ゲスト
(ka0000)
幻に消ゆ、炎の錬成
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/01 07:30
- 完成日
- 2015/04/10 01:08
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ルビーを高熱で溶解し、再結晶を図ることによって大きな結晶を得る。
レイオニールの錬成は目的を果たしたのであったが、莫大な財を夢見て投資してきたパトロンにとって不満以外の何物でもない結果であったようだ。
「100個の原石を使ってできたのが、これか。はっきり言って失望したよ。君の研究には」
小石程の綺麗なルビーの球体は、錬金術師レイオニールに期待をかけて資金援助をしてきた男の手で投げ捨てられた。
「お前は算数もできないのか。これの原価はいくらだ? こんなちっぽけな作り物で償却できると思っているのか?」
パトロンはそう言い放ち、不満げに首を振った。
「全く……君に預けた資金はムダ金だった。悪いがこれ以上の資金援助はしないし、提供した分も可能な限り返してもらうことになる。君の研究所にある訳の分からない道具は売り払ってでも、だ。……覚悟しとけよ?」
レイオニールには弁明の余地さえ与えてもらえなかった。
●
「くそ、あの分からず屋め。この偉大な成果をなんでわかろうとしない……」
夜の公園でレイオニールは悲嘆に暮れていた。パトロンから得た莫大な資金などどうやっても償還できるはずがない。一生強制労働をさせられて返せるかどうか。そこにはこの成果を高める研究に費やせる時間も体力もないだろう。
要するに彼の人生にもう明るい未来はない。彼の目にはこの夜よりも深い、絶望の闇が覆いかぶさっていた。
「諦めるの?」
静かな、憂いを含んだ声が届いた。
声のする方向を振り向けば、そこにいたのは月明かりに照らされ、プラチナブロンドの髪が浮いて見えた。
「ブリュンヒルデ……」
彼の夢を、研究を支えてくれた少女だった。
「折角君が助けてくれたのに。あの一番の成果は……パトロンにはどうしようもないクズだって言われたよ。明日にも借金取りが来るだろう……」
食事の面倒もしてくれた。パンは身に染み入る温かさだった。
あちこちから文献を集める手伝いもしてくれた。気づかないことをそこから教えてくれた。
話もずっと聞いてくれた。一人の寂しさを、周囲の理解のなさによる孤独を癒してくれた。
できあがった合成ルビーを見て、彼女は諸手を挙げて喜んでくれた。
最後の錬成までこぎつけて理解あるハンターと共に偉大な結果を踏み出せたのも彼女のおかげだ。
「もうどうしようもない……ブリュンヒルデ……すまない」
「諦めるの? 明日の朝に借金取りが来るとしても。まだ夜はこんなに長いのよ? 希望は最後の一秒まで捨ててはなりません」
ブリュンヒルデは俯くレイオニールに近づき、悲しみに震える彼の両手をそっと握った。水晶のような透き通った青い瞳は言葉以上にレイオニールに語り掛けていた。
ああ、そうだ。すべての終わりは絶望した時だ。
絶望しない限り、道は……あるはずだ。
「そうだ……。俺と一緒に錬成したハンターが悩んでいたんだ。『俺にも、叶えるべき夢がある。障害が多いんだが、それでも追い続けるべきか』って。
俺は『このルビーの結晶を作るのに十数年かかった。夢は叶うものっていう証拠が目の前にあるのに、お前はそれを問い直すのか?」って言った。そうだ。
ここまでやれたんだ。俺は、俺は諦めない!」
ブリュンヒルデの目は言葉はいつだって勇気を与えてくれる。希望を与えてくれる。
リアルブルーの神話に出てくる彼女と同名の戦乙女も英雄に力を貸したという。本当に彼女は天からの使者なのかもしれない。
だが、今はそれがどうしてなのか、考えることではない。
「レイオニールさん。私も……手伝います。最後の最後まで!」
「ありがとう……ブリュンヒルデ!」
レイオニールの目に力が蘇った。
●
数カラットの宝石の原石が100個程度で、飴玉程度のルビーになった。錬成時の消失分、人工物だというマイナスを考えれば確かにこれでは得にならない。
だが、ありったけの原石をまとめて錬成すれば?
巨大なルビーの結晶。一抱えもあるようなものを作れば? 天然モノでは絶対にできないものを作れば? 価値は何倍にも跳ね上がる。好事家は世の中に一つしかないと分かれば天井知らずの値をつけるだろう。魔術具だって、機導士の部品としても大きいものは非常に重宝がられる。利用余地が大きいからだ。
レイオニールは錬成魔法陣にありったけのルビーの原石を流し込んだ。
「レイオニール! 出てこい。この扉を開けろ!!」
外から借金取りの声が響き、扉を叩き潰さんとしているようだった。
それを内側で見ているレイオニールは不敵に笑った。
「大丈夫……ここは絶対に開けさせません」
ガラクタやもう不要になった机などを入り口に積み上げてバリケードにし、それを抑え込むようにして少女ブリュンヒルデは微笑んだ。
「ありがとう。ブリュンヒルデ」
弟子になりたい。そう言った少年の顔がふと浮かんだ。
こんな用法はどうだろうと調べてくれた顔が。
もっと効率の良い錬成法を一緒に考えた仲間。
前回の錬成を共にした顔ぶれは誰一人としていない。
ここは一人でやらなくてはならないのだ。
「錬成を開始する!」
効率の良いシステムが構築されたおかげで、蓄充したマテリアルはまだ十分な予備がある。
できる。
レイオニールは機械を操作し始めた。
マテリアルが魔法陣に流れ始める。今回の錬成は大量のルビーを溶かさなくてはならない。それに必要なマテリアルは膨大だ。前回は絞り気味だったマテリアルの流量を全開にした。
そして小型の竜巻のような風を巻き起こし、原石をまとめて巻き上げて熱を加え始める。
め……き
マテリアルによって作られる風と炎の轟音に混じって鈍い音が聞こえた。
「レイオニール! くそっ、あけねぇか! この詐欺師め!!」
借金取りが壁を蹴ったか?
レイオニールはマテリアルのコントロールに集中した。
が。
身体が震える。タンクから流れるマテリアルが乱れる。扱う量が膨大すぎるのだ。ギリリ、歯を食いしばってマテリアルの圧力に耐える。
め、めき、ゃ……べきんっ!
爆炎と暴風の中でルビーが踊る。
光で視界が焼けつく。それでもレイオニールはただ真っ直ぐに光の中にあるルビーから目を離さなかった。
その視界の果てでは流れ出すマテリアルの奔流に耐えきれずコードが焼き切れて踊っていたが、灼けた彼の眼では見えなかったし、どうすることもできなかった。
レイオニールは光り輝く世界の中で叫んだ。
「炎の出力、最大!」
次の瞬間。渦巻くマテリアルは大爆発を引き起こした。
レイオニールの錬成は目的を果たしたのであったが、莫大な財を夢見て投資してきたパトロンにとって不満以外の何物でもない結果であったようだ。
「100個の原石を使ってできたのが、これか。はっきり言って失望したよ。君の研究には」
小石程の綺麗なルビーの球体は、錬金術師レイオニールに期待をかけて資金援助をしてきた男の手で投げ捨てられた。
「お前は算数もできないのか。これの原価はいくらだ? こんなちっぽけな作り物で償却できると思っているのか?」
パトロンはそう言い放ち、不満げに首を振った。
「全く……君に預けた資金はムダ金だった。悪いがこれ以上の資金援助はしないし、提供した分も可能な限り返してもらうことになる。君の研究所にある訳の分からない道具は売り払ってでも、だ。……覚悟しとけよ?」
レイオニールには弁明の余地さえ与えてもらえなかった。
●
「くそ、あの分からず屋め。この偉大な成果をなんでわかろうとしない……」
夜の公園でレイオニールは悲嘆に暮れていた。パトロンから得た莫大な資金などどうやっても償還できるはずがない。一生強制労働をさせられて返せるかどうか。そこにはこの成果を高める研究に費やせる時間も体力もないだろう。
要するに彼の人生にもう明るい未来はない。彼の目にはこの夜よりも深い、絶望の闇が覆いかぶさっていた。
「諦めるの?」
静かな、憂いを含んだ声が届いた。
声のする方向を振り向けば、そこにいたのは月明かりに照らされ、プラチナブロンドの髪が浮いて見えた。
「ブリュンヒルデ……」
彼の夢を、研究を支えてくれた少女だった。
「折角君が助けてくれたのに。あの一番の成果は……パトロンにはどうしようもないクズだって言われたよ。明日にも借金取りが来るだろう……」
食事の面倒もしてくれた。パンは身に染み入る温かさだった。
あちこちから文献を集める手伝いもしてくれた。気づかないことをそこから教えてくれた。
話もずっと聞いてくれた。一人の寂しさを、周囲の理解のなさによる孤独を癒してくれた。
できあがった合成ルビーを見て、彼女は諸手を挙げて喜んでくれた。
最後の錬成までこぎつけて理解あるハンターと共に偉大な結果を踏み出せたのも彼女のおかげだ。
「もうどうしようもない……ブリュンヒルデ……すまない」
「諦めるの? 明日の朝に借金取りが来るとしても。まだ夜はこんなに長いのよ? 希望は最後の一秒まで捨ててはなりません」
ブリュンヒルデは俯くレイオニールに近づき、悲しみに震える彼の両手をそっと握った。水晶のような透き通った青い瞳は言葉以上にレイオニールに語り掛けていた。
ああ、そうだ。すべての終わりは絶望した時だ。
絶望しない限り、道は……あるはずだ。
「そうだ……。俺と一緒に錬成したハンターが悩んでいたんだ。『俺にも、叶えるべき夢がある。障害が多いんだが、それでも追い続けるべきか』って。
俺は『このルビーの結晶を作るのに十数年かかった。夢は叶うものっていう証拠が目の前にあるのに、お前はそれを問い直すのか?」って言った。そうだ。
ここまでやれたんだ。俺は、俺は諦めない!」
ブリュンヒルデの目は言葉はいつだって勇気を与えてくれる。希望を与えてくれる。
リアルブルーの神話に出てくる彼女と同名の戦乙女も英雄に力を貸したという。本当に彼女は天からの使者なのかもしれない。
だが、今はそれがどうしてなのか、考えることではない。
「レイオニールさん。私も……手伝います。最後の最後まで!」
「ありがとう……ブリュンヒルデ!」
レイオニールの目に力が蘇った。
●
数カラットの宝石の原石が100個程度で、飴玉程度のルビーになった。錬成時の消失分、人工物だというマイナスを考えれば確かにこれでは得にならない。
だが、ありったけの原石をまとめて錬成すれば?
巨大なルビーの結晶。一抱えもあるようなものを作れば? 天然モノでは絶対にできないものを作れば? 価値は何倍にも跳ね上がる。好事家は世の中に一つしかないと分かれば天井知らずの値をつけるだろう。魔術具だって、機導士の部品としても大きいものは非常に重宝がられる。利用余地が大きいからだ。
レイオニールは錬成魔法陣にありったけのルビーの原石を流し込んだ。
「レイオニール! 出てこい。この扉を開けろ!!」
外から借金取りの声が響き、扉を叩き潰さんとしているようだった。
それを内側で見ているレイオニールは不敵に笑った。
「大丈夫……ここは絶対に開けさせません」
ガラクタやもう不要になった机などを入り口に積み上げてバリケードにし、それを抑え込むようにして少女ブリュンヒルデは微笑んだ。
「ありがとう。ブリュンヒルデ」
弟子になりたい。そう言った少年の顔がふと浮かんだ。
こんな用法はどうだろうと調べてくれた顔が。
もっと効率の良い錬成法を一緒に考えた仲間。
前回の錬成を共にした顔ぶれは誰一人としていない。
ここは一人でやらなくてはならないのだ。
「錬成を開始する!」
効率の良いシステムが構築されたおかげで、蓄充したマテリアルはまだ十分な予備がある。
できる。
レイオニールは機械を操作し始めた。
マテリアルが魔法陣に流れ始める。今回の錬成は大量のルビーを溶かさなくてはならない。それに必要なマテリアルは膨大だ。前回は絞り気味だったマテリアルの流量を全開にした。
そして小型の竜巻のような風を巻き起こし、原石をまとめて巻き上げて熱を加え始める。
め……き
マテリアルによって作られる風と炎の轟音に混じって鈍い音が聞こえた。
「レイオニール! くそっ、あけねぇか! この詐欺師め!!」
借金取りが壁を蹴ったか?
レイオニールはマテリアルのコントロールに集中した。
が。
身体が震える。タンクから流れるマテリアルが乱れる。扱う量が膨大すぎるのだ。ギリリ、歯を食いしばってマテリアルの圧力に耐える。
め、めき、ゃ……べきんっ!
爆炎と暴風の中でルビーが踊る。
光で視界が焼けつく。それでもレイオニールはただ真っ直ぐに光の中にあるルビーから目を離さなかった。
その視界の果てでは流れ出すマテリアルの奔流に耐えきれずコードが焼き切れて踊っていたが、灼けた彼の眼では見えなかったし、どうすることもできなかった。
レイオニールは光り輝く世界の中で叫んだ。
「炎の出力、最大!」
次の瞬間。渦巻くマテリアルは大爆発を引き起こした。
リプレイ本文
湧き上がる炎はまるで溶岩のように赤黒かった。それが煤けた石壁の向こうから何度も何度も噴き上がり、この入れ物からあふれ出るのではないかと思わせた。
鬼百合(ka3667)はそんな建物をただただ見上げることしかできなかった。
「なんで、なんでですかい……」
「ぼさっとしてたら怪我するぞ」
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が鬼百合の手を引っ張って正気に戻した。
「おぬし、ここの事を知っているのなら中の事教えてほしいのだがのう」
知っているも何も。寝泊まりすらした場所だ。
レイオニールのおっちゃんと何日か過ごした場所だ。
「僕も知っている。簡単な見取り図を描くよ」
レーヴェの顔すらまともに見れない鬼百合に代わってアシェ・ブルゲス(ka3144)が名乗りを上げ、集まったメンバーに部屋の構造や機材の配置などを説明していく。
「マトリスクハザードか……厄介ですね」
爆発と火災の原因をクオン・サガラ(ka0018)は建物を見上げた。恐らく風の力と炎の力が暴走している状態なのだろう。空に向かって猛る炎の勢いは強烈なのに、周囲の災害はそれほどでもない。普通の現象とはやはり若干の違いがある。レイレリア・リナークシス(ka3872)も通常とは異なる炎の動きを見て、そこにマテリアルを制動しようとする力が働いていることを直感した。
「まだ……いくつかの術具や機材はコントロールしようと稼働しているとみられます」
「このままだとタンク内のマテリアルにまで反応して大爆発を起こすのも時間の問題だね。……全力で行こう」
ルーエル・ゼクシディア(ka2473)は一瞬目を閉じて集中すると身体に金色の模様が走り始めた。その変化に驚いたのは他ならぬルーエル自身だった。
「怒った時くらいしか出ないのに……」
「周囲のマテリアルの濃度が半端じゃない。機導も魔術も……覚醒してマテリアルを使うものは注意した方が良いですね。下手すれば、自分たちが爆発の引き金になりかねません」
クオンは拳に付けたアルケミストデバイスをみた。普段より熱く感じるのはきっと気のせいではない。
マテリアル濃度の歪みから虚ろなるもの……歪虚も発生する危険性がある。
「でもそこがチャンスじゃないかなーって南條さんは思うんだよねぇ。あのガラクタの山を吹っ飛ばすには」
スーズリー・アイアンアックス(ka1687)が担ぐ砂袋に手を置いてそう言ったのは南條 真水(ka2377)だった。確かに南條の言う通り、入り口には机だの大型機材などが散乱し、半分ほどを埋めている。これをどけるにはかなりの労力がいるだろうと思っていたが。
「一か八かの賭けですよ。流出したマテリアルに反応したら入り口どころか建物が吹き飛ぶかもしれません」
クオンはそう言うと、道端に転がる変形した鋼の板を指さした。
木端微塵になったマテリアルタンクの一部だろう。もはや原形をとどめないほどに歪んでいた。もしかするとそれは自分たちの未来の身体になるのかもしれない。
そんな鋼の板に激流が飛びかかると、脆い部分を削り、折っていく。
「試し打ちしてますが、ウォーターシュートを使う分には問題なさそうです。今のところは」
アシェはそいうと、マギスタッフから迸る水の球体を撃ちだすのを止めた。
タンクの残骸は気が付けばうねる水流を象ったオブジェに早変わりしていた。さすがは廃材アート職人。
「それなら大丈夫そうだね。隙間ができれば後はわたしがやる!」
スーズリーは砂袋を担ぐと、入り口をふさぐ炎を真っ直ぐ見据えた。
「あの中にレイオニール様につながる物も残っているかもしれません」
レイレリアにそう言われて鬼百合は深く帽子を被りなおして立ち上がった。帽子の陰に隠れた眼が鋭く輝く。
「そうですねぃ……ここで立ち止まるわけにはなけないんでさ!」
レイオニールと縁の深い魔術師達はそれぞれに魔術具を構え、詠唱を始める。
魔術具にマテリアルが収束していくと淡い輝きが生まれ、まるで光の中から生み出されるように水の塊が噴き出した。
3人の手にビリビリと衝撃が走る。普段の魔法ならこんな衝撃は手に伝わってこない。
直後、派手にガラクタを吹き飛ばす音が響いた。その勢いたるや周りにいた人間の肌や胸を振るわせて、一瞬息ができなくなるほどであった。
「これなら十分っ! いっけるぅぅぅ!」
入り口を覆っていたガラクタが粉砕されたのを確認するや否やスーズリーが走った。そのまま担ぎ上げていた砂袋を残った瓦礫に叩き込み、そこに全力で体当たりをかます。
残っていたガラクタの破片も炎も吹き飛ばされて明確な道ができあがった。
「突入します」
ルーエルはゴーグルと布を素早く装着すると、台車に勢いをつけて走りこむ。それに続いて他のメンバーも研究所に飛び込んでいった。
「自分たちから悪い夢に飛び込むなんて……ほんと、スキだねぇ」
南條もレーキを構えつつ、最後尾を走りながらそう呟いた。
●
錬成施設は紅蓮が舞っていた。あまりの高熱に空間が歪んで見える。
錬成魔法陣の台座は炎柱が巻き起こり、漏れ出すマテリアルと反応しているのか、それとも研究レポートなどの紙類に着火しているのか。火の粉がゆらゆらと舞い、吹き飛んだ天井から空へと登っていく。
「炎の蝶が飛んでいるようだね……」
ルーエルはほんの少し、場違いなほどの幻想的な風景を見つめてそう言った。ここの主であるレイオニールの遺志が、まだ留まっているのではないだろうかと思う。
「台座下にマテリアルタンクがあります。左右の壁にも同様に。白いケーブルチューブがマテリアルのチューブです」
舞う炎の中心に、この魔法陣の設計図らしきものが幻覚のように見えた。自分が発案しレイオニールが書き表したものだ。レイレリアは一瞬、す、と目を細めたが、それ以上は何も言わず空を見上げた。
「緊急を要するのは下のマテリアルタンクじゃな」
レーヴェは素早く周り見渡すと、工具を手に一歩踏み出す。が、熱風に思わず顔をしかめる。
「正面の熱だけならもう少し近づけるが、この巻き起こる風がやっかいじゃの。焼けた空気で肺が焼けつくわ」
レーヴェは銀髪にとりついた火の粉を振り払って渋い顔をした。少しばかり髪の焦げた匂いが漂う。
「送風システムは左右のマテリアルタンクから送られてきてるはずだよ」
「風によるマテリアルの送出を止めるところから始めましょう」
クオンは紐を取り出すと地面を這いまわるコードに視線を移動させた。爆発の影響か、それとも出力を上げすぎて耐えきれなくなって破裂したのか。ともかく、無計画に動き回るそれを止めないと瓦礫の撤去も難しい。
「コードを押さえつけてっ」
「よしきたぁ!」
クオンの掛け声に合わせてスーズリーが暴れまわるコードとその他のコードの上に飛び乗り、がっしりした腕でまとめて抱きとめる。小柄なドワーフだからこそできる技だ。すかさずクオンが束ねられたコードに紐を何重にも巻き付け固定する。
「コードの固定は完了です! 瓦礫の撤去をお願いします」
「了解です。台車を使ってください!」
ルーエルはすかさず持ってきた台車を出して、タンク前の地面を埋めている瓦礫を台車に移動させてはじめた。それに合わせて、他のメンバーも瓦礫撤去を手伝い始める。瓦礫の下から、何冊もの本や研究レポートの紙束などが姿を見せる。
「本……多いね。研究熱心な方だったってここに来る途中聞きました。錬金術師にしてはよく周りの人とも挨拶したりしていたとか」
「そうでさ……オレみたいなのにも助手だ、って言ってくれて……なのに」
鬼百合は出てくる本を見て、ぐっと口を真一文字に結んだ。レイオニールが以前読んでいいと言ってくれたあの本だった。だが、今はそれに触れて懐かしむ余韻もない。ぎしっと歯をかみしめたあと、鬼百合は本もそのままルーエルの台車に移動させた。
「なんだこの仕組み……」
足場が確保されたクオンはすかさずタンクの前にとりついたが、思わずそんなうめき声をあげてしまった。転移する前には技術者として活動していたクオンだが、目の前にあるものはそもそも構造が違っていた。錬金術師であるレイオニールが一からすべて考案したのだろう。
「魔術と機導術の融合か……」
だが、たじろいでいる暇はない。延びるケーブルを辿り、根本の所でデバイス代わりのナックルをはめた手で握りこむ。反対の手てタンクのカバーを飄々とした顔に見合わぬ太い腕でひっぺがした。
「……これですね」
すぐさまいくつかの機具を慎重に操作する中で、デバイスの反応と交互に見比べながらマテリアルの送出に関わる部分を見つけ出し、少しずつ絞っていく。
「風が、収まった……」
「よし、送出停止、完了です。続いてタンクの取り出し作業にかかります」
「よし、私がやろう。この手のものなんぞしょっちゅう見とる。本体のレギュレーションは違えども、おおよそは解る」
そう言うとレーヴェは腰に挿していた仕込み傘で、コード類を一気に薙ぎ払った。
さすが。とクオンは彼女を称賛した。
「タンクの移動だね。こっち載せて!」
台車に載せた瓦礫などをエントランスの邪魔にならない場所に移動して戻って来たルーエルが空の台車をタンクの前につける。
「スーズリー!」
「よしきたぁぁ!!!」
レーヴェの掛け声にあわせて、スーズリーがタンクを挟んでレーヴェと反対側に移動し、腰をためてタンクに手をかけた。
「上っかわ支えてっ!」
「え、ちょっ……ボク~!?」
号と共に大きなタンクが持ち上がる。ドワーフ娘二人の怪力ぶりに唖然としていたが、どうしても身長の低い二人だ。もう一つの壁のタンクから風が創出されていることもあり、上部を安定させなければならない。それに指名されたのは南條だった。
「斜めにして転がせばいいじゃないかっ! あああっ! おも、重いって!! 冗談だろ!?」
二人より身長はあるといっても怪力ドワーフ二人組と南條を一緒にしていいわけがない。余りの慌てっぷりに瓶底眼鏡が危うくずり落ちそうになる。
「大丈夫!?」
慌ててルーエルがサポートに入りなんとか事なきを得た。
無事に台車に乗ったタンクはクオンとレーヴェが運び出す。
「次は……と言いたいところだけど、ちょっと危険だね」
アシェは以前自分が作った廃材の熱を逃がさないための盾が熱で歪み、錬成陣の周りでゆっくり崩れ落ちるのを見て、若干口元に余裕のない笑みを浮かべた。シールドの向こうでは渦巻く炎の勢いが命のように脈動していた。先ほどよりも大きく。
「不死鳥は炎から生まれるっていう伝説を聞いたことがあるけど……本当に炎から生まれそうだね」
「……更なる炎、ですか?」
答えるレイレリアも直感していた。覚醒による生まれた輪の中にある一色だけ強く輝いている。炎の力が徐々に強まっている。脈動しているように見えるのはそれでも一部の魔術具や機導が制動をかけようとしているせいだ。
「時間がありません、壁のタンクは後回しにしましょう」
「火を消すんですかねぃ?」
「錬成陣の仕組みは理解してますね? タンクに貯めたマテリアルを魔術によって炎に変換し、それを機導によってコントロールしています炎を鎮めるには、魔術印を破壊するのが最も迅速に行える方法でしょう」
レイレリアの言葉に鬼百合が頷いた。魔術紋様の仕組みはこの前勉強した。
「ただし起動中の錬成にダメージを与えると、不安定になっちゃうね。一瞬でも今噴き上がってるマテリアルと下を切り離さないと……」
アシェはそこまで言って、ああ、なるほど。と言った。
「スーズリーさん。砂袋の中身を全部錬成陣の上に広げてください。空気中のマテリアルはアシェ様、鬼百合様と私とでウォーターシュートの爆発を利用して真空にします。南條様……その間に魔術紋様の破壊をお願いします。台座部分の僅かに盛り上がった部分に炎の印が描かれています」
「了解。なんとかなるといいねぇ」
機杖を起動させながら南條はにんまりと笑った。
「参ります……3」
スーズリーが砂袋の口を破って持ち上げた。
「2」
アシェ、鬼百合とレイレリアが空を見上げて手をかざした。
「1」
南條の持つ機杖が蠢き、力を込める。
「いっけぇぇぇぇ!!!!」
スーズリーはぐるりと一回転し、遠心力で砂袋を振り回すとその砂を派手に錬成陣にぶちまけた。高熱であっても砂はすぐには溶けたり蒸発はしない。炎の形が歪み途切れる。
同時にウォーターシュートが空に放たれた。周辺の超高濃度のマテリアルの力と反応し、皆の髪が引きちぎれそうなほどの勢いで爆発が起きた。あまりの轟音に一瞬音すらも消え去るほどに。
南條はその沈黙の空間に錬成陣に向けて大きく振りかぶった。
口元に微笑みを浮かべて。
音が舞い戻った。
ぁぁぁぁぁァァん
何かが砕ける、語尾だけが耳元に響いた。
●
「借金取りの奴ら。ほんっとうに投資ってもんがわかってない」
スーズリーが借金取りを締め上げる横でアシェも聞き取りをしていたが、彼らは結局レイオニールを精神的に追い詰めただけでまともに顔すら見ていなかったことはわかった。
そんなやり取りを傍で聞きつつ、座り込んでいた鬼百合の手に残ったのは、瓦礫の下に埋もれていた研究日誌の破片だった。
『今度 あの助手君に』
それしか読めなかった。
まだ続きがあったはずなのに。
「オレ……やっぱり呪われているんですかねぇ」
「そんなことはないさ。君のせいじゃないと南條さんは思うよ」
え?
帽子をわずかにあげて見上げる鬼百合に南條は言葉を続けた。
「窓の鍵がね、開いていたんだ。爆発で壊れたというでもない。借金取りが来てバリケードまでしていたのに窓の鍵を閉め忘れるなんてあるかな?」
「誰かが事故後、研究室から出てきた、と?」
何も見つけられなかったレイレリアはその言葉に、彼女がそこに誰がいたのかはすぐ理解した。
「ブリュンヒルデちゃんだっけ。結局髪一本すら見つけられなかったんだけど、多分、結論としては……生きてるんだろうね。事故の様子を確認して窓から出て行った。夢より現れ、夢と共に消えた、魔法みたいな子じゃないか」
南條はそう締めくくったあと、呆然とする鬼百合に視線を合わせてしゃがみこんだ。
「君が呪われているんじゃない。呪われていたのは多分レイオニールさん本人だったんじゃないかな」
掴み取った夢が良い夢だって誰も約束なんてしてないんだから、さ。
鬼百合(ka3667)はそんな建物をただただ見上げることしかできなかった。
「なんで、なんでですかい……」
「ぼさっとしてたら怪我するぞ」
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が鬼百合の手を引っ張って正気に戻した。
「おぬし、ここの事を知っているのなら中の事教えてほしいのだがのう」
知っているも何も。寝泊まりすらした場所だ。
レイオニールのおっちゃんと何日か過ごした場所だ。
「僕も知っている。簡単な見取り図を描くよ」
レーヴェの顔すらまともに見れない鬼百合に代わってアシェ・ブルゲス(ka3144)が名乗りを上げ、集まったメンバーに部屋の構造や機材の配置などを説明していく。
「マトリスクハザードか……厄介ですね」
爆発と火災の原因をクオン・サガラ(ka0018)は建物を見上げた。恐らく風の力と炎の力が暴走している状態なのだろう。空に向かって猛る炎の勢いは強烈なのに、周囲の災害はそれほどでもない。普通の現象とはやはり若干の違いがある。レイレリア・リナークシス(ka3872)も通常とは異なる炎の動きを見て、そこにマテリアルを制動しようとする力が働いていることを直感した。
「まだ……いくつかの術具や機材はコントロールしようと稼働しているとみられます」
「このままだとタンク内のマテリアルにまで反応して大爆発を起こすのも時間の問題だね。……全力で行こう」
ルーエル・ゼクシディア(ka2473)は一瞬目を閉じて集中すると身体に金色の模様が走り始めた。その変化に驚いたのは他ならぬルーエル自身だった。
「怒った時くらいしか出ないのに……」
「周囲のマテリアルの濃度が半端じゃない。機導も魔術も……覚醒してマテリアルを使うものは注意した方が良いですね。下手すれば、自分たちが爆発の引き金になりかねません」
クオンは拳に付けたアルケミストデバイスをみた。普段より熱く感じるのはきっと気のせいではない。
マテリアル濃度の歪みから虚ろなるもの……歪虚も発生する危険性がある。
「でもそこがチャンスじゃないかなーって南條さんは思うんだよねぇ。あのガラクタの山を吹っ飛ばすには」
スーズリー・アイアンアックス(ka1687)が担ぐ砂袋に手を置いてそう言ったのは南條 真水(ka2377)だった。確かに南條の言う通り、入り口には机だの大型機材などが散乱し、半分ほどを埋めている。これをどけるにはかなりの労力がいるだろうと思っていたが。
「一か八かの賭けですよ。流出したマテリアルに反応したら入り口どころか建物が吹き飛ぶかもしれません」
クオンはそう言うと、道端に転がる変形した鋼の板を指さした。
木端微塵になったマテリアルタンクの一部だろう。もはや原形をとどめないほどに歪んでいた。もしかするとそれは自分たちの未来の身体になるのかもしれない。
そんな鋼の板に激流が飛びかかると、脆い部分を削り、折っていく。
「試し打ちしてますが、ウォーターシュートを使う分には問題なさそうです。今のところは」
アシェはそいうと、マギスタッフから迸る水の球体を撃ちだすのを止めた。
タンクの残骸は気が付けばうねる水流を象ったオブジェに早変わりしていた。さすがは廃材アート職人。
「それなら大丈夫そうだね。隙間ができれば後はわたしがやる!」
スーズリーは砂袋を担ぐと、入り口をふさぐ炎を真っ直ぐ見据えた。
「あの中にレイオニール様につながる物も残っているかもしれません」
レイレリアにそう言われて鬼百合は深く帽子を被りなおして立ち上がった。帽子の陰に隠れた眼が鋭く輝く。
「そうですねぃ……ここで立ち止まるわけにはなけないんでさ!」
レイオニールと縁の深い魔術師達はそれぞれに魔術具を構え、詠唱を始める。
魔術具にマテリアルが収束していくと淡い輝きが生まれ、まるで光の中から生み出されるように水の塊が噴き出した。
3人の手にビリビリと衝撃が走る。普段の魔法ならこんな衝撃は手に伝わってこない。
直後、派手にガラクタを吹き飛ばす音が響いた。その勢いたるや周りにいた人間の肌や胸を振るわせて、一瞬息ができなくなるほどであった。
「これなら十分っ! いっけるぅぅぅ!」
入り口を覆っていたガラクタが粉砕されたのを確認するや否やスーズリーが走った。そのまま担ぎ上げていた砂袋を残った瓦礫に叩き込み、そこに全力で体当たりをかます。
残っていたガラクタの破片も炎も吹き飛ばされて明確な道ができあがった。
「突入します」
ルーエルはゴーグルと布を素早く装着すると、台車に勢いをつけて走りこむ。それに続いて他のメンバーも研究所に飛び込んでいった。
「自分たちから悪い夢に飛び込むなんて……ほんと、スキだねぇ」
南條もレーキを構えつつ、最後尾を走りながらそう呟いた。
●
錬成施設は紅蓮が舞っていた。あまりの高熱に空間が歪んで見える。
錬成魔法陣の台座は炎柱が巻き起こり、漏れ出すマテリアルと反応しているのか、それとも研究レポートなどの紙類に着火しているのか。火の粉がゆらゆらと舞い、吹き飛んだ天井から空へと登っていく。
「炎の蝶が飛んでいるようだね……」
ルーエルはほんの少し、場違いなほどの幻想的な風景を見つめてそう言った。ここの主であるレイオニールの遺志が、まだ留まっているのではないだろうかと思う。
「台座下にマテリアルタンクがあります。左右の壁にも同様に。白いケーブルチューブがマテリアルのチューブです」
舞う炎の中心に、この魔法陣の設計図らしきものが幻覚のように見えた。自分が発案しレイオニールが書き表したものだ。レイレリアは一瞬、す、と目を細めたが、それ以上は何も言わず空を見上げた。
「緊急を要するのは下のマテリアルタンクじゃな」
レーヴェは素早く周り見渡すと、工具を手に一歩踏み出す。が、熱風に思わず顔をしかめる。
「正面の熱だけならもう少し近づけるが、この巻き起こる風がやっかいじゃの。焼けた空気で肺が焼けつくわ」
レーヴェは銀髪にとりついた火の粉を振り払って渋い顔をした。少しばかり髪の焦げた匂いが漂う。
「送風システムは左右のマテリアルタンクから送られてきてるはずだよ」
「風によるマテリアルの送出を止めるところから始めましょう」
クオンは紐を取り出すと地面を這いまわるコードに視線を移動させた。爆発の影響か、それとも出力を上げすぎて耐えきれなくなって破裂したのか。ともかく、無計画に動き回るそれを止めないと瓦礫の撤去も難しい。
「コードを押さえつけてっ」
「よしきたぁ!」
クオンの掛け声に合わせてスーズリーが暴れまわるコードとその他のコードの上に飛び乗り、がっしりした腕でまとめて抱きとめる。小柄なドワーフだからこそできる技だ。すかさずクオンが束ねられたコードに紐を何重にも巻き付け固定する。
「コードの固定は完了です! 瓦礫の撤去をお願いします」
「了解です。台車を使ってください!」
ルーエルはすかさず持ってきた台車を出して、タンク前の地面を埋めている瓦礫を台車に移動させてはじめた。それに合わせて、他のメンバーも瓦礫撤去を手伝い始める。瓦礫の下から、何冊もの本や研究レポートの紙束などが姿を見せる。
「本……多いね。研究熱心な方だったってここに来る途中聞きました。錬金術師にしてはよく周りの人とも挨拶したりしていたとか」
「そうでさ……オレみたいなのにも助手だ、って言ってくれて……なのに」
鬼百合は出てくる本を見て、ぐっと口を真一文字に結んだ。レイオニールが以前読んでいいと言ってくれたあの本だった。だが、今はそれに触れて懐かしむ余韻もない。ぎしっと歯をかみしめたあと、鬼百合は本もそのままルーエルの台車に移動させた。
「なんだこの仕組み……」
足場が確保されたクオンはすかさずタンクの前にとりついたが、思わずそんなうめき声をあげてしまった。転移する前には技術者として活動していたクオンだが、目の前にあるものはそもそも構造が違っていた。錬金術師であるレイオニールが一からすべて考案したのだろう。
「魔術と機導術の融合か……」
だが、たじろいでいる暇はない。延びるケーブルを辿り、根本の所でデバイス代わりのナックルをはめた手で握りこむ。反対の手てタンクのカバーを飄々とした顔に見合わぬ太い腕でひっぺがした。
「……これですね」
すぐさまいくつかの機具を慎重に操作する中で、デバイスの反応と交互に見比べながらマテリアルの送出に関わる部分を見つけ出し、少しずつ絞っていく。
「風が、収まった……」
「よし、送出停止、完了です。続いてタンクの取り出し作業にかかります」
「よし、私がやろう。この手のものなんぞしょっちゅう見とる。本体のレギュレーションは違えども、おおよそは解る」
そう言うとレーヴェは腰に挿していた仕込み傘で、コード類を一気に薙ぎ払った。
さすが。とクオンは彼女を称賛した。
「タンクの移動だね。こっち載せて!」
台車に載せた瓦礫などをエントランスの邪魔にならない場所に移動して戻って来たルーエルが空の台車をタンクの前につける。
「スーズリー!」
「よしきたぁぁ!!!」
レーヴェの掛け声にあわせて、スーズリーがタンクを挟んでレーヴェと反対側に移動し、腰をためてタンクに手をかけた。
「上っかわ支えてっ!」
「え、ちょっ……ボク~!?」
号と共に大きなタンクが持ち上がる。ドワーフ娘二人の怪力ぶりに唖然としていたが、どうしても身長の低い二人だ。もう一つの壁のタンクから風が創出されていることもあり、上部を安定させなければならない。それに指名されたのは南條だった。
「斜めにして転がせばいいじゃないかっ! あああっ! おも、重いって!! 冗談だろ!?」
二人より身長はあるといっても怪力ドワーフ二人組と南條を一緒にしていいわけがない。余りの慌てっぷりに瓶底眼鏡が危うくずり落ちそうになる。
「大丈夫!?」
慌ててルーエルがサポートに入りなんとか事なきを得た。
無事に台車に乗ったタンクはクオンとレーヴェが運び出す。
「次は……と言いたいところだけど、ちょっと危険だね」
アシェは以前自分が作った廃材の熱を逃がさないための盾が熱で歪み、錬成陣の周りでゆっくり崩れ落ちるのを見て、若干口元に余裕のない笑みを浮かべた。シールドの向こうでは渦巻く炎の勢いが命のように脈動していた。先ほどよりも大きく。
「不死鳥は炎から生まれるっていう伝説を聞いたことがあるけど……本当に炎から生まれそうだね」
「……更なる炎、ですか?」
答えるレイレリアも直感していた。覚醒による生まれた輪の中にある一色だけ強く輝いている。炎の力が徐々に強まっている。脈動しているように見えるのはそれでも一部の魔術具や機導が制動をかけようとしているせいだ。
「時間がありません、壁のタンクは後回しにしましょう」
「火を消すんですかねぃ?」
「錬成陣の仕組みは理解してますね? タンクに貯めたマテリアルを魔術によって炎に変換し、それを機導によってコントロールしています炎を鎮めるには、魔術印を破壊するのが最も迅速に行える方法でしょう」
レイレリアの言葉に鬼百合が頷いた。魔術紋様の仕組みはこの前勉強した。
「ただし起動中の錬成にダメージを与えると、不安定になっちゃうね。一瞬でも今噴き上がってるマテリアルと下を切り離さないと……」
アシェはそこまで言って、ああ、なるほど。と言った。
「スーズリーさん。砂袋の中身を全部錬成陣の上に広げてください。空気中のマテリアルはアシェ様、鬼百合様と私とでウォーターシュートの爆発を利用して真空にします。南條様……その間に魔術紋様の破壊をお願いします。台座部分の僅かに盛り上がった部分に炎の印が描かれています」
「了解。なんとかなるといいねぇ」
機杖を起動させながら南條はにんまりと笑った。
「参ります……3」
スーズリーが砂袋の口を破って持ち上げた。
「2」
アシェ、鬼百合とレイレリアが空を見上げて手をかざした。
「1」
南條の持つ機杖が蠢き、力を込める。
「いっけぇぇぇぇ!!!!」
スーズリーはぐるりと一回転し、遠心力で砂袋を振り回すとその砂を派手に錬成陣にぶちまけた。高熱であっても砂はすぐには溶けたり蒸発はしない。炎の形が歪み途切れる。
同時にウォーターシュートが空に放たれた。周辺の超高濃度のマテリアルの力と反応し、皆の髪が引きちぎれそうなほどの勢いで爆発が起きた。あまりの轟音に一瞬音すらも消え去るほどに。
南條はその沈黙の空間に錬成陣に向けて大きく振りかぶった。
口元に微笑みを浮かべて。
音が舞い戻った。
ぁぁぁぁぁァァん
何かが砕ける、語尾だけが耳元に響いた。
●
「借金取りの奴ら。ほんっとうに投資ってもんがわかってない」
スーズリーが借金取りを締め上げる横でアシェも聞き取りをしていたが、彼らは結局レイオニールを精神的に追い詰めただけでまともに顔すら見ていなかったことはわかった。
そんなやり取りを傍で聞きつつ、座り込んでいた鬼百合の手に残ったのは、瓦礫の下に埋もれていた研究日誌の破片だった。
『今度 あの助手君に』
それしか読めなかった。
まだ続きがあったはずなのに。
「オレ……やっぱり呪われているんですかねぇ」
「そんなことはないさ。君のせいじゃないと南條さんは思うよ」
え?
帽子をわずかにあげて見上げる鬼百合に南條は言葉を続けた。
「窓の鍵がね、開いていたんだ。爆発で壊れたというでもない。借金取りが来てバリケードまでしていたのに窓の鍵を閉め忘れるなんてあるかな?」
「誰かが事故後、研究室から出てきた、と?」
何も見つけられなかったレイレリアはその言葉に、彼女がそこに誰がいたのかはすぐ理解した。
「ブリュンヒルデちゃんだっけ。結局髪一本すら見つけられなかったんだけど、多分、結論としては……生きてるんだろうね。事故の様子を確認して窓から出て行った。夢より現れ、夢と共に消えた、魔法みたいな子じゃないか」
南條はそう締めくくったあと、呆然とする鬼百合に視線を合わせてしゃがみこんだ。
「君が呪われているんじゃない。呪われていたのは多分レイオニールさん本人だったんじゃないかな」
掴み取った夢が良い夢だって誰も約束なんてしてないんだから、さ。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 8人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
- ヒースの黒猫
南條 真水(ka2377)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
【相談卓】 鬼百合(ka3667) エルフ|12才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/03/30 23:53:03 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/29 20:34:26 |