ゲスト
(ka0000)
剣物語
マスター:硲銘介
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/27 07:30
- 完成日
- 2015/05/04 22:56
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
これは一人の男の物語。
男は、生粋の戦士だった。
その生まれは平凡な農家で彼が握っていたのは剣ではなく鍬だったが、その手に剣を握る機会はすぐに訪れた。
領土争いからなる小規模な戦、成人前に徴兵された彼はそこで初めて武器を取った。
柄を握り、刃を振り抜く。初めての動作だというのにそれは洗練されていた。
まったくの素人だった男は幾多もの敵兵を打ち倒し、それが領主の目に止まる事となった。
戦功をあげた男は領主の下で一兵士としての仕事を得る。剣を振るう事を役割づけられたのだ。
――天才とは、彼にこそ相応しい言葉だった。
彼の才覚は戦う事に特化していた。一対一の果し合いで彼に適う者など敵にも味方にもいなかった。
無論、天下無敵などという驕りはない。己は小さな領の一兵士に過ぎず、未だ見ぬ大海には自身を優に超える強者がいる事だろう。
そもそも、男は驕る事など知らない。
それまで戦いと無縁の暮らしをしてきた男の体は未だ未熟で、身を守る鎧が重く窮屈に感じられた。
その不自由さが男の内面をも鍛えたのかもしれない。心まで戦士へ変えていく彼が日々の精進を忘れる事はなかった。
努力と研鑽のその日々を辛いとは思わなかった。むしろ、自分は幸福だとさえ思えた。
天才と讃えられる事より、農民から出世した事より、ただ剣を握れる誇らしさがあった。
初めて手にしたその時、その手の感触を忘れない。体中の、細胞の一片までが剣を求めていた。己の存在はこの為にあるのだと理由も無く確信できた。
剣を持ち、己を鍛え、主の為に戦う。その在り方に、男は充足していた。
ある時、彼は上官にあたる者から、とある山道の警備を一人任された。
領地へ侵入しようとする外敵から国を、民を、主を守るための仕事。
困難ではあるが、だからこそ託したい。上官の言葉に男は奮起した。
山道の途中に建てられた山小屋に待機し、男はその任を忠実に果たす。
あくる日もあくる日も、己を鍛え上げる事を忘れずに、来るべき時を待ち続けた。
敵はすぐには現れなかったが、それもまた良しと男は考えた。
自身はまだ未熟である、勤めの時まで鍛錬を幾ら重ねても足りる事はない。
そうしてあくる日もあくる日も懸命に励み――やがて、男は戦士として完成する。
鍛え上げた肉体には見せ掛けではない、剣を振るう為の実用的な筋肉が備わった。
一般に伝わるそれを自身の才にて磨き上げ昇格させた剣は、最早一つの流派と言えよう。
体を包む鎧へ覚えるのも以前の煩わしさではなく一体感だった。装備を含めての自分だと認識出来ていた。
そこへ至り男は確信する。これならば何者にも打ち負けることは無い、と。
それは驕りではない。鍛錬で得た技と肉体、力からくる絶対の自信というものであった。
どの様な敵が来ようとも破ってみせよう。男は、待ち続けた。
●
――待ち続けて待ち続けて、幾年経とうとも、それでも敵はやってこない。
何故。
男は戦士として完成している。剣を手に戦う一兵士としては究極に届いたとさえ思えた。
だというのに。何故。
それも敵がいなければ何の役にも立たない。鍛えた体を、技を、どこで使えばいい。
何故何故何故。
幾度も繰り返す自問。与える答など男は持ち得ない。ただ待ち続けた彼は、疑いすらも持たない。
何故何故何故何故何故――――!
男は、戦士だった――戦士で、在り過ぎた。
故に、人の抱く感情に無頓着だった。中でも才能に恵まれた彼は、とりわけ嫉妬の念とは無縁だった。
農民出の若造が剣を振るい、華々しく勝利する様を妬ましく思う者は大勢いた。
その働きも立身出世を掴む為のものですらない。ただ、己の在り方を実践しただけの事だった。
だが、いかに男の理念が真っ直ぐで穢れぬものとて、それが正しく理解されるとは限らない。
曲解――否。男をこの僻地へ追いやった者達には、理解など知った事ではなかったのだろう。
ただ、邪魔だったというだけの話。その結果、男は戦略上何の価値も無い山へ飛ばされた。
愚直に剣だけを求めた男はそこがどんな所であるかも知らず、上官の言葉を信じ、研鑽に励むだけだった。
げに恐ろしきは男の一途さ。彼は他者の思惑など知らず何十年も待ち続け、そして、死んだ。
●
――足音。人の、足音。
それを耳にした時、死んだように休む全身が活性化した。
立ち上がる。全てはこの時の為。勤めを果たす時がようやく来た。
霞む視界の中の複数の人影。悲鳴が上がる中で男は標的に注視する。
長い時間の果てに男は真実、一つの極北へ到達していた。百余年を過ごし人の肉体が朽ちようとも、そこに残った想いが未だ活動を続けていた。
鋼の様に鍛え上げた肉体は喪失したが、代わりに本物の鋼を肉と代えた。剣を握る指先の感覚など一切無い。だというのに、剣先にまで意識が及ぶ錯覚。
剣を追うばかりで他者に、時代に、悉くに置き去りにされた男には、己が変じた異形の名すらも知り得ないが――死した男はいつしか虚無に呑まれ、歪虚へと転じていた。
中身の無い虚ろの甲冑――名を、リビングアーマー。肉を失うも、鎧をその代替とし現世を闊歩す鋼鉄の亡者。その精神も最早、人のものでは在り得ない。
鎧が重く歩を刻み、迫る先には一人の若い少女。腰を抜かしてその場にへたり込む彼女は恐怖に表情を固めている。
異形を目にして逃げ去る仲間に置き去りにされた少女は、どう見ても戦いに無縁なか弱い娘だった。
それは男だったものにも分かった。自分が待っていた敵は、研鑽の先にて討ち果たすべき相手はもっと、違った筈だった。
――それでも、剣は振り下ろされる。
女の体が裂け、血を噴き断末魔が止む時には、僅かな逡巡も失せた。
敵を倒した。
けど、これで終わりじゃない。
誰も此処は通さない。
通してはいけない――理由は、――――。
だからもっと、もっと戦う。
戦って戦って戦う。
戦いたい。
戦いたい。
戦いたい。
●
――息を切らしてハンターオフィスへ駆け込んだ若者達。彼らは涙しながら一つの昔話を語った。
それは彼らの住む町に伝わる話。戦乱にて潰えた、かつて一つの小国だった土地の物語。
土地の領主に仕えた憐れな兵隊――戦いを望み、強さを追い、ついに報われる事なく、人知れず果てた一人の男の物語。
昔話を研究するサークルに属する彼らはその話を調べ、男が送られたという山を突き止めて調査に向かったのだという。
それは純粋な探究心ゆえ。真贋の分からぬ昔話の内容に迫る、浪漫を追う行為であった。
そこで、彼らは知る事となった。伝え聞いた話が紛れも無い真実であり、それが――まだ終わっていなかったという現実を。
彼らは仲間の一人を失った。逃げるしかなかった無力を呪い、その場に泣き崩れひたすらに懇願した。
誰一人報われない、この物語を終わらせて欲しい、と――――
これは一人の男の物語。
男は、生粋の戦士だった。
その生まれは平凡な農家で彼が握っていたのは剣ではなく鍬だったが、その手に剣を握る機会はすぐに訪れた。
領土争いからなる小規模な戦、成人前に徴兵された彼はそこで初めて武器を取った。
柄を握り、刃を振り抜く。初めての動作だというのにそれは洗練されていた。
まったくの素人だった男は幾多もの敵兵を打ち倒し、それが領主の目に止まる事となった。
戦功をあげた男は領主の下で一兵士としての仕事を得る。剣を振るう事を役割づけられたのだ。
――天才とは、彼にこそ相応しい言葉だった。
彼の才覚は戦う事に特化していた。一対一の果し合いで彼に適う者など敵にも味方にもいなかった。
無論、天下無敵などという驕りはない。己は小さな領の一兵士に過ぎず、未だ見ぬ大海には自身を優に超える強者がいる事だろう。
そもそも、男は驕る事など知らない。
それまで戦いと無縁の暮らしをしてきた男の体は未だ未熟で、身を守る鎧が重く窮屈に感じられた。
その不自由さが男の内面をも鍛えたのかもしれない。心まで戦士へ変えていく彼が日々の精進を忘れる事はなかった。
努力と研鑽のその日々を辛いとは思わなかった。むしろ、自分は幸福だとさえ思えた。
天才と讃えられる事より、農民から出世した事より、ただ剣を握れる誇らしさがあった。
初めて手にしたその時、その手の感触を忘れない。体中の、細胞の一片までが剣を求めていた。己の存在はこの為にあるのだと理由も無く確信できた。
剣を持ち、己を鍛え、主の為に戦う。その在り方に、男は充足していた。
ある時、彼は上官にあたる者から、とある山道の警備を一人任された。
領地へ侵入しようとする外敵から国を、民を、主を守るための仕事。
困難ではあるが、だからこそ託したい。上官の言葉に男は奮起した。
山道の途中に建てられた山小屋に待機し、男はその任を忠実に果たす。
あくる日もあくる日も、己を鍛え上げる事を忘れずに、来るべき時を待ち続けた。
敵はすぐには現れなかったが、それもまた良しと男は考えた。
自身はまだ未熟である、勤めの時まで鍛錬を幾ら重ねても足りる事はない。
そうしてあくる日もあくる日も懸命に励み――やがて、男は戦士として完成する。
鍛え上げた肉体には見せ掛けではない、剣を振るう為の実用的な筋肉が備わった。
一般に伝わるそれを自身の才にて磨き上げ昇格させた剣は、最早一つの流派と言えよう。
体を包む鎧へ覚えるのも以前の煩わしさではなく一体感だった。装備を含めての自分だと認識出来ていた。
そこへ至り男は確信する。これならば何者にも打ち負けることは無い、と。
それは驕りではない。鍛錬で得た技と肉体、力からくる絶対の自信というものであった。
どの様な敵が来ようとも破ってみせよう。男は、待ち続けた。
●
――待ち続けて待ち続けて、幾年経とうとも、それでも敵はやってこない。
何故。
男は戦士として完成している。剣を手に戦う一兵士としては究極に届いたとさえ思えた。
だというのに。何故。
それも敵がいなければ何の役にも立たない。鍛えた体を、技を、どこで使えばいい。
何故何故何故。
幾度も繰り返す自問。与える答など男は持ち得ない。ただ待ち続けた彼は、疑いすらも持たない。
何故何故何故何故何故――――!
男は、戦士だった――戦士で、在り過ぎた。
故に、人の抱く感情に無頓着だった。中でも才能に恵まれた彼は、とりわけ嫉妬の念とは無縁だった。
農民出の若造が剣を振るい、華々しく勝利する様を妬ましく思う者は大勢いた。
その働きも立身出世を掴む為のものですらない。ただ、己の在り方を実践しただけの事だった。
だが、いかに男の理念が真っ直ぐで穢れぬものとて、それが正しく理解されるとは限らない。
曲解――否。男をこの僻地へ追いやった者達には、理解など知った事ではなかったのだろう。
ただ、邪魔だったというだけの話。その結果、男は戦略上何の価値も無い山へ飛ばされた。
愚直に剣だけを求めた男はそこがどんな所であるかも知らず、上官の言葉を信じ、研鑽に励むだけだった。
げに恐ろしきは男の一途さ。彼は他者の思惑など知らず何十年も待ち続け、そして、死んだ。
●
――足音。人の、足音。
それを耳にした時、死んだように休む全身が活性化した。
立ち上がる。全てはこの時の為。勤めを果たす時がようやく来た。
霞む視界の中の複数の人影。悲鳴が上がる中で男は標的に注視する。
長い時間の果てに男は真実、一つの極北へ到達していた。百余年を過ごし人の肉体が朽ちようとも、そこに残った想いが未だ活動を続けていた。
鋼の様に鍛え上げた肉体は喪失したが、代わりに本物の鋼を肉と代えた。剣を握る指先の感覚など一切無い。だというのに、剣先にまで意識が及ぶ錯覚。
剣を追うばかりで他者に、時代に、悉くに置き去りにされた男には、己が変じた異形の名すらも知り得ないが――死した男はいつしか虚無に呑まれ、歪虚へと転じていた。
中身の無い虚ろの甲冑――名を、リビングアーマー。肉を失うも、鎧をその代替とし現世を闊歩す鋼鉄の亡者。その精神も最早、人のものでは在り得ない。
鎧が重く歩を刻み、迫る先には一人の若い少女。腰を抜かしてその場にへたり込む彼女は恐怖に表情を固めている。
異形を目にして逃げ去る仲間に置き去りにされた少女は、どう見ても戦いに無縁なか弱い娘だった。
それは男だったものにも分かった。自分が待っていた敵は、研鑽の先にて討ち果たすべき相手はもっと、違った筈だった。
――それでも、剣は振り下ろされる。
女の体が裂け、血を噴き断末魔が止む時には、僅かな逡巡も失せた。
敵を倒した。
けど、これで終わりじゃない。
誰も此処は通さない。
通してはいけない――理由は、――――。
だからもっと、もっと戦う。
戦って戦って戦う。
戦いたい。
戦いたい。
戦いたい。
●
――息を切らしてハンターオフィスへ駆け込んだ若者達。彼らは涙しながら一つの昔話を語った。
それは彼らの住む町に伝わる話。戦乱にて潰えた、かつて一つの小国だった土地の物語。
土地の領主に仕えた憐れな兵隊――戦いを望み、強さを追い、ついに報われる事なく、人知れず果てた一人の男の物語。
昔話を研究するサークルに属する彼らはその話を調べ、男が送られたという山を突き止めて調査に向かったのだという。
それは純粋な探究心ゆえ。真贋の分からぬ昔話の内容に迫る、浪漫を追う行為であった。
そこで、彼らは知る事となった。伝え聞いた話が紛れも無い真実であり、それが――まだ終わっていなかったという現実を。
彼らは仲間の一人を失った。逃げるしかなかった無力を呪い、その場に泣き崩れひたすらに懇願した。
誰一人報われない、この物語を終わらせて欲しい、と――――
リプレイ本文
●
依頼主達が調べたとある昔話の資料にシャルア・レイセンファード(ka4359)は目を通していく。
剣の才能に目覚めた男が力を求め、手に入れたそれを振るう事無く非業の死を遂げる物語。
話の最後はこんな言葉で締めくくられていた――憐れな男、彼の無念は肉体が朽ちようとも、未来永劫あの山で来る筈のない敵を待ち続けることだろう。
「……悲しいお話なのです」
全てを読み終え、シャルアはそう呟く。
記述の通り、男はかの山に留まっている。そしておそらくは、この先もずっと。
自分を、国を、使命を失っても敵を追い求める。男の成れの果てが宿すのは彼が抱いた思いの方向性だけだ。
ただ一念だけが鎧を動かし、その行為は続いていく。呪縛に囚われ、無差別に人を斬り続ける――真っ直ぐな思いの終着がそれだとすれば、余りにも救われない。
「させないのです。貴方をこれ以上苦しめることは……!」
決意を固め、シャルアは立ち上がり、仲間と共にかの地へと向かう。
依頼の為。そして男の苦しみとそれを綴った物語を終わらせる為。彼らは名も無き剣士へ挑む。
●
落ち葉を踏みながら近づく六つの足音に鎧姿が立ち上がる。
戦う者が纏う独特の覇気を感じる。先日迷い込んだ小兵とは違い、此度の来客はついぞ待ち望んだ強敵であった。
中身の無い鎧が、嗤った。手にした剣をようやく振るう時が訪れた。一振りで片が付く拍子抜けの決着などあろう筈もない。
既に、此の場に在り続ける理由など忘れ去った。それでも、がらんどうの心を湧き立たせるこの衝動だけは忘れない。
嗚呼。幾星霜、想いを馳せた死合い。それは今、此の瞬間にこそ――
「アンデッドのいないリアルブルーの人間が言うのも少々おかしいですが――」
敵を視界に収め、起動を開始した動く鎧を前にクオン・サガラ(ka0018)は落ち着いた口調で喋りだす。
「彷徨う鎧と言いましても記憶だけの存在で、何をやっているのかすら分かっているのか怪しいものですね」
クオンの指摘は正しい。目の前の鎧は最早己の行為の意味など意識の埒外へと追いやった、動くだけの存在に違いない。
ただし。クオンは続ける。
生前の肉の体が有していたある種のリミッターは失われ、周囲に生きる者を襲い続ける無限の執念を宿す敵。柔軟な発想こそ失われていようが、脅威には違いないのだと。
味方への忠告ようにそう言った後、クオンはゆっくりと立ち上がる鎧に向かって手を合わせ祈りを捧げた。それは彼の冥福を祈ると共に、全ての感傷を振り切り戦闘に専念する為の儀式でもある。
だが、アンデッドに対して普段からこの様な事をしていた訳ではない。
今回は、特別だった。いつも通りの落ち着いた佇まいからは汲み取れないが、彼もまたこの兵士に対し何かを感じていたのかもしれない。
全身の鎧が歩く度に音を鳴らす。それはリビングアーマーだけが放つ音ではない。相対すべくハンター達の前に愛馬と共に歩み出たユルゲンス・クリューガー(ka2335)も重苦しい金属音を響かせていた。
互いが剣の間合いに入る前にユルゲンスは馬を止め、前進する歪虚を真正面から見据えた。
「死して尚戦う気概や良し、だが正道を見失っては斬らざるを得まいよ」
その生を終えて尚戦う姿勢を評価しつつも、罪無き者を見境無く斬り捨てる姿を悪鬼羅刹のものとユルゲンスは断じる。それ故に彼に贈るのは賞賛と引導の言葉だった。
二人の距離が狭まる。鞘から剣を抜き、ユルゲンスは攻めの構えを取る。
「戦士よ、我々は貴公の“敵”だ――今こそ、その武勇を存分に誇るがいい」
――馬が駆け、リビングアーマーも疾走する。突進から放たれたユルゲンスの剣と歪虚の剣がぶつかり合い、衝突音が鳴る。
先制を狙った一撃が防がれたユルゲンス。だが、兜の下の口元は歓喜に歪んでいた。
怪物の座に下ろうとも、かの戦士が鍛えた剣技に衰えは無い。皮肉めいたものとはいえ伝説に語られる強者と戦える高揚感がユルゲンスを包んでいた。
強敵との交戦に昂りを覚えるのはユルゲンスだけではない。彼に続く二人の前衛、夕鶴(ka3204)と天ヶ瀬 焔騎(ka4251)も同様だった。
「名も無き剣士の成れの果て、か……伝説に語り継がれるほどの剣技、この目に焼き付けるとしよう!」
「戦場で散らせるのが手向けならば、全力を以て破竹させる志士、天ヶ瀬だ……全力で往くぞ……!」
ユルゲンスが打ち鳴らした開戦の狼煙に合わせ、二人は前へ飛び出す。
先に接触した焔騎の槍はユルゲンスの剣を払った隙を狙い伸びる。しかし、身を捻りそれをかわした歪虚は後続の攻撃へと既に意識を移す。
注視する先には夕鶴。彼女は既に己の獲物を振りかぶる姿勢に入っていた。
後衛であるアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)の付加した光が刃を包むと同時に、白い輝きと共に両手剣が動く。
――あの人の剣を模した相棒、その初陣だ。
瞬間、夕鶴の脳裏を一人の騎士の姿が過ぎる。その剣閃を追うように、全身全霊の力にてクレイモアは振るわれる。
正面から剣同士がぶつかり合う。火花を散らす接触、その反動により夕鶴の剣が弾かれ――休む間もなく繰り出される突きが彼女の頬を掠める。
後ろへと跳躍し、頬の血を拭いながら夕鶴は再び光をホーリーセイバーの力を携えた剣を構えなおす。
「守りの剣は持ち合わせていないのでな。多少の怪我は覚悟の上だ。攻め切らせていただく!」
その言葉と共に、初撃を終えた三人は再び駆け物言わぬ鎧へと向かっていった。
鍛え上げた技を使う事も無く人知れず朽ちた戦士。良き同僚に恵まれれば――或いは剣才に目覚めさえしなければ他の生き方もあったかもしれない。
「その末路は哀れ、しかし無差別に振るわれる刃は既に凶器。貴方の目指した道ではないでしょう」
前衛三人の攻撃を洗練された剣技で受けていく鎧姿の骸を見つめ、アリオーシュはその在り方を憐れんだ。
しかし。だからこそ、目の前の凶刃は止められなければならない。男の人生が報われぬものであったとしても、彼が選んだものを過ちとしない為にも、
「大儀無き暴力を見過ごす訳には参りません……折らせて、いただきます……!」
アリオーシュにも躊躇いは無い。周囲を見渡し、勝つ為の算段を整えていく。
後衛の彼らが身を置くのは剣を警戒しながら魔法の射程内に敵を収める距離。だが相手の剣才は侮りがたく、長期戦になれば後方が直接狙われる事も在り得るだろう。
故に――狙うは短期決戦。
後方より味方を支援するべくクオンは矢を放つが、鈍重そうな見た目に反し素早い鎧には中々命中しない。正確な狙いで打ち込もうとも弾かれてしまっていた。
アリオーシュも味方の治癒と強化といった支援にホーリーライトの光弾を打ち出す牽制も混ぜていくが、決定的な一撃は中々与えられない。
だが、その攻撃も無駄ではない。回避にせよ弾くにせよ、その間の鎧の注意は一瞬だろうとこちらを向く。その僅かな時間が前衛で立ち回る者達には大きな恩恵となった。
戦闘が激化する傍ら、シャルアは暫く参加せず相手の動きを解析しようと目論んでいた。
しかし、その狙いは間もなく瓦解した。生前の剣技を継承するリビングアーマーの動きは単調な雑魔とは異なり、達人のそれに近いものですらあった。
その剣、動きから一定のパターンを見抜く事など、それこそ剣の達人でなければおいそれと出来はしないだろう。
やむを得ずシャルアは戦法を変更、クオンらに混じり後方より魔法の矢で前衛の支援を開始した。
不規則に鉄の打ち合う音が響く。
後衛は味方への誤射を注意しつつ遠距離から攻撃、前衛は交互に仕掛けていく。間に挟む行動に違いはあれど、戦闘はその繰り返しだった。
圧倒的な技量を見せつける鎧の剣は圧倒的とも思えた。この場に集まった戦士の中でこれと一対一で打ち勝てる者はいないだろう。
しかし、実際の戦況は徐々にハンター達の優勢に傾いていた。余裕が出てきたという訳ではないが、皆それを実感していた。
「一人で強くなっても、その強さは呑まれてしまうのですよ……?」
マテリアルの矢を放ち、シャルアはぽつりと呟いていた。
そう、男の骸は連携に押されていた。
数の利、それが技量の差を覆していた。最初こそ掠りもしなかった攻撃も、ここまでで既に数発は直撃していた。
かつての男は一人で何でも出来るなどという驕りは抱いてはいなかった。だが、他者の援護を求めようともしなかった――それも男の末路を定めた要因であったのかもしれない。
疲れなど知らない鎧だけの体。しかし、その剣も衰えを見せていた。
歪虚は夕鶴の攻撃を払うも、直後に向かってきたユルゲンスの剣を真っ向から受け止める。最初ならば受け流せていた攻撃を今はただ受けるしかなかった。
その隙を焔騎の槍が突く。突き出した槍の切っ先は剣の間合いを突破し、懐へと向く。
「まだ試作我流だが――咲き散らせ!陰椿ッ!」
伸びた切っ先が黒い閃光を放つ。至近距離から放たれたシャドウブリットの弾丸は鎧の繋ぎ目を直撃する。
戦闘中に見定めた弱点、単純に防御力の薄いそこを狙った魔法弾の一撃は炸裂し、初めてリビングアーマーの動きが硬直する。
間髪入れずに夕鶴が大きく踏み込む。
「我が愛剣の一閃、受けてみよ!」
全身を捻りつつの強打の一撃が鎧を数歩分後ろへ追いやる。
吹き飛ばされつつも流石というべきか、歪虚はすぐに体勢を立て直していた。連撃の隙を縫うように回避姿勢に入ったそれを――炎の波が呑んだ。
「ファイアスローワー……成功ですね」
クオンが放った炎は扇状に広がり、逃げ場諸共に歪虚を焼く。マテリアルにより制御されたそれは他の仲間を傷付ける事無く、対象である敵だけを攻め立てる。
回避困難な攻撃に再び動きが止まる鎧。それに追い討ちをかけるべく、ユルゲンスの騎馬が火の中を駆ける。
「うおおおぉぉっ!」
大きく振りかぶられた彼の剣が歪虚を捉え、鎧武者が転倒する。決定的な隙、ユルゲンスが今だと後方へ叫ぶ。
連続攻撃の流れを見守っていたアリオーシュとシャルアは既に構えを取っていた。ユルゲンスが叫ぶのと同時に二人の詠唱が重なる。
ホーリーライトとファイアアロー、紅白の閃光が二人の杖の先端より撃ち出される。エネルギーが収まり消えていくファイアスローワーの火を抜ける様に、二色の光が飛ぶ。
――着弾。体勢を崩されその場に足止めされた鎧は為す統べなく魔法弾の直撃を受けた。
爆ぜた閃光が消え、地面に伏した鎧は大きく損壊していた。最早生身を覆うことさえ出来なくなった鎧はその空洞の内部を露呈するも、まだ立ち上がろうと脚に力を込める。
だが、その戦意に反して傷ついた鎧の脚部は重量を支えられず崩れ、胴体諸共再び地面に倒れこんだ。
転倒の衝撃で右腕の鎧が肘から崩壊する。死して尚握り続けていた剣がその手から離れると、鎧はもがくのを止めた。
消滅、死――己のお終いを受け入れたその姿を見下ろし、ユルゲンスが口を開く。
「貴公、剣戟の果てに答を得たか? ならば、在るべき場所へ帰るがいい」
そうして、男の二度目の最期が始まる。空っぽの鎧が存在と共に徐々に透明に薄れていく。
長い時を過ごした存在は消滅の瞬間を静かに迎えた。伝説には記されないとある登場人物の最後は孤独なものではなく、僅か数人ではあるが誰かに看取られ終結した。
鎧の破片が一片残らず消え去った跡には一本の剣だけが残った。虚無へと消えた男ではあったが、彼が握った剣だけは――堕ちる事無く其処に存在していた。
●
戦いが終わった後、アリオーシュは男が残した剣を地に刺し、せめてもの墓標とした。
山に咲いていた花を積んで墓前に手向け、アリオーシュは魂の冥福を祈る。
戦場となった場所の近くには男が生前住んでいたと思われる小屋があった。そこを調べてきた焔騎が戻ったのを確認し、アリオーシュが問いかける。
「……いかがでしたか?」
焔騎は静かに首を振る。小屋は随分劣化しており、人が住んでいた痕跡はとっくに消え失せてしまっていた。
「何か残留物でもあれば墓に供えようと思ったのだけどな……」
どこか寂しそうに焔騎は呟いた。内心抱いていたリビングアーマーという存在への関心からか、見事な技量を見せつけた戦士がもういない故か――胸の内は語られなかった。
墓前にはアリオーシュの他に夕鶴とシャルアの姿もあった。
「私は良き主に恵まれたが、あなたは……違ったようだな」
墓標となった剣にそっと手を当て、夕鶴はかの者の生前に思いを馳せる。
戦士となり剣を手にして、人に裏切られ、死んだ。今に伝えられた話からは彼が何を思いながら果てたのかはわからない。
「ただ、私達とのこの一戦が、あなたにとって救済となったことを願おう……あとは安らかに眠ってくれ」
戦った事によって男が救われたと信じる夕鶴。だが、
「これで……あの人は、救われたのですかね……」
シャルアは少し落ち込んだように、胸に残る迷いを口にしていた。その迷いに答えるように、アリオーシュが話し始める。
「何に生き甲斐を感じ人生を捧げるかは人其々、正誤は問えません」
男が剣を取り、戦いの道に進んだこと。それだけに殉じ――それすら報われずに死んでいったこと。
その選択が正しかったのかどうか、解答を与える事など誰にも出来ないとアリオーシュは告げる。
「しかし、生前彼の刃がそれ以上誰かの命を奪い、傷つけるものではなかった。そう考えれば僅かの救いにならないでしょうか……一握りの研ぎ澄まされた刃として生きる事こそが彼の本懐だったとしても、全てにおいて不幸ではなかったと」
俺の唯の感傷に過ぎませんが。そう言ってアリオーシュは話を締めた。
その言葉にシャルアは頷き、祈った。彷徨う鎧と化したその人が、その想いを、呪縛から解かれた事を信じて。
剣の墓標に祈りを捧げたハンター達はその場を後にする。
亡くなった少女の遺体を馬の背に乗せたユルゲンス、クオンと合流して彼らは帰路へと就く。
この戦いによってかつて語られた伝説の内容が変わる事も、新たなエピローグが綴られる事もない。
しかし、犠牲となった少女のようにこの場を訪れた者は墓標を目にして知るだろう。語られた男が実在していたこと、そして彼の物語が終わりを迎えたことを――――
依頼主達が調べたとある昔話の資料にシャルア・レイセンファード(ka4359)は目を通していく。
剣の才能に目覚めた男が力を求め、手に入れたそれを振るう事無く非業の死を遂げる物語。
話の最後はこんな言葉で締めくくられていた――憐れな男、彼の無念は肉体が朽ちようとも、未来永劫あの山で来る筈のない敵を待ち続けることだろう。
「……悲しいお話なのです」
全てを読み終え、シャルアはそう呟く。
記述の通り、男はかの山に留まっている。そしておそらくは、この先もずっと。
自分を、国を、使命を失っても敵を追い求める。男の成れの果てが宿すのは彼が抱いた思いの方向性だけだ。
ただ一念だけが鎧を動かし、その行為は続いていく。呪縛に囚われ、無差別に人を斬り続ける――真っ直ぐな思いの終着がそれだとすれば、余りにも救われない。
「させないのです。貴方をこれ以上苦しめることは……!」
決意を固め、シャルアは立ち上がり、仲間と共にかの地へと向かう。
依頼の為。そして男の苦しみとそれを綴った物語を終わらせる為。彼らは名も無き剣士へ挑む。
●
落ち葉を踏みながら近づく六つの足音に鎧姿が立ち上がる。
戦う者が纏う独特の覇気を感じる。先日迷い込んだ小兵とは違い、此度の来客はついぞ待ち望んだ強敵であった。
中身の無い鎧が、嗤った。手にした剣をようやく振るう時が訪れた。一振りで片が付く拍子抜けの決着などあろう筈もない。
既に、此の場に在り続ける理由など忘れ去った。それでも、がらんどうの心を湧き立たせるこの衝動だけは忘れない。
嗚呼。幾星霜、想いを馳せた死合い。それは今、此の瞬間にこそ――
「アンデッドのいないリアルブルーの人間が言うのも少々おかしいですが――」
敵を視界に収め、起動を開始した動く鎧を前にクオン・サガラ(ka0018)は落ち着いた口調で喋りだす。
「彷徨う鎧と言いましても記憶だけの存在で、何をやっているのかすら分かっているのか怪しいものですね」
クオンの指摘は正しい。目の前の鎧は最早己の行為の意味など意識の埒外へと追いやった、動くだけの存在に違いない。
ただし。クオンは続ける。
生前の肉の体が有していたある種のリミッターは失われ、周囲に生きる者を襲い続ける無限の執念を宿す敵。柔軟な発想こそ失われていようが、脅威には違いないのだと。
味方への忠告ようにそう言った後、クオンはゆっくりと立ち上がる鎧に向かって手を合わせ祈りを捧げた。それは彼の冥福を祈ると共に、全ての感傷を振り切り戦闘に専念する為の儀式でもある。
だが、アンデッドに対して普段からこの様な事をしていた訳ではない。
今回は、特別だった。いつも通りの落ち着いた佇まいからは汲み取れないが、彼もまたこの兵士に対し何かを感じていたのかもしれない。
全身の鎧が歩く度に音を鳴らす。それはリビングアーマーだけが放つ音ではない。相対すべくハンター達の前に愛馬と共に歩み出たユルゲンス・クリューガー(ka2335)も重苦しい金属音を響かせていた。
互いが剣の間合いに入る前にユルゲンスは馬を止め、前進する歪虚を真正面から見据えた。
「死して尚戦う気概や良し、だが正道を見失っては斬らざるを得まいよ」
その生を終えて尚戦う姿勢を評価しつつも、罪無き者を見境無く斬り捨てる姿を悪鬼羅刹のものとユルゲンスは断じる。それ故に彼に贈るのは賞賛と引導の言葉だった。
二人の距離が狭まる。鞘から剣を抜き、ユルゲンスは攻めの構えを取る。
「戦士よ、我々は貴公の“敵”だ――今こそ、その武勇を存分に誇るがいい」
――馬が駆け、リビングアーマーも疾走する。突進から放たれたユルゲンスの剣と歪虚の剣がぶつかり合い、衝突音が鳴る。
先制を狙った一撃が防がれたユルゲンス。だが、兜の下の口元は歓喜に歪んでいた。
怪物の座に下ろうとも、かの戦士が鍛えた剣技に衰えは無い。皮肉めいたものとはいえ伝説に語られる強者と戦える高揚感がユルゲンスを包んでいた。
強敵との交戦に昂りを覚えるのはユルゲンスだけではない。彼に続く二人の前衛、夕鶴(ka3204)と天ヶ瀬 焔騎(ka4251)も同様だった。
「名も無き剣士の成れの果て、か……伝説に語り継がれるほどの剣技、この目に焼き付けるとしよう!」
「戦場で散らせるのが手向けならば、全力を以て破竹させる志士、天ヶ瀬だ……全力で往くぞ……!」
ユルゲンスが打ち鳴らした開戦の狼煙に合わせ、二人は前へ飛び出す。
先に接触した焔騎の槍はユルゲンスの剣を払った隙を狙い伸びる。しかし、身を捻りそれをかわした歪虚は後続の攻撃へと既に意識を移す。
注視する先には夕鶴。彼女は既に己の獲物を振りかぶる姿勢に入っていた。
後衛であるアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)の付加した光が刃を包むと同時に、白い輝きと共に両手剣が動く。
――あの人の剣を模した相棒、その初陣だ。
瞬間、夕鶴の脳裏を一人の騎士の姿が過ぎる。その剣閃を追うように、全身全霊の力にてクレイモアは振るわれる。
正面から剣同士がぶつかり合う。火花を散らす接触、その反動により夕鶴の剣が弾かれ――休む間もなく繰り出される突きが彼女の頬を掠める。
後ろへと跳躍し、頬の血を拭いながら夕鶴は再び光をホーリーセイバーの力を携えた剣を構えなおす。
「守りの剣は持ち合わせていないのでな。多少の怪我は覚悟の上だ。攻め切らせていただく!」
その言葉と共に、初撃を終えた三人は再び駆け物言わぬ鎧へと向かっていった。
鍛え上げた技を使う事も無く人知れず朽ちた戦士。良き同僚に恵まれれば――或いは剣才に目覚めさえしなければ他の生き方もあったかもしれない。
「その末路は哀れ、しかし無差別に振るわれる刃は既に凶器。貴方の目指した道ではないでしょう」
前衛三人の攻撃を洗練された剣技で受けていく鎧姿の骸を見つめ、アリオーシュはその在り方を憐れんだ。
しかし。だからこそ、目の前の凶刃は止められなければならない。男の人生が報われぬものであったとしても、彼が選んだものを過ちとしない為にも、
「大儀無き暴力を見過ごす訳には参りません……折らせて、いただきます……!」
アリオーシュにも躊躇いは無い。周囲を見渡し、勝つ為の算段を整えていく。
後衛の彼らが身を置くのは剣を警戒しながら魔法の射程内に敵を収める距離。だが相手の剣才は侮りがたく、長期戦になれば後方が直接狙われる事も在り得るだろう。
故に――狙うは短期決戦。
後方より味方を支援するべくクオンは矢を放つが、鈍重そうな見た目に反し素早い鎧には中々命中しない。正確な狙いで打ち込もうとも弾かれてしまっていた。
アリオーシュも味方の治癒と強化といった支援にホーリーライトの光弾を打ち出す牽制も混ぜていくが、決定的な一撃は中々与えられない。
だが、その攻撃も無駄ではない。回避にせよ弾くにせよ、その間の鎧の注意は一瞬だろうとこちらを向く。その僅かな時間が前衛で立ち回る者達には大きな恩恵となった。
戦闘が激化する傍ら、シャルアは暫く参加せず相手の動きを解析しようと目論んでいた。
しかし、その狙いは間もなく瓦解した。生前の剣技を継承するリビングアーマーの動きは単調な雑魔とは異なり、達人のそれに近いものですらあった。
その剣、動きから一定のパターンを見抜く事など、それこそ剣の達人でなければおいそれと出来はしないだろう。
やむを得ずシャルアは戦法を変更、クオンらに混じり後方より魔法の矢で前衛の支援を開始した。
不規則に鉄の打ち合う音が響く。
後衛は味方への誤射を注意しつつ遠距離から攻撃、前衛は交互に仕掛けていく。間に挟む行動に違いはあれど、戦闘はその繰り返しだった。
圧倒的な技量を見せつける鎧の剣は圧倒的とも思えた。この場に集まった戦士の中でこれと一対一で打ち勝てる者はいないだろう。
しかし、実際の戦況は徐々にハンター達の優勢に傾いていた。余裕が出てきたという訳ではないが、皆それを実感していた。
「一人で強くなっても、その強さは呑まれてしまうのですよ……?」
マテリアルの矢を放ち、シャルアはぽつりと呟いていた。
そう、男の骸は連携に押されていた。
数の利、それが技量の差を覆していた。最初こそ掠りもしなかった攻撃も、ここまでで既に数発は直撃していた。
かつての男は一人で何でも出来るなどという驕りは抱いてはいなかった。だが、他者の援護を求めようともしなかった――それも男の末路を定めた要因であったのかもしれない。
疲れなど知らない鎧だけの体。しかし、その剣も衰えを見せていた。
歪虚は夕鶴の攻撃を払うも、直後に向かってきたユルゲンスの剣を真っ向から受け止める。最初ならば受け流せていた攻撃を今はただ受けるしかなかった。
その隙を焔騎の槍が突く。突き出した槍の切っ先は剣の間合いを突破し、懐へと向く。
「まだ試作我流だが――咲き散らせ!陰椿ッ!」
伸びた切っ先が黒い閃光を放つ。至近距離から放たれたシャドウブリットの弾丸は鎧の繋ぎ目を直撃する。
戦闘中に見定めた弱点、単純に防御力の薄いそこを狙った魔法弾の一撃は炸裂し、初めてリビングアーマーの動きが硬直する。
間髪入れずに夕鶴が大きく踏み込む。
「我が愛剣の一閃、受けてみよ!」
全身を捻りつつの強打の一撃が鎧を数歩分後ろへ追いやる。
吹き飛ばされつつも流石というべきか、歪虚はすぐに体勢を立て直していた。連撃の隙を縫うように回避姿勢に入ったそれを――炎の波が呑んだ。
「ファイアスローワー……成功ですね」
クオンが放った炎は扇状に広がり、逃げ場諸共に歪虚を焼く。マテリアルにより制御されたそれは他の仲間を傷付ける事無く、対象である敵だけを攻め立てる。
回避困難な攻撃に再び動きが止まる鎧。それに追い討ちをかけるべく、ユルゲンスの騎馬が火の中を駆ける。
「うおおおぉぉっ!」
大きく振りかぶられた彼の剣が歪虚を捉え、鎧武者が転倒する。決定的な隙、ユルゲンスが今だと後方へ叫ぶ。
連続攻撃の流れを見守っていたアリオーシュとシャルアは既に構えを取っていた。ユルゲンスが叫ぶのと同時に二人の詠唱が重なる。
ホーリーライトとファイアアロー、紅白の閃光が二人の杖の先端より撃ち出される。エネルギーが収まり消えていくファイアスローワーの火を抜ける様に、二色の光が飛ぶ。
――着弾。体勢を崩されその場に足止めされた鎧は為す統べなく魔法弾の直撃を受けた。
爆ぜた閃光が消え、地面に伏した鎧は大きく損壊していた。最早生身を覆うことさえ出来なくなった鎧はその空洞の内部を露呈するも、まだ立ち上がろうと脚に力を込める。
だが、その戦意に反して傷ついた鎧の脚部は重量を支えられず崩れ、胴体諸共再び地面に倒れこんだ。
転倒の衝撃で右腕の鎧が肘から崩壊する。死して尚握り続けていた剣がその手から離れると、鎧はもがくのを止めた。
消滅、死――己のお終いを受け入れたその姿を見下ろし、ユルゲンスが口を開く。
「貴公、剣戟の果てに答を得たか? ならば、在るべき場所へ帰るがいい」
そうして、男の二度目の最期が始まる。空っぽの鎧が存在と共に徐々に透明に薄れていく。
長い時を過ごした存在は消滅の瞬間を静かに迎えた。伝説には記されないとある登場人物の最後は孤独なものではなく、僅か数人ではあるが誰かに看取られ終結した。
鎧の破片が一片残らず消え去った跡には一本の剣だけが残った。虚無へと消えた男ではあったが、彼が握った剣だけは――堕ちる事無く其処に存在していた。
●
戦いが終わった後、アリオーシュは男が残した剣を地に刺し、せめてもの墓標とした。
山に咲いていた花を積んで墓前に手向け、アリオーシュは魂の冥福を祈る。
戦場となった場所の近くには男が生前住んでいたと思われる小屋があった。そこを調べてきた焔騎が戻ったのを確認し、アリオーシュが問いかける。
「……いかがでしたか?」
焔騎は静かに首を振る。小屋は随分劣化しており、人が住んでいた痕跡はとっくに消え失せてしまっていた。
「何か残留物でもあれば墓に供えようと思ったのだけどな……」
どこか寂しそうに焔騎は呟いた。内心抱いていたリビングアーマーという存在への関心からか、見事な技量を見せつけた戦士がもういない故か――胸の内は語られなかった。
墓前にはアリオーシュの他に夕鶴とシャルアの姿もあった。
「私は良き主に恵まれたが、あなたは……違ったようだな」
墓標となった剣にそっと手を当て、夕鶴はかの者の生前に思いを馳せる。
戦士となり剣を手にして、人に裏切られ、死んだ。今に伝えられた話からは彼が何を思いながら果てたのかはわからない。
「ただ、私達とのこの一戦が、あなたにとって救済となったことを願おう……あとは安らかに眠ってくれ」
戦った事によって男が救われたと信じる夕鶴。だが、
「これで……あの人は、救われたのですかね……」
シャルアは少し落ち込んだように、胸に残る迷いを口にしていた。その迷いに答えるように、アリオーシュが話し始める。
「何に生き甲斐を感じ人生を捧げるかは人其々、正誤は問えません」
男が剣を取り、戦いの道に進んだこと。それだけに殉じ――それすら報われずに死んでいったこと。
その選択が正しかったのかどうか、解答を与える事など誰にも出来ないとアリオーシュは告げる。
「しかし、生前彼の刃がそれ以上誰かの命を奪い、傷つけるものではなかった。そう考えれば僅かの救いにならないでしょうか……一握りの研ぎ澄まされた刃として生きる事こそが彼の本懐だったとしても、全てにおいて不幸ではなかったと」
俺の唯の感傷に過ぎませんが。そう言ってアリオーシュは話を締めた。
その言葉にシャルアは頷き、祈った。彷徨う鎧と化したその人が、その想いを、呪縛から解かれた事を信じて。
剣の墓標に祈りを捧げたハンター達はその場を後にする。
亡くなった少女の遺体を馬の背に乗せたユルゲンス、クオンと合流して彼らは帰路へと就く。
この戦いによってかつて語られた伝説の内容が変わる事も、新たなエピローグが綴られる事もない。
しかし、犠牲となった少女のようにこの場を訪れた者は墓標を目にして知るだろう。語られた男が実在していたこと、そして彼の物語が終わりを迎えたことを――――
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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MVP一覧
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ユルゲンス・クリューガー(ka2335)
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 夕鶴(ka3204) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/04/27 00:00:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/24 01:53:27 |