ゲスト
(ka0000)
谷底から現し邪魔者
マスター:天田洋介

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/07 19:00
- 完成日
- 2015/05/11 13:46
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
グラズヘイム王国の北東部。
採掘を生業とする山岳地帯のある集落には少々変わった風習が残っていた。選ばれた男性一名が防人として一年間を過ごさなければならなかったのである。
青年アオスが集落から離れた崖上の小屋に移り住んで、半年が過ぎようとしていた。
「前にゴブリンが現れたのは、確か五年前だよな」
アオスは岩の上に寝転がりながら大きな欠伸を一つ。そして霧深い谷底を眺める。
集落の誰も見たことはないが、谷底にはゴブリンの集落が存在するらしい。この周辺の人とゴブリンの間には互いの領域へ立ち入らない暗黙の了解が成立していた。
だが何処にでも跳ねっ返りは存在する。これまでの経験則として、数年に一度の頻度でゴブリンが谷底から現れていた。
谷底から這い上がるには垂直に近い崖をよじ登らなくてはならない。二日から三日はかかるので、余程監視を怠けない限りは余裕で見つけられる。
若者でこの退屈な役目を引き受ける者は滅多にいなかった。
アオスが志願したのには理由がある。
彼は物語を書くのが好き。劇作家になるための一歩として役目を引き受けた。
監視さえ怠らなければ自由な時間はいくらでもある。一年の間に脚本を書き上げて街へ出ようと考えていた。但し今現在、執筆は殆ど進んでいなかった。
一文字も書かないまま、握ったペンを岩の上に置く。
仰向けになってしばらく青空を眺める。俯せになりつつ、谷底に視線を向けた。
「……あの小さいの鹿じゃないよな。もしかしてゴブリン?」
何事もなく任期をやり過ごしたかったアオスだが、そうはうまくいかなかった。眼下の霧の中にゴブリンを見かける。
ため息をついた彼は紙に『ゴブリン発見』と記した。それを小さな筒に入れて定期連絡用の伝書ハトの足に括りつけようとする。
「一体じゃない?!」
もう一度谷底を眺めるとゴブリンは三体に増えていた。アオスは急いで書き直す。『ゴブリン三体発見。今後も増える可能性あり』と。
伝書鳩によって集落へ連絡文が届けられる。一体だけなら集落民だけでもやりようがあるのだが、三体以上では難しい。
急いでハンターズソサエティの支部に連絡が取られる。二日後、依頼を受けたハンター達が集落を訪れるのだった。
グラズヘイム王国の北東部。
採掘を生業とする山岳地帯のある集落には少々変わった風習が残っていた。選ばれた男性一名が防人として一年間を過ごさなければならなかったのである。
青年アオスが集落から離れた崖上の小屋に移り住んで、半年が過ぎようとしていた。
「前にゴブリンが現れたのは、確か五年前だよな」
アオスは岩の上に寝転がりながら大きな欠伸を一つ。そして霧深い谷底を眺める。
集落の誰も見たことはないが、谷底にはゴブリンの集落が存在するらしい。この周辺の人とゴブリンの間には互いの領域へ立ち入らない暗黙の了解が成立していた。
だが何処にでも跳ねっ返りは存在する。これまでの経験則として、数年に一度の頻度でゴブリンが谷底から現れていた。
谷底から這い上がるには垂直に近い崖をよじ登らなくてはならない。二日から三日はかかるので、余程監視を怠けない限りは余裕で見つけられる。
若者でこの退屈な役目を引き受ける者は滅多にいなかった。
アオスが志願したのには理由がある。
彼は物語を書くのが好き。劇作家になるための一歩として役目を引き受けた。
監視さえ怠らなければ自由な時間はいくらでもある。一年の間に脚本を書き上げて街へ出ようと考えていた。但し今現在、執筆は殆ど進んでいなかった。
一文字も書かないまま、握ったペンを岩の上に置く。
仰向けになってしばらく青空を眺める。俯せになりつつ、谷底に視線を向けた。
「……あの小さいの鹿じゃないよな。もしかしてゴブリン?」
何事もなく任期をやり過ごしたかったアオスだが、そうはうまくいかなかった。眼下の霧の中にゴブリンを見かける。
ため息をついた彼は紙に『ゴブリン発見』と記した。それを小さな筒に入れて定期連絡用の伝書ハトの足に括りつけようとする。
「一体じゃない?!」
もう一度谷底を眺めるとゴブリンは三体に増えていた。アオスは急いで書き直す。『ゴブリン三体発見。今後も増える可能性あり』と。
伝書鳩によって集落へ連絡文が届けられる。一体だけなら集落民だけでもやりようがあるのだが、三体以上では難しい。
急いでハンターズソサエティの支部に連絡が取られる。二日後、依頼を受けたハンター達が集落を訪れるのだった。
リプレイ本文
●ゴブリンは悪か否か
午前十時頃、集落に到着したハンター一行は依頼主である長から詳しい説明を聞いた。
防人アオスからの伝書鳩報告によれば、ゴブリン八体は昨日のうちに崖まで這い上がってきたという。夜のうちはじっと留まっていたが、今朝方下山を始めたようだ。
ハンター一行はすぐさま崖方面へと向かった。曲がりくねってはいたものの、谷底の崖上から歩いて山を下りられる経路は一本のみ。いずれゴブリン八体と接触するはずである。
「何でも良い。とっとと済ませんぞ。面倒くせーが。……んっと面倒くせー」
ウィンス・デイランダール(ka0039)が両の瞼を半分落としながら斜面を登った。
「できれば崖登りの様子を遠くから観察したかったんだけど、這い上がってしまったのなら仕方がないよね。とはいえ、いきなりの接触は避けたいんだけど」
「様子見するとしても余裕はなさそうだな」
立ち止まった超級まりお(ka0824)とリュー・グランフェスト(ka2419)は、集落民から預かった地図で現在位置を確かめる。
地図には雨風のよる浸食で穴だらけになった岩盤層一帯がもう少し先にあると記されていた。二人はその辺りで身を潜めてゴブリン等の様子を遠巻きに観察しようと仲間達に提案する。
「果たしてゴブリンは攻撃的なのか否なのか……ドキドキですね!」
「戦わずにすめばそれが一番ですね。もし戦いになった場合には、後方からの支援は任せ下さい」
登りだして一時間後。時任 茉由子(ka4773)と日下 菜摘(ka0881)が振り返ると、集落は豆粒のように小さくなっていた。
請けおった依頼は単純なゴブリン退治ではない。
ゴブリン八体に敵意があれば退治。単なる冒険心や物見遊山であれば追い返すのが依頼主の望みである。先程、ウィンスが呟いていた『面倒』とはこれのことだ。
「谷底から這い上がるなんて、すごい根性だねー。ゴブリンさんたち」
「ゴブリンと暗黙の了解を結んで、近くに根城がある場所に居を構えるこの集落って実は相当すごいんじゃないかな……」
テトラ・ティーニストラ(ka3565)とレウィル=スフェーン(ka4689)が大きな岩の上によじ登って斜面上方を望んだ。
しばらくして霧がでてきた。徐々に見透しが悪くなり、有視界一~二キロメートルといった状況となる。
岩盤層一帯に辿り着いたハンター一行は数カ所ずつにまとまりながら身を隠す。十数分後、想像していたよりも早くにゴブリン集団が確かめられた。事前の報告通り、八体が数えられる。
「子供の集団なら遊びで来ただけだろうねぇ」
超級が双眼鏡を覗きながら眼を凝らす。
「あの姿……もしかして雑魔化してるっぽい?」
首を傾げた超級は隣にいたレウィルに双眼鏡を貸す。
「普通のゴブリンよりも大きくて厳めしいね。それに仲が悪いように見える」
レウィルも超級と同意見である。次にリューが双眼鏡を覗き込んだ。
「あの獣みたいな野蛮な仕草……雑魔化していると見て間違いないだろうな」
リューもゴブリン八体が雑魔化していると判断した。
三人のやり取りを耳にしたウィンスが、もしもの筆談のために用意していた紙とペンを懐深くに仕舞う。
事前に決めた作戦通り、まずは離れた位置から自分達の姿を晒す。次にゴブリン八体の出方を確認。十中八九戦いになると想定した上で挑むことにした。
「がんばってくださいね。援護します」
岩場から飛びだす直前のリューに日下菜摘が『プロテクション』をかける。続く仲間達にも『プロテクション』の輝きを纏わせていく。
「こんなところにどうしているのだ? お前達の住処は谷底だろ?」
リューは守りの構えをとりつつ、遠くのゴブリン八体に大声で話しかける。するとゴブリン等は奇声をあげながらこれまで下りてきた斜面を全力で引き返していった。
撤退しようとしていたのではない。ゴブリン等は適度な距離をとったところで、丸めの岩を選んで次々と斜面に転がし始める。中には人よりも大きな岩が下方にいるハンター達に迫った。
「どうやら話し合いは無理なようですね」
時任は勢いがついた大岩を躱す。そして霧中で揺らぐゴブリン等の輪郭を見据えた。
ハンター全員の覚悟が決まる。ゴブリン八体は人の集落を襲おうとしている存在だと。
●杉の上の傍観者
時は少し遡る。
防人のアオスは崖上にゴブリン八体が現れてから一睡もせずに離れた位置から動向を見守っていた。谷底から溢れでた霧のせいで視界は非常に悪かったが、崖上までなら何とか視認できる。
「頼んだからね」
翌朝、ゴブリン八体が下山を開始。アオスは報告を伝書鳩に託してから小屋を後にした。
(ゴブリン八体に追跡がばれれば命はないだろうな。戦う術はまったくないし。あったとしても敵うはずがないし)
そんなことを考えながら一定の距離をとりつつ追跡を続ける。防人としての使命感よりも、劇作家的好奇心の方が勝っていたのは誰にも内緒であった。
やがてゴブリン八体を阻む存在が現れる。長が招いたハンター一行だと気づいたアオスは、近くに聳えていた杉の大木に登って様子を覗う。
すぐに戦いは始まった。
耳を澄まさなくてもハンター達の会話やゴブリンの咆哮が聞こえてくる。濃くなってきた霧のせいで視界良好とはいかなかったが見えなくなったわけではない。
(あの岩を壊してしまうなんて)
戦いの動きや会話を懸命に帳面へと記していく。
「あっ!」
観察に熱中しすぎて枝の上から滑り落ちそうになる。太枝にしがみついて事なきを得たアオスは再び観察を続けるのだった。
●脅威の排除
「雑魔化しているんなら遠慮はいらねぇな。上等だ!」
迫る落石に嬉々としたウィンスがミラージュグレイブを突き刺す。真っ二つに割れた大岩がウィンスを避けるようにして後方へと転がっていく。
雑魔化しているとはいえゴブリン八体は無謀な戦い方を仕掛けてこなかった。
おそらく頭は大して使っていない。岩転がしはこの土地のゴブリンが元々得意とする戦法なのだろう。身体が覚えているとだけともいえる。
そうはいっても急斜面だけあって次々と迫る落石の勢いは無視できなかった。まともに受けたら覚醒中のハンターでもただではすまない。
「雑魔なのに面白そうなことをしてくれるじゃない。よっとっ! こういうの大得意よっ! ダッシュ、アンドー、ジャンプ!」
『ランアウト』で身のこなしを向上させた時任が、落石を次々と跳び越えながら斜面を登っていく。
ゴブリン等が石や岩を転がすタイミングは非常に雑である。まとめて転がってきたかと思えば、小石一つ落ちてこない数十秒間があったりも。
時任は途中から進路を変える。ゴブリン八体を避けるように大きく迂回し、点々と続く谷底付近の岩の突起を八艘飛びの要領で越えて斜面の高い位置へと辿り着く。
「岩を転がすのは止めてくれないかな。体験すればわかると思うけど、避けるの結構大変なんだよ」
わずかに埋まっていた岩を持ち上げて、次々と眼下のゴブリン等へと転がす。
それからしばらくの間、ゴブリン等は落石を避けるだけで手一杯になっていた。時任が転がした岩はゴブリン等が待機している周辺の岩にぶつかって留まる。ハンター仲間のところまで転がっていったのはほんのわずかだった。
「今だっ!」
ハンター達は落石の数が減った状況を見過ごさない。覚醒したリューが『試作振動刀「オートMURAMASA」』を手に斜面を駆け登っていく。
「うおぉぉぉっ!」
『チャージング』で間合いを詰めつつ、一番近くにいたゴブリン・壱を狙う。額目がけて投げられた石を避けて刃で喉元を斬りつける。
ゴブリン・壱に止めを刺すリューの横をウィンスは通り過ぎていく。十メートルほど高い位置にいたゴブリン・弐との間合いを縮める。
「俺と会わなければよかったのにな」
ゴブリン・弐が岩の裏に隠れても構わずグレイブを突き立てる。ゴブリン・弐は岩の破片を浴びて後方に吹き飛んだ。間髪入れず仕留めて次のゴブリンを探す。
「すぐに癒やしますね」
後方で待機する日下菜摘の役目は『プロテクション』や『ヒール』での支援だけではなかった。重要なのはゴブリン等を人の集落まで行かせないこと。つまり日下菜摘が実質的な最終防衛ラインとなる。
ゴブリン・参がハンター仲間の隙をつく。転がる岩の影に隠れて斜面を一気に駆け下りようとしていた。それに気がついた日下菜摘は支援を一時休止して攻撃を行う。
「えいっ!」
魔法『ホーリーライト』による光の弾がゴブリン・参に命中。衝撃を受けたゴブリン・参が姿勢を崩して斜面を転がりだす。気づいたレウィルが『スラッシュエッジ』で仕留めてくれて、日下菜摘が胸をほっとなで下ろした。
「それにしても……」
日下菜摘は戦場全体の把握に努めながら、あることが気になっていた。それは谷底に存在するといわれているゴブリンの集落についてである。
(雑魔化のせいでゴブリンの集落は全滅したかも知れませんね)
できることならば直接聞きだしたいところなのだが、雑魔化したゴブリンとの意思疎通は難しい。今は目下の戦いで勝利を収めるしかやれることはなかった。ハンター仲間の支援を再開する。
「お前たち、避けろよ!」
リューは転がってきた大岩が高く跳ねたのを見逃さない。『ワイヤーウィップ』で衝撃を与えることで爆散させた。
刃物のように尖った岩の破片が雨のように降り注ぐ。合図を耳にしたハンター仲間はそれらを避けられたが、ゴブリン等はそうはいかなかった。
破片の雨で直接倒せたのはゴブリン・肆のみだったが、残る四体にも深い傷を負わすことに成功する。
「にゅっふっふ……美少女戦士テトラちゃんの前に恐れおののくがいいー」
テトラは大きなマントを風に靡かせて愛馬ゴースロンに跨がって斜面を駆け上がった。
構えていたのは身の丈を余裕で越える『ハンマー「オーガバスター」』。とはいえあまりの重さに絶えかねて途中でヘトヘト。愛馬を止めて地面に突き立てることで誤魔化した。
(どうです、この姿。美しい無表情に寒気すら感じる。そう、今の彼女の強キャラ臭はハンパではなかった……!!)
自分を見つめていたゴブリン・伍の心情を想像して心の中で呟く。これで怯むだろうと考えていたのだが、狂気の声をあげながら構わず襲ってきた。
「そ、それはないんじゃないかなっ! えっと、あった!」
大急ぎでハンマーから手を離し、『魔導拳銃「エア・スティーラー」』を構える。すんでのところで仕留めたテトラは笑みを浮かべる。
「雑魔化していなければ、逃げちゃってもらったんだけどね。テトラちゃんは無駄な殺生を好まぬのよ」
銃口に息を吹きかけるポーズで決めたところで、はっと思いだす。いそいそと愛馬から下りて辺りを探した。
「無くしたら大変だしね」
忘れないうちに地面に転がるハンマーを回収するテトラであった。
ゴブリン・漆を倒したのは時任だ。
『電光石火』で深い傷を負わせた後、落石の邪魔が入る。それでも逃さず疾風剣で間合いを詰めて止めを刺した。
レウィルは『スラッシュエッジ』で最後のゴブリン・捌を一刀両断。『日本刀「虎徹」』を静かに鞘へと仕舞った。
「お話したかったんだけど。とても残念です」
「雑魔化すると一気に知能が下がるからな。普通のときは個体差あるけど、言葉が通じるゴブリンはそれなりにいるようだよ。できれば谷底に下りて調べたいんだけどね」
「ゴブリンの集落を調べるんですか?」
「登るのは大変でも、下りるだけなら工夫すればすぐだと思うんだ」
「そうすればゴブリンたちの事情がわかりますね。私も賛成です!」
「まずは集落に戻って長の説得といったところか」
時任とレウィルは仲間達の元へ近づきながら言葉を交わす。谷底にあるはずのゴブリンの集落で雑魔化がどのように発生したのかが気になっていた。
谷底へ向かうとなれば依頼主の許可が必要になる。
「この後のことなんだが――」
時任がハンター仲間全員に相談を持ちかけた。そのとき、超級が近くの岩陰からこっそりと様子を窺っていた何者かに気がつく。
「あっ!」
隠れていたのは九体目のゴブリンであった。
●想定外のゴブリン
「えっ? どうしてなんだ?!」
九体目のゴブリン出現に一番困惑したのは防人のアオスである。
(もしかしてあの後、よじ登ってきたんだろうか……。確かに霧が濃くなって谷底が確認できない期間があったけれど……深夜の時間帯を足すと約二日間か。ぴったりのタイミングなら不可能ではないけれど)
木登り中のアオスは急いで地面へ下りた。そしてハンター一行とゴブリン・玖がいるところへと駆け寄って加わる。
「谷底の監視をしていたアオスといいます」
このままでは防人の役目を放棄したことになってしまう。そうなれば劇作家になる夢も泡となって消え去るだろう。それだけは避けたかった。
「今来た防人のことは後回しにするとして、そこのゴブリン、こいつも雑魔化してんのか?」
「雑魔化していたらとっくに襲われているだろうな。まず間違いなく普通のゴブリンだよ」
ウィンスとレウィルがゴブリン・玖を見つめる。全体的に丸みを帯びているところから九体目のゴブリンはメスのようだ。
「これはヒトリゴト。ダレにきかせるものでもない」
ゴブリン・玖は背中を向けたまま、谷底の集落で起きたことを呟き始める。
ある日、鷹が妙な形をした品物をゴブリンの集落へ落としていった。
それが当初、どのようなものなのかはわからなかった。だが長くその品物を近くに置いていたゴブリン仲間が雑魔化してしまったらしい。
雑魔化したのは先に這い上がってきたゴブリン八体で全員のようだ。今はその品物を遠くに移動させて事なきを得たという。
「ナカマなくなった。とてもとてもザンネン。かなしい。でもタニゾコ、ヘイワもどった。こられるのこまる。ヒトもゴブリンきたらこまる。きっとおなじ」
独り言を終えたゴブリン・玖が斜面をのぼって去っていく。ハンター一行はそれを見逃した。谷底へ帰っていったと思われる。
ハンター一行はアオスからも事情を聞いた。
それなりの功績があったのに将来の夢を奪ってしまうのは忍びない。仕方が無いということで口裏を合わせてあげることにする。
「ありがとうございます。それともう一つお願いが――」
アオスは一行から今回の一件を脚本に起こす許しをもらう。格好良く、可愛く、理知的に書くことを約束した上で。
この地域の人とゴブリンはこうして以前と同じ関係に戻るのだった。
午前十時頃、集落に到着したハンター一行は依頼主である長から詳しい説明を聞いた。
防人アオスからの伝書鳩報告によれば、ゴブリン八体は昨日のうちに崖まで這い上がってきたという。夜のうちはじっと留まっていたが、今朝方下山を始めたようだ。
ハンター一行はすぐさま崖方面へと向かった。曲がりくねってはいたものの、谷底の崖上から歩いて山を下りられる経路は一本のみ。いずれゴブリン八体と接触するはずである。
「何でも良い。とっとと済ませんぞ。面倒くせーが。……んっと面倒くせー」
ウィンス・デイランダール(ka0039)が両の瞼を半分落としながら斜面を登った。
「できれば崖登りの様子を遠くから観察したかったんだけど、這い上がってしまったのなら仕方がないよね。とはいえ、いきなりの接触は避けたいんだけど」
「様子見するとしても余裕はなさそうだな」
立ち止まった超級まりお(ka0824)とリュー・グランフェスト(ka2419)は、集落民から預かった地図で現在位置を確かめる。
地図には雨風のよる浸食で穴だらけになった岩盤層一帯がもう少し先にあると記されていた。二人はその辺りで身を潜めてゴブリン等の様子を遠巻きに観察しようと仲間達に提案する。
「果たしてゴブリンは攻撃的なのか否なのか……ドキドキですね!」
「戦わずにすめばそれが一番ですね。もし戦いになった場合には、後方からの支援は任せ下さい」
登りだして一時間後。時任 茉由子(ka4773)と日下 菜摘(ka0881)が振り返ると、集落は豆粒のように小さくなっていた。
請けおった依頼は単純なゴブリン退治ではない。
ゴブリン八体に敵意があれば退治。単なる冒険心や物見遊山であれば追い返すのが依頼主の望みである。先程、ウィンスが呟いていた『面倒』とはこれのことだ。
「谷底から這い上がるなんて、すごい根性だねー。ゴブリンさんたち」
「ゴブリンと暗黙の了解を結んで、近くに根城がある場所に居を構えるこの集落って実は相当すごいんじゃないかな……」
テトラ・ティーニストラ(ka3565)とレウィル=スフェーン(ka4689)が大きな岩の上によじ登って斜面上方を望んだ。
しばらくして霧がでてきた。徐々に見透しが悪くなり、有視界一~二キロメートルといった状況となる。
岩盤層一帯に辿り着いたハンター一行は数カ所ずつにまとまりながら身を隠す。十数分後、想像していたよりも早くにゴブリン集団が確かめられた。事前の報告通り、八体が数えられる。
「子供の集団なら遊びで来ただけだろうねぇ」
超級が双眼鏡を覗きながら眼を凝らす。
「あの姿……もしかして雑魔化してるっぽい?」
首を傾げた超級は隣にいたレウィルに双眼鏡を貸す。
「普通のゴブリンよりも大きくて厳めしいね。それに仲が悪いように見える」
レウィルも超級と同意見である。次にリューが双眼鏡を覗き込んだ。
「あの獣みたいな野蛮な仕草……雑魔化していると見て間違いないだろうな」
リューもゴブリン八体が雑魔化していると判断した。
三人のやり取りを耳にしたウィンスが、もしもの筆談のために用意していた紙とペンを懐深くに仕舞う。
事前に決めた作戦通り、まずは離れた位置から自分達の姿を晒す。次にゴブリン八体の出方を確認。十中八九戦いになると想定した上で挑むことにした。
「がんばってくださいね。援護します」
岩場から飛びだす直前のリューに日下菜摘が『プロテクション』をかける。続く仲間達にも『プロテクション』の輝きを纏わせていく。
「こんなところにどうしているのだ? お前達の住処は谷底だろ?」
リューは守りの構えをとりつつ、遠くのゴブリン八体に大声で話しかける。するとゴブリン等は奇声をあげながらこれまで下りてきた斜面を全力で引き返していった。
撤退しようとしていたのではない。ゴブリン等は適度な距離をとったところで、丸めの岩を選んで次々と斜面に転がし始める。中には人よりも大きな岩が下方にいるハンター達に迫った。
「どうやら話し合いは無理なようですね」
時任は勢いがついた大岩を躱す。そして霧中で揺らぐゴブリン等の輪郭を見据えた。
ハンター全員の覚悟が決まる。ゴブリン八体は人の集落を襲おうとしている存在だと。
●杉の上の傍観者
時は少し遡る。
防人のアオスは崖上にゴブリン八体が現れてから一睡もせずに離れた位置から動向を見守っていた。谷底から溢れでた霧のせいで視界は非常に悪かったが、崖上までなら何とか視認できる。
「頼んだからね」
翌朝、ゴブリン八体が下山を開始。アオスは報告を伝書鳩に託してから小屋を後にした。
(ゴブリン八体に追跡がばれれば命はないだろうな。戦う術はまったくないし。あったとしても敵うはずがないし)
そんなことを考えながら一定の距離をとりつつ追跡を続ける。防人としての使命感よりも、劇作家的好奇心の方が勝っていたのは誰にも内緒であった。
やがてゴブリン八体を阻む存在が現れる。長が招いたハンター一行だと気づいたアオスは、近くに聳えていた杉の大木に登って様子を覗う。
すぐに戦いは始まった。
耳を澄まさなくてもハンター達の会話やゴブリンの咆哮が聞こえてくる。濃くなってきた霧のせいで視界良好とはいかなかったが見えなくなったわけではない。
(あの岩を壊してしまうなんて)
戦いの動きや会話を懸命に帳面へと記していく。
「あっ!」
観察に熱中しすぎて枝の上から滑り落ちそうになる。太枝にしがみついて事なきを得たアオスは再び観察を続けるのだった。
●脅威の排除
「雑魔化しているんなら遠慮はいらねぇな。上等だ!」
迫る落石に嬉々としたウィンスがミラージュグレイブを突き刺す。真っ二つに割れた大岩がウィンスを避けるようにして後方へと転がっていく。
雑魔化しているとはいえゴブリン八体は無謀な戦い方を仕掛けてこなかった。
おそらく頭は大して使っていない。岩転がしはこの土地のゴブリンが元々得意とする戦法なのだろう。身体が覚えているとだけともいえる。
そうはいっても急斜面だけあって次々と迫る落石の勢いは無視できなかった。まともに受けたら覚醒中のハンターでもただではすまない。
「雑魔なのに面白そうなことをしてくれるじゃない。よっとっ! こういうの大得意よっ! ダッシュ、アンドー、ジャンプ!」
『ランアウト』で身のこなしを向上させた時任が、落石を次々と跳び越えながら斜面を登っていく。
ゴブリン等が石や岩を転がすタイミングは非常に雑である。まとめて転がってきたかと思えば、小石一つ落ちてこない数十秒間があったりも。
時任は途中から進路を変える。ゴブリン八体を避けるように大きく迂回し、点々と続く谷底付近の岩の突起を八艘飛びの要領で越えて斜面の高い位置へと辿り着く。
「岩を転がすのは止めてくれないかな。体験すればわかると思うけど、避けるの結構大変なんだよ」
わずかに埋まっていた岩を持ち上げて、次々と眼下のゴブリン等へと転がす。
それからしばらくの間、ゴブリン等は落石を避けるだけで手一杯になっていた。時任が転がした岩はゴブリン等が待機している周辺の岩にぶつかって留まる。ハンター仲間のところまで転がっていったのはほんのわずかだった。
「今だっ!」
ハンター達は落石の数が減った状況を見過ごさない。覚醒したリューが『試作振動刀「オートMURAMASA」』を手に斜面を駆け登っていく。
「うおぉぉぉっ!」
『チャージング』で間合いを詰めつつ、一番近くにいたゴブリン・壱を狙う。額目がけて投げられた石を避けて刃で喉元を斬りつける。
ゴブリン・壱に止めを刺すリューの横をウィンスは通り過ぎていく。十メートルほど高い位置にいたゴブリン・弐との間合いを縮める。
「俺と会わなければよかったのにな」
ゴブリン・弐が岩の裏に隠れても構わずグレイブを突き立てる。ゴブリン・弐は岩の破片を浴びて後方に吹き飛んだ。間髪入れず仕留めて次のゴブリンを探す。
「すぐに癒やしますね」
後方で待機する日下菜摘の役目は『プロテクション』や『ヒール』での支援だけではなかった。重要なのはゴブリン等を人の集落まで行かせないこと。つまり日下菜摘が実質的な最終防衛ラインとなる。
ゴブリン・参がハンター仲間の隙をつく。転がる岩の影に隠れて斜面を一気に駆け下りようとしていた。それに気がついた日下菜摘は支援を一時休止して攻撃を行う。
「えいっ!」
魔法『ホーリーライト』による光の弾がゴブリン・参に命中。衝撃を受けたゴブリン・参が姿勢を崩して斜面を転がりだす。気づいたレウィルが『スラッシュエッジ』で仕留めてくれて、日下菜摘が胸をほっとなで下ろした。
「それにしても……」
日下菜摘は戦場全体の把握に努めながら、あることが気になっていた。それは谷底に存在するといわれているゴブリンの集落についてである。
(雑魔化のせいでゴブリンの集落は全滅したかも知れませんね)
できることならば直接聞きだしたいところなのだが、雑魔化したゴブリンとの意思疎通は難しい。今は目下の戦いで勝利を収めるしかやれることはなかった。ハンター仲間の支援を再開する。
「お前たち、避けろよ!」
リューは転がってきた大岩が高く跳ねたのを見逃さない。『ワイヤーウィップ』で衝撃を与えることで爆散させた。
刃物のように尖った岩の破片が雨のように降り注ぐ。合図を耳にしたハンター仲間はそれらを避けられたが、ゴブリン等はそうはいかなかった。
破片の雨で直接倒せたのはゴブリン・肆のみだったが、残る四体にも深い傷を負わすことに成功する。
「にゅっふっふ……美少女戦士テトラちゃんの前に恐れおののくがいいー」
テトラは大きなマントを風に靡かせて愛馬ゴースロンに跨がって斜面を駆け上がった。
構えていたのは身の丈を余裕で越える『ハンマー「オーガバスター」』。とはいえあまりの重さに絶えかねて途中でヘトヘト。愛馬を止めて地面に突き立てることで誤魔化した。
(どうです、この姿。美しい無表情に寒気すら感じる。そう、今の彼女の強キャラ臭はハンパではなかった……!!)
自分を見つめていたゴブリン・伍の心情を想像して心の中で呟く。これで怯むだろうと考えていたのだが、狂気の声をあげながら構わず襲ってきた。
「そ、それはないんじゃないかなっ! えっと、あった!」
大急ぎでハンマーから手を離し、『魔導拳銃「エア・スティーラー」』を構える。すんでのところで仕留めたテトラは笑みを浮かべる。
「雑魔化していなければ、逃げちゃってもらったんだけどね。テトラちゃんは無駄な殺生を好まぬのよ」
銃口に息を吹きかけるポーズで決めたところで、はっと思いだす。いそいそと愛馬から下りて辺りを探した。
「無くしたら大変だしね」
忘れないうちに地面に転がるハンマーを回収するテトラであった。
ゴブリン・漆を倒したのは時任だ。
『電光石火』で深い傷を負わせた後、落石の邪魔が入る。それでも逃さず疾風剣で間合いを詰めて止めを刺した。
レウィルは『スラッシュエッジ』で最後のゴブリン・捌を一刀両断。『日本刀「虎徹」』を静かに鞘へと仕舞った。
「お話したかったんだけど。とても残念です」
「雑魔化すると一気に知能が下がるからな。普通のときは個体差あるけど、言葉が通じるゴブリンはそれなりにいるようだよ。できれば谷底に下りて調べたいんだけどね」
「ゴブリンの集落を調べるんですか?」
「登るのは大変でも、下りるだけなら工夫すればすぐだと思うんだ」
「そうすればゴブリンたちの事情がわかりますね。私も賛成です!」
「まずは集落に戻って長の説得といったところか」
時任とレウィルは仲間達の元へ近づきながら言葉を交わす。谷底にあるはずのゴブリンの集落で雑魔化がどのように発生したのかが気になっていた。
谷底へ向かうとなれば依頼主の許可が必要になる。
「この後のことなんだが――」
時任がハンター仲間全員に相談を持ちかけた。そのとき、超級が近くの岩陰からこっそりと様子を窺っていた何者かに気がつく。
「あっ!」
隠れていたのは九体目のゴブリンであった。
●想定外のゴブリン
「えっ? どうしてなんだ?!」
九体目のゴブリン出現に一番困惑したのは防人のアオスである。
(もしかしてあの後、よじ登ってきたんだろうか……。確かに霧が濃くなって谷底が確認できない期間があったけれど……深夜の時間帯を足すと約二日間か。ぴったりのタイミングなら不可能ではないけれど)
木登り中のアオスは急いで地面へ下りた。そしてハンター一行とゴブリン・玖がいるところへと駆け寄って加わる。
「谷底の監視をしていたアオスといいます」
このままでは防人の役目を放棄したことになってしまう。そうなれば劇作家になる夢も泡となって消え去るだろう。それだけは避けたかった。
「今来た防人のことは後回しにするとして、そこのゴブリン、こいつも雑魔化してんのか?」
「雑魔化していたらとっくに襲われているだろうな。まず間違いなく普通のゴブリンだよ」
ウィンスとレウィルがゴブリン・玖を見つめる。全体的に丸みを帯びているところから九体目のゴブリンはメスのようだ。
「これはヒトリゴト。ダレにきかせるものでもない」
ゴブリン・玖は背中を向けたまま、谷底の集落で起きたことを呟き始める。
ある日、鷹が妙な形をした品物をゴブリンの集落へ落としていった。
それが当初、どのようなものなのかはわからなかった。だが長くその品物を近くに置いていたゴブリン仲間が雑魔化してしまったらしい。
雑魔化したのは先に這い上がってきたゴブリン八体で全員のようだ。今はその品物を遠くに移動させて事なきを得たという。
「ナカマなくなった。とてもとてもザンネン。かなしい。でもタニゾコ、ヘイワもどった。こられるのこまる。ヒトもゴブリンきたらこまる。きっとおなじ」
独り言を終えたゴブリン・玖が斜面をのぼって去っていく。ハンター一行はそれを見逃した。谷底へ帰っていったと思われる。
ハンター一行はアオスからも事情を聞いた。
それなりの功績があったのに将来の夢を奪ってしまうのは忍びない。仕方が無いということで口裏を合わせてあげることにする。
「ありがとうございます。それともう一つお願いが――」
アオスは一行から今回の一件を脚本に起こす許しをもらう。格好良く、可愛く、理知的に書くことを約束した上で。
この地域の人とゴブリンはこうして以前と同じ関係に戻るのだった。
依頼結果
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面白かった! | 4人 |
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MVP一覧
- 山岳部の集落を救った者
レウィル=スフェーン(ka4689)
重体一覧
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/03 19:13:42 |
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クライミングゴブリン相談所 レウィル=スフェーン(ka4689) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/05/04 02:30:11 |