ゲスト
(ka0000)
箱入り息子の忘れ物
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/03 19:00
- 完成日
- 2014/07/09 00:37
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「ああもうああもうちくしょう! なんだよなんだよなんなんだよ!」
叫びながら、一人の青年が街道をひた走っていた。絹のような金の髪を振り回し、整った顔を汗と涙と鼻水で彩りながら、がむしゃらに手足を振り回す。
少し、休憩しようとしただけだった。ただ少し街道から外れた座りやすい岩を見つけただけで、青年は全てを失っていた。商売を始めるための資本金も、商売道具も、食料も飲料も衣料も何もかも。
ギーと幾つもの甲高い声が背後で響き、振り返った途端に固いもので殴り飛ばされ、恐怖のあまり脇目もふらずに逃げ出した。
しかし、しかしだ。
商売道具も生活用品も、大事だが、どうでもいい。そんなもの、親父がいくらでも用意してくれる。
だけど、だけどだ。
――ママが編んでくれたセーターだけは、何が何でも取り戻さなければ!
他はどうなってもいい。あれだけは、絶対にだ。手先が不器用で、それまで編み物などしたことのなかったママが、自分のために寸暇も惜しんで作ってくれたのだ。
ただそのためには、あいつらに頼らなければならない。
「くそ、ハンターなんかに……!」
自分を裏切った、あの憎らしい顔を思い出す。
屈辱だ。
だが、背に腹は変えられない。
「ちくしょう!」
青年は唇を噛んで、冒険都市リゼリオの門を走り抜けた。
●
太陽が真上を少し過ぎた午後。ハンターたちも大方出払い、ゆったりとした穏やかな時間にハンターズソサエティ本部の職員たちも息をつく。忙しい毎日の中の、ふとした隙間。
そんな空間を切り裂いて、どかどかと大股で一人の青年がハンターズソサエティの門を叩いた。
「街道で百匹くらいのジャイアントに襲われたんですけど!」
受付嬢が声をかける前に、叩きつけるような大声がホールに響いた。青年の剣幕に、受付嬢の肩がビクリと跳ねる。
年の頃は二十前後だろうか。肩で切り揃えられた金の髪は、どしどしと歩くごとにふわりと舞う。整った顔に透き通るような白い肌も相まった美形であったが、憤怒に歪んだその表情に面影はない。
「街道は安全って聞いたんだけどさ、管理どうなってんの!」
青年は受付まで早足に寄ると、強くカウンターに掌を叩きつける。
「ひゃ、百体のジャイアント……ですか?」
恐る恐る聞き返す受付嬢の表情には、困惑以外浮かんでいない。
「死ぬかと思うわ荷物は取られるわで散々だよ! あんたらがしっかりしてないから、あんなのが湧くんじゃないの?」
青年の態度は、限りなく尊大だった。天板を何度も叩き、唾を飛ばし、受付嬢が親の仇なのかと疑うほど高圧的で、他の職員も何だ何だと奥から顔を覗かせる始末。そしてそれに気づいているのかいないのか、青年
は更に言葉を重ねて喚き立てる。
よほど腹に据えかねているのだろう。持ち得る語彙の全てで以って殴りかかるような光景に、流石に周りが止めに入ろうとしたその時。
「お客様、ご依頼ですか?」
青年の後ろから、声をかけた人物がいた。
「ああ?」
自分の高説の最中に突然割りこまれ苛ついたのか、青年が唸りながら振り返り、
「――ひっ」
小さく悲鳴を上げて、ビクリと動きを止めた。
青年の視線の先に立っていたのは、歴戦の戦士を思わせる巨体の持ち主だった。服装から職員の一人なのだろうと推測はつくが、それ以上に顔面に刻まれた刀傷が目を引いてしまう。そんな大男が急に目の前に現れ
たのだから、青年が驚くのも無理は無いだろう。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
しかし、その風貌からは想像の付かないような丁寧な言葉は、優しささえ含まれるほどに穏やかだった。
それでも目と鼻の先にいる青年には、ある種の恐怖を抱かせるのだろうか。男の一言一句に肩を震わせるその姿には、つい先程までの勇ましい姿はない。狼に追い詰められた兎のように儚げだった。ただし、青年に
その手の愛らしさは欠片もなかったが。
「なんでも……大量のジャイアントが現れたとか」
そう問われ、青年は顔色を悪くしながらも小さく頷いた。
「そうですか」
男は、顎に手を当てる。
「……それほどのジャイアントが発生したとなれば、直ちに近辺のハンターを呼び集め、派遣しなければならないでしょう。それも、数十人単位のベテランたちを。それから、近隣の住民たちの避難誘導に、避難民の
受け入れ先の確保、周辺の警邏もしなければならないとなれば、軍に出動要請もしなければならないでしょうな。さて……」
そしてギロリと、青年の体など一息でズタズタに切り刻んでしまえるような視線が、青年に向けられた。
「それが真実でなかった場合の責任を、きちんと取られるのでしょうな?」
●
しばらくぶりの静寂が、本部に訪れたようだった。青年は縮こまって応接用の椅子に座り、目の前に座る男の視線から逃げ出したいのかそわそわもじもじと不審な挙動を繰り返している。
「さて、ご依頼の内容を詳細にお願い致します」
「え、っと、その……じゃ、ジャイアントが」
「詳細を、正確に、お願い致します」
二度目は、厳しく強い口調で青年の言葉を叩き切る。
青年はしばらく視線を泳がせながら、
「……ご、ゴブリンが」
ようやく、小さい声でそう答えた。
「ふむ、ゴブリンですか。数は?」
「え、っと……ちっちゃいのが三、いや四匹はいた、かも……」
一度強気で言い放った言葉を撤回するのに凄まじい抵抗が働いているようで、言葉を区切り区切り、苦渋の響きで口の端から絞り出す。
「かも、とは?」
それに対し、男の対応は真摯だった。
「その、よく、見えなくて……。逃げるのに必死で……荷物も、そのときに置いてきちゃって……」
「護衛はつけていなかったので?」
「え……と……」
そこで改めて、青年は言葉を濁した。
「……支払う報酬をケチって、逃げられたといったところでしょうか」
「え」
業を煮やした男の言葉に、青年は呆気に取られた。図星だったのだろうか、驚愕に目を丸くし、情けなく口まで開いている。
「まあ、それはどうでもよろしいでしょう。依頼内容は、失くされた荷物の奪還、ということでよろしいでしょうか?」
青年が驚愕の表情のまま、頷く。
「かしこまりました、それでは直ちに――」
「あ、のう」
意外にも、立ち上がりかけた男を青年のか細い声が引き止める。
「どうかされましたか?」
「その……商品も大事なんだけど、できれば……できれば一緒に置いてあったセーターも、回収して欲しいなあ、って、その……」
「ふむ、分かりました。項目を追加しておきましょう」
男が改めて立ち上がり、カウンターの奥へと消えていく。その後姿を見て、青年はだらりと椅子にもたれかかった。
「ちくしょう、なんだよあいつ偉そうにしやがって……僕を誰だと思ってんだ……」
涙目で細かく震えながらでも、地方領主のお抱え商人を父親に持つ青年の、必死の抵抗の言葉だった。
「ああもうああもうちくしょう! なんだよなんだよなんなんだよ!」
叫びながら、一人の青年が街道をひた走っていた。絹のような金の髪を振り回し、整った顔を汗と涙と鼻水で彩りながら、がむしゃらに手足を振り回す。
少し、休憩しようとしただけだった。ただ少し街道から外れた座りやすい岩を見つけただけで、青年は全てを失っていた。商売を始めるための資本金も、商売道具も、食料も飲料も衣料も何もかも。
ギーと幾つもの甲高い声が背後で響き、振り返った途端に固いもので殴り飛ばされ、恐怖のあまり脇目もふらずに逃げ出した。
しかし、しかしだ。
商売道具も生活用品も、大事だが、どうでもいい。そんなもの、親父がいくらでも用意してくれる。
だけど、だけどだ。
――ママが編んでくれたセーターだけは、何が何でも取り戻さなければ!
他はどうなってもいい。あれだけは、絶対にだ。手先が不器用で、それまで編み物などしたことのなかったママが、自分のために寸暇も惜しんで作ってくれたのだ。
ただそのためには、あいつらに頼らなければならない。
「くそ、ハンターなんかに……!」
自分を裏切った、あの憎らしい顔を思い出す。
屈辱だ。
だが、背に腹は変えられない。
「ちくしょう!」
青年は唇を噛んで、冒険都市リゼリオの門を走り抜けた。
●
太陽が真上を少し過ぎた午後。ハンターたちも大方出払い、ゆったりとした穏やかな時間にハンターズソサエティ本部の職員たちも息をつく。忙しい毎日の中の、ふとした隙間。
そんな空間を切り裂いて、どかどかと大股で一人の青年がハンターズソサエティの門を叩いた。
「街道で百匹くらいのジャイアントに襲われたんですけど!」
受付嬢が声をかける前に、叩きつけるような大声がホールに響いた。青年の剣幕に、受付嬢の肩がビクリと跳ねる。
年の頃は二十前後だろうか。肩で切り揃えられた金の髪は、どしどしと歩くごとにふわりと舞う。整った顔に透き通るような白い肌も相まった美形であったが、憤怒に歪んだその表情に面影はない。
「街道は安全って聞いたんだけどさ、管理どうなってんの!」
青年は受付まで早足に寄ると、強くカウンターに掌を叩きつける。
「ひゃ、百体のジャイアント……ですか?」
恐る恐る聞き返す受付嬢の表情には、困惑以外浮かんでいない。
「死ぬかと思うわ荷物は取られるわで散々だよ! あんたらがしっかりしてないから、あんなのが湧くんじゃないの?」
青年の態度は、限りなく尊大だった。天板を何度も叩き、唾を飛ばし、受付嬢が親の仇なのかと疑うほど高圧的で、他の職員も何だ何だと奥から顔を覗かせる始末。そしてそれに気づいているのかいないのか、青年
は更に言葉を重ねて喚き立てる。
よほど腹に据えかねているのだろう。持ち得る語彙の全てで以って殴りかかるような光景に、流石に周りが止めに入ろうとしたその時。
「お客様、ご依頼ですか?」
青年の後ろから、声をかけた人物がいた。
「ああ?」
自分の高説の最中に突然割りこまれ苛ついたのか、青年が唸りながら振り返り、
「――ひっ」
小さく悲鳴を上げて、ビクリと動きを止めた。
青年の視線の先に立っていたのは、歴戦の戦士を思わせる巨体の持ち主だった。服装から職員の一人なのだろうと推測はつくが、それ以上に顔面に刻まれた刀傷が目を引いてしまう。そんな大男が急に目の前に現れ
たのだから、青年が驚くのも無理は無いだろう。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
しかし、その風貌からは想像の付かないような丁寧な言葉は、優しささえ含まれるほどに穏やかだった。
それでも目と鼻の先にいる青年には、ある種の恐怖を抱かせるのだろうか。男の一言一句に肩を震わせるその姿には、つい先程までの勇ましい姿はない。狼に追い詰められた兎のように儚げだった。ただし、青年に
その手の愛らしさは欠片もなかったが。
「なんでも……大量のジャイアントが現れたとか」
そう問われ、青年は顔色を悪くしながらも小さく頷いた。
「そうですか」
男は、顎に手を当てる。
「……それほどのジャイアントが発生したとなれば、直ちに近辺のハンターを呼び集め、派遣しなければならないでしょう。それも、数十人単位のベテランたちを。それから、近隣の住民たちの避難誘導に、避難民の
受け入れ先の確保、周辺の警邏もしなければならないとなれば、軍に出動要請もしなければならないでしょうな。さて……」
そしてギロリと、青年の体など一息でズタズタに切り刻んでしまえるような視線が、青年に向けられた。
「それが真実でなかった場合の責任を、きちんと取られるのでしょうな?」
●
しばらくぶりの静寂が、本部に訪れたようだった。青年は縮こまって応接用の椅子に座り、目の前に座る男の視線から逃げ出したいのかそわそわもじもじと不審な挙動を繰り返している。
「さて、ご依頼の内容を詳細にお願い致します」
「え、っと、その……じゃ、ジャイアントが」
「詳細を、正確に、お願い致します」
二度目は、厳しく強い口調で青年の言葉を叩き切る。
青年はしばらく視線を泳がせながら、
「……ご、ゴブリンが」
ようやく、小さい声でそう答えた。
「ふむ、ゴブリンですか。数は?」
「え、っと……ちっちゃいのが三、いや四匹はいた、かも……」
一度強気で言い放った言葉を撤回するのに凄まじい抵抗が働いているようで、言葉を区切り区切り、苦渋の響きで口の端から絞り出す。
「かも、とは?」
それに対し、男の対応は真摯だった。
「その、よく、見えなくて……。逃げるのに必死で……荷物も、そのときに置いてきちゃって……」
「護衛はつけていなかったので?」
「え……と……」
そこで改めて、青年は言葉を濁した。
「……支払う報酬をケチって、逃げられたといったところでしょうか」
「え」
業を煮やした男の言葉に、青年は呆気に取られた。図星だったのだろうか、驚愕に目を丸くし、情けなく口まで開いている。
「まあ、それはどうでもよろしいでしょう。依頼内容は、失くされた荷物の奪還、ということでよろしいでしょうか?」
青年が驚愕の表情のまま、頷く。
「かしこまりました、それでは直ちに――」
「あ、のう」
意外にも、立ち上がりかけた男を青年のか細い声が引き止める。
「どうかされましたか?」
「その……商品も大事なんだけど、できれば……できれば一緒に置いてあったセーターも、回収して欲しいなあ、って、その……」
「ふむ、分かりました。項目を追加しておきましょう」
男が改めて立ち上がり、カウンターの奥へと消えていく。その後姿を見て、青年はだらりと椅子にもたれかかった。
「ちくしょう、なんだよあいつ偉そうにしやがって……僕を誰だと思ってんだ……」
涙目で細かく震えながらでも、地方領主のお抱え商人を父親に持つ青年の、必死の抵抗の言葉だった。
リプレイ本文
●
一行は青年の案内で、開けた街道へとやってきた。
「……ほら、こっちだよ」
不貞腐れたような声と顔で、青年が顎を使い先を促す。
「あなた、いい加減にして下さらない?」
ここまでの道中、始終仏頂面を晒す青年に、ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)が苛立ちの篭もる尖った言葉を向けた。
「な、なんだよ文句あるの? こ、こっちは雇い主様だぞ!」
ベアトリスの様子に恐れをなしたのか、青年はわずかにたじろぐ。それでも虚勢を張ることをやめないのは、さすがといったところか。
「……ふん、本当につまらない男。あなたのお父様は、確かに大した方なのかもしれませんわ。ですが、それが何か? 血筋や家柄が高貴の条件だと捉えているのなら、それはとんだ勘違いですわね。高貴な者というのは、他者に何かを与えられるからこそ高貴であって――」
「まあまあベアトリス殿、喧嘩より、まずは依頼の遂行が優先でありますよ」
「……そうだ。仲良く、行こう」
敷島 吹雪(ka1358)がベアトリスの背中を叩き、その後ろでオウカ・レンヴォルト(ka0301)が小さく頷いた。
「……まあ、依頼はパーフェクトにこなしてみせますわ」
つんと青年から視線を外し、ベアトリスは少し目の泳ぐ青年から距離を取るように大股で歩き出す。
「気持ちは分かるが、その者は荷物を取り返したいあまり気が立っているだけなのだ。許してやってくれ!」
額に大量の汗を浮かべながら、何故か訳知り顔で胸を張るラグナ・グラウシード(ka1029)。
「ところでラグナさん、なんで鎧の上からセーターなんて着込んでるんですか……?」
ジョージ・ユニクス(ka0442)の疑問はもっともなものだったが、ラグナはそれに得意げな笑みを返すだけだった。これにはジョージも首を傾げるしかない。
「みなさん、そろそろ会敵するかもしれません。準備を整えましょう」
切れかけた緊張の糸を再び繋げるように、エヴリル・コーンウォリス(ka2206)が傍らのドーベルマンを撫でながら静かに提案した。
●
一行は、目的の場所を見渡せる森の木々に身を隠していた。
青年が荷物を置いてきたという岩の周りに、確かにゴブリンが集まっている。数は三匹。あれからそれなりの時間は経っていたが、どこかに移動はしないでいてくれたようだ。
その背丈は報告通りに、一般的なものよりも小さい。手には武器のつもりなのか、一様にそこらに落ちていただろう木の枝が握られている。
「荷物、は……」
「やつらの足元に、何か散らばっているでありますね」
目を凝らすオウカ。しかしそれよりも早く、鋭敏な視力で以って吹雪が目聡くゴブリンたちの足元に散らばる布片を発見した。
「あれ、僕のカバンだ。あーもう、あれ高かったのに」
ちくしょうと、青年が毒づく。
ゴブリンたちはその布片を無造作に足蹴にしながら、何やら楽しそうに笑い合っている。その様子を見る青年の苛々が次第に募っていっているのは、彼の表情を見れば火を見るより明らかだった。
「落ち着くのだ、青年よ。隠密中だぞ」
「やつらが巣に戻るまで、ここで待機いたしましょう」
ラグナがなだめ、ベアトリスが腰を据えようとしたその時。ゴブリンたちに程近い茂みをがさりと揺らし、その手に小さな袋のようなものを携えたもう1匹の小さなゴブリンが這い出した。
そのゴブリンは小さな袋を掲げ、嬉しそうに仲間に向けて振り回している。
「あ、あれ、くそっ、財布まで! ちょっと早く取り返してきてよ! あれもブランド物なんだよ取り寄せるのに二ヶ月――!」
「ちょ、だから黙れって――」
「まずいですね、気づかれたようです」
ジョージの制止は虚しく空を掴み、エヴリルは淡々と状況を見つめ刀の鯉口を切った。
青年の声が届いてしまったのか、ゴブリンたちは一斉にギロリとこちらを睨み、ぎいと甲高い声を上げ手にした枝を振り上げる。
「はあ、上手くいかないものですわね」
「……仕方ない、な」
ベアトリスが呆れたようにため息をつく横で、オウカが拳銃に弾を込める。
人と見ると襲いかかる性質でもあるのか、ゴブリンたちは躊躇もなくこちらへと突撃を仕掛けてくる。短い足をバタバタと忙しなく回転させ、案外と早く辿り着かれてしまいそうだ。体が小さい分、普通のゴブリンよりも素早いらしい。
だが、まだ距離はある。その絶好の機会を逃すハンターたちではない。
「……一番槍は、任せてもらう」
特に、この距離は銃器の間合いだ。オウカは体内のマテリアルを活性化させる。
構えた拳銃がぼんやりと光りを放ち、集約されたエネルギーが一条の光となって迸る。瞬きの暇すら与えず彼我の距離を貫く閃光は、先頭のゴブリンを貫き弾き飛ばした。
「今です!」
一瞬にして仲間を失い、ゴブリンたちに動揺が走る。そしてその足が鈍った瞬間を見計らい、ジョージが剣を構えて飛び出した。
無言で後に続くエヴリルは、走りながら精神を集中させる。
「……プロテクション」
エヴリルは呟き、マテリアルを開放する。前を走るジョージの全身を、光の膜が覆っていく。
「ええい、貴様は隠れていろ! いいな!」
遅れて、青年を無理矢理下がらせたラグナも後に続こうとし、
「待ちなさい!」
「んぐぉっ!」
ベアトリスに首もとを捕まれ気道がきゅっとなった。同時に、ベアトリスからマテリアルが流し込まれる。
「これで、少しは保ちますわ」
「う、うむ、かたじけない」
ベアトリスに背中を押され、首をさすりながら改めてラグナも駆け出した。
「ちょっと、聞きたいのでありますが」
地面に倒れてうめき声を上げる青年に、吹雪は声をかけた。
「あなたは、商品とセーター、どちらが大切なのでありますか?」
その質問は、青年にとって想定外のものだったらしい。空気を伝った振動が耳に入った瞬間、青年は明らかに狼狽した様子で目を泳がせた。
「は、はあ? そ、そんなもの、商品に決まってるだろ! せ、セーターはついでだよついで! ほ、他に着るものがないからさ、取り返してもらわないと困るんだよ!」
うっすらと頬も赤くなっている。どこからどう聞いても強がりだった。
ついでなのに、ないと困る。矛盾するような青年の答えに、吹雪は全てを悟った笑顔で応えた。
「セーターは、ちゃんと取り戻すであります。だから、ボーナスを期待しているでありますよ」
そう言って、青年の肩をぽんと叩く。そうして、踵を返し、戦場へと目を向けた。
猟銃を構え、仲間の肩越しに見えるゴブリンの姿に狙いを定める。マテリアルを込めた瞳は、鮮明にその姿を映し出す。瞬間を見定め、引き金を引く。
鋼鉄が、歓喜の咆哮を上げた。
ゴブリンのその体に過たず弾丸が吸い込まれる。腹を撃ちぬかれたゴブリンが、悲鳴を上げて倒れこんだ。
残る二匹の動きは、完全に止まっていた。迫り来る敵に向けてなんとか威嚇の声を上げるが、もはや恐怖に怯える瞳の色を隠しきれていない。
だが、手心を加える必要はない。相手は、人を害するものなのだ。
「守護する精霊よ、敵を滅ぼす我が加護を……征くぞ!」
ジョージは強く、叩きつけるように地面を踏みしめ、一瞬にして距離を飛び越える。手にした剣が、陽の光に閃く凶刃と化してゴブリンの体を切り裂いた。
「ジョージ殿! 気をつけよ!」
ゴブリンの断末魔に、ラグナの声が重なる。残った最後のゴブリンが、ジョージの死角から飛びかかっていたのだ。咄嗟に目を向けた先、振り下ろされる枝が視界を覆う。
「くっ……!」
がつんと、金属を叩く鈍い音が響いた。ただの枝とはいえ、ゴブリンはそれほどひ弱な生物ではない。ジョージは襲う衝撃に顔を歪め膝を折った。
「ぬおおっ!」
それを見たラグナが雄叫びを上げ、割り込むようにゴブリンに勢い良く体を叩きつけた。ゴブリンの体が、枯れ葉のように吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか?」
エヴリルがジョージに近寄り、ヒールをかける。ジョージの体を淡い光が包み込み、頭の鈍痛が一気に引いていくのを感じた。
「ジョージさん、無事ですの?」
「ええ、大したことないです」
ジョージは頭を振り、剣を鞘に収めながら立ち上がる。吹き飛ばされたゴブリンがふらふらと起き上がり、足元の定まらない様子で森の中へと逃げていく。ここまでは作戦通り。一行は顔を見合わせ、頷いた。
「さあ、追いましょう」
エヴリルが言う。それに応えるように、ドーベルマンがワンと一声吠えた。
●
鬱蒼とした森の中に一軒の、歪な家のようなものが建っている。木の枝や、獣の皮、果ては石や土など、そこらに転がっているものでとりあえず作ってみましたというような粗末なものだ。
「あら、洞窟か何かに棲んでいるわけではないのですわね」
「……家を持つような知能が、あるようには見えない、が」
「でも、人間並みの知能はあるらしいですよ?」
一行はゴブリンの背中を追って、この場所へと辿り着いていた。ちなみに青年は、連れてくる意味もなかったので置いてきた。
「物凄く警戒されているでありますね」
その家の前に、合計四匹のゴブリンが立っていた。大小二匹ずつ、親子といった風体だ。親ゴブリンは、その手に石斧を握っている。
そしてその内の一匹、特に大きな個体が、紺色のセーターをこれみよがしに纏っていた。
「さて、どうしましょうか」
ジョージが呟く。すると、
「ふっふっふっ」
白々しい笑いとともに一歩前に出たラグナが、着込んでいたセーターを勢い良く脱ぎ去った。
「私に、いい考えがある!」
得意満面に言い放つと、セーター片手にずかずかとゴブリンたちの前に躍り出た。いきなりの行動に、五人は突っ込む暇さえ与えられない。
「鬼どもよ! 私のセーターをくれてやろう! その代わり、そちらのセーターを返してくれ!」
高らかに謳うその声に、ゴブリンたちも呆然である。
沈黙が流れ、森の中を生暖かい風が吹き抜ける。先に我に返ったのは、ゴブリンたちの方だった。
ぎいと叫び声を上げ、一番大きな個体がラグナに向けて飛びかかる。
「ぬわっ!」
振り下ろされた石斧が、ラグナの体を掠める。
「ラグナさん、何やってるんですか!」
「何をやっているんですのあなたは!」
「い、いやしかし、『神聖騎士教訓本』には――」
「治療します、下がってください」
三人に怒られ、ラグナは肩を落としてすごすごと戻っていった。入れ替わるように、ジョージとベアトリスの二人が飛び出す。
ジョージはセーターを着た個体へ、ベアトリスはもう一体の大きな個体の前に立ちはだかる。
「荷物は返してもらうぞ!」
ジョージがゴブリンの足を狙い、剣を水平に切り払う。確かな手応えと共に太腿を切り裂くが、ゴブリンもそれだけでは倒れてくれない。
お返しに振り下ろされた石斧を、辛うじて剣で受け流した。
「まだまだぁっ!」
そのまま受け流す力の流れに乗って一度回転し、再度ジョージの剣がゴブリンを襲う。マテリアルを込め、更に速度と威力を増した剣にもう片方の足も切り裂かれたゴブリンが、どさりと地面に倒れ伏した。
「なんだか、今日は無性に腹が立ちますわ!」
苛つきの混じった声が森の木々を揺らし、ベアトリスは大きくゴブリンの懐に飛び込んでいた。その手には、エネルギーで構成された光の剣が輝いている。
「くたばりなさい!」
光の剣は軌跡を残し、深々とゴブリンの胸に突き刺さった。剣が霧散し、鮮血が噴きだす頃には、すでにゴブリンの意識も残っていない。
子供のゴブリンたちは、離れた場所でその手に拳大の石を握っていた。そしてそれを、両親を狙う敵に向けて振りかぶる。
「させないでありますよ」
「そんなものを投げたら、危ないだろう……?」
吹雪はその目にマテリアルを込め、オウカは拳銃にマテリアルを込める。そして同時に放たれた一撃は、共にゴブリンの腕を貫きその攻撃手段を奪った。
残ったゴブリンたちにはもはや、逃げるという手段しか残されていなかった。二匹は慌てて踵を返す。
だが、たかが子供といえども、ここで逃すことは未来の犠牲者を増やすということだ。
ラグナは、弾丸が放たれる前に駆け出していた。大きく踏み込み、瞬時にゴブリンの背中に追いついていた。
「魔物とはいえ、子どもを傷つけるのは心が痛むが……せめて痛みは感じぬように」
追いつくと同時、流れるように切っ先は振り下ろされた。背後からの強襲に背中を切り裂かれ、ゴブリンは力を失って地面に転がる。
残るは一匹。
そう思った次の瞬間、その最後の背中にエヴリルの放った光球が炸裂していた。
光と共に爆風と衝撃が辺りに撒き散らされ、最後のゴブリンは木の幹に勢い良く叩きつけられる。そしてそれが収まると、辺りは、ようやく静けさを取り戻した。
●
足を裂かれてなお暴れるゴブリンを縄で縛り動きを封じ、エヴリルとラグナがぶん殴って気絶させることで、セーターはハンターたちの手によって安全に、それほど汚れもなく取り返された。
「ほぅら……大事なものなんだろう……?」
オウカの渾身の笑みとともに送られるセーターは、まるで魔王による下賜のようで。青年は軽く震えながら、できるだけオウカの顔を見ないようにそれを受け取る。
「全く。他人の荷物を奪うなんて、粗暴な生き物ですわね」
呆れたような溜め息に乗せて、ベアトリスが呟く。
「……あ、ありがとう」
ちらりとベアトリスに目をやって、そして青年の口から出たのは、意外な言葉だった。
受け取ったセーターを見つめ、何かを思う青年の表情に、先程までの虚栄は残っていない。
「……家族は大事に、ええ、それが一番です」
兜の中で、ジョージが呟く。それを耳にし、青年が少しだけ、頷いたような気がした。
「ま、まあ、ハンターも嫌な奴ばかりじゃないんだな。……嫌味なやつはいたけどさ」
「あら、何か言いたいことでも?」
小さく呟かれた言葉を耳聡く聞きつけ、ベアトリスは挑戦的に青年を見る。
その視線に貫かれ、ギクリと肩震わせた青年は、
「ちょ、ちょっとは見直してやってもいいかなって言ったんだよ!」
そう言ってふいと視線を逸らした。
「素直じゃないでありますなー」
からかう吹雪の言葉に、青年の横顔が僅かに赤らんでいるように見えたのは、気のせいではないのかもしれない。
一行は青年の案内で、開けた街道へとやってきた。
「……ほら、こっちだよ」
不貞腐れたような声と顔で、青年が顎を使い先を促す。
「あなた、いい加減にして下さらない?」
ここまでの道中、始終仏頂面を晒す青年に、ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)が苛立ちの篭もる尖った言葉を向けた。
「な、なんだよ文句あるの? こ、こっちは雇い主様だぞ!」
ベアトリスの様子に恐れをなしたのか、青年はわずかにたじろぐ。それでも虚勢を張ることをやめないのは、さすがといったところか。
「……ふん、本当につまらない男。あなたのお父様は、確かに大した方なのかもしれませんわ。ですが、それが何か? 血筋や家柄が高貴の条件だと捉えているのなら、それはとんだ勘違いですわね。高貴な者というのは、他者に何かを与えられるからこそ高貴であって――」
「まあまあベアトリス殿、喧嘩より、まずは依頼の遂行が優先でありますよ」
「……そうだ。仲良く、行こう」
敷島 吹雪(ka1358)がベアトリスの背中を叩き、その後ろでオウカ・レンヴォルト(ka0301)が小さく頷いた。
「……まあ、依頼はパーフェクトにこなしてみせますわ」
つんと青年から視線を外し、ベアトリスは少し目の泳ぐ青年から距離を取るように大股で歩き出す。
「気持ちは分かるが、その者は荷物を取り返したいあまり気が立っているだけなのだ。許してやってくれ!」
額に大量の汗を浮かべながら、何故か訳知り顔で胸を張るラグナ・グラウシード(ka1029)。
「ところでラグナさん、なんで鎧の上からセーターなんて着込んでるんですか……?」
ジョージ・ユニクス(ka0442)の疑問はもっともなものだったが、ラグナはそれに得意げな笑みを返すだけだった。これにはジョージも首を傾げるしかない。
「みなさん、そろそろ会敵するかもしれません。準備を整えましょう」
切れかけた緊張の糸を再び繋げるように、エヴリル・コーンウォリス(ka2206)が傍らのドーベルマンを撫でながら静かに提案した。
●
一行は、目的の場所を見渡せる森の木々に身を隠していた。
青年が荷物を置いてきたという岩の周りに、確かにゴブリンが集まっている。数は三匹。あれからそれなりの時間は経っていたが、どこかに移動はしないでいてくれたようだ。
その背丈は報告通りに、一般的なものよりも小さい。手には武器のつもりなのか、一様にそこらに落ちていただろう木の枝が握られている。
「荷物、は……」
「やつらの足元に、何か散らばっているでありますね」
目を凝らすオウカ。しかしそれよりも早く、鋭敏な視力で以って吹雪が目聡くゴブリンたちの足元に散らばる布片を発見した。
「あれ、僕のカバンだ。あーもう、あれ高かったのに」
ちくしょうと、青年が毒づく。
ゴブリンたちはその布片を無造作に足蹴にしながら、何やら楽しそうに笑い合っている。その様子を見る青年の苛々が次第に募っていっているのは、彼の表情を見れば火を見るより明らかだった。
「落ち着くのだ、青年よ。隠密中だぞ」
「やつらが巣に戻るまで、ここで待機いたしましょう」
ラグナがなだめ、ベアトリスが腰を据えようとしたその時。ゴブリンたちに程近い茂みをがさりと揺らし、その手に小さな袋のようなものを携えたもう1匹の小さなゴブリンが這い出した。
そのゴブリンは小さな袋を掲げ、嬉しそうに仲間に向けて振り回している。
「あ、あれ、くそっ、財布まで! ちょっと早く取り返してきてよ! あれもブランド物なんだよ取り寄せるのに二ヶ月――!」
「ちょ、だから黙れって――」
「まずいですね、気づかれたようです」
ジョージの制止は虚しく空を掴み、エヴリルは淡々と状況を見つめ刀の鯉口を切った。
青年の声が届いてしまったのか、ゴブリンたちは一斉にギロリとこちらを睨み、ぎいと甲高い声を上げ手にした枝を振り上げる。
「はあ、上手くいかないものですわね」
「……仕方ない、な」
ベアトリスが呆れたようにため息をつく横で、オウカが拳銃に弾を込める。
人と見ると襲いかかる性質でもあるのか、ゴブリンたちは躊躇もなくこちらへと突撃を仕掛けてくる。短い足をバタバタと忙しなく回転させ、案外と早く辿り着かれてしまいそうだ。体が小さい分、普通のゴブリンよりも素早いらしい。
だが、まだ距離はある。その絶好の機会を逃すハンターたちではない。
「……一番槍は、任せてもらう」
特に、この距離は銃器の間合いだ。オウカは体内のマテリアルを活性化させる。
構えた拳銃がぼんやりと光りを放ち、集約されたエネルギーが一条の光となって迸る。瞬きの暇すら与えず彼我の距離を貫く閃光は、先頭のゴブリンを貫き弾き飛ばした。
「今です!」
一瞬にして仲間を失い、ゴブリンたちに動揺が走る。そしてその足が鈍った瞬間を見計らい、ジョージが剣を構えて飛び出した。
無言で後に続くエヴリルは、走りながら精神を集中させる。
「……プロテクション」
エヴリルは呟き、マテリアルを開放する。前を走るジョージの全身を、光の膜が覆っていく。
「ええい、貴様は隠れていろ! いいな!」
遅れて、青年を無理矢理下がらせたラグナも後に続こうとし、
「待ちなさい!」
「んぐぉっ!」
ベアトリスに首もとを捕まれ気道がきゅっとなった。同時に、ベアトリスからマテリアルが流し込まれる。
「これで、少しは保ちますわ」
「う、うむ、かたじけない」
ベアトリスに背中を押され、首をさすりながら改めてラグナも駆け出した。
「ちょっと、聞きたいのでありますが」
地面に倒れてうめき声を上げる青年に、吹雪は声をかけた。
「あなたは、商品とセーター、どちらが大切なのでありますか?」
その質問は、青年にとって想定外のものだったらしい。空気を伝った振動が耳に入った瞬間、青年は明らかに狼狽した様子で目を泳がせた。
「は、はあ? そ、そんなもの、商品に決まってるだろ! せ、セーターはついでだよついで! ほ、他に着るものがないからさ、取り返してもらわないと困るんだよ!」
うっすらと頬も赤くなっている。どこからどう聞いても強がりだった。
ついでなのに、ないと困る。矛盾するような青年の答えに、吹雪は全てを悟った笑顔で応えた。
「セーターは、ちゃんと取り戻すであります。だから、ボーナスを期待しているでありますよ」
そう言って、青年の肩をぽんと叩く。そうして、踵を返し、戦場へと目を向けた。
猟銃を構え、仲間の肩越しに見えるゴブリンの姿に狙いを定める。マテリアルを込めた瞳は、鮮明にその姿を映し出す。瞬間を見定め、引き金を引く。
鋼鉄が、歓喜の咆哮を上げた。
ゴブリンのその体に過たず弾丸が吸い込まれる。腹を撃ちぬかれたゴブリンが、悲鳴を上げて倒れこんだ。
残る二匹の動きは、完全に止まっていた。迫り来る敵に向けてなんとか威嚇の声を上げるが、もはや恐怖に怯える瞳の色を隠しきれていない。
だが、手心を加える必要はない。相手は、人を害するものなのだ。
「守護する精霊よ、敵を滅ぼす我が加護を……征くぞ!」
ジョージは強く、叩きつけるように地面を踏みしめ、一瞬にして距離を飛び越える。手にした剣が、陽の光に閃く凶刃と化してゴブリンの体を切り裂いた。
「ジョージ殿! 気をつけよ!」
ゴブリンの断末魔に、ラグナの声が重なる。残った最後のゴブリンが、ジョージの死角から飛びかかっていたのだ。咄嗟に目を向けた先、振り下ろされる枝が視界を覆う。
「くっ……!」
がつんと、金属を叩く鈍い音が響いた。ただの枝とはいえ、ゴブリンはそれほどひ弱な生物ではない。ジョージは襲う衝撃に顔を歪め膝を折った。
「ぬおおっ!」
それを見たラグナが雄叫びを上げ、割り込むようにゴブリンに勢い良く体を叩きつけた。ゴブリンの体が、枯れ葉のように吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか?」
エヴリルがジョージに近寄り、ヒールをかける。ジョージの体を淡い光が包み込み、頭の鈍痛が一気に引いていくのを感じた。
「ジョージさん、無事ですの?」
「ええ、大したことないです」
ジョージは頭を振り、剣を鞘に収めながら立ち上がる。吹き飛ばされたゴブリンがふらふらと起き上がり、足元の定まらない様子で森の中へと逃げていく。ここまでは作戦通り。一行は顔を見合わせ、頷いた。
「さあ、追いましょう」
エヴリルが言う。それに応えるように、ドーベルマンがワンと一声吠えた。
●
鬱蒼とした森の中に一軒の、歪な家のようなものが建っている。木の枝や、獣の皮、果ては石や土など、そこらに転がっているものでとりあえず作ってみましたというような粗末なものだ。
「あら、洞窟か何かに棲んでいるわけではないのですわね」
「……家を持つような知能が、あるようには見えない、が」
「でも、人間並みの知能はあるらしいですよ?」
一行はゴブリンの背中を追って、この場所へと辿り着いていた。ちなみに青年は、連れてくる意味もなかったので置いてきた。
「物凄く警戒されているでありますね」
その家の前に、合計四匹のゴブリンが立っていた。大小二匹ずつ、親子といった風体だ。親ゴブリンは、その手に石斧を握っている。
そしてその内の一匹、特に大きな個体が、紺色のセーターをこれみよがしに纏っていた。
「さて、どうしましょうか」
ジョージが呟く。すると、
「ふっふっふっ」
白々しい笑いとともに一歩前に出たラグナが、着込んでいたセーターを勢い良く脱ぎ去った。
「私に、いい考えがある!」
得意満面に言い放つと、セーター片手にずかずかとゴブリンたちの前に躍り出た。いきなりの行動に、五人は突っ込む暇さえ与えられない。
「鬼どもよ! 私のセーターをくれてやろう! その代わり、そちらのセーターを返してくれ!」
高らかに謳うその声に、ゴブリンたちも呆然である。
沈黙が流れ、森の中を生暖かい風が吹き抜ける。先に我に返ったのは、ゴブリンたちの方だった。
ぎいと叫び声を上げ、一番大きな個体がラグナに向けて飛びかかる。
「ぬわっ!」
振り下ろされた石斧が、ラグナの体を掠める。
「ラグナさん、何やってるんですか!」
「何をやっているんですのあなたは!」
「い、いやしかし、『神聖騎士教訓本』には――」
「治療します、下がってください」
三人に怒られ、ラグナは肩を落としてすごすごと戻っていった。入れ替わるように、ジョージとベアトリスの二人が飛び出す。
ジョージはセーターを着た個体へ、ベアトリスはもう一体の大きな個体の前に立ちはだかる。
「荷物は返してもらうぞ!」
ジョージがゴブリンの足を狙い、剣を水平に切り払う。確かな手応えと共に太腿を切り裂くが、ゴブリンもそれだけでは倒れてくれない。
お返しに振り下ろされた石斧を、辛うじて剣で受け流した。
「まだまだぁっ!」
そのまま受け流す力の流れに乗って一度回転し、再度ジョージの剣がゴブリンを襲う。マテリアルを込め、更に速度と威力を増した剣にもう片方の足も切り裂かれたゴブリンが、どさりと地面に倒れ伏した。
「なんだか、今日は無性に腹が立ちますわ!」
苛つきの混じった声が森の木々を揺らし、ベアトリスは大きくゴブリンの懐に飛び込んでいた。その手には、エネルギーで構成された光の剣が輝いている。
「くたばりなさい!」
光の剣は軌跡を残し、深々とゴブリンの胸に突き刺さった。剣が霧散し、鮮血が噴きだす頃には、すでにゴブリンの意識も残っていない。
子供のゴブリンたちは、離れた場所でその手に拳大の石を握っていた。そしてそれを、両親を狙う敵に向けて振りかぶる。
「させないでありますよ」
「そんなものを投げたら、危ないだろう……?」
吹雪はその目にマテリアルを込め、オウカは拳銃にマテリアルを込める。そして同時に放たれた一撃は、共にゴブリンの腕を貫きその攻撃手段を奪った。
残ったゴブリンたちにはもはや、逃げるという手段しか残されていなかった。二匹は慌てて踵を返す。
だが、たかが子供といえども、ここで逃すことは未来の犠牲者を増やすということだ。
ラグナは、弾丸が放たれる前に駆け出していた。大きく踏み込み、瞬時にゴブリンの背中に追いついていた。
「魔物とはいえ、子どもを傷つけるのは心が痛むが……せめて痛みは感じぬように」
追いつくと同時、流れるように切っ先は振り下ろされた。背後からの強襲に背中を切り裂かれ、ゴブリンは力を失って地面に転がる。
残るは一匹。
そう思った次の瞬間、その最後の背中にエヴリルの放った光球が炸裂していた。
光と共に爆風と衝撃が辺りに撒き散らされ、最後のゴブリンは木の幹に勢い良く叩きつけられる。そしてそれが収まると、辺りは、ようやく静けさを取り戻した。
●
足を裂かれてなお暴れるゴブリンを縄で縛り動きを封じ、エヴリルとラグナがぶん殴って気絶させることで、セーターはハンターたちの手によって安全に、それほど汚れもなく取り返された。
「ほぅら……大事なものなんだろう……?」
オウカの渾身の笑みとともに送られるセーターは、まるで魔王による下賜のようで。青年は軽く震えながら、できるだけオウカの顔を見ないようにそれを受け取る。
「全く。他人の荷物を奪うなんて、粗暴な生き物ですわね」
呆れたような溜め息に乗せて、ベアトリスが呟く。
「……あ、ありがとう」
ちらりとベアトリスに目をやって、そして青年の口から出たのは、意外な言葉だった。
受け取ったセーターを見つめ、何かを思う青年の表情に、先程までの虚栄は残っていない。
「……家族は大事に、ええ、それが一番です」
兜の中で、ジョージが呟く。それを耳にし、青年が少しだけ、頷いたような気がした。
「ま、まあ、ハンターも嫌な奴ばかりじゃないんだな。……嫌味なやつはいたけどさ」
「あら、何か言いたいことでも?」
小さく呟かれた言葉を耳聡く聞きつけ、ベアトリスは挑戦的に青年を見る。
その視線に貫かれ、ギクリと肩震わせた青年は、
「ちょ、ちょっとは見直してやってもいいかなって言ったんだよ!」
そう言ってふいと視線を逸らした。
「素直じゃないでありますなー」
からかう吹雪の言葉に、青年の横顔が僅かに赤らんでいるように見えたのは、気のせいではないのかもしれない。
依頼結果
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相談用スレッド ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458) 人間(リアルブルー)|19才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/07/02 23:51:25 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/30 01:28:48 |