ゲスト
(ka0000)
不滅なるエクソン
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/10 19:00
- 完成日
- 2014/07/13 09:49
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
少年は、最後の時を一緒に過ごそうと思ったのだった。
だから、故郷へと戻った。
王国西部、リベルタース地方にある故郷へと。
●
風が草原を撫でると、蕭々と音が鳴った。柔らかな音だった。
王都での暮らしの中で、久しく触れていなかった音だった。
少年はその音を壊すのを躊躇うかのように、草を刈る手を止めた。
そうして少年は暫く、風の音に耳を澄まし、大きく息を吸う。
「……帰ってきたよ、父さん」
そう言った少年の年の頃は、14、5だろうか。
背筋はしゃんと伸び、連なる家屋を見やる視線も力強い。だが、顔の造りは妙に幼く見えた。
首筋に掛かるほどの長さに切られ、癖の入った亜麻色の髪は風に吹かれて揺れている。
少年は、グラズヘイム王立学校の制服を身にまとっていた。
グラズヘイム王立学校とは、グラズヘイム王国における高等教育機関である。その課程に応じて、一般科、騎士科、芸術科、神学科、魔術科からなる。
少年は、自らが騎士科の学生である事を示すように腰には長剣を佩いていた。
無論、休校に入るような時分ではない。
――少年は、『自主的に』休学して故郷への旅路についていたのだった。
少年の名を、シュリ・エルキンズ、という。
●
「帰ってきたのか」
生家に戻ったシュリを出迎えたのは、そんな声だった。
「うん」
「そうか……」
声の主は、木製のベッドに身を横たえていた。顔の造りは違うが、亜麻色の髪はシュリと良く似ていた。
他人であっても、シュリと並べば彼が父親であることは直ぐに知れるだろう。ダグルスという名である。
彼は、シュリの服装と、時節を顧みたのだろう。しばし考えこむようであったが、
「馬鹿者が」
と、言った。
「……うん」
シュリは苦笑するばかり。ダグルスはついと目を逸らすと、傍らに置かれた椅子を手で示した。
身を起こそうとは、しなかった。
「まあ、座れ。今、茶を淹れさせる」
「リリィなら買い出しに出かけたよ。大丈夫、喉は渇いてないから」
「そうか……」
床に伏せった父の痩せた姿に、少年は笑みを作った。ぎこちないなくても、笑おうと決めた者の笑みだった。
「帰ってきたよ、父さん」
「……そうだな」
互いに。
「お帰り。よく帰ったな」
「うん、ただいま」
言葉にせずとも、伝わる想いはあるのだった。
だから、互いに言及はしなかった。
●
ひと月の時が流れた。
その間にゆっくりと、ダグルスは衰弱していった。日に僅かな水を飲むばかりで食事は喉を通らない。
でも、それで満足だった。少年も、少年の妹も、父も。
刻むように言葉を交わし、慈しみながら日々を過ごした。豊かな時間だった。
今。
シュリは痩せ細った父の身体を白布で拭き清めながら、その体を見つめる。
ダグルスは隻腕であった。左腕は肩口から先が無く、傷痕は歪に引き攣っている。
1009年。ダグルスは最悪の戦場に居た。グラズヘイム王国が、国王を喪った戦場で、ダグルスは片腕を失った。
それ以外にも大小様々な傷を負ったダグルスが生き延びたのは、運が良かったとしか言えない。
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)の指揮する部隊に庇護され、なんとか生還したのだった。
ただし、激戦区を抜ける代償に傷が膿み、酷い病を患った。
覚醒者として。騎士として壮健であったからこそ、生き延びる事ができたのだろう。
一時は普通の親として暮らすことも出来た。
――だが、そこまでだった。
張り詰めていた糸が切れてしまったあとのように、ある日を境に大きく体調を崩していった。
ダグルスは、緩やかに死に逝こうとしていた。
だから。
「父さん」
と、シュリは言った。
「なんだ?」
「僕……明日、彼処に行くよ」
「……無理な事は言うな。急がなくたって、」
いいだろう、というダグルスの言葉を。
「急ぎたいんだ、僕が。だから」
シュリは、遮った。見る見るうちにダグルスの顔が強張っていく。痩せて落ち窪んだ目が、焦りに彩られる。
「無理だ」
「………」
「今のお前では死ぬだけだ。徒に……なあ。行くなよ」
「決めたんだ。大丈夫、わかってるよ。今行っても死ぬだけだって。でも、死ぬつもりは、ないから」
「……」
「ハンターに、依頼を出したんだ。だから、大丈夫だよ」
安堵させるように、落ち着いた声色だった。
「本当は、もっと強くなって、一人で行きたかったけど。それが無理だって事くらいは、学んできたんだ」
「…………」
ダグルスは、何も言わなかった。
シュリの理由が、痛い程に解っていたから、だろう。
「帰ってくるから」
その日はそれ以降、父と息子に一切の会話は無かった。
●
翌朝。
シュリは妹のリリィに見送られて家を出た。
皮鎧を着こみ、長剣を下げている。少年に出来る、精一杯の戦装束であった。
向かう先は、故郷から離れた峠である。平野に突き立つように在る峠を彼方に見やりながら、少年は足を止めた。
人影を、認めたからだった。
「すいません、お待たせしましたね」
峠の麓から、十分に離れたそこの草は、『刈り取られて』いた。
――ハンター達との、合流場所である。
「僕が依頼人のシュリです。シュリ・エルキンズ」
皆さんに、頼みたい事があるんです、と。
少年は言った。
●
曰く、シュリの目的地には一振りの剣が在るらしい。
その銘は、少年も知らない。ただ、父の剣だということだけは知っていた。
病を一時とはいえ克服した父が、今と比べたらまだまだ壮健であったころに、その剣をそこに持ち込んだらしい。
正確には――峠の頂近くにある大岩に『突き立てた』そうだ。
二度と剣は取らぬという誓いとともに。
……あるいは嘆きとともに。
騎士を目指した少年は、父からその事を教えられていた。
その上で、かつて少年は父にその剣を手に戦場で闘う、と誓ったのだった。
最初は難しい顔をしていた父は、長い問答の末に、その誓いを認めることとなる。
そうして少年は、グラズヘイム王立学校へと進み――。
いつから、だろうか。
ゴブリン達の集団が、その大岩の近くを根城にし始めたのは。
剣が突き立てられた大岩を、珍しく思ったのだろうか。ある日を境にゴブリン達はそこに集うようになった。
時折、剣を抜こうと騒ぎ立てるゴブリン達の姿が目撃されていることから、ゴブリン達にとっては遊び場のようなものなのだろうと伺える。
事実、そこに居るゴブリンの数は大した数ではないが、少年一人には荷が重過ぎるのは厳然たる事実であった。
――だからこそ、今。
ハンター達と少年は、その場へと足を踏み入れようとしている。
大岩に突き立つ無銘の剣が見下ろす、戦場へと。
少年は、最後の時を一緒に過ごそうと思ったのだった。
だから、故郷へと戻った。
王国西部、リベルタース地方にある故郷へと。
●
風が草原を撫でると、蕭々と音が鳴った。柔らかな音だった。
王都での暮らしの中で、久しく触れていなかった音だった。
少年はその音を壊すのを躊躇うかのように、草を刈る手を止めた。
そうして少年は暫く、風の音に耳を澄まし、大きく息を吸う。
「……帰ってきたよ、父さん」
そう言った少年の年の頃は、14、5だろうか。
背筋はしゃんと伸び、連なる家屋を見やる視線も力強い。だが、顔の造りは妙に幼く見えた。
首筋に掛かるほどの長さに切られ、癖の入った亜麻色の髪は風に吹かれて揺れている。
少年は、グラズヘイム王立学校の制服を身にまとっていた。
グラズヘイム王立学校とは、グラズヘイム王国における高等教育機関である。その課程に応じて、一般科、騎士科、芸術科、神学科、魔術科からなる。
少年は、自らが騎士科の学生である事を示すように腰には長剣を佩いていた。
無論、休校に入るような時分ではない。
――少年は、『自主的に』休学して故郷への旅路についていたのだった。
少年の名を、シュリ・エルキンズ、という。
●
「帰ってきたのか」
生家に戻ったシュリを出迎えたのは、そんな声だった。
「うん」
「そうか……」
声の主は、木製のベッドに身を横たえていた。顔の造りは違うが、亜麻色の髪はシュリと良く似ていた。
他人であっても、シュリと並べば彼が父親であることは直ぐに知れるだろう。ダグルスという名である。
彼は、シュリの服装と、時節を顧みたのだろう。しばし考えこむようであったが、
「馬鹿者が」
と、言った。
「……うん」
シュリは苦笑するばかり。ダグルスはついと目を逸らすと、傍らに置かれた椅子を手で示した。
身を起こそうとは、しなかった。
「まあ、座れ。今、茶を淹れさせる」
「リリィなら買い出しに出かけたよ。大丈夫、喉は渇いてないから」
「そうか……」
床に伏せった父の痩せた姿に、少年は笑みを作った。ぎこちないなくても、笑おうと決めた者の笑みだった。
「帰ってきたよ、父さん」
「……そうだな」
互いに。
「お帰り。よく帰ったな」
「うん、ただいま」
言葉にせずとも、伝わる想いはあるのだった。
だから、互いに言及はしなかった。
●
ひと月の時が流れた。
その間にゆっくりと、ダグルスは衰弱していった。日に僅かな水を飲むばかりで食事は喉を通らない。
でも、それで満足だった。少年も、少年の妹も、父も。
刻むように言葉を交わし、慈しみながら日々を過ごした。豊かな時間だった。
今。
シュリは痩せ細った父の身体を白布で拭き清めながら、その体を見つめる。
ダグルスは隻腕であった。左腕は肩口から先が無く、傷痕は歪に引き攣っている。
1009年。ダグルスは最悪の戦場に居た。グラズヘイム王国が、国王を喪った戦場で、ダグルスは片腕を失った。
それ以外にも大小様々な傷を負ったダグルスが生き延びたのは、運が良かったとしか言えない。
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)の指揮する部隊に庇護され、なんとか生還したのだった。
ただし、激戦区を抜ける代償に傷が膿み、酷い病を患った。
覚醒者として。騎士として壮健であったからこそ、生き延びる事ができたのだろう。
一時は普通の親として暮らすことも出来た。
――だが、そこまでだった。
張り詰めていた糸が切れてしまったあとのように、ある日を境に大きく体調を崩していった。
ダグルスは、緩やかに死に逝こうとしていた。
だから。
「父さん」
と、シュリは言った。
「なんだ?」
「僕……明日、彼処に行くよ」
「……無理な事は言うな。急がなくたって、」
いいだろう、というダグルスの言葉を。
「急ぎたいんだ、僕が。だから」
シュリは、遮った。見る見るうちにダグルスの顔が強張っていく。痩せて落ち窪んだ目が、焦りに彩られる。
「無理だ」
「………」
「今のお前では死ぬだけだ。徒に……なあ。行くなよ」
「決めたんだ。大丈夫、わかってるよ。今行っても死ぬだけだって。でも、死ぬつもりは、ないから」
「……」
「ハンターに、依頼を出したんだ。だから、大丈夫だよ」
安堵させるように、落ち着いた声色だった。
「本当は、もっと強くなって、一人で行きたかったけど。それが無理だって事くらいは、学んできたんだ」
「…………」
ダグルスは、何も言わなかった。
シュリの理由が、痛い程に解っていたから、だろう。
「帰ってくるから」
その日はそれ以降、父と息子に一切の会話は無かった。
●
翌朝。
シュリは妹のリリィに見送られて家を出た。
皮鎧を着こみ、長剣を下げている。少年に出来る、精一杯の戦装束であった。
向かう先は、故郷から離れた峠である。平野に突き立つように在る峠を彼方に見やりながら、少年は足を止めた。
人影を、認めたからだった。
「すいません、お待たせしましたね」
峠の麓から、十分に離れたそこの草は、『刈り取られて』いた。
――ハンター達との、合流場所である。
「僕が依頼人のシュリです。シュリ・エルキンズ」
皆さんに、頼みたい事があるんです、と。
少年は言った。
●
曰く、シュリの目的地には一振りの剣が在るらしい。
その銘は、少年も知らない。ただ、父の剣だということだけは知っていた。
病を一時とはいえ克服した父が、今と比べたらまだまだ壮健であったころに、その剣をそこに持ち込んだらしい。
正確には――峠の頂近くにある大岩に『突き立てた』そうだ。
二度と剣は取らぬという誓いとともに。
……あるいは嘆きとともに。
騎士を目指した少年は、父からその事を教えられていた。
その上で、かつて少年は父にその剣を手に戦場で闘う、と誓ったのだった。
最初は難しい顔をしていた父は、長い問答の末に、その誓いを認めることとなる。
そうして少年は、グラズヘイム王立学校へと進み――。
いつから、だろうか。
ゴブリン達の集団が、その大岩の近くを根城にし始めたのは。
剣が突き立てられた大岩を、珍しく思ったのだろうか。ある日を境にゴブリン達はそこに集うようになった。
時折、剣を抜こうと騒ぎ立てるゴブリン達の姿が目撃されていることから、ゴブリン達にとっては遊び場のようなものなのだろうと伺える。
事実、そこに居るゴブリンの数は大した数ではないが、少年一人には荷が重過ぎるのは厳然たる事実であった。
――だからこそ、今。
ハンター達と少年は、その場へと足を踏み入れようとしている。
大岩に突き立つ無銘の剣が見下ろす、戦場へと。
リプレイ本文
●
濃密に香る草木達。陽の光を受けようとする葉葉の、瑞々しい生命の営みの影にハンター達は身を潜めていた。
マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)はシュリの横顔を見た。少年の横顔には、戦場に立つ緊張がある。ただ、それ以上にひたむきな思いが感じられた。
「……王国民の皆が、故郷の者達の様ではないのです」
自らに言い聞かすように呟く。少年が育もうとする絆を守ろうと思う反面で、胸の裡が小さく痛んだ。その棘を飲み込んで、マーニは言葉を紡ぐ。
「シュリ殿。無理に前に出ようとされずとも、同班の方の援護を主体にして頂ければ結構ですよ。初陣で、無理に手柄を立てようとはしないことです」
「は、はい。余り力になれないかもしれませんが」
恐縮するシュリを見ても、マーニは怜悧な表情を崩さないままだ。その冷然とした姿に、むしろ恥じ入るように、シュリは俯いた。
「父の背中を追いここまで来た、か。美しいですね。僕は好きですよ、そういう覚悟や思いは」
「……あ、ありがとうございます」
そんなシュリとマーニの様子を見ながらのアインス・エーレンブルグ(ka1899)の声は、囁くように。隠密の最中だ。見つかるわけには、いかない。
「どいつを狙おうかな……」
アインスの傍らにはもう一人居る。ドワーフの女性、スーズリー・アイアンアックス(ka1687) だ。
――なぜだろう。いつもより力が満ちている、ような。
理由は解らないが、どの敵も撃ち抜けそうだ、と。そんな確信と共にスーズリーは視線を巡らせた。
離れた位置に伏せる『別働隊』の位置を確認するために。
●
ハンター達は陽動と本命の二手に分かれていた。本命の側に身を伏せているのは残る三名。
ゴブリンの数を指さし数えるシュトライヒ(ka2393)は、喜悦の表情を浮かべている。シュトライヒにとっては自らの魔法に浸るための羊達でしかないからだ。
「キヒヒ……楽しみだねェ。スペルビア君。ちゃんと盾になってくれよ?」
「言った通りだ。火の粉を払うくらいは妾がする」
堪えきれぬように言うシュトライヒは、控えめに言っても善人とは言えないだろう。それでもスペルビア=IV(ka2441)はそう承った。
視線の先には、ボスゴブリンと――その直上。大岩に突き立てられた剣がある。
――継承の証だ。
感傷と共にそう思った。それだけで、十二分に助力の理由にはなる。少なくとも、彼女にとっては。
懐剣(ka1410)も、同じくその剣を見つめていた。名の通り、懐に入れた短剣の柄を握りんで。
「学生の身分でハンター6人も雇うとはね。それだけ大事な……いや父親の形見になるわけだから……当然、か」
懐剣にとってあの剣は、喪う前か後かの違いでしかない。なればこそ、少年にとってのあの剣の価値が身に沁みてよく分かる。
その時だ。
――陽動の面々が、動いた。
●
覚醒し大人びた外見となったアインスが炎翼を曳いて、往った。至近に居たゴブリン、その一匹の後背から日本刀を突き込み。
「そういうわけで、消えてください有象無象」
――邪魔です、と。寸分の狂いもなく、ゴブリンの心の臓を貫いた。
「行きますッ!」
次いで、シュリが突進。アインスの傍らに立ち、やにわに動きだしたゴブリン達に向かって逆袈裟で砂塵を舞い上げる。挑発の意図を汲んでか、ゴブリン達の視線がシュリに集まる。
背にマーニとスーズリーを負う形。
守護する、と。その意を汲んで、マーニは表情を微かに崩した。その一途さが故郷と対比され――少しだけ、眩しい。
「まずは貴様から、だ」
マーニは凛々しい声音で告げる。
羽根の紋様を身に宿し、遠間のゴブリンに対して光弾を放つと、その顔面を打ち上げるように快撃。
「じゃあ、こちらを撃つか」
対象を変えて、スーズリーのリボルバーから弾丸が弾き出された。
銃声に紛れて、殷、と音が鳴る。スーズリーが手元でマテリアルが収束する気配を感じた、瞬後。
「――ッ?!」
悲鳴を上げる間も、なかっただろう。ただの一撃でゴブリンの頭部が弾け飛んだ。
「……ぇ?」
シュリは突然血を吹き上げて膝付き倒れたゴブリンに目を剥いた。想定外の高威力。
「おぉ?」
マテリアルが緩やかに解けていくのを感じながら、スーズリーですら怪訝げである。
「これだから銃は慣れんな……まあ、いいか」
結果が良ければそれでいい。ゴブリン達はこちらへと殺意を剥き出しにしている。陽動は成功と言って良いだろう。
「成果は十分――さて。後はあっち、ですね」
「もう少し、引きつけたいですね。いけますか?」
血糊を振り落とすアインスに、マーニ。
「ええ。この分なら余裕はありそう、です」
アインスはそう言い、片頬を釣り上げるように嗤った。
●
乱戦を陽動班はうまくコントロールしていた。シュリとアインスが良く堪え、遠間からはマーニとスーズリーの二人が撃ち抜く。
そこに、ゴブリンボスが斧を振りかざしながら合流しようとしていた。
「行くぞ」
「ああ」
言って、懐剣とスペルビアは得物を携えて同時に出た。
疾走。遠間な上に、短期戦狙いだ。ゴブリン達が間に居ない以上、ちんたらと距離を詰める理由もなかった。スペルビアは、ゴブリンの只中を突っ切ろうとしていたが、残念ながら突っ切るべき敵達が軒並み陽動班に群がっていた。一直線にボスゴブリンへと向かう。
同時。
「キッヒッヒ、それじゃあ立派な盾になってじゃん!」
軋んだ笑い声が周囲に木霊した。シュトライヒの声だ。少年の周囲を風が渦巻き――。
「切り刻んじゃいな!」
蕭と、風。風威はスペルビアと懐剣の中間を切り裂くようにしてボスゴブリンへと奔る。
「――――ッ!」
腰を落としたボスはそれを、掲げた盾で受け止めた。だが、風威に押されるように、大柄なゴブリンの身体は確かに揺らぐ。その様相に、シュトライヒは喝采を上げた。
「頑丈だなあ! ウヒヒ!」
「楽しそうだな……」
「だが、効いている」
激昂するボスゴブリンを見ながら言った懐剣に、スペルビアが返した。そうして少女は、間もなく間合いに届くのを見据え、言った。
「行くぞ。此処からが、妾達の戦場だ」
●
ゾクゾクと、背筋を震わす衝動を感じながら懐剣が往った。
衝動の正体は不安でも、恐怖でもない。それは紛れも無く――歓喜。
――言えた義理じゃなかったな。
衝動のままに、吼えた。
「ガアァァァァッ! さっさとくたばれッ!」
1mを超える刃を振りかざし、踏み込んだ。渾身。万力を込めて、振りぬく。
盾で受け止められるが、懐剣は止まらない。そのまま、右へと身体を倒した。
「千切れちゃいなよー!! キーッヒッヒッヒ!!」
そこに、二度目の風威が至っていた。
先ほどそれを受け止めた筈の盾は懐剣の刃に絡められている――!
受ける事も出来ぬままに、ボスゴブリンの足元に、風。
風刃は、ボスゴブリンの左脛から下を吹き飛ばした。
「■■■■―ッ!」
「キッヒッヒ! 何だ、やっぱりボクの魔法は最強じゃん!!!」
血潮に、ゴブリンの絶叫と哄笑が入り交じった、その時だ。
音が響いた。
みち、と血肉の音と同時に。
苦悶と、激憤の声が。
ボスゴブリンは断ち切られた左足で踏み込んで、高く掲げた斧を真横に大きく振るった。
狙いは、懐剣。
態勢を崩しながらの一撃だった筈だ。それでも回避など叶わぬ一撃であった。
「グ、ゥ……ッ!」
バスタードソードを引いて受けた懐剣だが、威力を減じきれず、血煙が上がった。幾種もの武器を持参したのが仇となったか。軽装の懐剣の身が、大きく抉られた。
しかし、懐剣の目には怖気など微塵もなかった。
「やれ……ッ」
「ゴブリン風情がっ!」
スペルビアが、至っていたからだ。大上段から振るわれた三日月刃。存分にマテリアルの込められた一撃で、ボスゴブリンの後背から大きく切り裂いた。十分な手応えを感じながら、スペルビアは間合いを取る。
「懐剣。まだやれるか!」
「……あぁ」
獣のように低い姿勢を取りながら、懐剣。
もうすぐ、との確信がある。なればこそ、膝を折る理由など懐剣にはありはしなかった。
●
「消えろ、有象無象」
「ありがとうございます、アインスさん…!」
シュリが相対していたゴブリンを、横合いから切り捨てたアインス。
残るゴブリン達と相対しながら、アインスはシュリの状態を確認した。息を切らすシュリは細かな傷が増えている。攻勢に出るアインスを庇う形で動いた結果だろう。
ただ、致命傷になり得る傷は無い。
まだ庇う必要は無さそうだと判断し、視線を切った。
「……少し、動きが鈍ってきましたか」
ゴブリン達の圧が揺らいだ事に、中衛として動勢を見張っていたマーニは気づいた。
ボス側の戦況は此方が有利。その事が、こちらの戦闘にも影響を与えている――。
ボスゴブリンの援護に走ろうとしたゴブリンが見えた瞬間、マーニは声を上げていた。
「行かせません。スーズリー殿!」
「了解……ッ!」
聖光、そして銃弾に穿たれたゴブリンはそのまま大地へと倒れ伏す。
断末魔が戦場に大きく響き。
――それが、決定打となった。
「あ、逃げた」
呆けるようなスーズリーの声の通り、ゴブリン達は我先にと逃亡しはじめた。中には得物を放り投げてでも逃げ出そうとする者もいる。
「待て……ッ!」
「ギィィ!!」
傍らを通りすぎようとした一匹をアインスは斬りつけるが、生命を断つには至らなかったようだ。ゴブリンは哀れっぽい悲鳴を上げながら全速力で離れていく。
その背を、撃つか、と。スーズリーは思案した。狙いを付け、引き金に指を掛ける。
そうして再度、背から撃つかと自問した。
スーズリーは、これが斧であれば、迷わず斬りに行った筈だ。
「……やめた」
だが……銃であれば、話は違った。背中から撃ち抜く事は性分ではなかったから、引き金から指を離す。
同時。鈍い音が響いた。
ボスゴブリンが大きく倒れ込み、大地を叩く音だった。
「ウッヒッヒ!! 討ち取ったァ……次は……って、あれ?」
シュトライヒの喝采につづいて、呆気に取られた声が続く。
「敵、いなくなってんじゃん!」
「妾達の勝利、だ。首尾よく行ったということだろう」
「試し足りないじゃん……」
「……そうか」
不満気なシュトライヒに、嘆息と共にスペルビアは言い、
「立てるか?」
傍らの懐剣に、そう問うた。
「まあ、少し休めばな」
「ならいい。存分に休むが良い」
マテリアルを集め、傷を癒やしながら、懐剣。一撃こそ重かったが、それ以降の手傷は負うことはなかったようだ。
兎角こうして――邪魔者は、居なくなった。
●
「それではシュリ殿。私は周囲を見て来ますから――その間に、剣をお抜き下さい」
「待て、マーニ。妾も行こう」
逃げた者が居る以上、油断はできないというマーニに、スペルビアが続いた。
シュリが会釈を返し、見送ろうとした、その時だ。スペルビアから向けられた視線に気づいた。
力強く、それでいて硬質さを感じさせる眼の色に、シュリは目を奪われる。
「その剣を持って、お前は父を越えるのか。それとも父と共に往くのか」
「……」
スペルビアは剣を仰ぎ見た。蒼天を背に突き立てたられた、継承の証を。
「……抜かないならそれもいい。だが、『剣』は自らの手で抜くべきだ」
それだけを言い残して、スペルビアはマーニを追って去っていった。
シュリは何も言えないままに、その背を見送る。小さな背が、やけに孤独に感じられた。
「あ! 剣! ボクも抜きたいじゃん!」
「えっ?!」
思い出したように走りだすシュトライヒに呆気に取られるシュリ。
「……今の流れでそれを言う?」
スーズリーも怪訝そうに見つめていたが。
「ずべっ!」
「あ、転んだ……」
躓き、倒れこんだシュトライヒを見て、いそいそと近寄り、手を差し出した。
「立てる?」
「……痛いじゃん」
「あれだけ見事に転んだら仕方ないね」
跪いている少年の背をさすり空いた手でシュリに剣を指し示すスーズリーに、シュリは礼を示して、大岩をよじ登っていった。
そして。
――――剣は、抜けなかった。
●
「当然、か」
と、懐剣は焚き火の近くに座り込みながら、思った。
今もなお剣が突き刺さったままということは、『闘狩人よりも馬力があったと思われるボスゴブリンですら、剣は抜けなかった』のだ。
――シュリに抜くのは、至難だろう。
だが、スペルビアの発言もあって手を出す事も憚られ、こうして座り込んでいるのであった。
つと。
ぐぅ、と。アインスのお腹が切なげな音を立てた。
「……お腹、減りました」
「お前も、帰っても良いんだぞ」
眉根を寄せるアインスに懐剣はそう言った。
――少年が剣に挑み始めて、かれこれ二時間が経とうとしていた。
派手に転んでしまったシュトライヒは意気を挫かれたか、悲しみに暮れながら帰ると言い出し、スーズリーは少年を案じて連れて行った後である。
「いえ……」
アインスは先程のシュトライヒに劣らぬ悲しげな顔をしながら、それでも立ち上がろうとはしなかった。見回りから戻ったマーニとスペルビアも、何も言わずに抜剣に挑む少年を見守っている。
その光景が、過去を想起させ。
――フン……幸運の女神サマよ、彼の道行きに祝福を与えてくれ。
懐剣は胸中で祈りを捧げた。
●
どれくらいの時間が経ったのだろう。
両手の皮が擦り剥けきってしまったので、革紐で両手首と剣の柄を縛り付け、思いっきり力を籠める。
どれだけ、この剣と向き合っているだろう。
長く雨風に晒されていただろうに、どこか蒼色を感じさせる刀身に錆は見えない。
綺麗な剣だ。でも、父さんが捨てざるを得なかった、剣だった。
ハンター達は見守ってくれている。彼女の言葉に、彼らの思いに、報いたいと思った。
「ぁ……」
思った、のに。
不意に、力が抜けてしまった。勢いのまま倒れこんでしまい、
「シュリ殿!」
マーニさんの声を聞きながら、
革紐で結んでしまっていたから受け身も取れず、そのまま、大岩から滑り落ちていった。
●
慌てて少年の元に駆け寄ったハンター達だが、無事だと解ると安堵の息をついた。
「意識は無くしてますが、大事には至らなそうですね」
そう言うマーニが手首にきつく食い込んだ革紐を示すと、
「ああ。無茶しやがって……」
懐剣が、懐から抜いた短剣で革紐を切った。強く刻まれた革紐の痕が痛ましい、が。
その紐に繋がれた先。
碧海を思わせる蒼い刀身の剣が、少年に添うように落ちている。
「これはこれで一つの結果、ですね」
アインスの言葉にスペルビアも頷き、意識を無くした少年に言葉を落とした。
「シュリ。受けたなら、手放さないことだ」
まるで、自らの誓約を示すように、固く。
剣と共に、少年が今後どう歩むかは誰にも解らない。
――ただ、ここから紡がれるのだろう。
父と子の、継承の物語が。
濃密に香る草木達。陽の光を受けようとする葉葉の、瑞々しい生命の営みの影にハンター達は身を潜めていた。
マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)はシュリの横顔を見た。少年の横顔には、戦場に立つ緊張がある。ただ、それ以上にひたむきな思いが感じられた。
「……王国民の皆が、故郷の者達の様ではないのです」
自らに言い聞かすように呟く。少年が育もうとする絆を守ろうと思う反面で、胸の裡が小さく痛んだ。その棘を飲み込んで、マーニは言葉を紡ぐ。
「シュリ殿。無理に前に出ようとされずとも、同班の方の援護を主体にして頂ければ結構ですよ。初陣で、無理に手柄を立てようとはしないことです」
「は、はい。余り力になれないかもしれませんが」
恐縮するシュリを見ても、マーニは怜悧な表情を崩さないままだ。その冷然とした姿に、むしろ恥じ入るように、シュリは俯いた。
「父の背中を追いここまで来た、か。美しいですね。僕は好きですよ、そういう覚悟や思いは」
「……あ、ありがとうございます」
そんなシュリとマーニの様子を見ながらのアインス・エーレンブルグ(ka1899)の声は、囁くように。隠密の最中だ。見つかるわけには、いかない。
「どいつを狙おうかな……」
アインスの傍らにはもう一人居る。ドワーフの女性、スーズリー・アイアンアックス(ka1687) だ。
――なぜだろう。いつもより力が満ちている、ような。
理由は解らないが、どの敵も撃ち抜けそうだ、と。そんな確信と共にスーズリーは視線を巡らせた。
離れた位置に伏せる『別働隊』の位置を確認するために。
●
ハンター達は陽動と本命の二手に分かれていた。本命の側に身を伏せているのは残る三名。
ゴブリンの数を指さし数えるシュトライヒ(ka2393)は、喜悦の表情を浮かべている。シュトライヒにとっては自らの魔法に浸るための羊達でしかないからだ。
「キヒヒ……楽しみだねェ。スペルビア君。ちゃんと盾になってくれよ?」
「言った通りだ。火の粉を払うくらいは妾がする」
堪えきれぬように言うシュトライヒは、控えめに言っても善人とは言えないだろう。それでもスペルビア=IV(ka2441)はそう承った。
視線の先には、ボスゴブリンと――その直上。大岩に突き立てられた剣がある。
――継承の証だ。
感傷と共にそう思った。それだけで、十二分に助力の理由にはなる。少なくとも、彼女にとっては。
懐剣(ka1410)も、同じくその剣を見つめていた。名の通り、懐に入れた短剣の柄を握りんで。
「学生の身分でハンター6人も雇うとはね。それだけ大事な……いや父親の形見になるわけだから……当然、か」
懐剣にとってあの剣は、喪う前か後かの違いでしかない。なればこそ、少年にとってのあの剣の価値が身に沁みてよく分かる。
その時だ。
――陽動の面々が、動いた。
●
覚醒し大人びた外見となったアインスが炎翼を曳いて、往った。至近に居たゴブリン、その一匹の後背から日本刀を突き込み。
「そういうわけで、消えてください有象無象」
――邪魔です、と。寸分の狂いもなく、ゴブリンの心の臓を貫いた。
「行きますッ!」
次いで、シュリが突進。アインスの傍らに立ち、やにわに動きだしたゴブリン達に向かって逆袈裟で砂塵を舞い上げる。挑発の意図を汲んでか、ゴブリン達の視線がシュリに集まる。
背にマーニとスーズリーを負う形。
守護する、と。その意を汲んで、マーニは表情を微かに崩した。その一途さが故郷と対比され――少しだけ、眩しい。
「まずは貴様から、だ」
マーニは凛々しい声音で告げる。
羽根の紋様を身に宿し、遠間のゴブリンに対して光弾を放つと、その顔面を打ち上げるように快撃。
「じゃあ、こちらを撃つか」
対象を変えて、スーズリーのリボルバーから弾丸が弾き出された。
銃声に紛れて、殷、と音が鳴る。スーズリーが手元でマテリアルが収束する気配を感じた、瞬後。
「――ッ?!」
悲鳴を上げる間も、なかっただろう。ただの一撃でゴブリンの頭部が弾け飛んだ。
「……ぇ?」
シュリは突然血を吹き上げて膝付き倒れたゴブリンに目を剥いた。想定外の高威力。
「おぉ?」
マテリアルが緩やかに解けていくのを感じながら、スーズリーですら怪訝げである。
「これだから銃は慣れんな……まあ、いいか」
結果が良ければそれでいい。ゴブリン達はこちらへと殺意を剥き出しにしている。陽動は成功と言って良いだろう。
「成果は十分――さて。後はあっち、ですね」
「もう少し、引きつけたいですね。いけますか?」
血糊を振り落とすアインスに、マーニ。
「ええ。この分なら余裕はありそう、です」
アインスはそう言い、片頬を釣り上げるように嗤った。
●
乱戦を陽動班はうまくコントロールしていた。シュリとアインスが良く堪え、遠間からはマーニとスーズリーの二人が撃ち抜く。
そこに、ゴブリンボスが斧を振りかざしながら合流しようとしていた。
「行くぞ」
「ああ」
言って、懐剣とスペルビアは得物を携えて同時に出た。
疾走。遠間な上に、短期戦狙いだ。ゴブリン達が間に居ない以上、ちんたらと距離を詰める理由もなかった。スペルビアは、ゴブリンの只中を突っ切ろうとしていたが、残念ながら突っ切るべき敵達が軒並み陽動班に群がっていた。一直線にボスゴブリンへと向かう。
同時。
「キッヒッヒ、それじゃあ立派な盾になってじゃん!」
軋んだ笑い声が周囲に木霊した。シュトライヒの声だ。少年の周囲を風が渦巻き――。
「切り刻んじゃいな!」
蕭と、風。風威はスペルビアと懐剣の中間を切り裂くようにしてボスゴブリンへと奔る。
「――――ッ!」
腰を落としたボスはそれを、掲げた盾で受け止めた。だが、風威に押されるように、大柄なゴブリンの身体は確かに揺らぐ。その様相に、シュトライヒは喝采を上げた。
「頑丈だなあ! ウヒヒ!」
「楽しそうだな……」
「だが、効いている」
激昂するボスゴブリンを見ながら言った懐剣に、スペルビアが返した。そうして少女は、間もなく間合いに届くのを見据え、言った。
「行くぞ。此処からが、妾達の戦場だ」
●
ゾクゾクと、背筋を震わす衝動を感じながら懐剣が往った。
衝動の正体は不安でも、恐怖でもない。それは紛れも無く――歓喜。
――言えた義理じゃなかったな。
衝動のままに、吼えた。
「ガアァァァァッ! さっさとくたばれッ!」
1mを超える刃を振りかざし、踏み込んだ。渾身。万力を込めて、振りぬく。
盾で受け止められるが、懐剣は止まらない。そのまま、右へと身体を倒した。
「千切れちゃいなよー!! キーッヒッヒッヒ!!」
そこに、二度目の風威が至っていた。
先ほどそれを受け止めた筈の盾は懐剣の刃に絡められている――!
受ける事も出来ぬままに、ボスゴブリンの足元に、風。
風刃は、ボスゴブリンの左脛から下を吹き飛ばした。
「■■■■―ッ!」
「キッヒッヒ! 何だ、やっぱりボクの魔法は最強じゃん!!!」
血潮に、ゴブリンの絶叫と哄笑が入り交じった、その時だ。
音が響いた。
みち、と血肉の音と同時に。
苦悶と、激憤の声が。
ボスゴブリンは断ち切られた左足で踏み込んで、高く掲げた斧を真横に大きく振るった。
狙いは、懐剣。
態勢を崩しながらの一撃だった筈だ。それでも回避など叶わぬ一撃であった。
「グ、ゥ……ッ!」
バスタードソードを引いて受けた懐剣だが、威力を減じきれず、血煙が上がった。幾種もの武器を持参したのが仇となったか。軽装の懐剣の身が、大きく抉られた。
しかし、懐剣の目には怖気など微塵もなかった。
「やれ……ッ」
「ゴブリン風情がっ!」
スペルビアが、至っていたからだ。大上段から振るわれた三日月刃。存分にマテリアルの込められた一撃で、ボスゴブリンの後背から大きく切り裂いた。十分な手応えを感じながら、スペルビアは間合いを取る。
「懐剣。まだやれるか!」
「……あぁ」
獣のように低い姿勢を取りながら、懐剣。
もうすぐ、との確信がある。なればこそ、膝を折る理由など懐剣にはありはしなかった。
●
「消えろ、有象無象」
「ありがとうございます、アインスさん…!」
シュリが相対していたゴブリンを、横合いから切り捨てたアインス。
残るゴブリン達と相対しながら、アインスはシュリの状態を確認した。息を切らすシュリは細かな傷が増えている。攻勢に出るアインスを庇う形で動いた結果だろう。
ただ、致命傷になり得る傷は無い。
まだ庇う必要は無さそうだと判断し、視線を切った。
「……少し、動きが鈍ってきましたか」
ゴブリン達の圧が揺らいだ事に、中衛として動勢を見張っていたマーニは気づいた。
ボス側の戦況は此方が有利。その事が、こちらの戦闘にも影響を与えている――。
ボスゴブリンの援護に走ろうとしたゴブリンが見えた瞬間、マーニは声を上げていた。
「行かせません。スーズリー殿!」
「了解……ッ!」
聖光、そして銃弾に穿たれたゴブリンはそのまま大地へと倒れ伏す。
断末魔が戦場に大きく響き。
――それが、決定打となった。
「あ、逃げた」
呆けるようなスーズリーの声の通り、ゴブリン達は我先にと逃亡しはじめた。中には得物を放り投げてでも逃げ出そうとする者もいる。
「待て……ッ!」
「ギィィ!!」
傍らを通りすぎようとした一匹をアインスは斬りつけるが、生命を断つには至らなかったようだ。ゴブリンは哀れっぽい悲鳴を上げながら全速力で離れていく。
その背を、撃つか、と。スーズリーは思案した。狙いを付け、引き金に指を掛ける。
そうして再度、背から撃つかと自問した。
スーズリーは、これが斧であれば、迷わず斬りに行った筈だ。
「……やめた」
だが……銃であれば、話は違った。背中から撃ち抜く事は性分ではなかったから、引き金から指を離す。
同時。鈍い音が響いた。
ボスゴブリンが大きく倒れ込み、大地を叩く音だった。
「ウッヒッヒ!! 討ち取ったァ……次は……って、あれ?」
シュトライヒの喝采につづいて、呆気に取られた声が続く。
「敵、いなくなってんじゃん!」
「妾達の勝利、だ。首尾よく行ったということだろう」
「試し足りないじゃん……」
「……そうか」
不満気なシュトライヒに、嘆息と共にスペルビアは言い、
「立てるか?」
傍らの懐剣に、そう問うた。
「まあ、少し休めばな」
「ならいい。存分に休むが良い」
マテリアルを集め、傷を癒やしながら、懐剣。一撃こそ重かったが、それ以降の手傷は負うことはなかったようだ。
兎角こうして――邪魔者は、居なくなった。
●
「それではシュリ殿。私は周囲を見て来ますから――その間に、剣をお抜き下さい」
「待て、マーニ。妾も行こう」
逃げた者が居る以上、油断はできないというマーニに、スペルビアが続いた。
シュリが会釈を返し、見送ろうとした、その時だ。スペルビアから向けられた視線に気づいた。
力強く、それでいて硬質さを感じさせる眼の色に、シュリは目を奪われる。
「その剣を持って、お前は父を越えるのか。それとも父と共に往くのか」
「……」
スペルビアは剣を仰ぎ見た。蒼天を背に突き立てたられた、継承の証を。
「……抜かないならそれもいい。だが、『剣』は自らの手で抜くべきだ」
それだけを言い残して、スペルビアはマーニを追って去っていった。
シュリは何も言えないままに、その背を見送る。小さな背が、やけに孤独に感じられた。
「あ! 剣! ボクも抜きたいじゃん!」
「えっ?!」
思い出したように走りだすシュトライヒに呆気に取られるシュリ。
「……今の流れでそれを言う?」
スーズリーも怪訝そうに見つめていたが。
「ずべっ!」
「あ、転んだ……」
躓き、倒れこんだシュトライヒを見て、いそいそと近寄り、手を差し出した。
「立てる?」
「……痛いじゃん」
「あれだけ見事に転んだら仕方ないね」
跪いている少年の背をさすり空いた手でシュリに剣を指し示すスーズリーに、シュリは礼を示して、大岩をよじ登っていった。
そして。
――――剣は、抜けなかった。
●
「当然、か」
と、懐剣は焚き火の近くに座り込みながら、思った。
今もなお剣が突き刺さったままということは、『闘狩人よりも馬力があったと思われるボスゴブリンですら、剣は抜けなかった』のだ。
――シュリに抜くのは、至難だろう。
だが、スペルビアの発言もあって手を出す事も憚られ、こうして座り込んでいるのであった。
つと。
ぐぅ、と。アインスのお腹が切なげな音を立てた。
「……お腹、減りました」
「お前も、帰っても良いんだぞ」
眉根を寄せるアインスに懐剣はそう言った。
――少年が剣に挑み始めて、かれこれ二時間が経とうとしていた。
派手に転んでしまったシュトライヒは意気を挫かれたか、悲しみに暮れながら帰ると言い出し、スーズリーは少年を案じて連れて行った後である。
「いえ……」
アインスは先程のシュトライヒに劣らぬ悲しげな顔をしながら、それでも立ち上がろうとはしなかった。見回りから戻ったマーニとスペルビアも、何も言わずに抜剣に挑む少年を見守っている。
その光景が、過去を想起させ。
――フン……幸運の女神サマよ、彼の道行きに祝福を与えてくれ。
懐剣は胸中で祈りを捧げた。
●
どれくらいの時間が経ったのだろう。
両手の皮が擦り剥けきってしまったので、革紐で両手首と剣の柄を縛り付け、思いっきり力を籠める。
どれだけ、この剣と向き合っているだろう。
長く雨風に晒されていただろうに、どこか蒼色を感じさせる刀身に錆は見えない。
綺麗な剣だ。でも、父さんが捨てざるを得なかった、剣だった。
ハンター達は見守ってくれている。彼女の言葉に、彼らの思いに、報いたいと思った。
「ぁ……」
思った、のに。
不意に、力が抜けてしまった。勢いのまま倒れこんでしまい、
「シュリ殿!」
マーニさんの声を聞きながら、
革紐で結んでしまっていたから受け身も取れず、そのまま、大岩から滑り落ちていった。
●
慌てて少年の元に駆け寄ったハンター達だが、無事だと解ると安堵の息をついた。
「意識は無くしてますが、大事には至らなそうですね」
そう言うマーニが手首にきつく食い込んだ革紐を示すと、
「ああ。無茶しやがって……」
懐剣が、懐から抜いた短剣で革紐を切った。強く刻まれた革紐の痕が痛ましい、が。
その紐に繋がれた先。
碧海を思わせる蒼い刀身の剣が、少年に添うように落ちている。
「これはこれで一つの結果、ですね」
アインスの言葉にスペルビアも頷き、意識を無くした少年に言葉を落とした。
「シュリ。受けたなら、手放さないことだ」
まるで、自らの誓約を示すように、固く。
剣と共に、少年が今後どう歩むかは誰にも解らない。
――ただ、ここから紡がれるのだろう。
父と子の、継承の物語が。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 スーズリー・アイアンアックス(ka1687) ドワーフ|20才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/07/09 22:51:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/06 22:02:36 |