ゲスト
(ka0000)
【不動】NoChaser
マスター:湖欄黒江
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/14 19:00
- 完成日
- 2015/04/22 05:46
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ゾンネンシュトラール帝国領内で暗躍する、反体制組織『ヴルツァライヒ』。
ハンターの協力と活躍により、その構成員2名を捕らえてなお、
帝国軍第一師団は組織の全容把握に至っていない。
2人目の逮捕者である旧貴族、グレゴール・クロルの尋問が現在進行中だが、
逮捕時に新たな量産型剣機――
帝国軍では以後『ファウエム(VM)』と呼称――の襲撃を受け、専従捜査隊は壊滅。
生き残りの隊員ふたりでは、尋問の人手も覚束ない有様であった。
辛うじて分かってきたのは、グレゴールの背後で最低でもひとり、
また別の人物が糸を引いていたらしいこと。
何者かがグレゴールに指示を飛ばし、反体制活動の指針を与えていたようだ。
尋問の合間に彼の私宅を捜索する内、暗号化された密書らしきものがいくつか発見された。
だが、その解読は遅々として進んでいない。
●
「捜査隊の再編は急務だ」
呼びつけた捜査隊長を前にして、男は卓上に置かれた小さな木彫りの人物像を弄ぶ。
捜査隊長は、それを辺境領から持ち出された美術品と見たが、詳しい由来までは分からない。
「君とクレメンスには、クロルの尋問から外れてもらう」
その言葉に、捜査隊長はただうなだれるしかなかった。
誰も予期せぬ事態だったとはいえ、自身の指揮下で貴重な部下をことごとく失ったのだ。
既に処分を覚悟してはいたが、それでもいざ言葉にされると、胃が重く沈む心地がする――
と思った矢先、
「早合点してはいけない」
男が言う。
「これは更迭などではない。君たちには別の、重要な任務を任せる。
その件が片づき次第、捜査隊へ復帰してもらうことになる」
捜査隊長は顔を上げ、その男とまともに見合った。
齢40ほどか、良く日に焼け、赤銅色の肌をした精悍な男。
黒髪を短く刈り、四角く力強い印象の顎からは髭が丁寧に剃られている。
丸眼鏡の奥の瞳は、常に油断なく光り輝く。
男の名はロジオン・ダネリヤ。
第一師団『シルバリーヴァント』所属の兵長だった。
●
「陛下が辺境ナナミ河の戦闘で負傷され、
現在バルトアンデルス城内にてご静養なさっていることは、知っているな?」
「はっ……」
「予定が変わったのだ。陛下は後日、転地療養を兼ねて地方巡察に向かわれる」
捜査隊長からは、今更何とも答えようがない。
第一師団に身を置く者ならば、皇帝ヴィルヘルミナの気性は誰でも承知している。
実弟のカッテが辺境で前線指揮を執っている合間に、
彼女が城でひとり、じっと寝ていられる訳はなかった。
「またぞろ、お忍びで城下に向かわれるなどするよりは、
公式の行事にしてしまい、こちらで身辺を管理するほうが良いとの判断だ。
しかし、国内ではヴルツァライヒ始め反体制組織の活動が活発化、
歪虚どもも依然、各地で不穏な動きを見せている。だからこその視察、ということではあるのだろうが」
大方、自身を囮に有象無象の敵を誘き寄せ、一網打尽にしようという考えなのだろう。
だが、この急な予定変更に、身辺警護の任を負わされた兵士たちはたまったものではない。
「君たちには、これまでの反体制派の活動監視記録を早急にまとめてもらい、
各師団と情報共有の上、現地の警備体制強化を促して欲しいのだ。
その間、クロルの尋問と証拠文書の解読はエイゼンシュテイン副長以下、憲兵隊に一任する。そして」
ダネリヤ兵長が捜査隊長へ、1枚の書類を手渡した。
「これが専従捜査隊の補充人員の、候補者一覧だ。君たちが離れている間、私が直に選定と教育を行う」
捜査隊長がリストに目を通す。第一師団の各部署から候補者30名、
内18名を選出し、新たなヴルツァライヒ専従捜査隊を設立する計画のようだが、
「……質問は、許可されますか」
「君の部下に関することだ。忌憚ない意見をくれ」
●
ダネリヤ兵長の選んだ候補者全員が、10代後半から20代前半の若手で占められている。
それも平民の出ばかりで、旧貴族や軍人の家柄はひとりもいない。
「特別な理由があってのことですか?」
「無論」
と、兵長は首肯する。
「革命戦争当時まだ幼かった彼らは、革命の記憶が薄い。
君のような優秀な兵士は別だが、あの戦争で初めて同胞、同じ人間と殺し合いをした記憶は、
思いの外、兵たちの心に傷を残しているものだ。だが彼らはそうした経験を持たない。
加えて、彼らの出身層は概ね革命を支持していたから、現体制に対する屈託もない」
「しかし、経験や技量の問題があります」
「これから教育すれば良い。警察や諜報というのは、我が軍においても特異な領域だ。
なまじ一兵卒としてできあがってしまった者よりは、新米のほうが適応できる」
「教育……私としても最善を尽くすつもりですが、果たして間に合うでしょうか?」
そこで兵長は、新たな書類を取り出した。
候補者の選定試験を兼ねて、帝都の市街を利用した特殊訓練を行うとの旨。
「反体制組織構成員の尾行と密書奪取を想定したものだ。
と言っても所詮お遊び程度の内容だが、
捜査隊の何たるかを教え、新兵たちの向上意欲を掻き立てるにはこのくらいが丁度良い。
敵役はハンターに演じてもらう。君も反対すまい」
これまでの反体制派摘発の現場において、ハンターの活躍は目覚ましいものがあった。
ヴルツァライヒ構成員2名の捕縛も、彼らの貢献なくしては実現しなかった。
「私としても、今後の捜査にはハンター戦力を積極的に取り入れていきたい。
覚醒者の実戦力は現状、どうやっても代替できんからな。
それに訓練の段階からハンターを参加させることで、後々の連携の前準備ともなるし、
たった今重要任務に就いているベテランたちを教育係へ回す手間も省ける。
新兵たちには精々、実地でハンターの技量を盗んでもらうつもりだ」
●
捜査隊長を下がらせた後、ダネリヤ兵長はひとり、執務室の窓から夕陽に染まる城下を見渡した。
王国や同盟の人間ならば、歴史のない、色味の暗い、味気のない街と感じるやも知れぬが、
兵長の目には、バルトアンデルスはイルダーナやヴァリオスに劣らず美しい街と思えた。
時間帯と天候とによって、街を通り抜けるイルリ河の河面が千変万化の色彩を見せる。
刻一刻、同じ色はふたつとない。
尤も、それを見分ける『眼』を身につけるまでは、
この街で人生の何10年かを過ごさねばならないのだが――
捜査隊再編計画について、隊長には敢えて告げなかった別の狙いがある。
(反体制派掃討の矢面にハンターたちを立たせ続けることで、弾圧者の悪名を一部分でも肩代わりさせる)
反体制活動は、何も業突く張りの旧貴族や悪党どもの専売特許ではない。
中には、斟酌や同情に値する事情を抱えた者もいるだろう。
(いずれ、誰かが悪役を引き受けなければならない)
誰かが手を汚さねば、この街を、この国を守れはしないのだ。
ゾンネンシュトラール帝国領内で暗躍する、反体制組織『ヴルツァライヒ』。
ハンターの協力と活躍により、その構成員2名を捕らえてなお、
帝国軍第一師団は組織の全容把握に至っていない。
2人目の逮捕者である旧貴族、グレゴール・クロルの尋問が現在進行中だが、
逮捕時に新たな量産型剣機――
帝国軍では以後『ファウエム(VM)』と呼称――の襲撃を受け、専従捜査隊は壊滅。
生き残りの隊員ふたりでは、尋問の人手も覚束ない有様であった。
辛うじて分かってきたのは、グレゴールの背後で最低でもひとり、
また別の人物が糸を引いていたらしいこと。
何者かがグレゴールに指示を飛ばし、反体制活動の指針を与えていたようだ。
尋問の合間に彼の私宅を捜索する内、暗号化された密書らしきものがいくつか発見された。
だが、その解読は遅々として進んでいない。
●
「捜査隊の再編は急務だ」
呼びつけた捜査隊長を前にして、男は卓上に置かれた小さな木彫りの人物像を弄ぶ。
捜査隊長は、それを辺境領から持ち出された美術品と見たが、詳しい由来までは分からない。
「君とクレメンスには、クロルの尋問から外れてもらう」
その言葉に、捜査隊長はただうなだれるしかなかった。
誰も予期せぬ事態だったとはいえ、自身の指揮下で貴重な部下をことごとく失ったのだ。
既に処分を覚悟してはいたが、それでもいざ言葉にされると、胃が重く沈む心地がする――
と思った矢先、
「早合点してはいけない」
男が言う。
「これは更迭などではない。君たちには別の、重要な任務を任せる。
その件が片づき次第、捜査隊へ復帰してもらうことになる」
捜査隊長は顔を上げ、その男とまともに見合った。
齢40ほどか、良く日に焼け、赤銅色の肌をした精悍な男。
黒髪を短く刈り、四角く力強い印象の顎からは髭が丁寧に剃られている。
丸眼鏡の奥の瞳は、常に油断なく光り輝く。
男の名はロジオン・ダネリヤ。
第一師団『シルバリーヴァント』所属の兵長だった。
●
「陛下が辺境ナナミ河の戦闘で負傷され、
現在バルトアンデルス城内にてご静養なさっていることは、知っているな?」
「はっ……」
「予定が変わったのだ。陛下は後日、転地療養を兼ねて地方巡察に向かわれる」
捜査隊長からは、今更何とも答えようがない。
第一師団に身を置く者ならば、皇帝ヴィルヘルミナの気性は誰でも承知している。
実弟のカッテが辺境で前線指揮を執っている合間に、
彼女が城でひとり、じっと寝ていられる訳はなかった。
「またぞろ、お忍びで城下に向かわれるなどするよりは、
公式の行事にしてしまい、こちらで身辺を管理するほうが良いとの判断だ。
しかし、国内ではヴルツァライヒ始め反体制組織の活動が活発化、
歪虚どもも依然、各地で不穏な動きを見せている。だからこその視察、ということではあるのだろうが」
大方、自身を囮に有象無象の敵を誘き寄せ、一網打尽にしようという考えなのだろう。
だが、この急な予定変更に、身辺警護の任を負わされた兵士たちはたまったものではない。
「君たちには、これまでの反体制派の活動監視記録を早急にまとめてもらい、
各師団と情報共有の上、現地の警備体制強化を促して欲しいのだ。
その間、クロルの尋問と証拠文書の解読はエイゼンシュテイン副長以下、憲兵隊に一任する。そして」
ダネリヤ兵長が捜査隊長へ、1枚の書類を手渡した。
「これが専従捜査隊の補充人員の、候補者一覧だ。君たちが離れている間、私が直に選定と教育を行う」
捜査隊長がリストに目を通す。第一師団の各部署から候補者30名、
内18名を選出し、新たなヴルツァライヒ専従捜査隊を設立する計画のようだが、
「……質問は、許可されますか」
「君の部下に関することだ。忌憚ない意見をくれ」
●
ダネリヤ兵長の選んだ候補者全員が、10代後半から20代前半の若手で占められている。
それも平民の出ばかりで、旧貴族や軍人の家柄はひとりもいない。
「特別な理由があってのことですか?」
「無論」
と、兵長は首肯する。
「革命戦争当時まだ幼かった彼らは、革命の記憶が薄い。
君のような優秀な兵士は別だが、あの戦争で初めて同胞、同じ人間と殺し合いをした記憶は、
思いの外、兵たちの心に傷を残しているものだ。だが彼らはそうした経験を持たない。
加えて、彼らの出身層は概ね革命を支持していたから、現体制に対する屈託もない」
「しかし、経験や技量の問題があります」
「これから教育すれば良い。警察や諜報というのは、我が軍においても特異な領域だ。
なまじ一兵卒としてできあがってしまった者よりは、新米のほうが適応できる」
「教育……私としても最善を尽くすつもりですが、果たして間に合うでしょうか?」
そこで兵長は、新たな書類を取り出した。
候補者の選定試験を兼ねて、帝都の市街を利用した特殊訓練を行うとの旨。
「反体制組織構成員の尾行と密書奪取を想定したものだ。
と言っても所詮お遊び程度の内容だが、
捜査隊の何たるかを教え、新兵たちの向上意欲を掻き立てるにはこのくらいが丁度良い。
敵役はハンターに演じてもらう。君も反対すまい」
これまでの反体制派摘発の現場において、ハンターの活躍は目覚ましいものがあった。
ヴルツァライヒ構成員2名の捕縛も、彼らの貢献なくしては実現しなかった。
「私としても、今後の捜査にはハンター戦力を積極的に取り入れていきたい。
覚醒者の実戦力は現状、どうやっても代替できんからな。
それに訓練の段階からハンターを参加させることで、後々の連携の前準備ともなるし、
たった今重要任務に就いているベテランたちを教育係へ回す手間も省ける。
新兵たちには精々、実地でハンターの技量を盗んでもらうつもりだ」
●
捜査隊長を下がらせた後、ダネリヤ兵長はひとり、執務室の窓から夕陽に染まる城下を見渡した。
王国や同盟の人間ならば、歴史のない、色味の暗い、味気のない街と感じるやも知れぬが、
兵長の目には、バルトアンデルスはイルダーナやヴァリオスに劣らず美しい街と思えた。
時間帯と天候とによって、街を通り抜けるイルリ河の河面が千変万化の色彩を見せる。
刻一刻、同じ色はふたつとない。
尤も、それを見分ける『眼』を身につけるまでは、
この街で人生の何10年かを過ごさねばならないのだが――
捜査隊再編計画について、隊長には敢えて告げなかった別の狙いがある。
(反体制派掃討の矢面にハンターたちを立たせ続けることで、弾圧者の悪名を一部分でも肩代わりさせる)
反体制活動は、何も業突く張りの旧貴族や悪党どもの専売特許ではない。
中には、斟酌や同情に値する事情を抱えた者もいるだろう。
(いずれ、誰かが悪役を引き受けなければならない)
誰かが手を汚さねば、この街を、この国を守れはしないのだ。
リプレイ本文
●
バルトアンデルス城下の詰所で『作戦文書』を受け取った後、
6人のハンターはそれぞれの目的地へと散っていく。
マッシュ・アクラシス(ka0771)の行き先は、とある高級デパート。
(先日の任務ではお世話になったものですが、
ああも数を減らされてしまうと、人の手配も苦労するでしょうね)
そのときは歪虚を倒したことで、殉職者たちの仇は討ったが、
(これもお役に立つのでしたら結構。我々の仕事もしやすくなるでしょう)
仮面を被って通りを歩けば、すれ違う人が皆、彼を振り返る。
本来は人目を忍ぶ仕事、目立ってしまうのはご法度の筈だが、
(今回の場合、候補生たちは既に尾行についています。
こちらの外見もばれている。敢えて印象的な見た目をしておくほうが)
後々の変装が効果を発揮する、という作戦だ。
壬生 義明(ka3397)はビジネス街へと向かう。
彼もまた、任務でヴルツァライヒを追った経験がある。
(以前は追い詰めた側、今回は逆の立場ねぇ……まあ、頑張ろうかね)
訓練の数日前、義明は周辺の下見をしておいた。
なるべく人通りの多い道を選び、人混みに紛れることで尾行を困難にするつもりだ。
同じ目的で、真田 天斗(ka0014)もしばし同じ道を進む。
城下には王国式の古い建物が多いが、歩くにつれ、新しい建築も目につくようになった。
鉄鋼の製造が困難な西方世界にあっても、
代用金属やコンクリート、ガラスを使った現代的建築技法は徐々に広まりつつあり、
重工業の盛んな帝国の首都だけに、他の街より一層『街』らしい印象を受ける。
(タイムスリップでもしたような気分ですね。
最初から尾行がついているとはやり難いですが、ここらで1度)
目についた小道具屋へ寄り道して、義明と別れた。
●
「ありがとう。釣りは要らないわ、取っておいて」
別のとある店で、リーゼロッテ(ka1864)が封筒を買った。
密書の入った封筒と、色や大きさがそっくりだ。
荷物の中には、他にも変装用の道具が色々。
(あくまで訓練、お遊び程度ってなると、却って難しいわね。
精々退屈させないよう、策を弄させてもらうわよ)
リーゼロッテの目的地は工場街、労働者たちに混じれるよう服装に気を遣う必要がある。
エルバッハ・リオン(ka2434)はイルリ河を目指す。
遮蔽物のない河上の船まで密書を届けなければならない困難さ故、
こちらは事前に偽の密書と河船を用意しておいてもらった。
(尾行対象役というのも、わくわくしますね。依頼である以上、本気でやりますが)
歩きながら、ついくしゃみが出る。
ロングコートの下は水着だけで、春先の帝都はまだ寒い。風邪を引きそうだ。
(候補生たちも泳ぐ羽目になるとしたら、お互いご愁傷様ですね)
河を横断する大橋の辺りで、ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)と道が分かれた。
ノイのほうは、貧民街まで足を延ばす。訓練とは言いつつも、少々物騒な場所だ。
ただ、特殊な土地柄な分、尾行者の特定は比較的簡単なほうだろう。
候補生たちはハンターの行き先を知らないから、現場に馴染んだ扮装をするのは難しい筈だ。
●
ノイは河を渡って街の南側に着いた。
河沿いにしばらく進めば、やがて貧民街近くのバラック群に行き当たる。
(ただまくだけじゃなくて、彼らの能力を見なきゃダメかしら。
んー……思うに、必要なのは観察力、隠密力、追跡力、対応力ってトコ?)
詰所を出発した際、密書を鞄から出し入れする振りをして、こっそりローブの右袖に隠した。
尾行者がそれに気づいたかどうか、観察力のチェックだ。
次は隠密能力を確かめる。時折足を止め、河面や対岸の街並みに目をやった。
それとなく振り返り、周囲を確認しておく。尾行者らしき姿――
(見つからないわね。将来有望か、あるいはもうはぐれてしまったか……)
(いましたね、まずはひとり)
繁華街を行くマッシュは、店頭のガラス窓に映った尾行者を発見する。
通りの反対側からこちらを追っているようだが、不慣れらしく、
不自然なタイミングで足を止めたり、辺りをうかがったりしてしまっている。
(しかし、相手は間違いなく複数人。
彼ひとりを囮にして他が上手く隠れている、ということもあり得ます)
兎も角、ひとりは顔を特定できた。残りはまた道すがら、上手く勘を働かせて探すよりないだろうか。
(店の方向はあちらですから、もう少し方角をずらしても問題なさそうですね)
小道具屋を出て、再び進み出した天斗。
地図記憶と方向感覚でもって、目的地へのルートを臨機応変に選択していく。
更には不意に歩調を早め、覚醒者ならではの身ごなしで人混みをすり抜けた。
単純な後追いでは天斗に追いつけない。慌てて走れば、尾行がばれてしまう。
(どうでしょうか?)
途中で振り返ると、何やら懸命な顔で早足に歩く男がふたりほど。
距離からして、片方は天斗を先回りしていたのが、突然追い越されてしまったようだ。
(このまま引き離してしまいましょう)
●
(こっちについた面子は、中々優秀なようだねぇ)
分かれ道、細道の多い経路を選んで進む義明だったが、尾行者は未だ尻尾を出さないでいる。
想像するに、相手はこちらを遠巻きに囲むように歩いていて、
義明が細かく進行方向を変えてみせても、誰かがすぐに先回りしているのだろう。
(そうなると、おっさんも頑張らないとねぇ。あの作戦で行こうか)
目的地の事務所がもう近い、仕掛けるならここが最後のチャンスだろう。
義明が踏み込んだのは長く細い路地で、枝道も多い。
辺りに人がいないと見るや、義明は全速力で駆け出した。
(さて、勝負どころかねぇ。おっさんと鬼ごっこしようか……!)
先回りもできないほどの速度で動き、
狭い網目状の路地で相手の視界が利かない内、包囲網を突破してしまおうという狙いだ。
リーゼロッテは工場街を歩きつつ、途中途中の人気のない場所で少しずつ、服装を変えていった。
髪型も、複数用意したかつらで簡単に変装する。時間はかけない。
(例え先回りをされていても、尾行対象の外見が違えば、人物特定に多少のロスが生じる筈だわ。
そして、そのロスが少しずつ重なれば……)
工場街はちょうど昼休憩の終わる時間で、従業員たちが一斉に職場へ戻り始めている。
リーゼロッテも今では作業服姿だから、背格好の似た女性が近くにいれば、尾行者も取り違えるだろう。
(問題は、工場に着いてからね)
エルバッハは、桟橋を歩いて偽の船に潜り、偽の文書を置いた。
その後、しばらく来た道を引き返しながら、尾行者たちの気配をうかがう。
(……あら)
桟橋を見やれば、男がひとり、そそくさと偽の船に向かう。候補生だろうが、仲間の姿が見えない。
(まだ、私についてきてますね)
そうなると、更に尾行をまいた上で、本物の文書を河の上に浮かぶ船まで運ばねばならない。
こちらもスピード勝負、ということになるか。
(その為の準備は、してありますが)
ノイは、浮浪者たちが住むバラック群の見えた辺りで河原を離れた。
南西方向に迂回しつつ、貧民街入り口近くの酒場通りへ。
とある店に入って休憩しつつ、
(私が建物に立ち寄っても、慌てて一緒に入ってくるってことはないのね。
多分、ふたり以上で入り口と裏口を固めて、こっちが出てくるのを待つんでしょう)
店内を調べるのはノイが立ち去った後だ。そこで最低ひとりを置き去りにできる。
(決め手は、貧民街での追いかけっこね。
昼間は静かなところだから、どたばたと走れば目立つに違いないわ)
逃げ手有利の場所だ。ノイはさっと店を出て、貧民街へと進む。
●
マッシュは曲がりくねった細い路地に入ると、素早くコートと帽子を脱いで、物陰へ放り捨てた。
仮面も外して、懐に仕舞っておく。変身完了。
(ここを抜ければ、すぐデパートに行き当たります。
彼らが路地を調べている間に、中へ入ってしまいましょう)
尾行者が最初のひとり以外、見つけられなかったのが気がかりだが、何はともあれ店内へ。
身なりの良い紳士淑女の客たちに混じって、悠々と目的の売り場へ向かった。
だが、そんなマッシュの背後には、執事風の服装をした尾行者がひとり。
候補生の青年は、マッシュのズボンと靴に狙いをつけていた。
相手の足の恰好や色、歩きのリズムを憶えておけば、雑踏の中でも見失い難いという寸法だ。
距離を空けてついていき、マッシュが何処かの売り場に立ち寄っても深追いはしない。
指定された家具売り場の陳列に文書を置き、マッシュはデパートを立ち去った。
少し冷えるが快晴で気持ちの良い、春の午後だ。
行き交う人は皆、街での仕事や余暇に没頭し、歪虚や反体制派の脅威など頭にないように見える。
●
(やれやれ、くたびれちゃったよ)
疾走で乱れた呼吸を整えつつ、義明は路地を出た。
そのままビジネス街を行く人々に紛れて、とある小さな事務所へ。
昼休みを終えた職員たちと共に建物へ入ると、
玄関ロビーの植木鉢の裏に密書の入った封筒を隠しておく。
事務所を出た義明と入れ替わりに、候補生が文書を探しにやって来た。
彼らは若いながらも優秀なメンバーで、
義明が路地に姿を隠すたび、主要な出口を素早く押さえるよう連携して動いていた。
かくして、ぎりぎりのところで尾行対象の逃走を防ぎ、文書の回収に成功する。
一方、天斗を追っていた候補生5人は、人混みでの追跡に失敗。
まんまと逃げられてしまった。彼らが息せき切って対象を捜索する間、
当の天斗は昼の混雑が終わったばかりのレストランでゆったりと休憩していた。
道路に背を向けて座りつつ、途中で買った林檎など齧りながら、紅茶の一服を楽しむと、
(そろそろですか)
トイレに向かう振りをして、店員の控え室からウェイターの制服を拝借した。
髪を撫でつけ、伊達眼鏡をし、制服に身を包むと部屋を出、
店の奥の席にさり気なく文書を置いていく。と、近くのテーブルから、
「君ね、コーヒー、お代わり」
「……かしこまりました」
客へ慇懃に一礼すると、慣れた足取りで空のポットと食器を運んだ。
するとちょうど、店の前を候補生たちが走り過ぎていく。
●
リーゼロッテは目的地のひとつ隣の工場の裏手に、偽の封筒を仕掛けた。
尾行者の顔を確認するべく近くで監視するが、相手もすぐには引っかからない。
(慎重ね)
最低でもひとり、こちらを尾行し続けている。
人の少ない工場街の裏手を歩く内、微かな足音等で気配は感じていたが、中々姿を見せない。
彼を排除しなければ、文書の置場は簡単に特定されてしまうだろう。
(仕方ないわね……少々強引な手を使わせてもらうわ)
再び動き出したリーゼロッテ。横道に入り、そこで身を隠した。
しばらくして、尾行者が通りかかると背後を取り、口紅をナイフに見立てて切りかかる。
「頑張った子にはご褒美。一緒に大人の遊びをしましょう」
尾行者の外套の袖に、口紅の赤い線が走る。
相手は動転しつつも、軍隊仕込みの技で反撃してきた。揉み合いになり、リーゼロッテの金髪のかつらが落ちる。
足払いで候補生を転倒させ、馬乗りになった。口紅を鼻先に突きつけると、
「死ぬ前にせめてひと言」
その候補生は中々の美青年だった。にやりと笑い、
「あの金髪も悪くなかったけど、貴方には黒髪が1番似合ってる」
「ありがとう。これ、地毛よ」
そこで初めて、ふたりの男が音もなく道の前後から近づいていたことに気づく。
候補生の仲間だった。彼らも整った顔立ちで微笑みつつ、人差指を銃口に見立て、
「バン! やむなく監視対象者を殺害――作戦文書を回収、ってとこですか」
リーゼロッテは候補生の上から退いて、両手を上げた。
「3人もついて来てたのね。やるじゃない?」
「貴方が本気なら、僕らも殺られてまんまと逃げられたかも」
言いつつも、不敵に笑う3人。冷やかし半分で受けた今回の任務だったが、
(私の負けね。第一師団の人材は優秀らしいわ――どういう訳か、揃って顔も良い)
●
コートを脱ぎ捨てたエルバッハ。
水着姿で河へ飛び込むと、冷たい水を掻いて深く潜った。
船までは距離があるが、姿を隠すには潜水していくしかない。
(深く、速く泳がないと)
防水の袋に詰めた作戦文書を手に、船の底を通り過ぎて裏側に回る。
こちらからなら、岸から見られずに済む。浮上して、文書を船上に投げ上げた。
候補生たちは、エルバッハが河に飛び込んだ時点で引き離されており、
本物の文書を置いた船に見当をつけることもできない。
まさか、相手が泳いで河を渡るとまでは考えていなかったようだ。
ノイも尾行を振り切ることに成功した。
先日、別の依頼で訪れたばかりの貧民街。辺りの様子は知っているし、
「あら、こんにちは」
地元のちんぴらとも顔見知りで、トラブルに遭う心配も薄い。
すんなり目的地周辺に辿り着くと、アパルトマンの間の入り組んだ道を走る。
更に念の為、何軒かを回って置き場所をごまかしつつ、
目的の建物では、左手で髪を弄る仕草で尾行者の気を逸らしながら、
右袖に隠した文書をそっと落としてみせた。
(後は帰るだけね。結果はどうだったかしら……)
●
「文書は6枚中、デパート、事務所、工場の3枚が回収に成功。
残りは制限時間中に発見されなかった……丁度良い具合だ」
出発地点の詰所にて、ダネリヤ兵長が結果発表を行う。
作戦文書を回収できたのは3班、計15人であった。
彼らを第1候補としつつ、別班から3人を補充の上、新たな捜査隊員とする。
天斗が彼らに言う。
「尾行に気づかれた場合、速度で振り切られることを考えねばなりません。
それも、単純に走って追いかけるだけでは……捜査員とは知の戦闘員です。お忘れなきよう」
「おっさんはまんまとしてやられたねぇ、ああいう具合なら良いんじゃないかな」
「私について来た子たちは、度胸のほうも割りに据わってたわね」
とは、義明とリーゼロッテの言。ノイも、
「後は土地に対する知識ね。歩きにくい場所でも、スムーズに動ける準備をしておかないと」
エルバッハがくしゃみをする。候補生には勝利したが、河の水は冷たかった。
「風邪ですか?」
マッシュが気遣うと、
「いえ、ちょっと泳いだものですから」
「水泳には季節が早いですねぇ。帝国は涼しい国ですよ」
そう言うマッシュも、夕暮れの冷え込みに肌寒さを感じた。
コートは生憎と、デパート近くの路地裏に置いてきてしまっている。
「失礼」
一足先に詰所を出た。街を眺めれば、イルリ河の河面が夕陽を受けてオレンジに輝く。
美しい色だった。やがて陽が沈み、紫から深い紺色へと変わる。
そして夜になれば、今度は色とりどりの街の灯が、星のように水面に煌めくだろう。
バルトアンデルス城下の詰所で『作戦文書』を受け取った後、
6人のハンターはそれぞれの目的地へと散っていく。
マッシュ・アクラシス(ka0771)の行き先は、とある高級デパート。
(先日の任務ではお世話になったものですが、
ああも数を減らされてしまうと、人の手配も苦労するでしょうね)
そのときは歪虚を倒したことで、殉職者たちの仇は討ったが、
(これもお役に立つのでしたら結構。我々の仕事もしやすくなるでしょう)
仮面を被って通りを歩けば、すれ違う人が皆、彼を振り返る。
本来は人目を忍ぶ仕事、目立ってしまうのはご法度の筈だが、
(今回の場合、候補生たちは既に尾行についています。
こちらの外見もばれている。敢えて印象的な見た目をしておくほうが)
後々の変装が効果を発揮する、という作戦だ。
壬生 義明(ka3397)はビジネス街へと向かう。
彼もまた、任務でヴルツァライヒを追った経験がある。
(以前は追い詰めた側、今回は逆の立場ねぇ……まあ、頑張ろうかね)
訓練の数日前、義明は周辺の下見をしておいた。
なるべく人通りの多い道を選び、人混みに紛れることで尾行を困難にするつもりだ。
同じ目的で、真田 天斗(ka0014)もしばし同じ道を進む。
城下には王国式の古い建物が多いが、歩くにつれ、新しい建築も目につくようになった。
鉄鋼の製造が困難な西方世界にあっても、
代用金属やコンクリート、ガラスを使った現代的建築技法は徐々に広まりつつあり、
重工業の盛んな帝国の首都だけに、他の街より一層『街』らしい印象を受ける。
(タイムスリップでもしたような気分ですね。
最初から尾行がついているとはやり難いですが、ここらで1度)
目についた小道具屋へ寄り道して、義明と別れた。
●
「ありがとう。釣りは要らないわ、取っておいて」
別のとある店で、リーゼロッテ(ka1864)が封筒を買った。
密書の入った封筒と、色や大きさがそっくりだ。
荷物の中には、他にも変装用の道具が色々。
(あくまで訓練、お遊び程度ってなると、却って難しいわね。
精々退屈させないよう、策を弄させてもらうわよ)
リーゼロッテの目的地は工場街、労働者たちに混じれるよう服装に気を遣う必要がある。
エルバッハ・リオン(ka2434)はイルリ河を目指す。
遮蔽物のない河上の船まで密書を届けなければならない困難さ故、
こちらは事前に偽の密書と河船を用意しておいてもらった。
(尾行対象役というのも、わくわくしますね。依頼である以上、本気でやりますが)
歩きながら、ついくしゃみが出る。
ロングコートの下は水着だけで、春先の帝都はまだ寒い。風邪を引きそうだ。
(候補生たちも泳ぐ羽目になるとしたら、お互いご愁傷様ですね)
河を横断する大橋の辺りで、ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)と道が分かれた。
ノイのほうは、貧民街まで足を延ばす。訓練とは言いつつも、少々物騒な場所だ。
ただ、特殊な土地柄な分、尾行者の特定は比較的簡単なほうだろう。
候補生たちはハンターの行き先を知らないから、現場に馴染んだ扮装をするのは難しい筈だ。
●
ノイは河を渡って街の南側に着いた。
河沿いにしばらく進めば、やがて貧民街近くのバラック群に行き当たる。
(ただまくだけじゃなくて、彼らの能力を見なきゃダメかしら。
んー……思うに、必要なのは観察力、隠密力、追跡力、対応力ってトコ?)
詰所を出発した際、密書を鞄から出し入れする振りをして、こっそりローブの右袖に隠した。
尾行者がそれに気づいたかどうか、観察力のチェックだ。
次は隠密能力を確かめる。時折足を止め、河面や対岸の街並みに目をやった。
それとなく振り返り、周囲を確認しておく。尾行者らしき姿――
(見つからないわね。将来有望か、あるいはもうはぐれてしまったか……)
(いましたね、まずはひとり)
繁華街を行くマッシュは、店頭のガラス窓に映った尾行者を発見する。
通りの反対側からこちらを追っているようだが、不慣れらしく、
不自然なタイミングで足を止めたり、辺りをうかがったりしてしまっている。
(しかし、相手は間違いなく複数人。
彼ひとりを囮にして他が上手く隠れている、ということもあり得ます)
兎も角、ひとりは顔を特定できた。残りはまた道すがら、上手く勘を働かせて探すよりないだろうか。
(店の方向はあちらですから、もう少し方角をずらしても問題なさそうですね)
小道具屋を出て、再び進み出した天斗。
地図記憶と方向感覚でもって、目的地へのルートを臨機応変に選択していく。
更には不意に歩調を早め、覚醒者ならではの身ごなしで人混みをすり抜けた。
単純な後追いでは天斗に追いつけない。慌てて走れば、尾行がばれてしまう。
(どうでしょうか?)
途中で振り返ると、何やら懸命な顔で早足に歩く男がふたりほど。
距離からして、片方は天斗を先回りしていたのが、突然追い越されてしまったようだ。
(このまま引き離してしまいましょう)
●
(こっちについた面子は、中々優秀なようだねぇ)
分かれ道、細道の多い経路を選んで進む義明だったが、尾行者は未だ尻尾を出さないでいる。
想像するに、相手はこちらを遠巻きに囲むように歩いていて、
義明が細かく進行方向を変えてみせても、誰かがすぐに先回りしているのだろう。
(そうなると、おっさんも頑張らないとねぇ。あの作戦で行こうか)
目的地の事務所がもう近い、仕掛けるならここが最後のチャンスだろう。
義明が踏み込んだのは長く細い路地で、枝道も多い。
辺りに人がいないと見るや、義明は全速力で駆け出した。
(さて、勝負どころかねぇ。おっさんと鬼ごっこしようか……!)
先回りもできないほどの速度で動き、
狭い網目状の路地で相手の視界が利かない内、包囲網を突破してしまおうという狙いだ。
リーゼロッテは工場街を歩きつつ、途中途中の人気のない場所で少しずつ、服装を変えていった。
髪型も、複数用意したかつらで簡単に変装する。時間はかけない。
(例え先回りをされていても、尾行対象の外見が違えば、人物特定に多少のロスが生じる筈だわ。
そして、そのロスが少しずつ重なれば……)
工場街はちょうど昼休憩の終わる時間で、従業員たちが一斉に職場へ戻り始めている。
リーゼロッテも今では作業服姿だから、背格好の似た女性が近くにいれば、尾行者も取り違えるだろう。
(問題は、工場に着いてからね)
エルバッハは、桟橋を歩いて偽の船に潜り、偽の文書を置いた。
その後、しばらく来た道を引き返しながら、尾行者たちの気配をうかがう。
(……あら)
桟橋を見やれば、男がひとり、そそくさと偽の船に向かう。候補生だろうが、仲間の姿が見えない。
(まだ、私についてきてますね)
そうなると、更に尾行をまいた上で、本物の文書を河の上に浮かぶ船まで運ばねばならない。
こちらもスピード勝負、ということになるか。
(その為の準備は、してありますが)
ノイは、浮浪者たちが住むバラック群の見えた辺りで河原を離れた。
南西方向に迂回しつつ、貧民街入り口近くの酒場通りへ。
とある店に入って休憩しつつ、
(私が建物に立ち寄っても、慌てて一緒に入ってくるってことはないのね。
多分、ふたり以上で入り口と裏口を固めて、こっちが出てくるのを待つんでしょう)
店内を調べるのはノイが立ち去った後だ。そこで最低ひとりを置き去りにできる。
(決め手は、貧民街での追いかけっこね。
昼間は静かなところだから、どたばたと走れば目立つに違いないわ)
逃げ手有利の場所だ。ノイはさっと店を出て、貧民街へと進む。
●
マッシュは曲がりくねった細い路地に入ると、素早くコートと帽子を脱いで、物陰へ放り捨てた。
仮面も外して、懐に仕舞っておく。変身完了。
(ここを抜ければ、すぐデパートに行き当たります。
彼らが路地を調べている間に、中へ入ってしまいましょう)
尾行者が最初のひとり以外、見つけられなかったのが気がかりだが、何はともあれ店内へ。
身なりの良い紳士淑女の客たちに混じって、悠々と目的の売り場へ向かった。
だが、そんなマッシュの背後には、執事風の服装をした尾行者がひとり。
候補生の青年は、マッシュのズボンと靴に狙いをつけていた。
相手の足の恰好や色、歩きのリズムを憶えておけば、雑踏の中でも見失い難いという寸法だ。
距離を空けてついていき、マッシュが何処かの売り場に立ち寄っても深追いはしない。
指定された家具売り場の陳列に文書を置き、マッシュはデパートを立ち去った。
少し冷えるが快晴で気持ちの良い、春の午後だ。
行き交う人は皆、街での仕事や余暇に没頭し、歪虚や反体制派の脅威など頭にないように見える。
●
(やれやれ、くたびれちゃったよ)
疾走で乱れた呼吸を整えつつ、義明は路地を出た。
そのままビジネス街を行く人々に紛れて、とある小さな事務所へ。
昼休みを終えた職員たちと共に建物へ入ると、
玄関ロビーの植木鉢の裏に密書の入った封筒を隠しておく。
事務所を出た義明と入れ替わりに、候補生が文書を探しにやって来た。
彼らは若いながらも優秀なメンバーで、
義明が路地に姿を隠すたび、主要な出口を素早く押さえるよう連携して動いていた。
かくして、ぎりぎりのところで尾行対象の逃走を防ぎ、文書の回収に成功する。
一方、天斗を追っていた候補生5人は、人混みでの追跡に失敗。
まんまと逃げられてしまった。彼らが息せき切って対象を捜索する間、
当の天斗は昼の混雑が終わったばかりのレストランでゆったりと休憩していた。
道路に背を向けて座りつつ、途中で買った林檎など齧りながら、紅茶の一服を楽しむと、
(そろそろですか)
トイレに向かう振りをして、店員の控え室からウェイターの制服を拝借した。
髪を撫でつけ、伊達眼鏡をし、制服に身を包むと部屋を出、
店の奥の席にさり気なく文書を置いていく。と、近くのテーブルから、
「君ね、コーヒー、お代わり」
「……かしこまりました」
客へ慇懃に一礼すると、慣れた足取りで空のポットと食器を運んだ。
するとちょうど、店の前を候補生たちが走り過ぎていく。
●
リーゼロッテは目的地のひとつ隣の工場の裏手に、偽の封筒を仕掛けた。
尾行者の顔を確認するべく近くで監視するが、相手もすぐには引っかからない。
(慎重ね)
最低でもひとり、こちらを尾行し続けている。
人の少ない工場街の裏手を歩く内、微かな足音等で気配は感じていたが、中々姿を見せない。
彼を排除しなければ、文書の置場は簡単に特定されてしまうだろう。
(仕方ないわね……少々強引な手を使わせてもらうわ)
再び動き出したリーゼロッテ。横道に入り、そこで身を隠した。
しばらくして、尾行者が通りかかると背後を取り、口紅をナイフに見立てて切りかかる。
「頑張った子にはご褒美。一緒に大人の遊びをしましょう」
尾行者の外套の袖に、口紅の赤い線が走る。
相手は動転しつつも、軍隊仕込みの技で反撃してきた。揉み合いになり、リーゼロッテの金髪のかつらが落ちる。
足払いで候補生を転倒させ、馬乗りになった。口紅を鼻先に突きつけると、
「死ぬ前にせめてひと言」
その候補生は中々の美青年だった。にやりと笑い、
「あの金髪も悪くなかったけど、貴方には黒髪が1番似合ってる」
「ありがとう。これ、地毛よ」
そこで初めて、ふたりの男が音もなく道の前後から近づいていたことに気づく。
候補生の仲間だった。彼らも整った顔立ちで微笑みつつ、人差指を銃口に見立て、
「バン! やむなく監視対象者を殺害――作戦文書を回収、ってとこですか」
リーゼロッテは候補生の上から退いて、両手を上げた。
「3人もついて来てたのね。やるじゃない?」
「貴方が本気なら、僕らも殺られてまんまと逃げられたかも」
言いつつも、不敵に笑う3人。冷やかし半分で受けた今回の任務だったが、
(私の負けね。第一師団の人材は優秀らしいわ――どういう訳か、揃って顔も良い)
●
コートを脱ぎ捨てたエルバッハ。
水着姿で河へ飛び込むと、冷たい水を掻いて深く潜った。
船までは距離があるが、姿を隠すには潜水していくしかない。
(深く、速く泳がないと)
防水の袋に詰めた作戦文書を手に、船の底を通り過ぎて裏側に回る。
こちらからなら、岸から見られずに済む。浮上して、文書を船上に投げ上げた。
候補生たちは、エルバッハが河に飛び込んだ時点で引き離されており、
本物の文書を置いた船に見当をつけることもできない。
まさか、相手が泳いで河を渡るとまでは考えていなかったようだ。
ノイも尾行を振り切ることに成功した。
先日、別の依頼で訪れたばかりの貧民街。辺りの様子は知っているし、
「あら、こんにちは」
地元のちんぴらとも顔見知りで、トラブルに遭う心配も薄い。
すんなり目的地周辺に辿り着くと、アパルトマンの間の入り組んだ道を走る。
更に念の為、何軒かを回って置き場所をごまかしつつ、
目的の建物では、左手で髪を弄る仕草で尾行者の気を逸らしながら、
右袖に隠した文書をそっと落としてみせた。
(後は帰るだけね。結果はどうだったかしら……)
●
「文書は6枚中、デパート、事務所、工場の3枚が回収に成功。
残りは制限時間中に発見されなかった……丁度良い具合だ」
出発地点の詰所にて、ダネリヤ兵長が結果発表を行う。
作戦文書を回収できたのは3班、計15人であった。
彼らを第1候補としつつ、別班から3人を補充の上、新たな捜査隊員とする。
天斗が彼らに言う。
「尾行に気づかれた場合、速度で振り切られることを考えねばなりません。
それも、単純に走って追いかけるだけでは……捜査員とは知の戦闘員です。お忘れなきよう」
「おっさんはまんまとしてやられたねぇ、ああいう具合なら良いんじゃないかな」
「私について来た子たちは、度胸のほうも割りに据わってたわね」
とは、義明とリーゼロッテの言。ノイも、
「後は土地に対する知識ね。歩きにくい場所でも、スムーズに動ける準備をしておかないと」
エルバッハがくしゃみをする。候補生には勝利したが、河の水は冷たかった。
「風邪ですか?」
マッシュが気遣うと、
「いえ、ちょっと泳いだものですから」
「水泳には季節が早いですねぇ。帝国は涼しい国ですよ」
そう言うマッシュも、夕暮れの冷え込みに肌寒さを感じた。
コートは生憎と、デパート近くの路地裏に置いてきてしまっている。
「失礼」
一足先に詰所を出た。街を眺めれば、イルリ河の河面が夕陽を受けてオレンジに輝く。
美しい色だった。やがて陽が沈み、紫から深い紺色へと変わる。
そして夜になれば、今度は色とりどりの街の灯が、星のように水面に煌めくだろう。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/10 02:18:01 |
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仕事の時間です 真田 天斗(ka0014) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/04/13 01:02:37 |