ゲスト
(ka0000)
シュリのアルバイト その2 契約せし亜人
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/08 07:30
- 完成日
- 2015/05/19 09:44
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●とあるコボルド達の不運
住処を追われて、僕達は逃げ出す事にした。アテはない。ただ、今までずっと暗がりにいたから、光を求めて、走った。家族と、それから、協力してくれた”彼”と一緒に。
光は4度現れ、その後で辺りは暗がりに包まれた。疲労困憊だ。でも、かなりの距離を進んだ、とは思う。
「此処で休もう。僕は獲物を探してくるからーー」
僕は仲間の中で特別鼻が効く。そして、今までの暮らし故かこの暗がりでも十分辺りを見渡せる。通りがかりに見つけた獲物は概ね狩りながら進んだけれど、全然たりない。幸いこの辺りの獲物達は元いた住処と比べたら生温い。遅く、抵抗も弱い。
座り込む仲間たちと”彼”の気配を背に感じながら、進む。風に乗って、色々な気配が漂ってくる。その中に――見つけた。
紛れも無い、”肉”の香りだ。
興奮を、感情を見せてはいけない。音と、気配を殺して、距離を詰める。匂いがドンドン濃くなってくる。大きくはない。だが、栄養はありそうな、瑞々しい気配だった。
姿が見えてくる。
それは、分厚い身体をしていた。予想通りだ。
それは、風に舞う何かを身につけていた。
それは、座っているようだった。座りながら、地面に向かって俯いている。
それは――隙だらけだった。
――――ッ!
一呼吸で”狩れる”所から、飛んだ。
その首筋に、歯を立てる。抵抗出来ないように、爪で肩を切り裂いた。血の味が口いっぱいに広がる。充溢した力強さに、一息で疲れが吹き飛ぶような心地がした。
血に酔いながら更に歯を立てようとした。
でも、できなかった。
噛んだ傷跡が直ぐにふさがり、爪で裂いた傷が癒えていく。危険を感じた。後ろに跳んで――。
「ぬふ」
できなかった。奇妙な声を出した”それ”は。
『イキの良いコボルドじゃのぅ……ぬふ、ぬふふ、どうじゃ、お主』
僕の首を片手で掴みあげたそれは――僕には解らない何かを言っていた。だめだ。
ごめん、帰れない――。
『ぬふふ、儂と”契約”ーー』
そこで、僕の意識は途切れた。
●
今宵のハンターオフィスは一味も二味も違っていた。ハンター達が通された小部屋には、少年のような何者かが、いた。
「欲しいんだ。彼らが」
無駄に偉そうな彼こそ、グラズヘイム王国、古都アークエルスの領主のフリュイ・ド・パラディ(kz0036)である。彼はハンター達を認めると、開口一番そう言った。そうして、続ける。
「王国北部、北西部、それから……北東部で、亜人達による被害だったり目撃情報が増えてきているのは知っているね」
「あ……知って、ます」
生真面目に片手を上げて応答したのは、シュリ・エルキンズ。王立学校の騎士科に属する貧乏学生だ。田舎の村から出てきた彼は、生活費と学費と仕送り代を稼ぐためにハンター業をしている。学業に十分な時間を割くために高額報酬の依頼しか受けないという理念の持ち主でもある。
期待していた返事が得られた事が嬉しいのか、フリュイは満足気に目を細めた。
「見たところ君は”こっちの住人”みたいだけど……君は、学生だよね」
「え? あ、はい、そう……ですけど」
辺りを見渡すが、どうやら自分に向けての言葉だと知り、困惑が深まった。
「なんで……?」
「さて、ね。君は学生。そして僕はこの都市の領主。答えを教えるのは決して”教育”とは呼べない」
そこまで言って、フリュイは咳払いをひとつして、ハンター達に向き直った。
「ま、そういう訳で、亜人達はなんでか知らないけれど活動的になってきているわけだ。でもね。今回の案件は少しばかり――いや、かなり、毛色が異なる」
そう言って差し出したのは一枚の絵だ。それを見て、シュリは息を飲んだ。
見覚えがある――”衣装”だった。できればもう触れたくない類の、トラウマだった。
「この亜人達は、十中八九、アークエルスの関係者が絡んでる。実験に失敗して魔法公害ギリギリの事態を引き起こした愛すべき魔術師が、ね」
クスクスと笑うフリュイは、その某かを謗るどころかむしろ慈しむようですらあった。
フリュイの口調から、その魔術師が今もなお発見されていないのだ、と知れる。怪訝と驚愕の入り混じったシュリの視線を他所に、フリュイは最後にこう結んだのだった。
「結構面白い魔術みたいで、ね。この手で実験がしたいんだ。捕まえて、僕の前まで連れてきてくれ。可能な限り、沢山ね」
●
「ハンターになってから、いろんな事があったんです」
シュリは、戦場の予感を肌で感じていた。痛い程に背筋を貫くのは――かつての気配と、よく似ていた。
「雑魔とは違う、本当の歪虚と出会ったり……僕は殆ど何もしてませんでしたけど、戦ったり。運転したり。吐いたり。
……妹には怒られてしまいました。仕送りなんかいいから、元気で、無事に騎士になって欲しいんだよ、って。ハハ。でも、今や一人っきりの家族なんです。父さんのかわりに、できることはしてあげたいんです」
吐き出された言葉には、何故だろうか、諦観が色濃く漂っていた。
「高額報酬の依頼に絞っているから、学業自体はちゃんと出来ているんですけどね……ハハ、でも、うん、座学は、前より余裕が無くなったのは事実です……ふふ、苦学生なのに勉強ができなくなったら終わりですよね……」
脈絡も何もあったものじゃないが、必要な事だったのだろう。腰に下げた剣の柄に触って、最後に重く深く息を吐く。
彼なりの、儀式みたいなものだ。高額報酬に飛びついて痛い目ばかり見ている彼には、そろそろ世の中の仕組みがわかってきていた。それでも、この道を往くと決めたのだ。
眼差しに力が宿る。その、視線の先。
「……コボルドって話じゃなかったでしたっけ?」
大きい。どう見ても3メートルくらいはかたい。
いや、コボルド達はいるのだ。それも、少なくない数のコボルドが。
「ジャイアントですよね、アレ……?」
十体程のコボルドに囲まれるように――一体のジャイアントが、居た。
そしてソイツは――ソイツラは、何時か見た、面妖な格好をしていた。
シュリ・エルキンズは”この世界”の住民だ。だから、少年は”それ”が何かを知らない。解らない。多分、解りたくもないだろうが。
「がう!」
「「「「ががうがう!!!」」」」
「オォォォォォォッ!!」
「ばう!!」
「「「「ばうばばう!!!」」」」
「オォォォォォォッ!!」
ソイツラは”魔法少女”の装いで現れた。
そして今、外敵であるハンター達を認めて華麗にポージングを決めているのであった。
住処を追われて、僕達は逃げ出す事にした。アテはない。ただ、今までずっと暗がりにいたから、光を求めて、走った。家族と、それから、協力してくれた”彼”と一緒に。
光は4度現れ、その後で辺りは暗がりに包まれた。疲労困憊だ。でも、かなりの距離を進んだ、とは思う。
「此処で休もう。僕は獲物を探してくるからーー」
僕は仲間の中で特別鼻が効く。そして、今までの暮らし故かこの暗がりでも十分辺りを見渡せる。通りがかりに見つけた獲物は概ね狩りながら進んだけれど、全然たりない。幸いこの辺りの獲物達は元いた住処と比べたら生温い。遅く、抵抗も弱い。
座り込む仲間たちと”彼”の気配を背に感じながら、進む。風に乗って、色々な気配が漂ってくる。その中に――見つけた。
紛れも無い、”肉”の香りだ。
興奮を、感情を見せてはいけない。音と、気配を殺して、距離を詰める。匂いがドンドン濃くなってくる。大きくはない。だが、栄養はありそうな、瑞々しい気配だった。
姿が見えてくる。
それは、分厚い身体をしていた。予想通りだ。
それは、風に舞う何かを身につけていた。
それは、座っているようだった。座りながら、地面に向かって俯いている。
それは――隙だらけだった。
――――ッ!
一呼吸で”狩れる”所から、飛んだ。
その首筋に、歯を立てる。抵抗出来ないように、爪で肩を切り裂いた。血の味が口いっぱいに広がる。充溢した力強さに、一息で疲れが吹き飛ぶような心地がした。
血に酔いながら更に歯を立てようとした。
でも、できなかった。
噛んだ傷跡が直ぐにふさがり、爪で裂いた傷が癒えていく。危険を感じた。後ろに跳んで――。
「ぬふ」
できなかった。奇妙な声を出した”それ”は。
『イキの良いコボルドじゃのぅ……ぬふ、ぬふふ、どうじゃ、お主』
僕の首を片手で掴みあげたそれは――僕には解らない何かを言っていた。だめだ。
ごめん、帰れない――。
『ぬふふ、儂と”契約”ーー』
そこで、僕の意識は途切れた。
●
今宵のハンターオフィスは一味も二味も違っていた。ハンター達が通された小部屋には、少年のような何者かが、いた。
「欲しいんだ。彼らが」
無駄に偉そうな彼こそ、グラズヘイム王国、古都アークエルスの領主のフリュイ・ド・パラディ(kz0036)である。彼はハンター達を認めると、開口一番そう言った。そうして、続ける。
「王国北部、北西部、それから……北東部で、亜人達による被害だったり目撃情報が増えてきているのは知っているね」
「あ……知って、ます」
生真面目に片手を上げて応答したのは、シュリ・エルキンズ。王立学校の騎士科に属する貧乏学生だ。田舎の村から出てきた彼は、生活費と学費と仕送り代を稼ぐためにハンター業をしている。学業に十分な時間を割くために高額報酬の依頼しか受けないという理念の持ち主でもある。
期待していた返事が得られた事が嬉しいのか、フリュイは満足気に目を細めた。
「見たところ君は”こっちの住人”みたいだけど……君は、学生だよね」
「え? あ、はい、そう……ですけど」
辺りを見渡すが、どうやら自分に向けての言葉だと知り、困惑が深まった。
「なんで……?」
「さて、ね。君は学生。そして僕はこの都市の領主。答えを教えるのは決して”教育”とは呼べない」
そこまで言って、フリュイは咳払いをひとつして、ハンター達に向き直った。
「ま、そういう訳で、亜人達はなんでか知らないけれど活動的になってきているわけだ。でもね。今回の案件は少しばかり――いや、かなり、毛色が異なる」
そう言って差し出したのは一枚の絵だ。それを見て、シュリは息を飲んだ。
見覚えがある――”衣装”だった。できればもう触れたくない類の、トラウマだった。
「この亜人達は、十中八九、アークエルスの関係者が絡んでる。実験に失敗して魔法公害ギリギリの事態を引き起こした愛すべき魔術師が、ね」
クスクスと笑うフリュイは、その某かを謗るどころかむしろ慈しむようですらあった。
フリュイの口調から、その魔術師が今もなお発見されていないのだ、と知れる。怪訝と驚愕の入り混じったシュリの視線を他所に、フリュイは最後にこう結んだのだった。
「結構面白い魔術みたいで、ね。この手で実験がしたいんだ。捕まえて、僕の前まで連れてきてくれ。可能な限り、沢山ね」
●
「ハンターになってから、いろんな事があったんです」
シュリは、戦場の予感を肌で感じていた。痛い程に背筋を貫くのは――かつての気配と、よく似ていた。
「雑魔とは違う、本当の歪虚と出会ったり……僕は殆ど何もしてませんでしたけど、戦ったり。運転したり。吐いたり。
……妹には怒られてしまいました。仕送りなんかいいから、元気で、無事に騎士になって欲しいんだよ、って。ハハ。でも、今や一人っきりの家族なんです。父さんのかわりに、できることはしてあげたいんです」
吐き出された言葉には、何故だろうか、諦観が色濃く漂っていた。
「高額報酬の依頼に絞っているから、学業自体はちゃんと出来ているんですけどね……ハハ、でも、うん、座学は、前より余裕が無くなったのは事実です……ふふ、苦学生なのに勉強ができなくなったら終わりですよね……」
脈絡も何もあったものじゃないが、必要な事だったのだろう。腰に下げた剣の柄に触って、最後に重く深く息を吐く。
彼なりの、儀式みたいなものだ。高額報酬に飛びついて痛い目ばかり見ている彼には、そろそろ世の中の仕組みがわかってきていた。それでも、この道を往くと決めたのだ。
眼差しに力が宿る。その、視線の先。
「……コボルドって話じゃなかったでしたっけ?」
大きい。どう見ても3メートルくらいはかたい。
いや、コボルド達はいるのだ。それも、少なくない数のコボルドが。
「ジャイアントですよね、アレ……?」
十体程のコボルドに囲まれるように――一体のジャイアントが、居た。
そしてソイツは――ソイツラは、何時か見た、面妖な格好をしていた。
シュリ・エルキンズは”この世界”の住民だ。だから、少年は”それ”が何かを知らない。解らない。多分、解りたくもないだろうが。
「がう!」
「「「「ががうがう!!!」」」」
「オォォォォォォッ!!」
「ばう!!」
「「「「ばうばばう!!!」」」」
「オォォォォォォッ!!」
ソイツラは”魔法少女”の装いで現れた。
そして今、外敵であるハンター達を認めて華麗にポージングを決めているのであった。
リプレイ本文
●
道中は、実に気持ちが良い陽気だった。晴れ渡る空の下、ユージーン・L・ローランド(ka1810)は煌く白金の髪を抑えながら、シュリに柔らかく微笑みかけた。
「お久し振りです、シュリさんご健勝そうで何よりです」
「あ……は、はい」
少年の緊張はかつての邂逅によるものだと知れる。だが、少しばかり成長の見える姿は――どうだろう。ユージーンは笑みを深めた。
「以前はきつい言葉をかけてしまい申し訳ありませんでした。今回はよろしくお願いいたしますね」
ユージーンの言葉に、少年は目を見開いて慌てて頭を下げる。お願いしますという声に若い熱を見て、ユージーンはくす、と吐息を零した。
●
――のだが、その熱が吹き飛ぶ程の衝撃だった。
「これは……何の冗談だ……」
身の上話を始めたシュリを他所に、クローディオ・シャール(ka0030)の呻き。無意味極まりないポーズはCW人には了解しかねる光景であったか。
「敵、視認……迷彩、効果、は。まるで、ない、ね」
無垢な瞳で亜人達の奇行を眺め、シュメルツ(ka4367)。周囲を見渡す。伏兵は無し。全く持って意味が解らない。
「……あの、衣装。なん、だろ?」
「私に聞かないでくれ」
ちらり、と意見を求めた先に、サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)。突き刺さる視線が実に居心地が悪い。
――こんなフリフリドレス着てるの、私だけじゃなくて本当によかった……。
全身から零れる程に安堵があった。視線を逸らしながら、言う。
「先ほども言ったが、これしか着替えがなかったんだ。洗濯中で」
「……」「……」
「それだけだよ」
「……」「……」
沈黙が彼方此方から届くが、サーシャは少しばかり赤く染まった頬で黙殺した。
サーシャは今、レース満載のゴシックドレスに、伝統のステッキを身につけている。
――魔法公害の影響が……ッ!
と開口一番叫んだシュリを視線で押し黙らせることになった、威容だ。
長身の鵤(ka3319)はそんなサーシャをこっそりと見下ろしながら。
(……良いねえ良いねえ楽しいねえ……!!!)
バイブスが空まで上がってた。
『老人の次は亜人に巨人ってか。より取り見取りで嫌になっちまうなおい!』
などと憤っていた鵤だが、今はおっさんの顔をしている。鼻の下を伸ばしながら、サーシャのティンクル少女ぷりを目に焼き付ける。くはぁ、と年季の入った吐息が零れた。
「来てよかったねぇ……」
「コボルトは可愛いけれど……ジャイアントはキツイわね」
しみじみ零すおっさんはさておき、腕組みした喜屋武・D・トーマス(ka3424)の呟きが、足元に落ちた。喜屋武。寛容なヲトコであるが故に、直視してもさして心は揺るがない。
「おぞましいとは言いませんけど、まぁ、ミスキャストではありますよね……魔法少女は、やはりベリベリキュートな私にこそ相応しいコスだと思うのです!」
秋桜(ka4378)はそんな喜屋武に大きく頷いた。喜屋武が「そうね」と微笑むと、居心地が悪くなったか、秋桜は「ち、違うんです。こういうキャラで行けって事務所が……」「ま、まぁ魔法少女も大変そうですよね? ●抜かれて変な●石にされたり、絶望したら敵キャラになったり、■×※◆☆がラスボスだったり……」と呟き始めた。
――嫌ならやめとけばいいのに、大変ねぇ……。
シミジミとそう思いながら、喜屋武は続ける。
「ま。お爺ちゃんよりはマシだけれど……」
「件の魔法公害、ですか……肉体的にではなく精神的に色々とそのクるものがありますね……これを研究とか……正気ですか?」
依頼者であるフリュイを思うと、王国人としては頭痛を感じる所だった。
「個人的には王国民に被害が出るような研究はいかに興味深いとしても止めて欲しいのですが……仕方ありませんか」
慨嘆する背中には、重い落胆が見て取れた。了解できてはいるが、清廉とも言い切れぬ王国の現状は、苦い。
「あなたは、今回も大変そうね? って、前にも言ったっけ」
八原 篝(ka3104)は夫々の様子と”敵”の様相を見渡しながら、シュリへと笑顔を見せてそう言った。
「そう、ですね。や、少しだけ、解ってるんです」
少年の返答に、少女は笑みを返して亜人達へと視線を向ける、と。
「今度は亜人……でも、コレくらいじゃもう驚かねぇんだよ」
と、吐き捨てた。
その変わりっぷりに、この人は一体どんな地獄を見て来たんだろう、とシュリは思ったのだった。
●
「がう!」
ポージングに満足したか。声の直後。解けるように亜人達が疾走を開始した。風になびくフリフリ衣装が目に痛い。
「……速い」
覚醒により左腕に黒炎の如き模様を抱いたシュメルツが茫、と呟く。元々速度に優れるコボルド達は兎も角、巨人もコボルド達の中心を維持できる程度には脚が速い。応じるハンター達も速度を揃えて、往く。
「眠ればラッキー程度に……スリープクラウド、行くわよ!」
「いきましょー!」
喜屋武に続いて、秋桜。先手はハンター達が取った。二人の声に続いて、亜人達を包むように黒雲が生まれた。視界が塞がる、その向こう。一瞬だけ足音の狂騒が弱まる。
「ぎゃうっ!?」
瞬後、そんな悲鳴が聞こえた、気がした。魔術を放った喜屋武、秋桜の隣を他のハンター達が抜けていく。対して。煙を抜けて飛び込んできたのは黒コボルドが5匹と、赤コボルドと巨人。一匹の黒コボルドが明らかに遅れている。みすぼらしい姿に喜屋武はふ、と憐憫混じりの微笑。
「あら……踏まれちゃったのね」
「そっちはお任せしますねっ!」
言いながら、秋桜と喜屋武の魔術師2名は迂回を開始した。後を継ぐように。
「おっさん今日は頑張っちゃうよ!」
元気百倍のおっさんが、篭手に意識を集中。その眼前にマテリアルの仄明るい燐光と共に光芒が描かれ光条が三つ、放たれた。巨人と、コボルドを狙ったそれは――。
「って、おぉぉぉい!」
ヒョイ、と。巨人が狙われたコボルド達を抱えた事でかわされた。とはいえ、巨人にそのまま全てが命中。肉が焼ける苦しげな音が響く。特にコボルド2匹を狙ったものは当たりどころが悪かったか、巨人のフリフリのスカートがはらり、と千切れ落ちた。
突如。巨人から降り注ぐ殺気。
「……いやァ、そういうサービス、いいから」
「面倒な敵だな」
心底嫌がる鵤にクローディオが同情混じりの声を掛けた。もう間もなく、鞭の間合いに飛び込んでくるであろうコボルドを迎撃する構えだった。
「……ッ」
気勢。弓を構えた篝が、高速で矢を放つ。脚の踏み場を奪うように付き立つ矢に、亜人達の動きが鈍る中、声を張った。
「シュリ君は巨人をお願いね!」
「……はい!」
何かを呑みこんだシュリが、鵤を追いぬくように突貫した。
●
赤コボルドがシュリを牽制しようと動いた――転瞬。その足元を、光条が貫いた。
「さ、赤いドレス同士、決闘としゃれ込もうか」
先ほどまでの戸惑いはどこへやら。威風堂々たる仕草でマジカルステッキを突きだしたサーシャ。
視線が、絡む。
「……っ!」
踏み込んだ赤コボルドの爪が、炎を宿した。眼前に届く熱を機導術で補助した盾「プレシオン」でサーシャは受け止め、距離を外す。予想よりも大きくマテリアルの光輝が散り――そして予想よりも小さな痛みを感じながら、
「透明な盾なら、障壁とでも言い張れるかな?」
と、嘯いた。決して、笑みは刻まなかった。だが――何故だろう。弾むような気配が、言葉の端に滲んでいた。
――しかし、どこまで持つかな……。
懸念は、無いでもなかったのだが。魔法を主体に据えた戦闘に、喜びが勝っているようだった。
●
「この、大きさ、なら。みんなとの、組手と、一緒」
たどたどしさの残る口調でシュメルツは言う。『みんな』、と。
「……でも、違う」
黒コボルド達は素早さこそ目を見張るものがあるが。
「シッ……っ」
その動きは直線的だ。眼前の敵。振られた右の爪を左手でいなし右の裏拳を叩きこむ。純然たる実力差もあろうが絡め手には弱かった。苦悶する黒コボルドの右腕を絡め、脚を払う。
苦悶が絶叫へと変わる。シュメルツは頓着しない。そのまま軽いコボルドの後背を取り、気管を締めた。
――次、が、来ない?
素早く身を起こしたシュメルツだったが。
「呆れた特殊性癖だな、コボルド」
と最大限の侮蔑混じりの視線で告げるクローディオが、シュメルツを背に立つようにしてコボルド達との間に立っていた。悠然と鞭を揺らすクローディオの前に、4匹のコボルド達。
膠着、していた。
「……転がすだけで縛るのは辞めたほうが良さそうね」
クローディオの後背から、矢を番えた篝が声を掛ける。
「そうだな」
クローディオはコボルドが攻めかかってきた際にシールドバッシュで転倒させた敵を縛り上げようとしていたのだが、思いの他激しい抵抗にあってしまった。とはいえ、攻めかかって転倒させられたこと、緊縛を補助しようと篝が制圧射撃を行った事が、結果として膠着を生んでいた。
さりとて、クローディオ達も積極的に攻める素振りは見せなかった。
そこに。
『光よ』
歌が、満ちた。高らかに歌い上げるはユージーン。旋律によって顕現する法術が、黒コボルド達を縛り上げ――。
「……なんと」
無かった。ズシャァ、と膝を折るユージーンの瞳が、揺れる。
「あれを正しい生命体とお認めになるのですね……」
啓蒙されし者ほどSAN値直葬されやすいのは世の常だ。男の瞳孔が、開く。ただならぬ様子のユージーンを、ハンター達だけでなく亜人達も見つめ――。
「なれば僕もあれを存在していいものだと認めねばならないのでしょうか……」
がくり、と項垂れたユージーンの様子に、どこからともなく安堵が零れた。
歪虚に堕ちなくてよかった。
直後、黒コボルド達が動いた。動静を見守ったのは――きっと、お約束だったから、仕方ないのだろう。
●
「……っ!」
悲鳴とともに、シュリの身体が、飛んだ。体勢を整えるシュリに、追撃が降ってくる。狙いは甘い。横に飛んで回避。
「うっは……おっそろしいねえ、少年くん、いける?」
「は、はい!」
すかさずユージーンから癒しの法術が飛んでくる。
鵤。正直言って相対するのは遠慮したい現状、全力でシュリ推しの構えだった。
「前にヤッたやつよりも強そうだなぁ」
側面に周り込みながら、銃撃を重ねる。援護射撃のつもりだったが、巨人は避けもしない。直撃し、肉が爆ぜる――が、徐々に肉が盛り上がるのを見て慨嘆が零れた。
ちらと赤コボルドと戦うサーシャを横目で見る。襲い来る爪牙を裁き切れず、傷が嵩んでいる。
その――すごく、いい。
「だからもうこっちを見るな!」
「ふっふー」
殺気が篭った声に笑いながら、劣勢だなあと感じたと同時、シュリが再び吹き飛んだ。健気にも立ち上がるとするが、傷は軽くはない。
「……無理だねえ」
さすがに変わらなくちゃ、人としてどうかと思うボコられっぷりだった。自らに防性強化を掛け、一歩を踏み出した。
それが――まさか、あのような事になろうとは。
この時はまだ、思いもしなかった。
●
「濡れてても普通の服でこればよかった……」
主に一人の視線が気になって、小さく吐き捨てたサーシャ。傷は決して軽くはない。真っ向からの打ち合いに、地力の差で押し負けそうになる。
「……ッ!」
追撃をマジカルステッキから放ったエレクトリックショックで防ぐ。距離を外し、呼吸を整えた。
瞬後だ。
「ハァーーーン!?」
「鵤さん!」
大事なものを喪った声が聞こえた気がして、視線が泳ぐ。股間を抑えた鵤が天を仰いでいた。
「……?」
「あれは痛いわねぇ」
サーシャが理解できない光景に惑っていると、背後から、突如振った声。同時、距離を詰めようとした赤コボルドに、鞭打が飛んだ。
「――ギッ!?」
声の主は喜屋武だった。鞭打は、クローディオのもの。
「……無事だといいが」
クローディオは不憫なものを見る目で鵤を見つめているのが、やけに印象的だった、が。
「――間に合った、か」
安堵の声が、落ちた。後背では、「♪~」と鼻歌交じりの秋桜がロープで黒コボルド達を締めあげている。一部エビ反りじみた妙な縛り方があるのは誰の趣味だろうか。転じれば、シュメルツは俊足で巨人の後背につくと、足の腱を切りつけている。シュリ達に目が向いていた巨人は対応出来ず、鈍い振動が響く。
黒コボルド達が崩れた事で一気に、均衡が傾いていた。
「残ったのは貴様だけだ、赤いの」
「……それ、完全に悪党のセリフですね」
クローディオがなおも煽るように言うのに、鵤の治療を行いながらユージーンは苦笑し。
相対するコボルドの怒声が、響いた。
世に言う、負け犬の遠吠えだった。
●
勿論ハンター達は一切の容赦を見せなかった。
「どうなるかと思ったけど、意外となんとかなりましたね!」
秋桜が満面の笑みで言う。巨人をどう捕縛するかが悩みのタネだったが、
「そう、かな」
疑問げのシュメルツの容赦なき蹂躙によって、肉体よりも心が砕かれていた。巨人は途中で亀のように丸くなり、そのままさめざめと泣き動かなくなった。阿鼻叫喚の光景ではあったが――兎角、一件落着。
「さ、さあ、帰ろうか!」
いそいそと帰り支度を始めるサーシャ。硬い表情のまま、ぶつぶつとこう呟いた。
「改めて思った。……こういう可愛らしい格好は恥ずかしい……だから見るな!」
「いいじゃん、減るもんじゃないしさー……ああそこ……生き返る……」
「はいはい」
幸福を顔に滲ませて俯せになった鵤と、その腰をとんとん、と絶妙な力加減で叩く喜屋武。喜屋武は、亜人達の惨状を見ながら、呟いた。
「そういえば――前回、一人足りなかったのよね」
「……元凶、か」
頭痛を堪えるように気難しい顔で、クローディオはこう結んだ。
「また、繰り返すんだろうな……」
「……試練の時は続きそうですね」
重く深い、ユージーンの呟きは――道行きの苦難さを、暗示しているようであった。
●
少女と少年は草原に座していた。蕭々と草を撫でる風が、二人の髪を揺らす。歪虚に襲われた、と。少女は過去を語った。
「本当に幸運な事にわたしの家族は欠ける事無く助けられ、この世界に転移した……その時に家族に自分がどれほど大切に想われているのか気付かされたわ」
この世界では、よく在る悲劇だ。そしてそれ故に、共感の出来る話だった。
頷きに、少女は笑った。
「わたしが言うのも何だけどさ、家族に心配させすぎないよう、お互いに無理は程々にしましょ?」
「無理、してますかね」
「してるわよ」
少年は小さく息を吐く。傷は痛むが、それ以上に痛む物があった。
「してあげられること、他に、無いのかなって。そう思ってたんです」
感傷を、言葉にしたら。こんな言葉だった。
悪あがきのような言葉に、苦笑が辺りに落ちて、はじけた。
道中は、実に気持ちが良い陽気だった。晴れ渡る空の下、ユージーン・L・ローランド(ka1810)は煌く白金の髪を抑えながら、シュリに柔らかく微笑みかけた。
「お久し振りです、シュリさんご健勝そうで何よりです」
「あ……は、はい」
少年の緊張はかつての邂逅によるものだと知れる。だが、少しばかり成長の見える姿は――どうだろう。ユージーンは笑みを深めた。
「以前はきつい言葉をかけてしまい申し訳ありませんでした。今回はよろしくお願いいたしますね」
ユージーンの言葉に、少年は目を見開いて慌てて頭を下げる。お願いしますという声に若い熱を見て、ユージーンはくす、と吐息を零した。
●
――のだが、その熱が吹き飛ぶ程の衝撃だった。
「これは……何の冗談だ……」
身の上話を始めたシュリを他所に、クローディオ・シャール(ka0030)の呻き。無意味極まりないポーズはCW人には了解しかねる光景であったか。
「敵、視認……迷彩、効果、は。まるで、ない、ね」
無垢な瞳で亜人達の奇行を眺め、シュメルツ(ka4367)。周囲を見渡す。伏兵は無し。全く持って意味が解らない。
「……あの、衣装。なん、だろ?」
「私に聞かないでくれ」
ちらり、と意見を求めた先に、サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)。突き刺さる視線が実に居心地が悪い。
――こんなフリフリドレス着てるの、私だけじゃなくて本当によかった……。
全身から零れる程に安堵があった。視線を逸らしながら、言う。
「先ほども言ったが、これしか着替えがなかったんだ。洗濯中で」
「……」「……」
「それだけだよ」
「……」「……」
沈黙が彼方此方から届くが、サーシャは少しばかり赤く染まった頬で黙殺した。
サーシャは今、レース満載のゴシックドレスに、伝統のステッキを身につけている。
――魔法公害の影響が……ッ!
と開口一番叫んだシュリを視線で押し黙らせることになった、威容だ。
長身の鵤(ka3319)はそんなサーシャをこっそりと見下ろしながら。
(……良いねえ良いねえ楽しいねえ……!!!)
バイブスが空まで上がってた。
『老人の次は亜人に巨人ってか。より取り見取りで嫌になっちまうなおい!』
などと憤っていた鵤だが、今はおっさんの顔をしている。鼻の下を伸ばしながら、サーシャのティンクル少女ぷりを目に焼き付ける。くはぁ、と年季の入った吐息が零れた。
「来てよかったねぇ……」
「コボルトは可愛いけれど……ジャイアントはキツイわね」
しみじみ零すおっさんはさておき、腕組みした喜屋武・D・トーマス(ka3424)の呟きが、足元に落ちた。喜屋武。寛容なヲトコであるが故に、直視してもさして心は揺るがない。
「おぞましいとは言いませんけど、まぁ、ミスキャストではありますよね……魔法少女は、やはりベリベリキュートな私にこそ相応しいコスだと思うのです!」
秋桜(ka4378)はそんな喜屋武に大きく頷いた。喜屋武が「そうね」と微笑むと、居心地が悪くなったか、秋桜は「ち、違うんです。こういうキャラで行けって事務所が……」「ま、まぁ魔法少女も大変そうですよね? ●抜かれて変な●石にされたり、絶望したら敵キャラになったり、■×※◆☆がラスボスだったり……」と呟き始めた。
――嫌ならやめとけばいいのに、大変ねぇ……。
シミジミとそう思いながら、喜屋武は続ける。
「ま。お爺ちゃんよりはマシだけれど……」
「件の魔法公害、ですか……肉体的にではなく精神的に色々とそのクるものがありますね……これを研究とか……正気ですか?」
依頼者であるフリュイを思うと、王国人としては頭痛を感じる所だった。
「個人的には王国民に被害が出るような研究はいかに興味深いとしても止めて欲しいのですが……仕方ありませんか」
慨嘆する背中には、重い落胆が見て取れた。了解できてはいるが、清廉とも言い切れぬ王国の現状は、苦い。
「あなたは、今回も大変そうね? って、前にも言ったっけ」
八原 篝(ka3104)は夫々の様子と”敵”の様相を見渡しながら、シュリへと笑顔を見せてそう言った。
「そう、ですね。や、少しだけ、解ってるんです」
少年の返答に、少女は笑みを返して亜人達へと視線を向ける、と。
「今度は亜人……でも、コレくらいじゃもう驚かねぇんだよ」
と、吐き捨てた。
その変わりっぷりに、この人は一体どんな地獄を見て来たんだろう、とシュリは思ったのだった。
●
「がう!」
ポージングに満足したか。声の直後。解けるように亜人達が疾走を開始した。風になびくフリフリ衣装が目に痛い。
「……速い」
覚醒により左腕に黒炎の如き模様を抱いたシュメルツが茫、と呟く。元々速度に優れるコボルド達は兎も角、巨人もコボルド達の中心を維持できる程度には脚が速い。応じるハンター達も速度を揃えて、往く。
「眠ればラッキー程度に……スリープクラウド、行くわよ!」
「いきましょー!」
喜屋武に続いて、秋桜。先手はハンター達が取った。二人の声に続いて、亜人達を包むように黒雲が生まれた。視界が塞がる、その向こう。一瞬だけ足音の狂騒が弱まる。
「ぎゃうっ!?」
瞬後、そんな悲鳴が聞こえた、気がした。魔術を放った喜屋武、秋桜の隣を他のハンター達が抜けていく。対して。煙を抜けて飛び込んできたのは黒コボルドが5匹と、赤コボルドと巨人。一匹の黒コボルドが明らかに遅れている。みすぼらしい姿に喜屋武はふ、と憐憫混じりの微笑。
「あら……踏まれちゃったのね」
「そっちはお任せしますねっ!」
言いながら、秋桜と喜屋武の魔術師2名は迂回を開始した。後を継ぐように。
「おっさん今日は頑張っちゃうよ!」
元気百倍のおっさんが、篭手に意識を集中。その眼前にマテリアルの仄明るい燐光と共に光芒が描かれ光条が三つ、放たれた。巨人と、コボルドを狙ったそれは――。
「って、おぉぉぉい!」
ヒョイ、と。巨人が狙われたコボルド達を抱えた事でかわされた。とはいえ、巨人にそのまま全てが命中。肉が焼ける苦しげな音が響く。特にコボルド2匹を狙ったものは当たりどころが悪かったか、巨人のフリフリのスカートがはらり、と千切れ落ちた。
突如。巨人から降り注ぐ殺気。
「……いやァ、そういうサービス、いいから」
「面倒な敵だな」
心底嫌がる鵤にクローディオが同情混じりの声を掛けた。もう間もなく、鞭の間合いに飛び込んでくるであろうコボルドを迎撃する構えだった。
「……ッ」
気勢。弓を構えた篝が、高速で矢を放つ。脚の踏み場を奪うように付き立つ矢に、亜人達の動きが鈍る中、声を張った。
「シュリ君は巨人をお願いね!」
「……はい!」
何かを呑みこんだシュリが、鵤を追いぬくように突貫した。
●
赤コボルドがシュリを牽制しようと動いた――転瞬。その足元を、光条が貫いた。
「さ、赤いドレス同士、決闘としゃれ込もうか」
先ほどまでの戸惑いはどこへやら。威風堂々たる仕草でマジカルステッキを突きだしたサーシャ。
視線が、絡む。
「……っ!」
踏み込んだ赤コボルドの爪が、炎を宿した。眼前に届く熱を機導術で補助した盾「プレシオン」でサーシャは受け止め、距離を外す。予想よりも大きくマテリアルの光輝が散り――そして予想よりも小さな痛みを感じながら、
「透明な盾なら、障壁とでも言い張れるかな?」
と、嘯いた。決して、笑みは刻まなかった。だが――何故だろう。弾むような気配が、言葉の端に滲んでいた。
――しかし、どこまで持つかな……。
懸念は、無いでもなかったのだが。魔法を主体に据えた戦闘に、喜びが勝っているようだった。
●
「この、大きさ、なら。みんなとの、組手と、一緒」
たどたどしさの残る口調でシュメルツは言う。『みんな』、と。
「……でも、違う」
黒コボルド達は素早さこそ目を見張るものがあるが。
「シッ……っ」
その動きは直線的だ。眼前の敵。振られた右の爪を左手でいなし右の裏拳を叩きこむ。純然たる実力差もあろうが絡め手には弱かった。苦悶する黒コボルドの右腕を絡め、脚を払う。
苦悶が絶叫へと変わる。シュメルツは頓着しない。そのまま軽いコボルドの後背を取り、気管を締めた。
――次、が、来ない?
素早く身を起こしたシュメルツだったが。
「呆れた特殊性癖だな、コボルド」
と最大限の侮蔑混じりの視線で告げるクローディオが、シュメルツを背に立つようにしてコボルド達との間に立っていた。悠然と鞭を揺らすクローディオの前に、4匹のコボルド達。
膠着、していた。
「……転がすだけで縛るのは辞めたほうが良さそうね」
クローディオの後背から、矢を番えた篝が声を掛ける。
「そうだな」
クローディオはコボルドが攻めかかってきた際にシールドバッシュで転倒させた敵を縛り上げようとしていたのだが、思いの他激しい抵抗にあってしまった。とはいえ、攻めかかって転倒させられたこと、緊縛を補助しようと篝が制圧射撃を行った事が、結果として膠着を生んでいた。
さりとて、クローディオ達も積極的に攻める素振りは見せなかった。
そこに。
『光よ』
歌が、満ちた。高らかに歌い上げるはユージーン。旋律によって顕現する法術が、黒コボルド達を縛り上げ――。
「……なんと」
無かった。ズシャァ、と膝を折るユージーンの瞳が、揺れる。
「あれを正しい生命体とお認めになるのですね……」
啓蒙されし者ほどSAN値直葬されやすいのは世の常だ。男の瞳孔が、開く。ただならぬ様子のユージーンを、ハンター達だけでなく亜人達も見つめ――。
「なれば僕もあれを存在していいものだと認めねばならないのでしょうか……」
がくり、と項垂れたユージーンの様子に、どこからともなく安堵が零れた。
歪虚に堕ちなくてよかった。
直後、黒コボルド達が動いた。動静を見守ったのは――きっと、お約束だったから、仕方ないのだろう。
●
「……っ!」
悲鳴とともに、シュリの身体が、飛んだ。体勢を整えるシュリに、追撃が降ってくる。狙いは甘い。横に飛んで回避。
「うっは……おっそろしいねえ、少年くん、いける?」
「は、はい!」
すかさずユージーンから癒しの法術が飛んでくる。
鵤。正直言って相対するのは遠慮したい現状、全力でシュリ推しの構えだった。
「前にヤッたやつよりも強そうだなぁ」
側面に周り込みながら、銃撃を重ねる。援護射撃のつもりだったが、巨人は避けもしない。直撃し、肉が爆ぜる――が、徐々に肉が盛り上がるのを見て慨嘆が零れた。
ちらと赤コボルドと戦うサーシャを横目で見る。襲い来る爪牙を裁き切れず、傷が嵩んでいる。
その――すごく、いい。
「だからもうこっちを見るな!」
「ふっふー」
殺気が篭った声に笑いながら、劣勢だなあと感じたと同時、シュリが再び吹き飛んだ。健気にも立ち上がるとするが、傷は軽くはない。
「……無理だねえ」
さすがに変わらなくちゃ、人としてどうかと思うボコられっぷりだった。自らに防性強化を掛け、一歩を踏み出した。
それが――まさか、あのような事になろうとは。
この時はまだ、思いもしなかった。
●
「濡れてても普通の服でこればよかった……」
主に一人の視線が気になって、小さく吐き捨てたサーシャ。傷は決して軽くはない。真っ向からの打ち合いに、地力の差で押し負けそうになる。
「……ッ!」
追撃をマジカルステッキから放ったエレクトリックショックで防ぐ。距離を外し、呼吸を整えた。
瞬後だ。
「ハァーーーン!?」
「鵤さん!」
大事なものを喪った声が聞こえた気がして、視線が泳ぐ。股間を抑えた鵤が天を仰いでいた。
「……?」
「あれは痛いわねぇ」
サーシャが理解できない光景に惑っていると、背後から、突如振った声。同時、距離を詰めようとした赤コボルドに、鞭打が飛んだ。
「――ギッ!?」
声の主は喜屋武だった。鞭打は、クローディオのもの。
「……無事だといいが」
クローディオは不憫なものを見る目で鵤を見つめているのが、やけに印象的だった、が。
「――間に合った、か」
安堵の声が、落ちた。後背では、「♪~」と鼻歌交じりの秋桜がロープで黒コボルド達を締めあげている。一部エビ反りじみた妙な縛り方があるのは誰の趣味だろうか。転じれば、シュメルツは俊足で巨人の後背につくと、足の腱を切りつけている。シュリ達に目が向いていた巨人は対応出来ず、鈍い振動が響く。
黒コボルド達が崩れた事で一気に、均衡が傾いていた。
「残ったのは貴様だけだ、赤いの」
「……それ、完全に悪党のセリフですね」
クローディオがなおも煽るように言うのに、鵤の治療を行いながらユージーンは苦笑し。
相対するコボルドの怒声が、響いた。
世に言う、負け犬の遠吠えだった。
●
勿論ハンター達は一切の容赦を見せなかった。
「どうなるかと思ったけど、意外となんとかなりましたね!」
秋桜が満面の笑みで言う。巨人をどう捕縛するかが悩みのタネだったが、
「そう、かな」
疑問げのシュメルツの容赦なき蹂躙によって、肉体よりも心が砕かれていた。巨人は途中で亀のように丸くなり、そのままさめざめと泣き動かなくなった。阿鼻叫喚の光景ではあったが――兎角、一件落着。
「さ、さあ、帰ろうか!」
いそいそと帰り支度を始めるサーシャ。硬い表情のまま、ぶつぶつとこう呟いた。
「改めて思った。……こういう可愛らしい格好は恥ずかしい……だから見るな!」
「いいじゃん、減るもんじゃないしさー……ああそこ……生き返る……」
「はいはい」
幸福を顔に滲ませて俯せになった鵤と、その腰をとんとん、と絶妙な力加減で叩く喜屋武。喜屋武は、亜人達の惨状を見ながら、呟いた。
「そういえば――前回、一人足りなかったのよね」
「……元凶、か」
頭痛を堪えるように気難しい顔で、クローディオはこう結んだ。
「また、繰り返すんだろうな……」
「……試練の時は続きそうですね」
重く深い、ユージーンの呟きは――道行きの苦難さを、暗示しているようであった。
●
少女と少年は草原に座していた。蕭々と草を撫でる風が、二人の髪を揺らす。歪虚に襲われた、と。少女は過去を語った。
「本当に幸運な事にわたしの家族は欠ける事無く助けられ、この世界に転移した……その時に家族に自分がどれほど大切に想われているのか気付かされたわ」
この世界では、よく在る悲劇だ。そしてそれ故に、共感の出来る話だった。
頷きに、少女は笑った。
「わたしが言うのも何だけどさ、家族に心配させすぎないよう、お互いに無理は程々にしましょ?」
「無理、してますかね」
「してるわよ」
少年は小さく息を吐く。傷は痛むが、それ以上に痛む物があった。
「してあげられること、他に、無いのかなって。そう思ってたんです」
感傷を、言葉にしたら。こんな言葉だった。
悪あがきのような言葉に、苦笑が辺りに落ちて、はじけた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/05/08 05:33:38 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/04 18:21:38 |