ゲスト
(ka0000)
p806 『死神』
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/22 12:00
- 完成日
- 2015/05/30 09:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
『死神』
俺は仲間内じゃ「死神」ってぇ呼ばれている。
そうは言っても、軍人やってるわけでも、処刑人やってるわけでもねぇ、一介の漁師だ。
事の発端は半年前の海難事故……秘密の漁場で仕事をしていた俺達は、遠洋で不思議なものを見たんだ。
あまりに場違いなその風景に、それでも必死に助けようとした俺達だったが……気づくと残っていたのは俺と船だけだった。
仲間たちは皆、波に攫われて居なくなっちまった。
そして、海に居たアイツも……
「なんだよ死神、まだあの時の事を引きずってるのかよ」
酒場でグラスを傾ける俺に、若い漁師連中が声を掛けて来る。
「死神じゃねぇ。俺にはダニーって名前があんだよ」
あの事故以来まともに漁にでちゃいない俺は、いつしか漁師のはみ出しモンだ。
一回り以上も歳の離れたヤツらにも馬鹿にされていた。
「でも自分一人残して全員死んじまったんだろ? アンタがどう思おうと、そうも呼ばれるさ」
ゲラゲラと下品に笑う若い衆を前に、俺は渋い顔をしてアルコールを煽る。
笑いモンにされるのはもう慣れた。
死神なんて大層な名前で呼ばれようと、それで避けられるよりはマシってもんだ。
居場所が無いよりはな。
「まあ、そんな話はどうだって良いんだ。今日は死神サマに一つお願いがあってよ」
そう、若い衆の一人が話を切り出す。
「なんだ……酒の肴程度には聞いてやるよ」
「そうかい、ならついでに願いも聞いてくれると嬉しいんだがな」
そう、ニヤニヤと笑みを浮かべる若い衆。
なんだ、まったく、気持ちが悪い。
「――死神サマのよ、『秘密の漁場』ってやつを教えて貰いてぇんだ」
そういう事か。
親しくもねぇ、若い奴らが話しかけて来たもんだから、どんなキナ臭ぇ話かと思っていたが。
「……外へ行くぞ」
俺はちらりと隣の席に座る客に目を配りながら、小声でそう呟いた。
聞かれていないのか、興味が無いのか、のんきに本なんて読んでやがるが……それでも、人前でその話をするのはマズイ。
店の外へと、若い衆を釣れ出し、人気のない路地へと引き寄せた。
「悪い事は言わねぇ……死神のお告げだ、あそこは止めておけ」
本題に入るなり、俺はできるだけ真に迫るよう、そう言った。
しかし、回っていたアルコールのせいか、どこか酔っ払いの与太話のように聞こえているようで、連中はそのヘラヘラ顔を止める様子は無い。
「……口で言って説明できる場所じゃねぇ」
「なら、連れていってくれたっていいんだぜ?」
「死神の俺を船に乗せてか……?」
「なぁに、俺達が死ななきゃ良いだけだ。いざとなったらアンタを真っ先に船から突き落とす」
言ってくれるじゃねぇか……だが、そういうのは嫌いじゃない。
それに、俺だっていい加減、いつまでも半年前のことを引きずっているわけにもいかねぇ。
「……分かった。明日の朝一番に出るぞ」
それが俺の、半年ぶりの航海となった。
秘密の漁場は港から船で数日進んだ先にある。
詳しい事は知らねぇが、どうやら複数の潮か何かがぶつかり合うような場所で、豊富な微生物と共にそれを狙った魚が大量に集まってくるらしい。
遠洋故に、周囲に島なんかの目印らしい目印も無い。
俺と、死んでしまった仲間達の経験と勘だけで辿り付ける、文字通りの秘密の場所。
――とは言っても、俺達も人づてで聞いた話ではあったのだが。
それでも、探して、覚えるのには長年の月日を労した。
そんな魔の海域に、俺は再び挑もうとしていた。
二度と、同じことは起こるまい……と。
しかし、そんな甘い考えが通るようでは、俺は死神なんて呼ばれちゃいねぇ。
今回も、同じように、見ちまったんだ。
「お、おい……アレ、見ろよ!」
若い衆の誰かが、海面を指さしそう叫んだ。
指の先には、水面でなにやら水しぶきを上げて暴れる何者かの姿。
否――
「ウソだろ……あれ、人じゃねぇか!?」
そう、半年前と同じ。
人だ――人が、溺れている。
白い衣に身を纏った人間が、こちらに手を伸ばすようにしながら、大きく水しぶきを上げて水面でもがいているの。
「んなバカなことあるかよ、ここは水平線に陸地も見えねぇ、海のど真ん中だぜ!?」
狼狽える若い衆。
当然だ。半年前の俺達だってそうだった。
額に、嫌な汗が伝うのを感じる。
「考えてる場合かよ、助けねぇと!」
若い衆が声を掛け、船が面舵を切って溺れる人影へと近づく。
ダメだ、あれに近づいちゃいけねぇ。
分かってはいるのに声が出ない。
近づいてはいけない……だけど、アイツの正体を知りたい。
俺と、仲間達を不幸に見舞ったあの人物が何者なのか、それを、俺は知りたかった。
だから俺はただ何も言わず、若い衆の救助作業を見守るだけだ。
船の縁から、そのモノの存在を確かめようと、水面の様子を伺いながら。
船を寄せ、若い衆の何人かが海へ飛び込む。
人――白い服を着た女は、相変わらずもがき苦しむだけ。
水面を叩く音だけが、会場に響く。
「おい、アンタ大丈夫か!?」
若い衆の一人が、女の手を掴んだ。
そこまでは半年前と同じ……そして、その後も。
不意に、足元がぐらりと揺れ、同時に下から押し上げられるような浮遊感が体を襲う。
それが、波が船を押し上げているのだという事に気づくのに、そう時間は必要なかった。
空は晴天、雲一つない青空。
しかし、その大きな揺れと共に、船は大きな高波の上に晒されていた。
「うおわぁぁぁあああ!!??」
波の上で、ぐらりと揺れる船体。
同時に、船の上の若い衆が、海面に引きずり込まれるかのように海の中へと落ちてゆく。
海面には、先に飛び込んだ若い衆達が、助けるつもりの女もろとも大きな渦にのみ込まれようとしている。
俺はただ、船の縁にしがみついて、そのデカい背中を震わせることしかできなかった。
半年経っても同じ……この海域には、在ってはならない何かが居るのだ。
俺なんかよりも、あの溺れる女の方がよっぽど死神らしいじゃないか。
もっとも、前回の時だって、その話を信じてくれたヤツはただの一人だって居やしなかった。
ただ一つ、半年前と違う事があったとすれば、大きな黒い岩礁が浪間の間に見えた……たったそれだけの事だった。
数日後、俺は港へと戻っていた。
たった一人で、船だけを携えて。
「畜生……なんだってんだよ。俺だけ生かして、どうしたいってんだよ」
もはや心身ともに疲れ果てた。
漁なんて二度とやるか……だが、それ以上に、胸の内に燻った怒りだけはどうしようもなく、押さえられそうにも無い。
「あの女……絶対に正体を暴いてやる。文字通り、死神がお前の首を獲ってやるよ……!」
俺は、家に帰るとありったけの金を持ち出して、ポルトワールのハンターオフィスを目指した。
あの女に復讐するための、協力を求めるために。
俺は仲間内じゃ「死神」ってぇ呼ばれている。
そうは言っても、軍人やってるわけでも、処刑人やってるわけでもねぇ、一介の漁師だ。
事の発端は半年前の海難事故……秘密の漁場で仕事をしていた俺達は、遠洋で不思議なものを見たんだ。
あまりに場違いなその風景に、それでも必死に助けようとした俺達だったが……気づくと残っていたのは俺と船だけだった。
仲間たちは皆、波に攫われて居なくなっちまった。
そして、海に居たアイツも……
「なんだよ死神、まだあの時の事を引きずってるのかよ」
酒場でグラスを傾ける俺に、若い漁師連中が声を掛けて来る。
「死神じゃねぇ。俺にはダニーって名前があんだよ」
あの事故以来まともに漁にでちゃいない俺は、いつしか漁師のはみ出しモンだ。
一回り以上も歳の離れたヤツらにも馬鹿にされていた。
「でも自分一人残して全員死んじまったんだろ? アンタがどう思おうと、そうも呼ばれるさ」
ゲラゲラと下品に笑う若い衆を前に、俺は渋い顔をしてアルコールを煽る。
笑いモンにされるのはもう慣れた。
死神なんて大層な名前で呼ばれようと、それで避けられるよりはマシってもんだ。
居場所が無いよりはな。
「まあ、そんな話はどうだって良いんだ。今日は死神サマに一つお願いがあってよ」
そう、若い衆の一人が話を切り出す。
「なんだ……酒の肴程度には聞いてやるよ」
「そうかい、ならついでに願いも聞いてくれると嬉しいんだがな」
そう、ニヤニヤと笑みを浮かべる若い衆。
なんだ、まったく、気持ちが悪い。
「――死神サマのよ、『秘密の漁場』ってやつを教えて貰いてぇんだ」
そういう事か。
親しくもねぇ、若い奴らが話しかけて来たもんだから、どんなキナ臭ぇ話かと思っていたが。
「……外へ行くぞ」
俺はちらりと隣の席に座る客に目を配りながら、小声でそう呟いた。
聞かれていないのか、興味が無いのか、のんきに本なんて読んでやがるが……それでも、人前でその話をするのはマズイ。
店の外へと、若い衆を釣れ出し、人気のない路地へと引き寄せた。
「悪い事は言わねぇ……死神のお告げだ、あそこは止めておけ」
本題に入るなり、俺はできるだけ真に迫るよう、そう言った。
しかし、回っていたアルコールのせいか、どこか酔っ払いの与太話のように聞こえているようで、連中はそのヘラヘラ顔を止める様子は無い。
「……口で言って説明できる場所じゃねぇ」
「なら、連れていってくれたっていいんだぜ?」
「死神の俺を船に乗せてか……?」
「なぁに、俺達が死ななきゃ良いだけだ。いざとなったらアンタを真っ先に船から突き落とす」
言ってくれるじゃねぇか……だが、そういうのは嫌いじゃない。
それに、俺だっていい加減、いつまでも半年前のことを引きずっているわけにもいかねぇ。
「……分かった。明日の朝一番に出るぞ」
それが俺の、半年ぶりの航海となった。
秘密の漁場は港から船で数日進んだ先にある。
詳しい事は知らねぇが、どうやら複数の潮か何かがぶつかり合うような場所で、豊富な微生物と共にそれを狙った魚が大量に集まってくるらしい。
遠洋故に、周囲に島なんかの目印らしい目印も無い。
俺と、死んでしまった仲間達の経験と勘だけで辿り付ける、文字通りの秘密の場所。
――とは言っても、俺達も人づてで聞いた話ではあったのだが。
それでも、探して、覚えるのには長年の月日を労した。
そんな魔の海域に、俺は再び挑もうとしていた。
二度と、同じことは起こるまい……と。
しかし、そんな甘い考えが通るようでは、俺は死神なんて呼ばれちゃいねぇ。
今回も、同じように、見ちまったんだ。
「お、おい……アレ、見ろよ!」
若い衆の誰かが、海面を指さしそう叫んだ。
指の先には、水面でなにやら水しぶきを上げて暴れる何者かの姿。
否――
「ウソだろ……あれ、人じゃねぇか!?」
そう、半年前と同じ。
人だ――人が、溺れている。
白い衣に身を纏った人間が、こちらに手を伸ばすようにしながら、大きく水しぶきを上げて水面でもがいているの。
「んなバカなことあるかよ、ここは水平線に陸地も見えねぇ、海のど真ん中だぜ!?」
狼狽える若い衆。
当然だ。半年前の俺達だってそうだった。
額に、嫌な汗が伝うのを感じる。
「考えてる場合かよ、助けねぇと!」
若い衆が声を掛け、船が面舵を切って溺れる人影へと近づく。
ダメだ、あれに近づいちゃいけねぇ。
分かってはいるのに声が出ない。
近づいてはいけない……だけど、アイツの正体を知りたい。
俺と、仲間達を不幸に見舞ったあの人物が何者なのか、それを、俺は知りたかった。
だから俺はただ何も言わず、若い衆の救助作業を見守るだけだ。
船の縁から、そのモノの存在を確かめようと、水面の様子を伺いながら。
船を寄せ、若い衆の何人かが海へ飛び込む。
人――白い服を着た女は、相変わらずもがき苦しむだけ。
水面を叩く音だけが、会場に響く。
「おい、アンタ大丈夫か!?」
若い衆の一人が、女の手を掴んだ。
そこまでは半年前と同じ……そして、その後も。
不意に、足元がぐらりと揺れ、同時に下から押し上げられるような浮遊感が体を襲う。
それが、波が船を押し上げているのだという事に気づくのに、そう時間は必要なかった。
空は晴天、雲一つない青空。
しかし、その大きな揺れと共に、船は大きな高波の上に晒されていた。
「うおわぁぁぁあああ!!??」
波の上で、ぐらりと揺れる船体。
同時に、船の上の若い衆が、海面に引きずり込まれるかのように海の中へと落ちてゆく。
海面には、先に飛び込んだ若い衆達が、助けるつもりの女もろとも大きな渦にのみ込まれようとしている。
俺はただ、船の縁にしがみついて、そのデカい背中を震わせることしかできなかった。
半年経っても同じ……この海域には、在ってはならない何かが居るのだ。
俺なんかよりも、あの溺れる女の方がよっぽど死神らしいじゃないか。
もっとも、前回の時だって、その話を信じてくれたヤツはただの一人だって居やしなかった。
ただ一つ、半年前と違う事があったとすれば、大きな黒い岩礁が浪間の間に見えた……たったそれだけの事だった。
数日後、俺は港へと戻っていた。
たった一人で、船だけを携えて。
「畜生……なんだってんだよ。俺だけ生かして、どうしたいってんだよ」
もはや心身ともに疲れ果てた。
漁なんて二度とやるか……だが、それ以上に、胸の内に燻った怒りだけはどうしようもなく、押さえられそうにも無い。
「あの女……絶対に正体を暴いてやる。文字通り、死神がお前の首を獲ってやるよ……!」
俺は、家に帰るとありったけの金を持ち出して、ポルトワールのハンターオフィスを目指した。
あの女に復讐するための、協力を求めるために。
リプレイ本文
●航海
青い春の海に、一隻の漁船の影が揺れる。
晴天を仰ぎ、飛び交うカモメ達。
広がった真っ白な船の帆が、潮風を受けて大きく膨れ上がる。
「こうして波間に揺られると、昨夏の戦いを思い出すな」
「“狂気”――すべてはあの時から、始まったのですよね」
船の外壁に背中を凭れ、肩ごしに紺碧の世界を眺めるエアルドフリス(ka1856)。
彼の呟きに答えるように、メリル・E・ベッドフォード(ka2399)は、まだ一年と経ちはしない、かの一件の事を思い出していた。
紅と蒼が、その持てる技術を駆使し文字通り一丸となって臨んだ、始まりの戦いを。
「私、漁というものに出るのは初めてなのですよ」
甲板でしきりに太陽の位置を確認するダニーへ、麗奈 三春(ka4744)は旅路の興にと声を掛ける。
「ただの漁だったらな、旨い魚の1匹でも食わせてやれるんだが……」
ダニーは視線こそせわしなく空と海面とを行き来していたものの、比較的気さくにそう答えていた。
「黒い岩礁が見えたと聞いていたがね……他に何か、事件の相違点は無かっただろうか?」
「そうは言ってもな……そもそも一度目は、何がなんだかすら分からなかった状況だ」
久延毘 大二郎(ka1771)の問いに、どこか苦虫を噛み潰したような様子で答えるダニー。
そんな彼に、クラリッサ=W・ソルシエール(ka0659)がすかさず言葉を続けた。
「時に、その漁場とやらはどんな場所なのじゃ?」
「潮がいくつもぶつかってるとかで、いろんな魚が獲れるって、そう言う話だ」
「そう言う話……誰かに聞いたのじゃろうか?」
「学者だとか名乗った、分厚い本を持った胡散くせぇ野郎だったよ。もう何十年も前の話だ」
それから仲間達と無い知恵を絞って、漁場を探し当てたのだと、彼はそう言った。
「やっぱり、どうしてダニーさんだけ生き残れたのか……不思議なの」
この2回の事件の話を整理していたリリア・ノヴィドール(ka3056)は、どうしても腑に落ちない様子で、そう口にしていた。
「それは、俺も気になる所だ」
そんな彼女に、エアルドフリスが頷き返す。
「すまないが、出航前に少しあんたの事調べさせて貰った。しかしだね……まったくと言って良いほど何も無い、いたって普通の漁師なのだよ。だからこそ、余計に気になってしまってね」
詰め寄る2人に、ダニーは多少顔色を悪くした様子で背を向ける。
そうして、吐き捨てるように口を開いた。
「――んなこたぁ、俺だって知りたいよ」
肩越しに覗く彼の横顔は、怒りと絶望が渦巻く焦燥感に駆られた様子で、暗く、暗く、沈み込んでいた。
「気分転換にもう一個だけ質問っ!」
やや険悪な空気となった空気をかき消すように、3人の間に超級まりお(ka0824)が割って入る。
「『奇怪なる世界の人々』って本知らない?」
「知らねぇな……本なんて読まねぇからよ」
「う~ん、そっか」
眉を寄せて、残念そうに答えるまりお。
先日、病床の少女に聞いたその名であったが……そもそも関係は無かったのだろうか?
そう物思いに耽った時、張りつめた空気を貫く一声が船内に響き渡った。
「皆さん、左舷に注意してください――“死神”が、現れました!」
そう甲板の先から声を張る希崎 十夜(ka3752)の声に弾かれたようにして、ハンター達は一斉に船の左舷へと駆ける。
その瞳の先に一斉に目したのは、白い衣を身に纏う髪の長い女の姿であった。
●死神
「マンマ・ミーア! 本当に溺れてる!?」
まりおの叫びは、まさしく皆の心境を的確に表現したと言って良いだろう。
この大海原のど真ん中で、白い服の女が、水面にバシャバシャと波音を立てながら溺れているのだ。
船上でその異質な姿を眺めるハンター達は、心の奥に残した最後の良心をぐっと押さえ込んでいた。
「こうして並べるとかなりの量ですね」
水面にボートを落としながら、十夜は感心するように頷く。
ボートを持ってくるので手いっぱいだったのだろう、着の身着のままの姿に多少不安は覚えたが、調査の足場のためには致し方が無かった。
海面に浮かぶ5つのゴムボート。
メリルを漁船の護衛に残し、ハンター達はそのうちの2つに分乗。
残る3つは海面の足場として周囲に漂わせ、彼らは海面の女を目指して海原へ漕ぎ出すのであった。
「どう思うかね?」
オールを漕ぎながら、久延毘は同乗する十夜へと素直な感想を尋ねていた。
「正直、分かりません」
「ふむ……」
「それでも、この一連の事故が歪虚の仕業だと言うのであれば……少なくとも、今回で終わらせましょう。皆の手で」
ぐっと、拳を握りしめる十夜に、久延毘は小さく頷き返す。
そうして、女の傍にボートを付けると、詰み込んだロープを彼女の方へと放り投げて見せた。
「今助けます、これに捕まってください!」
声を掛ける十夜。
しかし、女はロープにも声にも見向きもせず、バシャバシャと変わらずその身で水面を叩くだけ。
その異質な光景に、薄ら寒い空気が、周囲を漂った。
「さて……キナ臭くなって来たじゃないか」
言葉とは裏腹に、思わず笑みが零れてしまいそうになるのを大二郎は抑え込んでいた。
ハンター達がボートを漕ぎ出した一方で、まりおと三春はその身一つで海面を泳ぎながら、女の元を目指していた。
ダニーの言う黒い岩礁の小隊、それが気になっていたのだ。
「潜ってみない事には、何とも言えませんね」
「そーだね。じゃあ、行こっか」
大きく息を吸い込んで海中へと身を投じる2人。
遠洋の水中はまるで光を呑み込むかのように暗く、深く沈んでゆく。
そんな海の中に、岩礁は確かにあった。
どこかから続いているようにも見えない海のど真ん中に、ぷっかりと浮かぶ黒い岩。
水中のほの暗さと相まって、その外見はよくは分からない。
それでも、海面に伸びる一種の竿のようなものを目にした時、興味程度に持った推測は確信へと変わる。
次の瞬間、まりおは一寸の迷いも無くその大剣を固い岩礁の表面へと突き立てた。
岩礁が大きくうねりを上げて動いたのは、その直後の事である。
「掴まるのじゃ、投げ出されるぞ!」
不意にぐらりとボートが揺れ、クラリッサはその縁を掴み、落下を逃れた。
大きく波打つ船上で彼女達が見たのは、水面の女を中心に巻き起こる、巨大な渦潮。
そして漁船の上で、ダニーもまたその渦潮を眺めていた。
3度目の遭遇。ダニーは心に決めていた。
次はこの手で、ヤツの息の根を止めると。
彼は傍らに置いた銛を抱えると、海面に向かってその身を投げ出す――が、その直前で、後ろ髪を引かれるように身体が船内に引っ張られていた。
「な、何だ!?」
見れば、何時の間にやら自分の体にロープが巻きつけられていたのだ。
「海が荒れると聞いていたもので……命綱です」
そんな彼にニッコリを微笑み掛けるメリル。
「てめぇ、余計な真似を……!」
そう言い返すダニーの眼は真っ赤に血走っており、その瞳にはもはや海面の女しか映ってはいない。
そんな彼の背中を、メリルはぽんと、押すように叩いて見せた。
「海の男ならば、魚も女も釣り上げてナンボ……そうではございませんか?」
その言葉に、不意に虚を突かれたかのように呆然とするダニー。
「……漁師の意地、見せては頂けませんか。死したお仲間の為にも」
揺れる波間に見える巨大な岩礁。
ハンター達は渦に飲まれまいと、必死にボートにしがみつく。
「……面白れぇじゃねぇか。一世一代の大物釣りだ」
そう口にして、投擲機へと駆け行くダニー。
次の瞬間に、放たれた網が渦の中心を捉えていた。
「何……!?」
唐突の事態に、ボート上から船の方へと振り返るリリア。
船上では、ただ漁師然とした瞳で、眼前の獲物に狙いを澄ますダニーの姿があった。
それを一目、彼が何をしようとしているのか、ハンター達は瞬時に理解を得る。
「そう言うことならば、手を貸します!」
十夜はギリリと奥歯を噛み締めると、眼前を揺れる網に手を掛け、渾身の力を振り絞る。
彼だけではない。ボート上のハンター達が、一丸となって網を手に取っていた。
幾人もの力を込めたその引き網は、大きな水柱と共に海中の巨大が岩礁を海面へと引きずり上げたのである。
「く、口! 大きい口!」
呼吸のため、海面に顔を出したまりおが声を荒げた。
海水を滴らせるその姿、第一に目が付いたのはその巨大な口であった。
岩の間に一文字に、おおよそ似付かない人間の「口」が大きな虚空を開けていたのだ。
口の真上から伸びる、細い竿――その先に、ぷらんと垂れ下がる女の姿。
長い髪の間からようやく伺えたその表情は、おおよそ人間とは思えない、歪んだ姿をしていた。
「ははっ……こんな感覚、忘れかけてたよ。こりゃあ間違いない。歪虚だ」
不意に背中を伝った冷たい汗を感じながら、エアルドフリスは不敵な笑みで怪物を見やる。
同時に、ハンター達のボートの傍から巨大な水柱が数本天へと突き上がるように吹き上がった。
「今度は何だ……!?」
揺れるボートに再び身構える久延毘。
話に聞いた高波か。そう思考を巡らせた所で、リリアの声が耳を突き抜ける。
「違う――それは波じゃないの!」
「何……っ!?」
不意に、波の間から突き出された細長い何かが彼の身に迫った。
咄嗟に船上に体を投げ出し、それを避ける大二郎。
「何だコイツは……ッ!」
平常心を装いながらも、どこか高揚した様子の十夜の刃が謎の触腕を薙ぐ。
叩き斬られた触腕は、痛みに怯んだような動きを見せた後に切っ先を反転、十夜の脚を絡め取った。
「くっ……!?」
巻きついた触腕に、彼の体が宙を舞う。
「十夜を離すのじゃ……ッ!」
触腕を撃ち抜くように放たれたクラリッサの石礫。
しかし、狙ったハズのその魔術は、するりと触腕を霞めるようにして外れてしまう。
「何じゃ……妾が……私が怯えている?」
ワンドを持つ手が震えている事に気づき、思わず抱き込むように胸元へと寄せる。
そんな彼女達のボートの真下から突き上がる新たな水柱。
足元が大きくぐらついた。
「くっ……!」
宙を舞い、ひっくり返るボート。
ハンター達の身もまた宙に投げ出され、そのまま水面に叩き付けられる――そう思った直後、彼らはひらりと海面に、その足で「着地」していたのだ。
事前にクラリッサらによって掛けられていた水上歩行の魔術の力である。
「全員無事か?」
自らの足場の安定を確認し、周囲に安否を尋ねるエアルドフリス。
「嫌いじゃない……やってやるわよ」
返事こそ無いものの、大きく息を吐いて自らに言い聞かせるかのように口ずさむクラリッサ。
その一方で……リリアの返事が無い。
エアルドフリスは、弾かれたように頭上を見上げていた。
「話しなさい……よ!」
その眼前に、触腕に首を巻き取られたリリアの姿。
十夜と共に、その身体がじわりじわりと巨大な口元へ運ばれて行く。
「やだ……そんなの……」
迫る牙を前に、目じりにうっすらと伝う雫。
そして、死神の顎が閉じる瞬間を最後に、彼女の意識はプッツリと途絶えていた。
「十夜、リリア!」
その様子をまざまざと目にした大二郎。
2人を助けなければ……しかしその腕が、震えて動かない。
「くそっ……この言い知れない恐怖感は何だ」
「二人は私が助けますので援護を!」
そう叫んだ三春が、一息に水中へ潜り込み、死神へと迫る。
岩礁の左右から伸びる触腕をなんとかいなしながら接近。
吐き出されたのか、赤い絵の具を海中にばら撒きながら揺れる二人の姿を捉え、それを抱え込んだ。
(私が抑えるから、引いて!)
ジェスチャーでそう伝えるまりおが、死神の巨体へと立ちはだかる。
その間、二人を抱え浮上した三春は、近くのボートへ二人を抱え上げるのであった。
「この程度の恐怖、我々は既に振り払ったはずだ! 気を確かに持て!」
自らの振るえを抑え込みながら、エアルドフリスは味方に激を飛ばす。
この狂怖に打ち勝たなければ、いずれは――
「その通りだ……やるしか、いや、やらねばならぬのだ」
「私だって……いや、妾とてこのような所で命尽きるつもりは無い」
決死の想いで振り上げた3人の杖先に、己のマテリアルを解き放った。
飛散する数多の岩の礫が、死神の巨体を雨霰のように乱れ撃つ。
その巨体が、大きく揺れ動いた――が、同時に放たれた触腕が、再び戦場に張り巡らされた。
縦横無尽に迫る死神の腕は、エアルドフリスとまりおの体を瞬く間に捉える。
一気に死神の口元へと引き寄せられてゆくまりおの脚を、巨大な顎がくわえ込む。
身を貫く激痛に、一瞬気が遠のいた。
しかし直後に、まりおを捕える触腕を叩き斬った三春が、その身体を狂牙の間から引きずり出していた。
(大丈夫ですか!?)
(大丈夫……ギリ、骨まではやってないみたい)
足場を必要としない水中であるならば、まだ戦えない状態ではない。
一方で、胴を掴まれたエアルドフリスにもまた、死神の牙が迫る。
大きく開いた虚空を前に、彼は身構えるでもなく、代わりに自らの持つ杖の先を、怪物の眼前へと突きつけていた。
「わざわざ引き寄せるのならば……その身でとくと味わえ!」
大きく開かれたその口に、自ら腕を突き入れ、放った一撃。
口内で光るマテリアルの輝きが、風の刃となって、その体内を駆け抜けた。
水中からその様子を見取った三春とまりおは怯む死神の下腹部から抱える刃を突き立てる。
身を貫く一撃に、大きく身を揺らし、海面をのた打つ死神。
その姿を前にして、まりおは再度、大剣に力を込めていた。
(これで……終わり!)
そのままの状態から立て続けに振り抜かれた剣が、固い岩礁の肌を切り裂いて、その身体を両断する。
直後、静かにその身体を霧散させながら漆黒の海底へと沈んで行く死神の姿を、ハンター達は確かに看取っていた。
「馬鹿な……そんなことが」
取り残されたボートの上で、大二郎は己の思考を否定するかのように呟いていた。
彼だけでは無く、そうあって欲しくないと願った者ほど、確かに気づいてしまっていたのだ。
自らが過去に経験した、あのおぞましき異界の歪虚達の事。
そう、こいつは“狂気”だ――と。
●禁書
「――よう。書き終わったのかい、作家さんよ」
港町の酒場――カウンターの先で、店の主人が席を立った男に向かって陽気に声を掛けていた。
「ええ、おかげ様で」
男はほほ笑みを返しながら、頭に巻いた白い布きれの位置を整え、店を後にする。
寄せる波の音と、カモメの鳴き声がこだまするのどかな港町。
潮風を受け、海岸沿いに歩みを進めながら、男は遥か遠方の水平線を眺めて小さく呟いた。
それはまるで、海の向こうの誰かに宛てるかのように。
――今宵もまた、素晴らしい物語をどうもありがとう。
青い春の海に、一隻の漁船の影が揺れる。
晴天を仰ぎ、飛び交うカモメ達。
広がった真っ白な船の帆が、潮風を受けて大きく膨れ上がる。
「こうして波間に揺られると、昨夏の戦いを思い出すな」
「“狂気”――すべてはあの時から、始まったのですよね」
船の外壁に背中を凭れ、肩ごしに紺碧の世界を眺めるエアルドフリス(ka1856)。
彼の呟きに答えるように、メリル・E・ベッドフォード(ka2399)は、まだ一年と経ちはしない、かの一件の事を思い出していた。
紅と蒼が、その持てる技術を駆使し文字通り一丸となって臨んだ、始まりの戦いを。
「私、漁というものに出るのは初めてなのですよ」
甲板でしきりに太陽の位置を確認するダニーへ、麗奈 三春(ka4744)は旅路の興にと声を掛ける。
「ただの漁だったらな、旨い魚の1匹でも食わせてやれるんだが……」
ダニーは視線こそせわしなく空と海面とを行き来していたものの、比較的気さくにそう答えていた。
「黒い岩礁が見えたと聞いていたがね……他に何か、事件の相違点は無かっただろうか?」
「そうは言ってもな……そもそも一度目は、何がなんだかすら分からなかった状況だ」
久延毘 大二郎(ka1771)の問いに、どこか苦虫を噛み潰したような様子で答えるダニー。
そんな彼に、クラリッサ=W・ソルシエール(ka0659)がすかさず言葉を続けた。
「時に、その漁場とやらはどんな場所なのじゃ?」
「潮がいくつもぶつかってるとかで、いろんな魚が獲れるって、そう言う話だ」
「そう言う話……誰かに聞いたのじゃろうか?」
「学者だとか名乗った、分厚い本を持った胡散くせぇ野郎だったよ。もう何十年も前の話だ」
それから仲間達と無い知恵を絞って、漁場を探し当てたのだと、彼はそう言った。
「やっぱり、どうしてダニーさんだけ生き残れたのか……不思議なの」
この2回の事件の話を整理していたリリア・ノヴィドール(ka3056)は、どうしても腑に落ちない様子で、そう口にしていた。
「それは、俺も気になる所だ」
そんな彼女に、エアルドフリスが頷き返す。
「すまないが、出航前に少しあんたの事調べさせて貰った。しかしだね……まったくと言って良いほど何も無い、いたって普通の漁師なのだよ。だからこそ、余計に気になってしまってね」
詰め寄る2人に、ダニーは多少顔色を悪くした様子で背を向ける。
そうして、吐き捨てるように口を開いた。
「――んなこたぁ、俺だって知りたいよ」
肩越しに覗く彼の横顔は、怒りと絶望が渦巻く焦燥感に駆られた様子で、暗く、暗く、沈み込んでいた。
「気分転換にもう一個だけ質問っ!」
やや険悪な空気となった空気をかき消すように、3人の間に超級まりお(ka0824)が割って入る。
「『奇怪なる世界の人々』って本知らない?」
「知らねぇな……本なんて読まねぇからよ」
「う~ん、そっか」
眉を寄せて、残念そうに答えるまりお。
先日、病床の少女に聞いたその名であったが……そもそも関係は無かったのだろうか?
そう物思いに耽った時、張りつめた空気を貫く一声が船内に響き渡った。
「皆さん、左舷に注意してください――“死神”が、現れました!」
そう甲板の先から声を張る希崎 十夜(ka3752)の声に弾かれたようにして、ハンター達は一斉に船の左舷へと駆ける。
その瞳の先に一斉に目したのは、白い衣を身に纏う髪の長い女の姿であった。
●死神
「マンマ・ミーア! 本当に溺れてる!?」
まりおの叫びは、まさしく皆の心境を的確に表現したと言って良いだろう。
この大海原のど真ん中で、白い服の女が、水面にバシャバシャと波音を立てながら溺れているのだ。
船上でその異質な姿を眺めるハンター達は、心の奥に残した最後の良心をぐっと押さえ込んでいた。
「こうして並べるとかなりの量ですね」
水面にボートを落としながら、十夜は感心するように頷く。
ボートを持ってくるので手いっぱいだったのだろう、着の身着のままの姿に多少不安は覚えたが、調査の足場のためには致し方が無かった。
海面に浮かぶ5つのゴムボート。
メリルを漁船の護衛に残し、ハンター達はそのうちの2つに分乗。
残る3つは海面の足場として周囲に漂わせ、彼らは海面の女を目指して海原へ漕ぎ出すのであった。
「どう思うかね?」
オールを漕ぎながら、久延毘は同乗する十夜へと素直な感想を尋ねていた。
「正直、分かりません」
「ふむ……」
「それでも、この一連の事故が歪虚の仕業だと言うのであれば……少なくとも、今回で終わらせましょう。皆の手で」
ぐっと、拳を握りしめる十夜に、久延毘は小さく頷き返す。
そうして、女の傍にボートを付けると、詰み込んだロープを彼女の方へと放り投げて見せた。
「今助けます、これに捕まってください!」
声を掛ける十夜。
しかし、女はロープにも声にも見向きもせず、バシャバシャと変わらずその身で水面を叩くだけ。
その異質な光景に、薄ら寒い空気が、周囲を漂った。
「さて……キナ臭くなって来たじゃないか」
言葉とは裏腹に、思わず笑みが零れてしまいそうになるのを大二郎は抑え込んでいた。
ハンター達がボートを漕ぎ出した一方で、まりおと三春はその身一つで海面を泳ぎながら、女の元を目指していた。
ダニーの言う黒い岩礁の小隊、それが気になっていたのだ。
「潜ってみない事には、何とも言えませんね」
「そーだね。じゃあ、行こっか」
大きく息を吸い込んで海中へと身を投じる2人。
遠洋の水中はまるで光を呑み込むかのように暗く、深く沈んでゆく。
そんな海の中に、岩礁は確かにあった。
どこかから続いているようにも見えない海のど真ん中に、ぷっかりと浮かぶ黒い岩。
水中のほの暗さと相まって、その外見はよくは分からない。
それでも、海面に伸びる一種の竿のようなものを目にした時、興味程度に持った推測は確信へと変わる。
次の瞬間、まりおは一寸の迷いも無くその大剣を固い岩礁の表面へと突き立てた。
岩礁が大きくうねりを上げて動いたのは、その直後の事である。
「掴まるのじゃ、投げ出されるぞ!」
不意にぐらりとボートが揺れ、クラリッサはその縁を掴み、落下を逃れた。
大きく波打つ船上で彼女達が見たのは、水面の女を中心に巻き起こる、巨大な渦潮。
そして漁船の上で、ダニーもまたその渦潮を眺めていた。
3度目の遭遇。ダニーは心に決めていた。
次はこの手で、ヤツの息の根を止めると。
彼は傍らに置いた銛を抱えると、海面に向かってその身を投げ出す――が、その直前で、後ろ髪を引かれるように身体が船内に引っ張られていた。
「な、何だ!?」
見れば、何時の間にやら自分の体にロープが巻きつけられていたのだ。
「海が荒れると聞いていたもので……命綱です」
そんな彼にニッコリを微笑み掛けるメリル。
「てめぇ、余計な真似を……!」
そう言い返すダニーの眼は真っ赤に血走っており、その瞳にはもはや海面の女しか映ってはいない。
そんな彼の背中を、メリルはぽんと、押すように叩いて見せた。
「海の男ならば、魚も女も釣り上げてナンボ……そうではございませんか?」
その言葉に、不意に虚を突かれたかのように呆然とするダニー。
「……漁師の意地、見せては頂けませんか。死したお仲間の為にも」
揺れる波間に見える巨大な岩礁。
ハンター達は渦に飲まれまいと、必死にボートにしがみつく。
「……面白れぇじゃねぇか。一世一代の大物釣りだ」
そう口にして、投擲機へと駆け行くダニー。
次の瞬間に、放たれた網が渦の中心を捉えていた。
「何……!?」
唐突の事態に、ボート上から船の方へと振り返るリリア。
船上では、ただ漁師然とした瞳で、眼前の獲物に狙いを澄ますダニーの姿があった。
それを一目、彼が何をしようとしているのか、ハンター達は瞬時に理解を得る。
「そう言うことならば、手を貸します!」
十夜はギリリと奥歯を噛み締めると、眼前を揺れる網に手を掛け、渾身の力を振り絞る。
彼だけではない。ボート上のハンター達が、一丸となって網を手に取っていた。
幾人もの力を込めたその引き網は、大きな水柱と共に海中の巨大が岩礁を海面へと引きずり上げたのである。
「く、口! 大きい口!」
呼吸のため、海面に顔を出したまりおが声を荒げた。
海水を滴らせるその姿、第一に目が付いたのはその巨大な口であった。
岩の間に一文字に、おおよそ似付かない人間の「口」が大きな虚空を開けていたのだ。
口の真上から伸びる、細い竿――その先に、ぷらんと垂れ下がる女の姿。
長い髪の間からようやく伺えたその表情は、おおよそ人間とは思えない、歪んだ姿をしていた。
「ははっ……こんな感覚、忘れかけてたよ。こりゃあ間違いない。歪虚だ」
不意に背中を伝った冷たい汗を感じながら、エアルドフリスは不敵な笑みで怪物を見やる。
同時に、ハンター達のボートの傍から巨大な水柱が数本天へと突き上がるように吹き上がった。
「今度は何だ……!?」
揺れるボートに再び身構える久延毘。
話に聞いた高波か。そう思考を巡らせた所で、リリアの声が耳を突き抜ける。
「違う――それは波じゃないの!」
「何……っ!?」
不意に、波の間から突き出された細長い何かが彼の身に迫った。
咄嗟に船上に体を投げ出し、それを避ける大二郎。
「何だコイツは……ッ!」
平常心を装いながらも、どこか高揚した様子の十夜の刃が謎の触腕を薙ぐ。
叩き斬られた触腕は、痛みに怯んだような動きを見せた後に切っ先を反転、十夜の脚を絡め取った。
「くっ……!?」
巻きついた触腕に、彼の体が宙を舞う。
「十夜を離すのじゃ……ッ!」
触腕を撃ち抜くように放たれたクラリッサの石礫。
しかし、狙ったハズのその魔術は、するりと触腕を霞めるようにして外れてしまう。
「何じゃ……妾が……私が怯えている?」
ワンドを持つ手が震えている事に気づき、思わず抱き込むように胸元へと寄せる。
そんな彼女達のボートの真下から突き上がる新たな水柱。
足元が大きくぐらついた。
「くっ……!」
宙を舞い、ひっくり返るボート。
ハンター達の身もまた宙に投げ出され、そのまま水面に叩き付けられる――そう思った直後、彼らはひらりと海面に、その足で「着地」していたのだ。
事前にクラリッサらによって掛けられていた水上歩行の魔術の力である。
「全員無事か?」
自らの足場の安定を確認し、周囲に安否を尋ねるエアルドフリス。
「嫌いじゃない……やってやるわよ」
返事こそ無いものの、大きく息を吐いて自らに言い聞かせるかのように口ずさむクラリッサ。
その一方で……リリアの返事が無い。
エアルドフリスは、弾かれたように頭上を見上げていた。
「話しなさい……よ!」
その眼前に、触腕に首を巻き取られたリリアの姿。
十夜と共に、その身体がじわりじわりと巨大な口元へ運ばれて行く。
「やだ……そんなの……」
迫る牙を前に、目じりにうっすらと伝う雫。
そして、死神の顎が閉じる瞬間を最後に、彼女の意識はプッツリと途絶えていた。
「十夜、リリア!」
その様子をまざまざと目にした大二郎。
2人を助けなければ……しかしその腕が、震えて動かない。
「くそっ……この言い知れない恐怖感は何だ」
「二人は私が助けますので援護を!」
そう叫んだ三春が、一息に水中へ潜り込み、死神へと迫る。
岩礁の左右から伸びる触腕をなんとかいなしながら接近。
吐き出されたのか、赤い絵の具を海中にばら撒きながら揺れる二人の姿を捉え、それを抱え込んだ。
(私が抑えるから、引いて!)
ジェスチャーでそう伝えるまりおが、死神の巨体へと立ちはだかる。
その間、二人を抱え浮上した三春は、近くのボートへ二人を抱え上げるのであった。
「この程度の恐怖、我々は既に振り払ったはずだ! 気を確かに持て!」
自らの振るえを抑え込みながら、エアルドフリスは味方に激を飛ばす。
この狂怖に打ち勝たなければ、いずれは――
「その通りだ……やるしか、いや、やらねばならぬのだ」
「私だって……いや、妾とてこのような所で命尽きるつもりは無い」
決死の想いで振り上げた3人の杖先に、己のマテリアルを解き放った。
飛散する数多の岩の礫が、死神の巨体を雨霰のように乱れ撃つ。
その巨体が、大きく揺れ動いた――が、同時に放たれた触腕が、再び戦場に張り巡らされた。
縦横無尽に迫る死神の腕は、エアルドフリスとまりおの体を瞬く間に捉える。
一気に死神の口元へと引き寄せられてゆくまりおの脚を、巨大な顎がくわえ込む。
身を貫く激痛に、一瞬気が遠のいた。
しかし直後に、まりおを捕える触腕を叩き斬った三春が、その身体を狂牙の間から引きずり出していた。
(大丈夫ですか!?)
(大丈夫……ギリ、骨まではやってないみたい)
足場を必要としない水中であるならば、まだ戦えない状態ではない。
一方で、胴を掴まれたエアルドフリスにもまた、死神の牙が迫る。
大きく開いた虚空を前に、彼は身構えるでもなく、代わりに自らの持つ杖の先を、怪物の眼前へと突きつけていた。
「わざわざ引き寄せるのならば……その身でとくと味わえ!」
大きく開かれたその口に、自ら腕を突き入れ、放った一撃。
口内で光るマテリアルの輝きが、風の刃となって、その体内を駆け抜けた。
水中からその様子を見取った三春とまりおは怯む死神の下腹部から抱える刃を突き立てる。
身を貫く一撃に、大きく身を揺らし、海面をのた打つ死神。
その姿を前にして、まりおは再度、大剣に力を込めていた。
(これで……終わり!)
そのままの状態から立て続けに振り抜かれた剣が、固い岩礁の肌を切り裂いて、その身体を両断する。
直後、静かにその身体を霧散させながら漆黒の海底へと沈んで行く死神の姿を、ハンター達は確かに看取っていた。
「馬鹿な……そんなことが」
取り残されたボートの上で、大二郎は己の思考を否定するかのように呟いていた。
彼だけでは無く、そうあって欲しくないと願った者ほど、確かに気づいてしまっていたのだ。
自らが過去に経験した、あのおぞましき異界の歪虚達の事。
そう、こいつは“狂気”だ――と。
●禁書
「――よう。書き終わったのかい、作家さんよ」
港町の酒場――カウンターの先で、店の主人が席を立った男に向かって陽気に声を掛けていた。
「ええ、おかげ様で」
男はほほ笑みを返しながら、頭に巻いた白い布きれの位置を整え、店を後にする。
寄せる波の音と、カモメの鳴き声がこだまするのどかな港町。
潮風を受け、海岸沿いに歩みを進めながら、男は遥か遠方の水平線を眺めて小さく呟いた。
それはまるで、海の向こうの誰かに宛てるかのように。
――今宵もまた、素晴らしい物語をどうもありがとう。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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死神を探れ【相談卓】 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/05/22 07:21:30 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/17 13:17:22 |
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質問用 希崎 十夜(ka3752) 人間(リアルブルー)|19才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/05/20 21:47:13 |