ゲスト
(ka0000)
あの桜の木の下には
マスター:えーてる

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/28 07:30
- 完成日
- 2015/04/06 14:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「『桜の樹の下には屍体が埋まっている』……だっけか?」
とあるハンターの女性は、ある調査依頼を受けて、同盟の辺境にやってきていた。
ある森に入った人が、次々に消えているという。甘い香りと、小さな花びらが吹き込む、初春を迎えようとする頃の村である。
「花見にはまだちょっと早いと思うんだけどさ」
村の裏山を迂回すると、小さな丘がある。花びらの元はそこにあった。
黒髪をかき上げて、彼女はそれを見上げた。
「なるほどこれは、確かに魔性ね」
満開の桜であった。
いや、彼女は学者ではない。ないから、それが桜だと断定する事はできないし、種別を判定することもできない。今でこそハンター稼業になど身をやつしているが、リアルブルーにいた頃はただのOLでしかなかった。桜の下で酒を嗜むことはあったし、桜を遠目に「ああ綺麗だな」と思ったことはあるが、詳しく検分したことはない。
ただその、ほのかな桃色で出来たグラデーションの、人の心を揺さぶるためにあるような微細な色づきの変化は、桜のように見えた。
花びらを一枚拾い上げる限りでは、地球のそれと何か変わりがあるようには見えない。
別段おかしいことではない。向こうとこちらで植生が似通っている事例は幾つもある。これもまたそういったものの一つだ。
そして彼女の知るどんな桜よりも魔性を帯びていた。
泰然と咲き誇る花びらの散りゆく一瞬を見ていたくなる。見逃したくなくなる。
重量を感じさせない天使の羽の如き淡桃色の花弁を纏った、黒くごわついた幹の力強さに吸い込まれそうになる。
高く、雄大で、しかし虚ろで幽的なその佇まい。青空を押し返さねばならぬ、そうしなければ滅んでしまうと、鬼気迫るものを感じるほどに遠く広がる、巨大な花の天蓋。
魔性だ。
これはまだ春も迎えぬ頃に咲いていていいものではない。
まして、辺り一面をその花弁で塗り替えてしまうような桜など、彼女は寡聞にして知らなかった。
彼女の立つ世界は、桜化粧とでも言うべき一面の桃白に染まってしまっている。木々も、大地も。空ですら、舞い散る花弁と広がる枝葉が覆い隠そうと手を広げている。
踏み込んだ足が埋まっていくのを感じる。振り返れば、桜の花弁の上に足跡が出来ていた。
桜の雪である。
ここだけが、まだ冬の中にあって、既に春の中にあった。
季節というものはこの桜の前には意味を成さないのだろう。枯れることなく、ただ咲き続ける。散った先から咲いていく。散る為に咲き、咲くために散る、それは摂理から遠くはみ出した、執念すら感じる奇怪なサイクルであった。
この場に緑などはなく、青い空すら少数派で、桃と白で出来たグラデーションが、僅かな黒の隙間に詰まっているようだった。
思考を漂白するかのようだった。
見る者の心すらも奪う桜だった。
ここが本当に現実かどうか、過去の彼女ならば疑っていただろう。
今まさに尋常ならざる事態の可能性を知っている彼女であるから、ふと我に返ることが出来た。
その身は半ば花弁の雪に埋もれるように地に横たわり、どうやら桜の幹を目指していたらしい。
(ああ、しくじったな)
ぼんやり考える。桜に埋まった足はもう動かなくなっていた。
(そういう歪虚なんだ、こいつ――)
常時人の精神を汚染し、自分に惹きつける歪虚。そして人を食う怪物。
桜の花びらの下には、倒れ伏し動かない人々がいた。
ここにも、そこにも、あそこにも。
彼女はそれをようやく理解した。
桜の花びらは絨毯であり、祝福であり、棺であった。それは世界への侵食に他ならなかった。
大丈夫――対処しようはある。自分がこれを伝えれば。
彼女はまだ動く右手でペンを取り出し、手袋に走り書きを書きつけると、なけなしの力でフクロウを呼び寄せ、それを押し付けた。
それが限界だった。
ああ、桜の木の下には屍体が埋まっている。
(私がそれに加わるのは、いつかしらね――)
そうして彼女の世界は桜になった。
「『桜の樹の下には屍体が埋まっている』……だっけか?」
とあるハンターの女性は、ある調査依頼を受けて、同盟の辺境にやってきていた。
ある森に入った人が、次々に消えているという。甘い香りと、小さな花びらが吹き込む、初春を迎えようとする頃の村である。
「花見にはまだちょっと早いと思うんだけどさ」
村の裏山を迂回すると、小さな丘がある。花びらの元はそこにあった。
黒髪をかき上げて、彼女はそれを見上げた。
「なるほどこれは、確かに魔性ね」
満開の桜であった。
いや、彼女は学者ではない。ないから、それが桜だと断定する事はできないし、種別を判定することもできない。今でこそハンター稼業になど身をやつしているが、リアルブルーにいた頃はただのOLでしかなかった。桜の下で酒を嗜むことはあったし、桜を遠目に「ああ綺麗だな」と思ったことはあるが、詳しく検分したことはない。
ただその、ほのかな桃色で出来たグラデーションの、人の心を揺さぶるためにあるような微細な色づきの変化は、桜のように見えた。
花びらを一枚拾い上げる限りでは、地球のそれと何か変わりがあるようには見えない。
別段おかしいことではない。向こうとこちらで植生が似通っている事例は幾つもある。これもまたそういったものの一つだ。
そして彼女の知るどんな桜よりも魔性を帯びていた。
泰然と咲き誇る花びらの散りゆく一瞬を見ていたくなる。見逃したくなくなる。
重量を感じさせない天使の羽の如き淡桃色の花弁を纏った、黒くごわついた幹の力強さに吸い込まれそうになる。
高く、雄大で、しかし虚ろで幽的なその佇まい。青空を押し返さねばならぬ、そうしなければ滅んでしまうと、鬼気迫るものを感じるほどに遠く広がる、巨大な花の天蓋。
魔性だ。
これはまだ春も迎えぬ頃に咲いていていいものではない。
まして、辺り一面をその花弁で塗り替えてしまうような桜など、彼女は寡聞にして知らなかった。
彼女の立つ世界は、桜化粧とでも言うべき一面の桃白に染まってしまっている。木々も、大地も。空ですら、舞い散る花弁と広がる枝葉が覆い隠そうと手を広げている。
踏み込んだ足が埋まっていくのを感じる。振り返れば、桜の花弁の上に足跡が出来ていた。
桜の雪である。
ここだけが、まだ冬の中にあって、既に春の中にあった。
季節というものはこの桜の前には意味を成さないのだろう。枯れることなく、ただ咲き続ける。散った先から咲いていく。散る為に咲き、咲くために散る、それは摂理から遠くはみ出した、執念すら感じる奇怪なサイクルであった。
この場に緑などはなく、青い空すら少数派で、桃と白で出来たグラデーションが、僅かな黒の隙間に詰まっているようだった。
思考を漂白するかのようだった。
見る者の心すらも奪う桜だった。
ここが本当に現実かどうか、過去の彼女ならば疑っていただろう。
今まさに尋常ならざる事態の可能性を知っている彼女であるから、ふと我に返ることが出来た。
その身は半ば花弁の雪に埋もれるように地に横たわり、どうやら桜の幹を目指していたらしい。
(ああ、しくじったな)
ぼんやり考える。桜に埋まった足はもう動かなくなっていた。
(そういう歪虚なんだ、こいつ――)
常時人の精神を汚染し、自分に惹きつける歪虚。そして人を食う怪物。
桜の花びらの下には、倒れ伏し動かない人々がいた。
ここにも、そこにも、あそこにも。
彼女はそれをようやく理解した。
桜の花びらは絨毯であり、祝福であり、棺であった。それは世界への侵食に他ならなかった。
大丈夫――対処しようはある。自分がこれを伝えれば。
彼女はまだ動く右手でペンを取り出し、手袋に走り書きを書きつけると、なけなしの力でフクロウを呼び寄せ、それを押し付けた。
それが限界だった。
ああ、桜の木の下には屍体が埋まっている。
(私がそれに加わるのは、いつかしらね――)
そうして彼女の世界は桜になった。
リプレイ本文
●
「でっか! これで普通に花見が出来るんだったらサイコーなんだけどなー」
岩井崎 旭(ka0234)は額にひさしを作って、それを見上げた。
小高い丘の中央に陣取る巨大な桜。大きさだけでいえば、神霊樹に迫るほどだ。
遠く離れた場所から、ハンターたちはそれを見上げていた。
「……たった一本なのに、まるで桜の森の満開の様な花弁の量だね」
ネイハム・乾風(ka2961)は足元の花弁を一つ拾い上げて呟いた。
この辺りはまだ時折花弁が散っている程度で、森としての体裁を残している。ただ視線を少し上げるだけで、桜色の異世界が広がっていた。
遠目に見ているだけでも、その桜はひどく美しい。
「綺麗だけれど、人の命を吸い上げた薄紅色、なんだよね……」
ミィリア(ka2689)は悲しげに呟いた。どれほど美しくても、あれは歪虚。桜に関して並々ならぬ思い入れがある彼女は小さく溜息を吐いた。
「ざくろ、桜大好きだから、こんな魔物は許せない……それに救助を待ってる人が居るのなら、放ってなんて置けないもん!」
時音 ざくろ(ka1250)はぐっと握りこぶしを作った。
「綺麗な花にはトゲがあるものだけど、流石に生物の命を直接吸ってって言うのは怖いね」
普通の植物でも食虫植物とかあるけど、とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は幾らか呟く。
フワ ハヤテ(ka0004)は肩口に乗った花びらに、少し嫌な顔をした。
「やれやれ……久々の仕事にしては少々骨が折れそうなものを選んでしまったかな?」
厄介な能力だ。今しがた払い落とした何の変哲もない花弁は、その実、身動きを奪う毒であり死化粧である。
「さって、素敵にいやらしい敵と来たものだ」
龍崎・カズマ(ka0178)は一つ伸びをして、挑戦的に笑っていた。今回はパルムを二体連れている。
「あらあら……不思議な現象ねぇー」
ノアール=プレアール(ka1623)は手袋越しに桜の花弁一つを拾い上げた。サンプル用だ。
「いったいどういう経緯で桜を選んだのかしらー?」
「向こう……日本におけるとある桜は起源不明、同種は完全なるクローン、同種同士の交配はできず、周囲の別種の桜の遺伝子を汚染して増えているそうだがね」
カズマの言葉に、フワは暫く空を舞う花弁を見上げて答えた。
「その桜はこちらの雑魔が元なのかもしれないと? 突飛すぎやしないかい」
「言うだけならタダだろ」
カズマは額のバンダナを巻き直した。
「そんなことより、お仕事に集中するとしようか」
「よく分かんねーけど、ヴォイドだったらやるこたぁ一つだ。切り倒す!」
旭の言葉に、ミィリアは頷いた。
「皆を助けるためにも、一刻もはやく……!」
振動刀を担ぐアルトが踏み出した靴は、ついに土を踏まなくなった。
ここから先は、一面桜色の世界。
「歪虚だしね。綺麗だとしても伐採させてもらおう」
世界はにわかに変質していく。
丘の麓は最早尋常な世界とは隔絶していた。
――魔の花が香る。
ここは既に一つの異界だ。
●
目を奪うような桜の美しさは、陽の光すら桃色に塗り替えられたかのように思わせた。
美しさの質が変わったのを、皆確かに感じ取った。今にも飛び出して行きたくなる。その桜を、もっと近くで見ていたくなる。
もしこれが歪虚であると知らなかったならば、そのまま呑まれていただろう。
この美しさは清浄なるそれとはかけ離れたもの、釣り出すそれと変わらない。
美的感覚に働きかけ、死を誘う。環境のうちから特定対象を選別して生存に利用するという生態は植物らしいものだ。まぁ、生物ではないが。フワは述懐する。
「特殊なフェロモンでも出てるのかしらー?」
ノアールも似たようなことを考えたが、すぐに取り消した。
「どちらかと言うとミームウィルスに近いかしらねー、うーん気になるわー。もっと近くに寄って見てみた……あら?」
己の言動の行き着く先に違和感を覚え、ノアールは我に返った。危なかった。魅了されかけていた。
皆、一様に気を引き締めた。敵の攻撃はもう始まっていた。
「探究心にまでつけ込んでくるのか……厄介だね」
ネイハムはライフルを構える。もう少しで射程圏内だ。
ハンターは救助より討伐を優先した。でなければミイラ取りがミイラになるだろうと思われたし、今すぐに殺されるということがないのであれば、邪魔な桜を気にしながら救助するよりは先に憂いを断つべきだという判断だ。故に、全員が桜の幹を目指すことになる。
「シーザー、調子はどうだ!」
青い毛並みの軍馬(ゴースロン種)に跨がり、旭はその背を叩く。シーザーは気力十分とばかりに嘶いた。
「兼元、行ける!?」
ミィリアを乗せた同じくゴースロン種の兼元は小さく鼻を鳴らして答えた。
やはり動物が桜に囚われる気配はない。ならば問題なかろう。
旭とミィリアは、誘惑の効かない対象を頼ればいいと考えた。
「よし、お前に任せる!」
「行くでござるよ、兼元!」
そして二人は愛馬の首筋に顔を隠した。視野に入れないという選択は正しく、明らかに精神への負担が違う。
歩みは快調。ただ、大雪よろしく積もる花弁に足を取られるという点を除けば。それでも恐らく、自分で歩くよりも随分安全だろうと思われた。
「こっちにゃ桜といえばのミィリアもいるし、イケイケだな!」
旭は調子よく笑った。視界にちらちら入る花弁に気を取られないようにしつつ。
「さて、と。やや賭けにはなるが」
カズマは両肩にパルムを乗せると、バンダナを下ろして視界を塞いだ。
先んじて対策を練ろうと記録をあたったカズマだったが、記録も何も、ここに訪れたのは調査にやってきた覚醒者のハンター一人だった。その段階では敵の情報などなかったのだから、対策など全てぶっつけ本番だ。
カズマは視界に入れなければいいと考えた。
大丈夫、方角は記憶している。間違いがあっても、肩の二体に聞けばいい。
先程までの、意識を塗りつぶすような感覚は、もうない。
「行けるか」
カズマの問いかけに、パルムは震えているようだった。
「汚染がひどいよ」
「こわいけど、がんばるね」
やはりどれほど美麗でも、ここは汚染された土地。精霊には厳しいのだろう。しかし、彼らは怯える以上の反応は見せない。恐らく大丈夫だろうとカズマは踏ん切りをつけ、一歩を踏み出した。
そしてざくろたちはサングラスをかけた。
「こうすれば見える景色の色が変わって、少し残念だけど桜の美しさも半減すると思うんだ!」
セピア色の視界は確かにあの桜の魔性の桃色を退ける一助にはなっているようだ。ざくろはさらに防性強化をかけて、少しでも抵抗力を底上げする。
「多少は魅入られなくなってくれるといいね」
フワは厳しい顔で呟いた。効果は確実にあったが、また別の部分が気になりだす。桜の輪郭などはむしろ明瞭になったような気さえした。
花弁が散った一瞬の後には、また蕾がつき、開く、そのサイクルの素早さに興味を惹かれ、フワはぐっと目を閉じ、自分に風の魔術をかける。足元の花弁が舞い上がるのが不安だが、知らず花弁がまとわり付くということはなくなった。
「……眼帯の上からグラサンって、大丈夫なの?」
「なに、今回はその方がいいだろうさ」
ざくろの問いかけに、フワは笑って答えた。
「敵は巨大で分かりやすいし、なんとかなってくれると思うよ」
狙いを外すことはまずあるまいと、フワは思った。視界は確かにぼやけているし、耳にふたつも物を引っ掛けているごちゃごちゃとした状態はかなり気が散る。が、それも含めてそれでよしだ。あんな巨大な、しかも静止目標になど、目を瞑っていても当てられる。
「よし、それじゃあ、お先」
アルトはサングラスに加えて、極力素早く接近することを目標に入れた。つまり全力疾走。
マテリアルの限りの全速力で駆け出す。長引けば長引くだけ不利だというのは分かりきったことだ。こうしている間にも衰弱死する人がいるかもしれない。丘の上、やや盛り上がった地点を見てアルトは思う。
だが敵を斬るにはその刃の射程に収めねばならない。だからもっと前だ。ひたすら前、前に――あの桜の近くへ――足を取られる感覚でアルトはようやく我に返った。
「しまっ」
走っていた勢いそのままに倒れこむ体を認識し、アルトは反射的に手を地へと、いや花弁の絨毯へと向ける。
ついたその手から力が抜けていくのを感じて、アルトは咄嗟に手を引いた。
「くそっ!」
背を丸めて肩から花弁へ突っ込んでいく。そのまま前転の要領でくるりと花弁の上を転がると、跳ね上がるように立ち上がった。
「面倒な!」
ともあれ、転倒から桜に埋もれて行動不能になるという状況はなんとか免れた。背についた花弁を払うと、再度駆け出していく。
「まずいな」
ネイハムは呻いた。まさか銃の射程よりも敵の「攻撃範囲」が広いとは思わなかったのだ。射程に敵を捉える前に精神汚染が始まっていた。
前を行く味方を交互に見て意識を散らしつつ、状況把握に努める。旭とミィリアが最前線。アルトがやや後ろを追いかけている。カズマは視界を覆っているためやや歩みが遅い。ざくろ、ノアール、フワはその更に後ろだ。不自然な隆起は旭とミィリアの前方にはなく、カズマの前に一つ……舞い散る花弁のせいで見づらい。もう少し近寄らなくては。
「ちょっと、しっかりしてちょうだいねー」
「……っ!」
気付いたらしいノアールの声で、ネイハムは我に返った。少しでも意識に隙があれば、容易く滑りこんでくる。彼は踏み出しかけた一歩を引き戻し、まずは一発幹に見舞った。銃弾で木を折れるとは考えていないが……。
それにやや遅れて、旭とミィリアが幹へ到達する。
「旭、行くでござるよ!」
「ようやく、届く距離まで来たぜ……!」
皆の予想通り、幹は外と比べて魅了の影響力が低い。ここならば少しは安全に戦える。
旭が巨斧を振りかぶった時、渦を巻いて風が吹き始めた。
花弁が幕を引いて舞い始めた。
●
竜巻というにはやや穏やかで、突風というには圧が足りない。
ただ、風が引き連れる花弁たちに包まれれば、たちまち四肢の自由は奪われるだろう。猛毒と言って差し支えない。死の風と言ってもいいだろう。
雑魔は風を操り、ハンターたちの行く手を阻んだ。
「根っこで攻撃とかじゃないんだね……!」
半ば幹を頼りに前へ進んでいたアルトは、視界の殆どを花弁に包まれ怯む。この花の幕を抜ける頃には花弁だらけになっていそうだ。
「先に行くといい!」
その時、フワの風の魔術がアルトを包んだ。
「ありがとう!」
風の鎧が花弁を吹き飛ばす。魔術を頼りに花の壁を抜けたアルトは、どうにか幹へとたどり着いた。
「このやろ、風には風だ!」
旭は斧の平面をうちわのように使って、周辺の花弁ごと迫る花の幕を吹き散らした。
ミィリアは根本目掛けて振動刀を振り下ろした。
「必殺おサムライさんパワーでござる!」
ありったけのマテリアルを込めた一撃が、木の根本へと深々と突き刺さる。
「おぉらっ!」
旭も木こりがやるように斧を叩き込み、伐採にかかる。その傷へとネイハムが弾丸を打ち込んだ。
「的は狙いたいものだけれど、なりたい訳じゃないからね……」
風の幕が視界を遮るのを移動で避けながら、ネイハムは次の一発の狙いを定める。
ざくろは倒れ伏す人らしき隆起を見て、駆け寄りたくなる誘惑を振り払った。
「待ってて、まずはあのお化け桜を倒して、きっと助けるから!」
そして電動鋸を構え桜に向かって突撃していく。
フワはなるべく花弁の薄い幹へと火矢の術を放った。
「下手に燃えられても困るからね」
そしてぐっと目をつむり、手を傷つけて痛みで誘惑を退ける。ノアールも機導砲で幹を撃った。
倒れた犠牲者を飛び越え、カズマも幹へと到達する。その巨大な刀を振り回し、走ってきた勢いのまま幹へと叩きつけた。
「切り倒すなら浅い傷じゃあな!」
カズマは食い込んだ斬龍刀を引き抜いた。
「桜は儚いからこそ美しいんだもん、人の命を吸い咲き続けるなんて、ざくろ許さないから」
ざくろも電鋸を木に押し付ける。まさに伐採といった様子だ。
「花の風、来るよ!」
ネイハムの警告に合わせ、フワはカズマに風の防御をかける。
「邪魔すんな!」
カズマとアルトは魔術に守られ、ミィリアは咄嗟に頭を庇うが、ざくろの防御障壁が瞬間的に花弁を吹き飛ばした。旭は斧の一薙ぎで花の風を散らして、木こりのようにV字に傷をつける。
幸い風を起こす以上の能力はないようで、対処方法が分かれば対応は難しくなく、電鋸や振動刀に重量武器で執拗に幹を打たれた桜には、深い傷が刻まれていた。
「もう少しだよ!」
アルトが叫び、旭は背を向けるほどに斧を振りかぶった。
「食らえよ、俺の渾身の一撃を!」
飛びかかるような一撃で、その巨大な幹はついにぐらりと傾ぎ……そして、折れた。
「よっしゃあ!」
快哉が上がる。
巨樹は緩やかにその身を横たえていく。
大きく広げられたその天蓋から、無数の花弁が散っていく。枯れるように。蕾を付け直すこともないままに。折れた大樹は、枝先が地につこうとする端から、音もなく消滅していく。
幹が少し傾ぐ度に傘の先が消え去っていき、広く、広く、ついには幹が大地に触れようとして――。
ぱっと、落とした硝子細工が砕けるように、全てが塵へと変わった。
「わ……」
敷かれた花弁も、空舞う花弁も、その幹も、全ては煌めく塵へと変わる。
世界が春のように咲いていた。
桜色の、きらきらと輝くそれらには、先程の色艶ある毒気はもうどこにもなく……どこからか吹きつけた風に乗って、ついに消えていった。
●
「やれやれ、肉体労働は苦手なんだけどね」
フワは犠牲者を引きずりながら呟いた。抱えているのは遺体だ。
「祖父に教えてもらった桜の話では、花弁の下には無限の虚空や秘密が隠されていたのかもしれないけど……現実はそうじゃないからね」
ネイハムも淡々と作業をこなす。死者は安置し、生存者は容態ごとに歩かせるか運ぶか選ぶ。アルトは気を失った女性を担架に乗せた。
ざくろは担架を用意しつつ、並べられた遺体を見た。生存者は半分もいない。
「……ご遺体もちゃんと村に運んであげたいな」
ノアールは比較的軽症な被害者を立ち上がらせ、歩かせようとしている。旭とカズマは担架を運ぶ。まずは生存者が優先だ。ミィリアは生存者に温い砂糖水を配り、毛布をかけて介抱する。
彼女は最後に、気絶したまま運ばれていく、ハンターと思しき女性に声をかけた。
「もう大丈夫だから、お医者さんのところに行くまで、もう少しだけ耐えてね……っ」
そして彼女は目を覚ました。
「でっか! これで普通に花見が出来るんだったらサイコーなんだけどなー」
岩井崎 旭(ka0234)は額にひさしを作って、それを見上げた。
小高い丘の中央に陣取る巨大な桜。大きさだけでいえば、神霊樹に迫るほどだ。
遠く離れた場所から、ハンターたちはそれを見上げていた。
「……たった一本なのに、まるで桜の森の満開の様な花弁の量だね」
ネイハム・乾風(ka2961)は足元の花弁を一つ拾い上げて呟いた。
この辺りはまだ時折花弁が散っている程度で、森としての体裁を残している。ただ視線を少し上げるだけで、桜色の異世界が広がっていた。
遠目に見ているだけでも、その桜はひどく美しい。
「綺麗だけれど、人の命を吸い上げた薄紅色、なんだよね……」
ミィリア(ka2689)は悲しげに呟いた。どれほど美しくても、あれは歪虚。桜に関して並々ならぬ思い入れがある彼女は小さく溜息を吐いた。
「ざくろ、桜大好きだから、こんな魔物は許せない……それに救助を待ってる人が居るのなら、放ってなんて置けないもん!」
時音 ざくろ(ka1250)はぐっと握りこぶしを作った。
「綺麗な花にはトゲがあるものだけど、流石に生物の命を直接吸ってって言うのは怖いね」
普通の植物でも食虫植物とかあるけど、とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は幾らか呟く。
フワ ハヤテ(ka0004)は肩口に乗った花びらに、少し嫌な顔をした。
「やれやれ……久々の仕事にしては少々骨が折れそうなものを選んでしまったかな?」
厄介な能力だ。今しがた払い落とした何の変哲もない花弁は、その実、身動きを奪う毒であり死化粧である。
「さって、素敵にいやらしい敵と来たものだ」
龍崎・カズマ(ka0178)は一つ伸びをして、挑戦的に笑っていた。今回はパルムを二体連れている。
「あらあら……不思議な現象ねぇー」
ノアール=プレアール(ka1623)は手袋越しに桜の花弁一つを拾い上げた。サンプル用だ。
「いったいどういう経緯で桜を選んだのかしらー?」
「向こう……日本におけるとある桜は起源不明、同種は完全なるクローン、同種同士の交配はできず、周囲の別種の桜の遺伝子を汚染して増えているそうだがね」
カズマの言葉に、フワは暫く空を舞う花弁を見上げて答えた。
「その桜はこちらの雑魔が元なのかもしれないと? 突飛すぎやしないかい」
「言うだけならタダだろ」
カズマは額のバンダナを巻き直した。
「そんなことより、お仕事に集中するとしようか」
「よく分かんねーけど、ヴォイドだったらやるこたぁ一つだ。切り倒す!」
旭の言葉に、ミィリアは頷いた。
「皆を助けるためにも、一刻もはやく……!」
振動刀を担ぐアルトが踏み出した靴は、ついに土を踏まなくなった。
ここから先は、一面桜色の世界。
「歪虚だしね。綺麗だとしても伐採させてもらおう」
世界はにわかに変質していく。
丘の麓は最早尋常な世界とは隔絶していた。
――魔の花が香る。
ここは既に一つの異界だ。
●
目を奪うような桜の美しさは、陽の光すら桃色に塗り替えられたかのように思わせた。
美しさの質が変わったのを、皆確かに感じ取った。今にも飛び出して行きたくなる。その桜を、もっと近くで見ていたくなる。
もしこれが歪虚であると知らなかったならば、そのまま呑まれていただろう。
この美しさは清浄なるそれとはかけ離れたもの、釣り出すそれと変わらない。
美的感覚に働きかけ、死を誘う。環境のうちから特定対象を選別して生存に利用するという生態は植物らしいものだ。まぁ、生物ではないが。フワは述懐する。
「特殊なフェロモンでも出てるのかしらー?」
ノアールも似たようなことを考えたが、すぐに取り消した。
「どちらかと言うとミームウィルスに近いかしらねー、うーん気になるわー。もっと近くに寄って見てみた……あら?」
己の言動の行き着く先に違和感を覚え、ノアールは我に返った。危なかった。魅了されかけていた。
皆、一様に気を引き締めた。敵の攻撃はもう始まっていた。
「探究心にまでつけ込んでくるのか……厄介だね」
ネイハムはライフルを構える。もう少しで射程圏内だ。
ハンターは救助より討伐を優先した。でなければミイラ取りがミイラになるだろうと思われたし、今すぐに殺されるということがないのであれば、邪魔な桜を気にしながら救助するよりは先に憂いを断つべきだという判断だ。故に、全員が桜の幹を目指すことになる。
「シーザー、調子はどうだ!」
青い毛並みの軍馬(ゴースロン種)に跨がり、旭はその背を叩く。シーザーは気力十分とばかりに嘶いた。
「兼元、行ける!?」
ミィリアを乗せた同じくゴースロン種の兼元は小さく鼻を鳴らして答えた。
やはり動物が桜に囚われる気配はない。ならば問題なかろう。
旭とミィリアは、誘惑の効かない対象を頼ればいいと考えた。
「よし、お前に任せる!」
「行くでござるよ、兼元!」
そして二人は愛馬の首筋に顔を隠した。視野に入れないという選択は正しく、明らかに精神への負担が違う。
歩みは快調。ただ、大雪よろしく積もる花弁に足を取られるという点を除けば。それでも恐らく、自分で歩くよりも随分安全だろうと思われた。
「こっちにゃ桜といえばのミィリアもいるし、イケイケだな!」
旭は調子よく笑った。視界にちらちら入る花弁に気を取られないようにしつつ。
「さて、と。やや賭けにはなるが」
カズマは両肩にパルムを乗せると、バンダナを下ろして視界を塞いだ。
先んじて対策を練ろうと記録をあたったカズマだったが、記録も何も、ここに訪れたのは調査にやってきた覚醒者のハンター一人だった。その段階では敵の情報などなかったのだから、対策など全てぶっつけ本番だ。
カズマは視界に入れなければいいと考えた。
大丈夫、方角は記憶している。間違いがあっても、肩の二体に聞けばいい。
先程までの、意識を塗りつぶすような感覚は、もうない。
「行けるか」
カズマの問いかけに、パルムは震えているようだった。
「汚染がひどいよ」
「こわいけど、がんばるね」
やはりどれほど美麗でも、ここは汚染された土地。精霊には厳しいのだろう。しかし、彼らは怯える以上の反応は見せない。恐らく大丈夫だろうとカズマは踏ん切りをつけ、一歩を踏み出した。
そしてざくろたちはサングラスをかけた。
「こうすれば見える景色の色が変わって、少し残念だけど桜の美しさも半減すると思うんだ!」
セピア色の視界は確かにあの桜の魔性の桃色を退ける一助にはなっているようだ。ざくろはさらに防性強化をかけて、少しでも抵抗力を底上げする。
「多少は魅入られなくなってくれるといいね」
フワは厳しい顔で呟いた。効果は確実にあったが、また別の部分が気になりだす。桜の輪郭などはむしろ明瞭になったような気さえした。
花弁が散った一瞬の後には、また蕾がつき、開く、そのサイクルの素早さに興味を惹かれ、フワはぐっと目を閉じ、自分に風の魔術をかける。足元の花弁が舞い上がるのが不安だが、知らず花弁がまとわり付くということはなくなった。
「……眼帯の上からグラサンって、大丈夫なの?」
「なに、今回はその方がいいだろうさ」
ざくろの問いかけに、フワは笑って答えた。
「敵は巨大で分かりやすいし、なんとかなってくれると思うよ」
狙いを外すことはまずあるまいと、フワは思った。視界は確かにぼやけているし、耳にふたつも物を引っ掛けているごちゃごちゃとした状態はかなり気が散る。が、それも含めてそれでよしだ。あんな巨大な、しかも静止目標になど、目を瞑っていても当てられる。
「よし、それじゃあ、お先」
アルトはサングラスに加えて、極力素早く接近することを目標に入れた。つまり全力疾走。
マテリアルの限りの全速力で駆け出す。長引けば長引くだけ不利だというのは分かりきったことだ。こうしている間にも衰弱死する人がいるかもしれない。丘の上、やや盛り上がった地点を見てアルトは思う。
だが敵を斬るにはその刃の射程に収めねばならない。だからもっと前だ。ひたすら前、前に――あの桜の近くへ――足を取られる感覚でアルトはようやく我に返った。
「しまっ」
走っていた勢いそのままに倒れこむ体を認識し、アルトは反射的に手を地へと、いや花弁の絨毯へと向ける。
ついたその手から力が抜けていくのを感じて、アルトは咄嗟に手を引いた。
「くそっ!」
背を丸めて肩から花弁へ突っ込んでいく。そのまま前転の要領でくるりと花弁の上を転がると、跳ね上がるように立ち上がった。
「面倒な!」
ともあれ、転倒から桜に埋もれて行動不能になるという状況はなんとか免れた。背についた花弁を払うと、再度駆け出していく。
「まずいな」
ネイハムは呻いた。まさか銃の射程よりも敵の「攻撃範囲」が広いとは思わなかったのだ。射程に敵を捉える前に精神汚染が始まっていた。
前を行く味方を交互に見て意識を散らしつつ、状況把握に努める。旭とミィリアが最前線。アルトがやや後ろを追いかけている。カズマは視界を覆っているためやや歩みが遅い。ざくろ、ノアール、フワはその更に後ろだ。不自然な隆起は旭とミィリアの前方にはなく、カズマの前に一つ……舞い散る花弁のせいで見づらい。もう少し近寄らなくては。
「ちょっと、しっかりしてちょうだいねー」
「……っ!」
気付いたらしいノアールの声で、ネイハムは我に返った。少しでも意識に隙があれば、容易く滑りこんでくる。彼は踏み出しかけた一歩を引き戻し、まずは一発幹に見舞った。銃弾で木を折れるとは考えていないが……。
それにやや遅れて、旭とミィリアが幹へ到達する。
「旭、行くでござるよ!」
「ようやく、届く距離まで来たぜ……!」
皆の予想通り、幹は外と比べて魅了の影響力が低い。ここならば少しは安全に戦える。
旭が巨斧を振りかぶった時、渦を巻いて風が吹き始めた。
花弁が幕を引いて舞い始めた。
●
竜巻というにはやや穏やかで、突風というには圧が足りない。
ただ、風が引き連れる花弁たちに包まれれば、たちまち四肢の自由は奪われるだろう。猛毒と言って差し支えない。死の風と言ってもいいだろう。
雑魔は風を操り、ハンターたちの行く手を阻んだ。
「根っこで攻撃とかじゃないんだね……!」
半ば幹を頼りに前へ進んでいたアルトは、視界の殆どを花弁に包まれ怯む。この花の幕を抜ける頃には花弁だらけになっていそうだ。
「先に行くといい!」
その時、フワの風の魔術がアルトを包んだ。
「ありがとう!」
風の鎧が花弁を吹き飛ばす。魔術を頼りに花の壁を抜けたアルトは、どうにか幹へとたどり着いた。
「このやろ、風には風だ!」
旭は斧の平面をうちわのように使って、周辺の花弁ごと迫る花の幕を吹き散らした。
ミィリアは根本目掛けて振動刀を振り下ろした。
「必殺おサムライさんパワーでござる!」
ありったけのマテリアルを込めた一撃が、木の根本へと深々と突き刺さる。
「おぉらっ!」
旭も木こりがやるように斧を叩き込み、伐採にかかる。その傷へとネイハムが弾丸を打ち込んだ。
「的は狙いたいものだけれど、なりたい訳じゃないからね……」
風の幕が視界を遮るのを移動で避けながら、ネイハムは次の一発の狙いを定める。
ざくろは倒れ伏す人らしき隆起を見て、駆け寄りたくなる誘惑を振り払った。
「待ってて、まずはあのお化け桜を倒して、きっと助けるから!」
そして電動鋸を構え桜に向かって突撃していく。
フワはなるべく花弁の薄い幹へと火矢の術を放った。
「下手に燃えられても困るからね」
そしてぐっと目をつむり、手を傷つけて痛みで誘惑を退ける。ノアールも機導砲で幹を撃った。
倒れた犠牲者を飛び越え、カズマも幹へと到達する。その巨大な刀を振り回し、走ってきた勢いのまま幹へと叩きつけた。
「切り倒すなら浅い傷じゃあな!」
カズマは食い込んだ斬龍刀を引き抜いた。
「桜は儚いからこそ美しいんだもん、人の命を吸い咲き続けるなんて、ざくろ許さないから」
ざくろも電鋸を木に押し付ける。まさに伐採といった様子だ。
「花の風、来るよ!」
ネイハムの警告に合わせ、フワはカズマに風の防御をかける。
「邪魔すんな!」
カズマとアルトは魔術に守られ、ミィリアは咄嗟に頭を庇うが、ざくろの防御障壁が瞬間的に花弁を吹き飛ばした。旭は斧の一薙ぎで花の風を散らして、木こりのようにV字に傷をつける。
幸い風を起こす以上の能力はないようで、対処方法が分かれば対応は難しくなく、電鋸や振動刀に重量武器で執拗に幹を打たれた桜には、深い傷が刻まれていた。
「もう少しだよ!」
アルトが叫び、旭は背を向けるほどに斧を振りかぶった。
「食らえよ、俺の渾身の一撃を!」
飛びかかるような一撃で、その巨大な幹はついにぐらりと傾ぎ……そして、折れた。
「よっしゃあ!」
快哉が上がる。
巨樹は緩やかにその身を横たえていく。
大きく広げられたその天蓋から、無数の花弁が散っていく。枯れるように。蕾を付け直すこともないままに。折れた大樹は、枝先が地につこうとする端から、音もなく消滅していく。
幹が少し傾ぐ度に傘の先が消え去っていき、広く、広く、ついには幹が大地に触れようとして――。
ぱっと、落とした硝子細工が砕けるように、全てが塵へと変わった。
「わ……」
敷かれた花弁も、空舞う花弁も、その幹も、全ては煌めく塵へと変わる。
世界が春のように咲いていた。
桜色の、きらきらと輝くそれらには、先程の色艶ある毒気はもうどこにもなく……どこからか吹きつけた風に乗って、ついに消えていった。
●
「やれやれ、肉体労働は苦手なんだけどね」
フワは犠牲者を引きずりながら呟いた。抱えているのは遺体だ。
「祖父に教えてもらった桜の話では、花弁の下には無限の虚空や秘密が隠されていたのかもしれないけど……現実はそうじゃないからね」
ネイハムも淡々と作業をこなす。死者は安置し、生存者は容態ごとに歩かせるか運ぶか選ぶ。アルトは気を失った女性を担架に乗せた。
ざくろは担架を用意しつつ、並べられた遺体を見た。生存者は半分もいない。
「……ご遺体もちゃんと村に運んであげたいな」
ノアールは比較的軽症な被害者を立ち上がらせ、歩かせようとしている。旭とカズマは担架を運ぶ。まずは生存者が優先だ。ミィリアは生存者に温い砂糖水を配り、毛布をかけて介抱する。
彼女は最後に、気絶したまま運ばれていく、ハンターと思しき女性に声をかけた。
「もう大丈夫だから、お医者さんのところに行くまで、もう少しだけ耐えてね……っ」
そして彼女は目を覚ました。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/23 22:55:32 |
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サクラを折りに 龍崎・カズマ(ka0178) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/03/28 00:51:20 |