ゲスト
(ka0000)
天の歪を描く
マスター:硲銘介

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/14 22:00
- 完成日
- 2015/04/22 06:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
山道を単身歩く一人の男。旅人――というにはやや貧相な体つきだ。
装備からも旅慣れた感じはしない。いやに軽装で、護身に使えそうな武器の一つも持っていない。
いや、武器なら持っていた。筆だ。そう、絵描きにとって筆とは武器に他ならない。
己が魂の迸りを描画する為の絵筆は、蒼界東方の島国にいたとされる侍の刀と同じ類の物だ。
少なくともこの男は――シギニスという異端の絵描きはそう思っていた。
男の異常性はその美意識の歪さにある。
誰もが美しいと感じるもの。男はそれに魅力を感じない。
誰もが醜いと謗るものにこそ、男は焦がれる。
それは絵描きとしては致命的な欠陥だ。絵描きは美を描き、美を感じた客がその絵を買う事で生計を立てる。
であれば、彼の描く絵に買い手はいない。彼の絵描きとしての実力は確かなものであったが、全くといっていいほど評価はされなかった。
だが、シギニスはそれでかまわないと思っていた。他者に理解される為に迎合するくらいならば命を投げ捨てる――この男はそういう人間なのだ。
しかし、男の芸術性を奮わす対象はそういない。
彼は単純にグロテスクな物を好む訳ではない。常人には理解できない微妙な一線が彼の中にはあった。
その彼が今熱を上げているのは――歪虚。
人を殺し、命を奪い、無へ誘う虚無の化身。人とは決して相容れぬ異形をこそ、絵描きは愛した。
以前魅入られた馬の姿を模した歪虚は素晴らしかった。全てに恐れられる姿に、何も感じぬ心を宿すそれには心底惹かれた。
だが、それももういない。悠然と走り回る姿を描きたいが為に人外の力を行使する狩人の助力を得て――その際に、其れは失われた。
その結果には文句は無かった。だが、一度味わった絶対不可逆の美は、生半可な存在では筆を握らせない弊害を残した。
――そうして、男は旅立ち辺境の土地へとやってきた。
此処は歪虚と人間の覇権を問う戦いの最前線。おぞましい異形を見るなら、これ以上に適した場所は存在しないだろう。
そして、
「ハハ――ハハハハハハハハッ!!」
彼は目にする。
其れは天空を舞う異形の翼。
地上を這い回る愚かな人の子へ影を落とす空の怪物。
その羽ばたきに草木は揺らぎ、その眼光に畜生は怯え逃げ、その嘶きに空さえ震える。
翼を広げた姿は十メートルを超える巨大な鳥。大きさも当然ながら、体の細部に至るまでが異常を具現している。
嘴は野生のそれとは既に別次元の武装へと変貌しており、足の爪は能が在ろうが無かろうが隠し切れないほどに巨大化していた。
人の踏み入らぬ山に潜む空の主。それを目にしたシギニスは嗤いが堪えられなかった。
この声が聞きつけられれば自分は瞬く間に八つ裂きにされるだろう。男の戦闘能力ではそれこそ吹くだけで死に耐える。
だが、それでも構わない。アレを目に焼き付ける事が出来るのなら、刹那の後に訪れる死など何の問題も無い。
そうして、シギニスは嗤い続けた。怪鳥を目にして笑い続ける姿を他者が見たなら確実に狂っていると思われ――否、狂っている事など最初から分かっていた。
●
何の因果か、男は生きていた。
あの怪鳥に聴力が無いのか、ただ単に運が良い――いや、悪いのか。
どちらにせよ、生きている以上は次の欲を出すべきだ。人間の美徳など知った事ではないが、どこまで貪欲に己を全うする悪業だけは是と思っている。
あれを描きたい。かつて描いた馬の様に。かつて悠然と地を駆け――無様に果てた怪馬の様に。
――ここに来て、男は己の内なる欲求の一つに気づく。
己の求める醜の美、それは正常の破却から成るものなのかもしれない。
それが走るなら、足を圧し折り。それが泳ぐなら、水を抜き去り。それが飛ぶなら、翼を手折ろう。
己の普通正常常道平常絶対を、その悉くを蹂躙された生物はなんて醜く――なんて、美しい事か。
死にながら生きる欠損の動物、無でありながら有として他に影響する歪虚。大切なのはその矛盾。壊れているからこそ、こんなにも胸を打つ。
「――墜としてやる」
頭上の死角へ告げる。事も無げに陽を遮る空の帝王、その存在を落としてやる。
不自由が闊歩する地上へと墜落させる。アタリマエの飛行能力、それを完全に奪ってやる。
それがどれだけの屈辱を与える事か。それがどれだけの絶望を与える事か。
地を這う空の主。惨め。惨め。惨めにも程がある。
それを絵にされる。最高の恥辱。最低の侮辱。
想像するだけで気が狂う。
ならば、
実践しよう。
その果てを体感しよう。
山道を単身歩く一人の男。旅人――というにはやや貧相な体つきだ。
装備からも旅慣れた感じはしない。いやに軽装で、護身に使えそうな武器の一つも持っていない。
いや、武器なら持っていた。筆だ。そう、絵描きにとって筆とは武器に他ならない。
己が魂の迸りを描画する為の絵筆は、蒼界東方の島国にいたとされる侍の刀と同じ類の物だ。
少なくともこの男は――シギニスという異端の絵描きはそう思っていた。
男の異常性はその美意識の歪さにある。
誰もが美しいと感じるもの。男はそれに魅力を感じない。
誰もが醜いと謗るものにこそ、男は焦がれる。
それは絵描きとしては致命的な欠陥だ。絵描きは美を描き、美を感じた客がその絵を買う事で生計を立てる。
であれば、彼の描く絵に買い手はいない。彼の絵描きとしての実力は確かなものであったが、全くといっていいほど評価はされなかった。
だが、シギニスはそれでかまわないと思っていた。他者に理解される為に迎合するくらいならば命を投げ捨てる――この男はそういう人間なのだ。
しかし、男の芸術性を奮わす対象はそういない。
彼は単純にグロテスクな物を好む訳ではない。常人には理解できない微妙な一線が彼の中にはあった。
その彼が今熱を上げているのは――歪虚。
人を殺し、命を奪い、無へ誘う虚無の化身。人とは決して相容れぬ異形をこそ、絵描きは愛した。
以前魅入られた馬の姿を模した歪虚は素晴らしかった。全てに恐れられる姿に、何も感じぬ心を宿すそれには心底惹かれた。
だが、それももういない。悠然と走り回る姿を描きたいが為に人外の力を行使する狩人の助力を得て――その際に、其れは失われた。
その結果には文句は無かった。だが、一度味わった絶対不可逆の美は、生半可な存在では筆を握らせない弊害を残した。
――そうして、男は旅立ち辺境の土地へとやってきた。
此処は歪虚と人間の覇権を問う戦いの最前線。おぞましい異形を見るなら、これ以上に適した場所は存在しないだろう。
そして、
「ハハ――ハハハハハハハハッ!!」
彼は目にする。
其れは天空を舞う異形の翼。
地上を這い回る愚かな人の子へ影を落とす空の怪物。
その羽ばたきに草木は揺らぎ、その眼光に畜生は怯え逃げ、その嘶きに空さえ震える。
翼を広げた姿は十メートルを超える巨大な鳥。大きさも当然ながら、体の細部に至るまでが異常を具現している。
嘴は野生のそれとは既に別次元の武装へと変貌しており、足の爪は能が在ろうが無かろうが隠し切れないほどに巨大化していた。
人の踏み入らぬ山に潜む空の主。それを目にしたシギニスは嗤いが堪えられなかった。
この声が聞きつけられれば自分は瞬く間に八つ裂きにされるだろう。男の戦闘能力ではそれこそ吹くだけで死に耐える。
だが、それでも構わない。アレを目に焼き付ける事が出来るのなら、刹那の後に訪れる死など何の問題も無い。
そうして、シギニスは嗤い続けた。怪鳥を目にして笑い続ける姿を他者が見たなら確実に狂っていると思われ――否、狂っている事など最初から分かっていた。
●
何の因果か、男は生きていた。
あの怪鳥に聴力が無いのか、ただ単に運が良い――いや、悪いのか。
どちらにせよ、生きている以上は次の欲を出すべきだ。人間の美徳など知った事ではないが、どこまで貪欲に己を全うする悪業だけは是と思っている。
あれを描きたい。かつて描いた馬の様に。かつて悠然と地を駆け――無様に果てた怪馬の様に。
――ここに来て、男は己の内なる欲求の一つに気づく。
己の求める醜の美、それは正常の破却から成るものなのかもしれない。
それが走るなら、足を圧し折り。それが泳ぐなら、水を抜き去り。それが飛ぶなら、翼を手折ろう。
己の普通正常常道平常絶対を、その悉くを蹂躙された生物はなんて醜く――なんて、美しい事か。
死にながら生きる欠損の動物、無でありながら有として他に影響する歪虚。大切なのはその矛盾。壊れているからこそ、こんなにも胸を打つ。
「――墜としてやる」
頭上の死角へ告げる。事も無げに陽を遮る空の帝王、その存在を落としてやる。
不自由が闊歩する地上へと墜落させる。アタリマエの飛行能力、それを完全に奪ってやる。
それがどれだけの屈辱を与える事か。それがどれだけの絶望を与える事か。
地を這う空の主。惨め。惨め。惨めにも程がある。
それを絵にされる。最高の恥辱。最低の侮辱。
想像するだけで気が狂う。
ならば、
実践しよう。
その果てを体感しよう。
リプレイ本文
●
歪虚を描くという酔狂な目的の為、一行は山道を進んでいた。
「雄々しくも歪で、それでいて美しい。まったく……堪らないな」
ユキヤ・S・ディールス(ka0382)の操る馬の背に揺られながら、シギニスは遠くに聞こえる怪鳥の羽音に興奮を抑えられずにいた。
そんな彼と同様にユキヤも空を見上げ想いを馳せる。といっても、その行為の中身は当然異なる。
怪しい笑みを浮かべ呟きを繰り返すシギニスと対照的に、ユキヤは物静かに天を仰ぐ。絵の様に綺麗な澄み渡る蒼穹に彼は魅入っていた。
思惑はともかく、空を見上げる二人の後ろを他のハンター達は追う。
「天才と何とかは紙一重ってやつか。いや天才とは聞かないし、ただ厄介な性格をしているだけなのか?」
「まさか雑魔の絵とは、物好きな方もいたものです。芸術家などは変わった方も多いですから今更ですか」
如何にも変人な依頼人を眺め、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)と上泉 澪(ka0518)はそんな感想を溢した。それは彼らだけのものでもない。
「本来ならば雑魔といえども苦しめたくはないのですが……まあ、依頼人の要望とあれば仕方がありませんわね」
先の事を考え、イレス・アーティーアート(ka4301)が悩ましげに呟く。
歪虚が相手とはいえ悪戯に苦しませる真似をしたくはないが、仕事である以上放り出す真似もしたくなかった。
多くの経験を欲する彼女は困難な状況での守りの練習と思い、気乗りしない行為を乗り切る事にした。
「――――」
最後尾、コスモス(ka0578)は手にした槍を杖代わりに歩く。イレスとは別だが、彼女も依頼内容に思うところがあった。
飛ぶ鳥を落とす。何処かで聞くその言葉を実行する事に、僅かばかりの興味を惹かれていた。
しかし――光の灯らぬ眼ではそれを見る事も叶わない。自らにそう反論すると、彼女は一人自嘲した。
●
対象の発見は容易だった。元々の体の大きさに加え、上空を旋回する行動はとても目立つ。
捕捉が出来たなら、後は仕掛けるタイミングだ。
この依頼の特殊性であり難易度増加の原因でもある飛行能力の剥奪と、絵の完成まで雑魔を倒せないという条件。
それらを達成する為の準備をそれぞれが開始した。
「……この辺りが妥当でしょうか」
周囲の地形を確認して回っていた澪が目を付けたのは山中のとある地点だった。
平らな足場はしっかり固まっており、行動に悪影響が及ぶ事は無さそうだ。何よりも立ち並ぶ木々の具合が丁度いい。
澪の手には二重の八字結びで作られた先端が輪の形になったロープが握られている。空を舞う敵を地に縛る手段として、周辺の岩木とこれを使う事を考えていた。
頭上の視界を塞ぐ事無く、いざという時の仕掛けに不自由しない――障害物の配置が最適の場所だった。
レイオスとイレスもロープを利用した似た策を練っており、三人はそれぞれに作業し、即興の狩場が用意された。
「シギニスさん、何かお手伝い出来る事は……水でも汲んできましょうか?」
作られた狩場の近くで画材道具を広げ絵の準備をするシギニスの背中にイレスが尋ねると、彼は振り向かず手を動かしながら答えた。
「存外気が利くな。まぁ、水汲み程度なら問題無くやれるだろう。許す」
手伝ってもらう立場だというのに、なんて偉そうな態度。これでも機嫌はいい方なのだから始末に負えない。
傍若無人な答えが少し癇に障ったが、隣に立つユキヤが心なしか困った様に笑みを浮かべているのを見て、イレスは言葉を呑み込んだ。
「……それでは、言って参ります」
シギニスが背中越しに放った水汲み用の桶を受け取り、努めて冷静に答えその場を離れる。
「……やはり、あの方とは気が合いそうにありませんね」
依頼を受けた時から察してはいたのだが。イレスは疲れた様にそう溢すと、近くの水場を探しに向かった。
その彼女と入れ違いに天ヶ瀬 焔騎(ka4251)がやって来る。呆れた様に場を去っていく姿を不思議に思いつつ本題に入る。
「戦闘中、前衛との連絡用にトランシーバーを持っていてもらいたい。俺のを貸そうと思っているのだが――」
「俺は持たん。絵の邪魔だ」
「でしたら、私がもちます」
仲間の連携を気遣う焔騎の申し出に、取り付く島も無いシギニスに代わりコスモスが名乗りを上げる。
焔騎から通信機を手渡されるコスモス。その時、彼女はある匂いに気づいた。
「これは、魚……?」
どうしてこんな所でそんな匂いが、とコスモスは首を傾げる。
それを見て焔騎は自らの武器である長槍を差し出す。その先端には彼が持参した魚の干物が吊るされていた。
「餌の匂いでも在れば違うかと、な」
これもまた鳥を惹き付ける為の一手、得心がいったとコスモスは頷いてみせた。
そんなやり取りの間にシギニスの準備はほぼ完了していた。それを確認すると、これまで黙って見守っていたユキヤが口を開いた。
「シギニスさん、一つ提案があります」
「何だ、言ってみろ」
「敵が移動不能にするまで、襲われた時を考えて馬に乗っていてもらえますか」
「構わん」、
「その後ももしもを考えて、そのままでいていただきたいのですが……静止していればデッサンくらいなら――」
「却下だ。絵の質を下げる要求は呑まん」
――なんとなくその答えの察しはついていた。そうですか、と残念そうにしつつも、ユキヤはあっさりと引き下がった。
要求を跳ね除けられたユキヤだが、表情に曇りは無く穏やかな微笑を浮かべたままだった。
一方、隣でシギニスの言葉を聞いていた焔騎は、彼の絵への拘りに感心していた。
視線を空へ――絵描きが創作意欲を掻き立てられた怪物へと移す。
自分には殲滅対象でしかなかったそれだったが、男の熱を知ってみれば――成程、多少なり思う所は在った。
焔騎は小さく笑うと、ローブを翻し狩場へ赴く。
「其処に掛ける熱と面差の為ならば、多少の無茶も付き合える志士、天ヶ瀬だ……!」
準備が整い、酔狂なこの依頼も開戦の時が近い。さぁ、満足往くまでやってみようじゃないか――
●
上空を往く怪鳥にとって、大地は食事場に過ぎない。喰らうと決めた時に呑む、下界の生物などその程度の存在でしかなかった。
故にレイオスの刀剣の反射光が地上に輝こうと、僅かに気を惹かれるだけに留まり、降りようとはしなかった。
だが――ユキヤの放った一矢は別だった。相当の距離もあり矢が命中する事は無かったが、それは紛れも無い攻撃だった。
餌に過ぎない地上からの攻撃。どんな些細なものであれ、それは空の主に対する反逆行為に他ならない。
――怪鳥が嘶く。体の大きさに比例する声は警鐘の様に辺りに響いた。
「ハハハ――来い!」
前衛に出たハンター達の後方でシギニスが叫ぶ。しかし、その言葉に関係なく既に怪鳥はこちらへ向かっていた。
急降下する巨体はまるで隕石の落下だ。そのまま地に激突する愚を犯す筈もないが、破壊力は疑いようがない。
第一の標的はレイオスだった。反射する光に誘われてか、大地へ降下する怪鳥は狂いなく彼に向かう。
巨大な敵が突っ込んで来ようとも、彼が怯える事は無かった。彼は冷静に、ただ一瞬を見計らっていた。
――衝突。怪鳥の大爪が地面を深く抉る。
寸前で大きく横に跳んだレイオスは第一撃を見事に回避していた。そして、
「速いが的はデカイからな。翼に風穴を開けてやるよ!」
再び鳥が空へと逃れるより更に早く、その銃撃が右翼を撃ち抜いた。
たかが一発の銃弾、受けた所で翼が機能を失う事は無い。だがそれは攻撃が――ここで終わった場合の話。
「攻め立てる……!」
黒い塊が飛翔しレイオスの射撃箇所に更に損傷を重ねる。焔騎のシャドウブリット、弾丸状に圧縮された黒の魔法弾の着弾は巨体を揺らがし、離脱を遅らせた。
連撃で生まれた隙を好機と見切り、怪鳥の前面へと走っていた澪が大きく跳躍する。狙いは一つ、斬撃は仲間のそれに重ねる。
普段と異なる色に輝く彼女の髪が靡く。その手に握る大太刀、その刀身に揺らめくもまた虹の極光。一連の動作は風が如く静かに迅速に、締めの一閃は炎が如く苛烈に振り抜かれる――!
――大きな翼に裂傷が奔る。レイオス、焔騎と続き、澪が放った攻撃は右翼の飛行能力を損なわせる程のものだった。
相手がただの鳥であったなら、この一瞬の攻防にて決着はついていただろう。
しかし、敵は虚無の申し子。歪虚という異常そのものが変質した、鳥の姿を模しただけの怪物である。
巨鳥は再び空を舞う。その脅威は未だ健在だった。
敵はハンター達の上空を飛び去り、再びの突進を狙い旋回する。地の精鋭達はそれを迎撃する姿勢に入る。
そして再びの加速。
狙いは、澪。現時点で最も脅威と認識した相手を葬ろうという単純で直接的、ケダモノの思考の結果だ。
幸運にも、歪虚の標的は彼女を含めた前衛達に集中していた。守るべき依頼主は敵にとっては羽虫同然、気にかける価値すら無いらしい。
よって、澪は意識を敵の接近だけに集中する。巨体の加速。更に加速、加速――
「っ――――!」
すれ違いに澪は敵を切りつけた――が、その巨躯の突進をかわし切る事は叶わなかった。
彼女の体が跳ね飛ばされ、地面を転がる。速度を味方につけた突進の威力は生半可ではない。常人であるならば、既に人の形を成してはいないだろう。
澪が助かったのは支援に徹したユキヤが施したプロテクションの守護と、直撃を避けた彼女自身の身体能力の賜物だろう。
「澪さんっ!? ……! 皆さん、今です!」
大きく吹き飛ばされた澪を心配するイレスだったが、接触の際に撒いたロープに怪鳥の足がかかっているのに気づく。
丈夫なロープの先は地に根付く木の幹に巻きつけられており、長時間の拘束は無理でも、一時的に動きを妨げるには十分だった。
彼女の号令を聞くや否や、レイオスと焔騎が駆ける。怪鳥の位置に近い焔騎が先制の一撃を務める。
「貴様の空は……今日で終わりだ……!」
傷ついた右翼を彼の槍、紅椿が貫く。元々傷ついた翼を穿った槍はその機能を完全に奪い尽くす。
惜しむべくは槍が刺さった時、焔騎の仕掛けが外れてしまった事。生前の食体系を維持する歪虚も存在するが、巨鳥の餌として仕掛けた干物は小物に過ぎたらしく、期待した成果は望めなかった。
だが突き刺さった槍のもう一方、尻に結ばれたロープが機能する。羽を貫いたままの槍を引き、イレスの仕掛けと合わせその動きを抑制する。
ロープを振りほどこうともがく巨体、その右翼は既に死んでいる。苦しみを訴える鳴き声と共に残された左の翼を羽ばたかせる。
「いい加減に落ちやがれ!」
――その最後の望みをレイオスの一撃が手折る。残った距離を一息に踏み込み、勢いのままに振られた刀。それは骨をも両断する快心の一撃だった。
響く悲痛な声。自由に空を舞った翼は無残に引き裂かれ、風を切る事は二度と無い。
眼下の虫を見下ろした空の主はもういない。ここにいるのは飛べずにもがくだけの只の憐れな、敗者だった。
「……飛行能力の剥奪に成功しました。このまま、時間を引き延ばします」
トランシーバー越しに作戦の第一段階を終えた事を伝えるイレスは、視界の隅に自己治癒で立ち上がる澪の姿を確認した。
――まだ終わりではない。この歪虚を仕留めないよう弱らせ、この場に釘付けにするのだ。
●
「ハハ――ハハハハハ!」
通信を受け取ったシギニスは早速絵を描き始めていた。
絵を描くだけでなく、そこへ至る過程を一つの喜劇として観劇していた男は笑いを殺しきれずにいた。
その姿は人間として異常な歪そのものだったが、感情の昂りを訴える様に筆の進みは早かった。
真っ白だったキャンパスには次第に異形の姿が描かれていく。
悠然と空舞う姿を何処かに残しつつも、酷く惨めで憐れで、同情を引き、劣情を惹く。一つの構図に、多角度のおぞましさが濃縮されていた。
「ハハ――……おい、周りの奴らを下がらせろ」
作業の途中、シギニスが連絡手段を持つコスモスへ言う。
「危険ではないですか?」
「何が危険なものか。アレはもう、ただ生き恥をさらすだけの死骸だ」
コスモスの問いに答え、シギニスは再び笑い出す。
指示を送り、トランシーバーから了解を受け取ったコスモスは地に伏した怪鳥へと視線を送っていた。
「人というのは下に見る事に悦を感じるらしいですが」
それはシギニスの悦び様からも伺える。しかし、
「――どんなに素晴らしい絵だったとしても、私には感じられないですし」
皮肉気にコスモスはその言葉を吐いた。目にする事が叶わない彼女は、幸か不幸かその感情を知る事も無い。
男の絶えぬ歓声を背中に受け、少女はそんな事を考えていた。
――その後暫くして、もがき暴れる巨体を押さえ込むハンター達の元に、絵の完成の報が入った。
「その大きな姿で空を飛ぶのは雄大でカッコイイとは思いますが、雑魔である以上、滅しさせて頂きますわ!」
イレスの言葉と共に、各々がトドメの一撃を放ち――およそ二時間弱。怨嗟を漏らし続けた怪鳥は最期に一際大きい断末魔を轟かせ、呆気なくその存在を霧散させた。
「すぐに楽にさせてやれなくて、悪かったな」
その名残にレイオスが呟く。元々滅するべき虚構の存在に過ぎない雑魔だったが、彼の言葉は本心だった。
●
異常な感性で描かれた絵に対する怖いもの見たさか。
全てが終わり撤収する前にユキヤ、焔騎、イレスの三人がシギニスの絵を見に来た。
「好きにするがいい。どうせ、お前達には分からん代物だ」
男はいつも通りにぶっきらぼうな答を吐くと、彼らを放ってさっさと帰り支度を始める。
絵を見た三人の反応は様々だった。
「……やはり、シギニスさんと私の感性は合いませんね」
苦笑するイレス。それは恐らく大多数の反応であろう。
描かれたのは余人の理解が及ばない暴力的な絵でもあった。美しい、と感想を抱くのは少数派だろう。
焔騎の反応もそれと大差ないものだった。最初に思った通り、この絵描きの感性には同調できない。
だが、注がれた熱意は嫌になるほど伝わってきた。この絵はこの男にしか描けないのだと、そう感じた。
「死に際の雑魔……何を思ったのでしょうか……そして、それを描く彼は……何を思ったのでしょうか……」
その中で、ユキヤは変わった反応を見せていた。
その醜の美を理解出来た訳ではない。しかし、その絵の中に広がる――男の心象風景を見ていた。
命の鼓動と命の止む音が一緒に聞こえそうな時間すら歪な絵。絵心の無いユキヤにも、その絵の完成度の高さは感じられた。
大半の人間に理解されない歪の絵。しかし男にとってそれは一つの真の形なのだろう。
それはきっと、この先も変わらない。彼は誰にも理解されないその形を追い続けていくのだろう――――
歪虚を描くという酔狂な目的の為、一行は山道を進んでいた。
「雄々しくも歪で、それでいて美しい。まったく……堪らないな」
ユキヤ・S・ディールス(ka0382)の操る馬の背に揺られながら、シギニスは遠くに聞こえる怪鳥の羽音に興奮を抑えられずにいた。
そんな彼と同様にユキヤも空を見上げ想いを馳せる。といっても、その行為の中身は当然異なる。
怪しい笑みを浮かべ呟きを繰り返すシギニスと対照的に、ユキヤは物静かに天を仰ぐ。絵の様に綺麗な澄み渡る蒼穹に彼は魅入っていた。
思惑はともかく、空を見上げる二人の後ろを他のハンター達は追う。
「天才と何とかは紙一重ってやつか。いや天才とは聞かないし、ただ厄介な性格をしているだけなのか?」
「まさか雑魔の絵とは、物好きな方もいたものです。芸術家などは変わった方も多いですから今更ですか」
如何にも変人な依頼人を眺め、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)と上泉 澪(ka0518)はそんな感想を溢した。それは彼らだけのものでもない。
「本来ならば雑魔といえども苦しめたくはないのですが……まあ、依頼人の要望とあれば仕方がありませんわね」
先の事を考え、イレス・アーティーアート(ka4301)が悩ましげに呟く。
歪虚が相手とはいえ悪戯に苦しませる真似をしたくはないが、仕事である以上放り出す真似もしたくなかった。
多くの経験を欲する彼女は困難な状況での守りの練習と思い、気乗りしない行為を乗り切る事にした。
「――――」
最後尾、コスモス(ka0578)は手にした槍を杖代わりに歩く。イレスとは別だが、彼女も依頼内容に思うところがあった。
飛ぶ鳥を落とす。何処かで聞くその言葉を実行する事に、僅かばかりの興味を惹かれていた。
しかし――光の灯らぬ眼ではそれを見る事も叶わない。自らにそう反論すると、彼女は一人自嘲した。
●
対象の発見は容易だった。元々の体の大きさに加え、上空を旋回する行動はとても目立つ。
捕捉が出来たなら、後は仕掛けるタイミングだ。
この依頼の特殊性であり難易度増加の原因でもある飛行能力の剥奪と、絵の完成まで雑魔を倒せないという条件。
それらを達成する為の準備をそれぞれが開始した。
「……この辺りが妥当でしょうか」
周囲の地形を確認して回っていた澪が目を付けたのは山中のとある地点だった。
平らな足場はしっかり固まっており、行動に悪影響が及ぶ事は無さそうだ。何よりも立ち並ぶ木々の具合が丁度いい。
澪の手には二重の八字結びで作られた先端が輪の形になったロープが握られている。空を舞う敵を地に縛る手段として、周辺の岩木とこれを使う事を考えていた。
頭上の視界を塞ぐ事無く、いざという時の仕掛けに不自由しない――障害物の配置が最適の場所だった。
レイオスとイレスもロープを利用した似た策を練っており、三人はそれぞれに作業し、即興の狩場が用意された。
「シギニスさん、何かお手伝い出来る事は……水でも汲んできましょうか?」
作られた狩場の近くで画材道具を広げ絵の準備をするシギニスの背中にイレスが尋ねると、彼は振り向かず手を動かしながら答えた。
「存外気が利くな。まぁ、水汲み程度なら問題無くやれるだろう。許す」
手伝ってもらう立場だというのに、なんて偉そうな態度。これでも機嫌はいい方なのだから始末に負えない。
傍若無人な答えが少し癇に障ったが、隣に立つユキヤが心なしか困った様に笑みを浮かべているのを見て、イレスは言葉を呑み込んだ。
「……それでは、言って参ります」
シギニスが背中越しに放った水汲み用の桶を受け取り、努めて冷静に答えその場を離れる。
「……やはり、あの方とは気が合いそうにありませんね」
依頼を受けた時から察してはいたのだが。イレスは疲れた様にそう溢すと、近くの水場を探しに向かった。
その彼女と入れ違いに天ヶ瀬 焔騎(ka4251)がやって来る。呆れた様に場を去っていく姿を不思議に思いつつ本題に入る。
「戦闘中、前衛との連絡用にトランシーバーを持っていてもらいたい。俺のを貸そうと思っているのだが――」
「俺は持たん。絵の邪魔だ」
「でしたら、私がもちます」
仲間の連携を気遣う焔騎の申し出に、取り付く島も無いシギニスに代わりコスモスが名乗りを上げる。
焔騎から通信機を手渡されるコスモス。その時、彼女はある匂いに気づいた。
「これは、魚……?」
どうしてこんな所でそんな匂いが、とコスモスは首を傾げる。
それを見て焔騎は自らの武器である長槍を差し出す。その先端には彼が持参した魚の干物が吊るされていた。
「餌の匂いでも在れば違うかと、な」
これもまた鳥を惹き付ける為の一手、得心がいったとコスモスは頷いてみせた。
そんなやり取りの間にシギニスの準備はほぼ完了していた。それを確認すると、これまで黙って見守っていたユキヤが口を開いた。
「シギニスさん、一つ提案があります」
「何だ、言ってみろ」
「敵が移動不能にするまで、襲われた時を考えて馬に乗っていてもらえますか」
「構わん」、
「その後ももしもを考えて、そのままでいていただきたいのですが……静止していればデッサンくらいなら――」
「却下だ。絵の質を下げる要求は呑まん」
――なんとなくその答えの察しはついていた。そうですか、と残念そうにしつつも、ユキヤはあっさりと引き下がった。
要求を跳ね除けられたユキヤだが、表情に曇りは無く穏やかな微笑を浮かべたままだった。
一方、隣でシギニスの言葉を聞いていた焔騎は、彼の絵への拘りに感心していた。
視線を空へ――絵描きが創作意欲を掻き立てられた怪物へと移す。
自分には殲滅対象でしかなかったそれだったが、男の熱を知ってみれば――成程、多少なり思う所は在った。
焔騎は小さく笑うと、ローブを翻し狩場へ赴く。
「其処に掛ける熱と面差の為ならば、多少の無茶も付き合える志士、天ヶ瀬だ……!」
準備が整い、酔狂なこの依頼も開戦の時が近い。さぁ、満足往くまでやってみようじゃないか――
●
上空を往く怪鳥にとって、大地は食事場に過ぎない。喰らうと決めた時に呑む、下界の生物などその程度の存在でしかなかった。
故にレイオスの刀剣の反射光が地上に輝こうと、僅かに気を惹かれるだけに留まり、降りようとはしなかった。
だが――ユキヤの放った一矢は別だった。相当の距離もあり矢が命中する事は無かったが、それは紛れも無い攻撃だった。
餌に過ぎない地上からの攻撃。どんな些細なものであれ、それは空の主に対する反逆行為に他ならない。
――怪鳥が嘶く。体の大きさに比例する声は警鐘の様に辺りに響いた。
「ハハハ――来い!」
前衛に出たハンター達の後方でシギニスが叫ぶ。しかし、その言葉に関係なく既に怪鳥はこちらへ向かっていた。
急降下する巨体はまるで隕石の落下だ。そのまま地に激突する愚を犯す筈もないが、破壊力は疑いようがない。
第一の標的はレイオスだった。反射する光に誘われてか、大地へ降下する怪鳥は狂いなく彼に向かう。
巨大な敵が突っ込んで来ようとも、彼が怯える事は無かった。彼は冷静に、ただ一瞬を見計らっていた。
――衝突。怪鳥の大爪が地面を深く抉る。
寸前で大きく横に跳んだレイオスは第一撃を見事に回避していた。そして、
「速いが的はデカイからな。翼に風穴を開けてやるよ!」
再び鳥が空へと逃れるより更に早く、その銃撃が右翼を撃ち抜いた。
たかが一発の銃弾、受けた所で翼が機能を失う事は無い。だがそれは攻撃が――ここで終わった場合の話。
「攻め立てる……!」
黒い塊が飛翔しレイオスの射撃箇所に更に損傷を重ねる。焔騎のシャドウブリット、弾丸状に圧縮された黒の魔法弾の着弾は巨体を揺らがし、離脱を遅らせた。
連撃で生まれた隙を好機と見切り、怪鳥の前面へと走っていた澪が大きく跳躍する。狙いは一つ、斬撃は仲間のそれに重ねる。
普段と異なる色に輝く彼女の髪が靡く。その手に握る大太刀、その刀身に揺らめくもまた虹の極光。一連の動作は風が如く静かに迅速に、締めの一閃は炎が如く苛烈に振り抜かれる――!
――大きな翼に裂傷が奔る。レイオス、焔騎と続き、澪が放った攻撃は右翼の飛行能力を損なわせる程のものだった。
相手がただの鳥であったなら、この一瞬の攻防にて決着はついていただろう。
しかし、敵は虚無の申し子。歪虚という異常そのものが変質した、鳥の姿を模しただけの怪物である。
巨鳥は再び空を舞う。その脅威は未だ健在だった。
敵はハンター達の上空を飛び去り、再びの突進を狙い旋回する。地の精鋭達はそれを迎撃する姿勢に入る。
そして再びの加速。
狙いは、澪。現時点で最も脅威と認識した相手を葬ろうという単純で直接的、ケダモノの思考の結果だ。
幸運にも、歪虚の標的は彼女を含めた前衛達に集中していた。守るべき依頼主は敵にとっては羽虫同然、気にかける価値すら無いらしい。
よって、澪は意識を敵の接近だけに集中する。巨体の加速。更に加速、加速――
「っ――――!」
すれ違いに澪は敵を切りつけた――が、その巨躯の突進をかわし切る事は叶わなかった。
彼女の体が跳ね飛ばされ、地面を転がる。速度を味方につけた突進の威力は生半可ではない。常人であるならば、既に人の形を成してはいないだろう。
澪が助かったのは支援に徹したユキヤが施したプロテクションの守護と、直撃を避けた彼女自身の身体能力の賜物だろう。
「澪さんっ!? ……! 皆さん、今です!」
大きく吹き飛ばされた澪を心配するイレスだったが、接触の際に撒いたロープに怪鳥の足がかかっているのに気づく。
丈夫なロープの先は地に根付く木の幹に巻きつけられており、長時間の拘束は無理でも、一時的に動きを妨げるには十分だった。
彼女の号令を聞くや否や、レイオスと焔騎が駆ける。怪鳥の位置に近い焔騎が先制の一撃を務める。
「貴様の空は……今日で終わりだ……!」
傷ついた右翼を彼の槍、紅椿が貫く。元々傷ついた翼を穿った槍はその機能を完全に奪い尽くす。
惜しむべくは槍が刺さった時、焔騎の仕掛けが外れてしまった事。生前の食体系を維持する歪虚も存在するが、巨鳥の餌として仕掛けた干物は小物に過ぎたらしく、期待した成果は望めなかった。
だが突き刺さった槍のもう一方、尻に結ばれたロープが機能する。羽を貫いたままの槍を引き、イレスの仕掛けと合わせその動きを抑制する。
ロープを振りほどこうともがく巨体、その右翼は既に死んでいる。苦しみを訴える鳴き声と共に残された左の翼を羽ばたかせる。
「いい加減に落ちやがれ!」
――その最後の望みをレイオスの一撃が手折る。残った距離を一息に踏み込み、勢いのままに振られた刀。それは骨をも両断する快心の一撃だった。
響く悲痛な声。自由に空を舞った翼は無残に引き裂かれ、風を切る事は二度と無い。
眼下の虫を見下ろした空の主はもういない。ここにいるのは飛べずにもがくだけの只の憐れな、敗者だった。
「……飛行能力の剥奪に成功しました。このまま、時間を引き延ばします」
トランシーバー越しに作戦の第一段階を終えた事を伝えるイレスは、視界の隅に自己治癒で立ち上がる澪の姿を確認した。
――まだ終わりではない。この歪虚を仕留めないよう弱らせ、この場に釘付けにするのだ。
●
「ハハ――ハハハハハ!」
通信を受け取ったシギニスは早速絵を描き始めていた。
絵を描くだけでなく、そこへ至る過程を一つの喜劇として観劇していた男は笑いを殺しきれずにいた。
その姿は人間として異常な歪そのものだったが、感情の昂りを訴える様に筆の進みは早かった。
真っ白だったキャンパスには次第に異形の姿が描かれていく。
悠然と空舞う姿を何処かに残しつつも、酷く惨めで憐れで、同情を引き、劣情を惹く。一つの構図に、多角度のおぞましさが濃縮されていた。
「ハハ――……おい、周りの奴らを下がらせろ」
作業の途中、シギニスが連絡手段を持つコスモスへ言う。
「危険ではないですか?」
「何が危険なものか。アレはもう、ただ生き恥をさらすだけの死骸だ」
コスモスの問いに答え、シギニスは再び笑い出す。
指示を送り、トランシーバーから了解を受け取ったコスモスは地に伏した怪鳥へと視線を送っていた。
「人というのは下に見る事に悦を感じるらしいですが」
それはシギニスの悦び様からも伺える。しかし、
「――どんなに素晴らしい絵だったとしても、私には感じられないですし」
皮肉気にコスモスはその言葉を吐いた。目にする事が叶わない彼女は、幸か不幸かその感情を知る事も無い。
男の絶えぬ歓声を背中に受け、少女はそんな事を考えていた。
――その後暫くして、もがき暴れる巨体を押さえ込むハンター達の元に、絵の完成の報が入った。
「その大きな姿で空を飛ぶのは雄大でカッコイイとは思いますが、雑魔である以上、滅しさせて頂きますわ!」
イレスの言葉と共に、各々がトドメの一撃を放ち――およそ二時間弱。怨嗟を漏らし続けた怪鳥は最期に一際大きい断末魔を轟かせ、呆気なくその存在を霧散させた。
「すぐに楽にさせてやれなくて、悪かったな」
その名残にレイオスが呟く。元々滅するべき虚構の存在に過ぎない雑魔だったが、彼の言葉は本心だった。
●
異常な感性で描かれた絵に対する怖いもの見たさか。
全てが終わり撤収する前にユキヤ、焔騎、イレスの三人がシギニスの絵を見に来た。
「好きにするがいい。どうせ、お前達には分からん代物だ」
男はいつも通りにぶっきらぼうな答を吐くと、彼らを放ってさっさと帰り支度を始める。
絵を見た三人の反応は様々だった。
「……やはり、シギニスさんと私の感性は合いませんね」
苦笑するイレス。それは恐らく大多数の反応であろう。
描かれたのは余人の理解が及ばない暴力的な絵でもあった。美しい、と感想を抱くのは少数派だろう。
焔騎の反応もそれと大差ないものだった。最初に思った通り、この絵描きの感性には同調できない。
だが、注がれた熱意は嫌になるほど伝わってきた。この絵はこの男にしか描けないのだと、そう感じた。
「死に際の雑魔……何を思ったのでしょうか……そして、それを描く彼は……何を思ったのでしょうか……」
その中で、ユキヤは変わった反応を見せていた。
その醜の美を理解出来た訳ではない。しかし、その絵の中に広がる――男の心象風景を見ていた。
命の鼓動と命の止む音が一緒に聞こえそうな時間すら歪な絵。絵心の無いユキヤにも、その絵の完成度の高さは感じられた。
大半の人間に理解されない歪の絵。しかし男にとってそれは一つの真の形なのだろう。
それはきっと、この先も変わらない。彼は誰にも理解されないその形を追い続けていくのだろう――――
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 レイオス・アクアウォーカー(ka1990) 人間(リアルブルー)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/04/14 17:39:22 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/14 02:30:43 |