ゲスト
(ka0000)
罪、贖えない
マスター:朝臣あむ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/24 09:00
- 完成日
- 2015/05/31 19:55
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
アネリの塔に用意された4階層専用の大部屋で、マイラーは鉄格子から見える月を見上げていた。
「……寝れねぇのか?」
不意に掛けられた声に視線が落ちる。
冷たく湿った床の上で横になる男は、マイラーの顔を見ると少しだけ笑って上体を起こした。
「そう緊張しなさんな。てめぇの功績は4階層の連中だって認めてるぜ。それはマンゴルトの旦那だって同じだ。その証拠に枷だって外れたじゃねぇか」
「緊張はしていない。それより起こして悪かったな」
この男の名はカトラ。マイラーと同じく4階層に配属されている囚人兵だ。
カトラは喫煙者なのだろう。手持無沙汰な手を口に運ぶと、煙草を吸う仕草を見せた後、つまらなそうに唇を尖らせた。
「良いってことよ。にしても異例の昇進かぁ……3階層でもやることは変わらねぇだろうが、まあ死なねえようにな。俺もそのうち行くからよ」
「ああ」
頷くマイラーは明日、3階層への昇進を言い渡される。今後はアネリの塔での寝泊りではなく、囚人街に用意された3階層専用の宿舎での寝泊りすることになる。
そうなればカトラやこの場にいる囚人兵等と寝食を共にする事もなくなるだろう。
(監視の目も緩くなり、自由も効くようになる……喜ばしいことだが……)
「カトラ。あんたはこの制度を如何思う?」
「あん?」
帝国内で罪を犯した者、国外追放された者、亜人、それらが罪を償うために兵士として従事する制度。
厚生施設としては悪くない発想だが、中には反発をもつ者もいる筈。現に自分はここを永久に抜ける事の出来ない牢獄だと思っている。
少なくとも、外から見た印象はそうだ。
「そうだなぁ……確かに来るまでは死んじまうほど嫌だったぜ。けど、上階の奴等を見て考えが変わった。ここは俺らにとっちゃ天国だ」
「……それは、外界から隔離されているからか?」
「あー……そう言う面もあるが違ぇな。ここは上に行けばいくほど、それに応じた報酬が貰える。住居も金も努力すりゃ得れない物はない」
そう。マスケンヴァルには罪を償うに見合う報酬を囚人に与える。それは更生後に再び罪を犯さないようにする抑制力にもなっており、更生した囚人の再犯率は極めて低い。
「とは言え、人道的とは言えないがな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや」
マイラーは静かに体を横たえると、いま一度この場から見える月を見上げた。
「……先は長いな」
3階層への昇進後、2階層、1階層へと進み、その過程で刑期を確実に減らさなければ開放など望めない。
マイラーは内に浮かぶ焦りを溜息に乗せて吐き出すと、カトラが横になる気配を背に瞼を伏せた。
●翌日
「俺が、親衛隊に配属?」
第十師団師団長の執務室に呼び出されたマイラーは、腰を据えるゼナイドと隣に立つマンゴルトを交互に見て眉を寄せた。
「先の功績を元に考えた結果じゃ。ゼナイドもお主の親衛隊配属を認めておる」
マンゴルトはそう言ってゼナイドを伺う。それにマイラーの目も向かうと、彼女は楽しげに口角を上げて足を組んだ。
「わたくしの不在中に活躍されたそうですわね。今後はマンゴルトの監視下で親衛隊の雑用係として精進なさい」
「監視下で雑用……如何いうことだ?」
親衛隊とはゼナイドお抱えの精鋭部隊だ。
有事の際には真っ先に動く事もある部隊で、普段は副師団長であるマンゴルトの指揮下で活動をしている。
現在の主な任務はアネリブーベ全体の治安維持なのだが、今まで雑用係がいた試しはない。
「歪虚との戦闘が増しておる現状、親衛隊の仕事も増えておってのう。ゼナイドと相談して戦闘に耐え得る雑用係を付けようと言う話になったんじゃ」
「……それなら他にも適任者がいるだろう。この間同行したジュリなんて良いんじゃないか?」
「ジュリはこのまま3階層へ異動ですわ。わたくしは貴方を雑用係に任命しますの」
嫌がる様子を見て喜ぶように口角を上げたゼナイドにマイラーの眉が寄る。
(この女、何を考えてる……これじゃあ振りだしに――いや、それ以上に厄介じゃないか……俺はこんな所で立ち止まってる場合じゃ……)
副師団長の元で働くという事は、4階層にいた頃よりも監視が強まると言う意味に違いない。
「俺は3階層へ行けると聞いたから任務を受けたんだ。話が違うだろ」
「着任は今からですわ。今後はマンゴルトの指示に従い、師団に貢献なさい」
マイラーの意思は関係ない。そう言葉を切って腰を上げたゼナイドにマイラーの歯が軋む。
内に浮かぶ焦りを隠す事なく拳を握り締めていると、マンゴルトが肩を叩いた。
「お主に確認したい事があるでな。少し良いかの?」
「確認?」
思わず聞き返した彼に、マンゴルトは優しい笑みを浮かべて頷き返した。
●数日後
暗く沈む闇の中で駆ける人の息遣いだけが響く。木々の間を抜け、土を跳ね飛ばし、そうして見えてきた切れ間に目を見開いた。
「旦那、これは……」
急停車するように足を止めて息を整える。
ここはアネリブーベから少し離れた位置にある林。都市の治安維持に行っている巡回途中、兵士から無線を使っての応援要請があった。
『歪虚らしき存在が潜んでいる。至急応援頼む』
この要請を受けて直ぐに師団を出発したのだが遅かったようだ。
「マイラー、生死の確認を頼むぞ」
マイラーは背負っていた荷物を置くと、倒れている数名の兵士に駆け寄った。そしてその身を起こした所で目を見開く。
「カトラ……何で、あんたが」
「マイラー!」
声に視線を上げたのも束の間。凄まじい勢いで突き飛ばされ、目の前で血飛沫が上がった。
「カトラぁぁぁッ!!」
ゴトリと落ちた首に地面に転がったまま声を上げる。けれど驚く暇も、悲しむ暇も与えられなかった。
まだ生きている兵士は残っている。
「急ぎ集められる人員を集めて来るんじゃ」
「……旦那?」
「なに、問題あるまいて。お主が戻るまでは持ち堪えられるでの」
どれだけの技量があろうと、同僚の死に動揺を見せたマイラーが残るのは危険。そう判断したのだろう。けれど彼はカトラの傍に転がる無線機に手を伸ばすと、震える手で操作を開始した。
「……無線は生きてる。なら――吸血型歪虚が3体潜んでいた。動ける人員を応援に寄せてくれ――」
「お主……」
「旦那。俺はまだ死ねない……大丈夫だ」
言って抜き取ったのはマンゴルトから親衛隊に着任後に渡された細身の剣二刀。彼は闇に潜む赤い光に目を細めると、マンゴルトと背を重ねるようにして大地を踏み締めた。
「……寝れねぇのか?」
不意に掛けられた声に視線が落ちる。
冷たく湿った床の上で横になる男は、マイラーの顔を見ると少しだけ笑って上体を起こした。
「そう緊張しなさんな。てめぇの功績は4階層の連中だって認めてるぜ。それはマンゴルトの旦那だって同じだ。その証拠に枷だって外れたじゃねぇか」
「緊張はしていない。それより起こして悪かったな」
この男の名はカトラ。マイラーと同じく4階層に配属されている囚人兵だ。
カトラは喫煙者なのだろう。手持無沙汰な手を口に運ぶと、煙草を吸う仕草を見せた後、つまらなそうに唇を尖らせた。
「良いってことよ。にしても異例の昇進かぁ……3階層でもやることは変わらねぇだろうが、まあ死なねえようにな。俺もそのうち行くからよ」
「ああ」
頷くマイラーは明日、3階層への昇進を言い渡される。今後はアネリの塔での寝泊りではなく、囚人街に用意された3階層専用の宿舎での寝泊りすることになる。
そうなればカトラやこの場にいる囚人兵等と寝食を共にする事もなくなるだろう。
(監視の目も緩くなり、自由も効くようになる……喜ばしいことだが……)
「カトラ。あんたはこの制度を如何思う?」
「あん?」
帝国内で罪を犯した者、国外追放された者、亜人、それらが罪を償うために兵士として従事する制度。
厚生施設としては悪くない発想だが、中には反発をもつ者もいる筈。現に自分はここを永久に抜ける事の出来ない牢獄だと思っている。
少なくとも、外から見た印象はそうだ。
「そうだなぁ……確かに来るまでは死んじまうほど嫌だったぜ。けど、上階の奴等を見て考えが変わった。ここは俺らにとっちゃ天国だ」
「……それは、外界から隔離されているからか?」
「あー……そう言う面もあるが違ぇな。ここは上に行けばいくほど、それに応じた報酬が貰える。住居も金も努力すりゃ得れない物はない」
そう。マスケンヴァルには罪を償うに見合う報酬を囚人に与える。それは更生後に再び罪を犯さないようにする抑制力にもなっており、更生した囚人の再犯率は極めて低い。
「とは言え、人道的とは言えないがな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや」
マイラーは静かに体を横たえると、いま一度この場から見える月を見上げた。
「……先は長いな」
3階層への昇進後、2階層、1階層へと進み、その過程で刑期を確実に減らさなければ開放など望めない。
マイラーは内に浮かぶ焦りを溜息に乗せて吐き出すと、カトラが横になる気配を背に瞼を伏せた。
●翌日
「俺が、親衛隊に配属?」
第十師団師団長の執務室に呼び出されたマイラーは、腰を据えるゼナイドと隣に立つマンゴルトを交互に見て眉を寄せた。
「先の功績を元に考えた結果じゃ。ゼナイドもお主の親衛隊配属を認めておる」
マンゴルトはそう言ってゼナイドを伺う。それにマイラーの目も向かうと、彼女は楽しげに口角を上げて足を組んだ。
「わたくしの不在中に活躍されたそうですわね。今後はマンゴルトの監視下で親衛隊の雑用係として精進なさい」
「監視下で雑用……如何いうことだ?」
親衛隊とはゼナイドお抱えの精鋭部隊だ。
有事の際には真っ先に動く事もある部隊で、普段は副師団長であるマンゴルトの指揮下で活動をしている。
現在の主な任務はアネリブーベ全体の治安維持なのだが、今まで雑用係がいた試しはない。
「歪虚との戦闘が増しておる現状、親衛隊の仕事も増えておってのう。ゼナイドと相談して戦闘に耐え得る雑用係を付けようと言う話になったんじゃ」
「……それなら他にも適任者がいるだろう。この間同行したジュリなんて良いんじゃないか?」
「ジュリはこのまま3階層へ異動ですわ。わたくしは貴方を雑用係に任命しますの」
嫌がる様子を見て喜ぶように口角を上げたゼナイドにマイラーの眉が寄る。
(この女、何を考えてる……これじゃあ振りだしに――いや、それ以上に厄介じゃないか……俺はこんな所で立ち止まってる場合じゃ……)
副師団長の元で働くという事は、4階層にいた頃よりも監視が強まると言う意味に違いない。
「俺は3階層へ行けると聞いたから任務を受けたんだ。話が違うだろ」
「着任は今からですわ。今後はマンゴルトの指示に従い、師団に貢献なさい」
マイラーの意思は関係ない。そう言葉を切って腰を上げたゼナイドにマイラーの歯が軋む。
内に浮かぶ焦りを隠す事なく拳を握り締めていると、マンゴルトが肩を叩いた。
「お主に確認したい事があるでな。少し良いかの?」
「確認?」
思わず聞き返した彼に、マンゴルトは優しい笑みを浮かべて頷き返した。
●数日後
暗く沈む闇の中で駆ける人の息遣いだけが響く。木々の間を抜け、土を跳ね飛ばし、そうして見えてきた切れ間に目を見開いた。
「旦那、これは……」
急停車するように足を止めて息を整える。
ここはアネリブーベから少し離れた位置にある林。都市の治安維持に行っている巡回途中、兵士から無線を使っての応援要請があった。
『歪虚らしき存在が潜んでいる。至急応援頼む』
この要請を受けて直ぐに師団を出発したのだが遅かったようだ。
「マイラー、生死の確認を頼むぞ」
マイラーは背負っていた荷物を置くと、倒れている数名の兵士に駆け寄った。そしてその身を起こした所で目を見開く。
「カトラ……何で、あんたが」
「マイラー!」
声に視線を上げたのも束の間。凄まじい勢いで突き飛ばされ、目の前で血飛沫が上がった。
「カトラぁぁぁッ!!」
ゴトリと落ちた首に地面に転がったまま声を上げる。けれど驚く暇も、悲しむ暇も与えられなかった。
まだ生きている兵士は残っている。
「急ぎ集められる人員を集めて来るんじゃ」
「……旦那?」
「なに、問題あるまいて。お主が戻るまでは持ち堪えられるでの」
どれだけの技量があろうと、同僚の死に動揺を見せたマイラーが残るのは危険。そう判断したのだろう。けれど彼はカトラの傍に転がる無線機に手を伸ばすと、震える手で操作を開始した。
「……無線は生きてる。なら――吸血型歪虚が3体潜んでいた。動ける人員を応援に寄せてくれ――」
「お主……」
「旦那。俺はまだ死ねない……大丈夫だ」
言って抜き取ったのはマンゴルトから親衛隊に着任後に渡された細身の剣二刀。彼は闇に潜む赤い光に目を細めると、マンゴルトと背を重ねるようにして大地を踏み締めた。
リプレイ本文
「――第十師団からの緊急招集?」
そう零すナハティガル・ハーレイ(ka0023)の脳裏に、いつかの囚人が思い出される。闇に紛れて逃走を図るも、婚約者のいる兵士を見殺しに出来なくて再び掴まった脱走兵――マイラー。
「……まさか、な」
零し、魔導トラックの荷台から目的地の林を射程に納める。そうして依頼の概要を確認するユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)に目を向けた。
「情報では吸血鬼型の歪虚が3体……話を聞くに俊敏かつ豪腕な一撃を放つ、ですか。かなり厄介な相手ですね」
その他にも負傷兵がいると言う話も耳にしている以上、簡単な依頼でない事は確かだろう。
「この闇の中で吸血鬼型が3体か……相手の得意なテリトリーにみすみす踏み込む形だね……これは」
ユーリの声に鳳 覚羅(ka0862)が零す。その口元には苦笑が浮かぶが別に現状を軽視している訳でも悲観している訳でもない。
それを承知の上でユーリが言う。
「とはいえ、負傷した者達を見殺しには出来ません。これ以上犠牲を出さない為に、ここで止めます」
強い意思の声に覚羅が頷いた時、魔導トラックが止まった。
「ここからが敵のテリトリーのようですね。暗闇の中で的確に必要なモノを見つけ出し、回収する……言葉にすれば容易でありますが、行動する事の困難たるや……」
ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は荷台から降りると、眼前に広がる林を見た。現場は彼の言うように暗闇だ。足を踏み入れれば視界も悪くなり動き辛くなるだろう。
「それでも行かなければ」
メリエ・フリョーシカ(ka1991)はそう言うと、トラックの運転手にこの場で待つよう伝えて林の入口に立った。
「第十師団。アネリブーべなら……ゼナイド様か」
ご期待に添えなくては。そう口中で呟くと、各々が光源であるライトを点灯させた。そしてメイム(ka2290)の合図が響く。
「行くよ」
声と同時に全員が林の中へと飛び出した。耳を澄まし、目を凝らし、出来る限り五感を研ぎ澄まして周囲に気を配る。そうして僅かに進んだ所でユーリの耳が異音を捉えた。
――……、……ッ。
「前方、やや左に自然とは別の音がします!」
誰よりも早く覚醒状態となった足が加速する。すると白銀の髪が闇に映え、青白い雷のオーラが光源のように皆を導いて行く。そして見付けた。
「では私は行かせて頂きます」
事前にトラックの荷台で役割は決めていた。
ディードリヒは足を動かしながら現状を把握すると、動ける2名の兵士の後ろ、負傷する兵士に目を留めた。
「APV所属。ハンターのメリエ! 依頼により助太刀します!」
口上を述べて突っ込むメリエの目的は敵の注意を自身へ向ける事だ。これに習い、覚醒したままのユーリも勝利の名を冠する花にあやかって染めた蒼の刃を抜く。そうしてもう片方の手にも大振りのナイフを握ると、赤と白、2つの光が戦場に降り立った。
●
戦場の状態は事前に聞いた通り。
動ける兵士は2名。その背には負傷兵と首の無い兵士が1名。周囲には歪虚が控え、一進一退の攻防を続けている。
「もう先行は出てるけど……行け~キノコっ」
メリエとユーリが切り拓いた味方までの道。左右に分かれた敵と中央に残る敵、メイムはその中、中央の敵目掛けてパルムを放った。
「ディードリヒさん、今だよっ」
「感謝します」
魔力を纏うパルムに敵が怯んだ一瞬の隙を見て、メイムとディードリヒが駆け出す。
2人は歪虚の脇を抜け、マンゴルトとマイラーがいる場所を目指した。しかし敵が簡単に通してくれる筈もない。
「!」
頬を掠めた刃に、覚醒で変色したディードリヒの目が動く。だが彼が刃を向ける前に、再び迫る刃を弾く物があった。
「君の相手は俺だよ。そちらの方も、お待たせ。まだ戦う気力は残っているかな?」
純白の杖を反して口角を上げるのは覚羅だ。
放電に似たヴィジョンを闇に放ち、捉えた歪虚の目を見据える。そして負傷兵へ辿り着くディードリヒを視界端に納めると、彼の足は華麗に地面を蹴った。
「おお。ハンターに頼んだんじゃな」
幾らか機動力を削ったとは言え、歪虚は未だ健勝。俊敏な動きで回避を試みる敵に、覚羅は容赦なく詰め寄って行く。
その姿を見止め、マンゴルトの中にある緊張が僅かに緩んだ。
「副団長さん要請に応じられたのは6名だよ!」
「感謝するぞい」
頷きながら声を掛けたメイムに目を向ける。そんな彼の後方ではディードリヒが既に負傷者の応急処置に取り掛かっていた。
「今少し、お気を強くお持ち下さいませ……お仲間様も、すぐにお連れ致します」
今回要請に応じたメンバーには治癒系スキルを持つ者が存在しない。勿論、自己治癒スキルは有しているが他者へ掛ける治癒はない。
だが彼等はそれを補う構成を用意して来ていた。
「……戦闘と救護。役割分担をして活路を見出す、か……効率は良いな」
マイラーは汗を拭いながら零すと、マンゴルト同様に緊張を緩めた。そこに声が届く。
「……ハッ! もしかしたらと思っていたが――やっぱり居やがったか、マイラー!」
「あんたは確か……」
救護組へ歪虚を近付けさせないように動く覚羅を加勢するナハティガルは、先ほど思い浮かべたのと同じ顔がある事に口端を上げた。
「おっと。再会の挨拶はまた後でな! 今はコイツだ。パワー、スピード共に相当なモンだ。厄介だが――」
負ける気はしない。そう喉に響かせて踏み込む。そして隙あらばここを抜けようと企む敵に、回避を無視した一撃を放った。
「逃げるのはナシだぜ!」
「……ッ!」
胴を貫くつもりで放った槍が敵の姿を吹き飛ばす。それに透かさず覚羅が踏み出すと、彼は一気に間合いを詰めて雷撃を纏わす杖を打ち込んだ。
「ァァァアアアッ!!!」
感電したように体を硬直させる歪虚。これで敵の動きは封じたも同然。だが念には念を重ねる。
「ああ、悪いね。動かせてあげるつもりはないから」
穏やかな声を裏腹に巻き付くワイヤーが歪虚の動きを完全に封じる。そして――
「――腐れ脳ミソ。もう少し連携のなんたるかを勉強して出直してくるんだな?」
クッと上げた口角。ナハティガルは薙ぎ入れた槍で敵の息を掻くと、その流れに添って胸に刃を突き入れた。
雷撃と生命を奪う一撃。その双方に歪虚が崩れ落ちる。そして次なる敵へ動こうとした彼等の目に、敵に飛び込むパルムが見えた。
「シュート!」
牽制と攻撃。両方を兼ね備えたメイムの一撃に歪虚が怯む。だが彼等は諦める事無く弱者を狙って進んで来ようとする。
「弱い者を狙うのは自然界も歪虚の世界も同じなのでしょうかね」
のんびり呟き、ディードリヒはクラウンの引き金に指を掛ける。けれどそれを引ききる前に、閃光が歪虚の軌道を割った。
「歪虚め……! ここで確実に潰す!」
戦闘開始と同時に引き離し、そのまま動く事で離れたと思っていた敵。だが相手は馬鹿ではなかった――否、本能のままに動くからこそ読めなかった――とも言える。
「はあああああ!」
味方と敵の間に突き入れた刃を反して反撃を試みる。踏み込んだ足の軸を替え、重心を一気に傾ける事で体重を乗せる。そうして空を掻く勢いで刃を振り上げると敵の胴が逸れた。
「もう一度、シュートっ!」
顔を仰け反らせた歪虚の顎をパルムが撃つ。これが完璧すぎる隙を作った。
「私1人殺せんで、下らん威を示すな! 塵に消えろ、屑がっ!」
覚醒した事で纏う陽炎に青い燐光が混じり、刃がまるで蝶の舞いの様に駆け上がる。そしてその姿が頂点を捉えると、渾身の力を振り絞った一撃が歪虚の頭を叩き割った。
「今のうちに撤退を!」
振り返らずにディードリヒに放つ。この声に彼は負傷兵の1人を背負って立ち上がった。その目にこちらへ向かって来ようとする歪虚の姿が見える。が直後、敵は雷撃を纏う二刀の刃に阻まれた。
「大変申し訳ございませんが、貴方方のお相手は私ではございませんので……悪しからず?」
立ちはだかったのはユーリだ。
彼女は目線だけをこちらに向けると微かに頷いて切っ先を敵に向けた。その姿を見てもう1人の兵士に目を向ける。
「自力での歩行が可能でしょうか?」
見た所、自身が背負う兵士と同じくらい負傷している。きっと歩行は困難だろう。それでも問い掛けたのは背負えるのが自分だけだから。
(やはり送り届けた後戻って――)
「俺が連れて行く」
「貴方様が……ですが」
驚くディートリヒの視界で、マイラーがもう1人の負傷兵を背負う。見た所、マイラー自身も怪我を負っているように見える。
「……見殺しはもういい」
一瞬だけ動いた視線が亡くなった兵士を捉える。それを見止め頷くと、ナハティガルの声が届いた。
「行くなら早くしろ。襲われた死体が屍人化しないとは限らんぜ――警戒は怠るなよ?」
わかった。そう頷きながら歩き出したマイラー。そんな彼の前を歩こうと足早に歩き出すディートリヒ。その2人の後方で、ユーリは敵との間合いを計りながら攻撃の瞬間を待っていた。
風に乗って歪虚の腐臭が鼻を突き、白銀に変色した髪が舞う。そして程なくしてその時は来た。
「どっせぇぇぇえいッ!」
振動と共に迫る衝撃波。大地を抉り迫る攻撃に歪虚の注意が逸れた。
「感謝しますっ」
声と攻撃の具合から誰の援護かはハッキリしていた。
ユーリは駆け出しながら剣を鞘に戻すと、軌道上の歪虚に迫った。そして敵がナイフを振り上げるのと同時に懐に潜り込む。
「竜胆よ勝利を我が手に!」
鬼神の勢いで抜き取った刃が、青白い月を描いて胴を薙ぐ。
「――」
カラン、ッ。
敵の手にあったナイフが落ち、腐敗した液体が空気中に飛散する。そして嫌な臭いを辺りに撒き散らしながら歪虚が倒れると、ユーリは露を払うように刃をひと振りして鞘に戻した。
●
「報告通り、歪虚は3体だったみたいだね」
そう語るメイムは、最後の最後まで周囲の警戒を怠らなかった。
戦闘後も皆の殿を務めて撤退し、魔導トラックに到着後も追手の存在を警戒して最後に乗り込んだ。
今は負傷兵の無事と、ハンターが到着するまで持ち堪えたマンゴルトとマイラーの存在に気を向けている。
「明るくなったら遺体の回収もしたいね」
「そうですね。ご遺体の方も連れて帰って差し上げたいです」
本当なら戻って連れて来てあげたい。そう語るのはディードリヒだ。彼は魔導トラックに兵士を運んだ後、素早い所作で応急処置を終了させた。
もしあのまま戦場に残していたら、戦闘に巻き込んで更なる怪我を負わせていた可能性もある。彼の判断は正しかった。そう言えるだろう。
「しかしあの方々はあのような場所で何をしていたのでしょう……」
「そうだね。この辺りで吸血鬼型って珍しいかも? もし手伝える事があればいつでも要請してね」
ディードリヒ同様、メイムも思う所があったのだろう。そう投げかける彼女にマンゴルトが頷く。
そして彼の目がトラックの荷台全体に流れると、ユーリと目が合った。
「ん?」
「あの……先程はありがとうございました」
丁寧に下げた頭にマンゴルトの目が瞬かれる。それを見止め、メリエが身を乗り出してくる。
「あ、さっきの衝撃派ですね! もしやマンゴルト様の武器は魔導機械なのですか?」
「う、うむ……」
最後の敵と対峙している際に放たれた衝撃波。それを放った事への礼と武器への興味なのだろうが、如何にも普通の女性の免疫が少ないらしいマンゴルトはタジタジだ。
不器用ながら言葉を返しているが、あれでは彼女等が興味を持つ事への答えは半分も伝わっていないだろう。
「なかなか面白い副師団長殿だね。まあ、なんにしてもライトの稼働時間内に終わって良かったよ」
「そうだな……」
マイラーは疲れた様子で覚羅の声に頷くと、彼が手にしているLEDライトに目を向けた。
覚羅の操作で点いたり消えたりするライトを見ること僅か。その姿に、葉巻を咥えたナハティガルが声を掛けた。
「また会う事になるとはな? 結局は戦って活路を切り拓く道を選択したって訳か……しっかし、何でお前が副師団長と一緒に居るんだ?」
逃走を諦めて兵士を助けた彼を知るからこその言葉。この言葉にマイラーの眉間に皺が刻まれる。
「……副師団長所有の隊の雑用係になった」
それだけだ。と、溜息を混じらせて吐き出す。それに眉を上げると、ナハティガルは「何で?」と言わんばかりに小首を傾げた。
●半日後
アネリの塔で歪虚討伐の報告書に目を通していたゼナイド(kz0052)は、目の前に控えるマンゴルトに気付いて顔を上げた。
「なんですの?」
いつもなら報告書を置いたら職務に戻る彼が何時までもそこに居る。これが不自然以外の何であるのか。
「マイラーの事なんじゃがのう。あやつがここへ送られる前に逃走したのは覚えておろう?」
「ええ、覚えていますわ。逃走しながら兵士を助けた間抜けな脱走劇ですわよね」
「お主はそう取るかも知れんがのう。どうにもわしは引っ掛かるんじゃ」
ゼナイドからすれば間抜け以外の何物でもないのかもしれない。
けれどマンゴルトは違う視点から彼の脱走劇を見ていた。そして今作戦前に確認した事が、ある問題を浮上させた。
「何が言いたいんですの?」
ようやく顔を上げたゼナイド。その顔を見てマンゴルトは周囲を伺う。そしてある可能性を口にする。
「マイラーは、冤罪かも知れん」
無実である可能性が高い。そう言葉を切り、マンゴルトはゼナイドの反応を待った。
そう零すナハティガル・ハーレイ(ka0023)の脳裏に、いつかの囚人が思い出される。闇に紛れて逃走を図るも、婚約者のいる兵士を見殺しに出来なくて再び掴まった脱走兵――マイラー。
「……まさか、な」
零し、魔導トラックの荷台から目的地の林を射程に納める。そうして依頼の概要を確認するユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)に目を向けた。
「情報では吸血鬼型の歪虚が3体……話を聞くに俊敏かつ豪腕な一撃を放つ、ですか。かなり厄介な相手ですね」
その他にも負傷兵がいると言う話も耳にしている以上、簡単な依頼でない事は確かだろう。
「この闇の中で吸血鬼型が3体か……相手の得意なテリトリーにみすみす踏み込む形だね……これは」
ユーリの声に鳳 覚羅(ka0862)が零す。その口元には苦笑が浮かぶが別に現状を軽視している訳でも悲観している訳でもない。
それを承知の上でユーリが言う。
「とはいえ、負傷した者達を見殺しには出来ません。これ以上犠牲を出さない為に、ここで止めます」
強い意思の声に覚羅が頷いた時、魔導トラックが止まった。
「ここからが敵のテリトリーのようですね。暗闇の中で的確に必要なモノを見つけ出し、回収する……言葉にすれば容易でありますが、行動する事の困難たるや……」
ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は荷台から降りると、眼前に広がる林を見た。現場は彼の言うように暗闇だ。足を踏み入れれば視界も悪くなり動き辛くなるだろう。
「それでも行かなければ」
メリエ・フリョーシカ(ka1991)はそう言うと、トラックの運転手にこの場で待つよう伝えて林の入口に立った。
「第十師団。アネリブーべなら……ゼナイド様か」
ご期待に添えなくては。そう口中で呟くと、各々が光源であるライトを点灯させた。そしてメイム(ka2290)の合図が響く。
「行くよ」
声と同時に全員が林の中へと飛び出した。耳を澄まし、目を凝らし、出来る限り五感を研ぎ澄まして周囲に気を配る。そうして僅かに進んだ所でユーリの耳が異音を捉えた。
――……、……ッ。
「前方、やや左に自然とは別の音がします!」
誰よりも早く覚醒状態となった足が加速する。すると白銀の髪が闇に映え、青白い雷のオーラが光源のように皆を導いて行く。そして見付けた。
「では私は行かせて頂きます」
事前にトラックの荷台で役割は決めていた。
ディードリヒは足を動かしながら現状を把握すると、動ける2名の兵士の後ろ、負傷する兵士に目を留めた。
「APV所属。ハンターのメリエ! 依頼により助太刀します!」
口上を述べて突っ込むメリエの目的は敵の注意を自身へ向ける事だ。これに習い、覚醒したままのユーリも勝利の名を冠する花にあやかって染めた蒼の刃を抜く。そうしてもう片方の手にも大振りのナイフを握ると、赤と白、2つの光が戦場に降り立った。
●
戦場の状態は事前に聞いた通り。
動ける兵士は2名。その背には負傷兵と首の無い兵士が1名。周囲には歪虚が控え、一進一退の攻防を続けている。
「もう先行は出てるけど……行け~キノコっ」
メリエとユーリが切り拓いた味方までの道。左右に分かれた敵と中央に残る敵、メイムはその中、中央の敵目掛けてパルムを放った。
「ディードリヒさん、今だよっ」
「感謝します」
魔力を纏うパルムに敵が怯んだ一瞬の隙を見て、メイムとディードリヒが駆け出す。
2人は歪虚の脇を抜け、マンゴルトとマイラーがいる場所を目指した。しかし敵が簡単に通してくれる筈もない。
「!」
頬を掠めた刃に、覚醒で変色したディードリヒの目が動く。だが彼が刃を向ける前に、再び迫る刃を弾く物があった。
「君の相手は俺だよ。そちらの方も、お待たせ。まだ戦う気力は残っているかな?」
純白の杖を反して口角を上げるのは覚羅だ。
放電に似たヴィジョンを闇に放ち、捉えた歪虚の目を見据える。そして負傷兵へ辿り着くディードリヒを視界端に納めると、彼の足は華麗に地面を蹴った。
「おお。ハンターに頼んだんじゃな」
幾らか機動力を削ったとは言え、歪虚は未だ健勝。俊敏な動きで回避を試みる敵に、覚羅は容赦なく詰め寄って行く。
その姿を見止め、マンゴルトの中にある緊張が僅かに緩んだ。
「副団長さん要請に応じられたのは6名だよ!」
「感謝するぞい」
頷きながら声を掛けたメイムに目を向ける。そんな彼の後方ではディードリヒが既に負傷者の応急処置に取り掛かっていた。
「今少し、お気を強くお持ち下さいませ……お仲間様も、すぐにお連れ致します」
今回要請に応じたメンバーには治癒系スキルを持つ者が存在しない。勿論、自己治癒スキルは有しているが他者へ掛ける治癒はない。
だが彼等はそれを補う構成を用意して来ていた。
「……戦闘と救護。役割分担をして活路を見出す、か……効率は良いな」
マイラーは汗を拭いながら零すと、マンゴルト同様に緊張を緩めた。そこに声が届く。
「……ハッ! もしかしたらと思っていたが――やっぱり居やがったか、マイラー!」
「あんたは確か……」
救護組へ歪虚を近付けさせないように動く覚羅を加勢するナハティガルは、先ほど思い浮かべたのと同じ顔がある事に口端を上げた。
「おっと。再会の挨拶はまた後でな! 今はコイツだ。パワー、スピード共に相当なモンだ。厄介だが――」
負ける気はしない。そう喉に響かせて踏み込む。そして隙あらばここを抜けようと企む敵に、回避を無視した一撃を放った。
「逃げるのはナシだぜ!」
「……ッ!」
胴を貫くつもりで放った槍が敵の姿を吹き飛ばす。それに透かさず覚羅が踏み出すと、彼は一気に間合いを詰めて雷撃を纏わす杖を打ち込んだ。
「ァァァアアアッ!!!」
感電したように体を硬直させる歪虚。これで敵の動きは封じたも同然。だが念には念を重ねる。
「ああ、悪いね。動かせてあげるつもりはないから」
穏やかな声を裏腹に巻き付くワイヤーが歪虚の動きを完全に封じる。そして――
「――腐れ脳ミソ。もう少し連携のなんたるかを勉強して出直してくるんだな?」
クッと上げた口角。ナハティガルは薙ぎ入れた槍で敵の息を掻くと、その流れに添って胸に刃を突き入れた。
雷撃と生命を奪う一撃。その双方に歪虚が崩れ落ちる。そして次なる敵へ動こうとした彼等の目に、敵に飛び込むパルムが見えた。
「シュート!」
牽制と攻撃。両方を兼ね備えたメイムの一撃に歪虚が怯む。だが彼等は諦める事無く弱者を狙って進んで来ようとする。
「弱い者を狙うのは自然界も歪虚の世界も同じなのでしょうかね」
のんびり呟き、ディードリヒはクラウンの引き金に指を掛ける。けれどそれを引ききる前に、閃光が歪虚の軌道を割った。
「歪虚め……! ここで確実に潰す!」
戦闘開始と同時に引き離し、そのまま動く事で離れたと思っていた敵。だが相手は馬鹿ではなかった――否、本能のままに動くからこそ読めなかった――とも言える。
「はあああああ!」
味方と敵の間に突き入れた刃を反して反撃を試みる。踏み込んだ足の軸を替え、重心を一気に傾ける事で体重を乗せる。そうして空を掻く勢いで刃を振り上げると敵の胴が逸れた。
「もう一度、シュートっ!」
顔を仰け反らせた歪虚の顎をパルムが撃つ。これが完璧すぎる隙を作った。
「私1人殺せんで、下らん威を示すな! 塵に消えろ、屑がっ!」
覚醒した事で纏う陽炎に青い燐光が混じり、刃がまるで蝶の舞いの様に駆け上がる。そしてその姿が頂点を捉えると、渾身の力を振り絞った一撃が歪虚の頭を叩き割った。
「今のうちに撤退を!」
振り返らずにディードリヒに放つ。この声に彼は負傷兵の1人を背負って立ち上がった。その目にこちらへ向かって来ようとする歪虚の姿が見える。が直後、敵は雷撃を纏う二刀の刃に阻まれた。
「大変申し訳ございませんが、貴方方のお相手は私ではございませんので……悪しからず?」
立ちはだかったのはユーリだ。
彼女は目線だけをこちらに向けると微かに頷いて切っ先を敵に向けた。その姿を見てもう1人の兵士に目を向ける。
「自力での歩行が可能でしょうか?」
見た所、自身が背負う兵士と同じくらい負傷している。きっと歩行は困難だろう。それでも問い掛けたのは背負えるのが自分だけだから。
(やはり送り届けた後戻って――)
「俺が連れて行く」
「貴方様が……ですが」
驚くディートリヒの視界で、マイラーがもう1人の負傷兵を背負う。見た所、マイラー自身も怪我を負っているように見える。
「……見殺しはもういい」
一瞬だけ動いた視線が亡くなった兵士を捉える。それを見止め頷くと、ナハティガルの声が届いた。
「行くなら早くしろ。襲われた死体が屍人化しないとは限らんぜ――警戒は怠るなよ?」
わかった。そう頷きながら歩き出したマイラー。そんな彼の前を歩こうと足早に歩き出すディートリヒ。その2人の後方で、ユーリは敵との間合いを計りながら攻撃の瞬間を待っていた。
風に乗って歪虚の腐臭が鼻を突き、白銀に変色した髪が舞う。そして程なくしてその時は来た。
「どっせぇぇぇえいッ!」
振動と共に迫る衝撃波。大地を抉り迫る攻撃に歪虚の注意が逸れた。
「感謝しますっ」
声と攻撃の具合から誰の援護かはハッキリしていた。
ユーリは駆け出しながら剣を鞘に戻すと、軌道上の歪虚に迫った。そして敵がナイフを振り上げるのと同時に懐に潜り込む。
「竜胆よ勝利を我が手に!」
鬼神の勢いで抜き取った刃が、青白い月を描いて胴を薙ぐ。
「――」
カラン、ッ。
敵の手にあったナイフが落ち、腐敗した液体が空気中に飛散する。そして嫌な臭いを辺りに撒き散らしながら歪虚が倒れると、ユーリは露を払うように刃をひと振りして鞘に戻した。
●
「報告通り、歪虚は3体だったみたいだね」
そう語るメイムは、最後の最後まで周囲の警戒を怠らなかった。
戦闘後も皆の殿を務めて撤退し、魔導トラックに到着後も追手の存在を警戒して最後に乗り込んだ。
今は負傷兵の無事と、ハンターが到着するまで持ち堪えたマンゴルトとマイラーの存在に気を向けている。
「明るくなったら遺体の回収もしたいね」
「そうですね。ご遺体の方も連れて帰って差し上げたいです」
本当なら戻って連れて来てあげたい。そう語るのはディードリヒだ。彼は魔導トラックに兵士を運んだ後、素早い所作で応急処置を終了させた。
もしあのまま戦場に残していたら、戦闘に巻き込んで更なる怪我を負わせていた可能性もある。彼の判断は正しかった。そう言えるだろう。
「しかしあの方々はあのような場所で何をしていたのでしょう……」
「そうだね。この辺りで吸血鬼型って珍しいかも? もし手伝える事があればいつでも要請してね」
ディードリヒ同様、メイムも思う所があったのだろう。そう投げかける彼女にマンゴルトが頷く。
そして彼の目がトラックの荷台全体に流れると、ユーリと目が合った。
「ん?」
「あの……先程はありがとうございました」
丁寧に下げた頭にマンゴルトの目が瞬かれる。それを見止め、メリエが身を乗り出してくる。
「あ、さっきの衝撃派ですね! もしやマンゴルト様の武器は魔導機械なのですか?」
「う、うむ……」
最後の敵と対峙している際に放たれた衝撃波。それを放った事への礼と武器への興味なのだろうが、如何にも普通の女性の免疫が少ないらしいマンゴルトはタジタジだ。
不器用ながら言葉を返しているが、あれでは彼女等が興味を持つ事への答えは半分も伝わっていないだろう。
「なかなか面白い副師団長殿だね。まあ、なんにしてもライトの稼働時間内に終わって良かったよ」
「そうだな……」
マイラーは疲れた様子で覚羅の声に頷くと、彼が手にしているLEDライトに目を向けた。
覚羅の操作で点いたり消えたりするライトを見ること僅か。その姿に、葉巻を咥えたナハティガルが声を掛けた。
「また会う事になるとはな? 結局は戦って活路を切り拓く道を選択したって訳か……しっかし、何でお前が副師団長と一緒に居るんだ?」
逃走を諦めて兵士を助けた彼を知るからこその言葉。この言葉にマイラーの眉間に皺が刻まれる。
「……副師団長所有の隊の雑用係になった」
それだけだ。と、溜息を混じらせて吐き出す。それに眉を上げると、ナハティガルは「何で?」と言わんばかりに小首を傾げた。
●半日後
アネリの塔で歪虚討伐の報告書に目を通していたゼナイド(kz0052)は、目の前に控えるマンゴルトに気付いて顔を上げた。
「なんですの?」
いつもなら報告書を置いたら職務に戻る彼が何時までもそこに居る。これが不自然以外の何であるのか。
「マイラーの事なんじゃがのう。あやつがここへ送られる前に逃走したのは覚えておろう?」
「ええ、覚えていますわ。逃走しながら兵士を助けた間抜けな脱走劇ですわよね」
「お主はそう取るかも知れんがのう。どうにもわしは引っ掛かるんじゃ」
ゼナイドからすれば間抜け以外の何物でもないのかもしれない。
けれどマンゴルトは違う視点から彼の脱走劇を見ていた。そして今作戦前に確認した事が、ある問題を浮上させた。
「何が言いたいんですの?」
ようやく顔を上げたゼナイド。その顔を見てマンゴルトは周囲を伺う。そしてある可能性を口にする。
「マイラーは、冤罪かも知れん」
無実である可能性が高い。そう言葉を切り、マンゴルトはゼナイドの反応を待った。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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MVP一覧
- タホ郷に新たな血を
メイム(ka2290)
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相談卓 鳳 覚羅(ka0862) 人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/05/24 07:29:55 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/21 18:18:31 |