ゲスト
(ka0000)
カフェ・ルネッタ
マスター:冬野泉水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/13 15:00
- 完成日
- 2015/05/18 19:37
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
古き信仰の街、ルクス。
この街を、子どもたちが列をなして歩く。向かいから来た大きな男と標準サイズの男に、子どもたちはワッと声を上げて手を振った。
「あー。しきょうさまだー。しきょうさまー」
「おう、元気か?」
「うん! しきょうさまのね、おそばに、つかえるためにね、ぼく、がんばってるよ!」
「『勉学に励み、遊楽に興じよ。均衡を保ち、自らの器を育め』という一節があるしな。楽しみにしているぜ」
行き交う子供達とそんな言葉を交わしたジェラルド・ロックハートに、引率の女性が恭しく頭を下げた。
街の見回りを始めた司教は、自分が初めてだという。小さな街だからと自ら色々とこなすジルが、この街の人々にはとても珍しく、またエクラ教への敷居を更に下げて身近な存在に感じさせてくれるようだ。
「だからって、これ幸いと出歩かないでください。書類仕事も溜まっていますよ」
「オーライ、分かってるぜ」
これも仕事になる、と主張して一日出歩く師に呆れつつも、エミリオ・アルバートはジルに同行している。こうでもしないと、この男はすぐにどこかへ消えてしまうのだ。
「しかしなぁ……書類書類で、どうにも肩が凝るぜ。あー、どっかでまったりできねえかな」
「あんた、まったりしたくなるほど働いてないでしょうが。気持ちは分かりますが」
「お、珍しく意見が一致するな」
「別に珍しくありません。一致する時はしています」
つれなく言ったエミリオに苦笑しつつ、ジルは「そうだよな」と呟いた。
ルクスの街が以前働いていた場所よりもずっと田舎であることは承知で来ていたが、どうにもこの街はのんびりとしている感じがしてならない。おそらく住民の気質であろうが、彼らと触れ合っていると教会内で行う書類事務がどうにもこう、退屈で……。
(は。いけない、いけない。私までジェラルド様と同じになっては……!)
自分で自分の頬を叩くエミリオである。
前任の司教はよほどこの街が暇だったのか、わざわざ引継書に「暇なのでお気をつけて」と記載するほどだった。気をつけるも何も、サボり上等のこの司教には、全く意味がない。まあ、おかげでエミリオの負担――ジルの尻を蹴っ飛ばして仕事をさせること――は増えたわけだが。
そう思うとなんだかムカついてきたエミリオに向かって、ジルはのほほんと言い出したものだ。
「あ。エミリオ。俺、明日非番な」
「……いきなりどうしたんですか?」
「ちょっと今、良さそうな店を見つけた。行ってみたいから明日休みにする」
「街から出ないというなら構いませんが」
「出ない出ない」
なんてったって、この街が気に入ってるからな、とジルは付け加えて、弟子と背中を並べて歩いて行く。
●
「まぁ、それは『カフェ・ルネッタ』ですわ、司教様」
午後、書類を持ってきたシスター・マリアに見つけた店の話をすると、こんな言葉が返って来た。ぽん、と紙に判を押しつつ、ジルは口元を緩める。
「またこの街にしては洒落た名前だな」
「ええ。リアルブルーから来た方が開いたお店なんですの。お行きになられるのですか?」
「明日な。ちょっとまったりしてこようと思ってよ」
「あら、それでしたらカフェ・ルネッタは最適ですね。大通りからも離れていて静かですし、店主はとても美人ですわよ」
「俄然行く気になるぜ、それは」
「うふふ。とても面白い方ですわよ」
シスター・マリアは穏やかな笑みを浮かべた。この街出身の彼女に聞けば、ルクスの街のことは大抵分かってしまう。街に興味を持ってもらえているためか、彼女自身も聞かれるととても嬉しそうに返してくれるのだ。
おすすめはカプチーノというものですわよと話しているところに、執務室の扉が開いた。
「あの……シスター・カテリナです。よろしいでしょうか……?」
「どうぞ。ようこそ、シスター・カテリナ」
部屋に入ってきたシスターは、背の低く、金髪の映える色白の少女だった。今年十四になるシスターの見習いである。
「あの……司教様……。レティシア・ベネット様が、お見えです……」
「レティシア・ベネット?」
「まぁ、あら、司教様。彼女ですわよ。ほら、カフェ・ルネットの店主ですわ」
「今すぐ行く」
現金な司教は、そそくさと居住まいを正し、シスター達と一緒に部屋を出た。
●
なるほどシスター・マリアが美人というのが分かる。
教会を訪れたレティシア・ベネットは、ゆるやかな赤毛を少しまとめ、大きな緑色の瞳が印象的な女性だった。目の覚めるような絶世の美女というほどではないが、十分人目をひく外見だろう。
「ようこそ、レティシア・ベネット。責任者のジェラルド・ロックハートだ」
「よろしくお願い致します」
「……」
「……」
用件を待つのだが、レティシアがぽやっとしたまま口を開かない。
間に負けてジルが先に言った。
「あー……何か、お困りのことがあると聞いたんだが」
「あ……ごめんなさい。そうです。相談があって」
「……」
「……」
どうにもテンポが遅い。ルクスの街をぎゅっと凝縮したかのような女性だが、ここで根負けするようなジルではない。なにより、女性には徹底して優しい男だ。
レティシアが用件を言うまで、ここから更に十分。笑いを堪えるシスター・マリアの隣で、ジルは非常に根気良く、女店主の話を聴き続けた。
要するに、カフェの床が腐ってしまったので、張り替えたいという話だった。
こういった小さな相談事は、実はとても多い。ハンターズソサエティに言うまでも無いことは、この教会が全て請け負っている。
「大工に頼むとかじゃダメなのか?」
「知り合いの大工さんが、皆さん、出張で。お店を開ける必要もありますし」
「なるほどな」
競合を防ぐため、職人を擁する業界は街の中できっちりと縄張りを線引きしている。些細なことなら喜んで助けあうが、金銭が絡むことそれぞれの陣地に引っ込んでしまうのがこの街だ。シルベリアブルーの工房しかり、大工屋しかり。
それでも全く困らずに生活できているあたり、この街ののほほんさが見えるというものだ。異邦人たちにはなかなか分からない風習かもしれないが。
ほとほと困った、というようなレティシアは頬に手を当てて首を傾げていた。
「お礼はしますので……」
「いや、礼は構わないぜ。その代わり、明日、カフェを貸し切らせてくれりゃ良い」
「貸し切り……?」
「ああ。ちょっと連れて行きたい奴らがいるんでな」
「……」
「……」
「……構いません。喜んで、お迎えします」
こんなので客商売は大丈夫かと心配になるような間合いで言ったレティシアに、「面白い方」と表現したシスター・マリアの言葉がよく分かったジルであった。
この街を、子どもたちが列をなして歩く。向かいから来た大きな男と標準サイズの男に、子どもたちはワッと声を上げて手を振った。
「あー。しきょうさまだー。しきょうさまー」
「おう、元気か?」
「うん! しきょうさまのね、おそばに、つかえるためにね、ぼく、がんばってるよ!」
「『勉学に励み、遊楽に興じよ。均衡を保ち、自らの器を育め』という一節があるしな。楽しみにしているぜ」
行き交う子供達とそんな言葉を交わしたジェラルド・ロックハートに、引率の女性が恭しく頭を下げた。
街の見回りを始めた司教は、自分が初めてだという。小さな街だからと自ら色々とこなすジルが、この街の人々にはとても珍しく、またエクラ教への敷居を更に下げて身近な存在に感じさせてくれるようだ。
「だからって、これ幸いと出歩かないでください。書類仕事も溜まっていますよ」
「オーライ、分かってるぜ」
これも仕事になる、と主張して一日出歩く師に呆れつつも、エミリオ・アルバートはジルに同行している。こうでもしないと、この男はすぐにどこかへ消えてしまうのだ。
「しかしなぁ……書類書類で、どうにも肩が凝るぜ。あー、どっかでまったりできねえかな」
「あんた、まったりしたくなるほど働いてないでしょうが。気持ちは分かりますが」
「お、珍しく意見が一致するな」
「別に珍しくありません。一致する時はしています」
つれなく言ったエミリオに苦笑しつつ、ジルは「そうだよな」と呟いた。
ルクスの街が以前働いていた場所よりもずっと田舎であることは承知で来ていたが、どうにもこの街はのんびりとしている感じがしてならない。おそらく住民の気質であろうが、彼らと触れ合っていると教会内で行う書類事務がどうにもこう、退屈で……。
(は。いけない、いけない。私までジェラルド様と同じになっては……!)
自分で自分の頬を叩くエミリオである。
前任の司教はよほどこの街が暇だったのか、わざわざ引継書に「暇なのでお気をつけて」と記載するほどだった。気をつけるも何も、サボり上等のこの司教には、全く意味がない。まあ、おかげでエミリオの負担――ジルの尻を蹴っ飛ばして仕事をさせること――は増えたわけだが。
そう思うとなんだかムカついてきたエミリオに向かって、ジルはのほほんと言い出したものだ。
「あ。エミリオ。俺、明日非番な」
「……いきなりどうしたんですか?」
「ちょっと今、良さそうな店を見つけた。行ってみたいから明日休みにする」
「街から出ないというなら構いませんが」
「出ない出ない」
なんてったって、この街が気に入ってるからな、とジルは付け加えて、弟子と背中を並べて歩いて行く。
●
「まぁ、それは『カフェ・ルネッタ』ですわ、司教様」
午後、書類を持ってきたシスター・マリアに見つけた店の話をすると、こんな言葉が返って来た。ぽん、と紙に判を押しつつ、ジルは口元を緩める。
「またこの街にしては洒落た名前だな」
「ええ。リアルブルーから来た方が開いたお店なんですの。お行きになられるのですか?」
「明日な。ちょっとまったりしてこようと思ってよ」
「あら、それでしたらカフェ・ルネッタは最適ですね。大通りからも離れていて静かですし、店主はとても美人ですわよ」
「俄然行く気になるぜ、それは」
「うふふ。とても面白い方ですわよ」
シスター・マリアは穏やかな笑みを浮かべた。この街出身の彼女に聞けば、ルクスの街のことは大抵分かってしまう。街に興味を持ってもらえているためか、彼女自身も聞かれるととても嬉しそうに返してくれるのだ。
おすすめはカプチーノというものですわよと話しているところに、執務室の扉が開いた。
「あの……シスター・カテリナです。よろしいでしょうか……?」
「どうぞ。ようこそ、シスター・カテリナ」
部屋に入ってきたシスターは、背の低く、金髪の映える色白の少女だった。今年十四になるシスターの見習いである。
「あの……司教様……。レティシア・ベネット様が、お見えです……」
「レティシア・ベネット?」
「まぁ、あら、司教様。彼女ですわよ。ほら、カフェ・ルネットの店主ですわ」
「今すぐ行く」
現金な司教は、そそくさと居住まいを正し、シスター達と一緒に部屋を出た。
●
なるほどシスター・マリアが美人というのが分かる。
教会を訪れたレティシア・ベネットは、ゆるやかな赤毛を少しまとめ、大きな緑色の瞳が印象的な女性だった。目の覚めるような絶世の美女というほどではないが、十分人目をひく外見だろう。
「ようこそ、レティシア・ベネット。責任者のジェラルド・ロックハートだ」
「よろしくお願い致します」
「……」
「……」
用件を待つのだが、レティシアがぽやっとしたまま口を開かない。
間に負けてジルが先に言った。
「あー……何か、お困りのことがあると聞いたんだが」
「あ……ごめんなさい。そうです。相談があって」
「……」
「……」
どうにもテンポが遅い。ルクスの街をぎゅっと凝縮したかのような女性だが、ここで根負けするようなジルではない。なにより、女性には徹底して優しい男だ。
レティシアが用件を言うまで、ここから更に十分。笑いを堪えるシスター・マリアの隣で、ジルは非常に根気良く、女店主の話を聴き続けた。
要するに、カフェの床が腐ってしまったので、張り替えたいという話だった。
こういった小さな相談事は、実はとても多い。ハンターズソサエティに言うまでも無いことは、この教会が全て請け負っている。
「大工に頼むとかじゃダメなのか?」
「知り合いの大工さんが、皆さん、出張で。お店を開ける必要もありますし」
「なるほどな」
競合を防ぐため、職人を擁する業界は街の中できっちりと縄張りを線引きしている。些細なことなら喜んで助けあうが、金銭が絡むことそれぞれの陣地に引っ込んでしまうのがこの街だ。シルベリアブルーの工房しかり、大工屋しかり。
それでも全く困らずに生活できているあたり、この街ののほほんさが見えるというものだ。異邦人たちにはなかなか分からない風習かもしれないが。
ほとほと困った、というようなレティシアは頬に手を当てて首を傾げていた。
「お礼はしますので……」
「いや、礼は構わないぜ。その代わり、明日、カフェを貸し切らせてくれりゃ良い」
「貸し切り……?」
「ああ。ちょっと連れて行きたい奴らがいるんでな」
「……」
「……」
「……構いません。喜んで、お迎えします」
こんなので客商売は大丈夫かと心配になるような間合いで言ったレティシアに、「面白い方」と表現したシスター・マリアの言葉がよく分かったジルであった。
リプレイ本文
古き信仰の街、ルクス。
この地にシルベリアブルーという特産品があることと、新しい司教が来たことは知っていたが。
目の前に現れた大男を見上げて、キサ・I・アイオライト(ka4355)は目を丸くした。
「よーう、エルフちゃん」
軽い。いわゆる司教という者はもっとこう、落ち着きや威厳があるものではないのか。
「……キサ・I・アイオライトよ、司教様」
「オーケイ、エルフちゃん。俺はジェラルド・ロックハートだ。ジルで良いぜ」
何がオーケイなのか分からないが、少なくともキサの他に教会へ集合した人――セリス・アルマーズ(ka1079)にとっては、これが普通らしい。
「やっほー、ジル司教。変わらないわねー」
「Hey,sister! いつぶりだ?」
「ほら、イルダーナの」
「あー、熊か。懐かしいなーおい」
全く動じないあのシスターが普通なのか、規格外なのか。
二人のやりとりを聞きつつ、キサはしばらく悩まずにはいられなかった。
●
カフェ・ルネッタ――ではなく、その反対側の通り。
「どこだーっ、ここ!」
悲鳴混じりに声を上げたのは鳴沢 礼(ka4771)だ。
この街は二回目だし、街の構造もそれなりに理解しているから余裕で辿り着けるだろう。その認識が甘かった。
どこで間違えたのか、行けども行けどもカフェらしいものは一向に見つからない。
「おおおお落ち着け、俺! もう一回来た道を……」
明らかに落ち着いていない様子で振り返った礼は、思わず目をぱちくりとさせた。
前も後ろも、まったく同じ道に見える。左右の道も同じに見える。
「……あれ?」
シルベリアブルーの御守が腕で揺れただけで、他に礼の声に反応するものはなかった。
つまるところ、鳴沢 礼――彼は、迷子になった。
●
「マキナ・バベッジです。よろしくお願い致します……」
「あの……浅黄 小夜て、言います……よろしゅうお頼申します……」
カフェ・ルネッタでは、マキナ・バベッジ(ka4302)が浅黄 小夜(ka3062)と最初に合流した。お互いおずおずと挨拶をしているところにセリス、キサ、ジルの三名がカフェに到着する。
「よぅ、レティ。とりあえず始めて良いな?」
「……」
「……」
「あ……お願いします」
独特の間合いに苦笑しつつ、ハンター達は床の修繕に取り掛かった。
まず、マキナが必要な寸法や、使われている床板と同じような種類の木材を数点書き出す。近所の工房から運ぶには力がいるからとセリスが運搬役をやろうと口を開いた時だった。
「あの、すみません、俺にも手伝わせてもらえませんか?」
カフェの外からしばらく様子を伺っていたのだろう神代 誠一(ka2086)が彼らに声をかけた。若人ばかりの作業を見ていられなかったのだろう。
「力仕事なら、男手が必要でしょうから」
そう言って緩く微笑む誠一の後ろから、猛烈なダッシュをかける人影がひとつ。
それは地面を滑るようにして誠一の隣まで駆け込むと、切らせた息を整えることなく声を上げた。
「すすすすすスンマセン! 遅れましたーっ!」
迷子、鳴沢 礼。とりあえず大遅刻は免れたようである。
●
「必要なのはー、新しい木材、のこぎり、ヤスリ、釘、金槌、バールのようなもの……くらいかなあ?」
呟く礼の隣で誠一が頷く。
男二人は、マキナが書き出した材料や道具を取りに行っていた。幸い、図面から物を作ったことのある誠一のおかげで、それほど床の補修に苦労はしなさそうである。
「……と。少し良いですか?」
「全然良いっスよ!」
工房から買える途中、誠一は露店に立ち寄った。店の軒先に飾られた様々な花を眺める彼を、礼は道具を持ったままじっと見つめていた。
……でかい。いや、大人の男とはこうあるべきだ。でっかくあるべきだ。
「礼さん?」
戻ってきた誠一は、小難しい顔をしている少年に声を掛ける。我に返った礼は「何でもないっす
!」と元気よく答え、それから誠一の空の手に目を向けた。
「何も買わなかったんスか?」
「いえ。ちょっとした感謝の気持ちを。重いので届けてもらうことにしました」
この人、出来る男だ。
穏やかに笑う誠一に、礼は尊敬の眼差しを向けて彼の背中を追いかけた。
戻ってきた二人を含め、六名は実にテキパキ修繕を終えた。
修繕中、キサと小夜はカフェのテーブルや窓、キッチン、果てはテラスの石畳までも綺麗に磨いてしまったし、誠一の的確な指示の元、力仕事に精を出すセリスや礼が床をあっという間に剥いで取り替えたし、マキナの正確な計測のおかげで、持ってきた木材はぴったり修繕箇所に当てはまった。
「助かります。……床の色も、違和感ないですね」
ほぅ、と息を吐いたレティシアの隣で、ちゃっかり帰ってきたなまぐさ司教が大きく頷き、口を開いた。
「じゃあまあ、終わったことだし、ゆっくりして行こうぜ」
●
「あ、そうだ。久しぶりね、小夜君」
「はい……お久しゅう、ございます……」
「今回は面白いところで会うわねー」
以前会った時は戦場だったのに、今はカフェでのんびりしている。そんな偶然も面白いわね、と言ってセリスは小夜の頭を撫でた。
「何食べるの?」
「ミートソースパスタを……頼んでみよぉかなと、思うて……」
「よし、お姉さんに任せなさいっ」
うんうんと頷いたセリスは、小夜が頼むよりも早く、レティシアに紅茶全種類とミートソースパスタを頼んでしまった。おろおろする小夜に「大丈夫大丈夫」と明るく答えた彼女は、自分の隣のテーブルを彼女に勧めた。
テラスとの境目に置かれたテーブルに座ったセリスに、レティシアが紅茶を四種類運んでくる。アッサムにダージリンの定番ものと、濃いオレンジ色の美しいジョルジ、そしてバイカルである。
「お気に召すかどうか」
クリムゾンウェスト出身のセリスにとって、リアルブルー由来の紅茶を飲むのは珍しい。紅茶にハマってから何度か飲んだが、こちらのものと比べて香り豊かなものが多い印象である。
「んー……美味しい」
戦って戦って、戦い続けてきた最近は、体が休息を欲していた。染みわたるアッサムの仄かな苦味が不思議と安心感を与えてくれる。
「傷だらけだし、たまに休んだってバチなんか当たらないでしょ」
自分に言い聞かせるように呟いて、セリスは次の紅茶を口に含む。
隣では、小夜達が楽しそうに話しながら食事を楽しんでいる。
こういう光景も悪くないわね、と心の中で呟き、セリスはお会計を全てジルにおっかぶせる方法を黙々と考えていた。
「ほんの気持ちです。どうぞ受け取ってください」
レティシア宛に届いた花鉢に、誠一は戸惑う彼女に言った。もっとも、カフェ・ルネッタの名前を出したところ、花屋に「世話になってる店だからお代は結構」と断られたものなので、誠一の懐は痛んでいないのだが。
「本当によろしいのですか?」
「ええ」
「……」
きょろきょろと店を見回すレティシアは、どうやら置き場所を決めかねているらしい。
「あの、ありがとうございます。嬉しいです」
ようやくカウンターの隣に置くことを決めた彼女は、深々と誠一に頭を下げた。
花を置く店主を見ながら、誠一はカウンターにほど近い席についた。この場所は他のハンター達を見渡せる位置だ。そこで、彼は教師の性を思い出して苦笑する。
「やれやれ……皆さんが教え子くらいだと懐かしさも一入ですね」
オリジナルブレンドを頼んだ誠一は、面々を見つめて目を細める。
「元気ですかね、皆……」
手元におかれたブレンドの深い香りを楽しみつつ、誠一は遠き青の世界に思いを馳せる。
突然いなくなったことで、教え子達は混乱していることだろう。同僚や上司も心配しているに違いない。
もしかしたら自分と同じように転移しているかもしれない。
そんな思いを抱えて、もう数年になる。
「いけませんね」
向こうを思うと、つい感傷的になってしまう。
立ち止まってはいけないのだと自分に言い聞かせて、誠一はブレンドを飲み干した。
「綺麗にしていただいて、ありがとうございました」
カプチーノとワッフルを持ってきたレティシアに言われ、キサは「別に良いのよ」と淡々と言った。
「ねえ、店長さん」
「……」
「……」
「はい。何でしょう?」
間隔がキサのそれと異なるので何となく調子が狂う。それでも相手に嫌な気持ちを与えないのは、おそらく彼女が纏っているおっとりとした雰囲気のおかげだろうか。
一瞬言葉に詰まったが、キサは気を取り直して続けた。
「この街の良いところってどこかしら? ルクスと言えば、やっぱりシルベリアブルーよね。高いから私には縁がないけど」
「……」
「あの青色を生み出した街に来れて良かったわ。前から憧れていたの」
そこまで言って、キサはハッとしてレティシアを見上げた。
「……あ、ごめんなさい。私ばっかり喋っているわね」
すまなさそうにするキサに、レティシアは首を横に振った。
「シルベリアブルーも素敵ですけれど、この街の雰囲気が好きです。ゆっくりで、温かくて……変なところで頑固ですけれど、私のような転移者にも皆さん優しく接してくれますし」
「そう。ゆっくりな街なのは、確かにそうね」
「皆、焦ったりすることが嫌いなのです。そんな街だから……私も、こうしてお店をやれています。キサさんも、好きになってくれると、私も嬉しいです」
ごゆっくり、と頭を下げて、レティシアが厨房へ戻っていく。
ふわり、と柔らかな風がキサの頬を撫でた。自ら磨きあげたテラスのテーブルで食べるレティシアお手製のワッフルは甘く、カプチーノは心に響くように温かい。
「……うん、おいしい」
純粋にそんな言葉が出てしまうほど、キサはこの街に魅せられているのかもしれない。
●
喧騒が全く聞こえない空間に、誰かが連れてきた子猫がのんびりと欠伸をしている。
あの店はね、時間を忘れさせてくれるんだよ。
祖父にそう言われて、今、マキナはその言葉を実感している。
床の張替えも、こうしてくつろぐ時間も、全くストレスを感じないし、何時間でもいられそうだ。
「こっち座ったら? 開いてるわよ」
そんなマキナに、セリスが声をかける。レティシアが給仕する都合上、あまり散らばって座るのは良くないし、人数の多いほうが楽しいだろうというセリスの配慮だ。
彼女が指した席には、既に小夜と礼がいた。おずおずと近づいたマキナは、彼女たちに言う。
「ご迷惑でなければ……」
「……は、はい……どうぞ……」
「椅子いる? テーブルくっつけちゃおうか」
ガタガタとテーブルと椅子を動かし、あっという間にセリスは広めのテーブルを作ってしまった。慌てて椅子を引く小夜に礼を言い、マキナは彼らに混じることとなった。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
レティシアが盆に乗せて注文を運んできた。マキナにはカプチーノとワッフル、小夜にはミートソースパスタ、日替わりスイーツと抹茶ラテだ。
まずは彼らは、おもむろに一口食べてみる。
「おいしいですね……」
「分かる。うめーの! ちょーうめー!」
マキナの言葉に礼がテンション高く言う。こくこくと頷く小夜も同じだ。
「あ、小夜は何食ってんの? パスタ? いっぱい食えよ!」
「は、はい……がんばります……」
脇から来た礼の言葉に戸惑いながら返す小夜に、慌てて礼が付け加える。
「あ、ゴメン。妹とおんなしくらいなんで、気になってさ。でも、いっぱい食えばおっきくなるし、いっぱい食えよ!」
会話の主導権は、完全に礼のものだ。
彼らは食べながら、しばらくリアルブルーの話に花を咲かせた。
「リアルブルーは、やっぱこことは全然違くって。あ、特に小夜と俺のいるところはだけど」
「なるほど……僕はこちら出身ですから、興味が湧きますね……」
マキナの声は少し明るい。
食事を楽しみ、最後に小夜がフォークを置いたところで、礼は神妙な顔になって切り出した。
「ちなみにさ、皆は自分でここに来た? 俺は迷っちゃってさ」
「僕は祖父に紹介されて……道は少し、入り組んでいましたよね……」
「うちも……鳴沢のおにいはんと同じで……ちょっと……冒険……しました……」
そう言う小夜は、道中見かけた店や景色について話し出した。古書ばかりが並ぶ本屋や、往来で実演する銀細工の店、シルベリアブルーの御守を売る露店もあったという。
動物も多いらしく、犬の散歩をする人ともすれ違ったし、猫や野鳥も何度か見かけたらしい。
そこまで話して、礼が小夜の言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと待て。俺、小夜が見た店、全部見てない」
「僕は、本屋と銀細工の店は見ましたが……」
「マジで?」
俺、どんな道を辿ってきたんだよ。
一人だけ迷子を経験した礼は頭を抱える。
そんな彼らの元へ、ジルと誠一が近づいてきた。今回の礼と挨拶を兼ねて、一つずつテーブルを回っているのだ。
「よぅ、ここは賑やかだな」
「あ……ジェラルドのおにいはん……」
「司教さん、こないだはありがとーっした!」
小夜と礼が言い、マキナがジルに軽く頭を下げる。いっぱい食えよー、と礼のようなことを言って、ジルは前回も一緒だった少年少女を見下ろした。
その視線に気づいたのは、礼が最初だった。
「あ、これ! この御守、ちゃんとつけてるっスよ!」
「うちも……ペンダントにしました……」
二人して見せてくるのは、シルベリアブルーの御守だ。心配事の絶えない二人にとって、ルクスの街とこの御守に出会えたことは大きいようだ。
こういうのを見ると、買った甲斐もあろうというものだ。
「よーし。大事にしろよ。――あ、そうだ。お前らが好きそうだと思って持ってきてもらったぜ」
そう言ってジルが示したのは、誠一が持っているおしぼりだった。
ただのおしぼりなのだが、彼らは思わず目を輝かせた。
「すげー! アヒルだ!」
「かわいいですね……」
誠一の持っているおしぼりは、きれいにアヒルの形をしていた。つい癖で作ってしまうのだと誠一は言うが、癖でやるにはなかなかどうしてよくできている。
「あの……これ、どぉやって……」
作りはったんですか、と聞く前に、誠一は微笑んで小夜の手にアヒルを載せた。両手にすっぽりと収まるサイズのそれに目は無かったが、こちらをじっと見つめているようにも見える。
「クエー」
気の抜けた鳴き声がアヒルから――誠一からする。
「器用なものねー」
「私も作り方が知りたいわ」
わっと盛り上がったテーブルにセリスは身を乗り出し、キサは席を立ってやってくる。何故か聞きつけたレティシアまでが厨房から出てきていた。
一つのテーブルに全員が集まり、誠一のアヒルで盛り上がる。
時間を忘れた彼らが帰路につくのは、もう少し先かもしれない。
END
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 9人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
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MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓的な キサ・I・アイオライト(ka4355) エルフ|17才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/05/13 01:27:13 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/09 02:36:37 |
|
![]() |
ジル司教さんに質問! 鳴沢 礼(ka4771) 人間(リアルブルー)|15才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/05/10 22:28:49 |