ゲスト
(ka0000)
p765 『真紅の花』
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/01 15:00
- 完成日
- 2015/05/09 15:56
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
『真紅の花』
「ねぇ、ソニア。春のお祭りも、もうすぐだね」
彼女はひまわりのように明るい声で、わたしにそう語り掛けました。
「そうね。賑やかな音を聞いているだけで、私も楽しくなるわ」
そう微笑みながら答えた私の言葉に、彼女の顔もニッコリと大輪の黄色い花を咲かせて笑った様子がハッキリと思い描けます。
彼女は私のたった一人の親友です。
生まれつき身体が弱いわたしの家に、いつも遊びに来てくれる、唯一の遊び相手。
今日も庭の花畑で二人並んで楽しくおしゃべりをしています。
季節は春。
もうすぐ、ジェオルジの春のお祭りの季節です。
花いっぱいのお祭りですが、残念ながら私は見る事ができません。
ただ、祭りで賑わう村の色んな音や、お祭り料理のにおいを嗅ぐだけでも、自分も一緒に楽しんでいるような、そんな様子をめいいっぱいに思い浮かべる事ができます。
「今年はね、夜の踊りで着る用に、お母さんが赤いドレスを作ってくれるんだ。ルーファの花みたいな、真っ赤で綺麗なドレス」
ルーファの花と言うのは、わたしのお屋敷の庭にも咲いている、この村の名物花です。
春のお祭りの時期に丁度見ごろを迎えるその花は、とても綺麗な赤い花を咲かせるのだと聞いています。
今はまだつぼみの状態ですが、もう1~2週もすれば満開に花開く事でしょう。
そんなに綺麗なルーファの花色のドレスを着た彼女なら、きっと可愛く素敵なんだろうなと、その様子を思い浮かべてみるものです。
「ソニアも村の広場に来てよ。きっと、踊りの音楽を聴いてるだけでも楽しいと思うよ」
「お医者様に聞いてみないと……でも、きっとOKして貰えると思うわ」
私がそう答えると、彼女は「ほんと!? 楽しみだなぁ」と言って、エヘヘと嬉しそうに笑ってくれました。
「ところで、今日はどんな本を持ってきてくれたの?」
「えっとね、ちょっと面白いものを持って来たんだ――」
そう言って、彼女はなにやらゴソゴソと鞄の中から何かを取り出します。
少し、力を入れている様子からすると、ちょっと重いものみたいです。
「よい……しょっと。ふぅ、重たかった」
「それはなあに?」
「拾ったんだ。ウチの畑に落ちてたの」
「それ、落とした人が困ってるんじゃないの……?」
「大丈夫大丈夫、そしたら元の場所に戻しておくから」
どうやってその事を知るつもりなんだろう……そんな事も思いましたが、私にはどうする事もできません。
暫くして、紙を捲るような音と共に、彼女の声が響きます。
――『奇怪なる世界の人々』 キアーヴェ・A・ヴェクター 作
「えっと……これ、短編集みたい。じゃあ適当に気になった話を読もうっと」
ぱらぱらと続く本を捲る気配。
その音が、ピタリと止まりました。
「これにしよう。 『真紅の花』――なんだか、ルーファの花みたいなタイトルじゃない?」
彼女はそう言いながら、小節『真紅の花』を読み上げます。
――そこは、とある田舎の農村。
新緑芽吹く、夏の訪れを待つ季節に差し掛かろうという頃。
村には、2人の少女が住んで居た。
一人は病弱で病に伏せ、もう一人は快活で明るい太陽のような少女。
彼女達は、村でも有名な大の親友同士であった。
「あは、なにこれ私達みたいだね」
彼女はケラケラと笑い、私も頷きながらニッコリと笑顔を浮かべました。
読み進められた話では、彼女達の日々の楽しげな暮らしや、病気で不便な少女のちょっとした苦悩、快活な少女の優しさなど――まるで私達の事がそのまま書かれているかのような、そんな不思議な気分を感じながらも、私は彼女の言葉に耳を寄せます。
――ある日の夕刻、彼女達はいつものように花畑に繰り出して他愛の無い話に華を咲かせて居た。
唯一つ、その日違った事は、快活な少女が持って来たもの――薄汚れた、分厚い本であった。
「ね、ねぇ……今日はここまでにしておかない。この本、なんだかおかしいわ」
「えぇ、良いじゃない。面白くなってきた所なのに」
今日、この場で起こっている事が、既に書かれているなんて事、あり得るのだろうか。
私はいつしかこの本に、言葉に出来ないような恐怖を覚えていました。
私の言葉は受け入れられず、彼女は本を読み進めます。
――あと半月もすれば一面の赤い花が咲くこの庭は、まだつぼみをつけた青い葉が茂るのみ。
そんな中で、2人の少女は、手にした本を読み進める。
まるで、自分達の存在を、外から眺めているような、奇妙な浮遊感。
そうしているウチにふと、気づいたのだった。
つぼみの花畑の中に1輪の、真紅の花が咲いたのを――
不意に、大地を大きく揺らすような振動が一つ、私のお尻に伝わりました。
それと同時に、彼女の声が私の耳から消えてしまいます。
「何……どうしたの?」
私の脳裏に浮かんだのは、彼女が倒れた――そんな情景でした。
慌てて、彼女のほうへ手を伸ばしましたが、そこに彼女は居ません。
代わりにあったのは、花畑の大地を濡らす、ドロリとした暖かな液体。
そして、彼女が居るハズの場所には、固くて円い、何かがありました。
「え……何……」
その瞬間、私の脳裏には煌々と、目の前で起きた事が焼きつくように浮かび上がりました。
彼女が、何か大きくて固いものに、真っ赤な花へと変えられてしまった情景が。
「――ひっ!?」
私は思わず、座ったまま、後ずさります。
同時に、何か巨大なものが動いたような風を感じると共に、すぐ近く――おそらく、私が今まで座っていた所から、大きな振動を感じました。
瞬間、私は言葉も出ずに、その場から駆け出していました。
右も左もよく分からぬまま、一心に家を目指して駆け出します。
それを追うように、ドシリドシリと大きな足音も近づいてきます。
必死に走った私ですが、不意に足元を何かに取られ、体を大地に投げ出しました。
終わった――そう思った時、私の鼻腔を微かに、甘い香りがくすぐりました。
間違えるはずもありません、ルーファの花の香りです。
半月早く、早咲きしてしまった花があったようで、その香りが、私の鼻先をくすぐったのでした。
私は縋るように香りの先の一厘の花をその手に掴むと、ぐっと、胸元に抱き寄せるのでした。
次に目が覚めたとき、私は自分のベッドの中に居ました。
夢だったのでしょうか……しかし、その手に握っていたものを感じ取った時、あの時のことがウソで無い事をハッキリと思い出しました。
そう……彼女の最期も。
「う、うう……」
心を何かでわしづかみにされたような痛みが、私の胸を貫きます。
それと同時に、あの巨人がすぐ傍に居るのでは無いか……そんな恐怖が私の背筋を伝って、脳裏に景色を浮かび上がらせるのです。
巨大でいびつな、怪物の姿を。
私は布団の中で円くなり、ただただ、泣き叫ぶだけでした。
その手に、真紅の花を握り締めながら。
「ねぇ、ソニア。春のお祭りも、もうすぐだね」
彼女はひまわりのように明るい声で、わたしにそう語り掛けました。
「そうね。賑やかな音を聞いているだけで、私も楽しくなるわ」
そう微笑みながら答えた私の言葉に、彼女の顔もニッコリと大輪の黄色い花を咲かせて笑った様子がハッキリと思い描けます。
彼女は私のたった一人の親友です。
生まれつき身体が弱いわたしの家に、いつも遊びに来てくれる、唯一の遊び相手。
今日も庭の花畑で二人並んで楽しくおしゃべりをしています。
季節は春。
もうすぐ、ジェオルジの春のお祭りの季節です。
花いっぱいのお祭りですが、残念ながら私は見る事ができません。
ただ、祭りで賑わう村の色んな音や、お祭り料理のにおいを嗅ぐだけでも、自分も一緒に楽しんでいるような、そんな様子をめいいっぱいに思い浮かべる事ができます。
「今年はね、夜の踊りで着る用に、お母さんが赤いドレスを作ってくれるんだ。ルーファの花みたいな、真っ赤で綺麗なドレス」
ルーファの花と言うのは、わたしのお屋敷の庭にも咲いている、この村の名物花です。
春のお祭りの時期に丁度見ごろを迎えるその花は、とても綺麗な赤い花を咲かせるのだと聞いています。
今はまだつぼみの状態ですが、もう1~2週もすれば満開に花開く事でしょう。
そんなに綺麗なルーファの花色のドレスを着た彼女なら、きっと可愛く素敵なんだろうなと、その様子を思い浮かべてみるものです。
「ソニアも村の広場に来てよ。きっと、踊りの音楽を聴いてるだけでも楽しいと思うよ」
「お医者様に聞いてみないと……でも、きっとOKして貰えると思うわ」
私がそう答えると、彼女は「ほんと!? 楽しみだなぁ」と言って、エヘヘと嬉しそうに笑ってくれました。
「ところで、今日はどんな本を持ってきてくれたの?」
「えっとね、ちょっと面白いものを持って来たんだ――」
そう言って、彼女はなにやらゴソゴソと鞄の中から何かを取り出します。
少し、力を入れている様子からすると、ちょっと重いものみたいです。
「よい……しょっと。ふぅ、重たかった」
「それはなあに?」
「拾ったんだ。ウチの畑に落ちてたの」
「それ、落とした人が困ってるんじゃないの……?」
「大丈夫大丈夫、そしたら元の場所に戻しておくから」
どうやってその事を知るつもりなんだろう……そんな事も思いましたが、私にはどうする事もできません。
暫くして、紙を捲るような音と共に、彼女の声が響きます。
――『奇怪なる世界の人々』 キアーヴェ・A・ヴェクター 作
「えっと……これ、短編集みたい。じゃあ適当に気になった話を読もうっと」
ぱらぱらと続く本を捲る気配。
その音が、ピタリと止まりました。
「これにしよう。 『真紅の花』――なんだか、ルーファの花みたいなタイトルじゃない?」
彼女はそう言いながら、小節『真紅の花』を読み上げます。
――そこは、とある田舎の農村。
新緑芽吹く、夏の訪れを待つ季節に差し掛かろうという頃。
村には、2人の少女が住んで居た。
一人は病弱で病に伏せ、もう一人は快活で明るい太陽のような少女。
彼女達は、村でも有名な大の親友同士であった。
「あは、なにこれ私達みたいだね」
彼女はケラケラと笑い、私も頷きながらニッコリと笑顔を浮かべました。
読み進められた話では、彼女達の日々の楽しげな暮らしや、病気で不便な少女のちょっとした苦悩、快活な少女の優しさなど――まるで私達の事がそのまま書かれているかのような、そんな不思議な気分を感じながらも、私は彼女の言葉に耳を寄せます。
――ある日の夕刻、彼女達はいつものように花畑に繰り出して他愛の無い話に華を咲かせて居た。
唯一つ、その日違った事は、快活な少女が持って来たもの――薄汚れた、分厚い本であった。
「ね、ねぇ……今日はここまでにしておかない。この本、なんだかおかしいわ」
「えぇ、良いじゃない。面白くなってきた所なのに」
今日、この場で起こっている事が、既に書かれているなんて事、あり得るのだろうか。
私はいつしかこの本に、言葉に出来ないような恐怖を覚えていました。
私の言葉は受け入れられず、彼女は本を読み進めます。
――あと半月もすれば一面の赤い花が咲くこの庭は、まだつぼみをつけた青い葉が茂るのみ。
そんな中で、2人の少女は、手にした本を読み進める。
まるで、自分達の存在を、外から眺めているような、奇妙な浮遊感。
そうしているウチにふと、気づいたのだった。
つぼみの花畑の中に1輪の、真紅の花が咲いたのを――
不意に、大地を大きく揺らすような振動が一つ、私のお尻に伝わりました。
それと同時に、彼女の声が私の耳から消えてしまいます。
「何……どうしたの?」
私の脳裏に浮かんだのは、彼女が倒れた――そんな情景でした。
慌てて、彼女のほうへ手を伸ばしましたが、そこに彼女は居ません。
代わりにあったのは、花畑の大地を濡らす、ドロリとした暖かな液体。
そして、彼女が居るハズの場所には、固くて円い、何かがありました。
「え……何……」
その瞬間、私の脳裏には煌々と、目の前で起きた事が焼きつくように浮かび上がりました。
彼女が、何か大きくて固いものに、真っ赤な花へと変えられてしまった情景が。
「――ひっ!?」
私は思わず、座ったまま、後ずさります。
同時に、何か巨大なものが動いたような風を感じると共に、すぐ近く――おそらく、私が今まで座っていた所から、大きな振動を感じました。
瞬間、私は言葉も出ずに、その場から駆け出していました。
右も左もよく分からぬまま、一心に家を目指して駆け出します。
それを追うように、ドシリドシリと大きな足音も近づいてきます。
必死に走った私ですが、不意に足元を何かに取られ、体を大地に投げ出しました。
終わった――そう思った時、私の鼻腔を微かに、甘い香りがくすぐりました。
間違えるはずもありません、ルーファの花の香りです。
半月早く、早咲きしてしまった花があったようで、その香りが、私の鼻先をくすぐったのでした。
私は縋るように香りの先の一厘の花をその手に掴むと、ぐっと、胸元に抱き寄せるのでした。
次に目が覚めたとき、私は自分のベッドの中に居ました。
夢だったのでしょうか……しかし、その手に握っていたものを感じ取った時、あの時のことがウソで無い事をハッキリと思い出しました。
そう……彼女の最期も。
「う、うう……」
心を何かでわしづかみにされたような痛みが、私の胸を貫きます。
それと同時に、あの巨人がすぐ傍に居るのでは無いか……そんな恐怖が私の背筋を伝って、脳裏に景色を浮かび上がらせるのです。
巨大でいびつな、怪物の姿を。
私は布団の中で円くなり、ただただ、泣き叫ぶだけでした。
その手に、真紅の花を握り締めながら。
リプレイ本文
●光なき少女
依頼を受けてこの地を訪れていたハンター達は、不可解な事件を前にまずは出来うる限りの情報を集めようと、村を駆け巡っていた。
そんな中で、クローディオ・シャール(ka0030)、マヘル・ハシバス(ka0440)の2人は、事件の当事者である少女・ソニアのもとを訪れる。
「辛い記憶を思い出させてすまない。だが……当時、見た事を話してもらえないだろうか」
そう語り掛けるクローディオの前にはベッドに横たわり、どこを見つめるでもない視線で天井を見上げる少女。
その手には、やや萎れかけた赤い花が握られていた。
「……どなたですか?」
「依頼を受けて、訪れましたハンターです。あなたを……この村を助けたいのです」
視線を動かす事無く、掠れるような声で尋ねたソニアに、マヘルは優しく声を掛ける。
「私が助かっても、彼女はもう、戻って来ません。きっとみんな、怪物に殺されてしまうんだわ……」
そう口にして、布団を頭から被り、嗚咽を漏らすように震えるソニア。
マヘルは静かに彼女の傍へと寄ると、布団の上から彼女をなだめるように手を触れる。
「お友達の事は本当に残念だと思います……ですがまだ、村に被害は広がっていません。多くの人が助かる道は残されているんです」
語り掛けるマヘルに、ソニアは一度落ち着いた様子で、そろりと布団から顔を出す。
そうして、初めて彼女達の方を向くと、静かに、そして申し訳無さそうに、口を開いた。
「ごめんなさい……協力したくても、私、何も見ていないんです」
「何もって……あっ」
そんな事あるハズが――そう言葉を返そうとしたマヘルは、彼女の瞳を見て、気が付いてしまった。
「――彼女、目が見えないの」
そう不意に発せられた声の持ち主、リシャーナ(ka1655)が3人のいる部屋へと訪れていた。
「そう、お医者様に話を聞いてきたわ」
「目撃したくとも、できない……?」
「ええ。それでも……何かを感じる事は出来たはず。別に事件に怪物の事なくても良いわ。その時あなたが何を思ったか……それだけでも、良いの」
音、匂い、感触、気持ち――光を失っても、彼女はその全てを失ったわけでは無い。
「私は――」
リシャーナの言葉に、少女は再び泣き崩れた。
そうして口から出る言葉は懺悔。
親友だったのに、心のどこかで羨望や嫉妬に近い感情もあった事。
そう思う心もあって、あの時、彼女の死に寸分の疑いも持たなかった事。
しかしそれでも、やっぱり彼女のことが、大好きであった事。
そんなことが滝のように零れ落ちる。
そうして、しばらく言葉の激流を受け止めた先に、彼女は静かに語り出した。
「私達……本を読んで居たんです。正確には、彼女が語り聞かせてくれるのですが……」
「本、ですか……どのような?」
「おそらく、かなり大きな本だと思います。タイトルと作者は、えっと……」
マヘルの問いに、ソニアは記憶を掘り起こすように、小さく唸る。
「ごめんなさい。その後の事の記憶が強くて……思い出したら、必ずお伝えします」
そう口にする少女の瞳には、光こそ無いものの、真紅の花を握りしめながら少しでも前を見ようとする強さが確かに灯っていた。
●真紅の花
「では、ここまでに得た情報を纏めよう」
拠点となっている村長卓に一度集まったハンター達。
ロニ・カルディス(ka0551)は、そう言いながら自らの得た情報を羅列する。
「現場の花畑は、なにやら大きな物体が歩いたかのように荒れていた。それこそ、怠惰の巨人でも歩き回ったような、そんな痕だ」
もちろん、怠惰兵だと決まったわけでは無いが、と彼は付け加える。
「被害者に関しては、残念ながら既に葬儀が済んでしまっていたようだ。だが、殺害現場は三春が調べてくれていた」
名指しを受けて、麗奈 三春(ka4744)は静かに頷く。
「この地はまだ慣れませんが、できる限りの調査は行ってみました」
エトファリカから来た彼女はまだこの地方の文化や人々には慣れていないらしく、現場の検証に一人黙々と精を出していたのだ。
「現場に大きく争ったような形跡はありません。何か、大きな杵か何かで、一思いに叩き伏せられたれたような……そんな痕だけが残されておりました」
「って事は、だ。敵は大柄な巨人で、ハンマーか何かを持っているって事だな」
そう、三春の意見に自分が街で得た情報も付け加え、纏めるエヴァンス・カルヴィ(ka0639)。
彼もまた巨人の目撃情報を得るために、村を駆けまわっていた。
「巨人が出るのは、夕方から夜くらいに掛けてだ。目撃場所はこの村長宅周辺だけ。どこから来たのかは分からねぇ……少なくともこの周辺以外での目撃は無い」
「そうなると、どこから現れて来るんだろうな」
ヒースクリフ(ka1686)が口にしたのはもっともな疑問。
ソニアも、親友が殺されるその瞬間まで巨人の存在に気づく事は無かった。
目が見えない、ハンデを勘定に入れたとしても。
「その本だけどさ、これが見つかんなかったんだよね~。村の人にも聞いてみたんだけど、誰も知らないって」
そう言いながら、超級まりお(ka0824)は手に持った一輪の花を指先で弄ぶ。
「あ……その花、ソニアさんが持ってた」
思わず声に出たマヘル。
まりおが手に持っていた真紅の花は間違いない、先ほどソニアが縋るように握りしめていた、真っ赤な花。
「ルーファの花って言うんだって。庭の花畑が全部そうらしいんだけど……咲いてるのこれしか無かったんだ」
すごく甘くていい匂いがするんだよと、まりおはくんくんと花の香りを嗅いでみせる。
「ソニアさんもルーファ持ってたの?」
「ああ、大事そうに握りしめていた」
「そ、その花を持ったソニアさんだけが無事って事はさ……もしかして怪物はソニアさんを襲えない理由があって、その理由が無くなるのを待ってるんじゃないの?」
「まさか、花……ですか」
まりおの言いたい事がなんとなく分かったのか、マヘルは思い至ったようにそう呟いた。
「い、一応、事件が解決するまで、ソニアさん絶対に花を手放さないでね!」
そう、病床につくソニアへと迫るまりお。
ソニアは訳が分からない様子ではあったが、半ばその勢いに押されるようにして小さく頷いていた。
●狂乱の巨人
時刻は夜。
ハンター達は村長宅の周囲を警戒するように、護衛に従事していた。
とりわけ、彼女の部屋の外には、厳重な警戒が敷かれる。
彼女の部屋からは、まだ青い葉が広がるだけのルーファの花畑が一面に広がって見えていた。
病床に吹ける彼女であるが、窓を開ければその香りが部屋に満たされるように、そう作られていたのだ。
花畑にゆらりと、風が吹く。
その風が運んできたかのように、不意に花畑の暗がりの中にのっぺりとした巨体が、その身体をゆっくりと持ち上げるのをハンター達は目にしていた。
どしり、どしりと地面を揺らしながら、近寄る巨人。
距離が詰まるにつれ、次第にその姿が露わになる。
「な……なにこれ」
まりおは思わず手に持った花を取り落しそうになるのを堪えた。
彼らの前に現れたのは巨大な鼻。
ねじれた歪な鼻の形をしたオブジェのような巨体であった。
目も、口も、耳も無く、あるのはただ鼻のみ。
そこから不格好な腕と脚が生えた、「奇怪」の一言の風貌。
また、巨体と同等にも見える巨大な右腕の先には、まるで鎧のように堅牢な甲羅のようなもの。
少女を殺した要因が何か、ハンター達は即座に理解した。
「勝てるのか……こんな奴に」
不意に、そう口走ったのはヒースクリフ。
何故だろう、普段ならばどんな強敵相手でも勇猛果敢に立ち向かえるはずなのに。
本能が、恐怖を発している。
「ヒースクリフさんも同じ……私だけじゃ、ないの?」
マヘルもまた、嫌な汗を額に浮かべていた。
まるで初めて歪虚と戦った時のような感覚が、彼女の身を駆け巡る。
「……ハハッ、面白そうじゃねぇか!」
そんな彼らを他所に、エヴァンスは思わず大剣を抱えて巨人目がけて駆け出した。
「エヴァンスさん!」
仲間の静止も聞かずに駆けるその瞳に、歪虚以外の姿は映っていない。
恐怖でこそ無いものの、半ば魅せられるように。高鳴る鼓動と共に、その視線は、釘づけとなってしまっている。
「碌なヤツでは無いと思っていたが、何なのだコイツは……だが、致し方あるまい!」
ロニは己の中の恐怖を無理やり抑えつけるように奮い立たせると、エヴァンスのカバーに入るように盾を構えて突貫した。
ゆっくりと振り上げられる怪物の拳、その一撃を盾で受け流そうと、身を屈めるロニ。
が、不意にその怪物の巨体が、何かを拒絶するように揺らめいた。
彼の横でまりおが怪物に押し付けるように見せた花。
それに対して、身体を揺らすようにして後ずさる怪物。
怪物は、明らかにそれを嫌がっているように見える。
「目は無い……鼻――となると、匂いか!」
そう思考が至り、わずかに出来た隙に怪物の背後へと抜けるクローディオ。
その鞭を巨体に打ち付けようとするも、腕が縮こまったようにいう事を聞かない。
「くっ、私も怯えていると言うのか……?」
「怖い……でも援護くらいは」
震える手でデバイスを掲げるマヘル。
眼前の怪物にその照準を付けようと目を見張る……が、まるで脳裏にかのように引きつけられるその姿に、思わず瞳を瞑ってしまう。
放たれた機導砲はあらぬ方向へと光の筋をたなびかせた。
「なんと奇怪な姿……」
リシャーナは怪物へと迫るヒースクリフへと岩石の鎧の魔法を放つ。
纏うその身は一層重くなる……が、怪物の脅威に震える脚にとっては些細な事であった。
怪物の巨腕がのそりとその頭上へと掲げ上げられる。
口無き異形の無言の一振りは、自らの足元に迫るハンター達へと突撃するように、戦場を貫く。
「ぐぅ……ッ!」
堅牢な盾を通してなお、その全身に伝わる衝撃がロニの身体を走る。
エヴァンス、ヒースクリフ、そして距離を置いていた三春もまた、自らの巨大な剣でその一撃を受け止めるも、全身を使ってなお突き抜ける衝撃に、体中の筋肉が、骨が悲鳴を上げる。
「この間合いを掌握されるとは……ですが、私とて」
全身を巡る痛みに耐え、巨腕を振り切り無防備となった怪物を前に、三春が地を蹴る。
自らを轢くように戦場を貫いた巨人との間合い。
本来ならば太刀の届く距離では無いが、『踏み込めば』話は別だ。
「心技体、すべて揃ってこその剣客と言うものです」
踏み込む勢いのままに閃く刃。
そのまま、巨人の小脇をすり抜け間合いを取り、残心に身を鎮める。
「だからこそ、異形を見たとてこうも心を乱すとは……不覚ですっ」
三春は自らを戒めるようにそう吐き捨てるも、まだ倒すべき相手を直視できないのは心の乱れ故なのだろか。
嫌悪感と共に、自らへの苛立ちもまた、その心に募ってゆく。
そしてその心は、他のハンター達も同じであった。
「奮える身体が動かなくっても、絶対にここで倒さなくっちゃダメだ!」
身を奮い立たせるようにして、まりおが大地を蹴る。
天を飛ぶが如く跳ねるその身で、巨人の頭上からその剣を叩き付けた。
花の香を嫌ったのか、受ける間もなく身震いする巨人へと叩き込まれる斬撃。
「まだ……もう一撃!」
そうして、自らの恐怖をも断ち切るかのように、返しの一撃をその巨体へと刻み込む。
「その通りだ。脅威は払わなければならない!」
敵がそうしたように、その鼻先へと槍を持ち突貫するロニ。
わずかに身を反らして避けようとした怪物であるが、その足をクローディオの鞭が唸りを上げて払い除ける。
もっとも、それだけで態勢が崩れるような巨体では無かったが、立て続けに背面から、三春の刃が閃いた。
2人の攻撃を受けてぐらりと姿勢が崩れ、怪物の回避が遅れる。
突きつけられた槍先が、その鼻っ柱を貫く。
「そう……今はできる事をやるだけです」
1年前なら何もできなかった。
それでも今は「できる事」がある。
それは恐怖を無理やりにでも抑えつけられるだけの、彼女の自信となり、その自信はまた、マテリアルの輝きとなってデバイスへと集まり、トライアングルを成す。
その頂点から伸びる3つの光の筋が、一斉に怪物目がけて解き放たれた。
「そうだ。絆があれば、恐怖は乗り越えられる……リシャーナ、行くぞ!」
掛け声と共にヒースクリフの背後にそびえる鋼の幻影が、茨を纏いし赤き機人の姿へと変貌する。
そうして絆を力に変えるかのように眼前に集めたマテリアルが、雷と成り、怪物の体を包み込んだ。
「あなたが振りまくこの感覚……まるで人の負の感情の塊みたいね。今、解放してあげるわ」
ヒースクリフの雷撃で身動きの取れない怪物に、リシャーナの炎の矢が炸裂する。
成す総べなく貫かれるその姿に、どこか悲しみすら覚えていた。
「お前との戦い、中々楽しかったぜ。だが、まだ、俺の敵じゃねぇ……ッ!」
炎の矢に貫かれ、ボロボロとなったその眼前で、エヴァンスの大剣が高々と振り上げられた。
自らの頭上で、力をためるように1拍おいて、柄の握りに力を込める。
そのまま振り抜かれた渾身の一撃は、薪を割るかのように、怪物の体を切り裂く。
その巨体から吹き出した真っ赤な鮮血は花畑の緑を冒すように降りかかり、一面のルーファに紅の花を咲かせるのであった。
●奇怪なる世界
「怪物を、倒されたのですね」
ソニアの部屋に集まったハンター達へ、病床の少女は静かに、確かめるように口にした。
「ええ、脅威は去りました。花畑は少し、荒れてしまいましたが……」
そう、申し訳なさそうに窓の外へと視線を向けるマヘル。
怪物とその血液らしきものは、既に霧散し、消えてしまっていた。
残されたのは戦闘で踏み荒らされる事となった、ルーファの花畑だけである。
「構いません。私はどうせ、その姿を見る事ができませんから……代りに、私の心の中で、何時でも花を咲かせることが出来ます。そして、あの子の笑顔も――」
そう言って、光なき瞳を静かに閉じるソニア。
が、すぐに瞼を開けると、ハンター達の方へと向かって口を開く。
「――『奇怪なる世界の人々』。作者はキアーヴェ・A・ヴェクター」
「それはもしかして……」
言葉を濁した三春に、ソニアは同意するように頷く。
「彼女が語って聞かせてくれた、本の名前です」
「本……結局、どこへ行ってしまったのだろな」
戦闘中にも、見かける事の無かった謎の本の存在に、クローディオは僅かに首を傾げる。
「歪虚みてぇに消えちまったか、誰かが拾ったか……」
「こ、後者は考えたくないね」
疑問こそ残れど、次の日から、その村で奇怪なる事件が起こったという話は聞くことが無くなったという。
村人たちの変わらないのどかな日常が、そこには待っているのであった。
依頼を受けてこの地を訪れていたハンター達は、不可解な事件を前にまずは出来うる限りの情報を集めようと、村を駆け巡っていた。
そんな中で、クローディオ・シャール(ka0030)、マヘル・ハシバス(ka0440)の2人は、事件の当事者である少女・ソニアのもとを訪れる。
「辛い記憶を思い出させてすまない。だが……当時、見た事を話してもらえないだろうか」
そう語り掛けるクローディオの前にはベッドに横たわり、どこを見つめるでもない視線で天井を見上げる少女。
その手には、やや萎れかけた赤い花が握られていた。
「……どなたですか?」
「依頼を受けて、訪れましたハンターです。あなたを……この村を助けたいのです」
視線を動かす事無く、掠れるような声で尋ねたソニアに、マヘルは優しく声を掛ける。
「私が助かっても、彼女はもう、戻って来ません。きっとみんな、怪物に殺されてしまうんだわ……」
そう口にして、布団を頭から被り、嗚咽を漏らすように震えるソニア。
マヘルは静かに彼女の傍へと寄ると、布団の上から彼女をなだめるように手を触れる。
「お友達の事は本当に残念だと思います……ですがまだ、村に被害は広がっていません。多くの人が助かる道は残されているんです」
語り掛けるマヘルに、ソニアは一度落ち着いた様子で、そろりと布団から顔を出す。
そうして、初めて彼女達の方を向くと、静かに、そして申し訳無さそうに、口を開いた。
「ごめんなさい……協力したくても、私、何も見ていないんです」
「何もって……あっ」
そんな事あるハズが――そう言葉を返そうとしたマヘルは、彼女の瞳を見て、気が付いてしまった。
「――彼女、目が見えないの」
そう不意に発せられた声の持ち主、リシャーナ(ka1655)が3人のいる部屋へと訪れていた。
「そう、お医者様に話を聞いてきたわ」
「目撃したくとも、できない……?」
「ええ。それでも……何かを感じる事は出来たはず。別に事件に怪物の事なくても良いわ。その時あなたが何を思ったか……それだけでも、良いの」
音、匂い、感触、気持ち――光を失っても、彼女はその全てを失ったわけでは無い。
「私は――」
リシャーナの言葉に、少女は再び泣き崩れた。
そうして口から出る言葉は懺悔。
親友だったのに、心のどこかで羨望や嫉妬に近い感情もあった事。
そう思う心もあって、あの時、彼女の死に寸分の疑いも持たなかった事。
しかしそれでも、やっぱり彼女のことが、大好きであった事。
そんなことが滝のように零れ落ちる。
そうして、しばらく言葉の激流を受け止めた先に、彼女は静かに語り出した。
「私達……本を読んで居たんです。正確には、彼女が語り聞かせてくれるのですが……」
「本、ですか……どのような?」
「おそらく、かなり大きな本だと思います。タイトルと作者は、えっと……」
マヘルの問いに、ソニアは記憶を掘り起こすように、小さく唸る。
「ごめんなさい。その後の事の記憶が強くて……思い出したら、必ずお伝えします」
そう口にする少女の瞳には、光こそ無いものの、真紅の花を握りしめながら少しでも前を見ようとする強さが確かに灯っていた。
●真紅の花
「では、ここまでに得た情報を纏めよう」
拠点となっている村長卓に一度集まったハンター達。
ロニ・カルディス(ka0551)は、そう言いながら自らの得た情報を羅列する。
「現場の花畑は、なにやら大きな物体が歩いたかのように荒れていた。それこそ、怠惰の巨人でも歩き回ったような、そんな痕だ」
もちろん、怠惰兵だと決まったわけでは無いが、と彼は付け加える。
「被害者に関しては、残念ながら既に葬儀が済んでしまっていたようだ。だが、殺害現場は三春が調べてくれていた」
名指しを受けて、麗奈 三春(ka4744)は静かに頷く。
「この地はまだ慣れませんが、できる限りの調査は行ってみました」
エトファリカから来た彼女はまだこの地方の文化や人々には慣れていないらしく、現場の検証に一人黙々と精を出していたのだ。
「現場に大きく争ったような形跡はありません。何か、大きな杵か何かで、一思いに叩き伏せられたれたような……そんな痕だけが残されておりました」
「って事は、だ。敵は大柄な巨人で、ハンマーか何かを持っているって事だな」
そう、三春の意見に自分が街で得た情報も付け加え、纏めるエヴァンス・カルヴィ(ka0639)。
彼もまた巨人の目撃情報を得るために、村を駆けまわっていた。
「巨人が出るのは、夕方から夜くらいに掛けてだ。目撃場所はこの村長宅周辺だけ。どこから来たのかは分からねぇ……少なくともこの周辺以外での目撃は無い」
「そうなると、どこから現れて来るんだろうな」
ヒースクリフ(ka1686)が口にしたのはもっともな疑問。
ソニアも、親友が殺されるその瞬間まで巨人の存在に気づく事は無かった。
目が見えない、ハンデを勘定に入れたとしても。
「その本だけどさ、これが見つかんなかったんだよね~。村の人にも聞いてみたんだけど、誰も知らないって」
そう言いながら、超級まりお(ka0824)は手に持った一輪の花を指先で弄ぶ。
「あ……その花、ソニアさんが持ってた」
思わず声に出たマヘル。
まりおが手に持っていた真紅の花は間違いない、先ほどソニアが縋るように握りしめていた、真っ赤な花。
「ルーファの花って言うんだって。庭の花畑が全部そうらしいんだけど……咲いてるのこれしか無かったんだ」
すごく甘くていい匂いがするんだよと、まりおはくんくんと花の香りを嗅いでみせる。
「ソニアさんもルーファ持ってたの?」
「ああ、大事そうに握りしめていた」
「そ、その花を持ったソニアさんだけが無事って事はさ……もしかして怪物はソニアさんを襲えない理由があって、その理由が無くなるのを待ってるんじゃないの?」
「まさか、花……ですか」
まりおの言いたい事がなんとなく分かったのか、マヘルは思い至ったようにそう呟いた。
「い、一応、事件が解決するまで、ソニアさん絶対に花を手放さないでね!」
そう、病床につくソニアへと迫るまりお。
ソニアは訳が分からない様子ではあったが、半ばその勢いに押されるようにして小さく頷いていた。
●狂乱の巨人
時刻は夜。
ハンター達は村長宅の周囲を警戒するように、護衛に従事していた。
とりわけ、彼女の部屋の外には、厳重な警戒が敷かれる。
彼女の部屋からは、まだ青い葉が広がるだけのルーファの花畑が一面に広がって見えていた。
病床に吹ける彼女であるが、窓を開ければその香りが部屋に満たされるように、そう作られていたのだ。
花畑にゆらりと、風が吹く。
その風が運んできたかのように、不意に花畑の暗がりの中にのっぺりとした巨体が、その身体をゆっくりと持ち上げるのをハンター達は目にしていた。
どしり、どしりと地面を揺らしながら、近寄る巨人。
距離が詰まるにつれ、次第にその姿が露わになる。
「な……なにこれ」
まりおは思わず手に持った花を取り落しそうになるのを堪えた。
彼らの前に現れたのは巨大な鼻。
ねじれた歪な鼻の形をしたオブジェのような巨体であった。
目も、口も、耳も無く、あるのはただ鼻のみ。
そこから不格好な腕と脚が生えた、「奇怪」の一言の風貌。
また、巨体と同等にも見える巨大な右腕の先には、まるで鎧のように堅牢な甲羅のようなもの。
少女を殺した要因が何か、ハンター達は即座に理解した。
「勝てるのか……こんな奴に」
不意に、そう口走ったのはヒースクリフ。
何故だろう、普段ならばどんな強敵相手でも勇猛果敢に立ち向かえるはずなのに。
本能が、恐怖を発している。
「ヒースクリフさんも同じ……私だけじゃ、ないの?」
マヘルもまた、嫌な汗を額に浮かべていた。
まるで初めて歪虚と戦った時のような感覚が、彼女の身を駆け巡る。
「……ハハッ、面白そうじゃねぇか!」
そんな彼らを他所に、エヴァンスは思わず大剣を抱えて巨人目がけて駆け出した。
「エヴァンスさん!」
仲間の静止も聞かずに駆けるその瞳に、歪虚以外の姿は映っていない。
恐怖でこそ無いものの、半ば魅せられるように。高鳴る鼓動と共に、その視線は、釘づけとなってしまっている。
「碌なヤツでは無いと思っていたが、何なのだコイツは……だが、致し方あるまい!」
ロニは己の中の恐怖を無理やり抑えつけるように奮い立たせると、エヴァンスのカバーに入るように盾を構えて突貫した。
ゆっくりと振り上げられる怪物の拳、その一撃を盾で受け流そうと、身を屈めるロニ。
が、不意にその怪物の巨体が、何かを拒絶するように揺らめいた。
彼の横でまりおが怪物に押し付けるように見せた花。
それに対して、身体を揺らすようにして後ずさる怪物。
怪物は、明らかにそれを嫌がっているように見える。
「目は無い……鼻――となると、匂いか!」
そう思考が至り、わずかに出来た隙に怪物の背後へと抜けるクローディオ。
その鞭を巨体に打ち付けようとするも、腕が縮こまったようにいう事を聞かない。
「くっ、私も怯えていると言うのか……?」
「怖い……でも援護くらいは」
震える手でデバイスを掲げるマヘル。
眼前の怪物にその照準を付けようと目を見張る……が、まるで脳裏にかのように引きつけられるその姿に、思わず瞳を瞑ってしまう。
放たれた機導砲はあらぬ方向へと光の筋をたなびかせた。
「なんと奇怪な姿……」
リシャーナは怪物へと迫るヒースクリフへと岩石の鎧の魔法を放つ。
纏うその身は一層重くなる……が、怪物の脅威に震える脚にとっては些細な事であった。
怪物の巨腕がのそりとその頭上へと掲げ上げられる。
口無き異形の無言の一振りは、自らの足元に迫るハンター達へと突撃するように、戦場を貫く。
「ぐぅ……ッ!」
堅牢な盾を通してなお、その全身に伝わる衝撃がロニの身体を走る。
エヴァンス、ヒースクリフ、そして距離を置いていた三春もまた、自らの巨大な剣でその一撃を受け止めるも、全身を使ってなお突き抜ける衝撃に、体中の筋肉が、骨が悲鳴を上げる。
「この間合いを掌握されるとは……ですが、私とて」
全身を巡る痛みに耐え、巨腕を振り切り無防備となった怪物を前に、三春が地を蹴る。
自らを轢くように戦場を貫いた巨人との間合い。
本来ならば太刀の届く距離では無いが、『踏み込めば』話は別だ。
「心技体、すべて揃ってこその剣客と言うものです」
踏み込む勢いのままに閃く刃。
そのまま、巨人の小脇をすり抜け間合いを取り、残心に身を鎮める。
「だからこそ、異形を見たとてこうも心を乱すとは……不覚ですっ」
三春は自らを戒めるようにそう吐き捨てるも、まだ倒すべき相手を直視できないのは心の乱れ故なのだろか。
嫌悪感と共に、自らへの苛立ちもまた、その心に募ってゆく。
そしてその心は、他のハンター達も同じであった。
「奮える身体が動かなくっても、絶対にここで倒さなくっちゃダメだ!」
身を奮い立たせるようにして、まりおが大地を蹴る。
天を飛ぶが如く跳ねるその身で、巨人の頭上からその剣を叩き付けた。
花の香を嫌ったのか、受ける間もなく身震いする巨人へと叩き込まれる斬撃。
「まだ……もう一撃!」
そうして、自らの恐怖をも断ち切るかのように、返しの一撃をその巨体へと刻み込む。
「その通りだ。脅威は払わなければならない!」
敵がそうしたように、その鼻先へと槍を持ち突貫するロニ。
わずかに身を反らして避けようとした怪物であるが、その足をクローディオの鞭が唸りを上げて払い除ける。
もっとも、それだけで態勢が崩れるような巨体では無かったが、立て続けに背面から、三春の刃が閃いた。
2人の攻撃を受けてぐらりと姿勢が崩れ、怪物の回避が遅れる。
突きつけられた槍先が、その鼻っ柱を貫く。
「そう……今はできる事をやるだけです」
1年前なら何もできなかった。
それでも今は「できる事」がある。
それは恐怖を無理やりにでも抑えつけられるだけの、彼女の自信となり、その自信はまた、マテリアルの輝きとなってデバイスへと集まり、トライアングルを成す。
その頂点から伸びる3つの光の筋が、一斉に怪物目がけて解き放たれた。
「そうだ。絆があれば、恐怖は乗り越えられる……リシャーナ、行くぞ!」
掛け声と共にヒースクリフの背後にそびえる鋼の幻影が、茨を纏いし赤き機人の姿へと変貌する。
そうして絆を力に変えるかのように眼前に集めたマテリアルが、雷と成り、怪物の体を包み込んだ。
「あなたが振りまくこの感覚……まるで人の負の感情の塊みたいね。今、解放してあげるわ」
ヒースクリフの雷撃で身動きの取れない怪物に、リシャーナの炎の矢が炸裂する。
成す総べなく貫かれるその姿に、どこか悲しみすら覚えていた。
「お前との戦い、中々楽しかったぜ。だが、まだ、俺の敵じゃねぇ……ッ!」
炎の矢に貫かれ、ボロボロとなったその眼前で、エヴァンスの大剣が高々と振り上げられた。
自らの頭上で、力をためるように1拍おいて、柄の握りに力を込める。
そのまま振り抜かれた渾身の一撃は、薪を割るかのように、怪物の体を切り裂く。
その巨体から吹き出した真っ赤な鮮血は花畑の緑を冒すように降りかかり、一面のルーファに紅の花を咲かせるのであった。
●奇怪なる世界
「怪物を、倒されたのですね」
ソニアの部屋に集まったハンター達へ、病床の少女は静かに、確かめるように口にした。
「ええ、脅威は去りました。花畑は少し、荒れてしまいましたが……」
そう、申し訳なさそうに窓の外へと視線を向けるマヘル。
怪物とその血液らしきものは、既に霧散し、消えてしまっていた。
残されたのは戦闘で踏み荒らされる事となった、ルーファの花畑だけである。
「構いません。私はどうせ、その姿を見る事ができませんから……代りに、私の心の中で、何時でも花を咲かせることが出来ます。そして、あの子の笑顔も――」
そう言って、光なき瞳を静かに閉じるソニア。
が、すぐに瞼を開けると、ハンター達の方へと向かって口を開く。
「――『奇怪なる世界の人々』。作者はキアーヴェ・A・ヴェクター」
「それはもしかして……」
言葉を濁した三春に、ソニアは同意するように頷く。
「彼女が語って聞かせてくれた、本の名前です」
「本……結局、どこへ行ってしまったのだろな」
戦闘中にも、見かける事の無かった謎の本の存在に、クローディオは僅かに首を傾げる。
「歪虚みてぇに消えちまったか、誰かが拾ったか……」
「こ、後者は考えたくないね」
疑問こそ残れど、次の日から、その村で奇怪なる事件が起こったという話は聞くことが無くなったという。
村人たちの変わらないのどかな日常が、そこには待っているのであった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/29 16:47:08 |
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相談の場 麗奈 三春(ka4744) 人間(クリムゾンウェスト)|27才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/05/01 13:43:15 |