ゲスト
(ka0000)
【不動】悪意を纏う真紅の妖姫
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/20 19:00
- 完成日
- 2015/05/01 00:33
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
剣妃オルクスの出現。
そのニュースは、ノアーラ・クンタウから辺境へ向かう輸送隊に大きな影響を与えていた。
急な進路変更を強いられる輸送隊の車両や馬車の間を、罵声が飛び交う。踵を返し、我先にと逃げ出そうとする者もいた。
彼らの懸念は、目に見えないオルクスの驚異だけではない。いくら強大な力を持っているとはいえ、それが単騎で攻撃を仕掛けてくるのかという疑問も含め。ここしばらく頻発している様々な事件が頭を過ぎるのだ。
そして、
「……おい、こっちの方が安全だって話じゃねえのかよ!」
混乱の中で、少しだけ本隊から離れてしまった部隊が見たものは――どこかから飛来した、巨大な鉄の塊だった。
それはたった一撃で、並んで走っていた二台の車両の片方を叩き潰した。爆炎が辺りを照らす。
急ハンドルでそれを躱し、スリップする車の中で運転席の男が助手席に向けて悲痛に叫ぶ。
「あ、安全だなんて言ってないだろう! 魔導アーマーやら重要なものは狙われるから、ちょっと離れて様子を見た方がいいって言っただけで……っ!」
負けじと助手席の男が大声を上げると同時、ドンと強烈な衝撃とともに、車体がぴたりと動きを止めた。
「うーん、キュウダイテンとぉ……三十点くらい?」
そこに響くのは、場違いな甘ったるい声。軽い言葉と裏腹な、ねっとりとした蜜のような響きが耳に絡みつく。
乗員は蒼白になり、背筋を凍らせた。
こんな状況で、話しかけてくる何かが居るとすれば――
「あたし怪我とかしたくないからさー、あんま怖いやつがいるとこ行きたくないんだよねぇ。……だからぁ、わざわざ仲間と離れてくれるなんてマジ超優しいってか、あはっ、惚れちゃいそうじゃん?」
それは、目に焼き付くような真紅のドレスを纏って立っていた。車体に伸びた陶器のように白く細い繊細そうな指先が、鋼板に大きくめり込んでいる。
流れるような金の髪、見るものを魅了する赤い瞳、艶めかしく言葉を紡ぐ薄い唇……その全てがしかし、禍々しい。
「っつっても、今日はオルちゃんのお手伝いしなきゃなんだよねぇ。奥のあんたは割と当たりだから遊んであげたいんだけど……ほら、男より友情取るあたしって良くね? ケナゲっつーの? きゃははは!」
耳障りな甲高い笑い声が響く。車内の男達は、それを間近に聞きながらも動くことが出来なかった。
戦闘要員である軍人が乗っていたのは、隣の車両だったのだから。彼らに、抵抗する術は無い。
●
乱れた隊列を、この混乱の中で立て直すのは困難を極めた。
戦闘要員だけならともかく、物資の運搬には非戦闘員も関わっている。彼らに、強大な力と対峙する覚悟を求めるのは酷だろう。
そんな中届いた報告は、後方ではぐれた部隊が何者かの襲撃を受けたというものだった。
「車内は血の海、乗員は執拗にバラバラにされ……挙げ句、胴体と頭だけが消えている遺体もある、と。……ふふ、随分と悪趣味ですわね」
輸送隊の一部を護衛している第二師団員の中に、副団長であるスザナ・エルマンがいたことも幸いし、調査隊は直ぐさま編制された。彼女を隊長とし、高い戦闘能力を持つ者が集められる。
第二師団員と、その場に居合わせたハンター達は、普通の幌付き輸送トラックに偽装した車両に乗り込んで本隊から少し離れた位置を走る。
襲撃された部隊の特徴として、本隊から孤立していたというものがある。それをなぞる彼らは、調査隊とは名ばかりの囮に他ならなかった。
「それにしても、久しぶりの実戦……血が滾りますわぁ……!」
一人不気味な笑みを浮かべながら、スザナは両腕で自分を抱いて熱い息を吐く。乗員はそんな様子にどん引きだったが、目の前の戦いに思いを馳せる彼女は、そんな些細なことに気づくはずもなかった。
●
「あら、来ますわね」
唐突に顔を上げたスザナが、ぽつりと呟いた。
「了解ぃっ!」
その瞬間に、運転手を務めていた団員が、横転させる勢いで大きくハンドルを切った。
巨大な何かが地面を砕く爆音と、タイヤが地面を削る音が重なって轟音を響かせる。
「あれ、何そのキモい動き。あーもー、嫌な予感しちゃうなぁ」
ぐるんと百八十度回ったトラックの荷台で、ハンター達はそんな声を聞いた。
ドレスを纏った女が太い鎖を手に、空からゆったりと降りてきたところだった。その鎖の先には、地面に突き刺さった巨大な何か――人の顔が彫られた円錐形の鋼鉄の塊が繋がっている。見る人が見れば、それがアイアンメイデンという拷問器具だと気づくだろう。
「全隊、そいつを囲め!」
スザナ以外の以外の全員が、一斉に動く。その機動は、重い鎧を纏ってなお鈍らない。
「あーあ、めんどいなぁ」
それを見ても、女は指先で髪を弄りながらため息をつくだけだった。
包囲の完成は一瞬だったが、それでも様子は変わらない。
「てかさー、可愛い女の子相手に刃物向けるとかどーよ」
「時間を与えるな、突撃ぃっ!」
「うわ、無視とか引くわ。何なの」
全員が、同時に飛びかかった。女はそれでも殆ど動く素振りを見せなかったが、
「……はぁ。もうだっせえしむかつくしめんどいし――死んだら?」
詰まらなそうに、大きなため息と共に小さく腕を振るった。
その瞬間。
ほんの一歩大きく踏み込んでいた何人もの団員達が――まとめて粉々に吹き飛んだ。
血煙が舞う。全員が、咄嗟に足を止めていた。
「……避けたやつさ、まじ空気読んでよ」
バチンと女の手元に、ぐるりと宙を回った鉄塊が当たって止まる。その表面は、真っ赤に染まっていた。
●
「……期待外れですわね」
トラックから少しも離れず様子を見ていたスザナが、至極残念そうにため息をついた。
彼女が求めているのは、血で血を洗う荒々しい闘争だ。
目の前の女歪虚に、真面目に戦う意思はない。それどころか、隙あらば逃げようとでもいう雰囲気だ。
そんな心持ちの敵相手では、彼女は少しも満たされない。ただの時間の無駄でしかない。
スザナは、もはや完全に興味を失って踵を返す。またその辺りに、ゾンビでも居ないかと首を巡らせながら。
そのニュースは、ノアーラ・クンタウから辺境へ向かう輸送隊に大きな影響を与えていた。
急な進路変更を強いられる輸送隊の車両や馬車の間を、罵声が飛び交う。踵を返し、我先にと逃げ出そうとする者もいた。
彼らの懸念は、目に見えないオルクスの驚異だけではない。いくら強大な力を持っているとはいえ、それが単騎で攻撃を仕掛けてくるのかという疑問も含め。ここしばらく頻発している様々な事件が頭を過ぎるのだ。
そして、
「……おい、こっちの方が安全だって話じゃねえのかよ!」
混乱の中で、少しだけ本隊から離れてしまった部隊が見たものは――どこかから飛来した、巨大な鉄の塊だった。
それはたった一撃で、並んで走っていた二台の車両の片方を叩き潰した。爆炎が辺りを照らす。
急ハンドルでそれを躱し、スリップする車の中で運転席の男が助手席に向けて悲痛に叫ぶ。
「あ、安全だなんて言ってないだろう! 魔導アーマーやら重要なものは狙われるから、ちょっと離れて様子を見た方がいいって言っただけで……っ!」
負けじと助手席の男が大声を上げると同時、ドンと強烈な衝撃とともに、車体がぴたりと動きを止めた。
「うーん、キュウダイテンとぉ……三十点くらい?」
そこに響くのは、場違いな甘ったるい声。軽い言葉と裏腹な、ねっとりとした蜜のような響きが耳に絡みつく。
乗員は蒼白になり、背筋を凍らせた。
こんな状況で、話しかけてくる何かが居るとすれば――
「あたし怪我とかしたくないからさー、あんま怖いやつがいるとこ行きたくないんだよねぇ。……だからぁ、わざわざ仲間と離れてくれるなんてマジ超優しいってか、あはっ、惚れちゃいそうじゃん?」
それは、目に焼き付くような真紅のドレスを纏って立っていた。車体に伸びた陶器のように白く細い繊細そうな指先が、鋼板に大きくめり込んでいる。
流れるような金の髪、見るものを魅了する赤い瞳、艶めかしく言葉を紡ぐ薄い唇……その全てがしかし、禍々しい。
「っつっても、今日はオルちゃんのお手伝いしなきゃなんだよねぇ。奥のあんたは割と当たりだから遊んであげたいんだけど……ほら、男より友情取るあたしって良くね? ケナゲっつーの? きゃははは!」
耳障りな甲高い笑い声が響く。車内の男達は、それを間近に聞きながらも動くことが出来なかった。
戦闘要員である軍人が乗っていたのは、隣の車両だったのだから。彼らに、抵抗する術は無い。
●
乱れた隊列を、この混乱の中で立て直すのは困難を極めた。
戦闘要員だけならともかく、物資の運搬には非戦闘員も関わっている。彼らに、強大な力と対峙する覚悟を求めるのは酷だろう。
そんな中届いた報告は、後方ではぐれた部隊が何者かの襲撃を受けたというものだった。
「車内は血の海、乗員は執拗にバラバラにされ……挙げ句、胴体と頭だけが消えている遺体もある、と。……ふふ、随分と悪趣味ですわね」
輸送隊の一部を護衛している第二師団員の中に、副団長であるスザナ・エルマンがいたことも幸いし、調査隊は直ぐさま編制された。彼女を隊長とし、高い戦闘能力を持つ者が集められる。
第二師団員と、その場に居合わせたハンター達は、普通の幌付き輸送トラックに偽装した車両に乗り込んで本隊から少し離れた位置を走る。
襲撃された部隊の特徴として、本隊から孤立していたというものがある。それをなぞる彼らは、調査隊とは名ばかりの囮に他ならなかった。
「それにしても、久しぶりの実戦……血が滾りますわぁ……!」
一人不気味な笑みを浮かべながら、スザナは両腕で自分を抱いて熱い息を吐く。乗員はそんな様子にどん引きだったが、目の前の戦いに思いを馳せる彼女は、そんな些細なことに気づくはずもなかった。
●
「あら、来ますわね」
唐突に顔を上げたスザナが、ぽつりと呟いた。
「了解ぃっ!」
その瞬間に、運転手を務めていた団員が、横転させる勢いで大きくハンドルを切った。
巨大な何かが地面を砕く爆音と、タイヤが地面を削る音が重なって轟音を響かせる。
「あれ、何そのキモい動き。あーもー、嫌な予感しちゃうなぁ」
ぐるんと百八十度回ったトラックの荷台で、ハンター達はそんな声を聞いた。
ドレスを纏った女が太い鎖を手に、空からゆったりと降りてきたところだった。その鎖の先には、地面に突き刺さった巨大な何か――人の顔が彫られた円錐形の鋼鉄の塊が繋がっている。見る人が見れば、それがアイアンメイデンという拷問器具だと気づくだろう。
「全隊、そいつを囲め!」
スザナ以外の以外の全員が、一斉に動く。その機動は、重い鎧を纏ってなお鈍らない。
「あーあ、めんどいなぁ」
それを見ても、女は指先で髪を弄りながらため息をつくだけだった。
包囲の完成は一瞬だったが、それでも様子は変わらない。
「てかさー、可愛い女の子相手に刃物向けるとかどーよ」
「時間を与えるな、突撃ぃっ!」
「うわ、無視とか引くわ。何なの」
全員が、同時に飛びかかった。女はそれでも殆ど動く素振りを見せなかったが、
「……はぁ。もうだっせえしむかつくしめんどいし――死んだら?」
詰まらなそうに、大きなため息と共に小さく腕を振るった。
その瞬間。
ほんの一歩大きく踏み込んでいた何人もの団員達が――まとめて粉々に吹き飛んだ。
血煙が舞う。全員が、咄嗟に足を止めていた。
「……避けたやつさ、まじ空気読んでよ」
バチンと女の手元に、ぐるりと宙を回った鉄塊が当たって止まる。その表面は、真っ赤に染まっていた。
●
「……期待外れですわね」
トラックから少しも離れず様子を見ていたスザナが、至極残念そうにため息をついた。
彼女が求めているのは、血で血を洗う荒々しい闘争だ。
目の前の女歪虚に、真面目に戦う意思はない。それどころか、隙あらば逃げようとでもいう雰囲気だ。
そんな心持ちの敵相手では、彼女は少しも満たされない。ただの時間の無駄でしかない。
スザナは、もはや完全に興味を失って踵を返す。またその辺りに、ゾンビでも居ないかと首を巡らせながら。
リプレイ本文
「……面倒なら、どうして直ぐに退かないのかな?」
十色 エニア(ka0370)の問いかけに、女歪虚がじろりと視線を向けた。
「だってさぁ、あたし超頑張ったじゃん? だからぁ」
女が裂けるような笑みを浮かべた。酷く可憐な姿と裏腹な、濃密に圧縮されたヘドロのような悪意が放たれる。
「――お土産くらい貰わなきゃ、割に合わないっての」
「……おい師団員達、一旦下がって俺らの指揮下に入れ。……スザナとか言うのもフケちまったみたいだしなァ」
「前衛の後ろで、アシストやフォローをお願い。皆で力を合わせよう」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)とピオス・シルワ(ka0987)が、女から目を離さずに言葉だけを向ける。
それに対し生き残った四団員達は無言で頷き、後ずさる。彼らも、自分達だけでは勝機はないと悟っているのだろう。
「……皆さん、もっと下がってください。先ほどの一撃は、最大射程じゃないかもしれない」
じゃらじゃらと鳴る鎖は非常に太く、かなりの長さだ。Gacrux(ka2726)の目には、それが六、七メートル近い長さになるように見えた。
「……この惨状、あの獲物。なるほど、あのときあの場にいたのはあれですか。あちらから来てくれるとは、話が早い」
フランシスカ(ka3590)は両手に二本の斧を持ち、Gacruxの言葉と同時に即座に距離を取っていた。
三人を残して十人が同じく距離を取り、次の動きに思考を巡らす。
前に残ったのは、エニア、ライガ・ミナト(ka2153)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だ。
「あんなもん振り回すんだ、強いんだろうなあ」
ちらりと、ライガは目の前に佇む鉄塊を見やる。その威容は、自分が手にした剣が頼りなく思えるほどだ。
とはいえ、やることは案外単純。とりあえず踏み込んで、斬れば良い。
「……左程経験は多くないけど、こいつはヤバイと強く感じるよ」
アルトは、内心に沸く緊張感に背筋を振るわせる。同時に、ここでこいつを滅してしまうべきだとも思う。出来るなら、という枕詞が付いてしまうけれど。
「これ以上、此方に死者を出すわけには行きませんね。俺は死角を突きます。……あんなの食らって一瞬で死ぬなんて、絶対嫌ですからね!」
銃を手に佐久間 恋路(ka4607)が向かうのは、道の両脇に群生する木立だ。そ彼の動きを隠す事くらいは、できるかもしれない。
●
女歪虚は何かを見定めるように、ハンター達の方を眺めていた。
襲ってくる気配はない。
しかしそれを隙とは判断できなかった。女が何をしてくるか分からない以上、下手に動けばそれが致命的な可能性もある。
「それにしても……」
その膠着は、ほんの数秒。
アルトの声は、張り詰めた空気を切り裂く気軽な調子で響く。
「こんな辺境で、君みたいに綺麗なお嬢さんに会えるとはね。一体何用なのかな?」
その表情はにこやかだ。刀も鞘に収めたまま、ゆっくりと近づく。
「あァ、そいつは気になるね。ついでに、男としちゃ美人なお嬢ちゃんの名前なんかも気になるところだなァ」
「それに、変わった武器だよねそれ。もっと使い易いのもあると思うけど」
次いで、シガレットとエニアが援護に入る。共に前線に残ったライガも、その意図を酌んで剣から手を離した。
「へえ、何急に?」
ハンター達の反応が予想外だったのか、少しぽかんとした表情を見せる女。
対し、アルトは更に歩を進める。
「はは、目の前の魅力的な女性に声を掛けるのは礼儀だよ」
軽口を叩いて脈打つ心臓を宥めながら、彼我の距離を何でもないことのように詰めていく。
「ぷっ、何それキザっぽーい」
にやにやと笑みを浮かべ、女は彼らの言葉に少しテンションが上がっているようだ。
それはアルトが、腰に下げた刀の射程に女を収めても変わらない。対話による時間を稼ぎも功を奏し、この数十秒で全員の戦闘態勢も整った。
「ハンターって当たり多いんだよねぇ。あんたらも結構レベル高いし、ホントもったいないっていうかー」
「へぇ、お眼鏡に叶ったなら嬉しいね」
「特に……あんたなんていい声で鳴いてくれそうじゃん?」
不意に、女の目が真っ直ぐにアルトを貫いた。どくんと心臓が跳ねる。
赤い、血のような瞳。
視線は、粘つく邪なものを帯びて突き刺さり、
「――ちょっとさぁ、邪魔なの殺っちゃってくんない? この、エリザベート様のために」
「は……?」
ひゅん、と女の呟きの後を追うように、風を切る音が響いた。
アルトが唐突に振り返り地を蹴って――背後のエニアに向けて居合いを放つ音だった。
「アルトさんっ? 何を!」
「ち、違うっ、ボクじゃ……!」
幸いにも、女に近づいていたアルトからエニアまでは距離があり、反射的に身を捻ったエニアに刃は届かない。アルトの様子を見て、シガレットは慌ててレジストを放つ。
「チィっ! 何かしやがったのか!」
放たれた光はアルトを包み、バチンと音がするほどの勢いで精神を蝕んだ何かが弾け、体を取り戻した反動でアルトは地面を転がる。
「きゃははは! やっぱケンコーな奴にはあんま効かないなぁ。でも、焦った声は思った通り中々良かったじゃん?」
エリザベートと名乗った女は甲高い笑いを上げ、じゃらりと音を立てる鎖をひょいと持ち上げた。
その瞬間に悟る。時間稼ぎなどもう無駄だ。
「車内に残った死体は、手足を綺麗に切り落とされていたそうですが……」
師団員の中に以前関わった男が居ないのは幸いだったと密かに胸をなで下ろし、木立の根元の草むらに、Gacruxはパルムを隠す。心配そうにこちらを見上げる視線を背に戦場へと踵を返すGacruxは、エリザベートの姿を改めて観察した。
刃物のようなものを持っているようには見えない……が、注目すべきはその爪だ。真っ赤に塗られ光を返す鮮やかな両爪の先端は、異様に鋭く尖っている。
「近接攻撃も可能だと、考えるべきですかね」
「うん。でもまずは、あの大っきい武器だよね。どんなギミックがあるか分からないし」
ビオスはマテリアルを集中する。逆巻く緑の輝きが風を形取り、Gacruxを包む。
次いでGacruxが銃を構え、引き金を引く。
「ちょ、銃とかズルくないっ?」
銃声を聞くや否やエリザベートは弾かれたように声を上げ、弾丸が肩を抉る。
「いったーい!」
「おや、人ではないのに血は赤いのですね」
フランシスカは立て続けに、忌々しそうに肩を押さえる横顔に光の球を投げ放つ。更にそれに合わせるようにライガも動く。長大な剣を低く構え、足を狙って動きを阻害する算段だ。
「ちっ、うっざいなぁもうっ!」
対してエリザベートの動きはシンプル。飛来した光の球に拳を叩き付け、ライガの剣をぎりぎりのところで蹴り上げる。
「っ、なんて力……!」
ライガの剣が存外の力を受けて大きく浮き上がる。
炸裂した光に拳を震わせながら、エリザベートはにやりと笑った。
「きゃはっ、お腹ががら空きぃ!」
ぼん、と空気の壁も破りそうな速度で、エリザベートの肘打ちがライガに突き刺さる。
「あんな細腕であの力……首、絞められたら死ぬのかな……」
その光景をどこか恍惚と眺めていた恋路。吹き飛ばされるライガが地面に爪を立てて耐える頃に、
「ああいや、それよりライガさん!」
ハッとして、ライフルを構えた。恐らくは彼女の獲物の射程外から、地面の隆起すら計算して居場所が割れないような跳弾を放つ。
「だから痛いってのもう!」
弾はエリザベートの脇腹を掠める。
「銃とか魔法とか、だからめんどいんだよ!」
吐き捨て、エリザベートはハンター達を睥睨する。そして、もういいやと、ぽつりと呟いた。
「遊べるのは取っとこうと思ったけど……死にたいなら殺してあげる。赤いあんたは、頑張って避けてね?」
彼女の腕が、ひゅんと風を切った。次の瞬間、暴風が吹き荒れる。
「避けろォッ!」
叫びながら、シガレットは全力で後ろに飛び退った。目の前を鈍色が高速で通り過ぎる。
まともに食らえばただでは済まず、大気が押し退けられ生まれた空気圧で体ごと引き寄せられそうになる。
「赤いのって、私のことか?」
冷静さを取り戻したアルトとエニアは瞬時に体を捻って身を屈め、頭上を通る鎖を躱し、
「それを振り回すの、やめて欲しいな」
そのままの勢いで鎖に向けて剣を振るった。振動する刃と赤熱する刃はバチンと火花を立てて鎖とぶつかり、二人の腕は持って行かれそうになる。
「ちょっと! そこ狙うのズルくないっ?」
「いやいや、そんな狙い易いのがあったら、ねえ?」
恋路の銃弾もまた、エニアの動きに合わせて鎖の腹に突き刺さる。恋路の狙いは軌道を逸らすことだったが、質量が違いすぎるのかそれは難しいようだ。
しかし、
「やめろっつってんだろうが!」
エリザベートはぎょろりと目を剥いて恋路の方を睨み付けた。
「おや、バレてましたか!」
「ま、そこまで鈍くはないってことですかねぇ」
鉄塊の範囲外から、Gacruxが銃撃を加える。
見たところ、動きそのものは人間とそう変わらないらしい。だとすれば、次の攻撃の予測は大振り故に読みやすい。
銃弾は、過たずエリザベートに突き刺さった。
「きゃはっ、オルちゃんの真似ー」
しかし浮かべられた笑みが、パキパキと妙な音を立てて肌に形成される真っ赤な結晶のようなものが、それが楽観だったと教えてくれる。銃弾は、その結晶に受け止められていた。
「ならば、これはどうでしょう」
フランシスカが愛用の手斧を放つ。しかし、エリザベートはそちらに目を向け、呆れたような笑みを浮かべた。次の瞬間、同じく花開いた結晶に斧がぶつかり硬質な音を響かせる。
「短いの来るよ!」
ビオスが声を上げる。エリザベートは鎖の長短を手元で操り、手前のエニアとライガを狙っていた。
「ふん、特別扱いは好きじゃないな」
だが、その攻撃はアルトにだけは当たらないように器用な軌道を描いていた。苛つく口調で、アルトはその隙を狙って斬りかかる。
「みみっちいやり方は好きじゃないけど」
体勢を立て直したライガが攻撃を止めるべく腕を狙う。
シガレット、Gacrux、恋路が立て続けに銃弾を見舞うが、全てが結晶に阻まれ大したダメージは与えられていない。肉薄するアルトとライガの剣は器用に鎖で受け止められ、エニアとビオス、フランシスカの魔法が弾けてようやくエリザベートは眉をひそめた。
「あーもう魔法超ジャマなんですけど!」
「今までにない動きだ、気をつけて!」
苛々と、エリザベートは鉄塊を前方に投げ放つ。そしてアルトとライガの剣を受けながらも、魔法の方が鬱陶しいとばかりに――思い切り地面を蹴った。
浮き上がった小柄な体が、鉄塊に引っ張られて大きく跳ねる。鉄塊も鎖の長さの限界を超えて真っ直ぐに宙を滑った。
「ビオス! 避けてください!」
その先には、ビオスとフランシスカ。咄嗟に前に出たフランシスカが、力の限り鉄塊に向けて斧を叩き付けた。
とてつもない衝撃がフランシスカの全身を貫き、吹き飛ばされボールのように体が跳ねた。
「きゃはは! 自分から出てくるなんてバッカじゃねえの!」
次いでハンター達のど真ん中に着地したエリザベートが、笑いながらまた大きく腕を振る。
「第二師団員!」
シガレットが叫んだ。隙を見て、などと言っていられない。
師団員の動きは速かった。シガレットが叫ぶと同時に、滑り込むように三人がマテリアルを込めて盾を構えるシガレットの背中につく。
その刹那、またしても暴風が吹き荒れた。
「うおらあああっ!」
異様な速度で宙を舞う鉄塊が、盾に叩き付けられる。その衝撃は並大抵なものではない。
しかし、
「おおおおおおお!」
「はぁっ? 何それ!」
全身全霊を込めて、弾く。正面からの力と張り合わず、下から打ち上げる。
「今だァッ!」
残った力を、言葉に変えて吐き出す。
決定的な隙だった。
マテリアルを込めた足で地面を蹴ったアルトの刀を、エリザベートは腕を盾に受け止める。
ライガは、刀を顔の横に立てる。二の太刀など必要なく、この一撃が全てを終わらせるのだと信念を込めて振り下ろす。
許容できるダメージを超えたのか、結晶が音を立てて砕け、二つの刃が白い肌を裂いた。
「がああああっ!」
エリザベートが叫ぶ。鎖を手放し、素手で以て剣を弾き、殴り飛ばす。振り回された爪は鋭利にハンター達を切り裂くが、もはや気にしている場合ではない。
「あのっ、俺と結婚を前提に付き合っていただけませんか!」
銃弾と魔法と何故かプロポーズが飛び、暴れるエリザベートを打ち据える。
「それで、俺を絞め殺してください! ゆっくり力をかけて、こう、出来るだけじわじわと!」
「……キモ」
恋路の一世一代の言葉にぎょろりと赤い目が回り、獣のような速度でエリザベートは地面を蹴る。
「ああ、怒りに身を任せると、動きが単純になりますねえ」
ぽいっと、その動きの延長線上に何かが投げられていた。琥珀色にキラキラと輝く、場違いな何か。
同時に、一発の弾丸がそれを打ち抜いた。
琥珀の液体が広がる。避けることも出来ず、エリザベートはその中に思い切り突っ込んだ。
「ぷあっ! 何これぇ!」
その勢いで、足をもつれさせて大きく転がる。
「蜂蜜ですよぉ。甘いものは苦手でしたかねぇ?」
くつくつと笑うGacrux。そして、
「く、あぁ、人間のくせにぃ!」
「……その、くせに、という認識は、改めることをオススメします。簡単に砕ける人間ばかりとは、限りませんよ」
満身創痍のフランシスカの拳が、エリザベートの顔面に突き刺さった。
次の瞬間の動きは、誰も目に追えなかった。
いつの間にか、エリザベートは大きく飛び退っていた。
「電池は切れるし、ドレスは破れるし、良いのは捕まえらんないし……マジ最悪」
声は上から響く。アイアンメイデンをぶら下げて宙に浮かぶ、エリザベートの姿がそこにあった。
エリザベートはおもむろに鉄塊――アイアンメイデンの扉に手をかけていた。留め金を外す。その奥からは、赤く昏い光が漏れ出し――
同時にボロボロと、手足のない死体が転がり落ちた。
「ちょっと、私の目の錯覚だと良いんだけど……」
エニアが、おずおずと切り出す。
「治っていってる……?」
エリザベートの肌は、ハンター達の返り血で赤く染まっている。そして、その下にあるはずの傷が、みるみる塞がっていっていた。
「畳み掛けるぞ!」
「きゃははっ、今のあたしにそんなもん、効くわけないでしょ」
咄嗟に無数の遠距離攻撃が奔る。だが、一気に高度を上げたエリザベートには殆ど届かない。運良く届いた攻撃も、何故か先ほどまでよりも大きく堅い結晶に完全に受け止められる。
その姿は見る見る空に吸い込まれ、耳障りな笑いだけを耳に残し、やがて点となって消えていった。
十色 エニア(ka0370)の問いかけに、女歪虚がじろりと視線を向けた。
「だってさぁ、あたし超頑張ったじゃん? だからぁ」
女が裂けるような笑みを浮かべた。酷く可憐な姿と裏腹な、濃密に圧縮されたヘドロのような悪意が放たれる。
「――お土産くらい貰わなきゃ、割に合わないっての」
「……おい師団員達、一旦下がって俺らの指揮下に入れ。……スザナとか言うのもフケちまったみたいだしなァ」
「前衛の後ろで、アシストやフォローをお願い。皆で力を合わせよう」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)とピオス・シルワ(ka0987)が、女から目を離さずに言葉だけを向ける。
それに対し生き残った四団員達は無言で頷き、後ずさる。彼らも、自分達だけでは勝機はないと悟っているのだろう。
「……皆さん、もっと下がってください。先ほどの一撃は、最大射程じゃないかもしれない」
じゃらじゃらと鳴る鎖は非常に太く、かなりの長さだ。Gacrux(ka2726)の目には、それが六、七メートル近い長さになるように見えた。
「……この惨状、あの獲物。なるほど、あのときあの場にいたのはあれですか。あちらから来てくれるとは、話が早い」
フランシスカ(ka3590)は両手に二本の斧を持ち、Gacruxの言葉と同時に即座に距離を取っていた。
三人を残して十人が同じく距離を取り、次の動きに思考を巡らす。
前に残ったのは、エニア、ライガ・ミナト(ka2153)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だ。
「あんなもん振り回すんだ、強いんだろうなあ」
ちらりと、ライガは目の前に佇む鉄塊を見やる。その威容は、自分が手にした剣が頼りなく思えるほどだ。
とはいえ、やることは案外単純。とりあえず踏み込んで、斬れば良い。
「……左程経験は多くないけど、こいつはヤバイと強く感じるよ」
アルトは、内心に沸く緊張感に背筋を振るわせる。同時に、ここでこいつを滅してしまうべきだとも思う。出来るなら、という枕詞が付いてしまうけれど。
「これ以上、此方に死者を出すわけには行きませんね。俺は死角を突きます。……あんなの食らって一瞬で死ぬなんて、絶対嫌ですからね!」
銃を手に佐久間 恋路(ka4607)が向かうのは、道の両脇に群生する木立だ。そ彼の動きを隠す事くらいは、できるかもしれない。
●
女歪虚は何かを見定めるように、ハンター達の方を眺めていた。
襲ってくる気配はない。
しかしそれを隙とは判断できなかった。女が何をしてくるか分からない以上、下手に動けばそれが致命的な可能性もある。
「それにしても……」
その膠着は、ほんの数秒。
アルトの声は、張り詰めた空気を切り裂く気軽な調子で響く。
「こんな辺境で、君みたいに綺麗なお嬢さんに会えるとはね。一体何用なのかな?」
その表情はにこやかだ。刀も鞘に収めたまま、ゆっくりと近づく。
「あァ、そいつは気になるね。ついでに、男としちゃ美人なお嬢ちゃんの名前なんかも気になるところだなァ」
「それに、変わった武器だよねそれ。もっと使い易いのもあると思うけど」
次いで、シガレットとエニアが援護に入る。共に前線に残ったライガも、その意図を酌んで剣から手を離した。
「へえ、何急に?」
ハンター達の反応が予想外だったのか、少しぽかんとした表情を見せる女。
対し、アルトは更に歩を進める。
「はは、目の前の魅力的な女性に声を掛けるのは礼儀だよ」
軽口を叩いて脈打つ心臓を宥めながら、彼我の距離を何でもないことのように詰めていく。
「ぷっ、何それキザっぽーい」
にやにやと笑みを浮かべ、女は彼らの言葉に少しテンションが上がっているようだ。
それはアルトが、腰に下げた刀の射程に女を収めても変わらない。対話による時間を稼ぎも功を奏し、この数十秒で全員の戦闘態勢も整った。
「ハンターって当たり多いんだよねぇ。あんたらも結構レベル高いし、ホントもったいないっていうかー」
「へぇ、お眼鏡に叶ったなら嬉しいね」
「特に……あんたなんていい声で鳴いてくれそうじゃん?」
不意に、女の目が真っ直ぐにアルトを貫いた。どくんと心臓が跳ねる。
赤い、血のような瞳。
視線は、粘つく邪なものを帯びて突き刺さり、
「――ちょっとさぁ、邪魔なの殺っちゃってくんない? この、エリザベート様のために」
「は……?」
ひゅん、と女の呟きの後を追うように、風を切る音が響いた。
アルトが唐突に振り返り地を蹴って――背後のエニアに向けて居合いを放つ音だった。
「アルトさんっ? 何を!」
「ち、違うっ、ボクじゃ……!」
幸いにも、女に近づいていたアルトからエニアまでは距離があり、反射的に身を捻ったエニアに刃は届かない。アルトの様子を見て、シガレットは慌ててレジストを放つ。
「チィっ! 何かしやがったのか!」
放たれた光はアルトを包み、バチンと音がするほどの勢いで精神を蝕んだ何かが弾け、体を取り戻した反動でアルトは地面を転がる。
「きゃははは! やっぱケンコーな奴にはあんま効かないなぁ。でも、焦った声は思った通り中々良かったじゃん?」
エリザベートと名乗った女は甲高い笑いを上げ、じゃらりと音を立てる鎖をひょいと持ち上げた。
その瞬間に悟る。時間稼ぎなどもう無駄だ。
「車内に残った死体は、手足を綺麗に切り落とされていたそうですが……」
師団員の中に以前関わった男が居ないのは幸いだったと密かに胸をなで下ろし、木立の根元の草むらに、Gacruxはパルムを隠す。心配そうにこちらを見上げる視線を背に戦場へと踵を返すGacruxは、エリザベートの姿を改めて観察した。
刃物のようなものを持っているようには見えない……が、注目すべきはその爪だ。真っ赤に塗られ光を返す鮮やかな両爪の先端は、異様に鋭く尖っている。
「近接攻撃も可能だと、考えるべきですかね」
「うん。でもまずは、あの大っきい武器だよね。どんなギミックがあるか分からないし」
ビオスはマテリアルを集中する。逆巻く緑の輝きが風を形取り、Gacruxを包む。
次いでGacruxが銃を構え、引き金を引く。
「ちょ、銃とかズルくないっ?」
銃声を聞くや否やエリザベートは弾かれたように声を上げ、弾丸が肩を抉る。
「いったーい!」
「おや、人ではないのに血は赤いのですね」
フランシスカは立て続けに、忌々しそうに肩を押さえる横顔に光の球を投げ放つ。更にそれに合わせるようにライガも動く。長大な剣を低く構え、足を狙って動きを阻害する算段だ。
「ちっ、うっざいなぁもうっ!」
対してエリザベートの動きはシンプル。飛来した光の球に拳を叩き付け、ライガの剣をぎりぎりのところで蹴り上げる。
「っ、なんて力……!」
ライガの剣が存外の力を受けて大きく浮き上がる。
炸裂した光に拳を震わせながら、エリザベートはにやりと笑った。
「きゃはっ、お腹ががら空きぃ!」
ぼん、と空気の壁も破りそうな速度で、エリザベートの肘打ちがライガに突き刺さる。
「あんな細腕であの力……首、絞められたら死ぬのかな……」
その光景をどこか恍惚と眺めていた恋路。吹き飛ばされるライガが地面に爪を立てて耐える頃に、
「ああいや、それよりライガさん!」
ハッとして、ライフルを構えた。恐らくは彼女の獲物の射程外から、地面の隆起すら計算して居場所が割れないような跳弾を放つ。
「だから痛いってのもう!」
弾はエリザベートの脇腹を掠める。
「銃とか魔法とか、だからめんどいんだよ!」
吐き捨て、エリザベートはハンター達を睥睨する。そして、もういいやと、ぽつりと呟いた。
「遊べるのは取っとこうと思ったけど……死にたいなら殺してあげる。赤いあんたは、頑張って避けてね?」
彼女の腕が、ひゅんと風を切った。次の瞬間、暴風が吹き荒れる。
「避けろォッ!」
叫びながら、シガレットは全力で後ろに飛び退った。目の前を鈍色が高速で通り過ぎる。
まともに食らえばただでは済まず、大気が押し退けられ生まれた空気圧で体ごと引き寄せられそうになる。
「赤いのって、私のことか?」
冷静さを取り戻したアルトとエニアは瞬時に体を捻って身を屈め、頭上を通る鎖を躱し、
「それを振り回すの、やめて欲しいな」
そのままの勢いで鎖に向けて剣を振るった。振動する刃と赤熱する刃はバチンと火花を立てて鎖とぶつかり、二人の腕は持って行かれそうになる。
「ちょっと! そこ狙うのズルくないっ?」
「いやいや、そんな狙い易いのがあったら、ねえ?」
恋路の銃弾もまた、エニアの動きに合わせて鎖の腹に突き刺さる。恋路の狙いは軌道を逸らすことだったが、質量が違いすぎるのかそれは難しいようだ。
しかし、
「やめろっつってんだろうが!」
エリザベートはぎょろりと目を剥いて恋路の方を睨み付けた。
「おや、バレてましたか!」
「ま、そこまで鈍くはないってことですかねぇ」
鉄塊の範囲外から、Gacruxが銃撃を加える。
見たところ、動きそのものは人間とそう変わらないらしい。だとすれば、次の攻撃の予測は大振り故に読みやすい。
銃弾は、過たずエリザベートに突き刺さった。
「きゃはっ、オルちゃんの真似ー」
しかし浮かべられた笑みが、パキパキと妙な音を立てて肌に形成される真っ赤な結晶のようなものが、それが楽観だったと教えてくれる。銃弾は、その結晶に受け止められていた。
「ならば、これはどうでしょう」
フランシスカが愛用の手斧を放つ。しかし、エリザベートはそちらに目を向け、呆れたような笑みを浮かべた。次の瞬間、同じく花開いた結晶に斧がぶつかり硬質な音を響かせる。
「短いの来るよ!」
ビオスが声を上げる。エリザベートは鎖の長短を手元で操り、手前のエニアとライガを狙っていた。
「ふん、特別扱いは好きじゃないな」
だが、その攻撃はアルトにだけは当たらないように器用な軌道を描いていた。苛つく口調で、アルトはその隙を狙って斬りかかる。
「みみっちいやり方は好きじゃないけど」
体勢を立て直したライガが攻撃を止めるべく腕を狙う。
シガレット、Gacrux、恋路が立て続けに銃弾を見舞うが、全てが結晶に阻まれ大したダメージは与えられていない。肉薄するアルトとライガの剣は器用に鎖で受け止められ、エニアとビオス、フランシスカの魔法が弾けてようやくエリザベートは眉をひそめた。
「あーもう魔法超ジャマなんですけど!」
「今までにない動きだ、気をつけて!」
苛々と、エリザベートは鉄塊を前方に投げ放つ。そしてアルトとライガの剣を受けながらも、魔法の方が鬱陶しいとばかりに――思い切り地面を蹴った。
浮き上がった小柄な体が、鉄塊に引っ張られて大きく跳ねる。鉄塊も鎖の長さの限界を超えて真っ直ぐに宙を滑った。
「ビオス! 避けてください!」
その先には、ビオスとフランシスカ。咄嗟に前に出たフランシスカが、力の限り鉄塊に向けて斧を叩き付けた。
とてつもない衝撃がフランシスカの全身を貫き、吹き飛ばされボールのように体が跳ねた。
「きゃはは! 自分から出てくるなんてバッカじゃねえの!」
次いでハンター達のど真ん中に着地したエリザベートが、笑いながらまた大きく腕を振る。
「第二師団員!」
シガレットが叫んだ。隙を見て、などと言っていられない。
師団員の動きは速かった。シガレットが叫ぶと同時に、滑り込むように三人がマテリアルを込めて盾を構えるシガレットの背中につく。
その刹那、またしても暴風が吹き荒れた。
「うおらあああっ!」
異様な速度で宙を舞う鉄塊が、盾に叩き付けられる。その衝撃は並大抵なものではない。
しかし、
「おおおおおおお!」
「はぁっ? 何それ!」
全身全霊を込めて、弾く。正面からの力と張り合わず、下から打ち上げる。
「今だァッ!」
残った力を、言葉に変えて吐き出す。
決定的な隙だった。
マテリアルを込めた足で地面を蹴ったアルトの刀を、エリザベートは腕を盾に受け止める。
ライガは、刀を顔の横に立てる。二の太刀など必要なく、この一撃が全てを終わらせるのだと信念を込めて振り下ろす。
許容できるダメージを超えたのか、結晶が音を立てて砕け、二つの刃が白い肌を裂いた。
「がああああっ!」
エリザベートが叫ぶ。鎖を手放し、素手で以て剣を弾き、殴り飛ばす。振り回された爪は鋭利にハンター達を切り裂くが、もはや気にしている場合ではない。
「あのっ、俺と結婚を前提に付き合っていただけませんか!」
銃弾と魔法と何故かプロポーズが飛び、暴れるエリザベートを打ち据える。
「それで、俺を絞め殺してください! ゆっくり力をかけて、こう、出来るだけじわじわと!」
「……キモ」
恋路の一世一代の言葉にぎょろりと赤い目が回り、獣のような速度でエリザベートは地面を蹴る。
「ああ、怒りに身を任せると、動きが単純になりますねえ」
ぽいっと、その動きの延長線上に何かが投げられていた。琥珀色にキラキラと輝く、場違いな何か。
同時に、一発の弾丸がそれを打ち抜いた。
琥珀の液体が広がる。避けることも出来ず、エリザベートはその中に思い切り突っ込んだ。
「ぷあっ! 何これぇ!」
その勢いで、足をもつれさせて大きく転がる。
「蜂蜜ですよぉ。甘いものは苦手でしたかねぇ?」
くつくつと笑うGacrux。そして、
「く、あぁ、人間のくせにぃ!」
「……その、くせに、という認識は、改めることをオススメします。簡単に砕ける人間ばかりとは、限りませんよ」
満身創痍のフランシスカの拳が、エリザベートの顔面に突き刺さった。
次の瞬間の動きは、誰も目に追えなかった。
いつの間にか、エリザベートは大きく飛び退っていた。
「電池は切れるし、ドレスは破れるし、良いのは捕まえらんないし……マジ最悪」
声は上から響く。アイアンメイデンをぶら下げて宙に浮かぶ、エリザベートの姿がそこにあった。
エリザベートはおもむろに鉄塊――アイアンメイデンの扉に手をかけていた。留め金を外す。その奥からは、赤く昏い光が漏れ出し――
同時にボロボロと、手足のない死体が転がり落ちた。
「ちょっと、私の目の錯覚だと良いんだけど……」
エニアが、おずおずと切り出す。
「治っていってる……?」
エリザベートの肌は、ハンター達の返り血で赤く染まっている。そして、その下にあるはずの傷が、みるみる塞がっていっていた。
「畳み掛けるぞ!」
「きゃははっ、今のあたしにそんなもん、効くわけないでしょ」
咄嗟に無数の遠距離攻撃が奔る。だが、一気に高度を上げたエリザベートには殆ど届かない。運良く届いた攻撃も、何故か先ほどまでよりも大きく堅い結晶に完全に受け止められる。
その姿は見る見る空に吸い込まれ、耳障りな笑いだけを耳に残し、やがて点となって消えていった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- 米本 剛(ka0320) → シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- 岩井崎 メル(ka0520) → フローラ・ソーウェル(ka3590)
- 星輝 Amhran(ka0724) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- Uisca=S=Amhran(ka0754) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- シエラ・ヒース(ka1543) → Gacrux(ka2726)
- バルバロス(ka2119) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549) → Gacrux(ka2726)
- ミィリア(ka2689) → フローラ・ソーウェル(ka3590)
- エイル・メヌエット(ka2807) → ピオス・シルワ(ka0987)
- 柏木 千春(ka3061) → フローラ・ソーウェル(ka3590)
- アルファス(ka3312) → シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- ミオレスカ(ka3496) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- テトラ・ティーニストラ(ka3565) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- Holmes(ka3813) → シガレット=ウナギパイ(ka2884)
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/15 20:45:19 |
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相談卓 シガレット=ウナギパイ(ka2884) 人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/04/19 23:22:31 |