ゲスト
(ka0000)
【不動】大首長選~静謐なる風の意思
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/20 22:00
- 完成日
- 2015/06/02 06:30
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
数多の代償を払いながらも歪虚ガエル・ソトとヤクシーは討たれ、辺境……赤き大地の諸部族はついに、悲願たる聖地奪還を果たした。
聖地リタ・ティトの大霊堂に集った諸部族の重鎮達は、これまでと、これからの事を語り合う。
未来と、過去の事を。
「部族会議を、やりなおそう。このままじゃ、きっと、ダメなんだ」
開口一番、スコール族の長ファリフ・スコール(kz0009)は、決意の宿る瞳で言い放った。
「ほう」と、嬉しそうに見守るのは、老戦士シバ(kz0048)。
その隣には、聖地を守り続けた巫女達を束ねる、大巫女が座している。
「どうかね、蛇の爺さんや」
大巫女の問は、ほんの少し芝居がかっている。対するシバの答えもまた、然り。
「そうさの、スコールの長は正しい。儂ら老いぼれに反対する道理もあるまい。あとは……部族を束ねる首長達が決める事。違うか?」
老人達の深く静かな視線が、もう一人の『首長』へと向く。
バタルトゥ=オイマト(kz0023)。一度は帝国への恭順を唱えたオイマト族の長は、かすかな沈黙の後に答えた。
「……ファリフに、賛成する」
「バタルトゥさん……!」
ファリフが、目を丸くする。彼女にとって、予想外の回答だったから。
バタルトゥは何かしら言葉を秘めているようだったが、この場で語る事はなかった。
「では、決まりじゃな」
最有力部族であるファリフとバタルトゥを中心に、シバと大巫女が相談役となって、彼らは今後の方針を決めた。
その結果は、こうだ。
『辺境部族は民族の門を開き、あらゆる異邦の友との協力関係を模索する。
しかし、あくまで民族として自立する道を追求し、いかなる国家にも従属はしない。
その為に部族間の意志を協議・共有する場として、部族会議を再設置する』
……既に部族会議は、以前の心揃わぬ烏合の衆とは違っている。
戦いの中で答えを模索して来た彼らが、共有できる目標を見出すのに時間はかからなかった。
「あとは……頭が必要じゃな。部族を、赤き大地の子を束ねる、『大首長』が」
「大首長……?」
シバの発言に、ファリフは首をかしげる。
一方のバタルトゥは、終始冷静だった。
「……いわば、議長、か。帝国や王国、同盟の長と肩を並べる……代表者……」
「おお、聡いなオイマトの長。よいぞ、よいぞ」
「どのように、決める?」
老人の薄笑いを軽く流しながら、バタルトゥは問う。
シバは地図を広げ……予想外の回答を、口にした。
「……一体どういう風の吹き回しだ?」
「……何がだ?」
「部族会議の話だよ。お前、あの決定に従ったんだろ? 帝国に恭順すべきだって言って、ファリフと散々やり合ってたじゃないか。本当にいいのか?」
人が多く集まるハンターズソサエティ。
やけにあっさりと同意したバタルトゥが不思議だったのか、首を傾げるハンターに、彼は肩を竦めて見せる。
「……何か思い違いをしているようだな。俺は別に、帝国が好きな訳ではない。迫り来る脅威から、部族を守れるならば……俺は何だって構わない」
ため息交じりに呟くバタルトゥ。
――歪虚は強く、辺境の部族は滅びの道へと進んでいた。
それに対抗しようとして尚も部族の誇りを重んじたファリフや、他の部族達。
その気持ちも……彼も辺境の部族の長であるが故、痛い程に良く分かっている。
だが、バタルトゥにとって、部族としての誇りより、仲間の命の方が大事だった。
帝国に従うことが辺境部族を守るのに一番有効な手段だったのだ。
だからこそ、帝国へ下る手段を執った――。
しかし今、部族会議が結束という力を得て、部族達を守るだけの勝算が見えて来たのであれば……それに乗じるのは、彼にとっては自然の流れだった。
「それにしても、競争で決めるなんてね。……あなた、本当に出る気?」
「……ああ。そのつもりだ」
ハンターの問いに、頷き返すバタルトゥ。
『部族会議の大首長は、二大有力部族であるオイマトとスコール、二者の競争を以って決定する』
それが、シバの語った大首長の選出方法だった。
今になって変化の兆しを見せるとはいえ、赤き大地の子はやはり、自然に生きる戦士の子。
ならば力をもってその資格を証明するが、最も正統な選出法であろうと……。
老兵の提案したそれは、バタルトゥにとって魅力的なものだった。
別に、辺境の大首長などはどうでもいい。やりたいものがやれば良いと思う。
ただ……辺境の戦士として、一度はファリフと戦ってみたいという感情があった。
彼女の強さは、心の力だ。
戦士としての技量は恐らく自分の方が上だが……ファリフの持つ底力は計り知れない。
面白い。血が騒ぐ、というのはこういう感覚なのだろうか――。
「でもさー。勝負って言ったって、ファリフとお前の一騎打ちなんだろ? 何で俺達にこんな話するんだよ」
「……いや。この勝負は一騎打ちではない。お前達に、同行を願うべくここに来た」
「え? どういう事?」
目を瞬かせるハンターに、バタルトゥは重々しく口を開く。
競争にあたって、シバはもうひとつ、二人の族長に条件を出していた。
『競争には、各々が星の友を伴う事』。
その意図するところまでは語らなかったが……とにかく、『星の友』を連れていかないとそもそも勝負にならないのだ。
「その『星の友』って何なの? 私達で大丈夫な訳?」
「……『星の友』は、大いなる白龍が導くという。お前達が今ここに居合わせたのも、白龍の思し召しだろう」
「おいおい。そんな適当でいいのかよ……」
大真面目に続けるバタルトゥに、呆れた顔をするハンター。
少し興味がそそられたのか、彼を見つめる。
「で、最終目的地はスヴァルナ山だっけ?」
「……そうだ。どちらの道を辿っても、丸1日はかかるだろう」
地図を広げて、ハンター達に見せるバタルトゥ。
聖地リタ・ティトの北にある、スヴァルナ山……それが、競争の目標地点。
山頂にある祠へ先に辿り着き、簡易的な浄化の祈祷を行った者が、部族会議の初代大首長となる。
祠へ至る道は、楽だが遠い西回りの道と、険しいが近い東回りの道の、二つ。
籤を引いた結果、バタルトゥは東回りの道を行く事になっていた。必然的に、ファリフは西回りの道となる。
近いが険しい、と言われているその道は、切り立った崖に面し、道と呼ぶには微妙であるくらいに細く、足場も悪い。
そして歪虚も多く潜んでいるという。
「ちょっと待てよ。そんな足場の悪いとこで戦闘になって、うっかり足踏み外したらどうなるんだ?」
「……崖の下まで真っ逆さま、というところだろうな」
淡々と答えるバタルトゥに、ウヘェ……という顔をするハンター達。
「距離はさほど長くはないが……険しく苦しい道になるだろう。……星の友よ、頼む。俺に力を貸してくれまいか」
真摯な表情を見せるバタルトゥ。
ハンター達は顔を見合わせて、さてどうしようかと考え込んだ。
聖地リタ・ティトの大霊堂に集った諸部族の重鎮達は、これまでと、これからの事を語り合う。
未来と、過去の事を。
「部族会議を、やりなおそう。このままじゃ、きっと、ダメなんだ」
開口一番、スコール族の長ファリフ・スコール(kz0009)は、決意の宿る瞳で言い放った。
「ほう」と、嬉しそうに見守るのは、老戦士シバ(kz0048)。
その隣には、聖地を守り続けた巫女達を束ねる、大巫女が座している。
「どうかね、蛇の爺さんや」
大巫女の問は、ほんの少し芝居がかっている。対するシバの答えもまた、然り。
「そうさの、スコールの長は正しい。儂ら老いぼれに反対する道理もあるまい。あとは……部族を束ねる首長達が決める事。違うか?」
老人達の深く静かな視線が、もう一人の『首長』へと向く。
バタルトゥ=オイマト(kz0023)。一度は帝国への恭順を唱えたオイマト族の長は、かすかな沈黙の後に答えた。
「……ファリフに、賛成する」
「バタルトゥさん……!」
ファリフが、目を丸くする。彼女にとって、予想外の回答だったから。
バタルトゥは何かしら言葉を秘めているようだったが、この場で語る事はなかった。
「では、決まりじゃな」
最有力部族であるファリフとバタルトゥを中心に、シバと大巫女が相談役となって、彼らは今後の方針を決めた。
その結果は、こうだ。
『辺境部族は民族の門を開き、あらゆる異邦の友との協力関係を模索する。
しかし、あくまで民族として自立する道を追求し、いかなる国家にも従属はしない。
その為に部族間の意志を協議・共有する場として、部族会議を再設置する』
……既に部族会議は、以前の心揃わぬ烏合の衆とは違っている。
戦いの中で答えを模索して来た彼らが、共有できる目標を見出すのに時間はかからなかった。
「あとは……頭が必要じゃな。部族を、赤き大地の子を束ねる、『大首長』が」
「大首長……?」
シバの発言に、ファリフは首をかしげる。
一方のバタルトゥは、終始冷静だった。
「……いわば、議長、か。帝国や王国、同盟の長と肩を並べる……代表者……」
「おお、聡いなオイマトの長。よいぞ、よいぞ」
「どのように、決める?」
老人の薄笑いを軽く流しながら、バタルトゥは問う。
シバは地図を広げ……予想外の回答を、口にした。
「……一体どういう風の吹き回しだ?」
「……何がだ?」
「部族会議の話だよ。お前、あの決定に従ったんだろ? 帝国に恭順すべきだって言って、ファリフと散々やり合ってたじゃないか。本当にいいのか?」
人が多く集まるハンターズソサエティ。
やけにあっさりと同意したバタルトゥが不思議だったのか、首を傾げるハンターに、彼は肩を竦めて見せる。
「……何か思い違いをしているようだな。俺は別に、帝国が好きな訳ではない。迫り来る脅威から、部族を守れるならば……俺は何だって構わない」
ため息交じりに呟くバタルトゥ。
――歪虚は強く、辺境の部族は滅びの道へと進んでいた。
それに対抗しようとして尚も部族の誇りを重んじたファリフや、他の部族達。
その気持ちも……彼も辺境の部族の長であるが故、痛い程に良く分かっている。
だが、バタルトゥにとって、部族としての誇りより、仲間の命の方が大事だった。
帝国に従うことが辺境部族を守るのに一番有効な手段だったのだ。
だからこそ、帝国へ下る手段を執った――。
しかし今、部族会議が結束という力を得て、部族達を守るだけの勝算が見えて来たのであれば……それに乗じるのは、彼にとっては自然の流れだった。
「それにしても、競争で決めるなんてね。……あなた、本当に出る気?」
「……ああ。そのつもりだ」
ハンターの問いに、頷き返すバタルトゥ。
『部族会議の大首長は、二大有力部族であるオイマトとスコール、二者の競争を以って決定する』
それが、シバの語った大首長の選出方法だった。
今になって変化の兆しを見せるとはいえ、赤き大地の子はやはり、自然に生きる戦士の子。
ならば力をもってその資格を証明するが、最も正統な選出法であろうと……。
老兵の提案したそれは、バタルトゥにとって魅力的なものだった。
別に、辺境の大首長などはどうでもいい。やりたいものがやれば良いと思う。
ただ……辺境の戦士として、一度はファリフと戦ってみたいという感情があった。
彼女の強さは、心の力だ。
戦士としての技量は恐らく自分の方が上だが……ファリフの持つ底力は計り知れない。
面白い。血が騒ぐ、というのはこういう感覚なのだろうか――。
「でもさー。勝負って言ったって、ファリフとお前の一騎打ちなんだろ? 何で俺達にこんな話するんだよ」
「……いや。この勝負は一騎打ちではない。お前達に、同行を願うべくここに来た」
「え? どういう事?」
目を瞬かせるハンターに、バタルトゥは重々しく口を開く。
競争にあたって、シバはもうひとつ、二人の族長に条件を出していた。
『競争には、各々が星の友を伴う事』。
その意図するところまでは語らなかったが……とにかく、『星の友』を連れていかないとそもそも勝負にならないのだ。
「その『星の友』って何なの? 私達で大丈夫な訳?」
「……『星の友』は、大いなる白龍が導くという。お前達が今ここに居合わせたのも、白龍の思し召しだろう」
「おいおい。そんな適当でいいのかよ……」
大真面目に続けるバタルトゥに、呆れた顔をするハンター。
少し興味がそそられたのか、彼を見つめる。
「で、最終目的地はスヴァルナ山だっけ?」
「……そうだ。どちらの道を辿っても、丸1日はかかるだろう」
地図を広げて、ハンター達に見せるバタルトゥ。
聖地リタ・ティトの北にある、スヴァルナ山……それが、競争の目標地点。
山頂にある祠へ先に辿り着き、簡易的な浄化の祈祷を行った者が、部族会議の初代大首長となる。
祠へ至る道は、楽だが遠い西回りの道と、険しいが近い東回りの道の、二つ。
籤を引いた結果、バタルトゥは東回りの道を行く事になっていた。必然的に、ファリフは西回りの道となる。
近いが険しい、と言われているその道は、切り立った崖に面し、道と呼ぶには微妙であるくらいに細く、足場も悪い。
そして歪虚も多く潜んでいるという。
「ちょっと待てよ。そんな足場の悪いとこで戦闘になって、うっかり足踏み外したらどうなるんだ?」
「……崖の下まで真っ逆さま、というところだろうな」
淡々と答えるバタルトゥに、ウヘェ……という顔をするハンター達。
「距離はさほど長くはないが……険しく苦しい道になるだろう。……星の友よ、頼む。俺に力を貸してくれまいか」
真摯な表情を見せるバタルトゥ。
ハンター達は顔を見合わせて、さてどうしようかと考え込んだ。
リプレイ本文
「おお、これはまた絶景でござるな~。めっちゃ崖っぷちでござる~」
「はわ~。すごいですの~! 高いですの~!」
「2人共感心してる場合じゃないでしょ」
切り立った崖を見上げる烏丸 薫(ka1964)とチョココ(ka2449)に、苦笑しながら呟く花厳 刹那(ka3984)。
崖を沿うように続く道。急勾配なそれが、ずっと続いているのが見える。
「これはまた……随分な道だな……」
「距離が短いっていうのは事実なんでしょうけど、ね」
崖の遥か先を見つめるアーヴィン(ka3383)と八雲 奏(ka4074)。
道は思いの他石が多く、急坂で、『道』と呼んで良いものかどうか悩むような状態だ。
道幅も2人並んで歩くのがやっと、というところだろうか。
「上手いこと迂回路を見つけてショートカットできるといいんだけれどね」
「そうですわね。戦闘を極力避けるのも、時間短縮になりますわよね」
崖にしがみつくようにくっついている道を目測するアルファス(ka3312)にこくりと頷く音羽 美沙樹(ka4757)。
いくら距離が短いとはいえ、この急坂だ。登るだけでも結構時間を取られるだろう。
「そうさな。進んでみないと分からんが……頑張って偵察するとしようかね。勝負である以上、勝たせて貰わないとだしね」
「そうね。ちゃんと祈祷を行って部族の人達を安心させてあげないとね」
アルト・ハーニー(ka0113)の言葉に、祈るように手を組む刹那。
勝負は勝負。けれども、それ以上に大切なものを見失ってはいけないと思うから――。
「……夜が明けたでござるな。それじゃ、進むでござるよ。本体との連絡、宜しく頼むでござる」
「お任せくださいませ」
ロープを手に進み始める薫に、トランシーバーを手ににっこりと微笑み返す美沙樹。
辺境の山々を照らし始める太陽。夜明けと共に、先行隊が足元を確認しながら進み始める。
――こうして、大首長の座を巡る静かな戦いの幕が、切って落とされた。
「……ほいほい。了解っす。じゃあこっちももう少ししたら出るっす」
「何だって?」
「奏さんからっすよ。先行隊前進中、道幅狭いから気をつけろ、だそうっす」
首を傾げる岩井崎 旭(ka0234)に、電話の受話器片手に受け答える神楽(ka2032)。
見通しの悪い道を効率良く進む為に先行隊に偵察して貰う手段を取ったハンター達。
綿密な連絡は、即ち勝利への道へと直結する。
まあ、もっとも俺はオイマトが勝とうが、スコールが勝とうがどっちでもいいんだがね……。
そんな事を考えながら、隣に立つバタルトゥ・オイマト(kz0023)を一瞥するイブリス・アリア(ka3359)。
「こういう風に互いに争わせるとは……流石辺境、と言った所ですね」
ため息交じりに呟く茅崎 颯(ka0005)に頷くバタルトゥ。
黙したままの彼に、イスフェリア(ka2088)がそっと声をかける。
「ねえ、バタルトゥさん。あなたはどんな思いで山頂を目指すの? 聞かせて貰えないかな」
足場の悪い険しい道。歪虚も潜んでいると聞いている。
崖から落ちたらハンターとて無事では済まない。
決して容易くはない、命懸けで臨む任務。
そんな危険な道中に、多くのハンターが協力している……。
そこには、仲間達の色々な思いがあるのだろう。
だからこそ、今回ここに来るきっかけとなったバタルトゥの思いを聞いておきたかった。
「あたしもバタルトゥ殿に聞きたい。あなたは大首長をどう考える? 本当に全てを背負う覚悟はあるのか?」
オイマト族長を、まっすぐに見つめるヘルヴェル(ka4784)。彼は表情も変えずに続ける。
「……来て貰って申し訳ないが、俺自身はこの勝負にも、大首長にもさして拘りはない」
「へっ!? じゃあお前、何でこの勝負受けたんだよ」
仰け反るエヴァンス・カルヴィ(ka0639)に、彼は肩を竦める。
「……仲間の命より優先すべきものはない。その為に信じた道を選ぶ。その先にあるものの責任は負う。それだけだ」
「そっかそっか。お前熱いな! イイ奴だ!」
ガハハハハと笑いながらバタルトゥの肩をバシバシと叩く鮫島 群青(ka3095)。
その一言に、イスフェリアはハッとする。
――何よりも優先すべきは仲間の命。
彼が若くして族長に選ばれたのも、きっとこうした信念があるからなのだろう。
「なるほど。貴方のその考えは確かに凄いと思う。けれど、これからは一つの意見だけじゃまとまらない。だからこそ、誰しもを納得させる為に今回の勝負があるんじゃないのかな」
「さすがはお兄様ですわ!」
穏やかに言うアルバ・ソル(ka4189)にキラキラと目を輝かせるエステル・ソル(ka3983)。
その反応が愛らしくて、レム・K・モメンタム(ka0149)がくすりと笑いを漏らす。
「バタルトゥは冷静で現実をよく見てるように感じる。そういう意味では向いてるんじゃない?」
スコール族の族長は、心のパワーは凄まじいけれど、周りが見えていない気がする。
勿論それは大事な資質だけれど、それだけでは乗り越えられないこともきっとある。
ファリフは自分と良く似ているから、自重込みでそう思うのかもしれないけど。
彼女の呟きに、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がこくりと頷く。
「そうだね。組織の長としては、技量が高いのも心が強いのも、どちらも重要だと思うよ。ただ、組織としては……帝国や王国と渡り合い、対等だと認めさせるためには強さを示す必要があると思う」
だからこそ彼女は、初代大首長はこの男が良いと思った。
その為に協力しに来たのだけれど……タイミング悪く傷を負ってしまった。
でも、出来る限りのことはしたい。
「分かった。……いいわ。協力する」
きっぱりと言い切った七夜・真夕(ka3977)。
代表を競争で決める、ということに完全に納得した訳ではないけれど。この場に立ち会ったのも何かの縁なのだろうと思う。
「うむ。皆も色々考えはあろうが……バタルトゥどのはゴールすることを考えることじゃ。今はわらわ達を信じよ」
「その通りでさ。若ぇモンに力を貸すのは、年長者の義務みてぇなモンですからねぇ。力は尽くしやすよ」
「うん。イケメンに貴賎なし」
仲間達を宥めるように言うジェニファー・ラングストン(ka4564)にニィ、と笑う高橋 鑑連(ka4760)。エハウィイ・スゥ(ka0006)もこくこくと頷く。
この場に集まった者達を纏めることすら骨が折れるというのに、部族を纏める大首長の苦労は計り知れないが……それでも、信念を持つこの男を勝たせてやりたい。
そうじゃな、と呟く蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)。くつりと笑ってバタルトゥを見る。
「まずは進まねばのぅ。……先の口約束とは言え、妾が望みし酒は一向に足らぬ。如何様な結果となれど、祝酒は必要じゃろう?」
「……あの話か。忘れてはいない」
「ほう? それは何よりじゃ。どうせなら勝利の美酒を飲ませておくれ」
無愛想に言うバタルトゥに、にんまりと笑う蜜鈴。
その様子を見て、エハウィイは大きなため息をつく。
「てかさ、バタルトゥ暗すぎ。せっかく勝負するんだし何か掛け声作ろうよ」
「掛け声? イイね。熱いの頼むぜ」
「そうね。じゃーねー……『バタルとぅーす!』 これどうよ。やる気出るよ、たぶん」
嬉しそうな群青に真顔で言い切った彼女。
――その場が、凍った。
「……え? ばたるとぅーす? なんですの、それ?」
「良く分からないけど合言葉みたいだね」
受話器から聞こえて来た声に小首を傾げる美沙樹に、苦笑するアルファス。
合言葉の意味は良く分からないが、本隊の者達は仲良くやっているということだろうか。
続く本隊の為に道を拓き、危険を潰すのが仕事……と意気込む先行隊の面々。
崩れやすそうな場所、死角になっている場所を重点的に確認し、立ちふさがる雑魔を蹴散らしながら進んでいた。
「道が細くなっている部分があったから、ロープを渡して来たわ」
「おう、ありがとさん。雑魔も大したことないし、天候も快晴。出来る限り進んでしまいたいとこだな」
身軽な動きで戻って来た刹那をねぎらいながら、周囲を確認するアルト。
雑魔や歪虚の痕跡を探していた薫は、むむむと考え込む。
「……あの雑魔、やはり何かおかしい気がするでござるよ」
これまでツタのような植物性の雑魔に3回程遭遇したが、どれも同じような形で、しゅるしゅると伸びて来るそれを数本切ると忽然と消える……というのを繰り返していた。
上手く説明できないのでござるが……と続けた彼に、奏が首を傾げる。
「確かに、妙に手ごたえがないというか、軽かった気はしますね……」
「んー。出現パターンも似通ってるし、警戒した方がいいかもな。……と。チョココ、大丈夫か? 疲れ切る前に言えよ?」
「だ、大丈夫ですの!」
少し広い場所を見つけて、赤いスカーフを巻きつけながら言うアーヴィンにチョココが慌てて答える。
百戦錬磨のハンターと言えども、自然には勝てない。
急勾配と悪路は彼らの体力をじわじわと削っていく。
彼女はツタ型雑魔が現れる度にウィンドスラッシュで対応していたし……疲れが出るのも無理のない話で、美沙樹がそっと声をかける。
「チョココさん、無理は良くないですわ。ちょっと休憩にしませんこと?」
「でも……早く進まないと本隊の皆さんが困ってしまいますわ」
「急がば回れって言いますわよ。休憩する旨は本隊にお伝えしますから……ね?」
美沙樹の優しい声に、こくりと頷くチョココ。
思い出したように鞄から袋を取り出す。
「わたくし、お菓子を作って来ましたの。皆様もいかがですの?」
「おぉ、美味そうでござるな! ありがたい!」
目を輝かせる薫に笑顔でお菓子を差し出すチョココ。
仲間達も集まってきて、断崖での小さなお茶会が始まる。
「うん。これは美味い。埴輪もビックリだ」
「良かったですの。芋で広げよう世界の輪、なのですわ」
ぺろりと焼き菓子を平らげたアルトに、にっこりと微笑む彼女。
チョココは帝国の芋の美味しさを広める為に日々頑張っているようで……。
「バター様にもこのお菓子渡して来たですのよ。食べて下さっているといいですの」
「大丈夫じゃないかしら。バタルトゥさんは義理堅い人みたいだし」
凛とした口元を綻ばせる刹那。アルファスもゆったりと微笑む。
「そうだね。バタルトゥさんは仲間を大事にする人だから……。彼の信念を貫く生き方、いいと思うな」
「俺はまぁ、どっちが大首長になったっていいとは思うんだけどさ。……ファリフみたいな嬢ちゃんは苦手なんだよ。夢見がちで……眩しいからな」
ふぅ、とため息をつくアーヴィン。
無邪気に希望を信じるには、色々と余計なことを知りすぎてしまった。
その言葉にしきりに頷いていた奏が、にこやかに続ける。
「ファリフさんとバタルトゥさんが結婚すれば、万事解決しそうですけどね」
「えっと……それちょっと急すぎませんこと?」
「そうですか? でも……。……!?」
でっかい冷や汗を流す美沙樹。奏の声は、1本のツタの乱入によってかき消された。
「もー! またツタですの!」
「お茶の時間を邪魔するとは野暮な雑魔ですわね。アルファスさん! 本隊に連絡をお願いしますわ!」
「了解。……こちら先行班のアルファス。本隊に……何だって?」
プンスコ怒るチョココに、刀を抜き放ちツタを切り裂く美沙樹。
受話器を手にしたまま顔を強張らせたアルファスを、薫が心配そうに見つめる。
「どうしたでござるか?」
「……本隊もツタ型雑魔に襲われたそうだ」
「えっ!? どういうことです!? だって、今までの道の雑魔は全て……」
続いた彼の言葉に、青ざめる奏。
そう。ここに至るまでに出会った雑魔は全て倒したはずだ。
1本しかない、しかもこんな細い道で、雑魔が再び現れるなんてことは――。
「……もしかしたら、このツタ、どこかに大元があるのかもしれないぞ」
ぼそりと呟くアーヴィンに、ハッとする仲間達。
薫が訴えていた違和感は、もしかしたらそれだったのかもしれない。
「先を急ごう。その仮説が正しいなら、早く見つけないと面倒なことになる」
先を見据えて言うアルトに、頷く先行隊の面々。
走り出したいのを堪えて、一歩一歩、慎重に歩みを進める。
――時は少し遡る。
先行隊から遅れて出発した本隊は、彼らの残した目印を追いかけるように着実なペースで進み続けていた。
「スヴァルナ山への道は見事に一本道なんだな」
「……そのようだな」
「そのようだな……って。バタルトゥ、ここ来たことないのか?」
「残念ながら初めてだ」
「うわー。マジか。お前に進行ペース確認しようと思ってたのに……」
エヴァンスとバタルトゥのやりとりをじっとりとした目で見つめるエハウィイ。
ずっと続く……道というよりは急坂に目線を移して、深々とため息をつく。
……イケメンでホモ妄想おいしいです。そう思っていた時期が私にもありました。
あー、もー。何故険しい道なんぞ歩かなきゃいけないのだ。
いや、自分で来たんだけどさ! 引きこもりには無理だった! もうお家帰りたい……。
大体星の友って何だよバカ野郎……。意味わかんねーよ。ズッ友かよ……。
「あのさ。……その、全部聞こえてるんだけど」
「えっ。マジで!?」
申し訳なさそうなアルトのツッコミにガビーンとなるエハウィイ。
二人のやり取りに、颯がくすりと笑う。
「丁度、先行隊が休憩に入ると連絡が入りましたよ。私達も休憩にしましょうか?」
「そうだね。妹も疲れているようだし、そうして貰えると助かるよ」
「それでは休憩じゃな。皆のものー! 休憩にするぞよー!」
エステルをちらりと見るアルバに頷き、叫ぶジェニファー。
その声に応えるように、仲間達が身体を伸ばしたり、座り込んだり……それぞれ休憩に入る。
アルトが傷の痛みを堪えながらそっと岩盤に寄りかかると、イスフェリアが彼女の手を取る。
「アルトさん、身体は大丈夫かな? ほら、ここに座って。包帯を巻きなおしてあげる」
「あ、ごめんねえ。気遣わせちゃって……」
「いいんだよ。困った時はお互い様でしょ。無理しちゃダメなのよ」
恐縮しきりのアルトに、にこりと微笑みかけるイスフェリア。
颯が二人に飲み物を渡しながら続ける。
「星の友は助け合ってこそ、だと思いますよ」
「そーっすよ! ……って言いつつ、俺『星の友』って何なのか分かってないっすけどね」
「大丈夫じゃ。わらわも分からぬ」
神楽とジェニファーの声にぷっと吹き出す仲間達。
断崖に、明るい笑い声が響く。
「……お兄様、わたくしの足が痛いの、どうして分かったんですか?」
「そりゃあ可愛い妹のことだからね」
爽やかな笑顔を浮かべるアルバにマカロンを渡しつつ頬を染めるエステル。
兄の肩越しに、バタルトゥの姿が見えて……。
「……彼はいい人だよ、大丈夫。行っておいで」
「…………」
うろうろと逡巡している彼女に気付いたのか、アルバはこくりと頷き……。
彼に後押しされて、意を決して歩き出したエステルを見てヘルヴェルが苦笑する。
「……アルバもエスティも相変わらずだな」
「やあ、ヘルヴェル。久しぶりだな」
「やあ、じゃないだろ。またあんなに妹甘やかして……」
「いいんだよ。まだあの子は小さいんだから」
「どーだかね。……さて、久しぶりに会ったし、後で手合わせでもどうだ?」
「望むところだ」
こつり、と拳をぶつけ合う二人。久しぶりに会う幼馴染は、相変わらずで嬉しいような困ったような――。
「ねぇ、思うんだけど。二人とも大首長になれば凹凸が噛み合っていい感じになるんじゃない?」
「ふむ。それはなかなかに面白いが……それだと勝負の意味がないのう」
ぱっと顔を上げたレムに、紫煙をくゆらせて笑う蜜鈴。彼女の言葉に、レムは己の膝を抱える。
「うん。そうよね。分かってる。……けど、今までは噛み合ってなかった二人が噛み合えば、きっと誇りも命も守れると思うんだ」
歪虚は強い。人が対抗するには、力が足りない。
そんな悔しい現実に立ち向かうには、手を取り合わなければいけないと思うから――。
「……此度の件は、辺境の民の未来をも担うた試練じゃ。それを乗り越えれば、何かしらの答えを得ようぞ。バタルトゥも、ファリフもな」
「そうだね」
言い聞かせるような蜜鈴に、こくりと頷くレム。
『星の友』が何なのか良く分からないけど。辺境が、良い方向に向かってくれればいいと思う。
その後方で、じわじわと目的の男性に近づくエステル。
蒼髪の少女に無言でお菓子を差し出され、バタルトゥは首を傾げる。
「……くれるのか?」
こくこくと頷く彼女。バタルトゥの射抜くような目に見据えられてビクビクしながらも口を開く。
「あ、あの。力が入りすぎると、周りが見えなくなりますから……甘いもの、食べてください」
「……そうか。ありがとう」
「おー。モテる男はツライなぁ。お嬢ちゃんよぅ。俺も緊張しちゃいそうなんだけどよ」
「み、皆さんの分もありますよ」
にこりともしないバタルトゥの肩に手を置いて、ニヤリと笑う群青。
アワワと慌てながらマカロンを配るエステルを見ていたイブリスの目に、緑色のツタが映る。
「エステル、旭、後ろ!!」
「うおぁっ……!?」
彼の声で咄嗟に少女を伏せさせた旭。
そのままツタに足首を絡め取られ、そのまま引きずられて崖に放り出される……!
「……母なる腕、両を広げ御子を抱け」
「旭!! 捕まれェ!!」
蜜鈴の短い詠唱。次の瞬間、落ちて行く旭を受け止めるように出現した土壁。
咄嗟に手を伸ばした群青が、そのまま彼を引きずり上げる。
「すまない、助かっ……」
「また来るわよ……!」
旭の声を遮る真夕の叫び。
新手のツタは、礼を言う暇すら与える気はないらしい。
再び現れたそれに神楽が目を見開く
「何でツタが……? 先行隊の皆がやっつけたって言ってたっすよね!?」
「どこかに潜んでいたってことなのかしら」
光り輝く矢でツタを打ち抜きながら呟く真夕。鑑連の鋭い眼光が炯々として天を射る。
「こいつぁいけねぇ。頭上に気をつけなきゃならねえのは岩だけじゃねえようだ。このツタ、上の方……あの辺りから来てるようですぜ」
「上……? ってことは、先に何かがあるのか」
鑑連の指差す辺りに目を凝らすイブリス。
そこに、魔導短伝話から鋭い声が聞こえてきた。
『本隊、応答せよ。こちら先行隊、アルファス! ツタの大元と思われる雑魔を発見。交戦中だが苦戦している。援護を頼む』
「こちら本隊、エヴァンス! すぐ行く! それまで持ちこたえろよ!」
受話器に向かって叫ぶエヴァンス。
「ダチ公を救うとか燃えるじゃねえか! よっしゃ! 行くぜェ!!」
「ちょっ! こんなとこ急ぐとか無理無理無理無理無理!」
先陣を切って進み始める群青を追う仲間達。断崖に、エハウィイの悲鳴が響いた。
「なかなかしぶとい奴だな」
「むむむ。ファイアーボール何回も打ち込んでるのにいいい!」
「皆さん、大丈夫ですの?」
「全然平気でござるよ!」
「私も大丈夫です」
「よし。続けよう。チョココと美沙樹とアーヴィンはこのまま本体の攻撃を続けてくれ」
「「分かりましたわ!!」」
「了解」
頷き合う先行隊の面々。
奏と薫、アルトが襲い来るツタを食い止め、チョココと美沙樹、アーヴィンが遠距離攻撃で本体を直接狙う作戦に出ていた。
更に歩みを進めた彼らは、道を塞ぐように生えている、人の身長大に巨大化したツタの塊のような植物型の雑魔を発見した。
道に根を張っているのか本体が動き出すことはないようだが、横を通り抜けることが難しい上に、手足のような長いツタを何本も繰り出して攻撃して来る。
今まで幾度となく遭遇したツタは、ここから出ているものと全て同じ形で……ここが大元で間違いなさそうだ。
今後の進行の為にも、ここで確実に始末しておかなくては……!
そんな決意と共に猛然と戦うハンター達。
しかしツタの手数は多く、前衛の3人は幾度となくツタに打たれて消耗しつつあった。
チョココのスキルももうすぐ尽きそうな気配を感じる。
どうしよう。このままじゃ……。
美沙樹の心を過ぎる不安。それをかき消すように、後方から火球が飛んできて、ツタを吹き飛ばした。
「大丈夫か!?」
「今援護する!」
走り込んで来るアルバとヘルヴェル。どうやら本隊が駆けつけて来てくれたらしい。
アルトはニヤリと笑うと本隊に向けて手を挙げる。
「思ったより早かったな! 助かった!」
「アルトさん傷だらけじゃない! 薫さんも奏さんも……! 手当てしなきゃ!」
「後でいいでござるよ!」
「それより早く倒してしまいましょう!」
駆け寄ってきたイスフェリアに、『まだまだ元気!』とばかりに笑顔を返す薫と奏。
前に出ようとしたバタルトゥを、刹那が制止する。
「待って! バタルトゥはこっちよ!」
「……これは?」
彼女が示したのは、崖にかかる1本のロープ。そこからひらりと舞い降りたアルファスがにっこりと笑う。
「ああ、間に合って良かった。僕と刹那さんで、上の道までロープで繋いで来たんですよ。頂上まではさすがに無理でしたが……」
「ここを上れば、あのツタの雑魔を避けて進めるわ。さ、早く行って」
「……いや、皆を残しては行けぬ。俺もあの雑魔と戦う」
刹那の訴えに首を振るバタルトゥ。そんな彼に、眉根を寄せた真夕がずずいっと迫る。
「何言ってるの! 貴方が総大将なんでしょ。真っ先に王が動く軍がありますか!」
「しかし……」
「あなたね、人を信頼してない訳じゃないみたいだけど、自分が前に出ようって気持ちが強すぎるのよ。それは個人的には好ましいけど、リーダーを努めるなら『任せる』って事も覚えて貰わないと!」
「なァ、バタルトゥ。信じた相手のために身体を張り、それに応える側もまた己の全力を尽くす。一方通行の関係じゃねぇ、互いに高めあって成長していく……。そいつがダチ公ってもんだぜッ! お前なら分かるだろ!?」
「大首長とは多くの氏族を護る責務です。大きい器と実力が必要とされます。信じられますか? 星の友を、自分を、そしてライバルを……」
「……君は『空』にならないといけないよ。種子を運び、雨を降らせ、母なる大地を潤す。大気は命の循環を司り、風はその運び手。……多くの命を背負うなら、辺境を巡り潤す風の長……父なる空に」
群青とエステル、そしてアルファスの目線を受け止めて、黙するバタルトゥ。
「先に行くんじゃ! こやつらの思いを無駄にしてやるな!」
「勝負に勝つんでしょ!? こんなところで止まってていいの!?」
「ボク、こんな怪我してるけど、バタルトゥさんに勝ってほしいから来たんだよ! だから行って! お願い!」
「バタルトゥさんよ。あんたの気持ちも分かるが……仲間がここまで言ってるんだ。それに応えるのも、上に立つものに必要なことじゃねえですかねぇ」
言い募るジェニファーとレム。包帯だらけのアルトに、息子に言い聞かせるような響きのある鑑連の声……。
目を閉じ、暫し考えるバタルトゥ。
……再び目を開けた彼の目は、穏やかな決意に満ちていた。
「……分かった。すまない。先に行かせて貰う」
「ああ。任せておけ!」
「皆強いしすぐ追いつけるよ、たぶん」
ぐっと親指を立てるエヴァンスに適当に頷くエハウィイ。
「皆! 総攻撃っすよ! 行くっすーーー!!」
「どぉりゃああああああああああああ!!」
神楽の鼓舞に応えるように、全力で斧を打ち込む旭。仲間達も次々と、ツタ型雑魔に向かって行く。
「……さ、行こうぜ、バタルトゥ。ちゃんと最後まで見せてくれよ」
「ええ。そうですね。私も最後までお供しますよ」
「妾も付き合おうぞ」
淡々としたイブリスに頷く颯と蜜鈴。
バタルトゥは、アルファスと刹那、そして仲間達が決死の思いでかけてくれた上の道へと続くロープを少し撫で……強く握り締めて、崖を登り始めた。
バタルトゥは最終的に颯と蜜鈴、イブリス……そして真夕という少人数で頂上を目指した。
その結果、僅差ではあったがファリフ陣営より先んじて山頂にある祠へ辿り着くことが出来た。
「勝負には勝ったが……結果はまだ分からないんだっけか」
「最終的な判断はシバさんと大巫女がするようだね」
どちらになるにせよ、遺恨は無くしたい――。
そう呟く颯に、イブリスは肩を竦める。
「人二人いりゃ喧嘩は起きる。どうしたってどこかに諍いの種はあるものさ。それをどうして行くかが問われてるんじゃないのか」
「……そう言うことなんだろうな」
「バタルトゥさん、もう浄化の儀式は済んだの?」
「……ああ、そんなに難しいことではないからな」
いつの間にか儀式を終えていたバタルトゥに小首を傾げる真夕。
彼は仲間達を順番に見ると、深々と頭を下げた。
「……お前達がいなければここまで辿り着くことは出来なかった。感謝する」
「いいんだよ。それより、後から来る皆に言ってあげてよ!」
あわあわと慌てる真夕に、不思議そうな目を向けるバタルトゥ。
そんな二人に、くつくつと蜜鈴が笑う。
「酒を飲む約束、今度こそ果たせそうじゃの」
「ああ。礼も、改めてしたい。……それから、お前達に問われたこと。必ず答えを出そう」
大首長になって何を成すのか。何を望むのか。
その未来に何を見るのか――。
「うむ。期待しておるぞ。大首長殿」
蜜鈴はにんまりと笑うと、煙管を咥えて煙を燻らせ……。
「おーい! バタルトゥー! 雑魔サクッと倒してきたぞー!」
「結果どうなったっすかー!? 勝ったっすか!?」
そして聞こえて来た仲間達の声。
『星の友』を出迎えに、彼らは来た道を戻り――。
勝負の結果と、バタルトゥと『星の友』との行動を聞いた大巫女とシバは、辺境の大首長に相応しき人物としてオイマトの族長を指名し――初代大首長が誕生することとなった。
幾多の試練を乗り越え、勝利を勝ち取ったバタルトゥとハンター達。
バタルトゥの大首長としての道のりは始まったばかりだけれど。
ハンター達の問いや想い……それらを忘れることなく、慢心することなく進んで行こうと。
決意を新たにするバタルトゥだった。
「はわ~。すごいですの~! 高いですの~!」
「2人共感心してる場合じゃないでしょ」
切り立った崖を見上げる烏丸 薫(ka1964)とチョココ(ka2449)に、苦笑しながら呟く花厳 刹那(ka3984)。
崖を沿うように続く道。急勾配なそれが、ずっと続いているのが見える。
「これはまた……随分な道だな……」
「距離が短いっていうのは事実なんでしょうけど、ね」
崖の遥か先を見つめるアーヴィン(ka3383)と八雲 奏(ka4074)。
道は思いの他石が多く、急坂で、『道』と呼んで良いものかどうか悩むような状態だ。
道幅も2人並んで歩くのがやっと、というところだろうか。
「上手いこと迂回路を見つけてショートカットできるといいんだけれどね」
「そうですわね。戦闘を極力避けるのも、時間短縮になりますわよね」
崖にしがみつくようにくっついている道を目測するアルファス(ka3312)にこくりと頷く音羽 美沙樹(ka4757)。
いくら距離が短いとはいえ、この急坂だ。登るだけでも結構時間を取られるだろう。
「そうさな。進んでみないと分からんが……頑張って偵察するとしようかね。勝負である以上、勝たせて貰わないとだしね」
「そうね。ちゃんと祈祷を行って部族の人達を安心させてあげないとね」
アルト・ハーニー(ka0113)の言葉に、祈るように手を組む刹那。
勝負は勝負。けれども、それ以上に大切なものを見失ってはいけないと思うから――。
「……夜が明けたでござるな。それじゃ、進むでござるよ。本体との連絡、宜しく頼むでござる」
「お任せくださいませ」
ロープを手に進み始める薫に、トランシーバーを手ににっこりと微笑み返す美沙樹。
辺境の山々を照らし始める太陽。夜明けと共に、先行隊が足元を確認しながら進み始める。
――こうして、大首長の座を巡る静かな戦いの幕が、切って落とされた。
「……ほいほい。了解っす。じゃあこっちももう少ししたら出るっす」
「何だって?」
「奏さんからっすよ。先行隊前進中、道幅狭いから気をつけろ、だそうっす」
首を傾げる岩井崎 旭(ka0234)に、電話の受話器片手に受け答える神楽(ka2032)。
見通しの悪い道を効率良く進む為に先行隊に偵察して貰う手段を取ったハンター達。
綿密な連絡は、即ち勝利への道へと直結する。
まあ、もっとも俺はオイマトが勝とうが、スコールが勝とうがどっちでもいいんだがね……。
そんな事を考えながら、隣に立つバタルトゥ・オイマト(kz0023)を一瞥するイブリス・アリア(ka3359)。
「こういう風に互いに争わせるとは……流石辺境、と言った所ですね」
ため息交じりに呟く茅崎 颯(ka0005)に頷くバタルトゥ。
黙したままの彼に、イスフェリア(ka2088)がそっと声をかける。
「ねえ、バタルトゥさん。あなたはどんな思いで山頂を目指すの? 聞かせて貰えないかな」
足場の悪い険しい道。歪虚も潜んでいると聞いている。
崖から落ちたらハンターとて無事では済まない。
決して容易くはない、命懸けで臨む任務。
そんな危険な道中に、多くのハンターが協力している……。
そこには、仲間達の色々な思いがあるのだろう。
だからこそ、今回ここに来るきっかけとなったバタルトゥの思いを聞いておきたかった。
「あたしもバタルトゥ殿に聞きたい。あなたは大首長をどう考える? 本当に全てを背負う覚悟はあるのか?」
オイマト族長を、まっすぐに見つめるヘルヴェル(ka4784)。彼は表情も変えずに続ける。
「……来て貰って申し訳ないが、俺自身はこの勝負にも、大首長にもさして拘りはない」
「へっ!? じゃあお前、何でこの勝負受けたんだよ」
仰け反るエヴァンス・カルヴィ(ka0639)に、彼は肩を竦める。
「……仲間の命より優先すべきものはない。その為に信じた道を選ぶ。その先にあるものの責任は負う。それだけだ」
「そっかそっか。お前熱いな! イイ奴だ!」
ガハハハハと笑いながらバタルトゥの肩をバシバシと叩く鮫島 群青(ka3095)。
その一言に、イスフェリアはハッとする。
――何よりも優先すべきは仲間の命。
彼が若くして族長に選ばれたのも、きっとこうした信念があるからなのだろう。
「なるほど。貴方のその考えは確かに凄いと思う。けれど、これからは一つの意見だけじゃまとまらない。だからこそ、誰しもを納得させる為に今回の勝負があるんじゃないのかな」
「さすがはお兄様ですわ!」
穏やかに言うアルバ・ソル(ka4189)にキラキラと目を輝かせるエステル・ソル(ka3983)。
その反応が愛らしくて、レム・K・モメンタム(ka0149)がくすりと笑いを漏らす。
「バタルトゥは冷静で現実をよく見てるように感じる。そういう意味では向いてるんじゃない?」
スコール族の族長は、心のパワーは凄まじいけれど、周りが見えていない気がする。
勿論それは大事な資質だけれど、それだけでは乗り越えられないこともきっとある。
ファリフは自分と良く似ているから、自重込みでそう思うのかもしれないけど。
彼女の呟きに、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がこくりと頷く。
「そうだね。組織の長としては、技量が高いのも心が強いのも、どちらも重要だと思うよ。ただ、組織としては……帝国や王国と渡り合い、対等だと認めさせるためには強さを示す必要があると思う」
だからこそ彼女は、初代大首長はこの男が良いと思った。
その為に協力しに来たのだけれど……タイミング悪く傷を負ってしまった。
でも、出来る限りのことはしたい。
「分かった。……いいわ。協力する」
きっぱりと言い切った七夜・真夕(ka3977)。
代表を競争で決める、ということに完全に納得した訳ではないけれど。この場に立ち会ったのも何かの縁なのだろうと思う。
「うむ。皆も色々考えはあろうが……バタルトゥどのはゴールすることを考えることじゃ。今はわらわ達を信じよ」
「その通りでさ。若ぇモンに力を貸すのは、年長者の義務みてぇなモンですからねぇ。力は尽くしやすよ」
「うん。イケメンに貴賎なし」
仲間達を宥めるように言うジェニファー・ラングストン(ka4564)にニィ、と笑う高橋 鑑連(ka4760)。エハウィイ・スゥ(ka0006)もこくこくと頷く。
この場に集まった者達を纏めることすら骨が折れるというのに、部族を纏める大首長の苦労は計り知れないが……それでも、信念を持つこの男を勝たせてやりたい。
そうじゃな、と呟く蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)。くつりと笑ってバタルトゥを見る。
「まずは進まねばのぅ。……先の口約束とは言え、妾が望みし酒は一向に足らぬ。如何様な結果となれど、祝酒は必要じゃろう?」
「……あの話か。忘れてはいない」
「ほう? それは何よりじゃ。どうせなら勝利の美酒を飲ませておくれ」
無愛想に言うバタルトゥに、にんまりと笑う蜜鈴。
その様子を見て、エハウィイは大きなため息をつく。
「てかさ、バタルトゥ暗すぎ。せっかく勝負するんだし何か掛け声作ろうよ」
「掛け声? イイね。熱いの頼むぜ」
「そうね。じゃーねー……『バタルとぅーす!』 これどうよ。やる気出るよ、たぶん」
嬉しそうな群青に真顔で言い切った彼女。
――その場が、凍った。
「……え? ばたるとぅーす? なんですの、それ?」
「良く分からないけど合言葉みたいだね」
受話器から聞こえて来た声に小首を傾げる美沙樹に、苦笑するアルファス。
合言葉の意味は良く分からないが、本隊の者達は仲良くやっているということだろうか。
続く本隊の為に道を拓き、危険を潰すのが仕事……と意気込む先行隊の面々。
崩れやすそうな場所、死角になっている場所を重点的に確認し、立ちふさがる雑魔を蹴散らしながら進んでいた。
「道が細くなっている部分があったから、ロープを渡して来たわ」
「おう、ありがとさん。雑魔も大したことないし、天候も快晴。出来る限り進んでしまいたいとこだな」
身軽な動きで戻って来た刹那をねぎらいながら、周囲を確認するアルト。
雑魔や歪虚の痕跡を探していた薫は、むむむと考え込む。
「……あの雑魔、やはり何かおかしい気がするでござるよ」
これまでツタのような植物性の雑魔に3回程遭遇したが、どれも同じような形で、しゅるしゅると伸びて来るそれを数本切ると忽然と消える……というのを繰り返していた。
上手く説明できないのでござるが……と続けた彼に、奏が首を傾げる。
「確かに、妙に手ごたえがないというか、軽かった気はしますね……」
「んー。出現パターンも似通ってるし、警戒した方がいいかもな。……と。チョココ、大丈夫か? 疲れ切る前に言えよ?」
「だ、大丈夫ですの!」
少し広い場所を見つけて、赤いスカーフを巻きつけながら言うアーヴィンにチョココが慌てて答える。
百戦錬磨のハンターと言えども、自然には勝てない。
急勾配と悪路は彼らの体力をじわじわと削っていく。
彼女はツタ型雑魔が現れる度にウィンドスラッシュで対応していたし……疲れが出るのも無理のない話で、美沙樹がそっと声をかける。
「チョココさん、無理は良くないですわ。ちょっと休憩にしませんこと?」
「でも……早く進まないと本隊の皆さんが困ってしまいますわ」
「急がば回れって言いますわよ。休憩する旨は本隊にお伝えしますから……ね?」
美沙樹の優しい声に、こくりと頷くチョココ。
思い出したように鞄から袋を取り出す。
「わたくし、お菓子を作って来ましたの。皆様もいかがですの?」
「おぉ、美味そうでござるな! ありがたい!」
目を輝かせる薫に笑顔でお菓子を差し出すチョココ。
仲間達も集まってきて、断崖での小さなお茶会が始まる。
「うん。これは美味い。埴輪もビックリだ」
「良かったですの。芋で広げよう世界の輪、なのですわ」
ぺろりと焼き菓子を平らげたアルトに、にっこりと微笑む彼女。
チョココは帝国の芋の美味しさを広める為に日々頑張っているようで……。
「バター様にもこのお菓子渡して来たですのよ。食べて下さっているといいですの」
「大丈夫じゃないかしら。バタルトゥさんは義理堅い人みたいだし」
凛とした口元を綻ばせる刹那。アルファスもゆったりと微笑む。
「そうだね。バタルトゥさんは仲間を大事にする人だから……。彼の信念を貫く生き方、いいと思うな」
「俺はまぁ、どっちが大首長になったっていいとは思うんだけどさ。……ファリフみたいな嬢ちゃんは苦手なんだよ。夢見がちで……眩しいからな」
ふぅ、とため息をつくアーヴィン。
無邪気に希望を信じるには、色々と余計なことを知りすぎてしまった。
その言葉にしきりに頷いていた奏が、にこやかに続ける。
「ファリフさんとバタルトゥさんが結婚すれば、万事解決しそうですけどね」
「えっと……それちょっと急すぎませんこと?」
「そうですか? でも……。……!?」
でっかい冷や汗を流す美沙樹。奏の声は、1本のツタの乱入によってかき消された。
「もー! またツタですの!」
「お茶の時間を邪魔するとは野暮な雑魔ですわね。アルファスさん! 本隊に連絡をお願いしますわ!」
「了解。……こちら先行班のアルファス。本隊に……何だって?」
プンスコ怒るチョココに、刀を抜き放ちツタを切り裂く美沙樹。
受話器を手にしたまま顔を強張らせたアルファスを、薫が心配そうに見つめる。
「どうしたでござるか?」
「……本隊もツタ型雑魔に襲われたそうだ」
「えっ!? どういうことです!? だって、今までの道の雑魔は全て……」
続いた彼の言葉に、青ざめる奏。
そう。ここに至るまでに出会った雑魔は全て倒したはずだ。
1本しかない、しかもこんな細い道で、雑魔が再び現れるなんてことは――。
「……もしかしたら、このツタ、どこかに大元があるのかもしれないぞ」
ぼそりと呟くアーヴィンに、ハッとする仲間達。
薫が訴えていた違和感は、もしかしたらそれだったのかもしれない。
「先を急ごう。その仮説が正しいなら、早く見つけないと面倒なことになる」
先を見据えて言うアルトに、頷く先行隊の面々。
走り出したいのを堪えて、一歩一歩、慎重に歩みを進める。
――時は少し遡る。
先行隊から遅れて出発した本隊は、彼らの残した目印を追いかけるように着実なペースで進み続けていた。
「スヴァルナ山への道は見事に一本道なんだな」
「……そのようだな」
「そのようだな……って。バタルトゥ、ここ来たことないのか?」
「残念ながら初めてだ」
「うわー。マジか。お前に進行ペース確認しようと思ってたのに……」
エヴァンスとバタルトゥのやりとりをじっとりとした目で見つめるエハウィイ。
ずっと続く……道というよりは急坂に目線を移して、深々とため息をつく。
……イケメンでホモ妄想おいしいです。そう思っていた時期が私にもありました。
あー、もー。何故険しい道なんぞ歩かなきゃいけないのだ。
いや、自分で来たんだけどさ! 引きこもりには無理だった! もうお家帰りたい……。
大体星の友って何だよバカ野郎……。意味わかんねーよ。ズッ友かよ……。
「あのさ。……その、全部聞こえてるんだけど」
「えっ。マジで!?」
申し訳なさそうなアルトのツッコミにガビーンとなるエハウィイ。
二人のやり取りに、颯がくすりと笑う。
「丁度、先行隊が休憩に入ると連絡が入りましたよ。私達も休憩にしましょうか?」
「そうだね。妹も疲れているようだし、そうして貰えると助かるよ」
「それでは休憩じゃな。皆のものー! 休憩にするぞよー!」
エステルをちらりと見るアルバに頷き、叫ぶジェニファー。
その声に応えるように、仲間達が身体を伸ばしたり、座り込んだり……それぞれ休憩に入る。
アルトが傷の痛みを堪えながらそっと岩盤に寄りかかると、イスフェリアが彼女の手を取る。
「アルトさん、身体は大丈夫かな? ほら、ここに座って。包帯を巻きなおしてあげる」
「あ、ごめんねえ。気遣わせちゃって……」
「いいんだよ。困った時はお互い様でしょ。無理しちゃダメなのよ」
恐縮しきりのアルトに、にこりと微笑みかけるイスフェリア。
颯が二人に飲み物を渡しながら続ける。
「星の友は助け合ってこそ、だと思いますよ」
「そーっすよ! ……って言いつつ、俺『星の友』って何なのか分かってないっすけどね」
「大丈夫じゃ。わらわも分からぬ」
神楽とジェニファーの声にぷっと吹き出す仲間達。
断崖に、明るい笑い声が響く。
「……お兄様、わたくしの足が痛いの、どうして分かったんですか?」
「そりゃあ可愛い妹のことだからね」
爽やかな笑顔を浮かべるアルバにマカロンを渡しつつ頬を染めるエステル。
兄の肩越しに、バタルトゥの姿が見えて……。
「……彼はいい人だよ、大丈夫。行っておいで」
「…………」
うろうろと逡巡している彼女に気付いたのか、アルバはこくりと頷き……。
彼に後押しされて、意を決して歩き出したエステルを見てヘルヴェルが苦笑する。
「……アルバもエスティも相変わらずだな」
「やあ、ヘルヴェル。久しぶりだな」
「やあ、じゃないだろ。またあんなに妹甘やかして……」
「いいんだよ。まだあの子は小さいんだから」
「どーだかね。……さて、久しぶりに会ったし、後で手合わせでもどうだ?」
「望むところだ」
こつり、と拳をぶつけ合う二人。久しぶりに会う幼馴染は、相変わらずで嬉しいような困ったような――。
「ねぇ、思うんだけど。二人とも大首長になれば凹凸が噛み合っていい感じになるんじゃない?」
「ふむ。それはなかなかに面白いが……それだと勝負の意味がないのう」
ぱっと顔を上げたレムに、紫煙をくゆらせて笑う蜜鈴。彼女の言葉に、レムは己の膝を抱える。
「うん。そうよね。分かってる。……けど、今までは噛み合ってなかった二人が噛み合えば、きっと誇りも命も守れると思うんだ」
歪虚は強い。人が対抗するには、力が足りない。
そんな悔しい現実に立ち向かうには、手を取り合わなければいけないと思うから――。
「……此度の件は、辺境の民の未来をも担うた試練じゃ。それを乗り越えれば、何かしらの答えを得ようぞ。バタルトゥも、ファリフもな」
「そうだね」
言い聞かせるような蜜鈴に、こくりと頷くレム。
『星の友』が何なのか良く分からないけど。辺境が、良い方向に向かってくれればいいと思う。
その後方で、じわじわと目的の男性に近づくエステル。
蒼髪の少女に無言でお菓子を差し出され、バタルトゥは首を傾げる。
「……くれるのか?」
こくこくと頷く彼女。バタルトゥの射抜くような目に見据えられてビクビクしながらも口を開く。
「あ、あの。力が入りすぎると、周りが見えなくなりますから……甘いもの、食べてください」
「……そうか。ありがとう」
「おー。モテる男はツライなぁ。お嬢ちゃんよぅ。俺も緊張しちゃいそうなんだけどよ」
「み、皆さんの分もありますよ」
にこりともしないバタルトゥの肩に手を置いて、ニヤリと笑う群青。
アワワと慌てながらマカロンを配るエステルを見ていたイブリスの目に、緑色のツタが映る。
「エステル、旭、後ろ!!」
「うおぁっ……!?」
彼の声で咄嗟に少女を伏せさせた旭。
そのままツタに足首を絡め取られ、そのまま引きずられて崖に放り出される……!
「……母なる腕、両を広げ御子を抱け」
「旭!! 捕まれェ!!」
蜜鈴の短い詠唱。次の瞬間、落ちて行く旭を受け止めるように出現した土壁。
咄嗟に手を伸ばした群青が、そのまま彼を引きずり上げる。
「すまない、助かっ……」
「また来るわよ……!」
旭の声を遮る真夕の叫び。
新手のツタは、礼を言う暇すら与える気はないらしい。
再び現れたそれに神楽が目を見開く
「何でツタが……? 先行隊の皆がやっつけたって言ってたっすよね!?」
「どこかに潜んでいたってことなのかしら」
光り輝く矢でツタを打ち抜きながら呟く真夕。鑑連の鋭い眼光が炯々として天を射る。
「こいつぁいけねぇ。頭上に気をつけなきゃならねえのは岩だけじゃねえようだ。このツタ、上の方……あの辺りから来てるようですぜ」
「上……? ってことは、先に何かがあるのか」
鑑連の指差す辺りに目を凝らすイブリス。
そこに、魔導短伝話から鋭い声が聞こえてきた。
『本隊、応答せよ。こちら先行隊、アルファス! ツタの大元と思われる雑魔を発見。交戦中だが苦戦している。援護を頼む』
「こちら本隊、エヴァンス! すぐ行く! それまで持ちこたえろよ!」
受話器に向かって叫ぶエヴァンス。
「ダチ公を救うとか燃えるじゃねえか! よっしゃ! 行くぜェ!!」
「ちょっ! こんなとこ急ぐとか無理無理無理無理無理!」
先陣を切って進み始める群青を追う仲間達。断崖に、エハウィイの悲鳴が響いた。
「なかなかしぶとい奴だな」
「むむむ。ファイアーボール何回も打ち込んでるのにいいい!」
「皆さん、大丈夫ですの?」
「全然平気でござるよ!」
「私も大丈夫です」
「よし。続けよう。チョココと美沙樹とアーヴィンはこのまま本体の攻撃を続けてくれ」
「「分かりましたわ!!」」
「了解」
頷き合う先行隊の面々。
奏と薫、アルトが襲い来るツタを食い止め、チョココと美沙樹、アーヴィンが遠距離攻撃で本体を直接狙う作戦に出ていた。
更に歩みを進めた彼らは、道を塞ぐように生えている、人の身長大に巨大化したツタの塊のような植物型の雑魔を発見した。
道に根を張っているのか本体が動き出すことはないようだが、横を通り抜けることが難しい上に、手足のような長いツタを何本も繰り出して攻撃して来る。
今まで幾度となく遭遇したツタは、ここから出ているものと全て同じ形で……ここが大元で間違いなさそうだ。
今後の進行の為にも、ここで確実に始末しておかなくては……!
そんな決意と共に猛然と戦うハンター達。
しかしツタの手数は多く、前衛の3人は幾度となくツタに打たれて消耗しつつあった。
チョココのスキルももうすぐ尽きそうな気配を感じる。
どうしよう。このままじゃ……。
美沙樹の心を過ぎる不安。それをかき消すように、後方から火球が飛んできて、ツタを吹き飛ばした。
「大丈夫か!?」
「今援護する!」
走り込んで来るアルバとヘルヴェル。どうやら本隊が駆けつけて来てくれたらしい。
アルトはニヤリと笑うと本隊に向けて手を挙げる。
「思ったより早かったな! 助かった!」
「アルトさん傷だらけじゃない! 薫さんも奏さんも……! 手当てしなきゃ!」
「後でいいでござるよ!」
「それより早く倒してしまいましょう!」
駆け寄ってきたイスフェリアに、『まだまだ元気!』とばかりに笑顔を返す薫と奏。
前に出ようとしたバタルトゥを、刹那が制止する。
「待って! バタルトゥはこっちよ!」
「……これは?」
彼女が示したのは、崖にかかる1本のロープ。そこからひらりと舞い降りたアルファスがにっこりと笑う。
「ああ、間に合って良かった。僕と刹那さんで、上の道までロープで繋いで来たんですよ。頂上まではさすがに無理でしたが……」
「ここを上れば、あのツタの雑魔を避けて進めるわ。さ、早く行って」
「……いや、皆を残しては行けぬ。俺もあの雑魔と戦う」
刹那の訴えに首を振るバタルトゥ。そんな彼に、眉根を寄せた真夕がずずいっと迫る。
「何言ってるの! 貴方が総大将なんでしょ。真っ先に王が動く軍がありますか!」
「しかし……」
「あなたね、人を信頼してない訳じゃないみたいだけど、自分が前に出ようって気持ちが強すぎるのよ。それは個人的には好ましいけど、リーダーを努めるなら『任せる』って事も覚えて貰わないと!」
「なァ、バタルトゥ。信じた相手のために身体を張り、それに応える側もまた己の全力を尽くす。一方通行の関係じゃねぇ、互いに高めあって成長していく……。そいつがダチ公ってもんだぜッ! お前なら分かるだろ!?」
「大首長とは多くの氏族を護る責務です。大きい器と実力が必要とされます。信じられますか? 星の友を、自分を、そしてライバルを……」
「……君は『空』にならないといけないよ。種子を運び、雨を降らせ、母なる大地を潤す。大気は命の循環を司り、風はその運び手。……多くの命を背負うなら、辺境を巡り潤す風の長……父なる空に」
群青とエステル、そしてアルファスの目線を受け止めて、黙するバタルトゥ。
「先に行くんじゃ! こやつらの思いを無駄にしてやるな!」
「勝負に勝つんでしょ!? こんなところで止まってていいの!?」
「ボク、こんな怪我してるけど、バタルトゥさんに勝ってほしいから来たんだよ! だから行って! お願い!」
「バタルトゥさんよ。あんたの気持ちも分かるが……仲間がここまで言ってるんだ。それに応えるのも、上に立つものに必要なことじゃねえですかねぇ」
言い募るジェニファーとレム。包帯だらけのアルトに、息子に言い聞かせるような響きのある鑑連の声……。
目を閉じ、暫し考えるバタルトゥ。
……再び目を開けた彼の目は、穏やかな決意に満ちていた。
「……分かった。すまない。先に行かせて貰う」
「ああ。任せておけ!」
「皆強いしすぐ追いつけるよ、たぶん」
ぐっと親指を立てるエヴァンスに適当に頷くエハウィイ。
「皆! 総攻撃っすよ! 行くっすーーー!!」
「どぉりゃああああああああああああ!!」
神楽の鼓舞に応えるように、全力で斧を打ち込む旭。仲間達も次々と、ツタ型雑魔に向かって行く。
「……さ、行こうぜ、バタルトゥ。ちゃんと最後まで見せてくれよ」
「ええ。そうですね。私も最後までお供しますよ」
「妾も付き合おうぞ」
淡々としたイブリスに頷く颯と蜜鈴。
バタルトゥは、アルファスと刹那、そして仲間達が決死の思いでかけてくれた上の道へと続くロープを少し撫で……強く握り締めて、崖を登り始めた。
バタルトゥは最終的に颯と蜜鈴、イブリス……そして真夕という少人数で頂上を目指した。
その結果、僅差ではあったがファリフ陣営より先んじて山頂にある祠へ辿り着くことが出来た。
「勝負には勝ったが……結果はまだ分からないんだっけか」
「最終的な判断はシバさんと大巫女がするようだね」
どちらになるにせよ、遺恨は無くしたい――。
そう呟く颯に、イブリスは肩を竦める。
「人二人いりゃ喧嘩は起きる。どうしたってどこかに諍いの種はあるものさ。それをどうして行くかが問われてるんじゃないのか」
「……そう言うことなんだろうな」
「バタルトゥさん、もう浄化の儀式は済んだの?」
「……ああ、そんなに難しいことではないからな」
いつの間にか儀式を終えていたバタルトゥに小首を傾げる真夕。
彼は仲間達を順番に見ると、深々と頭を下げた。
「……お前達がいなければここまで辿り着くことは出来なかった。感謝する」
「いいんだよ。それより、後から来る皆に言ってあげてよ!」
あわあわと慌てる真夕に、不思議そうな目を向けるバタルトゥ。
そんな二人に、くつくつと蜜鈴が笑う。
「酒を飲む約束、今度こそ果たせそうじゃの」
「ああ。礼も、改めてしたい。……それから、お前達に問われたこと。必ず答えを出そう」
大首長になって何を成すのか。何を望むのか。
その未来に何を見るのか――。
「うむ。期待しておるぞ。大首長殿」
蜜鈴はにんまりと笑うと、煙管を咥えて煙を燻らせ……。
「おーい! バタルトゥー! 雑魔サクッと倒してきたぞー!」
「結果どうなったっすかー!? 勝ったっすか!?」
そして聞こえて来た仲間達の声。
『星の友』を出迎えに、彼らは来た道を戻り――。
勝負の結果と、バタルトゥと『星の友』との行動を聞いた大巫女とシバは、辺境の大首長に相応しき人物としてオイマトの族長を指名し――初代大首長が誕生することとなった。
幾多の試練を乗り越え、勝利を勝ち取ったバタルトゥとハンター達。
バタルトゥの大首長としての道のりは始まったばかりだけれど。
ハンター達の問いや想い……それらを忘れることなく、慢心することなく進んで行こうと。
決意を新たにするバタルトゥだった。
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バタルトゥさんに質問! 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/05/17 13:15:42 |
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相談卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/05/20 19:40:49 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/19 20:09:40 |