ゲスト
(ka0000)
50年の罪と純愛
マスター:瑞木雫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/04 09:00
- 完成日
- 2015/05/10 23:28
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●五十年前の悲劇
近隣の村人にとってハイキングコースとして愛されていた山があった。
ゆえに、人が登るのは珍しいことではなく、まだ5歳である息子を連れて若い夫婦は歩く。
「綺麗なお花畑を見せてあげるからねぇ」
ふんわりした空気の母が甘やかすような声で言うと、「わぁい!」ときゃっきゃしながら息子が喜んだ。
「……」
無口な父はそんな二人を眺めながら、何も言うことはなく。
花畑があるという場所は山奥にあるわけでもなくて、5歳の息子でも駄々を捏ねる事無く到着できるような近くにあった。
そこで花を眺めながら家族でお弁当を食べよう、というピクニックの計画を立てていたのだ。
―――しかし、悲劇の運命がこの家族を襲った。
楽しく弁当を食べ終わり、息子が父を連れてちょっとだけ離れていた時のこと。
レジャーシートに座りながら彼らを待っていた母の元に……大型の熊が一匹、現れたのだ。
●あれから五十年
「母さん、その日誕生日だったから、花冠を作ろうと花畑の花を何本か摘んで親父だけ連れ出したんだ……。もしあの時、母さんも一緒に連れていけば、とか、もう帰ろうって言っていれば、あんなことにはならなかったのかなぁ、って今でも思い出したり、後悔したりするんだよ」
ハンターオフィスに訪れたアトが微かに俯きながら、少し悲しそうに言った。
大型の熊に立ち向かう力を持たぬ父と子は下山し、その後父が銃を持って複数の男達と共に花畑へ戻ってきたが、そこには変わり果てた母の姿があったのだという…………。
今迄花畑に熊が出没した事例はなく、どうしてあの場に熊が居たのかは誰にも分からない。
母を襲った熊は退治されたようだが、当時5歳の少年だったアトの心を抉る出来事になり、妻子を持つ55歳の青年となった今でも忘れた日は一度たりとも無かった。
「……おっと、悪いな。そんな話をしに来た訳じゃないのに。そろそろ本題に戻すぞ。お前さん達に依頼したいってのは、その花畑の事なんだがな。近頃また、その山で熊の目撃情報があってよ。幸いにも犠牲者はまだ出てないようだが、どうも普通の熊……ってのとは様子が違うみたいでな。ハンターの力を借りたい、って訳だ」
それに……、と続けて。
「親父がその山の花畑によく墓参りに行くんだ。ただでさえ、最近体を悪くしてるから、もう行かないでくれって頼んでるのに、一人で行っちゃうんだよ。親父は無口な人でな……。息子の俺ですら、親父の思ってる事が分からない時もあるし、母さんの話も今迄してくれた事はねえんだけど、でも、やっぱ俺のように辛くなったり、忘れられなかったりするんだと思う」
だからなるべく早急に事にあたりたい、と伝えた時だった―――。
「たいへんだ! 誰か来てくれ!」
血相を変えた青年がハンターオフィスの扉を叩く。
「マリオ? どうした、そんな顔をして」
「アト……! お前の親父さんがまたあの山に登ったらしいぞ……!」
「なんだって!?」
マリオは近所に住む友人だった。
近寄らないようにと警告を立てていた筈の山に、ふらふら……と入っていくお爺さんの姿を、村の子供が見たと言い、その噂が回り回ってきて、マリオに届いたのだという。
心配になってアトの父の家を訪ねてみたが、家の中に彼が居る気配はなく―――。
山へ登ったお爺さんというのはアトの父であるということが確信に変わったのだそうだ。
「暫くは絶対に行かないようにって言ったのに…………なんでなんだよ!!」
どうしていつもいつも、何も言わずに一人で行ってしまうんだ!
そんな怒りのような感情を零したあと、ハンター達には頼み込む。
「すまないが力を貸してくれ……! 今すぐに!!」
●クレフの罪
妻とは、親の見合いで結婚した娘だった。
最初は彼女を哀れに思っていたものだ。会ったばかりの好きでもない男の元へ、親の命令で嫁いできたような女だったから。
おまけにクレフは仕事熱心で、妻や家庭を気遣うような男ではないと誰もが思ったし、自分でもそう思っていた。
だから余計、運のない女だなぁなんて他人事のように思っていたクレフをよそに。
妻となったナタリーはクレフを心から尊敬し、愛してくれた。
そして健気に支えられている内に―――……次第にクレフの心にも変化が現れていく。
「近くに山があるだろ……。そこに綺麗な花畑があるから、今度、アトと一緒に……行かないか」
いつも仕事の事ばかりのクレフが家族と一緒に出掛ける提案をしたのは、初めてだった。
「あら! いいですねぇ! ならお弁当をもっていきましょうか。 お父さんと遊べてアトもきっと、喜んでくれますよ」
ナタリーは喜びながら、当日の弁当の用意に張り切っている様子だった。
そして同時に、誕生日プレゼントのつもりでいた。今迄一度たりとも贈った事はないのだが、気まぐれに、お祝いしてみたくなったのだ。
クレフは、味わったことのない幸福を知り始めていた。
そんな恥ずかしいこと、口にしたこともないけれど、……幸せってのは悪くないなぁ、と思っていた。
「ぱぱー!! 駄目だよっ、お母さん死んじゃうよ!! 戻ってよー!!」
――――大暴れするアトを強引に抱えて、下山するまでは。
見捨ててしまった。
(立ち向かったところで勝てた相手ではないし、万が一救えたとしても既に大量の出血をしていたナタリーを救えたとは思えない。……だが、)
我が子の命を守るために、自分の命まで守ってしまった。
ナタリーを守れず、見殺しにしてしまったのに―――。
彼女を見殺しにした自分を許せずにその後を追いたいぐらいだったが、まだ5歳である息子が一人で生きていくのは難しい。
……だから、出来なかった。
(…………)
――――そして五十年の月日が流れても。
今も変わらず蝕み続ける罪を胸に、花畑の片隅にある小さな墓石へと手を合わせていた。
近隣の村人にとってハイキングコースとして愛されていた山があった。
ゆえに、人が登るのは珍しいことではなく、まだ5歳である息子を連れて若い夫婦は歩く。
「綺麗なお花畑を見せてあげるからねぇ」
ふんわりした空気の母が甘やかすような声で言うと、「わぁい!」ときゃっきゃしながら息子が喜んだ。
「……」
無口な父はそんな二人を眺めながら、何も言うことはなく。
花畑があるという場所は山奥にあるわけでもなくて、5歳の息子でも駄々を捏ねる事無く到着できるような近くにあった。
そこで花を眺めながら家族でお弁当を食べよう、というピクニックの計画を立てていたのだ。
―――しかし、悲劇の運命がこの家族を襲った。
楽しく弁当を食べ終わり、息子が父を連れてちょっとだけ離れていた時のこと。
レジャーシートに座りながら彼らを待っていた母の元に……大型の熊が一匹、現れたのだ。
●あれから五十年
「母さん、その日誕生日だったから、花冠を作ろうと花畑の花を何本か摘んで親父だけ連れ出したんだ……。もしあの時、母さんも一緒に連れていけば、とか、もう帰ろうって言っていれば、あんなことにはならなかったのかなぁ、って今でも思い出したり、後悔したりするんだよ」
ハンターオフィスに訪れたアトが微かに俯きながら、少し悲しそうに言った。
大型の熊に立ち向かう力を持たぬ父と子は下山し、その後父が銃を持って複数の男達と共に花畑へ戻ってきたが、そこには変わり果てた母の姿があったのだという…………。
今迄花畑に熊が出没した事例はなく、どうしてあの場に熊が居たのかは誰にも分からない。
母を襲った熊は退治されたようだが、当時5歳の少年だったアトの心を抉る出来事になり、妻子を持つ55歳の青年となった今でも忘れた日は一度たりとも無かった。
「……おっと、悪いな。そんな話をしに来た訳じゃないのに。そろそろ本題に戻すぞ。お前さん達に依頼したいってのは、その花畑の事なんだがな。近頃また、その山で熊の目撃情報があってよ。幸いにも犠牲者はまだ出てないようだが、どうも普通の熊……ってのとは様子が違うみたいでな。ハンターの力を借りたい、って訳だ」
それに……、と続けて。
「親父がその山の花畑によく墓参りに行くんだ。ただでさえ、最近体を悪くしてるから、もう行かないでくれって頼んでるのに、一人で行っちゃうんだよ。親父は無口な人でな……。息子の俺ですら、親父の思ってる事が分からない時もあるし、母さんの話も今迄してくれた事はねえんだけど、でも、やっぱ俺のように辛くなったり、忘れられなかったりするんだと思う」
だからなるべく早急に事にあたりたい、と伝えた時だった―――。
「たいへんだ! 誰か来てくれ!」
血相を変えた青年がハンターオフィスの扉を叩く。
「マリオ? どうした、そんな顔をして」
「アト……! お前の親父さんがまたあの山に登ったらしいぞ……!」
「なんだって!?」
マリオは近所に住む友人だった。
近寄らないようにと警告を立てていた筈の山に、ふらふら……と入っていくお爺さんの姿を、村の子供が見たと言い、その噂が回り回ってきて、マリオに届いたのだという。
心配になってアトの父の家を訪ねてみたが、家の中に彼が居る気配はなく―――。
山へ登ったお爺さんというのはアトの父であるということが確信に変わったのだそうだ。
「暫くは絶対に行かないようにって言ったのに…………なんでなんだよ!!」
どうしていつもいつも、何も言わずに一人で行ってしまうんだ!
そんな怒りのような感情を零したあと、ハンター達には頼み込む。
「すまないが力を貸してくれ……! 今すぐに!!」
●クレフの罪
妻とは、親の見合いで結婚した娘だった。
最初は彼女を哀れに思っていたものだ。会ったばかりの好きでもない男の元へ、親の命令で嫁いできたような女だったから。
おまけにクレフは仕事熱心で、妻や家庭を気遣うような男ではないと誰もが思ったし、自分でもそう思っていた。
だから余計、運のない女だなぁなんて他人事のように思っていたクレフをよそに。
妻となったナタリーはクレフを心から尊敬し、愛してくれた。
そして健気に支えられている内に―――……次第にクレフの心にも変化が現れていく。
「近くに山があるだろ……。そこに綺麗な花畑があるから、今度、アトと一緒に……行かないか」
いつも仕事の事ばかりのクレフが家族と一緒に出掛ける提案をしたのは、初めてだった。
「あら! いいですねぇ! ならお弁当をもっていきましょうか。 お父さんと遊べてアトもきっと、喜んでくれますよ」
ナタリーは喜びながら、当日の弁当の用意に張り切っている様子だった。
そして同時に、誕生日プレゼントのつもりでいた。今迄一度たりとも贈った事はないのだが、気まぐれに、お祝いしてみたくなったのだ。
クレフは、味わったことのない幸福を知り始めていた。
そんな恥ずかしいこと、口にしたこともないけれど、……幸せってのは悪くないなぁ、と思っていた。
「ぱぱー!! 駄目だよっ、お母さん死んじゃうよ!! 戻ってよー!!」
――――大暴れするアトを強引に抱えて、下山するまでは。
見捨ててしまった。
(立ち向かったところで勝てた相手ではないし、万が一救えたとしても既に大量の出血をしていたナタリーを救えたとは思えない。……だが、)
我が子の命を守るために、自分の命まで守ってしまった。
ナタリーを守れず、見殺しにしてしまったのに―――。
彼女を見殺しにした自分を許せずにその後を追いたいぐらいだったが、まだ5歳である息子が一人で生きていくのは難しい。
……だから、出来なかった。
(…………)
――――そして五十年の月日が流れても。
今も変わらず蝕み続ける罪を胸に、花畑の片隅にある小さな墓石へと手を合わせていた。
リプレイ本文
●
「頼むから間に合ってください……っ!」
アクセル・ランパード(ka0448)達は全速力で馬を走らせ、山道を駆けあがっていた。アクセルの戦馬に同乗していたダラントスカスティーヤ(ka0928)も、花畑で墓参りをしているというクレフの身を案じている。
―――熊に襲われ、妻を失った無口な男。
クレフの事をアトから聞いた時、他人事とは思えなかった。『クレフは何も語らない』と言っていたアトは気付いていないようだったが、ダランは気付いているのだ。
罪の意識に苛まれ、後悔に蝕まれているクレフの、苦しみを。
クレール(ka0586)の戦馬に同乗していたレイレリア・リナークシス(ka3872)は、彼女の背中を見つめながらそっと慰めるような声で話し掛けた。
「……クレール様、大丈夫ですか?」
今にも泣きだしそうな恐怖を耐え、目一杯にスピードを出して駆け抜けているのを、心配していたのだ。
「ありがとうございます、レイレリアさん! でも、大丈夫です! スピードが怖いなんて、言ってられませんから……!」
(クレフさんは、死なせない!)
親子二人で……いや、三人で話して貰う為に、クレールは疾走する。たとえ無理をしてでも、恐怖で泣き叫ぼうとも!
そんなふうに走り屋の如く奮闘する姿をこっそり横から見ていた仁川 リア(ka3483)は、安心するように目を細めた。スピードが怖いと知って心配していたが、どうやら大丈夫そうだ。
そしてまっすぐ前を見つめたら、相棒のジャッキーに語り掛ける。
「頑張ってよジャッキー、このままじゃあお爺ちゃんが危ないんだ」
(―――お墓参りも、息子さんと向き合うのも、絶対に邪魔されたくないんだ)
大切な事を話し合えていない不器用な親子に、ちゃんと向き合って欲しい。そう願う気持ちの背景には、既に他界してしまっている家族の存在があるのかもしれない。
ジャッキーは奮い立ち、強く大地を蹴って、花畑へと急いだ。リアの為、勇ましき身の力の全てを振り絞るのだ。
ルピナス(ka0179)は戦馬で駆けながら思う。
アトは「親父の思ってる事が分からない」と言っていたけれど、クレフは奥方の事を大切に想っていたんじゃないかなぁ、と。
(大切な人、か……)
心の中で呟く。
(俺には大切な人、居ないから。……うん、なんかちょっと、ちょっとだけ)
―――羨ましいなって。
密かに、想いが溢れて。
「……!」
Gacrux(ka2726)は遠くに花畑が見えてくると、目を凝らした。
薄水色の小さな花が咲いている長閑な花畑の片隅で、墓石に手を合わせている人の姿が見える。彼がクレフで間違いないようだ。
「間に合ったようですね」
クオン・サガラ(ka0018)はルピナスの戦馬に同乗しながらクレフの無事を確認し、胸を撫で下ろした。
(手遅れになる前で良かったです……)
自分達が到着するよりも先に襲われてしまえば、彼の命は無かっただろう。心の隅に置いていた不安がひとまず拭われて安堵する。
―――だが。
「あれは……!」
「どうやら、現れてしまったようですね」
クオンが自分達とは逆の方角から現れた敵を発見し、Gacruxが敵を睨みつけながら呟く。
ガゥァア!
理性を失ったかのような狂気に満ちた獣。
アトが言っていた熊というのはきっとアレだ。
「やはり歪虚でしたか……」
Gacruxは実物を見て確信する。熊の歪虚は見るからに獰猛そうな、攻撃的な歪虚だった。
(まずい! このままでは!)
クオンは冷静に分析し、自分達の到着より先に熊の歪虚によって襲い掛かられてしまう可能性が再び浮上した事を危惧する。―――先手が必要だ!
そう考え馬から飛び下りた直後、即座に弓を構えて引いた。一点集中の矢が風を斬って、貫き、何よりも早く、戦場を駆けていく。
●
クレフは熊の歪虚が現れても、手を合わせ続けていた。叫ぶ事も驚く事もなく心を無にしながら、むしろ何かを受け入れるように。
だから、自分の身に何も起きなかった事の方へ驚いたのだった。
―――ガァァ!
クオンが放った弓矢は熊の歪虚に命中し、一時的に足を止めていた。
その隙に仲間達は次々と駆け付ける事が出来、熊の歪虚の爪がむやみやたらに振り下ろされた時、クレフを庇って前に立ちはだかっていたダランを裂く。
しかしダランは立ち退かず、そのまま強く踏み込んで、剣で熊の歪虚の肉を切り裂き抉った。
「熊さん邪魔しないでくれるかな? 今お爺ちゃんは大事な家族と会わなきゃいけないんだよね」
リアも追いつき、瞳に闘志を秘めながら告げて、攻撃することで熊の歪虚の注意をこちらに引くよう仕向ける。
グググ……!
そして瞬脚を使って駆けつけてきたルピナスとクレールは、互いに目を配せあって。
(その無慈悲な巨体が新たな悲劇を刻むのか否か―――)
「さぁ、踊りなよ。君の相手は俺達だ」
ルピナスは鞭を構え、
「眼球を……脳髄を! 抉れぇっ!!」
叫びながら熊の歪虚の顔面に目掛けて飛び込むクレールに合わせ、敵の足元に鞭を打ち鳴らして牽制。
回避を許さない、クレールのエレクトリックショックを喰らわせた!
焼け焦げるような雷撃に、痛苦を味わう熊の歪虚。だが消滅させるにはまだ足りない。
グゥゥウ!
「死なないなら……来い、熊ぁっ!! 私を殺しに来ないなら、次で必ずあんたを殺すっ!!」
熊の歪虚は無抵抗であるクレフにはもう関心がない。
「私が死ぬか、あんたが死ぬか! 勝負だぁっ!!」
ガァァァアアア!!!
クレールの挑戦状を受けて立つの如く、熊の歪虚は吼えた。
すると、そのままクレールに目掛けてやってくる。
「……! やらせません!」
「アクセルさん……!」
―――しかしクレールを庇い、爪を受け止めたのはアクセルだった。
クレールは頼れるハンター仲間であるが、女性や子供が傷つくのは、アクセルの矜持が許さないのだ。
「そら! こっちです!!」
アクセルは挑発して自ら攻撃対象になると、熊の歪虚は本能で暴れるように走りながらついてきた。
誘導作戦は成功のようである。
ルピナスは振り返ってクレフの元にダランとレイレリアが護衛についたのを確認すると安心し、そして片隅にあるお墓に視線を流した。
「そこで奥方、守ってあげてね?」
―――大丈夫、近付けさせやしないから。
そう彼が呟くと、そっと優しい春風が吹いた。それはまるで、クレフと、ルピナス達を、優しく包み込むような風。
「皆様、どうかお気をつけて……」
レイレリアは、クレフを守る為に誘導する仲間にウィンドガストを掛けた。敵の攻撃を僅かでもそらして守れるように、緑に輝く風を取り巻かせて。
不意にクレフの口がひらく。
「……お前さん達は」
護衛するダランとレイレリアを、見つめて。
「アト様の御依頼を受けたハンターです。熊の歪虚が出現した可能性のある山に、クレフ様が奥様のお墓参りに向かわれたかもしれないと知って、その救出に、と」
レイレリアの説明に納得するとクレフは俯いて、「そうか……。迷惑を掛けたようだな」と、軽く頭を下げた。
謝罪の後は黙ったままのクレフに、ダランが話しかける。
「俺も……恋人が大切だと気付いたのは失くした後だった……」
クレフとレイレリアは、目を見開いた。
「色々後悔もした。自暴自棄にもなった」
そしてクレフの言葉が返らなくても、ダランは続ける。
「だが、支えてくれた仲間が居てくれたから立ち直った。あなたにも、そんな存在が居るはずだ」
「……」
クレフは、ナタリーの事をハンター達に話したのであろうアトにお喋りな奴め、と内心抱いていた。
だがそれ以上にやはり、ダランの言葉に胸を締め付けられていて。
(支えてくれる存在……)
たとえ認めたくなくとも、クレフにも思い当たる存在がいた。
その一方で、レイレリアも。―――仲が良かった大切な姉のことを、思い出していた。
●
「さっさと終わらせちゃうよ!大事な予定が迫ってるからね!」
花畑から離れ、障害物も何もない一面の草原まで誘導することができたリアは、スラッシュエッジを惜しみなく繰り出して、回避をしようものならフェイントアタックを織り交ぜ、圧倒していた。―――が。
「おっと……!」
熊の歪虚の反撃で噛みつかれそうになり、ドッジダッシュで後方へ下がり、回避した。
「近くで戦うとちょっと危ないかな?」
リアは困ったように言って、次に拳銃を構えた。攻撃しながら、また少しずつ近付いていくつもりなのだ。
「あともう一息です!」
クオンは仲間を飛び越すように曲射して矢を放ちながら言った。
熊の歪虚は満身創痍。
このまま押せば勝利は間違いなく、目に見えている!
―――だがそんな最終局面。
悪足掻きのように熊の歪虚がアクセルに突進!
クオンが叫んだ。
「アクセルさん!」
ウガァァアアァァァアア!!!!!
アクセルはなんとか盾で受け止める事が出来たが、熊の歪虚は物凄い力だった。火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。歯を食いしばりながら踏ん張って、鍔迫り合いをギチギチと続ける。
「負けません……っ!」
―――騎士としての誇りに掛けて!
鍔迫り合いはアクセルが勝利し、熊の巨体が自らの身を支えきれず、横転した。
「今です、皆さん!」
一斉攻撃のチャンスを作ったアクセルは、仲間にトドメを託す。
「はい!」
クオンは倒れた熊の歪虚を狙い撃ち、射抜いて。
Gacruxがフラジェルムで攻撃を援護しつつ連携しながら、最後のトドメをルピナスに―――。
「おやすみ、ここが君の最後のページだよ」
ガァァァァァ……………!
ルピナスが剣を振り下ろすと超音波振動の低音が響くと共に、熊の歪虚の絶叫が花畑を揺るがした。
こうして脅威の存在はそっと消滅していき、花畑は元の温かな……長閑な平穏を取り戻すのだった。
●
「クレフさん……アトさんが来ます」
「息子と話してみたらどうだ?」
クレールとダランが言った。
「……」
しかしクレフは断固として黙っていた。
「困りましたね」
これではアトに何も話してくれそうになくて、クオンが思わず呟く。
だがクレールは諦めなかった。
「どうか、お願いします。ナタリーさんの前で、アトさんとお話を。クレフさんの考えが分からないこと、悔しそうで……心配、してました。家出の前に、父に言葉を尽くせなかった……親不孝な娘からのお願いです」
そんなふうにクレールが悔いを語った時、Gacruxがクレフの一瞬の変化に気付いた。
それは彼の目が、ほんの一瞬、一瞬だけ、子を持つ親の目をしていたことを。
一方。
ジャッキーに乗って村まで下りてきたリアは、アトを見つけて説得していた。
「アトさん、行こう」
だがアトは、安堵というより、腹が立っているほうが濃厚だった。
人の気も知らないで、何も言わないで、いつになっても自分を頼ってくれない父親に、苛立っているのだ。
「そんな気分じゃない。それに、行ったって親父は何も話さないと思うぞ」
「うん。アトさんの言うように無口な人なんだろうね。でも、アトさんの方も聞くことを諦めちゃってないかな? 僕にはクレフさんとアトさんがすれ違っているように見えるよ」
「……」
アトは的を得られて黙った。
「家族のことなんだから、お父さんとちゃんと話さなくちゃ駄目だよ」
余計なお世話かもしれないけど、と付け足して。リアはそっと、アトに手を差し伸べた。
●
「アトさん、先ずは落ち着いて下さい」
かっと熱くなったアトをGacruxと共に止めて、アクセルは二人を仲介した。
「お二人とも互いに思う事はあるでしょうが……、想いは言葉にしなければ伝わりませんよ?」
―――リアがアトを連れてきて花畑で話し合いをするや否や、早速ぎこちなくなり、拗れはじめていた。アトは怒っているし、クレフは何も言わない。
彼らは本当に不器用な親子だ。やはりアクセルの手助けが必要だったらしい。
「……クレフさん、失礼を承知で伺います。――妻を救えなかったことを、悔やみ続けていませんか?」
「……」
クレフの眉がぴく、と動いた。感情的になっていたアトの方も、静かになって。
「そうなのか?」
言葉に迷っているのであろうクレフからの視線を感じると、ダランは彼を後押しをするようにゆっくり、頷いた。
打ち明けるべきだ、と。
「……あぁ」
するとクレフは短く返した。
「……。あれは、どうしようもないことだった。悔やんでたってしょうがねえだろ」
しかしクレフは再び沈黙する。
そんな彼に、レイレリアは言わずには居られなかった。
「クレフ様には反省をしていただかなくてはなりません。危険があるとわかっているにも関わらずここに来たことを」
アトの想いを代弁するように、見つめて。
「そして、もしかしたらですが、死に場所を探して、死んでもいいと思って、このようなことをしたのではありませんか?」
「……っ」
かなり踏み込んだ問い掛けだった。
……だがそれは、図星だった。
「……あぁ」
クレフは力無く、返答したのだ。
一瞬にして、場の空気が動揺する。
―――するとアトは掌で自身の目を隠した。
急激に目頭が熱くなって、赤くなってしまっている目を誰にも見せないように。
(アトさん……)
ルピナスはアトの反応を見て察した。分からないと言いながら、本当は気付いてはいたことを。
生きてくれてはいるが、生きようとはしていない。具合が悪くなっても自分を労わらない。いつか死ぬことで許される日を、心の何処かで求めている。
……そしてそれを言ってもくれないし、頼ってくれもしない。アトはずっと寂しくて、悲しかったのだ。
「私も、姉をとある事情で亡くしておりますが……。でも私は、だからこそ姉に恥じることなく生きなければならないと思うのです」
きっと自分が死ぬことを、大切な人は望んでいない。
だからレイレリアは歩み続けている。
今を生きようとしている。
きっとナタリーもそう思っている筈、と思うのは、ルピナスも同じ。
「幸せにならなきゃ駄目だよ」
―――愛する人が不幸なのはこの上ない不幸ともいうし。
ナタリーの為にも。
そして、ちゃんと父を想うアトの為にも。
「―――すまん」
クレフが初めてアトに謝罪した瞬間、アトはどうしようもなく涙腺が緩んでしまうだろう。
その様子を見つめていたダランは、そっと目を伏せた。
アトを大切に想う気持ちを自覚してくれるなら、自分の命のことも大切に想ってくれるようになる筈。
クオンとアクセル、Gacruxも一件落着の様子に安堵して。
レイレリアとリアも、少し縮まった家族のやりとりに心を和ませた―――。
(ナタリーさん……見ていてくれているかな)
そしてルピナスがそう思ってお墓に振り向くと、同じ事を思っていたクレールと目が合って。二人は微笑み合うのだった。
「頼むから間に合ってください……っ!」
アクセル・ランパード(ka0448)達は全速力で馬を走らせ、山道を駆けあがっていた。アクセルの戦馬に同乗していたダラントスカスティーヤ(ka0928)も、花畑で墓参りをしているというクレフの身を案じている。
―――熊に襲われ、妻を失った無口な男。
クレフの事をアトから聞いた時、他人事とは思えなかった。『クレフは何も語らない』と言っていたアトは気付いていないようだったが、ダランは気付いているのだ。
罪の意識に苛まれ、後悔に蝕まれているクレフの、苦しみを。
クレール(ka0586)の戦馬に同乗していたレイレリア・リナークシス(ka3872)は、彼女の背中を見つめながらそっと慰めるような声で話し掛けた。
「……クレール様、大丈夫ですか?」
今にも泣きだしそうな恐怖を耐え、目一杯にスピードを出して駆け抜けているのを、心配していたのだ。
「ありがとうございます、レイレリアさん! でも、大丈夫です! スピードが怖いなんて、言ってられませんから……!」
(クレフさんは、死なせない!)
親子二人で……いや、三人で話して貰う為に、クレールは疾走する。たとえ無理をしてでも、恐怖で泣き叫ぼうとも!
そんなふうに走り屋の如く奮闘する姿をこっそり横から見ていた仁川 リア(ka3483)は、安心するように目を細めた。スピードが怖いと知って心配していたが、どうやら大丈夫そうだ。
そしてまっすぐ前を見つめたら、相棒のジャッキーに語り掛ける。
「頑張ってよジャッキー、このままじゃあお爺ちゃんが危ないんだ」
(―――お墓参りも、息子さんと向き合うのも、絶対に邪魔されたくないんだ)
大切な事を話し合えていない不器用な親子に、ちゃんと向き合って欲しい。そう願う気持ちの背景には、既に他界してしまっている家族の存在があるのかもしれない。
ジャッキーは奮い立ち、強く大地を蹴って、花畑へと急いだ。リアの為、勇ましき身の力の全てを振り絞るのだ。
ルピナス(ka0179)は戦馬で駆けながら思う。
アトは「親父の思ってる事が分からない」と言っていたけれど、クレフは奥方の事を大切に想っていたんじゃないかなぁ、と。
(大切な人、か……)
心の中で呟く。
(俺には大切な人、居ないから。……うん、なんかちょっと、ちょっとだけ)
―――羨ましいなって。
密かに、想いが溢れて。
「……!」
Gacrux(ka2726)は遠くに花畑が見えてくると、目を凝らした。
薄水色の小さな花が咲いている長閑な花畑の片隅で、墓石に手を合わせている人の姿が見える。彼がクレフで間違いないようだ。
「間に合ったようですね」
クオン・サガラ(ka0018)はルピナスの戦馬に同乗しながらクレフの無事を確認し、胸を撫で下ろした。
(手遅れになる前で良かったです……)
自分達が到着するよりも先に襲われてしまえば、彼の命は無かっただろう。心の隅に置いていた不安がひとまず拭われて安堵する。
―――だが。
「あれは……!」
「どうやら、現れてしまったようですね」
クオンが自分達とは逆の方角から現れた敵を発見し、Gacruxが敵を睨みつけながら呟く。
ガゥァア!
理性を失ったかのような狂気に満ちた獣。
アトが言っていた熊というのはきっとアレだ。
「やはり歪虚でしたか……」
Gacruxは実物を見て確信する。熊の歪虚は見るからに獰猛そうな、攻撃的な歪虚だった。
(まずい! このままでは!)
クオンは冷静に分析し、自分達の到着より先に熊の歪虚によって襲い掛かられてしまう可能性が再び浮上した事を危惧する。―――先手が必要だ!
そう考え馬から飛び下りた直後、即座に弓を構えて引いた。一点集中の矢が風を斬って、貫き、何よりも早く、戦場を駆けていく。
●
クレフは熊の歪虚が現れても、手を合わせ続けていた。叫ぶ事も驚く事もなく心を無にしながら、むしろ何かを受け入れるように。
だから、自分の身に何も起きなかった事の方へ驚いたのだった。
―――ガァァ!
クオンが放った弓矢は熊の歪虚に命中し、一時的に足を止めていた。
その隙に仲間達は次々と駆け付ける事が出来、熊の歪虚の爪がむやみやたらに振り下ろされた時、クレフを庇って前に立ちはだかっていたダランを裂く。
しかしダランは立ち退かず、そのまま強く踏み込んで、剣で熊の歪虚の肉を切り裂き抉った。
「熊さん邪魔しないでくれるかな? 今お爺ちゃんは大事な家族と会わなきゃいけないんだよね」
リアも追いつき、瞳に闘志を秘めながら告げて、攻撃することで熊の歪虚の注意をこちらに引くよう仕向ける。
グググ……!
そして瞬脚を使って駆けつけてきたルピナスとクレールは、互いに目を配せあって。
(その無慈悲な巨体が新たな悲劇を刻むのか否か―――)
「さぁ、踊りなよ。君の相手は俺達だ」
ルピナスは鞭を構え、
「眼球を……脳髄を! 抉れぇっ!!」
叫びながら熊の歪虚の顔面に目掛けて飛び込むクレールに合わせ、敵の足元に鞭を打ち鳴らして牽制。
回避を許さない、クレールのエレクトリックショックを喰らわせた!
焼け焦げるような雷撃に、痛苦を味わう熊の歪虚。だが消滅させるにはまだ足りない。
グゥゥウ!
「死なないなら……来い、熊ぁっ!! 私を殺しに来ないなら、次で必ずあんたを殺すっ!!」
熊の歪虚は無抵抗であるクレフにはもう関心がない。
「私が死ぬか、あんたが死ぬか! 勝負だぁっ!!」
ガァァァアアア!!!
クレールの挑戦状を受けて立つの如く、熊の歪虚は吼えた。
すると、そのままクレールに目掛けてやってくる。
「……! やらせません!」
「アクセルさん……!」
―――しかしクレールを庇い、爪を受け止めたのはアクセルだった。
クレールは頼れるハンター仲間であるが、女性や子供が傷つくのは、アクセルの矜持が許さないのだ。
「そら! こっちです!!」
アクセルは挑発して自ら攻撃対象になると、熊の歪虚は本能で暴れるように走りながらついてきた。
誘導作戦は成功のようである。
ルピナスは振り返ってクレフの元にダランとレイレリアが護衛についたのを確認すると安心し、そして片隅にあるお墓に視線を流した。
「そこで奥方、守ってあげてね?」
―――大丈夫、近付けさせやしないから。
そう彼が呟くと、そっと優しい春風が吹いた。それはまるで、クレフと、ルピナス達を、優しく包み込むような風。
「皆様、どうかお気をつけて……」
レイレリアは、クレフを守る為に誘導する仲間にウィンドガストを掛けた。敵の攻撃を僅かでもそらして守れるように、緑に輝く風を取り巻かせて。
不意にクレフの口がひらく。
「……お前さん達は」
護衛するダランとレイレリアを、見つめて。
「アト様の御依頼を受けたハンターです。熊の歪虚が出現した可能性のある山に、クレフ様が奥様のお墓参りに向かわれたかもしれないと知って、その救出に、と」
レイレリアの説明に納得するとクレフは俯いて、「そうか……。迷惑を掛けたようだな」と、軽く頭を下げた。
謝罪の後は黙ったままのクレフに、ダランが話しかける。
「俺も……恋人が大切だと気付いたのは失くした後だった……」
クレフとレイレリアは、目を見開いた。
「色々後悔もした。自暴自棄にもなった」
そしてクレフの言葉が返らなくても、ダランは続ける。
「だが、支えてくれた仲間が居てくれたから立ち直った。あなたにも、そんな存在が居るはずだ」
「……」
クレフは、ナタリーの事をハンター達に話したのであろうアトにお喋りな奴め、と内心抱いていた。
だがそれ以上にやはり、ダランの言葉に胸を締め付けられていて。
(支えてくれる存在……)
たとえ認めたくなくとも、クレフにも思い当たる存在がいた。
その一方で、レイレリアも。―――仲が良かった大切な姉のことを、思い出していた。
●
「さっさと終わらせちゃうよ!大事な予定が迫ってるからね!」
花畑から離れ、障害物も何もない一面の草原まで誘導することができたリアは、スラッシュエッジを惜しみなく繰り出して、回避をしようものならフェイントアタックを織り交ぜ、圧倒していた。―――が。
「おっと……!」
熊の歪虚の反撃で噛みつかれそうになり、ドッジダッシュで後方へ下がり、回避した。
「近くで戦うとちょっと危ないかな?」
リアは困ったように言って、次に拳銃を構えた。攻撃しながら、また少しずつ近付いていくつもりなのだ。
「あともう一息です!」
クオンは仲間を飛び越すように曲射して矢を放ちながら言った。
熊の歪虚は満身創痍。
このまま押せば勝利は間違いなく、目に見えている!
―――だがそんな最終局面。
悪足掻きのように熊の歪虚がアクセルに突進!
クオンが叫んだ。
「アクセルさん!」
ウガァァアアァァァアア!!!!!
アクセルはなんとか盾で受け止める事が出来たが、熊の歪虚は物凄い力だった。火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。歯を食いしばりながら踏ん張って、鍔迫り合いをギチギチと続ける。
「負けません……っ!」
―――騎士としての誇りに掛けて!
鍔迫り合いはアクセルが勝利し、熊の巨体が自らの身を支えきれず、横転した。
「今です、皆さん!」
一斉攻撃のチャンスを作ったアクセルは、仲間にトドメを託す。
「はい!」
クオンは倒れた熊の歪虚を狙い撃ち、射抜いて。
Gacruxがフラジェルムで攻撃を援護しつつ連携しながら、最後のトドメをルピナスに―――。
「おやすみ、ここが君の最後のページだよ」
ガァァァァァ……………!
ルピナスが剣を振り下ろすと超音波振動の低音が響くと共に、熊の歪虚の絶叫が花畑を揺るがした。
こうして脅威の存在はそっと消滅していき、花畑は元の温かな……長閑な平穏を取り戻すのだった。
●
「クレフさん……アトさんが来ます」
「息子と話してみたらどうだ?」
クレールとダランが言った。
「……」
しかしクレフは断固として黙っていた。
「困りましたね」
これではアトに何も話してくれそうになくて、クオンが思わず呟く。
だがクレールは諦めなかった。
「どうか、お願いします。ナタリーさんの前で、アトさんとお話を。クレフさんの考えが分からないこと、悔しそうで……心配、してました。家出の前に、父に言葉を尽くせなかった……親不孝な娘からのお願いです」
そんなふうにクレールが悔いを語った時、Gacruxがクレフの一瞬の変化に気付いた。
それは彼の目が、ほんの一瞬、一瞬だけ、子を持つ親の目をしていたことを。
一方。
ジャッキーに乗って村まで下りてきたリアは、アトを見つけて説得していた。
「アトさん、行こう」
だがアトは、安堵というより、腹が立っているほうが濃厚だった。
人の気も知らないで、何も言わないで、いつになっても自分を頼ってくれない父親に、苛立っているのだ。
「そんな気分じゃない。それに、行ったって親父は何も話さないと思うぞ」
「うん。アトさんの言うように無口な人なんだろうね。でも、アトさんの方も聞くことを諦めちゃってないかな? 僕にはクレフさんとアトさんがすれ違っているように見えるよ」
「……」
アトは的を得られて黙った。
「家族のことなんだから、お父さんとちゃんと話さなくちゃ駄目だよ」
余計なお世話かもしれないけど、と付け足して。リアはそっと、アトに手を差し伸べた。
●
「アトさん、先ずは落ち着いて下さい」
かっと熱くなったアトをGacruxと共に止めて、アクセルは二人を仲介した。
「お二人とも互いに思う事はあるでしょうが……、想いは言葉にしなければ伝わりませんよ?」
―――リアがアトを連れてきて花畑で話し合いをするや否や、早速ぎこちなくなり、拗れはじめていた。アトは怒っているし、クレフは何も言わない。
彼らは本当に不器用な親子だ。やはりアクセルの手助けが必要だったらしい。
「……クレフさん、失礼を承知で伺います。――妻を救えなかったことを、悔やみ続けていませんか?」
「……」
クレフの眉がぴく、と動いた。感情的になっていたアトの方も、静かになって。
「そうなのか?」
言葉に迷っているのであろうクレフからの視線を感じると、ダランは彼を後押しをするようにゆっくり、頷いた。
打ち明けるべきだ、と。
「……あぁ」
するとクレフは短く返した。
「……。あれは、どうしようもないことだった。悔やんでたってしょうがねえだろ」
しかしクレフは再び沈黙する。
そんな彼に、レイレリアは言わずには居られなかった。
「クレフ様には反省をしていただかなくてはなりません。危険があるとわかっているにも関わらずここに来たことを」
アトの想いを代弁するように、見つめて。
「そして、もしかしたらですが、死に場所を探して、死んでもいいと思って、このようなことをしたのではありませんか?」
「……っ」
かなり踏み込んだ問い掛けだった。
……だがそれは、図星だった。
「……あぁ」
クレフは力無く、返答したのだ。
一瞬にして、場の空気が動揺する。
―――するとアトは掌で自身の目を隠した。
急激に目頭が熱くなって、赤くなってしまっている目を誰にも見せないように。
(アトさん……)
ルピナスはアトの反応を見て察した。分からないと言いながら、本当は気付いてはいたことを。
生きてくれてはいるが、生きようとはしていない。具合が悪くなっても自分を労わらない。いつか死ぬことで許される日を、心の何処かで求めている。
……そしてそれを言ってもくれないし、頼ってくれもしない。アトはずっと寂しくて、悲しかったのだ。
「私も、姉をとある事情で亡くしておりますが……。でも私は、だからこそ姉に恥じることなく生きなければならないと思うのです」
きっと自分が死ぬことを、大切な人は望んでいない。
だからレイレリアは歩み続けている。
今を生きようとしている。
きっとナタリーもそう思っている筈、と思うのは、ルピナスも同じ。
「幸せにならなきゃ駄目だよ」
―――愛する人が不幸なのはこの上ない不幸ともいうし。
ナタリーの為にも。
そして、ちゃんと父を想うアトの為にも。
「―――すまん」
クレフが初めてアトに謝罪した瞬間、アトはどうしようもなく涙腺が緩んでしまうだろう。
その様子を見つめていたダランは、そっと目を伏せた。
アトを大切に想う気持ちを自覚してくれるなら、自分の命のことも大切に想ってくれるようになる筈。
クオンとアクセル、Gacruxも一件落着の様子に安堵して。
レイレリアとリアも、少し縮まった家族のやりとりに心を和ませた―――。
(ナタリーさん……見ていてくれているかな)
そしてルピナスがそう思ってお墓に振り向くと、同じ事を思っていたクレールと目が合って。二人は微笑み合うのだった。
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相談卓 レイレリア・リナークシス(ka3872) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/05/03 17:35:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/30 01:15:50 |