ゲスト
(ka0000)
ラズビルナム調査隊(1)
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~15人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/28 07:30
- 完成日
- 2015/05/06 23:58
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ゾンネンシュトラール帝国でも最悪の魔法公害の現場となった、汚染区域『ラズビルナム』。
広大な荒野に囲まれた森は、過去10年以上誰ひとりとして立ち入ったことがなく、
ワルプルギス錬魔院、及び委託管理を行う帝国軍駐屯部隊の監視の下、
未だ汚染と雑魔を近隣一帯に吐き出し続けている。
昨今の雑魔発生数の急激な増加に対し、錬魔院はハンターから成る調査隊の設立を決定。
区域内の汚染調査と、雑魔急増の原因究明へ乗り出した。
そして近日、設立間もないラズビルナム調査隊の活動第1回が行われることとなったのだが――
●
汚染区域を監視する帝国軍駐屯基地では、
ハンターの提案に基づいた、設備の拡充工事が着々と進められている。
今まで最低限の設備しか備えられていなかったところへ、調査隊の活動拠点として必要な各施設が増設された。
まず始めに、調査隊の必要物資を貯蔵する倉庫の建設。
複数棟を備えることで、武器弾薬、医薬品、食糧、
生活雑貨等各種物資を選り分けて保管することが可能となった。
また、傷病者発生に備えた専用の医務室と、
周辺で採取された汚染サンプルを検査・保管する検査室を設置。
どちらもシンプルな木造平屋の小屋ではあるが、備品は充実している。
簡易便所と入浴所、焼却炉が増設され、基地の衛生問題も改善された。
汚染水を浄化する濾過機が、施設内で現在実験中。
近場の湧き水、及び雨水については、
主に土壌や空気中の埃が由来の汚染と見られ、濾過器による浄化に一定の効果が見られた。
飲用には依然として不安が残るが、それ以外の生活用水として現地で賄っていくことができそうだ。
防衛設備の強化も進められている。
他施設の設置に伴い、基地自体の敷地を大幅に広げる必要が生じた為、
改めてハンター提案の防護柵で囲い直しが行われた。
そこで、まずは高低二重の砦柵で敷地を囲った上、外側に細い堀を巡らす。
四方の隅には鐘のついた物見櫓が建てられ、
マテリアル観測装置と併せて、敵の接近を早期に発見することが可能となった。
更には火薬を用いた簡易爆弾を製造、基地周辺の一部に地雷として埋設しておく。
今まで食堂と兼用だった司令部は、基地の中心部に専用の部屋を新たに設け、
そこに観測装置と通信機、地図や黒板を詰め込んだ。
監視活動の指揮の他、調査隊の打ち合せ場所や通信室としても利用できる。
移動力の増強に向けては厩舎を拡張、同時に馬道・車道も整備された。
最寄りの補給基地には、錬魔院の予算で魔導トラックを追加配備。
これまで以上に大量の物資が輸送できる運びとなった。
こうして、調査隊の『守り』は固められた。
残るは『攻め』、汚染区域内での調査を如何に進めるかが問題であった。
●
ハンターが持ち帰った汚染サンプルは、現地で簡易の検査を済ませた後、
更に詳細な分析を行う為、帝都に移送されていた。
調査隊の責任者であるクリケットの他、数名の研究者が再度サンプルを検査、
結果を魔法公害の関連資料と照合し判明したのは、
「哨戒線を越えて中へ立ち入った場合は、覚醒者であっても何らかの影響を受ける可能性が高い」
内在マテリアルの豊富な覚醒者は、常人に比べ、マテリアル汚染に対する強い耐性を持っている。
それでも、重度の汚染に素肌で長時間晒され続ければ、健康面での影響は必至である。
「短期的には、突発性の体調不良、五感の鈍化、疲労の亢進、治癒力の低下による傷病の重篤化の恐れ……、
長期的影響についてはデータなし、以降の研究が待たれる、ってとこか。
哨戒線付近の汚染度が、ちょうどその手の症状の出る、出ないのギリギリらしいな。
だが、サンプルは地面に溜まった土や水から採ったものだから、空気中の汚染はもう少し軽度だろう。
具体的影響が出るとすりゃ、更に汚染区域の奥……森に入ってからだろうな」
「魔法、マテリアルの面でも特異な事象の生じることが考えられます。
周囲の不安定なマテリアルバランスに影響されて、
ハンターのスキルの効果が十全に発揮されない、というようなことがあり得ますね。
それに、同じくマテリアルを使った魔法装置。短伝話ですとか、機導兵器、それらも影響を受けるでしょう。
汚染のない場所に比べて、故障を起こす確率が上がります。
車両の燃料となる鉱物性マテリアルも、劣化が早くなります。
こちらは短時間であれば、目に見えるような問題にはならないと思いますが……」
「そして勿論、森には歪虚がいる」
「確実です。重度の汚染から生まれる為、一般的な雑魔に比べて強力な個体が多いでしょう。
特殊な発生環境故、その能力も多種多様となります。強力な毒を持っているですとか、魔法を使うですとか」
「想像しただけで嫌んなるね」
●
森の奥には、一体何があるのか?
放棄された旧錬魔院の研究施設が存在しているのはほぼ確実だが、
問題は当時何を研究し、現地に何を遺していったかである。
なまじの事故では、ラズビルナムほどの規模の汚染は引き起こせない。
(で、当時の資料はろくになし、と……キナ臭いね、全く)
先日、ハンターにより哨戒線付近の雑魔が一掃され、現地はまずまず静かなようだ。
しかし一方で、駐屯部隊からはここ数日の『発光現象』に関して報告が為されている。
これまでも時折見られた現象で、夜毎ラズビルナムの森が赤く、ぼんやりと光るのだそうだ。
研究者たちは、区域内のマテリアルバランスの崩壊が現在なお進行中であり、
どこからか湧出した正のマテリアルが、一時に大量に負のマテリアルへ変換された際、
そのような発光現象を伴うのではないか、と推測している。
(その場合、森の中に今なお大量の正のマテリアルが存在してるってことになるが。
そうなると、封鎖後も食い尽されない程でかい供給源……、
地下に鉱物性マテリアルの鉱脈でもあるとかしないと、説明がつかない)
研究者の言もあくまで仮説に過ぎず、あの枯れた赤い森で何が起こっているのか、
その目で確かめることができるのは、汚染に耐えられる覚醒者たちだけである。
ラズビルナム調査隊の第1回調査活動は、クリケットを含めて16人で行う。
当日はトラック2台に分乗して哨戒線を越え、森を目指す。
調査中、トラックは森の外に放置しておくしかないが、駐車の際は周辺に雑魔のいない場所を選んだ上、
駐屯部隊へ哨戒線越しに見張らせることで、車両への攻撃を防ぐ手筈だ。
到着後は森の周縁部を探索しつつ、サンプルを採取し持ち帰る。
そして汚染の程度を見ながら、次回以降少しずつ森の奥へ、奥へと進む――
(またぞろ、アクシデントがなけりゃ良いが)
魔導アーマー輸送部隊の視察から、とんぼ返りしたクリケット。
歪虚につけられた傷が痛む肩に、荷物を詰めた鞄の紐をかけ、ラズビルナムへと向かった。
ゾンネンシュトラール帝国でも最悪の魔法公害の現場となった、汚染区域『ラズビルナム』。
広大な荒野に囲まれた森は、過去10年以上誰ひとりとして立ち入ったことがなく、
ワルプルギス錬魔院、及び委託管理を行う帝国軍駐屯部隊の監視の下、
未だ汚染と雑魔を近隣一帯に吐き出し続けている。
昨今の雑魔発生数の急激な増加に対し、錬魔院はハンターから成る調査隊の設立を決定。
区域内の汚染調査と、雑魔急増の原因究明へ乗り出した。
そして近日、設立間もないラズビルナム調査隊の活動第1回が行われることとなったのだが――
●
汚染区域を監視する帝国軍駐屯基地では、
ハンターの提案に基づいた、設備の拡充工事が着々と進められている。
今まで最低限の設備しか備えられていなかったところへ、調査隊の活動拠点として必要な各施設が増設された。
まず始めに、調査隊の必要物資を貯蔵する倉庫の建設。
複数棟を備えることで、武器弾薬、医薬品、食糧、
生活雑貨等各種物資を選り分けて保管することが可能となった。
また、傷病者発生に備えた専用の医務室と、
周辺で採取された汚染サンプルを検査・保管する検査室を設置。
どちらもシンプルな木造平屋の小屋ではあるが、備品は充実している。
簡易便所と入浴所、焼却炉が増設され、基地の衛生問題も改善された。
汚染水を浄化する濾過機が、施設内で現在実験中。
近場の湧き水、及び雨水については、
主に土壌や空気中の埃が由来の汚染と見られ、濾過器による浄化に一定の効果が見られた。
飲用には依然として不安が残るが、それ以外の生活用水として現地で賄っていくことができそうだ。
防衛設備の強化も進められている。
他施設の設置に伴い、基地自体の敷地を大幅に広げる必要が生じた為、
改めてハンター提案の防護柵で囲い直しが行われた。
そこで、まずは高低二重の砦柵で敷地を囲った上、外側に細い堀を巡らす。
四方の隅には鐘のついた物見櫓が建てられ、
マテリアル観測装置と併せて、敵の接近を早期に発見することが可能となった。
更には火薬を用いた簡易爆弾を製造、基地周辺の一部に地雷として埋設しておく。
今まで食堂と兼用だった司令部は、基地の中心部に専用の部屋を新たに設け、
そこに観測装置と通信機、地図や黒板を詰め込んだ。
監視活動の指揮の他、調査隊の打ち合せ場所や通信室としても利用できる。
移動力の増強に向けては厩舎を拡張、同時に馬道・車道も整備された。
最寄りの補給基地には、錬魔院の予算で魔導トラックを追加配備。
これまで以上に大量の物資が輸送できる運びとなった。
こうして、調査隊の『守り』は固められた。
残るは『攻め』、汚染区域内での調査を如何に進めるかが問題であった。
●
ハンターが持ち帰った汚染サンプルは、現地で簡易の検査を済ませた後、
更に詳細な分析を行う為、帝都に移送されていた。
調査隊の責任者であるクリケットの他、数名の研究者が再度サンプルを検査、
結果を魔法公害の関連資料と照合し判明したのは、
「哨戒線を越えて中へ立ち入った場合は、覚醒者であっても何らかの影響を受ける可能性が高い」
内在マテリアルの豊富な覚醒者は、常人に比べ、マテリアル汚染に対する強い耐性を持っている。
それでも、重度の汚染に素肌で長時間晒され続ければ、健康面での影響は必至である。
「短期的には、突発性の体調不良、五感の鈍化、疲労の亢進、治癒力の低下による傷病の重篤化の恐れ……、
長期的影響についてはデータなし、以降の研究が待たれる、ってとこか。
哨戒線付近の汚染度が、ちょうどその手の症状の出る、出ないのギリギリらしいな。
だが、サンプルは地面に溜まった土や水から採ったものだから、空気中の汚染はもう少し軽度だろう。
具体的影響が出るとすりゃ、更に汚染区域の奥……森に入ってからだろうな」
「魔法、マテリアルの面でも特異な事象の生じることが考えられます。
周囲の不安定なマテリアルバランスに影響されて、
ハンターのスキルの効果が十全に発揮されない、というようなことがあり得ますね。
それに、同じくマテリアルを使った魔法装置。短伝話ですとか、機導兵器、それらも影響を受けるでしょう。
汚染のない場所に比べて、故障を起こす確率が上がります。
車両の燃料となる鉱物性マテリアルも、劣化が早くなります。
こちらは短時間であれば、目に見えるような問題にはならないと思いますが……」
「そして勿論、森には歪虚がいる」
「確実です。重度の汚染から生まれる為、一般的な雑魔に比べて強力な個体が多いでしょう。
特殊な発生環境故、その能力も多種多様となります。強力な毒を持っているですとか、魔法を使うですとか」
「想像しただけで嫌んなるね」
●
森の奥には、一体何があるのか?
放棄された旧錬魔院の研究施設が存在しているのはほぼ確実だが、
問題は当時何を研究し、現地に何を遺していったかである。
なまじの事故では、ラズビルナムほどの規模の汚染は引き起こせない。
(で、当時の資料はろくになし、と……キナ臭いね、全く)
先日、ハンターにより哨戒線付近の雑魔が一掃され、現地はまずまず静かなようだ。
しかし一方で、駐屯部隊からはここ数日の『発光現象』に関して報告が為されている。
これまでも時折見られた現象で、夜毎ラズビルナムの森が赤く、ぼんやりと光るのだそうだ。
研究者たちは、区域内のマテリアルバランスの崩壊が現在なお進行中であり、
どこからか湧出した正のマテリアルが、一時に大量に負のマテリアルへ変換された際、
そのような発光現象を伴うのではないか、と推測している。
(その場合、森の中に今なお大量の正のマテリアルが存在してるってことになるが。
そうなると、封鎖後も食い尽されない程でかい供給源……、
地下に鉱物性マテリアルの鉱脈でもあるとかしないと、説明がつかない)
研究者の言もあくまで仮説に過ぎず、あの枯れた赤い森で何が起こっているのか、
その目で確かめることができるのは、汚染に耐えられる覚醒者たちだけである。
ラズビルナム調査隊の第1回調査活動は、クリケットを含めて16人で行う。
当日はトラック2台に分乗して哨戒線を越え、森を目指す。
調査中、トラックは森の外に放置しておくしかないが、駐車の際は周辺に雑魔のいない場所を選んだ上、
駐屯部隊へ哨戒線越しに見張らせることで、車両への攻撃を防ぐ手筈だ。
到着後は森の周縁部を探索しつつ、サンプルを採取し持ち帰る。
そして汚染の程度を見ながら、次回以降少しずつ森の奥へ、奥へと進む――
(またぞろ、アクシデントがなけりゃ良いが)
魔導アーマー輸送部隊の視察から、とんぼ返りしたクリケット。
歪虚につけられた傷が痛む肩に、荷物を詰めた鞄の紐をかけ、ラズビルナムへと向かった。
リプレイ本文
●
最も敵との遭遇確率が低いと判断されたルートで、2台のトラックが森を目指す。
不毛の荒野を走る内、数本の杭で示された境界線に差しかかった。
『哨戒線だ。先は前人未到の人外魔境、覚悟は良いか?』
冗談めかしたクリケットの声が、ルドルフ・デネボラ(ka3749)の運転する2台目の伝話へ伝わる。
(車は問題ないけど)
ルドルフはハンドルを握ったまま、荷台に詰め込まれた仲間たちをミラー越しにうかがう。
皆、多少緊張してはいるようだが、異変を訴える者はいない。
幼馴染のミコト=S=レグルス(ka3953)は、彼の視線に気づいて手を振ってみせた。
(呑気だなぁ)
1台目の荷台ではハンターたちが腰を浮かせて、行き先の赤い森を見つめた。
(おかしなものだ。人間よりもマテリアル汚染の影響を受け易いエルフの自分が、自らこの地を再び訪れるとは)
リュカ(ka3828)は思う。それでも、覚醒者である自身がこの汚染に耐えられねば、
他のエルフたちも到底生き延びることはできないだろう。
(森も最早安住の地ではないのかも知れない時代。外で生きる術を、見つけたいものだ)
「こうして見ると、中々迫力のある光景だねぇ」
壬生 義明(ka3397)がこの地を訪れるのは、これで3度目。
それでも哨戒線を越えたことはなく、汚染で枯れ果てた森の姿は、改めて異様に映った。
「観測機はどうだい?」
マテリアル観測装置を預かるクリスティン・ガフ(ka1090)へ尋ねる。
彼女は汚染対策にと、口元や手足に布を巻き、砂漠の盗賊じみた格好をしていた。
「元より精度の高いものではないのだろうが……」
観測装置の丸い真空管の中は、森の汚染を感知して薄ぼんやりとした蛍光を放っている。
「小物は発見が遅れるかも知れん。目耳による警戒を怠るべきではないな」
「噂……程度でしか聞いた事なかったですけど、実在してたんですねぇ」
帝国出身のドワーフ、メリエ・フリョーシカ(ka1991)。
この国で生まれ育ちながら、重度汚染区域の存在はほとんど聞かされていなかった。
「錬魔院の管轄ですから、何かと機密めいていることは仕方ないのでしょうね。
重度の魔法公害となれば、こうして近づくにも準備が要りますし」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)が言うと、メリエは、
「でも、これほど大事な問題、もっと早くに知っておきたかったって言うか……。
兎も角、事態究明の為にも、調査を頑張りませんとねっ」
「……」
今回の調査自体が一種の人体実験、と直言したクリケット。
メリルは彼を正直で真摯な人物と思い、好感を抱いてはいたが、
(あの方も、全てを知らされている訳ではないのでしょう)
この地における旧錬魔院の活動については、何も教えられていない。
「細けぇことは良いさ。それより、こんなキナ臭ぇ森だ。なんにも出ずに無事に終わるワケねぇよなあ?」
槍を手にしたボルディア・コンフラムス(ka0796)の腕が鳴る。
ボルディアと同じく、未知の冒険の予感には、メリルも胸踊らされてはいた。
●
森の辺縁では、立ち枯れた針葉樹の木立の下に、低木と下草が茂っている。
遠目にはただ荒れ果てた森と見えたが、
「汚染に強い一部の植物は、こうして生き残っていた訳だ」
フワ ハヤテ(ka0004)が、青草の浮いた水溜りを持参の水筒ですくった。
森から距離を取って下車した一同は、これより2班に分かれて外周を探索する。
水中用ライフルを背負ったキヅカ・リク(ka0038)は早速、
マテリアルを噴射して跳躍する機導術・ジェットブーツで飛び上がり、空中から森を見渡した。
木々が葉を落としている為、森の裾は陽が差し込んで明るく感じる。
それでも、立ち枯れたまま密集した木立の壁があって、奥まで見通しが利く訳ではない。
「秋の森って感じやね。世間は春やけど」
イチカ・ウルヴァナ(ka4012)は2本の水筒を腰に提げていた。
ルドルフと共に、外部から持ち込んだ水が活動時間内でどれほど汚染されるか、実験する為だ。
「静か過ぎて気持ち悪いわ、鳥の声もせぇへんし……」
言った途端に、イチカの真後ろから小鳥の鳴き声がする。
「自分が連れてきた、カナリアであります」
と答えたのはバナディアン・I(ka4344)。小さな籠にカナリアを入れて抱えていた。
「えー、もしもし。聴こえるかな?」
ミューレ(ka4567)が義明相手に、魔導伝話とトランシーバーの通信状況を試す。
ふたりで少しずつ離れながら通話をするが、
『今のところ問題なさそうだねぇ。ただ、伝話のほうは……』
「ちょっと雑音がするね。どの道距離が離れれば使えないし、やっぱり笛が頼りかな」
「まだまだ珍しい現象が起こりそうですぅ。今から興奮が止まりません~」
珍しもの好きのエリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)は、早くも森に興味津々だ。
各員、装備も心構えも充分と見たクリケットが、
「早速体調の悪くなった奴、いるか?」
全員、問題ないようだ。クリケットは改めて森を見渡すと、
「――では、出発」
●
ラズビルナム調査隊、α班。
先頭を斥候役の真田 天斗(ka0014)、その後ろから前衛のエリセル、義明、リュカ、イチカ、
更に後方からハヤテとクリスティン、クリケットが続いた。
木立の中へは分け入らず、下草の茂る森の裾をかすめるように進んでいく。
「やはりノイズが酷いな。空間中の負のマテリアルを感知してしまっているようだ」
クリスティンは観測機を睨みつつ、クリケットと並んで歩く。
「魔法がちゃんと使えるかも心配だね。森の反対側じゃ、駐屯部隊の目も届かなそうだし」
ハヤテがさほど心配もしていない様子でそう言った。
一行が目指す森の裏側は、駐屯基地から視線が通らない。
普段の哨戒活動でも後回しにされ、あまり情報が揃っていない場所だ。
「何だか、植生がまだらですねぇ」
エリセルが道すがら、周辺の植物を観察していく。
既に枯れてしまった針葉樹は別として、
その下に生えた雑草の生育状況は、場所ごとに目まぐるしく変わっていく。
あるところでは草木が青々と茂っているかと思えば、
他所では茶色く変色して、今にも干からびてしまいそうだ。
「土の質が場所によって細かく違うのか、栄養の分布が偏ってるのか、うーん」
「ホント、妙やね。草の高さがでんでんばらばらや」
「サンプルはまめに採っておいたほうが良さそうだな」
リュカが雑草の葉を、何枚かちぎって採っておく。一緒に、辺りの土も少しすくっておいた。
場所ごとの育ち方の違いには、何か特別な理由がありそうだ。義明も、
「メモの手がおっつかないねぇ。折角資料室を作ってもらうんだし、色々記録を取りたいとこだけど」
α班はそのまま、森の東端へ辿り着く。今のところ、歪虚の襲撃も何もないが――
●
一方、β班は10分ほど歩いたなり、異様な現象へ出くわした。
何の変哲もない草地を歩いていたところ、
「どわぁっ!?」
叫び声を上げたのは、前衛として隊列前方にいたボルディア。
彼女の足下に突然、青い電光が走る。素早く飛び退くも、
「いってぇ!」
爪先から這い上った電撃が、彼女の脚を伝って火花を上げた。
周りにいたメリエやバナディアンが、慌てて草地から引き下がる。
ルドルフとミコト、メリルとミューレは、何者かの攻撃と見て森に視線を向けるが、
「……反応は、そこの地面からだ」
やはりぼやけた光に覆われたままの観測機だったが、
後列のリクが近くから装置を向けると、かなり強い反応を草地の中から受け取った。
「でも、かなり狭い範囲で移動もしないようだ」
草地を離れた前衛たちが、未だに下草を焼いて輝き続ける電光を見下ろした。
「地面に、何か埋まってる?」
メリエが言うが、電撃が危険で近づくこともできない。ミコトが、
「魔法に違いない、けど……こんな魔法、見たことある?」
尋ねられたルドルフは、呆気に取られた顔で首を横に振った。
「機導術のエレクトリックショックに似てはいるけど……」
「ボルディア様、大丈夫でありますか」
バナディアンがボルディアを気遣う。
「大したこたねぇけどよ、こんな罠があるなんて思いもしなかったぜ」
「ミューレ様は、どうお考えですか?」
メリルに水を向けられたミューレ。魔術師のふたりで、ボルディアを襲った電光の正体に考えを巡らせた。
「森の中から攻撃を受けたのでなければ。これは、そういう自然現象としか……」
「汚染区域ならではの、ですか」
前衛が安全な迂回路を探す間、メリルが周辺の地形や植生を観察し、記録していく。
(魔法の効果範囲内は心なしか、草の色艶が良いようですね。
ここだけ見たのでは、関連性を断定はできませんが)
●
α班斥候の天斗が手を差し上げて、仲間たちへ注意を促す。
今、彼が身を屈めているのは、森の木立に近い茂みの中だ。
(気配がしますね)
ハンドシグナルで知らせるや否や、下草をかき分けて、何かが天斗の足下まで接近してくる。
身構えて待ち受ければ、それは体長2、3メートルもある大蛇だった。
素早く後ろへ転がる天斗へ、食らいつこうと顎を開くが、
(雑魔!)
蛇の口は、太く長い身体の中ほどまで大きく裂け、上下にびっしりと鋸状の歯が並んでいた。
天斗を捉え損ねたまま、ばくん、と巨大な口を閉じると、再び身をくねらせて動き出す。
「少々離れていてもらおう」
ハヤテがクリスティンとクリケットを下がらせ、魔法・ウィンドスラッシュを放った。
かまいたちが周囲の下草ごと、大蛇を両断する。だが、クリスティンは、
「まだ終わっていない。今度は……多いぞ」
木々の中から、雑魔化したコボルドの群れが飛び出してきた。応戦に向かう前衛だが、
「左からも何か来るでぇ!」
隊列の横腹を突くように、白熱した球状の電光が高速で飛来する。
イチカが咄嗟に八角棍で受けると、雷球はぶつかるなり、火花を散らして弾け飛ぶ。
棍を握る彼女の腕に、一瞬強い痺れが走った。
「何やこれ、魔法か!?」
リュカとエリセルも、自分に向かってきた雷球を武器で打ち落とす。
なるべく身体から遠ざけて炸裂させれば、電撃の威力は減じられるようだ。
前衛と合流すべく、天斗が後退しようとしたとき。
背の高い草に隠れて、中型犬ほどもある巨大な昆虫の雑魔が現れた。
しかし、その全身に鎌状の肢がでたらめに生え出していて、原型が何だったのかも分からない。
鎌で草や土を蹴散らしながら、転がるように天斗の足下に迫る。
脛を切りつけられた天斗は、思わず尻もちをついてしまうが、そこでハヤテの魔法が昆虫を吹き飛ばす。
前衛後方に位置していた義明が、殺到するコボルドと雷球へ機導術・ファイアスローワーを使った。
扇形に広がる炎で敵の前進を足止めしながら、
(いよいよ危険地帯らしくなってきたねぇ……果たして、無事に帰れるかな)
●
同じ頃、西側へ向かう途中のβ班も襲撃を受けていた。
大蛇が4体。どうやら、うっかり彼らの巣へ踏み込んでしまったらしい。
(木の洞に隠れていたのですね。一体、どんな能力を持つのか)
矢面を前衛に任せつつ、安全な位置から魔法で援護しようとするメリルとミューレ。
だが、手近な木の後ろへ隠れようとしたとき、
(何故、この木にだけこんなに蔦が這って……!?)
メリルの周囲に風が渦巻いたかと思うと、ローブの両袖のあちこちが、ぱっくりと切り裂かれた。
「伏せるんだ!」
リクの声を受けて地面へ身を投じれば、両腕に深々と刻まれた傷から、たちどころに血が吹き出す。
(油断しました……!)
大蛇の1匹がもんどりうちながら、大きく裂けた口でルドルフへ噛みつこうとする。
盾で跳ね返すが、別の1匹が防御の隙間を縫って、彼の脚へかじりつく。
慌てて退くと、鋸のような歯がジーンズの布地ごと肉を裂いた。
体勢を立て直そうとするも、右脚が焼きごてを押しつけられたような激痛に襲われる。
「ぐあっ……!」
「誰か、ルゥを!」
ミコトが手斧を振るって敵を抑え込む間、バナディアンが倒れたルドルフを介抱する。
ルドルフの負傷は、見たところ深くはない。だが、墨のような黒い汚れが、傷の周りにこびりついている。
「これは、毒?」
「でかい蛇は毒を持たねぇ、ってのが道理じゃねぇのか?」
大蛇が横向きに身体を捻って、ボルディアに噛みつこうとするが、
「ま、雑魔にンなこと言ったってしゃあねぇか」
ボルディアは真上から槍を突き立て、敵を地面に縫い止める。
メリエは遠い間合いで斧を振り抜く。刃は到底届かないが、
(無理や無茶は禁物、慎重なぐらいがちょうど良い、か)
武器に込められたマテリアルが、衝撃波となって大蛇を襲った。
敵は辺りの土ごと跳ね上がり、地面に叩きつけられたところへ、ボルディアとミコトが止めを刺す。
リクも観測機を下ろし、水中銃の射撃で援護した。そうして敵を一掃すると、
「メリル……」
かまいたちの効果範囲から這い出したメリルを、ミューレが助け起こす。傷は深く、彼女は血だらけだった。
脚を噛まれたルドルフは、どうにか自力で立ち上がる。ミコトが彼の腰のボトルを指差し、
「傷口を洗ってみたら?」
「うん……水が汚染されてないと良いんだけど」
「また、魔法の罠か。こっちにも反応が」
リクが観測機で辺りを調べていると、新たに強い反応を起こす草地を発見した。
バナディアンが遠くから石を投げ込むと、何か、白くきらきらと輝くものが地面から立ち昇った。
「攻撃魔法ではないのでしょうか?」
ミューレが近寄って調べる。どうやら害はないらしく、そればかりか、
「ひょっとして、これ……」
●
こちらも襲撃を退けたばかりのα班。コボルドの攻撃で、軽装のエリセルが傷を負ってしまった。
「ゆっくり行けば、ついてけるとは思うんですけどぉ」
「だが、無茶は禁物だ」
クリケットが彼女の傷の様子を見て、しばし考えた。
リュカはフルートを握る。撤退であれば、β班にも知らせておかねばならない。
「マテリアルヒーリングは、ちゃんと働いてますぅ」
「ふむ……もう少しだけ進んでみよう」
再び出発する一行。これまで以上に慎重に進んでいくが、
もう少しで森の裏側へ回れる、というところで、天斗がハンドサインを出した。
現れたのはやはり雑魔化したコボルドだが、全身の体毛が銀色に鈍く光り、逆立っていた。
天斗は冷静に間合いを確かめると、ロケットナックルをその鼻先目がけて発射する。
たまらずひっくり返るコボルド。倒れた拍子に、辺りへ金属片のようなものを撒き散らした。
ハヤテの魔法で息の音を止めた後、死体を調べると、
「体毛が随分と硬い。まるで金属です」
天斗が取り上げたコボルドの体毛は、針か剃刀のように硬く鋭い。
「格闘すると、折れた毛が相手に刺さるっちゅう寸法やな」
α班は森の裏手に回って、簡単に周囲の地形を記録した。
リュカがフルートを2度鳴らす。調査完了、撤収の合図だ。
静まり返った森と荒野に鳴り渡る彼女の笛の音は、どことなく物悲しい響きをたたえていた。
●
何か、恐ろしいものに射すくめられた心地がして、リクの足が不意に止まる。
「どうしたの?」
ミューレが尋ねると、リクは観測機を抱いたまま、近くの木立を見回した。
「いや……」
先の戦闘で、負傷者2名を出してしまったβ班。
しかし幸運なことに、最後に発見した魔法の『罠』は、治癒の法術とほぼ同等の効果を持っていた。
「ゲームに出てくる、回復の泉みたいだね!」
ミコトが感心する。実に奇妙な現象ながら、β班の活動再開には大いに役立った。
また、メリエは大蛇の死骸が風化する直前に、その牙から毒液の採取に成功。ボルディアが、
「それ、使えるのか?」
「分かりませんが、何ごとも調べてみないと」
足を止めたリクの後ろで、ミューレがメリルを振り返る。
「術者のいない、無差別の魔法。ちょっとした仮説を思いついたんだけど」
「ええ、私も少しばかり思い当たることが……」
「静かに」
リクが、木立の中に何かを見つけたようだ。仲間たちも彼の視線を追うと、
「人間?」
バナディアンがぽつりと呟く。確かにそれは、森を彷徨い歩く人の影にように見えたが、
「違う。生きた人間じゃない」
ルドルフが言う。ぼろぼろの衣服、青ざめた肌、ゆらゆらと揺れる立ち姿、
「ゾンビみたい?」
ミコトが言う通り、それは1体のゾンビだった。こちらに気づいている様子はなく、
ふらふらと辺りを歩き回った後、やがて森の奥へと引き返していった。
(さっき感じた『視線』、あのゾンビのものだろうか?)
リクが思案するが、どうもそうではないような気がした。
もっと、ずっと大きくて恐ろしいもの――だが、それらしい敵の姿はどこにも見当たらない。
●
2班はそれぞれ森の東西両端を通過、
基地から見えない森の裏手へ差しかかったところで、調査終了と相成った。
「お腹空いちゃいましたねっ」
基地へ帰還するなり言うミコトに、駐屯基地の隊員たちが、
「例の奴、試作してみましたよ」
ミコトは調査の出発前、何人かの兵士と相談して、食堂のメニュー強化を試みていた。
士気を維持するのに、質の良い食事は不可欠だ。万が一の為の保存食も大事だが、
「貴方がたがいらっしゃるときは、日持ちのしない食材も一緒に運び込めますから……」
「感謝感激! ほら、ルゥも栄養つけて傷を治さなきゃ!」
「……俺、まだ食欲が」
「精霊の、赤ん坊?」
メリルら魔術師が、クリケットに魔法の罠とその原因について報告する。
「局所的に集合したマテリアルが、偶然に魔法を発現しているのかも知れません。
長い時間を経て自律能力を持てば、恐らくは精霊のようなものになるのでしょうが」
「あれはまだ精霊とは呼べない原始的なもの、ほとんど自然現象だね。
マテリアルの吹き溜まりみたいなところに、時々現れるんだと思う」
ミューレが言う。ハヤテも水筒を差し出しつつ、
「だとしたら、吹き溜まりができるほどの量のマテリアルが、どこからか流れ出てるってことになるよね。
そうそう、これ、僕らが魔法で浄化した水のサンプルね」
「私、植物の育ち方の違いはそのマテリアルの偏りでできるのかも、とか思っちゃいましたぁ」
エリセルの言葉に、メリルも頷く。
クリスティンとリク、その他の面々は新たに作成中の地図を広げ、
「次回以降、もう少し不意打ちを食らわずに進めるだろうか?」
「森に入り易そうなルートをこっちで見つけたよ。ミコトさんが目印を残しておいてくれたから……」
リクはふと、懐に隠れていたペットのパルムを気遣う。
調査に役立つか、と思って連れてきたのだが、森では怯えてばかりで、ほとんど外に出ようとしなかった。
席を外していたバナディアンが戻ってきて、
「カナリアの具合がおかしいであります。皆様、お身体に変わりはありませんか?」
「メリエが少し気分が悪いっつって、医務室で休んでるぜ?」
ボルディアが首を傾け、医務室のほうを指す。義明とイチカが顔を見合わせ、
「ちょっとでも調子の悪い人は、診てもらったほうが良いだろうねぇ」
「うちも喉痛い気ぃするわ、後で寄っとこ」
「不思議な場所、でしたね」
医務室の前で顔を合わせた天斗とリュカ。連れ立って歩きながら、
「ですが、情報は取れました。次回からはもっと効率良く行動できるでしょう」
「うん……」
頷くリュカだったが、彼女は調査の直前から、緊急時の基地撤収の手順を考えていた。
森から湧き続ける雑魔。今回出くわした敵の数を見るに、大量発生と基地襲撃の危険性は依然として高い。
(本当に、私たちはこの地で生き延びられるのか?)
ハンターたちが基地を引き上げる頃。
バナディアンのカナリアは、籠の中で冷たくなっていた。
最も敵との遭遇確率が低いと判断されたルートで、2台のトラックが森を目指す。
不毛の荒野を走る内、数本の杭で示された境界線に差しかかった。
『哨戒線だ。先は前人未到の人外魔境、覚悟は良いか?』
冗談めかしたクリケットの声が、ルドルフ・デネボラ(ka3749)の運転する2台目の伝話へ伝わる。
(車は問題ないけど)
ルドルフはハンドルを握ったまま、荷台に詰め込まれた仲間たちをミラー越しにうかがう。
皆、多少緊張してはいるようだが、異変を訴える者はいない。
幼馴染のミコト=S=レグルス(ka3953)は、彼の視線に気づいて手を振ってみせた。
(呑気だなぁ)
1台目の荷台ではハンターたちが腰を浮かせて、行き先の赤い森を見つめた。
(おかしなものだ。人間よりもマテリアル汚染の影響を受け易いエルフの自分が、自らこの地を再び訪れるとは)
リュカ(ka3828)は思う。それでも、覚醒者である自身がこの汚染に耐えられねば、
他のエルフたちも到底生き延びることはできないだろう。
(森も最早安住の地ではないのかも知れない時代。外で生きる術を、見つけたいものだ)
「こうして見ると、中々迫力のある光景だねぇ」
壬生 義明(ka3397)がこの地を訪れるのは、これで3度目。
それでも哨戒線を越えたことはなく、汚染で枯れ果てた森の姿は、改めて異様に映った。
「観測機はどうだい?」
マテリアル観測装置を預かるクリスティン・ガフ(ka1090)へ尋ねる。
彼女は汚染対策にと、口元や手足に布を巻き、砂漠の盗賊じみた格好をしていた。
「元より精度の高いものではないのだろうが……」
観測装置の丸い真空管の中は、森の汚染を感知して薄ぼんやりとした蛍光を放っている。
「小物は発見が遅れるかも知れん。目耳による警戒を怠るべきではないな」
「噂……程度でしか聞いた事なかったですけど、実在してたんですねぇ」
帝国出身のドワーフ、メリエ・フリョーシカ(ka1991)。
この国で生まれ育ちながら、重度汚染区域の存在はほとんど聞かされていなかった。
「錬魔院の管轄ですから、何かと機密めいていることは仕方ないのでしょうね。
重度の魔法公害となれば、こうして近づくにも準備が要りますし」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)が言うと、メリエは、
「でも、これほど大事な問題、もっと早くに知っておきたかったって言うか……。
兎も角、事態究明の為にも、調査を頑張りませんとねっ」
「……」
今回の調査自体が一種の人体実験、と直言したクリケット。
メリルは彼を正直で真摯な人物と思い、好感を抱いてはいたが、
(あの方も、全てを知らされている訳ではないのでしょう)
この地における旧錬魔院の活動については、何も教えられていない。
「細けぇことは良いさ。それより、こんなキナ臭ぇ森だ。なんにも出ずに無事に終わるワケねぇよなあ?」
槍を手にしたボルディア・コンフラムス(ka0796)の腕が鳴る。
ボルディアと同じく、未知の冒険の予感には、メリルも胸踊らされてはいた。
●
森の辺縁では、立ち枯れた針葉樹の木立の下に、低木と下草が茂っている。
遠目にはただ荒れ果てた森と見えたが、
「汚染に強い一部の植物は、こうして生き残っていた訳だ」
フワ ハヤテ(ka0004)が、青草の浮いた水溜りを持参の水筒ですくった。
森から距離を取って下車した一同は、これより2班に分かれて外周を探索する。
水中用ライフルを背負ったキヅカ・リク(ka0038)は早速、
マテリアルを噴射して跳躍する機導術・ジェットブーツで飛び上がり、空中から森を見渡した。
木々が葉を落としている為、森の裾は陽が差し込んで明るく感じる。
それでも、立ち枯れたまま密集した木立の壁があって、奥まで見通しが利く訳ではない。
「秋の森って感じやね。世間は春やけど」
イチカ・ウルヴァナ(ka4012)は2本の水筒を腰に提げていた。
ルドルフと共に、外部から持ち込んだ水が活動時間内でどれほど汚染されるか、実験する為だ。
「静か過ぎて気持ち悪いわ、鳥の声もせぇへんし……」
言った途端に、イチカの真後ろから小鳥の鳴き声がする。
「自分が連れてきた、カナリアであります」
と答えたのはバナディアン・I(ka4344)。小さな籠にカナリアを入れて抱えていた。
「えー、もしもし。聴こえるかな?」
ミューレ(ka4567)が義明相手に、魔導伝話とトランシーバーの通信状況を試す。
ふたりで少しずつ離れながら通話をするが、
『今のところ問題なさそうだねぇ。ただ、伝話のほうは……』
「ちょっと雑音がするね。どの道距離が離れれば使えないし、やっぱり笛が頼りかな」
「まだまだ珍しい現象が起こりそうですぅ。今から興奮が止まりません~」
珍しもの好きのエリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)は、早くも森に興味津々だ。
各員、装備も心構えも充分と見たクリケットが、
「早速体調の悪くなった奴、いるか?」
全員、問題ないようだ。クリケットは改めて森を見渡すと、
「――では、出発」
●
ラズビルナム調査隊、α班。
先頭を斥候役の真田 天斗(ka0014)、その後ろから前衛のエリセル、義明、リュカ、イチカ、
更に後方からハヤテとクリスティン、クリケットが続いた。
木立の中へは分け入らず、下草の茂る森の裾をかすめるように進んでいく。
「やはりノイズが酷いな。空間中の負のマテリアルを感知してしまっているようだ」
クリスティンは観測機を睨みつつ、クリケットと並んで歩く。
「魔法がちゃんと使えるかも心配だね。森の反対側じゃ、駐屯部隊の目も届かなそうだし」
ハヤテがさほど心配もしていない様子でそう言った。
一行が目指す森の裏側は、駐屯基地から視線が通らない。
普段の哨戒活動でも後回しにされ、あまり情報が揃っていない場所だ。
「何だか、植生がまだらですねぇ」
エリセルが道すがら、周辺の植物を観察していく。
既に枯れてしまった針葉樹は別として、
その下に生えた雑草の生育状況は、場所ごとに目まぐるしく変わっていく。
あるところでは草木が青々と茂っているかと思えば、
他所では茶色く変色して、今にも干からびてしまいそうだ。
「土の質が場所によって細かく違うのか、栄養の分布が偏ってるのか、うーん」
「ホント、妙やね。草の高さがでんでんばらばらや」
「サンプルはまめに採っておいたほうが良さそうだな」
リュカが雑草の葉を、何枚かちぎって採っておく。一緒に、辺りの土も少しすくっておいた。
場所ごとの育ち方の違いには、何か特別な理由がありそうだ。義明も、
「メモの手がおっつかないねぇ。折角資料室を作ってもらうんだし、色々記録を取りたいとこだけど」
α班はそのまま、森の東端へ辿り着く。今のところ、歪虚の襲撃も何もないが――
●
一方、β班は10分ほど歩いたなり、異様な現象へ出くわした。
何の変哲もない草地を歩いていたところ、
「どわぁっ!?」
叫び声を上げたのは、前衛として隊列前方にいたボルディア。
彼女の足下に突然、青い電光が走る。素早く飛び退くも、
「いってぇ!」
爪先から這い上った電撃が、彼女の脚を伝って火花を上げた。
周りにいたメリエやバナディアンが、慌てて草地から引き下がる。
ルドルフとミコト、メリルとミューレは、何者かの攻撃と見て森に視線を向けるが、
「……反応は、そこの地面からだ」
やはりぼやけた光に覆われたままの観測機だったが、
後列のリクが近くから装置を向けると、かなり強い反応を草地の中から受け取った。
「でも、かなり狭い範囲で移動もしないようだ」
草地を離れた前衛たちが、未だに下草を焼いて輝き続ける電光を見下ろした。
「地面に、何か埋まってる?」
メリエが言うが、電撃が危険で近づくこともできない。ミコトが、
「魔法に違いない、けど……こんな魔法、見たことある?」
尋ねられたルドルフは、呆気に取られた顔で首を横に振った。
「機導術のエレクトリックショックに似てはいるけど……」
「ボルディア様、大丈夫でありますか」
バナディアンがボルディアを気遣う。
「大したこたねぇけどよ、こんな罠があるなんて思いもしなかったぜ」
「ミューレ様は、どうお考えですか?」
メリルに水を向けられたミューレ。魔術師のふたりで、ボルディアを襲った電光の正体に考えを巡らせた。
「森の中から攻撃を受けたのでなければ。これは、そういう自然現象としか……」
「汚染区域ならではの、ですか」
前衛が安全な迂回路を探す間、メリルが周辺の地形や植生を観察し、記録していく。
(魔法の効果範囲内は心なしか、草の色艶が良いようですね。
ここだけ見たのでは、関連性を断定はできませんが)
●
α班斥候の天斗が手を差し上げて、仲間たちへ注意を促す。
今、彼が身を屈めているのは、森の木立に近い茂みの中だ。
(気配がしますね)
ハンドシグナルで知らせるや否や、下草をかき分けて、何かが天斗の足下まで接近してくる。
身構えて待ち受ければ、それは体長2、3メートルもある大蛇だった。
素早く後ろへ転がる天斗へ、食らいつこうと顎を開くが、
(雑魔!)
蛇の口は、太く長い身体の中ほどまで大きく裂け、上下にびっしりと鋸状の歯が並んでいた。
天斗を捉え損ねたまま、ばくん、と巨大な口を閉じると、再び身をくねらせて動き出す。
「少々離れていてもらおう」
ハヤテがクリスティンとクリケットを下がらせ、魔法・ウィンドスラッシュを放った。
かまいたちが周囲の下草ごと、大蛇を両断する。だが、クリスティンは、
「まだ終わっていない。今度は……多いぞ」
木々の中から、雑魔化したコボルドの群れが飛び出してきた。応戦に向かう前衛だが、
「左からも何か来るでぇ!」
隊列の横腹を突くように、白熱した球状の電光が高速で飛来する。
イチカが咄嗟に八角棍で受けると、雷球はぶつかるなり、火花を散らして弾け飛ぶ。
棍を握る彼女の腕に、一瞬強い痺れが走った。
「何やこれ、魔法か!?」
リュカとエリセルも、自分に向かってきた雷球を武器で打ち落とす。
なるべく身体から遠ざけて炸裂させれば、電撃の威力は減じられるようだ。
前衛と合流すべく、天斗が後退しようとしたとき。
背の高い草に隠れて、中型犬ほどもある巨大な昆虫の雑魔が現れた。
しかし、その全身に鎌状の肢がでたらめに生え出していて、原型が何だったのかも分からない。
鎌で草や土を蹴散らしながら、転がるように天斗の足下に迫る。
脛を切りつけられた天斗は、思わず尻もちをついてしまうが、そこでハヤテの魔法が昆虫を吹き飛ばす。
前衛後方に位置していた義明が、殺到するコボルドと雷球へ機導術・ファイアスローワーを使った。
扇形に広がる炎で敵の前進を足止めしながら、
(いよいよ危険地帯らしくなってきたねぇ……果たして、無事に帰れるかな)
●
同じ頃、西側へ向かう途中のβ班も襲撃を受けていた。
大蛇が4体。どうやら、うっかり彼らの巣へ踏み込んでしまったらしい。
(木の洞に隠れていたのですね。一体、どんな能力を持つのか)
矢面を前衛に任せつつ、安全な位置から魔法で援護しようとするメリルとミューレ。
だが、手近な木の後ろへ隠れようとしたとき、
(何故、この木にだけこんなに蔦が這って……!?)
メリルの周囲に風が渦巻いたかと思うと、ローブの両袖のあちこちが、ぱっくりと切り裂かれた。
「伏せるんだ!」
リクの声を受けて地面へ身を投じれば、両腕に深々と刻まれた傷から、たちどころに血が吹き出す。
(油断しました……!)
大蛇の1匹がもんどりうちながら、大きく裂けた口でルドルフへ噛みつこうとする。
盾で跳ね返すが、別の1匹が防御の隙間を縫って、彼の脚へかじりつく。
慌てて退くと、鋸のような歯がジーンズの布地ごと肉を裂いた。
体勢を立て直そうとするも、右脚が焼きごてを押しつけられたような激痛に襲われる。
「ぐあっ……!」
「誰か、ルゥを!」
ミコトが手斧を振るって敵を抑え込む間、バナディアンが倒れたルドルフを介抱する。
ルドルフの負傷は、見たところ深くはない。だが、墨のような黒い汚れが、傷の周りにこびりついている。
「これは、毒?」
「でかい蛇は毒を持たねぇ、ってのが道理じゃねぇのか?」
大蛇が横向きに身体を捻って、ボルディアに噛みつこうとするが、
「ま、雑魔にンなこと言ったってしゃあねぇか」
ボルディアは真上から槍を突き立て、敵を地面に縫い止める。
メリエは遠い間合いで斧を振り抜く。刃は到底届かないが、
(無理や無茶は禁物、慎重なぐらいがちょうど良い、か)
武器に込められたマテリアルが、衝撃波となって大蛇を襲った。
敵は辺りの土ごと跳ね上がり、地面に叩きつけられたところへ、ボルディアとミコトが止めを刺す。
リクも観測機を下ろし、水中銃の射撃で援護した。そうして敵を一掃すると、
「メリル……」
かまいたちの効果範囲から這い出したメリルを、ミューレが助け起こす。傷は深く、彼女は血だらけだった。
脚を噛まれたルドルフは、どうにか自力で立ち上がる。ミコトが彼の腰のボトルを指差し、
「傷口を洗ってみたら?」
「うん……水が汚染されてないと良いんだけど」
「また、魔法の罠か。こっちにも反応が」
リクが観測機で辺りを調べていると、新たに強い反応を起こす草地を発見した。
バナディアンが遠くから石を投げ込むと、何か、白くきらきらと輝くものが地面から立ち昇った。
「攻撃魔法ではないのでしょうか?」
ミューレが近寄って調べる。どうやら害はないらしく、そればかりか、
「ひょっとして、これ……」
●
こちらも襲撃を退けたばかりのα班。コボルドの攻撃で、軽装のエリセルが傷を負ってしまった。
「ゆっくり行けば、ついてけるとは思うんですけどぉ」
「だが、無茶は禁物だ」
クリケットが彼女の傷の様子を見て、しばし考えた。
リュカはフルートを握る。撤退であれば、β班にも知らせておかねばならない。
「マテリアルヒーリングは、ちゃんと働いてますぅ」
「ふむ……もう少しだけ進んでみよう」
再び出発する一行。これまで以上に慎重に進んでいくが、
もう少しで森の裏側へ回れる、というところで、天斗がハンドサインを出した。
現れたのはやはり雑魔化したコボルドだが、全身の体毛が銀色に鈍く光り、逆立っていた。
天斗は冷静に間合いを確かめると、ロケットナックルをその鼻先目がけて発射する。
たまらずひっくり返るコボルド。倒れた拍子に、辺りへ金属片のようなものを撒き散らした。
ハヤテの魔法で息の音を止めた後、死体を調べると、
「体毛が随分と硬い。まるで金属です」
天斗が取り上げたコボルドの体毛は、針か剃刀のように硬く鋭い。
「格闘すると、折れた毛が相手に刺さるっちゅう寸法やな」
α班は森の裏手に回って、簡単に周囲の地形を記録した。
リュカがフルートを2度鳴らす。調査完了、撤収の合図だ。
静まり返った森と荒野に鳴り渡る彼女の笛の音は、どことなく物悲しい響きをたたえていた。
●
何か、恐ろしいものに射すくめられた心地がして、リクの足が不意に止まる。
「どうしたの?」
ミューレが尋ねると、リクは観測機を抱いたまま、近くの木立を見回した。
「いや……」
先の戦闘で、負傷者2名を出してしまったβ班。
しかし幸運なことに、最後に発見した魔法の『罠』は、治癒の法術とほぼ同等の効果を持っていた。
「ゲームに出てくる、回復の泉みたいだね!」
ミコトが感心する。実に奇妙な現象ながら、β班の活動再開には大いに役立った。
また、メリエは大蛇の死骸が風化する直前に、その牙から毒液の採取に成功。ボルディアが、
「それ、使えるのか?」
「分かりませんが、何ごとも調べてみないと」
足を止めたリクの後ろで、ミューレがメリルを振り返る。
「術者のいない、無差別の魔法。ちょっとした仮説を思いついたんだけど」
「ええ、私も少しばかり思い当たることが……」
「静かに」
リクが、木立の中に何かを見つけたようだ。仲間たちも彼の視線を追うと、
「人間?」
バナディアンがぽつりと呟く。確かにそれは、森を彷徨い歩く人の影にように見えたが、
「違う。生きた人間じゃない」
ルドルフが言う。ぼろぼろの衣服、青ざめた肌、ゆらゆらと揺れる立ち姿、
「ゾンビみたい?」
ミコトが言う通り、それは1体のゾンビだった。こちらに気づいている様子はなく、
ふらふらと辺りを歩き回った後、やがて森の奥へと引き返していった。
(さっき感じた『視線』、あのゾンビのものだろうか?)
リクが思案するが、どうもそうではないような気がした。
もっと、ずっと大きくて恐ろしいもの――だが、それらしい敵の姿はどこにも見当たらない。
●
2班はそれぞれ森の東西両端を通過、
基地から見えない森の裏手へ差しかかったところで、調査終了と相成った。
「お腹空いちゃいましたねっ」
基地へ帰還するなり言うミコトに、駐屯基地の隊員たちが、
「例の奴、試作してみましたよ」
ミコトは調査の出発前、何人かの兵士と相談して、食堂のメニュー強化を試みていた。
士気を維持するのに、質の良い食事は不可欠だ。万が一の為の保存食も大事だが、
「貴方がたがいらっしゃるときは、日持ちのしない食材も一緒に運び込めますから……」
「感謝感激! ほら、ルゥも栄養つけて傷を治さなきゃ!」
「……俺、まだ食欲が」
「精霊の、赤ん坊?」
メリルら魔術師が、クリケットに魔法の罠とその原因について報告する。
「局所的に集合したマテリアルが、偶然に魔法を発現しているのかも知れません。
長い時間を経て自律能力を持てば、恐らくは精霊のようなものになるのでしょうが」
「あれはまだ精霊とは呼べない原始的なもの、ほとんど自然現象だね。
マテリアルの吹き溜まりみたいなところに、時々現れるんだと思う」
ミューレが言う。ハヤテも水筒を差し出しつつ、
「だとしたら、吹き溜まりができるほどの量のマテリアルが、どこからか流れ出てるってことになるよね。
そうそう、これ、僕らが魔法で浄化した水のサンプルね」
「私、植物の育ち方の違いはそのマテリアルの偏りでできるのかも、とか思っちゃいましたぁ」
エリセルの言葉に、メリルも頷く。
クリスティンとリク、その他の面々は新たに作成中の地図を広げ、
「次回以降、もう少し不意打ちを食らわずに進めるだろうか?」
「森に入り易そうなルートをこっちで見つけたよ。ミコトさんが目印を残しておいてくれたから……」
リクはふと、懐に隠れていたペットのパルムを気遣う。
調査に役立つか、と思って連れてきたのだが、森では怯えてばかりで、ほとんど外に出ようとしなかった。
席を外していたバナディアンが戻ってきて、
「カナリアの具合がおかしいであります。皆様、お身体に変わりはありませんか?」
「メリエが少し気分が悪いっつって、医務室で休んでるぜ?」
ボルディアが首を傾け、医務室のほうを指す。義明とイチカが顔を見合わせ、
「ちょっとでも調子の悪い人は、診てもらったほうが良いだろうねぇ」
「うちも喉痛い気ぃするわ、後で寄っとこ」
「不思議な場所、でしたね」
医務室の前で顔を合わせた天斗とリュカ。連れ立って歩きながら、
「ですが、情報は取れました。次回からはもっと効率良く行動できるでしょう」
「うん……」
頷くリュカだったが、彼女は調査の直前から、緊急時の基地撤収の手順を考えていた。
森から湧き続ける雑魔。今回出くわした敵の数を見るに、大量発生と基地襲撃の危険性は依然として高い。
(本当に、私たちはこの地で生き延びられるのか?)
ハンターたちが基地を引き上げる頃。
バナディアンのカナリアは、籠の中で冷たくなっていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/04/28 03:49:56 |
|
![]() |
質問卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/04/26 22:18:47 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/23 23:07:36 |