白雪、朱に染めて

マスター:硲銘介

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/03/21 09:00
完成日
2015/03/28 20:53

みんなの思い出

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オープニング


 景色は、白。
 天候は大吹雪、陸と空の裂け目が解らない程に真っ白な視界。
 凍てつく空気はどこまでも冷たく、厳しい。その寒さは生物に対して殊更激しく牙を剥く。
 白銀が支配するその場所に、犬の遠吠えが響いていた。
 冬の山。真白の中に一点、赤があった。
 中心には倒れた男一人。傍らにはいつまでも吠え続ける一匹の犬。
 犬は鳴く。
 それは助けを呼ぶ為か。それは主人の目覚めを促す為か。
 はたまた、とっくにこと切れた彼にまで届ける為か――荒れる吹雪の中、犬は主の亡骸に寄り添い続けた。


「おい」
 誰かに呼びかけるように、パイプをふかせた老人が言う。
 だが、彼が揺らす椅子が軋む音とぱちぱちと暖炉の火が弾ける音。静かな室内に音はそれだけしかない。
 老人の細い目が部屋を巡るむ、目当ての影は見つからない。尋ね人はいつの間にかに外へ出て行ったらしい。
「……ったく、老いぼれが無理しやがって」
 老人は悪態を吐いと立ち上がり、外出の準備を始めた。

 老人の家は町から離れた雪山の中にあった。ほぼ一年中雪の積もる山は今日も雪化粧が施されている。
 生活には不向きな立地だが、彼はこの場所を気に入っていた。自然は厳しいが山の暮らしは穏やかで、下の町からここへ立ち入る者も多くいた。
 しかし、今は誰もいない。ここ最近に現れた一つの脅威、皆そいつを恐れているのだ。
 少し前から山には雪男が出るようになった。血を好むというその怪物が雪山には潜んでいる、その噂が広まってからの山は寂しいものだった。
 町の者は傭兵を雇い、かの者の町への侵入を防いでいる。老人にも町へ避難するよう話が来たが、彼は此処に残る事を選択した。
 その理由は老人の山小屋から二十分ほど歩いた所にあった。
 何の変哲も無い雪景色の中に立つ一つの墓――そして、その前に座り込む一匹の犬。
「……よう。いい加減に止めたらどうだ」
 犬のすぐ後ろに近づきながら老人が話しかけるが、小さな背中は動こうとしない。
 チラリと犬の前足を窺うと、血が流れていた。地面へ伝い、その血は雪を赤く染めている。
 この傷は――犬が自分でつけたものだ。
 老人が幾度手当てしても無理やり連れ帰ろうとも、彼はまた自ら傷を付けこの場所へ舞い戻ってくるのだ。
 息を吐きながら、老人は静かに目を閉じ、考えを巡らす。
 ――こいつはもう永くない。元々寿命が近いうえ、怪我をしたままで雪の中に居座っていればすぐに体力は無くなる。
 生物は己の死期には敏感だ。自覚があるうえで、こいつは命を磨り減らす愚行を繰り返している。
 たかが犬にそこまでの考えがあるのか、という疑問は残るが、こいつは何か、強い意志で行動しているように思えた。
 所詮は犬の考え、それはきっと何の意味も無い。そんな事は分かっている。それでも、
「もう止めない。好きにしな」
 老人はそのまま立ち去った。背中を向けた犬は小さく体を震わせ上に積もった雪を落とす。それ以外には身動ぎ一つしないままであった。


 家の中、老人は集まった者達にスープを振る舞いながら話を聞かせた。
 二週間前に死別した彼の息子と、その飼い犬の話。そして、この山の怪物の話を。
「あの馬鹿犬は墓の前から離れようとしない。笑っちまう話だ。主人の命も守れなかった間抜けが今更何をやろうってんだか」
 そう言いながらも、老人は少しも笑わない。
 集まった者達――老人からの依頼を受けて集まったハンター達は話を黙って聞き続ける。
「……ガキはよく生きた。まさか親より先に逝っちまったが……ガキも楽しく生きていた、ってのが俺に誇れるところでな。ひでぇ親だが、仇がどうこうは考えちゃいない」
 老人は言う。息子の死には既に決着をつけた。嘆く事も、憎む事ももうしないのだと。
 それでも、未だにその死を引きずっている奴がいる。その馬鹿は生意気にも、老いた牙を休める事を止めた。
 言葉が止まる。少しの沈黙、その合間に彼が何を思ったのか――それはわからない。一休みした後、彼は告げた。
「俺は犬嫌いでな、あの犬の名前も覚えちゃいない。だが、あれはガキが遺した――俺の家のモンでな。悔いを残して逝くのは、気に入らねぇ」
 それ以上、彼は何も言わなかった。

 依頼という形を取っておきながらも、彼は何を要求する事もしなかった。
 その場に集まった者達は僅かに戸惑う。だが、次の瞬間には自分の為す事を決めていた――――

リプレイ本文


「……ここだ」
 案内を頼んだ老人と共にハンター達は雪原に建てられた一つの墓を訪れる。
 墓の前にはその小さな体に雪を積もらせた一匹の老犬がいた。
「後は好きにしな。寒い中無為に立ち尽くす程物好きでもないんでな、俺はもう帰る」
 老人はぶっきらぼうに言うと、踵を返し今来た道を一人戻っていく。
「おじいさん、案内ありがとうございました」
 柏木 千春(ka3061)が小さくお辞儀しながら礼を言う。老人は振り返らず、フンと鼻を鳴らし応えるとそのまま去っていった。
 案内役が去り、残されたハンター達は皆思い思いに墓と犬を見つめていた。
「その命を削りながらも主人の帰りを待つその姿勢、その気高き魂……感服いたしました。私が出来る事は少ないですが、せめてその魂が救われる事を祈りましょう」
 日憐(ka2813)はそう言って墓前へと歩いていく。途中犬の傍らを過ぎたが、彼が咆える事はなかった。
 墓前に立った日憐は経を読み始める。この場所に一人眠る主を想ってか、座り込んだ犬も静かに聴いていた。
 その傍らにはいつの間にか椿姫・T・ノーチェ(ka1225)の姿があった。そっと伸ばされる彼女の手が犬の体に積もった雪を払っていく。
 体中の雪を払い落とすと、未だ降りしきるそれが再び積もる前に椿姫は持参した毛布を犬にかけてやった。
「これなら、雪が体に付きませんから……ね?」
 優しく微笑む椿姫。気持ちが伝わったのか、小さな体はそれを振り払う事はしなかった。
 そんなやり取りを眺めながら、ミィリア(ka2689)は悲しそうに顔を伏せる。
「ご主人様のことを想い続けるわんちゃん……なんだか胸が痛い話でござる……」
「治しても、治しても、己を傷付けてしまう……何かを誘き寄せようとしているんでしょーか?」 
 そう呟き、千春も目を細める。命を削る犬の姿に彼女達が抱く感情は同じようだった。
「んー……わんちゃんの為にも、雪男は退治した方がいいですよね」
「ミィリア達が頑張って雪男さんを倒すから。だから、もうゆっくり休んで欲しいでござるな……」
 千春の言葉にミィリアも頷いた。口を閉ざしたままのアシフ・セレンギル(ka1073)も同じ考えなのだろう。
 アシフは自ら持ち込んだスコップやロープをつらつらと眺めながら思案していた。
 依頼人の口からは何も言われていない。ならばこの行為に何の意味がある――自身が酔狂な真似をしていると自嘲しつつも、受けた以上は結果を出さねばと考えを纏める。
 決めた以上は仕事に専念する。と、足元の雪を軽く蹴散らす。
 この環境下で雪男とやらとやり合うならば、足場を確保するべきだ。加えて、墓に被害が出ぬよう位置も吟味する必要があった。
 周囲を見渡し大まかな方向性を決めると、アシフは早速作業に移った。
 まず、ロープと調達した廃材の板を利用し簡易の整地用具を拵え、それを用いて墓から外側へ向けて放射状に雪を除けて行く。
 それが済んだ所から地面を浅く掘り返し、表に出した雪を踏み固めていくのだが、
「力仕事ならミィリアにおまかせっ。これでも鍛えてて自信ありでござるっ! なんてったって女子力はパワー!」
 元気良く名乗りを上げたミィリア筆頭に、他のハンター達の協力も得て作業は進んでいく。
 雪男の出没する時間は夜。昼の内に足場を整えれば優位に戦えるだろう。

 他の者達が墓へ向かった頃、八原 篝(ka3104)は麓の町を訪れていた。
「……変な意地張って何してほしいか言わないってこと? ……まったく、仕方ないわね」
 頑なな老人の態度を思い出し、篝は一人小さくぼやく。
 雪男を誘い出すのに血の臭いが有効だという話を信じ、篝は町の肉屋からその為の物を調達していた。漏れぬよう厳重に封をしてあるものの、気分は良くない。
 それでも。犬の目の前に雪男を引きずり出す為にこれは必要だ。そこでかの者を討ち、過去にケリを付けさせる――篝の目的はそれだった。
 そして、血肉の調達以外にももう一つ。篝が町に下りてきたのには理由があった。
 その為に依頼人から聞いた、彼の息子が親しかった人の元や馴染みの場所を巡り続ける。
 彼が連れていた犬の名前は――その答を得る事は叶うだろうか。


 アシフ発案の作業が終わり、ハンター達も殆どが老人の家へ引き上げていった。
 極寒の雪山では外にいるだけで体力を消耗していく。雪男が襲来するならば夜、それまで暖かい場所で休むのが常道である。
 だが、それを分かっていながらも椿姫と日憐の二人は作業後も墓の近くに留まっていた。
 犬の様子を窺いながら、椿姫はゆっくりとその距離を縮めていく。やがてすぐ隣にまで来てその場に腰掛けるも、犬の反応は無かった。
 拒絶されるかも、と考えていた椿姫は胸を撫で下ろしつつ、犬の前足に手を伸ばす。
 自ら付けた傷から血を流す足。刺激しないよう、そこに触れていく。
「雪の中に一人は寒くて、とても寂しいものね……」
 小さく言って、安心させるように椿姫は犬の前足を軽く握った。
 ミィリアが設置した簡易竈の傍で暖を取る日憐は、そんな姿を穏やかな眼差しで見守っていた。
 小さく紡がれる詠唱の詞に続き、小さな炎が灯され周囲を照らすと共に空間を暖めていく。
 椿姫の傍らに置かれたランタンの火が燃える音と、時折強くなる風の音。
 僅かな音の中で二人と一匹はただただ静かに、来るべき時を待ち続けた。


 日が沈み、夜がやって来るのに少し遅れて再びハンター達は墓の前に集合した。
 夜道を照らす松明の火で暖を取りつつ、篝は皆から少し離れ、昼間に他の者達が戦闘用に設えた一帯へ向かう。
 足場を確認し、調達してきた血肉を取り出す。封を解くや否や漏れ出す臭いに眉を顰めさせつつも、それを撒いた。
 犬の怪我から滲む血の香程度では力不足かもしれないが、これなら必ず雪男を誘き出せるだろう。後は、待つだけだ。
「皆さーん、体が冷えないようにホットチョコレートはいかがでしょーか?」
 墓前では千春がミィリアの竈で温めたチョコレートを皆に配っていた。戻った篝にも手渡し、
「はい、篝さんもどーぞ。次は……はいっ、みーちゃん。どーぞ」
「ありがとう、ちーちゃん! ……んー、温かくて美味しいっ!」
 千春から受け取ったチョコレートを顔を綻ばせながら飲むミィリア。すっかり虜となり、お気に入りの語尾が抜け落ちているのにも気づかない。
 幸せそうな姿を微笑みながら見つめる千春。だったが、突然何かを思いついたように口を開く。
「あ、はちみつを入れたらもっと美味しくなるでしょーか! 皆さん、お好みでいかがですか?」
 戦闘前の僅かなひと時。それを彩るように、荷物から取り出した蜂蜜を片手に千春は再び皆を回るのだった。

 ――獣の唸り声が聞こえた。続いて、雪を踏む重厚な足音が。
 その異変に気づきハンター達はすぐさま警戒態勢に入る。
 犬が咆える。と同時に、暗闇を掻き分けて迫る巨体の姿が視界に侵入する。
 見積もり二メートルを超える巨体は白い体毛で覆われ、雪山に潜むものとしての印象を決定付けていた。
 その巨体に目を瞑ったなら猿、と言えない事も無いだろう。だが、圧倒的な威圧感を放つ巨躯は到底無視できるものではない。
 それ故に目の前の変異種を目にした者は皆、事前情報の有無に関わらず一つの名で呼称する。
「――雪男」
 誰かがそう声を漏らしていた。それが誰のものかを確かめる間もなく、巨体が咆哮を上げる。
 その迫力に空気が揺れる。血肉の匂いを嗅ぎつけ現れた怪物、鋭く光る眼がハンター達を捉えていた。
 雪男が駆ける。巨大な脚が踏む一歩は人間のそれとは比較にならず、素早く接近してくる。だが、
「――――」
 機先を制したのは――アシフだった。静かに、だが迅速に放たれた魔法の矢は雪男の右脚に突き刺さっていた。だが、まだハンター達の攻撃は終わらない。
 篝が松明を放り捨て装着したライトを点す。光は依然暗闇が覆う雪男の姿を明確に照らし出した。
「マジックアロー!」
「ホーリーライト!」
 露になった対象に向けて日憐のマジックアロー、千春のホーリーライトが飛んでいく。二つの魔法は雪男を捉え、そのエネルギーを炸裂させる。
 魔法の連撃で動きが鈍る雪男は既にハンター達が用意した足場――彼らの狩場へと踏み込んでいた。
 本来ならば走り難い雪の悪路をミィリアが駆ける。踏み出す一歩一歩が雪に足を取られる事なく、確かに地面を蹴っていく。
「あなたのお相手はこっち、よそ見なんてしないでよね! でござる!」
 懐に飛び込んだミィリア、手にする振動刀が唸りを上げ巨体を斬りつける。
 ――更に、踏み込む。
 追撃を察知した雪男が飛び退こうとするが、篝がそれを許さない。撃ち込まれた牽制射撃が回避を阻害する。
 援護を得て、ミィリアは最適な距離から強打を叩き込む。小柄を忘れさせる一撃が何倍もある雪男の巨体を揺らがす。だが、
「……ブレス!」
 敵とて、雪山の恐れを具現した怪物。すぐさま反撃のブレスを吐き出す。
 最前線でミィリアは盾でそれを受け止めるが、広範囲のブレスの余波は後方の者達にまで及んだ。
 極寒の吐息がハンター達の動きを鈍らせていく。仲間の安否に気を取られたミィリア、そこへ、
「――――っ!」
 少女を吹き飛ばす豪腕の一閃。堅守を持ってしてもその損傷は大きい。
「みーちゃん!」
 弾かれたミィリアへ駆け寄った千春がヒールをかけ、傷は癒えていく。
 敵は手ごわい、だが、攻撃が効いていない訳ではない。
 ミィリアの攻撃は確実に脚部を射止めている。相手も生き物、その動きの要は脚にある。続けて攻めていけば必ず効果がある筈だ。

「待って!」
 ミィリアを先頭に戦いが繰り広げられるその後方で椿姫が叫んでいた。
 走る彼女の視線の先には毛布を脱ぎ捨て走り出す老犬の姿があった。ランアウト――循環するマテリアルにより加速した椿姫は一瞬で追いつき、小さな体を抱きかかえる。
 椿姫の腕の中で抜け出そうと犬が暴れまわる。静かだった墓前での面影は無い。
「っ……!」
 腕に犬の牙が立てられ、椿姫の顔が痛みに歪む。
 妄執。小さな体が今宿すのは目の前の怨敵に対する殺意だけだった。
 顎に力を込め、何度も椿姫の細い腕に牙を突き刺す。その腕から血が滲もうとも、暴れた事で自らの足の怪我が痛もうとも、その行為は止まらない。
 それでも――椿姫は抱き締める腕を離しはしなかった。どれだけ傷付けられようとも腕の力を弱めず、むしろ一層強く抱きしめた。
「あなたまで雪男のせいで死んでしまったら……あなたの大切な人は、きっと悲しむわ……」
 だから、離しはしない。その言葉が届かずとも、椿姫の意志に揺らぎは無かった。

 吹き荒れる吹雪は自然のものではない。怪物が肺に溜めた冷気を吹き出しているだけに過ぎない。
 だが、怪物の吐くブレスは自然のそれより過酷であった。冷気に動きが鈍るのを皆感じていた。
 マントでブレスを防ぐ篝が威嚇射撃で雪男の移動を妨げ、ミィリアが斬りつける。その連携が既に幾度も繰り返されていた。
 傷を癒す千春のヒールも次第に限界が近づいている。更に、戦いが長引く程この極寒の悪環境も牙を剥く。
 余裕が無くなっていく状況。だが、アシフはその中にあって冷静に戦況を見極める。
 ミィリアが繰り返す脚部への攻撃の効果は確実に出ている。一度に移動する距離は目に見えて減少し、動きのキレも鈍っている。
 敵は人外の怪物。だがそれも決して無敵ではない。不死で無いのなら倒せない道理は無い。
「――――」
 故に、狙いをつけるは急所。動きの鈍った今ならば確かな精度で捉える事が出来よう。
 放たれるは風の刃。舞う雪を裂きながら飛翔するそれは、雪男の左目を刻む。
 悲痛な咆哮と共に巨体が地面に倒れこむ。周囲の雪を散らしながらもがき続ける姿はまるで無防備――千載一遇の好機とはこれを云う。
「はぁぁああっ!!」
 叫びと共にミィリアが大きく踏み込む。好機に応えるように繰り出す一撃――刃が、雪男の胸に突き刺さった。この怪物にも心の臓があるのならば確実に貫いていた。
 刀が刺さりながらも、巨体は暫くもがき続けた。怪物の矜持か、果て無い生命力を誇示するかの様に暴れ――遂に、力尽きた。
 死骸から刀を引き抜くミィリア。そんな彼らの後方から、犬の遠吠えが聞こえた。
 椿姫に抱かれた老犬、怨敵が果てた事を悟ると彼は叫びを上げていた。いつの日にかと同じ――遠い、主の元へ届けるように。


 雪山に轟く咆哮。繰り返されるそれを聞きつけて老人が墓を訪れた時には、全てが終わっていた。
 死に絶えた怪物と荒れた雪原。だが、彼の息子が眠る墓の周りだけは綺麗なままだった。そして、
「――――」
 椿姫の毛布に包まり、最期を迎えようとしている一匹の犬。
 何も、驚く事は無い。すべて分かりきっていた結果だったのだから。
 想定通り、嘘ではない。それでも、老人は犬の姿に釘付けになっていた。だが不意に、
「名前、呼んであげて」
 耳元で篝が囁いた。彼女が口にしたのは――嗚呼、そういえばそんな名前だった。
 静かに、老人は前に出て動かない犬の前にしゃがみ込む。ゆっくりと、冷えていく体を撫でながら、口を開いた。
「よう……後悔は、無くなったかよ。良かったじゃねぇか、なぁ、――――」
 ――瞬間、吹雪く。僅かに強い風の音が老人の言葉に重なった。最後の言葉は、きっと彼だけに聞こえていた。

「あのおじいさん、息子さんのお墓の隣に……あの子のお墓、いいですか?」
 千春の言葉に老人は黙ったままで頷いた。小さくお辞儀をし、パタパタと仲間の元へ駆けて行く千春と入れ替わりに篝がやってくる。
「町の方にも雪男を倒した事伝えるわ。そうしたら、おじいさんも寂しくなくなるわね」
「……フン、勝手にしろ」
 老人はいつも通りにそう言ってそっぽを向いた。そんな様子を見て、篝は呆れながら笑った。

 少しして元からあった墓の隣に、ハンター達によって小さな墓が建てられた。
 最後の仕上げに墓前を整えた日憐が皆に振り返り、告げる。
「仏様はその加護を例え人ならざる者にも与えてくださいます。せめて亡くなった方、そしてその友人の魂が救われる事を祈りましょう」
「最後の最後まで、よく頑張ったね……お疲れ様」
 日憐の言葉に頷き、千春が両手を合わせて祈りを捧げる。彼女の言葉は最後の願いを果たすまで耐えた忠犬へのものだ。
 千春の隣で椿姫も一緒になって祈る。雪除けになるように手にした毛布を墓に巻いて、
「あなたは、また大切な人と一緒に笑い合える。迷子になっちゃ駄目よ? 元気でね……」
 それぞれの弔いの言葉。それに続き、日憐が経を読み始めた。
 経が終わるまで、老人とハンター達はその声に耳を傾ける。止まぬ雪の中、眠る二つの魂が迷わぬ為の導の言葉は続く――――

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MVP一覧


  • 椿姫・T・ノーチェka1225
  • 春霞桜花
    ミィリアka2689

重体一覧

参加者一覧

  • 魔弾
    アシフ・セレンギル(ka1073
    エルフ|25才|男性|魔術師

  • 椿姫・T・ノーチェ(ka1225
    人間(蒼)|30才|女性|疾影士
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人

  • 日憐(ka2813
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 弓師
    八原 篝(ka3104
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/03/16 21:51:19
アイコン 相談卓
柏木 千春(ka3061
人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/03/20 23:52:51