ゲスト
(ka0000)
深闇の淵で
マスター:ゐ炉端

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/29 19:00
- 完成日
- 2015/05/03 20:10
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ヒュウッ……っと、じっとりと湿った空気が流れる。
風が流れているのを肌で感じ、少女は重い瞼を薄らと開いた。そこは全てが黒。深淵の闇。視界には何も映らない。一瞬、自分の眼が失われてしまったのかと思い、慌てて自分の両目に手を当てた。……しかし、判断はつかない。
パラパラと小石が転げる音が聞こえ、反射的に少女はそちらに顔を動かした。ぼんやりと覚醒してくる意識が、重力を知覚する。今度は反対側へと視界を振り、そこで初めて自分が仰向けに倒れていると気が付いた。
「いっつ……」
しばらく同じ態勢で、固く凸凹した岩盤らしき上で横になっていたせいか、身体に鈍い痛みが走る。肉体が身体を動かせと言っているように感じて、上半身を起こしたが、上手く身体の状態を変えることができない。
(……右足が硬いものに挟まっている?)
グッと力を込めて足を引き抜こうとしてみるものの、万力で挟まれたようにしっかりと固定され、それは叶わない。幸い、骨が折れたり、出血しているような感覚はなかった。
(そうか……。足が挟まって動けないんだった)
少女は思い出す。自分が置かれている状況を。
彼女はクリムゾンウェストに、リアルブルーから転移してきたばかりの元女子高生で、名前を七藻 忍(ななも しのぶ)という。最初の頃は戸惑い、リアルブルーに残る両親や友人を想ってただ嘆き、悲しむ毎日だった。勉強も運動も平凡で、ごくごく普通の、どこにでもいる女の子が、いきなり異世界に飛ばされてきたら多分、彼女に限らず、前向きに『ま、クヨクヨしてても始まらない。とりま、ハンターでもしようかな~』とはならないだろう。
それでも時間が経てば落ち着き、転機は訪れるもので、忍は大精霊と契約し、無事覚醒者となり、ハンターとしての一歩を踏み出すことになった……のだが。
(漫画のようには、いかないな……)
自嘲気味に、笑う。
これからの身の振りを、ぼんやりと考えていた時に出会った金髪碧眼の少年の事を思い出す。彼もまた、リアルブルーからこちらの世界に飛ばされてきた人間だったが、瞳には希望が満ち、あどけなさを残す微笑みには勇気が宿っていた。ふんわりと、柔らかなウェーブのかかったブロンドの髪、彫りの深いギリシャ彫刻の様な端整な顔立ち。まるで少女漫画の世界から飛び出て来たような美少年に、「頑張って」の一言も掛けられたら、誰だって、いや特に忍のようなごくごく平凡な女の子なら、もしかしてこの先、甘い出会いや大恋愛が待っているんじゃ……!とか勘違いしてしまうものだ。
でも現実は非情で。そうやって、物語の主人公になれる人間なんて、限られてるじゃないか。……なんで、自分がそうなれると思ってしまったのだろう。何の才能も持たず、運も無い、自分はただのモブに過ぎないのに。
暗闇で独り思い、少女は情けなくて、静かに泣いた。
「……というわけで、新米ハンター達に踏破の容易なダンジョンを案内したんだけどね」
ハンターズソサエティのオフィスに、まだ声変わりを迎えていない、少年の声が響く。いつもは人で賑わっているオフィスも昼時ともなれば静かで、彼以外は昼食に出掛けてしまっているようだ。
「どうにも、古い地下迷宮らしきものがそのずっと下に通っていて、何かの拍子で床が抜けて、1人そこに落ちてしまったらしい。かなり深い場所にあるそうでね、実戦経験の乏しい新米ハンターじゃ危険だろうし、改めて依頼として上げて、ハンターを募ることにしたんだ」
目の前のテーブルに、数枚の資料が置かれる。その中に、1人の女の子の写真があった。恐らく、救出が依頼されている人間だろう。失敗した証明写真のように、半開きの目で映る変な顔の彼女の写真を眺めていると、少年はコホンと、ひとつ咳払いをした。
「新米ハンター君の救出は勿論だが、君達にはもう一つ頼まれて欲しい事がある。……というか、本音を言えば、我々にとってそっちが本命なんだけどね」
少年は肩を竦める。人命に勝ることなどないのは目の前の少年も承知しているが、それなりの額の報酬が発生する以上は、そこにリスクや特殊な条件も絡むということだろう。得心はいく。
「この地下迷宮の規模と状態を知りたい。ああ、勿論専門的に分析しろなんて言わないよ。どのくらい広いかとか、内部がどんな様子か、その程度で構わない。その情報を元に、調査の必要かどうかを判断して、改めて調査団を派遣するからね。あああと、何が潜んでいるか分からない。もし脅威になるモノに遭遇した場合、これの排除もお願いしたい」
そこまで言って言葉を止め、少年は自分の前にいる人物の表情に気付いた。何を言わんとしているか察したように、補足する。
「……ふむ。心配そうな顔だね。確かに崩れた穴から通じている以上、迷宮そのものが崩落する危険はあるだろう。でも、あの辺の岩盤は丈夫でね。そう簡単に生き埋めになる……なんて事態にはならないと思うよ。でも、古い上に補強されてない地下迷宮となると、所々脆くもなっているだろう。あまりにも強力な術を使用するのは、得策ではないと思うね」
少年は依頼同意書を資料の一番上に乗せると、クスリと、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「……ま。あまり無茶をしないことを勧めるよ。君達の救出依頼は出したくないからね」
風が流れているのを肌で感じ、少女は重い瞼を薄らと開いた。そこは全てが黒。深淵の闇。視界には何も映らない。一瞬、自分の眼が失われてしまったのかと思い、慌てて自分の両目に手を当てた。……しかし、判断はつかない。
パラパラと小石が転げる音が聞こえ、反射的に少女はそちらに顔を動かした。ぼんやりと覚醒してくる意識が、重力を知覚する。今度は反対側へと視界を振り、そこで初めて自分が仰向けに倒れていると気が付いた。
「いっつ……」
しばらく同じ態勢で、固く凸凹した岩盤らしき上で横になっていたせいか、身体に鈍い痛みが走る。肉体が身体を動かせと言っているように感じて、上半身を起こしたが、上手く身体の状態を変えることができない。
(……右足が硬いものに挟まっている?)
グッと力を込めて足を引き抜こうとしてみるものの、万力で挟まれたようにしっかりと固定され、それは叶わない。幸い、骨が折れたり、出血しているような感覚はなかった。
(そうか……。足が挟まって動けないんだった)
少女は思い出す。自分が置かれている状況を。
彼女はクリムゾンウェストに、リアルブルーから転移してきたばかりの元女子高生で、名前を七藻 忍(ななも しのぶ)という。最初の頃は戸惑い、リアルブルーに残る両親や友人を想ってただ嘆き、悲しむ毎日だった。勉強も運動も平凡で、ごくごく普通の、どこにでもいる女の子が、いきなり異世界に飛ばされてきたら多分、彼女に限らず、前向きに『ま、クヨクヨしてても始まらない。とりま、ハンターでもしようかな~』とはならないだろう。
それでも時間が経てば落ち着き、転機は訪れるもので、忍は大精霊と契約し、無事覚醒者となり、ハンターとしての一歩を踏み出すことになった……のだが。
(漫画のようには、いかないな……)
自嘲気味に、笑う。
これからの身の振りを、ぼんやりと考えていた時に出会った金髪碧眼の少年の事を思い出す。彼もまた、リアルブルーからこちらの世界に飛ばされてきた人間だったが、瞳には希望が満ち、あどけなさを残す微笑みには勇気が宿っていた。ふんわりと、柔らかなウェーブのかかったブロンドの髪、彫りの深いギリシャ彫刻の様な端整な顔立ち。まるで少女漫画の世界から飛び出て来たような美少年に、「頑張って」の一言も掛けられたら、誰だって、いや特に忍のようなごくごく平凡な女の子なら、もしかしてこの先、甘い出会いや大恋愛が待っているんじゃ……!とか勘違いしてしまうものだ。
でも現実は非情で。そうやって、物語の主人公になれる人間なんて、限られてるじゃないか。……なんで、自分がそうなれると思ってしまったのだろう。何の才能も持たず、運も無い、自分はただのモブに過ぎないのに。
暗闇で独り思い、少女は情けなくて、静かに泣いた。
「……というわけで、新米ハンター達に踏破の容易なダンジョンを案内したんだけどね」
ハンターズソサエティのオフィスに、まだ声変わりを迎えていない、少年の声が響く。いつもは人で賑わっているオフィスも昼時ともなれば静かで、彼以外は昼食に出掛けてしまっているようだ。
「どうにも、古い地下迷宮らしきものがそのずっと下に通っていて、何かの拍子で床が抜けて、1人そこに落ちてしまったらしい。かなり深い場所にあるそうでね、実戦経験の乏しい新米ハンターじゃ危険だろうし、改めて依頼として上げて、ハンターを募ることにしたんだ」
目の前のテーブルに、数枚の資料が置かれる。その中に、1人の女の子の写真があった。恐らく、救出が依頼されている人間だろう。失敗した証明写真のように、半開きの目で映る変な顔の彼女の写真を眺めていると、少年はコホンと、ひとつ咳払いをした。
「新米ハンター君の救出は勿論だが、君達にはもう一つ頼まれて欲しい事がある。……というか、本音を言えば、我々にとってそっちが本命なんだけどね」
少年は肩を竦める。人命に勝ることなどないのは目の前の少年も承知しているが、それなりの額の報酬が発生する以上は、そこにリスクや特殊な条件も絡むということだろう。得心はいく。
「この地下迷宮の規模と状態を知りたい。ああ、勿論専門的に分析しろなんて言わないよ。どのくらい広いかとか、内部がどんな様子か、その程度で構わない。その情報を元に、調査の必要かどうかを判断して、改めて調査団を派遣するからね。あああと、何が潜んでいるか分からない。もし脅威になるモノに遭遇した場合、これの排除もお願いしたい」
そこまで言って言葉を止め、少年は自分の前にいる人物の表情に気付いた。何を言わんとしているか察したように、補足する。
「……ふむ。心配そうな顔だね。確かに崩れた穴から通じている以上、迷宮そのものが崩落する危険はあるだろう。でも、あの辺の岩盤は丈夫でね。そう簡単に生き埋めになる……なんて事態にはならないと思うよ。でも、古い上に補強されてない地下迷宮となると、所々脆くもなっているだろう。あまりにも強力な術を使用するのは、得策ではないと思うね」
少年は依頼同意書を資料の一番上に乗せると、クスリと、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「……ま。あまり無茶をしないことを勧めるよ。君達の救出依頼は出したくないからね」
リプレイ本文
「返事がありませんね」
ナタナエル(ka3884)がLEDライトで通路を照らしながら呟く。何度か七藻を呼んではみたものの反応はなく、暗闇からはただ、湿った空気が返ってくるばかりだった。妙な匂い等は無く、ガスが満ちているという心配は無さそうだ。ただ、通風孔のようなものでもあるのだろうか、絶えず空気が循環しているように感じる。
崩れ落ち、地上へと続く穴を見上げた八原 篝(ka3104)が、視界をぐるりと動かした。足元に転げる石を手に取り、更に視線をその先の暗闇へと送る。
「ほ、本当にダンジョンだ……セ、セーブとか出来ないよね?」
そわそわした様子の天王寺茜(ka4080)がそんなことを口にした。その言葉は、本格的な探索や戦闘の経験の浅い自分を落ち着かせるために言ったことなのかもしれない。が、1人落ちて迷い込んだ七藻を思えば、震えているわけにはいかない。茜は拳をぐっと握りしめ、唇をキュッと結ぶ。
「私と同い年のリアルブルー人、きっと助けるからっ」
「その意気込みは買うけど、ライトが逆さよ」
篝が動揺を隠しきれていない茜に言いながら、振り返った。
「移動した形跡があるわね」
風化の具合から推測するに、何かの拍子で天井が崩れてもおかしくない。救助を待つだけなら、下手に移動しない方がいいのは明白だが。
「依頼を紹介した奴、これのどこが『その心配はない』だ」
頭を掻きながら、八代 鋼(ka4730)が言う。まだ見える範囲で判断するのは早計ではあるが、床には天井から落ちて来た瓦礫が積り、パラパラと小石が降ってくる。鋼は首を竦めた。
「安全が最優先だ。命を落としたら何にもならんからな」
鋼はそう言いながら、火を灯したランタンを腰に下げ、隊列の前へと移動する。
「結構、狭いね。息が詰まりそうだよ」
ライトの光芒が突き当りを照らし、一番最初に下に降りていた霧雨 悠月(ka4130)が一行へと振り返った。通路は二人が並んで歩けるほどの広さしかなく、歩くだけなら兎も角、十分な攻撃行動を取るのは難しそうに感じる。
「ひとまず、この辺には何の気配も無いね。向こうに通路が続いているみたいだけど」
……この場に留まっても仕方ない。一同は意を決し、闇が支配するその場所へ踏み出した。
●地下迷宮
所々通路が崩れて塞がり、進める場所が限られているせいか、おおよその規模に対して捜索できる範囲はそう広く無く、また単調で、ナタナエルと篝が、一応迷わないようにチョークで印をつけたり、マッピングを行ったものの、迷い込んだが最期、二度と脱出できないという心配は無いように思える。最も、致命的に方向感覚に疎い人間なら、迷うこともあるかもしれないが。
「人為的に造られたもののようですね。坑道という感じではありませんが……。いつの時代のものでしょうか」
最後尾を行くエリス・カルディコット(ka2572)が、壁を這う木の根に手を置き、いつの間にか少し、わくわくしている自分に気付いた。七藻を助ける事は勿論だが、地下道の調査にロマンを感じ、知的探求心を刺激されている。見れば何か壁に掘られていて、文字のようなものも見て取れた。この地下迷宮がどういう理由で作られ、そして閉じられてしまったのかはわからない。いや、元々地上にあったのが、地盤沈下か何かで沈んでしまった、とも考えられるのではないか。
「それにしても暗いですね……皆様、足元にはお気を付け下さいま――」
ズボッと、身体を支えるように壁に付いていた手が虚空に飲まれ、エリスはバランスを崩して転倒しそうになり、反射的に踏み留めた拍子に腋の下をぶつけ、「ふぇっ」っと妙に高い声が出た。ちょっぴり変な体勢になってしまったが、幸いなことに最後尾であったため、誰かに醜態を晒すことは無く、すぐさま何事も無かったかのよう、極めて平静を装いながら、手が飲み込まれた穴を注視した。
「なんでしょうか、この穴」
見ると、数mごとにポッカリと不自然な穴が開いていることに気付く。
「妙な空気の流れを感じるのは、このせいかな」
ナタナエルがライトで別の穴を照らしたが、途中で折れ曲がっているのか、どこに通じているかまではわからない。ただ、何かが這いずり回った後があり、まるで『それ』が、その奥からこちらを覗いているようにも感じる。
「不気味だな。まるで呼吸しているみたいだぜ」
鋼が小さく零した。崩落云々以前に、敵の気配をヒシヒシと感じる。
「忍さーん! 聞こえ――……ん?」
声を張り上げ七藻を呼ぶ、茜が翳したライトの光に何かが反射した。もしや、七藻の所持品だろうか。茜は期待の眼差しで一歩、二歩と踏み出したところで、歩みをピタリと止める。
ズズズッ、と。深淵の闇の向こうから、何かが迫ってくる。始めはゆっくりと、しかし近付くにつれて、段々と音の間隔は狭まり、その異様に長い体躯を灯りの元に躍らせた。
「む……ムカデぇッ!?」
生理的に受け付けない形状と動きをする眼前の脅威に茜は全身の毛が逆立ち、一歩後退る。
うねる様に這いずり、壁を進む巨大なムカデ。全長3mには及ぶであろうか。しかしその巨大さに反して動きは軽快で、重さを感じさせない。黒光りする背中は各々が持つ光源が反射して、動く度にキラキラと艶めかしく輝いた。
「脅威の排除も、依頼の内……だったよね!」
いち早く覚醒状態へと入り、その艶やかな黒髪を銀色に変容させた悠月が刀を抜き、待ち受ける。
「ふふっ、僕達を食べるつもり?」
優しき微笑みを浮かべた端整な顔立ちの少年の瞳に、鋭い光が宿り、異様な威圧感を放つ。それは『ブロウビート』の効果か、正面を走るムカデの動きが鈍り、勢いを落としたように見えた。
「どちらが狩人なのかその身に教えてあげる。さぁ、僕と戦ってよッ!」
戦い甲斐のありそうな相手に、悠月の心が昂り、血が滾り、魂が猛る。熱を帯びた感情――対して剣線は凍てつくような冷たさを秘め、放たれた。ギィン、という鈍い音と共に火花が散り、手を走る衝撃が、相手の堅牢さを知覚する。
「なんだぁ? こんなバケモンまでいやがるのか、こいつはますます気が抜けない……なァ!」
悠月の隣を抜け、刀を水平に構えた鋼が矢のように飛び出し、ムカデの胴部へと飛び込んだ。悠月が打ち出した一撃はムカデの甲殻を弾いただけだったが、それによって躰は反り返り、露出させた柔らかい裏側部へと、『疾風剣』の重い一撃が突き刺さった。
ギィィィィ! と、硝子を引っ掻いたような不快な悲鳴を放ち、ムカデが長大な身体を振り回す。
「ちぃ!!」
懐に飛び込んでいた鋼はそれをモロに喰らい、表情が僅かに歪む。掠り傷程度だったが、狭い通路、すぐ背面に悠月もいて、上手く間合いが取れない。
「今援護を……!」
ナタナエルは、仲間の間を縫って鞭を放とうとするが、ただでさえコントロールが難しい鞭を、ライトとランタン、揺らめく陰影が交差している中、そこを抜いて攻撃を正確に打つなど神業に等しい。彼が攻撃を躊躇ったその一瞬、弾かれたように篝がハッとして、振り返った。見れば既に、エリスが銃を構えている。
「もう一体!」
静穏性に優れる銃から放たれた弾丸がムカデの背中を滑るように弾け、向こう側へと抜けて行った。
「やっぱり、あの穴が奴らの通り道――ってそこ、気を付けて!」
「えっ?」
丁度、穴の真横に立っていた茜に篝が注意を促すと同時に、ムカデがひょっこりと仄暗い穴の底から顔を覗かせて、何故かちょっと、茜と見つめ合った。
「こんのぉ! 電撃パーンチッ!!」
魔力を帯びた電撃『エレクトリックショック』がナックル型の魔導機械に宿り、頭部に打撃を与えると同時にスパークが走って、ムカデを焼く。間髪入れず、というかもう反射的に穴を塞ぐようにバックラーを突き出し、ちょっと涙目になって、篝へと視線を向けた。これはあれだ、ふと視線を向けたらゴキブリがいて、手近なコップでポンッと咄嗟に封印したはイイが、この後どうしようという状況に近い。篝は一瞬考え――
「皆、通路を戻って! ここじゃ戦えない!」
前方に敵、後方にも敵、真横からも敵。対してこちらは狭い通路で、殆ど一列に並んでいる。このままこの場所でゴリ押しすれば、何もできないまま相手の餌食にされるだけだ。
「身を屈めてこっちに! 足を止める!」
篝の声に男三人は顔を合わせ、身を低くして駆け出した。『威嚇射撃』が前方のムカデを牽制する。
「えとえと、あの、その、私はッ!?」
もさもさと気持ち悪く蠢くのを必死に抑えた茜が叫んだが、篝の視線は前方のムカデに向いたままで。
「そのまま頑張って!」
「う……頑張る……」
しかし、このピンチを切り抜けるためには最大の難問が立ち塞がっている。
「ということは、この一体は最低でも倒さないといけませんか」
エリスの構える銃の照星に視界が集中して、ただの一点にピントが合わさる。硬い甲殻を持ち、分散的な神経節構造を持っていようが、頭部に致命的ダメージが入れば話は別だ。『強弾』の込められた弾丸が、それを証明するように毒顎を吹き飛ばす。
「通してもらうよ」
ナタナエルが振るう鞭が、胴に叩き付けられる。そしてエリスの脇を抜け、飛び出した悠月の刀が煌めいて叩き上げ、続けて鋼が刀の背を肩に預けて突刺した。
●反撃
「さて、どう戦ったものかな?」
小部屋の角に肩を乗せ、ナタナエルは通路の様子を伺いながら静かに呟いた。
あのムカデが倒れた直後、更にもう一体がその後ろから襲ってきたせいで、この小部屋に逃げ込むまでに、一行は更にダメージを増やしていた。最も、その一体も仕留められたのは僥倖であったと言えよう。
「この暗闇に適応しているのですから、音や匂いで感知するのではないでしょうか?」
エリスがぼんやりと思いながら、そんなことを言う。
「じゃあ、石を投げつけた場所に反応したりするのかな? ……あ。って、ことは」
「そっか。忍さんを呼ぶ声に反応して襲ってきたのか」
悠月の言葉に、ポンッと茜は手を打った。その隣で鋼も頷く。
「やっこさんは呼ぶ声に応じられねぇってわけか」
篝は首を竦めた。転落した七藻は恐らく、上部にいた仲間に助けを求めたのかもしれない。だがそれが奴らを呼び、尻を絡げて逃げ出す羽目になったのだろう。ならば答えは簡単だ。
「この小部屋なら、火力を集中することができるわ」
ここにも例の穴はあるが、この場所なら対処も容易い。
「じゃあ、ここは僕の出番かな」
自己治療で傷を癒した悠月が、刀をくるりと逆手に持ち、通路へと躍り出た。敵と味方が狭い通路に犇めいていた先程の空間では『地を駆けるもの』の効果も十分に発揮できなかったが、単独で動き回るなら話は別だ。エリスがライトを逆手に持ち、その手の甲に銃把の底を乗せ、銃を構えながら悠月の背を照らす。
「さぁ、第二ラウンドの始まりだ!」
呼吸を飲み込み、悠月は一気に駈け出した。
元々か、それともこの岩に囲まれた場所だったからか、強靭な背中を持つ個体となったこの大ムカデに、悠月の刀は文字通り歯が立たない。かといって、刃の通りそうな内側に潜り込めば、忽ち捕まれ、餌食となってしまう。……だが、単純に躱すだけなら、這うように駆け回るこの銀色の獣には造作もないことだ。
「さぁ、こっちだよ!」
手にした刀の背で壁を叩き、二匹のムカデを誘導する。いきり立ち、その鋭い牙を突き立てようと振り下ろした頭部をひらりと躱し、壁を蹴り、軽やかに跳ね回りながら、転がるように通路を直角に飛び込んだ。その動きを援護するように正確無比な銃弾がライトの光に導かれて、ムカデへと突き刺さる。
「この程度で梃子摺るようでは……国に帰れんさ!」
怯んだムカデに鋼が充足させた気迫、『剣心一如』を刃に乗せて吐き出し、頭部を縦に切り裂いた。ドウッともんどりうって倒れたのを見送り、そこでもう一体の姿が見えないことに気が付く。
「……今度は後れを取らない」
小部屋の中、睨み付けたその穴へ、ナタナエルは『スローイング』でナイフを投擲した。無数の穴を自在に動き回るのは奇襲には向いているが、だが逆に、奇襲で無くなればデメリットしかない。そう、弱点である頭部を狙い易くさせ、回避が出来ないという事だ。
しかしそれでも、強引に穴から這い出てたムカデがその執念を見せ、側にいた茜に襲い掛かろうとするが、篝の放った『レイターコールドショット』が命中し、凍てつく冷気がムカデの動きを鈍らせる。
「これで、終わりッ!」
意趣返しとばかりに茜のナックルから放たれた『機導砲』の光がムカデの頭部を穿ち、その生命活動を停止させた。
●優しき光
「足のほかに、痛い所はございませんか?」
ムカデを討伐後、七藻はあっさりと救出された。矢張り、息を殺してムカデをやり過ごしていたらしい。
エリスがパンとチーズを差し出したが、七藻は顔面蒼白で、プルプルしながらそれをそっと突き返した。彼女の怪我は大した様子でもなく、篝が既に応急手当を済ませているが、何か様子がおかしい。
なんだろう。何か体調でも悪いのだろうか。
一同は首を傾げたが、茜がいち早く、七藻の膀胱がエマージェンシーだと察した。
「男性陣はあっち行って! 覗いたら撃つわよ! 私が良いっていうまで耳も塞ぐ!」
「一体なんだってんだよ」
渋々と鋼が腰を上げ、調査に没頭していたナタナエルの元へと動くと、続いて悠月がパッと笑顔を浮かべ、
「僕だって失敗は沢山あるよ。上手く行く人だって、いつかは壁に当たる。皆そこで悩んだり考えたりするから……。その、頑張ってね!」
と、言葉を残してその場を後にした。
「あの、一度の失敗ぐらいで、落ち込んではいけませんよ?」
エリスは勇気付けるように声を掛け、そそくさと男性陣の待つ方へと向かった。
「あ゙り゙がどぅぅ」
七藻はボロボロと大粒の涙を流した。安堵というよりは、女子特有の『共感』への感激だった。奇しくも乙女の純情は守られた。泣かずにはいられまい。
「あのね、何でこんなことにって散々思ったけど、私は諦めたくないんだ」
七藻を近くの岩陰に送り、茜は言葉を掛けた。
「フツーに学校に行って、友達と遊んで、彼氏だって欲しい。……元の世界に帰る日までは、とことん足掻いてやるって決めたから」
茜の言葉に、篝が頷く。
「そうね。心細かったり、辛い事も多いと思うけど、生きていれば何とかなる。何とかできるから」
同じ世界から飛ばされてきた者同士というのもあるが、どこか境遇の似ている三人は、ふっと笑顔を零した。茜が言葉を続ける。
「えっと忍……で、良いかな? 今度こっちの世界のスイーツ食べに行こうね」
「……うん。ありがとう」
ポツリと漏れた七藻の感謝の言葉。深い闇で遮られたその場所に、燭光が差し込んだ気がした。
ナタナエル(ka3884)がLEDライトで通路を照らしながら呟く。何度か七藻を呼んではみたものの反応はなく、暗闇からはただ、湿った空気が返ってくるばかりだった。妙な匂い等は無く、ガスが満ちているという心配は無さそうだ。ただ、通風孔のようなものでもあるのだろうか、絶えず空気が循環しているように感じる。
崩れ落ち、地上へと続く穴を見上げた八原 篝(ka3104)が、視界をぐるりと動かした。足元に転げる石を手に取り、更に視線をその先の暗闇へと送る。
「ほ、本当にダンジョンだ……セ、セーブとか出来ないよね?」
そわそわした様子の天王寺茜(ka4080)がそんなことを口にした。その言葉は、本格的な探索や戦闘の経験の浅い自分を落ち着かせるために言ったことなのかもしれない。が、1人落ちて迷い込んだ七藻を思えば、震えているわけにはいかない。茜は拳をぐっと握りしめ、唇をキュッと結ぶ。
「私と同い年のリアルブルー人、きっと助けるからっ」
「その意気込みは買うけど、ライトが逆さよ」
篝が動揺を隠しきれていない茜に言いながら、振り返った。
「移動した形跡があるわね」
風化の具合から推測するに、何かの拍子で天井が崩れてもおかしくない。救助を待つだけなら、下手に移動しない方がいいのは明白だが。
「依頼を紹介した奴、これのどこが『その心配はない』だ」
頭を掻きながら、八代 鋼(ka4730)が言う。まだ見える範囲で判断するのは早計ではあるが、床には天井から落ちて来た瓦礫が積り、パラパラと小石が降ってくる。鋼は首を竦めた。
「安全が最優先だ。命を落としたら何にもならんからな」
鋼はそう言いながら、火を灯したランタンを腰に下げ、隊列の前へと移動する。
「結構、狭いね。息が詰まりそうだよ」
ライトの光芒が突き当りを照らし、一番最初に下に降りていた霧雨 悠月(ka4130)が一行へと振り返った。通路は二人が並んで歩けるほどの広さしかなく、歩くだけなら兎も角、十分な攻撃行動を取るのは難しそうに感じる。
「ひとまず、この辺には何の気配も無いね。向こうに通路が続いているみたいだけど」
……この場に留まっても仕方ない。一同は意を決し、闇が支配するその場所へ踏み出した。
●地下迷宮
所々通路が崩れて塞がり、進める場所が限られているせいか、おおよその規模に対して捜索できる範囲はそう広く無く、また単調で、ナタナエルと篝が、一応迷わないようにチョークで印をつけたり、マッピングを行ったものの、迷い込んだが最期、二度と脱出できないという心配は無いように思える。最も、致命的に方向感覚に疎い人間なら、迷うこともあるかもしれないが。
「人為的に造られたもののようですね。坑道という感じではありませんが……。いつの時代のものでしょうか」
最後尾を行くエリス・カルディコット(ka2572)が、壁を這う木の根に手を置き、いつの間にか少し、わくわくしている自分に気付いた。七藻を助ける事は勿論だが、地下道の調査にロマンを感じ、知的探求心を刺激されている。見れば何か壁に掘られていて、文字のようなものも見て取れた。この地下迷宮がどういう理由で作られ、そして閉じられてしまったのかはわからない。いや、元々地上にあったのが、地盤沈下か何かで沈んでしまった、とも考えられるのではないか。
「それにしても暗いですね……皆様、足元にはお気を付け下さいま――」
ズボッと、身体を支えるように壁に付いていた手が虚空に飲まれ、エリスはバランスを崩して転倒しそうになり、反射的に踏み留めた拍子に腋の下をぶつけ、「ふぇっ」っと妙に高い声が出た。ちょっぴり変な体勢になってしまったが、幸いなことに最後尾であったため、誰かに醜態を晒すことは無く、すぐさま何事も無かったかのよう、極めて平静を装いながら、手が飲み込まれた穴を注視した。
「なんでしょうか、この穴」
見ると、数mごとにポッカリと不自然な穴が開いていることに気付く。
「妙な空気の流れを感じるのは、このせいかな」
ナタナエルがライトで別の穴を照らしたが、途中で折れ曲がっているのか、どこに通じているかまではわからない。ただ、何かが這いずり回った後があり、まるで『それ』が、その奥からこちらを覗いているようにも感じる。
「不気味だな。まるで呼吸しているみたいだぜ」
鋼が小さく零した。崩落云々以前に、敵の気配をヒシヒシと感じる。
「忍さーん! 聞こえ――……ん?」
声を張り上げ七藻を呼ぶ、茜が翳したライトの光に何かが反射した。もしや、七藻の所持品だろうか。茜は期待の眼差しで一歩、二歩と踏み出したところで、歩みをピタリと止める。
ズズズッ、と。深淵の闇の向こうから、何かが迫ってくる。始めはゆっくりと、しかし近付くにつれて、段々と音の間隔は狭まり、その異様に長い体躯を灯りの元に躍らせた。
「む……ムカデぇッ!?」
生理的に受け付けない形状と動きをする眼前の脅威に茜は全身の毛が逆立ち、一歩後退る。
うねる様に這いずり、壁を進む巨大なムカデ。全長3mには及ぶであろうか。しかしその巨大さに反して動きは軽快で、重さを感じさせない。黒光りする背中は各々が持つ光源が反射して、動く度にキラキラと艶めかしく輝いた。
「脅威の排除も、依頼の内……だったよね!」
いち早く覚醒状態へと入り、その艶やかな黒髪を銀色に変容させた悠月が刀を抜き、待ち受ける。
「ふふっ、僕達を食べるつもり?」
優しき微笑みを浮かべた端整な顔立ちの少年の瞳に、鋭い光が宿り、異様な威圧感を放つ。それは『ブロウビート』の効果か、正面を走るムカデの動きが鈍り、勢いを落としたように見えた。
「どちらが狩人なのかその身に教えてあげる。さぁ、僕と戦ってよッ!」
戦い甲斐のありそうな相手に、悠月の心が昂り、血が滾り、魂が猛る。熱を帯びた感情――対して剣線は凍てつくような冷たさを秘め、放たれた。ギィン、という鈍い音と共に火花が散り、手を走る衝撃が、相手の堅牢さを知覚する。
「なんだぁ? こんなバケモンまでいやがるのか、こいつはますます気が抜けない……なァ!」
悠月の隣を抜け、刀を水平に構えた鋼が矢のように飛び出し、ムカデの胴部へと飛び込んだ。悠月が打ち出した一撃はムカデの甲殻を弾いただけだったが、それによって躰は反り返り、露出させた柔らかい裏側部へと、『疾風剣』の重い一撃が突き刺さった。
ギィィィィ! と、硝子を引っ掻いたような不快な悲鳴を放ち、ムカデが長大な身体を振り回す。
「ちぃ!!」
懐に飛び込んでいた鋼はそれをモロに喰らい、表情が僅かに歪む。掠り傷程度だったが、狭い通路、すぐ背面に悠月もいて、上手く間合いが取れない。
「今援護を……!」
ナタナエルは、仲間の間を縫って鞭を放とうとするが、ただでさえコントロールが難しい鞭を、ライトとランタン、揺らめく陰影が交差している中、そこを抜いて攻撃を正確に打つなど神業に等しい。彼が攻撃を躊躇ったその一瞬、弾かれたように篝がハッとして、振り返った。見れば既に、エリスが銃を構えている。
「もう一体!」
静穏性に優れる銃から放たれた弾丸がムカデの背中を滑るように弾け、向こう側へと抜けて行った。
「やっぱり、あの穴が奴らの通り道――ってそこ、気を付けて!」
「えっ?」
丁度、穴の真横に立っていた茜に篝が注意を促すと同時に、ムカデがひょっこりと仄暗い穴の底から顔を覗かせて、何故かちょっと、茜と見つめ合った。
「こんのぉ! 電撃パーンチッ!!」
魔力を帯びた電撃『エレクトリックショック』がナックル型の魔導機械に宿り、頭部に打撃を与えると同時にスパークが走って、ムカデを焼く。間髪入れず、というかもう反射的に穴を塞ぐようにバックラーを突き出し、ちょっと涙目になって、篝へと視線を向けた。これはあれだ、ふと視線を向けたらゴキブリがいて、手近なコップでポンッと咄嗟に封印したはイイが、この後どうしようという状況に近い。篝は一瞬考え――
「皆、通路を戻って! ここじゃ戦えない!」
前方に敵、後方にも敵、真横からも敵。対してこちらは狭い通路で、殆ど一列に並んでいる。このままこの場所でゴリ押しすれば、何もできないまま相手の餌食にされるだけだ。
「身を屈めてこっちに! 足を止める!」
篝の声に男三人は顔を合わせ、身を低くして駆け出した。『威嚇射撃』が前方のムカデを牽制する。
「えとえと、あの、その、私はッ!?」
もさもさと気持ち悪く蠢くのを必死に抑えた茜が叫んだが、篝の視線は前方のムカデに向いたままで。
「そのまま頑張って!」
「う……頑張る……」
しかし、このピンチを切り抜けるためには最大の難問が立ち塞がっている。
「ということは、この一体は最低でも倒さないといけませんか」
エリスの構える銃の照星に視界が集中して、ただの一点にピントが合わさる。硬い甲殻を持ち、分散的な神経節構造を持っていようが、頭部に致命的ダメージが入れば話は別だ。『強弾』の込められた弾丸が、それを証明するように毒顎を吹き飛ばす。
「通してもらうよ」
ナタナエルが振るう鞭が、胴に叩き付けられる。そしてエリスの脇を抜け、飛び出した悠月の刀が煌めいて叩き上げ、続けて鋼が刀の背を肩に預けて突刺した。
●反撃
「さて、どう戦ったものかな?」
小部屋の角に肩を乗せ、ナタナエルは通路の様子を伺いながら静かに呟いた。
あのムカデが倒れた直後、更にもう一体がその後ろから襲ってきたせいで、この小部屋に逃げ込むまでに、一行は更にダメージを増やしていた。最も、その一体も仕留められたのは僥倖であったと言えよう。
「この暗闇に適応しているのですから、音や匂いで感知するのではないでしょうか?」
エリスがぼんやりと思いながら、そんなことを言う。
「じゃあ、石を投げつけた場所に反応したりするのかな? ……あ。って、ことは」
「そっか。忍さんを呼ぶ声に反応して襲ってきたのか」
悠月の言葉に、ポンッと茜は手を打った。その隣で鋼も頷く。
「やっこさんは呼ぶ声に応じられねぇってわけか」
篝は首を竦めた。転落した七藻は恐らく、上部にいた仲間に助けを求めたのかもしれない。だがそれが奴らを呼び、尻を絡げて逃げ出す羽目になったのだろう。ならば答えは簡単だ。
「この小部屋なら、火力を集中することができるわ」
ここにも例の穴はあるが、この場所なら対処も容易い。
「じゃあ、ここは僕の出番かな」
自己治療で傷を癒した悠月が、刀をくるりと逆手に持ち、通路へと躍り出た。敵と味方が狭い通路に犇めいていた先程の空間では『地を駆けるもの』の効果も十分に発揮できなかったが、単独で動き回るなら話は別だ。エリスがライトを逆手に持ち、その手の甲に銃把の底を乗せ、銃を構えながら悠月の背を照らす。
「さぁ、第二ラウンドの始まりだ!」
呼吸を飲み込み、悠月は一気に駈け出した。
元々か、それともこの岩に囲まれた場所だったからか、強靭な背中を持つ個体となったこの大ムカデに、悠月の刀は文字通り歯が立たない。かといって、刃の通りそうな内側に潜り込めば、忽ち捕まれ、餌食となってしまう。……だが、単純に躱すだけなら、這うように駆け回るこの銀色の獣には造作もないことだ。
「さぁ、こっちだよ!」
手にした刀の背で壁を叩き、二匹のムカデを誘導する。いきり立ち、その鋭い牙を突き立てようと振り下ろした頭部をひらりと躱し、壁を蹴り、軽やかに跳ね回りながら、転がるように通路を直角に飛び込んだ。その動きを援護するように正確無比な銃弾がライトの光に導かれて、ムカデへと突き刺さる。
「この程度で梃子摺るようでは……国に帰れんさ!」
怯んだムカデに鋼が充足させた気迫、『剣心一如』を刃に乗せて吐き出し、頭部を縦に切り裂いた。ドウッともんどりうって倒れたのを見送り、そこでもう一体の姿が見えないことに気が付く。
「……今度は後れを取らない」
小部屋の中、睨み付けたその穴へ、ナタナエルは『スローイング』でナイフを投擲した。無数の穴を自在に動き回るのは奇襲には向いているが、だが逆に、奇襲で無くなればデメリットしかない。そう、弱点である頭部を狙い易くさせ、回避が出来ないという事だ。
しかしそれでも、強引に穴から這い出てたムカデがその執念を見せ、側にいた茜に襲い掛かろうとするが、篝の放った『レイターコールドショット』が命中し、凍てつく冷気がムカデの動きを鈍らせる。
「これで、終わりッ!」
意趣返しとばかりに茜のナックルから放たれた『機導砲』の光がムカデの頭部を穿ち、その生命活動を停止させた。
●優しき光
「足のほかに、痛い所はございませんか?」
ムカデを討伐後、七藻はあっさりと救出された。矢張り、息を殺してムカデをやり過ごしていたらしい。
エリスがパンとチーズを差し出したが、七藻は顔面蒼白で、プルプルしながらそれをそっと突き返した。彼女の怪我は大した様子でもなく、篝が既に応急手当を済ませているが、何か様子がおかしい。
なんだろう。何か体調でも悪いのだろうか。
一同は首を傾げたが、茜がいち早く、七藻の膀胱がエマージェンシーだと察した。
「男性陣はあっち行って! 覗いたら撃つわよ! 私が良いっていうまで耳も塞ぐ!」
「一体なんだってんだよ」
渋々と鋼が腰を上げ、調査に没頭していたナタナエルの元へと動くと、続いて悠月がパッと笑顔を浮かべ、
「僕だって失敗は沢山あるよ。上手く行く人だって、いつかは壁に当たる。皆そこで悩んだり考えたりするから……。その、頑張ってね!」
と、言葉を残してその場を後にした。
「あの、一度の失敗ぐらいで、落ち込んではいけませんよ?」
エリスは勇気付けるように声を掛け、そそくさと男性陣の待つ方へと向かった。
「あ゙り゙がどぅぅ」
七藻はボロボロと大粒の涙を流した。安堵というよりは、女子特有の『共感』への感激だった。奇しくも乙女の純情は守られた。泣かずにはいられまい。
「あのね、何でこんなことにって散々思ったけど、私は諦めたくないんだ」
七藻を近くの岩陰に送り、茜は言葉を掛けた。
「フツーに学校に行って、友達と遊んで、彼氏だって欲しい。……元の世界に帰る日までは、とことん足掻いてやるって決めたから」
茜の言葉に、篝が頷く。
「そうね。心細かったり、辛い事も多いと思うけど、生きていれば何とかなる。何とかできるから」
同じ世界から飛ばされてきた者同士というのもあるが、どこか境遇の似ている三人は、ふっと笑顔を零した。茜が言葉を続ける。
「えっと忍……で、良いかな? 今度こっちの世界のスイーツ食べに行こうね」
「……うん。ありがとう」
ポツリと漏れた七藻の感謝の言葉。深い闇で遮られたその場所に、燭光が差し込んだ気がした。
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/25 11:33:09 |
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相談卓 月代 鋼(ka4730) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/04/29 01:39:52 |