胡蝶の夢

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
6日
締切
2014/07/07 12:00
完成日
2014/07/14 00:40

みんなの思い出

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オープニング

 蝶になった夢を見た。この世界に来て以降、何度となく見ていた。
 蝶は、ひらひら舞ってた。魂が解き放たれたかのように、自由に飛びまわってた。
 どこまでも続く青い空を。鮮やかな緑を湛えた大地を。暖かな人々に囲まれた奇跡のような世界を。
 無論、その時の俺にはそれが自分の夢だと認識できなかった。あくまで、あの時俺は蝶だった。
 だが今、目が覚めると俺はやはり俺のまま。
 蝶になった夢を俺が見ていたのか? 俺になった夢を蝶が見ているのか……。
 正直どっちだっていい。俺は今、確かに俺でしかないんだから。
 ただ、思うんだ。
 俺は、俺らしく、俺のまま、この異世界で生きた。
 妻と出会い、クソ生意気なガキもできた。幸せだったと心から言える。
 だから……──。

「……親父?」
 懐かしい声が聞こえた気がして、青年は目を覚ました。
 彼の父親が無くなってから5年が経つというのに、このありさまだ。青年は黒髪をかきむしる。
 夢見が悪い。虫の居所も悪くなる。青年は奥歯をかみしめ、ベッドから身を起こした。


◆王国騎士団本部にて

「エリオット様、ご無事の帰還をお待ちしておりました」
 王国の首都イルダーナ第3街区、王国騎士団本部にて。
 王国西部で発生した羊型歪虚の討伐依頼から帰ったエリオットは、騎士団長直轄の白の隊に従属する女性隊員フィアに出迎えられた。
 本部の執務室へ向かう合間、彼女はエリオットの半歩後ろを保ちながら王都とその周辺警邏の結果を的確に報告してゆく。
 ながら作業、といえばそうなのだが何分エリオットは国の軍事に、現場の指揮に、挙げればきりがない程度に業量過多である。
 オーバーワークを諌めたところで現実問題、受け先はない。団の騎士たちも現場の様々な対応に追われているうえに、ここ最近のハンターの急増によってこれまでのやりかたに少なからず変化が出ている。
 新しい試み、新しいフローは、慣れるまで必然的にカロリーの高い作業となる。
 歪虚との戦いで心身のすり減る西部対応。そのローテーションを含む騎士らにこれ以上の心身負担をかけることはできかねる。
 エリオットはそう考えているのだろう。大元を正せば、王国は先の大戦による大打撃によって未曾有の人材不足にあえいでいるからなのだが。
 フィア自身、彼の多忙を窘めることはあっても、今はその改善を望むべき状況ではないと理解している。
「以上です。いかがなさいますか?」
 報告は、エリオットが執務室の扉をあける前まで。時間にして僅か2分。
 情報を取捨選択し、報告は完了。だが、相手の騎士団長からはいつまでたっても応答がない。
「あの……エリオット様……?」
 常日頃であれば、報告を終えた数瞬の後には適切な指揮が飛んでくるというのに、心ここにあらずと言った様子の青年は珍しい。
「忘れていた」
 ややあって、ぽつりとエリオットが呟いた。
「イザヤの店へ行って来る」
「は……?」
 執務室の前、くるりと踵を返し、青年は本部の入口へ足早に向かってしまう。
「え? あ、ええと……エリオット様! ご指示を……!」
 エリオットは振り返ることもなく、慌てて追いすがろうとするフィアにこんな指示を飛ばした。
「報告結果は想定通りだ。何ら問題はない。しばしの間、現状維持で頼む。現場の騎士たちには、詰め過ぎぬよう十分な休息を取れる形にローテーションの見直しを言い渡してくれ」
 言い終わると同時に締まる本部の重厚な扉。青年の姿は、既に本部から消えている。
「やっぱり、エリオット様はエリオット様……ね」
 その音の余韻の中、呆気にとられた様子でフィアは立ち尽していた。

◆Heaven's Blade

 エリオットがやってきたのは、王国騎士団本部と同じ第3街区の外れ。石材で作られた建物の中、1棟ぽつんと木材で作られたであろう雰囲気の異なる建物があった。
 建物に掲げられた看板には「Heaven's Blade」という表記。ここは、エリオットがグラズヘイム王立学校在学当時よりずっと通っている馴染みの鍛冶屋だ。
 ここのところ歪虚との連戦が続いたこともあり、エリオット自身相当数の敵を斬った。無茶な戦い方を自覚していた青年は、愛剣のメンテナンスのため、こうして行きつけの店へ足を運んだのだった。
 だが、いつもなら店の外からでも小気味よく響く金属音が、鍛冶屋から聞こえてこない。
 不思議に思って中へ入ろうとすると、怒声と同時に扉が開く。同時に、転がるようにして一人の見知らぬ男が店の前の道に転がった。
「てめぇに打ってやる剣はねぇよ! どうしてもってんなら出直しな!」
 転がり出てきた男は、驚きとも混乱ともつかない表情で慌てて大通りの方へ退散していく。
 どうせ今日は虫の居所が悪かったんだろう。“慣れた光景”に「またか」と小さく息をつき、エリオットは店の戸をくぐる。
「なんだ、アンタか。どうしたんだ?」
 カウンターの向こうからエリオットに声をかけた青年は、溌剌として生命力に溢れた笑顔を浮かべている。
「少しばかり強引な戦い方をした。剣を見てくれるか」
「ったく、懲りねぇな。ほら、見せてみろ」
 からかうように明るく笑いとばし、青年──イザヤ・A・クロプスはエリオットへ手を差し出す。
 エリオットが剣を振るうようになったのが幾つの頃だったか。その頃からの付き合いだ。
 先代に剣を見てもらっていた頃から、イザヤもずっとこの剣を見てきている。全幅の信頼をおいて、エリオットは青年へ剣を二振り差し出した。
「……さすが親父の傑作。いつみてもすげぇな」
 イザヤは剣を舐め回すように見つめた後、片方の剣だけエリオットに返却した。
「そいつは返す。んで、こいつは少し預かる。ちょっとくたびれてっから」
 にっと人好きのする笑みを浮かべるイザヤにエリオットが短く応じた、その時。店に商人風の男がやってきた。
「イザヤさん~~。悪いんスけど、お品物もうちっと待ってもらえませんかね」
「なんかあったのか?」
 聞くところによると、イザヤは新しく錬成に着手した武器のために鉱石の仕入れを商人に頼んだそうだ。
 だが、その荷を運ぶ街道に、巨大な蝶型の歪虚が発生したらしい。
 人が歩いて移動するだけなら、獣道だろうがなんだろうが大きく迂回していくことも可能だが、大切な客の品物を載せた大型の荷馬車はどうしても道を選ぶ必要がある。
 迂回によって時間もコストもかさむとなれば、そもそも商人に利が無くなるわけでもあるが。
「騎士団にはこれから伺うところだったんスけど……」
「わかった、すぐに手を打とう」
 いま騎士団は王都の警護と周辺警邏に人員を厚くしている。自分が打って出ればすぐ片付くだろうが、あいにく愛剣は眼前の青年の手の中。
 今回はハンターに対応してもらうのが最良と判断したエリオットは、騎士団本部に戻ることなくその足でハンターズソサエティ支部へと向かった。

リプレイ本文

 ──嘗ての戦の傷跡はあるのだろうが、やはり辺境に比べれば王国は豊かなものだな。
 アシフ・セレンギル(ka1073)は小さく息を吐いた。
 王都の目抜き通りは、多くの人々が往来し商業も活気がある。それに、通りの一角には王国騎士団本部が構えている事もあり、治安も良いのだろう。子供たちが走り回る姿も目に入る。いずれもアシフの故郷の里にはない景色だ。里の者がより豊かな暮らしを出来るようになればと願いながら、アシフは様々な思いを胸に王都の様子をじっくりと見渡す。有益な情報を持ち帰るために。
「荷物を待っている方もいらっしゃるのでしょう、速やかに倒したい所ですね」
 後背から聞こえたシメオン・E・グリーヴ(ka1285)の声に、アシフは意識を内から外へ切り替える。
 どうやら同行するハンター達が出揃ったようだ。
「あぁ。面倒だが急いで現地へ向かおう」
「早く終わらせて、観光までできたら上々ですしね」
 シメオンは、俄かに物憂げに見えたアシフを気にかけた。だが、エルフの青年に失礼に当たってはいけないと、触れることなくにこりと笑うに留めた。

 ハンター達は、ハンターズソサエティ支部を後にして街道を西へと進む。天高く陽は輝き、風もなく穏やかな天候だ。行楽日和とはこんな日の事を言うのだろうが、彼らの目的は歪虚の討伐だ。決して気楽なものではないだろう。そんなハンターたちの最後尾でエルウィング・ヴァリエ(ka0814)が曇天の空のように重く呟いた。
「蝶型の歪虚が3体ですか……。嫌な感じですわ」
 “蝶”に引っかかりを覚えた少女は、自らの手のひらを見つめ、物憂げに俯いていた。
「どうかしましたか?」
 シメオンが様子に気付いて振り返るが、少女は何を言うでもなく首を小さく横に振った。
「いえ……大丈夫ですわ。先を急ぎましょう」



「わぁー蝶々さんきれいなー♪」
 王都を出て西へ、西へ。どれくらい歩いただろうか。港町ガンナ・エントラータまであと少しという所で浮遊する“それ”を発見し、黒の夢(ka0187)の瞳が輝きだした。陽光に透けるステンドグラスのような翅……鮮やかなアゲハ蝶だ。それは遠くから目につくほどに巨大だった。
「標本にしたいけど難しそうな……」
 大きさの事を言っているのだろうか。黒の夢の斬新な発想はさて置き、その少し後方から同じものを見つめる少女が居た。
「なんて大きい蝶でしょう……」
 ルフィリア・M・アマレット(ka1544)は、澄んだ双眸へ“それ”を映し、足をとめた。魅入られたように異形から目がそらせない。少女の心臓がいつもより大きく跳ねる気がするのは、多分錯覚ではないだろう。ぎゅっと手を握り締める少女は、まだハンターとしての交戦経験がない。いざ力を行使し敵を葬るにあたって、芽生えたのは緊張か恐れか。16歳の少女が暗い感情に捉われたとしてもおかしなことではない。だが……
「事前の情報と相違ありませんね。作戦通りいきましょう」
 同じ年頃の少年──ユキヤ・S・ディールス(ka0382)の声に我に返った。ルフィリアには、少年がひどく冷静に見えて仕方がなかった。尤も、ユキヤ自身にそんなつもりはなかっただろう。だが、彼は戦闘の前だからと昂揚するわけでも、不安がるでもなく、変わらず柔和な表情で同行するハンター達に微笑みかける。ルフィリアも、少年の笑顔に少なからず安堵を感じたのだろう。胸元に手をあて大きく呼吸をすると、ロッドを握り直した。
「そう、ですわね。……怯んではいられませんわ」


 蝶の群れに相対するハンター達は、みな後衛職と呼ばれるクラスだった。
 接近しては不利……それを認識していた一同は、距離を詰められないよう遠くから狙い撃つ作戦をとる。
「一体ずつ、確り倒してしまいましょう」
 ユキヤがいち早く覚醒。少年はゆっくりと瞼を閉じると、マテリアルをエネルギーに変換。それはそのまま、そばにいた黒の夢を覆ってゆく。やがて光が彼女の全身を覆うように輝いた。それを見届けたルフィリアも、祈るように両手を重ね合わせる。そして、少し高い位置にあるシメオンの瞳を見上げて告げた。
「私が必ず……必ずお守り致しますわ!」
 少女の言葉の端からマテリアルが光に変わってゆき、黒の夢同様、シメオンの体を輝きが覆う。
「ありがとうございます」
 光の加護に包まれ、シメオン自身も意識を新たに敵を睨み据えた。
 蝶までの距離、約16m。向こうもこちらを認識し、襲ってくる可能性は高かったが──
 ──ハンター達の先制攻撃は、成功。
「よし、行くなー!」
 黒の夢の合図に、残るハンターたちが一斉に覚醒。
 黒の夢の肌の上で描かれた紋様が神々しく光る。全神経を集中し、マテリアルを編み上げるように術を紡ぎ出す。より鋭く、より固く、光は矢の形を成してゆき……刹那、放たれた。
 続けざま、ユキヤがその軌跡を追うように輝く光の球を放つ。2つの光が一体の蝶の翼を打ち抜いた。
「こちらも早期撃破を目指しましょう」
 続けてシメオンがロッドをかざす。一際大きく息を吸うと、少年は眼前に光の球を生み出す。
「……行きますよ」
「はい!」
 応えたのは、ルフィリア。少女もシメオン同様に光を創出。少年の合図に載せて、撃つ。
 光の球は迷いなく飛び、別の蝶の翅を穿った。ゆらりと蝶が傾く。
 最後の攻撃手……エルウィングは、蝶の姿に眉をひそめていた。
 強い感情に揺さぶられるまま光の球を生み、少女は視線の先に浮かぶ美しくも禍々しいそれに狙いをつける。
「アシフさんには傷1つ付けさせませんわ……!」
 それは少女の本心なのだろうが、当のアシフはそれが気にかかった。
 守らねば、と少女は気負っているのだろうか。そう思うと、青年の脳裏に別の顔が浮かぶ。
 ──だれかに似ている気もするが。
 独り言ち、しかしそれきりアシフは気にするでもなく術に集中する。
「エルウィング、撃て」
「――滅しなさい。呪われし存在よ……!」
 少女の菫色の目が一際輝く。同時に、放たれた光玉。エルウィングのホーリーライトが翅を打ち抜く軌道に乗った、その瞬間にアシフも引き絞り切った術矢を満を持して放った。

 連携の取れた攻撃に蝶たちは態勢を崩すが、耐えきった直後、反撃とばかりに押し寄せてきた。
 ハンター達が距離を取ろうと全力で後方に下がったとしても、体長約30m近い蝶の移動力はハンターたちのそれを上回った。距離を保つことは出来ない──そう理解したハンターたちは、目の前の障害を排除することに集中する。最中、蝶の触角が揺れ、飛行とは異なる動作で大きく羽ばたいた。数瞬の後、蝶の射程に捉われたハンターたちを包み込むように、3体の蝶それぞれから放たれた美しい金の粉が吹雪のように舞う。
「皆さん、注意して下さい!」
 不穏を察知したエルウィングの警鐘があった上でも、黒の夢、ルフィリア、エルウィングが鱗粉の雨に打たれた。だが、タッグを組んだもう一人の術者に影響が行かないよう前に立つ少女らが庇いきったことが功を奏す。
「こっちももう一発、お見舞いするなー」
 呼吸を合わせ、黒の夢とユキヤが再び光を放つ。その時、黒の夢は眩い輝きがちらちらと舞うような錯覚を覚えた。それが狙いを邪魔している。……しかし、彼女にその程度の障害は意味をなさなかった。圧倒的火力を誇る光の矢が放たれ、それを光の球が追う。対象は、2つの光に溶けてゆくように消失。敵、撃破。
「残るは2匹──アマレットさん、こちらも」
「ええ、お願いしますわ……!」
 シメオン、ルフィリア双方のマテリアルが互いに収束。輝く光を凝縮し、解き放つ──瞬間。
 ルフィリアの瞳の奥に金色のチラつきが生じ、彼女の狙いだけ大きくそれてしまう。だが、少年の放った光が確実に翅を穿った。大気に溶けだすように対象の片翅が消失し、蝶が落下。これで後始末は容易いだろう。
 そして、最後の一体は──
「アシフさん、大丈夫ですか……?」
「問題ない。お前はどうなんだ」
 白いローブを鱗粉にまみれさせながら、それでも少女はアシフの体を心配した。彼に影響が無いと分かると、胸を撫で下ろして笑う。
「よかった。私は……大丈夫です」
 まるきり大丈夫と言う訳でもないだろうに。アシフは心の内でそう呟いた。
「……右手の方角、そのまま正面を狙え」
 アシフは元より口数の少ない青年であったし、面倒なことは好かない。
 ただ……視界不良を起こしたパートナーは補佐すべきだろう。
 二人の発した光は確実に蝶の翼を穿ち抜いた。

 最後の蝶も命尽き、光に溶けだすように消失した。それを見送る黒の夢は、少し残念そうに呟く。
「蝶って『魂』という意味もあるらしいのな……この子らは誰に会いに来たのだろう。……なんてな?」
 遺体も残らなかったけれど、黒の夢は哀れな蝶を想った。

●港町ガンナ・エントラータ

「さすが、王都最大の港町だけありますね」
 深く呼吸をすると、ユキヤの肺一杯に潮の香りが広がる。
 これはどの世界でも変わらないのだと思うと、自然に頬が緩んだ。
 港町に到着したハンター達は、王都とまた違う活気に満ちた街並みを興味深げに見渡していた。だが、そんななか黒の夢の元気がないようだ。
「あの、先程から表情が優れないようですが……」
 気付いたユキヤの言葉が締め括られるより早く、大きな音が鳴った。
 ──ぐう。
 覚醒以降強烈な空腹に襲われていたらしい。
 辺りの商店街からは美味しそうな匂いが漂っており、今の黒の夢には堪らないのだろう。
「空腹、つらいのな……」
 項垂れる彼女に、ユキヤは思わず笑いを零した。
「これから王都へ荷馬車の護送も控えていますし、少し腹ごしらえでもしますか?」
 これにはエルフの黒い耳がぴくりと大きく動いた。しょぼしょぼしていた瞳も、光を取り戻し始めている。他の少女もどうやら賛同している様子だが、もう一人のエルフは面倒そうに眉を寄せた。
「……俺は先に商人ギルドを探しに行く」
「あ、私もアシフさんと先に向かっておりますね」
 足早に通りの奥へ歩いて行くアシフの後を追うエルウイング。背の高い彼の歩幅に追いつくように、少女はぱたぱたと走く。そんな二人を見送った面々は、再び商店街へと視線を戻す。
「港町ならば色々なものがあるのでしょう。東方のものもあるのでしょうか」
「あ、アレなんか美味しそうである」
「それ4つ頂けますか? どうぞ、ルフィリアさん」
「わぁ、ありがとうございます。……美味しい! ルフィは幸せですわ~♪」

 それからさほど時を経たずして、商人ギルド前で合流したハンター達は早速状況報告を行った。
「王国騎士団からの依頼で、街道の歪虚を排除した。現状止まってる荷があれば、王都へ帰還ついでに護送してもいいが……荷馬車を集められるか」
 アシフが受付の女性に伝えると、彼女はほっとした様子で感謝の意を示す。だが、この日は既に夕暮れ。ギルドの女性は、ハンター達の宿の手配と翌朝の王都帰還を提案してくれた。夜間の護送は危険を増すこともあり、彼らはこれを承諾。翌朝、アシフとエルウィングの提案で、街の外には納期の早い順に並ぶ荷馬車の列ができていた。辟易した表情を隠すこともせず、アシフは燃えるような赤い髪を掻く。
「……こういう面倒は好きじゃないんだが」
 あからさまな長いため息が頭上から聞こえ、エルウィングはアシフを見上げてくすりと笑う。
「もう少しですから。さ、みなさん正直に申請してくださいね?」
 一同は護送の準備を整えると、港町を出発。王都へ帰還して行った。

●王都第3街区の外れにて

『騎士団長への報告? 俺は他国の者だし、王国の者が行ってやればいいだろう』
 まして個別の荷の配達など……長い長い溜息の後、アシフはそう言って王都の夜に消えて行った。
 残るハンター達は、王都イルダーナに帰還後、荷馬車の一つを率いてある武器工房を訪れていた。
「こーんにーちはーお届けモノであるー……お? 此処いい音するのなー」
 工房から響く金属音に耳をぴこぴこ動かしていた黒の夢だが、彼女の一声で音が止む。
 やがて、店の奥から額の汗を拭いながら一人の青年が現れた。
「なんだ、客か?」
 青年の姿を認めると、エルウィングは律儀にお辞儀をして微笑む。
「街道の歪虚の掃討を引き受けたハンターのエルウィングと申しますわ」
「ハンター? へえ、意外だな。俺はイザヤ、ここの主だ」
「私は、シメオン・E・グリーヴです。お急ぎの御用だったようですから、お荷物を届けに参りました」
 シメオンが鉱石の入った木箱をカウンターに置くと、青年は大層喜んで礼を述べる。
「来たか! 助かったぜ、ありがとな」
「とんでもない。それと、以後お見知りおきを」
 シメオンが差し出した手を取りイザヤが握手を交わしていたその時、再び入口の戸が開いた。
「先程、通りでアシフと会った。無事片付いたそうだな」
 グラズヘイム王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインだ。
 小さな工房は、大勢の来客を迎えて余計に狭く──いや、小さく見えてしまう。
「エリオットちゃん、無事お仕事終わったのだー!」
 黒の夢が嬉しそうにエリオットに駆け寄り、それを見ていたユキヤがもう少し詳細に報告する。
「荷馬車の護送もしてきましたが、何事もありませんでした。以降、問題なく運行できそうです。目的のお荷物も無事、受け取って頂けました」
「そうか、礼を言う。……手間をかけたな」
 安堵したように表情を緩めるエリオットを見て、今度はルフィリアがほんわかと微笑む。
「余程安心なさいましたのね。お顔に出てらっしゃいますわ」
 少女の指摘に気付き、居たたまれない様子で口元を隠すエリオット。
「お可愛らし……い、いえっ、ごめんなさいませっ」
 うっかり口から滑り出た言葉を誤魔化すように顔の前であわあわ手を振るルフィリア。
 当の騎士団長はばつの悪い顔をしていたが、直後のユキヤの申し出を聴くと青年は首を傾げた。
「また何かあれば、お手伝いさせて下さい」
 非力ながらと少年は言うが、果たしてそうだろうか? そんなはずは、ない。
「……ユキヤ、店の様子を見てみろ」
 少年が視線をやると、イザヤが荷の鉱石を確かめながら、店を物色する黒の夢とシメオンに1つ1つ武器の説明をしている。
「駄目な所は触らないから、見て回ってもいいかなぁ?」
「あ、私も兄様達に役立ちそうな武器がないか見てみたいんですが……」
「どんどん見てってくれ。シメオンの兄貴は覚醒者か?」
 和気藹藹とした光景。ユキヤはそこで改めて“自らの行動の結果”を目の当たりにした。
「小さな事件だろうと、お前たちが行動したからこそ守れた日常だ」
「……はい」
「また、何かあったら頼む。何も無いに越したことは無いんだが……な」
「ふふ。……そうですね」

 ──小さな武器工房は、もうしばらく賑やかな時間が続きそうだった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢ka0187
  • 魔弾
    アシフ・セレンギルka1073

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 遙けき蒼空に心乗せて
    ユキヤ・S・ディールス(ka0382
    人間(蒼)|16才|男性|聖導士
  • 紫桃の令嬢
    エルウィング・ヴァリエ(ka0814
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • 魔弾
    アシフ・セレンギル(ka1073
    エルフ|25才|男性|魔術師
  • 護るべきを識る者
    シメオン・E・グリーヴ(ka1285
    人間(紅)|15才|男性|聖導士

  • ルフィリア・M・アマレット(ka1544
    人間(紅)|16才|女性|聖導士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
黒の夢(ka0187
エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2014/07/06 22:55:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/02 17:21:29