ゲスト
(ka0000)
深緑
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/17 15:00
- 完成日
- 2015/03/24 00:36
みんなの思い出
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オープニング
●
ベッカートは驚嘆した。
執事から慇懃に案内された画廊で目にしたものは、
今日のゾンネンシュトラール帝国にあって最高峰のコレクションだった。
しがない画商の身では一生拝むことのできないと思っていた名画の数々――
多くは王国から持ち込まれた巨匠の傑作。加えて、旧帝国時代の退廃美が光る逸品。
それらが年代や作家の別なく、天井の高い迷路のような画廊の各所に配されている。
仄明かりの中を半ば茫然としてさまよい歩いた挙句、順路の突き当たりの壁に、更に驚くべきものを目にした。
画廊の最奥、コレクションの締めくくりを飾る一枚は、
他でもない彼自身がかつて二束三文で手放した、小さなガラスモザイクだった。
石膏板に埋め込まれた緑、茶、無色、3種類のガラス片から成る、赤子を抱く女性の画。
数々の名作を差し置いて鑑賞の終点に置かれたその粗末なモザイク画は、異様な存在感を放っていた。
「お気に召して頂けたかね」
振り返れば、禿頭にカイゼル髭の紳士が、赤絨毯の上を足音もなく歩いてきた。
画廊の主にして帝国随一の資産家、ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスその人だ。
「大変な光栄です。お招き頂いたことも……、
私が売った画なぞを、このような素晴らしい場所に飾って頂いたことも」
恐縮するベッカートの肩へ軽く手を置くと、ルートヴィヒは彼の頭越しに画を見やり、
「聖母子像だね」
「は?」
「リアルブルーの伝統的な画題だよ、現存する原始エクラ教の宗教画にも多い。
現代絵画にも似た画題の作品は数あるが、
かつての聖母崇拝の意義は薄れ、形骸化しているものが大半だ。しかし……」
ルートヴィヒはひとり奥の壁へ向い、片眼鏡を取り出して間近に画を見つめる。
「『彼女』は、この画に心を込めているね」
金満家のルートヴィヒが、貧乏画商の青年・ベッカートなどを招いた理由はひとつ。
「この画の作者の、他の作品を貰いたいな」
ベッカートは冷汗をかいた。
まさか、風変りで目についたというだけで帝都のとあるガラクタ屋から買い取り、
好事家相手の商売が上手い知り合いに流したものが、流れ流れてこんな超一流のコレクターに辿り着くとは。
もっとも、ルートヴィヒは大資本家かつ芸術愛好家として有名な一方、
傾奇者とでも呼ぶべきか、その奇矯な趣味と振る舞いでも知られていた。
「先程、その画の作者を彼女、とお呼びになられましたが、既に作者をご存じで?」
ベッカートが尋ねると、
「どこの誰とも知らないが、画を見れば分かる。
画は窓だ。じっと目を凝らせば、向こう側のことが様々見えるんだよ。
とはいえ、画に呼びかけて『もう1枚』とは注文できない。あの画をどこで手に入れた?
教えてくれれば、あるいは君が今後買いつけをやってくれるなら、とても助かるんだがね」
●
女が背負った籠の中身は、一日かけて拾い集めたガラスくず。
夕暮れどき、彼女が貧民街に程近い河岸で焚火をしている仲間たち――
老人と女、子供ばかりの浮浪者の集まりへ混じると、ぼろぼろのコートで着ぶくれた老婆が声をかけた。
「ご苦労さんだったね、マティ。稼ぎはどうだい?」
「駄目ね。何だか最近、脚がおかしいの。あんまり歩けなくて」
マティは焚火の前の地べたに座ると、脚を伸ばしてもみながら、顔を隠すようにかぶっていた頭巾を取る。
彼女はまだ若く、美しかった。しかし頬はこけ、薄汚れた肌は荒れ、
ざんばらに刈った金髪は鳥の巣のように膨れ上がっていた。
誰かが彼女へ、色も味もない野菜くずのスープが入った器を回す。
子供たちがマティの籠に入ったガラスくずを、真っ黒に汚れた麻袋へ空けた。老婆が、
「だいぶ溜まったじゃないか。明日、お前たちで売りにお行き」
それからマティへ振り返って、
「昼間、また奴らが来たよ。石ぶっけて追い返してやった」
「……やっぱり、私出てくよ」
「何言ってるんだい! もっとましなところへ行く当てがあるってなら別だけどね、
あんな連中のせいで抜けるなんてのは、なしにしておくれ」
マティは答えない。ただ、器を開いた脚の間に置いて、
ガラスで傷だらけになった自分の手をじっと見つめるだけだった。
『奴ら』というのは、マティが以前働いていた店の男たちだ。
勝手に逃げ出した彼女を、力ずくで連れ戻す気でいる。
脅されようが何をされようが死んでも戻るつもりはない、
しかし匿ってくれた仲間たちをこれ以上危険に晒すこともできない。
相手はやくざ者、何度もこけにされて黙っている筈はないし、
ことが起これば、まともな男手のないこの集まりは簡単に潰されてしまう。
●
見慣れぬ青年がひとり、手を振りつつ河辺の焚火へ歩いてきた。
子供たちが咄嗟に河原の石を拾い上げる。老婆も立ち上がり、
「何度来たってマティを返す気はないよ! 彼女は私らの仲間なんだからね!」
投石に見舞われると、彼はひゃっと声を上げて身を屈めた。
「違う! 僕は――画を買いに来ただけだ!」
青年は画商・ベッカートだった。
ガラクタ屋の証言を元に作者を探して帝都中歩き回り、
そうして遂に、河原の浮浪者の集まりに混じっていたマティを見つけたのだ。
「あなたがガラクタ屋に売った画、あれを高く買っているお方がいるんだ。
新作を売ってくれたら、この先それだけで食っていけるかも……」
ベッカートの言い分は決して大げさではない。
ルートヴィヒは、恵まれない芸術家のパトロンとしても有名なのだ。老婆が手を打って喜ぶ。
「やったじゃないか、マティ! あの画を売るって聞いたときは、勿体ないと思ったけどねぇ」
マティが作ったガラスモザイクの母子像。
ガラスくずのまま工場に売るより細工をしたほうが儲かるのではと考えたのだが、
まともな売り先もなく、ガラクタ屋には小銭で買い叩かれてしまった。
「私どもは金に糸目はつけません。断る理由はないかと……」
「いいえ、お断りします」
きっぱり答えるマティに、老婆とベッカートが揃って口をあんぐりと開けた。
「私は追われてる身で、もう画を描いてる暇なんかないの。
それに、画を売ってうっかり顔と名が知られたら、また奴らに追いかけられる……」
マティの意志は固かった。老婆の説得も効かず、ベッカートは頭を抱える。
折角作者を見つけたというのに、貧乏画商から成り上がるチャンスは儚くも消え――
いや、ここで諦めてなるものか。
「つまりですね、追っ手さえどうにかなれば、画を描く余裕も出てくると?」
「そりゃあね。でもあなた、ひ弱そうだし、とても助けてもらえるとは」
そこでベッカートは己の胸をぽんと叩いて、誇らしげに言った。
「仰る通り僕は貧弱だ! ですが絶対に解決してみせます……方法はある」
帝都のベッカートから連絡を受けたルートヴィヒは、簡単に言ってのけた。
「やりたまえ。ハンターを雇って問題を解決したまえ、金はいくらでも出す」
ベッカートは驚嘆した。
執事から慇懃に案内された画廊で目にしたものは、
今日のゾンネンシュトラール帝国にあって最高峰のコレクションだった。
しがない画商の身では一生拝むことのできないと思っていた名画の数々――
多くは王国から持ち込まれた巨匠の傑作。加えて、旧帝国時代の退廃美が光る逸品。
それらが年代や作家の別なく、天井の高い迷路のような画廊の各所に配されている。
仄明かりの中を半ば茫然としてさまよい歩いた挙句、順路の突き当たりの壁に、更に驚くべきものを目にした。
画廊の最奥、コレクションの締めくくりを飾る一枚は、
他でもない彼自身がかつて二束三文で手放した、小さなガラスモザイクだった。
石膏板に埋め込まれた緑、茶、無色、3種類のガラス片から成る、赤子を抱く女性の画。
数々の名作を差し置いて鑑賞の終点に置かれたその粗末なモザイク画は、異様な存在感を放っていた。
「お気に召して頂けたかね」
振り返れば、禿頭にカイゼル髭の紳士が、赤絨毯の上を足音もなく歩いてきた。
画廊の主にして帝国随一の資産家、ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスその人だ。
「大変な光栄です。お招き頂いたことも……、
私が売った画なぞを、このような素晴らしい場所に飾って頂いたことも」
恐縮するベッカートの肩へ軽く手を置くと、ルートヴィヒは彼の頭越しに画を見やり、
「聖母子像だね」
「は?」
「リアルブルーの伝統的な画題だよ、現存する原始エクラ教の宗教画にも多い。
現代絵画にも似た画題の作品は数あるが、
かつての聖母崇拝の意義は薄れ、形骸化しているものが大半だ。しかし……」
ルートヴィヒはひとり奥の壁へ向い、片眼鏡を取り出して間近に画を見つめる。
「『彼女』は、この画に心を込めているね」
金満家のルートヴィヒが、貧乏画商の青年・ベッカートなどを招いた理由はひとつ。
「この画の作者の、他の作品を貰いたいな」
ベッカートは冷汗をかいた。
まさか、風変りで目についたというだけで帝都のとあるガラクタ屋から買い取り、
好事家相手の商売が上手い知り合いに流したものが、流れ流れてこんな超一流のコレクターに辿り着くとは。
もっとも、ルートヴィヒは大資本家かつ芸術愛好家として有名な一方、
傾奇者とでも呼ぶべきか、その奇矯な趣味と振る舞いでも知られていた。
「先程、その画の作者を彼女、とお呼びになられましたが、既に作者をご存じで?」
ベッカートが尋ねると、
「どこの誰とも知らないが、画を見れば分かる。
画は窓だ。じっと目を凝らせば、向こう側のことが様々見えるんだよ。
とはいえ、画に呼びかけて『もう1枚』とは注文できない。あの画をどこで手に入れた?
教えてくれれば、あるいは君が今後買いつけをやってくれるなら、とても助かるんだがね」
●
女が背負った籠の中身は、一日かけて拾い集めたガラスくず。
夕暮れどき、彼女が貧民街に程近い河岸で焚火をしている仲間たち――
老人と女、子供ばかりの浮浪者の集まりへ混じると、ぼろぼろのコートで着ぶくれた老婆が声をかけた。
「ご苦労さんだったね、マティ。稼ぎはどうだい?」
「駄目ね。何だか最近、脚がおかしいの。あんまり歩けなくて」
マティは焚火の前の地べたに座ると、脚を伸ばしてもみながら、顔を隠すようにかぶっていた頭巾を取る。
彼女はまだ若く、美しかった。しかし頬はこけ、薄汚れた肌は荒れ、
ざんばらに刈った金髪は鳥の巣のように膨れ上がっていた。
誰かが彼女へ、色も味もない野菜くずのスープが入った器を回す。
子供たちがマティの籠に入ったガラスくずを、真っ黒に汚れた麻袋へ空けた。老婆が、
「だいぶ溜まったじゃないか。明日、お前たちで売りにお行き」
それからマティへ振り返って、
「昼間、また奴らが来たよ。石ぶっけて追い返してやった」
「……やっぱり、私出てくよ」
「何言ってるんだい! もっとましなところへ行く当てがあるってなら別だけどね、
あんな連中のせいで抜けるなんてのは、なしにしておくれ」
マティは答えない。ただ、器を開いた脚の間に置いて、
ガラスで傷だらけになった自分の手をじっと見つめるだけだった。
『奴ら』というのは、マティが以前働いていた店の男たちだ。
勝手に逃げ出した彼女を、力ずくで連れ戻す気でいる。
脅されようが何をされようが死んでも戻るつもりはない、
しかし匿ってくれた仲間たちをこれ以上危険に晒すこともできない。
相手はやくざ者、何度もこけにされて黙っている筈はないし、
ことが起これば、まともな男手のないこの集まりは簡単に潰されてしまう。
●
見慣れぬ青年がひとり、手を振りつつ河辺の焚火へ歩いてきた。
子供たちが咄嗟に河原の石を拾い上げる。老婆も立ち上がり、
「何度来たってマティを返す気はないよ! 彼女は私らの仲間なんだからね!」
投石に見舞われると、彼はひゃっと声を上げて身を屈めた。
「違う! 僕は――画を買いに来ただけだ!」
青年は画商・ベッカートだった。
ガラクタ屋の証言を元に作者を探して帝都中歩き回り、
そうして遂に、河原の浮浪者の集まりに混じっていたマティを見つけたのだ。
「あなたがガラクタ屋に売った画、あれを高く買っているお方がいるんだ。
新作を売ってくれたら、この先それだけで食っていけるかも……」
ベッカートの言い分は決して大げさではない。
ルートヴィヒは、恵まれない芸術家のパトロンとしても有名なのだ。老婆が手を打って喜ぶ。
「やったじゃないか、マティ! あの画を売るって聞いたときは、勿体ないと思ったけどねぇ」
マティが作ったガラスモザイクの母子像。
ガラスくずのまま工場に売るより細工をしたほうが儲かるのではと考えたのだが、
まともな売り先もなく、ガラクタ屋には小銭で買い叩かれてしまった。
「私どもは金に糸目はつけません。断る理由はないかと……」
「いいえ、お断りします」
きっぱり答えるマティに、老婆とベッカートが揃って口をあんぐりと開けた。
「私は追われてる身で、もう画を描いてる暇なんかないの。
それに、画を売ってうっかり顔と名が知られたら、また奴らに追いかけられる……」
マティの意志は固かった。老婆の説得も効かず、ベッカートは頭を抱える。
折角作者を見つけたというのに、貧乏画商から成り上がるチャンスは儚くも消え――
いや、ここで諦めてなるものか。
「つまりですね、追っ手さえどうにかなれば、画を描く余裕も出てくると?」
「そりゃあね。でもあなた、ひ弱そうだし、とても助けてもらえるとは」
そこでベッカートは己の胸をぽんと叩いて、誇らしげに言った。
「仰る通り僕は貧弱だ! ですが絶対に解決してみせます……方法はある」
帝都のベッカートから連絡を受けたルートヴィヒは、簡単に言ってのけた。
「やりたまえ。ハンターを雇って問題を解決したまえ、金はいくらでも出す」
リプレイ本文
●
「……これが、帝都。皇帝のお膝元、ですか」
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)は、土手沿いに並ぶ粗末なバラックを前に溜め息を吐いた。
辺りには子供や老人が集まり、警戒心も露わにこちらを睨みつけている。
春先、河原に吹く風はまだ冷たく肌を刺すようで、
彼らの穴だらけの薄い外套では、到底寒さを防ぎようがないだろう。
鎧と長剣を担いだ柳津半奈(ka3743)が歩み出た。
「マティさんと貴方がたをお守りするよう、依頼を受けたハンターの者です。
まずは話をお聞かせ願えませんか」
ハンターと聞いて、浮浪者たちが道を開ける。
大き目のバラックからは、大柄な老婆が若い女性を伴って現れた。
「待ちかねてたよ。さぁ、こちらへ。汚いとこで申し訳ないけど」
手招きをされて、ハンターたちもバラックの中へ。
ハンターと老婆、そして若い女性――マティは膝を突き合わせ、話し合った。
「奴らは今日か明日にも押しかけてくるだろう。
あたしらは逃げる気はないし、逃げ場もない。どうか力を貸しておくれ」
老婆の言葉に、ヒュムネ・ミュンスター(ka4288)と夢路 まよい(ka1328)が頷く。
「大のおとなが女子供に手を上げようっつう、その料簡がまず気に食わねぇ。
きっちりぶちのめしてやっから、安心しな!」
「街の中だから、悪い人たちをみんな『壊し』ちゃったりはダメって言われたけど、
要は2度と刃向う気を起きなくさせないといけないんだね?」
にやりと笑うふたり。南條 真水(ka2377)は眼鏡の蔓をくいとつまんで、
「嫌だなぁ。暴力には、こっちも暴力で返すしかないじゃないか。
どうにかして、警察や法律に任せられれば良かったんだろうけど」
「……街の警備隊は当てにならないよ」
辺境出身のシャリファ・アスナン(ka2938)が言う。
「ボク自身、彼らにあんまり良い思い出がないからね。辺境移民や貧しい人たちに親切な連中じゃない」
「嬢ちゃんの言う通りだよ。助けを求めたところで、小突き回されて追い返されるのがオチだろう」
老婆が嘆いてみせる。マティは、その隣でじっと黙っているだけだった。
レイは正座した足を組み直しながら、彼女のほうへ身を乗り出した。
「とはいえ……いや、だからこそ、確かめておかねばならないことがあります。
マティ様。今回の件で、貴女にも、皆様にも禍が及ばぬようにしたいのです」
じっと見返すマティ。レイは一度言葉を切ると、まっすぐ彼女に向き合いながら、
「教えて下さい。貴女と、貴女を追う彼らの関係を」
●
「良くある話よ」
マティは無表情に語り始める。
小貴族のひとり娘だったマティ。
革命戦争で父が戦死し、財産は没収された。
残されたマティと母親は僅かな蓄えで食いつないでいたが、数年後に母も病死。
天涯孤独となった彼女の前に、帝都から来たという流れ者の青年が現れた。
「弱り切っていた私は、彼の求婚に矢も盾もたまらず飛びついた。
言われるがまま帝都へ連れてこられて――そこでタネ明かし、って訳」
一度だけのことだと言われた。相手は、懇意にしている大物の資本家と教えられた。
青年も貧しく、のし上がるチャンスを得るにはこれしかないと泣き落とされた。
マティにしても頼るよすがは彼の他になく、言われるままになった。
そこからはあまり長くかからず、気づけば落ちるところまで落ちていた。
「初めて店に出されたときは、ああそういうことか、って思った。
他の女の子も、奴が同じような手口で集めてきたらしかったからね」
マティも彼女たちも、完全な無気力に支配されていた。
どうせ行き場はないのだ。遅かれ早かれこうなるしかなかった、と。
「それでも我慢がならなかったのは、客との間にできた子供を取り上げられたとき」
マティの産んだ赤ん坊は、子ができない地方豪農の家に養子として売られたようだった。
その後すぐ彼女は店を飛び出し、流れ流れてこの河原へ行きついた。
「世間知らずの馬鹿娘の告白、終わり」
●
夕方、12人の男たちが河原へ下りてきた。
ひと目にやくざ者と分かる彼らは、悠然とバラックへ近づいてくる。
一番後ろに、線の細い優男。他の者たちへ、
「マティを探して引きずり出せ。ガキと年寄りは追っ払え」
彼がリーダーで、恐らくはマティを騙した青年本人。
リーダーはふと、近場の地面に座り込んでいた浮浪者ふたりに目を留める。
「怪我したくなかったらそのままじっとしろ――」
「何だ手前ら」
ごろつきたちの進路を塞いで、ふたりのハンターが姿を見せた。
まよいと真水だ。バラックの中からも半奈とヒュムネ、棒を手にした浮浪者たちが飛び出す。
まよいがワンドを差し伸べると、
「何物にも縛られず、自由に天駆ける風の精よ。今、我が意に従い敵を打ち砕く力とならん……、
刃となりて切り刻めっ! ウィンドスラッシュ!」
かまいたちが飛び、先頭のごろつきの傍に転がっていた石を吹き飛ばす。
真水もかけ声ひとつして、機導砲でごろつきの足下の地面に穴を空ける。唖然とする彼らへ、
「無駄だと思うけど一応言わせてもらうよ。五体満足でいたいなら、帰ってくれないかな?
それで二度とここに近づかないでほしいんだ」
真水が呼びかけた。立ち往生するごろつきたちに、リーダーが怒号を上げる。
「そいつらハンターか……って、それがどうした。手前ら誰から給料もらってんだ?
俺がやれっつったらやるんだよ! ぶっ殺してでも――」
リーダーのそばで座っていた浮浪者――レイが、祈りを捧げるような手つきをしたかと思うと、
やおら外套を跳ねのけ、杖を手に襲いかかった。
こちらも浮浪者に扮していたシャリファが、手近なごろつきに飛びかかる。乱闘が始まった。
●
「分からず屋さんたちだねぇ」
「ああ、もう、せめて死なないでくれよ。南條さん、この歳で警察のお世話なんてごめんだからな!?」
向かってきたごろつきを、まよいがスリープクラウドで昏倒させる。
更に真水が機導砲を放って牽制。それでも、脇に抜けてバラックへ達した者が3人――
金属鎧に全身を包んだ半奈が立ちはだかる。剣を高々と掲げ、
「寄らば、斬ります」
ヒュムネはアックスブレードを振りかざし、
「此処は一歩たりとも通さねぇぜ」
それでも、ごろつきふたりが何とか回り込んでバラックへ侵入しようとする。
「愚かな……!」
半奈が打ちかかると、ごろつきが怯んでその場に尻もちをついた。
もうひとりはヒュムネに武器の峰で殴られて、あっさりと倒れた。
残りひとり。隙を見つけてバラックに接近するが、今度は棒を構えた浮浪者たちに阻まれた。
『皆様は可能な限り密集した上で、長い棒等を持って槍衾を作って下さい。
例え真似事であっても、ばらばらに動くより遥かに安全です。
その間に私たちが、彼らを追い返します。命を賭けて』
半奈の指示で築かれた固い守りを前に、ごろつきはやむなく後退する。
●
シャリファは、棍棒を持った男たちの懐へ飛び込んだ。
ショートパンチで鳩尾を突けば、相手はうっと呻いて後ずさりする。
後ろから掴みかかろうとする敵には、振り向きざまの肘打ちで応えた。
「……ここは通さないよ」
当面の相手はふたり。どちらも上背があって体格的に不利な相手だが、
シャリファは小柄を生かして素早く立ち回った。
ごろつきたちはなおも挑みかかるが、片方は膝を蹴られて転倒、もうひとりは腕を取られ、
脇固めの要領で関節を極められたまま転がされてしまった。
レイはリーダーを狙って拘束にかかる。
彼を取り押さえてしまえば、手下も混乱する筈だ――
「っ!?」
リーダーはレイの杖の一撃をかわしたかと思うと、どこからともなくナイフを抜き放った
レイの服の袖がぱっくりと切り裂かれた。リーダーは歯を剥き、残忍な笑みを浮かべて切りかかる。
半身になってかわすと、両手で握った杖を振るい、リーダーの前腕、腰、膝と順々に打ちすえた。
破裂音と共に、何かがレイの腰を後ろから強く打つ。
咄嗟に振り返ろうとして、身体を捻ったところで思わず膝を折ってしまった。
もう1発、腕を撃たれた。リーダーの用心棒だろうか、
痩せこけた中年の男が、拳銃でレイに狙いをつけていた。
真水とまよいが魔法で援護しようとするも、間に合わず。
リーダーは深手を負ったレイを引き寄せ、首元にナイフの刃を押し当てる。
「全員、動くな」
用心棒も、レイの頭に銃を突きつける。
レイは杖を取り落としてしまい、今ではナイフと銃が急所を狙っている。
銃創を自己治癒能力で塞げば、まだ戦えるかも分からないが、
(回復が間に合うかどうか……こちらが人質になってしまうとは、不甲斐ない)
歯噛みするも、リーダーと用心棒の腕が確からしい以上、このままでは反撃のチャンスがない。
まんまと人質を取られ、他のハンターたちも動けなくなった。
●
手下のごろつきたちが、それぞれ5人のハンターに詰め寄った。
リーダーがレイを人質にしたまま怒鳴る。
「みっつ数える間に武器を捨てろ! さもなきゃ、こいつは羊のように殺される」
「とことん下種な真似しやがる……!」
ヒュムネが呻くが、隣の半奈は言われた通りに剣を置いた。
「しかし、この状況では従うより他ありません」
促され、ヒュムネも仕方なく武器を捨てる。
近寄ってきたごろつきは、置かれた武器を蹴って遠くへやると、ふたりを棍棒で殴りつけた。
「ハンター様は素手でも怖い、丁重に武装解除して差し上げろ」
リーダーに指示され、男たちは真水、まよい、シャリファにも殴りかかった。
こめかみを棍棒で打たれ、シャリファがその場にひざまづく。
真水は構えていた日本刀を取り上げられた上、顎を殴られた。眼鏡が飛ぶ。
「さいってーだなお前ら」
そう吐き捨てた真水を、なおも拳固が襲う。
まよいも背中を強く蹴りつけられ、河原に寝かせられてしまった。
周りでは、まだ立っている仲間たちがごろつきに痛めつけられている。
(何より先にレイを助けないと……、
射程は足りてる。けど、チャンスは1度切り。しくじったらいよいよお終いだね)
まよいは倒れたままで、目前に差し出したワンドにマテリアルを流し込む。
顔を僅かに上げて、レイを人質にしたリーダーと用心棒へ狙いを定めた。
●
リーダーの鼻先に青白い煙がふわりとたなびけば、何ごとかと思う間もなく、彼の四肢から力が抜けた。
拳銃の用心棒もたちまち崩れ落ちる。
催眠魔法・スリープクラウド。レイひとりはその効果に抵抗し、意識を保っていた。
自由の身になるや否や、レイは落ちていた杖を取り、リーダーを押さえ込んだ。
一瞬の後に目覚めた用心棒は慌てて起き上がるも、
レイは仕込杖を剥き身にし、朦朧としたままのリーダーの首に押しつけてみせた。
躊躇する用心棒の手の甲を、まよいの放ったかまいたちが裂き、用心棒は悲鳴を上げて銃を落とす。
形勢逆転。ハンターたちは一斉に、目前のごろつきへ反撃を仕掛けた。
まずは半奈が、長剣でごろつきひとりを殴り倒した。ヒュムネも、
「良くもやってくれたな。礼をするぜ、逃げんなよ」
踵を返しかけた相手の脳天を、テニスよろしく武器の峰でスマッシュする。
「敢えて言おう。暴力は、良くない!」
真水は刀を拾い、怯えるごろつきを峰打ちで散々に痛めつけてから、おもむろに眼鏡をかけ直した。
逃げようとする残りのごろつきには機導砲を頭にかすめさせ、河原の石に蹴つまづかせる。
シャリファもばっと起き上がると、
真水が狙い損ねたひとりへあっという間に追いすがり、背中へ飛び蹴りを食らわせた。
「……これで全員かな?」
レイは声を低くして、意識の戻ったリーダーへ囁く。
「御覧下さい。私たちは、さる御方の使いです。
今回は不覚を取りましたが、その御方は何度でも、更に大人数でも、
私たちのようなハンターを送り込むことができる。
貴方がたの後ろ盾とは比べるべくもないことは御了解いただけるかと。
そして、その御方は貴方がたを生かして帰せと仰せです。その意味は解りますね?」
仕込杖の刃が、ゆっくりとリーダーの首に食い込んだ。
●
縄で縛ったごろつき12人を見下ろして、まよいが不敵に笑う。
「うふふっ、私達に刃向うとこうなるの。知らなかった?
これでわからなかったら、もっと教えてあげるよ♪」
ごろつきたちは返す言葉もない。半奈は兜を脱ぐと、リーダーと用心棒に目をやり、
「彼らについては殺人未遂の角で、治安組織に任せられるでしょうか」
「俺たちは、ただ金で雇われただけだ!」
ごろつきの何人かが言うと、ヒュムネは指をぼきぼきと鳴らして、
「今度からは、もっとマシな雇い主を探すこったな。
もし俺たちや河原の人たちに意趣返ししようなんて考えてるなら、
このまま裸にひん剥いて、貼り紙つきで往来に放り出すぜ?
『俺たちはひとりの女性を拉致しようとして、その女性陣に伸されたチンピラです』ってな」
それから、立たされた用心棒とリーダーに目を向け、
「手前らもだ。次はもうねぇ、分かったな?」
「貴方がたの『店』とやらにも、いずれ官憲の手が及ぶことでしょう。
そう、次はありません。折角拾った命を御捨てになりたいのなら別ですが」
傷の癒えたレイが、ふたりを街の詰所へ引っ立てる。去り際、
「……いつか、何も偽らず、思うままに絵が描けると良いですね」
バラックから顔を覗かせるマティへ、言い残していった。
「そうそう。これ、ちょっと買いすぎちゃったんだ。もったいないからみんなで食べてよ」
残りのごろつきも、散々に脅して放り出した後。
真水が自分の荷物から、大きなパンの包みを取り出して振る舞った。
「うちは子供と老人ばっかりで稼ぎがないからねぇ、本当に助かるよ。マティのことも……」
老婆が言うが、マティ自身の礼の言葉は素っ気ないものだった。しかし、
「これが作品ですか……」
半奈に、作りかけのガラスモザイクを差し出して見せた。
深緑色の服を着た少年の画だろうか。シャリファとまよいも横から覗き込む。
「ガラスが光って、何だか綺麗だね」
「ねぇ。マティさんは、画を売ったお金でこれからどうするの?」
まよいが尋ねると、マティは肩をすぼめた。
「特別なことは何も。ここに残るわ」
「しかし……」
半奈はバラックを見回して、
「外に出て、あるいは子供を取り戻してふたりで暮らすこともできるのでは」
「あの男がいなくなっても、まだ先々のことは分からない。
どれだけの間稼げるか……そんな女に育てられるよりは」
マティが後ろを振り返れば、真水の持ち込んだパンに喜ぶ子供たちがいた。
「それに、私の稼ぎで助けられる子たちが、ここには沢山いるから」
そう言って、彼女は切り傷だらけの手を、そっとモザイク画の少年の上に置いた。
「……これが、帝都。皇帝のお膝元、ですか」
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)は、土手沿いに並ぶ粗末なバラックを前に溜め息を吐いた。
辺りには子供や老人が集まり、警戒心も露わにこちらを睨みつけている。
春先、河原に吹く風はまだ冷たく肌を刺すようで、
彼らの穴だらけの薄い外套では、到底寒さを防ぎようがないだろう。
鎧と長剣を担いだ柳津半奈(ka3743)が歩み出た。
「マティさんと貴方がたをお守りするよう、依頼を受けたハンターの者です。
まずは話をお聞かせ願えませんか」
ハンターと聞いて、浮浪者たちが道を開ける。
大き目のバラックからは、大柄な老婆が若い女性を伴って現れた。
「待ちかねてたよ。さぁ、こちらへ。汚いとこで申し訳ないけど」
手招きをされて、ハンターたちもバラックの中へ。
ハンターと老婆、そして若い女性――マティは膝を突き合わせ、話し合った。
「奴らは今日か明日にも押しかけてくるだろう。
あたしらは逃げる気はないし、逃げ場もない。どうか力を貸しておくれ」
老婆の言葉に、ヒュムネ・ミュンスター(ka4288)と夢路 まよい(ka1328)が頷く。
「大のおとなが女子供に手を上げようっつう、その料簡がまず気に食わねぇ。
きっちりぶちのめしてやっから、安心しな!」
「街の中だから、悪い人たちをみんな『壊し』ちゃったりはダメって言われたけど、
要は2度と刃向う気を起きなくさせないといけないんだね?」
にやりと笑うふたり。南條 真水(ka2377)は眼鏡の蔓をくいとつまんで、
「嫌だなぁ。暴力には、こっちも暴力で返すしかないじゃないか。
どうにかして、警察や法律に任せられれば良かったんだろうけど」
「……街の警備隊は当てにならないよ」
辺境出身のシャリファ・アスナン(ka2938)が言う。
「ボク自身、彼らにあんまり良い思い出がないからね。辺境移民や貧しい人たちに親切な連中じゃない」
「嬢ちゃんの言う通りだよ。助けを求めたところで、小突き回されて追い返されるのがオチだろう」
老婆が嘆いてみせる。マティは、その隣でじっと黙っているだけだった。
レイは正座した足を組み直しながら、彼女のほうへ身を乗り出した。
「とはいえ……いや、だからこそ、確かめておかねばならないことがあります。
マティ様。今回の件で、貴女にも、皆様にも禍が及ばぬようにしたいのです」
じっと見返すマティ。レイは一度言葉を切ると、まっすぐ彼女に向き合いながら、
「教えて下さい。貴女と、貴女を追う彼らの関係を」
●
「良くある話よ」
マティは無表情に語り始める。
小貴族のひとり娘だったマティ。
革命戦争で父が戦死し、財産は没収された。
残されたマティと母親は僅かな蓄えで食いつないでいたが、数年後に母も病死。
天涯孤独となった彼女の前に、帝都から来たという流れ者の青年が現れた。
「弱り切っていた私は、彼の求婚に矢も盾もたまらず飛びついた。
言われるがまま帝都へ連れてこられて――そこでタネ明かし、って訳」
一度だけのことだと言われた。相手は、懇意にしている大物の資本家と教えられた。
青年も貧しく、のし上がるチャンスを得るにはこれしかないと泣き落とされた。
マティにしても頼るよすがは彼の他になく、言われるままになった。
そこからはあまり長くかからず、気づけば落ちるところまで落ちていた。
「初めて店に出されたときは、ああそういうことか、って思った。
他の女の子も、奴が同じような手口で集めてきたらしかったからね」
マティも彼女たちも、完全な無気力に支配されていた。
どうせ行き場はないのだ。遅かれ早かれこうなるしかなかった、と。
「それでも我慢がならなかったのは、客との間にできた子供を取り上げられたとき」
マティの産んだ赤ん坊は、子ができない地方豪農の家に養子として売られたようだった。
その後すぐ彼女は店を飛び出し、流れ流れてこの河原へ行きついた。
「世間知らずの馬鹿娘の告白、終わり」
●
夕方、12人の男たちが河原へ下りてきた。
ひと目にやくざ者と分かる彼らは、悠然とバラックへ近づいてくる。
一番後ろに、線の細い優男。他の者たちへ、
「マティを探して引きずり出せ。ガキと年寄りは追っ払え」
彼がリーダーで、恐らくはマティを騙した青年本人。
リーダーはふと、近場の地面に座り込んでいた浮浪者ふたりに目を留める。
「怪我したくなかったらそのままじっとしろ――」
「何だ手前ら」
ごろつきたちの進路を塞いで、ふたりのハンターが姿を見せた。
まよいと真水だ。バラックの中からも半奈とヒュムネ、棒を手にした浮浪者たちが飛び出す。
まよいがワンドを差し伸べると、
「何物にも縛られず、自由に天駆ける風の精よ。今、我が意に従い敵を打ち砕く力とならん……、
刃となりて切り刻めっ! ウィンドスラッシュ!」
かまいたちが飛び、先頭のごろつきの傍に転がっていた石を吹き飛ばす。
真水もかけ声ひとつして、機導砲でごろつきの足下の地面に穴を空ける。唖然とする彼らへ、
「無駄だと思うけど一応言わせてもらうよ。五体満足でいたいなら、帰ってくれないかな?
それで二度とここに近づかないでほしいんだ」
真水が呼びかけた。立ち往生するごろつきたちに、リーダーが怒号を上げる。
「そいつらハンターか……って、それがどうした。手前ら誰から給料もらってんだ?
俺がやれっつったらやるんだよ! ぶっ殺してでも――」
リーダーのそばで座っていた浮浪者――レイが、祈りを捧げるような手つきをしたかと思うと、
やおら外套を跳ねのけ、杖を手に襲いかかった。
こちらも浮浪者に扮していたシャリファが、手近なごろつきに飛びかかる。乱闘が始まった。
●
「分からず屋さんたちだねぇ」
「ああ、もう、せめて死なないでくれよ。南條さん、この歳で警察のお世話なんてごめんだからな!?」
向かってきたごろつきを、まよいがスリープクラウドで昏倒させる。
更に真水が機導砲を放って牽制。それでも、脇に抜けてバラックへ達した者が3人――
金属鎧に全身を包んだ半奈が立ちはだかる。剣を高々と掲げ、
「寄らば、斬ります」
ヒュムネはアックスブレードを振りかざし、
「此処は一歩たりとも通さねぇぜ」
それでも、ごろつきふたりが何とか回り込んでバラックへ侵入しようとする。
「愚かな……!」
半奈が打ちかかると、ごろつきが怯んでその場に尻もちをついた。
もうひとりはヒュムネに武器の峰で殴られて、あっさりと倒れた。
残りひとり。隙を見つけてバラックに接近するが、今度は棒を構えた浮浪者たちに阻まれた。
『皆様は可能な限り密集した上で、長い棒等を持って槍衾を作って下さい。
例え真似事であっても、ばらばらに動くより遥かに安全です。
その間に私たちが、彼らを追い返します。命を賭けて』
半奈の指示で築かれた固い守りを前に、ごろつきはやむなく後退する。
●
シャリファは、棍棒を持った男たちの懐へ飛び込んだ。
ショートパンチで鳩尾を突けば、相手はうっと呻いて後ずさりする。
後ろから掴みかかろうとする敵には、振り向きざまの肘打ちで応えた。
「……ここは通さないよ」
当面の相手はふたり。どちらも上背があって体格的に不利な相手だが、
シャリファは小柄を生かして素早く立ち回った。
ごろつきたちはなおも挑みかかるが、片方は膝を蹴られて転倒、もうひとりは腕を取られ、
脇固めの要領で関節を極められたまま転がされてしまった。
レイはリーダーを狙って拘束にかかる。
彼を取り押さえてしまえば、手下も混乱する筈だ――
「っ!?」
リーダーはレイの杖の一撃をかわしたかと思うと、どこからともなくナイフを抜き放った
レイの服の袖がぱっくりと切り裂かれた。リーダーは歯を剥き、残忍な笑みを浮かべて切りかかる。
半身になってかわすと、両手で握った杖を振るい、リーダーの前腕、腰、膝と順々に打ちすえた。
破裂音と共に、何かがレイの腰を後ろから強く打つ。
咄嗟に振り返ろうとして、身体を捻ったところで思わず膝を折ってしまった。
もう1発、腕を撃たれた。リーダーの用心棒だろうか、
痩せこけた中年の男が、拳銃でレイに狙いをつけていた。
真水とまよいが魔法で援護しようとするも、間に合わず。
リーダーは深手を負ったレイを引き寄せ、首元にナイフの刃を押し当てる。
「全員、動くな」
用心棒も、レイの頭に銃を突きつける。
レイは杖を取り落としてしまい、今ではナイフと銃が急所を狙っている。
銃創を自己治癒能力で塞げば、まだ戦えるかも分からないが、
(回復が間に合うかどうか……こちらが人質になってしまうとは、不甲斐ない)
歯噛みするも、リーダーと用心棒の腕が確からしい以上、このままでは反撃のチャンスがない。
まんまと人質を取られ、他のハンターたちも動けなくなった。
●
手下のごろつきたちが、それぞれ5人のハンターに詰め寄った。
リーダーがレイを人質にしたまま怒鳴る。
「みっつ数える間に武器を捨てろ! さもなきゃ、こいつは羊のように殺される」
「とことん下種な真似しやがる……!」
ヒュムネが呻くが、隣の半奈は言われた通りに剣を置いた。
「しかし、この状況では従うより他ありません」
促され、ヒュムネも仕方なく武器を捨てる。
近寄ってきたごろつきは、置かれた武器を蹴って遠くへやると、ふたりを棍棒で殴りつけた。
「ハンター様は素手でも怖い、丁重に武装解除して差し上げろ」
リーダーに指示され、男たちは真水、まよい、シャリファにも殴りかかった。
こめかみを棍棒で打たれ、シャリファがその場にひざまづく。
真水は構えていた日本刀を取り上げられた上、顎を殴られた。眼鏡が飛ぶ。
「さいってーだなお前ら」
そう吐き捨てた真水を、なおも拳固が襲う。
まよいも背中を強く蹴りつけられ、河原に寝かせられてしまった。
周りでは、まだ立っている仲間たちがごろつきに痛めつけられている。
(何より先にレイを助けないと……、
射程は足りてる。けど、チャンスは1度切り。しくじったらいよいよお終いだね)
まよいは倒れたままで、目前に差し出したワンドにマテリアルを流し込む。
顔を僅かに上げて、レイを人質にしたリーダーと用心棒へ狙いを定めた。
●
リーダーの鼻先に青白い煙がふわりとたなびけば、何ごとかと思う間もなく、彼の四肢から力が抜けた。
拳銃の用心棒もたちまち崩れ落ちる。
催眠魔法・スリープクラウド。レイひとりはその効果に抵抗し、意識を保っていた。
自由の身になるや否や、レイは落ちていた杖を取り、リーダーを押さえ込んだ。
一瞬の後に目覚めた用心棒は慌てて起き上がるも、
レイは仕込杖を剥き身にし、朦朧としたままのリーダーの首に押しつけてみせた。
躊躇する用心棒の手の甲を、まよいの放ったかまいたちが裂き、用心棒は悲鳴を上げて銃を落とす。
形勢逆転。ハンターたちは一斉に、目前のごろつきへ反撃を仕掛けた。
まずは半奈が、長剣でごろつきひとりを殴り倒した。ヒュムネも、
「良くもやってくれたな。礼をするぜ、逃げんなよ」
踵を返しかけた相手の脳天を、テニスよろしく武器の峰でスマッシュする。
「敢えて言おう。暴力は、良くない!」
真水は刀を拾い、怯えるごろつきを峰打ちで散々に痛めつけてから、おもむろに眼鏡をかけ直した。
逃げようとする残りのごろつきには機導砲を頭にかすめさせ、河原の石に蹴つまづかせる。
シャリファもばっと起き上がると、
真水が狙い損ねたひとりへあっという間に追いすがり、背中へ飛び蹴りを食らわせた。
「……これで全員かな?」
レイは声を低くして、意識の戻ったリーダーへ囁く。
「御覧下さい。私たちは、さる御方の使いです。
今回は不覚を取りましたが、その御方は何度でも、更に大人数でも、
私たちのようなハンターを送り込むことができる。
貴方がたの後ろ盾とは比べるべくもないことは御了解いただけるかと。
そして、その御方は貴方がたを生かして帰せと仰せです。その意味は解りますね?」
仕込杖の刃が、ゆっくりとリーダーの首に食い込んだ。
●
縄で縛ったごろつき12人を見下ろして、まよいが不敵に笑う。
「うふふっ、私達に刃向うとこうなるの。知らなかった?
これでわからなかったら、もっと教えてあげるよ♪」
ごろつきたちは返す言葉もない。半奈は兜を脱ぐと、リーダーと用心棒に目をやり、
「彼らについては殺人未遂の角で、治安組織に任せられるでしょうか」
「俺たちは、ただ金で雇われただけだ!」
ごろつきの何人かが言うと、ヒュムネは指をぼきぼきと鳴らして、
「今度からは、もっとマシな雇い主を探すこったな。
もし俺たちや河原の人たちに意趣返ししようなんて考えてるなら、
このまま裸にひん剥いて、貼り紙つきで往来に放り出すぜ?
『俺たちはひとりの女性を拉致しようとして、その女性陣に伸されたチンピラです』ってな」
それから、立たされた用心棒とリーダーに目を向け、
「手前らもだ。次はもうねぇ、分かったな?」
「貴方がたの『店』とやらにも、いずれ官憲の手が及ぶことでしょう。
そう、次はありません。折角拾った命を御捨てになりたいのなら別ですが」
傷の癒えたレイが、ふたりを街の詰所へ引っ立てる。去り際、
「……いつか、何も偽らず、思うままに絵が描けると良いですね」
バラックから顔を覗かせるマティへ、言い残していった。
「そうそう。これ、ちょっと買いすぎちゃったんだ。もったいないからみんなで食べてよ」
残りのごろつきも、散々に脅して放り出した後。
真水が自分の荷物から、大きなパンの包みを取り出して振る舞った。
「うちは子供と老人ばっかりで稼ぎがないからねぇ、本当に助かるよ。マティのことも……」
老婆が言うが、マティ自身の礼の言葉は素っ気ないものだった。しかし、
「これが作品ですか……」
半奈に、作りかけのガラスモザイクを差し出して見せた。
深緑色の服を着た少年の画だろうか。シャリファとまよいも横から覗き込む。
「ガラスが光って、何だか綺麗だね」
「ねぇ。マティさんは、画を売ったお金でこれからどうするの?」
まよいが尋ねると、マティは肩をすぼめた。
「特別なことは何も。ここに残るわ」
「しかし……」
半奈はバラックを見回して、
「外に出て、あるいは子供を取り戻してふたりで暮らすこともできるのでは」
「あの男がいなくなっても、まだ先々のことは分からない。
どれだけの間稼げるか……そんな女に育てられるよりは」
マティが後ろを振り返れば、真水の持ち込んだパンに喜ぶ子供たちがいた。
「それに、私の稼ぎで助けられる子たちが、ここには沢山いるから」
そう言って、彼女は切り傷だらけの手を、そっとモザイク画の少年の上に置いた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談卓 夢路 まよい(ka1328) 人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/03/16 22:23:53 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/13 05:55:29 |