ゲスト
(ka0000)
魔剣
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/15 12:00
- 完成日
- 2015/05/22 04:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「そのぅ、大変申し上げにくいことなのですが……」
劇団長は、まるで拷問椅子のような物々しい金属製の椅子に座らされたまま、
帝国きっての大資本家、ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスの視線に耐えていた。
相手は大事なパトロン、それも団員10名そこそこの小劇団『魔剣』には見合わない、大物の出資者だ。
他所の劇場へ貸し出した自作の演出装置が彼の目に留まったということで、
今回、ルートヴィヒが所有する大劇場への出演が決まったのだが、
「……脚本家が、いなくなりまして」
「ほほぅ」
冷汗をかく団長。対するルートヴィヒの表情は全く読めない。
怒っているのか? 面白がっているのか? それとも、何も考えていないのか?
ルートヴィヒは形の良い口髭を生やした、禿頭の美男だ。
右目を覆う片眼鏡は、贅を凝らしたサロンの照明を受けて白々と光り輝く。
さぞ眩しかろうに、ルートヴィヒは面談が始まってからろくに瞬きもしない。
灰色をした、変わった格好の背広を着ている。
「これかね? リアルブルー製だ。リゼリオの、あの船で作られたものだよ」
「えっ」
気づかぬ内に、相手の服装をじろじろと眺めてしまっていたらしい。団長はこくこくと頷いて、
「え、ええ、素敵なお召し物でいらっしゃいますね」
「で、セレベラ氏に何があったのかね」
話題が戻った。団長は椅子の肘掛を無意識にまさぐりながら、絞り出すように答える。
「彼にはたちの悪い酒癖と賭博癖がありまして、密かに多額の負債を抱え、きつい取り立てを受けていたそうです。
そうと知っていたら彼には頼まなかったろうに……私の不徳の致すところです」
「ふぅん」
気まずい沈黙が流れた。団長は自分の膝を見つめたまま、何とか相応しい言葉を探そうと考えを凝らす。
下手な受け答えをしてパトロンの機嫌を損ねたら、この話はお流れだ。
千載一遇のチャンスが泡と消える前に、何とか――
かちっ、という音がして、気づくと団長の指が、肘掛に仕込まれた小さなボタンを押していた。
何だろうと考える間もなく、焦った団長は声を上げる。
「しかし! 予定には必ず間に合わせせせせせせっ」
●
「知り合いの発明家が持ってきた、機導式マッサージチェアだそうだ。
背中のツボを、数十か所同時に刺激してくれる優れものという触れ込みでね」
「そそそそそそうですか、ここここれは大変、けけ結構な、しししかしどどうやって止め」
団長は激しく振動する椅子の上で、ぶるぶると震えながら、
「ととと止めて頂けますかかかか」
「うん」
ルートヴィヒが立ち上がって団長の椅子の横に回り、停止スイッチを探す。
「えーと、どれだったか……」
適当なボタンを押すと、振動が余計にひどくなった。
太り気味の団長の尻が、揺さぶられる内にどんどん椅子の中へ沈み込んでいく。
「っと、これだ」
椅子の後ろにつけられた緊急停止ボタンを押す。
ようやく椅子が止まると、茫然とした顔の団長をルートヴィヒが覗き込み、
「で、どうするの」
「あっハイ、頑張ります」
「そうじゃなくて」
失踪した脚本家は、劇団の次回演目の脚本を任されていた。
開演まであと半年程度という短期間。兎に角早くて上手い作家を、
団長がパトロンの金と虎の威を借りて探し出したのだが、それが逃げ出してしまったとなると、
「このままでは間に合わんねぇ。急なスケジュールを組ませた私も悪いのだが」
「いえいえ、滅相もない! 全て私の責任でございまして……」
「じゃ、舞台のキャンセル料は自腹でよろしく」
団長が息を呑む。それから、悲鳴に似た声で、
「お、お支払いができるかどうかっ!」
「冗談だ。私としても、できることはやってみよう。
しかし、今から実力のある、仕事の早い脚本家を探すとなると、私でも難しいだろうな」
演劇界にも顔の広いルートヴィヒだが、同時に社交界きっての変人でもある彼にとって、
ただ金に飽かせて間に合わせの作家を雇うことはプライドが許さないらしい。
「その点、セレベラ氏は面白いものを書く男と聞いていたが。残念だよ。
脚本の下書きくらいは、見つからなかったのね」
脚本家の残していったノートからは、『主人公:はんたぁ ヒロイン:かわいい』というたった1行、
酔っ払って書いたようなひどい字でメモされているのが見つかっただけだった。
「こちらとしましても氏を信用して、
私どもの舞台装置が生かせるような派手な見せ場が作れるよう、
ハンターを主人公とした冒険譚とだけ注文しておりまして……」
「ハンターか」
自分の椅子――マッサージチェアではない、普通の安楽椅子――に戻ったルートヴィヒは、
再び照明に眼鏡を光らせながら、宙を見上げて何やら思案する。
●
「君が、明日から女装をして街を歩かねばならないとしたら」
「へっ?」
「ものの例えだよ。君が着る服、君の化粧、どうやって選ぶべきか、誰に尋ねる?」
「それは……やはり、本物の女にでしょう」
ルートヴィヒはほとんど姿勢を変えないまま、安楽椅子を後ろへ目いっぱい傾かせて天井を仰ぐ。
「劇も同じだ。ハンターを演じるならば、ハンターにものを尋ねるべきだろう。
腕の良い、現役のハンターを集めて原作を作ってもらう。どうかな?」
団長は腕を組んで考え込む。無名の弱小劇団の長とは言え、演劇には真剣なのだ。
いくらハンターの実情に詳しくとも、素人に任せるのは如何なものか。
「君たちは新しい演劇の形を模索しているのだろう?
何ごとも実験だよ。君もプロなら、演出家としての技量を以て彼らのアイデアを生かせる筈だ」
劇団『魔剣』の最大の売りは団長自ら考案した魔導機械で、
火や水、稲妻を舞台上に実際に作り出す特殊効果にあった。
しかし、1度に複数の装置を動かすには大がかりな作業が必要で、予算もかかる。
その為に、貧乏発明家上がりの団長はこれまでチャンスに恵まれてこなかった。
「確かに……話題作りにも良いでしょうね。
現役ハンターが原作の脚本で、ハンターを主人公とした芝居をやる……」
「脚本の形にまとめるのは私がやろう。良いね? それでは」
善は急げとばかりに、ルートヴィヒが手近に置かれていた魔導伝話の受話器を取り上げる。
「私だ。依頼がしたいのだがね、そう、6人ばかり。なるべく早くに。うん」
あっさりと依頼を済ませ、ルートヴィヒが椅子から立つ。
一緒に立ち上がろうとする団長だったが、臀部ががっちりとマッサージチェアに嵌っている。
力ずくで抜け出そうと肘掛をぐっと掴めば、再びマッサージ機のスイッチが入ってしまった。
中腰のままがくがくと揺れる団長を前に、
「そいつを劇場の座席に採用するのはどうだろう? 演出に併せて椅子が揺れるんだ。迫力が出るよ。
寝てる客や気に食わない評論家にだけ、不意打ちでスイッチを入れるのも楽しそうだ」
ルートヴィヒは、真顔でそう言った。
「そのぅ、大変申し上げにくいことなのですが……」
劇団長は、まるで拷問椅子のような物々しい金属製の椅子に座らされたまま、
帝国きっての大資本家、ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスの視線に耐えていた。
相手は大事なパトロン、それも団員10名そこそこの小劇団『魔剣』には見合わない、大物の出資者だ。
他所の劇場へ貸し出した自作の演出装置が彼の目に留まったということで、
今回、ルートヴィヒが所有する大劇場への出演が決まったのだが、
「……脚本家が、いなくなりまして」
「ほほぅ」
冷汗をかく団長。対するルートヴィヒの表情は全く読めない。
怒っているのか? 面白がっているのか? それとも、何も考えていないのか?
ルートヴィヒは形の良い口髭を生やした、禿頭の美男だ。
右目を覆う片眼鏡は、贅を凝らしたサロンの照明を受けて白々と光り輝く。
さぞ眩しかろうに、ルートヴィヒは面談が始まってからろくに瞬きもしない。
灰色をした、変わった格好の背広を着ている。
「これかね? リアルブルー製だ。リゼリオの、あの船で作られたものだよ」
「えっ」
気づかぬ内に、相手の服装をじろじろと眺めてしまっていたらしい。団長はこくこくと頷いて、
「え、ええ、素敵なお召し物でいらっしゃいますね」
「で、セレベラ氏に何があったのかね」
話題が戻った。団長は椅子の肘掛を無意識にまさぐりながら、絞り出すように答える。
「彼にはたちの悪い酒癖と賭博癖がありまして、密かに多額の負債を抱え、きつい取り立てを受けていたそうです。
そうと知っていたら彼には頼まなかったろうに……私の不徳の致すところです」
「ふぅん」
気まずい沈黙が流れた。団長は自分の膝を見つめたまま、何とか相応しい言葉を探そうと考えを凝らす。
下手な受け答えをしてパトロンの機嫌を損ねたら、この話はお流れだ。
千載一遇のチャンスが泡と消える前に、何とか――
かちっ、という音がして、気づくと団長の指が、肘掛に仕込まれた小さなボタンを押していた。
何だろうと考える間もなく、焦った団長は声を上げる。
「しかし! 予定には必ず間に合わせせせせせせっ」
●
「知り合いの発明家が持ってきた、機導式マッサージチェアだそうだ。
背中のツボを、数十か所同時に刺激してくれる優れものという触れ込みでね」
「そそそそそそうですか、ここここれは大変、けけ結構な、しししかしどどうやって止め」
団長は激しく振動する椅子の上で、ぶるぶると震えながら、
「ととと止めて頂けますかかかか」
「うん」
ルートヴィヒが立ち上がって団長の椅子の横に回り、停止スイッチを探す。
「えーと、どれだったか……」
適当なボタンを押すと、振動が余計にひどくなった。
太り気味の団長の尻が、揺さぶられる内にどんどん椅子の中へ沈み込んでいく。
「っと、これだ」
椅子の後ろにつけられた緊急停止ボタンを押す。
ようやく椅子が止まると、茫然とした顔の団長をルートヴィヒが覗き込み、
「で、どうするの」
「あっハイ、頑張ります」
「そうじゃなくて」
失踪した脚本家は、劇団の次回演目の脚本を任されていた。
開演まであと半年程度という短期間。兎に角早くて上手い作家を、
団長がパトロンの金と虎の威を借りて探し出したのだが、それが逃げ出してしまったとなると、
「このままでは間に合わんねぇ。急なスケジュールを組ませた私も悪いのだが」
「いえいえ、滅相もない! 全て私の責任でございまして……」
「じゃ、舞台のキャンセル料は自腹でよろしく」
団長が息を呑む。それから、悲鳴に似た声で、
「お、お支払いができるかどうかっ!」
「冗談だ。私としても、できることはやってみよう。
しかし、今から実力のある、仕事の早い脚本家を探すとなると、私でも難しいだろうな」
演劇界にも顔の広いルートヴィヒだが、同時に社交界きっての変人でもある彼にとって、
ただ金に飽かせて間に合わせの作家を雇うことはプライドが許さないらしい。
「その点、セレベラ氏は面白いものを書く男と聞いていたが。残念だよ。
脚本の下書きくらいは、見つからなかったのね」
脚本家の残していったノートからは、『主人公:はんたぁ ヒロイン:かわいい』というたった1行、
酔っ払って書いたようなひどい字でメモされているのが見つかっただけだった。
「こちらとしましても氏を信用して、
私どもの舞台装置が生かせるような派手な見せ場が作れるよう、
ハンターを主人公とした冒険譚とだけ注文しておりまして……」
「ハンターか」
自分の椅子――マッサージチェアではない、普通の安楽椅子――に戻ったルートヴィヒは、
再び照明に眼鏡を光らせながら、宙を見上げて何やら思案する。
●
「君が、明日から女装をして街を歩かねばならないとしたら」
「へっ?」
「ものの例えだよ。君が着る服、君の化粧、どうやって選ぶべきか、誰に尋ねる?」
「それは……やはり、本物の女にでしょう」
ルートヴィヒはほとんど姿勢を変えないまま、安楽椅子を後ろへ目いっぱい傾かせて天井を仰ぐ。
「劇も同じだ。ハンターを演じるならば、ハンターにものを尋ねるべきだろう。
腕の良い、現役のハンターを集めて原作を作ってもらう。どうかな?」
団長は腕を組んで考え込む。無名の弱小劇団の長とは言え、演劇には真剣なのだ。
いくらハンターの実情に詳しくとも、素人に任せるのは如何なものか。
「君たちは新しい演劇の形を模索しているのだろう?
何ごとも実験だよ。君もプロなら、演出家としての技量を以て彼らのアイデアを生かせる筈だ」
劇団『魔剣』の最大の売りは団長自ら考案した魔導機械で、
火や水、稲妻を舞台上に実際に作り出す特殊効果にあった。
しかし、1度に複数の装置を動かすには大がかりな作業が必要で、予算もかかる。
その為に、貧乏発明家上がりの団長はこれまでチャンスに恵まれてこなかった。
「確かに……話題作りにも良いでしょうね。
現役ハンターが原作の脚本で、ハンターを主人公とした芝居をやる……」
「脚本の形にまとめるのは私がやろう。良いね? それでは」
善は急げとばかりに、ルートヴィヒが手近に置かれていた魔導伝話の受話器を取り上げる。
「私だ。依頼がしたいのだがね、そう、6人ばかり。なるべく早くに。うん」
あっさりと依頼を済ませ、ルートヴィヒが椅子から立つ。
一緒に立ち上がろうとする団長だったが、臀部ががっちりとマッサージチェアに嵌っている。
力ずくで抜け出そうと肘掛をぐっと掴めば、再びマッサージ機のスイッチが入ってしまった。
中腰のままがくがくと揺れる団長を前に、
「そいつを劇場の座席に採用するのはどうだろう? 演出に併せて椅子が揺れるんだ。迫力が出るよ。
寝てる客や気に食わない評論家にだけ、不意打ちでスイッチを入れるのも楽しそうだ」
ルートヴィヒは、真顔でそう言った。
リプレイ本文
●
魔剣――世界の何処かに封印された、強大な魔力を持つ数振りの刀剣。
彼らは歴史の節目節目に姿を現しながら、時には歪虚や悪漢に操られて人類を脅かし、
またある時は、清き心を持つ英雄の手に握られ、世界を救いもした。
だがいつからか、残り少ない魔剣は己が力を誇示せんと、
人間の思惑などお構いなく、勝手に相争うようになってしまった。
悪しき情念に囚われた魔剣たちを救い、平和を取り戻さんとする英雄は何処に――
●
「……と、まぁ、劇団『魔剣』の初の大舞台とのことですし、
折角ですから、その名にあやかった物語を用意して差し上げたいと思った次第です」
辻・十字朗(ka4739)が、部屋の黒板に粗筋を書きつける。
十字朗と共に脚本原作作成の依頼を受けたハンター5人も、
粗筋を眺めつつ、それぞれのアイデアに思いを巡らせていた。
「あたし的には、演者として加わってみたかったようなお話ですけどね」
元グラビアアイドルの転移者、秋桜(ka4378)がぼやく。
「でも、私が他の人をプロデュースするなんて初めてですからっ。気合入れていっちゃいますよ!」
「これからのアイドルは、セルフプロデュースの能力も不可欠だからね。良い機会だと思うよ、秋桜」
同じく転移者の十字朗は、奇しくも元芸能プロデューサー。
持ち前の営業スマイルで皆に挨拶を済ませると、会議のまとめ役を買って出たのだが、
「さて、ここからどう具体的に詰めていきましょうかねぇ」
九龍(ka4700)が、十字朗の用意した飲み物を啜りながら言う。
マッシュ・アクラシス(ka0771)とデュシオン・ヴァニーユ(ka4696)も、
やはり飄々とした様子でクッキーなどつまんでいる。
「……魔剣、ですか。
どうでしょう、クリムゾンウェストには、そういうものも実在していたりするのでしょうか」
クオン・サガラ(ka0018)が言いながら、3人のほうを見やる。秋桜が、
「あたしは擬人化を推します! 登場する魔剣はみんな人の姿をしていて、生身の役者さんが演じるんです。
で、ヒロインもそのひとりってことにすれば一石二鳥じゃないですか!」
感心した様子で頷くデュシオン。マッシュも、
「剣の定義も広くなったものですねぇ。そちらの世界ならではの発想ですか」
そこでクオンが、彼と他のクリムゾンウェスト出身者を見て、
「わたしたち転移者からすると、西方世界それ自体がもうファンタジーの領域なんですよ。
なまじファンタジックな物語を考えようとしても、こちらの世界の現実を越えられない……、
多少極端な設定を作ったほうが、上手く行く気がします。
例えば、メインの舞台もクリムゾンウェストを離れて、いっそ精神世界のようなものにしてしまうとか」
「舞台装置を生かせるような内容、との注文もありますしね。
現実の魔法になぞらえて使うより、齟齬がなくて良いかも知れません。ヴァニーユさん?」
「……あっ、ええ、私も、面白い……と思いますわ。精神世界」
デュシオンが答えると、十字朗は早速、そのアイデアを黒板に残しておく。
●
十字朗の提案に皆が同意し、まずは喜劇、ハッピーエンドということが決まった。
「やはり、最初は主人公ですかね」
クオンが自作の設定を披露する。
主人公は新米ハンターの15歳の少年、ゼゾ。
グラズヘイム王国の片田舎に生まれ育ちながら、剣の腕を磨いてハンターとなった。
「喜劇ということですし、ここは王道で行きましょう。
明るい熱血漢で、強がりだけど、本当は優しくお節介焼きな性格です」
物語は、争いを続ける魔剣たち――人間の少女に身をやつしている――を止めるべく、
ハンターオフィスが発行した依頼を受けたところから始まる。
「彼は最初、単に金欠と空腹を理由にその依頼を受けるのですが、実は彼自身、魔剣にまつわる秘密があった、と」
「平凡な少年の身に、世界の命運を分かつ重大な秘密が隠されている……、
面白そうですわね。どのような秘密でございましょうか?」
デュシオンが尋ねたところ、ゼゾは『魔剣の適合者』の血を引いている、ということだった。
血筋の秘密を知る両親は、魔剣から彼を遠ざけておく為、わざと田舎暮らしをしていたようだ。
「魔剣に反応して、手の甲に光る円形の痣が浮かび上がります。
本人も、物語が進むにつれて、己が宿命を悟っていく……」
「くっ……静まれ、俺の右腕! ですね、分かります」
秋桜の言葉をさらっと流して、会議は進む。
●
「では、ヒロイン行きます!」
秋桜が元気良く挙手をする。
「彼女の名はマオ、マオ=イルニエルです!
炎の魔剣の化身で、可愛い女の子の姿をしています。外見年齢はゼゾと同じくらいかな?
他の魔剣たちとは姉妹ですが、マオは長女で、
由緒ある魔剣の系譜、家名を守らなきゃならないプレッシャーに苦しんでいます。最後は……」
「あ、ちょっと待って下さい」
マッシュが割り込んだ。
「話は戻りますが、ゼゾに依頼を出す大本は、一体誰になるんですかねぇ」
「ええと、マオが妹たちを止める為に……かな?」
「そうであれば、最初の見せ場の前後で、事情を説明しておかねばなりませんわね」
デュシオンが引き継いだ。魔剣同士の対立に巻き込まれたゼゾを見舞う、第一の試練――
●
イルニエルの魔剣が一角、次女・ベルス。
かつては明るく優しい性格をし、長女のマオを支えていたのだが、
あるときから心に闇を抱え、姉妹間の争いに加わってしまう。
依頼主・マオと共にベルスを訪ねるゼゾだったが、
姉が助っ人を連れて自分を倒しに来たと勘違いした彼女は、
『あたしはもう、お姉ちゃんのオマケなんかじゃない!』
解放された魔剣の力が吹き荒れる中、ゼゾはどうにかベルスの下へ。
荒れ狂う彼女の腕をゼゾが掴んだ途端、その手に光輪が輝く。魔剣適合者の証だ。
彼は剣の使い手たる能力を用い、ベルスの精神世界へと飛び込んでいく。
「ベルスはこれまで、不仲な姉妹の間を取り持つ、良い子の役割ばかり演じてきました。
そこでゼゾは、彼女は彼女の気持ちに正直に生きて良いのだ、と説得するのでございます」
デュシオンが説明すると、マッシュが、
「ならば魔剣の力の表現として、仮面の兵士たちなど登場させても良いでしょう。
精神世界にも同じものを登場させ、ゼゾを相手に殺陣を繰り広げるというのは」
十字朗が小さく手を打ち、
「主人公も剣士ですしね、各所に剣戟を織り交ぜるのはナイスアイデアです。
他の魔剣たちとの対決も、同じ要領で進めていきましょう」
●
遂にベルスの心の闇を払うゼゾだが、戦いの最中でマオが傷ついてしまう。
「救われたベルスは、長女に代わってゼゾの支援を申し出ます。
今度こそ、彼女自身の偽りなき意志で、他の姉妹を助けたいと思い……」
デュシオンが締めくくると、次は十字朗の番だった。
「では、次は三女が相手ですね。彼女の名はシオ、水の魔法を操る魔剣です」
姉妹の争いからいつの間に身を引き、隠れていたシオ。
元々控えめな性格だったのだが、姉妹がばらばらになってしまったことを深く悲しみ、
とうとう自らを砕く決意をする寸前であった。
ベルスが暴走するシオの魔力を封じ、ゼゾとマオが彼女の心へ潜っていく。
「悲しみに囚われた三女の涙を表現するのに、舞台上に雨や滝を作れると面白いかも知れません」
姉のマオ、そしてゼゾの優しさが彼女を包み込み、癒していく。
そうして、生きる希望を取り戻したシオだが――
「そろそろ、悪役も顔出しさせておかなきゃですねぇ」
九龍がニタリと笑う。
シオに自死をそそのかした人物、
それは魔剣の対たる聖剣の化身・ダモクレスであった。
50絡みの好々爺を演じながら、本心では魔剣の絶滅を目論む彼。
「聖剣は本来、人に仇為す魔剣だけを狩る存在だったのですが、
年老いて妄執に囚われた彼は、イルニエルの姉妹を相争わせて抹殺しようとしていた、って訳ですねぇ」
彼はゼゾたちを密かに見張りながら、ことの推移を見守っていた。
「いっそ、ゼゾが姉妹全員砕いてしまえばと思っていたのですが、思惑通りには進みませんで」
●
残る魔剣は四女・クー。
雷の魔力を宿し、末妹である彼女は幼さ故、
自らの力の強大さに我を忘れ、無軌道な破壊を繰り返していた。
マッシュが言う。
「ゼゾたちは彼女の心の奥に隠れていた、姉妹への愛を呼び覚まします。
愛する者すら傷つけるその力を、制御せねばならないと説得。そうして最後の魔剣も浄化されると……」
「当然、ダモクレスは面白くない」
九龍がやおら、席から立ち上がる。
『ええい、あのハンターの若僧め、余計な真似してくれおって!
こうなればワシ自ら打って出て、不埒な魔剣どもをへし折ってくれるわ!』
声色を作り、舞踏めいた身振りを交えて悪役を演じる九龍。不意に表情が元へ戻り、
「……と、出てきた彼ですが、流石名のある聖剣だけあって、姉妹たちの攻撃を全く受けつけません。
『魔剣とは、斯くもナマクラだったか?』などと、次々と傷つき倒れる彼女らをあざ笑いすらしますねぇ。
ゼゾの身もいよいよ危ない、というところで」
「ヒロインの出番でしょう!
マオがゼゾを庇い、彼をダモクレスの力の領域から逃がそうとします。が!」
秋桜がクオンを振り返ると、彼は咳払いひとつして、
『おいおい、俺は依頼を受けてからずーっと働き詰めで、良い加減腹が減ってるんだぜ?
ここで逃げたら依頼料がパーになって、飯も食えないじゃないか!』
言ってから、クオンは少々気恥ずかしそうに目を伏せた。
「まぁ、そういう言い訳をしつつ、彼は身体を張ってダモクレスの心に突入します」
●
九龍曰く、ダモクレスもまた歪んだ心の持ち主であった。
彼の精神世界の最奥には、1本のか細い糸に吊られた、錆だらけの剣がひと振り。
ゼゾがダモクレスの攻撃をかわして、その糸を断ち切れば、
剣はダモクレスの頭上に落下し、彼を刺し貫いてしまう。
「魔剣への執着によって錆びついてしまった聖剣は、
その事実に気づくことなく、自らの身を滅ぼしたのである……そういう幕切れです」
「大いなる力の持ち主といえど、心根が闇に染まれば、ひとりでに錆び、朽ちてしまう。
テーマとしても、これまでの展開からしても腑に落ちる、良い決着と思いますわ」
少し暗い表情をしつつも、デュシオンがそう言った。
他の面々も納得した顔で九龍の案を受け入れるが、
「ちょっと待ったぁ!」
声を上げたのは秋桜。
「まだひとり、救われてない魔剣がいますよっ!」
「あっ」
ダモクレスを倒した後、疲労困憊したマオの魔力は尽きかけていた。
『妹たちを助けてくれて、ありがとう。心残りもない、今なら安らかに眠れる……』
すると、これまでになく真剣な顔で、光輪宿る右腕をまくるゼゾ。
『オレはとことん諦めの悪い性格なんでね!』
炎に包まれたマオの精神世界。
ゼゾはその身を焼かれながらも、妹たちの力を借りつつ、心の奥底へと辿り着く。
争いを解決できないまま長引かせてしまったことへの後悔、
そして、長年本当の自分を押し殺してきたことによるストレスが、彼女の中にわだかまっていたのだが、
『お前が自分を愛せなくてどうする、許せなくってどうする……』
ゼゾに抱き締められたマオの心は次第に、穏やかで暖かい火を宿す――
●
「それで、ふたりは幸せなキスをして終了?」
十字朗が笑顔で秋桜に言う。彼女はしばし悩んだ後、
「いや、ここは敢えてクールに去る感じで!
力を取り戻したマオが目を覚ますと、妹たちは周りにいるんだけど、ゼゾの姿はどこにも見当たらないんです。
訊いたら、彼はベルスから依頼料をせしめて、もう次の冒険へ旅立った、と」
「照れ隠しでしょうか、それとも本当に空腹だったのでしょうか」
マッシュが尋ねるが、クオンは苦笑してかぶりを振るばかり。マッシュもふっと笑って、
「その辺りは、観客の想像に委ねましょうか」
「憤慨するマオだけど、それは、これまで見せなかった彼女の素の顔で……、
最後は遠い空に向かって笑顔でひと言、ありがとう、って呟くんですぅ」
「引きを作っても、面白いかも知れませんわね」
と、デュシオン。
「事件の後、やがて一人前のハンターとなったゼゾは数々の冒険で勇名を馳せるが、
その陰では時折、謎めいた少女たちが手を貸していた……など」
「続編フラグですね。この舞台が当たれば、そういう引きは生きてくるかも」
十字朗がメモを取る。そこでふと、九龍が、
「そういえば辻さん、先程からお手元で、何か忙しく描いてらっしゃったようですが。
気になりますねぇ、見せてもらえません?」
「……お恥ずかしながら」
照れ笑いしつつ、手帳を広げてみせる十字朗。
そこには、彼がイメージした各登場人物のイラストが描かれていた。
「十字朗さん絵もできるんですか、流石は敏腕プロデューサー!
……でもなんか、キャラの顔に心なしか皆さんの面影が」
イラストを覗き込んでから、秋桜が皆を見やる。
「ほら、主人公のゼゾが、クオンさんにちょっと似てる」
「えっ」
「あら、本当にお上手ですわ」
「私、普段からこんなに悪そうな目つきしてますか? ねぇ辻さん」
「あ、えーっと、その」
「マオ、これ私! 私ですよねっ? 考案者だもん!」
「いや、どっちかって言うとヴァニーユさんをモデルに……秋桜はクーのほう」
「えっひどい、私そんなにコドモじゃないですよぅ!」
「……いやはや」
賑やかな仲間たちから一歩下がりながら、
マッシュの目は黒板に書きつけられた『魔剣』の字に惹きつけられていた。
(心に剣を潜ませる者は、誰しも魔剣になり得るのでしょうか。そう……)
不意に、マッシュは自身の腰に提げたサーベルの重みを感じた。
(現実に存在する、私たちもまた)
●
『ああと届いてるよよよ良くできてるねえええ』
「……あの、お声が少々震えてらっしゃいますが」
後日、劇団長は魔導伝話にて、ルートヴィヒの手元に原作が届いたことを知らされた。
『あああわ悪いねこここのあいだだだバイクの試運転でで転んでしまって。
痛めた腰に効くかと思ったが、逆効果になりそうだ。今、スイッチを切ったよ』
「そ、そうですかお大事に」
『で、来月までには脚本の形に直しておくから、完成次第そちらへ送ろう」
「ありがとうございます、『大公』」
言ってから、しまった、と思う。
つい気が緩んで、とんだあだ名を口にしてしまった。しかし、
『公演には間に合いそうだねぇ、私としてもほっとしたよ……』
ルートヴィヒは気にしない素振りで話を続けた。
ハンター原作・ルートヴィヒ脚本にて、
劇団『魔剣』が演じるその劇の名は、同じく『魔剣』。
このまま何ごともなければ、今年の冬には劇場にかかるだろう。
果たして、如何なる反響を帝国の演劇界に引き起こすことか――
魔剣――世界の何処かに封印された、強大な魔力を持つ数振りの刀剣。
彼らは歴史の節目節目に姿を現しながら、時には歪虚や悪漢に操られて人類を脅かし、
またある時は、清き心を持つ英雄の手に握られ、世界を救いもした。
だがいつからか、残り少ない魔剣は己が力を誇示せんと、
人間の思惑などお構いなく、勝手に相争うようになってしまった。
悪しき情念に囚われた魔剣たちを救い、平和を取り戻さんとする英雄は何処に――
●
「……と、まぁ、劇団『魔剣』の初の大舞台とのことですし、
折角ですから、その名にあやかった物語を用意して差し上げたいと思った次第です」
辻・十字朗(ka4739)が、部屋の黒板に粗筋を書きつける。
十字朗と共に脚本原作作成の依頼を受けたハンター5人も、
粗筋を眺めつつ、それぞれのアイデアに思いを巡らせていた。
「あたし的には、演者として加わってみたかったようなお話ですけどね」
元グラビアアイドルの転移者、秋桜(ka4378)がぼやく。
「でも、私が他の人をプロデュースするなんて初めてですからっ。気合入れていっちゃいますよ!」
「これからのアイドルは、セルフプロデュースの能力も不可欠だからね。良い機会だと思うよ、秋桜」
同じく転移者の十字朗は、奇しくも元芸能プロデューサー。
持ち前の営業スマイルで皆に挨拶を済ませると、会議のまとめ役を買って出たのだが、
「さて、ここからどう具体的に詰めていきましょうかねぇ」
九龍(ka4700)が、十字朗の用意した飲み物を啜りながら言う。
マッシュ・アクラシス(ka0771)とデュシオン・ヴァニーユ(ka4696)も、
やはり飄々とした様子でクッキーなどつまんでいる。
「……魔剣、ですか。
どうでしょう、クリムゾンウェストには、そういうものも実在していたりするのでしょうか」
クオン・サガラ(ka0018)が言いながら、3人のほうを見やる。秋桜が、
「あたしは擬人化を推します! 登場する魔剣はみんな人の姿をしていて、生身の役者さんが演じるんです。
で、ヒロインもそのひとりってことにすれば一石二鳥じゃないですか!」
感心した様子で頷くデュシオン。マッシュも、
「剣の定義も広くなったものですねぇ。そちらの世界ならではの発想ですか」
そこでクオンが、彼と他のクリムゾンウェスト出身者を見て、
「わたしたち転移者からすると、西方世界それ自体がもうファンタジーの領域なんですよ。
なまじファンタジックな物語を考えようとしても、こちらの世界の現実を越えられない……、
多少極端な設定を作ったほうが、上手く行く気がします。
例えば、メインの舞台もクリムゾンウェストを離れて、いっそ精神世界のようなものにしてしまうとか」
「舞台装置を生かせるような内容、との注文もありますしね。
現実の魔法になぞらえて使うより、齟齬がなくて良いかも知れません。ヴァニーユさん?」
「……あっ、ええ、私も、面白い……と思いますわ。精神世界」
デュシオンが答えると、十字朗は早速、そのアイデアを黒板に残しておく。
●
十字朗の提案に皆が同意し、まずは喜劇、ハッピーエンドということが決まった。
「やはり、最初は主人公ですかね」
クオンが自作の設定を披露する。
主人公は新米ハンターの15歳の少年、ゼゾ。
グラズヘイム王国の片田舎に生まれ育ちながら、剣の腕を磨いてハンターとなった。
「喜劇ということですし、ここは王道で行きましょう。
明るい熱血漢で、強がりだけど、本当は優しくお節介焼きな性格です」
物語は、争いを続ける魔剣たち――人間の少女に身をやつしている――を止めるべく、
ハンターオフィスが発行した依頼を受けたところから始まる。
「彼は最初、単に金欠と空腹を理由にその依頼を受けるのですが、実は彼自身、魔剣にまつわる秘密があった、と」
「平凡な少年の身に、世界の命運を分かつ重大な秘密が隠されている……、
面白そうですわね。どのような秘密でございましょうか?」
デュシオンが尋ねたところ、ゼゾは『魔剣の適合者』の血を引いている、ということだった。
血筋の秘密を知る両親は、魔剣から彼を遠ざけておく為、わざと田舎暮らしをしていたようだ。
「魔剣に反応して、手の甲に光る円形の痣が浮かび上がります。
本人も、物語が進むにつれて、己が宿命を悟っていく……」
「くっ……静まれ、俺の右腕! ですね、分かります」
秋桜の言葉をさらっと流して、会議は進む。
●
「では、ヒロイン行きます!」
秋桜が元気良く挙手をする。
「彼女の名はマオ、マオ=イルニエルです!
炎の魔剣の化身で、可愛い女の子の姿をしています。外見年齢はゼゾと同じくらいかな?
他の魔剣たちとは姉妹ですが、マオは長女で、
由緒ある魔剣の系譜、家名を守らなきゃならないプレッシャーに苦しんでいます。最後は……」
「あ、ちょっと待って下さい」
マッシュが割り込んだ。
「話は戻りますが、ゼゾに依頼を出す大本は、一体誰になるんですかねぇ」
「ええと、マオが妹たちを止める為に……かな?」
「そうであれば、最初の見せ場の前後で、事情を説明しておかねばなりませんわね」
デュシオンが引き継いだ。魔剣同士の対立に巻き込まれたゼゾを見舞う、第一の試練――
●
イルニエルの魔剣が一角、次女・ベルス。
かつては明るく優しい性格をし、長女のマオを支えていたのだが、
あるときから心に闇を抱え、姉妹間の争いに加わってしまう。
依頼主・マオと共にベルスを訪ねるゼゾだったが、
姉が助っ人を連れて自分を倒しに来たと勘違いした彼女は、
『あたしはもう、お姉ちゃんのオマケなんかじゃない!』
解放された魔剣の力が吹き荒れる中、ゼゾはどうにかベルスの下へ。
荒れ狂う彼女の腕をゼゾが掴んだ途端、その手に光輪が輝く。魔剣適合者の証だ。
彼は剣の使い手たる能力を用い、ベルスの精神世界へと飛び込んでいく。
「ベルスはこれまで、不仲な姉妹の間を取り持つ、良い子の役割ばかり演じてきました。
そこでゼゾは、彼女は彼女の気持ちに正直に生きて良いのだ、と説得するのでございます」
デュシオンが説明すると、マッシュが、
「ならば魔剣の力の表現として、仮面の兵士たちなど登場させても良いでしょう。
精神世界にも同じものを登場させ、ゼゾを相手に殺陣を繰り広げるというのは」
十字朗が小さく手を打ち、
「主人公も剣士ですしね、各所に剣戟を織り交ぜるのはナイスアイデアです。
他の魔剣たちとの対決も、同じ要領で進めていきましょう」
●
遂にベルスの心の闇を払うゼゾだが、戦いの最中でマオが傷ついてしまう。
「救われたベルスは、長女に代わってゼゾの支援を申し出ます。
今度こそ、彼女自身の偽りなき意志で、他の姉妹を助けたいと思い……」
デュシオンが締めくくると、次は十字朗の番だった。
「では、次は三女が相手ですね。彼女の名はシオ、水の魔法を操る魔剣です」
姉妹の争いからいつの間に身を引き、隠れていたシオ。
元々控えめな性格だったのだが、姉妹がばらばらになってしまったことを深く悲しみ、
とうとう自らを砕く決意をする寸前であった。
ベルスが暴走するシオの魔力を封じ、ゼゾとマオが彼女の心へ潜っていく。
「悲しみに囚われた三女の涙を表現するのに、舞台上に雨や滝を作れると面白いかも知れません」
姉のマオ、そしてゼゾの優しさが彼女を包み込み、癒していく。
そうして、生きる希望を取り戻したシオだが――
「そろそろ、悪役も顔出しさせておかなきゃですねぇ」
九龍がニタリと笑う。
シオに自死をそそのかした人物、
それは魔剣の対たる聖剣の化身・ダモクレスであった。
50絡みの好々爺を演じながら、本心では魔剣の絶滅を目論む彼。
「聖剣は本来、人に仇為す魔剣だけを狩る存在だったのですが、
年老いて妄執に囚われた彼は、イルニエルの姉妹を相争わせて抹殺しようとしていた、って訳ですねぇ」
彼はゼゾたちを密かに見張りながら、ことの推移を見守っていた。
「いっそ、ゼゾが姉妹全員砕いてしまえばと思っていたのですが、思惑通りには進みませんで」
●
残る魔剣は四女・クー。
雷の魔力を宿し、末妹である彼女は幼さ故、
自らの力の強大さに我を忘れ、無軌道な破壊を繰り返していた。
マッシュが言う。
「ゼゾたちは彼女の心の奥に隠れていた、姉妹への愛を呼び覚まします。
愛する者すら傷つけるその力を、制御せねばならないと説得。そうして最後の魔剣も浄化されると……」
「当然、ダモクレスは面白くない」
九龍がやおら、席から立ち上がる。
『ええい、あのハンターの若僧め、余計な真似してくれおって!
こうなればワシ自ら打って出て、不埒な魔剣どもをへし折ってくれるわ!』
声色を作り、舞踏めいた身振りを交えて悪役を演じる九龍。不意に表情が元へ戻り、
「……と、出てきた彼ですが、流石名のある聖剣だけあって、姉妹たちの攻撃を全く受けつけません。
『魔剣とは、斯くもナマクラだったか?』などと、次々と傷つき倒れる彼女らをあざ笑いすらしますねぇ。
ゼゾの身もいよいよ危ない、というところで」
「ヒロインの出番でしょう!
マオがゼゾを庇い、彼をダモクレスの力の領域から逃がそうとします。が!」
秋桜がクオンを振り返ると、彼は咳払いひとつして、
『おいおい、俺は依頼を受けてからずーっと働き詰めで、良い加減腹が減ってるんだぜ?
ここで逃げたら依頼料がパーになって、飯も食えないじゃないか!』
言ってから、クオンは少々気恥ずかしそうに目を伏せた。
「まぁ、そういう言い訳をしつつ、彼は身体を張ってダモクレスの心に突入します」
●
九龍曰く、ダモクレスもまた歪んだ心の持ち主であった。
彼の精神世界の最奥には、1本のか細い糸に吊られた、錆だらけの剣がひと振り。
ゼゾがダモクレスの攻撃をかわして、その糸を断ち切れば、
剣はダモクレスの頭上に落下し、彼を刺し貫いてしまう。
「魔剣への執着によって錆びついてしまった聖剣は、
その事実に気づくことなく、自らの身を滅ぼしたのである……そういう幕切れです」
「大いなる力の持ち主といえど、心根が闇に染まれば、ひとりでに錆び、朽ちてしまう。
テーマとしても、これまでの展開からしても腑に落ちる、良い決着と思いますわ」
少し暗い表情をしつつも、デュシオンがそう言った。
他の面々も納得した顔で九龍の案を受け入れるが、
「ちょっと待ったぁ!」
声を上げたのは秋桜。
「まだひとり、救われてない魔剣がいますよっ!」
「あっ」
ダモクレスを倒した後、疲労困憊したマオの魔力は尽きかけていた。
『妹たちを助けてくれて、ありがとう。心残りもない、今なら安らかに眠れる……』
すると、これまでになく真剣な顔で、光輪宿る右腕をまくるゼゾ。
『オレはとことん諦めの悪い性格なんでね!』
炎に包まれたマオの精神世界。
ゼゾはその身を焼かれながらも、妹たちの力を借りつつ、心の奥底へと辿り着く。
争いを解決できないまま長引かせてしまったことへの後悔、
そして、長年本当の自分を押し殺してきたことによるストレスが、彼女の中にわだかまっていたのだが、
『お前が自分を愛せなくてどうする、許せなくってどうする……』
ゼゾに抱き締められたマオの心は次第に、穏やかで暖かい火を宿す――
●
「それで、ふたりは幸せなキスをして終了?」
十字朗が笑顔で秋桜に言う。彼女はしばし悩んだ後、
「いや、ここは敢えてクールに去る感じで!
力を取り戻したマオが目を覚ますと、妹たちは周りにいるんだけど、ゼゾの姿はどこにも見当たらないんです。
訊いたら、彼はベルスから依頼料をせしめて、もう次の冒険へ旅立った、と」
「照れ隠しでしょうか、それとも本当に空腹だったのでしょうか」
マッシュが尋ねるが、クオンは苦笑してかぶりを振るばかり。マッシュもふっと笑って、
「その辺りは、観客の想像に委ねましょうか」
「憤慨するマオだけど、それは、これまで見せなかった彼女の素の顔で……、
最後は遠い空に向かって笑顔でひと言、ありがとう、って呟くんですぅ」
「引きを作っても、面白いかも知れませんわね」
と、デュシオン。
「事件の後、やがて一人前のハンターとなったゼゾは数々の冒険で勇名を馳せるが、
その陰では時折、謎めいた少女たちが手を貸していた……など」
「続編フラグですね。この舞台が当たれば、そういう引きは生きてくるかも」
十字朗がメモを取る。そこでふと、九龍が、
「そういえば辻さん、先程からお手元で、何か忙しく描いてらっしゃったようですが。
気になりますねぇ、見せてもらえません?」
「……お恥ずかしながら」
照れ笑いしつつ、手帳を広げてみせる十字朗。
そこには、彼がイメージした各登場人物のイラストが描かれていた。
「十字朗さん絵もできるんですか、流石は敏腕プロデューサー!
……でもなんか、キャラの顔に心なしか皆さんの面影が」
イラストを覗き込んでから、秋桜が皆を見やる。
「ほら、主人公のゼゾが、クオンさんにちょっと似てる」
「えっ」
「あら、本当にお上手ですわ」
「私、普段からこんなに悪そうな目つきしてますか? ねぇ辻さん」
「あ、えーっと、その」
「マオ、これ私! 私ですよねっ? 考案者だもん!」
「いや、どっちかって言うとヴァニーユさんをモデルに……秋桜はクーのほう」
「えっひどい、私そんなにコドモじゃないですよぅ!」
「……いやはや」
賑やかな仲間たちから一歩下がりながら、
マッシュの目は黒板に書きつけられた『魔剣』の字に惹きつけられていた。
(心に剣を潜ませる者は、誰しも魔剣になり得るのでしょうか。そう……)
不意に、マッシュは自身の腰に提げたサーベルの重みを感じた。
(現実に存在する、私たちもまた)
●
『ああと届いてるよよよ良くできてるねえええ』
「……あの、お声が少々震えてらっしゃいますが」
後日、劇団長は魔導伝話にて、ルートヴィヒの手元に原作が届いたことを知らされた。
『あああわ悪いねこここのあいだだだバイクの試運転でで転んでしまって。
痛めた腰に効くかと思ったが、逆効果になりそうだ。今、スイッチを切ったよ』
「そ、そうですかお大事に」
『で、来月までには脚本の形に直しておくから、完成次第そちらへ送ろう」
「ありがとうございます、『大公』」
言ってから、しまった、と思う。
つい気が緩んで、とんだあだ名を口にしてしまった。しかし、
『公演には間に合いそうだねぇ、私としてもほっとしたよ……』
ルートヴィヒは気にしない素振りで話を続けた。
ハンター原作・ルートヴィヒ脚本にて、
劇団『魔剣』が演じるその劇の名は、同じく『魔剣』。
このまま何ごともなければ、今年の冬には劇場にかかるだろう。
果たして、如何なる反響を帝国の演劇界に引き起こすことか――
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 4人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 九龍(ka4700) ドワーフ|21才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/05/15 02:04:15 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/12 13:26:50 |