ゲスト
(ka0000)
デュニクス騎士団 第二篇 『難民』
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/05 19:00
- 完成日
- 2015/05/13 02:29
みんなの思い出
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オープニング
●
拝啓、ゲオルギウス様。
遠い辺境の騒乱はどこ吹く風。王国北西部――つまり対歪虚戦線の最前線――であるデュニクスは今日も今日とて平和そのものです。ベリアルはお家でクラベルをハベリオル……なんちゃって。ゴブリン集団との戦闘を乗り越えた当デュニクス騎士団(という名前は王国騎士団員として心苦しくはあるのですが)は、色々絶好調です。
さて。実は、私にも、その、個人的に報告すべき、ことが、あったりします。
少し、照れくさいのですが。
私。
その。
えーと、なんと、申し上げるべきか――。
髪を、切りました。
●
と、レヴィンが出す予定の無い手紙を書いていた時のこと。
窓から吹き込んだ風にレヴィンは首筋の寒さを覚えた。今はもう失われた髪の毛を思う――暇もなく、ポチョムが苦笑しながら窓を閉めた。
「あ、ど、どうも……」
「今日は少し冷えますな」
などと言うものだから、その心遣いっぷりにレヴィンの胸の奥はすっかり暖かくなる。
すると。
「……入るぞ」
ポチョムが閉めたばかりの窓が、闖入者ヴィサンの脚で蹴り開かれた。
「「……」」
絶句する二人を他所に、陰鬱な笑みを浮かべたヴィサンはこう言った。
「クク……”名無し”達が早速やらかしたようだ」
●
諜報員の採用通知は、遅かった。町の彼方此方で採用、不採用の声を聞いていた。だから、僕に連絡が来なかったのは、純粋に不採用だからだと思っていた。
――報せが来たのは、それから2週間程してからの事だった。
「お邪魔しています」
帰宅した僕の部屋に、男がいた。中年で、丸っこい身体の男だった。風体は奇異に映るが、余りにも自然に風景に溶け込んでいるせいで誰何の声を上げる事もできなかった。
「先日はどうも。面接をさせていただいた、ポチョムです。覚えていらっしゃいますかな」
「え、ええ。まあ」
静かな声だなあ、と思いながら、続けた。
「その節は、お世話になりました」
「いやはや、こちらこそ」
ただの無職の僕に、彼はそう言って頭を下げ。
「今でも、我々と共に働く気はありますか?」
――それが、僕が受け取った採用通知だった。
採用された”諜報員”候補は3人だけだった。面接を受けた人はそれなりに数多くいた筈だ、と知っていただけに、驚きの方が勝っていた。互いに名前を名乗る事は禁止されていたが、どいつもこいつもこの町に「こんな奴いたのか」っていうくらいに面識がない。
ああ、そっか、僕、殆ど引き籠ってるしな……などと、思っていた頃。
教練が、始まった。
●
「貴方達はこれから、情報を集め、情報を運び、情報を流す――情報戦の担い手になって戴きます」
そんな言葉と共に最初に教えられた事は、凄くシンプルだった。
まず、「僕たちがなぜ諜報員として活動するのか」を再確認させられた。夫々の理由が、其々の手元の資料に”書かれていた”。
次に、「僕たちが諜報員であることは上役3人と班員以外知らないこと」を教えられた。
最後に、「僕たちは情報の扱い方と手持ちの情報以外は殆ど何も知らない」ことを教えられた。いつでも安心して死んでいい、ということだと僕は思った。そして、
「私たちは、貴方がたに全てを委ねて従ったらいい、ということですか?」
僕が思ったことと全く同じ事を、僕以外の二人のうち、女の方が言った。この辺りでは珍しい金髪のエルフだ。
「しばらくは、ですが。経験を積むまではそれがよいでしょう」
「……解りました」
僕たちは『名無し』。こうして修行と任務の日々が始まったのだった。
そして。
●
「と、というわけ、」
「あァ!?」
レヴィンに大喝する老騎士ボルクス。難聴により聞こえないだけなのだが、威圧的な声にレヴィンはポチョムを見る、と。
「……え、っと……ポチョムさん?」
「今回は少し急ぎです。故に手短に、私からさせていただきますね」
咳払いをしてポチョムが継いだ。
「今後暫く、我々デュニクス騎士団の任務は、近隣の村々から難民をこのデュニクスまで護送する事になります」
「「「「おおおおおおおおおッ!!!!!」」」」
ミーティングルーム兼食堂に、男たちの咆哮が響き渡った。意味はないのだろう。
「……難民、ですか?」
「ええ」
金髪に、空色の目をしたマリーベルが眉を顰めながら問うた言葉に、頷きが返る。
「ここデュニクスはハルトフォートよりも北西に位置している都合上、亜人、雑魔被害とは切り離せません。しかし、その上でこの街に残る選択をした人々が、数多くいらっしゃいます」
「……それは、そう、ですけど」
マリーベルは少しだけ逡巡を見せ、続ける。
「――『彼ら』は、違うと?」
「残念ながら……というべきかしらね」
応じたのは、キャシーだった。
「デュニクスくらいの規模がある所だと、まだなんとかなるけど……ちいさな村々では、そうも行かないみたいね。厄介なのはあのブタヒツジさんじゃなくて――どうも、亜人達みたいなのよ」
と、示されたのは幾つもの封筒達。嘆願書、なのだろうと知れた。
「前々から少しは居たケド、最近、ゴブリン達による被害が急増しているみたい」
「だから……彼らを、受け入れるんですか?」
「『顔役達には』、話を通してから、ね……あ、いちお、タイチョーさんの指示だからね。そんなに怖い顔しないで、笑顔、笑顔!」
「別に、私は……っ」
「すみません、少し、続けます」
「あ……ごめんなさい」
割って入ったポチョムに詫びるマリーベル。頷いて、ポチョムは続けた。
「私たちは難民の保護に出立する予定……でしたが」
――実は、今、”商人たち”がゴブリンに追われています。
●
「貴方ってほんっっとうに馬鹿ね! 森の枯れ枝でも貴方より役に立つわ!」
「ごめん!!」
全力でエルフの彼女に詫びながら、僕は声を張った。
ゴブリン被害の”偵察中”。僕たちは村々を襲おうと今まさに進んでいる一団を見つけたのだった。エルフの彼女は放置してからの撤退を提案し、もう一人の男は沈黙。そして僕は――遠くに向けて、銃撃をかましたのだった。勿論、あたる筈はない。でも、十分に目を引けた。
いや。引け過ぎた。僕たちは絶賛逃避行中。
「いやーしかし! 速いね! この馬、超速い!」
「馬鹿なの? 速度を落とさないと振り切っちゃうでしょ!」
「え!?」
「振り切ったら襲われちゃうじゃない! 村が!」
「あー……」
「このマグソ以下!」
「マグソって……」
すぐに減速しながら振り返る、と。だいぶゴブリン達が小さく見えた。やばい。
その時だ。ヒョウ、と。音がした後で、高空でビョウビョウと笛のような音が木霊した。鳥の声にも似ていたが、近くで鳴るともの凄く、大きい。音の鳴る矢を放った僕じゃない方の”男”――ひげ面の中年は鼻を鳴らすと。
「報せだよ」
と、短く言った。遠くで、ゴブリンの怒声が響く中。
「もう少しだ」
渋く、深い声で、そう言ったのだった。
拝啓、ゲオルギウス様。
遠い辺境の騒乱はどこ吹く風。王国北西部――つまり対歪虚戦線の最前線――であるデュニクスは今日も今日とて平和そのものです。ベリアルはお家でクラベルをハベリオル……なんちゃって。ゴブリン集団との戦闘を乗り越えた当デュニクス騎士団(という名前は王国騎士団員として心苦しくはあるのですが)は、色々絶好調です。
さて。実は、私にも、その、個人的に報告すべき、ことが、あったりします。
少し、照れくさいのですが。
私。
その。
えーと、なんと、申し上げるべきか――。
髪を、切りました。
●
と、レヴィンが出す予定の無い手紙を書いていた時のこと。
窓から吹き込んだ風にレヴィンは首筋の寒さを覚えた。今はもう失われた髪の毛を思う――暇もなく、ポチョムが苦笑しながら窓を閉めた。
「あ、ど、どうも……」
「今日は少し冷えますな」
などと言うものだから、その心遣いっぷりにレヴィンの胸の奥はすっかり暖かくなる。
すると。
「……入るぞ」
ポチョムが閉めたばかりの窓が、闖入者ヴィサンの脚で蹴り開かれた。
「「……」」
絶句する二人を他所に、陰鬱な笑みを浮かべたヴィサンはこう言った。
「クク……”名無し”達が早速やらかしたようだ」
●
諜報員の採用通知は、遅かった。町の彼方此方で採用、不採用の声を聞いていた。だから、僕に連絡が来なかったのは、純粋に不採用だからだと思っていた。
――報せが来たのは、それから2週間程してからの事だった。
「お邪魔しています」
帰宅した僕の部屋に、男がいた。中年で、丸っこい身体の男だった。風体は奇異に映るが、余りにも自然に風景に溶け込んでいるせいで誰何の声を上げる事もできなかった。
「先日はどうも。面接をさせていただいた、ポチョムです。覚えていらっしゃいますかな」
「え、ええ。まあ」
静かな声だなあ、と思いながら、続けた。
「その節は、お世話になりました」
「いやはや、こちらこそ」
ただの無職の僕に、彼はそう言って頭を下げ。
「今でも、我々と共に働く気はありますか?」
――それが、僕が受け取った採用通知だった。
採用された”諜報員”候補は3人だけだった。面接を受けた人はそれなりに数多くいた筈だ、と知っていただけに、驚きの方が勝っていた。互いに名前を名乗る事は禁止されていたが、どいつもこいつもこの町に「こんな奴いたのか」っていうくらいに面識がない。
ああ、そっか、僕、殆ど引き籠ってるしな……などと、思っていた頃。
教練が、始まった。
●
「貴方達はこれから、情報を集め、情報を運び、情報を流す――情報戦の担い手になって戴きます」
そんな言葉と共に最初に教えられた事は、凄くシンプルだった。
まず、「僕たちがなぜ諜報員として活動するのか」を再確認させられた。夫々の理由が、其々の手元の資料に”書かれていた”。
次に、「僕たちが諜報員であることは上役3人と班員以外知らないこと」を教えられた。
最後に、「僕たちは情報の扱い方と手持ちの情報以外は殆ど何も知らない」ことを教えられた。いつでも安心して死んでいい、ということだと僕は思った。そして、
「私たちは、貴方がたに全てを委ねて従ったらいい、ということですか?」
僕が思ったことと全く同じ事を、僕以外の二人のうち、女の方が言った。この辺りでは珍しい金髪のエルフだ。
「しばらくは、ですが。経験を積むまではそれがよいでしょう」
「……解りました」
僕たちは『名無し』。こうして修行と任務の日々が始まったのだった。
そして。
●
「と、というわけ、」
「あァ!?」
レヴィンに大喝する老騎士ボルクス。難聴により聞こえないだけなのだが、威圧的な声にレヴィンはポチョムを見る、と。
「……え、っと……ポチョムさん?」
「今回は少し急ぎです。故に手短に、私からさせていただきますね」
咳払いをしてポチョムが継いだ。
「今後暫く、我々デュニクス騎士団の任務は、近隣の村々から難民をこのデュニクスまで護送する事になります」
「「「「おおおおおおおおおッ!!!!!」」」」
ミーティングルーム兼食堂に、男たちの咆哮が響き渡った。意味はないのだろう。
「……難民、ですか?」
「ええ」
金髪に、空色の目をしたマリーベルが眉を顰めながら問うた言葉に、頷きが返る。
「ここデュニクスはハルトフォートよりも北西に位置している都合上、亜人、雑魔被害とは切り離せません。しかし、その上でこの街に残る選択をした人々が、数多くいらっしゃいます」
「……それは、そう、ですけど」
マリーベルは少しだけ逡巡を見せ、続ける。
「――『彼ら』は、違うと?」
「残念ながら……というべきかしらね」
応じたのは、キャシーだった。
「デュニクスくらいの規模がある所だと、まだなんとかなるけど……ちいさな村々では、そうも行かないみたいね。厄介なのはあのブタヒツジさんじゃなくて――どうも、亜人達みたいなのよ」
と、示されたのは幾つもの封筒達。嘆願書、なのだろうと知れた。
「前々から少しは居たケド、最近、ゴブリン達による被害が急増しているみたい」
「だから……彼らを、受け入れるんですか?」
「『顔役達には』、話を通してから、ね……あ、いちお、タイチョーさんの指示だからね。そんなに怖い顔しないで、笑顔、笑顔!」
「別に、私は……っ」
「すみません、少し、続けます」
「あ……ごめんなさい」
割って入ったポチョムに詫びるマリーベル。頷いて、ポチョムは続けた。
「私たちは難民の保護に出立する予定……でしたが」
――実は、今、”商人たち”がゴブリンに追われています。
●
「貴方ってほんっっとうに馬鹿ね! 森の枯れ枝でも貴方より役に立つわ!」
「ごめん!!」
全力でエルフの彼女に詫びながら、僕は声を張った。
ゴブリン被害の”偵察中”。僕たちは村々を襲おうと今まさに進んでいる一団を見つけたのだった。エルフの彼女は放置してからの撤退を提案し、もう一人の男は沈黙。そして僕は――遠くに向けて、銃撃をかましたのだった。勿論、あたる筈はない。でも、十分に目を引けた。
いや。引け過ぎた。僕たちは絶賛逃避行中。
「いやーしかし! 速いね! この馬、超速い!」
「馬鹿なの? 速度を落とさないと振り切っちゃうでしょ!」
「え!?」
「振り切ったら襲われちゃうじゃない! 村が!」
「あー……」
「このマグソ以下!」
「マグソって……」
すぐに減速しながら振り返る、と。だいぶゴブリン達が小さく見えた。やばい。
その時だ。ヒョウ、と。音がした後で、高空でビョウビョウと笛のような音が木霊した。鳥の声にも似ていたが、近くで鳴るともの凄く、大きい。音の鳴る矢を放った僕じゃない方の”男”――ひげ面の中年は鼻を鳴らすと。
「報せだよ」
と、短く言った。遠くで、ゴブリンの怒声が響く中。
「もう少しだ」
渋く、深い声で、そう言ったのだった。
リプレイ本文
●
春の陽気が燦々と注ぐ。温かな情景を貫くのは、馬蹄が大地を踏み叩く音と、それを追うように響く車輪の回る音。
「やってますなあ」
と、ハンター達に依頼されて同道したポチョム。ウォルター・ヨー(ka2967)は横目でそれを見ながら、口の端を釣り上げて愉快げに喉を鳴らした。
――この人らと働いてるとなんか不思議でござんすな。正統派じゃないとこが正統派っぽいってえさ。
胸の裡で呟くウォルターを余所に、アメリア・フォーサイス(ka4111)はポチョムの隣に並び立って小さく背伸びをした。肥満体のポチョムの傍らに立つとその肢体の美しさが際立つ。
「ゴブリンに変なちょっかいでもかけたんですかねー?」
「さて。”今”難民が襲われると彼らの商売あがったりでしょうからなあ」
「ふーむ……? ま、こっちはお金になるから良いんですけど」
ポチョムと言葉を交わすアメリアのローブ姿――の一部を横目で検分したウォルターは笑みと共に、心の中でこう結ぶ。
――うん。この騎士団、なんか好きだなあ、僕。
アルルベル・ベルベット(ka2730)はそんなウォルターを怪訝そうに見やりながら、
「ちょっかい――そうかもしれない。商人夫婦に護衛、というが……ゴブリンからの追われ方を見るにそのような気もする」
ちら、とポチョムを見て、呟いた。
「……何かワケありかも知れないな、これは」
「とはいえ、民草達の安寧が脅かされています……武人として捨て置くわけにはいきませんね」
思考を巡らせたアルルベルに、馬上。凛と背を伸ばしたアンバー・ガルガンチュア(ka4429)。
「あの商人達の馬車を引いている馬種は其れなりに瞬脚だった筈……村に近づけないためワザと囮をかっているのでしょうか。為らば私たちがゴブリン達の意識を向けさせ足止めすれば安全圏まで逃げ切る事も可能ですね」
「ふふ、仰る通りで」
アンバーの言葉に、ポチョムは笑みを浮かべた。
――謀る為の笑みか。それとも……。
それを見たアルルベルには深く探る気はない。ただ目に付いた。そして、気になった。
性分、なのだろう。
●
人影を認めたか、馬車は真っ直ぐに向かってきた。横につき馬の速度を合わせながらユーロス・フォルケ(ka3862)は不機嫌そうな、しかしどこか幼い作りの顔で、
「アンタら運とタイミングが悪かったな」
「……へ?」
御者台、手綱を握る青年に言う。
「ちょうど難民の受け入れを始めようって時に、村を回ろうとして襲われるなんてな」
「あー……」
不機嫌な表情は変わらないのでどこか叱られているようではあったが、言葉だけ捉えると心配されているようでも――探られているようでもある。
「いや……そういう時期だから、さ。書入れ時なんだよ」
「――なるほど、ね」
王都育ちのユーロスではあるが、言葉だけで事情は何となく知れた。少しだけ、彼の言葉に嫌悪が混じる。何かを、想起したのだろうか。
迎える側。Leo=Evergreen (ka3902)は草叢の前に座り込んで、んはー、と空を仰いだ。
「うへぇ、来やがったですねー」
視線の先には馬車――その向こうに、ゴブリン達を見てのことだった。
「レオ、ゴブリン好きじゃないのですよ。見るのですあの汚い髪!」
「……そう、ですか?」
「そうなのですよ」
リディア・ノート(ka4027)は小首を傾げる。遠く、薄汚い兜に覆われた騎兵に、微妙に毛髪が見えなくもない。とはいえ、少女が、こと髪の事となると理外の存在となることを知らぬリディアには了解は出来なかった。
「野生動物の方が毛繕いも余程上手なのですよ……ん?」
はた、と送った視線の先。エルフの女だ。その金髪が風に揺られて靡いている。その艶髪に。
「あちらのお姉さんは中々良い髪をしてるですねー」
等と言っているうちに。街道を荷馬車は爆走し、
「私はリディ……あれっ!?」
――二人の傍らを、通り抜けた。
丁寧な礼の最中にリディアが呆然としてしまうのも、無理はないだろう。それほどまでに淀みなく通り抜けていったのだった。
●
「邪魔するよ」
言葉と共にタイミングを併せてひょうい、と荷馬車に飛び移ったアルルベル。ウォルターとポチョムもそこに続いた。
「……遠いな」
銃を構えたアルルベルだが、まだまだ射程が遠い。皆はどうだろうか、と辺りを見るとレオ達は草叢に身を伏せたようだ。アンバー、ユーロスは馬車と並走中。アメリアは馬を街道から離れた位置へと移している。少女は銃を置きながら、御者台の方へと視線を送る。
「帆を借りても?」
「えっ「いいわよ!」
「ん、ありがとう」
動揺する青年を封殺するエルフに頷きを返すと、帆を外す作業に移った。御者台に、どす、と音。ウォルターが青年とエルフの真中に座り、両手を二人の肩に回していた。
「あんた方さ、多少戦いにゃ心得があるんじゃない?」
「な、無い!」
「……そっちの姉さん、例えば、精霊と昵懇の仲だったりとかさ」
「しないわよ! せ、精霊? 何それ!」
「……」
素人かよ、と声が出かけた、その時だ。
「その女は兎も角」
同乗していた髭面が、応じた。
「戦えたら護衛は要らんだろう。俺が弓を使える。手が要るなら、手伝おう」
――ははー。
その佇まいと、使い込まれた弓――それも特上のものと知れ、ウォルターは笑みを零した。
たった三人で商い道中って、とは、思っていたが。成程、確かに使えそうだ。
「そんじゃま、持ちつ持たれつ、っつーことで」
「だが、こいつらは逃がしてやれ。足手まといな上に……俺は、『護衛』だ」
「……あー」
色々と脳裏で言葉は巡るが、頑なな視線が端的に結論を示していた。切り崩せやせんねえ、と小さく舌を出す。
「では私が安全な所まで送りましょう――アメリア殿に頼まれましてな」
苦笑して詫びるように言うポチョム。その詫びの意味は――つまり、そう言うことだろう。戦力が一人入り、一人抜けた。
「……あー」
力なく息を零したウォルターに、
「とりあえず、速度を落としましょう。このままではアメリア殿達を置き去りにしてしまいます」
アルルベル殿の準備が無駄になる、と。ポチョムは苦笑と共に、そう言った。
●
急速に遅くなった馬脚に、好機と見た騎兵五騎は瞬く間に距離を詰める。
その頃にはハンター達も動いている。大きく迂回し、横合いを並走するユーロス、眼前で馬上から悠然と構えるアンバーに気を払い――最前の騎兵が手を大きく横に振った。散開。アンバーが手にした得物を見てのことだろう。
「……っし」
広がった間隔はそのまま、ユーロスとの距離を詰める結果となる。懐から抜いた魔導拳銃から、銃声。乾いた音は広大な草原に飲み込まれるように消えた。銃弾は、無防備なラプターの横っ腹を打ち抜いた。一騎の足並みが鈍り、音に、ゴブリン達の視線がユーロスに向いた。
「バーカ」
言葉は、通じなかっただろう。だが、その表情に滲んだ色には、気付いたようだ。
「ギ……ッ!」
慌てて正面を見据えた騎兵達の、眼前。アンバーが銃を構え、
「加速して下さい」
呟いた。
動きは同時に刻まれた。
重い荷馬車が、緩やかに加速。木の車輪が軋む音を抜いて、アンバーが構えた魔導拳銃から銃弾がゴブリン達へと吐出される。そして、
「まずは……っと」
街道の傍らの草叢から、ペネトレイトC26――RB製の無機質な銃撃が放たれた。拳銃を圧倒する正真正銘の後方火力。ラプターの肩を貫き強烈な苦鳴とアカイロが舞う。次の瞬間には、アメリアは後方へと移動を開始。離れた位置の愛馬へと近づき――振り向いて、わずかに目を見開いた。
「わー、頑丈ー……!」
驚嘆すべきはラプターの頑健さ、か。銃撃を耐えたラプターは目に憤怒を宿らせアメリアを見据えている。その他のゴブリン達も、対象は違えど同様だった。
眼前のアンバー。並走するユーロス。そして、距離を空けようとするアメリアに視線が散る。荷馬車など最早眼中にはないのだろう。荷馬車は『脇道へと流れていく』。
さらに散開し、加速する騎兵たちはあっという間に距離を喰い潰す。前方。アンバーに三騎。左右に散るアメリアとユーロスに一騎ずつ。
「……っ」
アメリアが距離を取ろうと下がろうとするも、速度が違う。騎兵の加速は十二分に乗っている。そして、その得物は錆びついて使いこまれた、槍。
――アレで突かれたら痛そう……。
こんな時にまで、茫洋とそんなことを考える自分に溜息が零れそうだった。身体が勝手に動き、銃撃を――という前に、距離が詰まっている。相性の問題だ、と解った。本質的に、距離を速度と装甲で埋める重装騎兵と相性が悪い。間に合わない、と。理解した、その時だ。
「ちょいと、お待ちくださいな」
ひゅるり、と高く鳴る音と同時。剣閃が、刻まれた。音はそのままラプターの首を貫き、剣閃はその足を断ち切った。絶命したラプターから投げ出されたゴブリンがアメリアを超えて後方へと飛んでいく。
「とまぁ、どうd」
ニヤリ、と良い顔をして見せたウォルターの言葉を遮って、銃声。騎兵の短い苦鳴を背に。
「まず一騎、ですねー」
「あ、はい」
特に動じる事もなく微笑むアメリアに、ウォルターはただそう応じた。
「結構な数ですね……」
迎えるは三騎。先手を取っているとはいえ――格上だ、と肌で知れた。
だが。
「アズライル、貴方の力貸してください」
往かぬ理由は、無い。後方には些か素性に妖しい所はあるが民草がいる。馬の腹を蹴り、往く。戦馬は恐れを抱かずに加速し。
交錯は、瞬後に訪れた。人騎――では、ない。
それは、大きな布を伴って『割って入るように、降ってきた』。
「……どう、かな!」
声の主は、足元からマテリアルの光輝を曳いたアルルベルだ。荷馬車から取っ払った幌をロープに結び、荷馬車から飛び出したのだった。ゴブリンと、アンバー達の間を疾走したアルルベルは。
「……くあっ!?」
悲鳴とともに、その機動が大きく横に流れた。尤も、可愛らしいそれはゴブリン達の怒声に呑まれて掻き消えていたのだが。
引っ張った紐は晴れてラプター達を転倒させることには成功した。だが、その衝撃を宙空にあるアルルベルは支えられず――。
飛んだ。
●
「ヒュー」
騎兵に追われながらもユーロスは口笛を鳴らした。高らかに飛んでいったアルルベルが描いた放物線の美しさに。あるいは――それを他所に顔色一つ変えず、直近のゴブリンと刃を交わし、剣を突き立てたアンバーに。あれは、「間抜けですね」とでも言っていたのだろうか。どちらを指してのことかは、分からないが。多分、切りつけたゴブリンに大してなのだろう。
「……ッ!」
首を傾げると、すぐ頭上を槍が抜けた。銃は抜かず、回避に専念してひたすらに馬を走らせる。視界が高速で流れる中、前方、遠くにゴブリン達の姿が目に入ってきた。それを見て、ユーロスは――口の端を、僅かに釣り上げた。
間に合った、と。
転瞬。ラプターの脚が、『崩れた』。悲鳴と怒声が別れていく。投げ出され宙に浮いたゴブリンをユーロスは抜いた電撃刀で怒声ごと叩き切る。振り返る、と。草叢から這い出た、異様に長い髪を垂らしたレオが居た。
「……血も肉も、切ったら鋏が鈍るから嫌いなのですよ」
奇襲でラプターの脚を断った凶刃を神経質な程に丁寧にその衣服で拭っている。
その傍ら。
「えいっ!」
大斧を天高くから振り落としたリディア。掛け声についで、鈍い音が響いてラプターの動きが止まった。
控えめに言っても異様な光景だった、が。
「……フン。人間様の領域で図に乗るからこうなるんだよ」
同情する由も、ユーロスには有りはしない。小さくそう告げると、次の動きへと移るのであった。
色々、ありはしたが。
その後まもなくして、騎兵達は残らず駆逐されていた。
●
詳らかに記すには些か以上に字数が足りないのだが、哀れなるゴブリン達の顛末だけは記しておこうと思う。
全力疾走を重ねたゴブリン達を最初に迎えたのは、馬上からの銃撃と矢だった。斃れるゴブリン達を超えて返る矢や魔法を背に兵士たちは特攻を仕掛けるが、間合いを詰める前に馬が退き、距離が空く。その後方で、一人、また一人と後衛のゴブリン達は鋏やサーベルで切り刻まれ――現状を打破するためには、どう足掻いても駒が足りなかった。
いや。
足りなかったのは、駒だけでは無かったのだろう。
最後の一兵に刃を突き立てたアンバーは、小さく息を吐いた。
「……」
「どうした?」
物思う様子にアルルベルが声を掛けると、アンバーは漸く言葉を見つけたように、こう言った。
「既に、消耗していたように見えました」
「……そういえば」
思う所があったのだろう、アメリア。
「武器も、くたびれてましたね。あの騎兵の槍……酷く錆びついていました」
「……ふむ」
アルルベルは地に落ちた剣を取る。錆びつき、刃が潰れかけた剣を。そうして、今しがた倒したばかりのゴブリン達のその姿を、改めて検分する。少女にはやはり、推定するしかないのだが――骨の浮いた身体を見て、呟く。
「痩せている、のかな。これは」
彼らにとっての最精鋭である騎兵達がやられた。その時点で趨勢が決まっていた。それでも徹底的に抗った理由は、推測するしかない。ただ。
「……関係ねぇだろ」
ユーロスは、それらの結論を阻んだ。
「こいつらは、人間を襲ったんだ」
細められた目、その言葉には、微かにその胸の裡の熱が、零れているようだった。
●After
「やあやあ、お久しぶりなのです」
騎士団達が某村を出ようかとしていたころ。しょきり、と。鋏をしまった少女は、嬉しげに言った。見つめるのは、貧素を絵に書いたような頭部のレヴィン。男は目玉がこぼれ落ちるくらいに目を見開いていた。
「……な、なな、なんで、いるんですか?」
「エアリィに乗せてもらって追っかけてきたのです」
少女――レオが指さした先。”商人たち”の荷馬車が、居た。成る程、安全を確保した後、向かってきたのだろう。エアリィはエルフの女の名だ。青年ネスティは「騎士団の方を手伝いますよー」とついてきたリディアに手伝ってもらいながら、村から”買い上げた”品を荷馬車へと積み込んで居た。
「……」
「……」
見つめ合う事、暫し。蛇に睨まれた蛙とはこの事だろうが、レオはにひ、と壊れた笑みを浮かべると。
「レオが手取り指とり懇切丁寧に元気にしてあげるのですよ?」
「ナ、ナニを!?」「エアリィ、黙ってなよ……!」
その後、レオは滅茶滅茶頭皮を揉んだ。
「……助けないでいいんで?」
「誰をだ?」
「いやー……」
にへら、と笑いながら髭面――結局彼は名乗らなかった――にカマをかけたウォルター
だが、どうやら躱されてしまったようだ。
全く。一筋縄ではいかない。ウォルターは空を仰ぐと、深く、それでいて軽やかに溜息を吐いたのだった。
春の陽気が燦々と注ぐ。温かな情景を貫くのは、馬蹄が大地を踏み叩く音と、それを追うように響く車輪の回る音。
「やってますなあ」
と、ハンター達に依頼されて同道したポチョム。ウォルター・ヨー(ka2967)は横目でそれを見ながら、口の端を釣り上げて愉快げに喉を鳴らした。
――この人らと働いてるとなんか不思議でござんすな。正統派じゃないとこが正統派っぽいってえさ。
胸の裡で呟くウォルターを余所に、アメリア・フォーサイス(ka4111)はポチョムの隣に並び立って小さく背伸びをした。肥満体のポチョムの傍らに立つとその肢体の美しさが際立つ。
「ゴブリンに変なちょっかいでもかけたんですかねー?」
「さて。”今”難民が襲われると彼らの商売あがったりでしょうからなあ」
「ふーむ……? ま、こっちはお金になるから良いんですけど」
ポチョムと言葉を交わすアメリアのローブ姿――の一部を横目で検分したウォルターは笑みと共に、心の中でこう結ぶ。
――うん。この騎士団、なんか好きだなあ、僕。
アルルベル・ベルベット(ka2730)はそんなウォルターを怪訝そうに見やりながら、
「ちょっかい――そうかもしれない。商人夫婦に護衛、というが……ゴブリンからの追われ方を見るにそのような気もする」
ちら、とポチョムを見て、呟いた。
「……何かワケありかも知れないな、これは」
「とはいえ、民草達の安寧が脅かされています……武人として捨て置くわけにはいきませんね」
思考を巡らせたアルルベルに、馬上。凛と背を伸ばしたアンバー・ガルガンチュア(ka4429)。
「あの商人達の馬車を引いている馬種は其れなりに瞬脚だった筈……村に近づけないためワザと囮をかっているのでしょうか。為らば私たちがゴブリン達の意識を向けさせ足止めすれば安全圏まで逃げ切る事も可能ですね」
「ふふ、仰る通りで」
アンバーの言葉に、ポチョムは笑みを浮かべた。
――謀る為の笑みか。それとも……。
それを見たアルルベルには深く探る気はない。ただ目に付いた。そして、気になった。
性分、なのだろう。
●
人影を認めたか、馬車は真っ直ぐに向かってきた。横につき馬の速度を合わせながらユーロス・フォルケ(ka3862)は不機嫌そうな、しかしどこか幼い作りの顔で、
「アンタら運とタイミングが悪かったな」
「……へ?」
御者台、手綱を握る青年に言う。
「ちょうど難民の受け入れを始めようって時に、村を回ろうとして襲われるなんてな」
「あー……」
不機嫌な表情は変わらないのでどこか叱られているようではあったが、言葉だけ捉えると心配されているようでも――探られているようでもある。
「いや……そういう時期だから、さ。書入れ時なんだよ」
「――なるほど、ね」
王都育ちのユーロスではあるが、言葉だけで事情は何となく知れた。少しだけ、彼の言葉に嫌悪が混じる。何かを、想起したのだろうか。
迎える側。Leo=Evergreen (ka3902)は草叢の前に座り込んで、んはー、と空を仰いだ。
「うへぇ、来やがったですねー」
視線の先には馬車――その向こうに、ゴブリン達を見てのことだった。
「レオ、ゴブリン好きじゃないのですよ。見るのですあの汚い髪!」
「……そう、ですか?」
「そうなのですよ」
リディア・ノート(ka4027)は小首を傾げる。遠く、薄汚い兜に覆われた騎兵に、微妙に毛髪が見えなくもない。とはいえ、少女が、こと髪の事となると理外の存在となることを知らぬリディアには了解は出来なかった。
「野生動物の方が毛繕いも余程上手なのですよ……ん?」
はた、と送った視線の先。エルフの女だ。その金髪が風に揺られて靡いている。その艶髪に。
「あちらのお姉さんは中々良い髪をしてるですねー」
等と言っているうちに。街道を荷馬車は爆走し、
「私はリディ……あれっ!?」
――二人の傍らを、通り抜けた。
丁寧な礼の最中にリディアが呆然としてしまうのも、無理はないだろう。それほどまでに淀みなく通り抜けていったのだった。
●
「邪魔するよ」
言葉と共にタイミングを併せてひょうい、と荷馬車に飛び移ったアルルベル。ウォルターとポチョムもそこに続いた。
「……遠いな」
銃を構えたアルルベルだが、まだまだ射程が遠い。皆はどうだろうか、と辺りを見るとレオ達は草叢に身を伏せたようだ。アンバー、ユーロスは馬車と並走中。アメリアは馬を街道から離れた位置へと移している。少女は銃を置きながら、御者台の方へと視線を送る。
「帆を借りても?」
「えっ「いいわよ!」
「ん、ありがとう」
動揺する青年を封殺するエルフに頷きを返すと、帆を外す作業に移った。御者台に、どす、と音。ウォルターが青年とエルフの真中に座り、両手を二人の肩に回していた。
「あんた方さ、多少戦いにゃ心得があるんじゃない?」
「な、無い!」
「……そっちの姉さん、例えば、精霊と昵懇の仲だったりとかさ」
「しないわよ! せ、精霊? 何それ!」
「……」
素人かよ、と声が出かけた、その時だ。
「その女は兎も角」
同乗していた髭面が、応じた。
「戦えたら護衛は要らんだろう。俺が弓を使える。手が要るなら、手伝おう」
――ははー。
その佇まいと、使い込まれた弓――それも特上のものと知れ、ウォルターは笑みを零した。
たった三人で商い道中って、とは、思っていたが。成程、確かに使えそうだ。
「そんじゃま、持ちつ持たれつ、っつーことで」
「だが、こいつらは逃がしてやれ。足手まといな上に……俺は、『護衛』だ」
「……あー」
色々と脳裏で言葉は巡るが、頑なな視線が端的に結論を示していた。切り崩せやせんねえ、と小さく舌を出す。
「では私が安全な所まで送りましょう――アメリア殿に頼まれましてな」
苦笑して詫びるように言うポチョム。その詫びの意味は――つまり、そう言うことだろう。戦力が一人入り、一人抜けた。
「……あー」
力なく息を零したウォルターに、
「とりあえず、速度を落としましょう。このままではアメリア殿達を置き去りにしてしまいます」
アルルベル殿の準備が無駄になる、と。ポチョムは苦笑と共に、そう言った。
●
急速に遅くなった馬脚に、好機と見た騎兵五騎は瞬く間に距離を詰める。
その頃にはハンター達も動いている。大きく迂回し、横合いを並走するユーロス、眼前で馬上から悠然と構えるアンバーに気を払い――最前の騎兵が手を大きく横に振った。散開。アンバーが手にした得物を見てのことだろう。
「……っし」
広がった間隔はそのまま、ユーロスとの距離を詰める結果となる。懐から抜いた魔導拳銃から、銃声。乾いた音は広大な草原に飲み込まれるように消えた。銃弾は、無防備なラプターの横っ腹を打ち抜いた。一騎の足並みが鈍り、音に、ゴブリン達の視線がユーロスに向いた。
「バーカ」
言葉は、通じなかっただろう。だが、その表情に滲んだ色には、気付いたようだ。
「ギ……ッ!」
慌てて正面を見据えた騎兵達の、眼前。アンバーが銃を構え、
「加速して下さい」
呟いた。
動きは同時に刻まれた。
重い荷馬車が、緩やかに加速。木の車輪が軋む音を抜いて、アンバーが構えた魔導拳銃から銃弾がゴブリン達へと吐出される。そして、
「まずは……っと」
街道の傍らの草叢から、ペネトレイトC26――RB製の無機質な銃撃が放たれた。拳銃を圧倒する正真正銘の後方火力。ラプターの肩を貫き強烈な苦鳴とアカイロが舞う。次の瞬間には、アメリアは後方へと移動を開始。離れた位置の愛馬へと近づき――振り向いて、わずかに目を見開いた。
「わー、頑丈ー……!」
驚嘆すべきはラプターの頑健さ、か。銃撃を耐えたラプターは目に憤怒を宿らせアメリアを見据えている。その他のゴブリン達も、対象は違えど同様だった。
眼前のアンバー。並走するユーロス。そして、距離を空けようとするアメリアに視線が散る。荷馬車など最早眼中にはないのだろう。荷馬車は『脇道へと流れていく』。
さらに散開し、加速する騎兵たちはあっという間に距離を喰い潰す。前方。アンバーに三騎。左右に散るアメリアとユーロスに一騎ずつ。
「……っ」
アメリアが距離を取ろうと下がろうとするも、速度が違う。騎兵の加速は十二分に乗っている。そして、その得物は錆びついて使いこまれた、槍。
――アレで突かれたら痛そう……。
こんな時にまで、茫洋とそんなことを考える自分に溜息が零れそうだった。身体が勝手に動き、銃撃を――という前に、距離が詰まっている。相性の問題だ、と解った。本質的に、距離を速度と装甲で埋める重装騎兵と相性が悪い。間に合わない、と。理解した、その時だ。
「ちょいと、お待ちくださいな」
ひゅるり、と高く鳴る音と同時。剣閃が、刻まれた。音はそのままラプターの首を貫き、剣閃はその足を断ち切った。絶命したラプターから投げ出されたゴブリンがアメリアを超えて後方へと飛んでいく。
「とまぁ、どうd」
ニヤリ、と良い顔をして見せたウォルターの言葉を遮って、銃声。騎兵の短い苦鳴を背に。
「まず一騎、ですねー」
「あ、はい」
特に動じる事もなく微笑むアメリアに、ウォルターはただそう応じた。
「結構な数ですね……」
迎えるは三騎。先手を取っているとはいえ――格上だ、と肌で知れた。
だが。
「アズライル、貴方の力貸してください」
往かぬ理由は、無い。後方には些か素性に妖しい所はあるが民草がいる。馬の腹を蹴り、往く。戦馬は恐れを抱かずに加速し。
交錯は、瞬後に訪れた。人騎――では、ない。
それは、大きな布を伴って『割って入るように、降ってきた』。
「……どう、かな!」
声の主は、足元からマテリアルの光輝を曳いたアルルベルだ。荷馬車から取っ払った幌をロープに結び、荷馬車から飛び出したのだった。ゴブリンと、アンバー達の間を疾走したアルルベルは。
「……くあっ!?」
悲鳴とともに、その機動が大きく横に流れた。尤も、可愛らしいそれはゴブリン達の怒声に呑まれて掻き消えていたのだが。
引っ張った紐は晴れてラプター達を転倒させることには成功した。だが、その衝撃を宙空にあるアルルベルは支えられず――。
飛んだ。
●
「ヒュー」
騎兵に追われながらもユーロスは口笛を鳴らした。高らかに飛んでいったアルルベルが描いた放物線の美しさに。あるいは――それを他所に顔色一つ変えず、直近のゴブリンと刃を交わし、剣を突き立てたアンバーに。あれは、「間抜けですね」とでも言っていたのだろうか。どちらを指してのことかは、分からないが。多分、切りつけたゴブリンに大してなのだろう。
「……ッ!」
首を傾げると、すぐ頭上を槍が抜けた。銃は抜かず、回避に専念してひたすらに馬を走らせる。視界が高速で流れる中、前方、遠くにゴブリン達の姿が目に入ってきた。それを見て、ユーロスは――口の端を、僅かに釣り上げた。
間に合った、と。
転瞬。ラプターの脚が、『崩れた』。悲鳴と怒声が別れていく。投げ出され宙に浮いたゴブリンをユーロスは抜いた電撃刀で怒声ごと叩き切る。振り返る、と。草叢から這い出た、異様に長い髪を垂らしたレオが居た。
「……血も肉も、切ったら鋏が鈍るから嫌いなのですよ」
奇襲でラプターの脚を断った凶刃を神経質な程に丁寧にその衣服で拭っている。
その傍ら。
「えいっ!」
大斧を天高くから振り落としたリディア。掛け声についで、鈍い音が響いてラプターの動きが止まった。
控えめに言っても異様な光景だった、が。
「……フン。人間様の領域で図に乗るからこうなるんだよ」
同情する由も、ユーロスには有りはしない。小さくそう告げると、次の動きへと移るのであった。
色々、ありはしたが。
その後まもなくして、騎兵達は残らず駆逐されていた。
●
詳らかに記すには些か以上に字数が足りないのだが、哀れなるゴブリン達の顛末だけは記しておこうと思う。
全力疾走を重ねたゴブリン達を最初に迎えたのは、馬上からの銃撃と矢だった。斃れるゴブリン達を超えて返る矢や魔法を背に兵士たちは特攻を仕掛けるが、間合いを詰める前に馬が退き、距離が空く。その後方で、一人、また一人と後衛のゴブリン達は鋏やサーベルで切り刻まれ――現状を打破するためには、どう足掻いても駒が足りなかった。
いや。
足りなかったのは、駒だけでは無かったのだろう。
最後の一兵に刃を突き立てたアンバーは、小さく息を吐いた。
「……」
「どうした?」
物思う様子にアルルベルが声を掛けると、アンバーは漸く言葉を見つけたように、こう言った。
「既に、消耗していたように見えました」
「……そういえば」
思う所があったのだろう、アメリア。
「武器も、くたびれてましたね。あの騎兵の槍……酷く錆びついていました」
「……ふむ」
アルルベルは地に落ちた剣を取る。錆びつき、刃が潰れかけた剣を。そうして、今しがた倒したばかりのゴブリン達のその姿を、改めて検分する。少女にはやはり、推定するしかないのだが――骨の浮いた身体を見て、呟く。
「痩せている、のかな。これは」
彼らにとっての最精鋭である騎兵達がやられた。その時点で趨勢が決まっていた。それでも徹底的に抗った理由は、推測するしかない。ただ。
「……関係ねぇだろ」
ユーロスは、それらの結論を阻んだ。
「こいつらは、人間を襲ったんだ」
細められた目、その言葉には、微かにその胸の裡の熱が、零れているようだった。
●After
「やあやあ、お久しぶりなのです」
騎士団達が某村を出ようかとしていたころ。しょきり、と。鋏をしまった少女は、嬉しげに言った。見つめるのは、貧素を絵に書いたような頭部のレヴィン。男は目玉がこぼれ落ちるくらいに目を見開いていた。
「……な、なな、なんで、いるんですか?」
「エアリィに乗せてもらって追っかけてきたのです」
少女――レオが指さした先。”商人たち”の荷馬車が、居た。成る程、安全を確保した後、向かってきたのだろう。エアリィはエルフの女の名だ。青年ネスティは「騎士団の方を手伝いますよー」とついてきたリディアに手伝ってもらいながら、村から”買い上げた”品を荷馬車へと積み込んで居た。
「……」
「……」
見つめ合う事、暫し。蛇に睨まれた蛙とはこの事だろうが、レオはにひ、と壊れた笑みを浮かべると。
「レオが手取り指とり懇切丁寧に元気にしてあげるのですよ?」
「ナ、ナニを!?」「エアリィ、黙ってなよ……!」
その後、レオは滅茶滅茶頭皮を揉んだ。
「……助けないでいいんで?」
「誰をだ?」
「いやー……」
にへら、と笑いながら髭面――結局彼は名乗らなかった――にカマをかけたウォルター
だが、どうやら躱されてしまったようだ。
全く。一筋縄ではいかない。ウォルターは空を仰ぐと、深く、それでいて軽やかに溜息を吐いたのだった。
依頼結果
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談用に。 アメリア・フォーサイス(ka4111) 人間(リアルブルー)|22才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/05/05 09:04:54 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/04 08:18:15 |