ゲスト
(ka0000)
さよならから僕らは歩む
マスター:白河ゆう

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/04 12:00
- 完成日
- 2015/05/11 23:52
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
その村では猫が英霊として崇められるという程ではないものの、少なくとも敬意を払って愛される。
真偽はお伽話と思われているが『ご先祖様が猫の長と約束したから』というのが躾の際に子供達に聞かせる定番の言葉。
山林に群生している野生の猫達と、縄張りを共有する隣人として村の人々は長閑に暮らしていた。
彼らは警戒心が強く、時には牙や爪で傷つける事もあるが、それは安易に近付き過ぎた場合のこと。
可愛いけれど、彼らには彼らの生活が。私達には私達の生活が。自然の営みを邪魔してはいけないよというのが村の大事な教えである。
ところがその自然の営みを破壊する異常が、愛らしくも捕食者の猛々しさを持ち合わせた猫達を雑魔にしてしまった。
「みんな、みんな……死んじゃうの? 殺しちゃうの!? やだよ、そんなのっ!!」
「仕方ないよ、もう彼らは僕らと共存する事ができないんだから……倒さないと、村が生きていけないんだ」
「やだよっ、やだよぉ……っ!!」
まだ抱き上げられる程に小さな幼い妹ララの拳が、ズボンの裾を力任せに引く。
粗末な腰紐で結わえただけのズボンが思わぬ強さで引っ張られて脱げそうになるのを慌てて押さえる兄のレオン。
「僕だって嫌だよ、ララ。父さんも母さんも、みんな嫌だけど。ゾウマは猫達の身体を奪った悪い奴らなんだ」
彼らはもう死んじゃったんだよ。村の物知り爺さんからの受け売りをレオンはそのまま口にした。
「でも動いてるじゃないっ。あれは……猫さん達じゃないの?」
「違うんだ。違うんだよ、ララ。あれはゾウマだ。倒さないと僕達が殺されちゃうんだ」
顔を涙だらけでぐちゃぐちゃにして、しゃくり上げるララ。その頭にぽとりと熱い滴が落ちる。
もう何も言わずララを抱き上げるレオン。僕はお兄ちゃんだから。泣いてるのを見られたくなかった。
頭では大人達のいう事を理解しているけども、気持ちは幼い妹と変わりなかった。
大人達は男も女も交代で武器になりそうな物を手にして、ゾウマの襲撃を警戒している。
ハンターが駆けつけてくれるまでに誰にも被害を出さない為に。
今、レオンに任せられた役目は、駄々をこねるララが外に出ないように面倒を見ていること。
そして辛い光景を決して見せないこと。
ゾウマは猫の姿をしているのだから。
被害は出ていないものの連日の心労の為か、村へ着いたハンターを出迎えた人々の顔は憔悴していた。
「奴らは昼夜問わず10匹くらいで連れ立って、わしらの隙を伺いに来る。そのうち諦めて逃げるが、またやってくるんだ」
その数なら、村人がしっかり徒党を組んでるうちは手出しが難しく、弱るか油断するのを様子見しているのか。
だがしびれを切らして本気で襲ってくれば。俊敏な運動能力と鋭い爪と牙は、戦い慣れぬ者など翻弄して殺傷できる。
村人より明らかに強いハンターが待ち構えても、最初から形勢不利とみた奴らから仕掛けてはこないだろう。
「僕が囮になります。僕は見届けたいから」
レオンと名乗った少年が進み出た。ひょろりと背が高いが、青年と呼ぶにはまだ華奢な身体と澄んだ声。
「父さん母さんとも話し合ったし、村のみんなも理解してくれました。僕がやります」
ハンター以外の者が複数居ては、邪魔になるだろうから。一人だけ代表して。
「僕、脚の速さじゃ村で一番なんです。だから大丈夫」
僕が見て、僕が感じて、ララにちゃんと伝えたいから。
ゾウマは猫と違う事を納得したいから。
「お願いしますっ!!」
真偽はお伽話と思われているが『ご先祖様が猫の長と約束したから』というのが躾の際に子供達に聞かせる定番の言葉。
山林に群生している野生の猫達と、縄張りを共有する隣人として村の人々は長閑に暮らしていた。
彼らは警戒心が強く、時には牙や爪で傷つける事もあるが、それは安易に近付き過ぎた場合のこと。
可愛いけれど、彼らには彼らの生活が。私達には私達の生活が。自然の営みを邪魔してはいけないよというのが村の大事な教えである。
ところがその自然の営みを破壊する異常が、愛らしくも捕食者の猛々しさを持ち合わせた猫達を雑魔にしてしまった。
「みんな、みんな……死んじゃうの? 殺しちゃうの!? やだよ、そんなのっ!!」
「仕方ないよ、もう彼らは僕らと共存する事ができないんだから……倒さないと、村が生きていけないんだ」
「やだよっ、やだよぉ……っ!!」
まだ抱き上げられる程に小さな幼い妹ララの拳が、ズボンの裾を力任せに引く。
粗末な腰紐で結わえただけのズボンが思わぬ強さで引っ張られて脱げそうになるのを慌てて押さえる兄のレオン。
「僕だって嫌だよ、ララ。父さんも母さんも、みんな嫌だけど。ゾウマは猫達の身体を奪った悪い奴らなんだ」
彼らはもう死んじゃったんだよ。村の物知り爺さんからの受け売りをレオンはそのまま口にした。
「でも動いてるじゃないっ。あれは……猫さん達じゃないの?」
「違うんだ。違うんだよ、ララ。あれはゾウマだ。倒さないと僕達が殺されちゃうんだ」
顔を涙だらけでぐちゃぐちゃにして、しゃくり上げるララ。その頭にぽとりと熱い滴が落ちる。
もう何も言わずララを抱き上げるレオン。僕はお兄ちゃんだから。泣いてるのを見られたくなかった。
頭では大人達のいう事を理解しているけども、気持ちは幼い妹と変わりなかった。
大人達は男も女も交代で武器になりそうな物を手にして、ゾウマの襲撃を警戒している。
ハンターが駆けつけてくれるまでに誰にも被害を出さない為に。
今、レオンに任せられた役目は、駄々をこねるララが外に出ないように面倒を見ていること。
そして辛い光景を決して見せないこと。
ゾウマは猫の姿をしているのだから。
被害は出ていないものの連日の心労の為か、村へ着いたハンターを出迎えた人々の顔は憔悴していた。
「奴らは昼夜問わず10匹くらいで連れ立って、わしらの隙を伺いに来る。そのうち諦めて逃げるが、またやってくるんだ」
その数なら、村人がしっかり徒党を組んでるうちは手出しが難しく、弱るか油断するのを様子見しているのか。
だがしびれを切らして本気で襲ってくれば。俊敏な運動能力と鋭い爪と牙は、戦い慣れぬ者など翻弄して殺傷できる。
村人より明らかに強いハンターが待ち構えても、最初から形勢不利とみた奴らから仕掛けてはこないだろう。
「僕が囮になります。僕は見届けたいから」
レオンと名乗った少年が進み出た。ひょろりと背が高いが、青年と呼ぶにはまだ華奢な身体と澄んだ声。
「父さん母さんとも話し合ったし、村のみんなも理解してくれました。僕がやります」
ハンター以外の者が複数居ては、邪魔になるだろうから。一人だけ代表して。
「僕、脚の速さじゃ村で一番なんです。だから大丈夫」
僕が見て、僕が感じて、ララにちゃんと伝えたいから。
ゾウマは猫と違う事を納得したいから。
「お願いしますっ!!」
リプレイ本文
「雑魔になってから現れるのはその群れひとつだけね。他の猫達は何処かへ逃げたのか、姿を見ない、と」
村人から詳しく得た情報に、安堵の入り混じった溜め息を吐くリサ・カーライル(ka2045)。
ひとつは作戦が単純な仕掛けで済むこと。ひとつは平和に暮らしていただろう猫達の中にも難を逃れた希望が持てること。
レオンの決意は固い。
ハイネ・ブリュンヒルデ・ミルト(ka4062)は、真っ直ぐに見据えた少年の瞳に応えて頷く。赤き瞳はドライな静謐。
どんなに腹を据えていても、いざ直面すれば怖くなるのは自然な感情。
途中で無理だと思ったらそれ以上無理しなくていい。
彼には畑仕事を装ってもらう。連日放置せざるを得なかったから、水撒きも草むしりも必要としている。
「水撒きは汲むのに移動距離が多くなるから、包囲が難しいかな」
話し合った結果、初夏には収穫を迎える野菜が植えられている辺りがレオンの待機する場所に適していると決まった。
「道具小屋は使わせて貰うとして、人家を借りなくてもどうやら地形の陰で充分に身は隠せそうだ」
山猫達が時折人里にも狩りに繰り出してくるというのも納得できる風景。
山林の続きだった片鱗がそこかしこに残されている。
「レオンお兄さん、ボクも頑張るからね!」
星形を飾ったロッドを大きく振り、年齢の割には幼い顔立ちに灰色の長い髪をなびかせてアルフィ(ka3254)が駆けてゆく。
張り切る胸中には近しい者が同じ境遇になってしまったら、とこの話を聞いた時からよぎる想いが満たされている。
アルフィ自身も猫を飼っているのだ。毛並みの黒い可愛い子。その子がもしも雑魔になってしまったら……。
猫達の身体をこれ以上雑魔の好き勝手にはさせない。もう元には戻らないと判っていても、解放してあげたい。
細く小さな身体を隠してくれる木々へと向かって、ブーツの爪先が力強く大地を蹴る。
●包囲
「うっ……ハイネ、二人隠れるには厳しいですか?」
「道具を外に出させて貰おうか。引っ掛けたら音を立ててしまうからね」
無造作に農具の類を突っ込んである物置小屋は隙間だらけというのに、扉を開けた途端にぷんと土臭い匂いが溢れる。
樽や桶、鍬や鋤を小屋の脇に移動させて、何とか大人二人が身体を押し込めるスペースは作れた。
趙 彩虹(ka3961)とハイネ、それと彩虹の相棒の虎猫、茉莉花。
「彩、そこから外は見える?」
「ええ、大丈夫です。畑は見えませんが、林の方なら」
「こっちはレオンの姿は陰になってしまうけど、その傍の道の辺りは見えるよ」
レオンを挟んで向かい側となる長良 芳人(ka3874)が潜む方角からは頭を上げて出すだけで作業する少年と林の両方が望めるだろう。
この三人で雑魔の退路を断つ。視界も足場も悪い山林へ逃げ込ませなければ、この人員なら確実に掃滅できるはずだ。
(風向きが幸いね)
獣の嗅覚や聴覚は侮れない。だがリサが用いる術の射程を考えると、それほど離れては潜めない。
山林側から数えたならレオンと同等の距離になる位置。少年の居場所付近は予測通りに展開したなら敵味方乱れて射線が危うい。
同じく魔術師の鍛錬を積んだ瀬名 遊馬(ka0348)とは互いに離れ広範囲をカバーできる場所を選んだ。
暖かな陽射し。長閑なそよ風。けれど作物が芽吹いた畑に点々と散るはずの人影も無く、鳥の囀りも聞こえない。
(鳥達も異変を察知して逃げた、か……)
大槍を脇に転がし、見晴らしの良い起伏に茣蓙を敷いてごろりと寛いだ姿勢で寝そべる。近くの梢が風に撫でられて時折心地良い葉音を震わす。
薛 春洋(ka4417)が位置を取るこの場所は、きっと日常ならば村人が昼飯に集まったりしているのだろう。手を振ればどの畑からも見える。
腰に手拭を下げたレオンのひょろりとした姿は寝そべっていても見えた。
山林側から雑魔が現れたら、こっちに向かって走る事になる。普段から駆け慣れている道筋だ。
(……本当は、依頼など受けるつもりはなかったんだがな)
ハンターになったのは他の誰の為でもない。自らの身を捧げ戦う道を選んだ大切な姉を守る為だった。
しかし赤の他人に背を向けて内側ばかりを見ていてはいけない。
誰かを守りたくても力を持たぬ人々もいる。世界には大勢。
背を押されたとはいえ第一歩を踏み出す時が訪れた。恥じることなく、後悔することなく。この仕事を遂げよう。
人家とレオンの間にビスマ・イリアス(ka1701)の姿がある。
春洋から見るなら林の緑が背景に。彼の方がやや近いかなというくらいか。
一見ただの棒にしか見えない仕込杖の先に空の木桶を引っ掛けて肩に担いで、のんびりと畑の周囲に巡らされた小道を歩いていた。
足元も地下足袋で、小洒落た作業着姿も似合っている。
顎鬚も整っていて村に一人は居そうな伊達者の叔父さんといった風情。
(今日まで耐えた村人も、こいつも気丈だな。いままで崇め共に共存してきた相手が純然たる敵として現れた衝撃は想像を絶するだろうに)
危害を加える存在と成り果てた以上退治しないわけには行かない。
だからこそ俺達が呼ばれたのだと胸の内に噛み締める。
この手で討つことが、単なる食う為の稼ぎではなく悲しみに落とされた彼らに一滴の救いとなることを願って。
見届ける行為はきっと胸を抉る辛さを齎すだろう。
(それでも頑張るんだな。納得する為に。絶対に守ってやるから、な)
少年は時折山林の方を気にしながらも、遠目には怯えた様子も無く草をむしっている。
休憩するかなぁと立ち上がって腰をうーんと伸ばした時、奴らは来た。
遊馬の潜んだ位置からは見えた。起伏の影を伝うようにそろそろと忍び足で移動する長い尻尾をまっすぐピンと張りつめた黄茶色い猫の姿が。
(他の奴らは何処だ……?)
右手が借り物の呼び笛を口元に近づけて握り締める。手袋の中で掌がじわりと汗をかく。まだ、まだ動いてはいけない。
一網打尽にしてやらないと。この悲しみに幕は閉じれない。
袖を引く気配に、ハイネが視線を向けると彩虹の手。
「来た?」
押し殺した囁き声に壁から顔を離さぬまま彩虹の指が一本、二本と立てられる。二匹か。
「了解」
これで数えて十匹が通過したことになる。全部だ。
いつでも飛び出せる。だがまだその時ではない。幾呼吸かしたら悟られぬようにそっと小屋を抜け出そうか。
●交錯
これ以上はもう、少年に雑魔が飛びかかれる間合いに入ってしまう!
アルフィは一息に呼び笛を吹き鳴らした。長閑な静寂が甲高い音に引き裂かれる。
身体一杯に大きく空気を吸い込み、木立から飛び出した。
「レオン、逃げろっ!!」
一閃で隠された鋭い刃を露にしたビスマが地を蹴る。
音に驚き一目散に逃げ去ろうとする姿はなく、それが刺激となって雑魔共は一斉にレオンを狙って疾駆した。
殺到が功を奏しそうな数は複数。一匹たりとも走り抜けられては無防備な少年には致命傷になりかねない。
故意に当たりに行くと同時に受け流し、鋭い爪に鎧を掠められながらも進路を阻止する。今は攻撃は二の次だ。
(居たっ……!)
リサのワンドから迸った光の矢が視界を過ぎる雑魔の一体を貫く。
びくりと痙攣した勢いのままに大地に滑るように倒れ伏した。
遊馬の放つ光条も青空の下、爽やかな空気を貫いて雑魔の身体を的確に捉えていた。
一撃で必殺の手応え。まるで猫を殺戮してしまったかと錯覚するような。
大槍を手に駆ける春洋の瞳が瞬時に漆黒へと変化を見せていた。
闇の色ではなく曇りひとつない黒真珠のごとき輝きを残し。
(そうだ、そのまま俺の後ろに行け)
レオンを背にした時、一旦足を止めて辺りを睥睨した。別の方角から迫る雑魔の気配は無いだろうか。
共に依頼を受けた全員の姿が見えた。
打合せ通りなら、現れる雑魔の全数が捕捉されたということになる。
「大丈夫か。万が一があるからもっと後ろにな。見届ける気持ちがまだあるなら、そこで待っていろ」
頬が強張ってはいるが、少年の瞳から覚悟は消えていない。雑魔へ向けた視線は恐怖よりも痛ましさが溢れている。
「ゾウマ……なんだよね」
「……ああ。あれは雑魔だ」
一体何の因果があったのか。雑魔と化しても目に映る姿は共存していた頃と何ひとつ変わらないのだろう。
こうして従前を知らぬ目で見ても、戦意が旺盛過ぎるのを覗けばただの山猫にしか見えない。
再び駆け出す。春洋の姿を一瞥したビスマが動きを変え、攻撃に転じる。
回避の隙すら与えずに、刃が柔らかな横腹から内臓を貫き血飛沫と悪臭を撒き散らした。
疾駆の一歩の勢いを両椀に乗せ、喉を食い破らんと跳躍した雑魔を真正面から串刺しにする春洋。勢いのまま椿の紋様の先端が口腔に呑まれる。
焦点を失いながらも爛々と輝いたままの双眸。死すら悟らぬまま瞳孔が拡大する。
振り払った時の地面に落ちる音の軽さ。土の上に広がる血反吐。猫にしか見えない死骸。
(雑魔……だよな)
次々と数を減らされて態勢の立て直しを図ろうというのか得意なフィールドへ誘おうというのか、方角を変える後方の数匹。
「一匹たりとも逃がしませんよ!」
既に小屋より出て退路に立ちはだかっていた彩虹の声が咆哮のごとく響き渡る。
露になった肌の部分が白と黒の虎縞になった柔らかな長い毛に覆われている。雑魔と同じ形の耳と尾。
「すまないッスね。これも仕事なんッス」
ミラーグラスに隠された芳人の瞳に憐憫の情が浮かぶ。
猫はリアルブルーに居た頃にもよく見かけた。クリムゾンウェストでも、同じなんだなと思った。
今目の前で毛を逆立てて牙を剥く雑魔も、見た目は全く変わらなかった。
(かけはなれた醜怪な姿にでも変化してくれていた方が、まだ良かったのかな……)
昔から、世界を跨いでの長い付き合いだ。彩虹がこの依頼を胸の内で辛く思っているのは何も言わなくても判る。
むしろだからこそ歪虚が生み出した悲劇を看過できず彼女は志願したのだとも。
自分は。ハイネにとって雑魔は雑魔。奴らはこの世界の生物ですらない、外道だ。冷徹に退治するまでのこと。
三者三様に戦意をなお失わぬ雑魔共とぶつかりあった時、勝負は付いた。
あまりのあっけない程の弱さに気分の高揚など生じない。苦さが残滓となって腹の底に沈むだけだった。
多少の受けた傷など、アルフィの術で保護され癒しを受け。痕も残らず。
彼女が動く度に色とりどりの星が一瞬の煌きを見せて飛び散った。
●終焉
雑魔は痕跡も残さず、世界から消えていた。奪われた猫達の身体と共に。
「……亡骸、残らないんだね」
アルフィがぽつりと呟く。
知ってはいたけれど。何度も見てきたけれど。
自分よりも遥かに長い時間を生きて、良いことも悪いこともいっぱい見てきたおばあさまも言っていたけれど。
普通の生き物と雑魔は違うんだなと実感する度に、寂寥感が胸中に広がる。
(レオンお兄さんは納得できた……かな?)
今回のことで失われた命は二度と戻らないけど、またこの村に、人と猫がのんびり暮らす日がくるといいなと思う。
雑魔が消えた後の地面を撫でるレオンの肩に遊馬が温かな掌を乗せた。
「お疲れ。頑張ったね、お兄さん」
言葉は返ってこない。まだ今起きた全てのことを心が咀嚼できていないのだろう。
彼の気持ちが済むまで、ハンター達はそよ風の囁く野辺に共に静かに佇んだ。
残された生者が大切な存在との訣別を受け入れ、これからを踏み出す為に必要な区切り。
犠牲となった猫達の弔いを行なう。お墓を作ってあげよう。亡骸は存在しなくても、彼らと共存してきた記憶がある。
何も埋まってはいない小さな小さな土饅頭。立てた墓標に何を刻むか。山猫達に名前は無い。
刻む言葉は要らない。私達がずっと語り継いでいくから。村人達はそう言った。
季節に咲く花が、ひとつまたひとつと土饅頭を飾ってゆく。ハンター達が置いた花もある。
目を真っ赤にしたララがレオンの腕に抱かれて、しゃくり上げている。
「ありがとうございました。僕は……僕はこの目で見たことを……」
その後は言葉が詰まり、只々幼き妹の髪を優しく撫でていた。
村人から詳しく得た情報に、安堵の入り混じった溜め息を吐くリサ・カーライル(ka2045)。
ひとつは作戦が単純な仕掛けで済むこと。ひとつは平和に暮らしていただろう猫達の中にも難を逃れた希望が持てること。
レオンの決意は固い。
ハイネ・ブリュンヒルデ・ミルト(ka4062)は、真っ直ぐに見据えた少年の瞳に応えて頷く。赤き瞳はドライな静謐。
どんなに腹を据えていても、いざ直面すれば怖くなるのは自然な感情。
途中で無理だと思ったらそれ以上無理しなくていい。
彼には畑仕事を装ってもらう。連日放置せざるを得なかったから、水撒きも草むしりも必要としている。
「水撒きは汲むのに移動距離が多くなるから、包囲が難しいかな」
話し合った結果、初夏には収穫を迎える野菜が植えられている辺りがレオンの待機する場所に適していると決まった。
「道具小屋は使わせて貰うとして、人家を借りなくてもどうやら地形の陰で充分に身は隠せそうだ」
山猫達が時折人里にも狩りに繰り出してくるというのも納得できる風景。
山林の続きだった片鱗がそこかしこに残されている。
「レオンお兄さん、ボクも頑張るからね!」
星形を飾ったロッドを大きく振り、年齢の割には幼い顔立ちに灰色の長い髪をなびかせてアルフィ(ka3254)が駆けてゆく。
張り切る胸中には近しい者が同じ境遇になってしまったら、とこの話を聞いた時からよぎる想いが満たされている。
アルフィ自身も猫を飼っているのだ。毛並みの黒い可愛い子。その子がもしも雑魔になってしまったら……。
猫達の身体をこれ以上雑魔の好き勝手にはさせない。もう元には戻らないと判っていても、解放してあげたい。
細く小さな身体を隠してくれる木々へと向かって、ブーツの爪先が力強く大地を蹴る。
●包囲
「うっ……ハイネ、二人隠れるには厳しいですか?」
「道具を外に出させて貰おうか。引っ掛けたら音を立ててしまうからね」
無造作に農具の類を突っ込んである物置小屋は隙間だらけというのに、扉を開けた途端にぷんと土臭い匂いが溢れる。
樽や桶、鍬や鋤を小屋の脇に移動させて、何とか大人二人が身体を押し込めるスペースは作れた。
趙 彩虹(ka3961)とハイネ、それと彩虹の相棒の虎猫、茉莉花。
「彩、そこから外は見える?」
「ええ、大丈夫です。畑は見えませんが、林の方なら」
「こっちはレオンの姿は陰になってしまうけど、その傍の道の辺りは見えるよ」
レオンを挟んで向かい側となる長良 芳人(ka3874)が潜む方角からは頭を上げて出すだけで作業する少年と林の両方が望めるだろう。
この三人で雑魔の退路を断つ。視界も足場も悪い山林へ逃げ込ませなければ、この人員なら確実に掃滅できるはずだ。
(風向きが幸いね)
獣の嗅覚や聴覚は侮れない。だがリサが用いる術の射程を考えると、それほど離れては潜めない。
山林側から数えたならレオンと同等の距離になる位置。少年の居場所付近は予測通りに展開したなら敵味方乱れて射線が危うい。
同じく魔術師の鍛錬を積んだ瀬名 遊馬(ka0348)とは互いに離れ広範囲をカバーできる場所を選んだ。
暖かな陽射し。長閑なそよ風。けれど作物が芽吹いた畑に点々と散るはずの人影も無く、鳥の囀りも聞こえない。
(鳥達も異変を察知して逃げた、か……)
大槍を脇に転がし、見晴らしの良い起伏に茣蓙を敷いてごろりと寛いだ姿勢で寝そべる。近くの梢が風に撫でられて時折心地良い葉音を震わす。
薛 春洋(ka4417)が位置を取るこの場所は、きっと日常ならば村人が昼飯に集まったりしているのだろう。手を振ればどの畑からも見える。
腰に手拭を下げたレオンのひょろりとした姿は寝そべっていても見えた。
山林側から雑魔が現れたら、こっちに向かって走る事になる。普段から駆け慣れている道筋だ。
(……本当は、依頼など受けるつもりはなかったんだがな)
ハンターになったのは他の誰の為でもない。自らの身を捧げ戦う道を選んだ大切な姉を守る為だった。
しかし赤の他人に背を向けて内側ばかりを見ていてはいけない。
誰かを守りたくても力を持たぬ人々もいる。世界には大勢。
背を押されたとはいえ第一歩を踏み出す時が訪れた。恥じることなく、後悔することなく。この仕事を遂げよう。
人家とレオンの間にビスマ・イリアス(ka1701)の姿がある。
春洋から見るなら林の緑が背景に。彼の方がやや近いかなというくらいか。
一見ただの棒にしか見えない仕込杖の先に空の木桶を引っ掛けて肩に担いで、のんびりと畑の周囲に巡らされた小道を歩いていた。
足元も地下足袋で、小洒落た作業着姿も似合っている。
顎鬚も整っていて村に一人は居そうな伊達者の叔父さんといった風情。
(今日まで耐えた村人も、こいつも気丈だな。いままで崇め共に共存してきた相手が純然たる敵として現れた衝撃は想像を絶するだろうに)
危害を加える存在と成り果てた以上退治しないわけには行かない。
だからこそ俺達が呼ばれたのだと胸の内に噛み締める。
この手で討つことが、単なる食う為の稼ぎではなく悲しみに落とされた彼らに一滴の救いとなることを願って。
見届ける行為はきっと胸を抉る辛さを齎すだろう。
(それでも頑張るんだな。納得する為に。絶対に守ってやるから、な)
少年は時折山林の方を気にしながらも、遠目には怯えた様子も無く草をむしっている。
休憩するかなぁと立ち上がって腰をうーんと伸ばした時、奴らは来た。
遊馬の潜んだ位置からは見えた。起伏の影を伝うようにそろそろと忍び足で移動する長い尻尾をまっすぐピンと張りつめた黄茶色い猫の姿が。
(他の奴らは何処だ……?)
右手が借り物の呼び笛を口元に近づけて握り締める。手袋の中で掌がじわりと汗をかく。まだ、まだ動いてはいけない。
一網打尽にしてやらないと。この悲しみに幕は閉じれない。
袖を引く気配に、ハイネが視線を向けると彩虹の手。
「来た?」
押し殺した囁き声に壁から顔を離さぬまま彩虹の指が一本、二本と立てられる。二匹か。
「了解」
これで数えて十匹が通過したことになる。全部だ。
いつでも飛び出せる。だがまだその時ではない。幾呼吸かしたら悟られぬようにそっと小屋を抜け出そうか。
●交錯
これ以上はもう、少年に雑魔が飛びかかれる間合いに入ってしまう!
アルフィは一息に呼び笛を吹き鳴らした。長閑な静寂が甲高い音に引き裂かれる。
身体一杯に大きく空気を吸い込み、木立から飛び出した。
「レオン、逃げろっ!!」
一閃で隠された鋭い刃を露にしたビスマが地を蹴る。
音に驚き一目散に逃げ去ろうとする姿はなく、それが刺激となって雑魔共は一斉にレオンを狙って疾駆した。
殺到が功を奏しそうな数は複数。一匹たりとも走り抜けられては無防備な少年には致命傷になりかねない。
故意に当たりに行くと同時に受け流し、鋭い爪に鎧を掠められながらも進路を阻止する。今は攻撃は二の次だ。
(居たっ……!)
リサのワンドから迸った光の矢が視界を過ぎる雑魔の一体を貫く。
びくりと痙攣した勢いのままに大地に滑るように倒れ伏した。
遊馬の放つ光条も青空の下、爽やかな空気を貫いて雑魔の身体を的確に捉えていた。
一撃で必殺の手応え。まるで猫を殺戮してしまったかと錯覚するような。
大槍を手に駆ける春洋の瞳が瞬時に漆黒へと変化を見せていた。
闇の色ではなく曇りひとつない黒真珠のごとき輝きを残し。
(そうだ、そのまま俺の後ろに行け)
レオンを背にした時、一旦足を止めて辺りを睥睨した。別の方角から迫る雑魔の気配は無いだろうか。
共に依頼を受けた全員の姿が見えた。
打合せ通りなら、現れる雑魔の全数が捕捉されたということになる。
「大丈夫か。万が一があるからもっと後ろにな。見届ける気持ちがまだあるなら、そこで待っていろ」
頬が強張ってはいるが、少年の瞳から覚悟は消えていない。雑魔へ向けた視線は恐怖よりも痛ましさが溢れている。
「ゾウマ……なんだよね」
「……ああ。あれは雑魔だ」
一体何の因果があったのか。雑魔と化しても目に映る姿は共存していた頃と何ひとつ変わらないのだろう。
こうして従前を知らぬ目で見ても、戦意が旺盛過ぎるのを覗けばただの山猫にしか見えない。
再び駆け出す。春洋の姿を一瞥したビスマが動きを変え、攻撃に転じる。
回避の隙すら与えずに、刃が柔らかな横腹から内臓を貫き血飛沫と悪臭を撒き散らした。
疾駆の一歩の勢いを両椀に乗せ、喉を食い破らんと跳躍した雑魔を真正面から串刺しにする春洋。勢いのまま椿の紋様の先端が口腔に呑まれる。
焦点を失いながらも爛々と輝いたままの双眸。死すら悟らぬまま瞳孔が拡大する。
振り払った時の地面に落ちる音の軽さ。土の上に広がる血反吐。猫にしか見えない死骸。
(雑魔……だよな)
次々と数を減らされて態勢の立て直しを図ろうというのか得意なフィールドへ誘おうというのか、方角を変える後方の数匹。
「一匹たりとも逃がしませんよ!」
既に小屋より出て退路に立ちはだかっていた彩虹の声が咆哮のごとく響き渡る。
露になった肌の部分が白と黒の虎縞になった柔らかな長い毛に覆われている。雑魔と同じ形の耳と尾。
「すまないッスね。これも仕事なんッス」
ミラーグラスに隠された芳人の瞳に憐憫の情が浮かぶ。
猫はリアルブルーに居た頃にもよく見かけた。クリムゾンウェストでも、同じなんだなと思った。
今目の前で毛を逆立てて牙を剥く雑魔も、見た目は全く変わらなかった。
(かけはなれた醜怪な姿にでも変化してくれていた方が、まだ良かったのかな……)
昔から、世界を跨いでの長い付き合いだ。彩虹がこの依頼を胸の内で辛く思っているのは何も言わなくても判る。
むしろだからこそ歪虚が生み出した悲劇を看過できず彼女は志願したのだとも。
自分は。ハイネにとって雑魔は雑魔。奴らはこの世界の生物ですらない、外道だ。冷徹に退治するまでのこと。
三者三様に戦意をなお失わぬ雑魔共とぶつかりあった時、勝負は付いた。
あまりのあっけない程の弱さに気分の高揚など生じない。苦さが残滓となって腹の底に沈むだけだった。
多少の受けた傷など、アルフィの術で保護され癒しを受け。痕も残らず。
彼女が動く度に色とりどりの星が一瞬の煌きを見せて飛び散った。
●終焉
雑魔は痕跡も残さず、世界から消えていた。奪われた猫達の身体と共に。
「……亡骸、残らないんだね」
アルフィがぽつりと呟く。
知ってはいたけれど。何度も見てきたけれど。
自分よりも遥かに長い時間を生きて、良いことも悪いこともいっぱい見てきたおばあさまも言っていたけれど。
普通の生き物と雑魔は違うんだなと実感する度に、寂寥感が胸中に広がる。
(レオンお兄さんは納得できた……かな?)
今回のことで失われた命は二度と戻らないけど、またこの村に、人と猫がのんびり暮らす日がくるといいなと思う。
雑魔が消えた後の地面を撫でるレオンの肩に遊馬が温かな掌を乗せた。
「お疲れ。頑張ったね、お兄さん」
言葉は返ってこない。まだ今起きた全てのことを心が咀嚼できていないのだろう。
彼の気持ちが済むまで、ハンター達はそよ風の囁く野辺に共に静かに佇んだ。
残された生者が大切な存在との訣別を受け入れ、これからを踏み出す為に必要な区切り。
犠牲となった猫達の弔いを行なう。お墓を作ってあげよう。亡骸は存在しなくても、彼らと共存してきた記憶がある。
何も埋まってはいない小さな小さな土饅頭。立てた墓標に何を刻むか。山猫達に名前は無い。
刻む言葉は要らない。私達がずっと語り継いでいくから。村人達はそう言った。
季節に咲く花が、ひとつまたひとつと土饅頭を飾ってゆく。ハンター達が置いた花もある。
目を真っ赤にしたララがレオンの腕に抱かれて、しゃくり上げている。
「ありがとうございました。僕は……僕はこの目で見たことを……」
その後は言葉が詰まり、只々幼き妹の髪を優しく撫でていた。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談の場 薛 春洋(ka4417) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/05/04 01:00:11 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/04/30 09:39:07 |