ゲスト
(ka0000)
ラズビルナム調査隊(2)
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~15人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/22 22:00
- 完成日
- 2015/05/30 01:23
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ゾンネンシュトラール帝国でも最悪の魔法公害の現場となった、汚染区域『ラズビルナム』。
広大な荒野に囲まれた森は、過去10年以上誰ひとりとして立ち入ったことがなく、
ワルプルギス錬魔院、及び委託管理を行う帝国軍駐屯部隊の監視の下、
未だ汚染と雑魔を近隣一帯に吐き出し続けている。
昨今の雑魔発生数の急激な増加に対し、錬魔院はハンターから成る調査隊の設立を決定。
区域内の汚染調査と、雑魔急増の原因究明へ乗り出した。
前日の第1回調査では、『魔女の森』と呼ばれる森林地帯周辺を探索。
森の北側こそ未調査のままに終わったが、代わりに充分な量のサンプルを持ち帰ることができた。
ラズビルナムの環境について、新たに判明したこと――
●
「ハンターたちの報告に基づき、私はこの現象を『バーストアウト』、BOと命名しました」
錬魔院の研究者が、調査隊責任者のクリケット(kz0093)に解説してみせる。
前回調査でハンターを襲った、術者不在の魔法の罠についてだ。
足を踏み入れるなり、電撃やかまいたち、はたまた回復の魔法まで発動するという実に奇妙な現象だったが、
「正体は、局所的に密度の高まったマテリアルが発生させる偶然の魔法です。
仕組み自体はハンターが用いるスキルと大差ありません、
高純度のマテリアルを特定の条件下で解放することによって、攻撃や治癒、その他様々な効果を得る訳です。
自然に流れる河の水を、治水工事でもって農業水路や下水道に引き込み、生活に役立てるようなものですね。
しかしBOの場合は、河の流れが偶然、ひとりでに運河や水路のような形を取ってしまった、ということです」
「しかし、そんじょそこらで起こるような現象じゃないんだろ?
でなけりゃ、西方世界丸ごと地雷原になっちまう」
「無論、極めて特異な事象であることは間違いありません。
正負相反するマテリアルが、狭小空間の中で入り乱れている……、
そんな特殊な環境でなければ、滅多に起こることではないでしょう」
重度汚染区域であるラズビルナムは、確かにその条件を満たし得るだろう。
ただしその場合、やはり区域内には正のマテリアルの供給源が存在していることになる。
「調査隊が持ち帰ったサンプルですが、やはりと言うべきか、哨戒線付近を更に上回る汚染が検知されています。
が、全体として重度ではあるものの、その程度は場所によってかなりまばらですね。
生育状態の良い植物と、その周辺の土や水は汚染が軽度。
反対に、枯れた植物の周囲は汚染が強いことが分かります。
これは、正のマテリアルの供給を受けた場所のみ汚染が軽減され、
それによって植物の生育も保護されている、と考えられます」
「だが、正のマテリアルが多く集まる場所はBOも発生し易い……」
●
駐屯基地ではようやく、拡張された敷地を囲う2重の砦柵と壕が完成した。
だが、基地改良の為の工事はまだまだ終わらない。
調査隊のハンターから、新たな陣地の設営が提案されていた。
歪虚による基地包囲を防ぐ為にも、哨戒線付近まで戦力を十全に送り込めるような、
前進基地及び警戒陣地を設ける。周囲には、地面から僅かに掘り下げて通路を作り、
基地間の移動、あるいは敵の誘導に役立てる。
通路の作業は時間がかかりそうだが、小さな野戦陣地程度であれば、じきに揃えられるだろう。
撤退作戦の準備も行われた。整備中の輸送路を併用し、緊急時の基地脱出手順を作成する。
また、物資の持ち出しが間に合わなかったときに備え、輸送路途上に中間貯蔵庫を置くことも計画された。
長雨に備え、運動や鍛錬の不足が生じないよう、屋根付きの訓練場も提案され、目下建造中。
既に完成していた検査室にも、新しく資料室を併設。前回調査の記録文書を収容し始めている。
第2回調査の下準備で再びラズビルナムを訪れたクリケットが、資料の確認と整理を引き受けた。
(枯死した樹木は、組織の硬質化により倒壊を免れている。
事故当時に急速に汚染が広まったことで、通常の腐敗プロセスが省かれたんだろう。
だが、旧錬魔院は木を切って物資搬入路を拓いていた筈だし……)
前回調査で、森の西側にそれらしい道を見つけた。今は低木や雑草が辺りを覆ってはいるが、
(当時は比較的開拓し易いルートだったんだろう。俺たちもそれに乗るのが楽そうだけどな)
BOや雑魔等の危険を避けながら、旧い搬入路に沿って進んでいく。
そうすれば、旧錬魔院の施設跡も見つけ易いというものだ。
雑魔に関する記録もチェックしておく。
荒野に現れるコボルドや四足獣と比べ、より個性的な能力・容姿を持つものが多い。
特に厄介そうな敵は、大きく裂けた口を持つ大蛇――激痛を引き起こす猛毒の持ち主。毒の成分は現在解析中。
金属体毛を持つコボルド――接近戦の際、折れた毛が刺さる恐れがある。
高速で飛行し、接触時に爆発する雷球――BOの一種と推測される。
(そして、ゾンビか)
ゾンビの存在は、魔女の森に人間の犠牲者がいることを示している。
過去、駐屯部隊の監視を逃れて森へ立ち入った者がいなれば、
(恐らくは研究員の成れの果てだな。森の奥にまだいるかも知れない)
●
前回調査後、数人が訴え出た体調不良についても記録が為されていた。
軽度の頭痛や吐き気、傷の治りの悪さ。いずれも後日に残るような重い症状ではない。
当初の予想よりも覚醒者は汚染への耐性が高いようだが、油断はできない。
調査時に外から持ち込まれた水を調べたところ、密封容器内の水はほとんど影響を受けていなかった。
ただし、容器の口が開いていたものについては、僅かに汚染を検知。
容器自体も、表面に付着した土や埃の汚れを経由して汚染されている。
また、魔法的保護を受けた容器の場合は、水・容器共に汚染が軽減された。
区域内で採取された水サンプルに対し、ピュアウォーターの魔法による浄化はあまり効果がなかった。
水に含まれる泥や微生物の死骸を取り除くことはできたが、
重度のマテリアル汚染はスキル2、3回の使用で打ち消せるものではない。
(しかし、万が一基地に籠城するようなことがあれば、
浄化槽の雨水や泉水を浄化し、飲用に切り替えることくらいはできるだろう)
クリケットはこの先、調査隊と基地にどの程度の危険が及び得るかを考えた。
3分ほど資料室――簡素な木製の小屋でひとり、窓越しに外を眺め、出された結論は、
(今のところ、底なしだ)
そろそろ、錬魔院の古傷をつつく頃合いかも知れない。
次の調査から帰還し次第、改めて古株の研究員と面談しようと決めた。
それで何か分かったからといって、
窓の外の荒れ果てた光景が、いっぺんに解決するというものでもなかろうが――
ゾンネンシュトラール帝国でも最悪の魔法公害の現場となった、汚染区域『ラズビルナム』。
広大な荒野に囲まれた森は、過去10年以上誰ひとりとして立ち入ったことがなく、
ワルプルギス錬魔院、及び委託管理を行う帝国軍駐屯部隊の監視の下、
未だ汚染と雑魔を近隣一帯に吐き出し続けている。
昨今の雑魔発生数の急激な増加に対し、錬魔院はハンターから成る調査隊の設立を決定。
区域内の汚染調査と、雑魔急増の原因究明へ乗り出した。
前日の第1回調査では、『魔女の森』と呼ばれる森林地帯周辺を探索。
森の北側こそ未調査のままに終わったが、代わりに充分な量のサンプルを持ち帰ることができた。
ラズビルナムの環境について、新たに判明したこと――
●
「ハンターたちの報告に基づき、私はこの現象を『バーストアウト』、BOと命名しました」
錬魔院の研究者が、調査隊責任者のクリケット(kz0093)に解説してみせる。
前回調査でハンターを襲った、術者不在の魔法の罠についてだ。
足を踏み入れるなり、電撃やかまいたち、はたまた回復の魔法まで発動するという実に奇妙な現象だったが、
「正体は、局所的に密度の高まったマテリアルが発生させる偶然の魔法です。
仕組み自体はハンターが用いるスキルと大差ありません、
高純度のマテリアルを特定の条件下で解放することによって、攻撃や治癒、その他様々な効果を得る訳です。
自然に流れる河の水を、治水工事でもって農業水路や下水道に引き込み、生活に役立てるようなものですね。
しかしBOの場合は、河の流れが偶然、ひとりでに運河や水路のような形を取ってしまった、ということです」
「しかし、そんじょそこらで起こるような現象じゃないんだろ?
でなけりゃ、西方世界丸ごと地雷原になっちまう」
「無論、極めて特異な事象であることは間違いありません。
正負相反するマテリアルが、狭小空間の中で入り乱れている……、
そんな特殊な環境でなければ、滅多に起こることではないでしょう」
重度汚染区域であるラズビルナムは、確かにその条件を満たし得るだろう。
ただしその場合、やはり区域内には正のマテリアルの供給源が存在していることになる。
「調査隊が持ち帰ったサンプルですが、やはりと言うべきか、哨戒線付近を更に上回る汚染が検知されています。
が、全体として重度ではあるものの、その程度は場所によってかなりまばらですね。
生育状態の良い植物と、その周辺の土や水は汚染が軽度。
反対に、枯れた植物の周囲は汚染が強いことが分かります。
これは、正のマテリアルの供給を受けた場所のみ汚染が軽減され、
それによって植物の生育も保護されている、と考えられます」
「だが、正のマテリアルが多く集まる場所はBOも発生し易い……」
●
駐屯基地ではようやく、拡張された敷地を囲う2重の砦柵と壕が完成した。
だが、基地改良の為の工事はまだまだ終わらない。
調査隊のハンターから、新たな陣地の設営が提案されていた。
歪虚による基地包囲を防ぐ為にも、哨戒線付近まで戦力を十全に送り込めるような、
前進基地及び警戒陣地を設ける。周囲には、地面から僅かに掘り下げて通路を作り、
基地間の移動、あるいは敵の誘導に役立てる。
通路の作業は時間がかかりそうだが、小さな野戦陣地程度であれば、じきに揃えられるだろう。
撤退作戦の準備も行われた。整備中の輸送路を併用し、緊急時の基地脱出手順を作成する。
また、物資の持ち出しが間に合わなかったときに備え、輸送路途上に中間貯蔵庫を置くことも計画された。
長雨に備え、運動や鍛錬の不足が生じないよう、屋根付きの訓練場も提案され、目下建造中。
既に完成していた検査室にも、新しく資料室を併設。前回調査の記録文書を収容し始めている。
第2回調査の下準備で再びラズビルナムを訪れたクリケットが、資料の確認と整理を引き受けた。
(枯死した樹木は、組織の硬質化により倒壊を免れている。
事故当時に急速に汚染が広まったことで、通常の腐敗プロセスが省かれたんだろう。
だが、旧錬魔院は木を切って物資搬入路を拓いていた筈だし……)
前回調査で、森の西側にそれらしい道を見つけた。今は低木や雑草が辺りを覆ってはいるが、
(当時は比較的開拓し易いルートだったんだろう。俺たちもそれに乗るのが楽そうだけどな)
BOや雑魔等の危険を避けながら、旧い搬入路に沿って進んでいく。
そうすれば、旧錬魔院の施設跡も見つけ易いというものだ。
雑魔に関する記録もチェックしておく。
荒野に現れるコボルドや四足獣と比べ、より個性的な能力・容姿を持つものが多い。
特に厄介そうな敵は、大きく裂けた口を持つ大蛇――激痛を引き起こす猛毒の持ち主。毒の成分は現在解析中。
金属体毛を持つコボルド――接近戦の際、折れた毛が刺さる恐れがある。
高速で飛行し、接触時に爆発する雷球――BOの一種と推測される。
(そして、ゾンビか)
ゾンビの存在は、魔女の森に人間の犠牲者がいることを示している。
過去、駐屯部隊の監視を逃れて森へ立ち入った者がいなれば、
(恐らくは研究員の成れの果てだな。森の奥にまだいるかも知れない)
●
前回調査後、数人が訴え出た体調不良についても記録が為されていた。
軽度の頭痛や吐き気、傷の治りの悪さ。いずれも後日に残るような重い症状ではない。
当初の予想よりも覚醒者は汚染への耐性が高いようだが、油断はできない。
調査時に外から持ち込まれた水を調べたところ、密封容器内の水はほとんど影響を受けていなかった。
ただし、容器の口が開いていたものについては、僅かに汚染を検知。
容器自体も、表面に付着した土や埃の汚れを経由して汚染されている。
また、魔法的保護を受けた容器の場合は、水・容器共に汚染が軽減された。
区域内で採取された水サンプルに対し、ピュアウォーターの魔法による浄化はあまり効果がなかった。
水に含まれる泥や微生物の死骸を取り除くことはできたが、
重度のマテリアル汚染はスキル2、3回の使用で打ち消せるものではない。
(しかし、万が一基地に籠城するようなことがあれば、
浄化槽の雨水や泉水を浄化し、飲用に切り替えることくらいはできるだろう)
クリケットはこの先、調査隊と基地にどの程度の危険が及び得るかを考えた。
3分ほど資料室――簡素な木製の小屋でひとり、窓越しに外を眺め、出された結論は、
(今のところ、底なしだ)
そろそろ、錬魔院の古傷をつつく頃合いかも知れない。
次の調査から帰還し次第、改めて古株の研究員と面談しようと決めた。
それで何か分かったからといって、
窓の外の荒れ果てた光景が、いっぺんに解決するというものでもなかろうが――
リプレイ本文
●
「ここも、かつては人が住んでいたんですよね?」
来未 結(ka4610)が見渡す森の北側の裾では、
赤茶けた木々と、青々とした下草が奇妙なコントラストを成していた。
澄み渡った空の下、荒野から森へと流れ込む風は、
葉を落とした木々の合間を吹き抜けて、そよとも音を立てない。
「昔は放牧地だったらしいが、今は雑魔の巣だよ。
また妙ちくりんな敵がうじゃうじゃ出てきそうで、楽しみだぜ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が、戦斧の先で下草をかき分けて進む。
調査開始から数分、まだBOには行き当たっていない。後衛のフェリア(ka2870)が、
「バーストアウト、興味深い症例だわ。是非、この目で観察したいけれど」
「前回はちょこっとしか見られなかったんでぇ、私も楽しみですぅ」
BO発見を期待するエリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)とフェリアに、
「本当、マテリアルってのは面白いことを起こしてくれるよね」
フワ ハヤテ(ka0004)も呑気に答えてみせる。
『パルムが早速ビビッてます』
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)がスケッチブックで伝える。
前回同様、ペットのパルムは森に着くなり、全く外へ出たがらなくなってしまった。
本来、好奇心旺盛な筈のパルムがこうも委縮するのだから、
「それほど危ない場所ってのは、確かなんだろうね。でも」
二ノ宮 灰人(ka4267)は、平然とした顔で周囲に視線を巡らす。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険に相応の知識は得られそうだ」
(みんな、この森にすごく興味があるんだ。不安ばかり感じるのは私だけ?)
結は、抱えたマテリアル観測装置を草むらへ向ける。
僅かな種類の植物を除いて、森にはおよそ生き物の気配というものがない。
(この世界の景色も、全部が全部、綺麗なだけじゃないんだな。
私はここで何ができるのかな? ……ううん。ただ、できることをやろう。
この景色の、今を変えていく為に)
●
旧錬魔院の搬入路跡は、ほとんどが草に埋もれてしまっている。
だが、大きな木は切り倒された当時のまま、新しく生え出すこともない。
「茂みに沿っていけば、道からはぐれる心配はないんじゃないか?」
リュカ(ka3828)は、森の奥へと進む青草の帯を、指先で辿るように指した。
クリケットは彼女の指を目で追いつつも、
「問題はBOだな。植物の生育が良い場所は、アレにぶつかる可能性も高い」
「そこはまぁ……探知方法を模索してくっきゃないぜ」
鹿島 雲雀(ka3706)が、手持ちの方位磁石とトランシーバーを掲げてみせる。
観測装置を抱えたミューレ(ka4567)が、
「それでBOを発見できるのかい?」
「分かんねーな。けどよ、その装置だって、かなり接近しなきゃ罠を感知できないんだろ?」
「ノイズが走っちゃってるからね。
BOと特定できるくらい反応が強くなるのは、もう効果範囲ぎりぎりのところだよ」
「そういや、あんたもトランシーバー持ってたよな?」
雲雀が、最後尾で殿を務めていたロニ・カルディス(ka0551)を振り返る。
「第2班との通信用だったんだが、距離が遠過ぎて通じないな。
いざというときは、リュカの笛に頼ることになるだろう」
「簡単に助けは呼べない、ってことですね」
リリティア・オルベール(ka3054)が言いながら、森の奥へ目を凝らす。
辺りは立ち枯れた針葉樹が密集しており、見通しが悪い。
斥候役の真田 天斗(ka0014)も、隊列最前で神経を尖らせていた。
幸い、静まり返った森の中であれば、敵の立てる物音を聞き逃す恐れは薄い。
条件は、敵にとっても同じではあるが――
「前回と同じに、私が先行します。合図を待って続いて下さい」
「真田さん。いざとなったら私が代わりますから、無理はなさらず」
気遣うリリティアに微笑みで返して、天斗は茂みの中へと潜っていく。
(いよいよ森の中か)
観測機を持つミューレのすぐ後ろで、クリケットは脇に吊るした拳銃へ手を伸ばす。
(今回、どこまで辿り着けるかな?)
●
(持病のマテリアル酔い、このまま起こらずにいると助かるけど)
後衛のハヤテが、茂みから飛び出した大蛇の群れにすかさずファイアーボールの魔法を撃つ。
火球の爆発に巻き込まれ、3匹の大蛇がもんどりうって宙を舞った。
爆発を間近で見たボルディアが、
「……豪快だな」
「既にデータのある敵だからね、さっさと吹っ飛ばしちゃって構わないだろ?」
「違えねぇ。出し惜しみして、いざってときに余力がないほうが怖いぜ」
あっさり雑魔の襲撃を退けると、再び周縁部調査へ戻る。
結が隊列中央で観測機を睨み、その前をボルディアが行く。と、
「あっ」
声を上げたのはエリセルだ。下草の茂みの、とある場所を指差して、
「あの辺、だいじょぶそうですかぁ?」
「装置は反応ありません」
結が観測機を見ながら答えると、エリセルは足下の小石を拾って、茂みに投げ込んだ。
何ごとも起こらず、石はがさっと草を分けて落ちていく。
「何を見つけたんだい?」
灰人が尋ねると、
「動物の糞ですねぇ、最近のものみたいですぅ」
エリセルが発見した糞は、大きさからして、
「コボルド、でしょうかぁ。
ここらの雑魔、コボルドの成れの果てが多いようですからぁ」
「しかし、雑魔は生物学上死体だから排泄もしない筈。つまり」
灰人の言葉を受け、エリセルは得意げな顔で荒野を振り返る。
「ここは森の裏側で、基地から視線が通りませんからねぇ。
見張りの目を盗んで何かが出入りしてるなら、こっちからだと思ってたんですぅ」
「この、死んだ森に……何を求めて、コボルドたちはやって来たんでしょうか?」
結が呟く。ボルディアは下草を斧で切り拓きながら、
「人がいねぇからな、安全な隠れ家を求めて流れてきたか」
エヴァは仲間たちの会話を聞きながら、風景を熱心に絵に写し取る。
コボルドたちの侵入路。彼らが何を求めてこの地を訪れるのかは知れないが、
(何にせよ、ここが特別な土地であることは違いない。
健全な生命を拒む、汚染された森であっても、
いや、だからこそ惹かれる者は少なくないのかも……)
●
森の内部を進む第1班。
汚染以前から残る倒木、木の根、岩や地面の起伏が、彼らの足取りを鈍らせた。
後列のジークリンデ(ka4778)が、記述中の地図を片手に枯葉の山へ踏み込むと、
ぼろぼろに風化した木の葉の欠片が、音もなく舞い上がる。
「これも全て、汚染物質になってしまっているのでしょうね」
口や鼻を、布でしっかり覆っておいたのは正解だった、と思う。
歩きながら、衣服についた欠片をつまんで採取用の瓶へ落とした。
「しかし、輸送に使っていた道というなら、
もう少し石畳等で整備されていてもおかしくない筈ですが」
彼女の疑問に、リュカが答える。
「舗装が充分でなかったんだろう、新しく生えた草に埋もれてしまったようだね。
汚染の中でも、こうして負けずに根を張り生きる草木たちがいる……、
つくづく生命というのは強いものだな」
「森に入ってから、何だか空が暗くなってきた気がしません?」
隊列中央のリリティアが、前を行く雲雀へ声をかけた。
「雨でも降りそうか?」
「いえ、そういうのではなくて……」
天気は快晴、そして背の高い木々は全て葉を落としているのだから、
もう少し陽が差し込んでもおかしくないのだが、
(霧? 埃? そのどれでもない、何かが私たちの目をぼかしているような)
辺りに薄暗さを感じる一方、森の奥では、陽射しが逃げ水のような白い光となって揺らいでいた。
立ち並ぶ木々は黒いシルエットとなり、ずっと見つめていると、目がちかちかしてくる。
突如、ぶわんと羽音が上がったかと思えば、
斥候の天斗を取り囲むように、無数の昆虫が飛び交い始めた。
危険を察知した天斗が後退するも、
体長5センチ程度の小さな虫たちは彼にまとわりつきながら、手足のそこかしこへ齧りつく。
防具の弱い部分に食いつかれると、途端に鋭い痛みが走った。
「雑魔か!」
殿を務めていたロニが後方を確認の上、応援に向かう。
雲雀とリリティアも前進しようとするが、
「まだ、来ます!」
ジークリンデが遠見の眼鏡で、森の奥より現れた雑魔の一群を捉える。
何本もの鎌状の脚を使って、地面を転がる大型昆虫、
加えて、金属様の体毛を持つ銀色のコボルドが隊列へ迫っていた。
ミューレとふたり、マジックアローで迎撃を行うと、
まずはコボルド1匹が魔法の矢を受け、仰け反り倒れた。
「資料にあった奴だな。距離を取って倒せば、破片も怖くねぇ」
雲雀が言うが、
「この、虫の大群は初めての敵でしょう。厄介ですね……!」
リリティアはワイヤーウィップを振るって、天斗の周囲を飛び回る昆虫を叩き落とした。
天斗自身も、防具に取りついた虫を拳や前腕で叩き潰していく。
「危ねぇっ!」
雲雀の怒声。殺到する雑魔を術で押し止めようと、ロニがロザリオを掲げた瞬間だった。
頭上から、大きく柔らかい、黄色い物体がざば、と降り注ぐ。
寸前で飛び退いた彼の前には、正体不明、不定形の雑魔。スライムの一種か、
(巨大化した粘菌を思わせるな)
リュカは後方から弓に矢をつがえ、新たな敵を射ってみせた。
矢を突き立てられた雑魔は、ずるずると地面を這って下がっていく。
入れ替わるように、形の崩れた枯葉を散らして接近する大型昆虫2体。
「ああもう面倒臭ぇ、任せろ!」
雲雀が全長3メートルの巨大な戦斧・ギガースアックスを、
力一杯横ざまに振り回せば、昆虫と粘菌がまとめて真っ二つになる。
空中を飛び回る昆虫の群れは、ミューレとジークリンデの魔法が撃ち落とした。
●
「待った」
結と並んで歩いていた灰人が、ボルディアを制止する。
結の持つ観測装置に、BOらしき反応あり。
周囲の安全を確かめると早速、エリセルが石をひとつ投げ込んだ。
下草の中から、光り輝く魔法の矢が次々と打ち上がる。
「これがBOですか……」
驚きつつも、今回初めて発見したBOの内容を記録し始める結。
エヴァもスケッチブックを広げて、地図にその位置と特徴を記していく。
「どれくらいの効果範囲か、分かるかい?」
灰人の求めで、エリセルがもう何個か石を投げてみる。
魔法の矢が発動する範囲は、草むらの中の約10メートル四方。
それより外であれば安全と判断し、灰人が接近。BOの目前で意識を集中させ、覚醒状態を導く。
予想では、覚醒時のマテリアル解放もまた、BOに何らかの反応を引き起こすと思われたが――
灰人が間近でマテリアルを解放するなり、BOは魔法の矢を空中へ吐き出し始めた。
後ろで見物していたハヤテも、感心した様子で、
「この分じゃ、近くで魔法を使っても同じ反応が得られるだろうねぇ」
「マテリアルを介した刺激にも、やはり反応するか。
僕自身は、今のところ影響はない……マテリアルを吸われるとか、そういう感覚もなかった」
「周りの植物の育ちが良いのは、正のマテリアルが集まっているからよね?
でも、そのマテリアルは一体どこから来てるのかしら」
フェリアがBOの周囲をぐるっと歩いて、何か異変がないかと確かめるが、
「こうして見ただけでは、特別なものはなさそうね。
植物のサンプルだけでも、採っておきましょうか」
●
雲雀の見立てた限り、天斗の傷はそれほど深くはなかった。
「もう少し軽装であれば、危なかったかも知れませんが」
「こっちも多少食いつかれたけど、厚手の鎧を破る力はないみてーだ」
「でも、僕らのような魔術師は、重装備で森を歩き回るのも難しいから……」
ミューレが言う通り、軽装のハンターにとって、あの昆虫の大群は極めて危険な相手になり得た。
「流石、森の中は外より大分危険らしい。注意しよう、これまで以上に」
クリケットが、改めて出発を号令する。斥候は引き続き天斗が受け持った。
最初の戦闘から10分ほど経った頃。
先行する天斗が、新たな異変を感じ取った。
木立の中を浮遊する光球――紫に発光する鬼火は、一見してBOの亜種と思われた。
ハンドサインで後列に伝えつつ、
(前回出くわした、あの雷球と同じものでしょうか)
慎重に迂回を試みようとした次の瞬間、両脚を何者かが強い力で掴んで、引き倒す。
天斗は仰向けになったまま、森の奥へと引きずり込まれた。だが、脚を掴んでいる相手の姿はどこにも見えない。
「おいっ……!」
追いかけようとした雲雀の身体が、ぐいと前方に引っ張られる。
どうにか踏み止まると、彼女を捕まえていた見えない力はすぐに解けたが、
「彼が危ない!」
リュカが叫んで、他の仲間たちが走り出す。天斗は依然として森の奥、
あの正体不明の発光体の下へと引っ張られ続けていた。
更には、ピンチを嗅ぎつけたか、枝々から雑魔化したカラスが飛来する。
「先に行って下さい!」
リリティアがナイフを抜いて、襲いかかるカラスの1羽に投げつけた。
後列のリュカと魔術師たちも対空射撃を開始、
その間に雲雀とロニが天斗の救援へ向かった。
10メートル以上の距離を引きずられた天斗は、
唐突に解放されたかと思うと、今度は外向きの衝撃波で背後の木へ叩きつけられる。
小枝や石がばらばらと舞い上がり、弾丸のように飛んでくるのを、
どうにかかわして発光体へ殴りかかるが、
(手応えがない!)
拳が中心を突き抜けてもなお、発光体は僅かに揺らいだだけだった。
追いついた雲雀とロニを巻き込んで、再び石つぶてが飛ぶ。
●
『あと少しで、北側の調査は終了』
エヴァがスケッチブックを掲げる。
外周調査が片づいた後は、森の内部へと向かった第1班と合流する予定だ。
歩きながら、ボルディアがぼやく。
「思ったより平和に終わっちまいそうだな。
普段見えない裏側ってんで、ちったぁ手こずるかと思ったけどよ」
「森の外ですからねぇ。最近は、外に出てくる雑魔が多いらしいですからぁ?
中のほうで、何かあったと考えるのが普通ですねぇ。
汚染が進んで新しい雑魔が生まれてるのか、強力な何かに追い立てられたのか……」
と、エリセルがふと目を向けた先。
荒野の側から数体のコボルドと、1頭の四足獣がこちらへ猛進中だった。
「っとぉ、最後に大物だな!」
意気込むボルディアだが、魔術師たちの動きも早かった。
エヴァがデリンジャーで敵を牽制し、ハヤテ、そしてフェリアが火球をぶつける。
コボルドはあえなく吹き飛ばされ、残った四足獣も横倒しで息絶え絶えとなった。
見かねた結が、近づいて剣で止めを刺す。
「この子たちも、元はまともな生き物だったのに……」
「歪虚はすべからく死体だから、こうして倒すことも弔いのひとつと言えるだろうね」
結の後ろ姿を眺めつつ、灰人が呟く。一方、ハヤテとフェリアは、
「やっぱり、外側をうろつく個体は雑魚ばかりか」
「範囲を1度に攻撃する手段があれば、数を頼みの敵は然程危険ではありませんね」
「雑魚の相手はそろそろ飽きてきたぜ。さ、残りをやっつけて、1班を手助けに行こう」
ボルディアが、ようやく見えてきた森の端へと首を傾ける。
●
「ミューレさん!?」
カラスを粗方退けた直後、突然うずくまるミューレを、ジークリンデが抱き起した。
ミューレは不意の胸の痛みで、息をするのもやっとの様子だ。
「おかしいな……いきなり、苦しくなって……」
「誰か、魔法の使える方を!」
リリティアが叫ぶ。前衛たちは、物理攻撃の通じない発光体を相手に苦戦中だ。
リュカが、ジークリンデの腕からミューレを引き取って、
「彼は、私たちが見ておくから」
「お願いします!」
ジークリンデは走りつつ、杖を構えてマジックアローを放った。
魔法の矢は紫の発光体を巻き込んで炸裂。閃光が消えた後、発光体はその大きさを半分程に縮めていた。
石つぶての止んだ隙で、天斗が敵へ飛びかかる。
「イクシード!」
かけ声ひとつして、覚醒状態へ。天斗の全身を内在マテリアルが駆け巡る。
再び不可視の衝撃波が飛ぶより速く、連撃を発光体へ叩き込んだ。
マテリアルを込めた拳の圧を受けると、光球は煙のように四散した。
「スキルを使えば、魔法でなくともダメージを与えられる、ようで……」
そこで、天斗は膝を折った。脚を引きずられたときに、足首を痛めてしまったらしい。
「ミューレさんも急に具合を悪くされて……」
ジークリンデが言うと、
「ふたりとも、俺が診よう」
ロニが治療を買って出た。まずはミューレに法術・キュアを用い、
それから天斗ごと、治癒の法術で体力を回復させる。
「僕は攻撃を受けた訳じゃないから、汚染の影響だと思う」
ミューレの異状は治まったが、森の内部をしばらく歩いて、
いよいよ汚染の影響が身体に強く現れ始める頃合いのようだった。
「他の者は……不調はないか。では」
ロニがクリケットを見やる。進軍も撤退も、最終的には現場指揮官の彼の判断次第だが、
「もう少しだけ進もう。このまま帰れない、あれを見ちゃな」
彼の言葉に、皆も道の先を振り返る。そこにあったものは――
●
「もしもし、聴こえますかぁ?」
第2班は北側の調査終了後、森の西側へ回って第1班の後を追った。
しばらく進むと、ようやく双方のトランシーバーが通信可能な距離となる。
『エリセルか、済まんが戦闘中だ!』
3度目に第1班を襲ったのは、3体のゾンビ。
緩慢な動作で迫る敵に、ロニがロザリオを差し向け調伏の法術を唱えた。
一層動きが鈍ったゾンビたち。隙を逃さず、雲雀が斧で薙ぎ払う。
雑魔化から長期間経ったゾンビの亡骸は、倒れるなり風化を始めてしまうが、
「おーい! そいつらの持ち物、剥げたら剥いどいてくれってさぁ!」
一行の後ろから、ボルディアの声が聴こえた。
「名前が分かるものでも、あると良いのだけれど」
回収を求めたのはフェリア。弔いのひとつもしてやりたいと思っていたのだが、
「2班も無事だったか。
ゾンビ連中、元は旧錬魔院関係者だった可能性が高い。身許が分かれば手がかりになるかも知れん」
クリケットが言う。ゾンビの着衣はやはり風化しかけ、損傷が激しいが、
それでも本体の死骸よりは、いくらか原型を留めて持ち帰ることができそうだった。
ふたつの班が合流に成功すると、結が、
「道行きはどうでしたか、治療が必要なら私も――!?」
言いかけて、道の先にあるものに不意に気がついた。
彼ら調査隊の目前にあったのは、不自然に薙ぎ倒された木々と、
「獣に似た足跡……かなりの大きさだな」
リュカが周囲を調べる。森の奥部に突如として現れた破壊の痕跡は、
大型の歪虚が、辺りをうろついた際にできたものと思われる。
足跡からして、敵の形態は2足歩行の動物型、
「少なく見積もっても、体長5メートル以上はあるだろうね」
ひゅう、と口笛を吹くボルディアと雲雀。
無事な大木の幹にも、あちこちに5本の鋭い爪で抉られた痕が、くっきりと残っていた。
この地では初めて出くわす、巨大な敵の手がかり。
少しでも戦力を分析できるよう、エヴァが周囲の状況を詳細にスケッチする。
それが終わると、クリケットが、
「ここらが縄張りなら次回辺り、ご当人と出くわしそうだな。
だが、今日はこれまで。ミューレと真田の具合が心配だ」
「そうしてもらえると助かるよ。僕とジークリンデも、攻撃魔法を使い切っちゃったし……」
合流した15人全員で、来た道を引き返していく。
誰もが未だ見ぬ大型歪虚の脅威を想像する中、
天斗とリリティアだけは、全く別のことに思いを馳せていた。
あの、不可視の念力を使う発光体――
確信はないものの、ふたりとも、全く別の場所で似たようなものに出くわした憶えがあった。
「ここも、かつては人が住んでいたんですよね?」
来未 結(ka4610)が見渡す森の北側の裾では、
赤茶けた木々と、青々とした下草が奇妙なコントラストを成していた。
澄み渡った空の下、荒野から森へと流れ込む風は、
葉を落とした木々の合間を吹き抜けて、そよとも音を立てない。
「昔は放牧地だったらしいが、今は雑魔の巣だよ。
また妙ちくりんな敵がうじゃうじゃ出てきそうで、楽しみだぜ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が、戦斧の先で下草をかき分けて進む。
調査開始から数分、まだBOには行き当たっていない。後衛のフェリア(ka2870)が、
「バーストアウト、興味深い症例だわ。是非、この目で観察したいけれど」
「前回はちょこっとしか見られなかったんでぇ、私も楽しみですぅ」
BO発見を期待するエリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)とフェリアに、
「本当、マテリアルってのは面白いことを起こしてくれるよね」
フワ ハヤテ(ka0004)も呑気に答えてみせる。
『パルムが早速ビビッてます』
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)がスケッチブックで伝える。
前回同様、ペットのパルムは森に着くなり、全く外へ出たがらなくなってしまった。
本来、好奇心旺盛な筈のパルムがこうも委縮するのだから、
「それほど危ない場所ってのは、確かなんだろうね。でも」
二ノ宮 灰人(ka4267)は、平然とした顔で周囲に視線を巡らす。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険に相応の知識は得られそうだ」
(みんな、この森にすごく興味があるんだ。不安ばかり感じるのは私だけ?)
結は、抱えたマテリアル観測装置を草むらへ向ける。
僅かな種類の植物を除いて、森にはおよそ生き物の気配というものがない。
(この世界の景色も、全部が全部、綺麗なだけじゃないんだな。
私はここで何ができるのかな? ……ううん。ただ、できることをやろう。
この景色の、今を変えていく為に)
●
旧錬魔院の搬入路跡は、ほとんどが草に埋もれてしまっている。
だが、大きな木は切り倒された当時のまま、新しく生え出すこともない。
「茂みに沿っていけば、道からはぐれる心配はないんじゃないか?」
リュカ(ka3828)は、森の奥へと進む青草の帯を、指先で辿るように指した。
クリケットは彼女の指を目で追いつつも、
「問題はBOだな。植物の生育が良い場所は、アレにぶつかる可能性も高い」
「そこはまぁ……探知方法を模索してくっきゃないぜ」
鹿島 雲雀(ka3706)が、手持ちの方位磁石とトランシーバーを掲げてみせる。
観測装置を抱えたミューレ(ka4567)が、
「それでBOを発見できるのかい?」
「分かんねーな。けどよ、その装置だって、かなり接近しなきゃ罠を感知できないんだろ?」
「ノイズが走っちゃってるからね。
BOと特定できるくらい反応が強くなるのは、もう効果範囲ぎりぎりのところだよ」
「そういや、あんたもトランシーバー持ってたよな?」
雲雀が、最後尾で殿を務めていたロニ・カルディス(ka0551)を振り返る。
「第2班との通信用だったんだが、距離が遠過ぎて通じないな。
いざというときは、リュカの笛に頼ることになるだろう」
「簡単に助けは呼べない、ってことですね」
リリティア・オルベール(ka3054)が言いながら、森の奥へ目を凝らす。
辺りは立ち枯れた針葉樹が密集しており、見通しが悪い。
斥候役の真田 天斗(ka0014)も、隊列最前で神経を尖らせていた。
幸い、静まり返った森の中であれば、敵の立てる物音を聞き逃す恐れは薄い。
条件は、敵にとっても同じではあるが――
「前回と同じに、私が先行します。合図を待って続いて下さい」
「真田さん。いざとなったら私が代わりますから、無理はなさらず」
気遣うリリティアに微笑みで返して、天斗は茂みの中へと潜っていく。
(いよいよ森の中か)
観測機を持つミューレのすぐ後ろで、クリケットは脇に吊るした拳銃へ手を伸ばす。
(今回、どこまで辿り着けるかな?)
●
(持病のマテリアル酔い、このまま起こらずにいると助かるけど)
後衛のハヤテが、茂みから飛び出した大蛇の群れにすかさずファイアーボールの魔法を撃つ。
火球の爆発に巻き込まれ、3匹の大蛇がもんどりうって宙を舞った。
爆発を間近で見たボルディアが、
「……豪快だな」
「既にデータのある敵だからね、さっさと吹っ飛ばしちゃって構わないだろ?」
「違えねぇ。出し惜しみして、いざってときに余力がないほうが怖いぜ」
あっさり雑魔の襲撃を退けると、再び周縁部調査へ戻る。
結が隊列中央で観測機を睨み、その前をボルディアが行く。と、
「あっ」
声を上げたのはエリセルだ。下草の茂みの、とある場所を指差して、
「あの辺、だいじょぶそうですかぁ?」
「装置は反応ありません」
結が観測機を見ながら答えると、エリセルは足下の小石を拾って、茂みに投げ込んだ。
何ごとも起こらず、石はがさっと草を分けて落ちていく。
「何を見つけたんだい?」
灰人が尋ねると、
「動物の糞ですねぇ、最近のものみたいですぅ」
エリセルが発見した糞は、大きさからして、
「コボルド、でしょうかぁ。
ここらの雑魔、コボルドの成れの果てが多いようですからぁ」
「しかし、雑魔は生物学上死体だから排泄もしない筈。つまり」
灰人の言葉を受け、エリセルは得意げな顔で荒野を振り返る。
「ここは森の裏側で、基地から視線が通りませんからねぇ。
見張りの目を盗んで何かが出入りしてるなら、こっちからだと思ってたんですぅ」
「この、死んだ森に……何を求めて、コボルドたちはやって来たんでしょうか?」
結が呟く。ボルディアは下草を斧で切り拓きながら、
「人がいねぇからな、安全な隠れ家を求めて流れてきたか」
エヴァは仲間たちの会話を聞きながら、風景を熱心に絵に写し取る。
コボルドたちの侵入路。彼らが何を求めてこの地を訪れるのかは知れないが、
(何にせよ、ここが特別な土地であることは違いない。
健全な生命を拒む、汚染された森であっても、
いや、だからこそ惹かれる者は少なくないのかも……)
●
森の内部を進む第1班。
汚染以前から残る倒木、木の根、岩や地面の起伏が、彼らの足取りを鈍らせた。
後列のジークリンデ(ka4778)が、記述中の地図を片手に枯葉の山へ踏み込むと、
ぼろぼろに風化した木の葉の欠片が、音もなく舞い上がる。
「これも全て、汚染物質になってしまっているのでしょうね」
口や鼻を、布でしっかり覆っておいたのは正解だった、と思う。
歩きながら、衣服についた欠片をつまんで採取用の瓶へ落とした。
「しかし、輸送に使っていた道というなら、
もう少し石畳等で整備されていてもおかしくない筈ですが」
彼女の疑問に、リュカが答える。
「舗装が充分でなかったんだろう、新しく生えた草に埋もれてしまったようだね。
汚染の中でも、こうして負けずに根を張り生きる草木たちがいる……、
つくづく生命というのは強いものだな」
「森に入ってから、何だか空が暗くなってきた気がしません?」
隊列中央のリリティアが、前を行く雲雀へ声をかけた。
「雨でも降りそうか?」
「いえ、そういうのではなくて……」
天気は快晴、そして背の高い木々は全て葉を落としているのだから、
もう少し陽が差し込んでもおかしくないのだが、
(霧? 埃? そのどれでもない、何かが私たちの目をぼかしているような)
辺りに薄暗さを感じる一方、森の奥では、陽射しが逃げ水のような白い光となって揺らいでいた。
立ち並ぶ木々は黒いシルエットとなり、ずっと見つめていると、目がちかちかしてくる。
突如、ぶわんと羽音が上がったかと思えば、
斥候の天斗を取り囲むように、無数の昆虫が飛び交い始めた。
危険を察知した天斗が後退するも、
体長5センチ程度の小さな虫たちは彼にまとわりつきながら、手足のそこかしこへ齧りつく。
防具の弱い部分に食いつかれると、途端に鋭い痛みが走った。
「雑魔か!」
殿を務めていたロニが後方を確認の上、応援に向かう。
雲雀とリリティアも前進しようとするが、
「まだ、来ます!」
ジークリンデが遠見の眼鏡で、森の奥より現れた雑魔の一群を捉える。
何本もの鎌状の脚を使って、地面を転がる大型昆虫、
加えて、金属様の体毛を持つ銀色のコボルドが隊列へ迫っていた。
ミューレとふたり、マジックアローで迎撃を行うと、
まずはコボルド1匹が魔法の矢を受け、仰け反り倒れた。
「資料にあった奴だな。距離を取って倒せば、破片も怖くねぇ」
雲雀が言うが、
「この、虫の大群は初めての敵でしょう。厄介ですね……!」
リリティアはワイヤーウィップを振るって、天斗の周囲を飛び回る昆虫を叩き落とした。
天斗自身も、防具に取りついた虫を拳や前腕で叩き潰していく。
「危ねぇっ!」
雲雀の怒声。殺到する雑魔を術で押し止めようと、ロニがロザリオを掲げた瞬間だった。
頭上から、大きく柔らかい、黄色い物体がざば、と降り注ぐ。
寸前で飛び退いた彼の前には、正体不明、不定形の雑魔。スライムの一種か、
(巨大化した粘菌を思わせるな)
リュカは後方から弓に矢をつがえ、新たな敵を射ってみせた。
矢を突き立てられた雑魔は、ずるずると地面を這って下がっていく。
入れ替わるように、形の崩れた枯葉を散らして接近する大型昆虫2体。
「ああもう面倒臭ぇ、任せろ!」
雲雀が全長3メートルの巨大な戦斧・ギガースアックスを、
力一杯横ざまに振り回せば、昆虫と粘菌がまとめて真っ二つになる。
空中を飛び回る昆虫の群れは、ミューレとジークリンデの魔法が撃ち落とした。
●
「待った」
結と並んで歩いていた灰人が、ボルディアを制止する。
結の持つ観測装置に、BOらしき反応あり。
周囲の安全を確かめると早速、エリセルが石をひとつ投げ込んだ。
下草の中から、光り輝く魔法の矢が次々と打ち上がる。
「これがBOですか……」
驚きつつも、今回初めて発見したBOの内容を記録し始める結。
エヴァもスケッチブックを広げて、地図にその位置と特徴を記していく。
「どれくらいの効果範囲か、分かるかい?」
灰人の求めで、エリセルがもう何個か石を投げてみる。
魔法の矢が発動する範囲は、草むらの中の約10メートル四方。
それより外であれば安全と判断し、灰人が接近。BOの目前で意識を集中させ、覚醒状態を導く。
予想では、覚醒時のマテリアル解放もまた、BOに何らかの反応を引き起こすと思われたが――
灰人が間近でマテリアルを解放するなり、BOは魔法の矢を空中へ吐き出し始めた。
後ろで見物していたハヤテも、感心した様子で、
「この分じゃ、近くで魔法を使っても同じ反応が得られるだろうねぇ」
「マテリアルを介した刺激にも、やはり反応するか。
僕自身は、今のところ影響はない……マテリアルを吸われるとか、そういう感覚もなかった」
「周りの植物の育ちが良いのは、正のマテリアルが集まっているからよね?
でも、そのマテリアルは一体どこから来てるのかしら」
フェリアがBOの周囲をぐるっと歩いて、何か異変がないかと確かめるが、
「こうして見ただけでは、特別なものはなさそうね。
植物のサンプルだけでも、採っておきましょうか」
●
雲雀の見立てた限り、天斗の傷はそれほど深くはなかった。
「もう少し軽装であれば、危なかったかも知れませんが」
「こっちも多少食いつかれたけど、厚手の鎧を破る力はないみてーだ」
「でも、僕らのような魔術師は、重装備で森を歩き回るのも難しいから……」
ミューレが言う通り、軽装のハンターにとって、あの昆虫の大群は極めて危険な相手になり得た。
「流石、森の中は外より大分危険らしい。注意しよう、これまで以上に」
クリケットが、改めて出発を号令する。斥候は引き続き天斗が受け持った。
最初の戦闘から10分ほど経った頃。
先行する天斗が、新たな異変を感じ取った。
木立の中を浮遊する光球――紫に発光する鬼火は、一見してBOの亜種と思われた。
ハンドサインで後列に伝えつつ、
(前回出くわした、あの雷球と同じものでしょうか)
慎重に迂回を試みようとした次の瞬間、両脚を何者かが強い力で掴んで、引き倒す。
天斗は仰向けになったまま、森の奥へと引きずり込まれた。だが、脚を掴んでいる相手の姿はどこにも見えない。
「おいっ……!」
追いかけようとした雲雀の身体が、ぐいと前方に引っ張られる。
どうにか踏み止まると、彼女を捕まえていた見えない力はすぐに解けたが、
「彼が危ない!」
リュカが叫んで、他の仲間たちが走り出す。天斗は依然として森の奥、
あの正体不明の発光体の下へと引っ張られ続けていた。
更には、ピンチを嗅ぎつけたか、枝々から雑魔化したカラスが飛来する。
「先に行って下さい!」
リリティアがナイフを抜いて、襲いかかるカラスの1羽に投げつけた。
後列のリュカと魔術師たちも対空射撃を開始、
その間に雲雀とロニが天斗の救援へ向かった。
10メートル以上の距離を引きずられた天斗は、
唐突に解放されたかと思うと、今度は外向きの衝撃波で背後の木へ叩きつけられる。
小枝や石がばらばらと舞い上がり、弾丸のように飛んでくるのを、
どうにかかわして発光体へ殴りかかるが、
(手応えがない!)
拳が中心を突き抜けてもなお、発光体は僅かに揺らいだだけだった。
追いついた雲雀とロニを巻き込んで、再び石つぶてが飛ぶ。
●
『あと少しで、北側の調査は終了』
エヴァがスケッチブックを掲げる。
外周調査が片づいた後は、森の内部へと向かった第1班と合流する予定だ。
歩きながら、ボルディアがぼやく。
「思ったより平和に終わっちまいそうだな。
普段見えない裏側ってんで、ちったぁ手こずるかと思ったけどよ」
「森の外ですからねぇ。最近は、外に出てくる雑魔が多いらしいですからぁ?
中のほうで、何かあったと考えるのが普通ですねぇ。
汚染が進んで新しい雑魔が生まれてるのか、強力な何かに追い立てられたのか……」
と、エリセルがふと目を向けた先。
荒野の側から数体のコボルドと、1頭の四足獣がこちらへ猛進中だった。
「っとぉ、最後に大物だな!」
意気込むボルディアだが、魔術師たちの動きも早かった。
エヴァがデリンジャーで敵を牽制し、ハヤテ、そしてフェリアが火球をぶつける。
コボルドはあえなく吹き飛ばされ、残った四足獣も横倒しで息絶え絶えとなった。
見かねた結が、近づいて剣で止めを刺す。
「この子たちも、元はまともな生き物だったのに……」
「歪虚はすべからく死体だから、こうして倒すことも弔いのひとつと言えるだろうね」
結の後ろ姿を眺めつつ、灰人が呟く。一方、ハヤテとフェリアは、
「やっぱり、外側をうろつく個体は雑魚ばかりか」
「範囲を1度に攻撃する手段があれば、数を頼みの敵は然程危険ではありませんね」
「雑魚の相手はそろそろ飽きてきたぜ。さ、残りをやっつけて、1班を手助けに行こう」
ボルディアが、ようやく見えてきた森の端へと首を傾ける。
●
「ミューレさん!?」
カラスを粗方退けた直後、突然うずくまるミューレを、ジークリンデが抱き起した。
ミューレは不意の胸の痛みで、息をするのもやっとの様子だ。
「おかしいな……いきなり、苦しくなって……」
「誰か、魔法の使える方を!」
リリティアが叫ぶ。前衛たちは、物理攻撃の通じない発光体を相手に苦戦中だ。
リュカが、ジークリンデの腕からミューレを引き取って、
「彼は、私たちが見ておくから」
「お願いします!」
ジークリンデは走りつつ、杖を構えてマジックアローを放った。
魔法の矢は紫の発光体を巻き込んで炸裂。閃光が消えた後、発光体はその大きさを半分程に縮めていた。
石つぶての止んだ隙で、天斗が敵へ飛びかかる。
「イクシード!」
かけ声ひとつして、覚醒状態へ。天斗の全身を内在マテリアルが駆け巡る。
再び不可視の衝撃波が飛ぶより速く、連撃を発光体へ叩き込んだ。
マテリアルを込めた拳の圧を受けると、光球は煙のように四散した。
「スキルを使えば、魔法でなくともダメージを与えられる、ようで……」
そこで、天斗は膝を折った。脚を引きずられたときに、足首を痛めてしまったらしい。
「ミューレさんも急に具合を悪くされて……」
ジークリンデが言うと、
「ふたりとも、俺が診よう」
ロニが治療を買って出た。まずはミューレに法術・キュアを用い、
それから天斗ごと、治癒の法術で体力を回復させる。
「僕は攻撃を受けた訳じゃないから、汚染の影響だと思う」
ミューレの異状は治まったが、森の内部をしばらく歩いて、
いよいよ汚染の影響が身体に強く現れ始める頃合いのようだった。
「他の者は……不調はないか。では」
ロニがクリケットを見やる。進軍も撤退も、最終的には現場指揮官の彼の判断次第だが、
「もう少しだけ進もう。このまま帰れない、あれを見ちゃな」
彼の言葉に、皆も道の先を振り返る。そこにあったものは――
●
「もしもし、聴こえますかぁ?」
第2班は北側の調査終了後、森の西側へ回って第1班の後を追った。
しばらく進むと、ようやく双方のトランシーバーが通信可能な距離となる。
『エリセルか、済まんが戦闘中だ!』
3度目に第1班を襲ったのは、3体のゾンビ。
緩慢な動作で迫る敵に、ロニがロザリオを差し向け調伏の法術を唱えた。
一層動きが鈍ったゾンビたち。隙を逃さず、雲雀が斧で薙ぎ払う。
雑魔化から長期間経ったゾンビの亡骸は、倒れるなり風化を始めてしまうが、
「おーい! そいつらの持ち物、剥げたら剥いどいてくれってさぁ!」
一行の後ろから、ボルディアの声が聴こえた。
「名前が分かるものでも、あると良いのだけれど」
回収を求めたのはフェリア。弔いのひとつもしてやりたいと思っていたのだが、
「2班も無事だったか。
ゾンビ連中、元は旧錬魔院関係者だった可能性が高い。身許が分かれば手がかりになるかも知れん」
クリケットが言う。ゾンビの着衣はやはり風化しかけ、損傷が激しいが、
それでも本体の死骸よりは、いくらか原型を留めて持ち帰ることができそうだった。
ふたつの班が合流に成功すると、結が、
「道行きはどうでしたか、治療が必要なら私も――!?」
言いかけて、道の先にあるものに不意に気がついた。
彼ら調査隊の目前にあったのは、不自然に薙ぎ倒された木々と、
「獣に似た足跡……かなりの大きさだな」
リュカが周囲を調べる。森の奥部に突如として現れた破壊の痕跡は、
大型の歪虚が、辺りをうろついた際にできたものと思われる。
足跡からして、敵の形態は2足歩行の動物型、
「少なく見積もっても、体長5メートル以上はあるだろうね」
ひゅう、と口笛を吹くボルディアと雲雀。
無事な大木の幹にも、あちこちに5本の鋭い爪で抉られた痕が、くっきりと残っていた。
この地では初めて出くわす、巨大な敵の手がかり。
少しでも戦力を分析できるよう、エヴァが周囲の状況を詳細にスケッチする。
それが終わると、クリケットが、
「ここらが縄張りなら次回辺り、ご当人と出くわしそうだな。
だが、今日はこれまで。ミューレと真田の具合が心配だ」
「そうしてもらえると助かるよ。僕とジークリンデも、攻撃魔法を使い切っちゃったし……」
合流した15人全員で、来た道を引き返していく。
誰もが未だ見ぬ大型歪虚の脅威を想像する中、
天斗とリリティアだけは、全く別のことに思いを馳せていた。
あの、不可視の念力を使う発光体――
確信はないものの、ふたりとも、全く別の場所で似たようなものに出くわした憶えがあった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 リュカ(ka3828) エルフ|27才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/05/20 08:36:50 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/21 07:38:03 |
|
![]() |
仕事の時間です 真田 天斗(ka0014) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/05/22 21:33:06 |