ゲスト
(ka0000)
貧民街探索
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/07 09:00
- 完成日
- 2015/04/15 04:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ここはゾンネンシュトラール帝国の首都・バルトアンデルスの一角。
『バルトアンデルス日報』の看板を掲げた、3階建ての薄汚れた事務所がある。
紙巻煙草をくわえた女が、丁稚奉公の少年の自転車をさっとかわして、中へ入った。
玄関ホールでは、受付係の男が新聞をかぶったまま、椅子で居眠りしている。
すれ違いざま、新聞を手で叩き落として、
「給料分は仕事しな、フランツ」
言いながら、細くて急な階段を1段飛ばしで上がっていく。
2階の廊下を何歩か進み、磨りガラスの嵌ったドアを開ければ、
「おはよう、ドリス」
もうもうと煙草の煙が立ち込めるオフィスの奥から、編集長のヴァルターが片手を挙げて挨拶した。
一方、他の記者たちは彼女に見向きもせず、机にしがみついて一心不乱にペンを走らせている。
『おはよう』とは言われたものの、時刻は既に正午過ぎ。
窓の日除けの隙間から陽が差し込んで、オフィスの床に縞模様を作っていた。
ドリスはつかつかとオフィスを横切って歩き、編集長と差し向かいになると、
「今日の仕事にかかる前に。例のアレ、詰めておきたいんですけどねぇ」
「……ん。ちょっと待った」
編集長は手元の原稿にさっと赤を入れると、他の原稿と束にして、抱えて立ち上がった。
ドリスの肩越しに、他の記者たちへ、
「タイプに回してくる。ついでに休憩してくるから、何かあったら下までな」
声をかけると、ドリスを連れて1階へ下りた。
●
『バルトアンデルス日報』――略称『バルツ』は、革命後にできた新しい、小さな新聞社だ。
安価な大衆紙として、12年間あの手この手で部数を伸ばしてきたが、
それでもこの古びた事務所を離れられない。
「うるせぇな」
応接室のソファに踏ん反り返って、ドリスが言う。
1階応接室の隣には事務室があって、タイピストたちもそこに詰めているから、
タイプライターを叩く音が薄い壁越しにひっきりなしで聴こえてくる。
「で、特集記事の取材の件だったな」
「そうです」
ドリスは卓上に置かれた、吸い殻で一杯の陶器の灰皿を引き寄せて、
「一昨日、バルデンプラッツ区で揚がったどざえもんですが――」
「よりにもよって城の裏手でな。ちんぴら風の若い男だ。
鈍器で頭を割られていて、ポケットからはナイフと棍棒が見つかった」
「貧民街から流れてきたんじゃあ、ないですかね」
ドリスは新しい煙草に火を点けると、向かいの編集長にも1本差し出す。
編集長が受け取りながら、
「第一師団の担当部署もそう言ってる。ちんぴら同士の喧嘩で殺され、河に捨てられたんだろう。
別段、特集記事を組むような話じゃないと思うがね。何か成算があるのか?」
「いやぁ、大した話じゃないですけど、近頃貧民街絡みで噂を耳に入れたもんで」
近隣の住民曰く、貧民街で新しいトラブルが持ち上がっているらしい。
元々治安の良くない場所ではあるが、最近は何かと物騒な話が多い。
界隈で見慣れない人間の出入りが増えたとか、夜中に銃声を聴くことが増えたとか、
つい先日も河原で乱闘騒ぎがあったとかなかったとか。
「別件で取材してても、第一師団がこのところピリついてる感じがあって。
反体制派の動きも活発になってるし、その辺で連中も警戒してるんでしょうが、
ウチもここらで一度、昨今の帝都の治安悪化を憂う……なんて特集を出したら良いかな、と。
革命成金の自慢話だの社交界の流行だのって、読者はもう飽き飽きしてますよ?
ウチの読者が求めてるのはね、もっと身近でリアルで、血沸き肉躍るバイオレンスな話題なんですよ」
「だがなぁ」
編集長が、そっぽを向いて煙を吐く。
「噂、噂じゃ記事にならんぜ」
「だから現地で取材を――」
「貧民街でか? 俺は嫌だな。『バルツの女性記者、取材中強盗に遭う』なんて間抜けなネタは」
ドリスはぐいとシャツの袖をまくって、腕に力こぶなど作ってみせるが、
編集長は苦笑しながらかぶりを振るだけだった。
「単なる噂に過ぎなけりゃ、記事にはならない。
逆に噂が本当だったら、お前さんを貧民街にやりたくない」
「何なら、護衛をつけますよ」
「あのなぁ、ウチの台所事情分かってるのかお前は――」
●
取材に必要な準備、その経費を巡ってしばし言い争った後、
根負けした編集長が『ハンターを雇え』と言い出す。
「もういっそ、雇うなら一流の人間を雇え。
そんで取材も手伝ってもらえ……やばいところに足突っ込ませて、精々どぎついネタを取ってこい」
「ありがとうございます」
満足げに煙草を燻らすドリス。編集長は渋面のまま、壁に貼られた今朝の新聞に目を向ける。
「まぁ……実際、ネタ切れは本当だからな。
上手くすりゃ、今やってる『財界の騎士たち』シリーズの後釜にできるか……、
そうそう。貧民街取材の前に、お前、シュトックハウゼン紡績の社長からインタビュー取ってこいよ」
「はぁ? 『騎士たち』の担当はクリストフでしょうが」
「奴さん明日から里帰りなんだ! 雑魔騒ぎで実家が壊れちまって、お袋さんひとりじゃ片づけられないし、
他の兄弟は兵隊で辺境行ってて、手伝える身内は奴だけなんだそうだ」
「ったく……」
立ち上がったドリスを見て、編集長が不意ににやり、と笑う。
「お前、その恰好でシュトックハウゼン氏に会いに行くなよな」
その日のドリスは、男物の黒いフロックコート姿。おまけに煙草の灰まみれだ。
「へぇ、気をつけますわ」
気のない返事をして、ドリスは早足で部屋を出ていった。
まずは任されたインタビュー記事を片づけなければならないが、
彼女の頭の中は、既に貧民街の取材と特集記事のことで一杯だ。
●
『貧民街』とは、帝都バルトアンデルスの南東部、ブレーナードルフ区のある一部分を指す言葉である。
革命以降の都市開発から取り残された古い集合住宅が、
帝都中央を流れるイルリ河を背にして、ごみごみと立ち並んでいる。
住民たちの多くは失業者で、職にあぶれた地方出身者や傷痍兵、前科者、
故郷を離れたエルフやドワーフ、辺境移民と、抱えた事情は色々だ。
社会的弱者である彼らの周囲には、常に貧困と暴力がつきまとう。
口さがない帝国官吏たちは、彼らとその住居を犯罪の温床、帝都の膿と呼んではばからない。
同区の住民たちも貧民街を危険地帯と見なして、近寄らないようにしている。
しかし、ドリスは思う。
(実際のところどうなのか、外から眺めるだけじゃ分かんないんだよな)
ジャーナリストの端くれとして、一度はその目で見、その耳で聞くべきことがある筈だ。
そして記事にして、他の人々に伝えるべき何かが――
ここはゾンネンシュトラール帝国の首都・バルトアンデルスの一角。
『バルトアンデルス日報』の看板を掲げた、3階建ての薄汚れた事務所がある。
紙巻煙草をくわえた女が、丁稚奉公の少年の自転車をさっとかわして、中へ入った。
玄関ホールでは、受付係の男が新聞をかぶったまま、椅子で居眠りしている。
すれ違いざま、新聞を手で叩き落として、
「給料分は仕事しな、フランツ」
言いながら、細くて急な階段を1段飛ばしで上がっていく。
2階の廊下を何歩か進み、磨りガラスの嵌ったドアを開ければ、
「おはよう、ドリス」
もうもうと煙草の煙が立ち込めるオフィスの奥から、編集長のヴァルターが片手を挙げて挨拶した。
一方、他の記者たちは彼女に見向きもせず、机にしがみついて一心不乱にペンを走らせている。
『おはよう』とは言われたものの、時刻は既に正午過ぎ。
窓の日除けの隙間から陽が差し込んで、オフィスの床に縞模様を作っていた。
ドリスはつかつかとオフィスを横切って歩き、編集長と差し向かいになると、
「今日の仕事にかかる前に。例のアレ、詰めておきたいんですけどねぇ」
「……ん。ちょっと待った」
編集長は手元の原稿にさっと赤を入れると、他の原稿と束にして、抱えて立ち上がった。
ドリスの肩越しに、他の記者たちへ、
「タイプに回してくる。ついでに休憩してくるから、何かあったら下までな」
声をかけると、ドリスを連れて1階へ下りた。
●
『バルトアンデルス日報』――略称『バルツ』は、革命後にできた新しい、小さな新聞社だ。
安価な大衆紙として、12年間あの手この手で部数を伸ばしてきたが、
それでもこの古びた事務所を離れられない。
「うるせぇな」
応接室のソファに踏ん反り返って、ドリスが言う。
1階応接室の隣には事務室があって、タイピストたちもそこに詰めているから、
タイプライターを叩く音が薄い壁越しにひっきりなしで聴こえてくる。
「で、特集記事の取材の件だったな」
「そうです」
ドリスは卓上に置かれた、吸い殻で一杯の陶器の灰皿を引き寄せて、
「一昨日、バルデンプラッツ区で揚がったどざえもんですが――」
「よりにもよって城の裏手でな。ちんぴら風の若い男だ。
鈍器で頭を割られていて、ポケットからはナイフと棍棒が見つかった」
「貧民街から流れてきたんじゃあ、ないですかね」
ドリスは新しい煙草に火を点けると、向かいの編集長にも1本差し出す。
編集長が受け取りながら、
「第一師団の担当部署もそう言ってる。ちんぴら同士の喧嘩で殺され、河に捨てられたんだろう。
別段、特集記事を組むような話じゃないと思うがね。何か成算があるのか?」
「いやぁ、大した話じゃないですけど、近頃貧民街絡みで噂を耳に入れたもんで」
近隣の住民曰く、貧民街で新しいトラブルが持ち上がっているらしい。
元々治安の良くない場所ではあるが、最近は何かと物騒な話が多い。
界隈で見慣れない人間の出入りが増えたとか、夜中に銃声を聴くことが増えたとか、
つい先日も河原で乱闘騒ぎがあったとかなかったとか。
「別件で取材してても、第一師団がこのところピリついてる感じがあって。
反体制派の動きも活発になってるし、その辺で連中も警戒してるんでしょうが、
ウチもここらで一度、昨今の帝都の治安悪化を憂う……なんて特集を出したら良いかな、と。
革命成金の自慢話だの社交界の流行だのって、読者はもう飽き飽きしてますよ?
ウチの読者が求めてるのはね、もっと身近でリアルで、血沸き肉躍るバイオレンスな話題なんですよ」
「だがなぁ」
編集長が、そっぽを向いて煙を吐く。
「噂、噂じゃ記事にならんぜ」
「だから現地で取材を――」
「貧民街でか? 俺は嫌だな。『バルツの女性記者、取材中強盗に遭う』なんて間抜けなネタは」
ドリスはぐいとシャツの袖をまくって、腕に力こぶなど作ってみせるが、
編集長は苦笑しながらかぶりを振るだけだった。
「単なる噂に過ぎなけりゃ、記事にはならない。
逆に噂が本当だったら、お前さんを貧民街にやりたくない」
「何なら、護衛をつけますよ」
「あのなぁ、ウチの台所事情分かってるのかお前は――」
●
取材に必要な準備、その経費を巡ってしばし言い争った後、
根負けした編集長が『ハンターを雇え』と言い出す。
「もういっそ、雇うなら一流の人間を雇え。
そんで取材も手伝ってもらえ……やばいところに足突っ込ませて、精々どぎついネタを取ってこい」
「ありがとうございます」
満足げに煙草を燻らすドリス。編集長は渋面のまま、壁に貼られた今朝の新聞に目を向ける。
「まぁ……実際、ネタ切れは本当だからな。
上手くすりゃ、今やってる『財界の騎士たち』シリーズの後釜にできるか……、
そうそう。貧民街取材の前に、お前、シュトックハウゼン紡績の社長からインタビュー取ってこいよ」
「はぁ? 『騎士たち』の担当はクリストフでしょうが」
「奴さん明日から里帰りなんだ! 雑魔騒ぎで実家が壊れちまって、お袋さんひとりじゃ片づけられないし、
他の兄弟は兵隊で辺境行ってて、手伝える身内は奴だけなんだそうだ」
「ったく……」
立ち上がったドリスを見て、編集長が不意ににやり、と笑う。
「お前、その恰好でシュトックハウゼン氏に会いに行くなよな」
その日のドリスは、男物の黒いフロックコート姿。おまけに煙草の灰まみれだ。
「へぇ、気をつけますわ」
気のない返事をして、ドリスは早足で部屋を出ていった。
まずは任されたインタビュー記事を片づけなければならないが、
彼女の頭の中は、既に貧民街の取材と特集記事のことで一杯だ。
●
『貧民街』とは、帝都バルトアンデルスの南東部、ブレーナードルフ区のある一部分を指す言葉である。
革命以降の都市開発から取り残された古い集合住宅が、
帝都中央を流れるイルリ河を背にして、ごみごみと立ち並んでいる。
住民たちの多くは失業者で、職にあぶれた地方出身者や傷痍兵、前科者、
故郷を離れたエルフやドワーフ、辺境移民と、抱えた事情は色々だ。
社会的弱者である彼らの周囲には、常に貧困と暴力がつきまとう。
口さがない帝国官吏たちは、彼らとその住居を犯罪の温床、帝都の膿と呼んではばからない。
同区の住民たちも貧民街を危険地帯と見なして、近寄らないようにしている。
しかし、ドリスは思う。
(実際のところどうなのか、外から眺めるだけじゃ分かんないんだよな)
ジャーナリストの端くれとして、一度はその目で見、その耳で聞くべきことがある筈だ。
そして記事にして、他の人々に伝えるべき何かが――
リプレイ本文
●
ルース・L・スパーダ(ka4513)が最初に訪れた酒場はひどく窮屈で、
客たちをかき分けて、どうにかカウンターまで辿り着く。
(人やドワーフは、この狭さが気にならないのか?
風通しも悪い。息が詰まりそうだ……だが、これが『街』というものなのだろう)
人と人との距離が近い分、情報を得るにはもってこいの場所ではある。
早速1杯頼んで、バーテンを近くに呼び寄せた。
「近頃、この辺は何か変わったことになっているそうだな?
誰か事情通に会えないかと思って来たんだが」
「お客さん、探偵か何か?」
エルフの特徴である尖り耳を、じろじろと見られた。
周りの客からも、始終無遠慮な視線を感じる。この店に通うルースの同胞は少ないようだ。
「旅の途中でね。どこか面白そうな場所があれば、とぶらついてるだけさ」
まずはバーテンから、ちょっとした噂を聞くことができた。
「こんな場末でも、あんたみたいな外からのお客が増えた気がするよ。
素通りして貧民街へ行く連中も多い。馬車も良く見かけるな。
何か、悪い遊びでも流行ってるのかね。紳士がたの間でさ」
バーテンが笑った。実際、貧民街近辺にはいかがわしい店も多いと聞く。
それ目当てにやってくる裕福な人間もいるようだが、
「ここだけの話。最近はちょいと怖いお兄さんがたも増えてんだ。
集金や何かでなくて、どうも貧民街の様子を見に来てるらしいぜ」
何度も店を変えて、噂を集めていく。
何杯も酒を奢り、しなを作る花売り娘にまとわりつかれ、
酔っ払いには『長耳野郎』と罵られ、道に迷い、いい加減うんざりしながらも、
(やはり、大きな話題はよそ者の出入りのことだな……しかし)
酒場回りの途中で『家族』、エルフと出会うことはなかった。
どうやら、界隈では彼らは二級市民の扱いのようだ。
ルース自身、けんもほろろに追い返されることがあった。
(彼らはなるべく姿を隠しているのだろう。金や力のない者にとって、生き易い街ではない)
酒場通りを立ち去る。
春先、まだ冷たい夜風に吹かれて、ルースは外套の襟を立てた。
●
午前中、鹿島 雲雀(ka3706)は貧民街の奥、とあるアパルトマンの中庭へ進んだ。
道の途中、方々の窓から刺すような視線を感じた。
(見られてんな。早速)
中庭に入れば、何やら遊んでいた子供たちが、さっと隅に寄って固まる。
構わずサッカーボールを取り出し、
「よぉ。悪いがちょいと、場所借りるぜ」
おもむろにリフティングを始めた。爪先、膝、肩、頭を使ってボールを何度も宙に浮かせる。
その様子に、サッカーなど見たことのない子供たちは、次第に興味を惹かれていくようだった。
雲雀がボールを蹴りながら、思わせぶりに視線を向けると、
「それ、何?」
「サッカーっていう、リアルブルーでの遊びだよ。少し教えてやろうか?」
子供たちが寄って来た。
しめたとばかりにボールを蹴って寄越すと、子供は思わず手で捕まえた。
「おっと、違うな。そいつは蹴って返さなきゃいけないんだ。
ほら、ボールを落として、爪先で軽く蹴る。そうそう……」
「本当は、ふたつのチームで点を取り合う遊びなんだ。
ゴールを決めて……ここと、あっちの壁にしよう。
壁際に立ってる奴だけは手を使って良い。ボールが来たら受け止めろよ」
最初は言葉少なだった子供たちも、段々と打ち解けてくる。
しばらくすると、中庭に大人の女たちが降りてきた。子供の親だろうか。
汚れた身なりをして、険しい顔で雲雀を睨んでいる。
「……ちょっと抜けるぜ。お前らの母さんに挨拶してくるわ」
ボールは子供たちに預け、母親たちに、
「いやぁ、俺様、転移者なんだけどさ。
実はリアルブルーにもこういう所があってね。つい懐かしくなって、来ちまったんだ」
いつもここで子供を遊ばせてるのか、と尋ねると、
「外は危ないからさ」
と母親は素っ気なく答える。具体的にどう危ないのか、問い質した。
曰く、辺りの路地はギャングの縄張りになっている。
仲間以外が通れば持ち物を盗られるか、乱暴される。だから子供を表に出せないのだそうだ。
「あいつら、銃を持ってる」
「銃?」
「若い奴らが、どっかから銃を買い集めたのさ。奥のほうで」
と、指し示したのは住宅街の奥の奥。そこは丸ごと、ちんぴらの溜まり場らしい。
「しょっちゅう射的をやってる。うるさいったらありゃしないよ」
「話、聞かせてもらってありがとな。
ああ……それ、気に入ったのならやるよ。んじゃ、またな?」
雲雀は子供たちにボールをあげて、その場を立ち去った。
(若いちんぴら、銃を持ってる……成る程、危ない感じはするわな)
●
「実は先日、依頼でこの地に足を運んでいまして。皆さんお元気そうですね」
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)は少々の扮装をした上、記者のドリスを伴って、
浮浪者たちが住む河岸のバラック群へ向かった。大柄な老婆が、
「やぁ、あんたこそ変わりないみたいだね。
こないだは助かったよ。さ、こっちに。マティもいるよ」
ドリスのことを紹介した上で、バラックに入る。
相変わらず愛想のないマティ――彼女は河原に住みながら、
ガラス屑で作ったモザイク画を売り、仲間の浮浪者たちの暮らしを助けていた。
「あの画商さんが、本当に高値で画を買ってくれてね。
マティは今じゃちょっとした金持ちなんだ……だのに、ここを出てこうとしないんだよ」
「あれからどうです? 何か危ないことはありませんでしたか。
先日、河から男の遺体が見つかったそうですが」
レイは死体の素性を推理していた。マティを狙ってやって来たよそ者が、
トラブルを持ち込んだ角で地回りのちんぴらに制裁を受けたのではないか、と。
「こっちじゃあれから何ごともないけどねぇ……ただ」
老婆が語る。貧民街では今、少年ばかりの新興のギャングが縄張りを急速に広げているらしい。
河原の子供たちの中も街に入った折、脅しや誘いを受けた者がいるようだ。
「連中、夜中に河原をうろついてることもあるんだ。
手出しはしてこないけど、おっかなくていけないね。
最近はなるべく子供を街へ出さないようにしてんだ」
「もし何かあれば、例のパトロンの方に頼ったほうが良いかも知れません。
あるいは、我々ハンターにも直接相談して頂ければ」
そう言ってバラックを出た。ドリスが取材を続けている間、辺りを見回っておく。
「嘘を書きたくない、ということは解ります。ただ」
ドリスへは、マティたちの安全を考え、ちんぴらたちを刺激する内容は避けて欲しいと求めた。
「まぁ、そこは配慮しますよ。ただ、あのマティって人の話は面白そうだ」
「しばらくは、伏せておいて頂けると……」
金があると分かれば、狙われる。そういう街だ。
レイは周囲を警戒したが、今のところ河原に不審な者の姿はない。
マティ絡みのトラブルはひとまずあれで解決したのだろうが、
(すると、例の死体は何者でしょうか?)
●
ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)は、
貧民街の酒場『シュタートゥエ』の店内で、ちんぴらの一団に取り囲まれていた。
大人しく武器を渡し、手土産の酒まで差し出したが、
(思った以上にピリピリしてるわね。
私も……パパがいなければ、こんな風に取材を受けてたのかしら)
酒場の1階に下りてきた頭目の周囲を、武装した手下たちが固めている。
軒先にも見張りが4人、棍棒を剥き身で持って、訪れたノイを脅してくれたものだ。
謝礼を払うと告げると、思いの外あっさりと通されたが、
「あんたハンターかい?」
「流石、お見通しね。そんなようなものよ」
「そういう客も最近あったんでね。で、今日は何が知りたい」
「仕事の関係で少しの間、仲間とここをうろつくことがあるから。
挨拶がてら、街の『ルール』を教えて欲しいの」
俺がルールだ、と頭目は冗談めかして言った。
「弁えてない奴らもいるけどな」
「抗争相手でもいるのかしら? 死体が河から揚がったそうだけど」
ちんぴらたちの表情が、一様に硬くなる。
「まずは金だ」
ノイが謝礼の金一封を渡す。頭目が金額を確認し、
「じゃ、お代分の話をしてやろうか。
貧民街は俺たちが仕切ってる。この店が城さ。
バルトアンデルス城と城下町があって、その中にもうひとつ国がある訳だ。
ところが、かの帝国と同じように、云わば反体制派がここらにも現れた」
少年ばかりの新興ギャング。
元々、裏路地に溜まっていた浮浪児たちはシュタートゥエの使い走りをやっていたのだが、
何者かが彼らをまとめ上げ、新しいグループを作ったらしい。
「仲間をひとり殺られた。河の死体がそうさ。
無論黙っちゃいない、必ずツケを払わせる」
「敵の居所は分かってるの?」
「街の奥のおんぼろ屋敷だ。あそこらはホントに古くて汚ない、クソみたいな家ばかりでね。
そこらに固まってるから、ことが始まりゃ一網打尽だ。ただ俺たちは何というか、慎重を期すタイプなんだ」
「戦争の準備中って訳?」
「そんなでかい話じゃない。単なるネズミ駆除だよ」
言葉とは裏腹に、頭目の目つきは鋭い。
どうやら大がかりな抗争を予感しているらしい。謝礼に飛びついたのも軍資金確保の為だろうか。
「今後、ここを歩く上で気をつけるべきことは?」
「次からは必ず最初に、俺たちへ話を通せ。
ガキどもはいかれてる、何をするか分からない。護衛が必要だろ?
それと、北側の路地には入らないほうが良い。ガキどもの巣が近い」
では最後に、とノイが言う。
「オラウス・フリクセルという人物を知っているか」
ドリスから預かった質問だったのだが、ノイにはその人物が誰だか分からない。
頭目は一瞬考える素振りをした後、
「ノーコメントだ」
そう言って、にやりと笑った。
●
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)と貧民街を歩いていた。
わざと派手な服装でパンを配り歩き、人目を引く作戦だったのだが、
「俺様の慈悲の心が伝わったかな?」
「どうだか。けど、金のありそうなことはちゃんと伝わったみてぇだ」
ろくに人気のない、真昼の貧民街の通りだったが、姿は見えずとも、尾行や監視の気配は伝わってくる。
やがて、エヴァンスがすっとジャックの傍を離れた。
ジャックはひとり、路地裏に踏み込んでいくが――
辺りの屑籠の陰や建物の窓から、浮浪児らしき子供たちが次々と現れる。
ぎらついた目をして、手には石や棍棒。
「よっ。みんな引っ込み思案なんだな?」
ジャックが提げていたパン籠を差し出した。
「腹減ってるだろ? 貴族である俺様から、愛の食糧支援だ。遠慮すんな」
子供たちは、彼を取り囲んでせせら笑う。
「ホントに俺たちを哀れんで下さるなら、旦那様。
その綺麗なおべべと、札入れのほうを置いてってくんねぇかな」
子供たちは明らかに食うに困っているだろうに、
差し出されたパンも無視して、敵意を剥き出しにする。
(思った以上に荒んでるな)
子供たちがゆっくりと、ジャックを囲む輪を縮めていく。
いよいよ仕掛けてくる気か、と思われたところで、
「止めとけよ。他人の親切は素直に受け取っとくもんだ」
姿を隠していたエヴァンスが、路地の外側から子供たちに近づいた。
手にしたダガーをはっきりと見せておく。相手は判断力の育っていない子供、
分かりやすく脅しておかないと却って無茶をさせかねない。
「お前ら、ガキだけの強盗団でもやってんのか?」
「手前らこそ何しに来た」
エヴァンスは、ジャックと目配せを交わした。
(こんなチビどもを痛めつけるのは、流石にな)
子供たちは凶暴そうだが、幼い。一番年嵩でも12、3歳、ほとんどはそれより小さな子供だ。
しかし人数が多く、武器を持っているので手加減も難しい。荒事は避けるべきだと判断した。
「ここらに詳しい奴を探してる。お前ら、誰か大人を知らねぇか」
「ガキ扱いすんじゃねぇ」
エヴァンスの言葉に、リーダー格の少年が口答えした。
「そんなら、お前が答えてくれ。ここはどういうとこなんだ?」
「ここらはみーんな、ジンプリチシムス団の領地だ。よそ者は通行料を払うって法律がある。
パンなんかいらねぇ、俺たちは犬ころみてぇにエサで尻尾振ったりしねぇんだよ!」
少年が言うと、仲間たちも一斉に叫び声を上げた。興奮している。
これ以上押せば、血を見ることになりそうだ。エヴァンスが、
「こうしよう。俺たちは大人しく引き下がる、お前らは見送る。
どっちも損も得もしない、それで良いな?」
短剣をちらつかせると、子供たちも一瞬怖気がついたようだ。
素早くジャックが路地の出口へ下がりつつ、リーダー格の少年へ、
「お前がその、ナントカ団の大将なのか?」
「小隊長のハンスだ! 俺たちのボス、ライデンは大物だ。雑魚は相手にしねぇ!」
ジャックはパン籠を提げた肩をすぼめ、エヴァンスとふたり、その場を立ち去る。
●
「今後の取材対象が絞れてきたね。記事の方向性も」
取材から戻ったハンターたちを前に、ドリスがメモをまとめる。
「今まで一帯の支配者だったシュタートゥエが、新勢力に脅かされつつある」
ノイが言うと、エヴァンスとレイも頷き、
「あの裏路地のガキどもだな。
『ジンプリチシムス団』、ボスの名前はライデン。一体どんな野郎かね」
「河の死体も彼らの仕業でしょう。抗争は既に始まっています」
雲雀とルースが付け加える。
「あちこち縄張りを広げながら、銃まで買って、本格的な戦争を準備してるみたいだな」
「外から出入りしている人間や馬車がいるそうだが、彼らが銃か資金を運んでいたのかも知れない。
貧民街の外のやくざ者たちも、辺りに興味を持っているらしいと聞いた。
もしかすると新興ギャングは、彼らが貧民街に縄張りを作る為の仕掛けではないか?」
そこでふと、ノイが尋ねた。
「オラウス・フリクセルって何者? シュタートゥエのボスは、誰だか知っているようだったけれど」
「悪いけど、現在調査中の案件で……」
「帝都に住む新興ブルジョワじゃなかったか?
別の依頼んとき、反体制派のビラでちらっと名前を見た気がするぜ」
エヴァンスが言うが、ドリスは答えない。
何にせよ、貧民街はやはり注目に値する場所、とドリスも確信できたようだ。
貧者の集う街。そこでは、持たざる者同士でさえ助け合う余裕もなく、
小さな縄張りを巡って血が流されようとしている。
ジャックはひとり俯き、拳を握り絞めた。
(誰も好き好んで貧民街にいる訳じゃねぇ。
世の中は理不尽だからよ、生まれた時から貧しい奴だっている。
今の力不足な俺じゃ貧しい奴全員は助けてやれねぇ。でも……)
いつか必ず、この世から貧困をなくしてみせる。
そう誓って閉じた瞼の裏に、誰かの顔が浮かぶ気がした。
ルース・L・スパーダ(ka4513)が最初に訪れた酒場はひどく窮屈で、
客たちをかき分けて、どうにかカウンターまで辿り着く。
(人やドワーフは、この狭さが気にならないのか?
風通しも悪い。息が詰まりそうだ……だが、これが『街』というものなのだろう)
人と人との距離が近い分、情報を得るにはもってこいの場所ではある。
早速1杯頼んで、バーテンを近くに呼び寄せた。
「近頃、この辺は何か変わったことになっているそうだな?
誰か事情通に会えないかと思って来たんだが」
「お客さん、探偵か何か?」
エルフの特徴である尖り耳を、じろじろと見られた。
周りの客からも、始終無遠慮な視線を感じる。この店に通うルースの同胞は少ないようだ。
「旅の途中でね。どこか面白そうな場所があれば、とぶらついてるだけさ」
まずはバーテンから、ちょっとした噂を聞くことができた。
「こんな場末でも、あんたみたいな外からのお客が増えた気がするよ。
素通りして貧民街へ行く連中も多い。馬車も良く見かけるな。
何か、悪い遊びでも流行ってるのかね。紳士がたの間でさ」
バーテンが笑った。実際、貧民街近辺にはいかがわしい店も多いと聞く。
それ目当てにやってくる裕福な人間もいるようだが、
「ここだけの話。最近はちょいと怖いお兄さんがたも増えてんだ。
集金や何かでなくて、どうも貧民街の様子を見に来てるらしいぜ」
何度も店を変えて、噂を集めていく。
何杯も酒を奢り、しなを作る花売り娘にまとわりつかれ、
酔っ払いには『長耳野郎』と罵られ、道に迷い、いい加減うんざりしながらも、
(やはり、大きな話題はよそ者の出入りのことだな……しかし)
酒場回りの途中で『家族』、エルフと出会うことはなかった。
どうやら、界隈では彼らは二級市民の扱いのようだ。
ルース自身、けんもほろろに追い返されることがあった。
(彼らはなるべく姿を隠しているのだろう。金や力のない者にとって、生き易い街ではない)
酒場通りを立ち去る。
春先、まだ冷たい夜風に吹かれて、ルースは外套の襟を立てた。
●
午前中、鹿島 雲雀(ka3706)は貧民街の奥、とあるアパルトマンの中庭へ進んだ。
道の途中、方々の窓から刺すような視線を感じた。
(見られてんな。早速)
中庭に入れば、何やら遊んでいた子供たちが、さっと隅に寄って固まる。
構わずサッカーボールを取り出し、
「よぉ。悪いがちょいと、場所借りるぜ」
おもむろにリフティングを始めた。爪先、膝、肩、頭を使ってボールを何度も宙に浮かせる。
その様子に、サッカーなど見たことのない子供たちは、次第に興味を惹かれていくようだった。
雲雀がボールを蹴りながら、思わせぶりに視線を向けると、
「それ、何?」
「サッカーっていう、リアルブルーでの遊びだよ。少し教えてやろうか?」
子供たちが寄って来た。
しめたとばかりにボールを蹴って寄越すと、子供は思わず手で捕まえた。
「おっと、違うな。そいつは蹴って返さなきゃいけないんだ。
ほら、ボールを落として、爪先で軽く蹴る。そうそう……」
「本当は、ふたつのチームで点を取り合う遊びなんだ。
ゴールを決めて……ここと、あっちの壁にしよう。
壁際に立ってる奴だけは手を使って良い。ボールが来たら受け止めろよ」
最初は言葉少なだった子供たちも、段々と打ち解けてくる。
しばらくすると、中庭に大人の女たちが降りてきた。子供の親だろうか。
汚れた身なりをして、険しい顔で雲雀を睨んでいる。
「……ちょっと抜けるぜ。お前らの母さんに挨拶してくるわ」
ボールは子供たちに預け、母親たちに、
「いやぁ、俺様、転移者なんだけどさ。
実はリアルブルーにもこういう所があってね。つい懐かしくなって、来ちまったんだ」
いつもここで子供を遊ばせてるのか、と尋ねると、
「外は危ないからさ」
と母親は素っ気なく答える。具体的にどう危ないのか、問い質した。
曰く、辺りの路地はギャングの縄張りになっている。
仲間以外が通れば持ち物を盗られるか、乱暴される。だから子供を表に出せないのだそうだ。
「あいつら、銃を持ってる」
「銃?」
「若い奴らが、どっかから銃を買い集めたのさ。奥のほうで」
と、指し示したのは住宅街の奥の奥。そこは丸ごと、ちんぴらの溜まり場らしい。
「しょっちゅう射的をやってる。うるさいったらありゃしないよ」
「話、聞かせてもらってありがとな。
ああ……それ、気に入ったのならやるよ。んじゃ、またな?」
雲雀は子供たちにボールをあげて、その場を立ち去った。
(若いちんぴら、銃を持ってる……成る程、危ない感じはするわな)
●
「実は先日、依頼でこの地に足を運んでいまして。皆さんお元気そうですね」
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)は少々の扮装をした上、記者のドリスを伴って、
浮浪者たちが住む河岸のバラック群へ向かった。大柄な老婆が、
「やぁ、あんたこそ変わりないみたいだね。
こないだは助かったよ。さ、こっちに。マティもいるよ」
ドリスのことを紹介した上で、バラックに入る。
相変わらず愛想のないマティ――彼女は河原に住みながら、
ガラス屑で作ったモザイク画を売り、仲間の浮浪者たちの暮らしを助けていた。
「あの画商さんが、本当に高値で画を買ってくれてね。
マティは今じゃちょっとした金持ちなんだ……だのに、ここを出てこうとしないんだよ」
「あれからどうです? 何か危ないことはありませんでしたか。
先日、河から男の遺体が見つかったそうですが」
レイは死体の素性を推理していた。マティを狙ってやって来たよそ者が、
トラブルを持ち込んだ角で地回りのちんぴらに制裁を受けたのではないか、と。
「こっちじゃあれから何ごともないけどねぇ……ただ」
老婆が語る。貧民街では今、少年ばかりの新興のギャングが縄張りを急速に広げているらしい。
河原の子供たちの中も街に入った折、脅しや誘いを受けた者がいるようだ。
「連中、夜中に河原をうろついてることもあるんだ。
手出しはしてこないけど、おっかなくていけないね。
最近はなるべく子供を街へ出さないようにしてんだ」
「もし何かあれば、例のパトロンの方に頼ったほうが良いかも知れません。
あるいは、我々ハンターにも直接相談して頂ければ」
そう言ってバラックを出た。ドリスが取材を続けている間、辺りを見回っておく。
「嘘を書きたくない、ということは解ります。ただ」
ドリスへは、マティたちの安全を考え、ちんぴらたちを刺激する内容は避けて欲しいと求めた。
「まぁ、そこは配慮しますよ。ただ、あのマティって人の話は面白そうだ」
「しばらくは、伏せておいて頂けると……」
金があると分かれば、狙われる。そういう街だ。
レイは周囲を警戒したが、今のところ河原に不審な者の姿はない。
マティ絡みのトラブルはひとまずあれで解決したのだろうが、
(すると、例の死体は何者でしょうか?)
●
ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)は、
貧民街の酒場『シュタートゥエ』の店内で、ちんぴらの一団に取り囲まれていた。
大人しく武器を渡し、手土産の酒まで差し出したが、
(思った以上にピリピリしてるわね。
私も……パパがいなければ、こんな風に取材を受けてたのかしら)
酒場の1階に下りてきた頭目の周囲を、武装した手下たちが固めている。
軒先にも見張りが4人、棍棒を剥き身で持って、訪れたノイを脅してくれたものだ。
謝礼を払うと告げると、思いの外あっさりと通されたが、
「あんたハンターかい?」
「流石、お見通しね。そんなようなものよ」
「そういう客も最近あったんでね。で、今日は何が知りたい」
「仕事の関係で少しの間、仲間とここをうろつくことがあるから。
挨拶がてら、街の『ルール』を教えて欲しいの」
俺がルールだ、と頭目は冗談めかして言った。
「弁えてない奴らもいるけどな」
「抗争相手でもいるのかしら? 死体が河から揚がったそうだけど」
ちんぴらたちの表情が、一様に硬くなる。
「まずは金だ」
ノイが謝礼の金一封を渡す。頭目が金額を確認し、
「じゃ、お代分の話をしてやろうか。
貧民街は俺たちが仕切ってる。この店が城さ。
バルトアンデルス城と城下町があって、その中にもうひとつ国がある訳だ。
ところが、かの帝国と同じように、云わば反体制派がここらにも現れた」
少年ばかりの新興ギャング。
元々、裏路地に溜まっていた浮浪児たちはシュタートゥエの使い走りをやっていたのだが、
何者かが彼らをまとめ上げ、新しいグループを作ったらしい。
「仲間をひとり殺られた。河の死体がそうさ。
無論黙っちゃいない、必ずツケを払わせる」
「敵の居所は分かってるの?」
「街の奥のおんぼろ屋敷だ。あそこらはホントに古くて汚ない、クソみたいな家ばかりでね。
そこらに固まってるから、ことが始まりゃ一網打尽だ。ただ俺たちは何というか、慎重を期すタイプなんだ」
「戦争の準備中って訳?」
「そんなでかい話じゃない。単なるネズミ駆除だよ」
言葉とは裏腹に、頭目の目つきは鋭い。
どうやら大がかりな抗争を予感しているらしい。謝礼に飛びついたのも軍資金確保の為だろうか。
「今後、ここを歩く上で気をつけるべきことは?」
「次からは必ず最初に、俺たちへ話を通せ。
ガキどもはいかれてる、何をするか分からない。護衛が必要だろ?
それと、北側の路地には入らないほうが良い。ガキどもの巣が近い」
では最後に、とノイが言う。
「オラウス・フリクセルという人物を知っているか」
ドリスから預かった質問だったのだが、ノイにはその人物が誰だか分からない。
頭目は一瞬考える素振りをした後、
「ノーコメントだ」
そう言って、にやりと笑った。
●
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)と貧民街を歩いていた。
わざと派手な服装でパンを配り歩き、人目を引く作戦だったのだが、
「俺様の慈悲の心が伝わったかな?」
「どうだか。けど、金のありそうなことはちゃんと伝わったみてぇだ」
ろくに人気のない、真昼の貧民街の通りだったが、姿は見えずとも、尾行や監視の気配は伝わってくる。
やがて、エヴァンスがすっとジャックの傍を離れた。
ジャックはひとり、路地裏に踏み込んでいくが――
辺りの屑籠の陰や建物の窓から、浮浪児らしき子供たちが次々と現れる。
ぎらついた目をして、手には石や棍棒。
「よっ。みんな引っ込み思案なんだな?」
ジャックが提げていたパン籠を差し出した。
「腹減ってるだろ? 貴族である俺様から、愛の食糧支援だ。遠慮すんな」
子供たちは、彼を取り囲んでせせら笑う。
「ホントに俺たちを哀れんで下さるなら、旦那様。
その綺麗なおべべと、札入れのほうを置いてってくんねぇかな」
子供たちは明らかに食うに困っているだろうに、
差し出されたパンも無視して、敵意を剥き出しにする。
(思った以上に荒んでるな)
子供たちがゆっくりと、ジャックを囲む輪を縮めていく。
いよいよ仕掛けてくる気か、と思われたところで、
「止めとけよ。他人の親切は素直に受け取っとくもんだ」
姿を隠していたエヴァンスが、路地の外側から子供たちに近づいた。
手にしたダガーをはっきりと見せておく。相手は判断力の育っていない子供、
分かりやすく脅しておかないと却って無茶をさせかねない。
「お前ら、ガキだけの強盗団でもやってんのか?」
「手前らこそ何しに来た」
エヴァンスは、ジャックと目配せを交わした。
(こんなチビどもを痛めつけるのは、流石にな)
子供たちは凶暴そうだが、幼い。一番年嵩でも12、3歳、ほとんどはそれより小さな子供だ。
しかし人数が多く、武器を持っているので手加減も難しい。荒事は避けるべきだと判断した。
「ここらに詳しい奴を探してる。お前ら、誰か大人を知らねぇか」
「ガキ扱いすんじゃねぇ」
エヴァンスの言葉に、リーダー格の少年が口答えした。
「そんなら、お前が答えてくれ。ここはどういうとこなんだ?」
「ここらはみーんな、ジンプリチシムス団の領地だ。よそ者は通行料を払うって法律がある。
パンなんかいらねぇ、俺たちは犬ころみてぇにエサで尻尾振ったりしねぇんだよ!」
少年が言うと、仲間たちも一斉に叫び声を上げた。興奮している。
これ以上押せば、血を見ることになりそうだ。エヴァンスが、
「こうしよう。俺たちは大人しく引き下がる、お前らは見送る。
どっちも損も得もしない、それで良いな?」
短剣をちらつかせると、子供たちも一瞬怖気がついたようだ。
素早くジャックが路地の出口へ下がりつつ、リーダー格の少年へ、
「お前がその、ナントカ団の大将なのか?」
「小隊長のハンスだ! 俺たちのボス、ライデンは大物だ。雑魚は相手にしねぇ!」
ジャックはパン籠を提げた肩をすぼめ、エヴァンスとふたり、その場を立ち去る。
●
「今後の取材対象が絞れてきたね。記事の方向性も」
取材から戻ったハンターたちを前に、ドリスがメモをまとめる。
「今まで一帯の支配者だったシュタートゥエが、新勢力に脅かされつつある」
ノイが言うと、エヴァンスとレイも頷き、
「あの裏路地のガキどもだな。
『ジンプリチシムス団』、ボスの名前はライデン。一体どんな野郎かね」
「河の死体も彼らの仕業でしょう。抗争は既に始まっています」
雲雀とルースが付け加える。
「あちこち縄張りを広げながら、銃まで買って、本格的な戦争を準備してるみたいだな」
「外から出入りしている人間や馬車がいるそうだが、彼らが銃か資金を運んでいたのかも知れない。
貧民街の外のやくざ者たちも、辺りに興味を持っているらしいと聞いた。
もしかすると新興ギャングは、彼らが貧民街に縄張りを作る為の仕掛けではないか?」
そこでふと、ノイが尋ねた。
「オラウス・フリクセルって何者? シュタートゥエのボスは、誰だか知っているようだったけれど」
「悪いけど、現在調査中の案件で……」
「帝都に住む新興ブルジョワじゃなかったか?
別の依頼んとき、反体制派のビラでちらっと名前を見た気がするぜ」
エヴァンスが言うが、ドリスは答えない。
何にせよ、貧民街はやはり注目に値する場所、とドリスも確信できたようだ。
貧者の集う街。そこでは、持たざる者同士でさえ助け合う余裕もなく、
小さな縄張りを巡って血が流されようとしている。
ジャックはひとり俯き、拳を握り絞めた。
(誰も好き好んで貧民街にいる訳じゃねぇ。
世の中は理不尽だからよ、生まれた時から貧しい奴だっている。
今の力不足な俺じゃ貧しい奴全員は助けてやれねぇ。でも……)
いつか必ず、この世から貧困をなくしてみせる。
そう誓って閉じた瞼の裏に、誰かの顔が浮かぶ気がした。
依頼結果
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- 撓る鋼鞭
ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)
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貧民街を探せ! レイ・T・ベッドフォード(ka2398) 人間(リアルブルー)|26才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/04/06 09:52:49 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/04 09:23:16 |