルクーアの機導砲によって、一瞬の隙を作ることも出来た。
「待ってたぞ。仇討ちだ、しっかり味わえ……!」
足の止まった敵へ甲が拳を握り締めて地を蹴る。
脳天に向けてクラッシュブロウをお見舞いしようとするも、すんでの所で避けられてしまう。
「君の相手は僕達だよ!!」
踵を返し、反対方向へ逃げ出そうとする敵の側面から、不意打ち気味にモーニングスターを構えた鮫島が飛び出す。
腹に打ち込まれたのはノックバック。先端しか敵の身体を捉える事が出来なかったが、それなりの威力がある攻撃だ。
狼は逃げる事はおろか、広場の中央付近まで弾き飛ばされてしまう。
「逃がさないよ」
中央付近まで弾き飛ばした事によって、大きな的は更に大きく、視界はより良好になる。
メルクーアから再び発射される光。
次々と畳み掛けるように繰り出される攻撃に敵のスピードは殺され、見事に狼の足を打ち抜いた。
ぐらり、と敵の体が傾く。今、全員で攻撃を仕掛ければ容易く敵を倒すことが可能だろう。
全員が今一度、戦闘態勢に入ったその時だった。
敵が足を踏ん張り、空に向かって声を発する。――遠吠えだ。
「……!」
遠吠えに反応したのだろう。目の前にいる狼よりも一回り小さい狼が目を光らせ、牙を剥き出しにして青年に襲い掛かってきた。
リリスは即座に小さな身体で盾になろうと青年の腕を掴み引っ張る。
ぎゅっと目を瞑る。こんな時、戦場に慣れていればもっといい方法を思いついたのかもしれない。
来るであろう痛みを待ち構えていると、唸り声のような悲鳴が耳に届く。
「おいおい、おまえの相手は俺達だぜ?」
ゆっくりと目を開けると二人の前に時雨が立ち、煙管をぷらぷらと振っている。
視線の先には二人に迫っていた狼。心なしか敵の眉間が赤い。
時雨の姿はさっきと異なり、白髪に紅い瞳。野生の瞳を発動させている為か、鋭さが増している。
今のうち、とリリスが青年の腕を引いて場所を移動し、自身の背後に隠す。
「リリスの後ろに居てほしい」
語りかけはするものの、青年の瞳は狼を見据えている。ただただ、じっと。
その視線を追うようにリリスも狼を視界に入れ、銃に手を伸ばす。
静かに銃を構え、照準を合わせる。無暗に撃つのではなく、来たる時に撃つ為に。
時雨は狼の攻撃を鉄扇で受け流しながら舞うように交戦。
「お前の相手はこっちにもいるよ」
ランアウトで狼の背面に回り込んだ誠堂が刀を低く構え、狼の後足を狙い、下から上へと流れるような斬撃を浴びせる。
「お前が……お前達が、村の人達を……!」
柄を握り直す。かちゃり、と鍔が小さな音を立てたと同時に瞬脚で再び敵に接近する。
が、狼の素早さも負けてはいない。刀をが振り下ろされるよりも先に、その場を離脱する。
「……今」
狼が地に着地すると同時にリリスの銃から強弾が発射される。
狙いを定めた弾は吸い込まれるように、誠堂の刀によって傷ついた後足を撃ち抜いた。
なおも動こうとする狼に向かって銃を構え直し、続けて牽制射撃を撃ち込む。
「今だ……追い討ち、頼む」
構えていた銃をおろし、瞬間的に動きを止めた狼を見ながら二人に声をかけた。
その小さな隙を逃しはしない。
時雨は地を駆けるものを発動させ、狼の前へと移動する。彼女の姿を追うように、ふわりと白雪が舞っては消える。
「鬼ごっこは終わりだぜ?」
閉じた鉄扇を眉間に、追撃として煙管で狼のこめかみにノックバックを叩きつける。
その衝撃が狼の視界を奪う。
弾き飛ばされた衝撃も重なり、覚束無い足取りの狼に誠堂が追い打ちをかける。
「村の人達が、安心して暮らせるように……!」
首に狙いを定め、日本刀を滑らせる。抵抗する余裕のない狼は力なく地面に落ちた。
致命傷を与えたのだろう。狼はそのまま姿を消した。
――敵は後一匹。
足に怪我を負ったからと言っても、村を一つ潰してしまう程の体力はある。
少々素早さは落ちたものの、狼はギリギリで攻撃をかわしていた。
逃げ回るように走り回る狼を甲と鮫島は逃がすまいと攻撃を繰り返す。
メルクーアは二人によって繰り出される攻撃の隙を狙ったり、狼が二人に攻撃を仕掛けようとするのを邪魔したりと、支援するように機導砲を撃ち続けていた。
「このままじゃ駄目ね」
小さく呟いて、息を大きく吸い込む。ゆっくりと吸い込んだ息を吐きながら、狙いを定める。
タクトから発射される機導砲が狼の片目に撃ち込まれた。
次の瞬間、悲鳴じみた低い唸り声がその場にいる全員の鼓膜を揺らす。
「僕は、皆を、助けるんだ……!」
実戦経験はほとんどない。言わないけど、本当は雑魔が怖い。
でも、助けなきゃって思った……ぐっと歯を食いしばり、鮫島は小さく震える手を強く握り締め、狼の横腹へとクラッシュブロウを仕掛ける。
「そうだ。村の人達の為に……!」
鮫島の攻撃に追撃する形で、甲は野生の瞳を駆使しながら反対側の横腹へと攻撃を仕掛ける。
メルクーアの攻性強化も相まって、二人の攻撃力は高められていた。
ぐらりと狼の体が浮く。
「リリスさん!」
甲がリリスに声をかける。敵の最期は彼の――青年の手で。
リリスはその声を聞き、青年の手を促して一緒に、静かに銃を構える。
ずしりと青年の手に銃の重みがのしかかった。
「……怖い、か?」
重ねた手から青年の体の震えが伝わってくる。先程まで風穴を開けてしまうのではないかと思う程に狼を見つめていたというのに、今は瞳が酷く揺れている。
そっと引き金に指をかける。
正直、そんなに迷っている暇はない。すぐにでも引き金を引かねばならない。
「僕は、……僕は、いつも怖い」
ぽつりと呟きながら引き金を引く。銃から発射された強弾は狼の心臓を撃ち抜いた。
青年の手は銃から離れている。実は、引き金を引く前に――離れていたのだ。
身体を支える力を失った狼は、そのまま地に落ちる。
しかし、すぐには消えなかった。起き上がる力はないようで、既に虫の息。
放っておいてもこのまま死ぬだろう。
「俺の言った言葉、覚えてるか?」
未だに握られているナイフに目を落としながら、時雨は青年に問いかける。
「ちょっと待って」
その前に一言だけ、とメルクーアが青年の前に立つ。
「手を汚すのは、あたし達ハンターだけでいいと思うの」
あなたの手は殺す為じゃなく、何かを作り育てる為に使って欲しい。
その思いがあっての言葉。
「……それでも仇を討ちたいのなら、あたしは止めないわ」
全員の視線が青年に集まる。対極の二人の言葉。ぐるぐるとしたモノが青年の感情を揺らす。
青年は、酷く揺れた瞳を隠すように目を伏せ、自身を落ち着かせるようにゆっくりと肩を上下する。
そして、ナイフを手に倒れている狼へと近づいて行く。
傍らに立つと、膝をついて狼を見下ろす。そのままナイフを大きく掲げ、狼に向けて振り下ろした。
その瞬間、跡形なく狼が姿を消える。
虚ろな目から一筋だけ涙を流す青年の背がその場に残った。
●歩むべき道を
陽は陰り、夜が辺りを包む。
討伐後、村に戻ったハンター達は、出来うる限りの治療や弔いをしようと頷いた。
「大丈夫ですか?」
誠堂は倒れて動けない村人へと駆け寄る。
村人は小さく頷いてはいるが、応急処置として足に雑に括られている布は既に血に染まっていた。
「……少し我慢してください」
彼は新しい包帯を取り出し、医者ほど的確ではないが、傷口に応急手当を施していく。
「水で少し拭けばいいか……?」
リリスは誠堂に指示を仰ぎながら、同じく怪我人の手当てを行っていた。
深い傷は彼に任せて、彼女は軽傷を負った村人に声をかけて歩く。
「ばいきん、危ないからな……」
「よし、これで。安静にしていてください」
小さな笑みは村人達に少しずつ安心感を生ませる。彼らが居る。それだけでいい事もあるのだ。
村には怪我人だけではない。望まないが、亡くなった人も多くいた。
比較的動ける人と共にメルクーアは葬儀をする為、砂に汚れてしまった死者の顔を拭っていく。
「……敵は倒したよ」
届かないと分かっていても言葉にする。
心なしか拭っていた顔の表情が柔らかくなったような気がした。
甲は、青年が未だに大事そうに抱き締めている鞄が気になっていた。
肩紐が切れ、土に汚れた鞄はとても大事になれている物には見えない。
何が理由があるのではないか、甲はそう思い青年に問いかけた。
「その鞄には何か入っているのか?」
青年はハッと顔を上げ、より一層強く鞄を抱き締める。もし、中に柔らかい物が入っていれば潰れてしまっているだろう。
「こ、れは……」
「無理にとは言わない。でも、きっと吐き出した方が楽になる」
優しい声色に導かれるかのように、青年は膝から崩れ落ち、大粒の涙が頬を伝う。
「い、もうと、に……薬、を……っ」
嗚咽混じりに紡がれる言葉。
妹の事、家族の事、自分の弱さ、恐怖や不安……次々と言葉が零れ落ちる。
「……絵本、妹さんと一緒に埋めてあげよう?」
甲の隣で話を聞いていた鮫島は青年の震える背をゆっくりと撫でる。
誰も彼を攻めはしない。二人の優しさに、青年の心はゆっくりと解かされていく。
(……守りたい物を守るのは、すごく難しいんだな)
甲は鮫島の頭を撫でて苦笑を零す。守りたいものを守り抜く為には――。
青年の涙が収まるまで、甲と鮫島は青年に寄り添い続けていた。
埋葬が終わり、一輪ずつ花が供えられた墓を前に、彼女は横笛を取り出す。
「……今はどうか安らかに」
目を伏せ、静かに横笛に口をつける。
心を憎しみに染めずに、未来へと目を向けて欲しい。道は歩む為にあるもんだ。
穢れなき魂へと還り、幸ある来世へと――その想いを込め、時雨は音色を奏で続ける。
弔いの音は村全体に響き渡り、青年の、村人の、全ての心に染み渡っていった。
●
東の空から太陽が昇り始める。夜を支配する闇に差し込む一筋の光。
全員が目を細めて光を見つめる。まるで、その光は進むべき道を示しているようで。
「あのっ」
背筋を伸ばした青年がハンター達に頭を下げる。
「ありがとう。本当に……ありがとうございました」
顔を上げた青年の表情はどこか頼もしい物となっていた。
きっとまだ不安だらけだろう。でも、光を取り戻した瞳は前を見据えている。
だから大丈夫。
彼は光ある道を歩んでいける――不思議とそんな気がした。
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相談用 メルクーア(ka4005) ドワーフ|10才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/03/14 01:56:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/10 00:42:03 |