ゲスト
(ka0000)
ちぎれ蜘蛛
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/20 09:00
- 完成日
- 2015/03/28 22:44
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
帝国軍兵士のエドガルとシュヴァルツヴェルトは、
コートの襟をかき寄せて早朝の冷え込みに耐えつつ、駐屯地への帰り道を急いだ。
まだ夜が明けたばかりで暗く、静まり返った街の中を行けば、
すれ違うのは新聞配達の小僧と、食料市場へ向かう荷車くらい。
エドガルが、分厚い手袋をした両手をすり合わせて温めながら、
「辻馬車も捉まらないたぁ、これだから田舎は嫌なんだ」
相棒のシュヴァルツヴェルトは肩をすぼめ、
「無駄遣いせずに済んだ」
エドガルが何かを言い返そうとするが、くしゃみで遮られた。
そのまま男ふたり、無言で歩いていく。
河岸から歩き出して、やがて街の中心部へ。
建物の高さが目に見えて増し、通りの幅も広がる。だが、馬車は見当たらない。
「今、何時か分かるか?」
エドガルが尋ねると、相棒は東の空を見上げて、
「出がけに時計を見たときは、4時だった」
「間に合いそうか?」
1時間後の起床点呼に――間に合わなければ懲戒だ。
最前線ほど軍紀が徹底していないとはいえ、上官の虫の居所次第ではひどい目に遭いかねない。
真剣な顔で見つめるも、シュヴァルツヴェルトは答えない。
ふんと白い息を吐いて、エドガルはせかせかと足を動かし始めた。相棒も歩調を合わせつつ、
「夜の内にさっさと出れば良かったんだ」
「女どもの手前、そんな貧乏臭い真似ができるかよ。大体どうして起こさない」
「起こそうとしたが、お前が起きなかったんだ。俺ひとりで先に帰っても良かったくらいだぜ?
居残ってやった友情を感謝こそすれ、俺のせいにするのはお門違いだ」
「もし間に合わなかったら、営倉入りしてる間にツキが逃げちまう……」
数か月振りに隊内の博打で大勝ちして、その上がりを一晩で使い切ってしまったエドガル。
襟元に残る化粧の香りも、今は虚し。
せめて起床ラッパには追いついて、給料――
次の勝負の資金が貯まるまで、兵隊仕事をつつがなく続けたいところだった。
●
とある通りを曲がると、面前にいきなり巨大な聖堂が現れた。
工事中らしく、ぐるりを鳥避けらしき黒い網のかかった足場に囲われて、
その足場も届かない高い尖塔が、白みだした空高く屹立する。
足を止めないままに見上げて、
「でけぇな」
「ここらじゃサイズも歴史も1番の大聖堂だ。
革命からこっち、中断してた外壁の修理が、最近ようやく再開されたとか」
「ははぁ、シュヴァルツヴェルトさんは博識でらっしゃる」
「昨日、店の子から聞いた。近頃は左官屋の客が大勢って……あれ」
聖堂の脇を横切る途中、シュヴァルツヴェルトが立ち止って、頭上の足場を指差した。
何やってんだとエドガルが振り返る、その鼻先をかすめて、路上にどす黒い液体がぶちまけられる。
ぎゃっと飛び退くエドガル。液体は上から降ってきた。正体を確かめようと顔を上げれば、
「――何だありゃ!?」
20メートルほど頭上、聖堂を囲う足場に1匹の巨大なクモが張りついている。
大型犬ほどもあるそのクモは、小さな頭部から粘つく黒い液体を滴らせ、
複数並んだ眼でふたりの兵士を睥睨する。
8本の脚とくびれた身体は甲殻に覆われ、金属様の灰色の光沢を放つ。
液体をすんででかわしたふたりは、通りを駆け抜けてその場を逃れた。
聖堂の裏手まで来るとエドガルが、
「雑魔だ。こんな街中に何で――」
聖堂の足場のあちらこちらから、クモがのそのそと這い出てきた。
ざっと数えて12匹。今では、遠目には足場にかかった網と見えたものも、
実際は黒い粘液の糸で張られたクモの『巣』であったことが分かる。
「なぁ、シュヴァルツヴェルトさんよ。俺たち昆虫に祟られるようなことしたかな」
「残念。カマキリと違ってクモは昆虫じゃない」
●
クモたちは聖堂の足場や三角の屋根にわだかまったまま、ふたりを追跡しようとはしない。
しばらく観察していると、嵌め殺しの大窓の内側から、
僧服の男が必死の形相でガラスを叩いてこちらを呼ばわり始めた。
クモたちがその窓へ殺到すると、僧侶が慌てて姿を消す。
聖堂の内部に人が取り残されている、ということか。
1匹のクモが、鉤爪のついた前脚でガラスを突いて割ったが、
窓に縦に走った鉄製の格子で阻まれて、屋内へ侵入することができない。
それを見たエドガルが、
「あの調子なら、まだ時間はありそうだな……、
ひとまずハンターオフィスへ連絡だ。あれだけの雑魔、ウチの隊じゃ手に余る」
「起床点呼は良いのかい?」
エドガルに得も言われぬ表情で見つめられると、シュヴァルツヴェルトは肩をすぼめた。
「冗談だ。武器はあるか?」
「生憎と」
「じゃ、この場は俺が見張ってよう。ひとっ走り頼むよ」
拳銃を手にした相棒を置き去りに、エドガルが走り出す。
聖堂内にも伝話はある筈で、ことによると既に通報済みかも知れないが、
僧侶が窓を叩いて助けを呼ぶ辺り、何らかの事情で不通になっている場合もあり得た。
まずは魔導伝話のありそうな、ギルドか何かの建物を探して――
エドガルは考える。第一通報者ということで、朝帰りの件はチャラにしちゃもらえないか、と。
帝国軍兵士のエドガルとシュヴァルツヴェルトは、
コートの襟をかき寄せて早朝の冷え込みに耐えつつ、駐屯地への帰り道を急いだ。
まだ夜が明けたばかりで暗く、静まり返った街の中を行けば、
すれ違うのは新聞配達の小僧と、食料市場へ向かう荷車くらい。
エドガルが、分厚い手袋をした両手をすり合わせて温めながら、
「辻馬車も捉まらないたぁ、これだから田舎は嫌なんだ」
相棒のシュヴァルツヴェルトは肩をすぼめ、
「無駄遣いせずに済んだ」
エドガルが何かを言い返そうとするが、くしゃみで遮られた。
そのまま男ふたり、無言で歩いていく。
河岸から歩き出して、やがて街の中心部へ。
建物の高さが目に見えて増し、通りの幅も広がる。だが、馬車は見当たらない。
「今、何時か分かるか?」
エドガルが尋ねると、相棒は東の空を見上げて、
「出がけに時計を見たときは、4時だった」
「間に合いそうか?」
1時間後の起床点呼に――間に合わなければ懲戒だ。
最前線ほど軍紀が徹底していないとはいえ、上官の虫の居所次第ではひどい目に遭いかねない。
真剣な顔で見つめるも、シュヴァルツヴェルトは答えない。
ふんと白い息を吐いて、エドガルはせかせかと足を動かし始めた。相棒も歩調を合わせつつ、
「夜の内にさっさと出れば良かったんだ」
「女どもの手前、そんな貧乏臭い真似ができるかよ。大体どうして起こさない」
「起こそうとしたが、お前が起きなかったんだ。俺ひとりで先に帰っても良かったくらいだぜ?
居残ってやった友情を感謝こそすれ、俺のせいにするのはお門違いだ」
「もし間に合わなかったら、営倉入りしてる間にツキが逃げちまう……」
数か月振りに隊内の博打で大勝ちして、その上がりを一晩で使い切ってしまったエドガル。
襟元に残る化粧の香りも、今は虚し。
せめて起床ラッパには追いついて、給料――
次の勝負の資金が貯まるまで、兵隊仕事をつつがなく続けたいところだった。
●
とある通りを曲がると、面前にいきなり巨大な聖堂が現れた。
工事中らしく、ぐるりを鳥避けらしき黒い網のかかった足場に囲われて、
その足場も届かない高い尖塔が、白みだした空高く屹立する。
足を止めないままに見上げて、
「でけぇな」
「ここらじゃサイズも歴史も1番の大聖堂だ。
革命からこっち、中断してた外壁の修理が、最近ようやく再開されたとか」
「ははぁ、シュヴァルツヴェルトさんは博識でらっしゃる」
「昨日、店の子から聞いた。近頃は左官屋の客が大勢って……あれ」
聖堂の脇を横切る途中、シュヴァルツヴェルトが立ち止って、頭上の足場を指差した。
何やってんだとエドガルが振り返る、その鼻先をかすめて、路上にどす黒い液体がぶちまけられる。
ぎゃっと飛び退くエドガル。液体は上から降ってきた。正体を確かめようと顔を上げれば、
「――何だありゃ!?」
20メートルほど頭上、聖堂を囲う足場に1匹の巨大なクモが張りついている。
大型犬ほどもあるそのクモは、小さな頭部から粘つく黒い液体を滴らせ、
複数並んだ眼でふたりの兵士を睥睨する。
8本の脚とくびれた身体は甲殻に覆われ、金属様の灰色の光沢を放つ。
液体をすんででかわしたふたりは、通りを駆け抜けてその場を逃れた。
聖堂の裏手まで来るとエドガルが、
「雑魔だ。こんな街中に何で――」
聖堂の足場のあちらこちらから、クモがのそのそと這い出てきた。
ざっと数えて12匹。今では、遠目には足場にかかった網と見えたものも、
実際は黒い粘液の糸で張られたクモの『巣』であったことが分かる。
「なぁ、シュヴァルツヴェルトさんよ。俺たち昆虫に祟られるようなことしたかな」
「残念。カマキリと違ってクモは昆虫じゃない」
●
クモたちは聖堂の足場や三角の屋根にわだかまったまま、ふたりを追跡しようとはしない。
しばらく観察していると、嵌め殺しの大窓の内側から、
僧服の男が必死の形相でガラスを叩いてこちらを呼ばわり始めた。
クモたちがその窓へ殺到すると、僧侶が慌てて姿を消す。
聖堂の内部に人が取り残されている、ということか。
1匹のクモが、鉤爪のついた前脚でガラスを突いて割ったが、
窓に縦に走った鉄製の格子で阻まれて、屋内へ侵入することができない。
それを見たエドガルが、
「あの調子なら、まだ時間はありそうだな……、
ひとまずハンターオフィスへ連絡だ。あれだけの雑魔、ウチの隊じゃ手に余る」
「起床点呼は良いのかい?」
エドガルに得も言われぬ表情で見つめられると、シュヴァルツヴェルトは肩をすぼめた。
「冗談だ。武器はあるか?」
「生憎と」
「じゃ、この場は俺が見張ってよう。ひとっ走り頼むよ」
拳銃を手にした相棒を置き去りに、エドガルが走り出す。
聖堂内にも伝話はある筈で、ことによると既に通報済みかも知れないが、
僧侶が窓を叩いて助けを呼ぶ辺り、何らかの事情で不通になっている場合もあり得た。
まずは魔導伝話のありそうな、ギルドか何かの建物を探して――
エドガルは考える。第一通報者ということで、朝帰りの件はチャラにしちゃもらえないか、と。
リプレイ本文
●
「伝話、通じないみたいですね」
榎本 かなえ(ka3567)が近場のギルドから魔導伝話での連絡を試みたのだが、
聖堂内の分樹は通信自体が不可能なようだった。
ソフィア =リリィホルム(ka2383)が原因を推測する。
「雑魔に壊されちゃったかな。でも、まだ中には入られてないんですよね?」
「その筈ですけど……急いだほうが良いかも」
屋内に人が取り残されているのは間違いなく、
何としても敵の侵入前に、救出か駆除を済ませなければならない。
「朝の紅茶を楽しめなかったのは、優雅ではないですね」
リーリア・バックフィード(ka0873)は、ティルクゥ(ka4314)を伴って偵察に向かった。
通報からまだそれほど時間は経っていないが、
日が昇ってからは、物見高い近隣住民が集まって建物を遠巻きに眺めている。
彼らをかき分け、聖堂を囲む路地へ。
屋根や足場に取りついたクモの挙動に注意しながら、少しずつ接近していく。
「あーあ、ばっちり巣を作られちゃって。坊さんたち大変だな」
「本来なら神聖な場所に、魔が蔓延る……これでは朝のお祈りもできませんね」
通報者の帝国軍兵士ふたりが、裏手の路地から手を振った。
駆けつけてみると、聖堂の足場から兵士たちの足下まで、黒い糸が数本長々と張り渡されている。
「俺たちが通報者だ。ここらが、連中の攻撃範囲ギリギリってとこらしい」
「ソフィアさんからも確認を頼まれていたのですが、火で焼き切ることはできるでしょうか」
リーリアが言うと、兵士のひとりがマッチを擦って近づけてみせた。糸はじわじわと焼き切れるが、
「特別燃えやすいってこともないか? じゃ、これならどうだ」
ティルクゥがファイアエンチャントの魔法を試すが、
糸は魔法の火を帯びたまま切れることもなく、こちらも処理に有効ではなさそうだ。
「どういう素材なんだか」
見上げれば聖堂の窓から、そっとこちらを覗く僧侶の顔が。
リーリアは槍を取り上げ、背後の退路を確認すると、
「中に人がいる以上、準備に時間をかける訳にもいきませんね。
内部とも連絡が取れませんし、いずれこちらから仕掛けるしかないかと」
「オレたちが囮役だな。あんたら、下がってたほうが良いぜ」
ティルクゥに促され、兵士たちが引き下がる。と、リーリアが、
「ところで、おふたりは早朝から一体何をしていたのですか?」
尋ねられたふたりは顔を見合わせ、それから肩をすぼめた。
「散歩だ」
「散歩です」
「ふむ?」
通報者たちからは、酒と化粧の匂いがぷんと香った。
●
「あれ全部クモの巣か? すごいぞ! でも何で黒いんだ? 光キライなのかな」
囮がクモを裏手に引きつけている間に、
ロウザ・ヴィレッサーナ(ka3920)とシャルロット=モンストルサクレ(ka3798)、
かなえとソフィアが正面から屋内への進入を試みる。シャルロットは門前で、
「ああ、我等が父よ、願わくば。再び貴方の御前で、貴方の刃を振るうこと、どうかどうかお許し下さい」
「何だソレ、お祈りかー? ……まあいいか! 早く終わらせて朝ごはん食べるぞ、わはは!」
ソフィアが大扉をノックした。少し間を置いて、中から、
「ハンター……の方々でしょうか?」
「敵は裏に回ってます、今の内に中へ!」
大扉が開かれた。数人の僧侶が出迎えるが、女子供ばかりのハンターたちにいささか不安そうだ。
「まだ外には出られない、先に全部やっつけてからだぞ!
……ん? 何だその顔、神サマの前だぞ!
ロウザはエクラ教のこと良く知らないけど、そんな情けない顔してたら神サマ怒るぞ!」
シャルロットも慇懃に、
「忠実なる天の僕らよ、どうか今しばらくは耐え忍んで頂けまいか。
父の家を汚さんとする不浄の雑魔ばらを、必ずや我等の剣にて駆逐してみせよう!」
「テンション高いなぁ、あのふたり」
ぼそりと言いつつ、ソフィアは中から扉を閉め直した。
かなえは上階への経路を探すべく、広々とした屋内を見渡す。
「わぁ……本当に大きな聖堂ですね。って、見とれてる場合じゃないけど」
側廊の2階部分に、更に上層へ通じる梯子があるらしかった。
僧侶に案内され、4人は武器とロープを担いでそちらへ向かう。
●
囮役を引き受けた、リーリアとティルクゥ。
間合いに飛び込むと、すぐさま7匹の雑魔が壁面を這い下りてきた。
「よーよー、そんなとこに陣取って何やってんだ、楽しいか?」
敵を惹きつけるため、ティルクゥがわざと大声で呼ばわる。
何匹かが地上近くまで下りてくるとウィンドスラッシュで迎撃、
聖堂に傷をつけないようじっくり狙った1発は、
銀色の甲殻に覆われた脚部数本をまとめて切り落とし、クモを地面へ落下させる。
クモはがしゃん、と音を立てて潰れた。
(『がしゃん』?)
残りのクモが一斉に糸を吐く。
リーリア目がけて、黒い粘液の糸が何本も宙を舞った。
(いつも通り、一気に仕掛ける!)
壁面に向けて疾走するリーリアの両脚が、金色の光の粒子を放つ。
降り注ぐ粘液をかい潜り、足場にはびこる網状の巣へ跳躍した。
時間経過で粘着力の衰えた糸は、ゴムのような質感だ。
片手を頭上へ目いっぱい伸ばし、足場の横木を掴んで一息で身体を持ち上げ、登っていく。
「リーリア、近いぞ!」
ティルクゥが叫ぶ。1匹が壁を斜めに這ってきて、リーリアに間近から糸を吐きかけた。
リーリアは咄嗟に手を放す。そのまま数メートル落下してから、別の足場を捕まえた。
足場の骨組みが軋みを上げる。
(下から上への攻撃は、やはり不利か……!)
だが、囮として敵を惹きつける以上、引き撃ちなどと悠長はしていられない。
まだ5匹が屋根や、ここからでは見えない別の壁面に残っているとなれば尚更だ。
ティルクゥが聖堂の壁沿いに立ち、斜め下からクモを魔法で撃つ。
魔法の威力で、クモは難なくばらばらに切り刻まれるが、
「うわぁ、やっちまった! ごめん!」
一緒に、クモの巣を大きく裂いてしまった。
破れた巣の一部がたるんで、リーリアの頭に覆いかぶさる。
粘着力は既になく、髪に貼りつくというようなことがないのは幸いだったが、
(……いや、むしろこれは)
使えるのではないか。リーリアは足場をよじ登ると、覆いかぶさった巣をまとめてぐいと掴んだ。
●
かなえは上層へ登る途中、ガラスの破られた窓を見つける。
格子が嵌っているせいで、敵はここを通り抜けられなかった。
(イージーモード、いけちゃうかな?)
仲間たちが先を急ぐ裏で、かなえは窓の格子を掌で何度も叩いた。
「こっち、こっち!」
狙い通り、クモ1匹が釣られて這い寄ってきた。
すかさず格子に銃口を差し込み、こちらへ牙を剥くクモの頭部に突きつけた。
(……ん?)
クモの頭部に並んだ眼がぎょろぎょろと動いて、かなえの姿を窓越しに捉える。
その眼には、白目と黒目があった。白目には血糸が走り、まるで――
(人間の目にそっくり。気持ち悪っ!)
銃の引き金を引いた。クモは頭を粉々にされ、仰け反り何処かへ落ちていく。
すると、窓の外側の四方八方から、唐突に粘液がぶちまけられる。
銃を取られてしまわぬよう慌てて引き戻すが、窓は粘液ですっかり塞がれてしまう。
(これ以上、横着はできないか)
かなえは窓を離れ、仲間たちの後を追う。
「おー? 何だか人がちっちゃく見えるぞ!」
小窓から屋根に上がったロウザ。地上の野次馬相手に、大きく腕を振ってみせる。
野次馬たちも声援を送るが、
「来た!」
小窓から後に続いたソフィアが言う。屋根の上に4匹、クモが這い出してきた。
1匹がソフィアとロウザへ糸を吐くが、ソフィアが防御障壁を展開。
糸はマテリアルの光の壁に阻まれ、中空に網を張った。
「職人の端くれとして、こういったものを大事にしないのは許せませんねっ」
屋根や尖塔まで張り巡らされた巣に憤慨しつつ、ソフィアは拳銃で応射。
1発でクモの頭部を吹き飛ばした。
「嗚呼、『La Pucelle』よ……どうか私の傍で、微笑んでいておくれ……」
別の窓から屋根へ出たシャルロット。背後に現れた骸骨の幻影へ、そっと口づけをする。
そしておもむろに剣を差し向けると、
盾と杖を構えて突っ込んだロウザを助けるべく、横合いからクモの群れに突っ込んだ。
「むむっ」
ロウザが糸を浴びる。大半は盾で防ぐも、一部が自慢の薔薇色の髪に降りかかる。
「……おまえ、よくも! ロウザ怒ったぞ!」
シャルロットも、吐き出された糸を剣で受け止める。
ぐいと手を引けば、早くも固化の始まった糸が強く張った。
「さぁ、見せておくれ……キミの旅路の終幕を」
互いに糸で結ばれた1匹へ、踏み込みからの一撃を見舞う。
シャルロットの剣がクモの背を真っ二つに断ち切ると、腹の膨らみから黒い粘着液が溢れ出した。
かなえの援護射撃で、屋根上のクモ1匹が倒された。
こちらに残るはあと1匹。怒り心頭のロウザが格闘を挑む。
後ろ脚で立ち上がってのしかかろうとするクモを受け止め、
「おまえなんか、ポイしてやる!」
敵の身体を持ち上げて、力づくで聖堂の屋根から放り出す。
クモは路地の石畳に叩きつけられ、ばらばらになった。
●
「リーリア!」
リーリアは伸縮性の高い巣の一部を掴んで、聖堂の壁面に『立った』まま、
頭上の壁に取りついた5匹の吐く糸をまともにかぶった。
ティルクゥがスリープクラウドを群れにぶつけるが、
(効果ナシかよ!? ……ああ、そうだよな。
雑魔はまともな生き物じゃない。この手の魔法が効かないこともある……!)
「……」
リーリアは糸を浴びたとき、両脚と、槍を持つ手だけは自由になるよう姿勢を取っていた。
身体を捩じって、自身を絡め取った糸の強さを確かめると、
(……いける!)
地面に背を向けたまま、足場にかけた脚を強く踏み込んだ。
巻きついたクモ5匹分の糸を命綱代わりにして、壁面を垂直に駆け上がっていく。
(これなら地上と変わらない、私の戦い方ができる!)
問題は、命綱を敵に預けていること。
一挙手一投足を間違えれば、たちまち空中に放り出されてしまう。
敵が槍の間合いに――槍に封じられた光の魔法が、白光を放つ。
繰り出された穂先はまず1匹の顎を食い破り、易々と仕留めた。
壁を蹴って素早く離れれば、糸に吊られたリーリアの身体が、振り子のように大きく揺れる。
倒されたばかりのクモが巣から転落し、危うくリーリアと衝突しそうなところ、
ティルクゥのウィンドスラッシュが死体を弾いて軌道を逸らした。
リーリアは再び壁に脚をかけ、糸を頼りに残りの敵へと登り詰める。
振り下ろされた鉤爪を切り払うと、マテリアルを込めた一撃でもう1匹を打ち落とした。
這い寄ってきた残り3匹。壁から跳んで距離を空けた――命綱の糸がぶつん、と切れる。
咄嗟に片腕を拘束していた糸を引きちぎると、足場を捉まえてぶら下がった。
追いすがる1匹を、間合いぎりぎりから槍の穂先で薙ぐ。
後に続いたもう1匹。返す刀で払い落した。
最後の1匹が迫る――飛び退ろうとするが間に合わず、空中で糸に巻かれてしまう。
そこへ、屋根の上から、
「リーリア君、そのままじっとしていたまえ!」
呼びかけるシャルロットへ、ティルクゥが言葉を返す。
「上は片づいたのか!?」
「ああそうだ、今から助けがそちらへ向かう!」
答えるが早いか、ロープを腰に巻いて命綱にしたかなえ、ソフィア、
そしてロウザの3人が屋根の縁から姿を現す。
「あ……でもこれ、かなり怖いです」
かなえはぎりぎりまで身を乗り出し、
吊り下げられたリーリアや聖堂の壁に当たらぬよう、慎重にクモを狙撃した。
同時にソフィアとロウザがロープひとつを頼りにして飛び降り、
リーリアごと巣から落ちかかるクモの脚を、ぎりぎりで捕まえる。
「あ、頭に血が昇る……」
「うおおっ、世界が逆さまだぞ!?」
●
糸はクモの死骸の口腔からゆっくりと伸びていき、
やがてリーリアを地面近くまで下ろしたところで、ぷつりと切れた。
無事着地したリーリアは壁面を見上げ、
「済みません、助かりました……」
「お気になさらずっ。おふたりが敵を誘導してくれたお蔭で、こっちも仕事がやり易く……、
あっ風が出てきた、早く引き上げて」
「わはは、何だか楽しくなってきたぞー!」
屋根からぶら下がって揺られるソフィアとロウザを、かなえとシャルロットが引っ張り上げる。
ティルクゥも、リーリアが身体に絡みついた糸を解くのを手伝いながら
「なぁ、あのクモども……」
墜死したクモの残骸を振り返る。
死骸は既に風化が始まっていたが、身体を覆っていた銀色の甲殻はそのままで残り、
周囲には黒い液体がぶちまけられている。
屋根上での検分は4人に任せ、まずはそちらを調べにかかった。
「これは、機械の部品でしょうか?」
粘液に塗れた金属製の管のようなものを、リーリアが拾い上げた。
ティルクゥも、死骸から脱落したと思しきビス数本を発見する。
「ただの雑魔じゃねぇぞ、こいつら」
「アレは何だろうね?」
屋根から突き出した尖塔をシャルロットが指差せば、壁面に何やら妙なものが糸で張りついている。
「ロウザが取ってきてやるぞ!」
「気をつけたまえ。うっかりすると爆発なんてことも……」
爆発はしなかったが、ロウザが巣に昇って取ってきたものは、
小さな金属製のタンクに繋がれた、頭部だけのクモだった。
額には他の個体になかったアンテナ様の突起が飛び出し、もぞもぞと牙を蠢かせている。
シャルロットが剣で叩き潰せば、へしゃげたタンクから、どろどろと黒い粘液がこぼれ出た。
「全く、おかしな敵だったよ!」
「何か知ってないか、坊さんたちに訊いてくるぞ!」
ロウザが聞き込みを行ったところ。
雑魔出現が発覚したのは、夜明け前の礼拝時だったそうだ。
前日、最後まで起きていた僧侶も雑魔を見なかったというから、
どうやら敵が現れたのは、深夜から夜明けまでの僅かな間と思われる。
しかし街中を雑魔が移動した形跡はなく、彼らはまるで、虚空から突然に現れたかのようだった。
「私も念の為、屋内を見回ってき――何ですかソレ!?」
かなえが驚いたのは、ソフィアが掲げた人間の腕にだった。
風化が進んで、ミイラのようになった腕。
「クモの殻の下から出てきたんです。
こいつら外見はクモだけど、中身は機械と、人間の死体を継ぎ接ぎして造られてるみたい」
死体と機械、と言えば――
「剣機。新型か」
ソフィアが呟く。
聖堂の分樹は後ほど、クモの巣が取り除けられると共に通信を回復した。
どうやら、彼らの巣が伝話に対する妨害効果を持っていたようだ。
ハンターの活躍により聖堂と僧侶たちは無事守られ、雑魔は漏れなく殲滅されが、
その残骸は死してなお、更なる激戦の予感を孕んでいた。
「伝話、通じないみたいですね」
榎本 かなえ(ka3567)が近場のギルドから魔導伝話での連絡を試みたのだが、
聖堂内の分樹は通信自体が不可能なようだった。
ソフィア =リリィホルム(ka2383)が原因を推測する。
「雑魔に壊されちゃったかな。でも、まだ中には入られてないんですよね?」
「その筈ですけど……急いだほうが良いかも」
屋内に人が取り残されているのは間違いなく、
何としても敵の侵入前に、救出か駆除を済ませなければならない。
「朝の紅茶を楽しめなかったのは、優雅ではないですね」
リーリア・バックフィード(ka0873)は、ティルクゥ(ka4314)を伴って偵察に向かった。
通報からまだそれほど時間は経っていないが、
日が昇ってからは、物見高い近隣住民が集まって建物を遠巻きに眺めている。
彼らをかき分け、聖堂を囲む路地へ。
屋根や足場に取りついたクモの挙動に注意しながら、少しずつ接近していく。
「あーあ、ばっちり巣を作られちゃって。坊さんたち大変だな」
「本来なら神聖な場所に、魔が蔓延る……これでは朝のお祈りもできませんね」
通報者の帝国軍兵士ふたりが、裏手の路地から手を振った。
駆けつけてみると、聖堂の足場から兵士たちの足下まで、黒い糸が数本長々と張り渡されている。
「俺たちが通報者だ。ここらが、連中の攻撃範囲ギリギリってとこらしい」
「ソフィアさんからも確認を頼まれていたのですが、火で焼き切ることはできるでしょうか」
リーリアが言うと、兵士のひとりがマッチを擦って近づけてみせた。糸はじわじわと焼き切れるが、
「特別燃えやすいってこともないか? じゃ、これならどうだ」
ティルクゥがファイアエンチャントの魔法を試すが、
糸は魔法の火を帯びたまま切れることもなく、こちらも処理に有効ではなさそうだ。
「どういう素材なんだか」
見上げれば聖堂の窓から、そっとこちらを覗く僧侶の顔が。
リーリアは槍を取り上げ、背後の退路を確認すると、
「中に人がいる以上、準備に時間をかける訳にもいきませんね。
内部とも連絡が取れませんし、いずれこちらから仕掛けるしかないかと」
「オレたちが囮役だな。あんたら、下がってたほうが良いぜ」
ティルクゥに促され、兵士たちが引き下がる。と、リーリアが、
「ところで、おふたりは早朝から一体何をしていたのですか?」
尋ねられたふたりは顔を見合わせ、それから肩をすぼめた。
「散歩だ」
「散歩です」
「ふむ?」
通報者たちからは、酒と化粧の匂いがぷんと香った。
●
「あれ全部クモの巣か? すごいぞ! でも何で黒いんだ? 光キライなのかな」
囮がクモを裏手に引きつけている間に、
ロウザ・ヴィレッサーナ(ka3920)とシャルロット=モンストルサクレ(ka3798)、
かなえとソフィアが正面から屋内への進入を試みる。シャルロットは門前で、
「ああ、我等が父よ、願わくば。再び貴方の御前で、貴方の刃を振るうこと、どうかどうかお許し下さい」
「何だソレ、お祈りかー? ……まあいいか! 早く終わらせて朝ごはん食べるぞ、わはは!」
ソフィアが大扉をノックした。少し間を置いて、中から、
「ハンター……の方々でしょうか?」
「敵は裏に回ってます、今の内に中へ!」
大扉が開かれた。数人の僧侶が出迎えるが、女子供ばかりのハンターたちにいささか不安そうだ。
「まだ外には出られない、先に全部やっつけてからだぞ!
……ん? 何だその顔、神サマの前だぞ!
ロウザはエクラ教のこと良く知らないけど、そんな情けない顔してたら神サマ怒るぞ!」
シャルロットも慇懃に、
「忠実なる天の僕らよ、どうか今しばらくは耐え忍んで頂けまいか。
父の家を汚さんとする不浄の雑魔ばらを、必ずや我等の剣にて駆逐してみせよう!」
「テンション高いなぁ、あのふたり」
ぼそりと言いつつ、ソフィアは中から扉を閉め直した。
かなえは上階への経路を探すべく、広々とした屋内を見渡す。
「わぁ……本当に大きな聖堂ですね。って、見とれてる場合じゃないけど」
側廊の2階部分に、更に上層へ通じる梯子があるらしかった。
僧侶に案内され、4人は武器とロープを担いでそちらへ向かう。
●
囮役を引き受けた、リーリアとティルクゥ。
間合いに飛び込むと、すぐさま7匹の雑魔が壁面を這い下りてきた。
「よーよー、そんなとこに陣取って何やってんだ、楽しいか?」
敵を惹きつけるため、ティルクゥがわざと大声で呼ばわる。
何匹かが地上近くまで下りてくるとウィンドスラッシュで迎撃、
聖堂に傷をつけないようじっくり狙った1発は、
銀色の甲殻に覆われた脚部数本をまとめて切り落とし、クモを地面へ落下させる。
クモはがしゃん、と音を立てて潰れた。
(『がしゃん』?)
残りのクモが一斉に糸を吐く。
リーリア目がけて、黒い粘液の糸が何本も宙を舞った。
(いつも通り、一気に仕掛ける!)
壁面に向けて疾走するリーリアの両脚が、金色の光の粒子を放つ。
降り注ぐ粘液をかい潜り、足場にはびこる網状の巣へ跳躍した。
時間経過で粘着力の衰えた糸は、ゴムのような質感だ。
片手を頭上へ目いっぱい伸ばし、足場の横木を掴んで一息で身体を持ち上げ、登っていく。
「リーリア、近いぞ!」
ティルクゥが叫ぶ。1匹が壁を斜めに這ってきて、リーリアに間近から糸を吐きかけた。
リーリアは咄嗟に手を放す。そのまま数メートル落下してから、別の足場を捕まえた。
足場の骨組みが軋みを上げる。
(下から上への攻撃は、やはり不利か……!)
だが、囮として敵を惹きつける以上、引き撃ちなどと悠長はしていられない。
まだ5匹が屋根や、ここからでは見えない別の壁面に残っているとなれば尚更だ。
ティルクゥが聖堂の壁沿いに立ち、斜め下からクモを魔法で撃つ。
魔法の威力で、クモは難なくばらばらに切り刻まれるが、
「うわぁ、やっちまった! ごめん!」
一緒に、クモの巣を大きく裂いてしまった。
破れた巣の一部がたるんで、リーリアの頭に覆いかぶさる。
粘着力は既になく、髪に貼りつくというようなことがないのは幸いだったが、
(……いや、むしろこれは)
使えるのではないか。リーリアは足場をよじ登ると、覆いかぶさった巣をまとめてぐいと掴んだ。
●
かなえは上層へ登る途中、ガラスの破られた窓を見つける。
格子が嵌っているせいで、敵はここを通り抜けられなかった。
(イージーモード、いけちゃうかな?)
仲間たちが先を急ぐ裏で、かなえは窓の格子を掌で何度も叩いた。
「こっち、こっち!」
狙い通り、クモ1匹が釣られて這い寄ってきた。
すかさず格子に銃口を差し込み、こちらへ牙を剥くクモの頭部に突きつけた。
(……ん?)
クモの頭部に並んだ眼がぎょろぎょろと動いて、かなえの姿を窓越しに捉える。
その眼には、白目と黒目があった。白目には血糸が走り、まるで――
(人間の目にそっくり。気持ち悪っ!)
銃の引き金を引いた。クモは頭を粉々にされ、仰け反り何処かへ落ちていく。
すると、窓の外側の四方八方から、唐突に粘液がぶちまけられる。
銃を取られてしまわぬよう慌てて引き戻すが、窓は粘液ですっかり塞がれてしまう。
(これ以上、横着はできないか)
かなえは窓を離れ、仲間たちの後を追う。
「おー? 何だか人がちっちゃく見えるぞ!」
小窓から屋根に上がったロウザ。地上の野次馬相手に、大きく腕を振ってみせる。
野次馬たちも声援を送るが、
「来た!」
小窓から後に続いたソフィアが言う。屋根の上に4匹、クモが這い出してきた。
1匹がソフィアとロウザへ糸を吐くが、ソフィアが防御障壁を展開。
糸はマテリアルの光の壁に阻まれ、中空に網を張った。
「職人の端くれとして、こういったものを大事にしないのは許せませんねっ」
屋根や尖塔まで張り巡らされた巣に憤慨しつつ、ソフィアは拳銃で応射。
1発でクモの頭部を吹き飛ばした。
「嗚呼、『La Pucelle』よ……どうか私の傍で、微笑んでいておくれ……」
別の窓から屋根へ出たシャルロット。背後に現れた骸骨の幻影へ、そっと口づけをする。
そしておもむろに剣を差し向けると、
盾と杖を構えて突っ込んだロウザを助けるべく、横合いからクモの群れに突っ込んだ。
「むむっ」
ロウザが糸を浴びる。大半は盾で防ぐも、一部が自慢の薔薇色の髪に降りかかる。
「……おまえ、よくも! ロウザ怒ったぞ!」
シャルロットも、吐き出された糸を剣で受け止める。
ぐいと手を引けば、早くも固化の始まった糸が強く張った。
「さぁ、見せておくれ……キミの旅路の終幕を」
互いに糸で結ばれた1匹へ、踏み込みからの一撃を見舞う。
シャルロットの剣がクモの背を真っ二つに断ち切ると、腹の膨らみから黒い粘着液が溢れ出した。
かなえの援護射撃で、屋根上のクモ1匹が倒された。
こちらに残るはあと1匹。怒り心頭のロウザが格闘を挑む。
後ろ脚で立ち上がってのしかかろうとするクモを受け止め、
「おまえなんか、ポイしてやる!」
敵の身体を持ち上げて、力づくで聖堂の屋根から放り出す。
クモは路地の石畳に叩きつけられ、ばらばらになった。
●
「リーリア!」
リーリアは伸縮性の高い巣の一部を掴んで、聖堂の壁面に『立った』まま、
頭上の壁に取りついた5匹の吐く糸をまともにかぶった。
ティルクゥがスリープクラウドを群れにぶつけるが、
(効果ナシかよ!? ……ああ、そうだよな。
雑魔はまともな生き物じゃない。この手の魔法が効かないこともある……!)
「……」
リーリアは糸を浴びたとき、両脚と、槍を持つ手だけは自由になるよう姿勢を取っていた。
身体を捩じって、自身を絡め取った糸の強さを確かめると、
(……いける!)
地面に背を向けたまま、足場にかけた脚を強く踏み込んだ。
巻きついたクモ5匹分の糸を命綱代わりにして、壁面を垂直に駆け上がっていく。
(これなら地上と変わらない、私の戦い方ができる!)
問題は、命綱を敵に預けていること。
一挙手一投足を間違えれば、たちまち空中に放り出されてしまう。
敵が槍の間合いに――槍に封じられた光の魔法が、白光を放つ。
繰り出された穂先はまず1匹の顎を食い破り、易々と仕留めた。
壁を蹴って素早く離れれば、糸に吊られたリーリアの身体が、振り子のように大きく揺れる。
倒されたばかりのクモが巣から転落し、危うくリーリアと衝突しそうなところ、
ティルクゥのウィンドスラッシュが死体を弾いて軌道を逸らした。
リーリアは再び壁に脚をかけ、糸を頼りに残りの敵へと登り詰める。
振り下ろされた鉤爪を切り払うと、マテリアルを込めた一撃でもう1匹を打ち落とした。
這い寄ってきた残り3匹。壁から跳んで距離を空けた――命綱の糸がぶつん、と切れる。
咄嗟に片腕を拘束していた糸を引きちぎると、足場を捉まえてぶら下がった。
追いすがる1匹を、間合いぎりぎりから槍の穂先で薙ぐ。
後に続いたもう1匹。返す刀で払い落した。
最後の1匹が迫る――飛び退ろうとするが間に合わず、空中で糸に巻かれてしまう。
そこへ、屋根の上から、
「リーリア君、そのままじっとしていたまえ!」
呼びかけるシャルロットへ、ティルクゥが言葉を返す。
「上は片づいたのか!?」
「ああそうだ、今から助けがそちらへ向かう!」
答えるが早いか、ロープを腰に巻いて命綱にしたかなえ、ソフィア、
そしてロウザの3人が屋根の縁から姿を現す。
「あ……でもこれ、かなり怖いです」
かなえはぎりぎりまで身を乗り出し、
吊り下げられたリーリアや聖堂の壁に当たらぬよう、慎重にクモを狙撃した。
同時にソフィアとロウザがロープひとつを頼りにして飛び降り、
リーリアごと巣から落ちかかるクモの脚を、ぎりぎりで捕まえる。
「あ、頭に血が昇る……」
「うおおっ、世界が逆さまだぞ!?」
●
糸はクモの死骸の口腔からゆっくりと伸びていき、
やがてリーリアを地面近くまで下ろしたところで、ぷつりと切れた。
無事着地したリーリアは壁面を見上げ、
「済みません、助かりました……」
「お気になさらずっ。おふたりが敵を誘導してくれたお蔭で、こっちも仕事がやり易く……、
あっ風が出てきた、早く引き上げて」
「わはは、何だか楽しくなってきたぞー!」
屋根からぶら下がって揺られるソフィアとロウザを、かなえとシャルロットが引っ張り上げる。
ティルクゥも、リーリアが身体に絡みついた糸を解くのを手伝いながら
「なぁ、あのクモども……」
墜死したクモの残骸を振り返る。
死骸は既に風化が始まっていたが、身体を覆っていた銀色の甲殻はそのままで残り、
周囲には黒い液体がぶちまけられている。
屋根上での検分は4人に任せ、まずはそちらを調べにかかった。
「これは、機械の部品でしょうか?」
粘液に塗れた金属製の管のようなものを、リーリアが拾い上げた。
ティルクゥも、死骸から脱落したと思しきビス数本を発見する。
「ただの雑魔じゃねぇぞ、こいつら」
「アレは何だろうね?」
屋根から突き出した尖塔をシャルロットが指差せば、壁面に何やら妙なものが糸で張りついている。
「ロウザが取ってきてやるぞ!」
「気をつけたまえ。うっかりすると爆発なんてことも……」
爆発はしなかったが、ロウザが巣に昇って取ってきたものは、
小さな金属製のタンクに繋がれた、頭部だけのクモだった。
額には他の個体になかったアンテナ様の突起が飛び出し、もぞもぞと牙を蠢かせている。
シャルロットが剣で叩き潰せば、へしゃげたタンクから、どろどろと黒い粘液がこぼれ出た。
「全く、おかしな敵だったよ!」
「何か知ってないか、坊さんたちに訊いてくるぞ!」
ロウザが聞き込みを行ったところ。
雑魔出現が発覚したのは、夜明け前の礼拝時だったそうだ。
前日、最後まで起きていた僧侶も雑魔を見なかったというから、
どうやら敵が現れたのは、深夜から夜明けまでの僅かな間と思われる。
しかし街中を雑魔が移動した形跡はなく、彼らはまるで、虚空から突然に現れたかのようだった。
「私も念の為、屋内を見回ってき――何ですかソレ!?」
かなえが驚いたのは、ソフィアが掲げた人間の腕にだった。
風化が進んで、ミイラのようになった腕。
「クモの殻の下から出てきたんです。
こいつら外見はクモだけど、中身は機械と、人間の死体を継ぎ接ぎして造られてるみたい」
死体と機械、と言えば――
「剣機。新型か」
ソフィアが呟く。
聖堂の分樹は後ほど、クモの巣が取り除けられると共に通信を回復した。
どうやら、彼らの巣が伝話に対する妨害効果を持っていたようだ。
ハンターの活躍により聖堂と僧侶たちは無事守られ、雑魔は漏れなく殲滅されが、
その残骸は死してなお、更なる激戦の予感を孕んでいた。
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虫駆除活動 シャルロット=モンストルサクレ(ka3798) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/20 00:51:38 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/16 05:50:22 |