ゲスト
(ka0000)
羊の血
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/12 22:00
- 完成日
- 2015/05/20 02:37
みんなの思い出
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オープニング
●
ヴィンフリート・フォン・ブランズ。
第一師団憲兵隊が突き止めた、3人目の『ヴルツァライヒ』。
「シュレーベンラント州中北部、シャーフブルートの前領主だ。
同じ旧貴族のグレゴール・クロルの逮捕後、まもなく帝都の自宅から姿を消している。
押収された私信とクロルの暗号文書、
それぞれの筆跡を鑑定した結果、ブランズ卿こそがクロルの元『親方』、
彼をヴルツァライヒへ引き込んだ人物と推定された」
クロル逮捕後、ようやくの職場復帰を果たした専従捜査隊隊長が、
新任の若き隊員たちを前にして、ブリーフィングを行う。
隊長が立つ演台の脇では、兵長ロジオン・ダネリヤが脚を組んで椅子に腰かけ、
隊長とその背後の黒板とを交互に、鋭い眼差しで見つめていた。
「クロルの自白による裏づけも為された。ブランズとは革命以前から友人であり、
共に帝都で隠遁生活を送る内、彼の側から勧誘を受けたそうだ」
当初、グレゴールの活動の大半はブランズから提示された計画に沿っていたが、
やがて彼が独立心を見せ、親方の地位を得て以降は、
互いに緩やかな協力関係を保つ程度の状態だったようだ。
「クロルが最後にブランズから協力依頼を受けた作戦は、
帝都在住の銀行家・ヴェールマン氏の暗殺計画だったことが判明している」
だが、暗殺計画はグレゴールへ捜査の手が及んだことにより破綻。
その詳細も、実行準備を一任されていたグレゴールの部下が自殺したことにより不明のままだ。
「ヴルツァライヒの攻撃対象となった有名資本家たちには、引き続き注意と警戒を呼びかけるとして。
我々の次の任務は無論、ブランズの身柄確保だ。
しかし早々と帝都を去り、雲隠れした彼の行方については手がかりが少ない。
よって、これはあくまで推測だが……」
●
ゾンネンシュトラール帝国中部、シュレーベンラント州は、
西方世界でも有数の牧畜地帯として知られ、『羊の国』である帝国の顔とも呼べる重要地域だ。
その中にあってシャーフブルートもまた、羊毛産業で栄えた村だった。
代々の領主であったブランズ家は品行方正、領民からの信頼も厚く、長らく豊かで平和な土地であった――
「革命が起こるまではな」
その夜、シャーフブルートの村長を務める男・ラファエルは、
自宅の地下室でテーブル代わりの木箱を挟み、とある人物と酒を酌み交わしていた。
「あんたはまんまと煽りを食った。
革命で大儲けできると踏んだ豪農たちが、革命軍に同調してあんたに圧力をかけた。
あんたについちゃ、こんな噂もあったもんだ。『帝都に出向く度、女遊びをしてる』、
『歪虚を崇める邪教の信者だ』『女子供を生贄にして、羊の血の池に放り込んでる』……」
そこで、向かいの人物は小さく声を立てて苦笑した。豊かな金髪の持ち主で、
身なりこそ汚れているものの、どぶろくの入ったコップを口へ運ぶ折の丁寧な仕草は、
彼が裕福な階級の出身者であることを示している。
「この土地の人間で、そんな馬鹿げた噂を信じた奴はいない。けど、他所はな……。
いよいよ俺たちも肚を決めなくちゃならなくなった。
正直なところ、ほとんどの奴はあんたを支持するつもりだったろうよ」
「そのような決断は、させたくなかった。
既に革命軍の優勢は明らかだった。私ひとりが去れば血は流れずに済む、と」
ヴィンフリート・フォン・ブランズその人が、隠れ家となった農家の地下室で語る。
ラファエルは農夫の身でありながら、ブランズ卿とは同い年、幼い頃からの友人だ。
ヴルツァライヒの同僚であったグレゴールの逮捕をいち早く察知し、
自らも捕まる前に『最後の望み』を果たすべく現れたブランズ卿を、彼が匿った。
ブランズ卿の居場所を知る者は他に数名、
更に多くの村民たちが卿の帰還を知り、密かに気勢を上げている。
「誰もあんたを責める気はない。だが……」
「分かっている。私には、果たさねばならない務めがある」
シャーフブルート村を、もう1度この手に取り戻す――しかし、一体誰から?
●
「ブランズは元領主としての伝手を使い、故郷であるシャーフブルートに潜伏している可能性が高い」
捜査隊長はブリーフィングを続けた。
「現在、周辺の土地所有者は『シュレーベンラント紡績協会』。
これは複数の紡績会社で構成される業界団体で、
原料となる羊毛の供給安定を目的に、州北部一帯の農地について共同管理している。
各地に協会支部を設置の上、個々の農地での作業指導及び警備に関しては、
『フリクセル警備保障』なる会社へこれを委託」
フリクセル警備保障、通称FSDは、
新興ブルジョワのオラウス・フリクセル氏が代表を務め、主に地方農村の警備と労働監督をその業務とする。
都市部への人口流出による農業地帯の過疎化に対し、
民間企業によって労働力の集約と効率化が推し進められるのは今日では珍しくない動きで、
従来は農村が独自に設立・運営していた自警団も、専門の業者を呼び入れて代替させることが少なくない。
「しかしながら、FSDの業務については、
あちこちの農村から政府内務課宛てに過去、何度か苦情が寄せられているようだ。
FSD社員による暴力事件、過酷な労働の強要、その他犯罪行為……」
●
「今じゃ紡績協会とFSDが村を支配してる。
働かされてる村人は皆、借金でがんじがらめだ。
みんな騙されたんだ! あのヴェールマンが農地をひとつずつ俺たちからぶんどって、
挙句、悪徳地主どもにまとめて売っ払いやがった!」
ラファエルが、怒気も露わに言い放つ。
領主を失い、突然に自作農化を求められたシャーフブルートの農民たち。
革命直後の地方市場を牛耳ったのは貪欲な豪農や資本家、やくざ者たちで、
経営のノウハウも何もない農家は簡単に食い物にされた。
今では土地を奪われた上、借金まみれの農民たちが、
FSDの監視の下、半ば奴隷のような形で働かされ続けている。
「先月、ベンノが死んだ。奴さん昔から短気だったからな、FSDとひと悶着あったらしい。
そしたら明くる朝には、街道脇の溝で首を折られて転がってた……、
『馬に蹴られた』だと!? FSDがやったに決まってる!」
重労働とFSDの数々の狼藉に、温和な村人たちもとうとう反抗を決意、
村長であるラファエル自らレジスタンスを結成したのがつい先日のこと。
そこへちょうど、帝都を追われたブランズ卿が逃げ込んできたという訳だ。
「俺たちには資金も武器も、作戦もろくにない。だが、あんたとヴルツァライヒの後ろ盾があれば」
「例え成功したとて、少なからず犠牲は出る。
いつかの農村蜂起のように、村を丸ごと取り潰されるかも分からん。それでも私と組むのだな?」
ラファエルは深く頷き、手を差し出した。
真剣な顔で、その手を固く握り返すブランズ卿。
こうして農村・シャーフブルートに、新たな反乱の火が点った。
ヴィンフリート・フォン・ブランズ。
第一師団憲兵隊が突き止めた、3人目の『ヴルツァライヒ』。
「シュレーベンラント州中北部、シャーフブルートの前領主だ。
同じ旧貴族のグレゴール・クロルの逮捕後、まもなく帝都の自宅から姿を消している。
押収された私信とクロルの暗号文書、
それぞれの筆跡を鑑定した結果、ブランズ卿こそがクロルの元『親方』、
彼をヴルツァライヒへ引き込んだ人物と推定された」
クロル逮捕後、ようやくの職場復帰を果たした専従捜査隊隊長が、
新任の若き隊員たちを前にして、ブリーフィングを行う。
隊長が立つ演台の脇では、兵長ロジオン・ダネリヤが脚を組んで椅子に腰かけ、
隊長とその背後の黒板とを交互に、鋭い眼差しで見つめていた。
「クロルの自白による裏づけも為された。ブランズとは革命以前から友人であり、
共に帝都で隠遁生活を送る内、彼の側から勧誘を受けたそうだ」
当初、グレゴールの活動の大半はブランズから提示された計画に沿っていたが、
やがて彼が独立心を見せ、親方の地位を得て以降は、
互いに緩やかな協力関係を保つ程度の状態だったようだ。
「クロルが最後にブランズから協力依頼を受けた作戦は、
帝都在住の銀行家・ヴェールマン氏の暗殺計画だったことが判明している」
だが、暗殺計画はグレゴールへ捜査の手が及んだことにより破綻。
その詳細も、実行準備を一任されていたグレゴールの部下が自殺したことにより不明のままだ。
「ヴルツァライヒの攻撃対象となった有名資本家たちには、引き続き注意と警戒を呼びかけるとして。
我々の次の任務は無論、ブランズの身柄確保だ。
しかし早々と帝都を去り、雲隠れした彼の行方については手がかりが少ない。
よって、これはあくまで推測だが……」
●
ゾンネンシュトラール帝国中部、シュレーベンラント州は、
西方世界でも有数の牧畜地帯として知られ、『羊の国』である帝国の顔とも呼べる重要地域だ。
その中にあってシャーフブルートもまた、羊毛産業で栄えた村だった。
代々の領主であったブランズ家は品行方正、領民からの信頼も厚く、長らく豊かで平和な土地であった――
「革命が起こるまではな」
その夜、シャーフブルートの村長を務める男・ラファエルは、
自宅の地下室でテーブル代わりの木箱を挟み、とある人物と酒を酌み交わしていた。
「あんたはまんまと煽りを食った。
革命で大儲けできると踏んだ豪農たちが、革命軍に同調してあんたに圧力をかけた。
あんたについちゃ、こんな噂もあったもんだ。『帝都に出向く度、女遊びをしてる』、
『歪虚を崇める邪教の信者だ』『女子供を生贄にして、羊の血の池に放り込んでる』……」
そこで、向かいの人物は小さく声を立てて苦笑した。豊かな金髪の持ち主で、
身なりこそ汚れているものの、どぶろくの入ったコップを口へ運ぶ折の丁寧な仕草は、
彼が裕福な階級の出身者であることを示している。
「この土地の人間で、そんな馬鹿げた噂を信じた奴はいない。けど、他所はな……。
いよいよ俺たちも肚を決めなくちゃならなくなった。
正直なところ、ほとんどの奴はあんたを支持するつもりだったろうよ」
「そのような決断は、させたくなかった。
既に革命軍の優勢は明らかだった。私ひとりが去れば血は流れずに済む、と」
ヴィンフリート・フォン・ブランズその人が、隠れ家となった農家の地下室で語る。
ラファエルは農夫の身でありながら、ブランズ卿とは同い年、幼い頃からの友人だ。
ヴルツァライヒの同僚であったグレゴールの逮捕をいち早く察知し、
自らも捕まる前に『最後の望み』を果たすべく現れたブランズ卿を、彼が匿った。
ブランズ卿の居場所を知る者は他に数名、
更に多くの村民たちが卿の帰還を知り、密かに気勢を上げている。
「誰もあんたを責める気はない。だが……」
「分かっている。私には、果たさねばならない務めがある」
シャーフブルート村を、もう1度この手に取り戻す――しかし、一体誰から?
●
「ブランズは元領主としての伝手を使い、故郷であるシャーフブルートに潜伏している可能性が高い」
捜査隊長はブリーフィングを続けた。
「現在、周辺の土地所有者は『シュレーベンラント紡績協会』。
これは複数の紡績会社で構成される業界団体で、
原料となる羊毛の供給安定を目的に、州北部一帯の農地について共同管理している。
各地に協会支部を設置の上、個々の農地での作業指導及び警備に関しては、
『フリクセル警備保障』なる会社へこれを委託」
フリクセル警備保障、通称FSDは、
新興ブルジョワのオラウス・フリクセル氏が代表を務め、主に地方農村の警備と労働監督をその業務とする。
都市部への人口流出による農業地帯の過疎化に対し、
民間企業によって労働力の集約と効率化が推し進められるのは今日では珍しくない動きで、
従来は農村が独自に設立・運営していた自警団も、専門の業者を呼び入れて代替させることが少なくない。
「しかしながら、FSDの業務については、
あちこちの農村から政府内務課宛てに過去、何度か苦情が寄せられているようだ。
FSD社員による暴力事件、過酷な労働の強要、その他犯罪行為……」
●
「今じゃ紡績協会とFSDが村を支配してる。
働かされてる村人は皆、借金でがんじがらめだ。
みんな騙されたんだ! あのヴェールマンが農地をひとつずつ俺たちからぶんどって、
挙句、悪徳地主どもにまとめて売っ払いやがった!」
ラファエルが、怒気も露わに言い放つ。
領主を失い、突然に自作農化を求められたシャーフブルートの農民たち。
革命直後の地方市場を牛耳ったのは貪欲な豪農や資本家、やくざ者たちで、
経営のノウハウも何もない農家は簡単に食い物にされた。
今では土地を奪われた上、借金まみれの農民たちが、
FSDの監視の下、半ば奴隷のような形で働かされ続けている。
「先月、ベンノが死んだ。奴さん昔から短気だったからな、FSDとひと悶着あったらしい。
そしたら明くる朝には、街道脇の溝で首を折られて転がってた……、
『馬に蹴られた』だと!? FSDがやったに決まってる!」
重労働とFSDの数々の狼藉に、温和な村人たちもとうとう反抗を決意、
村長であるラファエル自らレジスタンスを結成したのがつい先日のこと。
そこへちょうど、帝都を追われたブランズ卿が逃げ込んできたという訳だ。
「俺たちには資金も武器も、作戦もろくにない。だが、あんたとヴルツァライヒの後ろ盾があれば」
「例え成功したとて、少なからず犠牲は出る。
いつかの農村蜂起のように、村を丸ごと取り潰されるかも分からん。それでも私と組むのだな?」
ラファエルは深く頷き、手を差し出した。
真剣な顔で、その手を固く握り返すブランズ卿。
こうして農村・シャーフブルートに、新たな反乱の火が点った。
リプレイ本文
●
シャーフブルート村は、傍目には牧草の青々と茂るのどかな平原としか見えなかった。
「綺麗ね~、お弁当持ってピクニックしたくなっちゃうわぁ」
沢城 葵(ka3114)は紡績協会の案内人と共に、馬上から牧草地のひとつを眺め渡していた。
案内の青年は、地球出身の服飾商人だという葵へ向かって誇らしげに、
「ここ、シャーフブルートは州内でも特別豊かな土地なんですよ」
彼方に見える白い塊は放牧中の羊の群れ、
その周囲をうろつく騎馬の中に、葵はドロテア・フレーベ(ka4126)の鮮やかな赤い髪を認めた。
「あの人たちは?」
「専門の警備員で、放牧の護衛をしてるんです。
コボルドやゴブリンだけは、いつまでもなくならない悩みの種でしてね。
警備会社、FSDは100人規模の部隊をこの村に常駐させています」
「暇そうだな」
放牧を見守っていたドロテアの下へ、FSDの交替要員が馬でやって来る。
背に魔導銃を吊り、ぱりっとした灰色の外套を着た中年の男だった。
「まぁね。平和なのは良いことだけど、ちょっと退屈過ぎるわ」
彼女は『カザリン』なる偽名を使い、FSDの一隊へ紛れ込んでいた。
勤務初日の午前中で、まだ役に立つような情報は得られていなかったが、
(随分貧相な牧童ばかりね。人口500人以上の村って聞いたけど)
羊の群れを先導する牧童の男たちは皆、ひどく痩せこけて顔色も悪い。
「ふたりほど連れて、毛刈りのほうへ回ってくれ。場所、分かるか」
「地図は憶えてる。人手不足?」
「ここ数日、照りつけが強いせいでへばっちまう奴が出てるのさ。
貧乏人はどうしようもねぇな、衣替えもまともにできねぇんだから!」
男が笑うと、ドロテアもお付き合いとばかりに一緒に笑ってみせた。
●
「手が遅ぇぞ、新入り!」
強面のFSD社員が、ハサミを手に羊の毛刈りをしていたダリオ・パステリ(ka2363)をどやす。
成羊1頭をひとりで押さえて、切れ味の悪いハサミで毛を刈らねばならない。
(いつまで経っても終わらぬな)
羊はまだまだ残っていて、大勢で取りかかっても、早朝から始めた筈の仕事は当分終わりそうにない。
隣にいた劉 厳靖(ka4574)へ、
「流石に指が強張ってきた」
「こっちゃ、ハサミからしてひでぇぜ。錆びててまともに噛み合わねぇ」
共に仕事をしていた労働者たちが小声で、
「私語禁止だ、見っかるとうるさいぞ」
早速、目ざといFSDが、何くっちゃべってんだと怒鳴り声を上げる。
ようやく1頭刈り終えたダリオが、次を連れてこようとすると、
(むぅ)
羊がダリオの下腹を蹴りつける。
鍛えられた身体に堪えるほどの力ではなかったが、どさくさで羊が逃げそうになった。
「何やってんだ、阿呆!」
FSDが来るより早く、ダリオは逃げる羊を機敏な動作で捕まえて、今度こそ毛刈りの姿勢に寝かせた。
「……気ぃつけろ!」
立ち去っていくFSD。身のこなしで怪しまれはしなかったことを確認しつつ、ダリオは仕事を再開する。
「拙し……自分が代わろう」
黒戌(ka4131)が、具合の悪くなった女性労働者から熊手を引き取る。
こちらも労働者として潜入したのだが、回されたのは刈り終えた毛の洗浄・漂白作業だった。
(薬がいささか強過ぎでござろう)
巨大な水桶に漂白剤を溜め、土汚れを落とした羊毛を更に洗う。
広い屋内作業場は、汗と薬品が入り混じった独特の臭気で満たされ、
大量の羊毛を水中でかき回す重労働と相まって、誰も彼も青白い顔をしている。
(仕事仲間と会話する暇もない)
1日1回の休憩まであと少しだが、その休憩とてたった15分。
(口を糊するのに苦労はつきもの、とはいえ……)
帝国の産業を支えるのに、果たしてこれほどまでに、労働者の膏血を絞り取る必要があるのか?
●
「紡績は、この国の生命線だからね」
歳若い女性事務員が、タイプライターを叩きながら物憂げに言う。
彼女の話し相手は会計士――を装った真田 天斗(ka0014)。
その職場は村の外れにある大きな邸宅、協会支部兼FSD詰所の一室にあった。
「ヤマダさんは転移者なんでしょ? こっちは遅れてるって思う?」
「地球の文化だって、国や時代によって様々ですからね。
特に、この国が遅れているとは感じません。郷に入っては何とやらですよ」
「ふぅん。それなら、牧場を見ても驚かないことね」
「そんなにひどい?」
「労働者みんな、実質は奴隷だから。
借金で縛りつけてひたすら言うことを聞かせる、帝国最新の労働者管理って訳。
でも、それだけやんないと成り立たないのよ。
耕作に適さない痩せた土地ばかりで、巨大な軍を抱えて、そんな中、
紡績品輸出で得られる外貨がどれだけ重要か……」
「分かりますよ」
話を合わせながら、天斗は帳簿を次々とチェックしていく。
怪しい金の流れでも見つからないか、と思ったのだが、今のところ面白いものはない。
「膨れ上がる一方の戦費を、いつまでも旧貴族の没収財産だけで賄える訳がない。
この建物にしたって、紡績協会が元領主の家を買い取ったものだけど。
協会はそういう国有不動産や国債の買い取りにも熱心で、国庫に常時多額の現金を供給してるわ。
だから平民風情の不満の声なんて、協会の威光の前じゃ消し飛んじゃうのよ」
「FSDも、偉い会社なんですか?」
「協会の狗ね。ただ、虎の威を借りてあちこち手を伸ばして、
今じゃ州外にも長期契約取ってるから、一応は成長産業なんじゃない?」
「なるほど」
事務員の話に耳を傾けつつ、やがてお目当てのものを見つけ出した。
FSDが過去数年に渡り、シュレーベンラントの村民から『各種資材』を購入した記録だ。
記述に違和感を覚えた天斗がその帳簿を見せると、事務員は、
「それはね、良いの。元通りにしといて」
●
進まない作業に苛立つ厳靖を、FSD社員が小突いたのがきっかけだった。
「こんなクソハサミ渡しといて、良くやるぜ」
厳靖が小声で呟いたのを聞きとがめ、FSDが詰め寄ってきた。
何度か険悪なやり取りがあって、とうとうFSDが厳靖の胸倉を掴もうとしたとき。
「あら、早速トラブル?」
ドロテアだった。彼女を見たFSDが、
「仕事が嫌だとよ。だが契約分は働いてもらわにゃ話にならねぇ。そこんとこ、ちょいと教えてやろうかと」
「名前は」
ドロテアの問いに、ゲンセーとの答え。彼女は周囲を見て、
「手が止まってるじゃない。交替を連れてきたし、彼は私が引き継ぐわ」
そう言うドロテアに腕を掴まれ、何しやがると口答えしつつも、厳靖はそのまま連れて行かれてしまった。
「女にしちゃ、中々迫力あるじゃないか」
笑って見送る社員たち。彼らの足下で、ダリオは黙々と作業を続けていた。
(ふたりとも上手くやったものだ。これで情報が交換できる……)
「予め洗浄を済ますことで、工場側の作業時間やスペースを省略することができます。
洗浄後の羊毛は品質毎に選別の上、各地の工場へ出荷されていきます」
協会員が、作業場の外で葵に説明する。
女たちが羊毛を干し台に広げつつ、乾いたものから品質を調べているようだった。
「どんな会社が、ここの製品を扱ってるのかしら?」
「大手であればボッシュ、グリーム、ウールマン、シュトックハウゼン。いずれも協会所属の大企業ですよ」
「近頃、帝都じゃ資本家を標的にしたテロの扇動なんかもあったそうだけど、そういうのは平気?
紡績協会さんも、狙われたりするんじゃないかしらぁ?」
「反体制派ですか? 今のところ何ごともなし、FSDもいますしね。
シャーフブルートは平和なところですよ。ご心配なく」
黒戌が、濡れて重くなった羊毛の山を荷車で運んでいく。努めて、葵のほうを見ないようにしながら、
(他の皆は、何か情報を得られたでござろうか)
●
その夜、葵は協会員に礼を言いつつ、地元でFSDや協会の人間が屯している酒場を訊き出した。
村で唯一の飲み屋には、灰色の制服姿のFSDが集まっている。
(恰好だけ見れば、ちょっとした軍隊ねぇ)
「あの後、奴さんはどこへやったんだ?」
「もう1度契約内容を『確認』して、洗い場へ回したわ。しばらくは大人しくしてるでしょ」
ドロテアも、社員たちに混じって酒場の一角に陣取っていた。
周りの男たちは、女だてらに警備会社へ入った彼女に興味深々のようだ。ドロテアが、
「つまんない仕事のことより、何か面白いお話、なぁい?」
と言うと、男たちは苦笑しながら、
「こんな村に面白いことなんざないよ。ま、歪虚相手にタマ張るより安全だから」
「俺たち、臆病者なのさ」
「けど、革命んときは俺たちも無茶やったよ」
ひとりの男が、グラス片手に遠い目をして話し出す。
「あちこちの村で戦った。旧帝国軍とかち合って、くたばりかけたこともある。色々汚いものも見てきた。
でも、国を立て直すって大義があったからな。帝国の未来の為に戦ってんだ、と……」
他の男たちもドロテアの存在を一瞬忘れて、懐かしむような顔を見せる。
「戦争が終わってみりゃ、故郷は荒れ果てて畑も残ってない。
まともな仕事や軍にも馴染めない……で、流れ着いたのがここだった」
「社長のフリクセルさんも、革命戦争の英雄だかんな。俺らみたいなのに共感があるんだろう」
彼らの大半は、革命戦争に参戦した元民兵のようだ。
そこからは皆、ドロテアの気を惹こうと、およそ信じ難い当時の冒険譚を語り始めた。
「賑やかなお店ですね」
天斗もまた、女性事務員に連れられて店を訪れていた。
「酒場は村にこれっきりだからね――くたばっちまいな」
男連れを冷やかすFSD社員へ、事務員が悪態をついてみせる。
「客は全員、FSDですか?」
「村人は金がないから、ここへは来ないわ」
天斗は葵とドロテアのほうを横目にうかがいながら、例の帳簿の内容を思い返す。
何か、具体的には名前を書けないものについて、村人と金銭のやり取りがあったようだが――
●
「革命債だな、強いて挙げるなら」
と、協会の牧場で働く村人が言う。ダリオ、黒戌、そして、
『FSDからくすねてきた』と称する酒瓶を掲げた厳靖を交え、村の男たちは小さな焚火を囲んでいた。
全員夜中まで働かされ、疲れ果てている筈だが、
焚火を見据える彼らの目には、何か尋常でない光が宿っていた。
厳靖が『何とかFSDにやり返す手はないのか』と尋ねたのだが、
「俺たちが高利貸にこさえた債権は全部、連中に売却されてる。身代を買われたようなもんだ」
「だが、こんな横暴がまかり通るようでは、帝国の未来は……」
嘆いてみせるダリオに、
「あんたディーターとかいったか? シュレーベンラント州一帯、どこも似たり寄ったりだぜ。
うちみたくFSDが仕切ってるとこは、特にひどいらしいけどな」
「して、革命債とは?」
流れの田舎者扮する黒戌が言う。
革命債は13年前の戦争当時、現金の不足に苦しむ革命軍が発行した兌換紙幣である。
元々は兵士の賃金を賄う方策だったのだが、
大量に出回った為、地方では戦後も日常的な商取引に用いられたらしい。
「それがあるとき、偽造事件が立て続けに起こってな、
政府財務課とその承認を受けた業者だけが取り扱える決まりになった。
ところがFSDは債務者に対して、こいつを勝手に換金してるって話だ。
それも、額面より割り引いて。その上で、財務課から正規の額で現金化して儲けてるとか」
「まさに違法行為って訳だ。その件じゃ、連中を脅せねぇのか?」
厳靖が言うと、
「生憎、噂の出所になった奴らはもういねぇ。返済が追いつかないってんで、鉱山送りにされたそうだ。
そも、よっぽど決定的な証拠がなけりゃ、お役所はだんまりよ」
「いっそ、反体制派と組んで蜂起するとか……」
村人たちは馬鹿なことを、と笑う。
が、何人かの目がちらと素早く動いたのを、厳靖は見逃さなかった。
●
「村で商売するなら、ウチに話通さなきゃな」
葵が捕まえた酔いどれのFSD社員曰く、
村に出入りの商人は皆、FSD設定の価格カルテルに属さなければならないそうだ。
「相場より高いんだから損はない。ウチとしても、村人に現金をあまり持たせないよう、
生活費をコントロールしてやりたいんだ。そうすりゃ逃げ出せないからな」
ドロテアの隣に座る社員が、聞きつけて合いの手を入れる。
「シャーフブルート、くそったれの人間牧場さ!」
「飲み過ぎだぜ。区長が聞きつけたら……」
「誰か、風に当ててこい」
ドロテアが、酔っ払いを連れて外へ出る。
「ねぇ、あんた罪悪感でもあるの?」
「別に、連中が貧乏なのが悪いのさ。あんな辛気臭ぇ奴ら、ぶっ殺されても自業自得よ!」
言葉の威勢の割りに、酔っ払いの顔は青ざめている。
●
「革命以前のほうが、皆幸せだったようだ。
それがしの主君は立派な方であったが、今はどうしているものか……」
「シャーフブルートを治めてたブランズ家だって、立派な人たちだったんだ。
なのに、他のろくでなし貴族と十把一絡げに追い出されちまった!」
ダリオが水を向けると、村人たちは口々に前領主のブランズ卿を褒めそやす。
領地経営は健全で、コボルドや雑魔、野盗へもきちんと対処し、
事故で羊を失った農民には手厚い助けを施したそうだ。領地を離れて以来、行方は知れないと言う。
「協会とFSDは俺たちを生かさず殺さず、死ぬまで働かせる気だ。
雀の涙の賃金は自動で返済に回されて、金はほとんど手元に残らない。
今日1日乗り切るのが精一杯で、逃げ出すことすらできねぇ。
逆らえば、FSDのごろつきどもに脅される……」
「それに、故郷を捨てるというのは辛いものだ。自分も故郷を離れているから、分かる。
打つ手はないものか? 貴方がたにはもう、リーダーのような人物もいないのか」
黒戌の問いには、
「村長のラファエルかな。牧場で働いてないから、昼間は畑仕事をしてるぜ。
本当は村で共用の畑だが、俺たちは手伝う暇もない。あいつのお蔭で、村の食糧はぎりぎり間に合ってる」
「FSDの奴ら、時々わざと馬を迷い込ませて畑を荒らすんだ。村長は良く我慢してるよ」
そこで村人たちは腰を上げ、
「明日も早いからな……ゲンセー、FSDに目つけられたな。気をつけろよ」
「小突かれたくらいで、死にゃしねぇさ」
肩をすぼめて笑う厳靖に、村人は真剣な顔で、
「今までも、突然姿を消した奴が何人かいるからな。夜逃げじゃなしに……。
お前ら、さっさと逃げたほうが得だぜ。俺たちみたく、選択の余地がなくなる前に」
他の村人も口を揃えて3人にそう言い、それぞれの家へ戻っていった。
ブランズ卿が村に帰っているとすれば、村ぐるみで匿われていることだろう。
単なるよそ者の身分では、これ以上近づけそうになかった。
灯りも点らない、みすぼらしい村の家々は、3人の目にひどく荒んで見えた。
シャーフブルート村は、傍目には牧草の青々と茂るのどかな平原としか見えなかった。
「綺麗ね~、お弁当持ってピクニックしたくなっちゃうわぁ」
沢城 葵(ka3114)は紡績協会の案内人と共に、馬上から牧草地のひとつを眺め渡していた。
案内の青年は、地球出身の服飾商人だという葵へ向かって誇らしげに、
「ここ、シャーフブルートは州内でも特別豊かな土地なんですよ」
彼方に見える白い塊は放牧中の羊の群れ、
その周囲をうろつく騎馬の中に、葵はドロテア・フレーベ(ka4126)の鮮やかな赤い髪を認めた。
「あの人たちは?」
「専門の警備員で、放牧の護衛をしてるんです。
コボルドやゴブリンだけは、いつまでもなくならない悩みの種でしてね。
警備会社、FSDは100人規模の部隊をこの村に常駐させています」
「暇そうだな」
放牧を見守っていたドロテアの下へ、FSDの交替要員が馬でやって来る。
背に魔導銃を吊り、ぱりっとした灰色の外套を着た中年の男だった。
「まぁね。平和なのは良いことだけど、ちょっと退屈過ぎるわ」
彼女は『カザリン』なる偽名を使い、FSDの一隊へ紛れ込んでいた。
勤務初日の午前中で、まだ役に立つような情報は得られていなかったが、
(随分貧相な牧童ばかりね。人口500人以上の村って聞いたけど)
羊の群れを先導する牧童の男たちは皆、ひどく痩せこけて顔色も悪い。
「ふたりほど連れて、毛刈りのほうへ回ってくれ。場所、分かるか」
「地図は憶えてる。人手不足?」
「ここ数日、照りつけが強いせいでへばっちまう奴が出てるのさ。
貧乏人はどうしようもねぇな、衣替えもまともにできねぇんだから!」
男が笑うと、ドロテアもお付き合いとばかりに一緒に笑ってみせた。
●
「手が遅ぇぞ、新入り!」
強面のFSD社員が、ハサミを手に羊の毛刈りをしていたダリオ・パステリ(ka2363)をどやす。
成羊1頭をひとりで押さえて、切れ味の悪いハサミで毛を刈らねばならない。
(いつまで経っても終わらぬな)
羊はまだまだ残っていて、大勢で取りかかっても、早朝から始めた筈の仕事は当分終わりそうにない。
隣にいた劉 厳靖(ka4574)へ、
「流石に指が強張ってきた」
「こっちゃ、ハサミからしてひでぇぜ。錆びててまともに噛み合わねぇ」
共に仕事をしていた労働者たちが小声で、
「私語禁止だ、見っかるとうるさいぞ」
早速、目ざといFSDが、何くっちゃべってんだと怒鳴り声を上げる。
ようやく1頭刈り終えたダリオが、次を連れてこようとすると、
(むぅ)
羊がダリオの下腹を蹴りつける。
鍛えられた身体に堪えるほどの力ではなかったが、どさくさで羊が逃げそうになった。
「何やってんだ、阿呆!」
FSDが来るより早く、ダリオは逃げる羊を機敏な動作で捕まえて、今度こそ毛刈りの姿勢に寝かせた。
「……気ぃつけろ!」
立ち去っていくFSD。身のこなしで怪しまれはしなかったことを確認しつつ、ダリオは仕事を再開する。
「拙し……自分が代わろう」
黒戌(ka4131)が、具合の悪くなった女性労働者から熊手を引き取る。
こちらも労働者として潜入したのだが、回されたのは刈り終えた毛の洗浄・漂白作業だった。
(薬がいささか強過ぎでござろう)
巨大な水桶に漂白剤を溜め、土汚れを落とした羊毛を更に洗う。
広い屋内作業場は、汗と薬品が入り混じった独特の臭気で満たされ、
大量の羊毛を水中でかき回す重労働と相まって、誰も彼も青白い顔をしている。
(仕事仲間と会話する暇もない)
1日1回の休憩まであと少しだが、その休憩とてたった15分。
(口を糊するのに苦労はつきもの、とはいえ……)
帝国の産業を支えるのに、果たしてこれほどまでに、労働者の膏血を絞り取る必要があるのか?
●
「紡績は、この国の生命線だからね」
歳若い女性事務員が、タイプライターを叩きながら物憂げに言う。
彼女の話し相手は会計士――を装った真田 天斗(ka0014)。
その職場は村の外れにある大きな邸宅、協会支部兼FSD詰所の一室にあった。
「ヤマダさんは転移者なんでしょ? こっちは遅れてるって思う?」
「地球の文化だって、国や時代によって様々ですからね。
特に、この国が遅れているとは感じません。郷に入っては何とやらですよ」
「ふぅん。それなら、牧場を見ても驚かないことね」
「そんなにひどい?」
「労働者みんな、実質は奴隷だから。
借金で縛りつけてひたすら言うことを聞かせる、帝国最新の労働者管理って訳。
でも、それだけやんないと成り立たないのよ。
耕作に適さない痩せた土地ばかりで、巨大な軍を抱えて、そんな中、
紡績品輸出で得られる外貨がどれだけ重要か……」
「分かりますよ」
話を合わせながら、天斗は帳簿を次々とチェックしていく。
怪しい金の流れでも見つからないか、と思ったのだが、今のところ面白いものはない。
「膨れ上がる一方の戦費を、いつまでも旧貴族の没収財産だけで賄える訳がない。
この建物にしたって、紡績協会が元領主の家を買い取ったものだけど。
協会はそういう国有不動産や国債の買い取りにも熱心で、国庫に常時多額の現金を供給してるわ。
だから平民風情の不満の声なんて、協会の威光の前じゃ消し飛んじゃうのよ」
「FSDも、偉い会社なんですか?」
「協会の狗ね。ただ、虎の威を借りてあちこち手を伸ばして、
今じゃ州外にも長期契約取ってるから、一応は成長産業なんじゃない?」
「なるほど」
事務員の話に耳を傾けつつ、やがてお目当てのものを見つけ出した。
FSDが過去数年に渡り、シュレーベンラントの村民から『各種資材』を購入した記録だ。
記述に違和感を覚えた天斗がその帳簿を見せると、事務員は、
「それはね、良いの。元通りにしといて」
●
進まない作業に苛立つ厳靖を、FSD社員が小突いたのがきっかけだった。
「こんなクソハサミ渡しといて、良くやるぜ」
厳靖が小声で呟いたのを聞きとがめ、FSDが詰め寄ってきた。
何度か険悪なやり取りがあって、とうとうFSDが厳靖の胸倉を掴もうとしたとき。
「あら、早速トラブル?」
ドロテアだった。彼女を見たFSDが、
「仕事が嫌だとよ。だが契約分は働いてもらわにゃ話にならねぇ。そこんとこ、ちょいと教えてやろうかと」
「名前は」
ドロテアの問いに、ゲンセーとの答え。彼女は周囲を見て、
「手が止まってるじゃない。交替を連れてきたし、彼は私が引き継ぐわ」
そう言うドロテアに腕を掴まれ、何しやがると口答えしつつも、厳靖はそのまま連れて行かれてしまった。
「女にしちゃ、中々迫力あるじゃないか」
笑って見送る社員たち。彼らの足下で、ダリオは黙々と作業を続けていた。
(ふたりとも上手くやったものだ。これで情報が交換できる……)
「予め洗浄を済ますことで、工場側の作業時間やスペースを省略することができます。
洗浄後の羊毛は品質毎に選別の上、各地の工場へ出荷されていきます」
協会員が、作業場の外で葵に説明する。
女たちが羊毛を干し台に広げつつ、乾いたものから品質を調べているようだった。
「どんな会社が、ここの製品を扱ってるのかしら?」
「大手であればボッシュ、グリーム、ウールマン、シュトックハウゼン。いずれも協会所属の大企業ですよ」
「近頃、帝都じゃ資本家を標的にしたテロの扇動なんかもあったそうだけど、そういうのは平気?
紡績協会さんも、狙われたりするんじゃないかしらぁ?」
「反体制派ですか? 今のところ何ごともなし、FSDもいますしね。
シャーフブルートは平和なところですよ。ご心配なく」
黒戌が、濡れて重くなった羊毛の山を荷車で運んでいく。努めて、葵のほうを見ないようにしながら、
(他の皆は、何か情報を得られたでござろうか)
●
その夜、葵は協会員に礼を言いつつ、地元でFSDや協会の人間が屯している酒場を訊き出した。
村で唯一の飲み屋には、灰色の制服姿のFSDが集まっている。
(恰好だけ見れば、ちょっとした軍隊ねぇ)
「あの後、奴さんはどこへやったんだ?」
「もう1度契約内容を『確認』して、洗い場へ回したわ。しばらくは大人しくしてるでしょ」
ドロテアも、社員たちに混じって酒場の一角に陣取っていた。
周りの男たちは、女だてらに警備会社へ入った彼女に興味深々のようだ。ドロテアが、
「つまんない仕事のことより、何か面白いお話、なぁい?」
と言うと、男たちは苦笑しながら、
「こんな村に面白いことなんざないよ。ま、歪虚相手にタマ張るより安全だから」
「俺たち、臆病者なのさ」
「けど、革命んときは俺たちも無茶やったよ」
ひとりの男が、グラス片手に遠い目をして話し出す。
「あちこちの村で戦った。旧帝国軍とかち合って、くたばりかけたこともある。色々汚いものも見てきた。
でも、国を立て直すって大義があったからな。帝国の未来の為に戦ってんだ、と……」
他の男たちもドロテアの存在を一瞬忘れて、懐かしむような顔を見せる。
「戦争が終わってみりゃ、故郷は荒れ果てて畑も残ってない。
まともな仕事や軍にも馴染めない……で、流れ着いたのがここだった」
「社長のフリクセルさんも、革命戦争の英雄だかんな。俺らみたいなのに共感があるんだろう」
彼らの大半は、革命戦争に参戦した元民兵のようだ。
そこからは皆、ドロテアの気を惹こうと、およそ信じ難い当時の冒険譚を語り始めた。
「賑やかなお店ですね」
天斗もまた、女性事務員に連れられて店を訪れていた。
「酒場は村にこれっきりだからね――くたばっちまいな」
男連れを冷やかすFSD社員へ、事務員が悪態をついてみせる。
「客は全員、FSDですか?」
「村人は金がないから、ここへは来ないわ」
天斗は葵とドロテアのほうを横目にうかがいながら、例の帳簿の内容を思い返す。
何か、具体的には名前を書けないものについて、村人と金銭のやり取りがあったようだが――
●
「革命債だな、強いて挙げるなら」
と、協会の牧場で働く村人が言う。ダリオ、黒戌、そして、
『FSDからくすねてきた』と称する酒瓶を掲げた厳靖を交え、村の男たちは小さな焚火を囲んでいた。
全員夜中まで働かされ、疲れ果てている筈だが、
焚火を見据える彼らの目には、何か尋常でない光が宿っていた。
厳靖が『何とかFSDにやり返す手はないのか』と尋ねたのだが、
「俺たちが高利貸にこさえた債権は全部、連中に売却されてる。身代を買われたようなもんだ」
「だが、こんな横暴がまかり通るようでは、帝国の未来は……」
嘆いてみせるダリオに、
「あんたディーターとかいったか? シュレーベンラント州一帯、どこも似たり寄ったりだぜ。
うちみたくFSDが仕切ってるとこは、特にひどいらしいけどな」
「して、革命債とは?」
流れの田舎者扮する黒戌が言う。
革命債は13年前の戦争当時、現金の不足に苦しむ革命軍が発行した兌換紙幣である。
元々は兵士の賃金を賄う方策だったのだが、
大量に出回った為、地方では戦後も日常的な商取引に用いられたらしい。
「それがあるとき、偽造事件が立て続けに起こってな、
政府財務課とその承認を受けた業者だけが取り扱える決まりになった。
ところがFSDは債務者に対して、こいつを勝手に換金してるって話だ。
それも、額面より割り引いて。その上で、財務課から正規の額で現金化して儲けてるとか」
「まさに違法行為って訳だ。その件じゃ、連中を脅せねぇのか?」
厳靖が言うと、
「生憎、噂の出所になった奴らはもういねぇ。返済が追いつかないってんで、鉱山送りにされたそうだ。
そも、よっぽど決定的な証拠がなけりゃ、お役所はだんまりよ」
「いっそ、反体制派と組んで蜂起するとか……」
村人たちは馬鹿なことを、と笑う。
が、何人かの目がちらと素早く動いたのを、厳靖は見逃さなかった。
●
「村で商売するなら、ウチに話通さなきゃな」
葵が捕まえた酔いどれのFSD社員曰く、
村に出入りの商人は皆、FSD設定の価格カルテルに属さなければならないそうだ。
「相場より高いんだから損はない。ウチとしても、村人に現金をあまり持たせないよう、
生活費をコントロールしてやりたいんだ。そうすりゃ逃げ出せないからな」
ドロテアの隣に座る社員が、聞きつけて合いの手を入れる。
「シャーフブルート、くそったれの人間牧場さ!」
「飲み過ぎだぜ。区長が聞きつけたら……」
「誰か、風に当ててこい」
ドロテアが、酔っ払いを連れて外へ出る。
「ねぇ、あんた罪悪感でもあるの?」
「別に、連中が貧乏なのが悪いのさ。あんな辛気臭ぇ奴ら、ぶっ殺されても自業自得よ!」
言葉の威勢の割りに、酔っ払いの顔は青ざめている。
●
「革命以前のほうが、皆幸せだったようだ。
それがしの主君は立派な方であったが、今はどうしているものか……」
「シャーフブルートを治めてたブランズ家だって、立派な人たちだったんだ。
なのに、他のろくでなし貴族と十把一絡げに追い出されちまった!」
ダリオが水を向けると、村人たちは口々に前領主のブランズ卿を褒めそやす。
領地経営は健全で、コボルドや雑魔、野盗へもきちんと対処し、
事故で羊を失った農民には手厚い助けを施したそうだ。領地を離れて以来、行方は知れないと言う。
「協会とFSDは俺たちを生かさず殺さず、死ぬまで働かせる気だ。
雀の涙の賃金は自動で返済に回されて、金はほとんど手元に残らない。
今日1日乗り切るのが精一杯で、逃げ出すことすらできねぇ。
逆らえば、FSDのごろつきどもに脅される……」
「それに、故郷を捨てるというのは辛いものだ。自分も故郷を離れているから、分かる。
打つ手はないものか? 貴方がたにはもう、リーダーのような人物もいないのか」
黒戌の問いには、
「村長のラファエルかな。牧場で働いてないから、昼間は畑仕事をしてるぜ。
本当は村で共用の畑だが、俺たちは手伝う暇もない。あいつのお蔭で、村の食糧はぎりぎり間に合ってる」
「FSDの奴ら、時々わざと馬を迷い込ませて畑を荒らすんだ。村長は良く我慢してるよ」
そこで村人たちは腰を上げ、
「明日も早いからな……ゲンセー、FSDに目つけられたな。気をつけろよ」
「小突かれたくらいで、死にゃしねぇさ」
肩をすぼめて笑う厳靖に、村人は真剣な顔で、
「今までも、突然姿を消した奴が何人かいるからな。夜逃げじゃなしに……。
お前ら、さっさと逃げたほうが得だぜ。俺たちみたく、選択の余地がなくなる前に」
他の村人も口を揃えて3人にそう言い、それぞれの家へ戻っていった。
ブランズ卿が村に帰っているとすれば、村ぐるみで匿われていることだろう。
単なるよそ者の身分では、これ以上近づけそうになかった。
灯りも点らない、みすぼらしい村の家々は、3人の目にひどく荒んで見えた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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反体制事情 ダリオ・パステリ(ka2363) 人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/05/10 22:03:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/07 22:04:35 |
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相談しましょ! ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/05/12 12:55:18 |