ゲスト
(ka0000)
【不動】巨人追撃戦
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/16 07:30
- 完成日
- 2015/03/22 17:11
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
枯死した巨木が引き抜かれた。
それを為したのは全高5メートルを超えるオーガだ。
根を引きちぎり、枝をむしり取り、かつて敬われていた木を単なる棍棒に貶める。
そんな光景が、枯れ果てた林の全域で行われていた。
オーガはどれも傷を負っている。
銃弾が埋まったままの傷から不規則に血を流すもの、刀傷が手当てもされずに癒着したもの、術の炎で焼け焦げたものなど多種多様だ。
唯一瞳だけは似通っている。ハンターに対する憎しみと殺意、武装を整え今度こそ食らおうとする悪意が、どのオーガの瞳にもはっきりと浮かんでいた。
●
ナナミ河撃滅戦で人類は多くの歪虚を討ち取った。
大勝利と評してもどこからも文句が出ない結果だ。
しかしもとの戦力が違いすぎる。あれだけ倒してもなお、歪虚が優勢だ。
故に、ありとあらゆる手段を尽くして少なくとも対等に、可能なら人類の下まで引きずり下ろすしかない。
「という理由で立案されたのがこの作戦です」
ハンターズソサエティ本部内、いつもは依頼票が浮かんだり張られたりしている一角で職員による説明会が行われていた。
「目標はナナミ河から撤退した巨人型歪虚です」
河から北の地図が宙に投影される。
戦場になった河周辺の情報は正確かつ詳細で、河から離れるほど情報が粗く不正確になっている。
「前回の戦いで少なくとも50を超える巨人型歪虚が北に向かって撤退しました」
別の3Dディスプレイが浮き上がる。
深い傷を負い血を流すオーガ、圧倒的回復力で傷がふさがっても疲労しきったトロルの群れが、足を引きずりながら河から離れて行く。
「これを捕捉し、可能な限り討ち取ってください」
無茶にもほどがある。偵察もされていない相手に突っ込むのは勇気ではなく無謀だ。
ナナミ河撃滅戦での傷が癒えきっていない歪虚がいるのは確実でも、高位の歪虚もその側にいるかもしれない。
どちらか片方なら勝ち目もあるだろうが、両方を相手にするのは明らかに無謀だ。
「はい。故に騎乗しての一撃離脱を提案します」
別のディスプレイに報酬や貸し出される品が表示された。
参加者全員に戦闘向けの馬を貸与、依頼中に失われても一切のお咎め無し、囮として使い潰しても問題なし。
大盤振る舞いでもあり、動物虐待でもあるかもしれない。
それならなんとかなるかと雰囲気が和らぐが、職員の表情は硬いままだった。
「手間取れば高位のヴォイドが現れるかもしれません」
空気が冷える。
十三魔やヤクシーが同時に現れたなら、おそらく抵抗も出来ずにハンターが全滅する。
「歪虚を倒すだけでは勝利になりません。必ず生きて帰ってください」
にこりともせずに説明を終え、職員は深々と頭を下げるのだった。
●ハンター到着時点の現地の状況(1文字縦横100メートル)
平平平平平平平平平平平平鬼平平
平平平林林平平平平平平平平平平
平平平平林林平平平平平平平平平
平平平平平平平平平平平哨平哨平
平平平平平平平平平平平平平平平
平平平平平平平平哨平平平平平平
平哨平平平平平平平平平平平平平
平平平平平哨平平平平平平平平平
平平平平平平平平平平平平平平平
平平平平平平平平平平平平平平平
平:徒歩でも騎乗でも問題なく全力を出せる地形です。岩や穴などがあるかもしれませんが、普通に注意しておけば避けて通れます。
林:枯死した林があります。5メートル級オーガが多数活動中。武器作りに集中しているため警戒は疎かです。1体ずつばらばらになって行動しています。
鬼:オーガとトロルの精鋭です。5メートル級トロルが5体。6メートル級オーガが1体。
哨:4メートル級トロル3体からなる小部隊が1つ行動中です。この部隊から100メートル以内にハンターが進入した場合にのみ、ハンターに気づく可能性があります。攻撃されると距離に関係無く気づきます。8名以上のハンターを発見するか、1体倒された時点で大声をあげ歪虚を呼び寄せようとします。
それを為したのは全高5メートルを超えるオーガだ。
根を引きちぎり、枝をむしり取り、かつて敬われていた木を単なる棍棒に貶める。
そんな光景が、枯れ果てた林の全域で行われていた。
オーガはどれも傷を負っている。
銃弾が埋まったままの傷から不規則に血を流すもの、刀傷が手当てもされずに癒着したもの、術の炎で焼け焦げたものなど多種多様だ。
唯一瞳だけは似通っている。ハンターに対する憎しみと殺意、武装を整え今度こそ食らおうとする悪意が、どのオーガの瞳にもはっきりと浮かんでいた。
●
ナナミ河撃滅戦で人類は多くの歪虚を討ち取った。
大勝利と評してもどこからも文句が出ない結果だ。
しかしもとの戦力が違いすぎる。あれだけ倒してもなお、歪虚が優勢だ。
故に、ありとあらゆる手段を尽くして少なくとも対等に、可能なら人類の下まで引きずり下ろすしかない。
「という理由で立案されたのがこの作戦です」
ハンターズソサエティ本部内、いつもは依頼票が浮かんだり張られたりしている一角で職員による説明会が行われていた。
「目標はナナミ河から撤退した巨人型歪虚です」
河から北の地図が宙に投影される。
戦場になった河周辺の情報は正確かつ詳細で、河から離れるほど情報が粗く不正確になっている。
「前回の戦いで少なくとも50を超える巨人型歪虚が北に向かって撤退しました」
別の3Dディスプレイが浮き上がる。
深い傷を負い血を流すオーガ、圧倒的回復力で傷がふさがっても疲労しきったトロルの群れが、足を引きずりながら河から離れて行く。
「これを捕捉し、可能な限り討ち取ってください」
無茶にもほどがある。偵察もされていない相手に突っ込むのは勇気ではなく無謀だ。
ナナミ河撃滅戦での傷が癒えきっていない歪虚がいるのは確実でも、高位の歪虚もその側にいるかもしれない。
どちらか片方なら勝ち目もあるだろうが、両方を相手にするのは明らかに無謀だ。
「はい。故に騎乗しての一撃離脱を提案します」
別のディスプレイに報酬や貸し出される品が表示された。
参加者全員に戦闘向けの馬を貸与、依頼中に失われても一切のお咎め無し、囮として使い潰しても問題なし。
大盤振る舞いでもあり、動物虐待でもあるかもしれない。
それならなんとかなるかと雰囲気が和らぐが、職員の表情は硬いままだった。
「手間取れば高位のヴォイドが現れるかもしれません」
空気が冷える。
十三魔やヤクシーが同時に現れたなら、おそらく抵抗も出来ずにハンターが全滅する。
「歪虚を倒すだけでは勝利になりません。必ず生きて帰ってください」
にこりともせずに説明を終え、職員は深々と頭を下げるのだった。
●ハンター到着時点の現地の状況(1文字縦横100メートル)
平平平平平平平平平平平平鬼平平
平平平林林平平平平平平平平平平
平平平平林林平平平平平平平平平
平平平平平平平平平平平哨平哨平
平平平平平平平平平平平平平平平
平平平平平平平平哨平平平平平平
平哨平平平平平平平平平平平平平
平平平平平哨平平平平平平平平平
平平平平平平平平平平平平平平平
平平平平平平平平平平平平平平平
平:徒歩でも騎乗でも問題なく全力を出せる地形です。岩や穴などがあるかもしれませんが、普通に注意しておけば避けて通れます。
林:枯死した林があります。5メートル級オーガが多数活動中。武器作りに集中しているため警戒は疎かです。1体ずつばらばらになって行動しています。
鬼:オーガとトロルの精鋭です。5メートル級トロルが5体。6メートル級オーガが1体。
哨:4メートル級トロル3体からなる小部隊が1つ行動中です。この部隊から100メートル以内にハンターが進入した場合にのみ、ハンターに気づく可能性があります。攻撃されると距離に関係無く気づきます。8名以上のハンターを発見するか、1体倒された時点で大声をあげ歪虚を呼び寄せようとします。
リプレイ本文
●襲撃
風が吹き土煙があがる。
総勢十数騎の足音が風でごまかされ、馬上のハンター達も煙に隠される。
エイル・メヌエット(ka2807)は借りものの馬を無理なく走らせながら、隙のない挙措で双眼鏡を使っていた。
「気づかれているわね」
右に向かって約200メートルの場所で、トロール3体が気の抜けた様子で立っている。
そのうちの1体がこちらを眺めている。
「ハンターと認識されないうちに抜けましょう」
惚けたトロールは、戦力に劣る人類が攻めて来るとは想像もしていなかったのだろう。
その危機感の無さがハンターの奇襲を容易にし、騎馬部隊による奇襲という無茶を成功に近づける。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)がオートMURAMASAを鞘から抜いた。
目標である枯死した林が急速に近づいて来て、林立する枯れ木の合間で蠢くオーガが何体も見えた。
「こう見えても乗馬には馴れ……あわっあぶっおち……ないもんねっ!」
ピオス・シルワ(ka0987)本人はふらついても馬は全く動揺しない。ピオスも覚醒すると肝が据わり、獰猛な笑みを浮かべてワンドをくるりと一回転させた。
土煙に青白いガスが混じる。
混じった範囲は広大で、全高5メートルに達するオーガが何体も意識を刈り取られた。
健在なオーガも混乱しまともに動けない。
『馬鹿ナ』
混乱したのは時間にして2秒に過ぎない。
その2秒が、彼の滅びを決定した。
蹄が枯れ草を踏み砕く音が聞こた直後、騎乗したままのユーリが木の陰から飛び出した。
背には薙刀、手にはMURAMASA。体も華やかとはいえ性能の高い防具で固めているため移動力は低い。その低さを補うのが馬であり、ユーリの体を短時間でオーガの至近まで持っていく。
人馬一体となり鋭く踏み込む。
MURAMASAが振り下ろされ、オーガの腹から腰に深い傷を刻む。
体液が噴き出したときには既にユーリはその場にいない。
オーガが怒りの咆哮と反撃の一撃を繰り出そうとして、首の後ろに強い衝撃を一瞬だけ感じた。それが、同属4体を率いるオーガの最期だった。
「思った以上に音が出る」
エイルは手裏剣を片手に睡眠中オーガに近づく。
「10体程度倒したら他の場所の歪虚にも気付かれる?」
手裏剣とMURAMASAが同時に首を刺し、5メートル級オーガのいびきと命を消し去った。
「静かに処理したら多く倒せるかも」
エイルはそう答え、全く整備されていない林に馬と共に突入した。
『ドコニイル!』
別のオーガが5メートル近い棍棒を振り回している。
ハンターは複数方向から林の攻撃を仕掛けている。右からも左からも、前からも後ろからも銃声や刃が肉を裂く音が聞こえてくるのに、オーガの視界内には敵であるハンターの姿がない。
『ドコニ』
力任せに振るった大根棒を引き戻す速度より、意識の外から突き出された光の剣の方が早かった。
鳳 覚羅(ka0862)の突きには速度はあっても力はあまり無い。実体の刃を使わないので必要最低限しか力は必要ないからだ。
オーガの脇から大量の体液が流れ出す。
大根棒の引き戻しが完了し、今度こそハンターを潰そうと腕に力を入れた。
そんなオーガの脇を蹄の音が通り過ぎた。蹄の音に魔導式回転ノコギリの音が混じっていたことに、オーガは気付けていただろうか。
丸太以上に太い腕が、二の腕あたりで切断され棍棒ごと落ちた。
「無茶に付きあわせて悪いな、耐えてくれよ」
ヴァイス(ka0364)が馬を宥め、馬を反転させ、再度オーガに仕掛ける。
言葉にならない悲鳴と怒声を垂れ流し、オーガが残った腕で覚羅を殴ろうとした。
「くっ」
拳が覚羅の胸部を打つ。
光の刃がオーガの顎から入る。
覚羅の予測通り、オーガの打撃は8割方防具が吸収し、刃はオーガの頭蓋内部を破壊する。
「予想以上に歪虚の傷が深いな」
覚羅は光を消して周囲を警戒する。奇襲を受けて混乱するオーガ数十体と同様、ハンター達も周囲の状況がよく分かっていない。
荒れ果て枯れた林は障害物だらけで獣道すらないのだ。
『ハンター!』
だから、いきなり複数のオーガと鉢合わせしてしまうことだってある。
ヴァイスが突撃する。リボルビングソーが1体の胸部を陥没させる。
反撃の拳はヴァイスではなく馬を狙っていたけれども、ヴァイスは片方を獲物で、もう片方を己の肩で受けて馬の安全を確保した。
可能なら馬の足を活かして引っかき回したいところだが、枯れ木という障害物と人体の数倍はある馬の体格で難しい。
オーガ2体がますます猛ってヴァイスを狙う。
しかし片方に覚羅の光刃が当たり、断末魔もあげられずに薄れて消えた。
相手が1体なら恐れることは何も無い。ヴァイスは堅実に防ぎ、確実にオーガを削っていった。
枯れた大木を挟んだ場所でもオーガ対ハンターの対決が行われている。
「手負いの獣を侮る気はないんでねぇ」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)がマテリアルを使って加速する。
馬は驚きながらも仮初めの主の命に従い、一旦離れてからオーガの死角へ突っ込んだ。
白狼の銘を持つ刀が大気を切り裂く。
オーガの背中に一本の赤い線が引かれ、数秒遅れて体液と骨片が弾けた。
「噛まれる前に、斬る」
反撃の膝を移動と障害物で回避。緊張する馬を宥めて再接近しオーガに再度一太刀浴びせる。
多少の返り血は気にしない。敵は歪虚で殺せば消える。
『オッ』
オーガの額に小さな穴が開く。後頭部が中身毎弾けるより早く、オーガの巨体とヒースが浴びた血が消え去った。
「横殴り、しちゃったかな?」
数十メートル後方で、ネイハム・乾風(ka2961)がメルヴイルM38を構えたままつぶやいていた。
ヒースは手振りで感謝を伝えて馬と共に駆け出す。
敵は多く獲物には事欠かないのだ。
「お前の相手はボクだ。さぁ、ボクと踊ってくれないかぁ?」
ヒースが別の個体と接触し交戦を開始する。
ネイハムはほっと息を吐いて、無数の障害物がつくる、銃弾が辛うじて通る抜け道を通し周辺状況を確認していく。
未だ状況を把握できずにうろつくオーガ、ハンターと一騎打ちするオーガ、複数のハンターに追い詰められるオーガなど様々だ。
中には不運から複数のオーガに囲まれたハンターもいるが。
「えー……面倒事は勘弁してよ」
素早く照準して発砲。
踏み出す直前のオーガのつま先直前を撃ってたたらを踏ませ、ハンターが後退して立て直す時間を稼ぐ。
ネイハムの瞳孔は開いたまま、次の獲物を探して忙しなく動く。
銃声が響く度にオーガの動きが止まり、あるは止めを刺され、戦況はさらに人類の側に傾いていくのだった。
●半壊オーガ部隊の崩壊
木々が砕けて拡散した。
アルファス(ka3312)が絶妙なタイミングと強さで手綱を操る。
恐慌状態直前だった馬がぎりぎりで持ち直し、オーガのパンチをかいくぐる。
「さすがに3体目に同じ手は通じませんか」
隠れて致命的な距離まで近づくつもりだったが、標的のオーガが周囲の木々をまとめて粉砕したのでその手は使えない。
アルファスは慌てず、長期間訓練を受けた軍人並みの精度で狙いを付け引き金を引いた。
銃弾が発射される。弾は実在しても運動エネルギーを与えたのはマテリアルだ。オーガの分厚い皮膚と強靱な筋肉を容易く貫き、堅い骨に埋まってようやく止まった。
「これで倒れないか。歪虚特有の頑丈さか?」
久延毘 大二郎(ka1771)は己の内面に没頭した状態で、リアルブルー基準ではとても武器には見えないワンドを軽く傾けた。
一見何の変哲もない小石が現れる。支えもなく宙に浮かんだ状態から爆発的に加速し、オーガの左足にめり込み骨を砕く。
「ふむ。物理法則がわずかに異なる可能性も」
集中力は大二郎の美点ではあった。
オーガが吼える。
怒りと殺意をのせてアルファスを踏みつぶそうとする。
かわせない。パリィグローブで弾くことも出来ぬと判断し光の防御壁を展開し、受け止めた。
体中が悲鳴をあげる。しかし覚醒者として鍛えた体とマテリアルはオーガの渾身の一撃に耐え抜いた。
「見越し入道、見越したぞ……頭が高いッ」
魔術的礫による、砲撃的威力による投擲。
オーガの額が砕け、こぼれた中身から薄れて全身が消えていった。
攻撃手段が派手な戦いがあれば本人が華やかな戦いもある。
アルファス達とは少し離れた場所で、直径2メートルの棍棒を十全に振るうオーガと戦うストライダーがいた。
アイビス・グラス(ka2477)は曲線的な動きで下がる。
巨大な棍棒が、寸前まで彼女のいた空間を突き抜け地面に1メートル以上埋まる。
怒張したオーガの腕からは血が流れ続け棍棒を赤黒く染めていた。
「こちらアイビス。前回から7……10メートルかな。北に移動してオーガ1体と交戦中」
オーガの攻撃を回避し、希に避け損ねても直撃だけは避け、アイビスは戦闘と報告を同時に行っていく。
『楽しそうだねぇ』
中継班であるボルディア・コンフラムス(ka0796)の声がトランシーバー越しに聞こえた。
『あっちはそろそろ敵本陣に突っ込むよ。連絡はするけど退却の準備はしっかりね』
「分かっ」
残像が残る速度で一歩右へ。
横に流れたポニーテールを岩の如き足先がかすめた。
アイビスの頬に一筋汗が伝う。恐れて動きが鈍るほど軟弱ではないけれども、敵の戦力の大きさを過小評価する気もない。
「負傷してこれ?」
このオーガが無傷な頃戦うことにならなくて幸運だった。
今この場なら、足止めをする必要も無く単純に滅ぼせば良いのだから。
「この程度?」
アイビスが不敵に笑う。
精鋭オーガは両眼を冷たく輝かせ、アイビス目がけて全力の蹴りを叩き込もうと力を込めた。
その際の隙とも呼べぬ隙を正確に捉え、シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)がオーガの背後から近づき馬上よりグレイブを振るう。
刃がうなじを切断する直前に気付き、オーガが身をよじって致命傷だけは回避する。
グレイブはオーガの右肩を壊して肺の近くまで刃を埋めて、直ちに死にはしなくても即座の死を望んでしまうほどの苦痛を与える。
「逃がさないよ」
オーガが逃げようとした先にはアイビスがいた。
さらに逃げようとするがもう遅い。
シルヴィアがグレイブを振りかぶる。
全身鎧の重量を感じさせない素早さと正確さ、魔獣型デザインの鎧を着てもなお目立つ華やかな動きで、重く堅く何より鋭い刃をオーガの首へを振り下ろした。
強さの割にはあっけない音を残し、オーガの頭だけが枯れた茂みに飛び込んだ。
グレイブの動きがほんの少しだけ乱れる。
鎧の下から聞こえる小さな音は、シルヴィアが苦痛に耐える呼吸だったのかもしれない。
「我が信ずる神よ、聖なる光を持ってこの者を癒したまえ」
シルヴィアを柔らかな光に包まれる。
呼吸が安定し、微かに漂っていた血の匂いも薄れてゆく。
光に包まれたのはアイビスも同じで、装備の下の打撲傷と痛みが完全に消える。
「神は私達を見守っています。そして私に皆さんを守る術を与えてくださいました」
爽やか過ぎて少し胡散臭いくらいの笑みを浮かべ、聖導士エルディン(ka4144)が大きく腕を広げた。
負傷を癒した相手に突っ込みを入れる訳にもいかず、女性陣2人は曖昧な表情でエルディンを出迎える。
「この戦いに神と精霊のご加護がありますように。……さて」
爽やかな笑みを浮かべたまま、エルディンは油断無く周囲を確認する。
相変わらず見通しは悪く、他のハンターが優勢に戦っているかどうかもよく分からない。
「前線で戦うのを厭うつもりはありませんが」
溜息も絵になる色男っぷりだ。
「あなた方の援護に集中した方が歪虚打倒が早まりそうです」
プロテクションがアイビスの守りを強化してから数秒後。新手のオーガが枯れた茂みをかき分けて現れ、シルヴィア達に2人がかりで粉砕されるのだった。
●前線指揮官
風が弱まり、遠くから聞き慣れた音が届く。
メイ=ロザリンド(ka3394)は片目を閉じて小首を傾げた。
距離で弱まって届くのは銃声とオーガの悲鳴、近くの小さな音は音量を下げたトランシーバーからの音声だ。
姿勢を元に戻す。
集めた情報をもとに、書き慣れたペンを使ってスケッチブックに複数の記号を書き加える。
スケッチ上に再現された戦場で、林襲撃班がオーガを駆逐しかけ、トロルの哨戒は未だに戦闘に気づかず、巨人の主力らしき存在には少しだけ動きがある。スケッチの済みに、そろそろかもと小さく書き込んだ。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はメイの肩越しにスケッチを眺め、安堵と闘志が複雑に混じった息を吐いた。
歪虚の哨戒班を回避するためとはいえ、特に清潔でもない穴に、己より体格の良い馬と一緒に隠れるのは非常に負担が大きい。
「もう少しだぞ」
ジャックが借りものの馬を撫でる。
動物に好かれやすく、馬扱いが巧みな彼でもそろそろ限界近い。
それまで沈黙していたトランシーバーが、一言「開始」と告げた。
「はっ」
ジャックが馬に乗る。馬は嬉々として立ち上がって穴から飛び出、加速し、スケッチ通りに間隔を開きすぎた哨戒班に近づいた。
メイも彼に続く。清らかな金の輪が、メイの足下からピンクプラチナの髪まで通過した。かつての機能を取り戻した喉から、美しくも無慈悲な言葉が差し出される。
「私は言葉を唄を紡ぎましょう。仲間の力になる為に」
淡い光がメイの側に集まり、物理的な力のある光弾となり哨戒班を襲う。
トロルの顔面で光が弾ける。巨人は頑丈で致命傷には遠く、しかし足が鈍ってハンターに取り囲まれる。
「こりゃ人間様と歪虚の戦争だ」
ジャックは銃を撃ち続ける。
哨戒班トロルが独特な叫びを上げると、数秒後に遠方に動きがあった。
前方に見える複数の人影が大きくなり続ける。中央に、おそらく6メートルに達する重武装のオーガが1体。周囲を5メートル級の逞しいトロル5体が固めている。
オーガとトロルという種の割にはどれも理知的な雰囲気がある。ただ、その瞳は憎悪が剥き出しで、馬が怯えてしまうほどだった。
「こっちが恨みもすりゃ向こうから恨まれもする。分かっちゃいるが」
騎乗したまま発砲。
トロルの引き締まった胸肉を貫き内部まで傷つける。
「気分良いモンじゃねぇな」
哨戒班複数の全滅にわずかに遅れ、巨人主力がハンターめがけて突撃を仕掛けた。
アレグラ・スパーダ(ka4360)とJyu=Bee(ka1681)が左右に分かれて前進。敵集団との白兵戦を避けると同時に複数方向から銃弾を浴びせる。
銃が高威力でも敵は5メートル超え歪虚が6体だ。トロルに至っては再生能力を持ってるので、退路塞ぎは出来ても削りきることはできない。
だがそれで十分なのだ。歪虚の注意が彼女達に向かった時点で、攻撃班の白兵担当が歪虚との距離を一気に縮めた。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の刃がトロルの太股に大穴を開ける。
並のトロルなら逃げるか尻餅をついて急所の喉を晒す威力だ。
『一斉ニカカレ』
足の骨が露出したトロルと、弾痕が目に見えて直っていくトロルが、非常に対処しにくい時間差でアルトに迫る。
1体ずつなら容易にかわせても左右からだと難しい。
アルトは右からの蹴りに意識を集中させ回避、左からの拳は盾のどこかに当たればよいつもりで待ち構える。
蹴りが頬をかすめ、盾からの衝撃が骨を揺らした。
今度は左からの攻撃を回避して、右からの拳にタイミングをあわせ、カウンターで肘から先を切り飛ばす。
「ナナミ河でボクらが逃がしちゃった分かな?」
決戦終盤で刃を交えた記憶がうっすらとある。ここまで完璧にタイミングをあわせたのは、おそらくそういうことなのだろう。
「今後のために数を減らさせてもらうよ」
絶大なダメージを与えても相手はそれ以上に頑丈だ。アルトは攻めると同時に防御にも集中するしかない。
イレス・アーティーアート(ka4301)が人馬一体となり駆ける。手にはよく手入れされた黒柄のグレイブ、全長約2メートルがある。
「行きます!」
渾身の力を込め、マテリアルも投入して威力を高め、突き上げた。
このトロルの全長は5メートル弱だ。切っ先は、馬と彼女とグレイブをあわせてようやく届き、首を半ばまで切断した。
「力技任せすぎるこの技は好みではないのですけれどね」
薄れていくオーガの前を横切り柄を突き出す。奇襲を狙ったトロル3体目が機先を制せられて攻撃にしくじる。
「ここで逃すと後が大変になりそうですので逃がしませんわ!」
この場で勝つことだけを目指すなら、一旦退いて長期戦という手もあった。
イレスは退かない。
圧倒的な体格差があり、触れるだけで重傷を負いかねない相手に一歩の退かずに耐える。
砲並の威力の銃弾が、オーガの頬に血の花を咲かせた。
追撃の一撃は、護衛のトロルが己を盾にして受け止める。
オーガは大型の武器で反撃しようとするが、Jyu=Beeとその愛馬は一定の距離を保ったまま一方的に攻撃を続けている。
馬と銃、白兵武器と徒歩の差は大きすぎる。油断無く距離を保って戦うなら前者が圧倒的に有利だ。
「気配が怪しいです」
アレグラが一瞬だけ北に目を向けた。
地上にも空にも歪虚の影はないけれども、戦闘開始時点より冷たく悪意にまみれている気がした。
確かな証拠はなく直感だ。ハンターとして積んできた経験が、痛いほど警告を発している。
護衛トロルが急進する。馬は決して前に出すぎてなどいなかったのに、拳で潰されかけアレグラに庇われ辛うじて危機を脱する。
「予想より指揮が巧みです」
6メートル級オーガの指揮が非常に高い。
アレグラは警戒はしても恐れはせず冷静にリロード。幻影と実体の残弾が回復する。
Jyu=Beeのが追撃しようとしたトロルを撃って注意を引きつけ、続いてオーガを狙うが別のトロルが的になる。
「あの時私達が逃がしちゃった分。ここできっちり蹴散らしてやるわよ!!」
防ごうが回避しようが撃ち続ければいつかは当たる。滅ぼせる。
懸念があるとしたら、歪虚哨戒班撃滅時の馬の疲労と高位歪虚の増援くらいだ。
クリスティン・ガフ(ka1090)は乱れそうになる呼吸を気合いで整える。
哨戒班を潰す際に殲滅速度を優先せざる得ず、いくつか受けた傷が非常に痛む。
「仕掛ける」
「それしかないか」
春日 啓一(ka1621)も同意し、2人は速度を揃えてオーガ指揮官を目指した。
アレグラが発砲する。既に護衛トロルの動きは鈍っている。弾が6メートル級オーガ頭の側頭部に当たり、ほんのわずかな時間ではあるが指揮能力を奪う。
トロルがクリスティンの前に立ちふさがろうとするが間に合わない。行かせまいと必死に腕を伸ばして彼女の肩を打つ。
骨が折れ激痛が全身に広がる。そんな状態で、クリスティンはオーガ用にも見える巨大斧を振りかぶった。
オーガは特大鉄製メイスで迎え撃つ。
ぶつかり合い、拮抗し、防ぎきったオーガが獰猛に笑う。
「今だ叩き込め!」
クリスティンの声に応じ、啓一が片鎌槍を突き込む。
血だらけのトロルが飛び込んで刺されて限界を超え崩壊する。
指揮官オーガは、この戦場での敗北とこの場での勝利を確信して、狂的な哄笑と共に鉄塊でクリスティンを打つ。
彼女が浮かべた微笑みの意味に、オーガは気付けなかった。
魔導ドリルの回転音が高らかに響く。その音はオーガの意識の死角である斜め背後から近づいてくる。
「颯におまかせですの!」
八劒 颯(ka1804)もその馬も血だらけだ。今気絶してもおかしくないのに両者とも目に力がある。
ドリルがオーガのふくらはぎに接触する。
皮を剥ぎ、肉を抉り、骨を削れずに止まる。
指揮官オーガが怒りにまかせてメイスを振るおうとする。
「びりびり電撃どりるぅ~!!!!」
超至近距離から颯が雷を流し込む。
颯の数倍は重いメイスが振り下ろされる。
雷はオーガの体内を痛めつけ、メイスは盾で威力を半減させられながら颯を打ち据えた。
「守りたい物が戦場にある、だから俺は戦う」
静かな声とは逆に、啓一が強引に前進した。護衛トロルが己の防御を考えずに得物を突きだし、啓一だけでなく馬まで傷つける。
馬が歯をむき出す。ここが勝敗の分岐だと分かっている。命あるものの敵に向かい、傷だらけの体で主を運ぶ。
啓一の体の各所に浮かぶ映像が最大値を示して光に変わる。
ヒートソードが抜き放たれ、オーガの腹から背骨、背中へ抜けた。
『ガルドブルム様ッ』
オーガの口から十三魔の名が飛び出す。魂を削るがごとき叫びであり、飛行可能な魔物を呼び寄せハンターを滅ぼす一声になるはずだった。
「何を言ってるのですの?」
颯がドリルを突き刺し突き刺し不思議そうな顔をする。
エレクトリックショックの影響でオーガの身体能力が一時的に半減し、通常なら数キロ先まで届いた一声は非常に小さく聞き取りづらかった。
『ッ』
オーガが焦る。今度こそ増援を呼ぼうと口を開く。
護衛オーガは残存1体。それでは術と銃弾からなる豪雨を防げない。
オーガの表面が焼かれ、多数の弾痕が刻まれ、危険を冒して近づいたハンターが刃を突き立てる。
指揮官は、何も残せず薄れて消えた。
●情報網
オーガが数十体蠢いていた林と、オーガとトロルを率いる巨人がいた場所の中間点。
乾いた土しかないその場所が、ある意味この戦いの中心だった。
「うん。オーガの掃討は順調……ちょっと待って」
レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)がトランシーバーをボルディアに渡す。
頭1つ分は高いボルディアが手振りで感謝を表し右手で受け取った。
左手にあるトランシーバーはオーガ殲滅部隊と繋がり、レホスから渡された方は指揮官排除部隊に繋がっている。
「撤退を進言するよ。歪虚の哨戒共も動きがおかしい」
まだ、高位ヴォイドの姿は見えない。
しかし北の土地も空も最初にみたときより生気が失せ、敵哨戒班の動きも鋭く変わっている。
「もう少しだけ頑張ってね」
レホスは馬を労る。
馬はレホスに己の首をレホスの手に擦りつけ、レホスは触れ合いを楽しむと平行して、普段より1メートル以上高い視線を楽しんでいた。
レホスの目に沈痛な感情が浮かぶ。百数十メートル先の歪虚哨戒班の動きがこちらに向かってきている。
「ボルディアさん」
小声だ。手には手綱ではなく仄暗い気配をまとった魔導銃がある。
「撤退じゃなく命令だ。とっとと逃げるんだよ!」
丁度そのとき、オーガの指揮官が潰されていた。
トロルの動きが変わる。精鋭軍人並だ。
「ボクにしかできないことなんだ」
硬い表情で大型銃を構え、馬に移動させながら、撃つ。
鋭い瞳のトロルに当たる。威力は大きくてもトロルはそれ以上に頑強で倒せない。
再度撃つ。トロルは悲鳴も怒号もあげずに着実に距離を詰めてくる。
「終わったよ」
預かったトランシーバーをとりあえず背嚢に。片手だけでアムタトイを持って、ボルディアは構えはせずに馬を駆けさせた。
「逃げちゃダメだ!」
トロルに銃撃しつつレホスも続く。
情報網維持の役割からは絶対に逃げない。そのためにはトロルから逃げる程度なんでもなかった。
●撤退
「なんすか?」
魔導銃の発砲音に負けないよう、神楽(ka2032)が大声を出していた。
話す相手はトランシーバーの無効の中継班だ。
「撤退ってことっすか」
目の前のオーガは銃で撃たれて穴だらけだが、今撤退すれば再選する頃には完治してしまうだろう。
ハンターが林内で倒したオーガは、合計すれば30近い。今戦っている相手も倒せば50に迫るかもしれない。
「撤退に必要な時間を考えると引き時っすね」
神楽は馬を反転させた。
隙を見逃さずにオーガが馬に殴りかかる。強固な拳を、神楽が盾で受けて馬を守った。
「痛っ」
治療は後だ。
騎乗して林に入るのも困難だったが、オーガが追って来る中での後退はそれ以上に困難だ。
「うっわ。ほんとに時間ないっす」
枯れた木の上、薄曇りだった空が不気味なほど暗くなっていた。
「火をつけるよ! 今だけ僕は放火魔だ」!
ピオスが小さな火を作って着火する。草が激しく燃え、水分の抜けた木にまで火が移る。
大二郎が煙に気付いて少量運んできた燃料を撒く。火の勢いは増すがなかなか燃え広がらない。
「毘古さん」
アルファスが拳銃で牽制しながら警告する。
火の明かりと煙で一時は混乱したオーガ達が、火を避けてハンター追跡を再開している。
アルファスが大二郎とピオスを護衛して、火の勢いが弱まる前に3人とも馬で逃げ出した。
黒煙が枯れた大地と暗い空を結ぶ。
林の複数箇所からハンターが飛び出し、少し遅れてオーガが追ってきた。
「これで最後!」
危ない状況でも残していたスリープクラウドを使う。
広範囲の術は10以上のオーガを巻き込んみ、半数近いオーガの動きを止めた。
後はひたすら逃げるだけだ。
全員集合する余裕はないので、数騎ごとまとまって元来た道を戻る。
馬はオーガに比べると倍は速い。しかし戦闘で傷ついた馬も多く、全力疾走したオーガにも追いつくチャンスがあった。
そんなときは必ず矢が飛んできた。
50メートル以上の距離をものともせずに届き、当たるまで気付かなかった巨体に突き刺さる。
威力は砲に近い銃と比べると強くはないけれども、分厚いオーガの皮を貫く威力がある。
オーガが守りを意識した分速度が落ちる。馬達は歪虚から逃れ、主と共に人類の領域目指して一直線に駆けた。
「トロルってどんな味がするんでしょう……」
半ば寝ぼけているように聞こえる口調で、ミネット・ベアール(ka3282)が呟いた。
両手で構えるのは小振りな合成弓だ。全体的に能力が高く、特に射程が素晴らしい。
ミネットは全神経を集中させ、一度も外さずオーガの追っ手に矢を突き立てた。
「当たらない」
さすがに喉に当てて一撃必殺は難しい。
発射、命中、移動。リアルブルーの過去の大帝国でも通用しそうな弓騎兵ぶりで1人最後尾を守る。
林の方向から風が吹く。馬の速度でオーガや敵哨戒班をかわし、ミネットは軽く眉を寄せた。
「期待、できなそう」
風に混じった臭いは生き物の匂いでも食材の匂いでもない。生気も存在の力も一切ない、虚無の臭いだ。
林の火が自然に消える。
生き残りの歪虚哨戒班とオーガが合流する。20を超える巨人の群れは迫力があり戦闘力も高い。
「よし」
右を見て左を見て、また前を見る。
ハンターも馬も1人も残っていない。林も半壊した上一部が焼けて、拠点としても棍棒の材料としても使えなくなっている。
「作戦成功!」
ミネットが退き撃ちを開始する。人類の領域に近づき過ぎ撤退するまで、巨人部隊は一方的に攻撃され、血を流していた。
これだけ圧倒的に勝利しても、歪虚の戦力は人類を大きく上回っている。
風が吹き土煙があがる。
総勢十数騎の足音が風でごまかされ、馬上のハンター達も煙に隠される。
エイル・メヌエット(ka2807)は借りものの馬を無理なく走らせながら、隙のない挙措で双眼鏡を使っていた。
「気づかれているわね」
右に向かって約200メートルの場所で、トロール3体が気の抜けた様子で立っている。
そのうちの1体がこちらを眺めている。
「ハンターと認識されないうちに抜けましょう」
惚けたトロールは、戦力に劣る人類が攻めて来るとは想像もしていなかったのだろう。
その危機感の無さがハンターの奇襲を容易にし、騎馬部隊による奇襲という無茶を成功に近づける。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)がオートMURAMASAを鞘から抜いた。
目標である枯死した林が急速に近づいて来て、林立する枯れ木の合間で蠢くオーガが何体も見えた。
「こう見えても乗馬には馴れ……あわっあぶっおち……ないもんねっ!」
ピオス・シルワ(ka0987)本人はふらついても馬は全く動揺しない。ピオスも覚醒すると肝が据わり、獰猛な笑みを浮かべてワンドをくるりと一回転させた。
土煙に青白いガスが混じる。
混じった範囲は広大で、全高5メートルに達するオーガが何体も意識を刈り取られた。
健在なオーガも混乱しまともに動けない。
『馬鹿ナ』
混乱したのは時間にして2秒に過ぎない。
その2秒が、彼の滅びを決定した。
蹄が枯れ草を踏み砕く音が聞こた直後、騎乗したままのユーリが木の陰から飛び出した。
背には薙刀、手にはMURAMASA。体も華やかとはいえ性能の高い防具で固めているため移動力は低い。その低さを補うのが馬であり、ユーリの体を短時間でオーガの至近まで持っていく。
人馬一体となり鋭く踏み込む。
MURAMASAが振り下ろされ、オーガの腹から腰に深い傷を刻む。
体液が噴き出したときには既にユーリはその場にいない。
オーガが怒りの咆哮と反撃の一撃を繰り出そうとして、首の後ろに強い衝撃を一瞬だけ感じた。それが、同属4体を率いるオーガの最期だった。
「思った以上に音が出る」
エイルは手裏剣を片手に睡眠中オーガに近づく。
「10体程度倒したら他の場所の歪虚にも気付かれる?」
手裏剣とMURAMASAが同時に首を刺し、5メートル級オーガのいびきと命を消し去った。
「静かに処理したら多く倒せるかも」
エイルはそう答え、全く整備されていない林に馬と共に突入した。
『ドコニイル!』
別のオーガが5メートル近い棍棒を振り回している。
ハンターは複数方向から林の攻撃を仕掛けている。右からも左からも、前からも後ろからも銃声や刃が肉を裂く音が聞こえてくるのに、オーガの視界内には敵であるハンターの姿がない。
『ドコニ』
力任せに振るった大根棒を引き戻す速度より、意識の外から突き出された光の剣の方が早かった。
鳳 覚羅(ka0862)の突きには速度はあっても力はあまり無い。実体の刃を使わないので必要最低限しか力は必要ないからだ。
オーガの脇から大量の体液が流れ出す。
大根棒の引き戻しが完了し、今度こそハンターを潰そうと腕に力を入れた。
そんなオーガの脇を蹄の音が通り過ぎた。蹄の音に魔導式回転ノコギリの音が混じっていたことに、オーガは気付けていただろうか。
丸太以上に太い腕が、二の腕あたりで切断され棍棒ごと落ちた。
「無茶に付きあわせて悪いな、耐えてくれよ」
ヴァイス(ka0364)が馬を宥め、馬を反転させ、再度オーガに仕掛ける。
言葉にならない悲鳴と怒声を垂れ流し、オーガが残った腕で覚羅を殴ろうとした。
「くっ」
拳が覚羅の胸部を打つ。
光の刃がオーガの顎から入る。
覚羅の予測通り、オーガの打撃は8割方防具が吸収し、刃はオーガの頭蓋内部を破壊する。
「予想以上に歪虚の傷が深いな」
覚羅は光を消して周囲を警戒する。奇襲を受けて混乱するオーガ数十体と同様、ハンター達も周囲の状況がよく分かっていない。
荒れ果て枯れた林は障害物だらけで獣道すらないのだ。
『ハンター!』
だから、いきなり複数のオーガと鉢合わせしてしまうことだってある。
ヴァイスが突撃する。リボルビングソーが1体の胸部を陥没させる。
反撃の拳はヴァイスではなく馬を狙っていたけれども、ヴァイスは片方を獲物で、もう片方を己の肩で受けて馬の安全を確保した。
可能なら馬の足を活かして引っかき回したいところだが、枯れ木という障害物と人体の数倍はある馬の体格で難しい。
オーガ2体がますます猛ってヴァイスを狙う。
しかし片方に覚羅の光刃が当たり、断末魔もあげられずに薄れて消えた。
相手が1体なら恐れることは何も無い。ヴァイスは堅実に防ぎ、確実にオーガを削っていった。
枯れた大木を挟んだ場所でもオーガ対ハンターの対決が行われている。
「手負いの獣を侮る気はないんでねぇ」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)がマテリアルを使って加速する。
馬は驚きながらも仮初めの主の命に従い、一旦離れてからオーガの死角へ突っ込んだ。
白狼の銘を持つ刀が大気を切り裂く。
オーガの背中に一本の赤い線が引かれ、数秒遅れて体液と骨片が弾けた。
「噛まれる前に、斬る」
反撃の膝を移動と障害物で回避。緊張する馬を宥めて再接近しオーガに再度一太刀浴びせる。
多少の返り血は気にしない。敵は歪虚で殺せば消える。
『オッ』
オーガの額に小さな穴が開く。後頭部が中身毎弾けるより早く、オーガの巨体とヒースが浴びた血が消え去った。
「横殴り、しちゃったかな?」
数十メートル後方で、ネイハム・乾風(ka2961)がメルヴイルM38を構えたままつぶやいていた。
ヒースは手振りで感謝を伝えて馬と共に駆け出す。
敵は多く獲物には事欠かないのだ。
「お前の相手はボクだ。さぁ、ボクと踊ってくれないかぁ?」
ヒースが別の個体と接触し交戦を開始する。
ネイハムはほっと息を吐いて、無数の障害物がつくる、銃弾が辛うじて通る抜け道を通し周辺状況を確認していく。
未だ状況を把握できずにうろつくオーガ、ハンターと一騎打ちするオーガ、複数のハンターに追い詰められるオーガなど様々だ。
中には不運から複数のオーガに囲まれたハンターもいるが。
「えー……面倒事は勘弁してよ」
素早く照準して発砲。
踏み出す直前のオーガのつま先直前を撃ってたたらを踏ませ、ハンターが後退して立て直す時間を稼ぐ。
ネイハムの瞳孔は開いたまま、次の獲物を探して忙しなく動く。
銃声が響く度にオーガの動きが止まり、あるは止めを刺され、戦況はさらに人類の側に傾いていくのだった。
●半壊オーガ部隊の崩壊
木々が砕けて拡散した。
アルファス(ka3312)が絶妙なタイミングと強さで手綱を操る。
恐慌状態直前だった馬がぎりぎりで持ち直し、オーガのパンチをかいくぐる。
「さすがに3体目に同じ手は通じませんか」
隠れて致命的な距離まで近づくつもりだったが、標的のオーガが周囲の木々をまとめて粉砕したのでその手は使えない。
アルファスは慌てず、長期間訓練を受けた軍人並みの精度で狙いを付け引き金を引いた。
銃弾が発射される。弾は実在しても運動エネルギーを与えたのはマテリアルだ。オーガの分厚い皮膚と強靱な筋肉を容易く貫き、堅い骨に埋まってようやく止まった。
「これで倒れないか。歪虚特有の頑丈さか?」
久延毘 大二郎(ka1771)は己の内面に没頭した状態で、リアルブルー基準ではとても武器には見えないワンドを軽く傾けた。
一見何の変哲もない小石が現れる。支えもなく宙に浮かんだ状態から爆発的に加速し、オーガの左足にめり込み骨を砕く。
「ふむ。物理法則がわずかに異なる可能性も」
集中力は大二郎の美点ではあった。
オーガが吼える。
怒りと殺意をのせてアルファスを踏みつぶそうとする。
かわせない。パリィグローブで弾くことも出来ぬと判断し光の防御壁を展開し、受け止めた。
体中が悲鳴をあげる。しかし覚醒者として鍛えた体とマテリアルはオーガの渾身の一撃に耐え抜いた。
「見越し入道、見越したぞ……頭が高いッ」
魔術的礫による、砲撃的威力による投擲。
オーガの額が砕け、こぼれた中身から薄れて全身が消えていった。
攻撃手段が派手な戦いがあれば本人が華やかな戦いもある。
アルファス達とは少し離れた場所で、直径2メートルの棍棒を十全に振るうオーガと戦うストライダーがいた。
アイビス・グラス(ka2477)は曲線的な動きで下がる。
巨大な棍棒が、寸前まで彼女のいた空間を突き抜け地面に1メートル以上埋まる。
怒張したオーガの腕からは血が流れ続け棍棒を赤黒く染めていた。
「こちらアイビス。前回から7……10メートルかな。北に移動してオーガ1体と交戦中」
オーガの攻撃を回避し、希に避け損ねても直撃だけは避け、アイビスは戦闘と報告を同時に行っていく。
『楽しそうだねぇ』
中継班であるボルディア・コンフラムス(ka0796)の声がトランシーバー越しに聞こえた。
『あっちはそろそろ敵本陣に突っ込むよ。連絡はするけど退却の準備はしっかりね』
「分かっ」
残像が残る速度で一歩右へ。
横に流れたポニーテールを岩の如き足先がかすめた。
アイビスの頬に一筋汗が伝う。恐れて動きが鈍るほど軟弱ではないけれども、敵の戦力の大きさを過小評価する気もない。
「負傷してこれ?」
このオーガが無傷な頃戦うことにならなくて幸運だった。
今この場なら、足止めをする必要も無く単純に滅ぼせば良いのだから。
「この程度?」
アイビスが不敵に笑う。
精鋭オーガは両眼を冷たく輝かせ、アイビス目がけて全力の蹴りを叩き込もうと力を込めた。
その際の隙とも呼べぬ隙を正確に捉え、シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)がオーガの背後から近づき馬上よりグレイブを振るう。
刃がうなじを切断する直前に気付き、オーガが身をよじって致命傷だけは回避する。
グレイブはオーガの右肩を壊して肺の近くまで刃を埋めて、直ちに死にはしなくても即座の死を望んでしまうほどの苦痛を与える。
「逃がさないよ」
オーガが逃げようとした先にはアイビスがいた。
さらに逃げようとするがもう遅い。
シルヴィアがグレイブを振りかぶる。
全身鎧の重量を感じさせない素早さと正確さ、魔獣型デザインの鎧を着てもなお目立つ華やかな動きで、重く堅く何より鋭い刃をオーガの首へを振り下ろした。
強さの割にはあっけない音を残し、オーガの頭だけが枯れた茂みに飛び込んだ。
グレイブの動きがほんの少しだけ乱れる。
鎧の下から聞こえる小さな音は、シルヴィアが苦痛に耐える呼吸だったのかもしれない。
「我が信ずる神よ、聖なる光を持ってこの者を癒したまえ」
シルヴィアを柔らかな光に包まれる。
呼吸が安定し、微かに漂っていた血の匂いも薄れてゆく。
光に包まれたのはアイビスも同じで、装備の下の打撲傷と痛みが完全に消える。
「神は私達を見守っています。そして私に皆さんを守る術を与えてくださいました」
爽やか過ぎて少し胡散臭いくらいの笑みを浮かべ、聖導士エルディン(ka4144)が大きく腕を広げた。
負傷を癒した相手に突っ込みを入れる訳にもいかず、女性陣2人は曖昧な表情でエルディンを出迎える。
「この戦いに神と精霊のご加護がありますように。……さて」
爽やかな笑みを浮かべたまま、エルディンは油断無く周囲を確認する。
相変わらず見通しは悪く、他のハンターが優勢に戦っているかどうかもよく分からない。
「前線で戦うのを厭うつもりはありませんが」
溜息も絵になる色男っぷりだ。
「あなた方の援護に集中した方が歪虚打倒が早まりそうです」
プロテクションがアイビスの守りを強化してから数秒後。新手のオーガが枯れた茂みをかき分けて現れ、シルヴィア達に2人がかりで粉砕されるのだった。
●前線指揮官
風が弱まり、遠くから聞き慣れた音が届く。
メイ=ロザリンド(ka3394)は片目を閉じて小首を傾げた。
距離で弱まって届くのは銃声とオーガの悲鳴、近くの小さな音は音量を下げたトランシーバーからの音声だ。
姿勢を元に戻す。
集めた情報をもとに、書き慣れたペンを使ってスケッチブックに複数の記号を書き加える。
スケッチ上に再現された戦場で、林襲撃班がオーガを駆逐しかけ、トロルの哨戒は未だに戦闘に気づかず、巨人の主力らしき存在には少しだけ動きがある。スケッチの済みに、そろそろかもと小さく書き込んだ。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はメイの肩越しにスケッチを眺め、安堵と闘志が複雑に混じった息を吐いた。
歪虚の哨戒班を回避するためとはいえ、特に清潔でもない穴に、己より体格の良い馬と一緒に隠れるのは非常に負担が大きい。
「もう少しだぞ」
ジャックが借りものの馬を撫でる。
動物に好かれやすく、馬扱いが巧みな彼でもそろそろ限界近い。
それまで沈黙していたトランシーバーが、一言「開始」と告げた。
「はっ」
ジャックが馬に乗る。馬は嬉々として立ち上がって穴から飛び出、加速し、スケッチ通りに間隔を開きすぎた哨戒班に近づいた。
メイも彼に続く。清らかな金の輪が、メイの足下からピンクプラチナの髪まで通過した。かつての機能を取り戻した喉から、美しくも無慈悲な言葉が差し出される。
「私は言葉を唄を紡ぎましょう。仲間の力になる為に」
淡い光がメイの側に集まり、物理的な力のある光弾となり哨戒班を襲う。
トロルの顔面で光が弾ける。巨人は頑丈で致命傷には遠く、しかし足が鈍ってハンターに取り囲まれる。
「こりゃ人間様と歪虚の戦争だ」
ジャックは銃を撃ち続ける。
哨戒班トロルが独特な叫びを上げると、数秒後に遠方に動きがあった。
前方に見える複数の人影が大きくなり続ける。中央に、おそらく6メートルに達する重武装のオーガが1体。周囲を5メートル級の逞しいトロル5体が固めている。
オーガとトロルという種の割にはどれも理知的な雰囲気がある。ただ、その瞳は憎悪が剥き出しで、馬が怯えてしまうほどだった。
「こっちが恨みもすりゃ向こうから恨まれもする。分かっちゃいるが」
騎乗したまま発砲。
トロルの引き締まった胸肉を貫き内部まで傷つける。
「気分良いモンじゃねぇな」
哨戒班複数の全滅にわずかに遅れ、巨人主力がハンターめがけて突撃を仕掛けた。
アレグラ・スパーダ(ka4360)とJyu=Bee(ka1681)が左右に分かれて前進。敵集団との白兵戦を避けると同時に複数方向から銃弾を浴びせる。
銃が高威力でも敵は5メートル超え歪虚が6体だ。トロルに至っては再生能力を持ってるので、退路塞ぎは出来ても削りきることはできない。
だがそれで十分なのだ。歪虚の注意が彼女達に向かった時点で、攻撃班の白兵担当が歪虚との距離を一気に縮めた。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の刃がトロルの太股に大穴を開ける。
並のトロルなら逃げるか尻餅をついて急所の喉を晒す威力だ。
『一斉ニカカレ』
足の骨が露出したトロルと、弾痕が目に見えて直っていくトロルが、非常に対処しにくい時間差でアルトに迫る。
1体ずつなら容易にかわせても左右からだと難しい。
アルトは右からの蹴りに意識を集中させ回避、左からの拳は盾のどこかに当たればよいつもりで待ち構える。
蹴りが頬をかすめ、盾からの衝撃が骨を揺らした。
今度は左からの攻撃を回避して、右からの拳にタイミングをあわせ、カウンターで肘から先を切り飛ばす。
「ナナミ河でボクらが逃がしちゃった分かな?」
決戦終盤で刃を交えた記憶がうっすらとある。ここまで完璧にタイミングをあわせたのは、おそらくそういうことなのだろう。
「今後のために数を減らさせてもらうよ」
絶大なダメージを与えても相手はそれ以上に頑丈だ。アルトは攻めると同時に防御にも集中するしかない。
イレス・アーティーアート(ka4301)が人馬一体となり駆ける。手にはよく手入れされた黒柄のグレイブ、全長約2メートルがある。
「行きます!」
渾身の力を込め、マテリアルも投入して威力を高め、突き上げた。
このトロルの全長は5メートル弱だ。切っ先は、馬と彼女とグレイブをあわせてようやく届き、首を半ばまで切断した。
「力技任せすぎるこの技は好みではないのですけれどね」
薄れていくオーガの前を横切り柄を突き出す。奇襲を狙ったトロル3体目が機先を制せられて攻撃にしくじる。
「ここで逃すと後が大変になりそうですので逃がしませんわ!」
この場で勝つことだけを目指すなら、一旦退いて長期戦という手もあった。
イレスは退かない。
圧倒的な体格差があり、触れるだけで重傷を負いかねない相手に一歩の退かずに耐える。
砲並の威力の銃弾が、オーガの頬に血の花を咲かせた。
追撃の一撃は、護衛のトロルが己を盾にして受け止める。
オーガは大型の武器で反撃しようとするが、Jyu=Beeとその愛馬は一定の距離を保ったまま一方的に攻撃を続けている。
馬と銃、白兵武器と徒歩の差は大きすぎる。油断無く距離を保って戦うなら前者が圧倒的に有利だ。
「気配が怪しいです」
アレグラが一瞬だけ北に目を向けた。
地上にも空にも歪虚の影はないけれども、戦闘開始時点より冷たく悪意にまみれている気がした。
確かな証拠はなく直感だ。ハンターとして積んできた経験が、痛いほど警告を発している。
護衛トロルが急進する。馬は決して前に出すぎてなどいなかったのに、拳で潰されかけアレグラに庇われ辛うじて危機を脱する。
「予想より指揮が巧みです」
6メートル級オーガの指揮が非常に高い。
アレグラは警戒はしても恐れはせず冷静にリロード。幻影と実体の残弾が回復する。
Jyu=Beeのが追撃しようとしたトロルを撃って注意を引きつけ、続いてオーガを狙うが別のトロルが的になる。
「あの時私達が逃がしちゃった分。ここできっちり蹴散らしてやるわよ!!」
防ごうが回避しようが撃ち続ければいつかは当たる。滅ぼせる。
懸念があるとしたら、歪虚哨戒班撃滅時の馬の疲労と高位歪虚の増援くらいだ。
クリスティン・ガフ(ka1090)は乱れそうになる呼吸を気合いで整える。
哨戒班を潰す際に殲滅速度を優先せざる得ず、いくつか受けた傷が非常に痛む。
「仕掛ける」
「それしかないか」
春日 啓一(ka1621)も同意し、2人は速度を揃えてオーガ指揮官を目指した。
アレグラが発砲する。既に護衛トロルの動きは鈍っている。弾が6メートル級オーガ頭の側頭部に当たり、ほんのわずかな時間ではあるが指揮能力を奪う。
トロルがクリスティンの前に立ちふさがろうとするが間に合わない。行かせまいと必死に腕を伸ばして彼女の肩を打つ。
骨が折れ激痛が全身に広がる。そんな状態で、クリスティンはオーガ用にも見える巨大斧を振りかぶった。
オーガは特大鉄製メイスで迎え撃つ。
ぶつかり合い、拮抗し、防ぎきったオーガが獰猛に笑う。
「今だ叩き込め!」
クリスティンの声に応じ、啓一が片鎌槍を突き込む。
血だらけのトロルが飛び込んで刺されて限界を超え崩壊する。
指揮官オーガは、この戦場での敗北とこの場での勝利を確信して、狂的な哄笑と共に鉄塊でクリスティンを打つ。
彼女が浮かべた微笑みの意味に、オーガは気付けなかった。
魔導ドリルの回転音が高らかに響く。その音はオーガの意識の死角である斜め背後から近づいてくる。
「颯におまかせですの!」
八劒 颯(ka1804)もその馬も血だらけだ。今気絶してもおかしくないのに両者とも目に力がある。
ドリルがオーガのふくらはぎに接触する。
皮を剥ぎ、肉を抉り、骨を削れずに止まる。
指揮官オーガが怒りにまかせてメイスを振るおうとする。
「びりびり電撃どりるぅ~!!!!」
超至近距離から颯が雷を流し込む。
颯の数倍は重いメイスが振り下ろされる。
雷はオーガの体内を痛めつけ、メイスは盾で威力を半減させられながら颯を打ち据えた。
「守りたい物が戦場にある、だから俺は戦う」
静かな声とは逆に、啓一が強引に前進した。護衛トロルが己の防御を考えずに得物を突きだし、啓一だけでなく馬まで傷つける。
馬が歯をむき出す。ここが勝敗の分岐だと分かっている。命あるものの敵に向かい、傷だらけの体で主を運ぶ。
啓一の体の各所に浮かぶ映像が最大値を示して光に変わる。
ヒートソードが抜き放たれ、オーガの腹から背骨、背中へ抜けた。
『ガルドブルム様ッ』
オーガの口から十三魔の名が飛び出す。魂を削るがごとき叫びであり、飛行可能な魔物を呼び寄せハンターを滅ぼす一声になるはずだった。
「何を言ってるのですの?」
颯がドリルを突き刺し突き刺し不思議そうな顔をする。
エレクトリックショックの影響でオーガの身体能力が一時的に半減し、通常なら数キロ先まで届いた一声は非常に小さく聞き取りづらかった。
『ッ』
オーガが焦る。今度こそ増援を呼ぼうと口を開く。
護衛オーガは残存1体。それでは術と銃弾からなる豪雨を防げない。
オーガの表面が焼かれ、多数の弾痕が刻まれ、危険を冒して近づいたハンターが刃を突き立てる。
指揮官は、何も残せず薄れて消えた。
●情報網
オーガが数十体蠢いていた林と、オーガとトロルを率いる巨人がいた場所の中間点。
乾いた土しかないその場所が、ある意味この戦いの中心だった。
「うん。オーガの掃討は順調……ちょっと待って」
レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)がトランシーバーをボルディアに渡す。
頭1つ分は高いボルディアが手振りで感謝を表し右手で受け取った。
左手にあるトランシーバーはオーガ殲滅部隊と繋がり、レホスから渡された方は指揮官排除部隊に繋がっている。
「撤退を進言するよ。歪虚の哨戒共も動きがおかしい」
まだ、高位ヴォイドの姿は見えない。
しかし北の土地も空も最初にみたときより生気が失せ、敵哨戒班の動きも鋭く変わっている。
「もう少しだけ頑張ってね」
レホスは馬を労る。
馬はレホスに己の首をレホスの手に擦りつけ、レホスは触れ合いを楽しむと平行して、普段より1メートル以上高い視線を楽しんでいた。
レホスの目に沈痛な感情が浮かぶ。百数十メートル先の歪虚哨戒班の動きがこちらに向かってきている。
「ボルディアさん」
小声だ。手には手綱ではなく仄暗い気配をまとった魔導銃がある。
「撤退じゃなく命令だ。とっとと逃げるんだよ!」
丁度そのとき、オーガの指揮官が潰されていた。
トロルの動きが変わる。精鋭軍人並だ。
「ボクにしかできないことなんだ」
硬い表情で大型銃を構え、馬に移動させながら、撃つ。
鋭い瞳のトロルに当たる。威力は大きくてもトロルはそれ以上に頑強で倒せない。
再度撃つ。トロルは悲鳴も怒号もあげずに着実に距離を詰めてくる。
「終わったよ」
預かったトランシーバーをとりあえず背嚢に。片手だけでアムタトイを持って、ボルディアは構えはせずに馬を駆けさせた。
「逃げちゃダメだ!」
トロルに銃撃しつつレホスも続く。
情報網維持の役割からは絶対に逃げない。そのためにはトロルから逃げる程度なんでもなかった。
●撤退
「なんすか?」
魔導銃の発砲音に負けないよう、神楽(ka2032)が大声を出していた。
話す相手はトランシーバーの無効の中継班だ。
「撤退ってことっすか」
目の前のオーガは銃で撃たれて穴だらけだが、今撤退すれば再選する頃には完治してしまうだろう。
ハンターが林内で倒したオーガは、合計すれば30近い。今戦っている相手も倒せば50に迫るかもしれない。
「撤退に必要な時間を考えると引き時っすね」
神楽は馬を反転させた。
隙を見逃さずにオーガが馬に殴りかかる。強固な拳を、神楽が盾で受けて馬を守った。
「痛っ」
治療は後だ。
騎乗して林に入るのも困難だったが、オーガが追って来る中での後退はそれ以上に困難だ。
「うっわ。ほんとに時間ないっす」
枯れた木の上、薄曇りだった空が不気味なほど暗くなっていた。
「火をつけるよ! 今だけ僕は放火魔だ」!
ピオスが小さな火を作って着火する。草が激しく燃え、水分の抜けた木にまで火が移る。
大二郎が煙に気付いて少量運んできた燃料を撒く。火の勢いは増すがなかなか燃え広がらない。
「毘古さん」
アルファスが拳銃で牽制しながら警告する。
火の明かりと煙で一時は混乱したオーガ達が、火を避けてハンター追跡を再開している。
アルファスが大二郎とピオスを護衛して、火の勢いが弱まる前に3人とも馬で逃げ出した。
黒煙が枯れた大地と暗い空を結ぶ。
林の複数箇所からハンターが飛び出し、少し遅れてオーガが追ってきた。
「これで最後!」
危ない状況でも残していたスリープクラウドを使う。
広範囲の術は10以上のオーガを巻き込んみ、半数近いオーガの動きを止めた。
後はひたすら逃げるだけだ。
全員集合する余裕はないので、数騎ごとまとまって元来た道を戻る。
馬はオーガに比べると倍は速い。しかし戦闘で傷ついた馬も多く、全力疾走したオーガにも追いつくチャンスがあった。
そんなときは必ず矢が飛んできた。
50メートル以上の距離をものともせずに届き、当たるまで気付かなかった巨体に突き刺さる。
威力は砲に近い銃と比べると強くはないけれども、分厚いオーガの皮を貫く威力がある。
オーガが守りを意識した分速度が落ちる。馬達は歪虚から逃れ、主と共に人類の領域目指して一直線に駆けた。
「トロルってどんな味がするんでしょう……」
半ば寝ぼけているように聞こえる口調で、ミネット・ベアール(ka3282)が呟いた。
両手で構えるのは小振りな合成弓だ。全体的に能力が高く、特に射程が素晴らしい。
ミネットは全神経を集中させ、一度も外さずオーガの追っ手に矢を突き立てた。
「当たらない」
さすがに喉に当てて一撃必殺は難しい。
発射、命中、移動。リアルブルーの過去の大帝国でも通用しそうな弓騎兵ぶりで1人最後尾を守る。
林の方向から風が吹く。馬の速度でオーガや敵哨戒班をかわし、ミネットは軽く眉を寄せた。
「期待、できなそう」
風に混じった臭いは生き物の匂いでも食材の匂いでもない。生気も存在の力も一切ない、虚無の臭いだ。
林の火が自然に消える。
生き残りの歪虚哨戒班とオーガが合流する。20を超える巨人の群れは迫力があり戦闘力も高い。
「よし」
右を見て左を見て、また前を見る。
ハンターも馬も1人も残っていない。林も半壊した上一部が焼けて、拠点としても棍棒の材料としても使えなくなっている。
「作戦成功!」
ミネットが退き撃ちを開始する。人類の領域に近づき過ぎ撤退するまで、巨人部隊は一方的に攻撃され、血を流していた。
これだけ圧倒的に勝利しても、歪虚の戦力は人類を大きく上回っている。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 20人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 春日 啓一(ka1621) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/16 01:33:37 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/13 20:21:41 |