荒野に臨む

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/03/31 07:30
完成日
2015/04/08 00:07

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「あの森は、かつて『魔女の森』と呼ばれていた」
 馬上の老人は、高台から灰色の荒野を見晴らして言った。
 弟子の若い羊飼いも老人の視線を追い、荒野の中心に赤茶色をした森を認める。
「昼なお暗い、深い森だった。ここからではちっぽけに見えようが、
 好奇心から森へ立ち入って、それきり帰らない者も多かったと聞く。
 呼び名の通り邪悪な魔術師が棲むとも、歪虚の巣があるとも言い伝えられていた。
 かつてはこの荒地にも草が青々と茂り、放牧地として使われていたが、
 羊飼いたちはできるだけ森を避けるようにして羊を放していたものだ」

 老人は語り続ける。
「あるとき突然、よそ者たちが幾人も森へ踏み込み、木々を切り拓いて何かの建物を建てた。
 彼らは時の皇帝陛下より命を受けた術師であると名乗り、通りかかる羊飼いを追い払った。

 数年の後、森は三日三晩に渡って不思議な赤い光を放ったかと思うと、見るみる内に枯れ始めた。
 森に住み着いていた術師たちは、何かの機械を抱えて逃げ出した。
 やがて森を囲む草地も荒れ果て、一帯には凶暴な雑魔がうろつくようになった……」
「何が起こったのでしょうか?」
 弟子が尋ねるも、老人はただ、かぶりを振って、
「森が枯れ始めたのは12年前。
 辺りの住民も革命に巻き込まれ、森を気にするどころではなかった。
 新皇帝即位の直後に、軍の基地が置かれた。あれがそうだ」
 荒野に臨む、砦柵で囲われた小さな陣地。
 ごま粒ほどの大きさで辺りを動き回る影は、騎馬の兵士たちだろうか。
 荒野の側にも、黒い点としか見えない何かがちらほらと動いている。
「基地は、森から湧き出る雑魔どもを外へ逃がさぬよう、見張りの為に作られたそうだ。
 兵士たちを除いて、今では荒野へ近づく者すらいない……、
 毒が、土地に残っているのだ。私たちの代の内に緑が戻ることも、最早ないだろう」
 老人は馬の頭を巡らせて、元来た道を引き返し始めた。
 弟子はしばし居残って荒野を見渡すが、やがて老人の後を追った。


 錬魔院院長、ナサニエル・カロッサ(kz0028)。
 毎日研究室に籠っているか、実験の為に出かけているかの彼だったが、
 その日は珍しく自身の執務室へ立ち寄り、卓上に積まれたサイン待ちの書類の山に手をつけた。
 彼が取り上げた書類は、帝国軍の報告書。錬魔院管轄下の汚染区域に関する定例の報告であったが、
 今回はそれに加えて、監視体制の強化を求める嘆願書が添えられている。
 考えなしにサインしてしまった後で、改めて中身を読み始めた。
『剣機襲来以降、雑魔の発生数及び哨戒線への接近事例は増加の一途を辿り、
 今年度中にも現地戦力での対応が困難なレベルに達すると予想され……』
 雑魔の観測記録にざっと目を通すと、
 ナサニエルは他の書類束を払い落し、その下に隠れていたブザーを押した。

「あんたがこの部屋にいるの、初めて見たな」
 クリケット(kz0093)は、床に散らばった紙を踏みつけないよう慎重に歩きながら、
 ナサニエルが就いた黒壇の事務机に近寄る。
「魔導型CAMの搬送作業なら問題なしだ。試乗会で使った機体の設定調整して、
 調整後のデータを組み立て終わった奴に片っ端からぶち込んで、トレーラーに積んどいた。
 試乗会んときに大慌てさせられたお蔭かな、スタッフも大分仕事に慣れてきたし、
 お上の無茶振りもそう悪いことばかりじゃ……」
 ナサニエルが書類を差し出した。受け取って、
「……汚染区域? ああ、この間の」
「そうです。『ラズビルナム』、我々が管轄する汚染区域でも最大規模のものでしてね。
 貴方も見たでしょうが、近頃、あちらでは雑魔が大量発生してまして」


「本来、ラズビルナムの監視と管理は我々錬魔院の役目なのですが、
 現状は帝国軍に業務を委託している形でして……、
 あちらとしても軍内部で多少特殊な立場に置かれているので、
 一口に現地部隊の増強といっても、そう簡単に予算が引き出せる状態じゃないんですよ。
 今は辺境領もあの状況ですしね。そこで、我々にお鉢が回ってきた訳です」
「しかし、うちだって国軍直下とはいえ研究機関に過ぎない訳だから、
 兵隊送ってくれったって、軍のようには行かないわな」
「ええ。ですので、とりあえずこちらで予算を組んで設備強化と現地状況のより詳細な調査を企画し、
 必要な人員はハンターから調達してしまおうかと。
 魔導型CAMは宙軍に一旦お返しして、我々の手を離れた。その暇で現場監督をお任せします」

 CAM移送がひと段落すると、クリケットはすぐさまラズビルナム調査の準備に取りかかった。
 まずは先日テストが終わったばかりの新型マテリアル観測装置3台を調達する。
 比較的広範囲の索敵が可能な大型機1台を基地に置き、残りの小型機は屋外での調査に用いる予定だ。
 他、魔導トラック1台を手に入れて現地での足としたが、
「こっから後はハンターに手伝ってもらうとして……、
 ラズビルナム。どういう経緯で汚染されたのかは、教えちゃもらえないんだな?」
 その質問をぶつけられると珍しいことに、ナサニエルが一瞬言葉に詰まった。
「……教えたいのは山々ですけどねぇ、アレは私がこのポストに就く前からあのザマでしたから。
 汚染発生直後に革命のごたごたがあって、資料は紛失、当時の主要な研究員たちも今はおらずで。
 錬魔院旧体制の負の遺産、ってとこですかねぇ。
 片づくものなら片づけたい。その為の準備を、貴方にお願いしてるんですよ」


 ごく僅かな残存資料をかき集め、更に推測で補った限りのこと。
 汚染は森を発生源とし、雑魔もそこから湧き出ている。
 生物学上は死体である筈の雑魔が繁殖し続けている原因は不明だが、
 森を囲む荒野が広大な為、監視を逃れて外部から動物や亜人が侵入しているのかも知れない。
 あるいは、内部に蓄積した負のマテリアルが膨大な量である為、
 強力な歪虚を頂点として疑似的な生態系が形成された可能性もある。
 その場合、食物連鎖の最下層に位置するのは汚染に強い植物や小動物、
 ないしは特殊な鉱物のように、正のマテリアルを保持した物質である。
 それらを歪虚が『摂取』、負のマテリアルに変換する過程で、新たな雑魔が発生する仕組みだ。

 正のマテリアルの供給は大型の歪虚が独占している為、
 そこからあぶれた雑魔は、マテリアルを破壊・汚染したいという『本能』に導かれ、
 獲物を求めて外部へ脱出を試みる――という仮説。
(結局は、この目で確かめるしかないな)
 森を調査したい。だが、汚染による調査員へのダメージを考えると、
 メンバーを覚醒者で統一した上、様々な防御手段を講じなければならない。
 調査隊発足に向け、まずは帝国軍駐屯基地を足がかりとする必要があった。

リプレイ本文


 真っ先に必要な仕事は、物資の調達先と輸送ルートの確保だった。
 エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)とシルヴァ グラッセ(ka4008)の2名は、
 ラズビルナムから何10キロも離れた『最寄り』の町へ買いつけに向かった。
『補給基地の輸送力』
 道すがら、エヴァがびっしりと書き込まれたスケッチブックを広げてみせる。
 補給ルートは交渉の結果、軍のそれに便乗することが可能となったが、
 傭兵であるハンターが消費する物資の仕入は、こちらで都合をつけておかねばらならない。
『必要物資一覧 ※施設建造の為、木材・工具を早急かつ大量に!』
 エヴァがスケッチブックをめくると、シルヴァが溜め息を吐く。
「何だか大忙しになりそうですね。
 こんな大きな買い物したことないから、感覚が狂っちゃいそうです」
 手元のメモで、クリケット――錬魔院から提示された予算額を確認し、また溜め息。エヴァも、
『貧乏人には嬉しいやら苦しいやらの仕事だね』

 それでも、倹約家のシルヴァが持前の勘を働かせ、エヴァのまとめた調達計画をひとつひとつこなしていく。
 輸送の足となるトラックは錬魔院経由で購入予定、
 帝国軍補給基地と共用することで、運搬の人手を確保できそうだ。
「もう一度確認させて下さい。向こうの備蓄スペースは」
『保管庫 建設計画』
「ふむふむ、やっぱり水が場所を取りますね。
 現地で使える水源があれば、スペースもコストも浮いてお得なんですけど……」


「水をいちいち外から運ばないといけない、ってのは厳しいよね」
 補給基地を訪れた内田 真奈美(ka1711)が、軸重部隊の士官を前に呟く。
 士官はラズビルナムへの輸送全般を仕切っており、補給の現状を知る上でコンタクトの欠かせない人物だ。
「あちらは陸の孤島みたいなもんだからねぇ。
 元々放牧地で、今は汚染区域。人が定住しないから開発もされてない」
 と士官が言うと、
「生活に必要な水が現地で確保できれば、そこら辺も変わる、と思うんだけど」
 真奈美は布や砂利、炭を使った濾過機の設置を考えていた。
 飲用を除いても、その他の生活用水を賄うことができれば、拠点運営に色々の余裕が生まれる筈だ。
「そこは調査待ちとして……先々のことを考えると、もっと人を呼び込んで、周辺環境を整備しときたいなぁ」
「そりゃ難しいね。汚染が解決しなけりゃ、何にも使えない土地だもの」
「いっそ、魔導機械の試験場ってことでどうかな? 広いし人里離れてるしで悪くないと思うんだけど」
「それならついこないだ、錬魔院の兵器実験をあっちでやったと聞いたけど。
 でもねぇ、雑魔がひっきりなしに湧くし、本格的な実験場建設は安全性の問題があるんじゃないかな」

 ラズビルナム、煮ても焼いても食えない土地だ。
 改めて魔法公害の厄介さを思い知らされる。と、
「難しい問題は後に回して、他のことをもっと詰めてこうよ!」
 オキクルミ(ka1947)が助け船を出した。自作の出納帳を広げ、
「保存食の種類はさっきので全部かな?」
「三食ザワークラウトになっちゃいそうだけど」
 真奈美が苦笑する。鉱物資源に乏しい西方世界では缶詰の大量生産が難しく、
 非密封で保存可能な食料が重宝されるので、どうしても干物や塩蔵、発酵食品ばかりになってしまう。
 輸送の便も考えると、樽や瓶に詰め易いザワークラウトはうってつけだった。
「俺は好物だから良いけどなぁ。自分でも漬けたりするよ」
 士官が言うと、隣に座っていたオキクルミが、
「ホント!? 料理のできる男の人って、ボク、好きだなぁ。
 もし良かったら、基地へ送る分にも混ぜてもらえる?」
「お、おう」
「それでね、書類の書き方なんだけど、こんな感じでどうかな。キミから見てこれが抜けてる~とかある?」
「えーっとね、うん……」
 打ち合わせの合間、オキクルミはさり気なく士官の手を握って、こまめに礼を言う。
 基地を訪ねた際は茶葉や甘味、酒の付け届けを添え、士官も満更でもない顔だ。
 そんな彼女の手管に、真奈美は内心舌を巻く。
(元演劇部として……この技は是非見習いたいね!)


「初めまして、エイルと言います。任務お疲れ様です」
 エイル・メヌエット(ka2807)。
 ランチの詰め合わせとワインを、ラズビルナムの現地部隊に振る舞った。
 日頃保存食ばかりの兵隊たちにこの戦略は効いたようで、打ち合わせは和やかに進む。
「皆様、体調はいかが? 良かったら診察もしますから」
「何から何まで済みません。衛生兵たちも助かりますよ」
 隊内にも軍医は常駐しているが、覚醒者ではない為、魔法での迅速な治療ができない。
 調査隊が設立され、ハンターが頻繁に訪れるようになれば、極めて大きな助けが得られることになる。
「こちらとしても、今後お宅には色々お世話になりますからねぇ」
 壬生 義明(ka3397)も丁寧に挨拶回りをしておく。
 彼とエイル、そして鹿島 雲雀(ka3706)は、基地の設備強化が担当だ。
 1日2日で終わるような作業量ではない為、駐屯部隊の協力は必須だった。

 しばしの歓談の後、エイルが切り出す。
「まず第一に、調査の中心となるマテリアル汚染の検査室が必要です。
 サンプルの検査と保管、資料管理等を担う施設ですね。
 また、汚染や戦闘による人的被害に備え、救護棟の増設を考えています。
 加えて衛生関係の整備……廃棄物や汚物の焼却炉、簡易便所と入浴所の用意も不可欠と思われます」
 討議の結果、各施設の日常管理は部隊員が行い、調査活動前後にはハンターが手伝うことになった。
「雨水浄化槽……については真奈美さんと、汚染調査班からの連絡待ちでしょうか」
「それじゃあ、次は俺の案を」
 義明の担当は、主に防衛設備の増強だ。
「四方に鐘つきの物見櫓を置いて、敵襲に即応できるようにしたいねぇ。
 それと、柵の外側に壕を巡らせて……コボルドを防げる程の幅は難しいかもだけど、
 あの、サイみたいな雑魔? ここらに良く出るでしょ」
 以前、新型魔導銃の実射試験に参加した際に、義明はラズビルナムの雑魔と交戦していた。
「多少の溝でも、あれを防ぐにはかなり役立つと思うんだよねぇ。
 柵ももう少し高く、2重にできれば良いんだけど」
 そこまで話したところで、外から不意の爆発音が響く。
 皆、何ごとかと思ったが、少し遅れて雲雀が駆け込んできた。
「済まん、見回りついでにトラップの実験しててさ」
 謝りつつ会議の席に着くと、基地周辺の地図を配る。
「平地にぽつんと基地がある形だから、どうしても包囲に弱い。
 数で圧されたときに備えて、面制圧のできる武器を用意しときたいんだ」
 雲雀が持ち込んだのは、マギア砦防衛戦の際に使用された簡易爆弾の再現案。
「火薬を炸裂させて金属片をバラ撒く代物なんだけどよ。
 巨人相手にすら効果を発揮したから、かなり有用だと思うんだわ」

 調達可能な物資の範囲内で製造が可能か、砲兵上がりの兵士も交えて検討された。
 義明の設備案とも連携し、全体的な防衛作戦の作成にも踏み込む。
「保管庫は複数設置して、今ある奴は武器弾薬の専用にしちまおう。動線を考えて……」
「厩舎も広げたいしねぇ……」
「……後は司令部か。伝話機を移して、あとアレだ、観測装置? ありゃどうなった」
「不具合があって再調整中だった筈です。訊いてきますね」
 エイルが席を外して見に行くと、ちょうど、クリケットが屋外で作業を終えるところだった。
 スイッチを入れれば、球形の真空管の内部を電光が浮遊する。早速、感知範囲内の歪虚の位置を示したようだが、
「正確な数は分からん。が、結構な数が集まってる。哨戒線近くに」
「外回りの方々は、大丈夫でしょうか?」
 エイルが魔導短伝話にて、汚染調査と雑魔駆除に向かった面々へ連絡すると、
『悪ぃが取り込み中だ! 後でかけ直す!』


 ――と答えたのはエヴァンス・カルヴィ(ka0639)。
 同行のテリア・テルノード(ka4423)と共に騎馬にて哨戒線付近を回っていたが、
 後方を移動していたメトロノーム・ソングライト(ka1267)とリュカ(ka3828)が、
 8体ほどの雑魔の群れの接近を確認したらしく、応援に駆けつける。
 これまでもふたりで、歪虚化したコボルド4体ほどを駆除していたのだが、
「いよいよひでぇところだな。俺みたいなガサツもんには向きな現場かも知んねぇけど……!」
「本当、酷い状態のようだね。魔法公害とはこれ程のものか」
 エヴァンスとテリアは早めに下馬し、哨戒線を越えた雑魔の列に横合いから仕掛けた。
「数は多いが、ひとまず同じ手筈で行くぜ!」
「了解、援護する!」
 エヴァンスが大剣を振りかざし、コボルドの群れに割って入る。
 殺到するコボルドたちを、離れた距離からテリアが拳銃で牽制した。

「プリン、駄目っ」
 メトロノームが、雑魔に吠えつくペットのゴールデンレトリバーを馬上からなだめる。
「援護したほうが良さそうだ。犬をこっちに。私の弓なら、ここからでも届くから」
 リュカが犬の引き縄を預かり、メトロノームを魔法の射程まで進めさせた。
 動きの素早いコボルド6体が、たったひとりの前衛であるエヴァンスに群がる。
 更にその奥から、2体の大型四足獣がこちらへ向かっていた。
 兎に角数を減らさねば、押し切られてしまう。メトロノームはワンドを掲げた。
(精霊よ……願わくば、枯れ穢れたこの地に在りても、マテリアルの恵みもたらし給え!)


「歪虚が倒し放題、まるで定食のご飯のようだな」
 クリスティン・ガフ(ka1090)。
 『クロちゃん』と名づけた軍馬・ゴースロンの巨体にまたがり、雑魔の群れと対峙した。
 同じく巨馬を駆るキヅカ・リク(ka0038)と、辺境産重装馬の榊 兵庫(ka0010)の3人で、
 こちらも雑魔駆除の任に当たっていた。リクが言う。
「ええと……つまり、お代わり自由、ってことかな」
「もう3匹ばかり仕留めて、まだまだ来るんだからな」
 兵庫はクリスティンと轡を並べ、コボルドたちへ拳銃を発砲した。
 何体かを倒したところで距離が詰まってくると、騎馬突撃に備え、
「下がるぞ!」
「クロちゃん、速歩(はやあし)!」
 後退しつつ射撃を継続、リクも後衛から水中用アサルトライフルで狙撃を行った。
 コボルドの後続に大型獣4体、
 背峰を灰色の甲殻で覆われ、岩のようにごつごつとした不格好な頭部からは1本角が突き出る。
(元が何の動物だったのかも分からないな。
 それだけの汚染ということか。未だに浄化の技術が確立されてない帝国で……何か、方法を見つけないと)
 思いを巡らしつつも、まずは目前の戦闘に集中する。
 
 敵先鋒が哨戒線を踏み越えた。
「クロちゃん近接!」
 クリスティンが魔導鋸のモーターをオンに入れつつ、突撃をかける。
 長い柄の先、自動回転する丸鋸で、すれ違いざまにコボルドを切り裂いた。
「はぁっ!」
 畳みかけるように、兵庫も槍を携え突進する。
 片鎌槍の穂先で敵を切りつけ、すぐさま離脱、反転、クリスティンと共に再度の突撃へ。
 ゴースロンの巨大な脚が、小柄なコボルドを易々と蹴りつけ、押し退けた。
 続く兵庫も負けじと槍を振るい、取りこぼしを拾っていく。
 散らばった敵はリクの水中銃の、針のような弾丸で串刺しにされた。
 コボルドを一掃したところで、ちょうど大型獣が戦線に到着。兵庫が、
「残るはデカブツだけだ。クリスティン!」
「応ッ!」
 敵の角をかわして、槍で突きかかる。マテリアルを込めた必殺の一撃の筈が――
(硬い!)
 甲殻に弾かれてしまった。深追いはせず、冷静に距離を取る。
(もっとゴツイ馬上槍でないと突き通せないか)
 クリスティンの魔導鋸が敵の殻を削り、その下の柔らかい皮膚を露出させた。
 そこへリクの射撃が突き刺さり、1体に深手を与える。

「もう1度行くぞ、クロちゃん!」
 ゴースロンの巨大な蹄が、灰色の土を蹴上げた。
 大型獣の群れはのしのしと歩き回り、こちらへ頭を向けて待ち構える。
(頭の位置が低い。すくい上げる!)
 回転鋸を地面すれすれまで下ろし、相手とぶつかる寸前で馬を横へ避けつつ、振り上げた。
 角ごと顔面を切り裂かれた大型獣がどう、と倒れれば、兵庫が槍で喉を突き、止めを刺した。その間、
(弱点を晒すよう、方向を変えさせる)
 リクが射撃で気を惹いて、残りの敵を後ろ向きにさせた。
 無防備な背後から、クリスティンと兵庫が連携して仕留めていく。
「こいつで最後だ!」
 兵庫の馬が敵の鼻先をかすめて、注意を逸らす。
 クリスティンが横合いから、甲殻のない首に鋸を打ち下ろせば、茶色く濁った血が勢い良く吹き出した。

 そうして周囲に敵がいなくなると、
「良くやったな」
 クリスティンが馬の首筋を軽く叩いて、息を鎮めさせた。
 兵庫の馬も、繰り返しの突撃で息が荒くなっている。
「馬の疲労が早い……潮時だろう」
「僕も賛成だ。基地からも遠いし、余裕のある内に帰ったほうが良い」
 リクは言いつつ、持参の地図に何やら書き込みをした。
「1班が心配だけど、今のところ救援要請はないし……、
 ここらの敵は片づいた。馬を休ませつつ、ゆっくり戻ろう」


 前衛のエヴァンスが退いた。すかさず、メトロノームがスリープクラウドの魔法を撃つ。
 青白い催眠ガスの雲が、コボルドの群れに降りかかった。
 雑魔化間もない個体は、まだ動物としての生理の名残りがあるようで、
 群れの内2、3匹が効果を受けて昏倒した。
「ありがてぇ!」
 敵の圧力が弱まったことで、エヴァンスも反撃のチャンスを得た。
 眠らなかった敵が追ってくるのを、大剣で薙ぎ払う。
 剣に封じられた風の魔法が、地面から石つぶてを散らしてコボルドの鼻面に叩きつけた。
 凶暴なラズビルナムの雑魔たちも、これには怯んだ。
(1匹1匹、細かく相手にしてらんねぇ)
 長大な剣を渾身の力でフルスイングすれば、目前の2体の胴がひと振りでまとめて叩き切られる。テリアも、
「マギア様の御加護あれ!」
 拳銃を連射、遠方からのリュカの弓と併せて、残るコボルドを倒していった。
 その後ろから迫り来る、大型獣2体。
「片方、引き受けたよ」
 後退しつつ、銃撃で1体をエヴァンスから引き離した。
 更にメトロノームの放った炎の矢が敵の横腹に命中、転倒させる。
 1度転がしてしまえば、重い甲殻が災いしてそう簡単には起き上がれない。
 テリアは慎重に近づくと、至近距離から銃弾を頭部に撃ち込んだ。

 エヴァンスを襲った最後の1体。
「そのまま真っ直ぐ来い――」
 敵の突進の勢いをも利用して、真っ向から剣を振り下ろす。
 一刀両断、大型獣の頑丈な頭をかち割った。
 つんのめるようにして死んだ敵を見下ろしながら、エヴァンスは深く息を吐く。
「ふうぅぅ……っと。ま、こんなもんか。調査のほうはどうよ?」
 リュカがメトロノームの犬を連れて、馬を仲間へ近づけていく。
「概ね予定通りに。ここらの土と水をひと通り、採取しておいたよ」
「わたしも問題ありません。後は、基地の近くの泉を調べるだけですね」
 メトロノームも、サンプルを収めた小瓶を示してみせる。
 哨戒線付近の雑魔の群れは粗方潰し終えた。
 エヴァンスとテリアは馬にまたがり、メトロノームとリュカに続いて基地へ帰還する。


 その日の夜、外回りの面々が戻り、汚染調査の結果も出揃ったところで、食堂に集合がかけられた。
 クリケットが座長となって、各班に報告を求める。

 まずはエヴァが挙手し、報告書代わりのスケッチブックを皆へ向けて広げた。シルヴァが、
「速やかな調達が望まれる物資――建材や輸送車両については、都合がつきそうです。
 食料、雑貨、医療品等も、皆さんの要請通りに揃えられました」
「そのスケッチブック、後で貸してね!
 出納帳を作ったから、今後はそれで物の出し入れを管理していきたいんだ」
 オキクルミが言うと、エヴァは頷きつつ、他の仲間へ視線をやる。
 足りていないものがないか、確認を求めているようだ。エイルがスケッチブックへ顔を寄せ、
「汚染の検査器具については? クリケットさん」
「俺のほうでまた新しく調達中だ。全部揃えば、もっと詳しく調べられると思うよ」
「そうそう、今回の調査結果は? 私の考えたような濾過機で、水を飲めるようにはできるかな」
 真奈美が尋ねると、テリア、メトロノーム、リュカの3人が検査試薬の詰まった瓶をテーブルに並べ始めた。

「各地点の水質の現状です。採取場所は、ラベルと地図の符号で確認して下さい」
 メトロノームが説明する。検査試薬はそれぞれ水色、青、濃紺の3色に分かれている。
「まず、基地付近の泉です。この水色の……汚染は軽度ですね」
「地下からの湧き水はそれほど汚染が進んでいない。
 濾過機を使うなら、まずは泉の水を浄化できるかどうか試すと良いだろうね」
 言いつつ、リュカがより色の濃い試薬を前へ押しやる。
「後は全て、雨水の水溜りからだ。川はこの辺りにないから……」
「雨水は使えそうにない、ってこと?」
 真奈美が言うと、テリアが、
「蒸散の過程で汚染の濃度が増したとも考えられるよ。実際、大きい水溜りほど汚染が薄いみたいだ」
「泥水の場合は土の汚染も含まれますからね。
 直接、雨水を受ければ汚染はそれほどではないかも。土はこちらに」
 メトロノームが土のサンプルを見せる。
 汚染の濃度は地形によるものか、多少の誤差はありつつも、
 基本的には哨戒線から遠ざかる程、薄まっていくようだった。

「次は防備の問題だねぇ。雑魔の湧き具合は?」
 義明が、エヴァンスら駆除班に質問する。
「今日駆除しただけで20匹くらいか? 手広く見回ったとはいえ、かなりの数だな」
「私たちは無事だったが、万が一を考えると、医薬品の調達は多めにやったほうが良い」
 クリスティンが言い、救護施設担当のエイルもメモを取る。兵庫は、
「コボルドにかき回されたところへ、頑丈な大物に突っ込まれると危険だ。
 効率的に駆除を進めるなら、強力な火力が欠かせないと思う」
「俺様の爆弾でまとめて吹っ飛ばせりゃなぁ。
 でも、ここの連中が作り方に慣れるまで、そうそう量産はできねぇ。
 しばらくは防御優先に使っていく。地雷の配置はこんなもんだ」
 雲雀が自前の地図を取り出すと、リクも哨戒線付近のそれを取り出した。リュカの地形調査とも照らし合わせ、
「敵が溜まり易い場所を考えて、侵攻ルートを予測しておこう」
「馬や車の出入り口も工夫しないとだねぇ。物見櫓はすぐ作れそうなんだけど……」
「倉庫のサイズも見直しとくかぁ。大事なモンはもっと内側に集めて……」
 エヴァも自分のスケッチブックに、基地の完成予想図を書きつけていく。
 討議はそのまま、夜更けまで続いた。


 夜半、クリスティンは厩舎へ馬の様子を見に行った。
 厩舎が手狭なせいもあるが、どうも様子が落ち着かない。何度も飼い主を呼んでいなないた。
「良しよし、今日は拾い食いもしないで偉かったぞ……」

「やはり、動物は何か感じているようだね」
 夜風に当たろうと、表に出たリュカとメトロノーム。
「プリンも、普段より落ち着きなかったですし……」
 メトロノームは調査中に見た、赤く染まった森を思い出す。
(遠目に眺めたあの場所でさえ、頬を撫ぜる風が痛いと感じたのは、ただの錯覚でしょうか)

「ヒトの業故の、この有様か。かつては緑豊かな土地だったようだけど。
 私たちエルフとて森を失えば、もはやヒトの愚かさを嘲るばかりではいられない。
 生き抜く方法を探さなければ、この荒れ果てた地でも……」
「目を背けているばかりでは、何もできませんね」
 ふたりは基地の柵越しに、遠く森の影を見る。
 ラズビルナムの森は月明かりの下、不気味な赤い幽光を放っていた。

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MVP一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038
  • 赤髪の勇士
    エヴァンス・カルヴィka0639
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフka1090
  • 答の継承者
    オキクルミka1947
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエットka2807

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 雄弁なる真紅の瞳
    エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029
    人間(紅)|18才|女性|魔術師
  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 赤髪の勇士
    エヴァンス・カルヴィ(ka0639
    人間(紅)|29才|男性|闘狩人
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • アルテミスの調べ
    メトロノーム・ソングライト(ka1267
    エルフ|14才|女性|魔術師

  • 内田 真奈美(ka1711
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 答の継承者
    オキクルミ(ka1947
    エルフ|16才|女性|霊闘士
  • SKMコンサルタント
    レイ・T・ベッドフォード(ka2398
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • Entangler
    壬生 義明(ka3397
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 無類の猫好き
    鹿島 雲雀(ka3706
    人間(蒼)|18才|女性|闘狩人
  • 不撓の森人
    リュカ(ka3828
    エルフ|27才|女性|霊闘士

  • シルヴァ グラッセ(ka4008
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士

  • テリア・テルノード(ka4423
    人間(紅)|24才|女性|聖導士

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アイコン 相談卓
壬生 義明(ka3397
人間(リアルブルー)|25才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/03/31 00:33:11
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/03/27 23:16:51
アイコン クリケットさんに質問
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/03/29 22:47:11