ゲスト
(ka0000)
漢と酒と近接格闘
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2014/06/17 12:00
- 完成日
- 2014/06/18 22:25
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ドワーフ最大の拠点は、この辺境に存在する。
帝国の誇る要塞『ノアーラ・クンタウ』の地下――地下城『ヴェドル』に居を構えるドワーフ達は、今日も工房で槌を振るって武具や生活用品を生み出している。
よく働き、よく飲み、よく眠る。
そうした日々を送るドワーフ達だが、すべてのドワーフが工房で働いているとは限らない。
「ぐわぁ!」
苦痛に交じりの声を漏らしながら、ドワーフの男が地面に転がった。
口から滲む血を手の甲で拭いながら、視線を上へと持ち上げる。
そこにはドワーフの王、ヨアキム(kz0011)の姿があった。
「ぬわぁにぉやっとる! 立てぃ! 立ってみせぃ!」
ヨアキムの怒声が広場に木霊する。
種族の特徴として小柄な肉体ではあるが、筋肉質で立派な髭を蓄えているドワーフ。
そんな彼らがヴェドル内の広場で戦闘訓練に明け暮れているのだから、広場は全体的に男性ホルモンのパラダイス。
――しかし、何故こいつら裸で殴り合っているんだ? しかも、全身にオイル塗るからテカテカじゃないか。
「馬鹿もんっ! 漢ならばいつ何時でも挑戦を受けるものだ。
今日は近接格闘が主題となっておる。今日の筋肉のキレ具合をチェックした後、風呂へ行く最中に敵が襲撃したと想定しているのだから、裸の殴り合いは当然だ。本来ならば、ゲンコツ一つで奴らを叩き出して……あ、すまん。そういう事か。
貴様も熱きモノを持て余して訓練に参加したいのだろう?」
……結構です。
敵地のど真ん中で堂々と風呂入るのはドワーフ王のあんたぐらいだ。
つーか、あんた風呂嫌いだったはずだろ?
「やかましい! 一年に……えーと、二週間前に入った……いや、あれは雨に濡れただけだ……あの時は……。
ええーい! とにかくゲンコツで殴り合って漢道を駆け上がるのだ!」
ドワーフ王、ヨアキム。
工房管理を帝国側の工房関係者へ丸投げして歪虚へ挑み続ける漢。
細かい事が苦手な上、ちょっとオイニーがきつい僕達のヒーローだ。
「ヨアキム様」
「馬鹿野郎! 『兄貴』って呼べと言っているだろうっ!」
「兄貴、聞きやしたか?
ハンターって連中がノアーラ・クンタウにまで足を伸ばしてきているらしいですぜ」
冒険都市リゼリオからノアーラ・クンタウまでは転送ゲートを利用する事で移動を楽に行う事ができる。この為、多くのハンターがこのノアーラ・クンタウへ訪れる機会が増えてきた。
「おう、聞いてるぜ。
連中も帝国を助けてくれるなら仲間に違いねぇな」
顎を擦りながら、無い知恵を絞るヨアキム。
ハンターと酒を酌み交わして交流を深めておけば、今後様々な場面で依頼を出しやすくなる。さらにハンターの中に強い者が居るのであれば……。
「よぉーし! 宴だ!
ハンターに声掛けて久しぶりの大宴会だ! 同盟の商人に酒と食い物を手配しろ!」
ヨアキムはヨダレを拭いながら配下のドワーフへ声をかけた。
帝国の誇る要塞『ノアーラ・クンタウ』の地下――地下城『ヴェドル』に居を構えるドワーフ達は、今日も工房で槌を振るって武具や生活用品を生み出している。
よく働き、よく飲み、よく眠る。
そうした日々を送るドワーフ達だが、すべてのドワーフが工房で働いているとは限らない。
「ぐわぁ!」
苦痛に交じりの声を漏らしながら、ドワーフの男が地面に転がった。
口から滲む血を手の甲で拭いながら、視線を上へと持ち上げる。
そこにはドワーフの王、ヨアキム(kz0011)の姿があった。
「ぬわぁにぉやっとる! 立てぃ! 立ってみせぃ!」
ヨアキムの怒声が広場に木霊する。
種族の特徴として小柄な肉体ではあるが、筋肉質で立派な髭を蓄えているドワーフ。
そんな彼らがヴェドル内の広場で戦闘訓練に明け暮れているのだから、広場は全体的に男性ホルモンのパラダイス。
――しかし、何故こいつら裸で殴り合っているんだ? しかも、全身にオイル塗るからテカテカじゃないか。
「馬鹿もんっ! 漢ならばいつ何時でも挑戦を受けるものだ。
今日は近接格闘が主題となっておる。今日の筋肉のキレ具合をチェックした後、風呂へ行く最中に敵が襲撃したと想定しているのだから、裸の殴り合いは当然だ。本来ならば、ゲンコツ一つで奴らを叩き出して……あ、すまん。そういう事か。
貴様も熱きモノを持て余して訓練に参加したいのだろう?」
……結構です。
敵地のど真ん中で堂々と風呂入るのはドワーフ王のあんたぐらいだ。
つーか、あんた風呂嫌いだったはずだろ?
「やかましい! 一年に……えーと、二週間前に入った……いや、あれは雨に濡れただけだ……あの時は……。
ええーい! とにかくゲンコツで殴り合って漢道を駆け上がるのだ!」
ドワーフ王、ヨアキム。
工房管理を帝国側の工房関係者へ丸投げして歪虚へ挑み続ける漢。
細かい事が苦手な上、ちょっとオイニーがきつい僕達のヒーローだ。
「ヨアキム様」
「馬鹿野郎! 『兄貴』って呼べと言っているだろうっ!」
「兄貴、聞きやしたか?
ハンターって連中がノアーラ・クンタウにまで足を伸ばしてきているらしいですぜ」
冒険都市リゼリオからノアーラ・クンタウまでは転送ゲートを利用する事で移動を楽に行う事ができる。この為、多くのハンターがこのノアーラ・クンタウへ訪れる機会が増えてきた。
「おう、聞いてるぜ。
連中も帝国を助けてくれるなら仲間に違いねぇな」
顎を擦りながら、無い知恵を絞るヨアキム。
ハンターと酒を酌み交わして交流を深めておけば、今後様々な場面で依頼を出しやすくなる。さらにハンターの中に強い者が居るのであれば……。
「よぉーし! 宴だ!
ハンターに声掛けて久しぶりの大宴会だ! 同盟の商人に酒と食い物を手配しろ!」
ヨアキムはヨダレを拭いながら配下のドワーフへ声をかけた。
リプレイ本文
「ここが会場ですぜ、客人」
ヴェドルを訪れたハンター達は、ドワーフの案内で広大な広間に通された。
反対側の壁が遙か先に感じられる石造りの部屋。
そこには木製のテーブルが等間隔で置かれている。
「他の連中はウェルクで一仕事終えてから来る事になってやす。
あ、兄貴は宴に備えて筋肉をキレキレにする為、腹筋されてやす」
ドワーフは深々と頭を下げる。
工房『ド・ウェルク』で働いているドワーフ達はともかく、腹筋鍛える事を理由に挨拶もしない兄貴こと――ドワーフ王のヨアキム(kz0011)。
せめてお前は挨拶に来いよっ! ハンターの心の叫びが聞こえてくるようだ。
「一仕事終えてからの一杯って奴か。よく分かっているじゃねぇか」
広間を見渡しながら心を踊らせるレイオス・アクアウォーカー(ka1990)。
ドワーフ達も仕事をしなければ大好きな酒も飲めなくなる。工房で製品を量産し、たっぷり汗をかいてからエールを煽る光景を想像していたレイオスの喉が、ゴクリと鳴った。
「でも、まだテーブルには何も置かれていないようですが……」
ルーチェ・デ・メディチ(ka1528)が、案内役のドワーフへ尋ねた。
「あ、給仕の奴。同盟の商人と揉めてやがるのか? 早く準備しないと……」
「なら、私がお手伝いします。この木製の食器を運べば良いのですね?」
ルーチェが傍らにあった食器の山へ歩み寄り、徐に食器を掴むとテーブルの上へ置き始めた。
「俺も料理の準備をさせてもらうぜ。肉はあるんだろう?」
文月 弥勒(ka0300)は、ドワーフに厨房への案内を催促する。
ドワーフとハンター達の交流する機会を得たのだから、仲良く楽しく宴会に臨みたい。その想いはドワーフだけではなく、ハンター達も同様であった。
「僕のお庭から新鮮な夏野菜も持ってきたよ」
アズロ・シーブルー(ka0781)は抱えていた袋の中身をテーブルの上に広げた。
そこにはナス、ピーマン、きゅうり等、数々野菜が広げられている。
「どれも鮮度がいい。これなら俺の料理をうまくしてくれる」
「全部僕のお庭で育てた野菜達だよ」
アズロが持参したのは自身の菜園で育てた野菜達。
自然物に語りかける癖がある為に不審者扱いされる事もあるが、アズロにとっては自然を愛するエルフが行う当然の行為だ。
ちなみにドワーフとエルフはお互い仲が悪いとされているが、今回の宴に関してはヨアキムの一声で招待されている事からエルフ側を罵るドワーフはいないようだ。
「この野菜ならカレーにも合いそうだ」
高嶺 瀞牙(ka0250)がアズロの新じゃがを手にしながら呟いた。
ドワーフと交流すると聞きつけた高嶺は、ドワーフにカレーの素晴らしさを説いて語り合う会を画策していた。
「はい。カレーの際には僕の野菜達も使わせてもらいます」
「こりゃ、良いカレーになりそう……」
「待った。ちゃんとスパイスは準備したのかい?」
笑みを浮かべる高嶺の肩を胡珀(ka0803)が叩いた。
振り返りながら高嶺は懐から茶色の塊を取り出した。
「ああ。さっきドワーフから同盟の商人承認に頼んでもらった」
高嶺は不安そうな顔を浮かべる。
予定ではサルヴァトーレ・ロッソにあった既製品のカレールーをもらう予定だったが、許可が下りなかった為に持ち出す事ができなかった。その為、スパイスから発注する事になってしまったのだ。
「コリアンダー、ターメリック、クミン、レッドペッパー。
この辺は押さえたいところだが、どうなる事やら……」
●
――数刻後。
ヴェドルの大広間には、多くのドワーフが押しかけてきた。
一仕事終えて汗だくのドワーフ達が一つの部屋に収まって、熱気むんむんでスタンバイしている。考えるだけでおっさんフェロモンが充満しているように思えるが、ちゃんと女性のドワーフも存在するので安心して欲しい。
宴の始まりを待つドワーフ達。
そこへ図太いおっさんの声が鳴り響く。
「今日は客人が宴に参加してる。だが、物怖じするこたぁねぇ! ガンガン飲んで、ガンガン喰って……そんでハンターの奴らと仲良くしようじゃねぇか!」
ヨアキムの馬鹿でかい声が部屋の端まで届く。
勢いだけで内容が皆無のスピーチだが、言いたい事は十分に伝わってくる。
そして、ヨアキムは手にしていたジョッキを高々と掲げて宴の始まりを宣言する。
「乾杯っ!」
その号令に答えるドワーフ。
無数なるおっさん達の宴が始まった。目の前にあったハムやベーコンを貪り喰らう親父達。加齢臭もなんのそのだ。
「へー……。いろいろあるんだねー!」
コル・プローディギウム(ka0101)は物珍しそうにドワーフ達を見つめていた。
エルフへイムの片隅にある集落出身のコルとしてはドワーフそのものを見かける事が少ない。その希少生物のような髭ダルマの親父が、筋張った肉にかぶり付いて大笑いする状況が楽しくて仕方ないようだ。
「なんだ、嬢ちゃん。見つめているだけじゃなくて、飯も食った方がいいぞ。すぐになくなっちまうからな」
「え? そうなの? じゃあ、早く食べないとね」
そう言いながら、フォークで目の前の四角く切られたベーコンに手を伸ばすコル。
しかし、そこへドワーフが口を挟む。
「そのまま喰ったんじゃ勿体ねぇ。この火鉢に乗せた網に乗せるんだ」
ドワーフはコルの目の前でベーコンを網に乗せてみせる。
火に焙られたベーコンは次第に自らの体から脂を染み出させ、炎に脂を落とし始める。
これにはコルも目を丸くする
「おおー!」
「どうだ? この火鉢で焙れば余計な脂も落ちてベーコンがより美味くなるんだ。
ちなみにこの火鉢は俺の特製だ」
これ以上ないと思える程のどや顔を決めるドワーフ。
携帯用火鉢の珍しさにコルのテンションはさらに上がっていく。
「これ、すっごく美味しそう!」
「楽しんでいるようですね、コル」
背後から姿を見せたのは陽炎(ka0142)。
その手にはベーコンが刺さった串が握られている。
「あ、かげさん。これ凄いんだよ! ベーコンがじゅーっとね」
「へぇ、ベーコンが美味しそうですね。
あ、そう言えばコルも良かったら僕の料理を食べてみる?」
陽炎の手にあったベーコンの串には赤いソースがかけられている。
何のソースかは謎だが、明らかに怪しさ全開だ。
しかし、テンションが上がっているコルにとってそんな怪しさも関係ない。
「かげさんも料理を作ったんだー! いただきまーす!」
陽炎に促されるまま、口へベーコンを放り込むコル。
口の中に広がるのは肉に混じって広がる甘味と酸味――。
この瞬間、コルは陽炎が料理下手である事を思い出した。
「!?」
「ああ、喜んでいただけたようですね。ママレードとレモンの新作ソースをベーコンにかけてみました。
どうです? 新感覚でしょう?」
コルは口を押さえながら自分自身の過ちを反省する他なかった。
●
「やっぱりドワーフってのは個性的だな。酒のわかる奴に悪い奴はいねぇよ!」
キー=フェイス(ka0791)はドワーフとジョッキをぶつけて浴びるように酒を堪能していた。
おまけに今回の酒も飯もドワーフのおごり。
タダ酒ほど美味い酒はない。
「ハンターもやるな。酒の楽しみ方を分かっているようだ」
既に何杯目かは分からないが、ジョッキに注がれたエールを煽るドワーフ。
ちなみに現在宴に出されているのはエールだが、シードルやワインに手を伸ばす者もいた。
「酒が分からずにハンターがやれるかってんだ!」
ドワーフ達に負けじとばかりに、次のエールに口を付けるフェイス。
こう叫んではいるが、何かが足りない事にも気付いている。
美味い肉も食べた。最高の酒も飲んだ。
そうしたら次は――女だ。
美しい娘に酒を注いでもらえたらこの宴に言う事は何も無い。
「これでドワーフ女に酌してもらえれば最高なんだがなぁ」
「あ? だったら、隣の島にいたはずだぞ。行ってみたら……」
ドワーフがそう言い切る前にフェイスは行動に移していた。
美女を放っておいては男が廃る。
フェイスが男を賭けて動き出したのだが――。
「あー、行っちまった。たぶん、ぶっ倒れて床に転がるな」
ドワーフは、ジョッキに残っていたエールをぐいっと飲み干した。
●
「眼福、眼福。いやー、最高だよな」
メンター・ハート(ka1966)は、ドワーフを見つめながらチビチビと酒を楽しんでいた。
ドワーフの立派な髭。
鍛え上げられた筋肉。
イケメンも揃っていて、見ているだけで十分に『肴』になる。
「飯も美味いし、酒も満喫できる。
こりゃ、楽しまなければダメだな」
「そうですね。楽しまなければ、ダメですよね」
アルフェロア・アルヘイル(ka0568)も酒を飲みながらイケメンを物色していた。
普段は優しいお姉さんなのだが、お酒が入ると色っぽさが倍増。
宴の雰囲気もあって少々大胆になっている。
「あ、あのイケメンは良いかも。ちょっと声かけちゃおうかな」
「何言ってんだ! ここでナンパなんかやってたって盛り上がらねぇだろ!
こういう時は、こうだ!」
アルコールで勢いに乗ったメンターは、下着姿一枚になる。
「ちょ、ちょっと!」
メンターの大胆さに慌てるアルフェロア。
しかし、メンターを止める事はできない。
「ははは! 楽しんだもの勝ちって奴だぞ!」
下着姿で体を揺らす魅惑のダンス。
周囲のドワーフ達が鼻を伸ばすのも無理もない。
次第に視線は集まってくる。
「メンターさん、ダメですよ」
「そうか? あ、さっき気にしていたイケメンもこっち見ているな」
「…………」
メンターの一言に、なんて返せば良いか分からないアルフェロアであった。
●
周囲が大騒ぎする最中、榊 兵庫(ka0010)は静かに酒を口にしていた。
目の前のドワーフ達の暮らしぶりに耳を傾ける為だ。
「まさかファンタジーの世界に自分が飛ばされるとは思わなかったし、な。
せっかくなので異世界情緒を実感させて貰う」
「おう、酒を存分に楽しんでいけ。えーと、何処まで話したっけな……」
「ウェルクの仕事の話だよ」
兵庫が聞いていたのはドワーフが送る生活の中でも主軸となっている工房『ド・ウェルク』についてだ。ドワーフは元々勤勉で、朝から工房に従事。夕方になれば一日の仕事を終えて酒場へ繰り出すという。
「工房では担当が決まっているのか?」
「ああ。まず、窓口の『エテルタ』が仕事の話を受ける。こいつらは計算や商売が得意でな。客に合った商品を提案するのもこいつらの仕事だ。だからエテルタが金属の配合を決めているんだ」
「で、実際に武具や生活用品を作るのが俺達『クレムト』の仕事だ。エテルタの発注に合わせて作るんだが、その範囲は広い。通常の製品なら俺達の仕事だな」
「『通常の』?」
兵庫はドワーフの言葉に引っかかった。
通常の製品がクレムトの仕事であれば、通常でない製品が存在する事になる。
そして、それはおそらくクレムトの仕事ではない。
「マテリアル鉱など特別な品物の製作は『フェルツ』の仕事だ。高い技術が必要だから、フェルツになれる奴はそんなに多くねぇ。ウェルクでは花形の仕事だ」
「なるほど。で、工房をまとめているのがヨアキムか」
「本当はそうなんだけどよ……」
言葉を濁すドワーフ。
既に酒が回っているドワーフが、ここに来て視線を逸らした。
「どういう事だ?」
「本当は兄貴が仕切るんだけどよ。兄貴は歪虚との戦に備えるってぇんで忙しいんだ。だから帝国からの依頼は工房担当って奴が直接各担当のリーダーへ落としている」
「そうか。
ところで、お前達は十字槍や千鳥十文字は作った事があるのか?」
饒舌になった頃合いを見計らった兵庫は、探し求めた槍について情報を持ちかけた。
ドワーフが仕事に誇りや拘りがあるように、ハンターである兵庫も得物について拘りがある。
「命を預けるのならば、手に馴染んだ得物を使いたいと思うのは当然だろう?」
「えーと、何? 十字がなんだって?」
「おー、俺は喰った事ねぇな」
首を捻るドワーフ。
そこで兵庫は仕方なしに武器の形状を丁寧に説明する。
「つまり、刃の部分がこのような形状をしている。分かったか?」
「ああ。でも、俺は見た事ねぇなぁ」
「そうか」
立ち上がって力説していた兵庫だったが、そこで椅子に腰を下ろす。
やはり探し求める槍はこの地に存在しないのだろうか。
「もし、手に入れたら俺達で作れるかもしれねぇ。もし見つけたらウェルクへ持ってきてくれ」
ドワーフの申し出に、兵庫は小さく頷いた。
●
「さぁ、ヨアキム! 俺のBBQを喰いやがれ」
弥勒はヨアキムの前に焼き上がったバーベキューの串を突き出した。
そこには肉や野菜がこんがりと焼き上がり、香しい匂いを放っている。
「おお! ハンター直々の料理か! ……ん!? いつもの肉とひと味違うな!」
「そりゃそうだろう。タレが違うんだよ、タレが」
肉を頬張るヨアキムに満足そうな弥勒。
他のドワーフやハンター達にも振る舞っているが概ね上々。あまり野菜を食べないドワーフの中でも評判になっている。
「で、ヨアキムさんが風呂嫌いなのは何故なのですか?」
「ワシが王になった頃の話だ。この城が洪水に飲まれちまってな。その思い出のせいで水に浸かるのが苦手になっちまったんだ」
ルスティロ・イストワール(ka0252)はヨアキムに質問をぶつけ続けていた。
異文化交流を掲げてドワーフやリアルブルーのハンター達を質問攻め。その都度、答えをメモ帳へと書き留めていた。
「では、ゾンネンシュトラール帝国をどう思っておいでですか?」
「帝国と俺達ドワーフは共闘関係だ」
「共闘関係、ですか」
「歪虚を倒す為に協力して戦っていくってこった。部族会議の連中は帝国の連中が部族の誇りを汚しているとか抜かしてやがるが、歪虚に潰されちまったら元も子もねぇだろ」
ヨアキムはジョッキの中にあったエールを飲み干した。
部族会議のスコール族は帝国から距離を置こうとしているが、ヨアキムはその正反対。帝国と共に歪虚を倒す気でいっぱいだ。
「……あ、もう酒がねぇか」
「あ、でしたら私がお注ぎします」
ヨアキムの傍らでルーチェがエールを注ぎ込もうとしていた。
「おい、給仕! いるんだろ?」
ヨアキムが大声で叫ぶとタキシードを着た坊主頭の男が現れる。
顔は輝くような笑顔を浮かべてヨアキムの元へ走り寄ってきた。
「何で御座いましょう?」
「給仕、酒がなくなった。あの酒を持ってこい」
「ヨアキム様。私は給仕ではありません。執事です。
執事のキュジィでございます」
「あん? だから給仕だろ?」
「ですから……」
「あー、もう! がたがた言わずにさっさと酒もってこい!」
暴れ出すかのように怒鳴るヨアキム。
キュジィは慌てて頭を下げると、走り去っていく。
「あの、今の方は……?」
ルーチェが恐れながらキュジィについて聞いてみた。
「ああ、帝国の奴がワシの世話係として寄越した奴だ。
コキ使って構わんぞ! ぶわっはっは!」
アルコールも入ってご機嫌なヨアキムであった。
●
「ううー、もうダメ」
フェイスは、テーブルの上に突っ伏した。
テーブルの上には山のように積まれたジョッキの数々。
その山の向こうには、ドワーフ女性のヴァール(ka1900)とシレークス(ka0752)の姿があった。
「もう終わり? 案外大した事無いねぇ」
ヴァールは、ヨアキムが振る舞った秘蔵の酒を飲んでいた。
帝国の芋をリアルブルーから伝わったという秘伝の製法で蒸留した酒で、祝い事でなければ出さない代物らしい。見た目は透明だが、アルコールはエールよりもずっと強い。
「ふふふふ、酒! 酒!! 酒!!!
溢れ出るアルコールをすべてわたくしに寄越しやがれです!」
秘伝の酒をジョッキに移し替えたシレークスは、周囲の奴へ片っ端から飲み比べを仕掛け相手を撃沈しながら飲み続けていた。
「おう、宴ぞ。ならば飲もうぞ」
酔い潰れたドワーフを押しのけながら、朱殷(ka1359)がシレークスの横へと座る。
「ほーう、その度胸は買ってやるよ」
「やっぱり酒は最高なのです! じゃんじゃん持って来やがるですよ!」
ヴァールもシレークスも戦闘態勢。
いつでも酒を飲み始める準備はできている。
「後悔は先に立たず……酒を寄越せ」
「はい」
背後から回ってきたジョッキを握った朱殷は、中の酒を一気に口へと煽る。
エールぐらいで潰れるような朱殷じゃない。
いつもの調子で飲み込む朱殷だったが――。
「……!? な、なんだこれは」
慌ててジョッキをテーブルの上に叩き付ける朱殷。
「朱殷。その酒残しちゃうの? 僕の特製なのに?」
朱殷が振り返れば、そこには陽炎の姿があった。
どうやらコルの時同様、陽炎が何かを混ぜた酒を朱殷に飲ませたようだ。
「小僧! 主は、私を殺す気か……!」
「殺すなんてとんでもない。
……あー、もしかしてニカワのせいでどろっとした食感だった?」
反省の色もない陽炎。
しかめ面で抗議をする朱殷だったが、ジョッキを見ればしっかり陽炎の酒は飲み干している。
「で、それでギブアップか?」
「奢るな。勝負はこれからぞ」
新たな酒を手にした朱殷は、ヴァールとシレークスを見据えていた。
●
一方。
高嶺が用意したカレー鍋は、数人の人間に取り囲まれていた。
「おい、早くカレーを食おうぜ!」
ヴァイス(ka0364)がカレー鍋を待ちきれない様子で叫ぶ。
既にカレーの放つ匂いに誘われてドワーフ達も周囲へ集まってきている。
ハンターの行動にドワーフ達も興味津々だ。
「慌てるな。ここが肝心。
みんなで持ち寄った食材を投入し終わって十分煮込んだ。後は蓋を開けてスパイスを投入するんだ」
高嶺はやや緊張した面持ちだ。
アズロが夏野菜とハーブを用意した事は知っているが、胡珀は何を持ち寄ったのかは敢えて聞いていない。つまり、闇鍋ならぬ闇カレー大会へと突入していたのだ。
「早く食べようよ」
「……よしっ!」
胡珀の煽りを受けた高嶺は、しばしの間を置いた後に蓋を解き放った。
だが、次の瞬間――。
「ぐああああ!」
「な、なんだこれ!」
「ぎぇぇぇ!」
阿鼻叫喚のような惨状。
その原因は何かが腐ったような臭い。それが封じられた鍋から解き放たれ、周囲の者の鼻へ突き刺さる。ちなみにここは地下城『ヴェドル』で、窓を開けても洞窟しかありません。
「な、なんだこれ! おい、カレーに何を入れたんだ?」
「え? 庭で取れた果物だよ」
首を捻る胡珀。
しかし果物という単語でアズロが気付いた。
「コハク、果物って納屋の近くにあった袋の中身かい?」
「そうだよ。新鮮な果物だよ?」
「本当!? その中にトゲトゲした実はあった?」
「あ。あれってもしかして……」
その瞬間、胡珀とアズロは何を入れたのか理解したようだ。
高嶺は慌ててアズロを問い質す。
「教えろ、俺のカレーに何を入れたってぇんだ」
「……アン」
「は?」
「ドリアン。コハクが入れたのはドリアンだよ」
ドリアン。
果物の王様。
ネットリとした食感だが、放つ臭いは夏場の台所にある三角コーナーを彷彿とさせる。
煮込まれたカレーとドリアンの融合体は危険な臭いを放ち続け、ドワーフ達は床に転げ回っている。
「まずい、何とかカレーとして立て直さないと。……そうだ、スパイスを追加だ」
高嶺は残っていたスパイスをカレー鍋へと放り込んだ。
スパイスはクリムゾンウェストにも自生しており手に入れる事は不可能じゃない。だが、流通量は少なく希少価値は高い。おまけに入手に時間がかかってしまった為、用意できたスパイスの量は想定よりもずっと少ない。
ところが、このスパイスが更なる悲劇を生んだ。
「うおおお! 今度は目が痛い!」
「臭い痛い臭い痛い臭い痛い……」
「目がぁぁぁ! 目がぁぁぁ!」
さらに大騒ぎするドワーフ達。
どうやら宙に舞ったスパイスが床に転がっていたドワーフの目を襲撃。
目を開けておく事もできず悶絶する。
「おい、なんだよこれ……」
ヴォイスは呆気に取られるしかなかった。
涙を流しながらパニックに髭面の親父達。
大の親父が鼻水まで垂らして苦しむ姿など見たくもなかった。
先程まで楽しいカレーの会だったのだが、目の前の光景は単なる地獄絵図だ。
「どうするんだよ、これ?」
「…………」
ヴォイスの声に高嶺は答える回答を持ち合わせていない。
――しかし、ここから思わぬ展開に発展する。
「おおお! すげぇぞ!
ハンターがすげぇ『兵器』を持ってきたぞ!」
「嗅覚と視覚をこいつで封じ、その間に歪虚を倒そうってぇんだな?」
「おい、ハンター! この兵器はなんていうんだ?」
ドワーフの一人がヴォイスへ問いかける。
急な展開に驚くヴォイスだったが、素直に作ろうとしていた料理名を答える。
「えーと、カレーだ」
「カレー? カレーっていうのか!
おい、兄貴に報告だ! ハンターはすげぇもん持ってるぞ!」
色めき立つドワーフ達。
カレーの会はともかく、ドワーフとの交流は成功したようだ。
●
「美味しい! お肉、すっごく美味しい!」
弥勒の肉を喜ぶのは、鹿乃(ka0174)。
リョースアールヴァル(ka0427)と共に宴へ参加したのだが、甘い物がまったく存在せずシュンとなっていた。そこでヴァルは弥勒のBBQを見つけて鹿乃へ食べさせたという訳だ。
甘い物ではないが、鹿乃の機嫌が良くなったのならば幸いだ。
「よかった。君の希望ではなかったが、喜んでもらえたのなら何よりだ」
甘い微笑みを浮かべるヴァル。
ここは少々騒がしいが、鹿乃の喜ぶ顔が見られたのならそれで良い。
来た甲斐があった。
「じゃあ、残りも美味しく食べられそうだね」
ヴァルに促されて串に刺さった次の食材を食べようとするが、そこで鹿乃の手が止まる。
「どうしたの?」
「……私、それ嫌い」
そういうなり、鹿乃はヴァルの口の中へ嫌いなピーマンを放り込む。
ヴァルが抵抗する前に放り込む鹿乃の早業は、驚嘆する他なかった。
二人は二人で宴を楽しんでいるようだ。
一方、アニス・テスタロッサ(ka0141)も驚嘆していた。
「なんだこれ!? 焼酎じゃないか!」
ドワーフから秘蔵の酒と呼ばれた物を飲んでみたが、その味はリアルブルーにある焼酎そのもの。おそらく原材料がジャガイモを使ったのだろう。風味は違うが、紛れもなく焼酎の味だ。
最初は驚いたアニスだったが、これはラッキーだ。
「こりゃちょうどいい。持ってきたツマミにぴったりだ」
鞄から取り出したのは蓮根。それもただの蓮根じゃない。クリムゾンウェストで手に入れた材料を使って作り上げた『からし蓮根もどき』だ。
「んー、やっぱり焼酎との相性はバッチリだ!」
まさかの出会いに満喫するアニス。
そこへ興味を持ったドワーフがやってきた。
「ん? なんだこれ?」
「からし蓮根。食べていいよ、ほら」
アニスは徐にドワーフの口へからし蓮根を放り込む。
次の瞬間、突き抜ける未体験の辛さに悶絶するドワーフ。
「あははは、悪いな。実はそれ……」
「おおお! カレー以外にもハンターの兵器があるぞ!
こいつも兄貴に報告だ!」
興奮しながら走り出すドワーフ。
状況が理解できずアニスは首を傾げるしかなかった。
「え? カレーが兵器?」
●
宴も終盤に差し掛かる頃、ついにヨアキムが動き出した。
「うおおおお! 強者と思うハンター達!
ワシの見事一撃を決めてみせいっ!」
広間中に届く叫び声。
「ドワーフ王ヨアキム! このレム・K・モメンタム(ka0149)はアンタに勝負を挑ませてもらうわ!」
サラシにスパッツという世の男子のポロリ願望を全否定する姿で現れたレムは、びしっとヨアキムを指差した。それを受けたヨアキムは笑みを浮かべた後で上着を脱ぎ始める。
「ワシに挑むハンターは一人きりか? ハンターも案外だらしがない……」
「待ちな、おっさん。肉は最後まで喰わせろよ」
レイオスは手にしていた肉を口で引き千切りながら立ち上がる。
ドワーフ王の用意した食事をギリギリまで満喫したレイオスは、ヨアキム同様上着を脱ぎ捨てる。技も防御も回避も要らない。必要なのは純粋な殴り合いだけだ。
「そうか。なら、思う存分見せて貰おう。おぬしらの……漢ってぇ奴を!」
ヨアキムは二人に向かって走り出した。
眼前にあったテーブルを吹き飛ばし、まっすぐ二人に向かって突き進む。
ヨアキムもまた防御する気はまったくない。堂々とした振る舞いで二人に襲い掛かる。「むんっ!」
先にヒットしたのはレイオスの拳だ。
ヨアキムの肝臓付近に目掛けて突き刺さる拳。ヨアキムの顔が苦痛に歪む。
そしてその隙をレムは逃さない。
「とりゃあ!」
ヨアキムの左頬へ鉈のように振るわれる強烈な蹴り。
木工と農耕で鍛えられたレムの肉体は、細身ながら引き締まっている。見掛けよりも蹴りはずっと強烈だ。
――どかんっ!
二人の連携でヨアキムの体は傍らにあったテーブルへと吹き飛ばれる。
「……あっちゃー、始まっちゃったよ。弥勒さんが早くしないから」
酔仙(ka1747)はBBQを片付けていた弥勒を無理矢理引っ張ってきた。
「は? こっちは忙しかったんだ。
そもそも、ヨアキムがまさか二撃でぶっ飛ばされるとは思わないだろ」
弥勒はボヤキながらヨアキムの方へ視線を送る。
肝臓と首。普通に考えれば戦闘不能になり得る一撃だ。
しかし、酔仙も弥勒も何かが腑に落ちない。
あまりにもあっさり倒れすぎる。
「うーん、その勘は正しいねぇ」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、酔仙と弥勒に微笑みかける。
「正しい?」
「ああ。今日はずっとドワーフ王ヨアキムを観察してたんだ。
豪快で大雑把。だけど、彼の恐ろしいところはそこだけじゃない」
「うーん、つまりどういう事?」
「要するに……」
「……ん! ん!! ん!!!」
ヒースの言葉を遮ったのは倒されていたはずのヨアキム。
恍惚の笑みを浮かべた上、だらしなくヨダレを垂らしている。
もしかして、頭を強く打ち付けたのだろうか。
しかし、その心配はまったく無用な事に気付く。
「き、き、き……気持ちぃぃぃ~~!!!」
「ええー!」
思わず酔仙が叫び声を上げる。
「ちょっと、そこの解説役! どういう事か説明しなさいよ!」
話を聞いていたレムは、ヒースへ答えを要求する。
当のヒースはため息を吐きながらぽつりと答えた。
「つまりヨアキムは性的趣向でいう『マゾ』です。それも極マゾ」
「マゾとは、あのMと称されるマゾか?」
身じろぎしながらレイオスはヒースへ向き直った。
「ええ。ですが、変態と侮る暇は無いですよ……ほら」
ヒースは前を向くように促す。
そこには鼻息荒く興奮するヨアキムの姿があった。
「ハンターよ、もっとだ!
もっとワシに強烈な一撃を! 遠慮はいらん! さぁ、ワシの土手っ腹に一発!」
鳩尾をずいっと前に強調するドMのヨアキム。
しかし決して『ヨワ(弱)キム』じゃない。その証拠に二人の一撃が利いているようには見えない。
「ちょっと、臭いんだけど!」
状況を把握していなかったエリシャ・カンナヴィ(ka0140)は、ヨアキムの後頭部へ空の酒瓶を投げつけた。
外見年齢は若く見えるエリシャだが、これでも立派な20代。
次々と運ばれるアルコールを煽り続けていたが、酒を邪魔する風呂嫌いのヨアキムが臭い事に気付いた。無視していたが、段々腹が立ったエリシャは後頭部へ酒瓶を投げつけたという訳だ。
「ああ、エリシャ! ダメじゃない!
すいません、ヨアキムさん……」
アルフェロアがヨアキムに頭を下げる。
見ればヨアキムの額はパックリと割れて血が流れ始めていた。殴り合いの背後からいきなり酒瓶で殴られれば無理もない。
だが、心配する必要はない。相手はヨアキムだから。
「ぬう! これもき・も・ち・いいぃぃ!!
もっとだ! もっとワシに一撃を! ワシを逝かせてくれ!」
「ヨアキム、気持ち悪い!」
さっと立ち上がりヨアキムの抱擁を回避するエリシャ。
とんだ変態にロックオンされてしまったが、挑戦された以上は逃げる訳にはいかない。
「怪我したら直してあげるけど……あまり無理してはダメよ」
ヨアキムが問題ないと分かったアルフェロアは、再び座ってゆっくりとエールを味わい始めた。エリシャならば問題なく戦えると安心しているようだ。
「ハンター達よ、ワシを思う存分殴れ! いや、殴ってください!」
既に王たる威厳は吹き飛び、袋だたきを懇願するヨアキム。
しかし、ヨアキムを叩きのめさなければこの宴も終わりそうにない。
ハンター達は、仕方なく構えた。
●
『できた!』
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は、そう書かれたカードを掲げる。
エヴァの前には一枚のカンバス。
宴の最中、酒を飲みながらその光景を絵に収めていたのだ。
酔いが回りきらないうちに構図を考え、躍動感を持たせながら修正。
周囲のドワーフ達は酔い潰れたり、戦闘に巻き込まれたりと失神している。そんな中でエヴァは、今日のこの宴に込められた想いを留める為に絵を描き上げたのだ。
そして、そこには――ハンター達のサンドバッグと化したヨアキムの姿が描かれていた。
●
翌日。
ヨアキムは、部下に兵器の制作を指示していた。
「兄貴、これで歪虚に勝てますぜ」
「うむ。『カレー』と『からし蓮根』が量産された暁には、歪虚などあっという間に叩いてみせるわ。ぶわっはっは!」
ヴェドルを訪れたハンター達は、ドワーフの案内で広大な広間に通された。
反対側の壁が遙か先に感じられる石造りの部屋。
そこには木製のテーブルが等間隔で置かれている。
「他の連中はウェルクで一仕事終えてから来る事になってやす。
あ、兄貴は宴に備えて筋肉をキレキレにする為、腹筋されてやす」
ドワーフは深々と頭を下げる。
工房『ド・ウェルク』で働いているドワーフ達はともかく、腹筋鍛える事を理由に挨拶もしない兄貴こと――ドワーフ王のヨアキム(kz0011)。
せめてお前は挨拶に来いよっ! ハンターの心の叫びが聞こえてくるようだ。
「一仕事終えてからの一杯って奴か。よく分かっているじゃねぇか」
広間を見渡しながら心を踊らせるレイオス・アクアウォーカー(ka1990)。
ドワーフ達も仕事をしなければ大好きな酒も飲めなくなる。工房で製品を量産し、たっぷり汗をかいてからエールを煽る光景を想像していたレイオスの喉が、ゴクリと鳴った。
「でも、まだテーブルには何も置かれていないようですが……」
ルーチェ・デ・メディチ(ka1528)が、案内役のドワーフへ尋ねた。
「あ、給仕の奴。同盟の商人と揉めてやがるのか? 早く準備しないと……」
「なら、私がお手伝いします。この木製の食器を運べば良いのですね?」
ルーチェが傍らにあった食器の山へ歩み寄り、徐に食器を掴むとテーブルの上へ置き始めた。
「俺も料理の準備をさせてもらうぜ。肉はあるんだろう?」
文月 弥勒(ka0300)は、ドワーフに厨房への案内を催促する。
ドワーフとハンター達の交流する機会を得たのだから、仲良く楽しく宴会に臨みたい。その想いはドワーフだけではなく、ハンター達も同様であった。
「僕のお庭から新鮮な夏野菜も持ってきたよ」
アズロ・シーブルー(ka0781)は抱えていた袋の中身をテーブルの上に広げた。
そこにはナス、ピーマン、きゅうり等、数々野菜が広げられている。
「どれも鮮度がいい。これなら俺の料理をうまくしてくれる」
「全部僕のお庭で育てた野菜達だよ」
アズロが持参したのは自身の菜園で育てた野菜達。
自然物に語りかける癖がある為に不審者扱いされる事もあるが、アズロにとっては自然を愛するエルフが行う当然の行為だ。
ちなみにドワーフとエルフはお互い仲が悪いとされているが、今回の宴に関してはヨアキムの一声で招待されている事からエルフ側を罵るドワーフはいないようだ。
「この野菜ならカレーにも合いそうだ」
高嶺 瀞牙(ka0250)がアズロの新じゃがを手にしながら呟いた。
ドワーフと交流すると聞きつけた高嶺は、ドワーフにカレーの素晴らしさを説いて語り合う会を画策していた。
「はい。カレーの際には僕の野菜達も使わせてもらいます」
「こりゃ、良いカレーになりそう……」
「待った。ちゃんとスパイスは準備したのかい?」
笑みを浮かべる高嶺の肩を胡珀(ka0803)が叩いた。
振り返りながら高嶺は懐から茶色の塊を取り出した。
「ああ。さっきドワーフから同盟の商人承認に頼んでもらった」
高嶺は不安そうな顔を浮かべる。
予定ではサルヴァトーレ・ロッソにあった既製品のカレールーをもらう予定だったが、許可が下りなかった為に持ち出す事ができなかった。その為、スパイスから発注する事になってしまったのだ。
「コリアンダー、ターメリック、クミン、レッドペッパー。
この辺は押さえたいところだが、どうなる事やら……」
●
――数刻後。
ヴェドルの大広間には、多くのドワーフが押しかけてきた。
一仕事終えて汗だくのドワーフ達が一つの部屋に収まって、熱気むんむんでスタンバイしている。考えるだけでおっさんフェロモンが充満しているように思えるが、ちゃんと女性のドワーフも存在するので安心して欲しい。
宴の始まりを待つドワーフ達。
そこへ図太いおっさんの声が鳴り響く。
「今日は客人が宴に参加してる。だが、物怖じするこたぁねぇ! ガンガン飲んで、ガンガン喰って……そんでハンターの奴らと仲良くしようじゃねぇか!」
ヨアキムの馬鹿でかい声が部屋の端まで届く。
勢いだけで内容が皆無のスピーチだが、言いたい事は十分に伝わってくる。
そして、ヨアキムは手にしていたジョッキを高々と掲げて宴の始まりを宣言する。
「乾杯っ!」
その号令に答えるドワーフ。
無数なるおっさん達の宴が始まった。目の前にあったハムやベーコンを貪り喰らう親父達。加齢臭もなんのそのだ。
「へー……。いろいろあるんだねー!」
コル・プローディギウム(ka0101)は物珍しそうにドワーフ達を見つめていた。
エルフへイムの片隅にある集落出身のコルとしてはドワーフそのものを見かける事が少ない。その希少生物のような髭ダルマの親父が、筋張った肉にかぶり付いて大笑いする状況が楽しくて仕方ないようだ。
「なんだ、嬢ちゃん。見つめているだけじゃなくて、飯も食った方がいいぞ。すぐになくなっちまうからな」
「え? そうなの? じゃあ、早く食べないとね」
そう言いながら、フォークで目の前の四角く切られたベーコンに手を伸ばすコル。
しかし、そこへドワーフが口を挟む。
「そのまま喰ったんじゃ勿体ねぇ。この火鉢に乗せた網に乗せるんだ」
ドワーフはコルの目の前でベーコンを網に乗せてみせる。
火に焙られたベーコンは次第に自らの体から脂を染み出させ、炎に脂を落とし始める。
これにはコルも目を丸くする
「おおー!」
「どうだ? この火鉢で焙れば余計な脂も落ちてベーコンがより美味くなるんだ。
ちなみにこの火鉢は俺の特製だ」
これ以上ないと思える程のどや顔を決めるドワーフ。
携帯用火鉢の珍しさにコルのテンションはさらに上がっていく。
「これ、すっごく美味しそう!」
「楽しんでいるようですね、コル」
背後から姿を見せたのは陽炎(ka0142)。
その手にはベーコンが刺さった串が握られている。
「あ、かげさん。これ凄いんだよ! ベーコンがじゅーっとね」
「へぇ、ベーコンが美味しそうですね。
あ、そう言えばコルも良かったら僕の料理を食べてみる?」
陽炎の手にあったベーコンの串には赤いソースがかけられている。
何のソースかは謎だが、明らかに怪しさ全開だ。
しかし、テンションが上がっているコルにとってそんな怪しさも関係ない。
「かげさんも料理を作ったんだー! いただきまーす!」
陽炎に促されるまま、口へベーコンを放り込むコル。
口の中に広がるのは肉に混じって広がる甘味と酸味――。
この瞬間、コルは陽炎が料理下手である事を思い出した。
「!?」
「ああ、喜んでいただけたようですね。ママレードとレモンの新作ソースをベーコンにかけてみました。
どうです? 新感覚でしょう?」
コルは口を押さえながら自分自身の過ちを反省する他なかった。
●
「やっぱりドワーフってのは個性的だな。酒のわかる奴に悪い奴はいねぇよ!」
キー=フェイス(ka0791)はドワーフとジョッキをぶつけて浴びるように酒を堪能していた。
おまけに今回の酒も飯もドワーフのおごり。
タダ酒ほど美味い酒はない。
「ハンターもやるな。酒の楽しみ方を分かっているようだ」
既に何杯目かは分からないが、ジョッキに注がれたエールを煽るドワーフ。
ちなみに現在宴に出されているのはエールだが、シードルやワインに手を伸ばす者もいた。
「酒が分からずにハンターがやれるかってんだ!」
ドワーフ達に負けじとばかりに、次のエールに口を付けるフェイス。
こう叫んではいるが、何かが足りない事にも気付いている。
美味い肉も食べた。最高の酒も飲んだ。
そうしたら次は――女だ。
美しい娘に酒を注いでもらえたらこの宴に言う事は何も無い。
「これでドワーフ女に酌してもらえれば最高なんだがなぁ」
「あ? だったら、隣の島にいたはずだぞ。行ってみたら……」
ドワーフがそう言い切る前にフェイスは行動に移していた。
美女を放っておいては男が廃る。
フェイスが男を賭けて動き出したのだが――。
「あー、行っちまった。たぶん、ぶっ倒れて床に転がるな」
ドワーフは、ジョッキに残っていたエールをぐいっと飲み干した。
●
「眼福、眼福。いやー、最高だよな」
メンター・ハート(ka1966)は、ドワーフを見つめながらチビチビと酒を楽しんでいた。
ドワーフの立派な髭。
鍛え上げられた筋肉。
イケメンも揃っていて、見ているだけで十分に『肴』になる。
「飯も美味いし、酒も満喫できる。
こりゃ、楽しまなければダメだな」
「そうですね。楽しまなければ、ダメですよね」
アルフェロア・アルヘイル(ka0568)も酒を飲みながらイケメンを物色していた。
普段は優しいお姉さんなのだが、お酒が入ると色っぽさが倍増。
宴の雰囲気もあって少々大胆になっている。
「あ、あのイケメンは良いかも。ちょっと声かけちゃおうかな」
「何言ってんだ! ここでナンパなんかやってたって盛り上がらねぇだろ!
こういう時は、こうだ!」
アルコールで勢いに乗ったメンターは、下着姿一枚になる。
「ちょ、ちょっと!」
メンターの大胆さに慌てるアルフェロア。
しかし、メンターを止める事はできない。
「ははは! 楽しんだもの勝ちって奴だぞ!」
下着姿で体を揺らす魅惑のダンス。
周囲のドワーフ達が鼻を伸ばすのも無理もない。
次第に視線は集まってくる。
「メンターさん、ダメですよ」
「そうか? あ、さっき気にしていたイケメンもこっち見ているな」
「…………」
メンターの一言に、なんて返せば良いか分からないアルフェロアであった。
●
周囲が大騒ぎする最中、榊 兵庫(ka0010)は静かに酒を口にしていた。
目の前のドワーフ達の暮らしぶりに耳を傾ける為だ。
「まさかファンタジーの世界に自分が飛ばされるとは思わなかったし、な。
せっかくなので異世界情緒を実感させて貰う」
「おう、酒を存分に楽しんでいけ。えーと、何処まで話したっけな……」
「ウェルクの仕事の話だよ」
兵庫が聞いていたのはドワーフが送る生活の中でも主軸となっている工房『ド・ウェルク』についてだ。ドワーフは元々勤勉で、朝から工房に従事。夕方になれば一日の仕事を終えて酒場へ繰り出すという。
「工房では担当が決まっているのか?」
「ああ。まず、窓口の『エテルタ』が仕事の話を受ける。こいつらは計算や商売が得意でな。客に合った商品を提案するのもこいつらの仕事だ。だからエテルタが金属の配合を決めているんだ」
「で、実際に武具や生活用品を作るのが俺達『クレムト』の仕事だ。エテルタの発注に合わせて作るんだが、その範囲は広い。通常の製品なら俺達の仕事だな」
「『通常の』?」
兵庫はドワーフの言葉に引っかかった。
通常の製品がクレムトの仕事であれば、通常でない製品が存在する事になる。
そして、それはおそらくクレムトの仕事ではない。
「マテリアル鉱など特別な品物の製作は『フェルツ』の仕事だ。高い技術が必要だから、フェルツになれる奴はそんなに多くねぇ。ウェルクでは花形の仕事だ」
「なるほど。で、工房をまとめているのがヨアキムか」
「本当はそうなんだけどよ……」
言葉を濁すドワーフ。
既に酒が回っているドワーフが、ここに来て視線を逸らした。
「どういう事だ?」
「本当は兄貴が仕切るんだけどよ。兄貴は歪虚との戦に備えるってぇんで忙しいんだ。だから帝国からの依頼は工房担当って奴が直接各担当のリーダーへ落としている」
「そうか。
ところで、お前達は十字槍や千鳥十文字は作った事があるのか?」
饒舌になった頃合いを見計らった兵庫は、探し求めた槍について情報を持ちかけた。
ドワーフが仕事に誇りや拘りがあるように、ハンターである兵庫も得物について拘りがある。
「命を預けるのならば、手に馴染んだ得物を使いたいと思うのは当然だろう?」
「えーと、何? 十字がなんだって?」
「おー、俺は喰った事ねぇな」
首を捻るドワーフ。
そこで兵庫は仕方なしに武器の形状を丁寧に説明する。
「つまり、刃の部分がこのような形状をしている。分かったか?」
「ああ。でも、俺は見た事ねぇなぁ」
「そうか」
立ち上がって力説していた兵庫だったが、そこで椅子に腰を下ろす。
やはり探し求める槍はこの地に存在しないのだろうか。
「もし、手に入れたら俺達で作れるかもしれねぇ。もし見つけたらウェルクへ持ってきてくれ」
ドワーフの申し出に、兵庫は小さく頷いた。
●
「さぁ、ヨアキム! 俺のBBQを喰いやがれ」
弥勒はヨアキムの前に焼き上がったバーベキューの串を突き出した。
そこには肉や野菜がこんがりと焼き上がり、香しい匂いを放っている。
「おお! ハンター直々の料理か! ……ん!? いつもの肉とひと味違うな!」
「そりゃそうだろう。タレが違うんだよ、タレが」
肉を頬張るヨアキムに満足そうな弥勒。
他のドワーフやハンター達にも振る舞っているが概ね上々。あまり野菜を食べないドワーフの中でも評判になっている。
「で、ヨアキムさんが風呂嫌いなのは何故なのですか?」
「ワシが王になった頃の話だ。この城が洪水に飲まれちまってな。その思い出のせいで水に浸かるのが苦手になっちまったんだ」
ルスティロ・イストワール(ka0252)はヨアキムに質問をぶつけ続けていた。
異文化交流を掲げてドワーフやリアルブルーのハンター達を質問攻め。その都度、答えをメモ帳へと書き留めていた。
「では、ゾンネンシュトラール帝国をどう思っておいでですか?」
「帝国と俺達ドワーフは共闘関係だ」
「共闘関係、ですか」
「歪虚を倒す為に協力して戦っていくってこった。部族会議の連中は帝国の連中が部族の誇りを汚しているとか抜かしてやがるが、歪虚に潰されちまったら元も子もねぇだろ」
ヨアキムはジョッキの中にあったエールを飲み干した。
部族会議のスコール族は帝国から距離を置こうとしているが、ヨアキムはその正反対。帝国と共に歪虚を倒す気でいっぱいだ。
「……あ、もう酒がねぇか」
「あ、でしたら私がお注ぎします」
ヨアキムの傍らでルーチェがエールを注ぎ込もうとしていた。
「おい、給仕! いるんだろ?」
ヨアキムが大声で叫ぶとタキシードを着た坊主頭の男が現れる。
顔は輝くような笑顔を浮かべてヨアキムの元へ走り寄ってきた。
「何で御座いましょう?」
「給仕、酒がなくなった。あの酒を持ってこい」
「ヨアキム様。私は給仕ではありません。執事です。
執事のキュジィでございます」
「あん? だから給仕だろ?」
「ですから……」
「あー、もう! がたがた言わずにさっさと酒もってこい!」
暴れ出すかのように怒鳴るヨアキム。
キュジィは慌てて頭を下げると、走り去っていく。
「あの、今の方は……?」
ルーチェが恐れながらキュジィについて聞いてみた。
「ああ、帝国の奴がワシの世話係として寄越した奴だ。
コキ使って構わんぞ! ぶわっはっは!」
アルコールも入ってご機嫌なヨアキムであった。
●
「ううー、もうダメ」
フェイスは、テーブルの上に突っ伏した。
テーブルの上には山のように積まれたジョッキの数々。
その山の向こうには、ドワーフ女性のヴァール(ka1900)とシレークス(ka0752)の姿があった。
「もう終わり? 案外大した事無いねぇ」
ヴァールは、ヨアキムが振る舞った秘蔵の酒を飲んでいた。
帝国の芋をリアルブルーから伝わったという秘伝の製法で蒸留した酒で、祝い事でなければ出さない代物らしい。見た目は透明だが、アルコールはエールよりもずっと強い。
「ふふふふ、酒! 酒!! 酒!!!
溢れ出るアルコールをすべてわたくしに寄越しやがれです!」
秘伝の酒をジョッキに移し替えたシレークスは、周囲の奴へ片っ端から飲み比べを仕掛け相手を撃沈しながら飲み続けていた。
「おう、宴ぞ。ならば飲もうぞ」
酔い潰れたドワーフを押しのけながら、朱殷(ka1359)がシレークスの横へと座る。
「ほーう、その度胸は買ってやるよ」
「やっぱり酒は最高なのです! じゃんじゃん持って来やがるですよ!」
ヴァールもシレークスも戦闘態勢。
いつでも酒を飲み始める準備はできている。
「後悔は先に立たず……酒を寄越せ」
「はい」
背後から回ってきたジョッキを握った朱殷は、中の酒を一気に口へと煽る。
エールぐらいで潰れるような朱殷じゃない。
いつもの調子で飲み込む朱殷だったが――。
「……!? な、なんだこれは」
慌ててジョッキをテーブルの上に叩き付ける朱殷。
「朱殷。その酒残しちゃうの? 僕の特製なのに?」
朱殷が振り返れば、そこには陽炎の姿があった。
どうやらコルの時同様、陽炎が何かを混ぜた酒を朱殷に飲ませたようだ。
「小僧! 主は、私を殺す気か……!」
「殺すなんてとんでもない。
……あー、もしかしてニカワのせいでどろっとした食感だった?」
反省の色もない陽炎。
しかめ面で抗議をする朱殷だったが、ジョッキを見ればしっかり陽炎の酒は飲み干している。
「で、それでギブアップか?」
「奢るな。勝負はこれからぞ」
新たな酒を手にした朱殷は、ヴァールとシレークスを見据えていた。
●
一方。
高嶺が用意したカレー鍋は、数人の人間に取り囲まれていた。
「おい、早くカレーを食おうぜ!」
ヴァイス(ka0364)がカレー鍋を待ちきれない様子で叫ぶ。
既にカレーの放つ匂いに誘われてドワーフ達も周囲へ集まってきている。
ハンターの行動にドワーフ達も興味津々だ。
「慌てるな。ここが肝心。
みんなで持ち寄った食材を投入し終わって十分煮込んだ。後は蓋を開けてスパイスを投入するんだ」
高嶺はやや緊張した面持ちだ。
アズロが夏野菜とハーブを用意した事は知っているが、胡珀は何を持ち寄ったのかは敢えて聞いていない。つまり、闇鍋ならぬ闇カレー大会へと突入していたのだ。
「早く食べようよ」
「……よしっ!」
胡珀の煽りを受けた高嶺は、しばしの間を置いた後に蓋を解き放った。
だが、次の瞬間――。
「ぐああああ!」
「な、なんだこれ!」
「ぎぇぇぇ!」
阿鼻叫喚のような惨状。
その原因は何かが腐ったような臭い。それが封じられた鍋から解き放たれ、周囲の者の鼻へ突き刺さる。ちなみにここは地下城『ヴェドル』で、窓を開けても洞窟しかありません。
「な、なんだこれ! おい、カレーに何を入れたんだ?」
「え? 庭で取れた果物だよ」
首を捻る胡珀。
しかし果物という単語でアズロが気付いた。
「コハク、果物って納屋の近くにあった袋の中身かい?」
「そうだよ。新鮮な果物だよ?」
「本当!? その中にトゲトゲした実はあった?」
「あ。あれってもしかして……」
その瞬間、胡珀とアズロは何を入れたのか理解したようだ。
高嶺は慌ててアズロを問い質す。
「教えろ、俺のカレーに何を入れたってぇんだ」
「……アン」
「は?」
「ドリアン。コハクが入れたのはドリアンだよ」
ドリアン。
果物の王様。
ネットリとした食感だが、放つ臭いは夏場の台所にある三角コーナーを彷彿とさせる。
煮込まれたカレーとドリアンの融合体は危険な臭いを放ち続け、ドワーフ達は床に転げ回っている。
「まずい、何とかカレーとして立て直さないと。……そうだ、スパイスを追加だ」
高嶺は残っていたスパイスをカレー鍋へと放り込んだ。
スパイスはクリムゾンウェストにも自生しており手に入れる事は不可能じゃない。だが、流通量は少なく希少価値は高い。おまけに入手に時間がかかってしまった為、用意できたスパイスの量は想定よりもずっと少ない。
ところが、このスパイスが更なる悲劇を生んだ。
「うおおお! 今度は目が痛い!」
「臭い痛い臭い痛い臭い痛い……」
「目がぁぁぁ! 目がぁぁぁ!」
さらに大騒ぎするドワーフ達。
どうやら宙に舞ったスパイスが床に転がっていたドワーフの目を襲撃。
目を開けておく事もできず悶絶する。
「おい、なんだよこれ……」
ヴォイスは呆気に取られるしかなかった。
涙を流しながらパニックに髭面の親父達。
大の親父が鼻水まで垂らして苦しむ姿など見たくもなかった。
先程まで楽しいカレーの会だったのだが、目の前の光景は単なる地獄絵図だ。
「どうするんだよ、これ?」
「…………」
ヴォイスの声に高嶺は答える回答を持ち合わせていない。
――しかし、ここから思わぬ展開に発展する。
「おおお! すげぇぞ!
ハンターがすげぇ『兵器』を持ってきたぞ!」
「嗅覚と視覚をこいつで封じ、その間に歪虚を倒そうってぇんだな?」
「おい、ハンター! この兵器はなんていうんだ?」
ドワーフの一人がヴォイスへ問いかける。
急な展開に驚くヴォイスだったが、素直に作ろうとしていた料理名を答える。
「えーと、カレーだ」
「カレー? カレーっていうのか!
おい、兄貴に報告だ! ハンターはすげぇもん持ってるぞ!」
色めき立つドワーフ達。
カレーの会はともかく、ドワーフとの交流は成功したようだ。
●
「美味しい! お肉、すっごく美味しい!」
弥勒の肉を喜ぶのは、鹿乃(ka0174)。
リョースアールヴァル(ka0427)と共に宴へ参加したのだが、甘い物がまったく存在せずシュンとなっていた。そこでヴァルは弥勒のBBQを見つけて鹿乃へ食べさせたという訳だ。
甘い物ではないが、鹿乃の機嫌が良くなったのならば幸いだ。
「よかった。君の希望ではなかったが、喜んでもらえたのなら何よりだ」
甘い微笑みを浮かべるヴァル。
ここは少々騒がしいが、鹿乃の喜ぶ顔が見られたのならそれで良い。
来た甲斐があった。
「じゃあ、残りも美味しく食べられそうだね」
ヴァルに促されて串に刺さった次の食材を食べようとするが、そこで鹿乃の手が止まる。
「どうしたの?」
「……私、それ嫌い」
そういうなり、鹿乃はヴァルの口の中へ嫌いなピーマンを放り込む。
ヴァルが抵抗する前に放り込む鹿乃の早業は、驚嘆する他なかった。
二人は二人で宴を楽しんでいるようだ。
一方、アニス・テスタロッサ(ka0141)も驚嘆していた。
「なんだこれ!? 焼酎じゃないか!」
ドワーフから秘蔵の酒と呼ばれた物を飲んでみたが、その味はリアルブルーにある焼酎そのもの。おそらく原材料がジャガイモを使ったのだろう。風味は違うが、紛れもなく焼酎の味だ。
最初は驚いたアニスだったが、これはラッキーだ。
「こりゃちょうどいい。持ってきたツマミにぴったりだ」
鞄から取り出したのは蓮根。それもただの蓮根じゃない。クリムゾンウェストで手に入れた材料を使って作り上げた『からし蓮根もどき』だ。
「んー、やっぱり焼酎との相性はバッチリだ!」
まさかの出会いに満喫するアニス。
そこへ興味を持ったドワーフがやってきた。
「ん? なんだこれ?」
「からし蓮根。食べていいよ、ほら」
アニスは徐にドワーフの口へからし蓮根を放り込む。
次の瞬間、突き抜ける未体験の辛さに悶絶するドワーフ。
「あははは、悪いな。実はそれ……」
「おおお! カレー以外にもハンターの兵器があるぞ!
こいつも兄貴に報告だ!」
興奮しながら走り出すドワーフ。
状況が理解できずアニスは首を傾げるしかなかった。
「え? カレーが兵器?」
●
宴も終盤に差し掛かる頃、ついにヨアキムが動き出した。
「うおおおお! 強者と思うハンター達!
ワシの見事一撃を決めてみせいっ!」
広間中に届く叫び声。
「ドワーフ王ヨアキム! このレム・K・モメンタム(ka0149)はアンタに勝負を挑ませてもらうわ!」
サラシにスパッツという世の男子のポロリ願望を全否定する姿で現れたレムは、びしっとヨアキムを指差した。それを受けたヨアキムは笑みを浮かべた後で上着を脱ぎ始める。
「ワシに挑むハンターは一人きりか? ハンターも案外だらしがない……」
「待ちな、おっさん。肉は最後まで喰わせろよ」
レイオスは手にしていた肉を口で引き千切りながら立ち上がる。
ドワーフ王の用意した食事をギリギリまで満喫したレイオスは、ヨアキム同様上着を脱ぎ捨てる。技も防御も回避も要らない。必要なのは純粋な殴り合いだけだ。
「そうか。なら、思う存分見せて貰おう。おぬしらの……漢ってぇ奴を!」
ヨアキムは二人に向かって走り出した。
眼前にあったテーブルを吹き飛ばし、まっすぐ二人に向かって突き進む。
ヨアキムもまた防御する気はまったくない。堂々とした振る舞いで二人に襲い掛かる。「むんっ!」
先にヒットしたのはレイオスの拳だ。
ヨアキムの肝臓付近に目掛けて突き刺さる拳。ヨアキムの顔が苦痛に歪む。
そしてその隙をレムは逃さない。
「とりゃあ!」
ヨアキムの左頬へ鉈のように振るわれる強烈な蹴り。
木工と農耕で鍛えられたレムの肉体は、細身ながら引き締まっている。見掛けよりも蹴りはずっと強烈だ。
――どかんっ!
二人の連携でヨアキムの体は傍らにあったテーブルへと吹き飛ばれる。
「……あっちゃー、始まっちゃったよ。弥勒さんが早くしないから」
酔仙(ka1747)はBBQを片付けていた弥勒を無理矢理引っ張ってきた。
「は? こっちは忙しかったんだ。
そもそも、ヨアキムがまさか二撃でぶっ飛ばされるとは思わないだろ」
弥勒はボヤキながらヨアキムの方へ視線を送る。
肝臓と首。普通に考えれば戦闘不能になり得る一撃だ。
しかし、酔仙も弥勒も何かが腑に落ちない。
あまりにもあっさり倒れすぎる。
「うーん、その勘は正しいねぇ」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、酔仙と弥勒に微笑みかける。
「正しい?」
「ああ。今日はずっとドワーフ王ヨアキムを観察してたんだ。
豪快で大雑把。だけど、彼の恐ろしいところはそこだけじゃない」
「うーん、つまりどういう事?」
「要するに……」
「……ん! ん!! ん!!!」
ヒースの言葉を遮ったのは倒されていたはずのヨアキム。
恍惚の笑みを浮かべた上、だらしなくヨダレを垂らしている。
もしかして、頭を強く打ち付けたのだろうか。
しかし、その心配はまったく無用な事に気付く。
「き、き、き……気持ちぃぃぃ~~!!!」
「ええー!」
思わず酔仙が叫び声を上げる。
「ちょっと、そこの解説役! どういう事か説明しなさいよ!」
話を聞いていたレムは、ヒースへ答えを要求する。
当のヒースはため息を吐きながらぽつりと答えた。
「つまりヨアキムは性的趣向でいう『マゾ』です。それも極マゾ」
「マゾとは、あのMと称されるマゾか?」
身じろぎしながらレイオスはヒースへ向き直った。
「ええ。ですが、変態と侮る暇は無いですよ……ほら」
ヒースは前を向くように促す。
そこには鼻息荒く興奮するヨアキムの姿があった。
「ハンターよ、もっとだ!
もっとワシに強烈な一撃を! 遠慮はいらん! さぁ、ワシの土手っ腹に一発!」
鳩尾をずいっと前に強調するドMのヨアキム。
しかし決して『ヨワ(弱)キム』じゃない。その証拠に二人の一撃が利いているようには見えない。
「ちょっと、臭いんだけど!」
状況を把握していなかったエリシャ・カンナヴィ(ka0140)は、ヨアキムの後頭部へ空の酒瓶を投げつけた。
外見年齢は若く見えるエリシャだが、これでも立派な20代。
次々と運ばれるアルコールを煽り続けていたが、酒を邪魔する風呂嫌いのヨアキムが臭い事に気付いた。無視していたが、段々腹が立ったエリシャは後頭部へ酒瓶を投げつけたという訳だ。
「ああ、エリシャ! ダメじゃない!
すいません、ヨアキムさん……」
アルフェロアがヨアキムに頭を下げる。
見ればヨアキムの額はパックリと割れて血が流れ始めていた。殴り合いの背後からいきなり酒瓶で殴られれば無理もない。
だが、心配する必要はない。相手はヨアキムだから。
「ぬう! これもき・も・ち・いいぃぃ!!
もっとだ! もっとワシに一撃を! ワシを逝かせてくれ!」
「ヨアキム、気持ち悪い!」
さっと立ち上がりヨアキムの抱擁を回避するエリシャ。
とんだ変態にロックオンされてしまったが、挑戦された以上は逃げる訳にはいかない。
「怪我したら直してあげるけど……あまり無理してはダメよ」
ヨアキムが問題ないと分かったアルフェロアは、再び座ってゆっくりとエールを味わい始めた。エリシャならば問題なく戦えると安心しているようだ。
「ハンター達よ、ワシを思う存分殴れ! いや、殴ってください!」
既に王たる威厳は吹き飛び、袋だたきを懇願するヨアキム。
しかし、ヨアキムを叩きのめさなければこの宴も終わりそうにない。
ハンター達は、仕方なく構えた。
●
『できた!』
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は、そう書かれたカードを掲げる。
エヴァの前には一枚のカンバス。
宴の最中、酒を飲みながらその光景を絵に収めていたのだ。
酔いが回りきらないうちに構図を考え、躍動感を持たせながら修正。
周囲のドワーフ達は酔い潰れたり、戦闘に巻き込まれたりと失神している。そんな中でエヴァは、今日のこの宴に込められた想いを留める為に絵を描き上げたのだ。
そして、そこには――ハンター達のサンドバッグと化したヨアキムの姿が描かれていた。
●
翌日。
ヨアキムは、部下に兵器の制作を指示していた。
「兄貴、これで歪虚に勝てますぜ」
「うむ。『カレー』と『からし蓮根』が量産された暁には、歪虚などあっという間に叩いてみせるわ。ぶわっはっは!」
依頼結果
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【相談】地の下で大宴会! レム・K・モメンタム(ka0149) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/06/16 20:30:21 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/15 08:17:23 |