ゲスト
(ka0000)
【偽夜】眠り姫
マスター:サトー
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/06 19:00
- 完成日
- 2015/04/13 01:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「はぁ……はぁ……はぁ……」
雲のような息を靡かせ、一人の少女が走りゆく。
暗黒の世界、一切の光無く、一寸先も見えぬ闇の中を、少女はただただひた走る。
足跡は波紋のように広がり、ぴちゃぴちゃと液体を弾く音だけが妙に響いている。
「止めて……来ないで!」
少女は両手を振り乱して、長い黒髪を振り乱す。
何も無い。少なくとも、何も見える者は無い。それでも、少女は何かに怯えるように、何かを振り払うかのように嫌嫌と首を振って、目を瞑って当てども無い道のりを彷徨い続ける。
「いや……もう嫌……誰か助けて」
呟きが闇の中に木霊する。けれど、応じるものは何もない。
恐怖が熱を帯び、願いは悲しみに沈み、足元の液体はヘドロのような泥状になり、脚に纏わりついてくる。
振り払い、打ち捨てようとも、頑固さを失おうとはせず。へばりついてはこびりつき、瘡蓋のように身体を覆おうとする。
「誰か……誰か……」
幾重にも絡みつく亡者の手が足並みを乱し、執拗に妨害を続ける。
それは、少女を引きずり込むためか、はたまた引き止めるためか。善意なのか、悪意なのか。混乱している少女には、その判断はつかない。
喘ぐ闇に望みは見いだせず、懇願する泥濘は虚しく耳を通り過ぎる。
不意に、何か温かい風が頬を撫でて行った。
「え……?」
遠くに見える明かり。何の明かりかは分からない。でも、温かい。何か、心が温かくなる風が、そこから吹いてきている気がした。
少女は走る。
闇の中、突如現れた明かりを目指して。遠く背後、そちらにも眩い光があるのも知らずに。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
背後から迫る足音。一つ、二つ、いやもっと沢山。
無数の足音に追われ、少女の足は速まる。
「来ないで……お願いだから、もう」
振り切れない。
どんなに一生懸命走っても、足音は振り切れない。
ぴちゃぴちゃと足を濡らす液体。
早く、早く辿り着かなければ――。
近づくにつれ、明かりの概要が分かった。
家だ。
一軒の民家。見覚えのある民家。……私の家。
少女は走る。
追って来る者を振り切りたくて。振り切れなくて。
あと少し。もう少し。
ドアノブへ伸びた手。けれど、戸は勝手に開いて――。少女を中へ誘った。
「どうしたんだ、ローザ。そんな息を切らして」
「あら、ローザさん。汗びっしょりよ」
「お父様……お母様……」
「何かあったのかい? ローザ」
「あぁ、ルシオさん……」
「どうしたの? お姉ちゃん。何か怖い事でもあった?」
「イーダちゃんも……」
「ルシオさんとは他人行儀だな。僕らは恋人なんだ。ルシオでいいよ」
「そうだとも、ローザ。ルシオ君は、直に私の息子にもなるんだからね」
「まあ、お父さんったら」
「早くお姉ちゃんと一緒に暮らしたいな」
少女――ローザを出迎えたのは、よく見知った4人。ローザは安堵の息を吐く。
ここは大丈夫だ。ここにいれば、もう何も怖くない。
「そうね。そう……。もう大丈夫です。もう……」
ローザの背後で、ゆっくりと戸が閉まる――。
●
「どうですか? 先生」
グイーダの問いに、医師は目を伏せる。
「残念ながら、変わりはないね」
「そうですか……」
グイーダの溜息が病室に響く。
目の前のベッドに横たわる少女は、ただ熟睡しているだけのようで。すやすやと穏やかな眠りにつく少女を、グイーダは悄然として見つめた。
「……君も、あまり根を詰めすぎないようにね」
そんなグイーダを置いて、医師と看護士はその場を離れる。居たたまれない気持ちが、そうさせたのだ。
ベッドに眠る少女、名をローザと言う。
彼女は、暫し前、スミレの花畑にてゴブリンらに襲われ重傷を負った。特に、顔と右腕の傷は深い。手術は成功したものの、未だ巻かれた包帯の下の顔には大きな傷跡が残り、右腕は動くようになるかも分からないのが現状だ。
そして、何より意識が未だに戻っていない。もうじき一月が経とうというのに。
一命は取りとめた。なのに、意識だけがどうしても回復しない。まるで、精神が肉体を拒んでいるかのように。
医師は病室の入口で、もう一度ベッドを振り返る。
それは、姉と慕い看病を続けるグイーダへの心配であり、眠り続けるローザの心の平安を祈ってだ。
彼女はまだ15歳。にもかかわらず、女にとって大切な顔に大きな傷を残した。そんな彼女を支えてくれるはずの両親は、その時彼女を庇って既にこの世を去っている。もう彼女には身寄りが無いのだ。
それはどれだけ過酷な道のりだろうか。
この先の少女の人生を思えば、もしかしたら、このまま目を覚まさない方が良いのかもしれないと思いながら――。
雲のような息を靡かせ、一人の少女が走りゆく。
暗黒の世界、一切の光無く、一寸先も見えぬ闇の中を、少女はただただひた走る。
足跡は波紋のように広がり、ぴちゃぴちゃと液体を弾く音だけが妙に響いている。
「止めて……来ないで!」
少女は両手を振り乱して、長い黒髪を振り乱す。
何も無い。少なくとも、何も見える者は無い。それでも、少女は何かに怯えるように、何かを振り払うかのように嫌嫌と首を振って、目を瞑って当てども無い道のりを彷徨い続ける。
「いや……もう嫌……誰か助けて」
呟きが闇の中に木霊する。けれど、応じるものは何もない。
恐怖が熱を帯び、願いは悲しみに沈み、足元の液体はヘドロのような泥状になり、脚に纏わりついてくる。
振り払い、打ち捨てようとも、頑固さを失おうとはせず。へばりついてはこびりつき、瘡蓋のように身体を覆おうとする。
「誰か……誰か……」
幾重にも絡みつく亡者の手が足並みを乱し、執拗に妨害を続ける。
それは、少女を引きずり込むためか、はたまた引き止めるためか。善意なのか、悪意なのか。混乱している少女には、その判断はつかない。
喘ぐ闇に望みは見いだせず、懇願する泥濘は虚しく耳を通り過ぎる。
不意に、何か温かい風が頬を撫でて行った。
「え……?」
遠くに見える明かり。何の明かりかは分からない。でも、温かい。何か、心が温かくなる風が、そこから吹いてきている気がした。
少女は走る。
闇の中、突如現れた明かりを目指して。遠く背後、そちらにも眩い光があるのも知らずに。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
背後から迫る足音。一つ、二つ、いやもっと沢山。
無数の足音に追われ、少女の足は速まる。
「来ないで……お願いだから、もう」
振り切れない。
どんなに一生懸命走っても、足音は振り切れない。
ぴちゃぴちゃと足を濡らす液体。
早く、早く辿り着かなければ――。
近づくにつれ、明かりの概要が分かった。
家だ。
一軒の民家。見覚えのある民家。……私の家。
少女は走る。
追って来る者を振り切りたくて。振り切れなくて。
あと少し。もう少し。
ドアノブへ伸びた手。けれど、戸は勝手に開いて――。少女を中へ誘った。
「どうしたんだ、ローザ。そんな息を切らして」
「あら、ローザさん。汗びっしょりよ」
「お父様……お母様……」
「何かあったのかい? ローザ」
「あぁ、ルシオさん……」
「どうしたの? お姉ちゃん。何か怖い事でもあった?」
「イーダちゃんも……」
「ルシオさんとは他人行儀だな。僕らは恋人なんだ。ルシオでいいよ」
「そうだとも、ローザ。ルシオ君は、直に私の息子にもなるんだからね」
「まあ、お父さんったら」
「早くお姉ちゃんと一緒に暮らしたいな」
少女――ローザを出迎えたのは、よく見知った4人。ローザは安堵の息を吐く。
ここは大丈夫だ。ここにいれば、もう何も怖くない。
「そうね。そう……。もう大丈夫です。もう……」
ローザの背後で、ゆっくりと戸が閉まる――。
●
「どうですか? 先生」
グイーダの問いに、医師は目を伏せる。
「残念ながら、変わりはないね」
「そうですか……」
グイーダの溜息が病室に響く。
目の前のベッドに横たわる少女は、ただ熟睡しているだけのようで。すやすやと穏やかな眠りにつく少女を、グイーダは悄然として見つめた。
「……君も、あまり根を詰めすぎないようにね」
そんなグイーダを置いて、医師と看護士はその場を離れる。居たたまれない気持ちが、そうさせたのだ。
ベッドに眠る少女、名をローザと言う。
彼女は、暫し前、スミレの花畑にてゴブリンらに襲われ重傷を負った。特に、顔と右腕の傷は深い。手術は成功したものの、未だ巻かれた包帯の下の顔には大きな傷跡が残り、右腕は動くようになるかも分からないのが現状だ。
そして、何より意識が未だに戻っていない。もうじき一月が経とうというのに。
一命は取りとめた。なのに、意識だけがどうしても回復しない。まるで、精神が肉体を拒んでいるかのように。
医師は病室の入口で、もう一度ベッドを振り返る。
それは、姉と慕い看病を続けるグイーダへの心配であり、眠り続けるローザの心の平安を祈ってだ。
彼女はまだ15歳。にもかかわらず、女にとって大切な顔に大きな傷を残した。そんな彼女を支えてくれるはずの両親は、その時彼女を庇って既にこの世を去っている。もう彼女には身寄りが無いのだ。
それはどれだけ過酷な道のりだろうか。
この先の少女の人生を思えば、もしかしたら、このまま目を覚まさない方が良いのかもしれないと思いながら――。
リプレイ本文
それは揺籃のような微睡みでした。
目を瞑れば思い出しましょう。
笑顔が咲いて、囀りに擽られて。
とても幸せでしたのに、彼女達は、本当に。本当に――。
●夢幻
――それでいいの?
少女は言った。戸口に立つ少女。夜明け前の孤独を溶かし込んだような帽子。
「ねぇ、ここは本当にあなたの家かしら?」
幼さの残る顔立ちは帽子に隠れていて。
肯定しようとした私を、無情にも突き放した。
「それだったら、追いかけてきたはずの怖いものは、どこへ行ってしまったのかしら? 私みたいな子どもがさも当然のようにここに居るのは何故かしら?」
くすりと笑う少女は恐ろしかった。
談笑は続き、笑みは零れて。団欒、そう団欒だ。誰も気づかない。この可笑しな存在に。この子供の形をした化け物に。笑い声だけが室内に溢れていて。
「ねぇ、ローザ。思い出して。“現実”があなたにくれたものを。閉じ込められてしまったあなたの想いを」
現実で無いと言うのなら、何なのでしょう。
●
――夢の中、だよ。
……誰?
「わたし」
腰かけたベッドがふわりと沈んで。翠髪の少女?の人形が、力無く私を見ていた。
見たことも無い不思議な人形。可愛らしいような、底知れないような。
虹彩の無い瞳は濁ったトルマリンのよう。でも、その奥には力強いサファイアにも見えて――もっと奥、これはブルートパーズかしら。
自室に逃げ込んだ私に、その人形は問いかけて来た。
「何時までも繰り返すの? その次は?」
何の事?
「この世界のこと」
この世界?
「そう。言ったでしょ? 夢の中って」
それの意味することが、どうしようもなく怖かった。
●
――安心するのだ。ボクはここにいるぞ。
「カーテンを開けてごらん」
人形は言う。
劈くような光。白一色の世界。あれは、太陽だったのかな。
「ローザ、ボクの愛しき民よ」
温かい光。でも、太陽って喋れるの? それを言ったら、人形もですね。あぁ、だから夢の中。
「聞くのだ、ローザ。闇が近づいている。いくらボクと言えども、永遠に照らし続けていることはできない。すぐにここから逃げる準備を――」
「まあまあ、待ちたまえ」
背後にいたのは、魔女。力を失くした、哀れで、少し寂しい魔女。彼女の笑みは、なんだかとても、哀しかった。
●
――悪い夢の世界へようこそ。歓迎するよ、紅茶はいかが?
丸テーブルに白いクロス。猫足のティーポッドにおそろいのカップ。
「ほら座って。ここはキミが望んだ夢のカタチさ、眠り姫」
甘いお菓子を啄む貴女は、肩に黒猫を乗せて意地の悪い笑みを浮かべていましたね。
漆黒のドレスに黒猫って、絵本の中の魔女みたい。
「普段は眼鏡をしているんだけどね。ここにはボクを縛るものは無いから」
ここ……。
「そ、ボクがボクに戻れる場所。ここはキミの思うが儘。とびっきり幸せな、悪い夢さ」
どうして私はここに。
「キミが忘れているのは、キミ自身がそう願ったから。だから思い出す必要なんてない。みーんな忘れてずっとこの幸せな夢にいればいい」
貴女はそう言って笑った。今度は少し、優しい感じがしたの。
●
「気になるかい?」
……。
「キミが望むなら、教えてあげてもいい」
優しさ?
「なんて、キミがどう返したところで最初から教えるつもりだったんだ」
その方が面白くなりそうだもの、と。
やっぱり魔女です。意地が悪い。
「そんな顔しないでよ、これもボクの役割なんだ」
魔女の語るお話は耳を塞ぎたくなるもので。そんな私の肩に、小さな掌。
「あなたが考えてるかもしれないみたいに、現実で今ここより幸せになれるとは限らない」
背にかかる重み。それは、夢に迷い、夢路へ惑わす、無垢なる少女の欠片。
「でも、勇気を振り絞って、一歩を踏み出さなきゃ……全部ここで終わっちゃうよ。ここには、これより先なんて、存在しないんだから」
窓辺の太陽が告げる。沈みゆく太陽が。
「選ぶのは貴殿だ」
夜が来るんですね。
「ああ、慄く夜が訪れる。ボクは見ていることしかできないぞ。太陽は等しく平等なのだからな」
お日様が見ていてくれるだけで、皆生きていくことができるんです。
――行かなければならない、のでしょうね。
立ち上がった私の手を握る少女は、によによしていた。
「秘めた想いを閉じ込めないであげて。あなたは自由なんだから」
光が衰えて来て、家が震え始めて。
もうここはダメなのだと分かってしまった。
あなたも行きましょう、お人形さん。
「ごめんね。それはできないんだ」
人形の腕には鎖が繋がれていて。それなのに、愛おしそうに鎖を撫でていたのは何故?
「……わたしは、繋がれてるから、一緒に行けないけど。“人間”は現実の中で生きないといけないんだよ、多分ね」
そうですか……貴女の瞳に光が戻る日が来ることを祈りましょう。
「さぁ、この扉を開いて……大丈夫、怖いものは私のお友達がやっつけてくれるから。そこまでは私もついて行ってあげる。こう見えて、私強いんだよ」
澄ました顔が何だか子供らしくて、つい笑っちゃった。
怪物なんて思って、ごめんなさい。
「後戻りはできないよ」
魔女の弓なりの目。楽しそう。
貴女は今、“生きて”いるのね。
「ふふ、さあ舞台が回るよ。第二幕の始まりだ。
全てを思い出したキミがどんな顔をするか、ボクは舞台の外から観ていよう」
ねえ、とっても意地悪な魔女さん? 私は貴女の事、好きですよ。貴女は優しい人だから。
行ってきますね。この幸せな夢を覚ますために。
「……いってらっしゃい。幸せな、悪い夢を」
●狂想
寒くて寒くて。怖くて怖くて。
手を引く貴女がいなければ、私はきっと進めなかった。
「閉じた世界はもうおしまい♪」
貴女の振る杖が怖い足音を掻き消してくれて。なんだか妖精さんみたい。
「こんな感じ?」
ポーズをとる貴女は可愛くて。
「あ、みんなも来たね」
皆。
「私のお友達」
●
――それだけが、私が出来る数少ない事ですから……。
凛々しい貴女の振る舞いは、私にどれほどの力をくれたでしょう。
「邪魔……です」
痩せぎすの暗影。長い黒髪を翻して颯爽と駆ける姿は、私とは似ても似つかぬほど。
「彼女に近づけさせたりなんかさせない……」
彼女が振るう剣は、私の目には見えない。それでも分かることがある。
その剣は私の為に振るわれているのだということ。
その剣は彼女自身を傷つけてしまいかねないこと。
「私はいいんです、これで……」
美しいのに、なんて、切ない。まるで綱渡りのよう。
●
――言葉なんて、いらない。
言葉少なに薙刀で切り開く貴女は、私の心を繋ぎとめてくれました。
「悪い奴ら、一匹残らず、叩き斬る」
迷い無きマナコは、私の代わりに怒ってくれているようで。
表情に乏しい? 目つきが悪い? そんなこと!
魂が教えてくれる。他の誰よりも、貴女の心は柔らかくて、雄弁なんだって。
ああ、でもその眼、その顔、貴女は一体どれほどの地獄を潜り抜けてきたのかしら。
「……ローザを、待ってる人がいる」
きっと、貴女にも。そう信じたい。
●
――背中に掴まってていいわよ、と言いたい所なんだけど。
包み込むような貴女の眼差しに、お母様を思い出したのは何故でしょう。
「動けないとあなたを守れないから、私の後ろから動かない様にね」
片目を閉じたお茶目な貴女。
膝をついた私の手は、血溜まりに沈んで。
「綺麗な手が台無しよ」
バンダナで血糊を拭う貴女の微笑みに、私は恐怖の在処を忘れられたのです。
●
――奮い立て! 大王たるボクに続くのだ!
勇ましき貴女の背は私の心に火を灯し、凍える衣は瞬く間に溶けていきました。
「案ずるには及ばない。恐怖はボクが駆逐しようぞ!」
小さな背。けれど、貴女の内には無限の宇宙があるのでしょう。
滞りなき歩みが齎す希望に、私の恐れは吸い込まれていって。
なら、貴女の恐怖はどこへ向かうのかしら。貴女の希望はどこから来るのかしら。
「ボクの背が全てを語ろう。この世界に遍く光をもたらす者、それが大王なのだからな!」
ふふ、貴女なら本当にどうにかしちゃいそう。
●
ハンターさん?
「そう。もう怖いものはいないわ」
耳の傷に触れながら親切に説明してくれた母のような貴女は、いつの間にか涙していた私を優しく抱きしめてくれて。
「あなたの目覚めを待っている人がいるの」
私の――。
「帰るべき。まだ、失くしてないのなら」
貴女は薙刀をぎゅっと握りしめて。
「逃げてはならんぞ。真実と向き合う時、人は試される。貴殿が何を為すのか、あるいは何も為さぬのか。全ては貴殿次第だ」
厳しいのね、王様。でもだからこそ、貴女は大王なのでしょうね。
「大丈夫……大丈夫です」
華奢な手を伸ばそうとして引っ込めた貴女。私が手を取ると、少し驚いているようでした。
「私の手は――」
温もりが伝わって。血に染まる貴女の手は、それと同じ位、人の命の支えとなってきたのでしょう。
勿論私も、その一人。
「ルシオにも、きちんとね」
背中を押す妖精さん。
「伝えたくても伝えられないことってあるから。伝えられないまま終わるのは……うん、切ないよ」
帽子の下の顔は見せてくれないの?
貴女もやっぱり……いいえ。そうね、きっとそう。
「見て、あの光」
バンダナを巻き直した彼女が示すアレは、きっと出口なのでしょうね。
「進むのだ、自分の足で。前に!」
ええ。私はまだ、歩くことができるのですから。
「さぁ、行きましょう」
●境界
――もう失うのは、嫌……。
影を作るように前を歩く貴女の、声が聞こえた気がして。
痛みに息が詰まりそうな私を、どんな顔で見つめていたのでしょう。
「その痛みは、苦しみは、貴女のものだから」
目を伏せた貴女は、触れれば折れてしまいそうなほどか細かった。
「私は代わってあげられません……。でも――」
分かっています。だから、貴女まで苦しまなくていいの。
唇を引き結ぶのを見て、この人は優しすぎるのだと悟りました。
●
――焦らない。ゆっくりでいい。
強い痛みが引き連れてきたのは、不可解な情景。
これが、魔女さんが話していたことなのね。
忘れた記憶。忘れたかった記憶。忘れては、いけない――記憶。
「わたしは、ここ」
もう少し。もう少しだけこのままで。
「ん」
裾を掴んだ私の手を払うこと無く、貴女はじっと待ってくれていました。
痛みが和らぐまで。ずっと、ずっと……。
●
――私を恨んでくれてもいいわ。
そんな前置きをした貴女は、記憶の濁流に呑まれそうな私の手を取って。
「これはとても残酷な事実。あなたの心は壊れてしまうかもしれない」
青空を映し込んだ瞳。何故だか草原が思い浮かびました。
「それでも、このまま――」
耐えてみせましょう。
「……分かったわ」
優しさと強さを併せ持つ人。お母様より母親らしいわ。
お願いします。続きを。
●
――言葉では言い表せないって、こういうことなんだろうね。
どこか遠い目をしていた貴方は、すっと私に焦点を合わせて。
「一番大事なのは、多分『受け入れる事』だと思うんだ。喜ぶのも、嘆くのも、全部ね」
真実との綱引きに破れようとしていた私。
霞んだ視界に映るのは、お人形さん?
「どうしようもない、認めたくない現実でも。例え、その先に何も無かったとしても……」
手首をさする貴方を見て、あの時のお人形さんの姿が重なったの。
「前を向いてさえいれば」
壊れたものも、いつかまた元通りになるかしら。
曖昧になってしまった感覚に、生命はまた通うのかしら。
「……わたしには答えは上げられない。けど、ほんの一時だけど、支えてあげることはできるから」
一緒に行こ? と。
●
私の内に雪崩れ込む光の奔流。
「記憶の欠片……?」
大海原の瞳をした貴女の呟きが、耳鳴りの向こうでぼんやりと。
「この一つ一つが……」
壁になった貴女も少し驚愕の色を滲ませて。
「彼女を形作るものってわけね」
貴方は眩しそうに目を細めた。
「ローザ」
思い出したわ。全部。
話を聞いた時に、覚悟したはずなのに。知識だけじゃない、実感を伴って。
もう、いないのね。もう。
「ローザ……。わたしも、父さんと、母さん。いない。……これ。姉さんの形見」
薙刀を掲げる貴女は、優しい目をしていた。
「今は、猫さんたちと、ユニオンの皆がいる……けど。ひとりぼっちは、すごくさびしい」
ずっと待っていたのね。貴女は、ずっと。
「ローザは、どう? ひとり? ……ローザの帰り、待ってくれてる人、いる?」
待ってくれてる人……。
「あなたの回復を祈っている人、あなたの心を支えてくれる人を思い出してあげて」
貴女はどこからか簪を取り出して。
それは私のお母様の……。
「今も生きてと願う人が居るから。守られて生き延びた命だから。大事にして欲しいのよ」
張り裂けそうな心の叫びにも、怯んではいられないのですね。
「眠り続けていれば、きっと楽……。でも、それだとなくなってしまう。貴女を護っていなくなった人の想いも、記憶も……」
線の細い黒髪を揺らして。そうやって悲しみを呑み込んできたのでしょうか。
「大丈夫……なんて無責任な事は言わない」
恐らく辛い日々になるでしょう。
「……そうだね。幸せは、過ぎ去った日々にこそ――」
こそ?
貴方は影の差した笑みを浮かべて、首を振った。
「ただ、その道のりもいつかきっと、笑って思い返せる日が来るんじゃないかな」
……開墾された畑のようなものかしらね。
今は未だ痛みしかないけれど、鍬による痛みは、やがて黄金の麦穂となって還って来る。
育てましょう。喜びが実るその日まで。
「ローザが頑張ったら。ローザの、父さんと母さん。喜んでくれると思う」
ありがとう。
その言葉だけで十分だわ。
最後に振り返った私を。
「結局は、なるようになる……ってね」
ええ、きっと。
「生きて、下さい」
私は頷いて。
「……今度は、向こうで会えたら、嬉しい」
悲しく目を伏せて。
「ルシオに預けたものを受け取って、あの花畑に行って頂戴」
また頷いて。
私は微笑むことが出来たかしら。
●想いの先に
「夢は覚めるもの。本当にその通りだよ。……ふぅ、そろそろ夢に帰ろうか。ね、チェシャー」
夜を着た魔女――南條 真水(ka2377)。
「……黒猫さんが似合いますね」
綱渡りの剣士――シュネー・シュヴァルツ(ka0352)。
「Мечта、я……」
人形の君――十色 エニア(ka0370)。
「……よく、頑張った」
薙刀の少女――ナツキ(ka2481)。
「その命、大事にしてね」
母なる抱擁――薛 夏湍(ka3721)。
「また一人民を救えたな!」
太陽王――ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)。
「ふわぁ、なんだか眠くなっちゃった」
妖精の少女――夢路 まよい(ka1328)。
本当に――ありがとう。
目を瞑れば思い出しましょう。
笑顔が咲いて、囀りに擽られて。
とても幸せでしたのに、彼女達は、本当に。本当に――。
●夢幻
――それでいいの?
少女は言った。戸口に立つ少女。夜明け前の孤独を溶かし込んだような帽子。
「ねぇ、ここは本当にあなたの家かしら?」
幼さの残る顔立ちは帽子に隠れていて。
肯定しようとした私を、無情にも突き放した。
「それだったら、追いかけてきたはずの怖いものは、どこへ行ってしまったのかしら? 私みたいな子どもがさも当然のようにここに居るのは何故かしら?」
くすりと笑う少女は恐ろしかった。
談笑は続き、笑みは零れて。団欒、そう団欒だ。誰も気づかない。この可笑しな存在に。この子供の形をした化け物に。笑い声だけが室内に溢れていて。
「ねぇ、ローザ。思い出して。“現実”があなたにくれたものを。閉じ込められてしまったあなたの想いを」
現実で無いと言うのなら、何なのでしょう。
●
――夢の中、だよ。
……誰?
「わたし」
腰かけたベッドがふわりと沈んで。翠髪の少女?の人形が、力無く私を見ていた。
見たことも無い不思議な人形。可愛らしいような、底知れないような。
虹彩の無い瞳は濁ったトルマリンのよう。でも、その奥には力強いサファイアにも見えて――もっと奥、これはブルートパーズかしら。
自室に逃げ込んだ私に、その人形は問いかけて来た。
「何時までも繰り返すの? その次は?」
何の事?
「この世界のこと」
この世界?
「そう。言ったでしょ? 夢の中って」
それの意味することが、どうしようもなく怖かった。
●
――安心するのだ。ボクはここにいるぞ。
「カーテンを開けてごらん」
人形は言う。
劈くような光。白一色の世界。あれは、太陽だったのかな。
「ローザ、ボクの愛しき民よ」
温かい光。でも、太陽って喋れるの? それを言ったら、人形もですね。あぁ、だから夢の中。
「聞くのだ、ローザ。闇が近づいている。いくらボクと言えども、永遠に照らし続けていることはできない。すぐにここから逃げる準備を――」
「まあまあ、待ちたまえ」
背後にいたのは、魔女。力を失くした、哀れで、少し寂しい魔女。彼女の笑みは、なんだかとても、哀しかった。
●
――悪い夢の世界へようこそ。歓迎するよ、紅茶はいかが?
丸テーブルに白いクロス。猫足のティーポッドにおそろいのカップ。
「ほら座って。ここはキミが望んだ夢のカタチさ、眠り姫」
甘いお菓子を啄む貴女は、肩に黒猫を乗せて意地の悪い笑みを浮かべていましたね。
漆黒のドレスに黒猫って、絵本の中の魔女みたい。
「普段は眼鏡をしているんだけどね。ここにはボクを縛るものは無いから」
ここ……。
「そ、ボクがボクに戻れる場所。ここはキミの思うが儘。とびっきり幸せな、悪い夢さ」
どうして私はここに。
「キミが忘れているのは、キミ自身がそう願ったから。だから思い出す必要なんてない。みーんな忘れてずっとこの幸せな夢にいればいい」
貴女はそう言って笑った。今度は少し、優しい感じがしたの。
●
「気になるかい?」
……。
「キミが望むなら、教えてあげてもいい」
優しさ?
「なんて、キミがどう返したところで最初から教えるつもりだったんだ」
その方が面白くなりそうだもの、と。
やっぱり魔女です。意地が悪い。
「そんな顔しないでよ、これもボクの役割なんだ」
魔女の語るお話は耳を塞ぎたくなるもので。そんな私の肩に、小さな掌。
「あなたが考えてるかもしれないみたいに、現実で今ここより幸せになれるとは限らない」
背にかかる重み。それは、夢に迷い、夢路へ惑わす、無垢なる少女の欠片。
「でも、勇気を振り絞って、一歩を踏み出さなきゃ……全部ここで終わっちゃうよ。ここには、これより先なんて、存在しないんだから」
窓辺の太陽が告げる。沈みゆく太陽が。
「選ぶのは貴殿だ」
夜が来るんですね。
「ああ、慄く夜が訪れる。ボクは見ていることしかできないぞ。太陽は等しく平等なのだからな」
お日様が見ていてくれるだけで、皆生きていくことができるんです。
――行かなければならない、のでしょうね。
立ち上がった私の手を握る少女は、によによしていた。
「秘めた想いを閉じ込めないであげて。あなたは自由なんだから」
光が衰えて来て、家が震え始めて。
もうここはダメなのだと分かってしまった。
あなたも行きましょう、お人形さん。
「ごめんね。それはできないんだ」
人形の腕には鎖が繋がれていて。それなのに、愛おしそうに鎖を撫でていたのは何故?
「……わたしは、繋がれてるから、一緒に行けないけど。“人間”は現実の中で生きないといけないんだよ、多分ね」
そうですか……貴女の瞳に光が戻る日が来ることを祈りましょう。
「さぁ、この扉を開いて……大丈夫、怖いものは私のお友達がやっつけてくれるから。そこまでは私もついて行ってあげる。こう見えて、私強いんだよ」
澄ました顔が何だか子供らしくて、つい笑っちゃった。
怪物なんて思って、ごめんなさい。
「後戻りはできないよ」
魔女の弓なりの目。楽しそう。
貴女は今、“生きて”いるのね。
「ふふ、さあ舞台が回るよ。第二幕の始まりだ。
全てを思い出したキミがどんな顔をするか、ボクは舞台の外から観ていよう」
ねえ、とっても意地悪な魔女さん? 私は貴女の事、好きですよ。貴女は優しい人だから。
行ってきますね。この幸せな夢を覚ますために。
「……いってらっしゃい。幸せな、悪い夢を」
●狂想
寒くて寒くて。怖くて怖くて。
手を引く貴女がいなければ、私はきっと進めなかった。
「閉じた世界はもうおしまい♪」
貴女の振る杖が怖い足音を掻き消してくれて。なんだか妖精さんみたい。
「こんな感じ?」
ポーズをとる貴女は可愛くて。
「あ、みんなも来たね」
皆。
「私のお友達」
●
――それだけが、私が出来る数少ない事ですから……。
凛々しい貴女の振る舞いは、私にどれほどの力をくれたでしょう。
「邪魔……です」
痩せぎすの暗影。長い黒髪を翻して颯爽と駆ける姿は、私とは似ても似つかぬほど。
「彼女に近づけさせたりなんかさせない……」
彼女が振るう剣は、私の目には見えない。それでも分かることがある。
その剣は私の為に振るわれているのだということ。
その剣は彼女自身を傷つけてしまいかねないこと。
「私はいいんです、これで……」
美しいのに、なんて、切ない。まるで綱渡りのよう。
●
――言葉なんて、いらない。
言葉少なに薙刀で切り開く貴女は、私の心を繋ぎとめてくれました。
「悪い奴ら、一匹残らず、叩き斬る」
迷い無きマナコは、私の代わりに怒ってくれているようで。
表情に乏しい? 目つきが悪い? そんなこと!
魂が教えてくれる。他の誰よりも、貴女の心は柔らかくて、雄弁なんだって。
ああ、でもその眼、その顔、貴女は一体どれほどの地獄を潜り抜けてきたのかしら。
「……ローザを、待ってる人がいる」
きっと、貴女にも。そう信じたい。
●
――背中に掴まってていいわよ、と言いたい所なんだけど。
包み込むような貴女の眼差しに、お母様を思い出したのは何故でしょう。
「動けないとあなたを守れないから、私の後ろから動かない様にね」
片目を閉じたお茶目な貴女。
膝をついた私の手は、血溜まりに沈んで。
「綺麗な手が台無しよ」
バンダナで血糊を拭う貴女の微笑みに、私は恐怖の在処を忘れられたのです。
●
――奮い立て! 大王たるボクに続くのだ!
勇ましき貴女の背は私の心に火を灯し、凍える衣は瞬く間に溶けていきました。
「案ずるには及ばない。恐怖はボクが駆逐しようぞ!」
小さな背。けれど、貴女の内には無限の宇宙があるのでしょう。
滞りなき歩みが齎す希望に、私の恐れは吸い込まれていって。
なら、貴女の恐怖はどこへ向かうのかしら。貴女の希望はどこから来るのかしら。
「ボクの背が全てを語ろう。この世界に遍く光をもたらす者、それが大王なのだからな!」
ふふ、貴女なら本当にどうにかしちゃいそう。
●
ハンターさん?
「そう。もう怖いものはいないわ」
耳の傷に触れながら親切に説明してくれた母のような貴女は、いつの間にか涙していた私を優しく抱きしめてくれて。
「あなたの目覚めを待っている人がいるの」
私の――。
「帰るべき。まだ、失くしてないのなら」
貴女は薙刀をぎゅっと握りしめて。
「逃げてはならんぞ。真実と向き合う時、人は試される。貴殿が何を為すのか、あるいは何も為さぬのか。全ては貴殿次第だ」
厳しいのね、王様。でもだからこそ、貴女は大王なのでしょうね。
「大丈夫……大丈夫です」
華奢な手を伸ばそうとして引っ込めた貴女。私が手を取ると、少し驚いているようでした。
「私の手は――」
温もりが伝わって。血に染まる貴女の手は、それと同じ位、人の命の支えとなってきたのでしょう。
勿論私も、その一人。
「ルシオにも、きちんとね」
背中を押す妖精さん。
「伝えたくても伝えられないことってあるから。伝えられないまま終わるのは……うん、切ないよ」
帽子の下の顔は見せてくれないの?
貴女もやっぱり……いいえ。そうね、きっとそう。
「見て、あの光」
バンダナを巻き直した彼女が示すアレは、きっと出口なのでしょうね。
「進むのだ、自分の足で。前に!」
ええ。私はまだ、歩くことができるのですから。
「さぁ、行きましょう」
●境界
――もう失うのは、嫌……。
影を作るように前を歩く貴女の、声が聞こえた気がして。
痛みに息が詰まりそうな私を、どんな顔で見つめていたのでしょう。
「その痛みは、苦しみは、貴女のものだから」
目を伏せた貴女は、触れれば折れてしまいそうなほどか細かった。
「私は代わってあげられません……。でも――」
分かっています。だから、貴女まで苦しまなくていいの。
唇を引き結ぶのを見て、この人は優しすぎるのだと悟りました。
●
――焦らない。ゆっくりでいい。
強い痛みが引き連れてきたのは、不可解な情景。
これが、魔女さんが話していたことなのね。
忘れた記憶。忘れたかった記憶。忘れては、いけない――記憶。
「わたしは、ここ」
もう少し。もう少しだけこのままで。
「ん」
裾を掴んだ私の手を払うこと無く、貴女はじっと待ってくれていました。
痛みが和らぐまで。ずっと、ずっと……。
●
――私を恨んでくれてもいいわ。
そんな前置きをした貴女は、記憶の濁流に呑まれそうな私の手を取って。
「これはとても残酷な事実。あなたの心は壊れてしまうかもしれない」
青空を映し込んだ瞳。何故だか草原が思い浮かびました。
「それでも、このまま――」
耐えてみせましょう。
「……分かったわ」
優しさと強さを併せ持つ人。お母様より母親らしいわ。
お願いします。続きを。
●
――言葉では言い表せないって、こういうことなんだろうね。
どこか遠い目をしていた貴方は、すっと私に焦点を合わせて。
「一番大事なのは、多分『受け入れる事』だと思うんだ。喜ぶのも、嘆くのも、全部ね」
真実との綱引きに破れようとしていた私。
霞んだ視界に映るのは、お人形さん?
「どうしようもない、認めたくない現実でも。例え、その先に何も無かったとしても……」
手首をさする貴方を見て、あの時のお人形さんの姿が重なったの。
「前を向いてさえいれば」
壊れたものも、いつかまた元通りになるかしら。
曖昧になってしまった感覚に、生命はまた通うのかしら。
「……わたしには答えは上げられない。けど、ほんの一時だけど、支えてあげることはできるから」
一緒に行こ? と。
●
私の内に雪崩れ込む光の奔流。
「記憶の欠片……?」
大海原の瞳をした貴女の呟きが、耳鳴りの向こうでぼんやりと。
「この一つ一つが……」
壁になった貴女も少し驚愕の色を滲ませて。
「彼女を形作るものってわけね」
貴方は眩しそうに目を細めた。
「ローザ」
思い出したわ。全部。
話を聞いた時に、覚悟したはずなのに。知識だけじゃない、実感を伴って。
もう、いないのね。もう。
「ローザ……。わたしも、父さんと、母さん。いない。……これ。姉さんの形見」
薙刀を掲げる貴女は、優しい目をしていた。
「今は、猫さんたちと、ユニオンの皆がいる……けど。ひとりぼっちは、すごくさびしい」
ずっと待っていたのね。貴女は、ずっと。
「ローザは、どう? ひとり? ……ローザの帰り、待ってくれてる人、いる?」
待ってくれてる人……。
「あなたの回復を祈っている人、あなたの心を支えてくれる人を思い出してあげて」
貴女はどこからか簪を取り出して。
それは私のお母様の……。
「今も生きてと願う人が居るから。守られて生き延びた命だから。大事にして欲しいのよ」
張り裂けそうな心の叫びにも、怯んではいられないのですね。
「眠り続けていれば、きっと楽……。でも、それだとなくなってしまう。貴女を護っていなくなった人の想いも、記憶も……」
線の細い黒髪を揺らして。そうやって悲しみを呑み込んできたのでしょうか。
「大丈夫……なんて無責任な事は言わない」
恐らく辛い日々になるでしょう。
「……そうだね。幸せは、過ぎ去った日々にこそ――」
こそ?
貴方は影の差した笑みを浮かべて、首を振った。
「ただ、その道のりもいつかきっと、笑って思い返せる日が来るんじゃないかな」
……開墾された畑のようなものかしらね。
今は未だ痛みしかないけれど、鍬による痛みは、やがて黄金の麦穂となって還って来る。
育てましょう。喜びが実るその日まで。
「ローザが頑張ったら。ローザの、父さんと母さん。喜んでくれると思う」
ありがとう。
その言葉だけで十分だわ。
最後に振り返った私を。
「結局は、なるようになる……ってね」
ええ、きっと。
「生きて、下さい」
私は頷いて。
「……今度は、向こうで会えたら、嬉しい」
悲しく目を伏せて。
「ルシオに預けたものを受け取って、あの花畑に行って頂戴」
また頷いて。
私は微笑むことが出来たかしら。
●想いの先に
「夢は覚めるもの。本当にその通りだよ。……ふぅ、そろそろ夢に帰ろうか。ね、チェシャー」
夜を着た魔女――南條 真水(ka2377)。
「……黒猫さんが似合いますね」
綱渡りの剣士――シュネー・シュヴァルツ(ka0352)。
「Мечта、я……」
人形の君――十色 エニア(ka0370)。
「……よく、頑張った」
薙刀の少女――ナツキ(ka2481)。
「その命、大事にしてね」
母なる抱擁――薛 夏湍(ka3721)。
「また一人民を救えたな!」
太陽王――ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)。
「ふわぁ、なんだか眠くなっちゃった」
妖精の少女――夢路 まよい(ka1328)。
本当に――ありがとう。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談卓 夢路 まよい(ka1328) 人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/04/05 19:52:46 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/04 21:17:51 |