イルムさん、大事な眼鏡を紛失するの巻

マスター:えーてる

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2015/03/19 09:00
完成日
2015/03/27 06:52

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「……ということがありまして、困っているんです」
 イルムトラウト・イトゥリツァガ(kz0067)は浮かない声でそう締めくくった。向かいでそれを聞いていたモア・プリマクラッセ(kz0066)は心得たとばかりに頷いた。
 二人がいるのはバロテッリ商会の商店である。イルムが何かものを必要としている時は、大体モアの務めるバロテッリ商会にやってくる。
「成程。一つ聞きますが、日常生活に支障が出るほどに悪いのですか?」
「それは勿論……ないと生きていけないくらいに」
 彼女は明らかに焦っていた。モアもどれだけ不便なのかはよく分かるし、明らかに仕事に悪影響でもある。
 ないと生きていけないというのは恐らく嘘でもなんでもないのだろう。彼女の状態はモアも把握している。同じ状況なら自分も苦しいだろうという思いはあった。
 彼女はどこか憔悴した様子でカウンターに手をついた。
 ちなみに眼鏡の話である。
「しかし、普通の物では足りないと?」
「はい……もっと強いものでないと常用に耐えなくて」
 という言葉にモアは(二人の間でしか分からないほど微細な変化で)難しい顔を作った。
 彼女が要求する程に効果の高いものなど、早々無い。眼鏡の話だ。
 というより、ここまで重篤な人間を見たのがモアは初めてだった。依存症と言っても過言ではない。眼鏡の話だ。
「モアさん以外に頼れる人がいないんです」
 という彼女の要望に答えたくはあったが無理なものは無理だ。モアは首を横に振った。
「それほど強いものとなると……そもそも市場に出回りませんし」
「……そうですよね」
「ただ、宛はあります」
「本当ですか!」
 珍しく(少しだけ)声を弾ませた彼女に、モアは「少し待っていてください」と断りを入れて、紹介状とメモをこさえた。
「そこでなら、イルムさんの要望にも答えてくれると思います」
「モアさん……流石です。ありがとうございます」
「ああ、それと」
「商会の宣伝ですよね! 分かってます勿論です! では!」
 モアが言い切る前に彼女は駆け出していた。珍しいものを見たなと思いつつ、モアは行き場をなくした続きを、一応とばかりに口にした。
「……フマーレの中でも特に迷いやすい所なので、一人では行かないようにしてくださいね」
 ここに来るまでに随分迷ったらしいイルムは、既に店先を飛び出してしまっていた。

 ――翌日、ついぞ辿り着かなかったイルムが(モア主観で)泣きそうな顔をしてやってきたという。


「ということがあったそうでー」
 ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)はそう締めくくった。

 眼鏡と言えば、イルムのトレードマークだ。
 ルミも「よっ、同盟の眼鏡美人!」とか「眼鏡が似合うと仕事もできるんですねぇ」などと雑な煽て方をするくらいには、イルムと眼鏡は密接な関係にある。というよりイルムがほぼ一方的に依存している。
 彼女、キツい乱視と近視を患っているのだ。
 視力の話になった時の「裸眼ですか? 0.03以下ですね……」という答えはルミどころか職場を騒然とさせた。どれぐらい酷いかと言うと、街を歩いていても看板の字が読めない、人の顔が分からない、拳一つほどの距離まで近づかないと本が読めない、そういうレベルで視力が悪い。
 ――そのイルムが、なんと眼鏡をなくしてしまったのだという。
「たいっへんなんですよぉ」
 とルミはハンターたちに愚痴っていた。
「ほら、辺境のCAMの街、ホープとですね、ナナミ川でのごたごたがありましたよねぇ? イルムさん、その時東奔西走駆けずり回ってオフィスの仕事とかやってたんですけど、その帰りに、海に眼鏡を落っことしちゃったらしくて」
 それがハンターの支給品で賄える普通の眼鏡であればよかったのだが、生憎イルムのそれはかなり度がきついオーダーメイドであった。
 というか、そこらの軽い眼鏡では掛けたところであまり効果が無いのだ。結局乱視のせいで書類が読みづらいとか。
 リアルブルーにいた頃であれば簡単に手に入ったのだが、クリムゾンウェストでは技術的にも機材的にも一朝一夕に作れるものではない。
「イルムさん、机にうつ伏せになるくらい目を近づけないと書類が読めない有り様で……仕事効率ガタ落ちなんですよねー……」
 顔が分からないので受付にも立てないし、事務作業も恐ろしいほどに効率が悪くなっている。
「なにせイルムさん、普段の仕事量が頭おかしいですからー……普段彼女が抱えてたタスクが全部溢れだしてて」
 その辺りのリスクヘッジを欠かしていないイルムの気配りが功を奏して業務停止とは行かないが、それでもドがつくほどの激務になっているらしい。
 それもこれも時機が悪かった。
「え、私ですか? やー私は受付嬢ですからぁ、事務のことはわかんないなぁ~ってぇ」
 そしてこの娘も大概要領が良かった。
「あ、それで本題です本題。皆さんにお願いしたいことは二つありましてー。フマーレまで行ってイルムさんを目的地に案内してもらって、折角なのでそのまま休暇を取らせて欲しいんですー」
 休暇を「取らせる」という表現が使われるような人間もそうはいまい。
「何を言ってるか分からないって? 私もよく分かりません……」
 ……当たり前だが、店の看板どころか地図を読むのに多大な苦労を伴う視力である。裸眼で生活など最早介護が必要なレベルだとルミは言う。
 というのも、乱視がひどすぎてマグカップの取っ手を掴むのに失敗したりちょっとした段差に躓いたりしていたらしい。
 明らかにヤバいと判断したルミがついさっき無理矢理休暇を取らせた。英断である。
 明日にはひとまずの代用品として乱視矯正眼鏡が届くので(それでも仕事に多大な影響があるようだが)、ひとまず今日一日を乗り切れば何とかなる。
「実際イルムさんここ最近働き詰めでちょっと危なそうなので、いい機会ではあるんですよぉ。ただ、あのワーカーホリックがちゃんと休むかどうかは怪しい所なので……ってか前例がありましてぇ……」
 一応イルムは出来ないことはしない性分なのだが、外に出れば目が悪いなりに色々人助けを始めるだろうし、一方で家に篭もらせたら机にへばりつく姿勢で仕事し始めるに違いない、とルミは言った。
「夜は私がイルムさん家に押しかけるので、とりあえず日中です! 観光のついでで構わないので、イルムさんを介護しつつ休暇を取らせてあげてください! なんならご飯の美味しいお店とか紹介しますよ!」
 ちなみにイルムを無理矢理帰すので午後の受付はルミ一人になるのだが、ルミはそこには触れなかった。
 と言った所で、件のイルムがやってきた。
 彼女は目を細めて受付をじーっと眺め、受付嬢の顔を暫くチェックし、ルミの方を暫く見て、それから控えめに手を上げた。この間一分近くだ。
「お待たせしました、ルミさん」
「……見ての通りなので、マジでお願いします」
 ルミは深々頭を下げた。

リプレイ本文


 イルムトラウト・イトゥリツァガ(kz0067)といえば、眼鏡と無表情だ。
 大雑把に言えばその二つだ。所により胸と言う派閥もあるようだがそれはさておき、とにかく表情筋の硬い女なのである。
 特に業務中の彼女は徹底的であり、口元はにこりともしないし、眉はぴくりともしない。
 そのイルムが、今は疲れた顔で目元を押さえていた。
「ピントがずっとずれる感じなんでしょうか……」
 シュネー・シュヴァルツ(ka0352)は目の周りをぐりぐりと揉んで、歪む視界に顔をしかめた。
「ええまぁ、乱視も入っているので、その……シュネーさんの顔の輪郭がぼんやりと……」
「……大変そう、ですね」
 乱視というやつは厄介で、重度だとそこらの眼鏡では矯正できない。クリムゾンウェストだと腕の良い職人に頼まねばならない。バロテッリ商会……というか、彼女の同僚モア・プリマクラッセ(kz0066)の紹介がなければ、その辺りでもうお手上げだったろう。
「そんなに目が悪いとは知らなかったのです」
 と、シア(ka3197)が言った。

 つい今朝のことである。三人はイルムの家にやってきたのだ。
 元々ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)があれこれと世話してくれていたのだが、出勤するルミに入れ替わる形であった。
「あ……斡旋所でお会いした事あるけど覚えてますかね……」
「シュネーさんですね。はい、CAM実験場の時に担当させていただきました」
 それから左右に視線をずらした。どこか視線がふらついていたが。
 ついで口を開いたのはシアである。
「イルムさんには、いつもハンターズオフィスでお世話になっています」
「はい、シアさん。幾らか庶務でお顔を合わせただけですが、こんな依頼を受けてくださって……」
「いえいえ、気にしないでください」
 イルムはぺこりと頭を下げて、それからセレス・カルム・プルウィア(ka3145)を見た。
「セレスさんも、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「こちらこそ。今日はお手伝いさせて頂きますね。同じ眼鏡を掛ける者として、失う辛さは良く分かりますから」
 セレスは手を合わせた。
「さ、まずはお召し物と、お化粧もですね」
 ロクに髪もとかせていなかったイルムは、顔を背けて頬を掻いた。

「眼鏡とは便利なものですね」
「長年かけているので、なくしてみて初めて分かる大事さですね……」
 シアの言葉に、イルムが神妙に頷いた。
 準備までの一時間程度彼女の様子を見たわけだが、成程致命的ではあった。
 何がって、化粧がだ。
「皆さんにしてもらったお化粧がよく見れないというのが残念です」
 鏡を見ても自分の顔が見れないという、女性としてはかなり致命的な状態だったのである。
「よく似合ってますよ」
 というシアの言葉に、ありがとうございます、とイルムは頭を下げた。
「すっぴんで出かけさせるなんて、いけませんから」
 セレスが小さく頷く。シュネーはクローゼットに足を向けた。
「折角のお出掛けなのでちょっといい服着ましょう……何色、お好きですか?」
「好みは寒色系ですけど、お任せしますね」
「さ、髪も梳かしましょう」
 セレスが櫛を手に取る横で、シアとシュネーはウォークインクローゼットに向かった。
 綺麗に並んだ衣服を見る限り、お洒落好きであることはすぐ分かった。化粧もままならないとなると結構なストレスだったろう。
「動き易いものがいいですよね」
「そうですね……転んだら危ないですし」
 シアの意見にシュネーは同意して、あれこれと衣服を見繕っていた。


 ヴァリオスの住宅街の一角。扼城(ka2836)は頭の後ろで腕を組み、塀に寄りかかっていた。
「……少々、のんびりしてそうだとは、思って居たが……」
 彼女の家のすぐ正面には公園がある。奥にはなんだか大きな豪邸があり、周りは普通の民家らしい。道を行けばすぐ大通りだ。
 イルムの住まう小奇麗なアパートをぼんやり見上げながら、扼城は呟いた。
「抜けている、の間違いだったか……」
「普段、気を張りすぎているだけではないでしょうか」
 所用で出ていたアレス=マキナ(ka3724)が戻ってきた。
「まぁ……仕事中は、機敏だな」
「ちょっと抜けているくらいが素なんじゃないでしょうか。……人助けに走ることも含めて」
 カティス・ノート(ka2486)が苦笑した辺りで、イルムたちがやってきた。
「お待たせしてすみません」
 と言いながら、軒先の階段を降り……足を踏み外しかけて、シアに支えられていた。
 扼城は呆れた顔を浮かべた。彼女が顔を見ても分からないというのが、救いではあった。

 まぁ、困っている人を見ると放って置けないイルムのことだ。
 転んだ子供の泣き声を聞いて、そっちに向かおうと言い出すのは至極当然のことである。
 シュネーとカティスが対処に向かう前に、イルムは待ったをかけて、ハンドバッグを漁った。
「救急箱があるので……ええと」
「あ、探しましょうか?」
 カティスが鞄を漁ると、小さな救急箱が出てきた。開けてみれば消毒液や包帯が入っている。
「今日一日は自分のことを優先しろと、言ったはずだがな……」
 先の話である。言っても聞かなそうなイルムに対して、扼城は「後で酒をおごってやる」と条件を付けて飲ませた。この表情と趣味の希薄な人間の数少ない楽しみが酒である。
「放って置いたら私の気分が悪くなりますから。人道に背くのは己のためになりませんもの」
 イルムも悪びれない。扼城は頭を掻いた。
 とは言え、イルムも驚いていた。
「イルムさん、今度お手伝い行きますね!」
 と、軒先の掃除をする主婦が手を振り。
「あら、イルムさんザマス? 何か大変なことがあったら仰ってくれて構わないザマスよ」
 と、派手な服と三角眼鏡の茶髪のマダムが言って。
「おうイルム嬢、眼鏡なくしたってホントだったんだな。メシの差し入れはいるかい!」
 と、酒場の親方らしき男性が気さくに声をかけ。
「……まぁ、転ばないようにね」
 と、神経質そうな軍人の女性が控えめに声をかけた。
 いつの間に、と思うまでもなく、イルムはこういう気配りが出来る人に心当たりがあった。
「アレスさん……ですね?」
「僕は呼びかけただけですよ」
 というのは本当のことだ。アレスが近所同士助け合うような関係を構築しておこうと思った所、そういう土壌は既にあったというだけのこと。
 普段からイルムは近所付き合いも良く、誰に対しても別け隔てがない。
「貴女が困っているなら助ける、恩返しのチャンスだ、などと皆さん言っていました。あるいは言わずとも、気にはかけていましたよ」
 アレスは優しく言い聞かせた。
「イルムさんも、大概不器用ですね」
 自覚はあった。イルムは視線を逸らした。逸らした先で、セレスがこちらを見ているのをぼんやり読み取った。
「私共の気持ちは解って頂けるかと」
「……ええ、まぁ」
 イルムは決して疎い人間ではない。分かっている。
「偶には手を差し伸べられる側になるのも、良いのではないでしょうか」
 そう言われるのも分かっている。
 ただ、そうされる事を申し訳なく感じてしまうのが、彼女の性分だった。
「人助けが悪いと言う訳ではありませんが……押し付けられた善意は、相手にとって重荷になる事がありますし、それに……」
 アレスの言葉だ。それも分かっている、とイルムは思った。分かっているのだ。全部分かって、やっているのだから。
 ずーっと昔からそうしてきた。それで何度も失敗してきた。
 けれど、それはこの場で言うことではないとも分かっていた。
「一人の方に依存している同盟のオフィスの体制も、変わるべきだと思います」
 ただ、アレスのその言葉は看過できなかった。
「これを機に、オフィスギルドの仕事に関して皆さん見返してみるのも如何でしょう?」
「依存というほどではないですよ。私がちょっと抱え込み過ぎただけで、彼らに落ち度はありません」
 イルムははっきり答えた。そこは彼女の矜持にかけて譲れない部分だった。
 自分はただやれることを最大限やっているだけだ。本来イルムがやるべきでない範疇にまで手を出しているのは、彼女の我儘でしかない。
 その結果、今こうして誰かに手を借りて化粧をしているような状態である。切欠は些細でも、これは自分の責任だ。やると言ってやれませんでしたでは済まないのだから。
「私一人で支えられるほど、皆さんの仕事は安いものじゃないはずです」
 イルムはそこだけは譲れなかった。
 自分が誰かを助けるのは自分のエゴで、誰かが悪いわけではないのだから。
 ただ、まぁ。
 それを強く言った所で、結局自分はやらかした所だし、手を借りなければ歩みも怪しい。
「――すみません。今日は、皆さんを頼ろうと思います」
 善の感情とは双方向性でなければいけない、それもよく知っている。
 今は皆の好意を受け入れる時だ。
 イルムは努めて笑おうとしたが、どうも上手くいかなかった。


 と言っても、染み付いた習性を何とか出来るわけではなく。
 彼女は大体困っている人には素早く反応した。というか、熟練のハンターよりも騒動には敏感らしい。ぼんやりとした視界と音だけで色々異常を感じ取っていた。
 ただまぁ、それもわりと予見されていたことである。イルムがふと顔を向けた方向には、誰かがすっと向かって問題を解決していく。
 カティスはなるべく話を逸そうとするが、中々うまくいかない。
「セレスさん、今追い抜いていった方の靴、どうなってます?」
「ええと、……ちょっとサイズが合ってないように見えますね。新品のようですが」
 彼女の「目」の代わりを買って出たセレスが、眼鏡を押し上げて、走る女性を見る。イルムが頷いた。
「先を行っている馬車とぶつかると、ちょっと荷物が危ないですね……。あの馬車、過積載のようです」
「行ってこよう。力仕事のようだしな」
 扼城が駆け出したのと、女性が馬車とぶつかったのはほぼ同時だった。
 あわや荷物がぶつかって大惨事というところで、彼が滑り込んだ形である。感謝される扼城を滲む視界に何とか収めながら、イルムは頷いた。
「よく分かりますね……」
「感覚的な話なのですが」
 シアの言葉に、全体の流れから起こりうる問題を予見するのは、努力次第で身につく視点だとイルムは言った。
 そうこうしているうちに転移門を潜り、工業都市フマーレへと到着する。
 ここまではイルムの馴染んだ地形であったが、ここから先はそうではない。
 大通りは兎も角、細い道を正しく行けるかどうかは怪しいものだ。
 扼城は地図に書き写した目的地までのルートを見て呻いた。イルムでなくとも、ちょっと地図に疎い人間が向かえば恐らく迷うだろう。
「周囲の人に我々が聞きながら進めば良いかと」
 というアレスの言葉もあったが、一応皆で最終確認だ。
 カティスはおずおずと尋ねた。
「あ、あの。いやでなければ、なのですが……手を握ってもいいです? 誘導する時、安心すると思うのですが」
「出来れば、是非。エスコート、お願いしますね」
 などとしれっと言って手を差し出すイルムに、カティスはやや顔を赤くした。
「え、エスコートなんて……きゃっ!?」
「おっと」
 と、カティスが段差を踏み外して体勢を崩す。咄嗟に踏ん張ったイルムのおかげで転ぶことはなかった。そのイルムをそっと支えるシュネーとセレス。
「大丈夫でしたか?」
「すみません、助ける側でしたのに……」
 一悶着ありつつも、一行は移動を始めた。
「……時計もロクに見えませんね」
「もうすぐ十一時ですかね」
 アレスがさらりと答える。イルムは顎に手を当てた。
「注文を終える頃にはお昼ですね。ルミさんからおすすめを聞いているので、そこに行きませんか? お代は私が持ちますから」
「いいんですか!?」
 シアがぱっと顔を輝かせるが、男性二人は渋い顔だ。
「女性に奢らせるわけにはいきません」
「そう言わずに、今日の感謝の気持ちを込めてです。どうですか、扼城さん」
「あぁ……まぁ、自分の分くらいは出させてくれ。男にもメンツがある」
 奢らされる分奢り返そうという魂胆だろうか。扼城は苦笑した。

 歩みは順調である。
 念入りに地図を確認して、コースも相談済だ。路上の喧嘩の仲裁にシアが向かい、脱輪した馬車からこぼれた荷物の回収を扼城が代わり、と人が減っても、問題解決後にはすぐ合流出来ていた。
「いい酒場を見つけてきた」
 扼城が抜け目なくそう言うと、イルムは喜色を声に浮かべた。
「じゃあ、行くのは眼鏡が届き次第で」
 流石のイルムも今の状態で酒をがぶ飲みする気はないか、と扼城は思った。顔色を読まれないのは楽でいい。
「この先に、段差があるので注意してくださいね!」
「はい、ありがとうございます」
 ややゆっくり目に階段を降りたイルムは、ふとシュネーを見て尋ねた。
「そういえば……シュネーさんは、ドイツ人ですよね?」
 シュネーはこくりと頷いた。
「ふむ……顔も見えない今尋ねるのもどうかと思いますが、私たち、リアルブルーのどこかで出会ったりしませんでしたか?」
 シュネーは首を傾げた。
「ない……と思います」
「そうですか……」
 イルムも大した疑問ではなかったらしく、すぐ話題を切り替えた。
「そういえば、やはりご家族は向こうに?」
「一緒に転移された従兄がいます……」
 などと話していれば、件の工房まで辿り着くのにそう時間はかからなかった。


「これにて依頼完了ですね」
 シュネーの助言通り眼鏡を二つ発注し、イルムは工房を出てきた。モアの紹介状のお陰でことはスムーズだったそうだ。
 戻ってくるなりそう言うイルムに、シアは指を左右に振った。
「いやいや。今回の依頼は休暇の補助もありますよね?」
「ええと……あれはルミさんの冗談では」
 アレスは難しい顔をした。
「目のよく見えない状態で観光というのもなんですが」
「あの」
「視覚に頼らなくても……楽しむことは出来ると思います」
「ええと」
 シュネーの言葉をカティスが引き継ぐ。
「途中にお花屋さんありましたよね。行ってみませんか?」
「あ、それはいいですね」
「差し当たっては食事だろうな。あぁ、それとイルム君」
 扼城は小さな包を差し出した。
「鎖細工だ。眼鏡が届いたらつけるといい」
 イルムは目をぱちくりとさせて、包を受け取った。視線で伺いを立て、許可を得ると、包みを開ける。
 あまり飾りのない細身の細工だが、実直なイルムにはよく似合うと思われた。
 手のひらに乗せたそれを顔の前にまで近づけて、イルムは暫くじっと鎖細工を見て、それからこちらを見る皆を見た。
 そして、少しだけ口元を緩めた。彼女の精一杯の笑顔だった。
「――ありがとうございます」
 休日はまだ、終わらない。

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MVP一覧

  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツka0352
  • 冒険者
    アレス=マキナka3724

重体一覧

参加者一覧

  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • ティーマイスター
    カティス・フィルム(ka2486
    人間(紅)|12才|女性|魔術師

  • 扼城(ka2836
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 麗しきストーリーテラー
    セレス・カルム・プルウィア(ka3145
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 冬の使者
    シア(ka3197
    エルフ|16才|女性|魔術師
  • 冒険者
    アレス=マキナ(ka3724
    エルフ|15才|男性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談
カティス・フィルム(ka2486
人間(クリムゾンウェスト)|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/03/19 07:58:23
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/03/18 21:27:40