ゲスト
(ka0000)
火のないところに
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/19 07:30
- 完成日
- 2015/03/27 06:38
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「もうホトボリは冷めたんじゃないでしょうか?」
夜も更けてきた刻限、とある屋敷の一室にて、手拭を頭に巻いた年配の男が神妙な顔をして言う。
視線の先には、背を向けた高齢の男が一人。蓄えた口髭は左右に流れ、白い毛先がちょんと上へ。立派な机を挟み、窓ガラスから覗く遠い町の灯りを舐るようにして眺め立つ。
黙して語らない年配の男に、手拭はじれたように言葉を繋げた。
「頭領」
「……分かっている」
頭領と呼ばれた年配の男は振り返ると、手拭をじっと見据える。
威厳のある風格。垂れ下がる立派な眉毛の下、鋭い眼光に、手拭はすっと背筋を正した。
「だが、念には念をだ。先に工場区の方を押さえる」
「……はい」
「不服か? マジョ」
「いえ、まさか」
マジョと呼ばれた手拭の男は、静かに首を横に振った。
「我が悲願、このようなところで潰える訳にはいかん」
頭領は机の上の葉巻を手に取り、先端部を鋏で切る。
「彼らが呑気にあそこで暮らしているのは全くもって腹立たしい事だが、焦る事は無い。一つずつ、着実に取り戻すのだ」
擦過音。ぼうっと上がったマッチの炎が、葉巻を赤く染めていく。
「……遠い昔、この辺りは我らのものだった」
葉巻を咥え、頭領の男は遠いどこかを回想するように眺めすかす。
まだ自由都市同盟が成立する以前。この辺りを治めていた領主の末裔、それが彼の、少なくとも彼の主張する肩書だ。
「それが今では……」
嘆かわしいと、頭領は二度三度頭を振った。
「お察しします」
頭を下げるマジョに、男は鷹揚に頷く。
「彼らを呼べ」
「はい」
マジョは隣室へと下がった。
●
「ったく、いつまで待たせやがんだよ、あの爺は」
苛々した様子で室内を歩き回るのは、オールバックの男。引き締まった肉体に、歳の頃は20代半ば。生気の抜け落ちた白髪に、剃り落された眉毛の下の瞳は獰猛な肉食獣を思わせ、ローブ姿の手下はぶるりと身体を震わせた。
「さあ、どう――っ」
尻を思い切り蹴り飛ばされ、ごろんごろんと室内を転がる。
「てめぇに聞いてねぇんだよ」
理不尽な振る舞いだが、これはいつものこと。手下は何も言わず、尻をさする。
「……少し黙れ」
「あ?」
口を挟んだのは、日本刀を抱きかかえるように持ち、床に座っている年嵩の男。短く刈り上げられた黒髪に、片目を横切って走る刃物による傷痕が痛々しい。
「なんか言ったか? おっさん」
「目障りだ。……臭いんだよ、お前」
瞬後、金属音が奔る。白髪の持つ二刀の小太刀を、黒髪が日本刀で受け止めていた。
「殺す」
「達者なことだ」
ぎりぎりと刃が擦れ合う。緊迫した空気。睨み合う視線だけでも人を殺せそうなほどで。互いの手下はびびって手が出せない。
「そのへんにしといたら~? おたくら」
のんびりとした口調で遮ったのは、茶髪をだらしなく伸ばした青年。
「俺らって仲間なんじゃないの~?」
そう、この部屋に集められた6人の男達。彼らは皆、同じ雇い主の下にいる、所謂仲間というやつだ。
「こんなクソ野郎と――」
コンコン。
扉を開けて入ってきたのは、マジョ。
「頭領がお呼びです。こちらへ」
有無を言わさぬ彼の言葉に、二人は渋々と武器を引いた。
●
「次の目標が決まった」
そう切り出した頭領が指し示したのは、工場区の地図。その中の幾つかの場所が、黒く丸で縁どられている。
「失敗は許されん。――ディコ、お前の仕事だ」
先ほどの白髪の男、サディコことディコはにやりと口元を歪める。
「やっと血が吸えるぜ」
「それはダメだ」
「は?」
頭領は厳しい顔。
「人死にを出すのはまだ早い。今はその段階では無い」
「――ちっ」
その様子を黒髪の男は横目で見て、ふんと小さく鼻を鳴らした。
●
「ピッキオ、ちょっとここで待っていなさい」
「ん……」
ズボンのポケットから熊型のチャームを垂らした子供を入口に置いて、一人の壮年の男がハンターオフィスに入っていく。
対応した受付嬢に男――ジェネロが語った内容は、このようなものだった。
曰く、知り合いの工場長が突然柄の悪い屈強な男達に立ち退きを迫られた。断れば、暴力を振るうのも辞さず。工員の中には、腕の骨を折る怪我を負った者もいるという。
不運なことに、その工場では余り宜しくない労働環境であったため、陸軍に通報して痛い腹を探られるような事は困ると、ジェネロに相談してきたそうな。
近場でガラス製造工場を営むジェネロも他人事では無い。余り大事にはしたくないという知人の願いを受け入れ、彼の代わりに、ここへ依頼に来たとのこと。
現在、無法者たちは工場を占拠しており、どうにか追い払って欲しいというのが、彼の求めだった。
●
「はぁ……うぜぇ……」
ディコは小太刀をくるくると回転させながらため息を吐く。
折角血を吸えると思っていたのに、肩透かしを食らった彼の苛立ちは、小太刀の回転速度になって現れている。手首は驚くほどに柔らかく、柔軟な関節と筋肉、そして卓越した指捌きが不可欠だろうことは容易に想像できた。
「……っすね」
なぜあれで手を怪我しないのか、ローブ姿の副長の男には不思議でならない。
とはいえ、こういうときは触れない方がいいと、さりげなく距離をとろうとしていたが。
「おい」
「へい」
副長の足が止まる。
「作業はまだ終わらねえのか」
「もう少しで……」
「ちっ」
彼らがいるのは、フマーレ工場区のとある工場の中。
あちこちに転がる材木。油の詰まった樽の数々。釘や金槌、板金や大きな鋸など、工場で使われていたと思しき資材が雑多に散らばっている。人一人が通れる裏口も、腰高の材木の山に塞がれてしまっていた。明らかに、占拠前よりも汚らしくなっているのは否めない。
彼の手下総勢10名。それに加えて、頭領から送られてきた10名のごろつきが、工場内を資材を抱えてえっちらおっちら歩き回る。中には、H型の二階通路との往復でしんどそうにしている者も。
横幅20m、奥行き30m、高さ6m程の工場内。その一番奥に鎮座したディコの隣で、杖を手にした副長は手持無沙汰に立ち尽くす。
「ちっ」
何度目の舌打ちだろうか。
足元の樽の上に足を乗せ、ごろごろと転がしては苛立たし気に小太刀をいじる。
いつこちらに矛先が向かうのか、副長の男は気が気では無い。
「まぁ……ゆっくりでもいいか」
親の仇のような表情で作業に勤しむ男達を眺めていたディコが、突如顔を緩めた。
副長は訝しむが、口は挟まない。何が引き金になるか分からないからだ。
ディコの視線の先、真正面には、横幅5mほどはある、現在は閉じられている大きな表口。
窓ガラスからは作業の灯りが漏れているだろう。
「もたつくほど、厄介事は増えていくんだ。不測の事態なら、しょーがねぇよなぁ……」
二刀の小太刀が一際流麗に手の中を躍る。
くつくつとディコが楽しそうに笑うのを、副長は凍えるような気分で見守っていた。
夜も更けてきた刻限、とある屋敷の一室にて、手拭を頭に巻いた年配の男が神妙な顔をして言う。
視線の先には、背を向けた高齢の男が一人。蓄えた口髭は左右に流れ、白い毛先がちょんと上へ。立派な机を挟み、窓ガラスから覗く遠い町の灯りを舐るようにして眺め立つ。
黙して語らない年配の男に、手拭はじれたように言葉を繋げた。
「頭領」
「……分かっている」
頭領と呼ばれた年配の男は振り返ると、手拭をじっと見据える。
威厳のある風格。垂れ下がる立派な眉毛の下、鋭い眼光に、手拭はすっと背筋を正した。
「だが、念には念をだ。先に工場区の方を押さえる」
「……はい」
「不服か? マジョ」
「いえ、まさか」
マジョと呼ばれた手拭の男は、静かに首を横に振った。
「我が悲願、このようなところで潰える訳にはいかん」
頭領は机の上の葉巻を手に取り、先端部を鋏で切る。
「彼らが呑気にあそこで暮らしているのは全くもって腹立たしい事だが、焦る事は無い。一つずつ、着実に取り戻すのだ」
擦過音。ぼうっと上がったマッチの炎が、葉巻を赤く染めていく。
「……遠い昔、この辺りは我らのものだった」
葉巻を咥え、頭領の男は遠いどこかを回想するように眺めすかす。
まだ自由都市同盟が成立する以前。この辺りを治めていた領主の末裔、それが彼の、少なくとも彼の主張する肩書だ。
「それが今では……」
嘆かわしいと、頭領は二度三度頭を振った。
「お察しします」
頭を下げるマジョに、男は鷹揚に頷く。
「彼らを呼べ」
「はい」
マジョは隣室へと下がった。
●
「ったく、いつまで待たせやがんだよ、あの爺は」
苛々した様子で室内を歩き回るのは、オールバックの男。引き締まった肉体に、歳の頃は20代半ば。生気の抜け落ちた白髪に、剃り落された眉毛の下の瞳は獰猛な肉食獣を思わせ、ローブ姿の手下はぶるりと身体を震わせた。
「さあ、どう――っ」
尻を思い切り蹴り飛ばされ、ごろんごろんと室内を転がる。
「てめぇに聞いてねぇんだよ」
理不尽な振る舞いだが、これはいつものこと。手下は何も言わず、尻をさする。
「……少し黙れ」
「あ?」
口を挟んだのは、日本刀を抱きかかえるように持ち、床に座っている年嵩の男。短く刈り上げられた黒髪に、片目を横切って走る刃物による傷痕が痛々しい。
「なんか言ったか? おっさん」
「目障りだ。……臭いんだよ、お前」
瞬後、金属音が奔る。白髪の持つ二刀の小太刀を、黒髪が日本刀で受け止めていた。
「殺す」
「達者なことだ」
ぎりぎりと刃が擦れ合う。緊迫した空気。睨み合う視線だけでも人を殺せそうなほどで。互いの手下はびびって手が出せない。
「そのへんにしといたら~? おたくら」
のんびりとした口調で遮ったのは、茶髪をだらしなく伸ばした青年。
「俺らって仲間なんじゃないの~?」
そう、この部屋に集められた6人の男達。彼らは皆、同じ雇い主の下にいる、所謂仲間というやつだ。
「こんなクソ野郎と――」
コンコン。
扉を開けて入ってきたのは、マジョ。
「頭領がお呼びです。こちらへ」
有無を言わさぬ彼の言葉に、二人は渋々と武器を引いた。
●
「次の目標が決まった」
そう切り出した頭領が指し示したのは、工場区の地図。その中の幾つかの場所が、黒く丸で縁どられている。
「失敗は許されん。――ディコ、お前の仕事だ」
先ほどの白髪の男、サディコことディコはにやりと口元を歪める。
「やっと血が吸えるぜ」
「それはダメだ」
「は?」
頭領は厳しい顔。
「人死にを出すのはまだ早い。今はその段階では無い」
「――ちっ」
その様子を黒髪の男は横目で見て、ふんと小さく鼻を鳴らした。
●
「ピッキオ、ちょっとここで待っていなさい」
「ん……」
ズボンのポケットから熊型のチャームを垂らした子供を入口に置いて、一人の壮年の男がハンターオフィスに入っていく。
対応した受付嬢に男――ジェネロが語った内容は、このようなものだった。
曰く、知り合いの工場長が突然柄の悪い屈強な男達に立ち退きを迫られた。断れば、暴力を振るうのも辞さず。工員の中には、腕の骨を折る怪我を負った者もいるという。
不運なことに、その工場では余り宜しくない労働環境であったため、陸軍に通報して痛い腹を探られるような事は困ると、ジェネロに相談してきたそうな。
近場でガラス製造工場を営むジェネロも他人事では無い。余り大事にはしたくないという知人の願いを受け入れ、彼の代わりに、ここへ依頼に来たとのこと。
現在、無法者たちは工場を占拠しており、どうにか追い払って欲しいというのが、彼の求めだった。
●
「はぁ……うぜぇ……」
ディコは小太刀をくるくると回転させながらため息を吐く。
折角血を吸えると思っていたのに、肩透かしを食らった彼の苛立ちは、小太刀の回転速度になって現れている。手首は驚くほどに柔らかく、柔軟な関節と筋肉、そして卓越した指捌きが不可欠だろうことは容易に想像できた。
「……っすね」
なぜあれで手を怪我しないのか、ローブ姿の副長の男には不思議でならない。
とはいえ、こういうときは触れない方がいいと、さりげなく距離をとろうとしていたが。
「おい」
「へい」
副長の足が止まる。
「作業はまだ終わらねえのか」
「もう少しで……」
「ちっ」
彼らがいるのは、フマーレ工場区のとある工場の中。
あちこちに転がる材木。油の詰まった樽の数々。釘や金槌、板金や大きな鋸など、工場で使われていたと思しき資材が雑多に散らばっている。人一人が通れる裏口も、腰高の材木の山に塞がれてしまっていた。明らかに、占拠前よりも汚らしくなっているのは否めない。
彼の手下総勢10名。それに加えて、頭領から送られてきた10名のごろつきが、工場内を資材を抱えてえっちらおっちら歩き回る。中には、H型の二階通路との往復でしんどそうにしている者も。
横幅20m、奥行き30m、高さ6m程の工場内。その一番奥に鎮座したディコの隣で、杖を手にした副長は手持無沙汰に立ち尽くす。
「ちっ」
何度目の舌打ちだろうか。
足元の樽の上に足を乗せ、ごろごろと転がしては苛立たし気に小太刀をいじる。
いつこちらに矛先が向かうのか、副長の男は気が気では無い。
「まぁ……ゆっくりでもいいか」
親の仇のような表情で作業に勤しむ男達を眺めていたディコが、突如顔を緩めた。
副長は訝しむが、口は挟まない。何が引き金になるか分からないからだ。
ディコの視線の先、真正面には、横幅5mほどはある、現在は閉じられている大きな表口。
窓ガラスからは作業の灯りが漏れているだろう。
「もたつくほど、厄介事は増えていくんだ。不測の事態なら、しょーがねぇよなぁ……」
二刀の小太刀が一際流麗に手の中を躍る。
くつくつとディコが楽しそうに笑うのを、副長は凍えるような気分で見守っていた。
リプレイ本文
しめやかな通り。宵惑いに蟠る暗闇の中から、一匹の黒猫が顔を覗かせる。
てくてくと歩くそれは、不意に耳を欹て上方を仰ぎ見た途端、足早に去っていく。頭上、大木の枝に蠢く影が二つ。
「うわー、見るからにガラの悪そうなのがいっぱい。お姉さん怖いなー」
眼下に広がる明かりの向こう、忙しなく動き回る男達。
「言葉と表情がアベコベだぜ?」
あからさまな棒読みをするアメリア・フォーサイス(ka4111)に、煙草を咥えたニール・ニーデル(ka4281)は呆れ顔。
「え? 何か言いました?」
きらっきらした彼女の瞳に肩を竦めて、ニールは枝上から飛び降りる。
「様子はどうだ?」
大木の下には、5人のハンター達。薬師神 流(ka3856)の問いに、ニールは工場二階の窓から覗けた中の様子を説明する。
得られた情報は、中の人員配置とリーダーっぽい人間が裏口間近にいること。
遅れて飛び降りたアメリアはもう拳銃を取り出しており、わくわくを胸に抑えられずにいるようだ。
落ち着かな気なのは、アメリアだけではない。
「腕が鳴るアル」
フィストガードを填めた李 香月(ka3948)は掌をにぎにぎして、身に着けた武術を披露する時を待つ。
「歪虚の進行によって多くの人々が苦しむ中、何て愚かなのでしょうか」
エクラの敬虔な教徒として見過ごせぬと、憤慨しているのはマナ・ブライト(ka4268)。人間同士で争う蛮行、その穢れた心の闇を払わねばと気負う彼女に、片鎌槍を肩に担いだ榊 兵庫(ka0010)が宥めるように言う。
「どこにも無法者は居るものだ。
まあ、いくらか後ろ暗い事情もあるようだが、依頼は依頼。
不法に居座っている者には退去願うとしよう」
「うむ。さあ、皆の者。大王たるボクに続くのだ!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)はレイピアを空に掲げ、凛然たる態度で表口へ向かった。
●
「10秒後に行きますね」
『心得た』
無線越しの流の返事を待って、10秒。がらりと一気に開いた表口。兵庫は堂々と正面から踏み入る。
突然開いた大扉に、ゴロツキ共はびっくりして立ち止まった。集中する視線、その奥で冷静にこちらを見つめる二つの目。
(あれが親玉か)
兵庫はディコから目を逸らすことなく、気勢を上げる。
「おい、そこの粋がっているカス共。
この兵庫の槍捌きを恐れないというのならば、掛かってくるんだな。
どうせ、そんな勇気のかけらもないんだろうが、な」
頭上で一回転させた槍を前方に突き出した彼に、ディコははっと笑った。次いで、兵庫の背後から中へ入り込む3つの影に顰まる眉。
「何ぼさっとしてやがる! ナメられてんぞ!」
立ち止まっていたゴロツキ達が手に手に武器を持って一斉に動き出す。
突入するや否や、二階を目指すアメリア。階段から降り来る男を拳銃で牽制し、しゃがんだ背を踏みつけて蹴り落とし、階上へ走り抜ける。
レンチを振りかぶり迫る男を、兵庫が槍の一突きで打ち倒すと、足の止まった後続二人を立て続けにディアドラとマナが一撃で昏倒させた。
圧倒的な力の前に怯むゴロツキ。清浄なる二つの輝きを前にして、ディコの目がすっと細やぐ。
「陸軍には見えなかったが、覚醒者……ハンターか」
「暴挙を働く迷える子羊よ、光の前に罪を償いなさい」
ディコの呟きに応えるように、マナが剣を構えて説伏する。
「どうしますか?」
副長の問いに、ディコは一瞥を返すだけ。ため息を呑み込んで、懐から取り出した杖を翳した。
発生したのは青白いガス状の雲。
覚醒者――と気付いたのも束の間、兵庫、ディアドラ、マナがふらりと倒れる。周囲にいたゴロツキ数人もろともだ。
二階の制圧にかかろうとしていたアメリアは、階下の異変に一瞬目を落とす。その鼓膜を震わす風の音。瞬時に伏せた直上、通過した金槌に構わず、無線を一叩き。
「魔術師がいます」
遅れず、眠ってしまった3人に襲いかかろうとする男の胸をライフルで撃ち抜いた。
裏口で待機していた流の無線に入ったアメリアの声。
「ハッ!」
流は扉を蹴り開ける。積み上げられていた資材の山ごと、扉が音を立てて吹き飛んだ。ディコと副長は前方に跳び、起き上がりざま背後へ向き直る。
ゆらりと黒炎を身に纏う流。
右方、視界の端にきらりと光る金属を捉えて、抜き放ったMURAMASAで弾き返した。
ゴロツキの手から短剣が放れ、上がった両手。がら空きの懐に潜り込んで、鳩尾に肘を叩きこむ。
「覚醒者と真正面からやりあいたいアル……うわ!」
続いて裏口から飛び入った香月の目の前には、ディコと副長、そしてその周囲に集まるゴロツキ達。
「こいつらもか。……こんだけいりゃあ、一人位いーよなぁ?」
「え、ちょ――」
副長の制止を待たず、ディコは一瞬で香月の眼前に移動する。
首を狩るように突き出された手刀。上半身を捻った香月、掠めた首に一条の痣が浮き上がる。そのまま肘関節を極めようと手を伸ばすが、相手の腕を引く方が早かった。
体勢を傾けながらも、香月は伸ばした腕でそのまま人差し指と中指を繰り出す。
眼前に迫る二本の指。ディコの目が歪み、香月の視界から消えた。
瞬後、腹を襲う衝撃。男の膝が突き刺さる。香月は顔を歪めながらも、刺さる膝を両手で押し出すように後方へ跳躍し、威力を殺す。
膝をついた香月に背後からゴロツキが押し寄せる。しかし、その手が香月に触れることは無い。
噛み跡付きの煙草が宙を泳ぐ。仄かに赤らむ先端から、灰が剥がれ落ちて。
「Hey! 俺と遊ぼうぜブラザー!!」
拳銃の硝煙と紫煙が工場内にくゆる。ニールの銃弾が肩を貫いた。
致命傷では無いとはいえ、血を流し蹲った味方に怯えて二の足を踏む男達。ディコの叱責が飛ぶ。恐怖に引きずられて足を前に運ぶ彼らに、ニールは甘いマスクを乱す。
立ち上がらんとする香月に狙いを定めたディコ。が、脇から奔った一閃が回避へ判断を傾ける。
「俺とも、お相手願おうか」
正眼に構えた刀。涼しげな流の眼に、漆黒の炎が宿る。
「ちっ、不覚を取ったか」
兵庫は眠気を振り払うように頭を振り、周囲を確認。額を押さえて唸るディアドラを置いて、隣に倒れているマナを揺する。
「ん……」
微睡む頭。鳴り響く銃声が、マナの意識を一気に覚醒させた。
銃声に遅れて、空から人が降って来る。胸に空いた穴が、既に抜け殻であることを如実に示していた。
滑らかな金の髪を振り乱し、階上を制圧するアメリア。その瞳は髪と同じく金色に変じて、幼い顔立ちに不釣り合いな寒気のするような微笑を浮かべている。
今また一人、二階の通路で男が倒れた。
「気の利いた事は言えないけど……さよなら? 良い夢を~あの世でね」
満ち足りぬ好奇心とスリル、ただそれを満たしたい一心の彼女にとって、本来の目的である工場の奪還はついでのようなものだ。
階下のマナが立ち上がるに合わせて、前方から飛来する一本の火矢。それを防いだのは、大王の揺るぎない盾。
「うかつだったのだ! 二度目は無いぞ!」
ディアドラはディコと切り結ぶ流と香月の下へ走る。
立ち塞がる男達を蹴散らそうとして、隣から追い抜いた兵庫の槍が空気を裂き、進路を確保した。
「雑魚は任せたのだ!」
兵庫の一振りに身じろぐ男達、その背後に回り込むように、マナは移動する。
「抵抗は無駄です。武器を捨て投降して下さい」
「う、うるせぇ!」
材木を振り回し抵抗を続ける男の一人を盾でがつんと殴っては、再び声を嗄らす。
「歪虚が……闇が迫ってきているいま、このような事をして何になるんですか! 光の下に人々が力を合わせなければ飲みこまれてしまいますよ」
構わず攻撃を続ける男達。恐怖で縛られた彼らに、マナの声は届かない。気絶で済まそうとする温情も届かない。
何故分からないのか。こんな単純で明白なことが。振られた短剣を避け、憤りに顔が曇る。
「無駄だ。今は最善を尽くすしかない」
冷静に男を一人打ち倒す兵庫。彼の言う通りなのかもしれない。それでも――。
「エクラ教の教えは――」
「何が光だ! 何がエクラだ! んなもんじゃ、腹は膨らまねーんだよ!」
「!」
息を切らして短剣を振る男の叫びを、その短剣を、マナは盾で打ち払う。翻った長い黒髪に隠れた顔。僅かに開いた口から零れたのは、信ずるものを冒涜した愚者への裁き。
「何と愚かな……。その穢れた魂を清めなくてはいけませんね……光よ、穢れを払いたまえ」
マナの聖母のような顔から一切の表情が消え、眩い光の弾が放たれた。
資材の山を挟んでディアドラが対峙するのは、杖を持った男。
「大王たるボクが相手になるぞ!」
「接近戦は得意じゃないんですが」
踏み込んできたディアドラに放たれる風の刃。鉄壁の盾が防ぐ間に、副長は距離を取り直す。
「そんなもの、効かないのだ!」
「じゃあ、これはどうですか」
続いて放たれる石の礫。襲うのは、資材の山。ばらばらに砕けた材木の破片を盾で防ぎ、今度こそと間合いを詰めようとしたディアドラは、足元に散らばった破片に足を取られ、体勢を崩す。
無防備な大王に向けられる杖。
「これで――」
副長はさっと屈んで、それを躱す。背後、視覚外から飛んできた銃弾を。
「もう、おとなしく死んでくださいよー」
不満げなアメリアの声が消える前に、屈んだ副長にディアドラが剣を振り下ろす。
鉄製の杖がギリリと嫌な音を立てて剣を受け止め、蹴りを繰り出そうとしたのを察して、ディアドラは後方宙返り。
宙を舞う大王。一回転する視界が捉えたのは、今まさに放たれようとしている光の矢。
閃光、と同時に横薙ぐ白剣。切り裂かれた光矢が霧散するのと、ディアドラが着地したのは同時だった。
「大王たるボクの守りがそう易々と抜かれるとでも? 甘いな」
「こりゃ厳しいっすね」
ディアドラは油断なく盾を構え直す。
「殺しは趣味じゃねぇ。見逃してやるからさっさとどっか行きやがれ」
手の甲を撃ち抜かれた男が尻餅をつきながら後ずさるのを、ニールは苦々しげに捨て置いた。
まだ無事なゴロツキは10人ほど。だが、どれも戦意は低く、ディコへの恐怖から無理くり襲いかかってきているのは明らかだ。
彼らの無様な姿は、ニコチンが切れてきたのも相まって、気分を頗る悪くさせる。
一方、詠春拳を繰り出す香月。
目にも留まらぬ連続の拳の回転も、ディコは完全に見切り、全てを掌底で打ち払う。
「ハヒーハヒー……いくらなんでもムチャクチャキツいアル! みんな早く来てえええ!」
香月の流れるような拳が鈍る。酸素を求めて肺が動き、その一瞬を狙うディコの左の貫手。
「させん!」
ディコの左方から迫る流の裂帛の太刀を、空いた右手の小太刀が弾く。その隙に懐へ潜り込んだ香月。
「アイヤ!」
渾身の鉄山靠に、ディコは壁際まで吹っ飛び、大の字になって動かない。
「やったアルか!?」
しかし、倒れたディコから漏れるのは呻き声では無く、くつくつとした笑い声。
「おもしれぇ」
戦闘を想定していない軽装とはいえ、一撃を喰らうとは思ってもいなかったのだ。
何事も無かったかのように立ち上がると、燃える瞳が二人を見据えた。
「すぐに死んでくれるなよ?」
乱れたオールバックをそのままに、転瞬、ディコが掻き消え、流の左腕を抉る小太刀。
「ぐっ」
振るわれた流の刀は空を切り、遅れて香月が呻いた。
首根っこを掴まれ、身体が宙を走る。迫る壁。全身を貫く衝撃。叩きつけられた拍子に、酸素が逃げ出した。
「や、やめて……離してアル……」
歪んだ香月の顔に、嬉しそうに目を細めるディコ。掴んだ手は強靭で、香月の握力ではびくともしない。蹴りを放てども、力無きそれは何の効果も齎さない。強まる首の圧迫。顔が青ざめ、意識が遠のきかけ――、銃弾がディコの頬を掠めた。
振り返った先には、赤毛のチャラ男ことニール。
「イカれるのも、ほどほどにしとけっての」
ディコの手が開き、尻をついた香月はごほごほと空気を求める。ディコは頬に手をやり、触れた赤いものを見て、穏やかに微笑んだ。
「あれ、なんかヤバイ感じ?」
ニールは咄嗟に資材の影にダイブする。瞬後、先ほどまで立っていた位置をディコが駆け抜けた。
「逃げんなよぉ」
いつの間にか二刀を抜き放ったディコ。
「てめぇみてーな野郎は俺の専門外だっつの……!」
ニールの銃が連続で火を噴く。が、ディコにはまるで当たらない。迫る影に、ニールの顔に焦りが生まれ、左右から襲い来る二刀を、背後からの槍が制した。
「すまん、遅れた」
「サンキュー! コイツは任せるぜ」
入れ替わった兵庫が、ディコに槍を突きつける。
「調子ぶっこいてた野郎か」
「ふん、威勢だけか、確かめてみるのだな」
刺突。眼前、数cmの距離にある切っ先を前に、瞬き一つ無し。双方は僅かに口元を緩めて。
「全力でいくぞ」
連続で突き出される槍の先端を、ディコは紙一重で躱す。躱す。躱す。
息つく暇も無い連撃を掻い潜り、懐に入り込もうとしたディコの頬を、引き戻した槍の鎌が切り裂く。それにも係わらず、ディコは尚前進し、兵庫の胴を小太刀で撃つ。思いの外の衝撃に、兵庫は歯を食いしばる。
仕切り直すように双方が後ろへ飛び、距離を置く。兵庫の胴のへこみに、ディコの頬から流れ出る血。ぺろりと舌がそれを舐め取り、笑みが零れた。
そして、工場の灯りが落ちる。
その少し前、負傷した流は、ディアドラと対峙する副長を挟み込むように立ち、交渉を持ちかけていた。
――仕切り直し。これ以上の被害は更なる力の介入を招くと。
流達とて、目的は工場の奪還。彼らの捕縛では無いのだから。
「……そっすね」
それを聞いた副長は、迷わず魔法で工場の灯りを落とした。ところが――。
「闇を照らす光よ」
ゴロツキの制圧にかかりきりだったマナは、暗闇にも動じずにすぐにシャインを使う。兵庫とディアドラも灯りを持っている。
暗闇に浮かび上がる副長とディコ。無駄な事を、とは言えなかった。ディコが手にしていたのは、大きな樽。副長が作り出したのは、リトルファイア。樽の中身は……。
破壊された樽からぶちまけられた油に燃え移り、それが資材に渡って火が広がっていく。
「これも命令なもんで」
「ちっ」
「消化を!」
立ち込める煙。誰ともなく、火消しに走り回る。
漸く火の手が治まり始めた工場内には、死亡したゴロツキ5人以外気絶させた者も含めて、敵の姿は無くなっていた。
マナのヒールを待って、一同は任務完了の報告へ向かう。
「んー、もうちょいゾクゾクするかと思ったらそんなこともなかったー」
アメリアは両腕を天に伸ばす。後は報酬を貰うだけ。頭の中では、何を食べようかと好物が駆け巡っている。
流は腕の傷を擦るように手を当てる。瞼に焼き付く先ほどの男の影。
(……強い)
春はまだ遠かった。
てくてくと歩くそれは、不意に耳を欹て上方を仰ぎ見た途端、足早に去っていく。頭上、大木の枝に蠢く影が二つ。
「うわー、見るからにガラの悪そうなのがいっぱい。お姉さん怖いなー」
眼下に広がる明かりの向こう、忙しなく動き回る男達。
「言葉と表情がアベコベだぜ?」
あからさまな棒読みをするアメリア・フォーサイス(ka4111)に、煙草を咥えたニール・ニーデル(ka4281)は呆れ顔。
「え? 何か言いました?」
きらっきらした彼女の瞳に肩を竦めて、ニールは枝上から飛び降りる。
「様子はどうだ?」
大木の下には、5人のハンター達。薬師神 流(ka3856)の問いに、ニールは工場二階の窓から覗けた中の様子を説明する。
得られた情報は、中の人員配置とリーダーっぽい人間が裏口間近にいること。
遅れて飛び降りたアメリアはもう拳銃を取り出しており、わくわくを胸に抑えられずにいるようだ。
落ち着かな気なのは、アメリアだけではない。
「腕が鳴るアル」
フィストガードを填めた李 香月(ka3948)は掌をにぎにぎして、身に着けた武術を披露する時を待つ。
「歪虚の進行によって多くの人々が苦しむ中、何て愚かなのでしょうか」
エクラの敬虔な教徒として見過ごせぬと、憤慨しているのはマナ・ブライト(ka4268)。人間同士で争う蛮行、その穢れた心の闇を払わねばと気負う彼女に、片鎌槍を肩に担いだ榊 兵庫(ka0010)が宥めるように言う。
「どこにも無法者は居るものだ。
まあ、いくらか後ろ暗い事情もあるようだが、依頼は依頼。
不法に居座っている者には退去願うとしよう」
「うむ。さあ、皆の者。大王たるボクに続くのだ!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)はレイピアを空に掲げ、凛然たる態度で表口へ向かった。
●
「10秒後に行きますね」
『心得た』
無線越しの流の返事を待って、10秒。がらりと一気に開いた表口。兵庫は堂々と正面から踏み入る。
突然開いた大扉に、ゴロツキ共はびっくりして立ち止まった。集中する視線、その奥で冷静にこちらを見つめる二つの目。
(あれが親玉か)
兵庫はディコから目を逸らすことなく、気勢を上げる。
「おい、そこの粋がっているカス共。
この兵庫の槍捌きを恐れないというのならば、掛かってくるんだな。
どうせ、そんな勇気のかけらもないんだろうが、な」
頭上で一回転させた槍を前方に突き出した彼に、ディコははっと笑った。次いで、兵庫の背後から中へ入り込む3つの影に顰まる眉。
「何ぼさっとしてやがる! ナメられてんぞ!」
立ち止まっていたゴロツキ達が手に手に武器を持って一斉に動き出す。
突入するや否や、二階を目指すアメリア。階段から降り来る男を拳銃で牽制し、しゃがんだ背を踏みつけて蹴り落とし、階上へ走り抜ける。
レンチを振りかぶり迫る男を、兵庫が槍の一突きで打ち倒すと、足の止まった後続二人を立て続けにディアドラとマナが一撃で昏倒させた。
圧倒的な力の前に怯むゴロツキ。清浄なる二つの輝きを前にして、ディコの目がすっと細やぐ。
「陸軍には見えなかったが、覚醒者……ハンターか」
「暴挙を働く迷える子羊よ、光の前に罪を償いなさい」
ディコの呟きに応えるように、マナが剣を構えて説伏する。
「どうしますか?」
副長の問いに、ディコは一瞥を返すだけ。ため息を呑み込んで、懐から取り出した杖を翳した。
発生したのは青白いガス状の雲。
覚醒者――と気付いたのも束の間、兵庫、ディアドラ、マナがふらりと倒れる。周囲にいたゴロツキ数人もろともだ。
二階の制圧にかかろうとしていたアメリアは、階下の異変に一瞬目を落とす。その鼓膜を震わす風の音。瞬時に伏せた直上、通過した金槌に構わず、無線を一叩き。
「魔術師がいます」
遅れず、眠ってしまった3人に襲いかかろうとする男の胸をライフルで撃ち抜いた。
裏口で待機していた流の無線に入ったアメリアの声。
「ハッ!」
流は扉を蹴り開ける。積み上げられていた資材の山ごと、扉が音を立てて吹き飛んだ。ディコと副長は前方に跳び、起き上がりざま背後へ向き直る。
ゆらりと黒炎を身に纏う流。
右方、視界の端にきらりと光る金属を捉えて、抜き放ったMURAMASAで弾き返した。
ゴロツキの手から短剣が放れ、上がった両手。がら空きの懐に潜り込んで、鳩尾に肘を叩きこむ。
「覚醒者と真正面からやりあいたいアル……うわ!」
続いて裏口から飛び入った香月の目の前には、ディコと副長、そしてその周囲に集まるゴロツキ達。
「こいつらもか。……こんだけいりゃあ、一人位いーよなぁ?」
「え、ちょ――」
副長の制止を待たず、ディコは一瞬で香月の眼前に移動する。
首を狩るように突き出された手刀。上半身を捻った香月、掠めた首に一条の痣が浮き上がる。そのまま肘関節を極めようと手を伸ばすが、相手の腕を引く方が早かった。
体勢を傾けながらも、香月は伸ばした腕でそのまま人差し指と中指を繰り出す。
眼前に迫る二本の指。ディコの目が歪み、香月の視界から消えた。
瞬後、腹を襲う衝撃。男の膝が突き刺さる。香月は顔を歪めながらも、刺さる膝を両手で押し出すように後方へ跳躍し、威力を殺す。
膝をついた香月に背後からゴロツキが押し寄せる。しかし、その手が香月に触れることは無い。
噛み跡付きの煙草が宙を泳ぐ。仄かに赤らむ先端から、灰が剥がれ落ちて。
「Hey! 俺と遊ぼうぜブラザー!!」
拳銃の硝煙と紫煙が工場内にくゆる。ニールの銃弾が肩を貫いた。
致命傷では無いとはいえ、血を流し蹲った味方に怯えて二の足を踏む男達。ディコの叱責が飛ぶ。恐怖に引きずられて足を前に運ぶ彼らに、ニールは甘いマスクを乱す。
立ち上がらんとする香月に狙いを定めたディコ。が、脇から奔った一閃が回避へ判断を傾ける。
「俺とも、お相手願おうか」
正眼に構えた刀。涼しげな流の眼に、漆黒の炎が宿る。
「ちっ、不覚を取ったか」
兵庫は眠気を振り払うように頭を振り、周囲を確認。額を押さえて唸るディアドラを置いて、隣に倒れているマナを揺する。
「ん……」
微睡む頭。鳴り響く銃声が、マナの意識を一気に覚醒させた。
銃声に遅れて、空から人が降って来る。胸に空いた穴が、既に抜け殻であることを如実に示していた。
滑らかな金の髪を振り乱し、階上を制圧するアメリア。その瞳は髪と同じく金色に変じて、幼い顔立ちに不釣り合いな寒気のするような微笑を浮かべている。
今また一人、二階の通路で男が倒れた。
「気の利いた事は言えないけど……さよなら? 良い夢を~あの世でね」
満ち足りぬ好奇心とスリル、ただそれを満たしたい一心の彼女にとって、本来の目的である工場の奪還はついでのようなものだ。
階下のマナが立ち上がるに合わせて、前方から飛来する一本の火矢。それを防いだのは、大王の揺るぎない盾。
「うかつだったのだ! 二度目は無いぞ!」
ディアドラはディコと切り結ぶ流と香月の下へ走る。
立ち塞がる男達を蹴散らそうとして、隣から追い抜いた兵庫の槍が空気を裂き、進路を確保した。
「雑魚は任せたのだ!」
兵庫の一振りに身じろぐ男達、その背後に回り込むように、マナは移動する。
「抵抗は無駄です。武器を捨て投降して下さい」
「う、うるせぇ!」
材木を振り回し抵抗を続ける男の一人を盾でがつんと殴っては、再び声を嗄らす。
「歪虚が……闇が迫ってきているいま、このような事をして何になるんですか! 光の下に人々が力を合わせなければ飲みこまれてしまいますよ」
構わず攻撃を続ける男達。恐怖で縛られた彼らに、マナの声は届かない。気絶で済まそうとする温情も届かない。
何故分からないのか。こんな単純で明白なことが。振られた短剣を避け、憤りに顔が曇る。
「無駄だ。今は最善を尽くすしかない」
冷静に男を一人打ち倒す兵庫。彼の言う通りなのかもしれない。それでも――。
「エクラ教の教えは――」
「何が光だ! 何がエクラだ! んなもんじゃ、腹は膨らまねーんだよ!」
「!」
息を切らして短剣を振る男の叫びを、その短剣を、マナは盾で打ち払う。翻った長い黒髪に隠れた顔。僅かに開いた口から零れたのは、信ずるものを冒涜した愚者への裁き。
「何と愚かな……。その穢れた魂を清めなくてはいけませんね……光よ、穢れを払いたまえ」
マナの聖母のような顔から一切の表情が消え、眩い光の弾が放たれた。
資材の山を挟んでディアドラが対峙するのは、杖を持った男。
「大王たるボクが相手になるぞ!」
「接近戦は得意じゃないんですが」
踏み込んできたディアドラに放たれる風の刃。鉄壁の盾が防ぐ間に、副長は距離を取り直す。
「そんなもの、効かないのだ!」
「じゃあ、これはどうですか」
続いて放たれる石の礫。襲うのは、資材の山。ばらばらに砕けた材木の破片を盾で防ぎ、今度こそと間合いを詰めようとしたディアドラは、足元に散らばった破片に足を取られ、体勢を崩す。
無防備な大王に向けられる杖。
「これで――」
副長はさっと屈んで、それを躱す。背後、視覚外から飛んできた銃弾を。
「もう、おとなしく死んでくださいよー」
不満げなアメリアの声が消える前に、屈んだ副長にディアドラが剣を振り下ろす。
鉄製の杖がギリリと嫌な音を立てて剣を受け止め、蹴りを繰り出そうとしたのを察して、ディアドラは後方宙返り。
宙を舞う大王。一回転する視界が捉えたのは、今まさに放たれようとしている光の矢。
閃光、と同時に横薙ぐ白剣。切り裂かれた光矢が霧散するのと、ディアドラが着地したのは同時だった。
「大王たるボクの守りがそう易々と抜かれるとでも? 甘いな」
「こりゃ厳しいっすね」
ディアドラは油断なく盾を構え直す。
「殺しは趣味じゃねぇ。見逃してやるからさっさとどっか行きやがれ」
手の甲を撃ち抜かれた男が尻餅をつきながら後ずさるのを、ニールは苦々しげに捨て置いた。
まだ無事なゴロツキは10人ほど。だが、どれも戦意は低く、ディコへの恐怖から無理くり襲いかかってきているのは明らかだ。
彼らの無様な姿は、ニコチンが切れてきたのも相まって、気分を頗る悪くさせる。
一方、詠春拳を繰り出す香月。
目にも留まらぬ連続の拳の回転も、ディコは完全に見切り、全てを掌底で打ち払う。
「ハヒーハヒー……いくらなんでもムチャクチャキツいアル! みんな早く来てえええ!」
香月の流れるような拳が鈍る。酸素を求めて肺が動き、その一瞬を狙うディコの左の貫手。
「させん!」
ディコの左方から迫る流の裂帛の太刀を、空いた右手の小太刀が弾く。その隙に懐へ潜り込んだ香月。
「アイヤ!」
渾身の鉄山靠に、ディコは壁際まで吹っ飛び、大の字になって動かない。
「やったアルか!?」
しかし、倒れたディコから漏れるのは呻き声では無く、くつくつとした笑い声。
「おもしれぇ」
戦闘を想定していない軽装とはいえ、一撃を喰らうとは思ってもいなかったのだ。
何事も無かったかのように立ち上がると、燃える瞳が二人を見据えた。
「すぐに死んでくれるなよ?」
乱れたオールバックをそのままに、転瞬、ディコが掻き消え、流の左腕を抉る小太刀。
「ぐっ」
振るわれた流の刀は空を切り、遅れて香月が呻いた。
首根っこを掴まれ、身体が宙を走る。迫る壁。全身を貫く衝撃。叩きつけられた拍子に、酸素が逃げ出した。
「や、やめて……離してアル……」
歪んだ香月の顔に、嬉しそうに目を細めるディコ。掴んだ手は強靭で、香月の握力ではびくともしない。蹴りを放てども、力無きそれは何の効果も齎さない。強まる首の圧迫。顔が青ざめ、意識が遠のきかけ――、銃弾がディコの頬を掠めた。
振り返った先には、赤毛のチャラ男ことニール。
「イカれるのも、ほどほどにしとけっての」
ディコの手が開き、尻をついた香月はごほごほと空気を求める。ディコは頬に手をやり、触れた赤いものを見て、穏やかに微笑んだ。
「あれ、なんかヤバイ感じ?」
ニールは咄嗟に資材の影にダイブする。瞬後、先ほどまで立っていた位置をディコが駆け抜けた。
「逃げんなよぉ」
いつの間にか二刀を抜き放ったディコ。
「てめぇみてーな野郎は俺の専門外だっつの……!」
ニールの銃が連続で火を噴く。が、ディコにはまるで当たらない。迫る影に、ニールの顔に焦りが生まれ、左右から襲い来る二刀を、背後からの槍が制した。
「すまん、遅れた」
「サンキュー! コイツは任せるぜ」
入れ替わった兵庫が、ディコに槍を突きつける。
「調子ぶっこいてた野郎か」
「ふん、威勢だけか、確かめてみるのだな」
刺突。眼前、数cmの距離にある切っ先を前に、瞬き一つ無し。双方は僅かに口元を緩めて。
「全力でいくぞ」
連続で突き出される槍の先端を、ディコは紙一重で躱す。躱す。躱す。
息つく暇も無い連撃を掻い潜り、懐に入り込もうとしたディコの頬を、引き戻した槍の鎌が切り裂く。それにも係わらず、ディコは尚前進し、兵庫の胴を小太刀で撃つ。思いの外の衝撃に、兵庫は歯を食いしばる。
仕切り直すように双方が後ろへ飛び、距離を置く。兵庫の胴のへこみに、ディコの頬から流れ出る血。ぺろりと舌がそれを舐め取り、笑みが零れた。
そして、工場の灯りが落ちる。
その少し前、負傷した流は、ディアドラと対峙する副長を挟み込むように立ち、交渉を持ちかけていた。
――仕切り直し。これ以上の被害は更なる力の介入を招くと。
流達とて、目的は工場の奪還。彼らの捕縛では無いのだから。
「……そっすね」
それを聞いた副長は、迷わず魔法で工場の灯りを落とした。ところが――。
「闇を照らす光よ」
ゴロツキの制圧にかかりきりだったマナは、暗闇にも動じずにすぐにシャインを使う。兵庫とディアドラも灯りを持っている。
暗闇に浮かび上がる副長とディコ。無駄な事を、とは言えなかった。ディコが手にしていたのは、大きな樽。副長が作り出したのは、リトルファイア。樽の中身は……。
破壊された樽からぶちまけられた油に燃え移り、それが資材に渡って火が広がっていく。
「これも命令なもんで」
「ちっ」
「消化を!」
立ち込める煙。誰ともなく、火消しに走り回る。
漸く火の手が治まり始めた工場内には、死亡したゴロツキ5人以外気絶させた者も含めて、敵の姿は無くなっていた。
マナのヒールを待って、一同は任務完了の報告へ向かう。
「んー、もうちょいゾクゾクするかと思ったらそんなこともなかったー」
アメリアは両腕を天に伸ばす。後は報酬を貰うだけ。頭の中では、何を食べようかと好物が駆け巡っている。
流は腕の傷を擦るように手を当てる。瞼に焼き付く先ほどの男の影。
(……強い)
春はまだ遠かった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271) 人間(クリムゾンウェスト)|12才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/18 22:03:22 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/18 09:15:17 |