ゲスト
(ka0000)
オンリーワンの羊を目指して
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~12人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/12 07:30
- 完成日
- 2014/07/18 20:25
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ゾンネンシュトラール帝国。強大な騎士団をいくつも有し、また錬金術や機導術の総本山も有する軍事国家だ。騎士皇ヴィルヘルミナを頂点に据えた騎士団は多くの人々の羨望を浴び、吟遊詩人たちの語り草となっている。首都バルトアンデルスにはいつか自分もその名を連ねようと夢見る者たちで溢れかえる一方、その活動に必要な金銭、食、資材、そして人を送り出す地方には大きな影を落としていた。
歪虚との戦いを全面に展開する国策においては地方の腐敗政治や治安の悪化などは二の次であり、延々と続く対歪虚の軍事作戦に消費される食糧や騎士団の活動に必要なお金は税として吸い上げられるばかりで還元など期待できることもない。むしろ税は重くなり、農民たちの生活を苦しめていた。
「今年収める羊の数……なんじゃこりゃ!」
帝国で一番盛んなのは羊の牧畜だ。だいたい税はお金に換えて上納するものだが、一部の地域では現物で納める場合もある。実際は途中でちゃんと換金されているため、お金で納めるより多少目減りしてしまうが、市場まで遠く人手を割けない程小さな牧場主はこちらを選択する場合もある。
「今年は市場も冷え込んでてねぇ。なかなか金にならんのだよ」
この地域を取りまとめている貴族はほとほと困ったような顔をしてそう告げた。
が羊飼いはその口元がわずかに歪んだ笑みを浮かべていることなどすぐ見透かした。
「嘘つけっ。おめぇさんが懐にいれちまうんだろ!」
「はっ、二束三文にしかならんような羊しか作れんお前の方が悪かろう。ワシにも生活があるんじゃ、文句を言うな!」
!!!
その後、かなり苛烈な言い合いをしたような気がするが、ほとんど覚えていなかった。結局自分で売りに行くか、買いたたかれるかの選択を迫られただけであった。
「それで結局従うの?」
落胆した羊飼いの話を聞いていた娘は目をぱちくりして問い直した。
「悔しいけど仕方ありませんや。最近は羊皮紙の需要も減ってきて皮も売れねぇし……南方の羊毛がとれる品種にゃ敵わねぇし」
「ダメーっ!」
羊飼いがもごもごと言おうとするのを娘はびしっと止めた。
「あのね、あのね。おじさんがしょんぼりした分だけ、その元締めの貴族さんはタケノコみたいに増長するんだよ? そんな人がのさばっていたら、他の人も嫌になっちゃうわ。それって誰も幸せにならないことよ」
「でも……」
「あんな腐ったミカンみたいな人が元締めやってること自体おかしいし、それを看過するお役人さんも頭もバームクーヘンみたいに中が空洞なんだと思うわ。でも、そこで受け入れちゃったら何も変わらないのよ? おかしいことはおかしいって言おうよ」
娘は羊飼いの両手をがっしり掴んでそう言った。その瞳は真剣そのもので、有無を言わせぬ力を感じさせる。
「そう言ってくれるのはありがてぇ……でも、税を納めれなきゃ、俺が犯罪者になっちまう。従うしかねぇだ……取り立てて上げるものもない平凡な羊飼いには選択肢は……」
「ありますっ。ごみ屑ほどの価値もないなんて言わないでっ」
「いや、誰もそこまで言ってな」
「私は遠くからでもおじさんの顔はわかるわ。性格もそう。同じ人なんて誰もいない。特徴に気付けてないだけよ。きっと何かいい方法はあるはずだから、考えましょう? ね?」
娘にそう言われて羊飼いはうーん、と唸った。
娘も一生懸命にあれやこれやと考えてくれる。たたき売りの口上に始まり、別の品物の開発、新商品開発などなど。しかし、今年の税対策には時間的にどれも難しいものばかりだった。
しばらくすると娘もさすがにアイデアに困ってきて言葉少なになってしまい、ぼんやりと外を走る羊を眺めるようになっていた。
小屋の外では子供がその番をしているようであった。しかしまだ不慣れなのか、全力で追いかけ回すものの、羊は軽やかに走って散らばるばかり。そうとう苦労しているのが遠くからでもよくわかる。
「……おじさんとこの羊って足早いですよね。馬みたい」
「ああ、昔、狼なんかの害獣が多かったせいかな。このあたりの品種は力が強くて足も速いんじゃ。そのせいで肉がかたいし毛色も岩肌に近い色で……」
「それーっ!」
再びびしっと止められ、羊飼いはなんのことやらと首をかしげる。
「それですっ。月並な姿からは思いもかけず危険に鋭く、足は馬並、力はウシ並。新規開拓に一頭いかがですか!? っていうフレーズはどうですか」
「フレーズって……」
「町で羊レースしてみましょうよ。羊さんの品評会で走らせてみるんです。毛並みや肉質より生存本能に長けている羊を必要とする飼い主さんもいるんじゃないでしょうか。それに稲妻のように走る羊って証明できればブランドになりますよ。名前はそれで上げられます。そしたら少ない数で税金だって支払えちゃうかもしれません」
ははぁ、なるほど。羊飼いは娘のアイデアに言葉にならない感嘆の声をあげたのであった。
「思い立ったがなんとやらですよ。おじさん、羊を貸してください!」
不安と希望が入り混じったような目をしていた羊飼いだったが、娘のまっすぐな瞳に何かが氷解していくような気持ちを羊飼い感じていた。
「わかった。是非……お願いします」
●
「あのですな、クリームヒルト様? そういうのはまず宣伝役が必要なものですぞ、それに準備もいりますし、対抗馬もいなければ盛り上がりに欠けます。要するにいろいろ準備というものが必要なわけです。それにはもちろんお金がかかるわけで……」
ラムの香草煮込みを頬張ったでっぷりとした男は羊を撫でる娘にそう声をかけた。
「それ以上の価値がこの子達にあれば、回収できるのよね?」
「あー、まあ、そうですがな。それをどうするおつもりで?」
「どうしたらいいかしら?」
さっぱりと聞き返したクリームヒルトに、思わず顔を料理の皿に突っ伏してしまいそうになった。
「全くもう。……最近はハンターという職種が帝国、いやこのクリムゾンウェストで一番注目を浴びているといってもいいでしょう。しかも彼らの力は戦闘だけでなく、人によって様々な能力をもっているといいます。彼らの力を借りるのはいかがですかな?」
「さすがアウグスト! あったまいい!!」
目を輝かせて、パンと手を合わせるクリームヒルトに、アウグストと呼ばれた男はあきれ返った顔で問いかけた。
「しかしなぜそこまでされるのですか? 別に命の恩人というわけではありませんでしょうに」
「この国で悲しむ人を見たくないの。この国にいる人は皆、みんな幸せでいてもらいたいの」
果てしなく遠い絵空事のような言葉。
だが、彼女の声は本気だった。
歪虚との戦いを全面に展開する国策においては地方の腐敗政治や治安の悪化などは二の次であり、延々と続く対歪虚の軍事作戦に消費される食糧や騎士団の活動に必要なお金は税として吸い上げられるばかりで還元など期待できることもない。むしろ税は重くなり、農民たちの生活を苦しめていた。
「今年収める羊の数……なんじゃこりゃ!」
帝国で一番盛んなのは羊の牧畜だ。だいたい税はお金に換えて上納するものだが、一部の地域では現物で納める場合もある。実際は途中でちゃんと換金されているため、お金で納めるより多少目減りしてしまうが、市場まで遠く人手を割けない程小さな牧場主はこちらを選択する場合もある。
「今年は市場も冷え込んでてねぇ。なかなか金にならんのだよ」
この地域を取りまとめている貴族はほとほと困ったような顔をしてそう告げた。
が羊飼いはその口元がわずかに歪んだ笑みを浮かべていることなどすぐ見透かした。
「嘘つけっ。おめぇさんが懐にいれちまうんだろ!」
「はっ、二束三文にしかならんような羊しか作れんお前の方が悪かろう。ワシにも生活があるんじゃ、文句を言うな!」
!!!
その後、かなり苛烈な言い合いをしたような気がするが、ほとんど覚えていなかった。結局自分で売りに行くか、買いたたかれるかの選択を迫られただけであった。
「それで結局従うの?」
落胆した羊飼いの話を聞いていた娘は目をぱちくりして問い直した。
「悔しいけど仕方ありませんや。最近は羊皮紙の需要も減ってきて皮も売れねぇし……南方の羊毛がとれる品種にゃ敵わねぇし」
「ダメーっ!」
羊飼いがもごもごと言おうとするのを娘はびしっと止めた。
「あのね、あのね。おじさんがしょんぼりした分だけ、その元締めの貴族さんはタケノコみたいに増長するんだよ? そんな人がのさばっていたら、他の人も嫌になっちゃうわ。それって誰も幸せにならないことよ」
「でも……」
「あんな腐ったミカンみたいな人が元締めやってること自体おかしいし、それを看過するお役人さんも頭もバームクーヘンみたいに中が空洞なんだと思うわ。でも、そこで受け入れちゃったら何も変わらないのよ? おかしいことはおかしいって言おうよ」
娘は羊飼いの両手をがっしり掴んでそう言った。その瞳は真剣そのもので、有無を言わせぬ力を感じさせる。
「そう言ってくれるのはありがてぇ……でも、税を納めれなきゃ、俺が犯罪者になっちまう。従うしかねぇだ……取り立てて上げるものもない平凡な羊飼いには選択肢は……」
「ありますっ。ごみ屑ほどの価値もないなんて言わないでっ」
「いや、誰もそこまで言ってな」
「私は遠くからでもおじさんの顔はわかるわ。性格もそう。同じ人なんて誰もいない。特徴に気付けてないだけよ。きっと何かいい方法はあるはずだから、考えましょう? ね?」
娘にそう言われて羊飼いはうーん、と唸った。
娘も一生懸命にあれやこれやと考えてくれる。たたき売りの口上に始まり、別の品物の開発、新商品開発などなど。しかし、今年の税対策には時間的にどれも難しいものばかりだった。
しばらくすると娘もさすがにアイデアに困ってきて言葉少なになってしまい、ぼんやりと外を走る羊を眺めるようになっていた。
小屋の外では子供がその番をしているようであった。しかしまだ不慣れなのか、全力で追いかけ回すものの、羊は軽やかに走って散らばるばかり。そうとう苦労しているのが遠くからでもよくわかる。
「……おじさんとこの羊って足早いですよね。馬みたい」
「ああ、昔、狼なんかの害獣が多かったせいかな。このあたりの品種は力が強くて足も速いんじゃ。そのせいで肉がかたいし毛色も岩肌に近い色で……」
「それーっ!」
再びびしっと止められ、羊飼いはなんのことやらと首をかしげる。
「それですっ。月並な姿からは思いもかけず危険に鋭く、足は馬並、力はウシ並。新規開拓に一頭いかがですか!? っていうフレーズはどうですか」
「フレーズって……」
「町で羊レースしてみましょうよ。羊さんの品評会で走らせてみるんです。毛並みや肉質より生存本能に長けている羊を必要とする飼い主さんもいるんじゃないでしょうか。それに稲妻のように走る羊って証明できればブランドになりますよ。名前はそれで上げられます。そしたら少ない数で税金だって支払えちゃうかもしれません」
ははぁ、なるほど。羊飼いは娘のアイデアに言葉にならない感嘆の声をあげたのであった。
「思い立ったがなんとやらですよ。おじさん、羊を貸してください!」
不安と希望が入り混じったような目をしていた羊飼いだったが、娘のまっすぐな瞳に何かが氷解していくような気持ちを羊飼い感じていた。
「わかった。是非……お願いします」
●
「あのですな、クリームヒルト様? そういうのはまず宣伝役が必要なものですぞ、それに準備もいりますし、対抗馬もいなければ盛り上がりに欠けます。要するにいろいろ準備というものが必要なわけです。それにはもちろんお金がかかるわけで……」
ラムの香草煮込みを頬張ったでっぷりとした男は羊を撫でる娘にそう声をかけた。
「それ以上の価値がこの子達にあれば、回収できるのよね?」
「あー、まあ、そうですがな。それをどうするおつもりで?」
「どうしたらいいかしら?」
さっぱりと聞き返したクリームヒルトに、思わず顔を料理の皿に突っ伏してしまいそうになった。
「全くもう。……最近はハンターという職種が帝国、いやこのクリムゾンウェストで一番注目を浴びているといってもいいでしょう。しかも彼らの力は戦闘だけでなく、人によって様々な能力をもっているといいます。彼らの力を借りるのはいかがですかな?」
「さすがアウグスト! あったまいい!!」
目を輝かせて、パンと手を合わせるクリームヒルトに、アウグストと呼ばれた男はあきれ返った顔で問いかけた。
「しかしなぜそこまでされるのですか? 別に命の恩人というわけではありませんでしょうに」
「この国で悲しむ人を見たくないの。この国にいる人は皆、みんな幸せでいてもらいたいの」
果てしなく遠い絵空事のような言葉。
だが、彼女の声は本気だった。
リプレイ本文
●羊達との面会
「きゃあーっ、もふもふー!」
依頼人クリームヒルトと羊飼いが連れてきた羊達に歓喜の声を上げて、真っ先に飛び込んだのは夕影 風音(ka0275)。もこもこの毛に包まれて幸せそうだ。他にも溢れる動物愛ですぐ慣れたJyu=Bee(ka1681)やリアリュール(ka2003)も羊達に埋もれて幸せげである。
「冬なら温かくて幸せそうと思いますけれどね?」
真夏の蒸し暑い中、羊毛に包まれるという幸せは想像できなかったコルネ(ka0207)は軽く眼鏡を押し上げて極めて冷静に彼女達に言った。ミスティ・メイフィールド(ka0782)も戯れには少し冷めた目をしている。が、本人は汗だくでも幸せそうだ。もふもふの幸せは心頭滅却の境地へと導くらしい。
「にしても、原種に近いというのは本当だな」
「確かに羊というより……毛の多いヤギといった方が近いかもしれません」
容姿や特徴をメモしているザレム・アズール(ka0878)の横でデッサンを取るシェール・L・アヴァロン(ka1386)も同意した。そして他の大勢も。夕影はこんなもふもふは羊に違いませんっ、と盛んに主張しているが。
「人馴れしているのはありがたいですわ、言うことも聞いてくれるといいのですけれど……荷物などは曳けるかしら?」
イルミナル(ka0649)の問いかけに羊飼いは軽く首を傾げた。
「籠を背負わせて荷物を載せたりすることはあるが牽引するのは……やったことないなぁ」
「乳はいかがでしょう? 少し手を加えて飲用したり、食材にしたらと思うのですが」
摩耶(ka0362)の質問に、羊飼いは腰の巾着に入れていたチーズを渡した。話によると、羊飼いの間では羊乳でチーズを作るのは割と定番のことらしい。皆はそれを受け取るとそれぞれの作法で口に運んだ。
「こりゃ酒が欲しくなるね。やるならそっち系の販売もしたらいいと思うぜ」
強烈な塩味と濃厚なコクが口いっぱいに広がるのを感じてサンカ・アルフヴァーク(ka0720)はそう言った。摩耶はそうね、と小さく呟いた。このチーズの濃厚さだと多分原乳は相当濃いだろうと考えていた。羊に慣れ親しんだ人間にはともかく、その他にとっては、かなりクセのある食材になるだろう。
「さて、肝心のパワーとスピードを見せてもらわないとっ」
うきうきとした口調でJyuは羊の頭に手を回し、ハート型の眼帯をつけた顔を羊の顔に近づけて警戒を解いた後、ひらりとその背にまたがった。
めへへへぇ!?
普段人間など背に載せたことのない羊は目を白黒させて暴れはじめた。まるでロデオのようである。その狂乱状態が伝染したのか、他の羊何匹かも怯えはじめて散り散りになりそうなのを羊飼いとクリームヒルトは押しとどめようとするが、こうなると手のつけようがなくなるのか、まるで制止できない。
「こら、暴れちゃダメでしょ!」
その点思い切りが良かったのはエリシャ・カンナヴィ(ka0140)である。峻烈な当て身を叩きこみ気絶させる。
「もぅ、強引なんですから。大丈夫よ。あなたたちの可能性を認めてもらえるよう頑張るわね」
リアリュールは残った羊達を優しく撫でてそう言った後、は、と気づいて皆の顔をぐるりと見回した。
「そういえば羊さん達のブランドともなる名前があってもいいものですよね。ゲラーデ・ヘルナーとかヘルブラウンとかどうでしょう」
「ジュウベエちゃんはヒルトシープがいいと思うわっ」
羊をしっかり乗りこなしご機嫌なJyuがそう言った。
しかし、依頼人のクリームヒルトとは関係がないし、いや、ヒルトって戦いを意味する言葉だとか、ヘルって地獄? などと言い合いが少しあったが結論は羊飼いに任されることになった。
「……んじゃあ、間を取ってヘルトシープにしまさぁ」
なんともまあ、手ごろな折衷案に落ち着いたのであった。
さて、品評会までそれほど時間があるわけではない。一同と羊は思い思いの準備を始めるのであった。
●イベント当日
そして当日。
好天に恵まれた品評会には、商人は羊飼いはもちろん、料理人や縫製関係の職人、はては軍人であろう人たちの姿もちらほらと見えていた。町はずれとはいうものの下手すれば町とほぼ同じような規模の品評会は、まるで辺境の移動式集落が一つ越してきたかのような賑やかさであった。
その中で一際注目を浴びているのはハンター達が紹介するヘルトシープであった。
「どうぞヘルトシープをご覧になってください」
シェール考案のロゴマークがスタンプされたチラシが、彼女の手によって人々へと渡っていく。
財産の象徴としてよりも勇猛なイメージを前面に押し出し、出身であるアヴァロン島では恵みの象徴とされたリンゴの樹を背景に描くことで、一目見るだけで、帝国の人々の心をぐっとつかんでいるようであった。『勇猛な軍人には、勇猛な羊を』というコピーも軍人のみならず、勇猛さに憧憬を示す帝国の民には有意であった。
そんなロゴマークは運営側にも人気を博し、今回の品評会のトレードマーク扱いにされ、いたるところにヘルトシープのロゴマークが溢れかえることになった。そうなれば、足を運んできた人間も、これは何事とヘルトシープの元へと流れていく。
「ここまで盛況だとなんだか他の牧場主さんに申し訳ないわね」
夕影はレースの準備に、愛馬の吹雪ま跨り、人だかりのできているコーナーを見てそう言った。
「何事も準備が大切、てヤツだな。エリシャがお偉いさんトコまで掛け合いにいったのがやっぱり効いたんだと思うぜー」
サンカはザレムが用意したプレゼンテーション用のボードを準備しつつ夕影の感想に答えた。好奇心から旅に出たサンカはそれなりに人が集まるポイントなどは知ってはいたが、ここまで有効に人を集める方法があるとは思わなかった。サポートがメインとはいえ、おかげで寝る暇もないくらいに忙しかったのだが。
「サンカ、ボードの用意ありがとう」
「いーぇ、別に大したことしてるワケじゃねーから気にすんな。それよかヘルトシープを見に来た人間に撒くビラも何とかしたぜ、大した数は準備できなかったけどな」
次々と帝国にはないアピールを打ち出すザレムが声をかけてきた。
「ビラ……資料と言ってくれ。自分で目利きしていくのが多いのだろうがな。自分たちが欲しい羊はこうあるべきだという観念を崩さないと、目的は達成できないんだ。できるだけ詳細なプレゼンテーションはした方が強みになる」
「ま、確かにこんなけ人が注目してればな。前準備に専念してくれたエリシャとシェールに感謝だな」
「全くだ。人がいなければそもそも説明しても意味がないからな。よし、行ってくる。リアリュール、準備はいいか?」
「ばっちり、よ。さあ、みんな良いところ見せてきて」
丁寧に羊の毛を梳きすかしていたリアリュールは羊たちを軽く撫でて、そしてゴーのサインを示した。
短い期間ではあったが、元の飼い主であった羊飼いと綿密な引き継ぎをしたことと、リアリュールの優しくでもしっかりした訓練は羊達によく受け入れられたようで、簡単なサインをいくつも覚えさせることができた。羊達はサインに従い、最初に見た時の倍ほどにふかふかした羊毛をゆらしながら歩き始めた。
「やっぱ手入れって大切なんだな。あれならちゃんと羊に見えるぜ」
サンカはリアリュールがいた場所においてあった洗剤を回収して小さく呟いた。これもサンカがそっと準備しておいたのは内緒の話。
「さて、こちらの羊達は紡績や食肉以外の用途としてみてもらいたい。まず人によく馴れているということ、次に他の羊より忍耐力に優れている」
ザレムが人だかりの前で説明すると、その前でイルナミルが2頭の羊で馬車ならぬ羊車と共に登場する。怖がりで忍耐力のない羊が協力して荷車を曳いているというだけで、その道の人間たちには目から鱗の話である。それもこれもリアリュールの動物愛の成した力とイルミナルが羊の忍耐力がもつ時間を計測したステージ構築のおかげである。
「こりゃすごいな、どうしつけたんだ?」
「力や知恵だけではありません。他の羊より粗食に耐えますが、味が決して引けを取っているわけでもありません」
摩耶が羊車に積載していたチーズを差し出す。羊のチーズはさほど珍しくもないが、メシマズで有名な帝国では貴重な料理だ。人々は嬉しそうに一つ一つ手にしていく。
「ほう、フレッシュチーズとはやるね」
「さすがお詳しいですね。羊乳では保存に強いチーズが一般的ですが、このようなものも作れます」
「今日は朝から大変ご苦労様です。軽食をお準備してございますので、おひとつどうぞ」
イルナミルも荷台から摩耶考案のフレッシュチーズと羊のベーコンを挟んで作ったサンドイッチを手渡していく。
「いかがでございますか? 確かに羊毛や食肉だけでいうのならば他の品種を選ばれるかもしれませんが、世の中適材適所という言葉があります。この羊達が活きてくる場所はたくさんあると愚考しますけれど」
摩耶の理知が垣間見える喋りに、食いついたのは軍人たちであった。彼女の話が誰が反応するかも織り込み済み、といえば一同のプレゼンテーションの完璧さがうかがえるというものだ。軍人たちはこれなら輸送に使えるかも、とか、どこか遊行に使ってみようだとか話はじめる。軍人が動けば商人たちだって黙ってはいない。自分たちが囲う羊を売り込もうと必死だ。
「いや、しかしですな。あんな品のない痩せ羊を」
「お客様がそんなお言葉を使われるとても残念ですわ」
周囲を巡回していたエリシャが、貶めようとする商人の手を取り、接客スマイルとやや使い慣れない丁寧な語尾を使いこなして、軽く手を握る。
「ぬ、ぬぬぬ」
「きっと素敵な羊をお持ちなのね。此方のミスティがプレゼンテーションの運営管理もしてますので、よろしければご活用くださいね」
そういってエリシャはとびきりのスマイルを浮かべた。商人はすっかり骨抜き。つられて笑顔を浮かべてすごすごと引き下がってしまう。
「ま、こんなものよね」
エリシャはスマートな表情に戻ってぽつりとそう言った。
「さあ、続いては、このデータが裏打ちされたものだとその目で確かめていただきたい。レースを行おうと思う」
ザレムの説明では、最速のモノは通常の羊より3倍早いという説明があり、人々を恐れおののかせていたのだが、もちろんそれは言い過ぎだという言葉もあがっていた。レース、という言葉に壇上にあがったのはコルネである。
「まず一着を決める単勝、二位まで決める連勝、その他複勝、枠連、三連単……」
リアルブルーの競馬というものを草レースに落とし込めるあたりコルネの頭脳のすごさが窺える。簡単な賭け事だけでも燃え上がる帝国民にレースの仕組みが伝わると、皆目の色が変わってく。
「おおお、レースか。俺らの羊も参加させられるのかよ」
「もちろんです。脚に自信のある羊をお持ちでしたらどなた様でもお受けいたします。オーナー様には優勝すれば掛け金をお渡ししましょう」
そこまでくれば、賭け事大好き帝国民である。売り手も買い手も入り混じって我も我もの大合唱となった。
「はい、こちらで出場羊の受付をおこな……ちょ、こら、押さないで、あぁぁぁ、もう誰か手伝いなさいよ!」
外部からの受付を担当することになっていたミスティは予想外の人手に文字通り埋もれてしまい、渦中から悲鳴を上げる。口癖のように「かったるい」と呟いていた少女が一番忙殺される様子を皆生暖かい目で見ていた。わけではなく、手の空いていたコルネやサンカがさっとサポートに入っていく。
コルネなど、受け付けてすぐにレースの出場順を決め、勝羊券の人気ぶりから倍率設定まで行う三面六臂の活躍ぶりである。
「さあ、第一レース始めるわ」
夕影が吹雪に乗って、スタート位置へと誘導していく。依頼に出てきた羊だけでももふもふ可愛いのに、さらに集団になって、視界一面もふもふだらけである。優しい顔立ちが思わず蕩けそうになっていた。
「さぁ、今までの訓練の成果、見せて上げるのよっ」
すっかりJyuの訓練によってやたら気合いの入った羊に彼女は応援の言葉をかける。彼女が手塩をかけて育てたホワイトサイクロンだ。
「いくわよ、レディ、ゴー!!」
夕影が合図すると吹雪がいななき、それがレースの合図になった。
「いっけぇぇぇぇ!!!」
もよん、もよんもよん。……めぇ?
訓練されていない他の羊がまともに走るわけがない。のてのてと集団で歩いては鳴くばかり。
しかしホワイトサイクロン号は違った。あっという間に烏合の羊を抜き去り、竜巻のごとく駆け抜けてゴールに駆け抜けていく。そのスピードたるやザレムの言ったようにまさしく通常の羊の3倍。ホワイトよりレッドにしときゃ良かったと思う人間もきっといたことだろう。観客の驚嘆の声に、Jyuはふふん、と鼻を鳴らして声高らかに叫んだ。
「見ての通り、この国一番、いえ世界最速の羊なのよ。さぁ、この子達が買えるのは、今、この時だけよ!!」
羊券の処理を行っていたコルネも投票者にお金を還元しながらも同じく口を添えていく。
「楽しんでいただけたでしょうか?足が速い分、害獣が多い開拓地でも安心して育てられ、荷車の引手や農耕馬の代わりなど、開拓にとても役立つと思いますわ」
「今の羊、ホワイトサイクロンは走ることに特に強い羊だ。次のサンダーマウンテンは騎乗しながらでも走れる。このように力強くもよく訓練できる羊は非常に価値があるだろう」
「馬よりずっと身軽で、荒れ地でも歩くことができるのが羊ですよ。いかがですか?」
ザレム、リアリュールもそれぞれの場所でアピールすれば、観客である人々はすっかり気に入ってしまったようだ。一頭売ってくれないか。いやいや、こちらに売ってくれと声が次々とかかる。
「いいですわ、2万、はい、3万入りました。他いらっしゃいません?」
ミスティはその場で始まった競りを音頭した。それは彼女の受け入れ態勢がしっかりできていた所以でもあるだろう。彼女の周りが金袋で埋まるくらいの稼ぎを生み出していく。
「第二レースも始めますわよ? 一番人気はサンダーマウンテンの0.8倍、続いて……」
コルネが胴元になる羊レース、摩耶とイルナミルの羊を食材にした軽食販売などで、一同は本当に一年暮らせるくらいのお金を稼ぎ出すことができたのであった。
●終わりに
「いや、本当に助かりました。この羊たちにこんな価値がでるなんて……私には無理なことです」
予定通り税金を収めた上で、十分に収入が得ることができた分を一同に還元することになった。金袋を手渡す羊飼いは嬉しさを通り越して、涙目になっていた。
「価値観などという物は人それぞれ、何にでも需要はあるものですわ」
ミスティは軽く鼻をなれしてそう言った。
「これからヘルトシープはもっと高く売れるようになりますわね? でも本当にその名前で良かったのかしら?」
コルネが気になっていたのはブランド名のことだ。人気が出るようになった以上、ブランド名がお手軽な折衷案でまとまってしまったことに彼女は不安を感じていたのだ。これが自分のギルドマスターだと、笑顔で何時間も説教していたところだろう。
「いや、いいんでさ。ヘルブラウンっていい名前だし、姫様のお名前もいただくことができるなんて夢にも思いませんでしたから」
「まあ、おせっかいなのは確かね」
照れるクリームヒルトに、ミスティはずばっとそう言うと、場が一瞬凍りつき、クリームヒルトは打ちひしがれてしまった。そこでふと気になったキーワードをミスティが問いただした。
「ん、姫様……?」
「ああ、このお方は帝国の姫様だよ。12年前の革命で打ち倒された皇帝の御息女だ」
その言葉に一同は目を丸くした。現騎士皇ヴィルヘルミナの父君が革命を起こしたのは聞き及んでいたが、まさかその関係者が目の前にいるとは。
「昔のことを挙げられても困るわ。わたしは一介の人間よ?」
「ああ、なるほど。帝国の困っている人を助けたいってそういうことでしたか」
摩耶は依頼のくだりを思い出して、そう言った。イルミナルも色んな意味で複雑そうな驚きを顔に出していた。
「まさかここにお姫様がいるとは……」
「今の皇帝様がすげえ人気があるのは知ってるさ。だがな、戦争戦争ばかりで下々は辛く思う人もいるんだ。そんな中で俺たちみたいなのにも声をかけてくれる姫様はある種の希望なんだよ」
羊飼いの言葉にシェールは頷いた。戦争が起こす悲しみは故郷でもよく聞かされていた。ふと、旅に出た目的がこの依頼にも繋がっていることに気付かされる。
「でも、本当に良かったですわ。今日の品評会のできごとは地方の人にもきっと希望となると思うの。自分たちの可能性があるんだって。わたしね、そのお手伝いをこれからもやってく! また機会があればご協力お願いしますっ」
クリームヒルトと羊飼いが頭を下げる様子を見て、一同は今日の依頼が人々の明日を紡いでいくことを実感したのであった。
「きゃあーっ、もふもふー!」
依頼人クリームヒルトと羊飼いが連れてきた羊達に歓喜の声を上げて、真っ先に飛び込んだのは夕影 風音(ka0275)。もこもこの毛に包まれて幸せそうだ。他にも溢れる動物愛ですぐ慣れたJyu=Bee(ka1681)やリアリュール(ka2003)も羊達に埋もれて幸せげである。
「冬なら温かくて幸せそうと思いますけれどね?」
真夏の蒸し暑い中、羊毛に包まれるという幸せは想像できなかったコルネ(ka0207)は軽く眼鏡を押し上げて極めて冷静に彼女達に言った。ミスティ・メイフィールド(ka0782)も戯れには少し冷めた目をしている。が、本人は汗だくでも幸せそうだ。もふもふの幸せは心頭滅却の境地へと導くらしい。
「にしても、原種に近いというのは本当だな」
「確かに羊というより……毛の多いヤギといった方が近いかもしれません」
容姿や特徴をメモしているザレム・アズール(ka0878)の横でデッサンを取るシェール・L・アヴァロン(ka1386)も同意した。そして他の大勢も。夕影はこんなもふもふは羊に違いませんっ、と盛んに主張しているが。
「人馴れしているのはありがたいですわ、言うことも聞いてくれるといいのですけれど……荷物などは曳けるかしら?」
イルミナル(ka0649)の問いかけに羊飼いは軽く首を傾げた。
「籠を背負わせて荷物を載せたりすることはあるが牽引するのは……やったことないなぁ」
「乳はいかがでしょう? 少し手を加えて飲用したり、食材にしたらと思うのですが」
摩耶(ka0362)の質問に、羊飼いは腰の巾着に入れていたチーズを渡した。話によると、羊飼いの間では羊乳でチーズを作るのは割と定番のことらしい。皆はそれを受け取るとそれぞれの作法で口に運んだ。
「こりゃ酒が欲しくなるね。やるならそっち系の販売もしたらいいと思うぜ」
強烈な塩味と濃厚なコクが口いっぱいに広がるのを感じてサンカ・アルフヴァーク(ka0720)はそう言った。摩耶はそうね、と小さく呟いた。このチーズの濃厚さだと多分原乳は相当濃いだろうと考えていた。羊に慣れ親しんだ人間にはともかく、その他にとっては、かなりクセのある食材になるだろう。
「さて、肝心のパワーとスピードを見せてもらわないとっ」
うきうきとした口調でJyuは羊の頭に手を回し、ハート型の眼帯をつけた顔を羊の顔に近づけて警戒を解いた後、ひらりとその背にまたがった。
めへへへぇ!?
普段人間など背に載せたことのない羊は目を白黒させて暴れはじめた。まるでロデオのようである。その狂乱状態が伝染したのか、他の羊何匹かも怯えはじめて散り散りになりそうなのを羊飼いとクリームヒルトは押しとどめようとするが、こうなると手のつけようがなくなるのか、まるで制止できない。
「こら、暴れちゃダメでしょ!」
その点思い切りが良かったのはエリシャ・カンナヴィ(ka0140)である。峻烈な当て身を叩きこみ気絶させる。
「もぅ、強引なんですから。大丈夫よ。あなたたちの可能性を認めてもらえるよう頑張るわね」
リアリュールは残った羊達を優しく撫でてそう言った後、は、と気づいて皆の顔をぐるりと見回した。
「そういえば羊さん達のブランドともなる名前があってもいいものですよね。ゲラーデ・ヘルナーとかヘルブラウンとかどうでしょう」
「ジュウベエちゃんはヒルトシープがいいと思うわっ」
羊をしっかり乗りこなしご機嫌なJyuがそう言った。
しかし、依頼人のクリームヒルトとは関係がないし、いや、ヒルトって戦いを意味する言葉だとか、ヘルって地獄? などと言い合いが少しあったが結論は羊飼いに任されることになった。
「……んじゃあ、間を取ってヘルトシープにしまさぁ」
なんともまあ、手ごろな折衷案に落ち着いたのであった。
さて、品評会までそれほど時間があるわけではない。一同と羊は思い思いの準備を始めるのであった。
●イベント当日
そして当日。
好天に恵まれた品評会には、商人は羊飼いはもちろん、料理人や縫製関係の職人、はては軍人であろう人たちの姿もちらほらと見えていた。町はずれとはいうものの下手すれば町とほぼ同じような規模の品評会は、まるで辺境の移動式集落が一つ越してきたかのような賑やかさであった。
その中で一際注目を浴びているのはハンター達が紹介するヘルトシープであった。
「どうぞヘルトシープをご覧になってください」
シェール考案のロゴマークがスタンプされたチラシが、彼女の手によって人々へと渡っていく。
財産の象徴としてよりも勇猛なイメージを前面に押し出し、出身であるアヴァロン島では恵みの象徴とされたリンゴの樹を背景に描くことで、一目見るだけで、帝国の人々の心をぐっとつかんでいるようであった。『勇猛な軍人には、勇猛な羊を』というコピーも軍人のみならず、勇猛さに憧憬を示す帝国の民には有意であった。
そんなロゴマークは運営側にも人気を博し、今回の品評会のトレードマーク扱いにされ、いたるところにヘルトシープのロゴマークが溢れかえることになった。そうなれば、足を運んできた人間も、これは何事とヘルトシープの元へと流れていく。
「ここまで盛況だとなんだか他の牧場主さんに申し訳ないわね」
夕影はレースの準備に、愛馬の吹雪ま跨り、人だかりのできているコーナーを見てそう言った。
「何事も準備が大切、てヤツだな。エリシャがお偉いさんトコまで掛け合いにいったのがやっぱり効いたんだと思うぜー」
サンカはザレムが用意したプレゼンテーション用のボードを準備しつつ夕影の感想に答えた。好奇心から旅に出たサンカはそれなりに人が集まるポイントなどは知ってはいたが、ここまで有効に人を集める方法があるとは思わなかった。サポートがメインとはいえ、おかげで寝る暇もないくらいに忙しかったのだが。
「サンカ、ボードの用意ありがとう」
「いーぇ、別に大したことしてるワケじゃねーから気にすんな。それよかヘルトシープを見に来た人間に撒くビラも何とかしたぜ、大した数は準備できなかったけどな」
次々と帝国にはないアピールを打ち出すザレムが声をかけてきた。
「ビラ……資料と言ってくれ。自分で目利きしていくのが多いのだろうがな。自分たちが欲しい羊はこうあるべきだという観念を崩さないと、目的は達成できないんだ。できるだけ詳細なプレゼンテーションはした方が強みになる」
「ま、確かにこんなけ人が注目してればな。前準備に専念してくれたエリシャとシェールに感謝だな」
「全くだ。人がいなければそもそも説明しても意味がないからな。よし、行ってくる。リアリュール、準備はいいか?」
「ばっちり、よ。さあ、みんな良いところ見せてきて」
丁寧に羊の毛を梳きすかしていたリアリュールは羊たちを軽く撫でて、そしてゴーのサインを示した。
短い期間ではあったが、元の飼い主であった羊飼いと綿密な引き継ぎをしたことと、リアリュールの優しくでもしっかりした訓練は羊達によく受け入れられたようで、簡単なサインをいくつも覚えさせることができた。羊達はサインに従い、最初に見た時の倍ほどにふかふかした羊毛をゆらしながら歩き始めた。
「やっぱ手入れって大切なんだな。あれならちゃんと羊に見えるぜ」
サンカはリアリュールがいた場所においてあった洗剤を回収して小さく呟いた。これもサンカがそっと準備しておいたのは内緒の話。
「さて、こちらの羊達は紡績や食肉以外の用途としてみてもらいたい。まず人によく馴れているということ、次に他の羊より忍耐力に優れている」
ザレムが人だかりの前で説明すると、その前でイルナミルが2頭の羊で馬車ならぬ羊車と共に登場する。怖がりで忍耐力のない羊が協力して荷車を曳いているというだけで、その道の人間たちには目から鱗の話である。それもこれもリアリュールの動物愛の成した力とイルミナルが羊の忍耐力がもつ時間を計測したステージ構築のおかげである。
「こりゃすごいな、どうしつけたんだ?」
「力や知恵だけではありません。他の羊より粗食に耐えますが、味が決して引けを取っているわけでもありません」
摩耶が羊車に積載していたチーズを差し出す。羊のチーズはさほど珍しくもないが、メシマズで有名な帝国では貴重な料理だ。人々は嬉しそうに一つ一つ手にしていく。
「ほう、フレッシュチーズとはやるね」
「さすがお詳しいですね。羊乳では保存に強いチーズが一般的ですが、このようなものも作れます」
「今日は朝から大変ご苦労様です。軽食をお準備してございますので、おひとつどうぞ」
イルナミルも荷台から摩耶考案のフレッシュチーズと羊のベーコンを挟んで作ったサンドイッチを手渡していく。
「いかがでございますか? 確かに羊毛や食肉だけでいうのならば他の品種を選ばれるかもしれませんが、世の中適材適所という言葉があります。この羊達が活きてくる場所はたくさんあると愚考しますけれど」
摩耶の理知が垣間見える喋りに、食いついたのは軍人たちであった。彼女の話が誰が反応するかも織り込み済み、といえば一同のプレゼンテーションの完璧さがうかがえるというものだ。軍人たちはこれなら輸送に使えるかも、とか、どこか遊行に使ってみようだとか話はじめる。軍人が動けば商人たちだって黙ってはいない。自分たちが囲う羊を売り込もうと必死だ。
「いや、しかしですな。あんな品のない痩せ羊を」
「お客様がそんなお言葉を使われるとても残念ですわ」
周囲を巡回していたエリシャが、貶めようとする商人の手を取り、接客スマイルとやや使い慣れない丁寧な語尾を使いこなして、軽く手を握る。
「ぬ、ぬぬぬ」
「きっと素敵な羊をお持ちなのね。此方のミスティがプレゼンテーションの運営管理もしてますので、よろしければご活用くださいね」
そういってエリシャはとびきりのスマイルを浮かべた。商人はすっかり骨抜き。つられて笑顔を浮かべてすごすごと引き下がってしまう。
「ま、こんなものよね」
エリシャはスマートな表情に戻ってぽつりとそう言った。
「さあ、続いては、このデータが裏打ちされたものだとその目で確かめていただきたい。レースを行おうと思う」
ザレムの説明では、最速のモノは通常の羊より3倍早いという説明があり、人々を恐れおののかせていたのだが、もちろんそれは言い過ぎだという言葉もあがっていた。レース、という言葉に壇上にあがったのはコルネである。
「まず一着を決める単勝、二位まで決める連勝、その他複勝、枠連、三連単……」
リアルブルーの競馬というものを草レースに落とし込めるあたりコルネの頭脳のすごさが窺える。簡単な賭け事だけでも燃え上がる帝国民にレースの仕組みが伝わると、皆目の色が変わってく。
「おおお、レースか。俺らの羊も参加させられるのかよ」
「もちろんです。脚に自信のある羊をお持ちでしたらどなた様でもお受けいたします。オーナー様には優勝すれば掛け金をお渡ししましょう」
そこまでくれば、賭け事大好き帝国民である。売り手も買い手も入り混じって我も我もの大合唱となった。
「はい、こちらで出場羊の受付をおこな……ちょ、こら、押さないで、あぁぁぁ、もう誰か手伝いなさいよ!」
外部からの受付を担当することになっていたミスティは予想外の人手に文字通り埋もれてしまい、渦中から悲鳴を上げる。口癖のように「かったるい」と呟いていた少女が一番忙殺される様子を皆生暖かい目で見ていた。わけではなく、手の空いていたコルネやサンカがさっとサポートに入っていく。
コルネなど、受け付けてすぐにレースの出場順を決め、勝羊券の人気ぶりから倍率設定まで行う三面六臂の活躍ぶりである。
「さあ、第一レース始めるわ」
夕影が吹雪に乗って、スタート位置へと誘導していく。依頼に出てきた羊だけでももふもふ可愛いのに、さらに集団になって、視界一面もふもふだらけである。優しい顔立ちが思わず蕩けそうになっていた。
「さぁ、今までの訓練の成果、見せて上げるのよっ」
すっかりJyuの訓練によってやたら気合いの入った羊に彼女は応援の言葉をかける。彼女が手塩をかけて育てたホワイトサイクロンだ。
「いくわよ、レディ、ゴー!!」
夕影が合図すると吹雪がいななき、それがレースの合図になった。
「いっけぇぇぇぇ!!!」
もよん、もよんもよん。……めぇ?
訓練されていない他の羊がまともに走るわけがない。のてのてと集団で歩いては鳴くばかり。
しかしホワイトサイクロン号は違った。あっという間に烏合の羊を抜き去り、竜巻のごとく駆け抜けてゴールに駆け抜けていく。そのスピードたるやザレムの言ったようにまさしく通常の羊の3倍。ホワイトよりレッドにしときゃ良かったと思う人間もきっといたことだろう。観客の驚嘆の声に、Jyuはふふん、と鼻を鳴らして声高らかに叫んだ。
「見ての通り、この国一番、いえ世界最速の羊なのよ。さぁ、この子達が買えるのは、今、この時だけよ!!」
羊券の処理を行っていたコルネも投票者にお金を還元しながらも同じく口を添えていく。
「楽しんでいただけたでしょうか?足が速い分、害獣が多い開拓地でも安心して育てられ、荷車の引手や農耕馬の代わりなど、開拓にとても役立つと思いますわ」
「今の羊、ホワイトサイクロンは走ることに特に強い羊だ。次のサンダーマウンテンは騎乗しながらでも走れる。このように力強くもよく訓練できる羊は非常に価値があるだろう」
「馬よりずっと身軽で、荒れ地でも歩くことができるのが羊ですよ。いかがですか?」
ザレム、リアリュールもそれぞれの場所でアピールすれば、観客である人々はすっかり気に入ってしまったようだ。一頭売ってくれないか。いやいや、こちらに売ってくれと声が次々とかかる。
「いいですわ、2万、はい、3万入りました。他いらっしゃいません?」
ミスティはその場で始まった競りを音頭した。それは彼女の受け入れ態勢がしっかりできていた所以でもあるだろう。彼女の周りが金袋で埋まるくらいの稼ぎを生み出していく。
「第二レースも始めますわよ? 一番人気はサンダーマウンテンの0.8倍、続いて……」
コルネが胴元になる羊レース、摩耶とイルナミルの羊を食材にした軽食販売などで、一同は本当に一年暮らせるくらいのお金を稼ぎ出すことができたのであった。
●終わりに
「いや、本当に助かりました。この羊たちにこんな価値がでるなんて……私には無理なことです」
予定通り税金を収めた上で、十分に収入が得ることができた分を一同に還元することになった。金袋を手渡す羊飼いは嬉しさを通り越して、涙目になっていた。
「価値観などという物は人それぞれ、何にでも需要はあるものですわ」
ミスティは軽く鼻をなれしてそう言った。
「これからヘルトシープはもっと高く売れるようになりますわね? でも本当にその名前で良かったのかしら?」
コルネが気になっていたのはブランド名のことだ。人気が出るようになった以上、ブランド名がお手軽な折衷案でまとまってしまったことに彼女は不安を感じていたのだ。これが自分のギルドマスターだと、笑顔で何時間も説教していたところだろう。
「いや、いいんでさ。ヘルブラウンっていい名前だし、姫様のお名前もいただくことができるなんて夢にも思いませんでしたから」
「まあ、おせっかいなのは確かね」
照れるクリームヒルトに、ミスティはずばっとそう言うと、場が一瞬凍りつき、クリームヒルトは打ちひしがれてしまった。そこでふと気になったキーワードをミスティが問いただした。
「ん、姫様……?」
「ああ、このお方は帝国の姫様だよ。12年前の革命で打ち倒された皇帝の御息女だ」
その言葉に一同は目を丸くした。現騎士皇ヴィルヘルミナの父君が革命を起こしたのは聞き及んでいたが、まさかその関係者が目の前にいるとは。
「昔のことを挙げられても困るわ。わたしは一介の人間よ?」
「ああ、なるほど。帝国の困っている人を助けたいってそういうことでしたか」
摩耶は依頼のくだりを思い出して、そう言った。イルミナルも色んな意味で複雑そうな驚きを顔に出していた。
「まさかここにお姫様がいるとは……」
「今の皇帝様がすげえ人気があるのは知ってるさ。だがな、戦争戦争ばかりで下々は辛く思う人もいるんだ。そんな中で俺たちみたいなのにも声をかけてくれる姫様はある種の希望なんだよ」
羊飼いの言葉にシェールは頷いた。戦争が起こす悲しみは故郷でもよく聞かされていた。ふと、旅に出た目的がこの依頼にも繋がっていることに気付かされる。
「でも、本当に良かったですわ。今日の品評会のできごとは地方の人にもきっと希望となると思うの。自分たちの可能性があるんだって。わたしね、そのお手伝いをこれからもやってく! また機会があればご協力お願いしますっ」
クリームヒルトと羊飼いが頭を下げる様子を見て、一同は今日の依頼が人々の明日を紡いでいくことを実感したのであった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 12人 |
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ポイントがありませんので、拍手できません
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/07 18:48:07 |
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相談卓 シェール・L・アヴァロン(ka1386) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/07/12 00:34:27 |