p731 『深淵の瞳』

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/03/18 12:00
完成日
2015/04/07 19:07

みんなの思い出

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オープニング

『深淵の瞳』

 ヴァリオスのとある商店街に、一人の大道芸人が訪れた。
 旅芸人の彼は、行く先々でその芸を披露して、その日の生活費を稼いでいる。
 最盛期にはそれなりの人気を馳せたものだが、どうもここ最近は客入りが悪い。そこで比較的羽振りの良さそうな、ヴァリオスへと訪れていたのだ。
 到着から数日、日が暮れるまで人ので入りの頻繁な教会の前に立ってみたものの、成果は相変わらず。
 酒場で知り合った旅の占い師に話を聞いてみたりもしたものだが、それで運気が変わるわけでもない。
 興味を持って足を止めるのは近所の子供達や野良犬、野良猫。一銭の稼ぎにもならないまま今日も日が暮れ、通りから次第に人の気配が消えて行った。
 今日もここまでか。
 そう、ため息混じりに商売道具を片付け始めたとき――ふと、その鼻先を鉄のような嫌な臭いがくすぐった。
 何の臭いだろう、周囲を軽く見回した時である……目が合ったのだ。
 こんな夜半に何処の誰なのか。
 その顔も、姿も伺う事ができない。
 しかし、路地裏の暗がりからくっきりとした光る目が二つ、自分の姿を覗き込んでいたのだ。
 無言の聴衆に、男はドキリとその心の臓が震えた。
「や、やぁ……すまないが今日は終わってしまったんだよ」
 男は恐る恐る、その『瞳』へ向けて声を掛けていた。
 しかし、その『瞳』は何も言わず、まるで何かを語りかけるように、ただ真っ直ぐに男の姿を見つめていた。
「な、なんだ……そんなに、私の芸が見たいのか?」
 無言を肯定と取ってしまうのは、人間の悪い癖だろうか。
 そう問いかけておきながらも尚も口一つきかない傍観者に対し、男は勝手にそう解釈すると、いそいそと片付けかけていた道具を取り出し始める。
 怪しい人物に芸を見せるなど、自分もヤキが回ったのか……そう思いながらも、久しぶりのまともな聴衆に、どこか嬉しさのようなものも隠せない様子であった。
「これでもジャグリングは好評でね、こんな事もできるんだ」
 そう言いながら、5~6本の棍棒を一気に取り回して見せたり、股の間を潜らせて見せたりと、得意の技を披露する。
 そうしてひとしきりの芸を終えると、いつもそうしたように静かにお辞儀をして見せた。
 再び顔を上げたとき――路地の『瞳』はその姿を消していた。
「なんだ……居なくなってしまったのか」
 それは報酬を貰えなかった事に対する落胆か、それとも単純に観客を失ってしまった事に対する落胆か。
 答えは、久しぶりに高鳴った胸の鼓動だけが知っていた。

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。
 店じまいを始めるのを見計らうように、その『瞳』は現れた。
 相変わらず謎の鉄臭が辺りを包むし、心遣いは貰えないしであったが、それでも久しぶりにファンを得たかのような気分に浸った男は、いつしかその観客が現れるのを楽しみにさえしたものだった。
 そういえば、この道を歩み始めたのも誰かを驚かせたい、喜ばせたいという気持ちからだっただろうか。
 無償の仕事を続けながら、そんな懐かしい初心さえも思い返していたものであった。

 ある日、いつものように『瞳』へと芸を披露し終えた男は、不意の違和感に捕らわれていた。
 今までであれば、締めのお辞儀をして見せた頃にはもう何処へか居なくなってしまうその『瞳』が、今日に限ってはまだこちらを覗きこんでいたのだ。
 初めて出会った時のように、何かを求めるような視線を投げ続けながら。
「すまないが、今日は本当にもう終わりなんだ。この暗さではキミもよく見えないだろう。もしくは――」
 そんな言葉をかけながら、男はかねてより疑問だった事を口にしていた。
「もう少し観たいのであれば、よければこちらまで来てくれないか。近くなら、薄暗い中でも楽しめると思うのだが」
 毎日来てくれるお客を、一目、その顔を見てみたいと。男がひそかに、そして当然のように抱いていた気持ちであった。
 しかし、『瞳』は何も答えない。ただその視線を向け続けるだけだ。
 男はその様子を否定の意味と捉えたのか、諦めたように道具を仕舞い込んだ。
「それでは、また明日」
 当たり前のように出た言葉に苦笑しながら、男は仕事場を後にした。

 しばらく夜の街を歩いた後、ピタリとその足を止める。
 ……見られている?
 ふと、傍らの店の陰に目を向けると――いた。
 あの『瞳』が、全く同じような様子で、こちらを覗きこんでいた。
「な、なんだ……脅かさないでくれ」
 仮にも夜の街だ。
 強盗や、それに類する人間が居ないとも限らない。
「本当に今日は終わりなんだ。私も流石に疲れたしね……宿で休ませてくれ」
 そう言い残して、再び歩みを進める。

 が……その視線が消える事は無かった。
 次の路地にも、その次の路地にも、決まって『瞳』が待ち構え、こちらを見ている。
 あいも変わらず、感情も感じられない瞳を。
 それを目にするたびに、男の足は次第に早くなって行き、いつしか息を切らせながら夜の街を駆け抜けていた。
 一体何なんだ。
 彼は駆け込むように拠点としている街外れの安宿に入ると、自らの部屋へと飛び込んだ。
 全力で走ったせいか、息も絶え絶え。
 上着を固いベッドに放り投げると、革袋の水を一気に煽る。
 水分が体に染み渡るのを感じながら、次第にその息も落ち着いていった。
 そうして一息ついてふと、窓辺に視線を移した時――

 ――窓の外の深淵から『瞳』が男を覗き込んでいた。

 男は部屋を飛び出した。
 見るな、私を見ないでくれ。
 そう懇願するように口にしても、視線が消える事は無かった。
 とにかく、どこか遠くへ。
 ヤツも諦めるような場所へ。
 必死の思いで街を抜け、墓地を通り、郊外の森へとその身を投じていた。
 草木を掻き分け、落ち葉に足を取られながら、暗い森を駆け抜ける。
 こんな所まで自分を負うような人間は居ないだろう。
 そう思った事が、彼の最大の誤算であった。
 そう、人間であるならば、と――

 気づいたときには、周囲を取り囲むような視線の中に彼は立ち尽くしていた。
 取り囲む『瞳』『瞳』『瞳』。
 その視線から、もはや逃げる術は無い。
 思わず、男の口から笑みが零れる。
 それは敗北を悟った笑みであったのだろうか、男はその場に崩れ落ちた。
「私に……何を求めているんだ」
 その時、コツリとその手に何かが触れた。
 視線を向けるとそれは……ジャグリングに使う棍棒のように見えた。
 何故こんな所に?
 しかし、男は勝手に理解し、納得する。
「そうか……そんなに、私の芸が見たいのか」
 男は棍棒を取り上げると、すくりとその場に立ち上がると、いつもそうするように恭しく一礼をしてみせる。
 そうして、拍手すら起こらぬ森の中で、彼は自慢のジャグリングを披露するのだ。
 いつもよりもやけに軽い、その棒を手に持ちながら。

 その夜から、彼が商店街に現れる事は無かった。

リプレイ本文

●消えた大道芸人
 大道芸人が消えたと言う報告を行った宿に、依頼を受けたハンター達は一同に介していた。
 宿は商店街の外れに位置する、いかにも安宿といった体の飾り気の無い木造建築だ。
 呼び寄せた宿屋の主人はあまりこういった状況には慣れていないのか、それともただの心配性なのか、おろおろとした様子でしきりに額の汗を拭いていた。
「まずは捜索者の特徴をお聞かせください」
 開口一番、天央 観智(ka0896)はまずそう話を切り出していた。
「40前後の、その、そう若くは無い大道芸人さんです。お名前はブリックさん。昔はそれなりに名を馳せた人気芸人だったと伺っています」
 それから概ねの人相や服装を早口でまくし立てるように答え、主人は一息吐くように汗を拭う。
「宿を取って、どのくらいになるのでしょうか?」
「お姿が見えなくなるまで、かれこれ1週間ほどでしょうか……」
 マヘル・ハシバス(ka0440)の問いに、主人は店の帳簿を捲り、指折り数えながら答えた。
「部屋を飛び出すところを、アンタは見たんだな?」
 そう、核心に迫るような物言いで、念を押すように疑問を口にしたエリオ・アルファーノ(ka4129)。
「厳密には姿を見たわけでは無いのですが……やたら切迫したような様子は物音から聞いて取れました」
「そうだな……飛び出す前に、宿に誰か来たりはしたか?」
「いいえ、あの日は彼以外、誰もお客はおりませんでした。宿泊客も含めて、です」
「知っていればで良いが……彼が普段、何処で芸を披露していたを知りたい」
 エリオの後に続いて、神妙な趣で問い出すのはクローディオ・シャール(ka0030)である。
「教会の前の広場でやっていたと聞いています。実入りはあまり良くなかったようですが……」
「なるほど、感謝する。そうなれば現場を一目見てみるとしようか」
 教会の位置を主人に地図で教えて貰いながら、クローディオは己の捜査方針を固めに入る。
「なら、手分けして情報を集めませんか? 広い街ですし、人数もそれなりに居るので……」
 おずおずと提案するユーノ・ユティラ(ka0997)であったが、ハンター達はその提案に異論無く頷くと、念のため2人ずつのペアに分かれて街へと繰り出して行くのであった。

●足取りを追って
 宿屋の主人の許しを得て、観智とリリア・ノヴィドール(ka3056)はブリックが泊まっていたと言う部屋へと立ち入っていた。
 彼が失踪した当時の状況そのままだというその部屋は、別段荒れた形跡も無く整然としている。
 目に留まるのは無造作に放置された、商売道具の詰まったトランクケースと、生活用品の詰まったザック。
 そして、ベッドの上に投げ出された、彼のものと思われる一張羅の上着であった。
「金品も商売道具も残ってる……強盗やなんやのセンは流石に薄いのよ」
 荷物を一通り改めながら、リリアはうんと首を傾げて見せた。
 人為的な事件だとしたらあまりに不可解な状況である。
「リリアさん、これを見て頂けますか?」
「何かあったの?」
 肩越しに観智に呼ばれ、ベッドの方へと向かうリリア。
 そこにあるのは、彼の上着ただ一つ。
 劇場の芸人が身につけるような、黒いタキシードである。
「この上着がどうしたの……?」
「少し顔を近づけて――『臭う』と思いませんか?」
 そう、含んだ言い方をする観智に導かれ、リリアはすんと上着の臭いを嗅ぐ。
 瞬間、不快感を露にしたように手で口元を覆い、その顔を顰めてみせた。
「鉄くさ……いいえ、これ、血の臭いなのよ」
 鮮血と隣り合わせの生活をしているハンター達だからこそ出た言葉。
 一見、血痕も何も無いブリックの上着であったが、確かにそこから漂う血のような鉄の臭いと共に、事件の裏に潜む闇の存在が、ぼんやりとその輪郭を露にしようとしていた。

 一方、マヘルとマキナ・バベッジ(ka4302)の2人は、宿屋を中心にその周辺の調査に当たり、事件当日の様子を洗おうと努めていた。
「この宿は素泊まり専門ですよね。お食事はどうされていたのでしょう?」
「流石にそこまでは……」
 マヘルの問いにそう言い掛けながら、主人はぽんと思い出したように手を打って見せた。
「そう言えば、行きつけのバーがあるとか聞いた気が……名前は何と言ったかな」
「バーですか……街に出た方々に伝えておきましょう」
 そう、記憶に残す程度にメモを取るマヘル。
「当日に変な声や物音がしたりはしませんでしたか……?」
 少しでも事件当時の状況を鮮明にしようと、マキナの問いが主人に迫る。
「ブリックさんがなにやら喚き散らしていた以外には取り立てては……」
「それは……どういったもので?」
「確か……『私を見るな』とか、そんな感じだったかと」
「何かに見られていた……?」
 思考を巡らせるように、一度視線を落とすマキナ。
「部屋に窓は?」
「あります。裏路地に面しているため、日当たりはそれほどよくありませんが」
「……外から、見せて頂けますか?」
「ううん……あなた方の体格なら、ギリギリ通る事もできるでしょうか」
 そう言われ、「ここから入れば」と案内された路地の先。
 マキナ達くらいの背格好でも、横になって背中を擦りながらようやく通れる程度の隙間を渡り、2人は宿の裏手へと出る。
 見つけた窓から中を覗き込むと、中では部屋を物色しているリリア達の姿が見えた。
「部屋を覗く事はできますが……ここまでして『見る』意味はあまり無いように感じますね。そもそも、子供でもなければ自由に動く事もできないでしょう」
 そう見解を述べるマヘルの言葉と共に、謎は深まる一方であった。

 クローディオとエリオの2人は、教会前の広場での情報収集に精を出していた。
 しかし手当たり次第に聞き込みを行うも、目ぼしい収穫は無く、宿へと戻って来た。
 聞いた内容と言えば、数日前からブリックはやけに機嫌が良さそうだったとか、街に不穏な噂は無いとか、他に失踪事件は一切起きていないとか、その程度。
「上着も羽織らず飛び出したと言う事は……それだけ切羽詰った状況だったはず」
 普通に考えれば、命の危険かそれに順ずる何かが、彼の身に降りかかったのであろう。
 だがそれが何なのか、クローディオは見えない事件の全貌に悩まされていた。
「『奴さんは逃げた』、その事実は変わらないんだ……だったらそれを追うしかあるまい」
 そう言いながら、軽い準備運動で体を慣らすエリオ。
 そうして一通りの身体の状態を作り上げると、クローディオに向かってニヤリと視線を送る。
「じゃあ、頼むぜ。『犯人』さん」
「……任せておけ」
 そう言うや否や、2人の大人は全速力で宿を飛び出した。
 エリオを追うような形で後ろを追従するクローディオ。
 僅かな手も抜かない、全力の追いかけっこである。
 日もそろそろ陰りつつある中、宿を出て、まず向かうのは――教会の広場であった。
 切羽詰って逃げる時、人は見ず知らずの地よりも見知った方へと行きたがるものだ。
 広場に辿りつき、一度足を止め、周囲を見渡す。
 広場は商店街の端、いわば行き止まり。
 そこからは道らしい道は伸びておらず、あるのは大人は通れそうも無い細い路地のみ。
 だが、ブリックは消えたのだ。
 その背後にクローディオが迫る。
 猶予は無い、きっと彼も同じような気持ちだったハズ――そう思った時、顔も声も知らぬ彼の心境が、エリオの脳裏に溶け込んだような気がした。
「――あそこだ」
 その視線の先に、教会の先に覗く開けた墓地を捉えて。

 時間は夕刻。
 ユーノと超級まりお(ka0824)の二人はマヘルが手に入れた情報を元に、一軒のバーを訪れていた。
 ブリックが滞在中に贔屓にしていたと言う、これまた街外れの寂れた店である。
「ちょっとお尋ねしたい事があるのですが……」
 店に入ったユーノの第一声を聞いて、店主はどこか訝しげな表情を浮かべた。
 ここはバーだ、話をしたきゃまず一杯――そう無言で語りながら。
「ああ……すみません。じゃあエールを」
 ユーノは慌ててカウンターに座ると、悪びれる風も無くアルコールを頼み、まりおもまた適当なソフトドリンクを注文した。
「ブリックと言う芸人さんをご存知でしょうか……最近、この店を贔屓にしてらしたそうなんですが」
「……その男なら確かに来ていたよ」
 改めて問いかけたユーノへ、詳しくは知らないと店主は首を振ると、代わりに奥のテーブル席を指して見せた。
「あの客にでも聞くと良い。先日、その男と楽しげに飲み交わして居たのだからね」
 テーブル席に座るのは、頭から白い薄手のローブのような衣装に身を包んだ長身の男。
 男は視線に気がつくと、読んでいた分厚い本を閉じて傍らに置き、どこか達観した微笑を浮かべる。
「私に何か、導いて欲しいのかな?」
「はぁ……」
 男の謎の言動に、気圧されたようにユーノは頭を掻いてみせた。
「ねぇ、ブリックっておじさん知らない?」
 そんな様子もお構い無しに、まりおはテーブルに座るとずいずいと男の方へ顔を迫る。
「ああ、彼なら以前一晩飲み明かしたよ。彼の行く先をちょっと占ってあげたのさ」
 そう言った男は、自らを占い師だと名乗る。
 ブリックとはこのバーで知り合い、何処と無く意気投合したのだと言う。
「そっかー、じゃあせっかくだし、今彼が何処に居るのか占って貰うかな」
 まりおがそう話を振ると、男は静かに頷いて傍らの本のページを捲り始めた。
「彼は……とても暗い所に居る。狭くは無い、寧ろ開けた場所だ。どこか幸せそうにしているように、私には見える」
 それが彼の占いなのだろうか、いくつかのページを流し読むようにして言葉を募ると、ぱたりと本を閉じて、2人へと向き直った。
「役に立ったかな?」
「うーん、たぶん?」
 曖昧に首を傾げるまりおの横で、ユーノの短電話からエリオの声が漏れる。
 ブリックの足取りの手がかりを掴んだ、と。
「すみません、今度は僕も占ってくださいね」
 そうへこりと頭を下げて、ユーノは席を立つ。
 それを追ってまりおも席を立ち、彼らは男の元を去ってゆくのであった。

●深淵の瞳
「この臭い……間違いないの!」
 墓地を駆け抜けながら、リリアは僅かに顔を顰める。
 エリオの証言の元で教会へと集まったハンター達は、周囲を漂う鉄の匂いから、ブリックの逃走先をこの奥の森と断定。
 既に陽も傾いた後であったが、捜索は時間との勝負だ。
 持ち入った僅かな灯りを頼りに、一同は森へと差し掛かる。
 駆けるにつれ、臭いは徐々に強くなる。
 この先に彼が居る――そう核心した時、鬱蒼と茂る草木の先に、視界が開けた。

 森の中、丸く開いた広場のような場所にブリックは立っていた。
 数日何も口にしていないのだろう。痩せ切った身体に、見開き血走った目。
 口元に薄ら笑いを浮かべ、深々と礼をすると、手に持った棒切れでジャグリングを始める。
 それは大道芸の棍棒ではなく、その辺に落ちた大量の木の枝切れ。
 そんな彼を取り囲むように、草木の中に浮かび上がる数多の瞳、瞳、瞳。
 四方を瞳に囲まれたその異常な状況に、ハンター達は言葉も出ず、思わず息を呑む。
「な、何なんですか……歪虚!?」
 言葉を思い出したように口にしたマヘルの一声で、皆はっと現実に引き戻された。
「私が彼を確保する、皆は周囲の怪異を追え!」
 クローディオは叫びながら、ブリックの元へと駆け出していた。
 その肩を掴み、大声で彼の名を呼ぶ。
「ブリック、助けに来た! 今すぐ私達とここを離れるんだ!」
 覗き込むブリックの瞳は、どこか焦点が合っていない。
 目の前のクローディオを越えて、どこか遠くを眺めるような瞳で、にやりと笑みを浮かべる。
「ダメだ、このまま連れて行くしかない……!」
 その様子に、クローディオは彼の体を肩に担ぎ、戦域からの離脱を試みる。
「暗く開けた場所……占い当たったなぁ」
 などと言っている場合では無い事は承知の上だが、それでもまりおは言わずには居られない。
「彼は……助け出します」
 そんな彼女の横から、マキナのチャクラムが唸りを上げる。
 放たれた円刃は闇夜に浮かぶ瞳の1つを確かに捉え、プシャリと弾け、ぼとりと地面に落ちる。
 それはまさしく――『瞳』であった。
 まるい瞳がただ1つ、宙に浮かんでいただけ。
 それが数多に、この場を囲んでいるのだ。
「気味が悪いものですね……」
 そう、呟きながら観智のマテリアルの矢が放たれる。
 矢は次々に『瞳』を撃ち貫くと、ボトボトと濃い鉄の臭いを発しながらそれらは大地へと落ちてゆく。
 しかしその数や数多、潰しても潰してもキリが無い。
「本当に気味が悪いです……仮に歪虚だとしても、あまりに悪趣味です」
 物言わぬ観客の前で、マヘルのマテリアルは一筋の光となって戦場を貫く。
 しかしそれでも彼らは、反撃もせず、ただただハンター達の姿を見守っていた。
「これだけの数……どこかに本体なんて居るんじゃ無いだろうな」
 不意に、ぽつりとエリオがそんな事を漏らした。
 あまりに先の見えない戦いに、思わず出てしまった愚痴でもあったのだろう。
 しかし、その言葉と共にスンと鼻を鳴らしたマキナは、不意にあらぬ方向の茂みへ向けて、チャクラムを投射した。
 その一閃で茂みの木々が刈り取られ、そこに居る存在が姿を現す。
「なんなんですかアレは……」
 思わず漏れるユーノの嗚咽。
 そこに居たのは、脳みそ状のスライムのような謎の塊。
 その皺の間から、ぽこりと生えるように目玉が浮かび、ブチブチと嫌な音と異臭を放ちながら、それらは宙を目指して浮かび上がる。
 臭いの先に見つけた、敵の本体。
「見つけたら、こっちのものなの……!」
 それを見つけるや否や、リリアは駆け出していた。
 剣を掲げ上げ、塊へと一思いに振り下ろす。
 一切の抵抗も無く通ったその刃に、塊はブチュリと鳥肌の立つような音を立て、同時にその切り口から夥しい量のどす黒い異臭の液体が噴き出す。
 その一撃と同時に、宙に浮かぶ瞳は生気を失い、ボトボトと雨のように大地へと降り注いだ。

 その様子ははまさに、地獄絵図であった。

「ああ……今見せるよ、なんてったって、世界一の私の芸だ」
 クローディオに担がれたブリックは不意にそう言葉を発すると、弾かれたように彼の肩から飛び降りた。
 そのまま、広場の中心へと戻ると、既に霧と化し始めた瞳達の前で、地面に落ちた枝切れを拾い、掲げ上げてみせた。
「何を――」
 困惑するハンター達の前で、ブリックは恭しくお辞儀をする。
 そうして、己の芸を披露するのだ。
 すでにそこには居ない、しかし、未だ自らの視界には写る、輝かしいばかりの視線を浴びながら。
 彼はそう、手に入れた。
 求めて止まない、彼だけの舞台を。

 ――永遠に続く歓声が、彼の耳には響いて居たのだ。

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  •  ka0824
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドールka3056
  • 威風の能弁者
    エリオ・アルファーノka4129

重体一覧

参加者一覧

  • フューネラルナイト
    クローディオ・シャール(ka0030
    人間(紅)|30才|男性|聖導士
  • 憧れのお姉さん
    マヘル・ハシバス(ka0440
    人間(蒼)|22才|女性|機導師

  •  (ka0824
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • 行商エルフは緊張屋
    ユーノ・ユティラ(ka0997
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 威風の能弁者
    エリオ・アルファーノ(ka4129
    人間(紅)|40才|男性|疾影士
  • 時の守りと救い
    マキナ・バベッジ(ka4302
    人間(紅)|16才|男性|疾影士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/03/13 20:41:56
アイコン 相談卓
マキナ・バベッジ(ka4302
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/03/18 01:06:04