ゲスト
(ka0000)
血の味を覚えた熊
マスター:江口梨奈

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/26 22:00
- 完成日
- 2015/06/03 04:08
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
女は血の匂いをさせている間は山へ入るな、というのが、この狩猟を主な生業とする小さな村のささやかな掟だった。
彼らの生活は、山に住む獣を狩ることで成り立っている。鹿や猪、兎や、時には熊のように大きなものから、ウズラのような小さなものまで、さまざまだ。肉はもちろん、皮も、角や牙、骨の類も、彼らの生活を潤してくれる。この村は先祖の頃からずっと、そうやって成り立ってきたのだ。
エトゥの娘で、エナという10歳になる娘がいる。大柄な活発な子で、兄やその友達と混ざって狩りの道具を持ち、平気で走り回るような娘だった。この日も、同じように子供らだけで庭に等しい山に入り、遊んでいた。
途中で、エナは腹の不調を訴えた。
「兄ちゃん、なんか、おなか痛い……」
「ヘンなもん、食べたか? そこの繁みにでも行けよ」
「そんな感じじゃ、ないんだけど……」
兄に言われるまま、草むらにしゃがみこんだ。足の間を、何かが流れる感触があった。
「あ……」
自分の体の変化に気付いたエナは兄の元へ戻ろうとした、が、その時だ。
すぐ後ろに、大きな熊が近付いているではないか!
「きゃあッ!!」
普通の熊なら、その大きな声で逃げてしまうところだが、その熊は違っていた。
鼻をひくつかせ、血の匂いを嗅ぎとり、エナに向かって前脚を振り上げた。
「ギャアア!」
腰から尻の肉が抉られる。エナの尋常ではない悲鳴を聞きつけ、兄と友人達が助けに来た。彼らの持つオモチャのような弓矢でも熊をたじろがせる事が出来、彼らに支えられながら逃げる。しかし、熊は執拗に血を滴らせる獲物を追いかけてくる。
村の近くまで来ると、大人達が気付いてくれた。本格的な武器で応戦され、片目を撃ち抜かれて熊は逃げた。大人達は追うも、見失ってしまう。
「やばいな……」
大人のひとりが言った。
なまじ、血の味を覚えた獣は、それを繰り返し求めるようになる。逃がしてしまったのは大きな痛手だ。捜して、確実に仕留めないと、どんな厄災をもたらすことになるか。
エナは精霊の加護のおかげで、大きな傷跡を残しはしたものの一命を取り留めた。だが、可愛い娘をこんな目に遭わされたエトゥの怒りがおさまるはずはない。
「何としても、熊を捜しだして、息の根を止めてやる!」
この日から村の男たちが総出で、片目を失った熊を捜すこととなった。しかし数日捜すも、見つからない。なにせ小さい村、使える男衆は20人足らず。この数に対して山はあまりに大きすぎる。
「人手を増やすか……」
ハンターの助けを、借りることとなった。
さて、村人の誰か、知っているだろうか。
自然の中では偶然に、マテリアルが歪になることがある。
もし仮にここに生物が紛れ込んだら。その生物が偶然、動くことが出来ずにこの場所に留まり続けてしまったら。
歪んだ空間は、周囲に膨大にある正常なマテリアルによって洗われ、今は正常に戻ったかもしれない。
けれど、そこに残されたものは……。
彼らの生活は、山に住む獣を狩ることで成り立っている。鹿や猪、兎や、時には熊のように大きなものから、ウズラのような小さなものまで、さまざまだ。肉はもちろん、皮も、角や牙、骨の類も、彼らの生活を潤してくれる。この村は先祖の頃からずっと、そうやって成り立ってきたのだ。
エトゥの娘で、エナという10歳になる娘がいる。大柄な活発な子で、兄やその友達と混ざって狩りの道具を持ち、平気で走り回るような娘だった。この日も、同じように子供らだけで庭に等しい山に入り、遊んでいた。
途中で、エナは腹の不調を訴えた。
「兄ちゃん、なんか、おなか痛い……」
「ヘンなもん、食べたか? そこの繁みにでも行けよ」
「そんな感じじゃ、ないんだけど……」
兄に言われるまま、草むらにしゃがみこんだ。足の間を、何かが流れる感触があった。
「あ……」
自分の体の変化に気付いたエナは兄の元へ戻ろうとした、が、その時だ。
すぐ後ろに、大きな熊が近付いているではないか!
「きゃあッ!!」
普通の熊なら、その大きな声で逃げてしまうところだが、その熊は違っていた。
鼻をひくつかせ、血の匂いを嗅ぎとり、エナに向かって前脚を振り上げた。
「ギャアア!」
腰から尻の肉が抉られる。エナの尋常ではない悲鳴を聞きつけ、兄と友人達が助けに来た。彼らの持つオモチャのような弓矢でも熊をたじろがせる事が出来、彼らに支えられながら逃げる。しかし、熊は執拗に血を滴らせる獲物を追いかけてくる。
村の近くまで来ると、大人達が気付いてくれた。本格的な武器で応戦され、片目を撃ち抜かれて熊は逃げた。大人達は追うも、見失ってしまう。
「やばいな……」
大人のひとりが言った。
なまじ、血の味を覚えた獣は、それを繰り返し求めるようになる。逃がしてしまったのは大きな痛手だ。捜して、確実に仕留めないと、どんな厄災をもたらすことになるか。
エナは精霊の加護のおかげで、大きな傷跡を残しはしたものの一命を取り留めた。だが、可愛い娘をこんな目に遭わされたエトゥの怒りがおさまるはずはない。
「何としても、熊を捜しだして、息の根を止めてやる!」
この日から村の男たちが総出で、片目を失った熊を捜すこととなった。しかし数日捜すも、見つからない。なにせ小さい村、使える男衆は20人足らず。この数に対して山はあまりに大きすぎる。
「人手を増やすか……」
ハンターの助けを、借りることとなった。
さて、村人の誰か、知っているだろうか。
自然の中では偶然に、マテリアルが歪になることがある。
もし仮にここに生物が紛れ込んだら。その生物が偶然、動くことが出来ずにこの場所に留まり続けてしまったら。
歪んだ空間は、周囲に膨大にある正常なマテリアルによって洗われ、今は正常に戻ったかもしれない。
けれど、そこに残されたものは……。
リプレイ本文
●ハンターたち
「ギャーッ、熊ーッ!?」
視界の端に、黒い毛むくじゃらの物体が映りこんで、犬養 菜摘(ka3996)は腰をぬかさんばかりに驚いた。
「オレサマのことか? ただの帽子だよ、ウッカリさんですね」
声を掛けたのは、ベアヘッドをかぶったエニグマ(ka3688)だ。正体が分かって菜摘は、顔を赤くしてわざとらしい咳払いをする。熊には嫌な思い出があるのだ、が、それを露骨に見せてしまうのははしたなかった、と反省する。
ミリア・コーネリウス(ka1287)は菜摘を脅かしたエニグマの頭をひっつかむ。
「よし、菜摘。今夜はこの熊を熊鍋にでもしてやろう」
「なッ!? オレちゃんなんか食べても、おいしくないよー」
「そうかな、この辺なんか、食い出でがあるんじゃないか?」
「食い出でいうなら、ミリアの方こそーー」
「鍋より、カレーがいいっすよ。リアルブルーでも、北国の名物っすよー」
参戦する上中里 玄(ka4976)が、余計な情報を提供する。
「の・ぼ・り・べ・つ!」
どこで覚えてきたのか、唐突な単語を口走るシュマ・グラシア(ka1907)
「はいはーい、お待たせ。エナちゃんとのハナシ、終わったわ」
エナが寝ている、隣の部屋から出てきたのは、カミーユ・鏑木(ka2479)とメルクーア(ka4005)、それにセイラ・イシュリエル(ka4820)だ。
彼らのいた隣の部屋とは、エナの寝室。詳しい話を聞くため、しかしぞろぞろ大人数で行くわけにはいかず、こうして3人だけが入っていたのだ。
エナの様子は、落ち着いていた。怖かった体験だろうが気丈にも、覚えている限りの状況を教えてくれた。それに加えてエナの兄らが、詳しい場所まで案内をしてくれて、おかげで最初の情報は完璧な形で手に入った。
●捜索
「困ったら振り出しに戻る、鉄則よ」
まるで料理のコツを教えているかのようにサラリと、カミーユは言った。
「最初にエナちゃんが襲われたのがあそこ、子供たちが逃げたのがこの道、△△さんが熊の目を撃ったのが、ここ……」
エナの血が森の奥から点々と村の入り口まで続き、そこからくの字に引き返す形で、また別の血痕が辛うじて残っている。セイラとメルクーアはもう一度、森の状態を観察する。こうも簡単に熊が現れたということは、もともとここがその熊のナワバリだったのだろう。それがどこまでの範囲に及ぶのか……爪痕やフンなどの、痕跡を注意深く捜していく。
「相当、大きそうだねぇ」
メルクーアは、自分の背よりも高いところにいくつも爪痕があるのを見つけて、ぞっとした。人間の大人の背丈ならこれに気付けて、この辺りで遊ぼうなどと考えなかっただろう、子供だけで立ち入ってしまったのが災いした。
「それに、かなり広範囲を動いていそうね」
菜摘が続ける。恵まれた山だ、と思う。赤い実青い実が色とりどりに成り、樹皮の柔らかそうな木が茂り、リスやウサギが飛び回っている。どこまでも広がるご馳走のテーブル。これだけで満足していればよかったのに……。
「知恵のある熊が血を覚えたなんて、最悪も最悪よ」
何が何でも捕まえないと、と菜摘は改めて決意する。
「うまいこと、シュマ達が発見できればいいんでシュけど」
捜索に集まった村人たちの顔を順々に見て、シュマは言った。
嫌な予感がするのだ。
片目、つまり頭部に銃弾を撃ち込まれたにも関わらず、村人が捜して見つからないほど活発に動き回っている熊。もしかしたら……と考えずにはいられない。
(あんまり考えたくないでシュけど)
思わず感じた寒気を気取られないよう、自分と一緒に捜索を行う村人に、もう一度言い含める。
「見つけたら、直ぐシュマ達ハンターを呼んでくださいね」
「お嬢ちゃんの手を煩わせることはないよ」
若い村人は猟銃を掲げ、鼻を鳴らす。彼らの感覚では今件の標的は、普段から狩り慣れている熊なのだ。
「あら、せっかく呼ばれたのに、出番ナシなんて、いけずなことおっしゃらないでよ」
「それもそうか」
カミーユのジョークに、和やかな笑い声があがるが、ひとり、それに加わらない難しい顔をしている男がいる。
エナの父、エトゥだ。
エトゥのそばに行き、セイラは声を掛けた。
「本当に、お願いするわ。無理はしないで」
「無理など……」
「あなたの憤りは、理解出来るつもりよ。けれど怒りに任せて無茶をして、あなたまで怪我をしたらどうするの? だからお願いよ、熊を見つけても、一人で飛び出すようなことはしないで」
エトゥは唇を噛みながらも、静かに頷いた。
「匂うですの」
「そっちこそ」
ミリアは自ら腕を傷つけ血を出し、それを布に染みこませた。傷は『マテリアルヒーリング』で塞がれ流血は治まったが、布からは未だ新しい鉄分の匂いがプンプンする、獣ではないエニグマの鼻ですら判別が付くほどだ。
そのエニグマは、天然蜂蜜がたっぷり満たされた壺を抱えている。これまた、甘い匂いが漂っている。
「それはいいけど、蓋を開けたまま歩くつもり?」
「えッ……? ……おおぅ、虫が、虫が!!」
「そのうち、カブトムシが飛び込むんじゃないか?」
「! カブトムシ!? 取れたら持って帰ってもいい?」
プラスアルファの報酬への期待を抱きつつ、ハンター達と村人らはいよいよ捜索を始める。あらゆる餌になりそうなものを持ち、いくつかの班に分かれ、手分けして捜すことにする。これまで村人が行っていたやり方に、ハンターなりの工夫を加えたものだ。
「緊張するっすー、これがあたしの初仕事っすーーー!!」
不謹慎にも顔が緩みそうになるのを玄はこらえつつ、猟銃を持つ村人らと並んで歩く。異世界の、こんな小さな村を訪れたことも新鮮で、玄はつい彼らに色々と聞いてしまう。それは菜摘も同じだった。
「この土地に住んでる皆様からして、どうでしょう、ここで気をつけるべき場所は? 罠を仕掛けやすいところとかあるでしょうか?」
積極的に情報を集めようとする菜摘に、慣れた猟師たちも自分たちが持つ知識をありったけ披露する。熊が特に好んで食べているもの、頻繁に目撃される場所、等々。
そういった会話は男衆たちにとって実のある、楽しいもののようだ。ピリピリと過剰に張りつめた空気はほどよくほぐれ、彼らの動き方にも余裕が出たように思える。
(歪虚は負の感情や怒りに引き寄せられるって話を聞いたから、皆の熊に対する怒りに反応して来てるかも……)
そんなメルクーアの心配は、杞憂だったようだ。
そろそろ陽がくれる。夏場ゆえそうそうすぐには暗くならないが、今日の捜索もここまでか、と皆が集合場所に戻ってきた。山を駆けずり回った匂いを放つ擬似餌が1箇所に集まり、皆の口からは喧しいほどの状況報告が交わされる。
その喧噪より大きな、カラスのギャアギャア鳴く声が響いた。カラスが一斉に飛び立ち、森から離れて……いや、逃げていく。カラスがかつていた方角には、ただ真っ暗な空間しか無かった。
真っ暗な、空間。
まるでそこに暗幕をかぶせたかのように、風景の全てを消す、不自然な黒。それが徐々に大きくなる。
「なん……だぁ……!?」
近付いてくるのは、闇だった。
大きな闇が、闇の塊が、近付いて近付いて、ようやっと姿を現した。
「で……でかい!!」
頭部に数十もの眼球を持つ熊に似た巨大な化け物が鼻をひくつかせ、涎を垂らしながら舌なめずりをした。
眼球のひとつは、赤く潰れていた。
●ヴォイド
「熊、か、あれ……?」
「嘘だろ……??」
村人たちは察した、目の前にいるのは、自分たちが狩り慣れている獲物とは全く異なる生き物だと。そいつに対して猟銃を構える者はいなかった。
「みんな、早く逃げなさい」
カミーユに言われるまでもなく、誰もが逃げたがっている。大の男達が歯をかたかた鳴らし膝を振るわせ、じりじりと後ずさる。一人を除いて。
「エトゥさん!!」
猟銃が火を噴くより早く、歪虚の腕が振り下ろされた。だがそれよりも早かったのは、覚醒したセイラと菜摘だ。菜摘の猟銃から発射された弾丸が熊の腕を弾き、その隙にセイラはエトゥを押し倒すように爪から逃れさせた。勢いでエトゥは尻をしたたか打った。
「くまー、おやすみなさいでシュ!」
シュマが作り出した『スリープクラウド』の雲が歪虚の顔を包む。うまく術にかかったのか、歪虚の体がぐらりと揺れる。
「今の内に!」
エトゥを半ば引きずって、その場から立ち去らせた。熊は体勢を崩したもののすぐに意識を取り戻し、妙な術を使った小さい獲物に顔中の目が向いた。
「あたしを! あたしを見ろォォオオオ!!!」
銀色のオーラを立ち上らせて、こんなにも戦う意欲を見せている自分を無視してシュマに意識を向ける歪虚に猛抗議をしているのは、玄だ。
「ぐるるる……るろろろォァアアアア!!!」
鬼霧雨を鞘から引き抜いて熊に『疾風剣』で突進する。
「ぬけがけはさせないよ」
遅れてなるものか、とミリアもテンペストを構えて『渾身撃』を狙う。
大きな的は大きさどおりの鈍さで、それを回避することが出来ず、体にふたつの刃を受け入れてしまった。かなり深くめり込むのは、メルクーアの『攻性強化』が働いてくれたおかげだ。
『グルルルルル!』
玄の咆哮より更にけたたましい声をあげ、腹に刺さった2つの刃とそれぞれの持ち主を一片に払い除ける。玄とミリアの体は後ろの枝に叩きつけられた。が、これっぽっち痛みなど痛みのうちに入らない。
「てかてか、やーん、怪我したっすー!」
頬に出来た擦り傷についた泥汚れを叩き落としながら、玄は体を起こす。
「この程度か?」
ミリアも、熊の腕力に拍子抜けしたと言わんばかりに口角をあげた。
「もうちょっとばかりダンスに付き合ってもらうからな」
手加減などするつもりはない。ありったけの力を以て、この不自然な生物に正しい安息を与えるため剣を振るう。しかし歪虚もまた歪虚としての存在理由のために抵抗する。
「北海大郎も、こうだったろうか……」
菜摘はかつて敗北を喫した、リアルブルーで出会ったヒグマのことを思い出した。人を殺すことを覚えた頭の良い熊とは、何度傷を負わされてもそれを恐怖ではなく怒りに替えられるのかもしれない。
「どこを見てるのかなー」
エニグマが茶化すように言いながら、正面のハンターたちに気を取られている歪虚の背中を駆け上る。後頭部にまである目がエニグマの姿を捉えた、が、その時には『スラッシュエッジ』を纏ったグイントクローが、目玉を掻き取っていた。
『グアッ、ガアアア』
後頭部から削がれた眼球が3つ4つと、地面に落ちて潰れる。それがきっかけであるかのように、顔にある他の眼球もぽろぽろと落ちていく。残ったのは、顔の正面にある2箇所だけ。否、その一つは潰れているから、片目だけだ。
頭部をえぐられたダメージは大きいらしく、ふらふらと足下がおぼつかなくなっていた。不格好な歪虚は全身からだらしなく体液を流しながらも、自分が屠るべき獲物をまだ探している。
「眠るでシュ!」
再び、シュマの『スリープクラウド』が発動した。
どおん、という地響きとともに、歪虚はそこに倒れた。
「パパさん、見てるわね?」
カミーユが、離れた所に立つエトゥに、言った。
「エナちゃんを怪我させた熊に、死んで詫びて貰うわよ!」
女の子の体に傷を残すなんて、とカミーユは顔を真っ赤にして怒っていた。怒りの強さは本当の父親には及ばないかもしれない。けれど、せめてその怒りを少しでも鎮めてやりたい。
歪虚の姿は消えた。
何も残さずに。
エナを傷つけた熊は、完全に消滅した。
●報告
「できる限りの危険は排除しておかないと、アフターケアって奴だな」
そう言ってミリアはまだ山に残り、まだ歪虚が残っていないかを確認して回ることにした。決して、熊鍋への期待が空振りに終わったから代わりの食材を探しに出たわけではない。
「歪虚がでた原因があるかもしれないからね、私も行くわ」
と、セイラもまた、もう少し調べるつもりだ。
残る者で、エナに仇を討った報告をした。話を聞いたエナは喜んだが、同時に怒ってもいた。
「お父さんが邪魔したんだって!? もうやだー、かっこわるいー、くさいー、あっちいってーー!!」
「あら、パパさんは頑張ったのよ、そんなこと言うモンじゃないわ」
「カミーユさんもやだー、エニグマくんはー、……あー、いいか」
申し訳なさそうに、母親が耳元で囁いた。
「ごめんなさいね、今のエナは、女の子になったことに戸惑ってんのよ、許してあげて」
さっきまでは歓迎されてたカミーユはしょんぼりと部屋を出た。
しょんぼりの強さは父親には及ばないかもしれないけれど。
「ギャーッ、熊ーッ!?」
視界の端に、黒い毛むくじゃらの物体が映りこんで、犬養 菜摘(ka3996)は腰をぬかさんばかりに驚いた。
「オレサマのことか? ただの帽子だよ、ウッカリさんですね」
声を掛けたのは、ベアヘッドをかぶったエニグマ(ka3688)だ。正体が分かって菜摘は、顔を赤くしてわざとらしい咳払いをする。熊には嫌な思い出があるのだ、が、それを露骨に見せてしまうのははしたなかった、と反省する。
ミリア・コーネリウス(ka1287)は菜摘を脅かしたエニグマの頭をひっつかむ。
「よし、菜摘。今夜はこの熊を熊鍋にでもしてやろう」
「なッ!? オレちゃんなんか食べても、おいしくないよー」
「そうかな、この辺なんか、食い出でがあるんじゃないか?」
「食い出でいうなら、ミリアの方こそーー」
「鍋より、カレーがいいっすよ。リアルブルーでも、北国の名物っすよー」
参戦する上中里 玄(ka4976)が、余計な情報を提供する。
「の・ぼ・り・べ・つ!」
どこで覚えてきたのか、唐突な単語を口走るシュマ・グラシア(ka1907)
「はいはーい、お待たせ。エナちゃんとのハナシ、終わったわ」
エナが寝ている、隣の部屋から出てきたのは、カミーユ・鏑木(ka2479)とメルクーア(ka4005)、それにセイラ・イシュリエル(ka4820)だ。
彼らのいた隣の部屋とは、エナの寝室。詳しい話を聞くため、しかしぞろぞろ大人数で行くわけにはいかず、こうして3人だけが入っていたのだ。
エナの様子は、落ち着いていた。怖かった体験だろうが気丈にも、覚えている限りの状況を教えてくれた。それに加えてエナの兄らが、詳しい場所まで案内をしてくれて、おかげで最初の情報は完璧な形で手に入った。
●捜索
「困ったら振り出しに戻る、鉄則よ」
まるで料理のコツを教えているかのようにサラリと、カミーユは言った。
「最初にエナちゃんが襲われたのがあそこ、子供たちが逃げたのがこの道、△△さんが熊の目を撃ったのが、ここ……」
エナの血が森の奥から点々と村の入り口まで続き、そこからくの字に引き返す形で、また別の血痕が辛うじて残っている。セイラとメルクーアはもう一度、森の状態を観察する。こうも簡単に熊が現れたということは、もともとここがその熊のナワバリだったのだろう。それがどこまでの範囲に及ぶのか……爪痕やフンなどの、痕跡を注意深く捜していく。
「相当、大きそうだねぇ」
メルクーアは、自分の背よりも高いところにいくつも爪痕があるのを見つけて、ぞっとした。人間の大人の背丈ならこれに気付けて、この辺りで遊ぼうなどと考えなかっただろう、子供だけで立ち入ってしまったのが災いした。
「それに、かなり広範囲を動いていそうね」
菜摘が続ける。恵まれた山だ、と思う。赤い実青い実が色とりどりに成り、樹皮の柔らかそうな木が茂り、リスやウサギが飛び回っている。どこまでも広がるご馳走のテーブル。これだけで満足していればよかったのに……。
「知恵のある熊が血を覚えたなんて、最悪も最悪よ」
何が何でも捕まえないと、と菜摘は改めて決意する。
「うまいこと、シュマ達が発見できればいいんでシュけど」
捜索に集まった村人たちの顔を順々に見て、シュマは言った。
嫌な予感がするのだ。
片目、つまり頭部に銃弾を撃ち込まれたにも関わらず、村人が捜して見つからないほど活発に動き回っている熊。もしかしたら……と考えずにはいられない。
(あんまり考えたくないでシュけど)
思わず感じた寒気を気取られないよう、自分と一緒に捜索を行う村人に、もう一度言い含める。
「見つけたら、直ぐシュマ達ハンターを呼んでくださいね」
「お嬢ちゃんの手を煩わせることはないよ」
若い村人は猟銃を掲げ、鼻を鳴らす。彼らの感覚では今件の標的は、普段から狩り慣れている熊なのだ。
「あら、せっかく呼ばれたのに、出番ナシなんて、いけずなことおっしゃらないでよ」
「それもそうか」
カミーユのジョークに、和やかな笑い声があがるが、ひとり、それに加わらない難しい顔をしている男がいる。
エナの父、エトゥだ。
エトゥのそばに行き、セイラは声を掛けた。
「本当に、お願いするわ。無理はしないで」
「無理など……」
「あなたの憤りは、理解出来るつもりよ。けれど怒りに任せて無茶をして、あなたまで怪我をしたらどうするの? だからお願いよ、熊を見つけても、一人で飛び出すようなことはしないで」
エトゥは唇を噛みながらも、静かに頷いた。
「匂うですの」
「そっちこそ」
ミリアは自ら腕を傷つけ血を出し、それを布に染みこませた。傷は『マテリアルヒーリング』で塞がれ流血は治まったが、布からは未だ新しい鉄分の匂いがプンプンする、獣ではないエニグマの鼻ですら判別が付くほどだ。
そのエニグマは、天然蜂蜜がたっぷり満たされた壺を抱えている。これまた、甘い匂いが漂っている。
「それはいいけど、蓋を開けたまま歩くつもり?」
「えッ……? ……おおぅ、虫が、虫が!!」
「そのうち、カブトムシが飛び込むんじゃないか?」
「! カブトムシ!? 取れたら持って帰ってもいい?」
プラスアルファの報酬への期待を抱きつつ、ハンター達と村人らはいよいよ捜索を始める。あらゆる餌になりそうなものを持ち、いくつかの班に分かれ、手分けして捜すことにする。これまで村人が行っていたやり方に、ハンターなりの工夫を加えたものだ。
「緊張するっすー、これがあたしの初仕事っすーーー!!」
不謹慎にも顔が緩みそうになるのを玄はこらえつつ、猟銃を持つ村人らと並んで歩く。異世界の、こんな小さな村を訪れたことも新鮮で、玄はつい彼らに色々と聞いてしまう。それは菜摘も同じだった。
「この土地に住んでる皆様からして、どうでしょう、ここで気をつけるべき場所は? 罠を仕掛けやすいところとかあるでしょうか?」
積極的に情報を集めようとする菜摘に、慣れた猟師たちも自分たちが持つ知識をありったけ披露する。熊が特に好んで食べているもの、頻繁に目撃される場所、等々。
そういった会話は男衆たちにとって実のある、楽しいもののようだ。ピリピリと過剰に張りつめた空気はほどよくほぐれ、彼らの動き方にも余裕が出たように思える。
(歪虚は負の感情や怒りに引き寄せられるって話を聞いたから、皆の熊に対する怒りに反応して来てるかも……)
そんなメルクーアの心配は、杞憂だったようだ。
そろそろ陽がくれる。夏場ゆえそうそうすぐには暗くならないが、今日の捜索もここまでか、と皆が集合場所に戻ってきた。山を駆けずり回った匂いを放つ擬似餌が1箇所に集まり、皆の口からは喧しいほどの状況報告が交わされる。
その喧噪より大きな、カラスのギャアギャア鳴く声が響いた。カラスが一斉に飛び立ち、森から離れて……いや、逃げていく。カラスがかつていた方角には、ただ真っ暗な空間しか無かった。
真っ暗な、空間。
まるでそこに暗幕をかぶせたかのように、風景の全てを消す、不自然な黒。それが徐々に大きくなる。
「なん……だぁ……!?」
近付いてくるのは、闇だった。
大きな闇が、闇の塊が、近付いて近付いて、ようやっと姿を現した。
「で……でかい!!」
頭部に数十もの眼球を持つ熊に似た巨大な化け物が鼻をひくつかせ、涎を垂らしながら舌なめずりをした。
眼球のひとつは、赤く潰れていた。
●ヴォイド
「熊、か、あれ……?」
「嘘だろ……??」
村人たちは察した、目の前にいるのは、自分たちが狩り慣れている獲物とは全く異なる生き物だと。そいつに対して猟銃を構える者はいなかった。
「みんな、早く逃げなさい」
カミーユに言われるまでもなく、誰もが逃げたがっている。大の男達が歯をかたかた鳴らし膝を振るわせ、じりじりと後ずさる。一人を除いて。
「エトゥさん!!」
猟銃が火を噴くより早く、歪虚の腕が振り下ろされた。だがそれよりも早かったのは、覚醒したセイラと菜摘だ。菜摘の猟銃から発射された弾丸が熊の腕を弾き、その隙にセイラはエトゥを押し倒すように爪から逃れさせた。勢いでエトゥは尻をしたたか打った。
「くまー、おやすみなさいでシュ!」
シュマが作り出した『スリープクラウド』の雲が歪虚の顔を包む。うまく術にかかったのか、歪虚の体がぐらりと揺れる。
「今の内に!」
エトゥを半ば引きずって、その場から立ち去らせた。熊は体勢を崩したもののすぐに意識を取り戻し、妙な術を使った小さい獲物に顔中の目が向いた。
「あたしを! あたしを見ろォォオオオ!!!」
銀色のオーラを立ち上らせて、こんなにも戦う意欲を見せている自分を無視してシュマに意識を向ける歪虚に猛抗議をしているのは、玄だ。
「ぐるるる……るろろろォァアアアア!!!」
鬼霧雨を鞘から引き抜いて熊に『疾風剣』で突進する。
「ぬけがけはさせないよ」
遅れてなるものか、とミリアもテンペストを構えて『渾身撃』を狙う。
大きな的は大きさどおりの鈍さで、それを回避することが出来ず、体にふたつの刃を受け入れてしまった。かなり深くめり込むのは、メルクーアの『攻性強化』が働いてくれたおかげだ。
『グルルルルル!』
玄の咆哮より更にけたたましい声をあげ、腹に刺さった2つの刃とそれぞれの持ち主を一片に払い除ける。玄とミリアの体は後ろの枝に叩きつけられた。が、これっぽっち痛みなど痛みのうちに入らない。
「てかてか、やーん、怪我したっすー!」
頬に出来た擦り傷についた泥汚れを叩き落としながら、玄は体を起こす。
「この程度か?」
ミリアも、熊の腕力に拍子抜けしたと言わんばかりに口角をあげた。
「もうちょっとばかりダンスに付き合ってもらうからな」
手加減などするつもりはない。ありったけの力を以て、この不自然な生物に正しい安息を与えるため剣を振るう。しかし歪虚もまた歪虚としての存在理由のために抵抗する。
「北海大郎も、こうだったろうか……」
菜摘はかつて敗北を喫した、リアルブルーで出会ったヒグマのことを思い出した。人を殺すことを覚えた頭の良い熊とは、何度傷を負わされてもそれを恐怖ではなく怒りに替えられるのかもしれない。
「どこを見てるのかなー」
エニグマが茶化すように言いながら、正面のハンターたちに気を取られている歪虚の背中を駆け上る。後頭部にまである目がエニグマの姿を捉えた、が、その時には『スラッシュエッジ』を纏ったグイントクローが、目玉を掻き取っていた。
『グアッ、ガアアア』
後頭部から削がれた眼球が3つ4つと、地面に落ちて潰れる。それがきっかけであるかのように、顔にある他の眼球もぽろぽろと落ちていく。残ったのは、顔の正面にある2箇所だけ。否、その一つは潰れているから、片目だけだ。
頭部をえぐられたダメージは大きいらしく、ふらふらと足下がおぼつかなくなっていた。不格好な歪虚は全身からだらしなく体液を流しながらも、自分が屠るべき獲物をまだ探している。
「眠るでシュ!」
再び、シュマの『スリープクラウド』が発動した。
どおん、という地響きとともに、歪虚はそこに倒れた。
「パパさん、見てるわね?」
カミーユが、離れた所に立つエトゥに、言った。
「エナちゃんを怪我させた熊に、死んで詫びて貰うわよ!」
女の子の体に傷を残すなんて、とカミーユは顔を真っ赤にして怒っていた。怒りの強さは本当の父親には及ばないかもしれない。けれど、せめてその怒りを少しでも鎮めてやりたい。
歪虚の姿は消えた。
何も残さずに。
エナを傷つけた熊は、完全に消滅した。
●報告
「できる限りの危険は排除しておかないと、アフターケアって奴だな」
そう言ってミリアはまだ山に残り、まだ歪虚が残っていないかを確認して回ることにした。決して、熊鍋への期待が空振りに終わったから代わりの食材を探しに出たわけではない。
「歪虚がでた原因があるかもしれないからね、私も行くわ」
と、セイラもまた、もう少し調べるつもりだ。
残る者で、エナに仇を討った報告をした。話を聞いたエナは喜んだが、同時に怒ってもいた。
「お父さんが邪魔したんだって!? もうやだー、かっこわるいー、くさいー、あっちいってーー!!」
「あら、パパさんは頑張ったのよ、そんなこと言うモンじゃないわ」
「カミーユさんもやだー、エニグマくんはー、……あー、いいか」
申し訳なさそうに、母親が耳元で囁いた。
「ごめんなさいね、今のエナは、女の子になったことに戸惑ってんのよ、許してあげて」
さっきまでは歓迎されてたカミーユはしょんぼりと部屋を出た。
しょんぼりの強さは父親には及ばないかもしれないけれど。
依頼結果
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相談卓 犬養 菜摘(ka3996) 人間(リアルブルー)|21才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/05/26 20:25:51 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/24 23:15:43 |