ゲスト
(ka0000)
【聖呪】デュニクス騎士団 第三篇『生贄』
マスター:ムジカ・トラス
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2015/05/20 22:00
- 完成日
- 2015/05/25 20:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
闇深き城の中、黒々とした虚の中に浮かぶ主を前にして少女は、怒っていた。紅の長い髪が、少女の見上げる動きに伴ってはらりと揺れる。主はそんな少女を見て、嬉しげに頬を歪めていた。だが、その瞳は眠たげに細められたままだった。
「私にばかり働かせて……貴方の怠惰さは本当に下劣ね、豚羊」
言葉には、焦げ付いた憤怒があった。
「解ってるの? 貴方が嫌いなニンゲン達は、フラベルを――」
「解っている」
遮った声には、倦怠。それでも。
「だからこそ私は、こうしているのだ」
「……」
深く沈んだ澱を思わせる声色をしていたのだった。
「私のクラベル」
少女の主――黒大公ベリアルが、言葉を継ごうとした、その時。
『ベリアル』
忽然と湧いた『声』に、クラベルは鞭を抜いた。言葉をかけられたベリアルも、闇に沈み込みながら「メェ……」と目を見開く。
「とんだ愚者が居たものね……死にたいのかしら」
声の主を敵と断じ、警戒を深めるクラベルに。
「……クラベル、やめるのだ」
側近からの言葉にすら応じなかった【傲慢】の歪虚が、その身を起こした。粘質さを帯びた闇が、巨体の動きに合わせて、揺れた。そうして、虚空を見上げる。
「――何をしに来た。メフィスト」
●
拝啓 ゲオルギウス様
お元気ですか。レヴィンです。
歪虚と戦うつもりだった私達ですが、ゴブリン達亜人とばかり戦う事になっています。
そのゴブリン達も――何やら、怪しい。傷つき、困憊しそれでも襲い、抵抗する亜人達。
まるで……いえ、辞めておきましょう。
ただ、私は思うのです。
これでは、歴史に知られるあの――。
●
と、青の騎士団に属する騎士であり、デュニクスを拠点にする小隊――通称デュニクス騎士団――の長であるレヴィンが出す予定のない手紙を書いていた時のこと。
「どうしたんですか?」
「ッヒャァ!?」
突然横から降った声に、慌てて手紙を隠すレヴィン。
「……?」
声の主、マリーベルは小首を傾げているが、レヴィンの手元や机などは見ようとはしない。彼女は秘書として有能なだけではなく、公正な人物でもあった。
――別に恋文でもないのに、隠す必要もなかったですね……。
とレヴィンが己を恥じた時。頃合いを待っていたか、マリーベルが口を開いた。
「今、よろしいですか?」
「え、あ、ええ、えええーっと……」
「……先日から受け入れが始まった、難民の皆様について、なのですが」
「あっはい」
「仕事が無い、と我々の元まで足を運ぶ方々まで出ておられます……キャシー様が仰るには『顔役達』も、限界がある、と」
「あー……そ、そうでした」
手紙を書く前に作っていた書類を探し出す、と。
「……入るぞ」
陰気な声と共に、執務室の窓が蹴り開かれた。ヴィサンだ。密偵上がりの騎士である彼は普段であれば、陰鬱な顔に薄笑いを浮かべている所だが、今日は違った。
「敵だ。大きな戦いになる」
長身を器用に縮めて窓枠に収まったヴィサンは、不吉の滲む声色でこう結んだ。
「……死者を、覚悟しておいた方がいい」
●
「今回は練習でも、演習でもありません」
樽のような腹を揺らして、こちらも密偵上がりの騎士であるポチョムが言う。
「敵は亜人達。縦列を組んで移動している姿が商人に目撃されています」
その場には、デュニクス騎士団に属する面々とハンター達が居た。居並ぶ数は、合計で五十を超える。壮観、とも言える。
騎士団員は予め話を聞いていたのだろう。静かに聞くに留め、普段は騒がしい戦闘員達も静かなものだ。
つまりこれは、ハンター達へのプレゼンテーションだった。
それを示すように、ポチョムは丸い顔をハンター達へ向け、続ける。
「詳細な数はわかりませんが、その数は、百を下らず……百五十、とも」
「……非覚醒者が多いこの隊には荷が重いな」
壁に背を預ける形で立つ、金槌を腰に下げた男の言葉に、ポチョムは頬を緩ませた。
「そうともいえません」
騎士団の面々。そしてハンターの面々を見回して、満足げに、こう言った。
「覚醒者の我々が一人五体ゴブリンを倒せば楽勝でしょうな」
元密偵ポチョム。コミュニケーション能力が欠けた者が多いこの隊の騎士の中で唯一まともに喋れる男だったが――如何せん、戦が好きすぎるようだった。中途半端に話が通じなかった。
――尤も。
このミーティングも、早々に無駄なものとなってしまうのであったが。
●
その日。王国北西部は豪雨に晒されていた。灰色の厚い雲が日光を遮り、自然の恵みとも文明への警鐘とも取れる程の雨が大地と人間たちを濡らしていた。
目撃された経路。数。速度。それらを踏まえて進路を決めた騎士団とハンター達、であったが。偵察から戻ってきた騎兵の言葉に、彼らの足が、早まった。
そうして、それを”見た”。
雨に塗りつぶされた世界の中に、ゴブリン達が居た。多勢だ。情報通り、百五十は、いる。
だが。
多くの者が傷ついていた。悲鳴をあげていた。恐怖に震えていた。血を流し、剣を捨て、槍を捨て、弓も矢も杖も尊厳も捨てていた。
その他のゴブリンは地に伏し、欠けた身体で水貯まりに顔を突っ込んでいるか、天を仰ぎ口元から雨水を垂れ流すか――燃え尽きた身体を縮めているか。
ゴブリン達は。百五十からなる亜人達は。
――壊滅していた。
警戒は止まない。雨の向こう。ゴブリン達の視線の先。灰色の世界の中で際立つ『アカイロ』が、浴びるほどの畏れを受け入れるようにして、立っていた。
「……あら」
それは、女の声をしていた。
「――久しぶりね、ニンゲン」
そしてそれは、王国の民にとって忘れられぬ姿をしていた。
沈黙の最中。誰かが、その名を呼んだ。
クラベル、と。
●
クラベルは冷笑と共に訪れたニンゲン達を見つめた。
「本当に貴方達はどこにでもいるのね……鬱陶しい羽虫達。でも、手間が省けたわ」
クラベルの傍らには、三体の異形が居た。いずれもが黒々とした角を生やしていることは共通している、が。
一つは、黒々とした全身甲冑を身に纏った、四メートル程にも及ぶであろう巨体。
一つは、紫電を宿した杖を持ち、メリハリのある女体に山羊の顔を頂く人外。
「少しばかり数が多いけど……ちょうど良かったわ」
眼前のゴブリン達に視線を落とすと、クラベルは、こう告げた。
「『生きたければ、戦いなさい。あの羽虫達を黙らせたら、望むものを与えてあげるわ』」
言葉には、クラベルの、歪虚としての権能が、滲んでいた。”強制”の言霊が。
そうして最後の異形――エクラ教徒のカソックを模した服を着たトカゲ顔が、いやに装飾過多な鉄槌を翳すと同時に、その先から黒々とした光が爆ぜた。見る見るうちに、生き残ったゴブリン達の傷が癒えていく。
「……下らないけれど。少しだけ、遊びましょうか」
ぬらり、と。亜人達が身を起こす中紡がれた言葉。
緊迫が雨濡れの大地に満ち――今、弾けようとしていた。
闇深き城の中、黒々とした虚の中に浮かぶ主を前にして少女は、怒っていた。紅の長い髪が、少女の見上げる動きに伴ってはらりと揺れる。主はそんな少女を見て、嬉しげに頬を歪めていた。だが、その瞳は眠たげに細められたままだった。
「私にばかり働かせて……貴方の怠惰さは本当に下劣ね、豚羊」
言葉には、焦げ付いた憤怒があった。
「解ってるの? 貴方が嫌いなニンゲン達は、フラベルを――」
「解っている」
遮った声には、倦怠。それでも。
「だからこそ私は、こうしているのだ」
「……」
深く沈んだ澱を思わせる声色をしていたのだった。
「私のクラベル」
少女の主――黒大公ベリアルが、言葉を継ごうとした、その時。
『ベリアル』
忽然と湧いた『声』に、クラベルは鞭を抜いた。言葉をかけられたベリアルも、闇に沈み込みながら「メェ……」と目を見開く。
「とんだ愚者が居たものね……死にたいのかしら」
声の主を敵と断じ、警戒を深めるクラベルに。
「……クラベル、やめるのだ」
側近からの言葉にすら応じなかった【傲慢】の歪虚が、その身を起こした。粘質さを帯びた闇が、巨体の動きに合わせて、揺れた。そうして、虚空を見上げる。
「――何をしに来た。メフィスト」
●
拝啓 ゲオルギウス様
お元気ですか。レヴィンです。
歪虚と戦うつもりだった私達ですが、ゴブリン達亜人とばかり戦う事になっています。
そのゴブリン達も――何やら、怪しい。傷つき、困憊しそれでも襲い、抵抗する亜人達。
まるで……いえ、辞めておきましょう。
ただ、私は思うのです。
これでは、歴史に知られるあの――。
●
と、青の騎士団に属する騎士であり、デュニクスを拠点にする小隊――通称デュニクス騎士団――の長であるレヴィンが出す予定のない手紙を書いていた時のこと。
「どうしたんですか?」
「ッヒャァ!?」
突然横から降った声に、慌てて手紙を隠すレヴィン。
「……?」
声の主、マリーベルは小首を傾げているが、レヴィンの手元や机などは見ようとはしない。彼女は秘書として有能なだけではなく、公正な人物でもあった。
――別に恋文でもないのに、隠す必要もなかったですね……。
とレヴィンが己を恥じた時。頃合いを待っていたか、マリーベルが口を開いた。
「今、よろしいですか?」
「え、あ、ええ、えええーっと……」
「……先日から受け入れが始まった、難民の皆様について、なのですが」
「あっはい」
「仕事が無い、と我々の元まで足を運ぶ方々まで出ておられます……キャシー様が仰るには『顔役達』も、限界がある、と」
「あー……そ、そうでした」
手紙を書く前に作っていた書類を探し出す、と。
「……入るぞ」
陰気な声と共に、執務室の窓が蹴り開かれた。ヴィサンだ。密偵上がりの騎士である彼は普段であれば、陰鬱な顔に薄笑いを浮かべている所だが、今日は違った。
「敵だ。大きな戦いになる」
長身を器用に縮めて窓枠に収まったヴィサンは、不吉の滲む声色でこう結んだ。
「……死者を、覚悟しておいた方がいい」
●
「今回は練習でも、演習でもありません」
樽のような腹を揺らして、こちらも密偵上がりの騎士であるポチョムが言う。
「敵は亜人達。縦列を組んで移動している姿が商人に目撃されています」
その場には、デュニクス騎士団に属する面々とハンター達が居た。居並ぶ数は、合計で五十を超える。壮観、とも言える。
騎士団員は予め話を聞いていたのだろう。静かに聞くに留め、普段は騒がしい戦闘員達も静かなものだ。
つまりこれは、ハンター達へのプレゼンテーションだった。
それを示すように、ポチョムは丸い顔をハンター達へ向け、続ける。
「詳細な数はわかりませんが、その数は、百を下らず……百五十、とも」
「……非覚醒者が多いこの隊には荷が重いな」
壁に背を預ける形で立つ、金槌を腰に下げた男の言葉に、ポチョムは頬を緩ませた。
「そうともいえません」
騎士団の面々。そしてハンターの面々を見回して、満足げに、こう言った。
「覚醒者の我々が一人五体ゴブリンを倒せば楽勝でしょうな」
元密偵ポチョム。コミュニケーション能力が欠けた者が多いこの隊の騎士の中で唯一まともに喋れる男だったが――如何せん、戦が好きすぎるようだった。中途半端に話が通じなかった。
――尤も。
このミーティングも、早々に無駄なものとなってしまうのであったが。
●
その日。王国北西部は豪雨に晒されていた。灰色の厚い雲が日光を遮り、自然の恵みとも文明への警鐘とも取れる程の雨が大地と人間たちを濡らしていた。
目撃された経路。数。速度。それらを踏まえて進路を決めた騎士団とハンター達、であったが。偵察から戻ってきた騎兵の言葉に、彼らの足が、早まった。
そうして、それを”見た”。
雨に塗りつぶされた世界の中に、ゴブリン達が居た。多勢だ。情報通り、百五十は、いる。
だが。
多くの者が傷ついていた。悲鳴をあげていた。恐怖に震えていた。血を流し、剣を捨て、槍を捨て、弓も矢も杖も尊厳も捨てていた。
その他のゴブリンは地に伏し、欠けた身体で水貯まりに顔を突っ込んでいるか、天を仰ぎ口元から雨水を垂れ流すか――燃え尽きた身体を縮めているか。
ゴブリン達は。百五十からなる亜人達は。
――壊滅していた。
警戒は止まない。雨の向こう。ゴブリン達の視線の先。灰色の世界の中で際立つ『アカイロ』が、浴びるほどの畏れを受け入れるようにして、立っていた。
「……あら」
それは、女の声をしていた。
「――久しぶりね、ニンゲン」
そしてそれは、王国の民にとって忘れられぬ姿をしていた。
沈黙の最中。誰かが、その名を呼んだ。
クラベル、と。
●
クラベルは冷笑と共に訪れたニンゲン達を見つめた。
「本当に貴方達はどこにでもいるのね……鬱陶しい羽虫達。でも、手間が省けたわ」
クラベルの傍らには、三体の異形が居た。いずれもが黒々とした角を生やしていることは共通している、が。
一つは、黒々とした全身甲冑を身に纏った、四メートル程にも及ぶであろう巨体。
一つは、紫電を宿した杖を持ち、メリハリのある女体に山羊の顔を頂く人外。
「少しばかり数が多いけど……ちょうど良かったわ」
眼前のゴブリン達に視線を落とすと、クラベルは、こう告げた。
「『生きたければ、戦いなさい。あの羽虫達を黙らせたら、望むものを与えてあげるわ』」
言葉には、クラベルの、歪虚としての権能が、滲んでいた。”強制”の言霊が。
そうして最後の異形――エクラ教徒のカソックを模した服を着たトカゲ顔が、いやに装飾過多な鉄槌を翳すと同時に、その先から黒々とした光が爆ぜた。見る見るうちに、生き残ったゴブリン達の傷が癒えていく。
「……下らないけれど。少しだけ、遊びましょうか」
ぬらり、と。亜人達が身を起こす中紡がれた言葉。
緊迫が雨濡れの大地に満ち――今、弾けようとしていた。
リプレイ本文
●
分厚い豪雨が奏でる音の壁を、亜人達の狂騒が貫く。その姿を見て、アルルベル・ベルベット(ka2730)は痛ましげに目を細める。思う所があった。王国北西部で広がる、亜人達の争乱。
「……此処で、クラベルが出てくる、か」
「之はちょっとした終末の光景みたいだな」
懸念するアルルベルと対照的に、リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は何処か愉しげだ。
「泥と血の匂いがする戦は嫌いじゃねえ」
傍らには東方人、七葵(ka4740)が言う。大雨の中、刀を携えて立つ姿は堂に入っていた。西方と東方。場所は違えども、通じるものはあるのだろう。
「まさかこんな所でクラベルに会えるとはねぇ」
「やれやれ、だね」
目を細めたヒース・R・ウォーカー(ka0145)の言葉に、フワ ハヤテ(ka0004)が頷きの響きを含み嘆息をした。
――果たしたい因縁もあるが。お預けかな、と。
「……クラベルの目的はなんだ?」
ナハティガル・ハーレイ(ka0023)の雨露で濡れる口元から葉巻が吐き捨てられた。ベリアルによる王都襲撃から数カ月が過ぎようとしている。その中で、今になってその姿を晒した理由が了解できない。
「何かが動いているのかもしれないが……解らん、な」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)の黒い瞳が、鋭さを増していく。尋ねるならばクラベルか、と。戦意と共に決意が満ちる。
「あー」
自らを掻き抱いた南條 真水(ka2388)は短く身を震わせ、言う。
「まいった、なんか風邪ひきそう」
悪戯っ気な口調に、騎士団の聖導士が応じる。
「風邪にはウチの酒が効くぜ。デュニクスのワインは滋養がウリだしな」
「本当に君、聖導士かい?」
ケラケラと笑い声が響く中、
「よいか。亜人一体に大し複数、かつ一人は盾で当たるのじゃぞ」
フラメディア・イリジア(ka2604)は戦闘員達に指示を出していたが、返ったのは元ヤンキー達の戸惑い。
「いやー」「俺らもそうしたいケドなァ」
「て、敵のほうが、多いですから……」
眉を潜めたフラメディアに、レヴィンが彼らの内奥を代弁するように言うと、少女は「ぁー」と息を吐いた。
――厭だなあ。
ウォルター・ヨー(ka2967)の胸中は苦い。下手を打てば死者に直結する。それがこの騎士団となれば。故に、彼の視線が巡る。すぐに、見つけた。
――出来る事は、全部しときやしょう。
「ね、ヴィサンさん。またぞろ御一緒いかがでやす?」
「ウォルターか……ふむ」
かつてと違いヴィサンの視線が泳ぐ。ポチョムの頷きが返ったのを待ってから、
「……なら、そうしようか」
と、暗い笑みを口の端に浮かべた、その時だ。
「クラベル達が、動き始めました!」
戦闘員から、声が上がった。
●
亜人達に対して先手を取ったのはハンター達だった。横一列になって押し寄せる亜人へと向かって銃弾が、矢が、魔法が飛び交う。
「まるで悪魔のようだと思うだろう?」
「いやァ、クールッスよ?!」
「ハハ、そうかい」
魔導銃から銃弾を吐き出すフライス=C=ホテンシア(ka4437)は、戦闘員の言葉に苦笑を零した。眼球が黒く染まる異形を褒められた事は久しくないかったのだろう。
「やっちまいなァ、デスドクロ騎士団ンンン!」
声高に叫ぶデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0004)。どちらが【傲慢】か解らぬふてぶてしさで腰だめに銃撃する。それら銃弾を背負い、左翼から進む一団がいた。ゴースロンを駆るウィンス・デイランダール(ka0039)と、二振りのバスタードソードを手に疾駆するエリー・ローウェル(ka2576)。
「数で劣り、力で負け、状況は不利」
敵を見据えて、ウィンスはそう評した。果たすべきを果たす、その困難さもまた余さず理解して。
「――上等だ」
槍を振るう。風切音に続き、雨粒が爆ぜる。
「行きます!」
足を緩めたゴースロンを追い抜いて、エリーが疾走。突出したエリーに亜人達が進路を変え殺到。二振りの剣を大きく広げた少女一人に爪と牙が襲い掛かる。
「……ッ」
エリーは目を見開き、殺到する亜人達の猛攻を二振りの剣とその身で受ける。崩れそうになる姿勢を押し寄せる亜人を支えにする程の守勢の中。
「負け、ない……ッ!」
この上なく集うた亜人達の中で少女が声を上げ――同時。轟々と、炎雷が奔った。一瞬だった。エリーを中心に亜人達は絶命。眼前で起こった惨劇に、亜人達の足が竦む中。
「……私の炎は、そこにいた跡すら残さない」
呟いたのは八代 遥(ka4481)。雨露で濡れる眼鏡も拭わず魔術を紡ぐ。傍らではヴィルマ・ネーベル(ka2549)がクク、と笑った。
「我らの手に掛かればこんなもんじゃのぅ」
仲間の猛撃にエリーの裡で戦意がなお猛る。踏み出したその真横を、馬が抜けた。ウィンスだ。
「――ッ!」
咆哮にも似た気勢が馬上からの薙ぎ払いとなって亜人達を爆滅。エリーの奮戦により固まった敵ではあるのだが――内奥では怒気が巡っていた。
「蹴散らすぞ!」
感情のままに吐き捨てる。応諾の声が【GLN】の面々だけでなく騎士団からも上がった。
「恐怖に支配されてまともな思考も出来なくなったか。愚かな……」
シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)は眼前、亜人達を打ち抜きながら呟く。範囲射撃は敵の陣が広く、エリーのように囮が居なければ成果が上がらない。だがその掃射は凄まじい。膝折り斃れる亜人達を前に、異形の処刑人といった風情のシルヴィアは冷淡に過ぎた。
「みんな死ぬなよー。南條さんの夢見と寝覚めが悪くなるからな! はいそーゆーわけで盾の人整列! 余り前に出ないように! 銃の人構えー」
女の後方から、弾んだ声。真水だ。
「せーのっ、斉射!」
直後、暴威が爆ぜる。銃撃が重なり激しさを増す。戦場の大合奏が緊密し――。
そこに。
――思い出せ戦士たち 向かうは喜びの野か
――朽ちた魂よ 安らかに眠れ
Uisca Amhran(ka0754)の唱歌だ。亜人達の踏み込みと同時に紡がれる歌は、不浄なるを鎮める聖導士の精髄。
「嬢ちゃんどいてろ!」
「わっ!?」
だが。騎士団の闘狩人に後方へと引きずり倒された。全力疾走をする亜人達の足は速く――そして、歌うUiscaは無防備だった。亜人の咆哮と騎士団達の気勢がぶつかり合う。
「これでは祓えませんか」
となれば、殲滅するしかない。覚悟を決めてUiscaが見据える先、
「ブッハハ!! 貴様らなら2%……いや1%でも十分かァッ! ほんの僅かだが見せてやるとしよう!」
炎が渦巻いた。
「地獄の炎をな」
そこだけは低く言うのは戦馬で駆けつけたデスドクロだ。男が放った炎に巻かれた亜人達は絶叫するが――存命だ。
「くくッ、1%では足りなかったか!!」
――楽しそうですね。
少しだけUiscaの胸中が軽くなる。そうこうしている間にも、戦闘員達は数の差に呑まれ苦境に立たされている。
だから、Uiscaは術を紡いだ。閃光の波動が弾け――近づいていた亜人達の命を吹き消した。
●
数十の亜人が斃れた。それでもハンター達は動かない。騎士団達の数を思えば、もう少しだけ数を減らしたかった。
「騎士団各位、後退しながら応戦して下さい」
ハンター達の動きを見回したレヴィンの指示が、戦闘員達を通して怒声として響く。下がる戦線に、ハンター達も下がらざるを得ない。
「下がるのかい?」
「デュニクスの市民の大半を操ったという《強制》の権能」
真水の声に、亜人を槍で貫きながらポチョムが言う。
「その脅威は一般人にこそ端的に現れます。そうなればこの一瞬で崩壊しますから」
「とはいえ、向こうのほうが足が早いですね」
シルヴィアの声はその様相も相まって冷徹を孕んでいる。ポチョムは苦い表情を見せた。
「その通り、です」
ハンター達はまだ、動かぬか。境界線を見極めるように言った、その時だ。右翼で、動きがあった。
●
「十分じゃ、進むぞ!」
全体を見渡していたフラメディアの声が響く。
「邪魔する子は片っ端から殴るんだよー!」
コリーヌ・エヴァンズ(ka0828)の拳が亜人を錐揉み上に弾き飛ばした。
「道は開けよう」
「私も……っ」
リカルドの剣から飛んだ衝撃波が進路上の亜人達を抉り、ルカ(ka0962)の銃撃が反対側の亜人を撃ち抜く。火力の集中に、亜人達の間に道が出来る。
「テメェら全員死ぬ気で生き残れェ!」
「「ウス!!!」」
馬上から、ボルディア・コンフラムス(ka0796)の気勢。”姐御”の言葉に魂の舎弟達が大声で応答する中、ハンター達は歩を進める。馬上にあるものも、徒歩のものも、須らく。
「いいですね、いいですね……ッ!」
佐久間 恋路(ka4607)の胸の内から、熱が零れた。眼前にいる四体の歪虚は、圧倒的な強者に他ならない。脊髄を貫く享楽的な痺れに口元がわななくのを止められない。方や、カティーナ・テニアン(ka4673)は。
「【強者】だって? ……ふぅん」
曇天の中で、それに紛れる外套を纏うたカティーナの目には、歪な熱があった。生来の執着が、激情にも似た異質を女に抱かせている。
「……頃合いだね」
「もう十分だ! あとはアイツらにブチかましてやってくれ!!」
銃撃で支援し、近接された後は刀を振るっていたショウコ=ヒナタ(ka4653)の呟きに、威勢よく声が返る。通り過ぎた戦闘員は十代後半。ショウコと同世代に見えた。亜人達を引き付けながら、彼方へと消えていく姿を見送る。返事は、しなかった。ただ――少しだけ、顎を引いて。前を向いた。
●
後方の喧騒を他所に、歪虚とハンター達の距離が詰まる。六十。五十。四十。
「本当に」
進むハンター達は、クラベルの落胆と失望の嘆息を見た。
「本当に、貴方達は学ばない」
そして、言葉の奥底に滲む、憎悪の色も。
『小煩い羽虫達。
跪きなさい』
ハンター達は正面から波濤のように押し寄せる――《強制》の波動。
「ち、ィ……ッ!」
疾駆していたナハティガルは、馬を止めようとする自らの身体を強張らせた。浸潤する精神支配は怖気にも似ている。だが、止まるわけには行かない。分は悪かったが何とか、自らの意を通しきる。
「横だ、急げッ!!」
眼前。クラベル以外の歪虚三体が動いていた。
「アラ、ざんねぇん」
山羊女が獣の顔で器用に嗤う。歪虚達へと真っ直ぐ向かったハンター達。その半数以上が《強制》に抗せずに跪いていた。裁きを待つ、罪人のように、粛々と。
「さようならぁ、ニンゲンの皆さぁん」
「ンハハ! アァバヨォ!!」
女の杖の先から紫電が弾け、同時に、右方向へと回避しようとした者達を追うように上空から闇色の球体が落ちてきた。
「く……ッ!」
「鬱陶しいッ! 邪魔なんだよ!」
「だッ!?」
カティーナは膝をつく七葵の身体を覚醒者の筋力で蹴り飛ばした。
――助けられた。
言うことを効かぬ身体では受け身も取れない。グルグルと回る視界の中。
「……!?」
寸前まで己が居た所を飲み込んだ闇色と、その傍らを走りぬけ、本気で鬱陶しそうに七葵を見下ろすカティーナを前に言葉を飲んだ。満ち満ちた苛立ちに、本当に助けられたのかがあやふやになる中。
雷音と衝撃が、轟々と大地を揺らす。
先手を取ったクラベルは退屈げに正面に立つ黒鎧に言葉を投げる。
「何でわざわざ一塊になって押し寄せたのかしら。ねえ、”黒蹄”」
「……私には如何とも。ですが」
低い声が、”黒蹄”と呼ばれた歪虚から返る。黒蹄が見据える先には、自らに向かってくる女――ボルディアが居た。
「てめェらァ……ッ!」
いや、彼女だけではない。アルルベルを除いて、殆どの者が立ち上がっていた。左手に携えた長銃。その照準が、最前を進むボルディアに重なる。遅滞なく銃弾が吐出された。
「……ッ!」
戦斧で銃弾を受けきったボルディアの視線を見返しながら、黒蹄は得物を構える。
「成る程。頑強ですな……私ほどではないですが」
●黒蹄
「私はこの子達と遊ぶわ」
ナハティガル、ヒース、オウカ、リカルド、カティーナの、真っ向から届く視線ごと引き離すように、クラベルは歪虚の一団から離れて行く。
「黒蹄。そっちは好きにして」
「承りました」
言い残した声に慇懃に答えながら、左右の得物を広く構える。ハンター達は山羊女とトカゲへと向かおうとしている。黒鎧へと向かおうとしているのは、ただボルディア一人だけ。
「手加減しすぎたわねぇ……やだぁ♪」
山羊女が愉しげに”黒鎧の後ろに回る”と、「キモ山羊が」と呟いてトカゲも続いた。黒蹄を盾にする形になる。
「押し通る……ッ!」
山羊女へと向かって最短距離を抜けようとした七葵には棍棒が、反対側からコリーヌが迂回しようとした所に、長銃の殴打が飛んできた。寸前で回避し前進しようとするが、前方で山羊女が杖を構え、器用に笑顔を見せたトカゲが手を振りながら得物を掲げる姿をみて足を止める。
「ち、ィ……っ!」
「邪魔、なんだよっ!」
右の打撃で打ち返し受け流すが、其の衝撃は重く何より――昏い銃口が覗いている。進もうとすれば後背から撃たれるのが容易に想像できた。コリーヌはそのまま、一つ、二つと間合いを外す。
「……俺一人なら抜けられるかもしれねぇけど」
「後ろが続かねェと無理だな。蜂の巣だ」
七葵の呟きに、ボルディアが低く短く返した。
「いやはや、舐められたものですな」
突破しようとするハンター達を前に、重心を落とす黒蹄を前に、膠着が生まれる。七葵、コリーヌ、フラメディア、ボルディアが前衛に立ち、後方にショウコ、フライス、そして恋路とルカが並ぶ。眼前に相対してしまった今、黒蹄を迂回することが出来ないでいた。被害覚悟で、行くか、否か。
「でも、行かなくちゃ後ろの二体が危ないよー」
「……散開すれば、後ろを狙う分には可能だ」
どこか暢気に響くコリーヌの声を他所に、フライスが押し殺した口調で言う。
「私が、隙を作れないか、やってみます」
小さく、囁く声でルカが言うが。
「まだだ」
戦斧を掲げたボルディアは短く、こう結んだ。
「直に来る。その時に、合わせるぞ」
直後、雷光と闇色の弾丸が、黒蹄の背中を貫いて、奔った。
●
最初に往ったのはヒース。両足に血色の翼を宿して疾駆。クラベルと並走した男は金眼に戦意を宿して言う。
「久しぶり、と言っておくけどボクの事は覚えているかなぁ?」
「――心外ね。もちろん、知らないわ」
皮肉げに笑みを刻みながら、日本刀を抜いたヒースは。
「つれないねぇ……宵闇の雨管理者、ヒース・R・ウォーカー。推して参る」
腰を落として加速したヒースに、クラベルの手元から鞭打が伸びる。
「それは見たことがあるからねぇっ!」
ヒースが仰け反り躱したと、同時。横合いから銃弾がクラベルの軌跡を貫いていく。
「亜人の傷は、追い立てて誘導する為、か?」
銃撃に次いで、オウカの声。
「お前達らしくない、な……他の手勢は隠れて傷の治癒……は、もう時期を逃している。なら、此方は陽動で本隊は別口の襲撃、か?」
「どうかしら。あなたが思「――よう。相変わらずの絶壁だな……!」
言葉尻を貫くように。黒豹の如き青年ナハティガルがクラベルの右側面から。左側からは、リカルドが戦馬を繰って至る。騎乗突撃だ。
「……っ!」
結果として陽動となったオウカ。その回避の隙に速度で距離を食い潰した一撃。初見の動きにクラベルの対応が鈍る。ナハティガルの戦槍とリカルドの刀は違わずクラベルの身を切り裂いた。
「抗う者の無様な一撃、傲慢なる強者に届くか、試させてもらうよぉ」
更に、ヒースの日本刀が二閃!
――届く!
手応えが実感となってハンター達の胸中に落ちる。数ヶ月。その時間が、培って来たものが彼我の距離を縮めている――!
「……愚かね」
瞬後。しゅらり、と。少女を中心に鞭が鳴り、猛る蛇のような鋭さで奔る。二撃目の鞭打でナハティガルとリカルドの馬が悲鳴を上げる。間合いの中に居たヒースも続く一打は避けられずに弾かれた。
百余人に追われて生存し得た歪虚が相手だった。かつてと違い、激戦の後でもない今、クラベルには余力がある。尤も――攻撃が届いた、その事実には違いはないのだが、それはクラベルにしても諒解済みの事。
ニンゲンの攻撃は、その身に届き得る、と。
「少し速かったけれど……貴方達がそういう奇襲を好いてるのは、もう知っているのよ?」
「そうかい」
声は、頭上から降ってきた。重力を厭うように戦馬の背を蹴り、上空から降ってくる女――カティーナ。
「テメェは今日から俺の【玩弄物】だ!!」
直近に至り――剣戟一閃。日本刀「虎徹」は、クラベルに一筋の傷跡をつけた。転瞬。ぞわり、と、カティーナの背筋を、悪寒が貫いた。絶叫する本能に、身体が自然と距離を外す。
「玩弄物……? 私が? アナタの……?」
今のクラベルなら。あの戦場を潜り抜けた彼女なら、【傲慢】の身でもその攻撃を呑み込むことは出来た。
――だが。こればかりは、認容しかねたか。
髪の隙間から覗く赤い瞳が、カティーナを射抜き。
「……アナタ、壊してあげるわ」
●
「いやはや。良かったというべきかな」
フワは今、膠着する黒蹄達との相対を後方からじっとりと眺めていた。様子を見ながらの接近だったから掃射にも【強制】にも飲み込まれる事無く、もとより味方を壁にする腹積もりだったが故に敢えてその身を晒す危険を侵す義理もなかった。正面に集まるヘイトを他所に、後方で息を潜めている。
有り体に言えば、完全に、乗り遅れてしまったのだった。
「……とはいえ、今、変に動くと大変な目に合いそうだしなあ」
状況が整ってからでいい。そう判断していた。
「あ、ほら、右手から来たよ。そろそろ良いんじゃない?」
”傍らで斃れている”アルルベルに、声を掛ける。
「……あの、死んだフリをしているんだが」
「大丈夫、バレちゃいないよ。僕も、君もね」
少女もまた傷だらけではあるが咄嗟の防護障壁で伏せた後で機を伺い続けていたようだ。
「――さあ、来たよ。そろそろ、行こうかな」
と、フワが言った、其の時だ。アルルベルはすっ、と死体に戻る。
同時。後方からビシャバシャと駆け足の音が、響いた。
「ゼェッ、ハァ……ぶは……もうちょっとだぞ、真水さん」
真水である。走ってはバテ、休んでは走り、その繰り返しだった。何とも貧弱すぎるが、お陰で命拾いしたのだから、何とも言えない。
フワは苦笑しながら、そっと口を開いた。
●
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリア・フィラフィリアはその時、大きく迂回していた。戦場を大回りするように遠く、遠く。
「――♪」
少女の耳元を、幾重にも『雨音』が叩く。轟々と響く雨音に包まれて、この上なく御機嫌だった。
「『雨音』を聞いてたら遅れちゃったわ……」
”黒蹄”も。山羊女も。トカゲ男も全て背中を向けている。なんて喜劇的な光景なのだろう。
うふふ、と。少女の口元に、笑み。手元で光る魔導鋏がしゅらり、と開き。
「わっ!」
反応は、劇的だった。
●
さすがに黒蹄は前衛を放棄する愚を犯さなかったが、後衛の歪虚二体――山羊女とトカゲが振り向いた。
そして、ボルディア達には、やたらと愉しげに向かってくるフィリアの姿が見えていた。故に、勝機を逃さない。
「今だッ!」
「――――」
ルカが歌を紡ぐ。柔らかな高音に、清浄なるを込めた歌が辺りに満ちた。同時、ボルディアは前へ。
「オォ……ッ!」
吠えた。咆哮のままに、真っ向から黒蹄にぶつかって行く。棍棒で受けられた。殲撃の勢いと筋力が拮抗。
「行けェ!!」
声に。七葵が。フラメディアが。コリーヌが。ショウコが。フライスが。恋路が、接近を。位置取りを果たそうと加速。
「メェ……ッ!」
黒蹄が動揺を見せた。横を抜けようとする面々へと左の長銃で追従を図る、が。ルカの法術に動きが阻害されて至らない。加えて。
「させない!」
「!?」
アルルベルの銃撃と、フワの魔術が黒蹄を襲った。想定外の不意打ちに、黒蹄の巨体が姿勢を崩す。抜けたハンター達を追うことが出来なかった。
「……あちゃー、射程が遠いね。これじゃ意味ないや」
真水はデルタレイを放とうとするが、後衛が遠く、間合いの外。
「まいっか」
眼前の黒蹄に追撃の銃弾を放った。銃弾が強く鎧を叩き、揺らした。
「アルルベル・ベルベット。羽虫の名だろうが、聞くがいい。なに、覚えるための時間はまだありそうだからな」
「へっ! 悪ィが、こちとら必死でな! もう少しだけ付き合ってもらうぜ……!」
脅威を示すように言うアルルベルとボルディア。聖歌を紡いだルカに――。
「やー。やっとちゃんと立ち回れるね」
笑顔で言う、フワ。
「貴様ら……ッ!」
眼前に立つ面々を睨みつける黒蹄の呻き声。憤怒の鼻息が、熱を持って大気を焦がすかのようであった。
●
「オイオイ、黒蹄マジかよ!」
トカゲの対応は俊敏にして堅牢だった。加速し、再接近を図るコリーヌとフラメディアに、後方からフライス、恋路の銃撃が重なる中、素早く立ち位置を変えながら、大盾で遮蔽を確保している。
「ちィ」
――賢しいな。
フライスは舌打ちを零す。ギャアギャアと叫ぶトカゲは狙いに敏感だ。得物狙いがバレているとしか思えない立ち回りだった。
「君の相手は私なんだよー」
「逃さぬぞ!」
「うるせえ小娘ども……ええいくそッ!」
コリーヌが踏み込みと同時に放った拳、ボルディアの全力の戦槍が大盾で阻まれる。分厚い盾の護りを突破出来ない。
「てめェらよりソイツらのほうが危ういンだよォォ!!」
影色の砲弾がトカゲの頭上に顕現。大きい。
「一々俺様の生命線狙ッてンじゃねェよォ乳臭え小娘パート3ィィ!!」
「くっ……!」
言葉と同時に、衝撃が落ちてきた。真っ向からの砲撃を、フライスは避けられない。直撃し、弾き飛ばされた。
「黒蹄! ちったァマシな仕事しろォ! もう一人残ってる!」
トカゲの騒々しすぎる救援要請だったが、黒蹄対応の面々が阻害して、援護はならなかった。
「クソァァッ!?」
募るように放たれた恋路の威嚇射撃に一層の苛立ちを重ねるトカゲは、ピンチに追い込まれているように、見える。だが。
――硬いんだよ……っ!
コリーヌは、焦りを抱いていた。大盾の護りが硬く、衝撃は通るが攻めきれぬ。切れかけた霊呪を再び宿そうと――手数が減った。瞬間。コリーヌはそれを見た。大盾の向こうで嗤うトカゲ男を。
「ンハ、ちゃ~んス!!」
銃撃を重ねていた恋路は自分を覆い潰そうとする黒黒とした深い闇の蓋を見て、魔導銃の射程の短さが災いしたと知る。そして、眼前の闇が初手の範囲攻撃に呑まれた恋路には致死に足る一撃と知り。
「くは、くはははっ!」
恋路は、大きく口を開け、歓喜に目を見開き、大笑した。恍惚な表情で銃を捨てると、
「頑張った甲斐があったってもんですよぉ……! さあ、そのまま俺を……ッ!」
そのまま、闇に飲み込まれた。
――騒々しきは、戦場の常だが。
それらの戦場の影を抜ける、更なる影には気づかれぬままだった。
●
残る山羊側の様相はなお酷かった。フィリアによる動揺が大きい。山羊女は大量の毛とアカイロを代償に咄嗟の殴打でフィリアを弾き飛ばすが、
「逃さねぇよ」
東方剣士、七葵は好機と知り猛加速。不安定な姿勢でフィリアを引き剥がした山羊女が術を紡ぐ間も与えずに、其の足を切り裂いた。苦悶と血の色が舞うのを、ショウコは静かに見つめている。痛みに暴れる山羊女の動きは読みづらい、が。
「……合った」
呟きと同時に、引鉄を引く。雨露を弾いて放たれた銃撃が、山羊女の術具を射抜いた。
「あンた、らァァァッ!」
転瞬。その身を中心に雷光が爆ぜた。術具を失い威力は減じているが七葵とフィリアの身体がたやすく吹き飛ぶ。
そこに。
――男が一人、迫っていた。
「や、遅くなりやした」
ウォルター・ヨー。機が熟すのを存分に待ってから動いた男は、左手を掲げる、と。
「てい」
山羊女の眼前で、拳撃と共に音が爆ぜた。聴覚と視覚が阻害された山羊女の悲鳴が響く中、
「さ、兄さん。止め、を……って、あれ?」
『彼』は来ていた、筈だ。途中までは。振り返るが、やはり居ない。
「あれ?」
●
後方。騎士団達の戦場にもはや動く亜人は居なかった。満身創痍のエリーを横目で見たウィンスに大丈夫だよ、と目線が返った。
「死者はゼロ! グハハ! さすがはこのデスドクロ様率いる騎士団! 俺様の地獄の炎の前に敵は無ェってか……ま、分かってたことだがよ……」
戦場を馬に乗って練り歩くデスドクロの言葉に、
「地獄の、炎?」
「……行かぬのか?」
何かが反応していたウィンスの方を見て、『どこか』控えめなヴィルマの言葉が、その足元へと落ちた。
――行きたい、んですよね。
言葉に、エリーは直感した。視線の先には、歪虚達と交戦する味方達。だから、彼女はこう言った。
「行きましょう!」
「私はまだ余力はありますよ」
遥もそう続く。まだ、魔術は紡げる、と。
「……」
逡巡に足るだけの懸念が合った。だが。行ける、と彼らは言う。
「……上等だ」
だからウィンスは遠くクラベル達を見据えてそう良い、馬首を転じた。
●
「ふふっ、あははははッ!」
激昂したクラベルを、留める術は有りはしなかった。『傲慢』としての手加減も忘れ、カティーナを嬲り続ける。
「、その、舐めた、面……いつ、か」
「あら、跪いて舐めてくれるのかしら?」
首を掴み上げられながらもカティーナの心は、折れてはいない。だが、唇は愚か肌も青白い。失血死寸前。もはや目も見えてはいまい。
「待てッ!」
ナハティガルやヒース、リカルドが斬撃を。オウカ銃撃を浴びせるがカティーナを掴み上げたクラベルは気まぐれに彼女を盾にするため、攻めあぐねてしまう。かつてハンターがフラベルを愚弄した時の再現だった。その身が死に瀕するまでこの【傲慢】の怒りは止まらない。踊るように、カティーナを掴みあげたクラベルはハンター達から距離を撮り続ける。
「あのままじゃ死ぬぞ」
「解ってるけどさぁ……いやぁ、神経質だねぇ」
ぽつりと言うリカルドに、ヒース。しかし、馬が傷ついた今、足を稼ぐこともままならない。
――そこに。ヒース達が追撃する反対側から、黒い影がクラベルへと猛突。
「……ッ!」
影の正体は、山羊女の方へは行かなかったヴィサンだ。衝突の勢いのまま左腕を固めようとするヴィサンに、カティーナを振り落としたクラベルは開いた右手の暗器を振り――刺殺の寸前、クラベルの動きが止まる。
「クク……死ぬかと思った」
そのまま転がるようにしてカティーナを奪い去ったヴィサンはクラベルから距離を取って陰鬱に笑みを浮かべている、が。
「早く連れて行け! 死んじまう!」
ナハティガルの叱咤にヴィサンは肩を竦めると背を向け疾走を開始した。足を止めたクラベルに、ナハティガルは剣を構えながら言葉を募らせる。
「なあ、クラベル。意味なく亜人共を殺して回る程、暇でもねえだろうに……これも豚羊の命令か?」
「教えてあげてもいいけれど……あぁ、でも」
獲物が取られた故か、別の由があるのか。
「やっぱり嫌よ。教えてあげない」
はたまた遠く、こちらに至る【GLN】を認めたからか。クラベルは視線を逸らし――こう紡いだ。
『愚かなるニンゲン達よ、隣の仲間に縋り付きなさい。私達の姿が見える限り、ずっと』
更なる《強制》が、戦場に満ちる。
●
抵抗できなかった者は《強制》に従い、戦場に混乱が満ちた。
「……なんだいリカルドくん」
「違う、本気じゃない」
「そうじゃなくてねぇ……」
抵抗が果たせるまでの、十から二十数秒のことだったが、歪虚達には十分な時間だった。
「ち、ィ……逃さぬぞ!」
「いやァ、無理だねぇ」
愉快げに笑ったトカゲはコリーヌの後背を示した。斃れ伏した恋路とフライスの頭上に、緩やかに闇が顕現。発動の遅さはコリーヌ達に見せつけるため、か。
「もうちょっと狡賢く立ち回らなくちゃだめだぜェ、アバヨ嬢ちゃんら!」
解っていた。攻撃は通れども打ち崩せぬと知れている敵を追うよりも、人命を優先する他なかったことは。それでも、少女達の足が鈍ったことを、誰が責められようか。
――完敗、だった。
「あいつラ! あの女ァ! 殺してやる! 降ろせ黒蹄ィィ!!」
「それは出来ませんね」
望外の速さで後退した黒蹄が絶叫する山羊女を掲げ、そして。
「……アルルベルと言いましたか」
「ぐ、っ!」
黒蹄の手が上がる。銃口の先には――アルルベルが居た。憤激に受ける術の無いアルルベルが弾き飛ばされる。もとより傷は浅くない。故に、一瞬で意識が遠のいていく。
「チ、ィッ」
「手が足りない! 誰か!」
黒鎧に対応していた中で強制に抗い騎馬で追走できたのはボルディアだけ。すぐに馬首を巡らせアルルベルの元へと急ぐ。《強制》の術に目が奪われていたフワはアルルベルが狙撃されたため応急処置に掛り切りだった。救助の手を求めてフワの視線が巡り――ふと。フィリアに抱きつかれているウォルターの様子が目に止まる。視線の先には、カティーナを連れて疾走するヴィサン。
「……」
その背を、ウォルターはずっと追っていたのだった。
●
かくして、クラベルと亜人達との遭遇戦は幕を下ろした。ハンター達に被害は出たものの、騎士団に死者は無く、百五十からなる亜人は掃討され、クラベル配下の歪虚一体を重体に追い込んだ。十分な成果と言っていいだろう。
王国北部を中心に波及する亜人騒動は、続く。その闇で蠢くものが王国に齎す物は、果たして聖なるか、呪われしものか。
それはまた、いずれ語られぬ歴史として、この世界に刻まれる事となるのだろう。
分厚い豪雨が奏でる音の壁を、亜人達の狂騒が貫く。その姿を見て、アルルベル・ベルベット(ka2730)は痛ましげに目を細める。思う所があった。王国北西部で広がる、亜人達の争乱。
「……此処で、クラベルが出てくる、か」
「之はちょっとした終末の光景みたいだな」
懸念するアルルベルと対照的に、リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は何処か愉しげだ。
「泥と血の匂いがする戦は嫌いじゃねえ」
傍らには東方人、七葵(ka4740)が言う。大雨の中、刀を携えて立つ姿は堂に入っていた。西方と東方。場所は違えども、通じるものはあるのだろう。
「まさかこんな所でクラベルに会えるとはねぇ」
「やれやれ、だね」
目を細めたヒース・R・ウォーカー(ka0145)の言葉に、フワ ハヤテ(ka0004)が頷きの響きを含み嘆息をした。
――果たしたい因縁もあるが。お預けかな、と。
「……クラベルの目的はなんだ?」
ナハティガル・ハーレイ(ka0023)の雨露で濡れる口元から葉巻が吐き捨てられた。ベリアルによる王都襲撃から数カ月が過ぎようとしている。その中で、今になってその姿を晒した理由が了解できない。
「何かが動いているのかもしれないが……解らん、な」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)の黒い瞳が、鋭さを増していく。尋ねるならばクラベルか、と。戦意と共に決意が満ちる。
「あー」
自らを掻き抱いた南條 真水(ka2388)は短く身を震わせ、言う。
「まいった、なんか風邪ひきそう」
悪戯っ気な口調に、騎士団の聖導士が応じる。
「風邪にはウチの酒が効くぜ。デュニクスのワインは滋養がウリだしな」
「本当に君、聖導士かい?」
ケラケラと笑い声が響く中、
「よいか。亜人一体に大し複数、かつ一人は盾で当たるのじゃぞ」
フラメディア・イリジア(ka2604)は戦闘員達に指示を出していたが、返ったのは元ヤンキー達の戸惑い。
「いやー」「俺らもそうしたいケドなァ」
「て、敵のほうが、多いですから……」
眉を潜めたフラメディアに、レヴィンが彼らの内奥を代弁するように言うと、少女は「ぁー」と息を吐いた。
――厭だなあ。
ウォルター・ヨー(ka2967)の胸中は苦い。下手を打てば死者に直結する。それがこの騎士団となれば。故に、彼の視線が巡る。すぐに、見つけた。
――出来る事は、全部しときやしょう。
「ね、ヴィサンさん。またぞろ御一緒いかがでやす?」
「ウォルターか……ふむ」
かつてと違いヴィサンの視線が泳ぐ。ポチョムの頷きが返ったのを待ってから、
「……なら、そうしようか」
と、暗い笑みを口の端に浮かべた、その時だ。
「クラベル達が、動き始めました!」
戦闘員から、声が上がった。
●
亜人達に対して先手を取ったのはハンター達だった。横一列になって押し寄せる亜人へと向かって銃弾が、矢が、魔法が飛び交う。
「まるで悪魔のようだと思うだろう?」
「いやァ、クールッスよ?!」
「ハハ、そうかい」
魔導銃から銃弾を吐き出すフライス=C=ホテンシア(ka4437)は、戦闘員の言葉に苦笑を零した。眼球が黒く染まる異形を褒められた事は久しくないかったのだろう。
「やっちまいなァ、デスドクロ騎士団ンンン!」
声高に叫ぶデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0004)。どちらが【傲慢】か解らぬふてぶてしさで腰だめに銃撃する。それら銃弾を背負い、左翼から進む一団がいた。ゴースロンを駆るウィンス・デイランダール(ka0039)と、二振りのバスタードソードを手に疾駆するエリー・ローウェル(ka2576)。
「数で劣り、力で負け、状況は不利」
敵を見据えて、ウィンスはそう評した。果たすべきを果たす、その困難さもまた余さず理解して。
「――上等だ」
槍を振るう。風切音に続き、雨粒が爆ぜる。
「行きます!」
足を緩めたゴースロンを追い抜いて、エリーが疾走。突出したエリーに亜人達が進路を変え殺到。二振りの剣を大きく広げた少女一人に爪と牙が襲い掛かる。
「……ッ」
エリーは目を見開き、殺到する亜人達の猛攻を二振りの剣とその身で受ける。崩れそうになる姿勢を押し寄せる亜人を支えにする程の守勢の中。
「負け、ない……ッ!」
この上なく集うた亜人達の中で少女が声を上げ――同時。轟々と、炎雷が奔った。一瞬だった。エリーを中心に亜人達は絶命。眼前で起こった惨劇に、亜人達の足が竦む中。
「……私の炎は、そこにいた跡すら残さない」
呟いたのは八代 遥(ka4481)。雨露で濡れる眼鏡も拭わず魔術を紡ぐ。傍らではヴィルマ・ネーベル(ka2549)がクク、と笑った。
「我らの手に掛かればこんなもんじゃのぅ」
仲間の猛撃にエリーの裡で戦意がなお猛る。踏み出したその真横を、馬が抜けた。ウィンスだ。
「――ッ!」
咆哮にも似た気勢が馬上からの薙ぎ払いとなって亜人達を爆滅。エリーの奮戦により固まった敵ではあるのだが――内奥では怒気が巡っていた。
「蹴散らすぞ!」
感情のままに吐き捨てる。応諾の声が【GLN】の面々だけでなく騎士団からも上がった。
「恐怖に支配されてまともな思考も出来なくなったか。愚かな……」
シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)は眼前、亜人達を打ち抜きながら呟く。範囲射撃は敵の陣が広く、エリーのように囮が居なければ成果が上がらない。だがその掃射は凄まじい。膝折り斃れる亜人達を前に、異形の処刑人といった風情のシルヴィアは冷淡に過ぎた。
「みんな死ぬなよー。南條さんの夢見と寝覚めが悪くなるからな! はいそーゆーわけで盾の人整列! 余り前に出ないように! 銃の人構えー」
女の後方から、弾んだ声。真水だ。
「せーのっ、斉射!」
直後、暴威が爆ぜる。銃撃が重なり激しさを増す。戦場の大合奏が緊密し――。
そこに。
――思い出せ戦士たち 向かうは喜びの野か
――朽ちた魂よ 安らかに眠れ
Uisca Amhran(ka0754)の唱歌だ。亜人達の踏み込みと同時に紡がれる歌は、不浄なるを鎮める聖導士の精髄。
「嬢ちゃんどいてろ!」
「わっ!?」
だが。騎士団の闘狩人に後方へと引きずり倒された。全力疾走をする亜人達の足は速く――そして、歌うUiscaは無防備だった。亜人の咆哮と騎士団達の気勢がぶつかり合う。
「これでは祓えませんか」
となれば、殲滅するしかない。覚悟を決めてUiscaが見据える先、
「ブッハハ!! 貴様らなら2%……いや1%でも十分かァッ! ほんの僅かだが見せてやるとしよう!」
炎が渦巻いた。
「地獄の炎をな」
そこだけは低く言うのは戦馬で駆けつけたデスドクロだ。男が放った炎に巻かれた亜人達は絶叫するが――存命だ。
「くくッ、1%では足りなかったか!!」
――楽しそうですね。
少しだけUiscaの胸中が軽くなる。そうこうしている間にも、戦闘員達は数の差に呑まれ苦境に立たされている。
だから、Uiscaは術を紡いだ。閃光の波動が弾け――近づいていた亜人達の命を吹き消した。
●
数十の亜人が斃れた。それでもハンター達は動かない。騎士団達の数を思えば、もう少しだけ数を減らしたかった。
「騎士団各位、後退しながら応戦して下さい」
ハンター達の動きを見回したレヴィンの指示が、戦闘員達を通して怒声として響く。下がる戦線に、ハンター達も下がらざるを得ない。
「下がるのかい?」
「デュニクスの市民の大半を操ったという《強制》の権能」
真水の声に、亜人を槍で貫きながらポチョムが言う。
「その脅威は一般人にこそ端的に現れます。そうなればこの一瞬で崩壊しますから」
「とはいえ、向こうのほうが足が早いですね」
シルヴィアの声はその様相も相まって冷徹を孕んでいる。ポチョムは苦い表情を見せた。
「その通り、です」
ハンター達はまだ、動かぬか。境界線を見極めるように言った、その時だ。右翼で、動きがあった。
●
「十分じゃ、進むぞ!」
全体を見渡していたフラメディアの声が響く。
「邪魔する子は片っ端から殴るんだよー!」
コリーヌ・エヴァンズ(ka0828)の拳が亜人を錐揉み上に弾き飛ばした。
「道は開けよう」
「私も……っ」
リカルドの剣から飛んだ衝撃波が進路上の亜人達を抉り、ルカ(ka0962)の銃撃が反対側の亜人を撃ち抜く。火力の集中に、亜人達の間に道が出来る。
「テメェら全員死ぬ気で生き残れェ!」
「「ウス!!!」」
馬上から、ボルディア・コンフラムス(ka0796)の気勢。”姐御”の言葉に魂の舎弟達が大声で応答する中、ハンター達は歩を進める。馬上にあるものも、徒歩のものも、須らく。
「いいですね、いいですね……ッ!」
佐久間 恋路(ka4607)の胸の内から、熱が零れた。眼前にいる四体の歪虚は、圧倒的な強者に他ならない。脊髄を貫く享楽的な痺れに口元がわななくのを止められない。方や、カティーナ・テニアン(ka4673)は。
「【強者】だって? ……ふぅん」
曇天の中で、それに紛れる外套を纏うたカティーナの目には、歪な熱があった。生来の執着が、激情にも似た異質を女に抱かせている。
「……頃合いだね」
「もう十分だ! あとはアイツらにブチかましてやってくれ!!」
銃撃で支援し、近接された後は刀を振るっていたショウコ=ヒナタ(ka4653)の呟きに、威勢よく声が返る。通り過ぎた戦闘員は十代後半。ショウコと同世代に見えた。亜人達を引き付けながら、彼方へと消えていく姿を見送る。返事は、しなかった。ただ――少しだけ、顎を引いて。前を向いた。
●
後方の喧騒を他所に、歪虚とハンター達の距離が詰まる。六十。五十。四十。
「本当に」
進むハンター達は、クラベルの落胆と失望の嘆息を見た。
「本当に、貴方達は学ばない」
そして、言葉の奥底に滲む、憎悪の色も。
『小煩い羽虫達。
跪きなさい』
ハンター達は正面から波濤のように押し寄せる――《強制》の波動。
「ち、ィ……ッ!」
疾駆していたナハティガルは、馬を止めようとする自らの身体を強張らせた。浸潤する精神支配は怖気にも似ている。だが、止まるわけには行かない。分は悪かったが何とか、自らの意を通しきる。
「横だ、急げッ!!」
眼前。クラベル以外の歪虚三体が動いていた。
「アラ、ざんねぇん」
山羊女が獣の顔で器用に嗤う。歪虚達へと真っ直ぐ向かったハンター達。その半数以上が《強制》に抗せずに跪いていた。裁きを待つ、罪人のように、粛々と。
「さようならぁ、ニンゲンの皆さぁん」
「ンハハ! アァバヨォ!!」
女の杖の先から紫電が弾け、同時に、右方向へと回避しようとした者達を追うように上空から闇色の球体が落ちてきた。
「く……ッ!」
「鬱陶しいッ! 邪魔なんだよ!」
「だッ!?」
カティーナは膝をつく七葵の身体を覚醒者の筋力で蹴り飛ばした。
――助けられた。
言うことを効かぬ身体では受け身も取れない。グルグルと回る視界の中。
「……!?」
寸前まで己が居た所を飲み込んだ闇色と、その傍らを走りぬけ、本気で鬱陶しそうに七葵を見下ろすカティーナを前に言葉を飲んだ。満ち満ちた苛立ちに、本当に助けられたのかがあやふやになる中。
雷音と衝撃が、轟々と大地を揺らす。
先手を取ったクラベルは退屈げに正面に立つ黒鎧に言葉を投げる。
「何でわざわざ一塊になって押し寄せたのかしら。ねえ、”黒蹄”」
「……私には如何とも。ですが」
低い声が、”黒蹄”と呼ばれた歪虚から返る。黒蹄が見据える先には、自らに向かってくる女――ボルディアが居た。
「てめェらァ……ッ!」
いや、彼女だけではない。アルルベルを除いて、殆どの者が立ち上がっていた。左手に携えた長銃。その照準が、最前を進むボルディアに重なる。遅滞なく銃弾が吐出された。
「……ッ!」
戦斧で銃弾を受けきったボルディアの視線を見返しながら、黒蹄は得物を構える。
「成る程。頑強ですな……私ほどではないですが」
●黒蹄
「私はこの子達と遊ぶわ」
ナハティガル、ヒース、オウカ、リカルド、カティーナの、真っ向から届く視線ごと引き離すように、クラベルは歪虚の一団から離れて行く。
「黒蹄。そっちは好きにして」
「承りました」
言い残した声に慇懃に答えながら、左右の得物を広く構える。ハンター達は山羊女とトカゲへと向かおうとしている。黒鎧へと向かおうとしているのは、ただボルディア一人だけ。
「手加減しすぎたわねぇ……やだぁ♪」
山羊女が愉しげに”黒鎧の後ろに回る”と、「キモ山羊が」と呟いてトカゲも続いた。黒蹄を盾にする形になる。
「押し通る……ッ!」
山羊女へと向かって最短距離を抜けようとした七葵には棍棒が、反対側からコリーヌが迂回しようとした所に、長銃の殴打が飛んできた。寸前で回避し前進しようとするが、前方で山羊女が杖を構え、器用に笑顔を見せたトカゲが手を振りながら得物を掲げる姿をみて足を止める。
「ち、ィ……っ!」
「邪魔、なんだよっ!」
右の打撃で打ち返し受け流すが、其の衝撃は重く何より――昏い銃口が覗いている。進もうとすれば後背から撃たれるのが容易に想像できた。コリーヌはそのまま、一つ、二つと間合いを外す。
「……俺一人なら抜けられるかもしれねぇけど」
「後ろが続かねェと無理だな。蜂の巣だ」
七葵の呟きに、ボルディアが低く短く返した。
「いやはや、舐められたものですな」
突破しようとするハンター達を前に、重心を落とす黒蹄を前に、膠着が生まれる。七葵、コリーヌ、フラメディア、ボルディアが前衛に立ち、後方にショウコ、フライス、そして恋路とルカが並ぶ。眼前に相対してしまった今、黒蹄を迂回することが出来ないでいた。被害覚悟で、行くか、否か。
「でも、行かなくちゃ後ろの二体が危ないよー」
「……散開すれば、後ろを狙う分には可能だ」
どこか暢気に響くコリーヌの声を他所に、フライスが押し殺した口調で言う。
「私が、隙を作れないか、やってみます」
小さく、囁く声でルカが言うが。
「まだだ」
戦斧を掲げたボルディアは短く、こう結んだ。
「直に来る。その時に、合わせるぞ」
直後、雷光と闇色の弾丸が、黒蹄の背中を貫いて、奔った。
●
最初に往ったのはヒース。両足に血色の翼を宿して疾駆。クラベルと並走した男は金眼に戦意を宿して言う。
「久しぶり、と言っておくけどボクの事は覚えているかなぁ?」
「――心外ね。もちろん、知らないわ」
皮肉げに笑みを刻みながら、日本刀を抜いたヒースは。
「つれないねぇ……宵闇の雨管理者、ヒース・R・ウォーカー。推して参る」
腰を落として加速したヒースに、クラベルの手元から鞭打が伸びる。
「それは見たことがあるからねぇっ!」
ヒースが仰け反り躱したと、同時。横合いから銃弾がクラベルの軌跡を貫いていく。
「亜人の傷は、追い立てて誘導する為、か?」
銃撃に次いで、オウカの声。
「お前達らしくない、な……他の手勢は隠れて傷の治癒……は、もう時期を逃している。なら、此方は陽動で本隊は別口の襲撃、か?」
「どうかしら。あなたが思「――よう。相変わらずの絶壁だな……!」
言葉尻を貫くように。黒豹の如き青年ナハティガルがクラベルの右側面から。左側からは、リカルドが戦馬を繰って至る。騎乗突撃だ。
「……っ!」
結果として陽動となったオウカ。その回避の隙に速度で距離を食い潰した一撃。初見の動きにクラベルの対応が鈍る。ナハティガルの戦槍とリカルドの刀は違わずクラベルの身を切り裂いた。
「抗う者の無様な一撃、傲慢なる強者に届くか、試させてもらうよぉ」
更に、ヒースの日本刀が二閃!
――届く!
手応えが実感となってハンター達の胸中に落ちる。数ヶ月。その時間が、培って来たものが彼我の距離を縮めている――!
「……愚かね」
瞬後。しゅらり、と。少女を中心に鞭が鳴り、猛る蛇のような鋭さで奔る。二撃目の鞭打でナハティガルとリカルドの馬が悲鳴を上げる。間合いの中に居たヒースも続く一打は避けられずに弾かれた。
百余人に追われて生存し得た歪虚が相手だった。かつてと違い、激戦の後でもない今、クラベルには余力がある。尤も――攻撃が届いた、その事実には違いはないのだが、それはクラベルにしても諒解済みの事。
ニンゲンの攻撃は、その身に届き得る、と。
「少し速かったけれど……貴方達がそういう奇襲を好いてるのは、もう知っているのよ?」
「そうかい」
声は、頭上から降ってきた。重力を厭うように戦馬の背を蹴り、上空から降ってくる女――カティーナ。
「テメェは今日から俺の【玩弄物】だ!!」
直近に至り――剣戟一閃。日本刀「虎徹」は、クラベルに一筋の傷跡をつけた。転瞬。ぞわり、と、カティーナの背筋を、悪寒が貫いた。絶叫する本能に、身体が自然と距離を外す。
「玩弄物……? 私が? アナタの……?」
今のクラベルなら。あの戦場を潜り抜けた彼女なら、【傲慢】の身でもその攻撃を呑み込むことは出来た。
――だが。こればかりは、認容しかねたか。
髪の隙間から覗く赤い瞳が、カティーナを射抜き。
「……アナタ、壊してあげるわ」
●
「いやはや。良かったというべきかな」
フワは今、膠着する黒蹄達との相対を後方からじっとりと眺めていた。様子を見ながらの接近だったから掃射にも【強制】にも飲み込まれる事無く、もとより味方を壁にする腹積もりだったが故に敢えてその身を晒す危険を侵す義理もなかった。正面に集まるヘイトを他所に、後方で息を潜めている。
有り体に言えば、完全に、乗り遅れてしまったのだった。
「……とはいえ、今、変に動くと大変な目に合いそうだしなあ」
状況が整ってからでいい。そう判断していた。
「あ、ほら、右手から来たよ。そろそろ良いんじゃない?」
”傍らで斃れている”アルルベルに、声を掛ける。
「……あの、死んだフリをしているんだが」
「大丈夫、バレちゃいないよ。僕も、君もね」
少女もまた傷だらけではあるが咄嗟の防護障壁で伏せた後で機を伺い続けていたようだ。
「――さあ、来たよ。そろそろ、行こうかな」
と、フワが言った、其の時だ。アルルベルはすっ、と死体に戻る。
同時。後方からビシャバシャと駆け足の音が、響いた。
「ゼェッ、ハァ……ぶは……もうちょっとだぞ、真水さん」
真水である。走ってはバテ、休んでは走り、その繰り返しだった。何とも貧弱すぎるが、お陰で命拾いしたのだから、何とも言えない。
フワは苦笑しながら、そっと口を開いた。
●
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリア・フィラフィリアはその時、大きく迂回していた。戦場を大回りするように遠く、遠く。
「――♪」
少女の耳元を、幾重にも『雨音』が叩く。轟々と響く雨音に包まれて、この上なく御機嫌だった。
「『雨音』を聞いてたら遅れちゃったわ……」
”黒蹄”も。山羊女も。トカゲ男も全て背中を向けている。なんて喜劇的な光景なのだろう。
うふふ、と。少女の口元に、笑み。手元で光る魔導鋏がしゅらり、と開き。
「わっ!」
反応は、劇的だった。
●
さすがに黒蹄は前衛を放棄する愚を犯さなかったが、後衛の歪虚二体――山羊女とトカゲが振り向いた。
そして、ボルディア達には、やたらと愉しげに向かってくるフィリアの姿が見えていた。故に、勝機を逃さない。
「今だッ!」
「――――」
ルカが歌を紡ぐ。柔らかな高音に、清浄なるを込めた歌が辺りに満ちた。同時、ボルディアは前へ。
「オォ……ッ!」
吠えた。咆哮のままに、真っ向から黒蹄にぶつかって行く。棍棒で受けられた。殲撃の勢いと筋力が拮抗。
「行けェ!!」
声に。七葵が。フラメディアが。コリーヌが。ショウコが。フライスが。恋路が、接近を。位置取りを果たそうと加速。
「メェ……ッ!」
黒蹄が動揺を見せた。横を抜けようとする面々へと左の長銃で追従を図る、が。ルカの法術に動きが阻害されて至らない。加えて。
「させない!」
「!?」
アルルベルの銃撃と、フワの魔術が黒蹄を襲った。想定外の不意打ちに、黒蹄の巨体が姿勢を崩す。抜けたハンター達を追うことが出来なかった。
「……あちゃー、射程が遠いね。これじゃ意味ないや」
真水はデルタレイを放とうとするが、後衛が遠く、間合いの外。
「まいっか」
眼前の黒蹄に追撃の銃弾を放った。銃弾が強く鎧を叩き、揺らした。
「アルルベル・ベルベット。羽虫の名だろうが、聞くがいい。なに、覚えるための時間はまだありそうだからな」
「へっ! 悪ィが、こちとら必死でな! もう少しだけ付き合ってもらうぜ……!」
脅威を示すように言うアルルベルとボルディア。聖歌を紡いだルカに――。
「やー。やっとちゃんと立ち回れるね」
笑顔で言う、フワ。
「貴様ら……ッ!」
眼前に立つ面々を睨みつける黒蹄の呻き声。憤怒の鼻息が、熱を持って大気を焦がすかのようであった。
●
「オイオイ、黒蹄マジかよ!」
トカゲの対応は俊敏にして堅牢だった。加速し、再接近を図るコリーヌとフラメディアに、後方からフライス、恋路の銃撃が重なる中、素早く立ち位置を変えながら、大盾で遮蔽を確保している。
「ちィ」
――賢しいな。
フライスは舌打ちを零す。ギャアギャアと叫ぶトカゲは狙いに敏感だ。得物狙いがバレているとしか思えない立ち回りだった。
「君の相手は私なんだよー」
「逃さぬぞ!」
「うるせえ小娘ども……ええいくそッ!」
コリーヌが踏み込みと同時に放った拳、ボルディアの全力の戦槍が大盾で阻まれる。分厚い盾の護りを突破出来ない。
「てめェらよりソイツらのほうが危ういンだよォォ!!」
影色の砲弾がトカゲの頭上に顕現。大きい。
「一々俺様の生命線狙ッてンじゃねェよォ乳臭え小娘パート3ィィ!!」
「くっ……!」
言葉と同時に、衝撃が落ちてきた。真っ向からの砲撃を、フライスは避けられない。直撃し、弾き飛ばされた。
「黒蹄! ちったァマシな仕事しろォ! もう一人残ってる!」
トカゲの騒々しすぎる救援要請だったが、黒蹄対応の面々が阻害して、援護はならなかった。
「クソァァッ!?」
募るように放たれた恋路の威嚇射撃に一層の苛立ちを重ねるトカゲは、ピンチに追い込まれているように、見える。だが。
――硬いんだよ……っ!
コリーヌは、焦りを抱いていた。大盾の護りが硬く、衝撃は通るが攻めきれぬ。切れかけた霊呪を再び宿そうと――手数が減った。瞬間。コリーヌはそれを見た。大盾の向こうで嗤うトカゲ男を。
「ンハ、ちゃ~んス!!」
銃撃を重ねていた恋路は自分を覆い潰そうとする黒黒とした深い闇の蓋を見て、魔導銃の射程の短さが災いしたと知る。そして、眼前の闇が初手の範囲攻撃に呑まれた恋路には致死に足る一撃と知り。
「くは、くはははっ!」
恋路は、大きく口を開け、歓喜に目を見開き、大笑した。恍惚な表情で銃を捨てると、
「頑張った甲斐があったってもんですよぉ……! さあ、そのまま俺を……ッ!」
そのまま、闇に飲み込まれた。
――騒々しきは、戦場の常だが。
それらの戦場の影を抜ける、更なる影には気づかれぬままだった。
●
残る山羊側の様相はなお酷かった。フィリアによる動揺が大きい。山羊女は大量の毛とアカイロを代償に咄嗟の殴打でフィリアを弾き飛ばすが、
「逃さねぇよ」
東方剣士、七葵は好機と知り猛加速。不安定な姿勢でフィリアを引き剥がした山羊女が術を紡ぐ間も与えずに、其の足を切り裂いた。苦悶と血の色が舞うのを、ショウコは静かに見つめている。痛みに暴れる山羊女の動きは読みづらい、が。
「……合った」
呟きと同時に、引鉄を引く。雨露を弾いて放たれた銃撃が、山羊女の術具を射抜いた。
「あンた、らァァァッ!」
転瞬。その身を中心に雷光が爆ぜた。術具を失い威力は減じているが七葵とフィリアの身体がたやすく吹き飛ぶ。
そこに。
――男が一人、迫っていた。
「や、遅くなりやした」
ウォルター・ヨー。機が熟すのを存分に待ってから動いた男は、左手を掲げる、と。
「てい」
山羊女の眼前で、拳撃と共に音が爆ぜた。聴覚と視覚が阻害された山羊女の悲鳴が響く中、
「さ、兄さん。止め、を……って、あれ?」
『彼』は来ていた、筈だ。途中までは。振り返るが、やはり居ない。
「あれ?」
●
後方。騎士団達の戦場にもはや動く亜人は居なかった。満身創痍のエリーを横目で見たウィンスに大丈夫だよ、と目線が返った。
「死者はゼロ! グハハ! さすがはこのデスドクロ様率いる騎士団! 俺様の地獄の炎の前に敵は無ェってか……ま、分かってたことだがよ……」
戦場を馬に乗って練り歩くデスドクロの言葉に、
「地獄の、炎?」
「……行かぬのか?」
何かが反応していたウィンスの方を見て、『どこか』控えめなヴィルマの言葉が、その足元へと落ちた。
――行きたい、んですよね。
言葉に、エリーは直感した。視線の先には、歪虚達と交戦する味方達。だから、彼女はこう言った。
「行きましょう!」
「私はまだ余力はありますよ」
遥もそう続く。まだ、魔術は紡げる、と。
「……」
逡巡に足るだけの懸念が合った。だが。行ける、と彼らは言う。
「……上等だ」
だからウィンスは遠くクラベル達を見据えてそう良い、馬首を転じた。
●
「ふふっ、あははははッ!」
激昂したクラベルを、留める術は有りはしなかった。『傲慢』としての手加減も忘れ、カティーナを嬲り続ける。
「、その、舐めた、面……いつ、か」
「あら、跪いて舐めてくれるのかしら?」
首を掴み上げられながらもカティーナの心は、折れてはいない。だが、唇は愚か肌も青白い。失血死寸前。もはや目も見えてはいまい。
「待てッ!」
ナハティガルやヒース、リカルドが斬撃を。オウカ銃撃を浴びせるがカティーナを掴み上げたクラベルは気まぐれに彼女を盾にするため、攻めあぐねてしまう。かつてハンターがフラベルを愚弄した時の再現だった。その身が死に瀕するまでこの【傲慢】の怒りは止まらない。踊るように、カティーナを掴みあげたクラベルはハンター達から距離を撮り続ける。
「あのままじゃ死ぬぞ」
「解ってるけどさぁ……いやぁ、神経質だねぇ」
ぽつりと言うリカルドに、ヒース。しかし、馬が傷ついた今、足を稼ぐこともままならない。
――そこに。ヒース達が追撃する反対側から、黒い影がクラベルへと猛突。
「……ッ!」
影の正体は、山羊女の方へは行かなかったヴィサンだ。衝突の勢いのまま左腕を固めようとするヴィサンに、カティーナを振り落としたクラベルは開いた右手の暗器を振り――刺殺の寸前、クラベルの動きが止まる。
「クク……死ぬかと思った」
そのまま転がるようにしてカティーナを奪い去ったヴィサンはクラベルから距離を取って陰鬱に笑みを浮かべている、が。
「早く連れて行け! 死んじまう!」
ナハティガルの叱咤にヴィサンは肩を竦めると背を向け疾走を開始した。足を止めたクラベルに、ナハティガルは剣を構えながら言葉を募らせる。
「なあ、クラベル。意味なく亜人共を殺して回る程、暇でもねえだろうに……これも豚羊の命令か?」
「教えてあげてもいいけれど……あぁ、でも」
獲物が取られた故か、別の由があるのか。
「やっぱり嫌よ。教えてあげない」
はたまた遠く、こちらに至る【GLN】を認めたからか。クラベルは視線を逸らし――こう紡いだ。
『愚かなるニンゲン達よ、隣の仲間に縋り付きなさい。私達の姿が見える限り、ずっと』
更なる《強制》が、戦場に満ちる。
●
抵抗できなかった者は《強制》に従い、戦場に混乱が満ちた。
「……なんだいリカルドくん」
「違う、本気じゃない」
「そうじゃなくてねぇ……」
抵抗が果たせるまでの、十から二十数秒のことだったが、歪虚達には十分な時間だった。
「ち、ィ……逃さぬぞ!」
「いやァ、無理だねぇ」
愉快げに笑ったトカゲはコリーヌの後背を示した。斃れ伏した恋路とフライスの頭上に、緩やかに闇が顕現。発動の遅さはコリーヌ達に見せつけるため、か。
「もうちょっと狡賢く立ち回らなくちゃだめだぜェ、アバヨ嬢ちゃんら!」
解っていた。攻撃は通れども打ち崩せぬと知れている敵を追うよりも、人命を優先する他なかったことは。それでも、少女達の足が鈍ったことを、誰が責められようか。
――完敗、だった。
「あいつラ! あの女ァ! 殺してやる! 降ろせ黒蹄ィィ!!」
「それは出来ませんね」
望外の速さで後退した黒蹄が絶叫する山羊女を掲げ、そして。
「……アルルベルと言いましたか」
「ぐ、っ!」
黒蹄の手が上がる。銃口の先には――アルルベルが居た。憤激に受ける術の無いアルルベルが弾き飛ばされる。もとより傷は浅くない。故に、一瞬で意識が遠のいていく。
「チ、ィッ」
「手が足りない! 誰か!」
黒鎧に対応していた中で強制に抗い騎馬で追走できたのはボルディアだけ。すぐに馬首を巡らせアルルベルの元へと急ぐ。《強制》の術に目が奪われていたフワはアルルベルが狙撃されたため応急処置に掛り切りだった。救助の手を求めてフワの視線が巡り――ふと。フィリアに抱きつかれているウォルターの様子が目に止まる。視線の先には、カティーナを連れて疾走するヴィサン。
「……」
その背を、ウォルターはずっと追っていたのだった。
●
かくして、クラベルと亜人達との遭遇戦は幕を下ろした。ハンター達に被害は出たものの、騎士団に死者は無く、百五十からなる亜人は掃討され、クラベル配下の歪虚一体を重体に追い込んだ。十分な成果と言っていいだろう。
王国北部を中心に波及する亜人騒動は、続く。その闇で蠢くものが王国に齎す物は、果たして聖なるか、呪われしものか。
それはまた、いずれ語られぬ歴史として、この世界に刻まれる事となるのだろう。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 17人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
相談卓 リカルド=フェアバーン(ka0356) 人間(リアルブルー)|32才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/05/20 21:08:49 |
||
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/18 02:20:25 |