• 聖呪

【聖呪】15年目の涙石

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/05/20 22:00
完成日
2015/05/28 22:02

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 あの日、私は光を失った。
 大人になったばかりの幼い私は、彼女を引き止めることができなかった。
「さようなら。私のことは忘れて……ね?」
 まだ言うべき言葉があったはずだ。
 彼女を引き止める術があったはずだ。
 彼女の側にいた私にはまだ何か、別の何かが。
 ただ後悔だけが私を責め苛み、怒りに溺れることさえ許されなかった。
 


 王国暦1015年5月。王国北部の大渓谷に住むゴブリン等の亜人の活動が活発化し、南下して急速に人類の生活圏へと侵入した。王国騎士団副団長・青の隊隊長の老騎士ゲオルギウスは亜人討伐のために配下の騎士団を従えて北方へと出撃。途上何度かの戦闘を繰り返しつつ、過去に聖女を輩出したというパルシア村に立ち寄った。ゲオルギウスは今後の調査・戦闘を勘案し、パルシア村での駐留を願い出たが、そこで彼は思いも寄らぬ拒絶を受けた。
「教会の人間は帰れ!」「騎士団の人間は帰れ!」
 たった一つの疑義を正すことすら許さない剣幕で騎士団は追い払われた。ゲオルギウスにはさっぱり事情がわからなかった。彼が知っているのはパルシア村が過去に聖女を輩出し、その聖女が儀式に失敗したこと。儀式に失敗した聖女が資格を剥奪された後に自死したことのみだ。騎士団・聖堂戦士団がここまで邪険にされる理由はわからない。騎士団での交渉らしきものといえば、その自死した聖女エリカの遺体回収を依頼された際に、戦力の問題から断らざるをえなかったことぐらいだ。亜人の住む北部大渓谷を刺激するわけにはいかず、それは村人自身もよくわかっているはずのこと。それ以上の確執には思い当たる節がない。他に考えられるのは聖堂教会だが末端の司祭は情報を知るはずもなく、引き返してセドリックに問いただしても立場上答えるとも思えない。情報が騎士団に流れた場合、彼が唯一の疑わしい接点となるからだ。この一件、ただの亜人討伐では済まない。嫌な予感を覚えつつも、ゲオルギウスは最善の手を抜かりなく打ち始めた。味方が居ないならそれも良し。赤の隊と同じく、自分達の流儀で事態を解決すれば良いだけのこと。ゲオルギウスは手始めとして、戦力として雇っていたハンターの一部を村の情勢の調査に送り込んだ。



 騎士団が訪れた時の騒動が嘘のように、ハンター達はすんなりと村の中に入ることができた。最初こそ身構えていた門番の若者達だが、ハンター達が冒険者協会での身分を名乗るとすぐに門を開いた。いかつい顔つきだった村長は柔和な笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにハンター達の逗留を許した。村の中を案内をしてくれた自警団の長であるアランは、ハンター達の事情を全て理解して宿舎へと連れ立ってくれた。アランは30前後の働き盛りで、細身ながらも柳のようにしなやかな体が印象的だった。足運びも安定しており、彼が本格的に武術を身に着けているのは明らかだ。自警団は半士半農と説明を受けたが、彼だけはとてもそれだけで説明できない。警戒するハンター達をよそに、アランは気楽な足取りでハンターに背を晒している。
「ここは普段、仕事でハンター達が来た時に貸している宿だ。自由に使ってくれ」
 広くは無いが作りのしっかりした宿だった。2階が個室、1階が食堂。珍しい作りではない。普段はそこそこ賑わいもあるのだろうが、今は亜人の騒ぎのせいか他の旅人の姿は多くない。
「わかっていると思うけど、みんなが何も言わないのは君達が騎士団や教会の名前を出さないからだ。
 君達を何の関わりも無かったハンターと思えばこそ自由にさせている。それだけ忘れないでくれ」
 ハンター達はここに来るまでの村の人々の視線を思い出す。騎士団を追い返す時に先頭にたっていた村長を始め、ほとんどの村人が笑顔で挨拶を返してきた。村の様子はこれまで通過した王国北部の村々とそう大きな差は無いが、人口に対しての施設の規模では妙に大きい。自警団の装備や人数、食料その他の倉庫の数など豊かな蓄えがあることが見て取れた。領主の膝もとである城下町のような娯楽はないが、代わりに犯罪の残す退廃した空気とも無縁だ。先程の怒気に満ちた反応とは隔絶しており、余計に違和感を強く感じさせた。
「亜人達の目撃情報は増えている。特に最近は幽霊騒ぎなんてのもあってね。皆いつもより気が立ってるんだ」
 アランの説明が本質でないことは、誰にとっても明らかだった。ゲオルギウスの言葉が思い出される。
「直接の原因は聖女の自死にまつわる騒動だろう。それ以外に心当たりが無い」
 資料の上では、と彼はそう付け加えもした。15年前の事件は彼も資料でしか把握していない。
「とにもかくにも和解せねばならん。見捨てるわけにはいかんし、そもそも戦闘に支障をきたす。何故こんなことになっているのか、事情や経緯を調べてくれ。それが彼らとの交渉において最低限必要だろう。ついでに村の防衛戦力の内情、村内の派閥や人間関係、妙に潤沢な金周りも調べてもらえればありがたいが……そこまでは望みすぎだな」
 老騎士は一通り伝えた後に愛嬌のある笑みでハンター達を送り出した。次の手はあると暗に示してもいたが、期待はしていないともとれた。ただ状況が不透明なのは変わらず、情報の価値は非常に大きい。ハンター達は改めて周囲を見た。村人の表情は温和だが、友誼を拒絶する心の壁が出来ている。
「私も……君達を信用していいものか、判断が出来ないでいる」
 アランの声は優しくも苦い。アランは他の村人と違い、距離を置くことなく親切にしてくれるが、それでも肝心要である情報は何一つ明かそうとはしなかった。助けを必要としながらも、目の前にいる人々に縋ってよいものか、判断が付かないでいる。
「この村は……15年前に時間が止まったままなんだ。怒りと悲しみ、絶望と諦め。そういった思いが呪いになってる。村長も私も行き詰っているのは同じだ。村長だって、もう答えはわかっているはずなんだ」
 アランは宿の戸に手をかけ、そこでハンター達に向き直った。向き合った視線には複雑な感情が渦巻いている。しかし視線はハンター達を捉えることはなく、向かい合いながらも中空をさまよっていた。
「君達や騎士団が、僕らの重荷を背負ってくれるというなら協力しよう。重荷を……理解してくれるなら……ね」
 アランはそれだけ一方的に言うと背中を向けて立ち去った。結局その重荷となった過去が何であるのか、ハンター達は聞きだすことはできなかった。

リプレイ本文

 パルシア村の暮らしぶりは近辺の村とそう大きな差はない。農耕や牧畜と言った一次産業が主だ。だが近辺の村に比べて裕福であるのは間違いない。ユーノ・ユティラ(ka0997)は村を歩き回りながら、再度それを実感していた。先程の食堂で出された料理を見ても肉の分量は多い。しかし幾ら村を回れども、その理由は見出せなかった。
「村の仕事つったらこれぐらいだぁな」
 話を聞かれた村人は目の前の土地を眺めやる。同じく視線を追うユーノの前には広い畑、広い牧草地。それだけだ。古くからなじみのある三圃式を取られており、夏穀を植えた畑では結実した大麦が風に吹かれ穂を揺らしていた。その他の産業は自前で金属加工もするようだが日用品や農具の修繕に限られる。村の産業、需要と供給。他所以上に金を産むようなからくりはどこにもない。唯一、村人達は関与していないということは明確になった。
「うちの村長がよくやってくれてるでな」
 村人は口を揃えてそう言った。そう信じきっている口ぶりだ。何をどう聞いても、これ以上の答えが出てきそうな気配は無い。
「お金があるなら工事の需要とかありますか?」
 せめて行商としてつながりをと思ったユーノだが、村人は揃って難しい顔になる。
「……特にねえなぁ。何でも自分で作るでよ」
 金銭の流れに違和感はあっても村は村。行商人の売れるものは限られるのであった。 目をつけるべきは外部との接点であった。一方でバレーヌ=モノクローム(ka1605)は食料品の値段を調べていた。村内での食品は共有している分が多いため参考にはならなかったが、村で作っていない商品などはこの村の異質さを探す手がかりとなった。概ね運び込まれる物の値段は相場より安く、逆に輸出する品物は相場より高い。ぱっと見ではどれも相場程度ではあるが、積み重なれば大きいだろう。収穫量によって農作物の値段などは変動しやすいはずだが、どんな手管を使ったのかこの村は安定しているという。立場が強い商人でもないはずなのに。
「私らが損しないように村長さんが頑張ってくれてるからねえ」
 エールを売る女性はそう答えた。それは事実かもしれない。だがそれだけでは説明できないとバレーヌは違和感を覚えていた。
「たぶん、この村の解決を望む何者かが、この村に見えにくい形で投資しているんだ」
 誰が何のために? 憶測は出来るにしても、目に見える利益が無い以上は憶測以上の成果は得られない。外部との接点の先、流通に関わる商人を調べなければ答えは出ないだろう。村の中で出来る仕事としては、これで十分だろう。
「あとは……」
 バレーヌは雑貨を売る店を回りながら花を探した。菊の花が売っていれば最適だが、しばらく歩き回るはめになるだろうと思われた。



 村人の過去の事件に対する立場は概ね2種類。当時の記憶が鮮明で話題にしたくない年長者、そして当時の記憶が曖昧な若者達である。この世代の者達は比較的、敵意が薄い。親の持つ怒りや悲しみに実感のある者ばかりでもない。
「でも、なんとなく怖かったのは覚えてるのよ」
 村の娘達は紅薔薇(ka4766)が土産とした東方の髪飾りを珍しげに見つめつつ、どこか遠くを見るように過去のことを思い返していた。彼女達自身にも良くない思い出らしく、野良作業をしていた時の溌剌はなりを潜めている。
「怖かった……というと?」
「怖い人達が頻繁に来て、怒鳴って帰っていくの。内容は覚えてないわ。あなたは?」
「私もあんまり。聖女様が自殺した後だったけど、その……なんでそんなことまで言われてるのかわからなかったわね」
 娘達はその恐怖だけは覚えていたが、若い娘達への聞き込みはそれ以上は進展しなかった。しかし同時に紅薔薇には親達が詳細を喋らない理由もなんとなくわかってきた。口にするのも辛い出来事だったのだ。余所者に話すようなことでもない。加えて、余所者に理解できる話でもないと思っているのかもしれない。シメオン・E・グリーヴ(ka1285)が若い男達に聞いた内容も同様であった。シメオンが村を好意的に見ていると知るや、男たちの口はすぐに軽くなった。男達は事態に関わっている面もあるせいか女達よりも明け透けだった。
「ソリス・イラの失敗ってのは教会にとって相当まずかったみたいでさ。その後始末をどうするかってずっと騒がしかったよ」
「後始末……」
 シメオンは言葉の不吉さに体を震わせた。それが実際に何を指しているのかはわからないが、聖女はそんな話を間近でされたのだろうか。自身で解決しようのない事を延々と。そして自殺に至ったとなれば、教会を恨む理由もわかる。シメオンが次の話を聞こうとすると、男達は何かに気づいて一斉に腰を浮かしていた。
「あ……やべ……」
 若い衆はいっせいに口を噤む。父親が側にいても全く意に介さない彼らだったが、母親達には頭が上がらないようだった。口々に用事があると言い出してそそくさとその場を立ち去っていく。結果、鼻息荒くよってきた母親達とシメオンは1人で相対することになった。
「えーと……」
「聞いたとおりよ」
 息子達を追わずにその場に残った1人はため息をついた。
「教会の連中はずっと、失敗の責任をあの子に負わせようとしてた。私達にはそれが何なのかわからなかったし、どうすればいいのかもわからなかったけど、あの子は全部理解してたんだろうね」
「それは……本当に……」
 辛いことだった。子供を庇うことができない、親にとってこんな辛いことがあるだろうか。父親達は怒り狂い、止めるべき立場のはずの母親達はそれを見過ごしている。無理も無い話だ。話は終わりと母親達も娘達も午後の仕事に戻っていく。その背を見送りながら、紅薔薇はもう一つ大事な質問を思い出した。
「ちょっと待って!」
「なんですか?」
「最後にもう一つだけ。誰が聖女様の最期をみたの?」
「アランさんよ。亜人だらけの谷に最後まで追っていけたのはあの人だけよ」
 声に混じるのは彼本人への敬意であり、同時に誰もたどり着けないという諦めでもあった。



 墓は村の端、林に近い場所にあった。墓石には長い年月を住む彼らの先祖の名が連なっている。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は村長のジェイクと共に聖女の墓に訪れていた。と言っても、亡骸はそこにはない。ただ名前を刻んであるだけだ。
(聞かないほうがよかったかな?)
 アルトは自分の生い立ちやこれからの話をして、旅に出たという聖女の話を村長にせがんだ。村長は何を言うでもなく主の無い墓へとアルトを誘った。何を問いかけても村長は終始無言でアルトの不安を煽る。これが怒りや悲しみの感情を露にしていれば、もう少し話は早くなるというのに。
「あれ?」
「え?」
 後から現れたバレーヌに気づき、アルトは怪訝な顔をする。バレーヌは手に手製の小さな花束を持っていた。林の中で歩き回ったのか、節々に土がついている。バレーヌは村長の横を通り過ぎると、聖女の墓に花を供えた。村長は何も言わなかったが、バレーヌが立ち上がると小さな笑みを浮かべた。
「すまんな。わしの娘のために」
「いえ、これも何かの縁です」
 村長の顔にようやく表情が戻った。空を仰ぎ目をつぶった彼は、ぽつりぽつりと聖女になった娘の話を始めた。
「聖女の話はできんよ。娘は……エリカはかわいい娘でな。小さい頃からかしこい子だった」
 村長は主の居ない墓の前でひざまずく。語られたのは他愛の無い思い出話だった。用水路によく落ちたとか、賛美歌をすぐに覚えたとか、織物が下手だったとか。他愛のない、しかし村長にとって大切な思い出ばかりだった。話が聖女の刻印が現れたところに差し掛かると、再び村長は途切れた。アルトは再び後の言葉を待ったが、村長の沈黙は長く続いた。思い出を反芻しているのか、座ったまま動き出す気配はない。
「聖女になどならなければ……教会の連中さえこなければ……」
 ようやく口に出したのはそれだけだった。バレーヌはアルトの肩を掴んだ。これ以上の質問は危険だ。怒りも悲しみも長続きしない。しかしその時生まれた思想は曲がらない。強烈な敵意は静かで重い嫌悪に姿を変えていた。それだけ娘を愛していたのだろう。アルトはなんとなく、彼の沈黙の理由を察した。自分の嫌悪が強い毒となることを彼は知っているのだ。
 



 聖女の話題に関わらない限りは村人達は好意的だった。特に村が自立しているという自負は強く、自警団の士気は非常に高い。備蓄や防衛戦力に関しても聞けば快く答えてくれた。
(楽でいいわね)
「どうかしましたか?」
「別に何でも。続けてくれる?」
 ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)は若い自警団の男に軽く手を振りながら答える。彼らは快く装備や備蓄を見せてくれた。案内された蔵は増築の後もあり、精力的に物を集めた形跡があった。中に収納される武器は新品から使い古した中古品まで含めて村の人数分以上ある。食料も同様で一月程度は村を養えそうだ。
(問題は使い物になるかどうかよね)
 見たところ自警団の団員は数は多いがそう強くは無い。ベテランでも騎士団の若手と勝負になるかどうか程度だ。基本的な戦闘経験と教導する者が不足している。それでも周囲の村よりはだいぶマシではある。
「立派な備えよね。装備もしっかりしてるし。リーダーもかなり強そうよね」
 ノイは本題を徐々に切り出した。以上の件を踏まえて、リーダーの強さは異常だ。
「ああ、俺たちが生きてられるのもリーダーのおかげさ」
 外では今まさにその自警団長のアランがジャック・J・グリーヴ(ka1305)と手合わせをしていた。傍らではヴァージル・チェンバレン(ka1989)が腕を組み、アランの動きに注視している。使う武器は模造の剣と小盾。当たればあざぐらい出来るが、お互い覚醒者のため手加減はしていない。アランの剣の技はこんな田舎の住人とは思えない鋭さだった。
(いや、違うな。こいつは……)
 実際に切り結ぶジャックはその正体に気づいていた。確かに彼本人の努力もあるだろうがそれ以上に、基本的な身体能力が異様に高いのだ。剣撃の音は二人が距離をとることで消え失せた。一息ついたジャックはゲオルギウスとの会話を思い出していた。波乱のあったソリス・イラに闇が潜んでいたことにもはや疑いは無い。この期において隠し事がないか、その確認でゲオルギウスに全ての情報を提供するように要求していた。
「王国が体面保つ為に聖女が死んだのを隠蔽したって事でいいのか?」
「さて、ソリス・イラ失敗の段階で王国の体面など無かろうよ。自殺はエクラの教義に反する。聖女が自殺したという事実こそが問題だったのだ」
 本当にそれだけかどうかは知らないが。ゲオルギウスはその一言も付け加えた。少なくとも騎士団は蚊帳の外で悪評が付いただけで得をしていない。
「わしが知っておるのは世間の噂と違い、聖女が自殺したことだけだ。あとはお主と同じ程度にしか物を知らんよ」
 少なくとも当時を詳しく知る者は居ない。ジャックはアランが当時の聖堂戦士とも考えたが、彼の技はその系統ではない。
「お前は、誰なんだ?」
「誰……とは?」
「この村で昔の事件に一番こだわってるのはあんたと村長だ。あんた、何者なんだ?」
 村長がこだわるのはそれが娘のことだからだ。では彼は? 当時を知りながら一歩を置く村人と違い、彼は深いところまで踏み込んでいる。未だに全貌の見えない沼の中、最も深いところであがいているのは彼だと確信があった。
「俺様は貴族だ。俺様にはあんたらを救う義務がある」
 アランは答えない。その不遜とも言える物言いに、笑うでもなく怒るでもなく。ヴァージルは無言こそ答えとし、一歩前に出た。
「そもそもだ。騎士団や教会に一方的に非があるのなら、堂々と糾弾すればいい。なのになぜ、事情を一切を口にしない?」
 アランの表情が硬くなる。ヴァージルはさらに畳み掛ける。
「推測なら幾らでも立てられる。君達がなんらかの取引を国としたのではないか、とね」
 それが推測でしかないことも彼は認めていた。同時に、隠蔽された事実は悪意でのみ解釈されるとも伝えていた。事実が完全に過去になったとき、誰も彼らを救うことはできなくなるだろう。そうなってしまうのに、15年は十分な時間とも言える。ヴァージルの言葉に押され、アランはようやく口を開いた。
「何を言っても信じてもらえないと思った。僕らが何を言おうと、儀式に失敗した話が先に来る。自分の失敗を隠すために、教会を悪く言うのだろうと」
 そして貝のように口を閉ざし、外に敵意を向けることで身を守った。 
「けどわかったよ。あれはもう15年も前の話だ。君達も騎士団も村の皆も、当時のままではないんだね」
 アランは一拍の呼吸を置いて顔を上げた。眼差しから憂いの色は消え、隠されていた鮮烈な光が2人を射抜いた。
「俺はエリカの……聖女の婚約者だった。エリカが聖女になる前まではね」
 少女が聖女になって婚約を解消し、聖女が少女に戻った時にまた側にいた。彼の絶望は聖女を写した鏡そのもの。聖女が受けた批難を、彼は一緒に受け止めてきたのだろう。
「俺はあの子を救えなった。だからせめて、あの子の亡骸を取り戻しにいきたい」
 騎士団ですら侵入を危ぶみ、彼らが15年掛けてたどり着けなかった場所。死んだ人間のためとなればなおさら、手を貸す道理は無い。しかしジャックは欠片もそんなそぶりは見せずに、アランに右手を差し出した。
「一度言った以上、約束は破るわけにはいかねえな。俺達が必ずそこに連れて行ってやるぜ」
 アランはおずおずとそれを握り返す。ジャックはその手に未だ残る恐怖と、勇気の欠片を見出していた。
「あとはお前次第だ。残りの連中を説得できるか?」
 ヴァージルの最後の問いかけに、アランは強く頷き返した。



 決着はついた。その晩、村長とアラン他数名の村の主立った者で会合が開かれた。アランの言葉を受け入れた村長は、しぶしぶ騎士団の駐留を認めた。しかし村長の悲しみは未だに残ったまま。それでも彼が怒りを露わにすることは無くなっていた。

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参加者一覧

  • 行商エルフは緊張屋
    ユーノ・ユティラ(ka0997
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • 護るべきを識る者
    シメオン・E・グリーヴ(ka1285
    人間(紅)|15才|男性|聖導士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 母なる海より祝福をこめて
    バレーヌ=モノクローム(ka1605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレン(ka1989
    人間(紅)|45才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 撓る鋼鞭
    ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548
    人間(紅)|14才|女性|疾影士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士

サポート一覧

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/05/19 06:05:46
アイコン 相談卓
紅薔薇(ka4766
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/05/20 21:27:33